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【別冊正論】呉善花「韓国人は気が付かない『反日』という“バカの壁”からの脱出」[05/15]

7 :ニライカナイφ ★@\(^o^)/:2017/05/15(月) 22:22:05.87ID:CAP_USER.net
※続きです

留学生として、また仕事関係で日本に長期滞在する場合、ほとんどの外国人、とくに韓国人や中国人は、来日1年目はとてもよい印象をもつものである。
韓国人には多かれ少なかれ、日本人=未開人、野蛮な人たちというイメージがある。
しかし、実際に日本人と付き合ってみると、誰もが親切で、優しくて、思いやりがあって、未開人的な、野蛮人的な日本人はどこにもいないではないか、日本はなんて素晴らしいのか、ということを誰もが感じる。
なんといっても、日本は自然が美しい。そして、空気がきれい。しかも、治安がすこぶるよい。

とくに反日意識が刺激されることもなく、こうした日本の良さを感じながら、最初の一年は楽しく過ごすことができるのが普通だ。
しかし1年が過ぎて、もう一歩踏み込んだ付き合いをすることになる2年目、3年目になると、多くの韓国人は日本人がさっぱりわからなくなる。
価値観が違うし、善悪の考え方も違う、日本人の精神性、メンタリティーがどうにも理解できないことになってしまう。
人によって、程度の差はあるけれども、だいたい2年目、3年目で落ち込んでしまう。

もはや日本人は人間ではないとまで思う人たちもいる。私もそう感じて深刻に落ち込んでしまった。
同じ人間なのに、日本人はなぜこうなのか、日本は人間が住む社会ではないとまで私は落ち込んでしまった。
日本人は我が国を貶めてきただけに、やはりおかしな人たちだったのだと思うようになっていく。
実際には、本格的な異文化体験がはじまったということなのだが、異文化ゆえの異質性が、根にある反日意識と結びつき「人間としておかしい」といった感覚的な判断を生じさせてしまうのである。

その典型を、日本に2年半滞在して韓国に戻った韓国人の女性ジャーナリストに見ることができる。
彼女は、帰国して書いた本で「日本に学ぼうという声が高いけれども、日本のような国には絶対学んではいけない」、なぜかといえば、日本人は異常な人たちだからだ、というように書いている(田麗玉「日本はない」、日本語版「悲しい日本人」)。
どんなことから、彼女は日本人は異常だというのか。たとえば彼女は、「日本人の割り勘は、その場限りで人間関係を清算しようとする冷たい心の現れだ」と書いている。

ことごとくが、2年目、3年目でぶつかった、異文化ゆえの習慣の違いや価値観の違いに関わることなのである。
それが反日意識と結びつくため、すべて日本人の「悪意の現れ」としてしまうのだ。
私も2、3年で韓国へ戻っていたら、彼女と同じ考えのままだったと思う。

そこには、自民族の文化を価値規準にして、他民族の文化、生活習慣、思考様式、行動形態などを、みっともない、不合理だ、間違っている、劣っているなどと否定する傲慢な態度がある。
自文化の価値体系こそがどこよりも正当なものであり立派ものだと頭から信じられている。
その弊害は、自分に都合のよい空想をもって現実を見ようとはしないさまざまな面に現れてくる。

■「反日」という「バカの壁」

韓国の「反日」は「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体である。
そのように完成された一つの固定した考え、揺るぎのない考えである。
一つの固定した考え、完成された考えにはその先がない、未来がない、そこが終局の地点となっている。
だから相手の考えを耳に入れる余地がない。多角的な視点から物事を見て判断することができない。

自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。
そういう相手には、いくら誠意をつくして話しても、わかってもらえることがない。
なんとしても「話せばわかる」ことにはならないのである。

ようするに「反日」は一つの硬直した固定観念であり、それが養老孟司氏がいうところの、自分の思考を限界づける「バカの壁」となっているのだ。
そのため話が通じないのである。
来日2年目、3年目にぶつかる壁が「バカの壁」だとは、誰も容易に気づくことができない。
そこで私のように落ち込んだり、「日本人は人間ではない」とまで思うことになってしまうのだ。

※続きます

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