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【大紀元】中国古代の軍隊は何を食べていたのか[12/1]

1 :右大臣・大ちゃん之弼 ★ :2018/12/01(土) 19:10:32.79 ID:CAP_USER.net
https://i.imgur.com/klnjpbg.jpg
秦の始皇帝陵の兵馬俑(イメージ / Pixabay CC0 1.0)

古来より、軍隊の食糧事情は前線で戦う兵士にとって一大事でした。食事の質と量は兵士の身体能力に直接的な影響を及ぼし、作戦の勝敗をも左右することがありました。では、古代中国の兵士は何を食べていたのでしょうか。

 中国最古の軍隊糧食は狩りで捕った獲物でした。殷の時代には「田狩」と呼ばれる大規模な狩猟活動が行われ、千人以上の兵士を動員し数百頭の野生動物を捕まえることができました。甲骨文字で書かれた古文書によれば、殷の軍隊は一度の田狩で451頭の鹿を捕まえました。

 周の時代になると田狩はさらに規模を増し、周の武王は一度に一万頭以上の動物を捕らえたと記録されています。軍隊の食糧をまかなう為にも、殷や周は絶えず領土を拡大する必要がありました。周の時代になると、その領土は現代の陝西省や山西省、山東省、安徽省まで拡大しました。

 捕らえた獲物以外にも、主食として粟(アワ、黄色で小粒の穀物)が食されていました。とはいえ食べ方は蒸してご飯にするのではなく、濃い粥(かゆ)にして食べていました。夏王朝、殷王朝、周王朝は野菜入りの粟粥が糧食の中心であり、そこに豆類や肉類を入れました。食器は主に陶器(粘土を比較的低温で焼き上げたもの)が用いられていました。当時の粥は主食であったため非常に濃く作られ、「厚(濃いの意)」と呼ばれました。

 粟は唐王朝期まで軍隊の主食であり続けました。中国の政治的・軍事的中心地が主に北方であったためです。さらに粟は米よりも長期保存に向いていることも理由の一つです。唐王朝期の文献によれば、粟は最大9年間保存できるのに対し、米は5年しか保存できませんでした。実際、粟の保存期間はさらに長く、長安城に蓄えられた粟は20年物でも食用ができたと言われています。

 では兵士一人の食糧はどれくらいだったのでしょうか。秦王朝の規定によると、重労働に従事する兵士は朝に粟半斗(1リットル。秦代では1斗=2リットル)、夜に粟三分の一斗(0.67リットル)が支給されました。歩哨などの比較的軽い任務は朝と夜にそれぞれ粟三分の一斗(0.67リットル)が支給されました。漢王朝期には、重労働に従事する兵士は一か月に2斛9斗3升(約58.6リットル。漢代では1斛=10斗、1斗=10升、1升は約200ミリリットル)の粟と、食塩3升(約600ミリリットル)が支給されました。唐代になると、兵士一人につき一日2升(約1.2リットル。唐代では1升=600ミリリットル)の穀物が支給されました。

 宋王朝期には、中央軍に相当する禁軍の兵士は月に2.5石(約168リットル。1石=67リットル)の穀物が支給され、地方軍の廂軍の兵士には2石(約134リットル)の穀物が支給されました。

 明代でも主食となる穀物は依然として支給されていましたが、小麦粉が普及したことにより、餅(ビン。小麦粉を使って作られた生地を伸ばして焼き上げた中国風のパン。)が軍隊の携帯食として人気を博しました。餅は丸く作られ、真ん中にはひもを通して持ち運べるように穴が開いていました。食糧の進歩により明軍は敵を長距離に渡って追撃することが可能となり、中国華北の寒冷地や森林地帯での作戦遂行能力を大幅に向上させました。

(翻訳・黎宜明)※看中国より転載

https://www.epochtimes.jp/2018/12/38357.html
大紀元 2018年12月01日 12時44分

317 :マジカル☆コリア :2018/12/03(月) 08:41:30.20 ID:/ahOk2Rh.net
>安禄山の反乱軍には石臼部隊というのがあった。直径数メートルもあるようなでっかい石臼を運ぶ部隊です。
>反乱軍とウイグル軍が合戦するでしょ。
>どちらが勝っても負けても戦闘後の戦場には死体がたくさん転がっている。そこに石臼部隊がゴロゴロと巨大石臼を運んで登場します。
>生き残った兵士たちは敵のも味方のも死体を運んできて、どんどん石臼に放り込んでゴーリゴーリ臼をひく。
>死体がミンチになってじわじわでてくる。これを団子にして食べた。気持ち悪くて御免なさい。
ttp://timeway.vivian.jp/kougi-35.html

