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熊野純彦
- 1 :考える名無しさん:2013/09/16(月) 18:02:19.89 0.net
- 『存在と時間』とカント三批判書の翻訳をしながら、
『資本論』の読解本を出すとは驚異的な仕事量ですね。
- 629 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 07:19:38.83 0.net
- もうやる気なくなっちゃんじゃないか
すまんことした
- 630 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 08:18:31.08 0.net
- 死の概念をめぐるレヴィナスのハイデガー批判なら、『神・死・時間』を検討したほうがいい。
- 631 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 08:32:18.92 0.net
- 思想と哲学の方向性の違いが理解できない人は哲学に向いていない
- 632 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 08:35:33.82 0.net
- >>631
ギリシャ以来なら本質探求が哲学で、思想はそれを含む大きな概念だと思うけど、
因みに方向性の違いって誰がどう言ってるの?
- 633 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 08:36:59.88 0.net
- 遅かったじゃないか
- 634 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 09:28:40.06 0.net
- で、誰も熊野純彦の「所有」の概念も「隔たり」の概念も説明できないのか?
まさか、本人も説明できないなんてことはないだろうけど。
- 635 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 10:23:58.99 0.net
- レヴィナスやデリダの思想を紹介しながら、「絶対的他者」や「歓待」などの
概念を使って倫理を説く人間のいかがわしさは、それがそのまま人間の群れ
としての残虐性の隠ぺいにつながっているからだ。人が残虐性を発揮するのは、
絶対的他者に対してではない。なぜなら人に対する他者(例えば、細菌や
ウイルス)に対する扱いは、どのようなものであれ、そもそも残虐性とは
認識されないのだから。人の残虐性は、何よりもまず群れのなかで隔たり
を生じさせる(それが誰の責任であれ)個体に向けられる。
恥晒しは、群れを危険にさらすので、群れを守るために犠牲され、
群れが受け入れる物語/歴史と異なる物語/歴史を受け入れる者は、
抑圧されて当然というわけだ。
- 636 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 10:45:50.54 0.net
- 戦争という人間の行いのなかで最も残虐性の発揮される行為を考えてみるといい。
戦争で敵と味方を分けるのは、自らの属する側の群れに従うか、従わないかである。
従う人間は群れに組み込まれて味方となり、従わない人間は、従わないと
どうなるのか「見せしめ」のために残虐に処分される。
- 637 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 11:19:00.41 0.net
- >>636
本能や戦いと、それを克服する倫理を一緒に論じる愚かさ
- 638 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 11:25:21.77 0.net
- 犯罪を隠ぺいする人間は、犯罪を克服しようする人間ではなく、犯罪の共犯者だ
- 639 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 11:31:38.98 0.net
- 評論ばっか読んでると思いつきとかハッタリでしか語れなくなるじゃないか
- 640 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 15:52:13.28 0.net
- >>639
思いつきでもハッタリでもない熊野氏の講義に異論が出てるんだから、熊野氏の支持者は真摯に回答するべきだと思うよ。
- 641 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 16:00:12.38 0.net
- 信者じゃないが、こういう観念的な異論に反論しても仕方ないでしょう
妄想に妄想を重ねさせるか、その世界で完結してるんだから何を言おうが無駄
- 642 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 16:42:36.96 0.net
- >>641
そうかな?
具体的な指摘だと思うけどな?
