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意識のハードプロブレムの答え24

1 :時計:2022/12/24(土) 10:37:40.26 0.net
存在は主観的である。
客観はある種の主観である。
全ての事物は客観化可能である。
クオリアは「立ち止まり」として客観化可能である。
脳神経系を含む客体は、主観を精緻に表現したものである。
そして、他者の意識は存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側に存在する。
客観的主観を哲学的キマイラと呼ぶ。
主観、意識、クオリア、心、私……
何か一つ「そのようなこと」を示す記号が必要である。

意識のハードプロブレムの答え23
https://lavender.5ch...gi/philo/1665765420/

513 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 18:45:52.93 0.net
「絶対的真理は無い」は絶対的真理ではない
それも踏まえて「絶対的真理は無い」
これが超越した考えだから、この視点で
考えることが超越者の目線ってことかな

514 :時計 :2023/01/09(月) 18:46:23.98 0.net
>>511
502のアンカーは503へのアンカーが正しいです。

515 :時計 :2023/01/09(月) 18:48:03.14 0.net
>>513
それも踏まえて「絶対的真理は無い」というのも絶対的真理ではないですよね。
超越していますか?

516 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 18:52:15.41 0.net
>>512
相対的の反対語が絶対的ですね
真理は相対的だというだけで
真理が相対的か判断しきれていないので
絶対的じゃないですよ。

517 :時計 :2023/01/09(月) 18:55:47.01 0.net
>>516
私としては確率論を思い出します。
理想的なサイコロは、確率1/6であることが確率1みたいな。
私は絶対は無いと思いますが、それは理想的なサイコロは実在しないということです。

518 :時計 :2023/01/09(月) 18:57:02.30 0.net
で、私としては、それは超越者の目線とかではなく、リアルな感じがするんだけど。

519 :時計 :2023/01/09(月) 19:04:11.84 0.net
つまり、リアルな生活においては、無限後退は適当なところで打ち切られる。

520 :時計 :2023/01/09(月) 19:06:41.14 0.net
無限後退というのは、
Aは確率1ではない、
それは確率1ではない、
それは確率1ではない……
という無限の考えの列のことです。

521 :時計 :2023/01/09(月) 19:30:45.58 0.net
人は大体で生活していると言っていいと思う。

522 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 21:41:40.56 0.net
人の数だけある真実が渦巻く現実だから
誰かだけに都合がいい理想通りの現実の
実在は難しいですね
真理と真実はリアルに異なると思いまますね
哲学的には真理について大体では
済ませないんじゃないかな
無限後退ですか、不思議な展開・・・

523 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:16:48.54 0.net
私は私を成り立たせてるものをほとんど認識していないが、上手いことなされているからなあ

524 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:42:13.64 0.net
真理とは…一番納得できる説教のことか?…全てに振り下ろされる絶対的な鉞斧なのか?…触れれば心は晴れるか否そもそも触れたことに気が付くか?…瞑想は必要無いか…足はどちらが上だったか?…長いか短いか…できれば1時間程で読み終える程の分量で…人間中心主義の傲慢か?…

525 :考える名無しさん:2023/01/09(月) 23:54:55.29 0.net
真理の味を知らない場所を知らない姿形を知らない
しかし哲学に何か期待している

526 :時計 :2023/01/10(火) 02:09:01.03 0.net
>>522
大体は飽くまで生活の現場においてです。
哲学にはその大体さを解明する役割があるんじゃないかな。

527 :でこすけ:2023/01/10(火) 04:21:59.66 0.net
「絶対的真理は無い」は絶対的真理です。
これは矛盾しているように感じられるけれども
その感覚は普遍ではない、我々の感覚に過ぎない。
理想的なサイコロは実在する、
実在しないということは実在するということ
空即是色

ただしそれは日常を超越しちゃった人にとってであって、
日常世界にいる私たちがそんなことを言っても仕方がない。

ただ、この世界がどのようなものなのかを探究するとき、
何故超越者にとって理想的なサイコロが実在するにもかかわらず
我々にとっては存在し得ないのか、
ということも考慮しなければならないと考えます。
あるいは新しい世界モデルでは仏陀の実在を考慮しなければならない、
この世界には何故「悟り」という現象があるのかを説明できなければならない、

。。。言いたいことが伝わっている気がしないんですけど
どうでしょう

528 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 04:39:38.51 0.net
実在しない証明を逆手に取って御旗を翻したひろゆき天下こそが言論の無力な競い合いの告発だ。