>「この黄巣軍は、その大軍に食糧を供給するために、大規模な「人肉生産工場」を設置した。」
>「中和三年(883年)五月、黄巣は兵をひきいて陳州を攻めて百日が経った。(中略)賊(黄巣軍)は人々を捕らえて食用に供した。
>一日ごとに数千人をも食べてしまった。賊は『舂磨砦』という巨大な臼数百基を備えている。人々を臼に入れて、骨も一緒に細かく砕いて食用に供した。」(『唐書』黄巣伝)
https://marco-germany.at.webry.info/200709/article_24.html

318 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 09:04:46.34 ID:nINmB8T6.net
近年、日本でも「健康に良い」などと雑穀ブームが起きている。
重量当たりの価格では、既に、雑穀の価格は、米などの主要穀物の価格よりも高い。

このような雑穀の普及を阻害している要因は何だろうか?
やはり、主要穀物の管理技術が、極めて機械化、効率化されていることにある。
逆に雑穀は、管理技術が非効率だ。

本来、生態系は、多様な生物の組み合わせによって成り立っている。
また、環境に応じて植生は変化し続ける。
さらに、頻繁に耕せば、河川敷のよな状態になり、土壌としては異常な状態になる。

本来は、自然の生態系に似せて、類似種作物を交えた擬似生態系で栽培を行なうのが理想的だろう。
ドローンを利用したり、AIを使った選別など、
多種多様な食糧に対応した管理技術があれば、
土地への負荷の少ない食糧生産も可能かもしれない。

近年、日本の山野は、管理が多く必要で、根張りが浅く、
山が荒れやすい杉の単純林(mono clone cvultivation)が多い。
こういった植生は、極めて不自然だ。
日本では、古来、縄文人は、どんぐりなど樹木の種子を食糧としてきた。
新しい技術を使って山を、管理の簡単な樹種を使った食糧生産の場にできないだろうか?

319 ::2018/12/03(月) 09:26:59.86 ID:siLpDsX7.net
>>285
包囲され糧道を絶たれて降伏した兵だから
餓死寸前でほっといても死ぬ
横山光輝漫画では食事を与える約束で塹壕掘らせて上から土かけて埋めてたが
そのやり方でもとても抵抗できない

秦に次ぐ強国だった趙はその後簡単に首都を包囲され魏から信陵君が救援に来なければ
危なかったほど弱体化したんだから1万程度の被害のわけがない

320 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 09:29:22.79 ID:q6nbt5sh.net
饅頭とかだろう…

321 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 12:13:00.92 ID:5/w2f36x.net
毛沢東・1957年5月17日の党大会
「世界大戦だといって大騒ぎすることはない。せいぜい、人が死ぬだけだ。
人口の半分が殲滅される程度のことは、中国の歴史では何度も起こっている。
人口の半分が残れば最善であり、3分の1が残れば次善である」

322 ::2018/12/03(月) 13:25:45.23 ID:BwwKIwSv.net
人やろ
マジそういう話あるし

323 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 18:10:31.20 ID:yWsATCF5.net
戦争に負けると負けた町の人間が食われる
中国はそういう世界です

324 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 19:19:27.96 ID:ePCc8X9A.net
>>318
私にお任せを。山林を宝の山に変えてみせます。

325 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 19:49:03.32 ID:hISV7aHV.net
◆ニセ「商談」で外国企業機密を入手 契約間近で消える中国企業
https://www.epochtimes.jp/2018/11/38104.html

326 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 20:14:56.11 ID:HNuPl4EJ.net
>>289
春秋戦国時代って簡単に首都が包囲されてあっさり放棄しちゃうのに、これまたスナック感覚で再興されたりするよな。

327 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 20:34:14.29 ID:HNuPl4EJ.net
斉「趙を攻めてる魏の首都を包囲するンゴ、楽キに首都どころか2城以外簡単に取られたンゴ、でもすぐ全部取り返すンゴ」
楚「呉やら越やらに首都何遍も落とされたンゴ」

328 ::2018/12/03(月) 21:22:37.09 ID:D2z4Nr8Y.net
>>319
埋めた秦軍も十万人くらいいないと生き埋めしている間に抵抗されていくら何でも無理だろ
あんたの理屈なら南京大虐殺だって2, 3万人の日本兵で十分可能になる

329 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 21:26:59.67 ID:5/w2f36x.net
南京はそもそも当時の人口とかはっきりわかってるし(100万とかいうのは肯定派の流したデマ、疎開前の数字)
民間人標的の虐殺なんてなかったのははっきりしてるし

