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意識のハードプロブレムの答え24

1 :時計:2022/12/24(土) 10:37:40.26 0.net
存在は主観的である。
客観はある種の主観である。
全ての事物は客観化可能である。
クオリアは「立ち止まり」として客観化可能である。
脳神経系を含む客体は、主観を精緻に表現したものである。
そして、他者の意識は存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側に存在する。
客観的主観を哲学的キマイラと呼ぶ。
主観、意識、クオリア、心、私……
何か一つ「そのようなこと」を示す記号が必要である。

意識のハードプロブレムの答え23
https://lavender.5ch...gi/philo/1665765420/

483 :anonymouse :2023/01/08(日) 22:02:53.29 0.net
でこすけさんは知性を信頼しないと言っているわりに、
物理学を信頼しているから中途半端
安易な相対主義、安易な不可知論と言わざるを得ない

484 :anonymouse :2023/01/08(日) 22:06:24.96 0.net
真であることは真であることは真→真、と
偽であることは偽であることは偽→偽、で
釣り合いが取れてると言いたいけど、
偽が4回出てきてるから-1を4回掛けて1になるようなものでたまたま釣り合っているように見えるだけかも
(真であることは真であることは真→真)は真
(偽であることは偽であることは偽→偽)は真
だし

485 :anonymouse :2023/01/08(日) 22:40:24.89 0.net
赤のクオリア(🟥←)と緑のクオリア(🟩←)は入れ替わらない、絶対性がある、というのは
無理に対比することによってむしろ対比が成り立たないことを言っている
これは行き過ぎた相対主義に対するアンチテーゼで、
常識を疑うと言う意味で意義があるが、
逆に言えばそれを、絶対性を表立って標榜するというのは、
現代に対する批判という意味では恒久的な議論ではない

486 :非標準超球面論理 ◆KhxAJHUIl6 :2023/01/08(日) 23:06:09.27 ID:0.net
相対主義は自己言及のパラドックスにいきついてしまうが、
だからといって絶対主義が正しいわけではない。
「存在」あるいは「対象」を決定づけるのが「自己同一性」であり、
これが自己射/id射であり限り、自己言及のパラドックスを引き起こすのだ、
と考えるのがおもしろい。
パラドックスは必ずしも矛盾ではないが、矛盾をかかえるからこそ「存在」であり
「対象」なのだ。
これを解消してしまうと何も起きない/起こらない。
パラドックスをかかえるからこそ、われわれの(動的/活動的)世界がある。
とすれば、量子論も哲学も(ほぼ自明ともいえる)パラドックスをかかえているはずだ。
自明すぎて気づかれないが、ときどき自己言及のパラドックスのようあらわれてくる。
そうなってくると、哲学的対象として考えうる最も基本的なものは「自己言及のパラドックス」
あるいは「自己同一性/アイデンティティ」であろう。
ただし、これを解消してしまうと世界は消滅するだろう(予言)。
世界はパラドックスからできている。
ということは...以下略

487 :考える名無しさん:2023/01/08(日) 23:10:26.73 ID:0.net
コロナワクチンも自己言及のパラドクスのマッチポンプで、自然免疫破壊して医者と製薬会社ボロ儲けさせているだけだからな

488 :考える名無しさん:2023/01/08(日) 23:54:08.00 ID:0.net
いや矛盾は解消されるべき状態という感覚は失わない方が良いと思う
矛盾があるから正常だ、矛盾こそ真理だという姿勢は矛盾の矛盾性を消し去ってしまう

489 :75:2023/01/09(月) 01:43:31.88 0.net
「真理が無いことが真理であり、矛盾こそ真である」というのは相対主義の自己矛盾であるだろう。

真理を否定する立場でありながら相対主義を考え抜くと「たた相対主義だけは絶対」という真理を提出する。

それは、もとは「絶対的に正しい考え方がある」という意識が相対主義を形成していたことになる。

これは相対性が意識における絶対性を意識させることによって知ることが可能であるだろう。

490 :75:2023/01/09(月) 08:10:07.18 0.net
例えば、自説と他説が対立する場合、それが価値観の対立だったりすると、大抵は「絶対的な真理はない」という相対主義者が現れる。

