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ラップ作ろう!

1 ::2021/09/08(水) 15:45:29.97 ID:xY19OLM20.net
大丈夫?ここ?廃れ気味まぁ気持ちはわかるぜ好き好み馬鹿な奴らはすけこましそんなアホ等を打ち壊しめんどくさいだろ立ち話ならぶっ壊しなよ立花氏ヒップホップは絶え絶えしお前=黒帽子プロをリコール鉄格子イキっていれるのは今のうち気分がいいぜ一等地俺vsの一騎打ちだったら簡単に滅多打ち見れば分かるぜ結果勝ち

2 :訴える名無しさん。:2021/09/08(水) 23:03:21.95 ID:Q4X89VxS0.net
だまれクソ野郎とお前に吐くぞ罵倒

3 :訴える名無しさん。:2021/09/11(土) 22:35:10.78 ID:kMikV7Co0.net
震えるぞハート、燃え尽きるほどヒート、刻むぞ血液のビート!

4 :訴える名無しさん。:2021/09/12(日) 21:42:47.29 ID:Xc5IWL3x0.net
ハヒと来たらせっかくだからフヘホで踏めよ
風土
ヘイト
フォードとか
あと長寿スレあるからこっちでやれ
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/hiphop/1627133874/

5 :訴える名無しさん。:2021/09/16(木) 09:12:42.40 ID:L9fbB3fnC
ジャパンミリタリーレビュー 軍事研究 2000/10

特集 今世紀最後の極秘軍事技術

得体の知れない生物兵器の開発の歴史とその実態

「忍び寄る生物兵器の脅威」

エボラ出血熱ウイルスや未知の殺人細菌を主役としたハリウッド映画は、今やパニック・ムービーのドル箱の一つとなっている。我々は生物兵器の恐怖をスクリーンで
知っている訳だ。現実はどうなったか。米・ロシアはどんな生物兵器を開発しているのか。そもそも生物兵器はいつごろから造られたのか。本文は、こうした謎に包まれた
生物兵器の実態を、歴史的な開発前史から掘り起こし分かりやすく答えようとする試みである。

<ジャーナリスト>小林直樹

本文

「処刑」の見直し

 長い間、人類を苦しめてきた天然痘は、WHO(世界保健機構)を中心とした全世界的なワクチンでの感染者を最後に、症例の報告が途絶えた。これを受けて1980年5月8日、
WHOは天然痘がこの地上より完全に根絶された事を正式に宣言した。ジェンナーが牛痘接種法を発明してから184年後、一つの難病が克服された歴史的瞬間である。天然痘の
根絶宣言から6年後1986年3月WHOは、天然痘ウイルスの遺伝子配列が完全に判明した段階で同ウイルスのストックを破棄するように勧告した。当時、米国のアトランタにある
CDC(疾病管理センター)と、ソ連のモスクワにあるイヴァノフスキー・ウイルス研究所の二か所に厳重に保管されているウイルス株が、この地上に残された唯一の天然痘ウ
イルスであり、WHOの勧告はいわば人類に対し「死刑宣言」といえるものであった。1994年12月に遺伝子配列が解明された事を受けて、第49回世界保健会議において、
天然痘ウイルス株を1999年6月30日に廃棄する勧告決議がなされた。しかし「処刑」直前の1999年4月22日、米国はWHO決議の見直しを求めると同時に、今後も天然痘ウイルス
株の保有を続ける事を宣言した。

6 :訴える名無しさん。:2021/09/16(木) 09:13:42.45 ID:L9fbB3fnC
米軍は生物兵器の脅威に対策を講じている。(記事は産経新聞2000年7月17日の夕刊)

産経新聞の切り抜き画像。

米国がこうした一見、世界福祉の流れに反する決定を下したのには、医学的研究や他のウイルス疾患のワクチン開発との考えがあったからだが、最大の理由は天然痘ウイルス
が国際テロに使用される可能性があり、その対策のためには、サンプルが必要だと判断されたからである。

米陸軍が生物化学兵器に対する防護をより重視するようになったのは、1990年〜1991年の湾岸戦争がきっかけだが、最近では相対的に生物兵器の脅威がクローズアップ
されてきている。その理由としては、以下のものがあげられる。

1 大量破壊兵器として、生物兵器は化学兵器よりも、キログラム単位での殺傷能力が高い。

2 エボラウイルスをはじめとする未知のウイルスの発見が医学界より報告されており、これらを使用した生物兵器の開発が予想されること。

3 近年の分子生物学・遺伝子工学の発達により、まったく対処法がない新型ウイルスが人為的に開発される可能性が出てきたこと。

同時に、旧ソ連の生物兵器開発の実態が明らかとなり、ソ連崩壊後、多くの科学者や実験データが流失し、行方が分からなくなっている事も判明した。旧ソ連では炭疽菌を
はじめとする既存の生物剤を研究・大量生産するとともに。最新の遺伝子工学を用いて、天然痘ウイルスの「感染力」とエボラ出血熱ウイルスの「殺傷力」を兼ね備えた
「キメラ・ウイルス(キメラ:ギリシャ神話に出てくる、頭がライオン、胴がヤギ、尾が蛇の怪物。掛け合わせの意味として、こう呼ばれている)」といった新型ウイルス
兵器の研究も行われていたとされている。米国が天然痘ウイルスの「死刑執行」を中止した背景には、科学的理由と言うよりも、国家安全保障に対する脅威が最大の理由
だったといえる。つまり現代科学の進歩と、冷戦の終結といった国際政治状況が、かつての軍事的に効果無しとされ、また人道的見地からも葬り去られた生物兵器に、
再び息を吹き込んだわけである。古くて新しいこの兵器は、どのような性格を持ち、またどのような変化を遂げて
再びわれわれの前に静かに登場したのだろうか。

原文まま

7 :訴える名無しさん。:2021/09/16(木) 09:18:57.15 ID:L9fbB3fnC
第二次世界大戦における生物兵器 116頁117頁

〜英国は1934年2月という比較的早い時期に参謀長会議で生物兵器の製造計画を決定、1936年10月には生物兵器委員会の議長にモーリス・ハンキー卿が就任した。
 そして1939年、ドイツ軍ポーランドに侵入したこによって始まった第二次世界大戦は、英国の生物兵器開発を加速させることになった。この頃から英国の方針は攻撃的生物
兵器の研究開発に移行したようだが、使用の対象は対穀物・対家畜といった、敵の食糧生産体制に絞られていたようである。そして、生物兵器の研究施設の所在地として
指定された場所は、まさに象徴的な所といっても良かった。1916年、英国はソールズベリー平原南方のポートン・ダウンに化学兵器の研究所を設置していたが、今度は1940年、
この地に生物兵器の研究所が設置されることになったのである。英国において、生物兵器と化学兵器という双子の悪魔”はこのポートン・ダウンを揺りかごとして共に成長
したのである。しかし兄貴分”の化学兵器は、「次世代型化学兵器」が登場していなかったという点で開発面での袋小路に陥っていた。これに対し弟分”はそれとは異なり、
炭疽菌、コレラ、ペストから穀物や動物の疾病まで、新しい兵器としての可能性が期待された。

原文まま

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