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意識のハードプロブレムの答え15

1 :時計 :2021/12/20(月) 04:11:34.94 0.net
1の考え。
客観はある種の主観である。
脳神経系は机の上の本のようにある客体である。
そして、他者の意識は存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側である。

意識のハードプロブレムの答え14
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1637997170/

257 :時計 :2021/12/30(木) 11:59:49.51 0.net
>>256
「"void"としての0」とは何でしょうか?

258 :時計 :2021/12/30(木) 12:02:59.58 0.net
>>257
よく解りませんが、0というより、違和感を伝えるということも
意識にはあるのではないでしょうか。

259 :時計 :2021/12/30(木) 12:20:50.07 0.net
voidとしての0、不在を伝えるねえ。
不明確だと思いますが……

260 :時計 :2021/12/30(木) 12:28:31.94 0.net
意識とは何かという問いは心とは何かという問いと同じで、
私は、今のところは、○としかいいようがないかな。
Xでもいいです。:)

261 :時計 :2021/12/30(木) 12:37:22.85 0.net
>>260
敢えて言えば、意識とは世界のこと。
世界は存在しないというマルクス・ガブリエルの考えも
解らないでもないが。

262 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 12:50:35.64 0.net
>>259
不明確であると思うなら、明確であると考える表現を具体的に
提示すればいいだけですよ?
で、意識について、より簡潔に、より明確に表現しているのが
>意識とは世界のこと。
ですか。
意識を世界と言い換えることで何が伝わることになるのでしょう?

263 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 12:53:03.86 0.net
言い換えると、意識を世界と言い換えることによって、
一般に意識について考えられていることの何がどのように
より容易に説明されることになるのですか?

264 :時計 :2021/12/30(木) 12:59:31.29 0.net
>>262-263
有ると思うが。

265 :時計 :2021/12/30(木) 13:04:30.82 0.net
>>264
私は、宇宙、世界、意識、心、どこから語るか、
恣意的だと思うが。

266 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 13:14:26.94 0.net
言い訳ばかりしていないで、具体例を示しましょうw

267 :時計 :2021/12/30(木) 13:16:57.49 0.net
>>266
そうだな…… 世界と意識を結び付けることで、例えば、
ウィトゲンシュタインとヘーゲルの繋がりを考察できたりするかな。

268 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 13:39:30.30 0.net
>「意識」とは、「"void"としての0を互いに伝へること」である

ここで、「"void"としての0」を何らかの"unfulfillment"/「不満」と
言い換えると、分かりやすくなるかもしれません。

269 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 13:48:53.71 0.net
そのように考えると、「美意識」というのも説明しやすくなるのではないでしょうか。
「美意識」も何かが美しいと感じられる限りにおいて「意識」であり、それは
何からの"unfulfillment"/「不満」な現状を指し示すわけですが、それが擬態に
おいて架空で十全に満たされる可能性が感じられる、それが意のままの理想の
現出としての美意識なのでしょう。

270 :時計 :2021/12/30(木) 14:29:10.77 0.net
>>268-269
なるほど。個人的には0というより差異だと思いますが。
確かに、意識は不満かもしれません。
ただ、満足もある種の意識ではないかという当然の批判をどうするか。
美意識は、美しさの基準のことだと思いますが、不満か……

271 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 14:46:39.99 0.net
意のままである自由というのは、その本性からして「ゆめ(夢)」
として現れるのである。

272 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 15:09:00.53 0.net
>満足もある種の意識ではないか

具体的に意識されるのは、満足そのものというより、
満ち足りて「溢れ出す」ことの懸念でしょうね。

273 :時計 :2021/12/30(木) 16:09:52.92 0.net
>>271
不自由な夢、ありませんか?

>>272
満たされることは、必ずしも溢れ出すかもしれないこと
ではないと思います。

274 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 16:28:58.24 0.net
>不自由な夢、ありませんか?

