ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 22
- 1 :考える名無しさん:2021/12/04(土) 22:21:10.32 0.net
- 前スレ
ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 21
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1614095672/
- 35 :考える名無しさん:2021/12/13(月) 03:30:51.09 0.net
- 超越論的シニフィアン
- 36 :考える名無しさん:2021/12/13(月) 23:35:27.98 0.net
- >>34
俺の孫はなんでドゥルーズスレに書き込みしてるのに、構造主義の文脈の話避けるの?😢
つか孫はちゃんと勉強する気ないなら、悪いこと言わないから哲学なんかに興味もたないほうがいい。
- 37 :考える名無しさん:2021/12/14(火) 00:42:25.10 0.net
- 世界初! 「鳥の言葉」を証明した“スゴい研究”の「中身」
https://twitter.com/smasuda/status/1469256426170519554
これってドゥルージアンからしたらどうなの?わかりやすく説明して?
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- 38 :考える名無しさん:2021/12/14(火) 16:35:55.51 0.net
- >>36
横だけど、彼は、哲学に興味を持ってるんじゃなくて、哲学の欺瞞を暴こうとしてるんじゃないの?
学問を追求する人間なら、誰でも学問的な欺瞞を糾弾するだろ?
- 39 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 11:14:21.92 0.net
- >>38
37に答えましょう
- 40 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 11:32:36.93 0.net
- >>39
>>38の僕は、ドゥルージアンじゃないからw
- 41 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 12:23:57.56 0.net
- 俺はかい犬の言葉がわかるし、ムツゴロウもそう
- 42 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 16:37:44.72 0.net
- >>41
そこに吹く風の言葉もわかるかな?
- 43 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 23:18:18.32 0.net
- ふつうに猫語で話せる
- 44 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 23:21:05.82 0.net
- ラジ語なら
- 45 :考える名無しさん:2021/12/15(水) 23:24:55.02 0.net
- >>44
あれは質の悪い電波
- 46 :考える名無しさん:2021/12/16(木) 08:37:57.09 0.net
- >>39
それ哲学でないから、スレチ
- 47 :考える名無しさん:2021/12/16(木) 23:47:21.24 0.net
- >>38
ラッセルのパラドックスって知ってます?
なんで存在論が第一哲学に分類されてるのか知ってますか?
- 48 :考える名無しさん:2021/12/17(金) 01:35:44.96 0.net
- >>47
存在論って何?
意味を知らないのに使うとみっともないよ。
- 49 :ハチくま :2021/12/17(金) 17:09:35.38 0.net
- 大阪の堂島北ビル火災で19人死亡27人心肺停止 心療内科でジョーカー🤡(60代)が放火か?雑貨ビル怖すぎ★8 [579392623]
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1639727649/
- 50 :考える名無しさん:2021/12/17(金) 19:02:01.81 0.net
- >>47
ラッセルのパラドックスって、哲学となにか関係があるの?
定義がおかしいという意味で、哲学と同じってこと?
>なんで存在論が第一哲学に分類されてるのか知ってますか?
知らないから、教えてくれよ。
- 51 :考える名無しさん:2021/12/21(火) 21:47:35.91 0.net
- だからドゥルーズは詩人だって
- 52 :考える名無しさん:2021/12/22(水) 21:15:13.18 0.net
- ドゥルーズは『記号と事件』で法律よりも判例が重要だと言っていた。
論理学よりもその使用例が重要だということか?
A.O#2:4
ベイトソンは、たがいに矛盾する二つの秩序のメッセージを同時に発信することをダブル・バインド
〔二重拘束〕と呼んでいる(例えば、父が息子に、さあ、私を批判してみろ、という。ところが父は、
あらゆるほんとうの批判、少なくともある種の批判は歓迎されないことを強力にほのめかす)。
ベイトソンは、ここに、とりわけ分裂症をひき起す状況を認めて、ラッセルの階梯理論の見地から、
この状況をひとつの「ナンセンス」として解釈している(20)。私たちにはむしろ、このダブル・
バインドつまり、二重の袋小路はありふれたものであって、とりわけオイディプス化的な日常状況で
あるように思われる。さらに、この状況を定式化することを覚悟の上でいえば、これはラッセルの
いう別の種類のナンセンスにかかわるのである。すなわち、二者択一あるいは排他的離接はひとつの
原理との関係で決定されるが、にもかかわらずこの原理そのものが二者択一の両項または二つの
下部集合を構成していて、この原理自身が二者択一の枠の中に入っている(これは、離接が包含的で
ある場合に起きるのとは、まったく異なる事態である)。まさにここに精神分析の第二の誤謬推理が
ある。要するに「ダブル・バインド」はオイディプスの総体そのものなのである。この意味で
オイディプスはひとつの連続状態として現前し、神経症的な同一化と、いわば規範の内面化という
二極の間をゆれ動いている。どちらにしても、オイディプスがいて、それは二重の袋小路である。
したがって、ここに分裂者が臨床実体として生みだされるとすれば、それがいわばこの二重の道を
逃れる唯一の手段だからである。この二重の道においては、規範性も神経症と同じく出口をもたず、
解決も問題も同じく道をふさがれている。ここでひとはみずからを器官なき身体の上に折りたたむ
しかないのだ。
(20) G. Bateson et collab.,〈Towards a Theory of Schizophrenia〉, Behavioral Science ,
1956, I
- 53 :考える名無しさん:2021/12/22(水) 21:30:21.87 0.net
- >>52
>「ダブル・バインド」はオイディプスの総体そのもの
これ、笑うところだよね?