529 :でこすけ:2023/01/10(火) 04:40:25.23 0.net
人間には何かを知りたいという衝動があって
昔からいろいろと探究されてきたようです。
しかし突き詰めて行くとやがてよく分からないところへ行きました。
量子とか遺伝子とか、意識のハードプロブレムもそのひとつです。
私はそこで飛躍をするんですが、
これらがよく分からないのはひとつのことに起因するのではないだろうか
つまりひとつが分かったら全部の謎が解けるようなものなのではないか、
物理学ではすべてを解明できたけれども生物学ではよく分からなかった
というのであれば、それは生物学だけの問題でしょうけど、
しかしほぼ同時にあれもこれもそれもどれもというのは
それらが関連する可能性が示唆されているように感じます。
要するに結論をいうと、問題になっているのはパラダイムなのではないか
というお話です

530 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:02:14.96 0.net
何かを知るメリットがあるとして、ある考え方に本当にそのリベニューがあると合理的に言えるか。この視点で神や色即是空やスレでやってることをシミュレーションしてみるといいよ。

531 :でこすけ:2023/01/10(火) 05:08:20.72 0.net
>>528
言論は見えざる手の前で圧倒的に無力だ
というのが私の実感です。
中世で地動説をとなえても検証さえされないままバッサリでしょう。

それでも物質は存在しない
と私は呻くしかない、
数百年経ってもあんまり進歩はしていない気がしています。
いつか見えざる手をコントロールできるようになるのでしょうか。

532 :でこすけ:2023/01/10(火) 05:17:45.48 0.net
>>530
私はそれを繰り返し繰り返しやってきたつもりです。
精神的実態がどのようにして生成されるのかさえ
何度も何度も繰り返してきたつもりです。

結論 私(でこすけ)は日本語が下手だ

533 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:24:24.12 0.net
>言論は見えざる手の前で圧倒的に無力だ

その通りだとして、それは物質的じゃないかな。例えば時代の流れを決定するキーマンがいるとする。その人の言論の力が無くても「時代は変わらないよね」というのが言論の無力の証明なんだから。もし偶然を動かす「見える手」があるなら逆だけど、その先にメリットがある。

534 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:26:46.35 0.net
私があるなら知ろうと知るまいと世界も常にあるわけだし、私が納得し満足するかどうかでしかないんじゃないの

535 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:26:57.77 0.net
>>531
それでも物質は存在しない

これね

536 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 05:35:25.58 0.net
「メリット」というのは、納得に錯誤がないか、その納得に意味があるかで、やってること側。

例えば、壺だよね。。。

537 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:01:11.86 0.net
>>533
おそれいります。
この文脈の「物質」と「メリット」の意味がよく理解できていません。

ところで「見える手(見えざる手ではない)」について漠然と空想するに
多分やりくちが巧妙なんだろうと察します。
パッとイメージしたのは利根川です。
江戸時代以前、利根川は今で言う東京湾に注いでいましたが、
これが氾濫するので流れを変えて、銚子のあたりから太平洋へ云々、
このとき川を延々掘削したのではなく
埼玉だったか栃木だったか群馬だったかのある一箇所をちょっといじると
自然に流れが変わって、つまり今のかたちになるとかならないとか、
ただ歴史の流れを変えるためにはどこをいじればいいのか
私のようなアホにわかるわけもなく、
しかし歴史を変えた前例としてあるのがコペルニクスです。
本人はそんなつもりは無かったんでしょうけど、
太陽といくつかの惑星とが天空の同じ軌道をたどるということは
それらのすべての天体が同じ平面上にあるということ、
ここから風が吹けば桶屋が儲かる式にコンピューターの発明まで来たと思えば
スゲー鼻血だなと思うわけです。

にしてもワードプロセッサーがなければ私は文章を書ける気がしない
スゲー地代だなともおもうわけdす。

538 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:13:27.57 0.net
コペルニクスのポイントは
その頃には太陽系の空間的なイメージを複数の人(主に数学者)で
共有できたということだと思います。
で、そこからさらに聞きかじった話によると
物理学者の仕事というのは砲弾の軌道計算のような
実利的なメリットがあって支援されたということがあって、
そしていよいよ話がややこしくなるわけです。

539 :でこすけ:2023/01/10(火) 06:53:57.38 0.net
私の理解では、時計さんが想定している物質は、例えば椅子とか本とかです。
しかしそれは私にとっては物質ではないというお話です。

椅子や本というのは硬かったり柔らかかったり冷たかったり温かかったり
クオリアつまり精神的なものとして現れていて
私の印象では物質そのものではありません。
私が想定している物質というのは、すなわち椅子や本が意識に現れているとき、
それらはどのような仕組みで現れるのか、
ここでたぶん一般的に想定されるのが物質です。
精神とは異なる実態としての物質が意識の外側に実在し、
そのような物質として存在している椅子や本が意識の内側に反映されている
というのが普通の考え方だろうと思います。
私が想定しているのはつまりそのようにして意識の外側に存在している
とされているもののことなのです。
そして私はそのようなものの実在については懐疑的だという展開です。

