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縄文・アイヌ・弥生・渡来人学7

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/11(金) 22:54:33.87 ID:q6cnQeLV.net
このスレタイになってから7世代目です。

(6) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1394234455/
(5) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1392448032/
(4) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1390136710/
(3) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1389254745/
(2) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1388214761/
(1) http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1387110087/

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/18(金) 19:59:07.97 ID:3w8xtaFB.net
アーリア的なものは何かと言うと、デンマークやウクライナにかけて住んでた民族系統不明の農耕民。
ヒンズー的なものは純度が低いよ。
>>108 ケルトやラテンは古いよ。全く別の民族。

121 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/18(金) 20:14:42.91 ID:mbKFf4Kk.net
>>118
日本がこれから縄文や神代を絡めた独自文明の世界観や文化観を
定義できなければいずれは今の韓国みたいになるよ日本も。
全部中国が飲み込んでくわけだから。
日本のあらゆる中国的な文化を。
それで戦争で負けて死んでも救われない。
マヤやインカのように日本人は消えるだけ。
文明間戦争の時代は恐ろしい。

122 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/18(金) 20:28:03.53 ID:mbKFf4Kk.net
あと一昨日に藤原や京都の連中が中国かぶれで、まるで日本的な要素が
ないという話をしてたと思うが、
これに関して一つ面白い事がある。
日本人の多くは「日本」というのは中国からみた東側だとか、
日向(九州)からみた日本だとか、いろいろあるが、
日本人はなぜ日本が日本なのかを知らない場合が多い。
これはおかしな話だよ。
ほかにも仮名について漢字から作られたという認識だが、
漢字だけで作れる代物でもない。
朝鮮のハングルが障子の升目をみたセジョンが
そこから作ったみたいなウソ話のように。
そして日本では奈良が、朝鮮では新羅が歴史から消え去ってる。
どうやら日本も朝鮮も中国主義の連中が歴史の転換に関与したようだ。

123 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/18(金) 20:45:15.25 ID:mbKFf4Kk.net
だから奈良に昔の話を伝える民家が残ってると言うのは貴重だし、
ヤマトタケルの伝説が古代奈良の繁栄を物語っている。
そもそもタケルとは今でいう「将軍」「キング」でありヤマトタケルは
名前ではなくキングオブヤマト(ヤマト王)という感じ。
つまりヤマト王伝説でありイギリスのアーサー王伝説に通じる伝説。
そしてこの「タケル」には他に太陽の御子という意味が含まれる。
つまり日本と中華は根本的に思想が違う。
まあ今の天皇も日の御子だがしかし天皇は設定のみ受け継ぎ中国の皇帝的だろう。
日本の皇室や天皇の中国的なあり方を保守保守だ、
伝統伝統だといって守り信じてる連中が居るが
みな藤原の呪縛に従ってるに過ぎない。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/18(金) 21:28:54.43 ID:k0IGpddr.net
縄文はフクロウ崇拝じゃない。
大きな目はカマキリにも見えるし、カエルにも見える。
ただ頭蓋骨の目玉にライン引いただけかもしれんし、宇宙人にもみえる。
三角形の方の輪郭もカマキリに似てる。結局何か分からん訳。
東北においてフクロウは不吉な物とされてた。勿論日本もね。
フクロウが日本で受けたのは幕末から明治。そう、アメリカだよ。ドル札にも書かれてる。
フクロウは警察という新しい組織の象徴にもなった。
アイヌを使いフクロウを県鳥とし、古代日本がフクロウを神聖視してたと装う。
北海道はアメリカ(英)の土地に等しい。当然明治政府がだけど。
まず五稜郭を建てさせ、後に移民とアメリカ式大農場。建物は洋風模擬。
フクロウにおいては、まだまだ慎重に見るべき。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/18(金) 21:47:16.94 ID:k0IGpddr.net
>>120
いい加減ヒトラー時代の知識から脱した方がいいで。
アーリアはイランやし、近代からエジプト中東の物を彼らは盗もうと計画してる。
本来欧州人の願望・計画に見えない。ユダヤ人だと思うね。か、彼らから影響受けたか。

>>122
ヒノモトは河内から。これも神話なんだよ一応、もう1つの神話の方。
そして聖徳太子や天武天皇などが名乗ってた事からも、日本は旧大和の名。
日向は大化後に付けてる、少なくとも国名がね。
反隼人でまず支配してた土地が日向。
誰が支配してたか、大化後は殆ど旧大和が支配出来ていないから、
可能性が高いのは藤原氏。
そして隼人をこき使ってたのは後の平安勢。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/18(金) 21:55:43.94 ID:3w8xtaFB.net
>>125 イラン人はイラン人でイラン土着だで。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/18(金) 22:18:27.83 ID:k0IGpddr.net
>>126
イランてペルシャ語でアーリアなんやで。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 00:15:28.43 ID:v7Nmjbqu.net
>>125
牛さんも早くベルツだツングースだ言ってないで
明治時代の認識から抜け出そうな

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 00:18:30.68 ID:v7Nmjbqu.net
>>126
「だで」ってどこ県の方だよwwwwx

130 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 00:44:25.04 ID:Xp0EJfmI.net
>>109
左翼のブログ云うて誰のブログかいのう?
新羅は畿内王権にも秦氏らの勢力におっても、百済に比べ権力主流におらず傍流で
あろう。
 御用評論家に先生云うてものう、メディアは米国の庇護でも、電通なんか旧関東軍
阿片人脈じゃし、戦前の大本営発表の捏造、隠蔽、でっち上げ体質、国家社会主義体質と
云うべきであろう。
>>93の下のブログから、
24 :電通のもう一つの機能は、官僚および自民党のPR活動をしたり、《世論調査》を通して
国民の《伝統的な価値》を支えることである。電通は、総理府及び自民党が必要な情報を収集し、
偏った意見調査を通して《世論》を作り上げる手伝いをする。自民党の選挙キャンペーンという
もっとも手のこんだ部門は、電通が引き受けている。原子力発電所の安全性の宣伝や、さまざまな
省庁の企画に関する宣伝なども扱っている。1970年代後半に、一連の野党系市長や知事を
退陣させる政治的策動をとりまとめ、政治的に重大な地方消費者運動や反公害運動に対抗する
反キャンペーンを展開したのも、電通である。
 このような官庁および自民党のための仕事は、主に電通の《第九連絡局》でおこなわれ、
ここには、建設省、運輸省、農水省、郵政省、文部省、大蔵省、総理府の各省を担当する別々の
課がある。公式には民営化されたが実際には以前とほとんど変わっていないNTTやJRなどの
公共企業も、この局が扱っている。この第九連絡局は、総理府の広報予算の三分の一以上、他の
省庁の同四〇パーセントを吸収する〔原注3〕。また、自民党の広報宣伝予算についても、
電通が独占に近い形で自由に使っている。
 自民党と電通とがこのような親密な関係を保てる理由の一つは、電通は寡占によって実業界の
顧客からひじょうに高い手数料をとれる、したがって、いつも《政治資金》の足りない自民党は、
安くしてもらったり、支払いを急がなくてもよいからである。電通の第九連絡局は、
1972年、田中角栄内閣発足直後に作られた。その一年後に、電通は注目すべき『自民党の
広報についての一考察』という報告書を刊行し、その中で、自民党はすでに記者クラブ制度を
通じて大手新聞、テレビ、ラジオの記者とはかなり有利な関係を保っていたが、新聞社発行以外の
主要週刊誌との関係は、まだ十分に《決められたルール》にもとづくものではなかったと、よく
引用される主張をしている。

131 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 01:09:13.09 ID:Xp0EJfmI.net
>>117-120
 わしゃ左翼思想のネット右翼も共通する国家主義や権力迎合やユートピア
思想なんか唱えたこたぁ無ぁよ。
わしゃ日本人じゃけぇ、神代文字とかカルト概念を歴史学や民俗学に持ち込まんよ。
日本の仏教は中央アジアの大乗仏教じゃし、インドそのものじゃ無ぁわ。
>>120
アーリア人は、移動性の強い牧畜民の形態化は、早かったし、スキタイなんかもそうじゃ。
スラブ系は農耕民化したが、ゲルマン系は海を舞台に移動性牧畜民的性格が強いし、
ツングースと対比出来る存在。

132 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 01:49:03.84 ID:j795x9+1.net
>>128-130

まあ牛も無理して広島弁やってるだけでほんとは在日大阪人か東京人だったりするんだろw
そこはあまり突っ込まないであげてw

可哀想だからw

133 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 01:55:59.50 ID:Xp0EJfmI.net
>>121-123
 あんたがそもそも文明主義に基づく中華隷属主義じゃし、関東の方が近畿や中国地方より
中華朱子学化しとるよ。
http://www.valdes.titech.ac.jp/~hashizm/text/titech/shukyo/resume/resume09.html
「明が満洲族に侵略されます。朱子学を正統としていた漢民族の王朝が、夷狄に征服されたら
一大事です。明から何回も救援の要請が来ましたが、幕府が対応に困っているうちに、明は滅亡して
しまいました。日本人を母にもつ鄭成功が台湾に拠って抵抗し、江戸の人気を博したのもこの頃
です。亡命者も多く、なかでも王族の血をひく朱舜水という学者は、日本の儒学に大きな影響を
与えました。
 朱子学はなぜ、正統論をそれほど問題にするのか。それは、朱子学が成立した当時の中国(宋)
自体が、存亡の危機にあったからです。宋の皇帝は金に捕らえられ、国土の半分を奪われました。
南宋では抗戦派と和平派が対立しましたが、朱子は抗戦派でした。文天祥(宰相)や岳飛(将軍)の
活躍も空しく、やがて南宋は元に滅ぼされます。この時代、儒学は「君臣の義」に基づいた、
かずかずの英雄的人物を生み出したのです。
 朱子学は、政治を絶対化しますが、それは(夷狄の)政権を絶対化しないためです。夷狄や
逆臣が政権を取っても、それは「天」の意思(政治の原則)に反すると考える。
江戸時代、中国は日本にとって、世界の中心=憧れの的でした。中国人に生まれなかったことを
生涯の不覚と悔しがる儒学者もいました。中国が儒学のモデルとなるのは、ソ連がマルクス主義の
モデルとなったり、アメリカが民主主義のモデルとなったりするのと同じです。日本の事情を一切
無視して、特定の外国にモデルを求めて憧れる思想を、慕夏主義といいます。
 中国ではしばしば王朝が交替するのに、日本で天皇の正統な支配が途切れず続いているのはなぜか。
それは天皇が中国人だからだ、という説が唱えられました。林羅山は、「天皇は呉の太伯の子孫で
ある」という南北朝の僧円月の説を紹介し、賛成しています。
 このように林家が天皇中国人説をとったのに対し、山鹿素行やまがそこうは、中朝論を唱え
ました。明が滅亡し、清に支配されて「畜類の国」となってしまったいま、日本こそが儒学の
正統だというのです。そこで素行は、日本を「中国」と呼びます。」
http://blog.goo.ne.jp/worldnote/e/98ac49754525b99b29f735f3e7b0b3dc
「明の滅亡がもたらした衝撃は、朝鮮だけでなく、日本にも来ていたのだ。朝鮮に、我こそ
真の中華という意識が生まれたのと平行して、日本でも中朝論が生まれ、尊王思想から、
八紘一宇につながっていく、原形となった。維新後、ないし大陸での日本の活動の底流に、
中朝論を位置づけると、歴史がずいぶんと分かりやすくなる。
日本の中国制圧が成功していたら、(長年経過する内に)単に日本が中国になっただろう
(満州が清となり、中国と一体化したように)。アジアで覇を競うとは、そういう意味なのだろう。
こういう話なら、秀吉の唐入りを想起せねばなるまい。まるでデジャビュだが、そこで興味深いのは
江戸時代が「戦後」だったという話。当時は慕夏主義、今の戦後は、慕米主義だそうだが。」
http://45ryouma.jugem.jp/?eid=24
「朱熹は、今でいう中国江西省の出。中国東北部の民族である「女真(ジュルチン)族」によって、
宋は圧迫を受けていた。女真族は、半農半猟民族の部族だったため、戦が強かった。この武力に
よって建国されたのが「金」である。この金よって、北宋は潰されたが、宋国王の弟・康王は
日をおかずして「南宋」を興す。しかし、この南宋も常に、金によって脅かされていた。そんな
時代に生まれた朱熹。生まれながらにして、攘夷思想を持っていたとしても不思議ではない。
その朱熹が儒教を再構築しなおした。それが朱子学である。それまであった孔子の解釈は
不十分であるとした。新しい注釈を施したのである。これを、それ以前の古注にたいし、
新注という。朱熹は、女真族に対して、文明を意識した。金が野蛮な連中の国家であるという
思いと、憎しみが強い。秩序への執着があった。」
 ネット右翼の攘夷主義も、文明の立場に立ちたい、中華人になりたいだけで同じじゃが。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 01:56:44.68 ID:AKthV9iY.net
弥生顔をブス扱いする不敬な人間は東北人か朝鮮人