- 54 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 09:57:13.73 0.net
- ダブルバインドが統合失調症の病因とは言われなくなったようだし
正しさ半分与太半分って感じじゃないの
- 55 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 10:05:04.40 0.net
- >>54
どこにも正しさが見当たらないんだが?
ドゥルーズの読書のしかたでフロイトを理解しようとしたのが、間違いなんだと思う。
解説本読んだだけで、『精神分析入門』すら読んでないんじゃないだろうか?
マルクス主義への言及も解説本頼みで、もちろん『資本論』は読んでいない。
- 56 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 13:27:35.03 0.net
- ダブルバインドが非神経症圏の精神病を引き起こすなどと言うなら、今の医学基準ではたしかに誤謬だよ
それ以外は科学的に争いようがない思弁
- 57 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 16:49:40.93 0.net
- ダブルバインドの反復により発症する分裂症の症例の分類:
言葉に表されていない意味にばかり偏執する(妄想型)1
言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなる(破瓜型[解体型])2
コミュニケーションそのものから逃避する(緊張型)3
ベイトソン『精神の生態学 』新思索社,287,299~308頁参照
浅田彰『ダブル・バインドを超えて』(1985)では、
1がジョイス、2がベケット、3がアルトーに対応するとされている(浅田64,87~8頁)。
Joyce 妄想型 paranoid
https://i.imgur.com/2biUldM.gif Ulysses メタファー
Beckett 破瓜(はか)型 hebephrenic
https://i.imgur.com/9FIyMsE.gif Quad リテラル
Artaud 緊張型 catatonic
https://i.imgur.com/rwKgu01.gif La coquille et la clergyman カット・オフ
ただし、破瓜型は近年では解体型と呼ばれ、また、ダブルバインドのような理論の
多くは統合失調症の原因というよりも、パーソナリティ障害の原因らしいと言われている。
母なるものを批判的に扱うこと自体も批判される(岡田尊司『統合失調症』PHP新書)。
ちなみに上の症例の分類はこのスレッドのレスの分類にも使える。
自分は2か?
- 58 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 16:52:02.28 0.net
- ドゥルーズA.O#2:4
《…ダブル・バインドを深く洞察した最初の分析の実例は、マルクスの『ユダヤ人問題について』の中に見い
だされるかもしれない。それは家族と〈国家〉の間の──家族的権威のオイディプスと社会的権威のオイ
ディプスとの間のダブル・バインドである。》
マルクス ユダヤ人問題によせて 結語部分より
《社会がユダヤ教の経験的な本質であるきたない商売とその諸前提を廃棄できるようになるやいなや、ユダヤ人の
存在は不可能になってしまう。…ユダヤ人の社会的解放は、ユダヤ教からの社会の解放である。》
(世界の大思想シリーズより)
- 59 :考える名無しさん:2021/12/23(木) 18:43:36.86 0.net
- >>57
そもそも、ダブルバインドをオイディプスと結びつけてるのが間違いなの。
ダブルバインドというのは自分の中の価値観の相克であり、オイディプスというのは自分の中の愛憎の相克。
まるで違うものだよ。
だから、ドゥルーズはフロイトを読んでいないということがわかる。
- 60 :考える名無しさん:2021/12/24(金) 15:18:14.08 0.net
- 誤謬は最初にダブルバインドを分裂病と結びつけたベイトソンでしょうよ
それを批判していて、かつ後世から見て正しい批判ならば
他は別としてその部分については及第点と言うべき
もっと意味不明な衒学的記述で埋め尽くされていると思っていたが
見れば見るほどそうでもない部分もあるじゃない
- 61 :考える名無しさん:2021/12/24(金) 17:06:54.09 0.net
- >>56
ドゥルーズの表現は科学ではなく、個人的な思弁(思い)に過ぎないという意味なら賛同する。
>>60
それとドゥルーズが、フロイトをまったく理解できていないこととは別問題。
問題は、ドゥルーズが実際の著作に当たらずに、通俗解説本をもとに対象を批判していること。
いくら「哲学史」が出発点だからといっても、対象を批判するためには実際の著作に当たるのは不可欠だろう。
- 62 :考える名無しさん:2021/12/24(金) 18:51:27.41 0.net
- アンチ・オイディプスの単行本中古で買ったけど、表紙が古いヤツだった!
