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鮮卑族について語るスレ
- 1 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 21:28:34.72 0.net
- 鮮卑族の歴史スレッドです。
- 2 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 21:49:29.83 0.net
- おまんこ女学院
- 3 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 21:50:00.39 0.net
- 公孫3
- 4 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 23:25:43.73 0.net
- 隋唐帝国
- 5 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 23:32:06.93 0.net
- 隋唐の皇族は明らかに鮮卑ですよね
- 6 :世界@名無史さん:2014/02/11(火) 23:48:16.38 0.net
- 漢人起源説(拓跋部)
『魏書』序紀において、拓跋氏は黄帝の子孫としている。
黄帝は伝説の人物であるが、漢民族は古くから自らを黄帝の子孫としており、拓跋氏と漢人とは同じ起源ということになる。
『宋書』索虜伝には、「索頭虜、姓は托跋氏といい、その祖先は漢の将軍李陵の後裔なり。
陵は匈奴に降り、匈奴の一部落の索頭部となる」とあり、拓跋氏の祖先は漢人の李陵としている。
また、『翰苑』註所引の『漢名臣奏』では、「鮮卑は秦始皇の時代に、長城建築の際に逃亡した者たち」とあり、やはり漢人起源としている。
これらの理由としては、匈奴人が西方系の深目、高鼻、多鬚、赤髪、緑目であったのに対し、鮮卑人が身体的に漢人と酷似していたために、鮮卑は漢人起源とされたと思われる。
習俗(宇文部)
かつては南匈奴の遠属で、代々鮮卑の東部大人(たいじん:部族長)を務めた。
その言葉は鮮卑とはやや異なる。人々は皆伸びたひげを切り揃え、その頭頂部でとめて頭飾りにする。
数寸長くなったらこれを短くととのえる。婦女は足まで長い肌着を着る、すなわち裳(スカート)はない。
秋の収穫に鳥頭を毒薬とし、鳥や獣を射る。〈『魏書』列伝第九十一〉
- 7 :世界@名無史さん:2014/02/12(水) 01:51:14.31 P.net
- 「鮮卑」とは「朝鮮人みたいな卑しいやつら」という屈辱的な蔑称
- 8 :世界@名無史さん:2014/02/12(水) 14:48:39.92 0.net
- 固有の言語の音訳だから漢字にはたいした意味は無い
せいぜい接触の初期に漢族がどう扱ったかということぐらいしかわからん
- 9 :世界@名無史さん:2014/02/12(水) 15:39:15.97 0.net
- 蛮族かとナメてかかってたら、支配されたでござるよ。よっぽど開明的で、大陸東端の文明が大いに進歩したでござるよ。
- 10 :世界@名無史さん:2014/02/26(水) 00:21:33.52 i.net
- ここは共産中国じゃないんだから、族は
ないでしょ。鮮卑だけで十分。
- 11 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 15:27:56.38 0.net
- 東胡の一派でしばらく匈奴の配下だったから、まぁ普通に強いんだよね
- 12 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 16:35:37.33 0.net
- >>11
強いどころか中国制覇してますがw
- 13 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 16:50:21.49 0.net
- >>8
接触初期に大暴れしたのが鮮卑。
三国志時代には傭兵の騎兵に…
なんかしてきて挙句中国の中原を制覇してしまうのが
ローマ帝国みたいで…
- 14 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 17:47:45.94 0.net
- モンゴル族の先祖も鮮卑なんだっけ
今のモンゴル人を見ればモンゴロイドなのはわかるが
- 15 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 17:56:32.49 0.net
- 今のモンゴル人はコサックの影響がないわけじゃないから…
ロシアの東進でコサックと意気投合しちゃったから。
- 16 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:01:44.45 0.net
- コサックもモンゴルの影響でできた生活様式だからどっちも
人種以外は親戚みたいなもんだろw