相対主義者は自説も他説も全ては相対的な考え方であると言う。故に「(相対主義のみが正しく、相対主義以外に)真理はない」という真理を考えるだろう。

しかし、そもそも「絶対的に正しい真理がある」という意識がある故に、そのように相対主義が却って真理を展開してしまうのである。

相対主義と絶対主義は対立するが、本質は表裏一体の意識である。相対性を突き詰めることで本質的な意識を意識するのである。

ただし、一体的な意識であるが、対立的でもある。これは、意識は、現実の営為に基づいて再び相対性と絶対性の対立を再度作り出すからである。

491 :でこすけ:2023/01/09(月) 08:25:16.95 ID:0.net
>>481
ありがとうございます。
分かったような分からないようなかんじですが
参考にさせていただきます。

492 :でこすけ:2023/01/09(月) 08:54:21.16 0.net
>>483
私は以前述べたように、物理学は砂上の楼閣だろうという印象をもっています。
ゆるゆるの地盤の上にあって、いつか倒壊する可能性があるものだ
ということです。
とにかく自然の摂理を解明しようとしたけれども、
かえってわけがわからなくなったというのは
どこかに問題があるということなのだろうと考えます。
ただ、細部は精緻にできていて、地盤整備をしてからでも再利用できる部分は
たくさんあるだろうとは思っています。
何なら楼閣はそのまま使える気さえしてます。

私が物理学を引用するのは、一般的に説得力があるはずだからです。
私は物質が存在することを前提にしたはなしをすることがありますが、
とにかく私としては、私の主張が正しいか否か以前に
先ず「物質」を疑ってもらうことが先決だと考えるためです。
しかしこれはかなりハードルが高い課題のようです。
何故か知らんけれども「物質」はかつての「神」のように
絶対的な勢いで君臨しているかんじがします。

ちなみに地盤整備は物理学者の仕事ではなく
哲学者の仕事だというのが持論です。
より汎用性の高い世界モデルの提起のことです。

493 :でこすけ:2023/01/09(月) 09:16:33.96 0.net
どこかで勢いあまって「知性は信用できない」と言った可能性は
大いにあるでしょうけれども、
「知性による判断が正しい保証はない」ということにしてみます。
つまり正しい可能性もあるかもしれない、

しかしそういう話はこの際どうでもよくて、どうでもよくないけど、
とにかく私が単純に問題提起したいのは「物質」の正体です。
「霊魂」が虚構であるように「物質」も虚構なのではないか、
エーテルやフロギストンのような過渡的な概念なのではないか

申し訳ない時間が無い残念

494 :時計 :2023/01/09(月) 09:19:29.73 0.net
>>492
物質は絶対ではないよ。しかし、存在する。

495 :時計 :2023/01/09(月) 09:22:13.61 0.net
>>493
エーテルやフロギストンは哲学者ではなく一部の物理学者の説だったような。

496 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 09:58:59.21 0.net
哲学は地盤についての学問なのか
すると静的なものを探すのか

497 :時計 :2023/01/09(月) 10:00:01.90 0.net
私は、物は境界のある存在と考えますから、何故物質は存在するかという問いは、
何故世界に境界は存在するかという問いと本質的に同一的だと考えます。
そして、境界があるということは、独立性があるということだと考えます。
独立性があるということは、例えば、A、B、C、Dという本の並びは、
C、D、A、Bという本の並びのように自由に変えられるということです。
そして、独立性があるということは、情報科学の言葉を借りれば、情報のエントロピーが低いということです。
要するに、世界を独立的に理解することは効率がいいのです。
もし物質が存在しなければ、世界はカオスでしょうね。:)

498 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 10:03:16.15 ID:0.net
>>482
近視眼的な主観だとそうなるんだろうね
主体的に俯瞰する客観的な意識レベルで
思考していないと主観は相対主義的な呪縛に陥る。