"dream"と"nightmare"は、違うのです。
"I have a dream"と言うとき、それは"nightmare"ではあり得ません。

275 :時計 :2021/12/30(木) 16:32:11.78 0.net
>>274
なるほどね……

276 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 16:33:47.48 0.net
>>273
そうやって不自然な難癖をつけることばかりに終始していると、
いつまで経っても、意識の働きをうまく記述することはできませんよ。

277 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 17:18:35.76 0.net
意識の働きをうまく記述することができないのは>>253さん自身にも当て嵌まってるんじゃない

248 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2021/12/30(木) 10:26:04.99 0
極めて簡略に表現するなら、
「意識」とは、「"void"としての0を互いに伝へること」である
と表現することができるのではないでしょうか。

表現だと自分で言っているように、主観的な意識の認識を
そのように表現することで、意識の働きを記述したことになりません。

252 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2021/12/30(木) 10:36:43.00 0
意識について、ここまで簡潔に明確に表現したのは、哲学史上でも
「考える名無しさん」である私くらいのものではないでしょうか?w

と自分では思えるのでしょうけど傍からすると
主観している意識について、ここまでシンプルに暗黙に表現したのは
考える名無しさんであるあなたくらいのものでしょうw
ということになります。

278 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 17:23:13.46 0.net
おまえら今日も無駄飯喰らったなw

279 :時計 :2021/12/30(木) 17:34:42.57 0.net
>>275
英語にするとですが。

>>276
難癖ではなく議論と見て頂ければ。
正しいことが解れば、他力でも自力でも構いません。:)

280 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 17:40:28.21 0.net
意のままである自由が、その本性からして「ゆめ(夢)」として
現れることと、悪夢を見ることがあることの間には、
何の矛盾もありませんよ?

281 :時計 :2021/12/30(木) 17:45:44.81 0.net
>>280
不自由な夢。

282 :考える名無しさん:2021/12/30(木) 17:50:46.48 0.net
意味不明ですが?
自分の意味不明な発言の解説を他人に求められても困りますw

283 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2021/12/30(木) 18:32:40.24 0.net
voidとしての0。
すなわち、axiom of empty set(空集合の公理)。
これは、体系外に公理として存在しなければならない。
体系内では語れないのだw
公理を神々とすれば、voidは神のひとり/ひとつである。(日下部某ではない)

284 :時計 :2021/12/30(木) 21:29:35.86 0.net
>>273,282
不自由な夢は、あるかなと。

285 :時計 :2021/12/30(木) 21:38:23.73 0.net
>>278
貴方の飯は美味そうだ。:)

286 :時計 :2021/12/30(木) 21:41:19.44 0.net
>>284
もう少し解説すると、夢は様々ではないかということです。

287 :時計 :2021/12/30(木) 21:49:22.80 0.net
>>286
自由意志的な夢とか、天啓的な夢とか、グロテスクな夢とか、不条理な夢とか。

288 :時計 :2021/12/30(木) 22:13:29.59 0.net
>>287
勿論、不自由な夢はあるかと。

289 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 00:44:07.01 0.net
意識について、より簡潔に明確に表現している実例の提示はいまだにないようですね

290 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 00:47:07.61 0.net
これまでに知られている、意識とは何かについて語っている哲学書その他は、
数限りなく存在するのだから、一件くらいは具体的な事例の提示があっても
よさそうなものですがw

291 :時計 :2021/12/31(金) 02:32:48.72 0.net
>>289-290
それは>>260-261で答えた。

292 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 07:46:57.86 0.net
>○としかいいようがないかな。Xでもいいです。

>意識とは世界のこと。

そのように言い換えることで、人が意識について発言する様々なこと
について、よりうまく互いに関連するように説明することが容易に
ならないなら、それは、意識について明確に表現しているとは言えない
でしょう。

