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【話題】失われた朝鮮の文化財はどこへ?倭寇と秀吉軍と日帝が略奪、破壊した

3 :動物園φ ★@\(^o^)/:2016/04/24(日) 05:35:50.89 ID:CAP_USER.net
>>2
次のような作品がある。

日本銀行の「阿弥陀如来図」、東京・浅草寺の慧挙筆「観音図」、京都・正法寺の「絹本著色如来像」、根津美術館の「絹本著色阿弥陀如来像」、山形県・上杉神社の「絹本著色阿弥陀三尊像」、佐賀県・鏡神社の「絹本著色揚柳観音像」、愛知県・大恩寺の「王宮曼荼羅」、埼玉県・法恩寺の「釈迦三尊像」、長崎県・最教寺の「涅槃図」、和歌山県・高野山親王院の「釈迦説相図」、東京・国立博物館の「阿弥陀三尊図」、東京・日野原家の「十一面観音図」、住友家の「観音菩薩像」、松尾寺の「阿弥陀八大菩薩」、京都・知恩院の「観音変相像」などである。

これらすべての絵画が、日帝支配時に略奪されたものではないにしても、日本人の手を通じて日本に運ばれたことは間違いない。

日帝は植民地時代に書籍や陶磁器、仏像、古墳内の考古遺物などありとあらゆる文化財を根こそぎ奪ったことを想起すれば、高麗仏画のような芸術品を見逃す筈がない。

たとえば、慶尚南道梁山の通度寺の仏画は1900年前後に日本人によって奪われ、一時、帝室博物館の展示品になっていた。

1903年2月号の「考古界」という雑誌にこの仏画が紹介されている。

「この朝鮮仏画は元来、慶尚南道通度寺にあったものである。本尊像の2枚の他に聖像と天部守護神像がある。さらに楽器をたずさえた菩薩像もある。描かれた時代は300年前と推定でき、着色が鮮やかで技法に優れ、一見に値いする仏画である」

ここには、そのような仏画がなぜ日本に有るのかという渡来の経緯にたいする説明が一言半句もなされていない。手巻で簡単に奪ってきたのであろう。

(南永昌・文化財研究者)

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