330 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 21:41:58.57 ID:ECeyJANC.net
>>311
そうだね。
日本の争いの場合は、昔から支配権や徴税権の争い。
全滅しないように支配階級の民族や氏族も敵味方に分かれたりして、敵も自分の親族の一員だったりする。
勝敗がついた後も、敗者の祟りを信じる文化もあったりして、仏さんを蔑ろにし難いし。
移動してきた遊牧民と土着民、肌や髪や目の色の違う民族同士の戦いだったなら、日本でも相手全てを殺すまで戦っていたかもね。文化や習慣の戦いにもなるわけだし、宗教の戦いでもあれば…。

331 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 22:35:48.58 ID:rnehMOcp.net
 

(答え)


人間食ってました。




332 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 22:37:52.30 ID:rnehMOcp.net
>>308
逆。
人間じゃ無いって言い分のほうが証拠が無い。
醢は古来より刑死した人間の肉を塩漬けにしたものと言う意味。

333 ::2018/12/03(月) 22:41:18.47 ID:mD2NncT7.net
>>332
日本でも屍の塩漬けって出てくるなあ

334 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 22:42:52.80 ID:rnehMOcp.net
後、人間の肉と明言してないから人間の肉かどうか分からないなんて良く苦し紛れに言うが、
全く詭弁。
漢文と言うものは簡潔に述べることを良しとするもので、
文脈から明らかなものをクドクド説明的に記述しない。
全くの常識。
醢が人肉を表すことが当時は一般的であった以上、
特に断りなく醢と記述されていたら、筆者は当然人肉を意味して書いたのだ。
当然のこと。

335 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 23:02:30.00 ID:u5CkABPH.net
卓と椅子以外に我に食えぬものなし、の精神だろ?

336 ::2018/12/03(月) 23:06:58.79 ID:siLpDsX7.net
>>328
10万くらいは余裕でいるだろ
秦の総兵力の記述はないが
別動隊の兵力だけでも2部隊で合わせて3万とされてるんだから
秦にとっても大事な決戦だから大軍を出すのは当然
しかも包囲網が完成した後は本国から万全を期すため予備役まで動員しての増援が来てるんだし

ちなみに横山漫画では趙兵がかなり深く掘ったところで上から土をかけたので
飢えた趙兵は穴から這い上がる力すらなくって描写だったが

337 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 23:11:34.30 ID:u5CkABPH.net
>>336
ザマの戦いでも両軍合わせても10万いかんやろ…

338 ::2018/12/03(月) 23:31:10.96 ID:Kxnlha35.net
中国の戦いに関する史書の記述で、数字の正確さは期待するなってばっちゃが言ってた。

ところで、軍勢五万とか号してて実際の兵数は2・3万とかでも、そこには人頭として認められてない、頭数には入らない奴婢とかも随伴してるわけで、誇張した兵数と実際の人数の差違はそこまでないんじゃないかってこともあるらしいな。

339 ::2018/12/03(月) 23:40:36.80 ID:siLpDsX7.net
>>337
当時のローマはまだそこまで大きくないが
そもそもローマは国の規模のわりにそこまで大軍動員しないからな
その頃は市民兵で市民権もたない無産階級や奴隷は兵役免除
一方のカルタゴは傭兵制で外人部隊頼りだし
どちらにせよ中国みたいに下層階級までかき集める方式でない

340 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/03(月) 23:41:44.19 ID:u5CkABPH.net
輸送力も保存技術も乏しい時代に限られた区域にどれだけの人員や馬匹を(両軍合わせて)集積できたのかという疑問は補給という観点からは永遠の謎でな。
少々の人数でちょっと篭城したらあっというまに疫病が蔓延するような点からも人が集まればエラいことになるんじゃないのっていう衛生面の話も。
漢末新初の時代の緑林軍が合流したら疫病が蔓延したんで軍を分けざるを得なかったていう話もすげぇリアルな話。

341 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 00:18:21.19 ID:Y6xRFPNX.net
ローマ軍は自国の輸送能力は兵員輸送だけに特化して、物資の輸送は同盟国に丸投げでどうにかあのレベル。
「補給戦」によれば鉄道や缶詰などが発明整備された19世紀の普仏戦でも兵員輸送に補給が追いつかず、プロイセン兵士は弾薬は初期装備だけ、食料はそこら中を襲って賄いながら片手間でパリを包囲してたレベルらしい。
それでもようやっとプロイセンだけで50万の動員数。

342 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 00:20:56.61 ID:Y6xRFPNX.net
モルトケの神格化によって三傑の一人であるローンが心配していた補給能力についてはなかったことにされて、そのままWW1でドイツ帝国は敗北した。

343 ::2018/12/04(火) 01:00:57.56 ID:H2aoczII.net
兵站のこと考えるよりも速攻戦で片付けろ、が長く世界の主流だった面も

344 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 15:38:22.03 ID:XMEwZQHD.net
>>323
まるで、ガラス球に封じられた
小エビ、水草、藻のバランスドアクアリウムみたいじゃないですか!