499 :時計 :2023/01/09(月) 11:17:03.42 0.net
>>497 訂正
正:情報のモデルのエントロピー
誤:情報のエントロピー

500 :非標準超球面論理 ◆KhxAJHUIl6 :2023/01/09(月) 13:15:05.12 ID:0.net
結局、「矛盾」ではなく「(ある種の)パラドックス」がある。
パラドックスなくして世界は構築できない。
この種のパラドックスは、体系内では解消できない。
うまく定式化できないか、あるいはすでに定式化されているか調査中。

501 :でこすけ:2023/01/09(月) 16:05:15.61 0.net
>>485
ようするに赤と緑は入れ代わるのです。
赤即是緑緑即是赤
日常の中では入れ代わらないだけです。
赤と緑は入れ代わることもある
いわゆる正常ではありませんけど。

「絶対的真理は無い」は絶対的真理ではない
それも踏まえて「絶対的真理は無い」
それが超越者の目線

502 :非標準超球面論理 :2023/01/09(月) 16:07:51.60 0.net
パラドックスの分類は、大きくウィラード・ヴァン・オーマン・クワインによるものと
フランク・プランプトン・ラムゼイによるものがある。
ここはクワインの分類を考えてみたい。
1. veridical paradox
2. falsidical paradox
3. 上記のどちらでもないparadox
4. dialetheia
ここでは第4のdialetheiaを採用したい。
ismをつけるとdialetheismであり、真矛盾主義という訳語がある。
これは矛盾でも無矛盾でもなく、二面性を持つ。
そうなると、「世界はdialetheiaでできている」ということになる。
量子論じゃーん!

503 :でこすけ:2023/01/09(月) 16:08:48.42 0.net
>>501
いや、やっぱり真理は有る
真理は有るし、それは無いということ
色即是空

504 :時計 :2023/01/09(月) 16:29:25.21 0.net
始まりは無い。

505 :非標準超球面論理 :2023/01/09(月) 16:34:31.75 0.net
第4の分類はクワインによるものではないが、
dialetheiaは東洋的でZen的仏教的である。

506 :時計 :2023/01/09(月) 16:35:35.41 0.net
dialetheiaは面白そうですね。今度、調べようかなと思います。

507 :時計 :2023/01/09(月) 17:29:24.59 0.net
真矛盾主義、情報が少ないな……

508 :時計 :2023/01/09(月) 18:14:51.16 0.net
矛盾を指摘する時、矛盾が有ると言い、矛盾の本質を語る時、矛盾は無いと言う。

509 :時計 :2023/01/09(月) 18:26:18.44 0.net
矛盾は無意味であり、有るのは言葉の上でしかないと思う。

510 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 18:40:00.73 0.net
絶対的の反対語が相対的というだけで相対的真実を絶対的真理と見るのは誤解、他に並ぶものがない、何物にも比較されない、比較や対立を絶した存在を絶対という、これを踏まえれば絶対の的に存在する唯一無二の真理は的の真を貫く道理と見るのが正解。

511 :時計 :2023/01/09(月) 18:41:37.42 0.net
>>501
超越者の目線って何ですか?

>>502
結局、無いんですかね。

512 :時計 :2023/01/09(月) 18:45:23.70 0.net
>>510
真理は相対的だというのは、絶対的ではありませんか?

513 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 18:45:52.93 0.net
「絶対的真理は無い」は絶対的真理ではない
それも踏まえて「絶対的真理は無い」
これが超越した考えだから、この視点で
考えることが超越者の目線ってことかな

514 :時計 :2023/01/09(月) 18:46:23.98 0.net
>>511
502のアンカーは503へのアンカーが正しいです。

515 :時計 :2023/01/09(月) 18:48:03.14 0.net
>>513
それも踏まえて「絶対的真理は無い」というのも絶対的真理ではないですよね。
超越していますか?