僕でもわかるのは、>>556氏の解説。
それに対して、熊野氏は、「ハイデガーは(他者の代わりに死ぬことは)不可能だと一言で切り捨てる」と言っているわけだから、議論になるのは当然だろう。
この議論とは関係ないけど、僕は他者の死が自分の死より切実な場合があるということ自体は当然だと思うな。
なにしろ、他者の死は現実だけど、自分の死は経験できない妄想でしかないんだから。
- 643 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 16:58:32.75 0.net
- >>642
すまん、直前のですよ
- 644 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 17:59:45.25 0.net
- で、結局、熊野の哲学について内容のある書き込みは一切なく、
熊野の使う概念についてもまったく説明できず、いったい何が
やりたいんだろうね。反論どころか、熊野が使う「他者」、
「隔たり」、「所有」とかの基本的な概念の意味すら示す
ことができない。
- 645 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 19:38:17.90 0.net
- 熊野の回りに寄ってくるのはれっきとした哲学研究者じゃなくて
批評家気取りの薄っぺらいやつばっかだというのがよくわかるな
- 646 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:11:49.38 0.net
- 熊野氏がハイデッガーをさほど理解していない、レヴィナスの身代わり
論は包括されているにもかかわらずそこを熊野氏が見逃している。
という点について反論しているレスは今のところ皆無。というより
反論できないという方が正確なんでしょう。
そこだけ確認できれば充分です。
- 647 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:24:33.92 0.net
- 嫌だな
- 648 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:26:54.92 0.net
- ハイデガー、レヴィナスの主著を翻訳している人が、彼らについてそんな簡単に批判できる程度の理解しかないとは思えない
- 649 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:29:08.60 0.net
- 一理あるのかもしれないがフェアじゃない
- 650 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:34:44.71 0.net
- ハイデガーはレヴィナスの「身代わり論」を事実上克服している
のにもかかわらず熊野はレヴィナスのその論を援用してハイデガーを批判してる
そこがまずい
更に倫理学は怪しいと
- 651 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:36:37.36 0.net
- レヴィナス、熊野、ひいては倫理学が怪しいという論点に見える
- 652 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:37:53.12 0.net
- >>645
批評家気取りじゃなくて、研究者気取り、だろ?
なにしろ、1ページずつだか1行ずつだか、みんなで力を合わせて読み解いていくんだろ?
- 653 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:39:48.33 0.net
- >>651
とりあえず、熊野が怪しい、という論点じゃないの?
- 654 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:42:17.96 0.net
- 俺は哲学の専門家ではないけどこういう光景を見ると哲学文献に引っ張られる
- 655 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:43:48.67 0.net
- >>653
熊野が怪しい、その怪しさは彼が倫理学者である事に起因する、そうなってると個人的には
思う、
- 656 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:45:25.23 0.net
- >>655
ふむ。
文章の終わりまで読点なのは、意図的なの、それともタイプミスなの?
- 657 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:46:00.43 0.net
- 動画を見て、そこでの熊野のハイデガー解釈を批判してるのは>>646氏だと思うけど、647氏のレヴィナス評価を知りたい、と思った
- 658 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:50:07.70 0.net
- >>656
失礼、単なるタイプミスです。
- 659 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:53:55.77 0.net
- 現象学が認識論ー存在論と倫理学に分化する、そこでの争いという気がする。
ハイデガーに倫理学はあるだろうか。
中身は知らないけども、ハイデガーはナチスに形の上では近づいた、そのナチスがアウシュビッツの惨劇を可能にした、
それを当事者として問うたのがレヴィナス、ハイデガーとレヴィナスの対立は、壊されるべきで無いと思う。
- 660 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:56:51.95 0.net
- ナチスの残虐性と、個人の、例えば小動物を殺傷するような残虐性は違う。
そこにおいては、レヴィナスの思考は、日常のレベルではナンセンスになるかもしれないが、意味を持ちそうな気はする。
- 661 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:57:33.03 0.net
- こうしてハイデガー、レヴィナス、熊野を読む事になる。
- 662 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 20:58:00.65 0.net
- 解説書も読んだ事ないので、なんとも言えない気分。
- 663 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:00:01.26 0.net
- 妄想で他人に絡んでしまったから。
- 664 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:02:56.30 0.net
- 結局、熊野支持者が議論をそらしだしちゃうのか。
おもしろい議論だったのにな。
- 665 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:41:56.59 0.net
- 647の人は「チョー偉大なハイデガーはすべてを含んでいる!」という前提がすべての最初にあるので
基本的に議論がなりたちませーん
大昔からそう
- 666 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:44:56.08 0.net
- >>665
だって具体的な引用があるじゃない?
反論するなら具体的にしないと。
- 667 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:45:32.87 0.net
- >>626
>しかし私がここに書いたように、とうにハイデッガーによってその議論は
>有の領域・振幅として包括されている。これまでの研究者は指摘できなかった
>かもしれないが、実は包括されているものである。
ここの部分に何の説得力もないんだよね
この人が直観的にそう思ったと繰り返すだけで
論証できない
そんなものは哲学ではない
- 668 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:48:39.76 0.net
- >>666
どこにありましたか?