135 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 02:06:41.88 ID:j795x9+1.net
>>131
>わしゃ日本人じゃけぇ神代文字とかカルト概念は



神代文字がカルトで日本人の価値観じゃないと?
じゃあ日本人の価値観ってなんですか?
これからの時代に問題になってくるのはここ何だよ。
だからやっぱりアナタはそういう人何だよ、ネトウヨと一緒w
漢字価値観を無視できない人。
例えば琴にしろ三味線にしろそのプロは「琴は日本の誇る伝統文化」
と胸を張って言うわけだがこれらは海外からみたら中国文化でしかないわけだ。
また今では日本の文化としか思えない演歌にしてもだが、
演歌には中国朝鮮にはない日本人独特の渋さというか人生観があって
これは欧米人にも理解できる特殊な文化なのだが、
ところが演歌の歌い方が実は朝鮮式なのをどれほどの知ってる人がいるだろう?
演歌という文化は中国朝鮮にはあまり理解されない江戸時代に培われた
男と女や漁師の精神観と日韓併合時代に取り入れられた朝鮮式発声という融合文化。
神代文字にも同じ事が言えると思う。
(まぁ神代文字は間違いなく鎌倉時代以降に日本人が神道文字として作ったもんだけどね)

136 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 02:08:59.19 ID:Xp0EJfmI.net
>>128
 中華朱子学派の文明隷属のあんたらネット右翼たぁ違うわい。文明化されん野蛮こそ、
活力じゃけぇのう。
>>132
 わしが広島人じゃ無かったら、広島弁使えるわけなかろうに。わりゃ、「ぱーぷー」か?

137 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 02:24:46.22 ID:j795x9+1.net
>>133
なんで俺が中華奴隷主義なんだよwwww

あとね、甘いよあなた。
今やグローバル時代だからね。
そんなネトウヨや明治の維新連中が考えてたような前時代的な思想なんか
これから通用するはずないじゃんw
俺が言ってる日本が中華という話はそういう前時代的な話じゃない。
日本という文明がこれまでの中華に成り代わる、
中華はもう居ないから我々がこれから日本文明として台頭できる、
そういう意味なんだよ。
だから言ってるだろ?
お前が在日なのか日本人なのかは知らないが
日本人なのにわざわざ「負ける」側にそうやって付くのは理解できない。
お前がいくら文明は野蛮でツングースが偉かったと主張しても俺には通用しない。
広島人はイギリスに近い個人主義の国じゃなかったのか?
お前が自分はイギリス人の思考と似てるとしながら大陸にすり寄るのは
矛盾してないか?どうなんだ?

138 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 02:41:20.61 ID:j795x9+1.net
あと現代の民主主義とかつての朱子学は思想的に確かに似てる面がある。
だが朱子学はあくまで科挙制度による反貴族政治の面が強い。
日本では公家による支配から脱却し武士の台頭が起きたし
むしろ武士を正統とする江戸時代の体制から抜けようと
水戸学の尊皇攘夷思想が現れたのが問題だった。
つまり明治維新は秀吉が叶えたかった摂政の体制を西洋的に実現させたと言える。
だから本当は幕府なんか倒さなくてもよかったわけだ。
次の時代もその時に出てくる新しいやり方で将軍体制を実現したらよいわけだ。
あとその引用をみる限り満州を過大評価しすぎ。
ほんとは契丹が凄いんだよ。
その意味で日本は契丹、朝鮮は女慎に例えられるw
一応そういう事分かっていってんの?w
それとも天然で満州と朝鮮を偉大視してるのか?

139 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 02:51:22.26 ID:Xp0EJfmI.net
>>135
 演歌は朝鮮メロディじゃし、あんた過去スレ忘れ、若いもんじゃに、耄碌しよるのう(笑)。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1356540935/
415 :白馬青牛
「演歌のルーツ自体が朝鮮半島の可能性が強いけぇのう。 鈴木武樹氏も「日本の古代史だけが
朝鮮の影響を受けていると いままで思ってましたが、日本の大衆文化のすべては朝鮮の影響を
いまなお受けているということです。たとえば古賀政男さんの 古賀メロディーというのは
ソウルのメロディーなのです。高木東六さんに お聞きしたら、古賀メロディーは
朝鮮メロディー以外の何ものでもない、 と高木さんもおっしゃっていた。また小室等さんも
演歌は朝鮮メロディー だといっています。
芝居・映画・歌・野球・プロレスいった大衆文化が、 いまなお朝鮮の影響を受けている。しかも
重大なのは、影響を受けている ということではなくて、それを誰も口にしないということなのです。
新聞も雑誌も古賀メロディーの根幹にある朝鮮性に目を閉じているの です。」と。
 まあ、日本の芸能は古くは被差別民の文化じゃし、今は在日朝鮮人の比率が高い芸能やスポーツも
同様で差別されたもんから大衆文化は 発達するし、英米でも芸能人は差別されたユダヤ系やケルト、
特に アイルランド系が多いんも同じじゃわいのう。 」
436 :白馬青牛 
古賀政男氏の朝鮮メロディーの影響は、ここにも出とるのう。
http://shisly.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-4197.html
「古賀政男は偉大というほかない。生い立ちは不遇だったと聞く。 5歳のとき、行商を営む父が
死亡、母のセツは8人の子を育てた。 大正元年、一家をあげて朝鮮に渡り、少年時代を京城で
すごした。 労働者がうたう民謡などにしばしばきき惚れたという。古賀メロディーの原点には
朝鮮の音楽がある。」
 朝鮮の民謡トラジ(桔梗)なんかも影響受けたんじゃろうて。中国朝鮮族バージョン。
http://www.youtube.com/watch?v=oabunfQwApM
美人が歌うとええのう。 
 日本人にもおなじみの釜山港へ帰れ。
http://www.youtube.com/watch?v=sfOhQkdexro
ちいと前まで韓国は演歌系の歌が多かったのう。

140 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 02:55:38.74 ID:j795x9+1.net
>>136
>わりゃばーぷーか?


いや意味分かんないけどw(関東弁でおk)


まあともかく戦後知識人の意見なんてさ、敗戦があったから
そういう論点でしかものを見れないんだよ。
こればっかりは時代を進めていくしかない。
だからこれからの時代に将来の人たちが有利になる武器、つまり価値観を仕込んでゆくわけ。
まあ日本は慕米主義でいいしそれでアメリカ人になっても問題ないっしょw
それが嫌なら将来日本がネトウヨによって将来大陸再進出するのを願ったら良いじゃないwwwwwww

141 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 03:01:57.86 ID:j795x9+1.net
>>139
>日本の芸能文化は被差別部落じゃし欧米もユダヤやケルトや…



いや誰もそんな事きいてないしw

142 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 03:08:19.20 ID:j795x9+1.net
あと日本人が演歌が朝鮮風なのを隠してるってよりも
日本っていう風土がそれを吸収してしまう。
中国文化の日本化にしてもそうだけどちゃぶ台すらも
古代日本からあったような感じにしてしまう。
そういう事なんだとおもうよ。

143 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/19(土) 03:13:09.36 ID:Xp0EJfmI.net
>>135-138>>138
 森である基盤が朝鮮メロディの演歌を、時勢を唄に投影するローカルの枝葉から
違いを強調してもつまらんわ。
明治どころか、江戸期からの朱子学慕夏主義、中朝論は、現代の政治屋、官僚、学者も、
あんたらネット右翼にも多大な影響与えとるよ。
学者なら、縄文文明派が江南派でもあるんは、「慕夏主義」「中朝論」で説明がつくし、
ワンパターンなんよ。それが現代まで影響しとるし、あんたらカルト連中も、
中華文明隷属のお先棒担いどるじゃなぁか。ツングース系を蔑視し、中国文明側の立場で、
中国は北方民族に荒らされたゆえ、日本が中華の本場云うさしくり(誤摩化し)トンデモを
唱えよるけぇのう。
大陸概念じゃが、ツングースは海洋文化でもあり、極東偏狭で文明側でも無ぁわ。
農耕文明側の大陸の中華に精神的隷属しよんは、あんたらネット右翼らでぇ。
 民主主義と儒教原理主義の朱子学に何ら共通点は無ぁが、共産主義やカルト宗教原理主義とは
朱子学は類似する。現代の民主主義は、遊牧民野蛮人側の思想じゃわい。

144 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 03:14:14.96 ID:j795x9+1.net
それにしても鈴木武樹って奴はどうしょうもねぇな。
まあ〜あと50年もすれば昭和世代全員死ぬし別にいいかなw