516 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 18:52:15.41 0.net
>>512
相対的の反対語が絶対的ですね
真理は相対的だというだけで
真理が相対的か判断しきれていないので
絶対的じゃないですよ。

517 :時計 :2023/01/09(月) 18:55:47.01 0.net
>>516
私としては確率論を思い出します。
理想的なサイコロは、確率1/6であることが確率1みたいな。
私は絶対は無いと思いますが、それは理想的なサイコロは実在しないということです。

518 :時計 :2023/01/09(月) 18:57:02.30 0.net
で、私としては、それは超越者の目線とかではなく、リアルな感じがするんだけど。

519 :時計 :2023/01/09(月) 19:04:11.84 0.net
つまり、リアルな生活においては、無限後退は適当なところで打ち切られる。

520 :時計 :2023/01/09(月) 19:06:41.14 0.net
無限後退というのは、
Aは確率1ではない、
それは確率1ではない、
それは確率1ではない……
という無限の考えの列のことです。

521 :時計 :2023/01/09(月) 19:30:45.58 0.net
人は大体で生活していると言っていいと思う。

522 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 21:41:40.56 0.net
人の数だけある真実が渦巻く現実だから
誰かだけに都合がいい理想通りの現実の
実在は難しいですね
真理と真実はリアルに異なると思いまますね
哲学的には真理について大体では
済ませないんじゃないかな
無限後退ですか、不思議な展開・・・

523 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:16:48.54 0.net
私は私を成り立たせてるものをほとんど認識していないが、上手いことなされているからなあ

524 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:42:13.64 0.net
真理とは…一番納得できる説教のことか?…全てに振り下ろされる絶対的な鉞斧なのか?…触れれば心は晴れるか否そもそも触れたことに気が付くか?…瞑想は必要無いか…足はどちらが上だったか?…長いか短いか…できれば1時間程で読み終える程の分量で…人間中心主義の傲慢か?…

525 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:54:55.29 0.net
真理の味を知らない場所を知らない姿形を知らない
しかし哲学に何か期待している

526 :時計 :2023/01/10(火) 02:09:01.03 0.net
>>522
大体は飽くまで生活の現場においてです。
哲学にはその大体さを解明する役割があるんじゃないかな。

527 :でこすけ:2023/01/10(火) 04:21:59.66 0.net
「絶対的真理は無い」は絶対的真理です。
これは矛盾しているように感じられるけれども
その感覚は普遍ではない、我々の感覚に過ぎない。
理想的なサイコロは実在する、
実在しないということは実在するということ
空即是色

ただしそれは日常を超越しちゃった人にとってであって、
日常世界にいる私たちがそんなことを言っても仕方がない。

ただ、この世界がどのようなものなのかを探究するとき、
何故超越者にとって理想的なサイコロが実在するにもかかわらず
我々にとっては存在し得ないのか、
ということも考慮しなければならないと考えます。
あるいは新しい世界モデルでは仏陀の実在を考慮しなければならない、
この世界には何故「悟り」という現象があるのかを説明できなければならない、

。。。言いたいことが伝わっている気がしないんですけど
どうでしょう

528 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 04:39:38.51 0.net
実在しない証明を逆手に取って御旗を翻したひろゆき天下こそが言論の無力な競い合いの告発だ。

529 :でこすけ:2023/01/10(火) 04:40:25.23 0.net
人間には何かを知りたいという衝動があって
昔からいろいろと探究されてきたようです。
しかし突き詰めて行くとやがてよく分からないところへ行きました。
量子とか遺伝子とか、意識のハードプロブレムもそのひとつです。
私はそこで飛躍をするんですが、
これらがよく分からないのはひとつのことに起因するのではないだろうか
つまりひとつが分かったら全部の謎が解けるようなものなのではないか、
物理学ではすべてを解明できたけれども生物学ではよく分からなかった
というのであれば、それは生物学だけの問題でしょうけど、
しかしほぼ同時にあれもこれもそれもどれもというのは
それらが関連する可能性が示唆されているように感じます。
要するに結論をいうと、問題になっているのはパラダイムなのではないか
というお話です

530 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:02:14.96 0.net
何かを知るメリットがあるとして、ある考え方に本当にそのリベニューがあると合理的に言えるか。この視点で神や色即是空やスレでやってることをシミュレーションしてみるといいよ。

531 :でこすけ:2023/01/10(火) 05:08:20.72 0.net
>>528
言論は見えざる手の前で圧倒的に無力だ
というのが私の実感です。
中世で地動説をとなえても検証さえされないままバッサリでしょう。

