2ちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

坂本龍一・統一スレッドpart137

416 :NO MUSIC NO NAME (ワッチョイ 7f74-WBWO):2024/05/02(木) 01:21:33.29 ID:90CPd4W60.net
坂本:僕自身、本来はそうした文化搾取を批判する側だと思っていますので、ただ面白いからってエスニックなものを使うことについては常に警戒感はありますし、そういったものが批判されるのは当然だという気持ちも、もちろんあります。ですから『BEAUTY』は、エスニックな何かをネタのようなものとしては使っていないという自負はありますし、単なる「耳遊び」としてエスニックなものを使うのではなく、もうちょっと入り組んだ組み替えが行われています。

フォスターの楽曲を沖縄民謡として歌うというアイデアは一番分かりやすいかもしれませんが、面白かったのは、あのフォスターの曲を持ってきてオキナワチャンズに聴かせたら「これ沖縄の曲じゃないの?」って彼女らが物凄く喜んだんです。「何これ? 沖縄の曲?」「いやいや、アメリカのフォスターって人が作った曲」「いやそんなはずない。絶対沖縄の曲だ」というやりとりの末に「じゃあもう、うちなーの言葉で作詞するから」ということになったんです。これは僕にとってはアウターナショナルな行為なんです。

もうひとつ言えば、サミュエル・バーバーの「Adagio」は、二胡とアート・リンゼイのギターと僕のピアノによるものですが、まるで中国の古典の曲みたいな感じがしてきたり、そこにアートのノイズっぽいギターがジャキーンと入ることで突然現代性が出てきたりします。これもやっぱり、僕としてはアウターナショナルなものなんです。

坂本:「インターナショナル」っていうのは、それぞれの「ナショナリティ」があって、そのナショナリティにおいて手を繋ぎましょうということで、これは「ナショナリティありき」の感覚ですよね。『BEAUTY』でやりたかったのは、そうではなく、個々人が自分の「ナショナリティから出る」ことだったんです。「どこでもないところに、みんなで出ちゃおうよ」という。それが自分の考えるアウターナショナルで、それを音楽的にどう実現しうるのかという実験が、フォスターを題材にした「Romance」であったり、バーバーの「Adagio」や「ちんさぐの花」「安里屋ユンタ」なんです。

坂本龍一が語る、『BEAUTY』で描いたアウターナショナルという夢のあとさき
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/36968/3/1/1

145 KB
新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :

read.cgi ver.24052200