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 05:54:09.47 ID:xlBGxaCN.net
>>90
 すいません。知ったかしました。
 白馬青牛さんはキリスト教原理主義者のメル・ギブソン氏の映画『パッション』を見たことあります?
古代ローマの刑罰が描かれていますが、確かにキツそうです。
ttp://video.fc2.com/content/20120910wyYWePPb/&tk=T0RNMk5qWTVOVGc9
ttp://nobody2005.web.fc2.com/jyunkyou/catalina/catalinakaigahtm.htm
>(付注:ローマ時代の鞭打ち)
> ”陰惨な殴打の手段としては、まず「殴る蹴る」があり、次に様々な形の棒が使われ、その後に鞭が登場するわけだが、ここに初めて大きな技術的発展が見られたのだ。
> 古代ローマ人の人々は、奴隷の鞭打ちに非常に熱心で、詩人ホラティウスによれば、刑が終了する前に執行人の方がくたびれて倒れてしまうほどだったという。
> 最も軽い犯罪には平たい皮製の鞭が用いられた。これを使った鞭打ちは穏やかで、イギリスの学童たちには代々おなじみの罰だった。
> また、カナダの刑務所では、何十年もの間、大人に対しても鞭打ちが行なわれていたが、1972年に廃止された。
> より厳しい鞭打ちに用いられた「スクーティカ」は、硬い羊皮のひもを束にしたものだ。しかし、されに過酷な鞭打ちには、恐ろしい「フラッゲルム」が用いられた。
>これは牛皮で使った鞭で、激しい痛みを与えるように先端に結び目がついており、重りとして骨の破片、金属玉、鉤、鋲がついている場合もあった。
> フラッゲルムはしばしば奴隷たちの命を奪い、円形競技場で剣闘士たちの武器にもなっていた。
> 牛皮製の単純な太鞭に加え、主だったタイプの鞭はローマ時代に早々と創り出されていたのだ。
> 革ひもの先に金属玉がついた「九尾の猫鞭」、ざらざらしたカバの木の枝で作った鞭、ロシアの「クノウト」、ジャマイカの「カート・ホィップ」(全長3〜4メートル、
>先端に向かうに従って細くなっている鞭)、それに似たもので、南アフリカのボーア人が用いたサイ皮製の鞭「シャムボク」など、近代初期のヨーロッパおよび
>その植民地を恐怖に陥れた拷問器具は、古代ローマ時代にその原型が作られ、威力が試されていたのである。
> 「図説 拷問と刑具の歴史」( マイケル・ケリガン 岡本千晶訳 原書房 2002年:The Instruments of Torture 
>by Michael Kerrigan Copyright 2001 by Amber Books,Ltd. Japanese translation)、
>p193−194)
 これなんかも。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%91%E7%BD%B0%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
>鋸挽き(のこぎりびき)
>西洋においてはオリエントから地中海世界の広い地域で古代より行われていた。西洋における鋸挽きの特徴として、人体を縦方向に垂直に切断する手法が挙げられる。
>長時間に亙り甚大な苦痛を伴い、切断というよりも肉を挽きちぎられる激痛を長時間延長させる手法は、後述の「刃物などで人体を切り刻む方法」に属するといえる。
>ローマ皇帝のディオクレティアヌスは、キリスト教徒を逆さ吊りした常態で、股から縦に鋸でひき殺した。逆さ吊り状態で執行されると頭部に血流が滞留するため、
>痛覚は鋭敏に感じるが出血は抑えられる。へその辺りまで切られても意識があるという。

 >>38の凌遅刑も世界的に見るとまだやわなほうなのかもしれません。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 06:02:56.73 ID:xlBGxaCN.net
>>106
 残虐な話が続きますが、そういう話もありますね。
ttp://tig.seesaa.net/article/111348294.html
>おもしろい言い伝えがイングランド西部の町チェスターに残されている。チェスターの町の人々は
>大昔からフットボールが大好きだったのだが、彼らが最初にフットボールをしたときに使ったボールは
>デーン人(ヴァイキング)の頭だった、という言い伝えである。 イングランドは9世紀から
>11世紀にかけて北欧のデーン人に侵略された。そのとき侵入してきたデーン人と戦った
>チェスターの町の人々が捕らえたデーン人を殺し、頭を切り取ってボール代わりに蹴っ飛ばして
>遊んだのがイングランドにおけるフットボールの始まりだ、というのである。 その場面を想像すると
>いささか気味が悪くなる話であるが、これについてもそのような言い伝えがあるだけで、史料や証拠は
>なにも残っていない。(後半略:P26〜P29)

 自分はノルマン人がブリテン島沿岸地域の人々の頭蓋骨でフットボールをやっていたと聞いたことがあるのですが、
この手の話は世界中にあるらしいので、昔は普通のことだったのかもしれません。
 白馬青牛さんがよく書かれる野蛮人の話はフットボールの世界で好んで使われますね。特にラグビーのほうで。
大陸とは違ったバーバリアン(野蛮人)の精神が息づいているとか、よく聞きます。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 06:12:25.18 ID:xlBGxaCN.net
 ケルトは頭蓋骨を飾っていたようですが、スキタイの影響なんですかね。
ttp://www.hum.u-tokai.ac.jp/~nakagawa/france/page004.html
> プロヴァンス地方では、エクス・アン・プロヴァンスのすぐ北に位置するケルト・リグリア系
>サルウィイー族の要塞都市アントルモン(Entremont)が、南仏のケルト人のオピドゥムの中では
>最も有名なもののひとつである。面積は3.5ヘクタールもあり、強固な城壁で囲まれていた。
>おそらくは戦いで殺した敵の兵士の生首・頭蓋骨を石の柱にはめ込んで集落や住居の入り口に
>飾っていたことはよく知られている(アントルモンは紀元前124年にローマによって破壊される)。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 08:02:52.26 ID:xlBGxaCN.net
>>115
 パスパ文字は中央アジア、新疆、チベット、華北、モンゴル、シベリアに見られる
岩画に似ている気がするんだが、パスパ文字のルーツってわかってるんだろうか?
ttp://photo.china.com.cn/2013-11/07/content_30527864.htm
ttp://travel.ts.cn/content/2012-01/11/content_6494134.htm
ttp://tech.sina.com.cn/d/2005-11-24/1815774901.shtml
 チベットの岩画の詰め合わせ。
ttp://www.gxmb.com/exhibition_show.php?ID=746
 羊の角なんかパスパ文字の曲線っぽい。
ttp://agri-history.ihns.ac.cn/scholars/weisi/weisi39.files/image103.jpg
ttp://agri-history.ihns.ac.cn/scholars/weisi/weisi39.files/image382.jpg
ttp://agri-history.ihns.ac.cn/scholars/weisi/weisi39.files/image219.jpg

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 08:05:00.43 ID:xlBGxaCN.net
 これはロシア語のサイトなんでなに書かれているのか全然わからないんだが、
画像を見ると生粋に日本人さんが飛びつきそうな内容っぽいね。
ttp://ru.convdocs.org/docs/index-22618.html?page=3
ttp://ru.convdocs.org/docs/index-22618.html?page=4
ttp://ru.convdocs.org/docs/index-22618.html?page=5

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 08:15:01.57 ID:xlBGxaCN.net
 出雲の話で思いだしたが、女真にも新羅のような亀の石像があった。
ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ussuriysk-Stone-Tortoise-3815.jpg
ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ussuriysk-Stone-Tortoise-S-3542.jpg
ttp://vladnews.ru/uploads/news/2011/11/11/ea886fb549658751daf73ee92d0a8e96.jpg

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 08:25:35.75 ID:xlBGxaCN.net
>>123
 まぁ、新嘗祭すら中国の模倣っぽいからね。
ttp://withinc.kobe-yamate.ac.jp/univ/course/kawakami/episode_13.shtml
> 古代中国の「礼記」という本には、「天子は千畝を耕す。天子自ら南郊で耕し、
>多くのものを供えて農業神(田祖)を祭礼し、豊作を祈る」と出てくる。
>漢代以後は、農業神は「先農」と称し、この祭りは春に行われた。その後も、歴代皇帝は、
>田を作る礼を最も重視して行ったことが、多くの文献に記されている。 さらに、
>天子の耕田に対して、皇后は桑を採集して蚕を養うことを行っている。
> 仲春のころ、皇后は公郷、列侯の夫人たちを率いて、苑中で桑を採り、羊や豚を供えて
>蚕神を祭った。宮中で養っていた蚕から絹糸をつむぎ、祭用の服を作ったとも記されている。
>中国でも、皇帝とその皇后は、自ら田畑を耕し、蚕を養って絹糸で衣服を作っている。
>最高権力者は、その経済基盤の代表者として、日本でも中国でも同じことをしている。
>日本国家成立のころに、中国の制度からこれを学んだ可能性があるが、農業社会の中で
>独自の成立ということも十分考えられる。とにかくおもしろい事実だ。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 14:45:43.97 ID:xlBGxaCN.net
>>142
 これはある意味重要な指摘で、逆に縄文(例えばアイヌや沖縄)や南方との共通項目を
いくらつくっても、どうしても日本は日本的な峻厳な態度に変わり、これらの地域とは似ず
例えものが同じでも中身が違っている、その運用が違っている(例えば効率性)な現実を
指摘しなければならないのも同じ。
 >>136の白馬青牛さんの「文明化されん野蛮こそ、活力」は日本の吸収力、フットワークの軽さの
本質を適確に言い当てているように思う。
 ネット右翼みたいに原理主義的になると、特にここでは縄文や南方にこだわりすぎると
歴史ひとつ文化ひとつ語るにもどこか窮屈になり、最後の最後で違和感につきあたり
どうも違うというような矛盾がでてくる。これを移動性の高い騎馬民族的、海賊的
質素ゆえに吸収能力の高い、文化ひとつとってもみて道具的に使い回し出す野蛮人たる
南ツングースが基層になっていると考えると納得がいく。
 まぁ、こんなちょっとしたことでも、こんなふうに思うね。

153 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 16:12:54.85 ID:j795x9+1.net
>>145
お前そんな話ばっかりだな。
そんなんでビビると思ってんの?
こちらもそれなりのグロ画像踏まされてきてんだよw
トレーラーにひかれるやつとかひどいもんだよ。

てか牛は処刑マニアか?
てか元自衛官とか?
だから仁義なき戦いなんかにはまるんだろうなw
(いっちゃってるな〜。)
俺も似たようなもんだが、あいにくバイオレンスに関心はない。
まあお前が言いたいのはそこだろ?
関心がないからそういう奴がネトウヨが危ない事に手を出すなと。
衝動を抑え大人しくなければならないと。
それがお前のまあある種の信念みたいなもんとしてある。
しかしそれはお前みたいに殺人鬼質な性に生まれなければ分からん事だ。
あるいは戦争被害者か。
今回の震災で福島などの地域を含めた数万人が一瞬であの世に言ったが、
まあ日本人ってのはアホなのかなーと。
なんらしらぬふりでしょ。
被災者「三陸が津波で被災しまして非難生活が大変です」

東京人「ああそう。それは大変でしたね」

だもんw
渋谷とかどんどんビルおったててさ、まあさすがに倒壊はしないが
現実ってのがあんまり見えてないわけだよ。
東京湾で津波が起こればどうなるか…。

154 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 16:26:39.03 ID:j795x9+1.net
だからほんとは東京湾は半分ぐらい埋め立てしたらいいんだが
だれもそんな考えにはならんわけだよ。
東京湾を昔の綺麗な姿に戻そうとかそういう綺麗事ばっかりで。
富士山だって爆発したらポンペイみたいになって富士山から静岡までが
溶岩流で焼かれるかもしれない。
この辺は農耕的堕落や文明的堕落が当てはまるが、
しかし日本はさらに島国的堕落だよ。
大陸とは違い外敵が到達しにくいから潜在的に国家意識が貧弱。
この島にも文明があれば良かったが今でも日本人は中国朝鮮に同じ
東洋人として親しみを持つ場合が多い。
そのせいで日本はとんでもない自滅戦争を演じなければならなかった。
>>146
そんな残忍な話でもないだろ。
残忍といえば原爆や大空襲なんてさいたるもの。
処刑は手法が残忍なだけで死ぬのは少ない。
虐殺は1人2人、10人100人1000人の話じゃないからな。
もうこれが起こるのは銘柄な不幸なんだよ。
日本という地理的に不安定な島に生まれてしまった災難。
ユダヤ人もそうだ。
そして天皇ら貴族の支配層はそれを知って国民が犠牲になるのを承諾するしかない。
まあさすがに昭和天皇は自分の治世にあんな戦争になった事にはこたえたようだが。

