■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
邪馬台国畿内説 Part1000
- 439 :日本@名無史さん:2024/03/11(月) 20:53:05.81 .net
- 九州の東征は4世紀後半じゃないか
円墳と蛇行剣
4世紀後半大和盆地に現れ4世紀末には豊中や堺でも認めるようになる
蛇行剣は九州南部で大流行していた剣だ
竹内宿禰鳥日向牛諸井、配下の鹿皮の服を着た人々、赤い娘髪長姫
応神天皇の妃は吉備の姫
4世紀末の上石津ミサンザイ古墳は吉備の造山古墳と相似形
それ以降はまた形が変わる
摂津国風土記逸文には、夢野、兎我野伝説という淡路島の妾に会いに行った鹿が矢で撃たれる話もある
4世紀半ば〜後半に先ず大和に侵入した円墳と蛇行剣の勢力は5世紀になると畿内から見られなくなる
総レス数 1001
401 KB
新着レスの表示
掲示板に戻る
全部
前100
次100
最新50
read.cgi ver.24052200