■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
【韓国】大韓サッカー協会会長、2030年W杯の“4ヵ国共催”への意思変わらず…「日中韓北朝鮮が協力すれば誘致は可能」[05/16]
- 343 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2017/05/16(火) 19:17:56.63ID:4M587CxM.net
- >>1
>大韓サッカー協会のチョン・モンギュ(鄭夢奎)会長
そもそもコイツは下のクズの甥なので、FIFA役員の『弱み』をいくつも叔父から相続してるはず
↓
【鄭 夢準(チョン・モンジュン、1951年10月17日〜)】https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E5%A4%A2%E6%BA%96
2002 FIFAワールドカップ
日本よりも5年遅い1994年に招致委員会を立ち上げた韓国は、豊富な資金力を持つ現代財閥の一員である鄭を中心に巻き返しを図った。
鄭は同年のFIFA副会長選挙で当選し、特に欧州系のFIFA理事との関係を深めて、共催という史上初の決定によるW杯の招致成功に
大きく貢献した。また、豊富な資金力、政治力および、FIFA副会長という地位を最大限に駆使し、2002 FIFAワールドカップにおける
韓国代表のベスト4獲得にも貢献した。その貢献度は3位決定戦でフース・ヒディンク監督よりも先に選手から胴上げを受けていること
からも明らかである。なお招致の成功については、ドイツ人当時ジャーナリスト(現バイエルン・ミュンヘン海外担当)マーティン・ヘーゲレによって、
「各国担当者に高価な贈り物を贈ったり、娼婦を抱かせ弱みを握ろうとした。」などと行為の数々を暴露されている。
また、ヘーゲレへ圧力をかけるよう鄭がフランツ・ベッケンバウアーに依頼したが、一蹴されたエピソードもヘーゲレは明かしている。
その成功による韓国国民の支持を政治的資産として同年12月の大統領選挙に立候補したが、当時の与党系候補の一本化作業の中で
自らの支持が盧武鉉に及ばない事を示され、投票日の前日に辞退する事となった。
総レス数 1003
272 KB
新着レスの表示
掲示板に戻る
全部
前100
次100
最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★