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秦氏はどこから来たか 4

329 :日本@名無史さん:2021/09/22(水) 14:50:39.81 .net
秦氏が何者であったか知るには、稲荷(イナリ)の由来を解明することが必須だね。
稲荷(イナリ)は稲成り(イナナリ)の短縮形であり、稲の字はあとから付けたものである可能性が高いので、
そもそものイナの言葉が何を意味したのかが問題になる。
4世紀後半に渡来した秦氏の先祖の弓月君はトルコ語話者であったフシがあるので、
このイネをトルコ語から見てみると、面白い結果になる。

inis(イニシ)=着陸、降下
iner(イナシ)=降りる 例文 tanri iner(タンリ イナシ)=神が降りる

稲荷山を神体山とした秦氏はその山をイナと名付けてイナ山とし、のちにこのイナに稲の字が当てられたと見ることができるので、
トルコ語からはイナ山は「降りる山」の意味になる。
つまり、「降りる山」とは、何が降りるのかということになる。

そこで、秦氏の宗旨はユダヤ教だったとされることと、このイナ山(降りる山)を合わせてみると、
上の例文のようにイナ山とは「神が降りる山」となり、その神はユダヤ教のヤハウェであるとするのが妥当だ。
そうすると、出エジプト記でユダヤ教の神ヤハウェがモーゼの前に現れたのはシナイ山であるので、
このイナ山(稲荷山)はユダヤ教徒の秦氏によって神が降りたシナイ山に擬せられて名付けられた山だとすることが可能になってくる。

伏見稲荷(イナリ)の正体は、秦氏のシナイ山だったのだ。

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