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初代内務卿 大久保利通

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/24(金) 16:21:14.85 ID:K6meXkks0.net
日本語が不自然な人に触っちゃだめ

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/28(火) 20:57:54.89 ID:sWHE0BHA0.net
あちこちのスレで書いてるけどこのキモい文章はAIなんじゃないの

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/28(火) 22:14:51.54 ID:tQdEzMFr0.net
AIより頭悪そう

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/28(火) 22:22:39.17 ID:3Ro/l9MN0.net
この人(AI?)、世界史板のいくつかのスレにも出没してて、やっぱり事実誤認があるんよ。
AIで納得。 つーかAIもまだまだダメだな

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/28(火) 23:05:36.35 ID:tQdEzMFr0.net
一応AIチェッカーだと人間って出るぜ

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 04:09:09.12 ID:LO6kXqUC0.net
日本をドイツ崇拝の国に決定したのは大久保より伊藤やで

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 07:52:26.94 ID:MoP3NkqL0.net
大久保は国の政体は「土地風俗人情時勢」に従って自然に決まるもので
どこかの国のやり方をそのまま持ってきてもうまく行かないって書いてるんだから
ネット民あるあるの「どこかの国ひとつだけを熱烈に崇拝したはずだ。それはどこか?」
っていうゼロか100かの議論はナンセンス

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 15:32:00.04 ID:5wgKMMrL0.net
だが昭和初期の敗戦を見れば
いくら全盛期時代のドイツ帝国に多くの日本人が魅了されたとはいえ
何故に新政府は同じ島国のイギリスを参考にしなかったんだとは思うわ
イギリスを参考にしてれば昭和の敗戦は無かったわ

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 16:19:49.52 ID:kGtbMiM20.net
国籍別お雇い外国人では英国が他を圧倒している 海軍もイギリス一辺倒

だが、英国の憲法はイギリスの歴史的経緯を経てできた不成文憲法で、これを日本に導入するのは困難

となるとセカンドチョイスで同じ君主国で、しかも日本と似た領邦国家の連合からなるドイツが挙がるのはやむ得ないのではないか

フランスは第三共和制になってしまったし、アメリカのような共和主義は適用出来ない ロシアはあまりにも遅れている 

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 16:57:48.62 ID:MoP3NkqL0.net
大久保が昭和初期まで生きていたと思ってる人が来てるね 笑

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/29(水) 20:17:14.44 ID:5LcKGJDW0.net
>>214
明治維新後の新政府は、欧米列強の中でも特にドイツ帝国に強い関心を持ち、その政治制度や軍事制度などを積極的に導入しました。しかし、イギリスもまた、当時世界最強の海軍力を誇り、植民地帝国を築き上げていた島嶼国家です。新政府がイギリスの政治制度や経済システムを参考にすることで、より安定した繁栄を築き、第二次世界大戦の敗北を回避できた可能性もあったかも

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/30(木) 14:39:22.02 ID:A0uk+7V30.net
そもそも何をしたらあんな風に顎髭鼻髭もみあげがつながるんだ?

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/30(木) 14:58:46.59 ID:FA+nV+gk0.net
黒田清隆や副島種臣など他の九州藩士も似たような風貌だろ。

逆に東北藩士は中性的な草食系の藩士が多い風貌が残された写真で見た限りはする。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/30(木) 15:08:04.93 ID:gElqOP/F0.net
長州藩士と会津藩士は中身の性質は正反対だが見た目だけなら秀麗顔で似てんだよw

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/30(木) 15:10:38.02 ID:0d3yrKld0.net
現代の世界だと同じ白人でも中身が丸っきり違う米英アグロサクソン人種と露スラブ人種みたいなもんか。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/30(木) 22:54:04.49 ID:TS7ZLqfM0.net
>>219
同意

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/31(金) 03:51:50.21 ID:4Y+ggaQ60.net
>>212
伊藤の罪は重い

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/01(土) 12:22:29.57 ID:K5nbEHuL0.net
どいつんだ!

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/01(土) 21:21:56.95 ID:gb3vYSBd0.net
>>195
グラバー、アーネストサトウ、パークスというイギリス人
ロッシュというフランス公使
クラークスというアメリカ人博士
ラフカディオハーン日本名小泉八雲というギリシャ出身の文学者
他にも多数の非ドイツの外国人ヒゲ面ですが?