千のプラトーとそろえたかったのに無念
- 63 :考える名無しさん:2021/12/25(土) 06:37:06.59 0.net
-
ドゥルーズは指摘していないがニーチェに以下の記述がある
ニーチェ ツァラトゥストラ 1:24:3
《 きみたちは言うのか、ツァラトゥストラを信じると。だが、ツァラトゥストラが何だろう?
きみたちはわたしの信者だ。だが、およそ信者が何だろう!
きみたちは、まだみずからを求めないうちに、わたしを見いだした。およそ信者のすることはそうだ。
それゆえ、およそ信仰はかくもつまらぬものだ。
今やわたしはきみたちに命令する。わたしを失い、きみたちみずからを見いだせ、と。そしてきみ
たち全部がわたしを否定した時、はじめてわたしはきみたちのところにもどってくる。》
(秋山英夫・高橋健二、2015)
- 64 :考える名無しさん:2021/12/25(土) 10:14:38.34 0.net
- >>63
信じれば、それでいい、ということかw
- 65 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 23:31:43.90 0.net
- 山内志朗 『ドゥルーズ 内在性の形而上学(講談社選書メチエ le livre 極限の思想)』 (2021/12/09)
- 66 :考える名無しさん:2022/01/06(木) 23:47:29.81 0.net
- >>59
いやさ、あらゆる相対性を遡るとオイディプス神話に行き当たるってのは、近親相姦のタブーの重複を指してるんだよ。
自分の中の愛憎のそうかつじゃなくて、原因に傾向はあるかって話ね。
- 67 :考える名無しさん:2022/01/06(木) 23:53:21.32 0.net
- >>66
これちょっとはっきり言いたいんだが、物理的事実としての力を偏りを所与の条件とする場合、過去の文化的傾向って遂行文として否定されるけど、これがそもそもナンセンスなんだよね。
- 68 :考える名無しさん:2022/01/06(木) 23:55:26.09 0.net
- ドゥルーズ視点なら再演と言いたいとこだな
現実的には単なる投影だろ
- 69 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:02:19.95 0.net
- >>66
ほんとソボクに、実在論者にはシニフィカシオン以前の私の生の偶然性について語って欲しいもんだよね。
実存主義者にはなんでシニフィカシオン以前に、ただ偶然生き延びているのが私、って感覚がないんだろ。わたくしなんてたまたま生きてるだけで、千葉じゃないけどそれは無意味の成れの果ての生であり、偶然の貴族なんだよね。
- 70 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:04:00.95 0.net
- >>68
ルプレザンタシオンは構造に起因する再演じゃね?
- 71 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:12:38.76 0.net
- ドゥルーズは物理的事実さえ文化的傾向≒偶然とみなす思想に帰着する
タルドへの傾倒などで特に顕著に感じるところだ
- 72 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:14:45.02 0.net
- >>69
ちょっと、反プラグマティズム的実存主義の危ないところをまとめると、なにより問題なのは言存在としての無自覚さで、ヒトが思考の条件に言語を用いている以上、シニフィアンの連鎖に古いも新しいもないんだよね。
- 73 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:16:48.63 0.net
- >>71
じゃ観思ですね。良かったね。
でもフラストレーションは残るから、こうやって5ちゃんに書き込みしてるんでしょ?
- 74 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:24:11.65 0.net
- >>70
そのあたりの構造を厳密に定義しようと試みたのが「差異と反復」で端的に言うのは難しそう
ドゥルーズの論ではシミュラークルという概念というか次元を持ち込むことで解決させた側面と未解決にしてしまった側面があるように思う
構造と言わずに解決させたあれは認識論としての成功なのかなあ
未解決問題は「アンチ・オイディプス」で克服を試みたけどうまくいかなかったように見える
心理ではトラウマ問題にすぎないので臨床的効果がなければ空論とされてしまうし
- 75 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:29:31.88 0.net
- >>73
フラストレーションの解消を5chに限定する理由はなんだろうか
生とはフラストレーションで生きてる限り消えないと思うし消す必要もないと思うよ
好きなようにフラストレーション解消を図ればよろしいのでは?