155 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 16:39:01.86 ID:j795x9+1.net
>>147
まあそれが敵なのか味方のなのかは知らんが、
日本もいつか靖国や遊就館のような機能を統合した
国防軍人記念館みたいなのを作って、そこに三島の首像(と刀)を飾ったらいい。
彼は戦後出現した稀なる勇者だった。
武士は死ぬ事を見つけたりという葉隠とかなんとかの思想なんだそうだ。
彼の考え方は今後の日本や国防のあり方を変えるでしょうな。
しかもハーフ化が進む日本では池永トーマスみたいな彼女を殺して自分も死ぬみたいな
狩猟的本能(欧米型サイコパス)をもった人間が増えてくる。
もともと欧米人はキチガイの寄せ集めを知恵で統制した社会だからな。
文明を否定する牛には分からないだろうが。
牛はきっとイスラムとかあっち系の気質なんだろう。

156 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 16:43:54.13 ID:j795x9+1.net
>>148
知らないもんなんだなぁ



案外多くのネトウヨ達もハングルをパスパパスパと非難してるわりに
パスパがモンゴルの支配によるものというだけで、
それがどういったものかというのは興味ないのかもなぁ。
意外。

157 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 17:02:09.91 ID:j795x9+1.net
パスパ文字はチベット文字の異体字なんだよ。
つまりチベット文字の書体を四角く角張らせ、それを縦に書いたもの。
分かりやすくいえば平仮名とカタカナみたいな関係。
だからネパールとかで使うような梵字の一種なんだよね。

158 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 20:03:54.31 ID:j795x9+1.net
で面白いのはハングルがパスパ文字に似てるのは、1400年代に朝鮮の学者たちが
「元あったこの梵字系とは全く別な文字」を梵字のように
組んでしまったことが原因なのである。
わかりやすく例えるなら最初アルファベットだったものを梵字のように組み合わせる
事によって結果パスパ文字に似てしまいそれを後の人が
パスパ文字起源だと信じてしまったというわけだ。
これは「一重の人が皆朝鮮から来た弥生系」という勘違いにもにてる。
例によって知性なき愚かなネトウヨ達はウィキにあるレッドヤード氏理論を根拠に
「ハングルはモンゴル帝国支配によって発案がくまれ文字の読めない
愚民の為に作った」のだとして日本人の差別感情に訴えるやり方で刷り込む事に成功した。
(だが文字が読めても歴史が読めない愚民が実は自分達であるとは知らず)
つまり日本人が歴史弱でバカなんだが、まあそれは仕方ない。

159 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 20:17:33.98 ID:j795x9+1.net
>>151
男って漢字があるが、これは従来「田んぼに植える」ようなイメージがある。
しかし実はこれは違う。
田っていうのは「加工した四角い石」のことだ。
つまり方形に切りそろえられた石を運ぶという意味なんだ。
だから田んぼで力仕事の意味とはもともと違う。
日本に入ってかあるいは輸入段階ですでに稲作の関係に変化してた。
>>152
日本の明治以降の建築にしてもそうだ。
歴史的にみれば東京駅なんか欧米植民地の名残に思える。
しかし日本人は自分達で欧米風になって自分達で作ってるから必ずしも植民地ではない。
(欧米人がそのつもりで日本に技術を教えたのだとしても)
つまり日本という風土はそれが借り物である事を忘れてしまう。
それが自分の文化だと勘違いしてしまう。
もちろん日本人が鈍感で良く統制(自意識を抑制)されたバカだってのもある。
それが戦後みたいなアメリカを憎まずという良い方向にも
戦前の英米を恨み戦争に突っ切った悪い方にも繋がってる。
あともう一つ、日本人はそもそも中国人ではないから特に欧米建築に対して
なにか異物感をいだく事も無いわけだ。

160 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/19(土) 20:39:05.93 ID:j795x9+1.net
で、牛さんの話については特に言うことはないが牛さんみたいな
凡日本文化感情(日本とはこうなんだっていう)がネトウヨを含め
日本人を中国的な文明スタイルに縛り付けてしまってる。
これだと「収穫の日」に日本が再び中国に帰る道を選んでしまうかもしれない。
つまり日本人の多くが今後あの戦争を、
「日本が再び欧米を裏切り中国と同盟を組む為の犠牲だった」
として捉えてしまうかもしれないわけだ。
さっき三島の話をしたが三島はそういう解釈で自害されたのだが、
これは保守派の意を反して逆効果であったと言える。
三島は冷戦が長引くと思い自害したがまさかソ連が崩壊するとは
誰にも予測できなかった。
三島は本来なら生き長らえて主張し続けなければならなかった。
それによって日本独立の立場を主張すれば日本はもっとネトウヨ支配の強い
日本的な、悪く言えば今の韓国に近い国の風潮があったし
勝共の連中よろしくアメリカからの自立と日韓の友好が保守から叫ばれた。
しかしそうなってないのは私としては好都合だと思う。
神代文字の存在にしろ日本で認知させるには嫌韓感情が必要だし
ネトウヨみたいな漢字大好きな連中が強くてもたまらんから。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 22:59:02.39 ID:xlBGxaCN.net
>>153-155
 見たくない人のためにグロ注意と書いておいたほうがよかったかな?
まぁ、もう遅いが。
 >>145のウィキペディアの刑罰の一覧を見ていると(ここに書かれてないのも
あるらしいが、例えば「ファラリスの雄牛」とか)、生首や頭蓋骨を
蹴っ飛ばすぐらい、スキタイが首狩りをするぐらい、どうってことないように
思えてはくる。
 近代兵器は殺傷能力は高く、これによってものすごい戦死者を出すようには
なったが、上のような人を痛めつけることに楽しみすら覚えるような
残忍さとはまた違うと思うぞ。爆弾もそうだが銃でもナイフで相手の急所を突き刺して
殺すより人を殺した感覚がないだろ。
 何度も書いてるけど自分は白馬青牛さんじゃないし、グロが好きなわけでもない。
むしろ幽霊含め恐いものは嫌いだね。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:19:09.16 ID:xlBGxaCN.net
>>155
 敵兵と書いてるでしょ。これも。
ttp://avantdoublier.blogspot.jp/2007/05/blog-post_22.html
>ケルトには紀元前に石に頭蓋骨を埋め込んだものがある。おそらくこのあたりから人頭の石
>彫や、人頭を装飾モチーフとして表すということが行われるようになったのだろうと思う。
>そしてその人頭は祖先崇拝から出てきたものだと思っていた、古代シリアの頭蓋骨崇拝のよ
>うに。
>ところが、上記の本を読んで驚いたことに、この頭蓋骨は打ち負かした敵の生首だったらし
>い。「死んだ敵の内に宿っていた神聖なものの力を呼び起こし、それが自分自身に働くようし
>向けた。この神殿入口の柱に埋め込まれた頭蓋骨−戦争の神のたえざる霊の守護者−
>は、力の集中する場であり、超自然的災厄を防御するものとなっている」という。

 このサイトはちょっとオカルト臭がするが。
ttp://momo.gogo.tc/yukari/dragon/contents/doruide.html
>首狩りや人身御供も時として行われたようです。
>首を落とすと「あの世に再生できない」という考えがあったのかどうかは分かりません
>が、戦いで首を狩るというケルトの習慣は広く見られます。
>狩られた頭部は貴重なものとして神殿におさめられたりしました。イタリア北部では前
>216年にケルトの部族(ボイイー族)がローマの将軍ポストゥムスの頭を切り取り、そ
>れを洗った後金箔を貼り祭祀用の器として用いたことがローマの歴史家リウィウス(前
>59〜17あるいは前64〜12)によって記されています。
>またボヘミアでは洞くつの中から頭蓋骨で作ったカップがその他の奉納品と一緒に発
>掘されています。
>ドルイドは犠牲者の横隔膜の上部を突き刺し、倒れたときの姿勢、手足の痙攣、血の
>量と色などで占いました。神殿の中の柱かけにしたり、死ぬまで矢と槍の雨を降らせ
>たり、柳の枝や干し草で作った巨像を立ててその中に生きたまま人間を大勢詰め込
>み、ドルイドが火のついたたいまつを投げ入れるというようなことも行われました。セク
>アヌでも触れていますが、金や銀を供物として聖なる湖などに投げ入れたりもしまし
>た。

 頭蓋骨を器にするところなんかスキタイっぽい。
ケルトが人身御供をしていたのも事実で、生贄にされたのは奴隷だと思うが、
ウィッカーマンなんか中々むごい。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:25:45.71 ID:BIHITzKc.net
>>128>>132
牛さんと違うでこっちは。広島弁はよう書かかんて。
だいたいこっちは渡来人主義と違うから。

>>134
弥生と後世の渡来を一緒にするな。
顔も全然違うやもしれん。

>>138
秀吉は京都についてる。子飼の加藤(同郷名古屋)は藤原氏。
大化後対新羅潰し、その後河内源氏が出て中断、秀吉登場で半島侵攻。
徳川(自称河内源氏)が出て中断、明治以降京都復活また侵攻。
明治の場合は外国勢やと思うけどもね。

面白いで。
日本軍の作戦目標は先ず全羅道を徹底的に撃滅し、さらに忠清道へも進撃することと、
その達成後は後退して拠点となる城郭群を建設することであった。
何故か真っ先に百済に向かう秀吉軍w
攻撃と共に、一番欲しかった地域なのかも。そこの住人は要らない様だけど。
日本に近い新羅やかつての日本地の任那を完全スルーする秀吉軍はおかしい。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:29:31.87 ID:BIHITzKc.net
面白いと書いたら大米さんに失礼やな、ごめん。
被害でてる訳やしな。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:38:17.92 ID:BIHITzKc.net
>>130
>百済に比べ権力主流におらず傍流
何を見てそう言ってんの?
百済は天皇の命令(って事になってる)で東におる。
新羅は殆ど畿内や近くにいてる。全然違うよ。
あんたの言う高志地域にいたんだよ、百済は。
高志氏と言うのが後に大阪府に移住してる。百済氏族らしい。
勾玉は渡来人と違うし、出雲側が襲ったとか根拠ない。
現実に見えてくるのは誰かいな。
>>125にも書いた様に、日向の神話とて怪しいんだからねぇ。
天孫降臨したのは古代じゃないかもなw

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:39:48.38 ID:xlBGxaCN.net
>>157
 梵字か。しかし文字って世界的によく似ている。違うのもあるが、漢字を見ても
似てるのがはるか西方にも見られる。
ttp://lah.ru/text/urkovec/china.htm
 例のロシア語のサイトだが、翻訳ツールを使ってみると漢字とどこかの文字の
共通性を探ってる。
> これは、中国の象形文字を見て、このような観点から、論理的になります。アシスタント賢い神黄ディ、
>中国文明の創始者(転写による - - 帝国首相府のチーフ - 学長)本発明自体象形書い中国の伝統は、
>神秘的な文字倉謝(TSE)の属性。表現の1によると、倉謝は看板の「山と海の輪郭、龍や蛇、鳥や動物の痕跡」を
>見て手紙だけでなく、オブジェクトが影を作成しました。
> 同じ文字によると、中国の考古学は、新石器時代の陶器(ill.5)に戻って絵にさかのぼります。
>http://lah.ru/text/urkovec/chin/05.jpg
> 古代中国の執筆の歴史の中で三大エポック以下のとおりです。事前クラシック、古典(Y C紀元前 -
>二世紀。)と後期古代中国(III-YI(XI-Y CはBCE。)何世紀。紀元前)。しかし、中国を書いている
>近代国家の最も初期の祖先は、印刷物にシャン(XY-XI世紀。BC)を反射し、カメのシールドと動物の骨上の
>いわゆる「推測読み」を中心に表現されている。これらの碑文(区嘉ウェン)は中国東部の安養市の
>古都(河南省)に近い地域で大量に発見された。現代の概念によると、この時代の文字は、文字、アイコン、
>すなわち、本質的である 特定の項目の多かれ少なかれ様式化されたイメージ。今約5000これらの
>書き込まれた文字と、約1500それらの後に文字の(と考えられる)の類似体を発見したがあります。
>碑文の1の描写はill.6を参照して、ここで明確に陰の碑文が再びすでに力の要素を構成する抽象語の
>最大限度をアイコンに少し似ていないことを示しています。音節ではなく、絵文字 - しかし、
>クレタ島のリニアAクラスA、Bにセンセーショナルな類似点を持っている。ill.7で発表された最も
明白な偶然の一致。
>http://lah.ru/text/urkovec/chin/06.jpg http://lah.ru/text/urkovec/chin/07.jpg