それでも物質は存在しない
と私は呻くしかない、
数百年経ってもあんまり進歩はしていない気がしています。
いつか見えざる手をコントロールできるようになるのでしょうか。

532 :でこすけ:2023/01/10(火) 05:17:45.48 0.net
>>530
私はそれを繰り返し繰り返しやってきたつもりです。
精神的実態がどのようにして生成されるのかさえ
何度も何度も繰り返してきたつもりです。

結論 私(でこすけ)は日本語が下手だ

533 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:24:24.12 0.net
>言論は見えざる手の前で圧倒的に無力だ

その通りだとして、それは物質的じゃないかな。例えば時代の流れを決定するキーマンがいるとする。その人の言論の力が無くても「時代は変わらないよね」というのが言論の無力の証明なんだから。もし偶然を動かす「見える手」があるなら逆だけど、その先にメリットがある。

534 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:26:46.35 0.net
私があるなら知ろうと知るまいと世界も常にあるわけだし、私が納得し満足するかどうかでしかないんじゃないの

535 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:26:57.77 0.net
>>531
それでも物質は存在しない

これね

536 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:35:25.58 0.net
「メリット」というのは、納得に錯誤がないか、その納得に意味があるかで、やってること側。

例えば、壺だよね。。。

537 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:01:11.86 0.net
>>533
おそれいります。
この文脈の「物質」と「メリット」の意味がよく理解できていません。

ところで「見える手(見えざる手ではない)」について漠然と空想するに
多分やりくちが巧妙なんだろうと察します。
パッとイメージしたのは利根川です。
江戸時代以前、利根川は今で言う東京湾に注いでいましたが、
これが氾濫するので流れを変えて、銚子のあたりから太平洋へ云々、
このとき川を延々掘削したのではなく
埼玉だったか栃木だったか群馬だったかのある一箇所をちょっといじると
自然に流れが変わって、つまり今のかたちになるとかならないとか、
ただ歴史の流れを変えるためにはどこをいじればいいのか
私のようなアホにわかるわけもなく、
しかし歴史を変えた前例としてあるのがコペルニクスです。
本人はそんなつもりは無かったんでしょうけど、
太陽といくつかの惑星とが天空の同じ軌道をたどるということは
それらのすべての天体が同じ平面上にあるということ、
ここから風が吹けば桶屋が儲かる式にコンピューターの発明まで来たと思えば
スゲー鼻血だなと思うわけです。

にしてもワードプロセッサーがなければ私は文章を書ける気がしない
スゲー地代だなともおもうわけdす。

538 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:13:27.57 0.net
コペルニクスのポイントは
その頃には太陽系の空間的なイメージを複数の人(主に数学者)で
共有できたということだと思います。
で、そこからさらに聞きかじった話によると
物理学者の仕事というのは砲弾の軌道計算のような
実利的なメリットがあって支援されたということがあって、
そしていよいよ話がややこしくなるわけです。

539 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:53:57.38 0.net
私の理解では、時計さんが想定している物質は、例えば椅子とか本とかです。
しかしそれは私にとっては物質ではないというお話です。

椅子や本というのは硬かったり柔らかかったり冷たかったり温かかったり
クオリアつまり精神的なものとして現れていて
私の印象では物質そのものではありません。
私が想定している物質というのは、すなわち椅子や本が意識に現れているとき、
それらはどのような仕組みで現れるのか、
ここでたぶん一般的に想定されるのが物質です。
精神とは異なる実態としての物質が意識の外側に実在し、
そのような物質として存在している椅子や本が意識の内側に反映されている
というのが普通の考え方だろうと思います。
私が想定しているのはつまりそのようにして意識の外側に存在している
とされているもののことなのです。
そして私はそのようなものの実在については懐疑的だという展開です。

ただ、この話は今までにも度々してきました。
それでも時計さんは「物質は存在する」とその都度「反論」されます。
私としては「時計さんが言う意味ではそのとおり」を繰り返すばかりです。
あるいは時計さんからすれば、私が想定している物質も
結局は時計さんが想定しているものと同じということでしょうか、
確かに「意識の外側に存在するとされているもの」という概念自体は意識の内側ですけど、
単純素朴に「意識の外側に物質は存在しない」は時計さん的には
あるいは言わば問題自体があり得ないのでしょうか。

