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欠史八代とは何だったのか? 其2

1 :日本@名無史さん:2019/03/06(水) 00:39:29.03 .net
議論の続きをどうぞ

前スレ
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1547384861/

949 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 01:28:57.58 .net
>>933
キムさんの論文ねw
さすがキナイコシくんは朝鮮人だけあって朝鮮人が大好きだな

950 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 01:31:23.35 .net
>>936
>伊都チョンが直リンクを張っても、見えない、検索しても出ないって言ってた異常なやり取りは
>今でも過去スレで検索可能なので見てみるとイイwwww

いや>>854で引用してやったとおり君が大恥をかいただけだよキナイコシくんw
君の場合は「ヒボコは辰韓のヒボコと呼ばれているんだ検索してみろー → キナイコシくんしか言ってませんでした」
だから恥なんだということも分からないのか
自分が何を嘲笑されているのかも理解できないとは愚かの極みだな

951 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 01:32:16.99 .net
>>937
君が大恥をかいているだけなのにどうして俺が謝ると思うんだw


君の場合は「ヒボコは辰韓のヒボコと呼ばれているんだ検索してみろー → キナイコシくんしか言ってませんでした」
だから恥なんだということも分からないのか
自分が何を嘲笑されているのかも理解できないとは愚かの極みだな

952 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 01:41:37.79 .net
>>938
>また捏造?律令時代の話まですべてを一括でまとめた図じゃん
そうやって君は一つ一つの情報をバラバラにしか把握できてないからいつも俺に負けるんだぜキナイコシくん
卑弥呼の3世紀以前に安曇は既に近江まで来てると教えてやっただろう
つまりその図の近畿エリアまでは台与=神功より前にもう包囲網ができてるんだよ

9 :日本@名無史さん :2022/01/27(木) 23:21:46.26
220 :日本@名無史さん :2020/10/01(木) 00:05:02.26
>>302
事実を述べられるのがよほど都合が悪いようだねキナイコシ君w

まあそれはそうだろう
3世紀までには安曇は既に近江まで進出して畿内を包囲しつつあったのだから
その安曇が卑弥呼の腹心である伊都国の民ならば畿内説は絶望だもんな
でも君の都合で歴史の真実を曲げることはできないんだよ
諦めて現実と向き合いなさい

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B8%82
> 高島市(たかしまし)は、滋賀県の西部、琵琶湖北西に位置する市。市の面積は県下一である。
>
> 古代の弥生時代の3世紀以前に古代日本を代表する有力氏族である安曇族が定着した。
> 高島の一級河川の安曇川の名称は安曇族に由来する。県名の滋賀県も安曇族に由来すると言われている。(滋賀郡の郡名の由来を参照)

弥生時代の海
http://www.gondo.com/gyarari/photo/kokunaiiseki/pic/doigahama/a2.jpg
瀬戸内海は北部九州を本拠地とする海人族の支配下だ
ここからももう奈良盆地の外は安曇に包囲されていることがはっきり分かる

>画像にKAWAKATUって出たままだぞ?www
借り物の画像なんだから当たり前だろう
隠す必要などないしな
上記の通り近江など近畿エリアまではもう安曇が制圧していることが分かっているのだから

953 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 01:47:44.56 .net
>>944で引用したキナイコシくんが引用したサイトの記事は磯良がタケミカヅチと同一神という八幡愚童訓などの内容にピタリとハマった
珍しくキナイコシくんが役に立った例である
彼にとっては自爆だったがw


487 :日本@名無史さん :2020/12/18(金) 03:03:55.26
>>539
タケミカヅチやアメノコヤネは元々安曇磯良と同神とされている
君の根拠のない妄想とは違ってちゃんと根拠のある話

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%9B%87%E7%A3%AF%E8%89%AF
> 民間伝承では、阿曇磯良(磯武良)は豊玉毘売命の子とされており、「日子波限建」(ひこなぎさたけ)と冠されることのある鵜葺草葺不合命と同神であるとする説がある
> (磯と渚はどちらも海岸である)。また、『八幡宮御縁起』では、磯良は春日大社に祀られる天児屋根命と同神であるとしている。
>
> 『磯良ト申スハ筑前国鹿ノ島明神之御事也 常陸国鹿嶋大明神大和国春日大明神 是皆一躰分身 同躰異名以坐ス 安曇磯良ト申ス志賀海大明神
>  磯良ハ春日大社似祀奉斎 天児屋根命以同神』(愚童訓より)

954 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:04:07.31 .net
>>939
小説って言い出したのお前な(失笑)

完全検索の話どこに行ったしwwさすがクズ嘘チョンw

955 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:05:37.53 .net
>>943

>「三世紀中頃は」と書かれているのが読めないのかねキナイコシくん

はい嘘チョン地雷踏んだwww

完全検索以外の検索結果、見えちゃったんだ?wwww
馬鹿すぎwwww

956 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:08:18.63 .net
>>941
>>で?そのまま新羅のヒボコになったら渡来時期5世紀後半〜6世紀はじめになり
>相変わらず根拠が無いな

お可哀そうに。文章まで意訳できなくなっちゃったの?ww
新羅になった後にヒボコが来たら、神功皇后は何代後の人物よ

そんなことも考えられない訳?wwww

957 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:12:37.12 .net
>>942
>君が書いたブログとか全然関係ないものばかりヒットしているがw
>バカ「ヒボコの渡来は一世紀。故に辰韓のヒボコと呼ばれたキリッ → 呼ばれてませんでしたw

紀元後1世紀なら既に辰韓が成立してるからな。なんにもおかしいことはない。
出雲伝承なんて今じゃ多くの人が目に触れてHP出してるからな。ww

少なくともお前の様な妄言は書いてないだろw

しっかし、「見えちゃったんだ?」www
おかしいな、見えないニダって強弁してたが、見えちゃったんだ?完全検索でもないのに?