 原カナン文字。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%B3%E6%96%87%E5%AD%97
 まぁ、文字ってこういうものなのかもしれないが、棒線と丸と曲線で簡単に描かれてるものが多く
古い文字は楔形文字やヒエログリフ以外は大体似ている。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/19(土) 23:47:12.65 ID:xlBGxaCN.net
>>159
 石は象形文字で崖の下にある石ころ。田は象形文字でくにがまえと同じ囲いに畦道を描いた田んぼ。
男は象形文字ではなく会意文字で、会意文字は象形文字や指示文字を組み合わせたもの。
象形文字の「田」に石の意味はない。
 日本の漢和辞典もこれを記した『説文解字』を原典にしているわけだが、何なのその話?
>>160
 西部邁氏のアイディアだが、近代(モダン)は模型(モデル)が流行(モード)する時代なんだと
(いずれも語源は同じらしい)。単純化したモデル(模型)で自慰行為するネット右翼や
生粋の日本人さんはモデル(模型)の入れ替わりもモード(流行)の移り変わりも多そうだな。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 00:10:41.20 ID:lU5vNS3a.net
>>154
天皇家は被害者だろうが。あっちに行けこっちに行け言われて。

>>162
首を落とすのは心理的なものでしょう。
あの世というより、この世で再生出来ない。
アメリカ上流の頭蓋骨好きはインディアンの風習も入ってる。
別にスキタイに限った話ではない。

169 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/20(日) 00:35:27.63 ID:1r3ROH8/.net
>>140
「ぽーぷー」は、広島以外通じん処が多いようじゃのう。
http://rururin66.exblog.jp/17010011/
「ぱーぷーが、広島弁じゃゆうことを!驚愕
ぱーぷー って、標準語かと思っとたわ!!!」とか、
http://www.youtube.com/watch?v=lBTsRZvD-4Y
こっちの上品な、広島弁講座でも、2分24秒あたりから「ぱーぷー」が出とるが、近畿でも通じん
場合があるけぇのう。ここの中卒云う意味じゃ無うて、馬鹿垂れ、阿呆云うことじゃ。
三浦マイルド氏は、若いけぇ、わしらの世代の広島弁と違うし、関西訛り化した広島弁じゃのう。
「おとろしい」も使うが怖いんは「いびせー」「えべせー」も使うわいのう。
「ぱーぷー」は、朝鮮語起源説もあるのう。
http://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/a44210c53d3de54af26e971b1614755c
「<馬鹿>を韓国語で<パボ(&#48148;&#48372;)>ということは、けっこう知られていると思います。
 私ヌルボは、中学校の頃(半世紀近く前)、「馬鹿のことを<パープー>と言うんだ」と友人から
聞いたことがありますが、今思えば、この言葉は<パボ>から来た言葉かもしれません。
<パボ(&#48148;&#48372;)>は<パプポ(&#48165;&#48372;)>が変化した言葉だそうです。<パプ(&#48165;)>は<ご飯>、<ボ(&#48372;)>は
<コッポ(&#44161;&#48372;)>=弱虫、<ウルボ(&#50872;&#48372;)>=泣き虫、<ヌリンボ(&#45712;&#47548;&#48372;)>=怠け者等の<ボ(&#48372;)>で、
<〜虫><〜者>のような意味です。あ、ヌルボの<ボ>もそうですね。」
まあ、広島は大正後期生まれ以降は、「ぱーぷー」を使いよったけど、それ以前の時代に使うたか
どうかは、わしも分からんよ。「ぱーぷー」は使わんでも、明治生まれの祖父は、
「ぱー」は使うたかどうかも、うっすらした記憶で、今となっては分らんけどのう。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 00:35:38.39 ID:lU5vNS3a.net
良いのん見つけたで。
台湾の先住民も部族が何組かあり、その内のアミ族の言い伝え。

太古、南方にあったラガサンという大陸が天変地異で海中に沈んだ。
そのとき臼に載って辛くも逃れだした男女が海流に乗って北上し、台湾にたどり着いた。
二人はその地に落ち着いて結婚し、子孫も増えた。
そして『我々は北にやってきた』ことを記念し、北を意味する「アミ」を民族名とした…

また別のツァウ族は日本人を伝説上の同じ先祖の民族とし、
歓迎してくれたそう。
有名なタイヤル族は沖縄と九州を同祖と言ってる。
台湾民俗衣装は日本の鎧とそっくりなのもあるね。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 00:37:28.78 ID:lU5vNS3a.net
>>169
バグってますよ。
酔ってるんですか?

172 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/20(日) 01:13:14.70 ID:1r3ROH8/.net
>>141-143 >>144
日本の芸能文化は、被差別民の文化でカタギの庶民からじゃ無いぁよ。
吸収云う自らを中華側に立たせたもんたぁ、多大な影響を日本文化が受けただけのことじゃに、
文明側に属すると、解釈も教条建前論になるのう。
鈴木武樹氏は、既に亡くなられとるよ。しかも昭和期にのう。
>>145-148
メル・ギブソン氏は、カトリック教徒ゆぇ、キリスト教原理主義の根本主義者ファンダメンタリスト
じゃ無ぁでしょう。
鋸挽き(のこぎりびき)なんか、日本の織田信長 にも共通しますし、信長が浅井、朝倉の頭骸骨を
杯にした方こそスキタイの伝統でしょう。
>>150
 亀は北方の方面シンボルでもあるし、玄武も北アジアの概念が中国にも広まったもんじゃと
思うよ。

173 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 01:26:26.05 ID:aUfQaLYc.net
>>169
>ヌルボ




(´∀`)ぬるぽ

174 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 01:28:30.54 ID:aUfQaLYc.net
>>172
>既に亡くられとるよ



あ、そうなんだw
よかったよかった

175 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 01:39:52.15 ID:aUfQaLYc.net
>>170
今日の不思議発見が面白かったよ。
南米のオルメカはかなり発達した文明だったようだ。
有名なオルメカヘッドや出土した諸石像は造形的にもかなりデッサンが優れたものだった。
ほかピラミッドと大樹の関係やアステカの地下空間の星を模した天井など
2000年近く前にも関わらず優れた天文学や測量が存在していた事を示していた。
それから土器みたいなものの紹介もあって縄文土器に似ていてふと思ったが、
縄文人が青森で発達したのは南米と交流してたからでは?
それだと青森でいろいろ珍しいものが見つかるわけだ。
だいたい日本列島は大陸と南米などアメリカと中間に存在し、
北海道をふくめたあの辺はユーラシアから南米への移動ルートの要所だよ。

176 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/20(日) 01:41:55.17 ID:1r3ROH8/.net
>>153-156 >>160
 >>145氏とわしゃ同一人物じゃ無ぁのに、何でわし向けに云いよんなら。ほいから、
東京も福島原発の放射能の影響もあるのに、随分呑気なのう。ボディブローが現在進行形で
汚染地域なのに、他人事のように云うあんたの思考が分らんわい。
軟弱な三島由起夫氏の銅像じゃの笑えるがギャグで云うとんか?
田中清玄氏に挨拶に来た時は、剣道の稽古着で三島氏は来たと田中氏も日本人としての
礼儀も無ぁ無作法ぶりに呆れられとったし、三島氏自体、ボディビルや剣道で見栄えだけの
実力が伴わんし、肉体改造喧伝も幼稚過ぎて笑えるわけじゃが、見栄えだけなら旧日本帝国の軟弱な
高級軍人と変わらんし、ほんま「ぽーぷー」に自己をカルト脳にせにゃ出来んことを
平気でやられるけぇ、可笑しいんよ。
 三島由起夫氏のような左翼国家主義自体ユートピア思想妄信で自己破滅する観念論は
理解出来んのう。

177 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 01:50:30.07 ID:aUfQaLYc.net
>>164
日韓併合自体は悪くなかったと思うから別にいいよ。
うちはその時に日本に来た家らしいから。
(日本での成功を目指してな…)
だから日韓併合は一概に悪いとは言えない。

178 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 02:01:26.59 ID:aUfQaLYc.net
>>176
>挨拶に来たときは剣道の稽古着で


いきさつは良く分からんが三島らしいやw

179 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 02:14:20.11 ID:aUfQaLYc.net
>>176
>三島の銅像じゃのギャグで言ってんのか?


いやいや真面目にだよw
軍人記念館に特別な部屋を用意して英雄三島の部屋を作るわけ。
まあ今の日本人の感覚からは決して生まれないけどねw
しかもネトウヨ連中や往年の三島信者も反対するわけだよw
しかしなんで日本人ってのは「特別な個人を敬う」という事ができないのかね?
そこが不思議だよ。
韓国だってアンジュンゴンの記念館や銅像をちゃんと作る。
朴クネの父親の記念館もかなり豪勢で日本の政治家で
そういうのはあまり無いわけだよ。
日本人ってのはななんなんだろうか?
人が多すぎるのかね?
国が中途半端に広いからか?
日本で個人が敬まれてるのって案外創価の会長とかぐらいでほんとに少ない。
(忠犬ハチ公とか舐めてんのか?w犬を讃えてどうするw)
三島ほどの現代の偉人なら銅像立ててしかるべきだ。

180 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/20(日) 02:16:07.82 ID:1r3ROH8/.net
>>163-166
 渡来系が日本人云う現実認識が無かったら、カルト主義じゃのう(笑)。
現代人の顔でも朝鮮人より沖縄人の顔が異質と現実認識しとるんが多くの日本人じゃし。
朝鮮人と沖縄人と本土日本人を比べ、本土日本人は、沖縄人よりは、朝鮮人に断然近い
現実を無視して架空な日本人じゃの想定してもつまらんわ。
秀吉は加藤・小西の熊本勢を朝鮮北部まで行かせて、結局遼東軍の反攻で負けて、
結局、勢いに乗る遼東軍、朝鮮の混成部隊を碧蹄館の正面で小早川氏ら安芸広島国人衆が
食い止め、尻を拭いたわけじゃ。
まあ、日本軍のエースの広島は、他地方部部隊の不始末を拭くトイレット・ペーパーじゃったんは、
先の日華事変、大東亜戦争のマレー・シンガポール戦にも継続されたけど、他地域は広島に
迷惑かけるのう。全羅道は制海権握るゆえ、重要じゃが、高麗朝にもモンゴル帝国にも
徹底抗戦した、全羅道に釘付けになる自体、長期戦必須で勝てる要素の目は摘まれたと一緒じゃ。
ほいで任那は、任那の支配層北方木槨墓人が支配し、日本たぁ無関係じゃに、
カルト概念で歴史を歪めた妄想に終始してもつまらんわ。
北陸の高志は、先住蝦夷の奴隷じゃし、百済じゃ無ぁわ。
天孫降臨の地の日向む隼人の先住民の住む日向じゃ無ぁ、日本なら「筑紫の日向」
が妥当であろう。