- 17 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:18:41.89 0.net
- 大興安嶺あたりにいるのは、とりあえずまず東胡の末流にされ(鮮卑・烏桓・柔然)
つぎの時代には鮮卑の末流(契丹・室韋=モンゴル)にされるという、このやっつけ感
- 18 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:35:12.11 0.net
- 中国の歴史書じゃ中国由来にされてるがな
倭も周由来にされて元祖は中国扱い…
- 19 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:37:35.23 0.net
- 中国の歴史はプロパガンダだからね…
コリアンファンタジーよりましだけど
- 20 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:42:37.29 0.net
- 荊蛮の地にいって呉の始祖になったという太伯か
刺青と素もぐり漁してるだけで末流にされるイージーさよ
- 21 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:47:48.53 0.net
- まー、あれは単に未知の事象であることを嫌っただけだろうな
なんでも典拠主義だったから、とりあえず過去の文献と繋げとこう的な
- 22 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 18:50:15.97 0.net
- 百越や呉の住人が移住してきてるのはマジみたいだけどな日本の場合。
DNA分布から。でもミトコンドリアDNAは朝鮮人と同じ人が意外と多くて
古代に女性だけ朝鮮半島から渡ってきてないかという変な結果が…
でも朝貢で女性しか貢物なかった国だからなぁ…
- 23 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 19:14:29.40 0.net
- 朝鮮半島は鮮卑由来のDNAが多いだよなぁ…
どんなけレイプされてるんだ朝鮮半島。
- 24 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 19:34:06.15 0.net
- 国家形成の前段階からワイ貊やらの鮮卑の近隣にいた系統が入ってきてるから
そこは自然な話じゃねえの、鮮卑由来DNAが明らかになってるのかどうかはしらんけど
- 25 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 19:37:12.81 0.net
- ていうか、朝鮮人のDNAって実は中国人とあんまり変わらないんだけれどね…
- 26 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 19:43:41.08 0.net
- ていうか、中国人と言っても満州族やら朝鮮族もいるわけでw
- 27 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 20:22:23.51 0.net
- >>14
現在の漢族の先祖も鮮卑だよw
- 28 :世界@名無史さん:2014/03/01(土) 22:52:43.48 0.net
- 遼寧省満州族231人のY染色体ハプロタイプ
Heo & Gu et al. (2013)
http://gall.dcinside.com/board/view/?id=history_qna&no=4377
- 29 :世界@名無史さん:2014/03/02(日) 00:54:59.73 0.net
- な?遺伝子厨が来ると一気にトンデモクソスレになるだろ?
- 30 :世界@名無史さん:2014/03/02(日) 19:10:05.88 0.net
- O3-LINE1 3.10% 拓跋
C3-M217* 1.90% ブリャート
C3c-M86 1.20% 粛慎
N1c1-M178 0.40% ヤクート
-------------------------------
6.60% 弁辰韓→山陰・近江・東海
O2b-SRY 7.70% 貊
O3-M122 6.60% 穢
NO-M214* 2.30% 巴蜀
O2a-M95* 1.90% 雲南アワ
-------------------------------
18.50% 楽浪・弁辰韓→阿讃播・畿内
- 31 :世界@名無史さん:2014/03/02(日) 21:42:26.79 0.net
- 越人って、たぶんY-DNAのO2だよな
http://wadaiwadai2.up.n.seesaa.net/wadaiwadai2/2fd99eca.jpg?d=a38
薄いオレンジになるんだがタイとベトナム、そして朝鮮、割合がもっとも高いのは日本
O2は中国にも存在するはずなんだが割合が低いのかな?