ただ、この話は今までにも度々してきました。
それでも時計さんは「物質は存在する」とその都度「反論」されます。
私としては「時計さんが言う意味ではそのとおり」を繰り返すばかりです。
あるいは時計さんからすれば、私が想定している物質も
結局は時計さんが想定しているものと同じということでしょうか、
確かに「意識の外側に存在するとされているもの」という概念自体は意識の内側ですけど、
単純素朴に「意識の外側に物質は存在しない」は時計さん的には
あるいは言わば問題自体があり得ないのでしょうか。

540 :時計 :2023/01/10(火) 07:04:13.46 0.net
>>527
実在は飽くまで蓋然的なものだと思います。
超越者というのはよくわかりませんが、神においては必然的だと思います。
空即是色に関しては、またちょっと違う解釈ですから、考えてみます。

>>539
ざっくり言って、物質が存在している感じはクオリアだと思います。
物質の存在は精神の中で完結すると考えています。
物質は確率1では存在しませんから、そういう意味では存在しませんよ。
存在していない椅子には座れない道理ですから、極めて確率1的な非1だと思います。

541 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 07:14:30.83 0.net
「歴史」を、

言論が根拠づけるものと流れの形成を根拠づけるものに分ける。「実利」"が在れば"「もの」に代入するだけ。知性の限界は真理の形成的な限界と異なり確認され、パラドックスにならない。

542 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 07:37:15.51 0.net
最終のメリットは、エポケーか諦観か、しかし其処へ向けた言論だから無力なのか、逆なのか。

時代の答えは時代に訊くしかない。。

543 :でこすけ:2023/01/10(火) 07:38:26.26 0.net
>>540
昔フジテレビが「おもしろくなければテレビじゃない」
をキャッチコピーにしていましたが、
「おもしろくなければ哲学じゃない」をヒョーボーする私としては
なるべく人目を引く単語を使うように心がけています。
ネタばらしをしてしまうと、超越者も色即是空も虚構です。
そもそもそんなものは無いんですから考える必要もありません。
ただそこで私が考慮しておきたいのは、毎度おなじみの胡蝶の夢です。
超越が虚構ならば日常も虚構なのではないかという視点です。
どっちがどっちだかわからなくなるのは病気かもしれませんけれども。

>物質の存在は精神の中で完結すると考えています
まったく同意なんですけど、なんで喧嘩になるのかよくわかりましえん。

544 :時計 :2023/01/10(火) 08:46:12.80 0.net
>>543
胡蝶の夢ってそんな話でしたっけ?:)

545 :時計 :2023/01/10(火) 08:48:29.68 0.net
>>543
>なんで喧嘩になるのか
絶対相対論争のことだと思いますが、相対主義は虚言のように思われやすいからかな。

546 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 08:56:31.73 0.net
絶対的真理を手に入れるためには絶対的な土台が必要という
なんか虎を屏風から出すみたいな

547 :75:2023/01/10(火) 09:19:20.41 0.net
どの思想も、自他の批評と同意が無いならば真理ではない。真理か否かは自他の批評と同意の有無で決まるのである。

それが真理の本質である。何故なら、真理かどうかを批判して試す行為は、個々人が「真理」の意味を予め理解していなければ出来ないからだ。

「真理か否かは自他の批評と同意の有無で決まる」というこの論も、直ちに個々人において試されるだろう。

つまり、「真理」の本質的な意味は、個々人がその言葉を真理探求の営為においてどのように使用しているか、ということから形成される。

自らの営為を省みることで、そのような本質的な意味が真理探求の営為を形成していたことを自覚できるだろう。

548 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 09:41:22.22 0.net
なにげに「おもしろさ」は重要。

549 :anonymouse :2023/01/10(火) 09:54:48.57 0.net
相対主義が絶対というのと、
絶対性から出発して相対性に至る、という
二つの向きがある

550 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:13:31.78 0.net
|x|=1は鏡開きみたいなもん
|x|=1の解は-1と1があるけど、
この方程式が主張する、原点からの距離が1であるというのは、(絶対性と名前を冠しているように)絶対
開かれた世界は、本のページをぴったりと閉じ合わせるように閉じられる/綴じられる

551 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:18:03.15 0.net
きっと開かれた世界というのは不可逆だろうな

552 :でこすけ:2023/01/10(火) 10:19:00.00 0.net
>>545
喧嘩なんかしてましたっけ?

