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【謎】考古学初心者雑談4【解明】

34 :出土地不明:2019/01/09(水) 18:26:39.05 ID:Jckv75tZ.net
2856【01再】Mystery of Dotaku, Bronze Bell+Impossible Technology of 2mm 銅鐸の謎+厚さ2ミリの不可能な技術
https://youtu.be/TENVpFOW9uQ?t=00h12m45s

はやし浩司センセーは、銅鐸が銅矛を「針」として用いた「簡易天文観測装置」であると主張し、舞(銅鐸上部の平面部)や、型持孔(銅鐸側面の孔)を使って水平を測ったと言いますが、
舞には孔があるので水を使って水平は測れませんし、
型持孔を覗いて水平をとるのは、360度水平線の見える絶海の小島ならともかく、
高低差や遮蔽物がある山間部では、できません。

また、銅鐸で天文観測をして暦を知ったとして、どのように銅鐸の紐に日・月・年の印しをつけるのでしょうか?。
そもそも、土中に埋納しているのでは、カレンダーとして使えませんし、
貴金属を居住地から離れた山奥や谷あいに埋めて保管するのは、道理に合いません。

銅矛を針として使っていたという説ですが、銅鐸と銅矛が一緒に出土した例は、ほとんどありません。島根県の神庭荒神谷遺跡くらいです。
また、銅鐸と銅矛では大きさが違いすぎてバランスが悪く、天文観測装置にも日時計にも使いづらいです。
Koujindani_Remains_03.JPG (1600×1064)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/73/Koujindani_Remains_03.JPG
荒神谷遺跡 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E7%A5%9E%E8%B0%B7%E9%81%BA%E8%B7%A1

はやし浩司センセーが、実験に用いたような紙製の模型では影がハッキリ見えるかもしれませんが、
鋳造まもない、当時の銅鐸や銅矛は金色の光沢があったので、光を反射しやすく影はハッキリ見えにくいため、やはり天文観測装置や日時計としては使いづらいのでは、ないでしょうか?。
http://www.geocities.jp/rootsdiscovery/koujin4a.jpg
http://www.geocities.jp/rootsdiscovery/koujin4.jpg
復元された銅剣・銅矛・銅鐸:http://www.geocities.jp/rootsdiscovery/koujin4.html

また、銅鐸が簡易天文観測装置としてカレンダーや日時計の役割を果たしていたのなら、
なぜ生活の場である住居や集落の跡から発見されないのでしょうか?。

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