このハイデガー万歳さんのハイデガーの読みがそもそもおかしいのは
>>538への批判で何度も言われているとおり
それに対して、きちんとした反論を539は出来ていません
- 669 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:53:10.21 0.net
- レヴィナスを踏まえたデリダの言う「他者」は、人間や動物だけに限定されるどころか、
ウイルスや無生物まで含んでるんだよ。「ならず者たち」ではっきりそのことを主張
している。で、熊野の言う「他者」とか「隔たり」とはどんなものなのかね?
- 670 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 21:54:01.61 0.net
- ヘンテコな<弟子>のせいで熊野先生も地に堕ちてしまった(震え声)
- 671 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 22:05:01.38 0.net
- かわいいガールおじさんってバタイユ研究者なんでしょ?
仏文行けば良かったのに
- 672 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 22:59:47.44 0.net
- 仏文でバタイユやってんのはバカしかいないってさ
- 673 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:06:04.68 0.net
- ちょw喧嘩売りすぎ
- 674 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:06:43.74 0.net
- >>668
>どこにありましたか?
自分で書いてるとおり>>538にあるじゃない?
> >>538への批判で何度も言われているとおり
どこでなにが批判されてるの?
批判じゃなくて、熊野氏への指摘と同じような、ハイデガーの読み違いに過ぎないんじゃない?
熊野氏が「ハイデガーは(他者の代わりに死ぬことは)不可能だと一言で切り捨てる」と言っているのは事実だし、>>538氏の引用のとおりハイデガーは切り捨ててなどいないのも事実だろ?
引用文からは、ハイデガーが切り捨てていると読むのは、それこそ細部に宿った本質を切り捨てていると思う。
まあ、横どうしで議論してるような変な感じだけどw
- 675 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:11:46.00 0.net
- むしろハイデガーおたくのほうがキモい
ハイデガーはレヴィナスや熊野ごときに批判されるような哲学者じゃありませーん
ハイデガーは天才ですべてを語ってくれてるんでーす
とでも言いたそうな口ぶり
- 676 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:12:52.10 0.net
- >>675
いや、だから、具体的に書かないと、さ。
- 677 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:23:15.84 0.net
- >>538の引用文を読む限り、「熊野の言うと通り、ハイデガーは(他者の代わりに死ぬことは)不可能だと一言で切り捨てる」
《いかなるひとも他者から彼の死を取り除いてやることはできない
のである。誰かが「他者の代わりに死んでやる」ことなら、たしかに
できはする。けれどもこのことは、つねに、「或る特定の事柄において
」他者の代わりに犠牲になってやることにほかならない。》
《死は、それが「存在する」限り、本質的にその都度私のものなのであ
る。しかも死は、一つの特有な存在可能性を意味しているのであって、
この存在可能性においては、そのつどおのれに固有な現存在の存在
へとひたすらかかわりゆくことが問題なのである。》
- 678 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:25:16.23 0.net
- 他人の変わりに死ぬ事は出来ない、なぜなら自分が他人の死の代わりを目的として自殺しても、
死ぬのは自分で、相手は生きているから。
後は、熊野の引用文前後の文脈が無いとなんとも言えない。
- 679 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:25:49.90 0.net
- すまん、679は勘違いした、無視してください。
- 680 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:27:49.08 0.net
- ハイデガーは他人の「死を取り除く事は出来ない」と言ってる。
これは、ある個人の死は、その個人に固有の可能性であるという意味だろう。
- 681 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:32:53.02 0.net
- 個人に固有の可能性である死に、他人が干渉する事は出来ない。
つまり「(他者の代わりに死ぬことは)不可能」。
人は他人の代わりに死ぬ事は出来ない、これをなぜ熊野は批判したのか。
- 682 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:36:12.68 0.net
- >>677
>「或る特定の事柄において」他者の代わりに犠牲になってやることにほかならない。
たとえばここだって、切り捨てているとはいえないだろ?
他者の代わりに、というところをむしろ十分検討しているわけだから。
引用されているほかの部分には、「私が誰かの身代わりに死のうが」と、他者の代わりに死ぬことを前提とした議論にもなっている。
そのうえで、「そのつどおのれに固有な現存在の存在へとひたすらかかわりゆく」という結論に導いている。
なぜこれが、「不可能だ」と切り捨てていることになるんだろう?