>>544
たとえば夢の中で、赤が緑だったということを確信したとしましょう。
「そうだ、赤いということは緑だったっていうことだ!」
夢の中では支離滅裂なリアリティがあります。
実際目が覚めて「あれは何だったんだ」てなるわけです。
誰にでも似たようなことはあるはずです。
ただ、ここで老子だったら考えるだろうと思うのです。
「あっちが夢(偽)でこっちが夢でない(真)の究極の根拠はなんだろう」
あるいはデカルトが疑ったかどうかは知りませんけど、
「我思う故に我ありと確信するその確信は疑えるのではないか」
理性は狂気かもしれないというお話です。

553 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:21:21.16 0.net
距離というのは面白い概念
数学で距離、ノルムというとさまざまな定義があって、
|x|とか√(x^2+y^2)とかある
現実の距離、物理的な距離と絶対性というのはなんらかの方法で置き換えられるんかね
ひでぶ

554 :anonymouse :2023/01/10(火) 10:22:36.39 0.net
>>552
疑ったら明後日の方向に飛んでいくので、
結局のところ疑えないという帰結になります

555 :でこすけ:2023/01/10(火) 11:25:04.75 ID:0.net
>>554
私はそこは保留しかないと思います。
わからないものはわからないとするのが私なりの知的謙虚です。

しかしそんなことを言ったらそれで終わってしまいます。
そこで私は仮定します。
我思う故に我あり
1+1=2
他者にも意識はある、
等々
そのように仮定する根拠は主にふたつ
直観と、じつは直観のバリエーションかもしれませんが、他者との共有です。
仮定された他者との共通理解とは、つまり共同幻想です。
浮世は夢かうたかたか というやつです。

556 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 11:46:31.66 0.net
本質的に、空虚仮想の究極の境地で保留するその視点に立ってみれば
意識はそれを現象させてる硬いシステムなだけで、解明するべき
意識のハードプロブレムは存在しないことにはできるけど
それって意識して得られる現象的意識の情報がないからなんだよなあ

557 :時計 :2023/01/10(火) 12:37:25.22 0.net
>>552
喧嘩というか論争ですね。

558 :時計 :2023/01/10(火) 12:38:39.56 0.net
>>552
超越者は出てきませんよね……

559 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 13:09:27.80 0.net
>>551
我々の心象世界は不可逆的に何れ閉じる世界だけど
開いている量子系が閉じることはあるんだろうか?

560 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 13:17:14.76 0.net
↑の量子系はいわゆる量子論の量子系じゃなくて量子エネルギー的な意味です

561 :時計 :2023/01/10(火) 14:31:05.83 0.net
>>552
デカルトに関して言えば、我思うということは疑い得ないと言っていますね。

562 :時計 :2023/01/10(火) 15:34:11.50 0.net
>>561
我思う故に我ありって、乱暴に書いてしまうと、
我∧思う→我
みたいな感じで、トートロジーにも見えますね。

563 :時計 :2023/01/10(火) 15:36:58.69 0.net
>>562
我ありそして我思う、の方が自然なような。
多分、このようなことは再三言われてきたと思いますが。

564 :時計 :2023/01/10(火) 16:05:06.39 0.net
>>563 追記
ただ、これだと面白くないですね。:)

565 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:28:16.58 0.net
「我は形而上の存在で形而下の実在ではない」
の意を込めたのではないかな
我を有するのは我思うが故である
我思う故に我有り
自然だ。

566 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:35:33.22 0.net
私の感覚では

思う故にある

がいいと思うな

567 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 16:58:48.89 0.net
「思う故にある」の「ある」が我の肉体と心の両方含まれてしまって
我思う故に我ありで表現できる「思いこそ真」を強調したい所が
わからなくなくなるから、やはり我思う故に我ありがいい。

568 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 17:20:12.22 0.net
>>566
と思えません?

569 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 17:39:48.60 0.net
そのように強調したいという事ならそう思う

570 :anonymouse ◆Iow/mouse. :2023/01/10(火) 18:38:54.04 ID:0.net
>>559
閉じた粒子系というのを実現するのが難しいな

571 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 21:17:41.54 0.net
>>555

>1+1=2
>他者にも意識はある

それらの根拠としては直接的には困難だけど間接的にはこう説明できるかな。
「それらが成立しない現実世界は想像できない」
だから、世界について語るなら、それらを前提にするのが必然的になる。

それは(人間の)意識の外部の存在(物質とは限らない)や真理においても
同じことが言えると思う。

572 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 21:54:25.54 ID:0.net
私には他者の意識は存在しないけどなあ。:)

573 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:06:05.05 ID:0.net
>>572
他者の意識の存在=虚構は、子供の頃の道徳的教育によるものだと思うのです。
ひとのことは思いやりましょうとか。