345 ::2018/12/04(火) 15:45:34.25 ID:7YEzsabH.net
一方大韓帝国は荷役用に馬を用いて草臥れたそれを糧食とした
かの有名な蛮欧征伐で遠く独逸にまで到達した時馬を潰して喰う様をみたゲルマンが
「韓馬喰う!(はんばくう!)」と驚いたのがハンバーグの起源であることは言うまでもない

346 ::2018/12/04(火) 15:46:56.29 ID:Z/v3mA8L.net
胎児スープや猿脳は名残り?
人の形に近い物を食うのは躊躇いが生じるが
幼少期から食べていけば抵抗無くなるのか

347 ::2018/12/04(火) 16:52:23.76 ID:H2aoczII.net
>>332
それだと、じゃあ普通の肉や魚の塩漬けは?っていう疑問が残るんですが。
たとえば刑罰で言う鞭刑は言うまでもなく人間を鞭打つものだけれど鞭という字
それ自体が「人間だけを」鞭打つこと限定の言葉じゃなくて牛や馬を鞭打つとき
にも使う。刑罰としての醢が人間を殺して塩漬けにすることを意味していたとしても
醢って言葉が人間限定とは限らない。

獣肉や魚の塩漬けを指す別の言葉が提示されて初めて、醢っていうのは料理と
しても人肉限定っていうのが成り立つんじゃないかなと。

348 ::2018/12/04(火) 16:58:24.87 ID:H2aoczII.net
追記すると孔子は「盗泉」って言う泉の名前が気に食わないからと言って
のどが渇いていてもその泉の水は飲まなかったっていう超験担ぎ野郎。
そんな彼が弟子(しかも超お気に入りの弟子)が塩漬けにされたから世の
塩漬け全否定になったとしても全然不思議じゃない

349 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 17:27:37.20 ID:cvnic46a.net
中国シンパって古代史の都合の悪い記述は誇張だといって無視するよね

350 ::2018/12/04(火) 19:12:02.11 ID:ldeo9Euy.net
>>345
民明書房のどの本?

351 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 21:56:35.68 ID:1iFXDAbG.net
>>348
拝み屋の倅だからな。
怪力乱神を語らずなんていう割には葬式の手順にはやたらと煩いのもそのせいか。
大工かなんかの倅だった墨子が鬼神を信じるくせに葬祭にはえらい淡白なのとは好対照。

352 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 22:13:37.18 ID:+icQJcuP.net
粟粥とか粟ぜんざい食べて見たいな
池波正太郎さんの本で出てくるんだよね

353 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/04(火) 22:40:12.78 ID:1PdcpMWE.net
>>348
一番のお気に入りは、顔回じゃないの?
ドラマでいしだ壱成が演じてた

354 :巫山戯為奴 :2018/12/04(火) 22:45:04.26 ID:JHxmc23n.net
人を鹿って数えたんだろ?日本でもウサギを一羽二羽って鳥と同じに数えるんだよ。

355 ::2018/12/04(火) 23:00:13.00 ID:2IqZpqIH.net
シナ→人肉
チョン→糞尿

356 ::2018/12/04(火) 23:26:43.09 ID:+nOWGLx6.net
厚物ってそういう意味だったのか
白湯だと思ってた

357 ::2018/12/04(火) 23:42:04.57 ID:H2aoczII.net
>>351
めっちゃ大男だったらしいですね>孔子

>>353
後継者として最も高く評価して信頼していたのが顔回で子分として最も可愛がって
いたのが子路なんじゃないかなと個人的には

358 ::2018/12/05(水) 22:04:12.01 ID:hwbPQhDa.net
顔回がプラトンで孔子がソクラテスみたいなもんだ
論語は孔子の言行録だけど、たぶん論語の重要部分は顔回か子路が孔子の発言を聞いて書き留めたものだと思う

359 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 06:33:25.57 ID:vIkTQfjr.net
いしだ壱成って、偉いなー

360 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 06:35:54.24 ID:JaDakAv9.net
司馬遼太郎や横山光輝の古代中国モノ作品は浴びるように読んだ
食事の描写はテキトーだな

361 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 07:32:55.26 ID:AfB+jclS.net
決まってるがな〜、人肉でしょ!
文化大革命の時も、人肉食べていた!

362 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 16:05:49.98 ID:vIkTQfjr.net
今日の司馬懿は
牢屋で肉なんて出ない
肉食わなくても1年過bイせる

こう申しておりました

この肉ってなんだろう?