540 :時計 :2023/01/10(火) 07:04:13.46 0.net
>>527
実在は飽くまで蓋然的なものだと思います。
超越者というのはよくわかりませんが、神においては必然的だと思います。
空即是色に関しては、またちょっと違う解釈ですから、考えてみます。

>>539
ざっくり言って、物質が存在している感じはクオリアだと思います。
物質の存在は精神の中で完結すると考えています。
物質は確率1では存在しませんから、そういう意味では存在しませんよ。
存在していない椅子には座れない道理ですから、極めて確率1的な非1だと思います。

541 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 07:14:30.83 0.net
「歴史」を、

言論が根拠づけるものと流れの形成を根拠づけるものに分ける。「実利」"が在れば"「もの」に代入するだけ。知性の限界は真理の形成的な限界と異なり確認され、パラドックスにならない。

542 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 07:37:15.51 0.net
最終のメリットは、エポケーか諦観か、しかし其処へ向けた言論だから無力なのか、逆なのか。

時代の答えは時代に訊くしかない。。

543 :でこすけ:2023/01/10(火) 07:38:26.26 0.net
>>540
昔フジテレビが「おもしろくなければテレビじゃない」
をキャッチコピーにしていましたが、
「おもしろくなければ哲学じゃない」をヒョーボーする私としては
なるべく人目を引く単語を使うように心がけています。
ネタばらしをしてしまうと、超越者も色即是空も虚構です。
そもそもそんなものは無いんですから考える必要もありません。
ただそこで私が考慮しておきたいのは、毎度おなじみの胡蝶の夢です。
超越が虚構ならば日常も虚構なのではないかという視点です。
どっちがどっちだかわからなくなるのは病気かもしれませんけれども。

>物質の存在は精神の中で完結すると考えています
まったく同意なんですけど、なんで喧嘩になるのかよくわかりましえん。

544 :時計 :2023/01/10(火) 08:46:12.80 0.net
>>543
胡蝶の夢ってそんな話でしたっけ?:)

545 :時計 :2023/01/10(火) 08:48:29.68 0.net
>>543
>なんで喧嘩になるのか
絶対相対論争のことだと思いますが、相対主義は虚言のように思われやすいからかな。

546 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 08:56:31.73 0.net
絶対的真理を手に入れるためには絶対的な土台が必要という
なんか虎を屏風から出すみたいな

547 :75:2023/01/10(火) 09:19:20.41 0.net
どの思想も、自他の批評と同意が無いならば真理ではない。真理か否かは自他の批評と同意の有無で決まるのである。

それが真理の本質である。何故なら、真理かどうかを批判して試す行為は、個々人が「真理」の意味を予め理解していなければ出来ないからだ。

「真理か否かは自他の批評と同意の有無で決まる」というこの論も、直ちに個々人において試されるだろう。

つまり、「真理」の本質的な意味は、個々人がその言葉を真理探求の営為においてどのように使用しているか、ということから形成される。

自らの営為を省みることで、そのような本質的な意味が真理探求の営為を形成していたことを自覚できるだろう。

548 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 09:41:22.22 0.net
なにげに「おもしろさ」は重要。

549 :anonymouse :2023/01/10(火) 09:54:48.57 0.net
相対主義が絶対というのと、
絶対性から出発して相対性に至る、という
二つの向きがある

550 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:13:31.78 0.net
|x|=1は鏡開きみたいなもん
|x|=1の解は-1と1があるけど、
この方程式が主張する、原点からの距離が1であるというのは、(絶対性と名前を冠しているように)絶対
開かれた世界は、本のページをぴったりと閉じ合わせるように閉じられる/綴じられる

551 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:18:03.15 0.net
きっと開かれた世界というのは不可逆だろうな

552 :でこすけ:2023/01/10(火) 10:19:00.00 0.net
>>545
喧嘩なんかしてましたっけ?