>○としかいいようがないかな。Xでもいいです。

これでは、〇が▲であっても、XがYであっても同じで
何も言っていることになりません。

>意識とは世界のこと。

これは、「意識とはすべてのこと。」と言い換えても
同じようなものではないでしょうか。「すべて」であるなら、
何も明確にはならない。

293 :時計 :2021/12/31(金) 08:19:14.41 0.net
>>292
そうですね。
だから、○としか言いようがないのですが。

294 :時計 :2021/12/31(金) 08:22:03.87 0.net
>>293
意識には意識を語る言葉群が、世界には世界を語る言葉群があります。
それらを繋げてみてはどうかという考えですね。

295 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2021/12/31(金) 10:06:08.31 0.net
「意識」とは「反応(reaction/response)」の一種ですね。
日本語だとreaction/responseの両方の意味があるので便利です。

この(外部的)反応の’(内部的)反応が「学習」です。
「脳」という「学習システム」が、内部反応としての「意識」をうみだしています。
だいたい、学習V相当のシステムからが、一般的な「意識」だと思います。
そのようなわけで
ゼロ学習=ゼロ意識(これも意識のランク)
学習T=意識T
学習U=意識U
...
のように考えています。

296 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 10:26:43.05 0.net
化学反応とは - コトバンク

>化学変化と同義語であるが、とくにその過程に
注目するときに化学反応という。<

297 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 10:29:30.21 0.net
>「意識」とは「反応(reaction/response)」の一種ですね。

それは、化学反応との類比で考えるなら、
「意識」とは「変化」の一種であるということですか?
「変化」に特に「注目すること」が「反応」とされるなら、
その「注目すること」はどこから来るのでしょうね?

298 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 11:03:07.74 0.net
まずは、何かについて簡潔に明確に表現するとは、
どのようなことなのかを考えてみることが役に立つかもしれません。
例えば、E=MC^2。私は物理の勉強は放棄していたので、
自分でこの式の意味について理解しているわけではありませんが、
これが、何かについての簡潔で明確な表現であるとするなら、
それは、"E"、"M"、"C"、ならびに"="、"^"、"2"がそれぞれ
どのようなことを表現しているのか、"E=MC^2"のように
並べることがどのようなことを表現することになるのか、
他の多くの人々によって用いられている表現の慣行により、
明確に理解されていることを前提としており、それまでの
他の多くの人々の表現に支えられていることになる。
そのような支えとの関係をとてもうまくまとめている表現が、
「簡潔で明確な表現」ということになるでしょう。

299 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2021/12/31(金) 13:16:50.59 0.net
この場合の「注目」とは、
反応の反応[の反応...]、となる2つ目以降の反応でしょうね。
内部的な反応(学習)があるわけです。

300 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 13:32:01.65 0.net
意識について語るのにこれまで私が用いてきた「を」/"want"/《manque》
などの表現は、言うまでもなく、すべて、「(何らかの)"void"を示す」
ことを意味するわけですが、意識について簡潔に明確に表現するのに
"void"という言葉を用いることがとても好都合に思えるのは、"void"
という表現の一般的に広く通用している用法による。

まずなによりも、"void"は、それに該当する何かが欠けていることを
示す"placeholder"/「空欄」として用いられる。例えば、複数の製品
の機能を比較する一覧表では、或る製品に関して、別の製品に備わって
いる機能が、その製品には「欠落」している場合、その「欠落」は
"void"である"placeholder"/「空欄」によって示される。では、
その製品に関して、"void"として示される「欠落」は最初から、
「欠落が『ある』」ことなのか、つまり、その"void"は本来的に
存在するのかと問うなら、そうではないでしょう。それは、それに
該当する機能を備えている別製品との比較において初めて、「"void"
が存在する」ものとして(「『を(惜)』しまれること」と表現する
こともできるでしょう)示されることが可能となる。また逆に、
"void"が示されているだけでは、存在するとされる「欠落」が
どのようなものであるかは不明であり、記入用紙において「空欄」
が示される場合に、それがどのように埋められるべきなのかが
伝えられなければならないように、"void"を示すことは、それが
どのような"void"であるのかを伝える必要性を伴っている。