363 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 18:16:51.41 ID:ZShTnGH1.net
>>358
「孔子暗黒伝」にも出ていたが、高弟とされる10人の弟子の中でも顔回、子路、子貢の3人はさらに特別な印象だな

364 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 22:09:03.40 ID:1r6pE1SK.net
間違いなく、人肉だよ。
あの連中は人喰いだからね。
その事実は知らせないんだよな。

365 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 22:12:02.31 ID:JaDakAv9.net
戦争に負けたら食われるから必死で戦うアルヨ
まさに弱肉強食アル

366 ::2018/12/08(土) 23:57:17.53 ID:FlFTO/uC.net
粟なんて完全にすり潰して麺やパンや餅にしてもまずくて食えたものじゃない
当時の人はうまいと思って食ってたのかなあ

367 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/08(土) 23:57:54.68 ID:iIagdJtv.net
>>234
>肉体労働を常時すると6000カロリー必要だからなあ

粟1カップ(200cc)で473キロカロリーだそうだから1.67リットルで3949キロカロリー
現代人としては食い過ぎだが、戦争やってると肉や野菜入れて丁度なのかもな。

368 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/09(日) 09:14:42.18 ID:JrwKGV+l.net
まあ人肉食や戦争の死者数の記述が誇大で信用ならないなら
>>1の食糧の数値も信用できないな
中国シンパさんも同意してくれるよね

369 ::2018/12/09(日) 09:36:34.10 ID:Qwp6alCr.net
鶏肋鶏肋

370 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/09(日) 10:50:17.22 ID:3KV8fv7D.net
>>369
楊脩「ああ、陣払いでございますな。」

371 ::2018/12/10(月) 18:13:08.57 ID:C9Jn87wW.net
>>370
曹操「だまれ その意味で申したのではない」
「こやつの首を はねい」
楊脩「げぇっ」
ドカッ

372 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/10(月) 23:10:01.67 ID:1V0IcmrC.net
先週のスーマーイ司馬懿さんは、農民になって畑耕してました

373 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/11(火) 01:14:10.87 ID:Yg4bhJtP.net
>>100
それを諸葛孔明が禁止にした

374 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/12(水) 13:05:01.57 ID:Aa2wH9du.net
支給された粟でこっそり酒作ってた奴もいたんだろうな

375 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/13(木) 19:15:45.28 ID:JnkOvOr0.net
酒はコウリャンじゃないかな
今も中国にコウリャン原料の酒が沢山残っている
白酒も原料がコウリャン。透明で度数がやたらと高い
米は寒くて栽培できなかったんだから

376 ::2018/12/13(木) 19:35:12.82 ID:Jd990sJY.net
なかなか面白い

377 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 08:20:36.85 ID:EsbeTeY8.net
今週のスーマーイ司馬懿さんは
皇帝曹丕が崩御して、息子の男色天子の側近に復帰しました

378 ::2018/12/16(日) 09:00:01.53 ID:fBrrHlSC.net
捕虜も食ってた

379 ::2018/12/16(日) 15:44:54.58 ID:GnU1m3bo.net
>>112
それ出典は演義じゃないだろ
正史三国志じゃね?

380 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/28(金) 10:07:34.61 ID:/tuxiqJH.net
討ち取った敵じゃね?

381 ::2019/01/01(火) 16:42:11.50 ID:/ignNhr+.net
毛豆腐を食ってみたいのよ

382 ::2019/01/02(水) 11:41:46.14 ID:wZVNc8Yc.net
春秋時代の呉越、楚はアワでなくてコメなんだろうね
中原だとたんぱく質はもっぱら肉なんだろうけど、江南は魚ばかりか
始皇帝が巡視中に崩御して、車の前後を魚醢を積んだ車で囲い臭いをごまかしたらしいけど秦でも魚を食ってたんだね
民衆の口に入るかはどうなんだろ

383 ::2019/01/02(水) 17:58:02.22 ID:9B0hIfiT.net
川魚は昔から食ってるだろ

384 ::2019/01/02(水) 18:21:33.58 ID:wZVNc8Yc.net
秦や周で魚を食べていた確証とかあるのかな

385 ::2019/01/06(日) 11:33:04.60 ID:FKT6mII9.net
塩や海産物は斉から流通してそうじゃね?
川魚は知らね

386 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 11:49:38.43 ID:fAEiqAEp.net
日本の鯖街道みたいに、干し魚を優先的に運ぶルートとかあったのだろうか?
あっちはスケールがでかいから分散してて残ってないのかな

387 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:08:26.29 ID:sXvb4ocy.net
呂布配下の将軍が猪を獲ってこさせて鍋と酒を部下に振舞って呂布にしばかれてたな。