法的に問題ない範囲で
- 76 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:31:19.43 0.net
- >>72
さっきドミューン観てて、前半では宮台は超越論に触れかかってたんだけど、例によって狂気の歴史には触れなかったのが、宮台のそれこそアドバンテージのキワなんだろうな、とすら思う。フーコーは外部にただ剣呑だったわけではなく、変な言い方だけど収容所がパンクして外に溢れちゃうヒトのことを想定して(構造主義の反転運動) 、革命が発生することを期待はしていたんだよね。
- 77 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:34:19.54 0.net
- >>75
なにも問題ないんじゃない?
結局、構造主義が勝っちゃったことを証明するだけで。
- 78 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:38:15.47 0.net
- >>77
構造こそが絶対であり、我々はテックに身を任せのんびり生きていく、で全然問題なし。
- 79 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 00:40:54.39 0.net
- >>74
構文おつかれ。
- 80 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 01:08:29.64 0.net
- >>78
これに反論できねぇのがネット民だから構造主義は強すぎてアレなんだよな。
- 81 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 01:13:43.02 0.net
- >>80
構造主義ってマウントとりたいなら一番有効な立場なんだけど、千葉や宮台はだからこそあえてマウントはせずに正面からぶつかるんだよね。ワイは雑魚だから構造主義の論理でマウンティングしちゃうけど。
- 82 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 01:21:27.64 0.net
- >>81
構造主義って、私もあなたも言葉を使って考えてますよね?で決まっちゃうからね。
あとはもう遊戯王カードで雌雄を決すれば?みたいなルール上のバトルになる。
存在論って少なくとも遊戯王カードよりかは、ヒトの命の分くらいは重いはずなんだけど
- 83 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 09:09:07.94 0.net
- ドゥルーズはクリナーメンなんかも導入しながら構造を攻めたけど難しい戦いだったね
構造=権力だから思想的には一番、肝心なところだ
- 84 :ハチくま :2022/01/07(金) 14:42:25.58 0.net
- バトルっていう発想がもう少年ジャンプ(構造)🥺
お前らはマウントを取りたいから本読んでるの?
- 85 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 20:54:16.06 0.net
- >>71
ドゥルーズやメイヤスーの偶然性のモデルの大本はルクレティウスの原子論。
それがクリナメン。
ドゥルーズの時代はそれを量子論として引き受けた。
それからヒュームの因果律。
ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 21
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1614095672/584-586
- 86 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 20:54:55.62 0.net
- ドゥルーズが構造主義的な構造と対決したのが、『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』だよ。
このスレの人たちが必死に避けてきたそれ。
代表的なものが、リゾームや非シニフィアン的記号論。
千葉は、非シニフィアン的記号論を評価しつつも、
それが記号の論理である限り、限界があることも指摘している。
今はそういう検証をする段階。
- 87 :ハチくま :2022/01/07(金) 21:15:22.46 0.net
- つまんね🥺
既に語られたことを再認してるだけでは
- 88 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 21:38:52.46 0.net
- 千葉は独自にその次の段階も示しているが、
君たちが気づくこともできないだけ
- 89 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 21:40:54.89 0.net
- >>88
無駄な努力、というものがこの世にはある。
対象的不毛といってもいいが。
- 90 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 21:45:22.64 0.net
- いずれにしろ、日本の右傾化、若年層の保守化は進んでいる。
この先に来るのは、もちろん憲法改正と、それに伴う自衛隊の米軍指揮下入り。