前野はやっぱり嘘チョンだったわけニダか?w

958 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:14:38.51 .net
>>949

>キムさんの論文ねw
>さすがキナイコシくんは朝鮮人だけあって朝鮮人が大好きだな

その朝鮮人以下の時系列の感覚しか持ってないのが嘘チョンww
おやおや「辰韓の日矛」での検索結果なのに、今回は都合よく見えちゃったんだ?どうして?www

ねぇねぇ、前回の妄言は朝鮮式嘘だったわけ?見えないニダ、検索ヒットしないニダって言ってたニダよね?www

959 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:16:42.49 .net
>>950

>君の場合は「ヒボコは辰韓のヒボコと呼ばれているんだ検索してみろー → キナイコシくんしか言ってませんでした」
>だから恥なんだということも分からないのか

いやいや、今回はそれでヒットした情報源を掲示してるので、お前が突っ込んだ段階でお前の前回の嘘が確定するのだが?ww
流石は伊都チョン

そもそもが「新羅の日矛」って言ってる程度の低能なだけはあるな。
普通に落ち着いて考えたらあり得ん話なのにwww

960 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 08:18:41.52 .net
>>950

>隠す必要などないしな
上記の通り近江など近畿エリアまではもう安曇が制圧していることが分かっているのだから

どう考えても、受け皿が中臣氏になって、安曇が浸透しているってだけの図だろ
制圧?www
包囲網?ww

961 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 09:15:41.61 .net
海がないから当然、遅れるわな。
また水害地域でもある。
ほとんど鉄鏃など武器、出土などない
宗教をもとにした復興、開拓地だよ。
それが制圧だの、方包囲網とかになるのか?
さっぱり、わからん。

962 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 12:19:21.01 .net
そもそもそんな昔から安曇が来たのなら、国造家がないはずがない

伊都チョンには時系列というものが何もないらしい
だから新羅の韓国年にも注意を払わない

963 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 12:56:12.80 .net
>>962
訂正
韓国年

建国年

964 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 12:59:29.94 .net
>>951
嘲笑ってww
で?完全検索で自分の妄言を検索してみたのか?ww
お前のいう通りでやったら出なかったよな?
その話はヒボコの話と一緒の時の話だよな?
じゃあなんで今になったら俺の辰韓のヒボコの話の引用先が急に見れる様になった訳?ww

お前本当に馬鹿だよなww

965 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 13:01:41.60 .net
>>953
おやおや、民間伝承は当てにならないのではなかったのか?ww

民間伝承よりは出雲大社上官家筆頭の富家伝承の方がよほど確度は上だよな?w

民間なんてお前みたいな嘘つきすら混じってる可能性がある訳だからそれこそ当てにならないのでは?ww

俺様の民間伝承は考古学のアホ、それが伊都チョンww

966 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 19:06:48.47 .net
>>961
>宗教をもとにした復興、開拓地だよ。

ただの田舎だろ。
元から何もないのに、何を「復興」するんだよ。

967 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 20:15:33.12 .net
紀伊は元は吉備だった気がしてきたなあ
和歌山の由来も岡山らしいし
名草には片岡という地名もあるし
天道根命や道主命が吉備の王か、吉備担当の一大卒でその子孫が紀伊に移ったのか

ヒコナギサ=孝霊天皇の名前の由来は吉備のどこかにあった名草なのかもしれない
こうなると元伊勢の名方浜宮は勿論、奈久佐浜宮も吉備にありそうだ

968 :太国 :2022/02/25(金) 20:46:59.31 .net
ヒコナギサ≠孝霊天皇

969 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 21:58:25.42 .net
なんでもかんても同一人物にするのは頭悪い。

970 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 22:32:13.88 .net
>>966
水害地
唐子鍵等だな。
古くは弥生時代前期後半
tps://www.asahi.com/articles/ASMCL3HG8MCLPOMB009.html

971 :日本@名無史さん:2022/02/25(金) 23:44:31.52 .net
>>969
否定の根拠も示さず「頭悪い。」は頭悪い。

972 :太国 :2022/02/26(土) 08:19:33.47 .net
等号はまず成立しない。
日本古代史は推理小説ではないし、エンタメではない。

クラーク・ケント=スーパーマン

だとか

ブルース・ウエイン=バットマン

なんかを真似して古代史でやってるんじゃぁ、物笑いのタネ。ww

973 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 09:54:03.26 .net
>>968

珍彦ってナギサタケ説もありませんでしたっけ?
時代的に景初の前の吉備国建国、倭国大乱期にフトニが居るので、記紀の演出としてその辺の認識の誘導があってもおかしくはない気が致しますね

ま、伊都チョンみたいにイソタケルから成務を消し飛ばして欠史を10代にするアホは論外ですが

974 :太国 :2022/02/26(土) 10:05:21.85 .net
記紀はエンタメを演じる小説と容疑者への誘導尋問での調書ではない。
10代もおかしいくこれも盲象。w

975 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 11:07:19.04 .net
東京大学、慶応大学、同志社大学。
東の東慶、西の同志社www

976 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 11:08:20.46 .net
同志社統計大学?
豊臣方風に読んでねww

977 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 12:09:11.09 .net
>>974
びっくりですよね

イソタケルと安曇磯良が同一人物なら、村雲から新羅建国の時代まで、四世紀中頃までの人物が一気に消し飛び、尾張氏、海部氏、磯城登美家、村雲から役10代が全て消し飛び、ヒボコとタジマノモリが幼年期で死んだらしない限り、絶対無理じゃないですかw
神功皇后ならナカツヒコという記紀の通りならさらに消えてしまう代が出てくる

978 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 12:13:53.69 .net
全国に安曇地積があることは疑いようのない事ですが、それなら尚更伊都は、安曇由来の土地ではない事に議論が割かれないのはおかしいと思います。
先に入った一族が居たから伊都になったと考えるべきで、神功皇后と、君が代の関係から安曇のイメージが極大化してるだけというのが実情ではないでしょうか?

たまたま神社が近くにあっただけで、金印だって安曇と結びつけるものは一切ない

極論すれば縄文土器を安曇にする様なもの

そこに居たという事はわかっても、安曇のものであったかどうかなど誰にもわからない

979 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 12:33:09.80 .net
>>970

三島(越知)の領域と思われる場所ですね。
出雲や村雲が奈良に入ったとされる年代では、太国さんの説で紀元前後
出雲伝承で、紀元前二世紀

それより前の時代に、九州から水稲を持って来れる可能性のある一族は、宇佐、越知一族くらいしか可能性のある一族は今のところ候補はない

あそこには安曇地籍もない

楠木をシンボルとするのは宇佐と越知

980 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 12:37:22.48 .net
名草一族は、紀伊に、稲作による人口増加が原因で、九州から移転する前はどこに居たのかは分かっていない。
移転の際には最初から人口の少なかった紀伊に来たと伝承され、奈良にいた可能性は少ない

