「はじめに」Excesが「あった」
- 1 :考える名無しさん:2024/03/28(木) 17:00:05.61 0.net
- はじめに「Exces」があったという説です。
実はそんなものがはじめにあったわけではないという説もあります。
以下引用
はじめにEXCESがあった。
この命題はすでにミスリーディングである。はじめにXがあったと言うとき、Xは何らかの実体としてイメージされるだろう。EXCESとは、しかし、そのような確実な原点なのではなく、むしろ、デリダのいう差延化(differance)の如きもの、従って、「EXCESがあった(あった、の部分に✕印)」という形でしかとらええぬものなのである。端的に言って、EXCESとはズレである。何からのズレか?生きた自然の織りなす有機体的秩序からの、である。』
- 2 :考える名無しさん:2024/03/28(木) 17:02:29.46 0.net
- ワイーニャ(30)「おでけけ♪おでけけ♪ランララン♪」←どこ連れてってあげたい?
https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1686268412/
0024 ◆r6q7NbM4RQ 2023/06/09(金) 09:14:38.64 ID:hD2a9WPDd
正解はトリップ
0026 ◆r6q7NbM4RQ 2023/06/09(金) 09:16:12.01 ID:hD2a9WPDd
おいやれやアキネイタークイズ
- 3 :考える名無しさん:2024/03/28(木) 17:04:37.36 0.net
- Excesとはどのような概念か。「過剰」という言葉に訳されている。
過剰の質量が膨大化していく中で、「冷たい社会」は広がっていく。
そして「熱い社会」が過剰化を左遷しながら発展していく。
- 4 :考える名無しさん:2024/04/09(火) 09:22:57.27 0.net
- はじめに言葉があった、とは具体的に言えますか
- 5 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:29:04.03 0.net
- エクセ、(Exces)がもはや過剰であるから、余剰を削ぎ落とすことになるだろう。
そのとき象徴秩序はどのような機能を発揮すれば良いだろうか。
エクセはつまるところ余分でもある、そういう意味で、余り(あまり)、だ。
- 6 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:32:38.86 0.net
- 違ふよ。それは「あふ/ぶ(溢)れ」だ。
- 7 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:33:59.82 0.net
- 「あふ(溢)れる側」が「うち(内)」として、「あぶ(溢)れた側」が「そと(外)」として現れる。
- 8 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:35:35.98 0.net
- 「あった」のは、つねにすでに「あぶ(溢)れた側」、つまり、「そと(外)」としてである。
- 9 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:36:58.01 0.net
- こういうことにきちんと感性が働くかどうかに、哲学ができるかどうかの分かれ目がある。
- 10 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:38:44.45 0.net
- "ex"の「ク」が「区切り」となる。
- 11 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:40:07.65 0.net
- だから、「区切り」の「区」にもきちんと「メ」が入っているだろう。
- 12 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 09:43:45.73 0.net
- 哲学をする者は、何も考へていないように見えるときでも、そういうことに感性を働かせて、どうすればそれをうまく言語化できるのかに思ひを巡らせているのだ。
- 13 :考える名無しさん:2024/04/24(水) 10:14:43.30 0.net
- 何が違うのでしょうか、短文ばかり連投したのは
慈悲深い私だから許しましょう、IQが世界一高いと言われる私ですから哲学できないなんていわないでね できないなんて言わないでね
- 14 :考える名無しさん:2024/05/01(水) 11:42:07.10 0.net
- age
- 15 :考える名無しさん:2024/05/03(金) 10:36:13.00 0.net
- age
- 16 :考える名無しさん:2024/05/23(木) 16:37:14.42 ID:0.net
- あげ
- 17 :考える名無しさん:2024/06/05(水) 13:11:38.27 0.net
- 浅田彰氏、ありがとうございます。
象徴秩序はカオスを孕んでも軌道修正するでしょうか。
- 18 :考える名無しさん:2024/06/12(水) 13:06:39.25 0.net
- 〔意味=方向〕(サンス)の過剰は、恣意性のカオスとして現れる。
そうしたカオスを孕んだ象徴秩序は、近代社会で起きた、踏み絵が挙げられる。
踏み絵によるキリスト教者への弾圧は、カオスの中で起きたことにほかならない。
浅田彰はかろやかに文章を綴る。
- 19 :考える名無しさん:2024/06/12(水) 14:07:57.16 0.net
- ソーカル以後は象徴ってタームは殆ど使われなくなってるんよな
- 20 :考える名無しさん:2024/06/13(木) 12:59:53.44 0.net
- >>18
恣意性のカオスを象徴秩序は回収しきれない、という説もあるだろう。
踏み絵が起きていても、国力をもってして何とか踏み絵のカオスを回収する手はある。
踏み絵というのは、キリスト教で尊重している存在の絵を踏ませるという出来事。
- 21 :考える名無しさん:2024/06/13(木) 13:14:16.17 0.net
- まあ俺はスペルベルとかマイナーな古典も抑えてるけどな
浅田彰みたいなイロモノしか話題ないんか
- 22 :考える名無しさん:2024/06/14(金) 07:40:17.86 0.net
- 哲学自体がイロモノ
5 KB
新着レスの表示
掲示板に戻る
全部
前100
次100
最新50
read.cgi ver.24052200