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邪馬台国の歩き方(女王之所都=伊都國)3
- 710 :日本@名無史さん:2023/11/19(日) 22:34:05.97 ID:kFppqJVaI
- 平原遺跡の大柱も同じことでしょうね。
1号墓の縁に沿った小さな柱穴が、殯宮。(魏志倭人伝「停喪十餘日」)
大柱は殯宮への落雷防止、
かつおそらくは女系に豊国八雷神の血を引く卑弥呼の魂に雷のエネルギーを供給する。
難升米は軍神の長男の子孫と想定されますので、
難升米の発案で立てられたのでしょう。
ただ、卑弥呼は伊都国王族であって、奴族ではないので、二本だけ。
軍神側との共通点は、柱だけでなく、殉葬もありますね。
平原遺跡の周濠には土壙墓が複数見つかっており、
それぞれに複数人ずつの殉葬者が埋葬されていた。
これも難升米の立案でしょう。
卑弥呼は100ですね。
西谷墳墓群にも複数の土壙墓。
軍神は、後の殉葬禁止令によって動物に切り替えた。80ですね。
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