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東欧の歴史

75 :世界@名無史さん:2018/05/01(火) 00:29:32.43 ID:X1OqwUq9t
ポーランドのEUに対する挑戦(defiance)のルーツ<を探りたい。>・・・
ポーランドは、その司法制度を全面改修し、要するに諸裁判所を与党の統制下に置くという、
議論の分かれる諸措置を推進することで、EU圏(block)の一部であることが何を意味するかの
観念そのものに挑戦(challenge)した。この行動は、EUからの空前の批判(censure)を呼んだ。・・・
<但し、>ポーランドはハンガリーとは違う。・・・
ポーランドのEUとの紛争は、もっと複雑で、ポーランド独特の出来事なのだ。

この危機のルーツは1989年にある。この年、この国は何十年にもわたる、厳しく、しばしば
犠牲者を伴った闘争の後、東欧圏で最初に部分的に自由な諸選挙を実施した。
その後、憲法を制定するまで、更に8年を要した。・・・
政府が強くなり過ぎて、かつての時代に戻りかねないという大いなる恐怖があり・・・
<制定された>憲法の前文にすらその旨記されている<ことが示すように、当時は>
・・・人権が蹂躙された時代の記憶があったのだ。

その諸条文中、重要なことは、諸裁判所と政治家達との間に明確な諸権力の分離が明記
されていることだ。しかし、この憲法が施行された1997年、・・・現在の与党である法と正義
<の党>の前身の党を含む、右翼の諸党の姿はなかった(represented)。・・・
彼らは、この憲法に正統性を付与することを拒否したのだ。・・・
<彼らに言わせると、>1990年代に、ポーランドの人々に対して諸罪を犯した犯罪者達
<たる共産主義者達>・・・「赤い蜘蛛達」・・・の多くが司直の手を逃れたのだ。

赤い蜘蛛達はより多くの赤い蜘蛛達を増殖させるのであり、最高裁の80数名の裁判官達
のうちの2名だけしか、ソ連時代にまで遡る<共産主義者達との>諸繋がりはないけれど
彼らの影響は依然感じられる、と・・・いうのだ。いや、もっと邪悪な力が働いている
<との声もある。>

法と正義が2005年から2007年にかけて、短期間、権力を掌握した時、その指導者の
カチンスキ(Kaczynski)氏は、自身、諸裁判所によって、あらゆる試み(turn)を台無しに
された(stymied)、と思ったのだ。
https://www.nytimes.com/2017/12/25/world/europe/poland-eu-judicial-laws.html

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