574 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:08:49.21 ID:0.net
>>572 さらに追記
他者の意識と呼ばれるものは主体の意識の内側に存在する。
私はそう考えますが、それは心のモデルと呼んでもいいと思います。

575 :時計 ◆1z400PXZnw :2023/01/10(火) 22:23:24.38 ID:0.net
10か100かわかりませんが、人は心のモデルを持って他者を理解するのだと思います。
初対面の人間は何を考えているかわかりません。人見知りをする人もいます。
それは心のモデルがないからだと思います。
そういう時は標準的な心のモデルが働くんじゃないかなと思います。
挨拶は常識のあることのサインだと思います。

576 :考える名無しさん:2023/01/10(火) 22:53:35.59 0.net
>>572
時計さんのいうその他者の意識は
精緻にはその他者の主観が意識
しているだろうクオリアや思考内容で
そういう意味で他者の意識は存在
しないという認識か、それとも

意識を失っていた他人が意識を
取り戻したとか、意識レベル、
感覚の度合いを示すところの
他者の意識も他者の主観に
現れていないという意味の認識を
言っているのか

「私には他者の意識は存在しない」
では情報がないので、他人にわかる
ような表現にしないと、主観を精緻
に表現しているとは言い難いかと
正確に伝わる文に改めてはいかがかと。

577 :時計 :2023/01/10(火) 23:02:30.48 0.net
>>576
他者の意識は存在しないというのはそのままだと思うけどな。

578 :時計 :2023/01/10(火) 23:09:15.33 0.net
>>576さんは思いやりに溢れているのでしょう。

579 :時計 :2023/01/10(火) 23:12:17.23 0.net
572から575を要約すると、他者の意識は存在しない、あるのは心のモデル、ということです。

580 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 02:06:08.20 0.net
他者の心が理解できない故に他者の意識はない

581 :でこすけ:2023/01/11(水) 07:49:04.25 0.net
>>571
今一度整理をさせていただきますと、
私は物心二元論や唯物論では世界を説明できないのではないかと考えていて、
それに変わる新しい世界モデルを提起したいという野心をもっています。
たとえば意識のハードプロブレムを説明できる世界モデルです。
しかしたとえば他者の意識の実在を完全に証明することはできない、
つまり新しい世界モデルなるものも不完全であることを避けられない
ということが既にあるという状況です。
ただ、私としてはそのこと自体は本質的な問題だとは考えません。
ある仮説を立てて、それがそこそこ使えればそれでいい、
使えない事態に直面したら、それに固執せずに、改善すればよい、
ようするに私が提起したい世界観は、真理ではなく解釈だということです。

むしろ私にとって「他者の意識の実在は証明できない」は
この世界を解釈する上で説明するべき案件です。
この世界は何故そのような構造なのか、それは必然か、
ちなみに結論を言ってしまうと、この世界は何らかのネットワークであり、
先日超球面さんも言っていましたけど、
ノードとエッジとではエッジが本体、即ち理屈の上では唯我論は無い、
もちろんこれは仮説にすぎないものですけど、
しかし個人的ながらイケてる印象があります。
数行の説明では頓珍漢だとは思いますけど、
何なら不明な点についてはご説明させていただきたい気持ちはあるつもりです。
今までも折に触れて述べてきたことではありますけど
反復することはもちろん意義のあることです。

582 :でこすけ:2023/01/11(水) 07:57:56.89 0.net
>>581
>ノードとエッジとではエッジが本体
私としては、それこそそう考えるしかない気がしています。
しかし実際に世界がそういうものであるか否かは別のことだ
という気もします。
となると「何故人間は世界を理解できるのか」という問題が生じます。
どこかでさんざんやっている気もしますけど、
私としては「人間は世界を見たいように見ている」
というような方向でまとまる気がしています。

583 :時計 :2023/01/11(水) 08:25:49.61 0.net
私も唯我論は無いと思います。:)

584 :でこすけ:2023/01/11(水) 10:27:02.30 0.net
>>472
>結論を出すのは僕じゃない
私は私でいろいろ考えますけど しかし私の結論が正しいか否かを判断するのは私ではないという意味です。 私には私が知る限りの範囲でしか整合させることはできません。 私が見落としていることにお気づきになりましたら 是非ご指摘いただきたいのです。

585 :時計 :2023/01/11(水) 10:43:58.21 0.net
>>582
>人間は世界を見たいように見ている
プラトンの洞窟の比喩と似ている。ただ、でこすけさんの方は身も蓋もない。

586 :でこすけ:2023/01/11(水) 11:06:13.30 0.net
せっかくなので、私が考えた「真理」についてもまとめさせていただきます。
ただし甚だ抽象的なことになりそうです。