しかし、楠木をシンボルとするのは、名草も同じ。
当時の九州の流行りだったのかもしれない

いずれにせよ、奈良の稲作は欠史8代が始まる前からの話になってしまうというのが実情

981 :日本@名無史さん:2022/02/26(土) 13:15:37.43 .net
>>961

昔は、政治と宗教が一体となっており、それが卑弥呼だったと考えられます。
王様が政治で、宗教が姫巫女

少なくとも、前10世紀には佐賀で今のところ国内最古の水稲遺跡があり、稲作を携えて、祖神と共に全国に散らばる下地は、欠史8代を前に既に出来上がって居たと考えられます。

その中の越知ですが、人の住めない沼地を開拓するのが得意だったらしく、平地ではあるが湿潤で人も住めないところには結構、越知、三嶋などの地盤があり、白山信仰があります。

この人の住めない沼地というのがよく考えたらミソであって、先住民と諍いが発生せず、様子見で米食ってる姿を見て、他の一族にも取り入れたくなる様子だったと妄想します。

福井だかの越知山越知神社は今でも伝承を持っており、白山の源流とも言えます。
流域には九頭竜川があり、簡単に言うと戸隠信仰は、越知の可能性が高いです。
さらに九頭竜川には八坂入彦の墓があり、今でもその地籍は東風谷だったかと。

イザナギとイザナミの喧嘩を何事か呟いて収めた様子は正に宗教のイザコザを思わせますね。

982 :太国 :2022/02/26(土) 13:44:27.94 .net
宗教のいざこざはけっこうあろう。
富岡八幡宮だったか、美人宮司さんを殺害して自殺だっけか、した容疑者が
いたっけな。
コチラの知る某人も電話で某信仰女に神さまの話をしてたら、やにわに暴言
をやられてどなり知らされ、それは極道の妻よりひどい狼藉暴言だったと
あきれていた。s会だが創価ではない。

983 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 10:03:12.69 .net
>>982
冨岡八幡宮の話は凄かったですよね

親戚、血筋同士の争い
古代の諍いそのものかもしれませんね

984 :太国 :2022/02/27(日) 10:09:24.30 .net
お可哀そうに。美人宮司さんが神社関係者に殺害された。
神社内で主導権の抗争があって、原因はそんへんみたい。

神道界で最もあってはならないのがこれ。だがそれを乗り越えて主導権への
強力な願いが利害となって抗争に発展する。神道界でも悲しいが例外では
ないみたい。他の界よりは少ないだろうが、そういう抗争があるわけ。

985 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 12:40:17.81 .net
>>984
出雲大社は、当社は千家は創建に際してほとんど出資しなかったこともあり、雇われ宮司でした。

上官家は最初は8の家系。左草上官家は最初はなかった上官家でした。途中で千家が影の上官家を作ってしまったのです
ホヒ家の千家はそこから現在の宮司の地位を獲得しますが、神魂神社の秋上氏の人を殺害したり、本来の本家である北島家を宮司職から追い出し、今の地位を築いています。

諏訪の神長官家もそうですが、常に気をつけるべきは身近な親戚、それこそが最も恐ろしい敵であるとしてきています。

それこそ狂人のフリをしたことすらあるそうです。

姉を殺害したのは弟さんでしたよね、あの事件。

986 :太国 :2022/02/27(日) 14:25:38.53 .net
聴いたことがあろうかと思いますが、中高あたりの英語の教師がいて教壇に
立って生徒さんに英語を教えるわけだが、たまたま英米あたりに一定期間居住
していて帰国しその学級の生徒さんになったから英会話も英語教科書の文は
ペラペラで教師もその生徒以上の英会話の腕には勝てないとかあって、
そうなると面子がないということか、出した通信簿では真ん中以下の成績に
してやられたことをそれがしも耳にしたことがあります。
こういうようなことが世の中日本中調べればだいぶあるんではありませんか。

コチラの行ってた高校では理化学、数学の問題で授業中教師がこれの学生が
持ってきた問題かそのへんなのか解けないところ、生徒さんの一人がみんな
の前でその問題を解いてしまったことがありましたと訊いています。
先生が解けないで生徒が解いちゃったんですよ。そういう皮肉なこと
があるんです。だから教師を志す方は必死に勉強しなけりゃあダメだと
思い知らされますね。

神道団体でも配下の信者はそこの教祖とか会長を神道界一の人物に
まつり上げたい者がおり、教祖、先生を絶対者に仕立て上げようと強力な
信念をもっててやってる者がいて、教祖、会長に歯が立たないほどの力量
を出す(とくに若い人)がいて教学等の持ってる内容が格段に飛びぬけて
上だと、そういう絶対者にさせてる配下の信者はえらく面白くないわけで
絶対性がくずれるから些細なことから怒り出すというかどなり出すの
狼藉性を放出してくるもので、これでスッタモンダのトラブルに
なっていくんです。常に自己の教祖が最上でなければならない信念が、
逆になるから、その思いはすごい怒号に向かっていきますよ。

>8の家系
これはどういう意味ですか?

987 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 14:46:51.96 .net
>>986
其れまさしく
古田ぺーテン教

988 :太国 :2022/02/27(日) 14:48:32.32 .net
だれ、古田って? 神道人でいるのかね?

989 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 15:28:04.49 .net
>>986

木築大社は、千家の雇われ宮司の体制からスタートしています。
資金の大半は富家
土地と資材は神門家
千家は殆ど出資していないそうです

そして、宮司以外の役職を8つ作り、上官家としました。
現在、出雲大社の上官家邸跡には一部の家の邸跡しか看板に出ていませんが、序列により一番近い家が冨家からなる8の屋敷がありました。
長谷家、平岡家は情報不足で不明ですが、八重垣神社関係の左草家は確実にホヒ系の上官家です。
創建当時の上官家と確実に言えるのは別火家のみ。
神門(ごうど)家の分家の別火家は大社の鍵を持たされた家柄で、千家は大社に勝手に入ることすら許されていませんでした

その上官家筆頭が富家。向家とも言いました。
その家が、口伝の歴史を守ってきた訳です。

先代旧事本紀に出ているミカヅチの系図は、向家系の分家の系図で、簡単に言うと事代主の家系そのものです。
神門家は、大国主家系です。
出雲では富家と、神門家が交代で大国主と事代主を分担して国を運営してきました。

伊都チョンが何を言おうが「記紀に出てくる本人たちの家系の歴史」な訳です。

990 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 15:58:27.07 .net
>>986
伊都教みたいですね、まるで

991 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 16:06:38.02 .net
>>986

それで、出雲系の事代主の家系のミカヅチと、ホアカリの父親の須佐男が同一人物と主張するのが、伊都教なんですわwww

アホすぎて笑えます。

ちなみに、対馬とかの神社に祀られてる雷大臣は、調べればすぐにわかりますが単に、藤原氏です

藤原氏と、さらに別の家系の安曇磯良が同一人物なんだそうですよ?伊都教ではwwww

992 :太国 :2022/02/27(日) 16:12:10.75 .net
>>987
邪馬1国説の古田先生のことかな?

