ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 22
- 129 :考える名無しさん:2022/02/27(日) 07:53:05.05 0.net
- これは言い過ぎかもしれないが、うちの会話には公共的意識というものが一切なかった。僕の記憶では、「一切」なかったと思う。そのことは、僕のあり方にとって、やはりどうしても逃れることのできないデフォルトなんだと思う。そういう条件で育ったので、その後、大学に入って倫理とか正義といった概念で、いわば「一神教的モメント」を経験して以後、しばらくそちらへ持っていかれたが(高橋哲哉と中島隆博の影響が大きい)、結果としてたどり着いたのは、中途半端な公共意識がもたらす害悪を認識し、「脱公共的公共」のような思想に向かう、ということなのだろう。
己の世俗性をよく見つめること、というのは僕にとって重要なテーマである。
「自己世俗性分析」をせずに、そこから目を背けるようにして何らかの理念を語る人が多すぎるのではないか。理念的なタテマエに言葉を費やせば、すでに生きてしまった世俗的な身体をリセットできるかのような欺瞞。それでは真に理念を生きているとは言えまい。だが、理念を語りたいならもっと世俗性を自己否定せよということではない。むしろ世俗性のただなかに深くダイブし、そこにある他者性をもっとよく見なければならないということである。
ドゥルーズはとんでもないことを言っているのであり、それは容易には到達できない境地で、もっともっと読解しなければ、というのは少なくとも僕にとっては違う。そう言うと不遜に聞こえるかもしれない。僕の場合、ドゥルーズからことさらに小難しいことを引き出そうとするとかえって変なことになる。素直に読めばいいのである。
研究が進むにつれてわかったのは、子供の頃からあった自分の判断や世界観が表現するに足るものだ、ということ。ドゥルーズは新たなことを教えてくれるというより、それでいいんだと言ってくれる哲学者なのだと、徐々にわかってきた。最初からそうわかればよかったのに、いろいろ邪魔が入った。横断的、リゾーム的、といったことと80年代文化のつながりがあり、80年代を苦々しく思う(思いたい)人たちからの歪んだ茶々入れがあった。
他方、ドゥルーズをやたらに持ち上げる向きにおいては、70年代のまだ重苦しい時代に大学の哲学科という権威の塊みたいなところで過ごした人にとって、ドゥルーズが途方もなく解放的だったのだろう。だが僕は80年代に広告屋の息子として育ち、そのような解放は最初からデフォルトだった。
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