301 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 13:38:25.17 0.net
表現の適切さというのは、このように実際にその操作性を確かめながら
磨いていくものなのです。「これが正しい公認された定義であり、すべては
そこから派生させられなければならない」というような態度では、
哲学をすることは到底できません。

302 :時計 :2021/12/31(金) 13:45:19.96 0.net
>>298
>何かについて簡潔に明確に表現するとは、
>どのようなことなのかを考えてみることが役に立つかもしれません。
考えるまでもないでしょう。

>.>300
全く簡潔ではありませんね。

303 :時計 :2021/12/31(金) 13:45:55.83 0.net
>>301
同意します。

304 :考える名無しさん:2021/12/31(金) 13:54:21.53 0.net
>全く簡潔ではありませんね。

その全く簡潔でないことを、「"void"としての0を互いに伝へること」と
まとめることができるから、簡潔なのですよ。

305 :時計 :2021/12/31(金) 14:11:37.32 0.net
>>304
簡潔にすると不明確というジレンマがあるかなと思います。

306 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2021/12/31(金) 14:15:16.57 0.net
不確定性原理ですなw

307 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 01:32:54.98 0.net
void は歴史的に言うと、機嫌もとい起原は
どうのようであるのでしょう

308 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2022/01/01(土) 01:51:02.30 0.net
主体は存在せず、ただ客体のみが存在する。
客観は存在せず、ただ主観のみが存在する。
主体と客観は幻想であり、それは主観による誤読である。
(ただし、それが正解であっても、たまたまであり、あくまでも幻想である)

主体・客観の世界と、客体・主観の世界は交換可能であり、表裏をなす。
これを主体・客体と主観・客観の「もつれ」と考えてみる。
そこには様相論理を拡張できそうな気配がある。

309 :時計 :2022/01/01(土) 02:34:21.19 0.net
>>302
正:>>
誤:>.>
……

310 :時計 :2022/01/01(土) 02:56:34.46 0.net
>>308
主体という概念は必要なのかなと思うことはあります。

311 :時計 :2022/01/01(土) 03:04:09.03 0.net
最近、気が付いたのですが、歩きながらスマホを見ていると、
画面は揺れずに安定していますよね。
逆に、スマホの方を揺らすと、よく見えません。

312 :時計 :2022/01/01(土) 03:26:10.61 0.net
>>311
頭を振りながらスマホを見ると、
私の言いたいことがより伝わるかもしれません。

313 :時計 :2022/01/01(土) 05:20:58.67 0.net
>>312
ここで、眼球が調整されているのか、
脳の視覚像が調整されているのか、気に掛かる。
後者だと面白いが。

314 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 08:40:26.79 0.net
>>307
語源の説明は、それが実際に歴史的な資料によって実証されるものか
どうかにかかわらず(歴史的な資料によって示される事実との矛盾が
明らかになる場合でさえ)、その表現の「解釈」にどのような意識が
働いているものと理解されているのかを知る手がかりとなる。

https://www.etymonline.com/search?q=void
void (adj.)
c. 1300, "unoccupied, vacant," from Anglo-French and Old French
voide, viude "empty, vast, wide, hollow, waste, uncultivated,
fallow," as a noun, "opening, hole; loss," from Latin vocivos
"unoccupied, vacant," related to vacare "be empty," from PIE
*wak-, extended form of root *eue- "to leave, abandon, give out."
Meaning "lacking or wanting" (something) is recorded from
early 15c. Meaning "legally invalid, without legal efficacy"
is attested from mid-15c.