181 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 02:24:10.56 ID:aUfQaLYc.net
日本軍のエースの広島wwwwwww

182 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/20(日) 02:28:13.26 ID:1r3ROH8/.net
>>179
「特別な個人を敬う」云うんは、天皇陛下であろうと池田大作氏であろうと、北朝鮮の金王朝
血族であろうと、民主主義国じゃカルト概念じゃけぇカルト個人崇拝はせん方が当たり前の
ことじゃないか。個人崇拝じゃのカルトにマインド・コントロールされにゃあ出来ることじゃ
無ぁけぇ決まっとろうが。
銅像なんか広島県でも、郷土の政治家の銅像があるよ。俗物の政治カルト向けで
一般人たぁ何ら関わり無ぁものじゃにのう(笑)。
まあ、あんたぁ、カルト思想脳じゃけぇ、精神鑑定して貰う必要性があるのう(笑)。
「個人崇拝」のカルト奴隷根性まで発揮させるに至るとのう。

183 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 02:44:51.14 ID:aUfQaLYc.net
>>182
いやいや北朝鮮は案外バカにできない。
独裁だから見た目は悪いがあそこまで指導者を崇拝できるのは立派な事。

現代の日本人でどれだけの人が天皇に対して同様に思えるか?
あまり居ないだろ。
老人のみ。
もうこれからは天皇が象徴じゃダメなんだよ。
なんか新しい原理で新しい象徴をたてないと。
天皇はもう今のまま非軍事、非指導者、非エンペラーを貫いてもらって
じゃあ総理大臣よりも注目が集められるヒーローをどう生み出すか。
>広島にも郷土政治家の銅像あるよ

まあそれは良いわけだがなんていうか全国的な偉人でないと…

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 09:52:01.02 ID:Wd8QqRFB.net
>>134
むしろ最近テレビで美形だとゴリ押しされてるのは完全に弥生顔だよね

西島秀俊、吉瀬美智子、剛力彩芽などなど

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 11:35:32.77 ID:Ujapg8yn.net
>>152
日本人が他国の文物をローカライズする能力を、「日本人は南ツングースが基層だから」と単純化するのは、どうよ?
それこそ、「日本は季節の寒暖差や湿度差、過酷な天災があるから高い環境適応力が必要であり、それが文化的適応力の高さにも結びついた」みたいな、
世間一般で言われる日本人の民族性に対する通説のほうがまだ説得力がある
それを論理の飛躍で全部「南ツングース」に還元しちゃうのは、「縄文や南方」主義者を嗤えない「南ツングース優位主義」そのものだと思うのだが

186 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 14:06:16.38 ID:aUfQaLYc.net
>>184
縄文的な弥生、あるいは弥生と縄文の半々だな。
(完全な縄文はかなり少ない)
分かってるだろうが芸能界はそれをあえてねらってる。
わかるな…?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 14:33:57.39 ID:Ujapg8yn.net
西島秀俊とか吉瀬美智子は弥生顔だけど、剛力とか塩顔系は鮮卑顔でしょ
あんなんどんだけ流行らそうとしても、一般の日本人はゴリ押しに違和感覚えるだけ

188 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 16:01:52.06 ID:aUfQaLYc.net
>>187
いや、強力は朝鮮弥生+白人系


最近の体つきの成長でより白人的な体格になってる。
流行らそうとしてるのは牛みたいな昭和の凡日本価値観主義者と
山口百恵らを出した勢力、芸能ヤクザ。

189 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 16:27:45.68 ID:aUfQaLYc.net
>>166
大まかな流れとしてはエジプトのヒエログリフからアルファベット、
アラビア文字、ルーン、インド文字らが生まれたわけです。
つまり現在に見る90パーセントの世界の文字は全て遠い親戚になるんですよ。
ところが、ここからが大事で漢字というのはそれには属さない。
漢字は中国で生まれた完全なオリジナルであると考えられるから。
で、ハングルがネット右翼らによってパスパのパクリだと(梵字体系だと)
されていますがハングルは漢字系かあるいはどの文字にも属さない
ヒエログリフ、楔文字、漢字に継ぐ第4オリジナルになるわけ。
しかしそんな事は有り得ないと誰でも分かる。
朝鮮にそんな文字を生み出す歴史的要素は何もないから。
で、あなたは例によって「梵字か」と言われましたがあなたがそう言われた心情として
日本人の一般的な歴史や文字の理解、認識として
「この国には漢字と仮名と梵字しかなかっただろう」
という狭い知識からその言葉が恐らくでているわけだ。
どんな日本人に聞いてもそういう観念を持ってる。
そしてなぜ同じような文化圏であり日本よりも遥かに中国文化の強制が強い朝鮮に
漢字と梵字以外の仮名とも違う文字が存在するのか?

190 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 16:41:29.37 ID:aUfQaLYc.net
その事を理解できないものは次のような思考を選択する。
「きっと朝鮮はモンゴル帝国の支配があってそのせいでハングルが作られたに違いない」と。

多くのネット右翼が認識してるハングルに対する理解がこれだ。
ハングルについて知らない人はやをみるようにこの観念にとらわれる。
一重をみて朝鮮系、弥生系だとするようにな。
ハングルを調べると良く分かるが「似ている」だけで全く
パスパ文字とは関係ない文字だとわかる。
ここに大きな誤認が生じる。
>>149をみても古代のトルコ系遊牧民の使うルーネの系統の一つで、
ハンガリーにも同じものがある。
こうした文字は中近東の紋様文化と共にモンゴル高原に遊牧民と普及したもので
ルーンの起源は割と残った事例も多くて研究が進んでいる。
ところがハングルというのはそうではない。
系統が全く不明なんだ。
なぜ朝鮮に忽然と存在しているのかがわからない。
なんで朝鮮にそんな文字があるのか?
そしてこれを解く手がかりが実は日本にあったわけだ。
神代文字がそれだ。

191 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 17:00:35.10 ID:aUfQaLYc.net
牛を含め普通多くの日本人は神代文字など知らないし信じない。
「そんな漢字以前に文字なんかないだろ」と考えてしまうからだ。
もちろん漢字以前に文字があったとは私も思わないが、
この時日本人は何故か「神代文字という風潮がいつ頃から出始めたのか?」
といういきさつを考えようとはしなかった。
過去に先人が人類史的な発明、非常に特異な文字体系や思想を「日本人が」
見いだしていたかもしれないのにこの驚愕な事実にずっと関心を示さずにいる。
これが日本列島での中国価値観支配の現実であり
また地理的特殊性ゆえなのだろう。
はっきり言ってこの文字の理論を作った連中は超天才だよ。
できるなら特定したいが多分神道に通じた人たちだろうが、
仏教の梵字やルーンに対抗すべく作ったあんな偽作みたいに思える文字が
まさかのトンデモ級の大発明だとは夢にも思わなかっただろうな。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 17:20:03.29 ID:6pwf3DG3.net
剛力は朝鮮さん系だね。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 17:37:46.31 ID:6pwf3DG3.net
おっ、男性ハーフアナウンサーも出てきたな(^.^) でもしゃべり方まんまハーフな感じ。

194 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 18:59:32.15 ID:aUfQaLYc.net
毎日新聞で韓国での転覆事故と併せて戦後満州からの北朝鮮疎開話を載せてる。
満州移民の40万余りの避難民が北朝鮮に疎開しおよそ三万四千人が飢餓と伝染病で死亡したという。
満州鉄道や政府高官らは一足先に大連に逃亡、今回の船舶事故の艦長を思わせる。
要するに失敗した時に責任もてなきゃ大陸進出には反対という牛も、
大陸とは今後一切関わりたくないというネトウヨも同じだと言うわけだ。
つまりこのネトウヨと反日サヨが冷戦崩壊によって「両方勝者」
となった状態が現在というわけだ。
つまり2ちゃんでネトウヨだサヨだとやってるやり取りも勝者の遊びという事になる。

195 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 19:05:08.63 ID:aUfQaLYc.net
しかしずーっとこの状態は続かない。
次にどう出るか?そこが問題だ。
それとシベリア抑留で数十万人が死んだわけだが、
それでもネトウヨはシベリアを「日本人が開拓した土地」だとは言わないのか?
中国朝鮮に再進出しない代わりにそれぐらい言ったらどうだ?
ロシア怖くて「ははーっロシア様様」か?w

ほんとナサケネーなネトウヨw
ほら、何とかいってみろよ低脳wwww

196 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 19:09:23.94 ID:aUfQaLYc.net
「次の戦争では中国とロシアに核をぶち込み今度こそ勝って積年の怨みを
晴らして領土と白人の血を手に入れ日本の覇権を復活させる」


こうした野心をもてないネトウヨはヘタレw

197 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 19:23:48.79 ID:aUfQaLYc.net
ネトウヨは所詮「今良かれ、古良かれ」だよ。
今が最高だといって昔の日本も良かった、誇れると都合の良い歴史だけみて
何か自分達が良い気分になってるだけだ。
そしてその条件は「過去の不幸は思わず、未練なく忘れる」だ。
まあ多くのネトウヨでない日本人同様にそのほうが利口っちゃ利口だがな。
しかし問題はそういつまでも現実は続きはしないって事だ。
この島に居る限り不幸は定期的に訪れる。
この島の物理的な限界を突破した何らかの支配を成立しない限り。
さぁそこが問題だぁ。
再び博打にでるか?w
もし失敗したら「だから止めとけば良かった」となるのは分かってるが
今度こそ成功すれば「日本\(^o^)/バンザイ!」となるわけだよ。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 20:33:52.65 ID:q5VNI7Hu.net
大米の言いたい事も分かるが実際無理だろ。
今だって日本の事で精いっぱいだし。
お前が言うように欧米ハーフさん方も沢山生まれて来る。

日本はこれからも日本でありつづけるべきだろ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 20:40:59.82 ID:q5VNI7Hu.net
それから牛さんに提案だけどね、是非大米氏と「日本自滅論」について語って欲しい。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 22:00:32.69 ID:6pwf3DG3.net
867 名前:名無し象は鼻がウナギだ! :2014/04/20(日) 19:33:42.28 0
日本語がAN語と近いのは縄文人が南方から来たからだ。
パプアニューギニア低地人の風俗にこんなのがある。いやもう無くなったかもしれないが
19世紀に撮られた写真だ。アイヌの入墨とそっくりだろ?
http://www.geocities.jp/taru638/img071.jpg
パプアニューギニア高地人のこれと
http://www.geocities.jp/taru638/img010.jpg
宮古島のこれもよく似ている。
http://www.geocities.jp/taru638/img007.jpg

ただ、南方から日本列島にやって来た連中が日本列島にだけ来たわけではないだろうから、
中国や朝鮮半島、沿海州、樺太にも行っただろう。
言葉は当初は皆同じだったのではないか。
別れて住むうちに言葉は変わっていく。

一番大きく変わったのは中国だな。
文字を発明し、一字一意一音を適用した為めちゃくちゃに変わった。
だが、日本語と比較すると子音の一つが一致しているものが多い。
これは日本語と同源である可能性が高いのだ。

例えば
汲  kyu  kumu
茎  kei  kuki
竹  tik  take
渇  kat  karu
腹  huk  hara
名  mei  na
物  mot  mono
魚  gyo  uwo   g無声化
雲  un   kumo   中国語が「k」無声化
火  ka   hi   h/k交替
河  ka   kawa

