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意味の論理構造の哲学

482 :考える名無しさん:2022/05/04(水) 15:46:22.19 0.net
「を」/《vouloir》に対する応(こた)へがない、あるいはその応(こた)へ
に効験(かひ)がないのであれば、それによりもたらされるのは、
似非数学モデルを利用するなら
−1(≒呼びかけの「〜を」)・1(≒無効性)=−1(≒そこにある「欠如/空虚」)
ということになり、それでも、そのように捉えられること自体が、
そこに「欠落/空虚」があることに対する強い情動を喚起する。

https://manyoshu-japan.com/10234/
万葉集 第13巻 3344番
>嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと
天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども
道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ

しかし、「を」を無視して、それを消去するように「お」にまとめてしまう
ことは、文字通り、「を」/《vouloir》を「な(無)みす」る行為であり、
それをやはり似非数学モデルを用いて表現するなら、
−1(≒呼びかけの「〜を」)・0(≒無化)=0(≒「〜を」があったことの否認)
ということになり、まさしく「を」/《vouloir》の表出の抑圧以外の
なにものでもない。

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