>>544
たとえば夢の中で、赤が緑だったということを確信したとしましょう。
「そうだ、赤いということは緑だったっていうことだ!」
夢の中では支離滅裂なリアリティがあります。
実際目が覚めて「あれは何だったんだ」てなるわけです。
誰にでも似たようなことはあるはずです。
ただ、ここで老子だったら考えるだろうと思うのです。
「あっちが夢(偽)でこっちが夢でない(真)の究極の根拠はなんだろう」
あるいはデカルトが疑ったかどうかは知りませんけど、
「我思う故に我ありと確信するその確信は疑えるのではないか」
理性は狂気かもしれないというお話です。

553 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:21:21.16 0.net
距離というのは面白い概念
数学で距離、ノルムというとさまざまな定義があって、
|x|とか√(x^2+y^2)とかある
現実の距離、物理的な距離と絶対性というのはなんらかの方法で置き換えられるんかね
ひでぶ

554 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:22:36.39 0.net
>>552
疑ったら明後日の方向に飛んでいくので、
結局のところ疑えないという帰結になります

555 :でこすけ:2023/01/10(火) 11:25:04.75 ID:0.net
>>554
私はそこは保留しかないと思います。
わからないものはわからないとするのが私なりの知的謙虚です。

しかしそんなことを言ったらそれで終わってしまいます。
そこで私は仮定します。
我思う故に我あり
1+1=2
他者にも意識はある、
等々
そのように仮定する根拠は主にふたつ
直観と、じつは直観のバリエーションかもしれませんが、他者との共有です。
仮定された他者との共通理解とは、つまり共同幻想です。
浮世は夢かうたかたか というやつです。

556 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 11:46:31.66 0.net
本質的に、空虚仮想の究極の境地で保留するその視点に立ってみれば
意識はそれを現象させてる硬いシステムなだけで、解明するべき
意識のハードプロブレムは存在しないことにはできるけど
それって意識して得られる現象的意識の情報がないからなんだよなあ

557 :時計 :2023/01/10(火) 12:37:25.22 0.net
>>552
喧嘩というか論争ですね。

558 :時計 :2023/01/10(火) 12:38:39.56 0.net
>>552
超越者は出てきませんよね……

559 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 13:09:27.80 0.net
>>551
我々の心象世界は不可逆的に何れ閉じる世界だけど
開いている量子系が閉じることはあるんだろうか?

560 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 13:17:14.76 0.net
↑の量子系はいわゆる量子論の量子系じゃなくて量子エネルギー的な意味です

561 :時計 :2023/01/10(火) 14:31:05.83 0.net
>>552
デカルトに関して言えば、我思うということは疑い得ないと言っていますね。

562 :時計 :2023/01/10(火) 15:34:11.50 0.net
>>561
我思う故に我ありって、乱暴に書いてしまうと、
我∧思う→我
みたいな感じで、トートロジーにも見えますね。

563 :時計 :2023/01/10(火) 15:36:58.69 0.net
>>562
我ありそして我思う、の方が自然なような。
多分、このようなことは再三言われてきたと思いますが。

564 :時計 :2023/01/10(火) 16:05:06.39 0.net
>>563 追記
ただ、これだと面白くないですね。:)

565 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:28:16.58 0.net
「我は形而上の存在で形而下の実在ではない」
の意を込めたのではないかな
我を有するのは我思うが故である
我思う故に我有り
自然だ。

566 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:35:33.22 0.net
私の感覚では

思う故にある

がいいと思うな

567 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:58:48.89 0.net
「思う故にある」の「ある」が我の肉体と心の両方含まれてしまって
我思う故に我ありで表現できる「思いこそ真」を強調したい所が
わからなくなくなるから、やはり我思う故に我ありがいい。

568 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 17:20:12.22 0.net
>>566
と思えません?

