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【国内】韓国ノリに発がん性の疑い 韓国から証拠の危険物が海岸に漂着、撤去に巨額税金[06/12]
- 405 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2014/06/17(火) 21:57:36.50 ID:Y+nrp2PDr
- 昭和35年2月 外務省発表集 第10号(抜粋)
記事資料 昭和34年7月11日
(三) アジア・豪州関係
1 在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに、戦時中の徴用労務者について
記事資料 昭和34年7月11日
一、 第二次大戦中内地に渡来した朝鮮人、したがつてまた、現在日本に居住している朝鮮人の大部分は、
日本政府が強制的に労働 させるためにつれてきたものである というような誤解や中傷が世間の一部に行われているが、
右は事実に反する。実情は次のとお りである。
1939年末現在日本内地に居住していた朝鮮人の総数は約100万人であつたが、1945年終戦直前にはその数は約200万人に達してい た。
そし て、この間に増加した約100万人のうち、約70万人は自から内地に職を求めてきた個別渡航と出生による自然増加による ものであり、
残りの30万人の大部 分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて自由契約にもとづき内地に渡来したものであり、
国民徴用令により導入されたいわゆる徴用労務者の数はごく少数部 である。
しかしてかれらに対しては、当時、所定の賃金等が支 払われている。
元来国民徴用令は朝鮮人(当時はもちろん日本国民であつた)のみに限らず、日本国民全般を対象としたものであり、
日本内地で はすでに1939年7月 に施行されたが、朝鮮への適用は、できる限り差し控え、ようやく1944年9月に至つて、はじめて、朝鮮か ら内地へ送り出される労務者について実施され た。
かくていわゆる朝鮮人徴用労務者が導入されたのは1944年9月から1945年3 月
(1945年3月以後は関釜間の通常運航が壮絶したためその導入は 事実上困難となつた)までの短期間であつた。
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