201 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 23:13:08.76 ID:aUfQaLYc.net
>>200
ニューギニアの写真すごいなw
しかもその子さ、女の子だしw
あとフィリピン南部の島にはビンラディンみたいな顔した
アイヌカップルの写真の旦那がかぶった帽子と同じものをかぶってる。
まあ顔立ちが縄文に通じる事や地理的に
スマトラをはさんだ南北の対極にあるから縄文時代からの
民族とも考える事はできるが、もし南方からの渡来なら
インドネシアでシュリーヴィジャヤ朝が始まったのが1400年前だから、
それ以降に日本にやって来た仮説も立てられるだろうな。

202 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/20(日) 23:23:39.93 ID:aUfQaLYc.net
それから間違いなく朝鮮にも影響を残してる。
ひょとしたら新羅語がそうなのかもな。
>>169の韓国語を聞いても面白い発音だ。
これ全部漢字音だから驚く。
漢字の音からおかしいって事はその新羅の音がもともとおかしかったからだと思われる。
しかし、こうした韓国音が私たち日本人にもどこか懐かしい響きだし上代の日本語発音に近いのを知ってる。
新羅に近いウルルン島には「帽子のオジサン」という像があるが、
あれはほんとに縄文というかアイヌやニューギニア人的な顔立ち。
また韓国のお面文化に陰陽の白黒の人種を象った面があるが、
これも興味深い。
これは密教のタントラの影響だ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 23:57:41.99 ID:1xh8FGvi.net
>>172
 すいません、色々と間違っていて。勉強します。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 23:59:03.04 ID:1xh8FGvi.net
>>185
 そういう根も葉もない抽象論のどこに説得力があるのかよくわからないけど、日本(当時はヤマト)が
外国の文化を受容するのは古墳時代からで、古墳時代に日本の土台が築かれる。
 江上波夫先生の要点をおさえた『騎馬民族国家』P.212-221の解説。
> 騎馬民族国家と渡来人
> いったい、農耕民族国家では、外国人の傭兵をもって外敵を防衛する、いわゆる夷をもって夷を制するため以外には、
>外国人の集団的移住を許容し、長期にわたってその存在を可能にするというようなことはない。それは、農耕民族には、
>一般的に自尊的民族意識があって、他民族を蛮夷視したりする性癖がつよく、外国人を自分たちの内部に受けいれる
>精神的基盤に乏しいからである。また、その社会・経済が自立・自存・自足的で、血縁性・地縁性・伝統性が濃厚で、
>おのずからよそものに対して閉鎖的であることによるのである。
> これに対して騎馬民族国家では、外国人の集団移民はむろん普遍的な現象であって、しばしば外国人の、自国内への
>強制的移住政策、いわゆる徙民政策さえ実行するのである。それは、騎馬民族は自給自足が不可能で、略奪・交易・
>献納等を通して、つねに外界への依存度が高く、経済的に、文化的に、外国人を能うかぎり利用するのを、
>そのたてまえとしているからである。
> 塞外時代の鮮卑・烏桓における中国人、突厥におけるソグド人、アッバス朝時代のイスラム帝国におけるトルコ人、
>契丹における渤海人・中国人、元朝蒙古における色目人などの集団移民は、その代表的な例である。
> これを中国についてみると、蒙古族によって中国の平定が完成されて、そこに大元帝国が建設されると、内陸アジア
>および西方のいろいろな種族の人々、いわゆる色目人が―とくに生産・文化関係のものが、すこぶる多く大元帝国内に
>移り住んだ事実があり、一方、このような現象は、中国人自身が中国を完全に支配した、漢や宋や明の時代には起こらなかった。
> これは騎馬民族国家特有な現象と解され、それと同様な現象が、大和朝廷国家に顕著に現われたということは、
>大和朝廷国家そのものの騎馬民族的あり方を示すものではなかろうか。そうしてそのことは、古代日本の渡来人についての、
>他の注目すべき現象を観察することによって、いっそう明確になるように思われる。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/20(日) 23:59:40.44 ID:1xh8FGvi.net
 続き。
> さまざまな民族・種類の渡来人
> 古代日本の渡来人は、ある特定の民族・種族のものが来たのではなく、いろいろな人たちが来たのである。
>朝鮮系の人も、ツングース系の人も、中国系の人も来たようである。朝鮮系には百済・任那・新羅の人があり、
>ツングース系には高句麗人があり、中国系には、秦人系と楽浪王氏系と、南朝(呉)系などがあり、その出自は
>多様であったらしい。
> そのうち七世紀後半、すなわち百済や高句麗が唐に滅ぼされ時期に、日本に集団的に亡命してきた人々が、
>それぞれ百済・高句麗の遺民であったことは言うまでもないが、五世紀の渡来人たる東漢氏や秦氏などが、
>種族的あるいは民族的にどのような系統のものであったかは、かならずしも明確でない。後世東漢氏の子孫が、
>その遠祖を、後漢の霊帝から、さらに漢の高祖にまで仮託し、秦氏の後裔が、その源流を秦の始皇帝に遡らしめたり
>したので、その出自の所伝が全面的に疑問視された。
> 東漢氏(漢氏)については、三品彰英氏によって、アヤに漢の字があてられたのはおそく、もとは穴・穢などの字が
>あてられていたので、アヤの原義は国名としての漢には関係がなく、朝鮮南部の加羅諸国中の有力国、安羅に由来
>するという説が出されている。また秦氏については、上田正昭氏によって、秦という用字も比較的新しいようで、
>ハタを波陀と音借する例もあって、原義はやはりハタにあり、これを朝鮮古名地の波旦に求める説もあるが、
>新羅語でハタは海を意味し、朝鮮からの海人=外来人を意味していたものが、やがてのちには氏族名として、
>特定の氏族を指すようになったものとするのが妥当であろうと説かれている。
> 私は東漢氏についての三品氏の説にはまったく推服するものであるが、秦氏についての上田氏の説には
>すこしく疑問をもち、秦氏をもって南部朝鮮に多く流寓していた秦人―中国文化を見につけた外国人で、
>秦の遺民と称する人々―との関係を推定した井上三貞氏の説に、より多くの魅力を感じるものである。
> なお、応神朝に伝来したと伝えられる王仁を祖として西文首や、のちに述べる欽明朝ころから名をあらわした
>王辰爾の一族は、ともに文筆をもって大和朝廷に仕えた知識人たちであったから、これら王姓の渡来人と、
>中国系の楽浪王氏との関係を推測された井上氏の説も、蓋然性が大きい。
> また雄略天皇のとき、身狭村主、檜隅民博徳を派遣して、呉から手末の才伎である漢織・呉織や衣縫の
>兄媛・弟媛を伴い帰らしめたという所伝も有名であるが、この呉から機織の職人を貢上したということは、
>当時の日本と南朝との外交関係からみてありえないことではない。しかしここにいわゆる呉は、句麗(高句麗)に
>ほかならず、この所伝は高句麗系の家伝によるものとみる考えも出されていて、どちらの説が正しいか、
>にわかに決しがたい。
> しかし、欽明朝に内外典・薬書・明堂図など一六〇巻、仏像一&#36544;、伎楽調一具をもって来朝した和薬使主は、
>その祖先が呉国人智聡といわれ、これは南朝系らしい。
> このように日本古代の渡来人の出自が、種族的・民族的に多様であったことは、『新撰姓氏録』の諸藩などにより、
>もっとも顕著に反映しているが、同様な現象は大陸の騎馬民族のばあいにも共通しており、とくにアラビアや
>蒙古においていちじるしいものがあった。種族・民族を差別せず、有能な技術者・文化人を歓迎して積極的に
>受けいれるというのは、騎馬民族に普遍的な特色である。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 00:00:33.96 ID:hC3miNkj.net
 続き。
> 大和朝廷と渡来人
> 次に、渡来人と大和朝廷との関係をみよう。七世紀に、高句麗・百済が唐・新羅連合軍に滅ぼされて、その遺民が
>集団的に、大挙日本に渡来・帰化したのは、いわゆる亡命によるものであり、その移住の原因が明確な例であるが、
>その他のばあいでは、多数の人間が集団的に日本に移住せねばならぬような、特別な事情が、朝鮮半島方面に
>あった様子はない。それでその原因は日本側にあったとみるべきではなかろうか。
> じっさい、大和朝廷があるいは人を派し、あるいは武力で南部朝鮮から人を連れてきたことは記紀にも散見していて、
>その個々の場合が史実と認められるか否かは別として、そこに大和朝廷が人材や労力を南部朝鮮に求めた積極的な
>姿勢が反映していることは、間違いないであろう。とくに文筆や各種の技能の持主を多量に受容しようとしたようで、
>そのような大和朝廷の姿勢が、また南部朝鮮からいろいろな人を誘引することにもなったと思われる。そのことは
>大和朝廷の樹立と、渡来人の到来がほとんど時期を等しくしていることからもうかがわれるが、ここでは渡来人側から、
>両者の密接な関係をみよう。
> まず東漢氏は、応神・仁徳朝ころに来朝して、一、ニ代のあいだに朝廷の文筆・財務・外交などの官職につくようになり、
>直の姓を賜わって、あとからきた手工業技術者、いわゆる今来の才伎の陶部・鞍部・画部・錦部・訳部などを管理して、
>朝廷でかなりの地歩をしめるようになり、氏人もふえて、五世紀末ころまでに諸氏に分裂しながら、大和の飛鳥地方に
>地盤をきずいていった。そうして六世紀後半以後、その財力・武力をもって大和の有力豪族にのしあがったが、
>当時隆盛の蘇我氏に結びついて、中央の政治でも活躍した。また蘇我氏とともに仏寺・仏像の造営にあたり、
>対朝鮮の外交にも参与した。大臣蘇我馬子が崇神天皇を弑逆したとき、その下手人をつとめたのは東漢直駒であった。
>蘇我氏が滅亡したのちは、東漢氏も一時、逼塞を余儀なくされたが、壬申の乱のときには大海人皇子(天武天皇)の
>側について武功をあらわし、朝廷から過去の罪を許された。この一族からのちに坂上田村麻呂が出たのである。
> 一方、秦氏も雄略天皇のころには、機織の部を管掌する伴造に任命されたらしく、欽明朝に至って、「秦人の戸数
>すべて七千五十三戸」などと伝えられているのによれば、相当大きな人口を擁したらしい。その主な地盤は京都盆地で、
>賀茂神社と特別深い関係をもった。秦氏の一部のものは早くから、大和朝廷の財務に関係し、斎蔵・内蔵・大蔵の、
>いわゆる三蔵の物の出し入れを管理したという。この秦氏の一族から、のちに白村江の戦いで、唐の水軍と奮戦した
>朴市秦造田来津が出た。
> しかし渡来人のうちで、大和朝廷の政治にもっとも深く関与したのは、王辰爾一族であった。
> 王辰爾とその弟の牛は欽明・敏達朝も、それぞれ船史・津史という姓を賜わり、船舶・港津の関税などを
>管掌したようであるが、その甥の胆津は吉備におかれた白猪屯倉の田部の戸籍作成に功があって、白猪史の姓を
>与えられ、一族そろって大和朝廷の官僚として、その才能を発揮したらしい。蘇我蝦夷父子が滅んだとき、
>火中にあった天皇記・国記・珍宝のうちから、国記をすばやく取りだして、これを中大兄皇子(天武天皇)に
>献じたのは、王辰爾の子孫の船史恵尺であったといわれる。
> さらに大化の改新以後、律令制の時代になると、その一族から遣唐留学生・遣唐小録・遣新羅使・入唐僧など、
>当時一流の外交官・知識人を輩出した。このようにみてくると、王辰爾一族がつねに進歩的官僚あるいは
>新時代の文化人として、欽明朝以後の大和朝廷でとくに大きな役割をもったことがうかがわれる。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 00:01:42.78 ID:hC3miNkj.net
 続き。
> 国の発展の推進力として
> このように、外国渡来人が中央の政府で登用され、とくに財政・外交・文化方面で活躍した例は、大陸の
>騎馬民族国家においてもひじょうに多く、匈奴や鮮卑・烏桓では中国人が主として文筆・外交・文化のことにあたり、
>突厥ではソグド人がもっぱら経済・文化を担当し、元朝蒙古ではイスラム教徒の色目人がほとんど財政を独占した。
>またアッバス朝のアラビアではペルシア人、ネストール教徒のシリア人などが文化方面で活躍した。
> このような現象は、騎馬民族国家の建設者が、政治・軍事方面においては経験も豊富で、手腕もあったが、
>一般に財政にくらく、文化方面でもたちおくれており、また外交がひじょうに重要なものとして、外国語や
>外国の知識に通じた者を必要としたからであった。このような事情で、騎馬民族国家では、渡来人がその国の
>発展の大きな推進力となったばあいがすくなく、史上に名をとどめるような大人物も輩出した。
> 拓跋魏における中国人崔浩一族、チンギス・ハーン蒙古における契丹人耶律楚材一族、元朝蒙古のブハラ出身の
>回教徒賽典赤などは、その一、二の例にすぎない。しかしこのように渡来人を登用することは、農耕民族国家では
>ほとんどないことであった。
> 最後に、日本古代の渡来人が文化の担い手、推進者として、大和朝廷国家の発展に大きく寄与したことは
>よく知られているが、とくに彼らが日本に漢字・漢文を伝え教えた功績は大きい。また漢字をもって日本語を
>表わす訓の工夫も、主として彼らによってなされたのに相違なく、こうして大和朝廷も記録をもつようになり、
>国家の統治の上に、文化の向上のために、文筆の果たした役割は、はかりしれないほど大きなものがあったであろう。
> それはあたかもソグド人が、突厥人にソグド文字を教え、突厥文字の創製に寄与し、またナイマン人の
>タタトンガが、蒙古人にウイグル文字を教え、チベット僧のパクパが、蒙古のためにパクパ文字を作ったと
>同じような大きな文化的・政治的意義をもったと思われる。
> その他、古代日本の渡来人が、織物、陶器、鋳金、製鉄、土木、建築、彫刻、絵画など、大陸系の高度の技術・芸術とともに、
>中国の古典思想や仏教などをもたらし、大和朝廷の庇護・勧奨のもとに、それらを日本の土地に移植し、育成したことは、
>日本における最初の高文明たる後期古墳文化の創造・普及に特別大きな役割を果たしたと考えなければならないであろう。
>こうして彼らは、直接には燦然たる飛鳥・奈良の仏教的都市文明への道を開いたのであり、さらにその後千数百年の
>日本文化の伝統形式の上に確固たる土台石をおいたというべきである。
> これに類似した文化現象を、私は鮮卑の拓跋魏についても、高句麗や契丹などについても認めると思う。いずれも、
>最初は低い民族文化の持ち主であったが、騎馬民族国家として建設するとともに、多くの外国人を迎え入れて、
>各方面でその力倆を発揮させ、それぞれの国で最初の高文明を築かせた。そうして建国後ニ、三世紀で、各国とも
>特色ある都市文明へと進展していったのである。
> 拓跋魏が平城(大同)・洛陽にそれぞれ雲崗・竜門の石窟で代表されるような仏教的都市文明を実現したのも、
>高句麗が丸都や平壌の壁画・古墳でうかがわれるような、東北アジア的要素と中国的要素とが併存した特異な文化を
>創造したのも、契丹が上京臨&#28514;府の土城址や、慶州の遼三帝の陵墓や、当時の多くの仏寺・仏像で知られるような
>多彩な高文明を発達させたのも、いずれもそれぞれの国における渡来人の力によるところが大きい。このような
>渡来外国人の技能・知識の利用による飛躍的な高文明の創造もまた、騎馬民族国家、とくに征服王朝国家に共通した現象で、
>大和朝廷国家の場合にきわめてよく照応するのである。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 00:23:00.73 ID:W2UXqBpX.net
元西部ライオンズのデストラーデ
http://i1.ytimg.com/vi/a5gPPDO6Rns/hqdefault.jpg
http://vtps.c.yimg.jp/im_siggHzl15GJhcomw7mAtMWNi3Q---x280-y210/vtps/ofpl/20131023/u526742fed9bc0f310004a9341b5c.jpg
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-6f-03/telco_at_durham/folder/789118/66/58884566/img_4?1238897441