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/01(土) 21:30:33.37 ID:gb3vYSBd0.net
>>194
大久保はアメリカに一番衝撃を受けだけど伝統重視の日本人には合わないし、島国で貧しい日本がアメリカみたいに投資、再投資しまくっている状況が違い過ぎてお手本にするには合わないっていう見解だったからね

そこで資源は少ないし少し前まではヨーロッパでは弱小連合国家に過ぎなかったドイツは何をどうやったのか?という事に興味があったと思われる
心酔と興味を持っているのとは全く意味が違うのに言葉をすり替えたり帰国後の大久保の殖産興業政策への力の入れようを見てもドイツを目指したというよりは将来的な経済成長のために必要なインフラ整備を重視したとか考えられないと思うわ

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/01(土) 23:54:28.64 ID:JZwxd9Ff0.net
インフラ整備の重視はその前の工部省段階だろ
農業国のドイツが強国になった先例として農業重視に変えたのが大久保の内務省

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/02(日) 08:31:22.55 ID:fRp34LVP0.net
>>226
最初の問題提起は「大久保がビスマルクに心酔してた」って大昔の常識の否定なのに、旗色が悪くなると論旨をすり変えて反論してくる人いるね
なんでそんなに固執するんだろ

ところで大久保がいちばん熱心に感想を書いてるのはイギリスの工場かなと思ったんだけど、アメリカって何かある?
息子二人をアメリカに留学させたのは知ってるけど、あれは受け入れ体制の問題だと思うし

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/02(日) 10:28:44.40 ID:acQDzTag0.net
>>225
19世紀半ば過ぎから欧米でヒゲが流行り出した
日本の開国はそのブームの真っ最中だったので、ざんぎり頭に加えヒゲも導入されたのである

アメリカの歴代大統領を見るとワシントンから15代ブキャナンまでほぼヒゲはない

16代リンカーンが女の子のアドバイスを手紙でもらってヒゲを生やすと、27代タフトまではヒゲが大勢を占める
ちなみにヘイズとガーフィールドはヒゲが伊藤博文と似てる
28代ウィルソン以降、アメリカではヒゲブームは収束しバイデンまでほぼヒゲはない

ロシア皇帝は、アレクサンドル1世までほぼヒゲなし 1825年即位のニコライ1世からヒゲ時代に入りニコライ2世まで全員ヒゲ ソ連時代もヒゲは引き継がれレーニン、スターリンとヒゲだが、フルシチョフ以降はプーチンに至るまでヒゲはいない

イギリス首相は19世紀に入るとそれまでのツルツルからヒゲ時代に入る イギリスの場合ラッセルなどモミアゲがとんでもないのがいてヒゲかモミアゲか判断に窮するが、ディズレーリあたりから確実にヒゲとなり20世紀半ばまでヒゲ時代となる

と見ていくと欧米では19世紀中葉あたりからヒゲブームが到来 20世紀半ばでほぼ終焉したようである 
この時代は文豪の時代でもあり、ロシア文学の3大巨頭を筆頭に教科書の欧米の文豪の大抵ヒゲである

なお、当然ながらこれは欧米限定で、アラブ人とか敬虔なユダヤ人などは流行に左右されず常にヒゲである

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/03(月) 14:58:01.28 ID:dOQ/43Xe0.net
>>212
なのに日独同盟の土台は大久保によって形成されたと思い込まれてる不幸。
明治日本をドイツ風にしたのは伊藤であるのが歴史的事実。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/03(月) 15:52:38.09 ID:Zs6JqsJX0.net
明治の元勲に日独同盟なんて国際連盟脱退後の話を持ってこられても困るわな

防共協定結ぶまで政治的には三国干渉、第一次世界大戦と、ほとんどドイツと日本は対立してたんだし

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/03(月) 16:13:28.62 ID:d0eADN0V0.net
とりあえず大久保死後の話は、全部スレチ荒らし

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/03(月) 16:26:09.86 ID:ohSa6LIg0.net
>>231
明治の元勲が生きていた時代は、日独関係は複雑でしたね。確かに、三国干渉や第一次世界大戦では対立していました。日独同盟が結ばれたのは、国際連盟脱退後の1940年です。歴史上、同じ時代の人物や出来事を混同してしまうことはよくあることですが、正確な理解のために、歴史的背景をしっかり把握することが大切ですね。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/03(月) 17:41:10.71 ID:3WfXHQK/0.net
いつものキモい人キタ

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 04:24:38.17 ID:6HLuqRGe0.net
日本人のドイツ贔屓は大久保に作られた?