- 683 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:36:52.52 0.net
- 個人の固有な可能性の基礎を死に置き、それについて他人は触れる事が出来ないという、ハイデガー哲学の戦略と、それがもたらすもの、を見据えて批判したのだと思う。
- 684 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:45:59.88 0.net
- 「他者の代わりに死ぬ事は不可能」。他者の死は他者のもので、それを別の人間が手に入れることは出来ない。
しかし、他人の生を存続させる為に、自分が死ぬ事は可能、つまり「「或る特定の事柄において」他者の代わりに犠牲になってやること」は可能。
、
「ハイデガーは(他者の代わりに死ぬことは)不可能だと一言で切り捨てる」という熊野の言葉は、
どちらを指しているのか。
他人の死を手に入れる事は出来ない、という意味なのか、それとも、他人の生を、自己の死の実現によって、存続させる事は不可能だ、と言っているのか。
どちらなのか。
- 685 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:48:44.98 0.net
- 哲学者として、ハイデガー哲学の総体を批判するなら前者だろう。後者は常識的に考えて不可能ではない。
つまり、彼に固有の死を、個人の可能性の基礎に見出すハイデガーの思考。
- 686 :考える名無しさん:2014/09/17(水) 23:54:18.20 0.net
- ハイデガーの時間概念には、他者の死も入ってなかったっけ?
- 687 :686:2014/09/17(水) 23:59:27.64 0.net
- 「他者の代わりに死ぬ事は不可能」。他者の死は他者のもので、それを別の人間が手に入れることは出来ない。
しかし、他人の生を存続させる為に、自分が死ぬ事は可能、つまり「「或る特定の事柄において」他者の代わりに犠牲になってやること」は可能。
前者はハイデガー的に言って不可能。後者はハイデガー的にも常識的にも可能。
であれば、「存在と時間」の翻訳者である熊野純彦が、ハイデガーは後者を可能性を否定した、と言って、それを批判する事は恐らくない。
「他人の死を肩代わりする事は出来ない」と断言したハイデガーの哲学を熊野は批判している。
- 688 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:00:03.40 0.net
- 死者の代わりに死ぬことはできんわな
>エマニュエル・レヴィナスによる鎮魂について (内田樹の研究室)
>レヴィナスの言葉の中の「他の人々」には死者たちが含まれるということに気づいた。
>含まれるというより、むしろ「他者」とはレヴィナスにおいて、ほとんど「死者」のことなのだ。
- 689 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:02:01.32 0.net
- ますますいかがわしい。宗教と哲学をごた混ぜにしている。
- 690 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:02:33.91 0.net
- >>687
「他者から彼の死を取り除いてやることはできない」というのは、たんなる事実だよ?
別に哲学的に議論するほどのことじゃないだろ?
- 691 :686:2014/09/18(木) 00:05:23.01 0.net
- 自分もそういってる。
だから、熊野が「「他人の死を肩代わりする事は出来ない」と断言した」という点でハイデガーを
批判するのは前者の意味、固有の死を個人の可能性の基礎に見出すハイデガー哲学と、それがもたらすものを批判しようとしているのだと思う。
- 692 :686:2014/09/18(木) 00:07:07.45 0.net
- しかし、その熊野のハイデガー批判の可能性については全く触れられていない。
触れられず、レヴィナスのハイデガー批判の無効性を知らない、という事でもって、彼の哲学的不見識が批判されているだけだ。
- 693 :686:2014/09/18(木) 00:08:40.45 0.net
- 熊野のハイデガー批判がレヴィナスのハイデガー批判と完全に一致するものでない限り、
その批判は無効であるといえる。
- 694 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:09:47.76 0.net
- >個人の可能性の基礎に見出すハイデガー哲学
「個人の可能性」とは何を表してるのか?
ハイデガーが語る「個人の可能性」とは?
- 695 :686:2014/09/18(木) 00:10:35.92 0.net
- 熊野がレヴィナスを口移しでハイデガーを批判しているなら、レヴィナスが間違っていれば熊野も間違っているし、
また、それに気づかない熊野は不見識であると言える。
しかしそうなのか。
- 696 :686:2014/09/18(木) 00:11:41.85 0.net
- 《死は、それが「存在する」限り、本質的にその都度私のものなのであ
る。しかも死は、一つの特有な存在可能性を意味しているのであって、
この存在可能性においては、そのつどおのれに固有な現存在の存在
へとひたすらかかわりゆくことが問題なのである。》
>>688
- 697 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:12:49.97 0.net
- だからさ、熊野の言う「他者」とは何を表しているのか?