ここで私が意識について語るのに、"void"がとても好都合であると
感じられる理由には、"void"の発音そのものが日本語の「を」に
類似したものであるとともに、英語の"want"を直ちに想起させる
ものであり、のみならず、 *eue- "to leave, abandon, give out."
と関係付けられて解釈される場合、そこで想定される"*eue-"は、
その発音と、それが想起させるものとされるイメージにおいて、
日本語の「ゆ(由)」とも重なっていることがある。

315 :時計 :2022/01/01(土) 09:11:47.76 0.net
チャーマーズの『意識の諸相』を読むと、
二元論は避けては通れないことのように思えるが、
実際にはチャーマーズは、唯物論には否定的だが、
唯心論には否定的でも肯定的でもない。
つまり唯心論とチャーマーズの議論は両立する。

316 :時計 :2022/01/01(土) 09:21:54.84 0.net
隣人愛について。あまり関係はない。:)
近所付き合いは希薄だが、見知らぬ人に親切である人はいると思う。
そう考えると、大切なのはただの愛じゃないかと思う。

317 :時計 :2022/01/01(土) 09:34:49.14 0.net
>>316
自らの国家や民族を愛するように異国人を愛しなさい
という方がインパクトはあったような気はしないでもない。

318 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 09:49:28.56 0.net
>>299
>この場合の「注目」とは、
反応の反応[の反応...]、となる2つ目以降の反応でしょうね。<

対話は、いろいろなところから始めることができます。
>「意識」とは「反応(reaction/response)」の一種ですね。
という書込みに対して、私は、化学反応との類比で考えるなら、
「反応」とは変化の一種であり、何らかの変化に特に注目される
場合に「反応」と呼ばれている、という一般に通用している理解を
引用したわけです。それに対して、
>「注目」とは、反応の反応
であると考えることができるというレスが再びあったわけですが、
すると、反応とは、「変化に対する変化に注目すること」であることになり、
「注目する」とは、注意を向ける行為を目を向けることに代表する
メトニミー的な表現であると理解できるわけですから、結局、
「反応」とは、「変化に対する変化に『注意する』こと」となり、
何かに注意していることがその何かを「意識している」ことであると
するなら、そのように表現してみることは、単に「意識」について
表現することを先送りしているだけのようにも見える。それでも、
このような言い換えも、私には無駄ではないように思えます。

319 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 09:51:06.81 0.net
誤:ことに代表する
正:ことに代表させる

320 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2022/01/01(土) 10:19:22.99 0.net
化学反応の場合、注目している主体は化学反応自身ではありませんね。
意識の場合は、なんらかの反応において、その反応を修正する反応主体が
その反応に注目して修正する、すなわち学習Uレベル以上のものだと考えます。
学習Tのレベルでは修正できませんから、自然淘汰による進化論的な種としての学習になるでしょう。
学習Tは種としての「意識」ですねw
とすれば、学習Uが個としての「意識」。
ならば、ゼロ学習は世界としての「意識」w

321 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 10:27:39.78 0.net
例えば、私が自宅でキッチンの空間を利用するとき、私はそこに
テーブルがあることを意識している。もし、私がそこにテーブルがある
ことを意識していなかったとしたら、キッチンの空間で動き回るときに、
私は「不意に」テーブルにぶつかってしまうことになるでしょう。
それはちょうど、道を歩いていて、そこにあることを意識して
いなかった石につまづいてしまうようなものです。したがって、
私がキッチンの入って、「ただそこにテーブルがある(ように見える)」
ことそのものが、そのテーブルが意識されてあることになり、
その「在り方」をハイデガー的に表現するなら、"vorhanden sein"
/「目の前にある」("-handen"は「手」にかかわるので、訳語
の表現とはうまく対応していないのですが)ということになるでしょう。

322 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2022/01/01(土) 10:34:57.72 0.net
学習Vを、個を個として認識したものとするならば、
これが、やっと一般的な人としての意識でしょうね。
工業規格におけるロボット(三軸)に相当します。
これを自由度3とするならば、最低でも三次元+変化という世界が必要なのだということになります。