日本のドゥルージアンたちのままごと遊びが、それを加速させているともいえる。
完全なる自己肯定思想として。
- 91 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 22:07:59.57 0.net
- 《何も急ぐことはありません。生長を待たなくてはなりませ
ん。じっくり育ってゆかせなくてはなりません。やがていつか
その時が来たら、立派な作品ができるというのなら、それに越
したことはありません。
わたしたちは探求してみなくてはなりません。そのために、
部分は発見されたのですが,まだ全体を見出すまでにはいたっ
ていません。わたしたちにはまだ、この最後の力が欠けており
ます。わたしたちを支えてくれる人々がないからです。しか
し、わたしたちは、仲間になる人々を求めております。わたし
たちはバウハウスでそれを始めたのであります。わたし
たちは、わたしたちがもっているすべてのものを捧げる連帯の
意識をもって始めたのです。
それ以上のことはわたしたちにはできません。》
パウル・クレー『造形思考』ちくま文庫上202頁より
最終部がMP#11「リトルネロについて」で引用された。
- 92 :考える名無しさん:2022/01/07(金) 22:14:27.28 0.net
- 《…芸術家は宇宙に向けておのれを開き、「作品」に宇宙
の諸力を注ぎ入れようとする(さ
もなければ宇宙に向けての開放は単なる夢想にとどまり、
大地の境界を広げるなど望むべ
くもない)。そのような作品を目指すなら、簡素で純粋この
うえない、そしてほとんど児戯
に近い手段が必要になる。だが、それと同時に民衆の力も
必要だ。そしてこれこそまさに、
いまもって欠けているものにほかならない。「われわれには
この力が欠けている。われわれは
民衆の支えを求めているのだ。われわれはバウハウスでそれ
を始めた。それ以上のことは
できないのだ……(38)。》
(38) Paul Klee, Theorie de l'art moderne, pp.27-33.〔『造形思考』上145−151ページ〕
- 93 :考える名無しさん:2022/01/08(土) 01:09:39.37 0.net
- 日本人 南部陽一郎が考えた超ひも理論を超える統一論が無いと判明 [144189134]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1640872764/
ニュートン最新1月号が発売
《素粒子が「点」だと,何が困るのか》
2021年に生誕100周年を迎えた
南部陽一郎博士が提唱した
ひも理論は,
「超ひも理論」(超弦理論)へと進化した。
素粒子を点ではなく「ひも」と考える利点は何か。
理論の実証はどこまで進むのか。
〜Newton最新号(1月号)「超ひも理論」より
画像
https://i.imgur.com/sedd2n1.jpg
超ひも理論を最初に考えたのは日本人の大栗博司(画像あり) [144189134]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1618703087/
超ひも理論
https://i.imgur.com/5bsPpTx.jpg
相対性理論と量子力学の統合理論 超ひも理論に勝てる理論って無いの? [659060378]
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1613600324/
- 94 :考える名無しさん:2022/01/08(土) 01:10:10.62 0.net
- 量子から線(リーニュ)へ
- 95 :考える名無しさん:2022/01/08(土) 09:29:27.37 0.net
- >>93
哲学愛好家が物理の理論に手を出すと、またやけどするよw
- 96 :ハチくま :2022/01/08(土) 09:57:35.45 0.net
- 素人のナルシシズムを満たすのに物理使うの辞めたほうがいいよ🥺
- 97 :考える名無しさん:2022/01/08(土) 16:09:20.87 0.net
- ポエム巡って論争とか笑えるw
- 98 :考える名無しさん:2022/01/09(日) 01:01:42.11 0.net
- 『千のプラトー』は『線のプラトー』だと言っただろ
- 99 :考える名無しさん:2022/01/12(水) 09:19:01.46 0.net
- 物理の視点からすればドゥルーズは無限個のパラメータで理論構成して当てはめてドヤってるだけにしか見えん。
- 100 :考える名無しさん:2022/01/21(金) 20:42:02.04 0.net
- 点というものは長さも面積も体積もないのだから、モノが点である
わけはない。
- 101 :考える名無しさん:2022/01/21(金) 20:51:22.68 0.net
- 点だと安定的な振動ができないんじゃない
- 102 :考える名無しさん:2022/01/21(金) 20:55:57.55 0.net
- >>101
なにもないんだから、安定もなにも振動なんかするわけないだろ?
- 103 :考える名無しさん:2022/01/22(土) 21:11:12.32 0.net
- 超弦理論の「ひも」って一次元なんだって。でもさ、幅がない「線分」もまた、
位置しかない「点」と同じく、物理的というよりは理念的な存在じゃないかい?