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 12:01:29.36 ID:umsoCXGw0.net
明治天皇の功績ってなにがあるんだ?
一般的に明治天皇の功績とされている事柄って大久保利通ら国の官僚・政治家が実施して
うまくいった部分だけをピッキングしたものを功績扱いしているけど
その中で本当に明治天皇が言い出しっぺのものってあるのか?

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 12:06:50.58 ID:umsoCXGw0.net
続き
うまく日本を近代化できたのは薩長土肥の官僚の施策がうまくいった結果だけど
藩閥以外の人間にとっては藩閥の人間による功績とするよりも
明治天皇の功績としたほうが都合が良かったのかもしれない

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 12:35:17.64 ID:jQQXBxgE0.net
またスレチ荒らし来た

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 12:40:09.19 ID:umsoCXGw0.net
荒らしではない
明治天皇について語るスレがないので
明治の諸施策を主導した大久保のスレに書いてみた

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/04(火) 13:38:52.26 ID:jQQXBxgE0.net
自分でスレ立ててね
それすらできない情弱なら諦めろ

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/05(水) 03:47:51.24 ID:DiQ/PUIb0.net
ドイツ崇拝も天皇絶対主義も伊藤博文だろ?

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/05(水) 13:53:18.70 ID:l3PJ1YPv0.net
>>236
明治天皇の功績は、大久保利通ら官僚・政治家による改革を象徴するものとして語られることが多いですが、天皇ご自身が直接指示や発案した政策も存在します。

例えば、教育勅語の渙発は、欧米化の波に揺れる国民の精神的な支柱となるべく、儒教思想を基にした道徳教育の重要性を訴えたものであり、天皇自身の強い意志に基づいて行われたものです。これは、単なる官僚主導の改革にとどまらず、天皇自身の理念に基づいた国家統治への関与を示すものです。

また、軍制改革においても、天皇は積極的に意見を表明しました。徴兵制度の導入や陸軍士官学校の設立など、近代的な軍隊組織の構築に深く関与し、国力の強化に貢献しました。

このように、明治天皇は必ずしも官僚・政治家の指示通りに動くだけの存在ではなく、自ら積極的に国家運営に関わり、近代化への道筋を指し示したのです。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/07(金) 03:39:34.83 ID:574R2+gJ0.net
>>241
伊藤かもしれん

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/14(金) 03:34:51.21 ID:48XVT0TN0.net
せやか

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/18(火) 04:08:02.15 ID:qRDo6ZnV0.net
そう

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/20(木) 19:08:11.48 ID:kcjvPblB3
なんか生意気な感じやねん

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/22(土) 04:23:17.97 ID:9VnLplim0.net
総理大臣を見たかった

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/23(日) 03:47:28.49 ID:4TGP/wEr0.net
維新の精神を貫徹する三分割

戦乱の世もようやく収まり、平和な時代が訪れた。我々はこの機に乗じて、維新の精神を貫徹し、新しき国家を築き上げねばならぬ。
この大業を成し遂げるには、三十年の歳月が必要となるだろう。これを三つの時期に分割すれば、

第一期:明治元年から10年まで
創業の時代である。戦乱の余燼冷めやらぬ中、まずは土台を築き上げねばならぬ。

第二期:明治11年から20年まで
内治を整え、民産を興す建設の時代である。私はこの時まで、内務の職に精励し、国家の基盤を確立したいと考えている。

第三期:明治21年から30年まで
後進の賢者たちに道を譲り、国家の発展を見守る時期である。

かくして、三十年の歳月をかけて、維新の精神を体現した新しき国家を築き上げていくのである。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/23(日) 19:34:40.34 ID:fE93khXS0.net
終了までお早めに
https://i.imgur.com/nldQxEB.jpg

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/23(日) 20:04:51.94 ID:5HDBGc+J0.net
>>249
とっくに全員がやってね?

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/06/25(火) 04:29:50.30 ID:RxJml2wO0.net
内務大臣

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