私はこの世界の一部として存在している、
このことを私は「お釈迦様の掌の中」と表現しました。
その中を飛び回っていると、何やら隠された真理がある気がします。
そして実際に、その中で成立している何かがあるでしょう、
たとえば大大統一理論はいつか完成する気がします。
しかし、ただしこちら側からの眺めながら、
掌の外にはそのようなものがある気がしない、
それはたとえば宇宙は大大統一理論に基づいて成立したわけではない、
運動の三法則であれ光速度不変の法則であれ
宇宙の生成はそのような法則を成立させるために調整されたわけではない、
人間はそのようなものを見出そうとするけれども、
そして見つかるだろうけれども、
本来世界の生成には何の道理も因果もない、
ただその中にいて、そしてそのようにしてある私たちには、
何かがあるような気がしてならない、
しかしそれは錯覚だろうというのが私の印象です。
意識は意味(統一原理)として成立しているから
何かにつけて意味を見出そうとする、
しかし意味は予めあったものではないないと私は考えます。
私たちは真理があると感じるようにできているということです。

なお「精神的実態はどのようにして生成されるのか」
これについても本来の道理はないだろういうのが私の結論です。

587 :75:2023/01/11(水) 11:10:20.12 0.net
唯心論も唯物論も、その対立においては、他方を真理ではないとするが、心的なものを突き詰めて考えると、物的なものと明確な区別を見つけることは出来ない。

その点で、唯物論と唯心論は二つに区別されつつも一体的なものであり、一体的であると自覚するその意識においては、両論は他方に対して他方の真理である。

そうした唯心論と唯物論の相互性により作り出される意識は、その間に区別を作り出していたことを反省する意識である。

その意識が反省的に形成されると、意識は心と物における相互性を(その時点においては)同意せざるを得ない。

そうして「作り出すもの」と「作り出されるもの」は相互的だと明らかになる。この三者は等しく、一体的であり、三者の同意が真理が「社会的真理」であることを示すだろう。

588 :でこすけ:2023/01/11(水) 11:19:34.15 0.net
人間には特別なものに印をつける傾向があります。
たとえば正方形とか平行四辺形とか台形とか、
しかしそのことに本質的な意味はあるのだろうか、
宇宙には正方形を実現するために四角形があるのだろうか、

運動の三法則は等速直線運動を特別なものとしてあつかっています。
ひょっとすると完璧な等速直線運動はこの宇宙にないかもしれない
少なくとも身の回りには無いのが等速直線運動です。
光速度不変の法則は真空中の速度を特別視しています。
自然法則とされているものは甚だ人間目線だというお話です。

589 :でこすけ:2023/01/11(水) 11:39:56.80 0.net
「真理」というのは「その場の雰囲気」みたいな仕組みのもの
のような気がしています。
たとえばみんなで居酒屋に行って唐揚げの大盛りを注文したとしましょう。
すると得てして最後の一個には誰も手をつけません、
暗黙のうちに譲り合いが始まるのです。
みんなで申し合わせたわけでもなく、つまり「その場の雰囲気」です。
「その場の雰囲気」はひとりでは成立しませんし、
ひとりくらいなら欠けても成立するだろうけれども、
ある程度の人数が集まらないと成立しない気もします。

誰もいないところには真理も無い

その場の雰囲気は人間の行動いわゆる物質的運動を規制します。
私はそのようなものを十把一絡げに「見えざる手」と表現していますが、
世界秩序は自立分散型で成立しているということになるかと思います。

590 :時計 :2023/01/11(水) 12:05:36.33 0.net
>>589
やはりでこすけんには裏表を感じる。

591 :時計 :2023/01/11(水) 12:07:41.15 0.net
真理は多数決では決まらない。

592 :時計 :2023/01/11(水) 12:18:48.99 0.net
勿論、雰囲気でも決まらない。:)

593 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 12:26:30.22 0.net
>>586
> 私はこの世界の一部として存在している、
> このことを私は「お釈迦様の掌の中」と表現しました。

お釈迦様=仮想 掌の中=世界ということでしょう仮想していると、何やら仮想以外に本当の世界ある気がすると。

> そして実際に、その中で成立している何かがあるでしょう

まず、代々統一理論の前に仮想を成立させる現実があります

> しかし、ただしこちら側からの眺めながら、
> 掌の外にはそのようなものがある気がしない

お釈迦様の掌の中は仮想世界だから、ある気がしないではなくてないですね、お釈迦様の掌の世界=あなたの感じる世界なので
その中では外という感じも中という感じも中のストーリー。