388 ::2019/01/06(日) 12:11:52.08 ID:u8R8kpD8.net
三國志なんかでも
人肉食いがでてくるもんな

演義だし創作かもしれんが
美談として感動したって描写だしな

389 ::2019/01/06(日) 12:18:30.84 ID:1XGd3KZ+.net
>>385
むしろ演義だけど「松江の鱸」がご馳走として出てくるくらいだし中国で
魚料理と言うと川魚のイメージが強い

390 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:22:48.39 ID:5gGlFl9e.net
■文 化 大 革 命 当 時 の 中 国
無 抵 抗 な 一 般 人 が 人民解放軍や紅衛兵によって虐殺され「食われる」 ■

生きているままに人肉を削ぎ、生きている人間が絶命すると、
人間の心臓、肝臓、胆嚢、腎臓、胸肉、骨髄、太もも、足、筋、・・人間の骨肉を切り取り、削ぎ取って、
それを煮たり、揚げたり、炒めたり、そして酒にゆっくりと漬けたりして、さまざまな調理方法で、
豊かな献立にしたのである。また<人肉宴会>では酒を飲み、杯を交わし、論功行賞をした。」、
「こうして食人の嵐がうずを巻き、集会があるごとに闘争があり、闘争があるごとに死者が出て、
死者が出れば、かならず食われ、惨劇が繰り広げられたのだ」。

『食人宴席―抹殺された中国現代史』 カッパ・ブックス
鄭 義 (著), Zheng Yi (原著), Ko Bunyu (原著), 黄 文雄 (翻訳)

■『支那人の食人肉風習』(桑原隲藏著、筆者は当時京都大学教授だった) ■

肉屋では、人間の肉が吊り下げられて売られていたという記述がある。
この人肉食は、決して過去のことではない。

「食人宴席」(鄭義 光文社) によれば、現代でも行われているのである。

武宣県では、食人事件が流行にさえなった。街頭引き回しデモ闘争があるたびに、老婆たちは
かごを下げて、糾弾集会が終わるのをじっと待っていた。
人間が殺害されると死体に競って群がり、なるべくいい人肉を切り取って持っていく。
遅れてきた者は人肉を切りとれないので、骨まで持っていく。人肉を食べた者は、
幹部のなかでも少なくはなかった。

例えば、造反から出世した武宣県革命委員会・王文留副主任。彼女は最初、共産党の下級組織から、
彼女がもっぱら男性性器を食べるというので、その報告書が党中央工作組に提出された。
党中央は衝撃をうけ、八五年五月から六月にかけて数回にわたって、その実情について電話で聞き、
なぜ彼女を党から追い出さないかと、詰問した。結果的に明らかにされた事実は、彼女はただ人肉、
人間の肝を食べただけで、現在すでに党から除名処分を受け、一般労働者に格下げされたということ
だった。(「食人宴席」(鄭義 光文社)  P62より引用)

391 ::2019/01/06(日) 12:23:33.98 ID:U68j8Wd9.net
人肉だろ

392 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:34:53.97 ID:cS/Beipl.net
曹操「鶏肋鶏肋」

393 ::2019/01/06(日) 12:37:45.10 ID:Axcindrx.net
中国兵員の日記

394 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:39:46.52 ID:t7GIpLNB.net
穴掘って米蓄えた貯蔵庫の上に陣取ってただ飯食い続けた劉邦
あらゆる戦に勝ってきたけど飢えた項羽

395 ::2019/01/06(日) 12:46:28.69 ID:E/nAW6PZ.net
羌という字は、羊+人 が由来で、家畜扱い(さらには食料扱い)されてた異民族だったのではないかという説も

396 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:53:37.84 ID:UqqoCzD8.net
肉の林に酒の池♪

397 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:55:38.34 ID:5gGlFl9e.net
■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日、
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■

『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)−日本人皆殺しの地獄絵−』

★「通州事件 目撃者の証言」 (自由社ブックレット5) より 藤岡 信勝 (著) 自由社; 初版 (2016/8/7)

http://blog.livedoor.jp/itouansatu/archives/67990104.html


夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」
…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。頭の皮を剥いでしまったら、
今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、
この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。

目玉を抉り取ると今度は男の人の服を全部剥ぎ取りお腹が上になるように倒しました。
そして又学生が青竜刀でこの日本の男の人のお腹を切り裂いたのです。縦と横とにお腹を切り裂くと、
そのお腹の中から腸を引き出したのです。ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。
人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思いますが、学生が何か喚いて
おりましたが、もう私の耳には入りません。そうしているうちに何かワーッという声が聞こえました。

ハッと目をあげてみると、青竜刀を持った学生がその日本の男の人の腸を切ったのです。そしてそれだけではありません。
別の学生に引っ張らせた腸をいくつにもいくつにも切るのです。一尺づつぐらい切り刻んだ学生は細切れの腸を、
さっきからじっと見ていた妊婦のところに投げたのです。