で、その「ひも」が最小単位だというけど、なんでそう決めつけられるかねえ。
やっぱりそれもさらに小さい何かから出来て立ってことになる予感がする。
フラクタル。ライプニッツ。
- 104 :考える名無しさん:2022/01/22(土) 23:01:15.56 0.net
- ミクロスケールの物理は人間の五感にフィットしない
大きい力、小さい力、点、線etc…
これらを排斥しているのが人間の五感
- 105 :考える名無しさん:2022/01/22(土) 23:02:33.17 0.net
- 当然質量も体積も五感に依存している
- 106 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 01:15:45.58 0.net
- >>99
哲学的には、原子論をヒュームの知覚の束でまとめたという話。
- 107 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 01:16:02.23 0.net
- >>103
それが、古い唯物論の限界を超えたところのもので、量子力学からメイヤスーの思弁的唯物論の世界。
リーマン幾何学が相対性理論に足場を与えたみたいな。
- 108 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 01:16:21.45 0.net
- >>104
ドゥルーズ以降のポストヒューマンの議論は五感を超えた世界を問題にしている。
- 109 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 10:05:29.05 0.net
- >>107
量子力学なんて、哲学になんの関係もないからやめとけw
- 110 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 10:07:37.09 0.net
- >>108
ギリシア哲学でも東洋思想でも、”五感を超えた世界を問題にしている”んだが?w
- 111 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 11:36:51.03 0.net
- 大体トレンド追いかけてる奴は馬鹿
- 112 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 11:45:36.35 0.net
- 五感に依存しないならば、なるべく簡素に記述されるのが好ましい
提示されたモデルに対し論理的整合性を緻密に追求していく作業が要求される
- 113 :考える名無しさん:2022/01/23(日) 15:03:44.20 0.net
- そもそも五感に依存する哲学って、現象学みたいな哲学のことかな?
それとも唯物論を貶したいだけ?
- 114 :考える名無しさん:2022/01/24(月) 05:12:26.61 0.net
- 最近日本やばすぎだと思う
こんだけ地震があるのに
原発たくさんつくるってだけでも
異常ではあるけど
ドゥルーズが死んだのは
エヴァとかオウムの頃
日本は天皇の王国みたいだから
民主主義のフランスを嫌いそう
何かしたんじゃないのか
とかいろいろ考えちゃうよ
- 115 :考える名無しさん:2022/01/24(月) 05:26:35.24 0.net
- エヴァの頃高校生だったけど
なにか記憶がバラバラ
はっきり思い出せない
なにかよくわかんなさそうなこと
やってた感じもある
- 116 :考える名無しさん:2022/01/25(火) 01:51:05.79 0.net
- >>103
現代物理学の世界で「物質が理念的なものになっていっている」のと同時に、
ドゥルーズの場合は「理念が物質的にもなっていく」。
これがドゥルーズや千葉がやっていること。
- 117 :考える名無しさん:2022/01/25(火) 01:51:30.73 0.net
- シニフィアンの記号学
・形式 ○
・実質 ○
・素材 ×
非シニフィアン的記号論
・形式 ○
・実質 ○
・素材 ○
https://i.imgur.com/rjmTOAC.jpg
― ドゥルーズ=ガタリ 『政治と精神分析』 法政大学出版局 (1994) p95
- 118 :考える名無しさん:2022/01/25(火) 01:51:55.66 0.net
- “何をするかわからない他者たちと共存するために、それらの解釈の諦めを理論的に取り扱う、これが必要だと思います。
無解釈性を理論に含めている人文学、それを僕は、フランソワ・ラリュエルを背景として「非人文学」と呼んでいます。
解釈を努力する部分と、解釈を諦める部分が、両方ある。
諦めるといっても、すぐに暴力的なぶつかりあいになるのではなく、ただたんに隣にいることです。
つまり、ナマコとヤドカリのイメージです。空間的並置とはそういうことだと思います。
複数の秘密が隣り合って並んでいる状態です。少なくとも僕は、そういう状態について考えたいのです。
それも、意味を伝える言語だけではなく、非シニフィアン的でフォルム的な言語を駆使して考えたいのです。”
― 千葉雅也 「ナマコとヤドカリ」 『現代思想の転換2017: 知のエッジをめぐる五つの対話』 篠原雅武 編、人文書院 (2017)
- 119 :考える名無しさん:2022/01/25(火) 10:55:23.08 0.net
- >>116
理念もまた、脳と神経系の化学反応と電気信号の複合体、と言ってしまえばそれまでだけど、それでなにかが分かるわけでもない。
- 120 :考える名無しさん:2022/01/25(火) 10:56:10.88 0.net
- >>118
なんと無意味なw
- 121 :考える名無しさん:2022/02/17(木) 00:01:25.76 0.net
- 20世紀最大の詩人
- 122 :考える名無しさん:2022/02/17(木) 13:26:47.80 0.net
- >>117
なんの思いつきなんだろう?