569 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 17:39:48.60 0.net
そのように強調したいという事ならそう思う

570 :anonymouse ◆Iow/mouse. :2023/01/10(火) 18:38:54.04 ID:0.net
>>559
閉じた粒子系というのを実現するのが難しいな

571 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 21:17:41.54 0.net
>>555

>1+1=2
>他者にも意識はある

それらの根拠としては直接的には困難だけど間接的にはこう説明できるかな。
「それらが成立しない現実世界は想像できない」
だから、世界について語るなら、それらを前提にするのが必然的になる。

それは(人間の)意識の外部の存在(物質とは限らない)や真理においても
同じことが言えると思う。

572 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 21:54:25.54 ID:0.net
私には他者の意識は存在しないけどなあ。:)

573 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:06:05.05 ID:0.net
>>572
他者の意識の存在=虚構は、子供の頃の道徳的教育によるものだと思うのです。
ひとのことは思いやりましょうとか。

574 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:08:49.21 ID:0.net
>>572 さらに追記
他者の意識と呼ばれるものは主体の意識の内側に存在する。
私はそう考えますが、それは心のモデルと呼んでもいいと思います。

575 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:23:24.38 ID:0.net
10か100かわかりませんが、人は心のモデルを持って他者を理解するのだと思います。
初対面の人間は何を考えているかわかりません。人見知りをする人もいます。
それは心のモデルがないからだと思います。
そういう時は標準的な心のモデルが働くんじゃないかなと思います。
挨拶は常識のあることのサインだと思います。

576 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 22:53:35.59 0.net
>>572
時計さんのいうその他者の意識は
精緻にはその他者の主観が意識
しているだろうクオリアや思考内容で
そういう意味で他者の意識は存在
しないという認識か、それとも

意識を失っていた他人が意識を
取り戻したとか、意識レベル、
感覚の度合いを示すところの
他者の意識も他者の主観に
現れていないという意味の認識を
言っているのか

「私には他者の意識は存在しない」
では情報がないので、他人にわかる
ような表現にしないと、主観を精緻
に表現しているとは言い難いかと
正確に伝わる文に改めてはいかがかと。

577 :時計 :2023/01/10(火) 23:02:30.48 0.net
>>576
他者の意識は存在しないというのはそのままだと思うけどな。

578 :時計 :2023/01/10(火) 23:09:15.33 0.net
>>576さんは思いやりに溢れているのでしょう。

579 :時計 :2023/01/10(火) 23:12:17.23 0.net
572から575を要約すると、他者の意識は存在しない、あるのは心のモデル、ということです。

580 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 02:06:08.20 0.net
他者の心が理解できない故に他者の意識はない

581 :でこすけ:2023/01/11(水) 07:49:04.25 0.net
>>571
今一度整理をさせていただきますと、
私は物心二元論や唯物論では世界を説明できないのではないかと考えていて、
それに変わる新しい世界モデルを提起したいという野心をもっています。
たとえば意識のハードプロブレムを説明できる世界モデルです。
しかしたとえば他者の意識の実在を完全に証明することはできない、
つまり新しい世界モデルなるものも不完全であることを避けられない
ということが既にあるという状況です。
ただ、私としてはそのこと自体は本質的な問題だとは考えません。
ある仮説を立てて、それがそこそこ使えればそれでいい、
使えない事態に直面したら、それに固執せずに、改善すればよい、
ようするに私が提起したい世界観は、真理ではなく解釈だということです。

むしろ私にとって「他者の意識の実在は証明できない」は
この世界を解釈する上で説明するべき案件です。
この世界は何故そのような構造なのか、それは必然か、
ちなみに結論を言ってしまうと、この世界は何らかのネットワークであり、
先日超球面さんも言っていましたけど、
ノードとエッジとではエッジが本体、即ち理屈の上では唯我論は無い、
もちろんこれは仮説にすぎないものですけど、
しかし個人的ながらイケてる印象があります。
数行の説明では頓珍漢だとは思いますけど、
何なら不明な点についてはご説明させていただきたい気持ちはあるつもりです。
今までも折に触れて述べてきたことではありますけど
反復することはもちろん意義のあることです。

582 :でこすけ:2023/01/11(水) 07:57:56.89 0.net
>>581
>ノードとエッジとではエッジが本体
私としては、それこそそう考えるしかない気がしています。
しかし実際に世界がそういうものであるか否かは別のことだ
という気もします。
となると「何故人間は世界を理解できるのか」という問題が生じます。
どこかでさんざんやっている気もしますけど、
私としては「人間は世界を見たいように見ている」
というような方向でまとまる気がしています。

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