デリダの解釈なら他者は、植物でも無生物でも含むんだよ。
無生物はそもそも死ぬことができないだろう。
- 698 :686:2014/09/18(木) 00:13:04.29 0.net
- う・・・こういうの考えるの楽しい・・・
- 699 :686:2014/09/18(木) 00:15:03.54 0.net
- 自分は>>646氏の熊野批判に反論した。
それは思想の批判ではないという意味で。
熊野の思想が何かという事は知らない、知らなくても上の反批判は可能。
- 700 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:15:54.02 0.net
- ハイデガーの「固有な現存在」も「私」も「個人」ではないね
- 701 :686:2014/09/18(木) 00:20:57.09 0.net
- つまり、ハイデガーを擁護して熊野を批判する647氏は熊野の死とそこから紡がれる彼の思想に触れずに、それを外的基準で裁断している。
- 702 :686:2014/09/18(木) 00:21:47.66 0.net
- それは他人の死は他人のものである、というハイデガーの思想のもたらす一つの帰結である。
- 703 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 00:21:54.13 0.net
- 日本語で「個人」という場合、それはほとんど「private」か
「individual」と同義なんだよ。「personal」は「private」と
ほぼ同義で使われている場合にだけ「個人」に対応する。
ハイデガーのアプローチで「個人」という概念が出てくるのは
どういう文脈だろうか?
- 704 :686:2014/09/18(木) 00:28:53.97 0.net
- とはいえ、他人の死は他人のもの、他人の代わりに死ぬ事は不可能だと、ハイデガーと同じく自分も思う。
そこを熊野氏はどう批判したのか。
- 705 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 09:57:13.32 0.net
- >>704
とりあえず、ハイデガー読者氏の論点はそんなところにはないよ。
引用部分にも関係ない。
そんなに必死に論点ずらすこともないと思うけどな。
- 706 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:03:34.69 0.net
- 短い時間で概略を話さなければならない入門講義での発言の
片言隻句をとらえ、鬼の首を取ったかのようにドヤ顔されてもねえ。
ちゃんと批判したいなら、熊野氏のレヴィナス書をちゃんとフォローすべきだし、
それが扱っているレヴィナスのハイデガー批判も検討すべきだ。
ハイデガーの基礎存在論が、他者論を欠いているという議論は、
レヴィナスだけでなく、レーヴィットやアーレントや和辻も展開している。
ハイデガーを聖典化しているだけでは駄目なんだよ。
- 707 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:08:50.98 0.net
- >>706
だから、そんなところに論点はないって。
論点を把握できないくらいの理解力で、哲学なんて、どうなの?
- 708 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:21:41.56 0.net
- >>707
何を問題にしたいんだ。
>>646 は >>685 によってもう反論されてるだろ。
- 709 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:34:11.25 0.net
- >>708
講義と、ハイデガーの引用部分だけでもいいから、よく聞いてよく読んでごらんよ。
講義は該当の板書のところもよく聞いてね。
それでも>>685が反論になってると思うなら、どうしようもない。
論点をずらしてるんじゃなくて、それが反論になると思ってるんだな。
- 710 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:38:53.30 0.net
- このくだらないやりとり、2ちゃんだからだと思うでしょう?
でも一昔前までハイデガー研究者はこういうのがほとんどで
学会でも酷い有様だった
若手が増えて、ようやくマシになったけど
- 711 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:47:23.69 0.net
- どうでもいいがそこまで言うなら、
>>709 はきちんと説明すべき。
- 712 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:55:37.27 0.net
- >>711
もう何回も説明してるw
それ読んでも理解できてないなら、繰り返しても無駄。
- 713 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 18:59:54.09 0.net
- >>712
具体的にはどのレス?