323 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 10:56:31.45 0.net
>>321
ところで、ここで私が自宅のキッチンの空間にあるテーブルについて
述べたのと同様のことは、あらゆる事物について該当すると言うことが
できるでしょう。すると、まずなによりも、世界そのものが事物として
「目の前にある」/"vorhanden sein"、言い換えるなら、世界は「意識
されたもの」としてあるのでしょうか。そのような問ひに、「意識の
問題」としてというより、存在論としてアプローチしたのが、ハイデガー
であったと言うことができるでしょう。

324 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 11:23:50.48 0.net
まずなによりも、世界そのものが事物として「目の前にある」/"vorhanden sein"
のかという問ひに対して、ハイデガーは、否定的な見解を示しています。
事物は「目の前にある」/"vorhanden sein"よりもまず先に、「手頃にある」/
"zuhanden sein"というのが、ハイデガーの存在論の根幹でしょう。

私はここで、ハイデガーの存在論を解説するつもりも、それに寄り添った議論
をするつもりもないのですが、ハイデガーの存在論の表現を、「意識」について
語る観点から読みかえることは、意識についてより明確に表現するのに役立つ
ように思えます。その読み換えは、ハイデガーが、「手頃にある」/"zuhanden sein"
という存在の様態をどのような説明によって明らかにしようとしているかに
注目することにより、ただちに可能となるでしょう。

325 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 11:48:45.49 0.net
「手頃にある」/"zuhanden sein"という存在の様態はそのものとして、
テーブルが「目の前にある」/"vorhanden sein" ように、ただそこに
ある(ように見える)こととして、意識されてあることではない。そうではなく、
むしろ、その存在の様態は、普段は、「な(慣)れ」や「ここち(心地)」
として別段、「意識されていない」と言わざるを得ない。では、どのような
ときにそれが現れるのかと言えば、それは、「手頃にある」/"zuhanden sein"
ことに「反して」、「扱いにくい」/"unzuhanden sein"こととされる
「な(慣)れない」変化や、「ここち(心地)悪い」変化が生じた場合
であり、そのことによって明らかとなる「不(本)意」(その事態によって
示される"void"/「欠損」)により、逆に「手頃にある」/"zuhanden sein"という
在り方が知られることになる。

326 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 12:08:22.14 0.net
言い換えるなら、「扱いにくい」/"unzuhanden sein"ことによって
明らかとなる「不(本)意」は、呼びかけの「を」となり、"void"/「欠損」
を示すと言うことができる。したがって、その"void"/「欠損」が
埋められたなら、「不(本)意」は、解消され、「手頃にある」/
"zuhanden sein"という存在の様態が回復されて、その回復された
状態は、「な(慣)れ」や「ここち(心地)」 としてやはり、別段、
「意識されない」こととなる。その一方で、繰り返し"void"/「欠損」
が生じて、それが再び埋められることが繰り返されるなら、その
ように"void"/「欠損」を埋めることは、「代替物」と見なされ、
そのようなものとしてあることが「意識される」ようになるだろう。
それが、「目の前にある」/"vorhanden sein"という在り方である
と言うことができる。言い換えるなら、物事がただそこにある
(ように見える)、すなわち、意識されたものとしてあるというのは、
「"void"/『欠損』を埋める『代替物』としてある」ということでもある。

327 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 12:11:43.69 0.net
それは、世界の「物象化」でもある。

328 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 12:12:27.43 0.net
>>321
誤:私がキッチンの入って
正:私がキッチンに入って

329 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 13:07:17.19 0.net
>意識されたものとしてあるというのは、「"void"/『欠損』を埋める
『代替物』としてある」ということでもある。<

この世界の物象化のプロセスは、単に「"void"/『欠損』が埋められる
ことの反復」ということではない。そうではなく、何らかの事象が
生じるなら、それは「"void"/『欠損』を埋めるように生じている
はずである」、つまり、「その事象は、何らかの呼びかけの「を」に
応えて生じたものだ」という呼応関係を「ひっくり返した見方」と
しての反復でもあるだろう。