邪馬台国じゃないよ、邪馬1国さ。

オーストラリアはオーストリアではない。

993 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 16:18:53.55 .net
>>967は道主命じゃなく道臣命だった

吉備の名草は長瀬だろうか?位置的には吉備の中心といった感じだが
他にそれっぽい地名が見つからないからとりあえず長瀬を名草と考えておく

あと大伴氏と久米氏について把握しておかないと吉備について理解が深まらない気がしてきた
神武東征で軍備を整えるため吉備にしばらく滞在してるがこの時も大伴氏と久米氏が動いたんだろうか
久米氏は海人族という説を見たが福岡の久留米とも関係あるんじゃないだろうか
道臣命も何故か神武天皇=山幸彦に厳媛なんて名を与えられているし謎が多い

994 :太国 :2022/02/27(日) 16:20:22.37 .net
>>989
そういう意味ですか。解説ありがとう。

995 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 19:08:38.96 .net
>>992

邪馬1国は、通常なら蔑称で書く人の名や国名ですが、正式に大陸のお墨付きで、黄色のロイヤルカラーの8本の属国旗を貰ったのが原因なのか、魏書で唯一良い言葉として書かれるのが邪馬1国の1の漢字
それも3回も書かれているので、どうやっても草書体の写し間違えではないですよね

そして金印の字→委奴(イド、イト、イツ)

金印の頃は朝貢しただけの頃だから卑しい字が使われてますが、基本は、1と同じ読みという説がありますよね。

996 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 19:14:33.60 .net
つまり、近畿の大和も、出先機関の伊都も、同じ国名だったという考え方

ヤバたいとか、ヤバユエとか、そういうのは後世の時代の訂正ですから、1が正解だという考え方があります

中国は日本の地名や人名を短く音感で書きます。
ゆえにナシメはダショウマイ→タジマノモリ
故にヌカダイ→額田宿禰
タケシウエツ→武内宿禰
卑弥呼→姫巫女

昔は本当の名を知られると命を支配されるのと同じという考え方があった
特に女性は本名を隠す

故に卑弥呼が名前のはずがないのではないか

確か、普段使う名と、隠された名があり、女性の親からおしえてもらって、その名前を唱えると事実婚になる様な段取りだったかと

997 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 19:23:25.29 .net
>>996

書き出しからして根拠がないので、以下は読む価値なし。

998 :日本@名無史さん:2022/02/27(日) 20:00:54.20 .net
まあ、若干ロマンは無くなってしまうが
金印「漢委奴国王」は後漢書とは無関係かもしれないという考え方がありますね

後漢書には「印綬」と記されていますのでもしかしたら銅印ではないかという説

金印なら「金印紫綬」銀印なら「銀印青綬」と明記するはずという考え方があります

そもそも、大陸から貰うハンコに、かんの、わの、なの、くになんて書きません

こちらは朝貢の際の人名と違ってピンイン、中国式で解釈するべきでしょうね。

999 :太国 :2022/02/27(日) 20:53:49.76 .net
>>995
魏とは友好関係だっただろうから、その卑は格下なんだが東京駅(魏のほう)
に対して大阪駅(女王国のほう)くらいの意味だな。うんといやしいなら
女王国側が怒るだろうから、そういう意味だな。

ところが天帝からすれば女王国のほうが上位の第1位の国家なのさ。

それだけこの国名は上位国家で半島の人参国家の世界第参位の人民とは
格が違う。この国は萬邦無比の國體を誇るのだ。

1000 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:06:50.74 .net
>>954
>>875の引用部はここの内容と完全一致してるんだが
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887333022/episodes/1177354054888480357

それの作品情報が>>904で引用したコレな
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887333022

つまり君はオリジナル小説の内容を「これがソースだ!」とドヤ顔で貼り付けた大馬鹿者ということだよキナイコシくんw

1001 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:08:17.11 .net
>>955
最初から見えているが何を言っているんだこのキチガイは
見た上で「辰韓のヒボコ」なんて言ってるのは君だけだという真実を突きつけてあげたんだよキナイコシくん

1002 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:09:40.12 .net
>>957
>紀元後1世紀なら既に辰韓が成立してるからな。なんにもおかしいことはない。
にも関わらず「辰韓のヒボコ」なんて言ってるのは君一人でしたねキナイコシくんw
はい君の負け

1003 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:11:51.34 .net
>>958
>ねぇねぇ、前回の妄言は朝鮮式嘘だったわけ?見えないニダ、検索ヒットしないニダって言ってたニダよね?www
おっ母国語になってきたねキナイコシくんw
俺は「辰韓のヒボコ」なんて検索結果はヒットしないと言ったんだがw
相変わらず日本語が駄目なんだなキナイコシくんは

1004 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:36:17.18 .net
>>959
>いやいや、今回はそれでヒットした情報源を掲示してるので、お前が突っ込んだ段階でお前の前回の嘘が確定するのだが?ww
いや”辰韓のヒボコ”で検索したってそんなものはヒットしないんだが
君が嘘つきなだけ

>そもそもが「新羅の日矛」って言ってる程度の低能なだけはあるな。
いつ言ったんだ?
また捏造かい

【九州説】魏志倭人伝を正しく読む 邪馬拾参
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1603736641/
> 769 :日本@名無史さん :2020/11/17(火) 01:30:05.99
> >>849
> イソタケルの時代に漢字は無い
> イソタケルの音が先にあって後に文字が当てられたのだから、他の表現をいくら並べても無意味
>
> >>850
> それは天降るという言葉の解釈誤り
> スサノオは新羅に天降る前に高天原=九州にいて追放されたので新羅の曽尸茂梨に天降った
> つまり天降るとは当時の都である九州からどこか遠い地へ下向することを指している
> アマとは海、つまり天降るは海を渡って九州から遠隔地へ行くこと

前回ちゃんと天降るの意味を教えてやっただろうキナイコシくん
この意味を踏まえれば五十迹手が高麗の意呂山に天降った日桙の後裔と名乗った時点で
ヒボコは倭人だと分かるはずだが
そういえば君の検索結果にもヒボコは倭人とか書いてあったねw
自爆おつw