> それはたとえば宇宙は大大統一理論に基づいて成立したわけではない、

確かに。

> 運動の三法則であれ光速度不変の法則であれ
> 宇宙の生成はそのような法則を成立させるために調整されたわけではない、
> 人間はそのようなものを見出そうとするけれども、
> そして見つかるだろうけれども、
> 本来世界の生成には何の道理も因果もない、

まとめ一行目を思い出しましょう、本来あなたは世界の一部でした、本来世界の生成の因果の過程に
あなたが生成され地球に誕生したあなたが現実にお釈迦様の掌の中という仮想世界のストーリーを意識した
世界観は本来世界の道理も因果もなしには決して成立しない。
つづく

594 :時計 :2023/01/11(水) 12:30:11.51 0.net
私は独りだ。

595 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 12:30:31.31 0.net
つづき
> ただその中にいて、そしてそのようにしてある私たちには、
> 何かがあるような気がしてならない、
> しかしそれは錯覚だろうというのが私の印象です。

意識の中にある仮想世界に何か本質があるような気がしてならないとしてもそれは印象にすぎなかった。
なぜなら現実から乖離した精神世界が解釈した強烈な錯覚だから。

> 意識は意味(統一原理)として成立しているから
> 何かにつけて意味を見出そうとする、
> しかし意味は予めあったものではないないと私は考えます。
> 私たちは真理があると感じるようにできているということです。

つまり私達が誕生する前から予めあった宇宙、地球上の自然のありとあらゆる物質から五官を通して道理を遡り
主観的、客観的に吟味できる意味に真理が存在する原理は、私たちが現実に世界を形作っている一部であり一味である以上
吟味できる可能性が開花するピースは予め真理に存在していた為ということです。

> なお「精神的実態はどのようにして生成されるのか」
> これについても本来の道理はないだろういうのが私の結論です。

私の見立てによれば、その結論は解釈によって本来の道理を逸脱した結果、見えざる手(錯覚)が招いた結論になってしまう。

596 :時計 :2023/01/11(水) 12:32:21.17 0.net
私はそこから哲学を始める。

597 :anonymouse :2023/01/11(水) 12:51:09.74 0.net
>>581
他者の意識の存在を証明できないからといって
他者の意識を仮定したモデルが成り立たないわけではない
モデルというのはそもそも仮定されたものなのだから、
あなたは採用する論法を間違えている

>>586
例えば雨粒は写真で切り取ると空から順番に落ちてくる
あなたの言っていることはその順番をばらばらにして、
順序などはなから存在しないと言っているようなもの
確かにそのような世界は想定されるが、
その想定された世界は意味を持たない

598 :anonymouse :2023/01/11(水) 12:54:11.85 0.net
等速直線運動を理解しなければ、
電車やバスの運動も記述できない
理解というのは、dF(t)/dt=v(t)という方程式のこと

599 :anonymouse :2023/01/11(水) 12:59:26.67 0.net
× dF(t)/dt=v(t)
◯F(t)=mdv(t)/dt

600 :anonymouse :2023/01/11(水) 13:07:32.04 0.net
dF(t)/dt=v(t)という式が意味を持たないように
(力の変化分が速度だと主張した式であると取れるが)
法則が成り立つからこそ意味がある

601 :anonymouse ◆Iow/mouse. :2023/01/11(水) 13:38:32.93 ID:0.net
筋肉は筋肉の否定によって更なる筋肉となる
この世界は筋肉なんだよ

602 :でこすけ:2023/01/11(水) 16:17:19.96 ID:0.net
>>589
展開に無理があったかな

この世界にはこの世界を成り立たせている構造があるように見えます。
例えば富士山は誰がいつ見ても富士山で
私に言わせるとそれは仮想現実でありながら
しかし共同幻想でもある、
つまり共同幻想を成立させる仕組みがある気がする。
ただしその共同幻想を成立させている仕組みというのは
いわゆる「真理(絶対に間違いがないこと)」というニュアンスとは
ちょっと違うということです。
その構造は我々が現れる前からあったのではなく
我々が(暗黙レベルで)作っているという印象です。
世界は何も無いところから始まりましたが
何も無いところには自然法則も無い気が私にはするためです。

ところですべての素数は6の倍数の前か後ろかにあるそうです。
賢い人が方程式をつくったらしいですけど
何か本質的な意味はあるのでしょうか。
それとも法則性は探せば見つかるというだけのことでしょうか。

603 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 16:40:23.88 0.net
>>579
心のモデルがそのまま意識だとすると