330 :時計 :2022/01/01(土) 13:16:56.38 0.net
とりあえず、ハイデガーに関する興味は失せた。:)

331 :時計 :2022/01/01(土) 13:19:40.69 0.net
>>330
まあ、もし「手頃にある」ということを執拗に語っているならだが。

332 :考える名無しさん:2022/01/01(土) 13:30:09.89 0.net
まあ、こういう一般的な表現から考えてもよさそうな気がするが

Gewohnheit(ドイツ語)の日本語訳 - コトバンク
https://kotobank.jp › dejaword › Gewohnheit
ポケットプログレッシブ独和・和独辞典(独和の部) - [ゲヴォーンハイト] [女] (―/―en) ([英] habit)(個人の)習慣, 癖, 習性;

333 :非標準超球面論理Nexus/CDT(誤読と幻想) :2022/01/01(土) 23:48:12.60 0.net
注目する主体が反応の外部にいるとき、ゼロ反応(ゼロ学習)であろう。
この注目する主体(認識主体)が、反応の側にいなければ「意識」と呼べるものには
ならないのだが、
集合ではなくクラスを考えると、ゼロ反応・ゼロ学習・ゼロ意識である。
空集合ではなく、空クラス(このような用語があるのかどうか知らんw)になる。
空集合は「区別」できないので「ひとつ」しかないが、
空クラスは「区別」できるので複数ありうる。

334 :時計 :2022/01/02(日) 05:09:30.30 0.net
>>333
ゼロ学習は出力一定ですよね。
そのような学習があるのかどうかよく解りません。
学習Vはキャラクターの変化ということでいいのかな。
家と職場ではキャラクターが異なるというような。

335 :時計 :2022/01/02(日) 05:18:43.03 0.net
>>334
ゼロ学習が解ればゼロ意識も解るのかなと思いますが、
それほど単純ではないのかな。

336 :時計 :2022/01/02(日) 05:19:53.54 0.net
>>335
目的は、飽くまでゼロ意識を理解することです。

337 :時計 :2022/01/02(日) 06:36:43.33 0.net
意識とはあまり関係ないが、いじめについて。
私は、いじめる者は法に触れたくはないが殺意を持っていると思う。
そういう二律背反的な状況にあると想像する。
いじめられた者が自殺したりするのは、
その殺意に屈することになる。
だから、生きることは最大限のリベンジなのだろう。
私は、あまりいじめに関わったことはないのだが、ふと思った。

338 :時計 :2022/01/02(日) 06:39:11.65 0.net
>>337
いじめる側もいじめられる側もダブルバインド的状況なのかもしれない。

339 :時計 :2022/01/02(日) 07:11:59.09 0.net
>>338
いじめる者の悲哀に共感しないこと。
周囲の人間にはこれは求められると思う。

340 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 07:43:21.99 0.net
>>333
人の言葉遣いをそのまま借りていると、本当は考える必要のあることを
前提としてしまって、他人に誘導されるままとなってしまうことが
よくあります。「主体」はなぜ「『主』体」なのでしょう?
「主体」/「従体」として「主体」であるのなら、自らの意に沿ふ
ようにさせる側が「主体」で、そうさせられる側が「従体」ですよね?
「主体」/「〇(?)体」として、「主体」と対比される側を、
「主体」が自らの意に沿ふようにさせることのできる可能性が不明なら、
「〇(?)体」は、「従体」ではなく、「物体」ということになるの
でしょう。これに対して、「主体」/「客体」というのは、
「主」として「ふるまふ」側が「客」を「もてなす」ということ
になると思います。

「意識」についてより明確に語ろうとするなら、まずはそのような
用法の区別を丁寧に言葉によって記述していく必要あるでしょう。

341 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 07:50:40.06 0.net
Twitterで「神学は『自然言語』ではない言語で書かれて」いるという
発言を目にしましたが、確かに神学は他人の言葉遣いを規制して
誘導することを意図する「不自然な言語」で書かれているのではないか
という気がします。