1005 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:38:51.40 .net
>>960
>どう考えても、受け皿が中臣氏になって、安曇が浸透しているってだけの図だろ
卑弥呼の頃には近江や大阪湾岸まで安曇が来ているという図を見てそんな意味不明な解釈をするのは君だけだよキナイコシくん
まあ中臣は雷大臣の系譜だから安曇の分派ということにはなるがね

1006 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:43:06.69 .net
>>961
山に囲まれた奈良盆地内には鉄鏃などがほとんど無いけど
安曇が来ていた大阪湾岸なんかからは北部九州には及ばないまでも出土がある
つまり盆地内だけ安曇と共に伝わった鉄器文明に取り残されていたということが分かる

3世紀末〜4世紀前半あたりの東征まで北部九州に抵抗し続けたのが盆地内の土着勢力たったということ

1007 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:49:05.58 .net
>>962
国造がなければおかしいという君の俺ルールがおかしいだけだよ
でも大和地方を治めた倭国造は安曇の同族だがね
これもまた倭国造の祖である珍彦が安曇の系譜であり
>>444の対馬伝承にある雷大臣の息子日本(ヤマト)大臣がこれに当たるという>>446の根拠のひとつ

倭国造
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%9B%BD%E9%80%A0
> 倭国造(やまとのくにのみやつこ・やまとこくぞう)は、後世の大倭国(大和国)中央部にあたる領域を支配した国造。
>
> 氏族
> 倭氏(やまとうじ、姓は直)で、国名の変遷とともに氏族名も変わった(大倭氏/おおやまとうじ・大養徳氏・大和氏など)。
> 天武天皇10年(681年)に倭竜麻呂が連姓に、12年に一族が連に、14年に忌寸姓に、さらに奈良時代には大和長岡と水守が宿禰に昇格した。
> 一般に綿積豊玉彦の孫とされ、神別の地祇に類別される。また八木氏や安曇氏と同族とされる、海人族の一族。

1008 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:50:44.00 .net
>>964
俺は検索結果ではなく考古学や複数の古伝承の一致を根拠にしている

君の場合は「ヒボコは辰韓のヒボコと呼ばれているんだ検索してみろー → キナイコシくんしか言ってませんでした」
だから恥なんだということも分からないのか
自分が何を嘲笑されているのかも理解できないとは愚かの極みだな

1009 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:53:09.06 .net
>>965
>おやおや、民間伝承は当てにならないのではなかったのか?ww
単独ではな
複数の伝承や考古学の成果との一致点を調べることで確度は増してゆく
当たり前のことなんだが君はそんなことも分からないのかねキナイコシくん

>民間伝承よりは出雲大社上官家筆頭の富家伝承の方がよほど確度は上だよな?w
他の伝承や考古学の成果と一致してないから確度は低い

1010 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:55:42.29 .net
>>969
そうだね
>>446のようにちゃんと根拠に基づいていなければ駄目だよ
でも逆にちゃんと根拠に基づいているものを根拠なく否定するのも駄目だがね

1011 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 00:57:32.95 .net
>>972
そういう根拠の無い放言をするようになったらもう負け確だよ
もう少し頑張りなさい

1012 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 01:02:56.87 .net
>>977
君はまず記紀に書かれていることが正しいという間違った認識を捨てられずにいるから
いつまで経っても真実に近づけないんだよキナイコシくん

隋の裴世清が日本に来たとき倭王多利思比孤という男王に面会しているが
記紀はそれは推古女帝の時代であったと記している

つまり6世紀末〜7世紀の推古期に至ってもいまだに時代観が明白に誤っているのが記紀なわけで
そんなものを信用するという愚を犯して事実に近づけるわけがない

1013 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 01:07:32.51 .net
>>978
伊都国が海人族の国であることは楽浪郡との交易が北部九州で最も盛んであったことから分かること

417 :日本@名無史さん :2020/10/14(水) 00:33:35.04
https://i.imgur.com/Ah5Akjy.jpg
この図を見れば、航海術を活かして海外と交易していた海人族の国がどこだったか一目瞭然だなw
奴国の王都だった須玖には中国銭や楽浪系土器はほとんど無い
博多湾の沿岸部にはあるのに奴国の王都にほとんど無いのは何故か
それは博多湾沿岸部の集落が伊都国に属していたから以外に説明はつかない

1014 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 01:17:46.29 .net
>>989
>伊都チョンが何を言おうが「記紀に出てくる本人たちの家系の歴史」な訳です。
君は熊沢天皇とかに騙されちゃうクチだね
そんなものはいくらでも自称可能なんだよキナイコシくん
だからこそ他の伝承や考古学的成果と一致しているかを調べることが大事
それをしないから君は電波のままなんだよ

1015 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 01:20:34.79 .net
>>991
>それで、出雲系の事代主の家系のミカヅチと、ホアカリの父親の須佐男が同一人物と主張するのが、伊都教なんですわwww
まずその家系分類が正しいかどうかが検証されていないのに決めつけちゃうあたりが
君が進歩できない理由なんだよキナイコシくん

1016 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 01:36:44.22 .net
>>974
残念ながら君もキナイコシくんと同じカテゴリに堕ちてしまったようだね
まあ>>631で多少なりとも君を認めた手前少しだけアドバイスをしてあげよう

「論は大前提の上に立てろ」

これだよ君に足りなかったものは
せっかく労力を使って日付の統計を出したのに>>631に反論出来なかっただろう?
それは君が「数百年間口伝のみの壮大な伝言ゲームを経て正確な日付なんて伝わるわけがない」
という大前提を見落として論を組み立てたからそうなったわけだ

考古学遺物などが示す当時の時代状況、文化背景なんかの大前提を無視した論は脆い
だから前回キナイコシくんにも考古学をベースにして考えろとアドバイスをしてあげたのだが彼は聞く耳を持たなかった
その結果として毎回俺にいいようにボコられているわけだ

1017 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:00:25.12 .net
>>1016続き
で、>>446の図に関しての重要な大前提がこれだ

「魏志倭人伝の3世紀には邪馬台連合=東遷して後の大和朝廷となる勢力は当時まだ九州の北側1/3程度の小規模勢力に過ぎなかった」

勢力規模が小さいということは抱えることができる家臣の数も少ないということだから
本来この時代の記録には登場する人物や一族が少なくて当たり前なのだ
日本の大半を治めるようになった大和朝廷以後から見れば1/10くらいでもおかしくない
だが記紀のこの時代の記述にも非常に多くの人物あるいは神が出てくるし
しまいには九州を天上世界・高天原なんてものにしてしまったりもしている