このお腹に赤ちゃんがいるであろう妊婦は、その自分の主人の腸の一切れが頬にあたると「ヒーッ」と言って気を
失ったのです。その姿を見て兵隊や学生達は手を叩いて喜んでいます。残った腸の細切れを見物していた支那人の
方へ二つか三つ投げて来ました。そしてこれはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろと申しているのです。


1937年 通州事件(つうしゅう)中国冀東保安隊による日本人虐殺事件。被害者約200名
  ・婦人は24時間強姦されたあげく鼻や喉に針金をつけられ殺害現場まで引き擦られる。
  ・旭軒では17〜40歳の女性はことごとく強姦され
   陰部を銃剣で刺さたもの、口中に土砂を填めてあるもの、
   腹部を縦に断ち割つて等にて惨殺。
  ・錦水楼では女性達は手足を縄で結ばれ強姦され、斬首。
  ・男は目玉をくりぬかれ、上半身は蜂の巣の様
  ・子供は手の指を揃へて切断され惨殺
  ・南城門では腹部の骨が露出し、内臓が散乱
  ・首を縄で縛り両手を併せて針金通し一家六名数珠繋ぎにして引廻し惨殺。

1928年 済南事件(さいなん) 中国兵による日本人略奪陵辱暴行殺人事件。被害者約400名
  ・頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。陰茎切除。
  ・顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。
  ・両手を縛られて地上を引きずられた形跡。頭骨破砕。小脳露出。眼球突出。
  ・女性。全顔面及び腹部にかけ、皮膚及び軟部の全剥離。
   陰部に径2.5cmの木片を深さ27cm刺されている。
   両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。
  ・顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。
  ・助骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。
   右脚の白足袋で婦人と判明した

398 ::2019/01/06(日) 12:55:54.11 ID:1XGd3KZ+.net
酒の池や豪華な宮殿は分かるとして木々にお肉を吊るしてその中を男女が
マッパで駆けずり回るという趣味嗜好はどうにも理解できない>酒池肉林

399 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:57:28.20 ID:5gGlFl9e.net
■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■

★「通州事件 目撃者の証言」 (自由社ブックレット5) より 藤岡 信勝 (著) 自由社; 初版 (2016/8/7)

▲そして細切れの腸をあちらこちらに投げ散らした兵隊や学生達は、今度は気を失って倒れている
妊婦の方に集まって行きました。赤ん坊を引き出すのに何か針金のようなものを探しているようです。
とそのときこの妊婦の人が気がついたのでしょう。フラフラと立ち上がりました。
そして一生懸命逃げようとしたのです。

このフラフラと立ち上がった妊婦を見た学生の一人がこの妊婦を突き飛ばしました。
妊婦はバッタリ倒れたのです。すると兵隊が駆け寄って来て、この妊婦の人を仰向けにしました。
するともうさっき下着は取られているので女性としては一番恥ずかしい姿なんです。
しかも妊娠七ヶ月か八ヶ月と思われるそのお腹は相当に大きいのです。

▲国民政府軍の兵隊と見える兵隊がつかつかとこの妊婦の側に寄って来ました。
剣を抜いたかと思うと、この妊婦のお腹をさっと切ったのです。赤い血がパーッと飛び散りました。
私は私の目の中にこの血が飛び込んで来たように思って、思わず目を閉じました。
それ程この血潮の飛び散りは凄かったのです。実際には数十メートルも離れておったから、
血が飛んで来て目に入るということはあり得ないのですが、あのお腹を切り裂いたときの
血潮の飛び散りはもの凄いものでした。

▲妊婦の人がギャーという最期の一声もこれ以上ない悲惨な叫び声でした
お腹を切った兵隊は手をお腹の中に突き込んでおりましたが、赤ん坊を探しあてることが
出来なかったからでしょうか、もう一度今度は陰部の方から切り上げています。
そしてとうとう赤ん坊を掴み出しました。その兵隊はニヤリと笑っているのです。

片手で赤ん坊を掴み出した兵隊が、保安隊の兵隊と学生達のいる方へその赤ん坊をまるで
ボールを投げるように投げたのです。
ところが保安隊の兵隊も学生達もその赤ん坊を受け取るものがおりません。
赤ん坊は大地に叩きつけられることになったのです。何かグシャという音が聞こえたように思いますが、
叩きつけられた赤ん坊のあたりにいた兵隊や学生達が何かガヤガヤワイワイと申していましたが、
どうもこの赤ん坊は兵隊や学生達が靴で踏み潰してしまったようであります。

400 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 12:58:44.66 ID:5gGlFl9e.net
■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■

★「通州事件 目撃者の証言」 (自由社ブックレット5) より 藤岡 信勝 (著) 自由社; 初版 (2016/8/7)