- 123 :考える名無しさん:2022/02/20(日) 18:02:37.66 0.net
- 20世紀の哲学が言語論的転回のピークを迎える中、
東西冷戦(自由主義/社会主義)や文明の衝突(キリスト教/イスラム)など、
イデオロギーを巡る対立が世界を総動員して行われた。
言葉の解釈は対立を生み続ける。
実在論的転回や非シニフィアン的記号論は、
そのことの反省と、問題を解消をする具体的な方法だということ。
- 124 :考える名無しさん:2022/02/20(日) 18:37:01.23 0.net
- 「逃走論」40年後の世界 浅田彰さんは今なお「逃げろ」と訴える:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASQ285VXYQ27ULZU009.html
- 125 :考える名無しさん:2022/02/20(日) 18:37:37.03 0.net
- 千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba ・ 2022/1/26 20:05:59
村上春樹は学生運動の時代に幻滅し、どんなイズムも信用するなと学んだと言っている。今のSNSにおける政治的党派的時代も学生運動の時代に対応すると僕は思っていて、僕もそこから幻滅を学んでいる。
- 126 :考える名無しさん:2022/02/20(日) 19:49:09.67 0.net
- 無宗教→世俗主義
ノンポリ→資本主義
- 127 :考える名無しさん:2022/02/21(月) 02:33:55.64 0.net
- 107 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2022/02/13(日) 01:49:50.53 0
今やっているのは、朝鮮哲学をやる下準備。
ドゥルーズ、デリダ、メイヤスーなどをやった上で、その先の朝鮮哲学がイメージできるかどうか。
108 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2022/02/15(火) 01:13:41.14 0
メイヤスーからガブリエルまでの新実在論もやっておいて欲しいね。
朝鮮哲学スレ
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1615604444/
- 128 :考える名無しさん:2022/02/26(土) 19:40:17.18 0.net
- 最初ドゥルーズを知ったとき、わからないながらも、これは考えていることに近いという予感があったが、偉い人なのだから相当難しいことを言ってるはずで、そう易々とはわからないだろうと「構えて」いた。
小さい頃から、いろんなジャンルを横断して遊んでいて、家庭ではそういう感覚が奨励されていた。ひとつのことを極める求道的な姿勢より、マルチに生きることの方がうちの家族においては上位なのだった。それに、「強い理想を持つべきだ」という教育がなかった。全然なかった。それは、ひじょうに世俗的な家庭で育ったということだろう。
だから、ドゥルーズ的感覚は日常的なものだったと言え、そういう哲学が革命的なものだったのだと気づくのに時間がかかってしまった。
20年ドゥルーズを読んできたが、もちろん哲学史的に細かいことはたくさんあるにせよ、大きな方向としては、つまり僕が感じてきたことじゃないか、というのが結論である。と今なら思えるが、振り返ると、そういう素直な読みが、いろんな機会に「阻害」されてきたと思うのだ。
デリダよりフーコーより、とくにドゥルーズに関して、「これは簡単じゃないぞ」というプレッシャーが変にあったと思う。
ところで、親が普段から正義とか批判とかを口にする家庭で育つということが僕には想像できない。うちの家庭はいつでも美的判断の連続だった。美的にアリかナシか。その根拠が語られる。色や形、響き、味などが「どのようか」について、言葉が言葉を呼ぶ。家族の会話が全部批評。
世界は生成の途中であり、絶対的な同一性はない、ということに本気で感動しているドゥルーズ読みがもしかするとマジョリティで、だとすると僕はそこからかなりズレていることになる。絶対的な同一性や理念やイデアなど、幼稚園の時から信じたことがない。逆に言うと、世の中の多くの人は同一性、定義、形相によってものを捉えていて、そこからドゥルーズ的流動的な世界像へと向かおうとすると、無理がかかって、うおおおおお!!!とかなるのかもしれない。そして「かろうじて」理解する、と。
- 129 :考える名無しさん:2022/02/27(日) 07:53:05.05 0.net
- これは言い過ぎかもしれないが、うちの会話には公共的意識というものが一切なかった。僕の記憶では、「一切」なかったと思う。そのことは、僕のあり方にとって、やはりどうしても逃れることのできないデフォルトなんだと思う。そういう条件で育ったので、その後、大学に入って倫理とか正義といった概念で、いわば「一神教的モメント」を経験して以後、しばらくそちらへ持っていかれたが(高橋哲哉と中島隆博の影響が大きい)、結果としてたどり着いたのは、中途半端な公共意識がもたらす害悪を認識し、「脱公共的公共」のような思想に向かう、ということなのだろう。