これは記紀が天皇の支配権を正当化するために天照大神の「天壌無窮の神勅」によって
皇室は日本開闢当初から日本国全体の正当な支配者であるというストーリー展開をしたためにそうなった
各地にクマソやら何やらのまつろわぬ者どもが時折湧いては退治されたりするけれど
基本は全国が皇室の支配下で九州の北側1/3程度のちっぽけな勢力だったなんて認めないってわけだ

だから登場人物が妙に少ないと「あれ?えらく登場する朝臣が少ないけど当時は小さな勢力だったの?」とバレてしまうために
水増しが必要になってくる
これが古代において同一人物がやたら分割されて書かれた背景にある
こういう大前提の上に>>446は立っている
だから強い
君も虚心坦懐に>446の根拠を見ていけば図が正しいことが理解できるだろう

1018 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:34:29.28 .net
>>1000

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887333022
>つまり君はオリジナル小説の内容を「これがソースだ!」とドヤ顔で貼り付けた大馬鹿者ということだよキナイコシくんw

おまえさあ、引用文献とかはっきり出てるだろ?お前、一部だけ見てモノいってんのか?w
んで?新羅建国年はいつよ?その辺に転がってる情報ですら新羅のヒボコはあり得んよ。
神功皇后の時期を通り過ぎてるからなw

相変わらずのアホだなw

1019 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:36:39.16 .net
>>1001

>最初から見えているが何を言っているんだこのキチガイは
>見た上で「辰韓のヒボコ」なんて言ってるのは君だけだという真実を突きつけてあげたんだよキナイコシくん

検索しても出てこない、完全検索したらこのスレしか出なかったニダって騒いでるのはお前が引っ張ってきた過去ログに出てるから
今更嘘を並べても無駄だろww

自分で埋めた地雷を踏んだだけなのに、人のせいにするとはWWW

普段から根拠とか吠えてるけど、その程度の認識なんだろ?
そりゃぁ他の人から見たら根拠には受け取ってもらえんわなw

1020 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:38:18.17 .net
>>1002

>>紀元後1世紀なら既に辰韓が成立してるからな。なんにもおかしいことはない。
>にも関わらず「辰韓のヒボコ」なんて言ってるのは君一人でしたねキナイコシくんw

お前?とうとう壊れちゃった?w
辰韓時代に渡来したのなら辰韓のヒボコだろ

お前本当に馬鹿なんだなwww阿波よりレベルが低いわ

1021 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:41:17.29 .net
>>1004

>ヒボコは倭人だと分かるはずだが
>そういえば君の検索結果にもヒボコは倭人とか書いてあったねw

お前はアホなのか?ww
ヒボコは日本人に後で偽装する意図がくみ取れるって事でそれを引用したのにw
そもそもが、大陸の人間だと記紀で隠ぺいできないから朝鮮からきたって事にしてるだけの話。
続日本紀とかでもその後の工作は伺えると

朝鮮王族であることは神床家もきちんと言ってること。お前が何を言おうが結果は変わらない。

1022 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:47:50.88 .net
>>1007

で?またまたWIKIは根拠にならないとか抜かしておきながらの引用か?ww

それで?
その前の文があるからお前の妄言は嘘とすぐにわかるわけだが?
>系図史料では椎根津彦が宇豆毘古(うずびこ)とも呼ばれ、『百家系図稿』所載の倭国造系図[1]や『諸系譜』所載の「大和宿祢及海直」系図[2]では、綿積豊玉彦命の子・布留多摩命の孫神とされる。

碓彦は紀伊国造家。布留だったら物部だろw
安曇は母系、父系の補完が無く、ボッチの系図しか存在してない、自称の域を出ない存在。
連になったのも遅いし、そもそも安曇部と海部は別の部民www

馬鹿すぎだろww

1023 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:49:21.40 .net
>>1009

>>おやおや、民間伝承は当てにならないのではなかったのか?ww
>単独ではな

安曇は単独の系図も存在せず、穂高神社社家の系図しか存在しない。
母系か父系のどちらかで繋がってるのかも不明な存在

系図の味方も知らない奴が知ったかぶりww

1024 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 02:50:59.08 .net
>>1011

ブーメラン♪ブーメラン♪

太国さんはお前より数段モノを知ってるし、独自の研鑽を積んでる人だよ。
お前とはレベルが違う。

1025 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 03:07:24.13 .net
>>1012

>君はまず記紀に書かれていることが正しいという間違った認識を捨てられずにいるから
>いつまで経っても真実に近づけないんだよキナイコシくん

伊都説は他に資料がないから、悲しいほど記紀に依存してた考え方しか持てないよな
隼人族が海幸彦とか、レベル低すぎww

記紀の年号(日本書紀)は村雲から雄略は倍歴になってる。
推古の頃には既に正確になってる

宗書文帝紀の五王の時代にはオオサザキからワカタケルの6代が入る。一代は大陸から情報が抜けた。
大陸との交流が復活した時期で、中国式の十干と、インド式の十二動物による表記が可能になり、年代が正確になった。
太国さんとはこの倍歴の導入年数が少し違うだけ。
ワカタケルから逆算すると、村雲が前140年代になる

つーか、高校生レベルでも応神あたりで年代の誤差が少なくなる程度の感覚は持ってるものだと思うが、伊都チョンは違うんだなww

1026 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 03:08:54.62 .net
>>1014
>>伊都チョンが何を言おうが「記紀に出てくる本人たちの家系の歴史」な訳です。
>君は熊沢天皇とかに騙されちゃうクチだね

じゃあ、志賀島神社の女性宮司も同じだな。旧制安曇姓を名乗ってるんだろ?
インチキだなww

1027 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 03:11:43.38 .net
>>1015

>>それで、出雲系の事代主の家系のミカヅチと、ホアカリの父親の須佐男が同一人物と主張するのが、伊都教なんですわwww
>まずその家系分類が正しいかどうかが検証されていないのに決めつけちゃうあたりが
>君が進歩できない理由なんだよキナイコシくん

母系父の事代主、母系母のホヒ家、父系父のカゴヤマ、父系母の穂屋姫
これが明らかになってる村雲の家系(尾張家)なんかより、安曇の系図の方が余程説明が難しいのだが?w

お前は何も説明してないし、根拠もない

1028 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 03:59:42.68 .net
辰韓の王家から末子相続の為に追い出されたヒボコは、代11代大国主の代、神門家の速甕之建沢谷地乃身の時代に渡来した
出雲の八重垣の掟を守ることを拒否したヒボコは定住場所の提供を出雲に拒否され、出石神社の近くで海上生活を送ることになった。