肌の色の割にコーカソイド形質が強くてアフロでもないからインド人に近いな。
なんていうか南アジアの雰囲気も持ってる

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 00:32:42.35 ID:hC3miNkj.net
 上の玄武の話とも関連して、江上先生の言われる高句麗古墳壁画後期(独自色が強くなる)に
属する江西大墓(7世紀)の玄武。
ttp://leekcp.new21.org/zb41/data/rheo/1170206965/108.jpg
 壁画頭上には飛天も。
ttp://www.classroom.re.kr/uploadfile/content/content09/second04/data04/Korean/I-4-na/.%5Cimages/PIC2FC.JPG

210 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:20:07.00 ID:OpoPP24n.net
>>204-206

うむ興味深いな。
だからと言って日本人が基盤民族という江波氏の主張は通らないが
日本がかつて朝鮮を支配する多民族国家、もとい日本内でも国が別れたヤマト連合王国だった。
ただし、多民族とは言っても当時の朝鮮と日本は地域性の違いでしかなく
同じ民族であってセンピも中国人も馴染み深い隣人だったから
結局騎馬民族とは違い農耕の多民族国家という感じ。
これはヨーロッパのEUにちかい。

211 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/21(月) 01:21:40.65 ID:HjwG/k7i.net
>>183
現代の老人でも、以前の戦前世代でも天皇個人崇拝する家庭は西日本じゃ少なかったろう。
明治天皇の女漁りのシモネタが戦前の家庭でもお笑いの対象じゃったし、御真影も
戦前のギャグのネタじゃったし、心から拝む市民なんか戦時中に権力奴隷で威張った
下級の小市民連中くらいなもんじゃし。差別された人達こそ、天皇の権威で、
威張れるわけじゃけぇ、小市民の庶民に近い人達も本心どれほど個人崇拝しとったんか疑問
でもあるが、あんた在日ゆえ、戦前の日本を知らんけぇトンデモ云えるんよ。
 まあ、北朝鮮の一般の人達が本音で個人崇拝しとる人も少数派じゃろうけどね。
 国家が個人崇拝させるカルトが問題なんよ。お隣りの山口県人が創作したんが天皇制
個人崇拝じゃし、広島県から見たら格下の山口県人が創作した概念に付き合う意思は、
広島人にゃ無ぁし。
 広島で銅像が出来とる政治家に個人崇拝しとるもんじゃのほとんどおらんじゃろう。
まあ、わしの親戚を辿ると銅像の人物もおるけど、身贔屓で個人崇拝したことも無ぁし、
親戚の意識でも俗物ゆえ政治家になったくらいにしか見られんし、下々の人達のように
出世物語の崇拝の対象でも無ぁけぇのう。
まあ、広島県で三番目に首相となった親戚筋は、家柄が無ぁ分だけ親戚筋が自慢するけど、
自慢するほど出自がバレるけぇ、笑い話になるわ。
そういう可笑しげな崇拝概念の奴隷なんがあんた云う自覚があって云うとるんか?

212 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:26:34.99 ID:OpoPP24n.net
ゆえに大日本帝国は正しく今朝鮮で日本の侵略がどうだ2000年の恨みだ言ってる連中は
結局名誉中国人でしかなく日本だけが東アジアで唯一独立を保ってきたのである。
つまり将来の日本も台湾も新しい日本連邦領であるべきで
みな日本を大国として敬うのが礼儀である。
また福建は台湾の一部であるべきだ。

END

213 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:35:50.09 ID:OpoPP24n.net
>>207
そうそして朝鮮渡来の「中国系」が日本に漢字や梵字を教えついに偉大な神代文字体系が生まれた!
なに〜?ハングルのパクリ?
じゃあ聞くが「だれが」朝鮮にハングルのアイデアを教えた?
ウリたちで生み出しただ?そんなわけあるかいwふざけるなw

日本が教えたんだよ!
日本が再び大陸に進出し神代思想による新日本神代帝国、神代文明を作り上げよう!

END

214 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:37:49.89 ID:OpoPP24n.net
>>209
でも朝鮮人が作ったわけじゃないけとな。
結局朝鮮はなーんも独自な文化は作れなかった。
あぁキムチ、トンスル、捏造、ニダー顔は彼らの発明だなw

215 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/21(月) 01:43:16.99 ID:HjwG/k7i.net
>>185-188
 本土日本人の州流が南ツングース系統なんは、人類学的にも当たり前のことじゃに。
寒暖差なんか、日本は満州ほども無ぁし、そもそも人類は寒暖差とか環境の違う地域に、
主に北方民族がむ南下したんが世界史じゃに、可笑しな妄想しよるのう。歴史時代、人の移動は
北方から南方がほとんど云う現実認識が欠けとるわい。
ほいから、鮮卑族は部族連合で、鮮卑系云う特定な人種じゃのおらんし、弥生系云うても
弥生期は縄文形質の方が圧倒的多数じゃし、あんた無知で幼稚過ぎるけぇ、
小学生から再編入生になったらどうかいのう。鮮卑顔とか弥生顔たぁ笑わせ過ぎよう。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 01:43:18.90 ID:hTpHeUJR.net
>>214
あと「ぱーぷー」もだろw


ところで私が提案した日本自滅論議はしていただけるんですか?

217 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:44:45.84 ID:OpoPP24n.net
>>216
日本自滅論議って言われても…


何を話せばいいの?w

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/04/21(月) 01:49:40.86 ID:hTpHeUJR.net
何って日本がこれからどう滅亡して行くのか?とか。
どうすれば助かるのか?
とか。

219 :大米(カコメ)民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/04/21(月) 01:52:49.35 ID:OpoPP24n.net
>>218
そうですね、とりあえずグローバル化して移民を入れて
滝川クリステルなどハーフの日本人を「日本の人」と認められるようになったら良いのでは?
まあ今のまま順調に行けばそうなるけどさ。

220 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2014/04/21(月) 02:06:19.80 ID:HjwG/k7i.net
>>188-190
白人的体格のモンゴロイドなんか見たことも無ぁけぇ、知らんけど西洋人は19世紀から、
イザベラ・バード女史のように、朝鮮人の体格と容貌を褒め、日本人は体格の貧弱で容貌も
さえんのは、確かにその通りじゃけど、環境文化の違いじゃけぇのう。
朝鮮人の方が堂々として、見栄えがええし。
日本に現実にハングルのような発音分けした文字なんか無ぁのに、願望妄想がカルトの
神代文字じゃ学術板じゃ無うてオカルト板の話題じゃわいや(笑)。
>>199
日本の上層部は、負け犬の哲学であね真面目な朱子学教徒ゆえ、過ちを繰り返すよ。
自爆思想ゆえのう。朱子学思想の攘夷を決行するにゃあ、自滅してでも、決行した満足感を
得たいだけで、その先のプランなんか何一つ無ぁわ。

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