「他者の意識は存在しない」そのままで

他者にあるのは意識(心のモデル)ですと
他者の意識(心のモデル)は存在しない

両方の意味で、意識に対する時計さんの
認識を普通に忖度できるもの?なのか・・・

「他者にも意識は存在するが他者の
意識は存在しない」
ならすぐに解るんだけど。

604 :でこすけ:2023/01/11(水) 16:41:09.82 0.net
>>593
>世界観は本来世界の道理も因果もなしには決して成立しない
私の印象にすぎないことかもしれませんけど、
私たちは(私も含めて)そう感じるように出来ているということです。
しかしそう感じるからそれが正しいという保証はありません。
むしろ私には、素粒子が観測者から離れて存在することができない
とされているように、
道理や因果や法則などは意識とは無関係に成立しない気がします。
ただしアインシュタイン先生などは無条件に認めてくれないだろうなあ
多くの人は聞く耳さえ持ってくれないだろうなあ
という印象はあります。

知能は自然を理解するために発達したわけではないと思います。
私たちには自然を理解しなければならない使命があるわけでもないはずです。
世界には人間が発見するために謎が隠されているわけでもありません。
むしろ謎は人間が勝手に言い出しているだけのものでしょう。
哲学という営みは一般的な自然現象のひとつに過ぎない
というのが私の印象です。

605 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 16:59:02.29 0.net
>>597
>他者の意識を仮定したモデルが成り立たないわけではない
>その想定された世界は意味を持たない
私はそういうことを言っているつもりなんですけど
上手く伝わらなかったということでしょうか、精進いたします。

>>601
失われたものを回復しようという作用(当能性)は
私も鍵だと考えます。
ただ、この世界を理解するためには、もうひとつ鍵が必要な気がしています。
それはたとえば受精卵を成体に成長させるための基本的な作用です。

606 :でこすけ:2023/01/11(水) 17:05:03.17 0.net
>>605はでこすけです。

>>590
裏表かどうかはわかりませんけど、目下絶賛大混乱中です。
私は真理は幻想だと思っていた、
しかし先日真理はあるとか言っちゃった気がする。
もはや滅茶苦茶ですね

607 :anonymouse :2023/01/11(水) 17:20:14.88 0.net
>>602
6以下の素数は2と3と5しかなくて、
6±3は3の倍数なので素数ではない、
6±2は2の倍数なので素数ではない、
素数があるとしたら6±1で、少なくとも3と5の倍数でないとき、
だから自明のことでは、

608 :anonymouse :2023/01/11(水) 17:21:41.61 0.net
法則があるから意味があるというのはどうなんだろう
法則のないものに意味は見出せないとかいうけど、
因果律に従わないであろう存在には意味を見出している
意味と規則の関係がよくわからない

609 :でこすけ:2023/01/11(水) 17:26:59.06 0.net
>>604
このレスの後段はanonymouseさんに宛てようと思っていたんですけど
何故かここにくっつきました。

ところで>>597の「想定された世界は(現実の中では)意味をもたない」
それはそういうことなんですけど、
しかしそういうものを想定できるということは
世界を解明する上ではスルーできない
と私は思うのです。
私としては、この話は霊感とか第六感とか、
あるいは阿頼耶識とかナントカ識に通じる話のつもりです。
世界を解明することに本質的な意味は無いと言った舌の根も乾かぬうちに
恐縮です。

610 :anonymouse :2023/01/11(水) 17:30:26.89 0.net
雨粒の例えは、一つの雨粒に着目している
連続で落ちてくる雨粒をコマ送りで見ると、上から順番に落ちてくる
なぜこの順番、上から連続して落ちてくるのかと問いを立てて、
そのように見ているからだ(順番に写真を並べているからだ)、
本当なら5番目1番目3番目のようにばらばらであってもよいのだ、
と考えることもできなくはない、しかしそのような世界には意味がない
そのように見ているこの世界こそが意味があるのだ、とも言えるわけ
しかしながら、一つの雨粒ではなく、ぼんやりと外を眺めていると、雨粒はばらばらに落ちてくる
一つの雨粒は連続しているが、全体としてばらばらだ
そこに何か意味を見出そうとする私がいるね

611 :考える名無しさん:2023/01/11(水) 17:37:04.28 0.net
>>604
そう感じるように出来ていて良かったです。

> しかしそう感じるからそれが正しいという保証はありません。

人間は誰しも論理を覆せない限り、否定することができません。
つまり不正であることが論証されないという保証があるので
そう感じるからそれが正しいという保証がないと感じているに
すぎないので、問題ありません。

612 :でこすけ:2023/01/11(水) 17:37:26.31 0.net
>>607
私の説明が下手くそだったようです。
5,7,11,13,17,19,23,31,37,41,43,…
これらは6の倍数の前か後ろかに隣接しているということです。
ただし「知られている限りの」という但し書きがついていました。
しかしまさに2と3はどうしてくれると思うところです。

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