尾張氏で言えば3代大君磯城津彦の頃
磯城登美家で言えば、建ミカズチの頃
海部で言えば笠津彦の頃
紀元後100年頃

そこからヒボコの代数を並べても倭国大乱期にはちょっと代数のずれがある
村雲を1世孫として系図を書いてみる

3天乃日矛→4多遅摩母呂須久→5多遅摩斐泥→6(多遅摩毛利、多遅摩比多可)→7葛城高額比売(母系)→8神功皇后
息長家暫定 7息長宿祢王→8神功皇后

息長家はヒコイマスの系統で、丹波道主→ヒバス姫の腹違いの系統
9開化(尾張+物部)→10ヒコイマス→11山代大筒木真若王→12メンドクサ→13息長宿祢王

ヒボコの系図は、少なくとも13-8で、5代くらい欠損していることが分かる。

1029 :太国 :2022/02/28(月) 09:00:53.23 .net
>>1025
記紀は故意にイカ様を書いてない。そうなら編者らは当時公文書偽造同行使の
罪で逮捕される。都合のわるい事実もちゃんと書いてるんだから、素直に
記述している。間違いの在りそうな個所は他説も載せてるところがあるから
おおむね正しいし、古史古伝ともおおむね同記述だろうから、ほぼ間違いは
少ない。

1030 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 12:11:55.93 .net
>>1029
伊都チョンは、-2のスサノオから13辺りの事を無かったことにしてイソタケル同一人物説をぶち当ててるからホント、記紀以上のファンタジーですわね。
下手するとヒボコが渡来して奥さんにストーキングする暇すらないw

あれでいて九州説のつもりらしいですよ?あの男ww

1031 :日本@名無史さん:2022/02/28(月) 12:23:10.09 .net
>>1029
記紀の作為は、大陸をごまかす事であるので、それに反しなければ基本的に表現は自由だったと思います。
それと、各豪族が参加して自分達の利害を反映させてるのは、作為ではなく、要望の範囲に留まると考えられます。

蘇我馬子は、実在はしますが、本当は蘇我家は分家です。
名門蘇我氏の宗家である石川臣家の人物で、石川麻古が本当の名だったと。
自分の先祖が蘇我宗家を構った事を隠したくてそうなったという説があります。
物部氏の姫であるイカガシコメさんも同じでしょう

いくらなんでも自分の子供に悪魔子さんみたいな名前はつけません。

物部氏は基本的には帝記の編纂委員会からは明らかにバブられてますが、ヨキコト選ぶ司には入っていた可能性は否定できません。

みんなの妥協の産物が記紀と言えるでしょう。

1032 :太国 :2022/02/28(月) 12:56:33.08 .net
世の中広くて、自分の娘にアクマとかいう名をつけた野郎がいて、一時論議
になったことはある。平成の始まったころだから30年ばかり経っている。

役場がみとめずちょっと名をかえて通したという。通常はこういういかれた野郎
はいないがな。w

1033 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:12:08.54 .net
>>1032

アクマ君の話、私も覚えています
確か、こりずに次の名をアク君にして結局揉めてた案件ですよね

1034 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:41:12.00 .net
伊都チョンがドヤ顔で出してきた安曇の「自称支配地の画像」ですが、あれも結構傑作というか、実は別の意味で重要なものである。

ナカ群に関わる中臣家は、宮中祭祀役の家柄であった。常陸国の鹿島神宮の元神官・卜部家の分家であった。
豊後国に移住したが、常陸国の中郡出身なので、中津臣の意味で、初めはナカツオミと自称した。
それで、豊後国に中津という町ができた。実は中臣氏は朝鮮系の血筋ではない。藤原がコヤネを千家から奪った事でそういう話になったと考えられる。
故に、100を超える代数のはずの千家は80代となっている。

1035 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:41:38.18 .net
それに対して、鹿島の鎌足は両親ともに八井耳系の国造家の血筋。太安万侶と藤原不比等は元々親戚であった。
富家のトミを名乗ることは基本、本家以外では禁止されていたが、地方では勝手に名乗る事があったらしく鎌足に関しては未だに「なかとみ」で「中臣」が変換される。
それほどに臣姓と、トミには利用価値があった。

藤原の春日大社であるが、奈良県の春日大社の創建に際して鹿島神宮から武甕槌大神が遷されたときのこと。武甕槌大神を運んだのが、まさに鹿たちであったと伝わっている。
つまり、なか群が出ているあの図だが、「鹿」の神事が、逆方向、関東から京の方に移動しているのだ。

じゃあ、志賀島ってどうかというと、「当初は伊都チョンはあんなところに鹿は居ない」と言ってたが、バッチリ「御射山祭」の様な神事があると伝えた途端にそれに憑依w
しかし、どう考えても、関東の方から流れてきた感じなんだよね〜。

鹿島は元々出雲系の神社。それが八井耳系、磯城登美家の血が入った彼らなら母系の神であるので移転が出来る。
つまり、中臣、藤原にミカヅチと鹿をもたらしたのが八井耳系という事

全国に広がる志賀の地名は、安曇には無関係という事なのである。たまたま志賀島神社しかのしまという事になってるだけで、その本質は神事を見れば真逆の方向に展開していくのである。

諏方に流れ着いた建南方は実は本体は直ぐに関東方面に移転したようである。
神長官の家系図には「スサノオが存在せず」タテミナカタからの系図になっており、一般的にはタテミナカタが祭祀を奪った様に解釈される。
しかし、安曇の系図を見れば分かる通り、「子種だけ落として」移転したと解釈しても全く問題はない。
神長官家の三代に守屋の次男が入ったという伝承があるが、長男の奈良の村屋神社の社家、守屋氏が系図を今でも保存していて、神長官家と系図が一致
更に、タテミナカタ時代から続いているはずの守矢家であるが、なんと千家と同じように80代しかない

千鹿頭神(近津、地方等とも)は諏方から押し出され、ツツコワケ神社になったとされるが、実際にはタテミナカタと一緒に関東方面に行ったのではなかろうか?
そして鹿の神事、御射山信仰を関東にもたらした可能性はある。

1036 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:42:17.06 .net
>>1018
>おまえさあ、引用文献とかはっきり出てるだろ?お前、一部だけ見てモノいってんのか?w
文献からの引用であることを君が証明出来なければ無意味だよキナイコシくん
君が引用した文面はオリジナル小説しかヒットしないw