己の世俗性をよく見つめること、というのは僕にとって重要なテーマである。
「自己世俗性分析」をせずに、そこから目を背けるようにして何らかの理念を語る人が多すぎるのではないか。理念的なタテマエに言葉を費やせば、すでに生きてしまった世俗的な身体をリセットできるかのような欺瞞。それでは真に理念を生きているとは言えまい。だが、理念を語りたいならもっと世俗性を自己否定せよということではない。むしろ世俗性のただなかに深くダイブし、そこにある他者性をもっとよく見なければならないということである。
ドゥルーズはとんでもないことを言っているのであり、それは容易には到達できない境地で、もっともっと読解しなければ、というのは少なくとも僕にとっては違う。そう言うと不遜に聞こえるかもしれない。僕の場合、ドゥルーズからことさらに小難しいことを引き出そうとするとかえって変なことになる。素直に読めばいいのである。
研究が進むにつれてわかったのは、子供の頃からあった自分の判断や世界観が表現するに足るものだ、ということ。ドゥルーズは新たなことを教えてくれるというより、それでいいんだと言ってくれる哲学者なのだと、徐々にわかってきた。最初からそうわかればよかったのに、いろいろ邪魔が入った。横断的、リゾーム的、といったことと80年代文化のつながりがあり、80年代を苦々しく思う(思いたい)人たちからの歪んだ茶々入れがあった。
他方、ドゥルーズをやたらに持ち上げる向きにおいては、70年代のまだ重苦しい時代に大学の哲学科という権威の塊みたいなところで過ごした人にとって、ドゥルーズが途方もなく解放的だったのだろう。だが僕は80年代に広告屋の息子として育ち、そのような解放は最初からデフォルトだった。
- 130 :考える名無しさん:2022/02/27(日) 19:16:44.17 0.net
- >>129
自分語りで世界を語りたがるところは、ドゥルーズと似てなくもない。
- 131 :考える名無しさん:2022/02/27(日) 19:26:25.03 0.net
- 80年代の広告やメディアの軽佻浮薄な文化を今苦々しく振り返るインテリは多いわけだが、僕はまさにその渦中で育ったので、それへの批判もわかるが、それによって心身を形成されたという事実の方がはるかに大きい。80年代否定派と僕では価値観がまったく違う。僕は80年代的横断性をまさに「子供心」で受け止め、それを動力として生きてきた。実際そのときに子供だったのだから。
80年代にドゥルーズが持ち上げられた、逃走とかリゾームとか言われた、それは80年代だ、80年代ダメ、逃走とかリゾームとかダメ、ドゥルーズを読むなら80年代みたいに読んじゃダメ、というつながりなのだろう。結局、そういうことだったのだろう。
ドゥルーズを貶すのも祭り上げるのも僕にとっては違うのである。
僕のドゥルーズ読解は、そもそも心身があまりドゥルーズ的でないような人たちのヘンテコリンなドゥルーズに対する距離の取り方が周りにわさわさあるなかで、なんとかそれと付き合いながらひねり出す形になり、余計な負荷がかかっている。本来、自分にとってドゥルーズの考え方は自然だ。そこに戻る。
坂口恭平さんが『けものになること』で「おれはドゥルーズだ」と言ったのにはびっくりしたが──ドゥルーズ的であることと「ドゥルーズだ」というのは違うので、というのは「同一化」のように見えるわけで、それは違うよなーと正直思ったのだが——、これも彼にしばしば感じる同世代感覚のひとつかもしれない。
ドゥルーズの言っていることを容易にはわからないものとして捉え、それをわかろうとしない人も説得できるように書き直すような仕事というのはやる必要がないと思ってしまう。端的に言って。つまり同一性の論理の方に妥協してそっちの言葉で書き直すわけでしょう。しょうもねぇわ(栃木弁で)
ある対象の本質について本来はわかっていたのに、諸事情によってわかっていたということがわからなくなっていた、わからないようにさせられていた、ということがおそらくある。本当にこれまで、いろんな人に支えられてきたが、それと同時に、いろんな人に自分の直観を邪魔されてきたと思う、そのこともこの歳になって客観視できるようになった。
いつか、もう一度ドゥルーズの全体を捉える本を書くときが来るかもしれない。それはきっと、ひじょうにシンプルな本になるだろう。
- 132 :考える名無しさん:2022/02/28(月) 12:15:49.82 0.net
- >>131
いまは分からないけど、なんかすごそうだからいつかわかると思う、ってこと?
- 133 :考える名無しさん:2022/02/28(月) 13:33:19.45 0.net
- そうだお
- 134 :考える名無しさん:2022/02/28(月) 14:35:20.87 0.net
- https://i.imgur.com/K94EwSS.jpg
- 135 :考える名無しさん:2022/03/01(火) 06:26:22.28 0.net
- >>134
他人の考えたものを
「俺ならもっとこうするのに」
「俺のものだったら良かったのに」
と悔しがるのは卑しい
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