▲この娘さんは既に全裸になされております。
そして恐怖のために動くことが出来ないのです。
その娘さんのところまで来ると下肢を大きく拡げました。
そして陵辱をはじめようとするのです。
支那人とは言へ、沢山の人達が見ている前で人間最低のことをしようというのだから、
これはもう人間のすることとは言えません。

▲ところがこの娘さんは今まで一度もそうした経験がなかったからでしょう。
どうしても陵辱がうまく行かないのです。
すると三人程の学生が拡げられるだけこの下肢を拡げるのです。
そして保安隊の兵隊が持っている銃を持って来てその銃身の先でこの娘さんの陰部の中に突き込むのです。

▲こんな姿を見ながらその近くに何名もの支那人がいるのに止めようともしなければ、声を出す人もおりません。
ただ学生達のこの惨行を黙って見ているだけです。
私とTさんは二十メートルも離れたところに立っていたのでそれからの惨行の仔細を見ることは出来なかったのですが、
と言うよりとても目を開けて見ておることが出来なかったのです。

▲私はTさんの手にしっかりとすがっておりました。 目をしっかりつぶっておりました。
するとギャーッという悲鳴とも叫びとも言えない声が聞こえました。
私は思わずびっくりして目を開きました。
するとどうでしょう。保安隊の兵隊がニタニタ笑いながらこの娘さんの陰部を切り取っているのです。
何ということをするのだろうと私の身体はガタガタと音を立てる程震えました。

401 ::2019/01/06(日) 13:23:49.59 ID:wLYA1HDt.net
人肉やん

402 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 13:35:41.79 ID:/vvcCXA8.net
>>53
胎児の姿焼きを出す店も・・・

403 ::2019/01/06(日) 13:43:48.69 ID:FKT6mII9.net
中国でクールー病とか聞かないな
寧ろ発症地域は隔離されて抹消されそうだけど
遺伝的にプリオン耐性があるのかな

404 ::2019/01/06(日) 13:46:57.55 ID:phzEbqzm.net
近年でも韓国芸能御用達の赤ちゃんカプセルとか流行ってたなぁ

405 ::2019/01/06(日) 13:56:56.79 ID:FKT6mII9.net
>>389
松江の鱸てでかいカジカ(?)のことらしいね
でも渓流魚だろうから、呉の一般庶民では生息地域を除いたら手に入りにくそう

406 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 13:59:58.82 ID:Oy/47Zh8.net
>>385
塩は今の山西省や四川省からも採れた
むしろそっちの方がメイン

407 ::2019/01/06(日) 14:01:47.23 ID:FKT6mII9.net
>>406
そうなんだ
岩塩採取はかなり古代から?

408 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 14:04:44.17 ID:3qadh8tb.net
両脚なんとか

409 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 14:21:29.09 ID:Q75uI8RS.net
>>96
実際はマンガでは描けない

410 ::2019/01/06(日) 14:25:12.90 ID:olyH89zL.net
中国がジャップに稲作とか箸、器を教えなかったら

今でもジャップは木の実拾いとか潮干狩りして暮らしてた

411 ::2019/01/06(日) 14:26:50.75 ID:olyH89zL.net
中国さまから漢字教えてもらえなかったら

今頃、世界の隅っこの島の読み書きもできない土人として世界中から馬鹿にされてたね

412 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 14:33:10.26 ID:Q75uI8RS.net
どうしても現代のモラルで見るからな。人を殺す場面は書けても 人を食べる場面は書けない

413 ::2019/01/06(日) 14:56:02.12 ID:FKT6mII9.net
>>410
流石にコメは無かったろうが、クリ、麻、ダイズ等を栽培していたからね
猪を家畜化して飼っていたようだし
文化面は中華の影響が大だけど、交流が無かったら独自の文化を昇華させたんじゃねーかな

414 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 15:02:45.74 ID:tAzg9c39.net
敵兵

415 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2019/01/06(日) 15:16:25.40 ID:y4vLB9fZ.net
人食ってた文献あるのかな?
三国志の時代なら曹操がジュンイクからかったり、劉備をもてなすために嫁を食わせた徳の高い人いたりしてるけど

416 ::2019/01/06(日) 15:19:10.55 ID:1XGd3KZ+.net
>>415
飢饉のときに人骨をたきぎがわりにし、互いの子供を食用に交換し、という記述はある。
またフィクションながら水滸伝では李逵をはじめとして人肉喰うヤツは多数

417 :伊58 :2019/01/06(日) 15:21:42.00 ID:gr76wxA6.net
>人食ってた文献あるのかな?

安史の乱では、でっかい石臼で死体や生きた人間を粉砕して食べていたそうですなあ。

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