- 714 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:09:01.11 0.net
- >>713
>>534あたりから、ずうっと読み進んでみてくれ。
ハイデガー読者氏や、他の人や、僕の説明がたくさんあるから。
- 715 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:10:21.31 0.net
- 具体的にどのレスのことか示さず煙に巻く戦法
- 716 :686:2014/09/18(木) 19:12:37.41 0.net
- 熊野はレヴィナスのハイデガー批判を反復しているが、それは当の「存在と時間」の中に織り込み済みである、
その事実を知らない熊野は学者として不見識であり、その様な人間の立てる論は傾聴に値しない、という事でよろしいですか。
- 717 :686:2014/09/18(木) 19:14:38.52 0.net
- というか過去のレス参照を求めるだけじゃなくて、熊野批判をその都度繰り返せばいいと思うんだが。
強いて求めはしないけど。
- 718 :686:2014/09/18(木) 19:15:59.97 0.net
- 今日はハイデガーの「存在と時間」を購入してきた。
読んで理解したい。
- 719 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:16:17.07 0.net
- >>714
具体的にどのレスか番号を教えてもらいたいのだが。
それだけだとあなたの書き込みがどれなのか全くわからない。
- 720 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:19:07.88 0.net
- >>715
なんだ。
こんな短文すら読まずに熊野氏の講義の該当部分に賛同してるのか。
要は、熊野氏のハイデガー読解にも、一部には軽さがあるんじゃないかという指摘だっただけだよ。
どっちもそんなに必死になるほどのことじゃないよ。
- 721 :686:2014/09/18(木) 19:20:08.31 0.net
- ええ。。一部の軽さを批判したの?それだけ?
- 722 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:20:29.80 0.net
- >>719
話のスタートラインを教えてあげただけで十分だろ?
それでわからなければ、なにを書いてもわからないよ。
- 723 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:20:39.27 0.net
- どの書き込みが自分のか明確に示すことはできないわけだ
まあそうだよね
そうするとまずいもんね
- 724 :686:2014/09/18(木) 19:21:15.80 0.net
- 面倒くさいから繰り返しレスれば良いじゃないの。
- 725 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:21:57.49 0.net
- >>721
そうだよ。
あとは、ハイデガーというのは結構深読みに耐える哲学者だよ、ってことかな?
- 726 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:27:12.81 0.net
- >>725
じゃあ >>685 氏の一連の議論は問題ないじゃないか!
呆れた。。
- 727 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:38:04.49 0.net
- だからさ、熊野の言う「他者」とは何を表しているのか、それが曖昧で
不徹底だから、レヴィナスを援用してハイデガーを批判しているように
見えても、何を言いたいのか不明ということになってるんだと思うよ。
ハイデガーの存在論によるなら、「現存在」以外のすべての存在者は
他者でしょう。それが生物であれ、無生物であれ。デリダは、レヴィナス
を踏まえながら、それをきちんと徹底させて、無生物まで含めて「他者」
としているわけだけど、そこで「他者」に対する倫理を語るなら、
それはやはり神学にならざるを得ないと思うけどね。
- 728 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:42:37.11 0.net
- でだ、レヴィナスの現象学批判とか少しでも読むとテキトーだな〜と感じる
わけですよ。ハイデガーは、熊野も推薦する著書で、「まず主観の主観性
が適切に規定されていなければ、なにかに主観主義の烙印を押したところで、
それは見さかいなく扇動しているだけのことになりましょう。」(「現象学の
根本問題」、p.277)と述べている。まずは、レヴィナスは、主観の主観性
をどのように規定していて、熊野はそれをどう援用しているのかな?
- 729 :考える名無しさん:2014/09/18(木) 19:46:03.95 0.net
- 熊野氏の発言は次の通り
>人間は他者にたいしてあることで、ある局面で、
>他者の代わりに死ぬことすらある。…それは、ハイデッガーは不可能
>だと 、一言で切り捨てるわけですが。
>>684
>「他者の代わりに死ぬ事は不可能」。他者の死は他者のもので、それを別の
>人間が手に入れることは出来ない。
>しかし、他人の生を存続させる為に、自分が死ぬ事は可能、つまり「「或る
>特定の事柄において」他者の代わりに犠牲になってやること」は可能。
1.他者の死は他者のもの、というのは私が引用したハイデッガーの思想
ですね。他者は他者の死を死ぬことしかできない。たとえ私が他者の身代わ
りに死んだとしてもそれは私の死なのだ。私の有なのだ。ハイデッガーの思想
です。
2.だがそれにしても私が他者に代わって死ぬことで他者は延命した。そ
のように私は他者の身代わりになったのである。
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