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邪馬台国畿内説 Part1017
- 265 :日本@名無史さん:2024/04/27(土) 19:21:33.34 .net
- 魏志倭人伝と後漢書東夷伝の倭国大乱を比較すると、
《その国は元は男子を王としていたが、居住して七、八十年で、倭国は乱れ、
互いに攻撃しあって年を経た。そこで、一女子を共に立てて王と為した。
名は卑弥呼という。》
《桓帝と霊帝の間、倭国は大いに乱れ、互いに攻撃しあって年月をすごし、
主導する者がいなかった。一女子がいて、名は卑弥呼という。》
桓霊(かんれい)の間 =後漢の桓帝・霊帝のころ。 すなわち146〜189年の間。
桓帝の在位期間146〜168年、霊帝の在位期間168〜189年
倭国大乱が160年頃から始まったと考えると最初の男王が邪馬台国に
居住して七、八十年後の出来事になるから最初の男王が邪馬台国に居住したのは
80〜90年頃になる
最初の男王を神武天皇だとすると107年に後漢に朝貢した帥升は綏靖天皇か
安寧天皇あたりだという事になる
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