342 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 07:53:17.47 0.net
だからこそ、神学の縛りを離れて、哲学をしようとするなら、
神学の言葉遣いそのものを哲学の営みにおける言葉遣いの反省によって、
日常言語において考え直すことができるように解体していく必要が
あるのでしょう。

343 :時計 :2022/01/02(日) 07:59:09.33 0.net
>>340
それがハードプロブレムじゃないんだよね。
解っているならいいが。

344 :時計 :2022/01/02(日) 08:00:31.09 0.net
>>343
基本的には発話者の自由に任せています。

345 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:04:51.73 0.net
ハードプロブレムといえば、歯が立たない一般に難しい問題と理解されます。
ソフトであるなら、いろいろやりようがあるということでしょう。

346 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:05:42.12 0.net
歯が立たない一般に難しい × 
一般に、歯の立たない難しい 〇

347 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:07:40.55 0.net
>>343
似非神学的な言葉遣いの規制は、哲学には無用です。

348 :時計 :2022/01/02(日) 08:08:06.85 0.net
>>345
ハードプロブレムの拡大解釈ですね。
それも一興かと思いますよ。
ソフトから攻めるのもまた。

349 :時計 :2022/01/02(日) 08:09:07.29 0.net
>>347
個人的には神学は大アリなんですよね……
人それぞれということで。

350 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:12:56.68 0.net
>ハードプロブレムの拡大解釈ですね。

違いますよ。「ハードプロブレム」の一般的な理解です。
「ハードプロブレム」というのは、英語のカタカナ表記であり、
日本語として一般に通用しているわけではありません。
では、英語を母語とする人々に向かって"That is a hard problem."
と発言したらどのように理解されるでしょうか。それはそのまま、
「それは難しい問題だ」に相当する意味で理解されるでしょう。

351 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:16:48.25 0.net
ですから、その「a hard problem」という表現の一般的な理解を制限して、
何らかの規制に他人を従わせるように議論を進めたいなら、そのように
他人に求める側に、それがどのような規制なのかを明確に理解できるように
説明することと、他人がその規制に従うことの有用性を示すことが求められる
わけです。

352 :時計 :2022/01/02(日) 08:17:01.50 0.net
>>350
意識の難問とは、ある難問を指しているわけで。

353 :時計 :2022/01/02(日) 08:17:50.84 0.net
>>351
それはそうですね。Wikipediaなどにもありますよ。

354 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:21:02.82 0.net
「ある難問」の「ある」は「或る人」と同様に、発言者が、「対象を
特定することは避ける」という意図を聞き手に知らせる表現なのですよ?

355 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 08:26:14.82 0.net
それに>>1に記載される
>脳神経系は机の上の本のようにある客体である。
というようなことを問題としているのなら、
>>321からつづけて書き込んだ説明で十分に言葉を尽くしていると思いますが?

356 :時計 :2022/01/02(日) 08:35:47.70 0.net
>>354
the hard problemの方が誤解はなかったかな。

>>355
脳神経系は客体であるということに力点はあります。

357 :考える名無しさん:2022/01/02(日) 09:18:13.28 0.net
神学的な言葉遣いで議論をしても不毛な「神学論争」になるだけで、
その論争を解決する手段は、宗教戦争による勢力争いしかなく、
その結果としてもたらされる安定した覇権の確立が「解決」となる。
大抵の場合、すべてを覆い尽くす覇権を確立することは難しい
ので、その「解決」は、"agree to disagree"、つまり、
「同意しないことに互いに同意する」という並立関係を生んで、
決着を見る。「神学論争」の不毛さと「宗教戦争」のもたらす
悲惨さが人々の生活を圧迫するようになったことが、神学を離れた
哲学が求められるようになった大きな要因でしょう。
それなのに、哲学的な議論をするのに、わざわざその必要もないのに
神学的な言葉遣いで自らを縛ろうとするのは愚かなのですよ。

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