つまり君はオリジナル小説の内容を「これがソースだ!」とドヤ顔で貼り付けた大馬鹿者ということだよキナイコシくんw

1037 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:46:15.42 .net
>>1019
>検索しても出てこない、完全検索したらこのスレしか出なかったニダって騒いでるのはお前が引っ張ってきた過去ログに出てるから
相変わらず日本語が駄目だなキナイコシくんは
君の場合は「ヒボコは辰韓のヒボコと呼ばれているんだ検索してみろー → キナイコシくんしか言ってませんでした」
だから恥なんだということも分からないのか
辰韓のヒボコと呼ばれたと君が言うから検索したら君一人した言ってなかったというだけのこと
自分が何を嘲笑されているのかも理解できないとは愚かの極みだな
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1607826113/
279日本@名無史さん2020/12/16(水) 22:36:06.88>>525
>288
ヒボコの渡来は一世紀。
故に辰韓のヒボコと呼ばれた。
末子相続のために朝鮮半島から追い出され日本に流れてきた。

垂仁記3年の渡来説は実は間違い。
おそらくタジマノモリからの始まりに偽装したかったのだろうと思われる。
実際には景初の時期だから。垂仁期は。

441日本@名無史さん2020/12/18(金) 02:04:37.30>>531
>363
>故に辰韓のヒボコと呼ばれた。
根拠は?

447日本@名無史さん2020/12/18(金) 02:13:48.08>>568
>525

検索してみてください〜

484日本@名無史さん2020/12/18(金) 03:01:42.53>>570>>575
>531
ヒットしないな
デマ乙

1038 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 01:50:25.51 .net
>>992
史学などやっちゃいけない人だな。
へんな宗教になっている。

1039 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:00:17.53 .net
>>1020
>辰韓時代に渡来したのなら辰韓のヒボコだろ
それは君が一人で言っているだけ
ヒボコが辰韓出身であることを示す証拠はないし
渡来が紀元後1世紀という根拠も無い
そもそも辰韓は12の国に分かれた地域名であって国名ではない
辰韓の南には倭人地域の狗邪韓国があるのだから狗邪韓国のヒボコならまだ分かる

1040 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:07:55.24 .net
>>1021
>ヒボコは日本人に後で偽装する意図がくみ取れるって事でそれを引用したのにw
そんなことは書かれていない
自爆したのを取り繕っても駄目w

>そもそもが、大陸の人間だと記紀で隠ぺいできないから朝鮮からきたって事にしてるだけの話。
全く根拠の無い妄想だね

>朝鮮王族であることは神床家もきちんと言ってること。
そんなものは全く根拠にならない
>>1039のとおり辰韓と倭の間に倭人地域の狗邪韓国があるのだから狗邪韓国のヒボコならまだ分かるが
直接面してもいない辰韓から来たなんて根拠は全く無い

というか普通に考えればヒボコと富加羅国(金官伽耶)の王子を名乗る都怒我阿羅斯等は同一人物
金官伽耶=狗邪韓国だろう
狗邪韓国は韓伝ではなく倭人伝に記されているので住んでいたのは倭人
これも普通に考えれば対岸の伊都から海人族が来てたのだろう
倭人が辰韓で鉄の採掘を行っていたとも書いてあるしな

1041 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:15:26.55 .net
>>1022
>>系図史料では椎根津彦が宇豆毘古(うずびこ)とも呼ばれ、『百家系図稿』所載の倭国造系図[1]や『諸系譜』所載の「大和宿祢及海直」系図[2]では、綿積豊玉彦命の子・布留多摩命の孫神とされる。

>碓彦は紀伊国造家。
『百家系図稿』所載の倭国造系図と書いてあるのも見えないのかw
本気で日本語がダメなんだなキナイコシくんは
紀伊は分家だ

>布留だったら物部だろw
俺は物部はスサノオ=雷大臣の子孫だとずっと言ってるんだが今更何を言ってるんだ?
物部の系図に伊香色雄の名があるが伊香氏の祖は雷大臣だからな

1042 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:18:00.99 .net
>>1023
はじめから系図なんていくらでもでっちあげられるものを盲信しちゃいない
複数の文献伝承の一致点と考古学的な出土品の間に一致が見られるものこそ信頼性が高い
それが示しているのは3世紀に安曇が近畿一帯まで進出しその文化を受け入れていなかったのは
山に囲まれた奈良盆地の中だけというのが事実

1043 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:18:56.58 .net
>>1024
根拠のない発言は君の十八番だろう
ブーメランは君の頭に刺さっているよ

1044 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:21:37.32 .net
>>1025
>伊都説は他に資料がないから、悲しいほど記紀に依存してた考え方しか持てないよな
>隼人族が海幸彦とか、レベル低すぎww
いったいいつ誰がそんなことを言ったのやら
キナイコシくんは記憶が混濁してしまっているようだ

>記紀の年号(日本書紀)は村雲から雄略は倍歴になってる。
>推古の頃には既に正確になってる
正確になっていないから裴世清は男の倭王に面会してるんだよ
君はそろそろ願望と現実の区別をつけなさい

1045 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:23:21.44 .net
>>1026
>じゃあ、志賀島神社の女性宮司も同じだな。旧制安曇姓を名乗ってるんだろ?
別に本人の名乗りなんてまったく根拠にしていないが?
キナイコシくんは本当に頭が悪いなぁ

1046 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:24:35.70 .net
>>1027
日本語が理解できていないようだからもう一度言ってあげよう

まずその家系分類が正しいかどうかが検証されていないのに決めつけちゃうあたりが
君が進歩できない理由なんだよキナイコシくん

1047 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:29:21.34 .net
>>1028
相変わらず根拠が無いな
いい加減発言には根拠が必要だという最低限のことくらい学んだらどうだねキナイコシくん

1048 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:32:45.41 .net
>>1029
本当に都合の悪いことは書いてないよ
例えば天壌無窮の神勅で皇室に日本の統治権を授けたはずの天照大神が実は生身の人間に過ぎず魏に朝貢していたとかね

1049 :日本@名無史さん:2022/03/01(火) 02:39:36.59 .net
>>1031
>いくらなんでも自分の子供に悪魔子さんみたいな名前はつけません。
だからこそウマシマジが追放後の甘美内宿禰=スサノオだと分かるんだがな
ウマシは美称なので本名はマジということになるが
蠱物(まじもの)という言葉があるようにマジは悪い意味だ
普通に名付けられたとは思えない名だが追放刑を受けた罪人ならば納得がいく
和気清麻呂も別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名させられて流罪にされたという実例がある

やはり>>446は正しいようだな

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