O2分布域の中心は越
- 32 :世界@名無史さん:2014/03/02(日) 23:30:11.92 0.net
- >>31
中国が政治調整してるんだろw
YーD系も
- 33 :世界@名無史さん:2014/03/03(月) 17:56:31.65 0.net
- 豪族仕訳
(1)縄文 縄文人 40.10%
C1-M8 5.40 % 南縄文
D2 34.70% 北縄文
(2) 弥生松菊里円形住居 馬韓→吉野ヶ里→宗像
O3-M122 6.60% 穢→物部
O2b-SRY 7.70% 貊→日矛・韓→息長
(2)弥生後期 方形住居 方形墳丘墓 根之堅州國
O2b1-47z 22.00% わだつみ族→海部/安曇
O3-LINE1 3.10% 拓跋→天皇
C3-M217* 1.90% ブリャート・烏桓→尾張
C3c-M86 1.20% 粛慎→中臣鹿島
N1c1-M178 0.40% ヤクート→春日
(3)弥生後期 弁辰韓→阿讃播
NO-M214* 2.30% 巴蜀→伊福部
O2a-M95* 1.90% 雲南アワ→阿波
(5)古墳中期 九州
O3a3c-M134 10.40% 三燕人→秦氏
N1-LLY22g* 1.20% 羌
Q-P36 0.40% 月支
R-M207 0.40% 回鶻
I-P19 0.40% 粟特
豊葦原瑞穂国 瀬戸内畿内
根之堅州國 山陰・東海・関東
- 34 :世界@名無史さん:2014/03/03(月) 18:51:49.11 0.net
- なぜ日本人のDNA論議になるんだ…
- 35 :世界@名無史さん:2014/03/03(月) 19:05:03.18 0.net
- それは、千年恨で周りが見えてないからw
- 36 :世界@名無史さん:2014/03/03(月) 19:46:10.99 0.net
- たしかに遺伝子厨ってのはクソKYだな
- 37 :世界@名無史さん:2014/03/03(月) 20:32:14.70 0.net
- 歴史学の話しろよ!
- 38 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 14:26:53.20 0.net
- 騎兵としての鮮卑は後漢のころから定評があったよ。
傭兵として雇ったのは失敗。
結局民族が南下してきて中国は彼らの支配下にされた。
- 39 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 15:16:59.70 0.net
- 鮮卑といっても、拓跋部と宇文部と禿髪部あたりじゃルーツが異なってそうだなぁ
遊牧民的な支配・恭順ベースの集団の移り変わりでなく、
言語・文化的な連続性でみた集団の変遷を詳細に知ることが出来たら面白いだろうな
- 40 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 18:46:54.99 0.net
- >>39
言語は無理だろ漢民族化して1400年たってるし
- 41 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 19:23:05.05 0.net
- 日本にいる鮮卑族の末裔で一番有名なのは桜井誠
- 42 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 19:29:18.01 0.net
- 朝鮮族だろ桜井誠
- 43 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 20:55:31.12 0.net
- >>39
拓跋部のルーツはわからないんだっけ?
北魏の史書で天女の子孫ってことになってるけど
- 44 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 21:07:40.84 0.net
- 拓跋部と禿髪部って似てるな
- 45 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 22:07:34.98 0.net
- 禿髪部は河西回廊(甘粛地方)にいたから、根拠地が離れてるんだ
禿髪と関係が深いのはむしろお隣にいた吐蕃で、その国号も禿髪からの転化じゃないかという説も
- 46 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 22:18:39.49 0.net
- チベットって鮮卑と関係ないような…
- 47 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 22:51:43.28 0.net
- 吐蕃の前に青海を支配していた吐谷渾は、鮮卑慕容部の分派がチベット系土着民を支配する国
吐蕃についても王室は拓跋部の流れとしている史書はあるようだがなー、拓跋だとさすがに遠すぎ感
- 48 :世界@名無史さん:2014/03/07(金) 23:14:50.86 0.net
- 西夏の李王家も拓跋名乗ってたからなぁ
唐に冊封されるまで…
- 49 :世界@名無史さん:2014/03/08(土) 21:18:52.59 0.net
- 今現在の中国人の祖先は鮮卑とか五胡十六国の時代に中原に
新入してきたやつらの子孫だけどなw
- 50 :世界@名無史さん:2014/03/08(土) 22:50:34.23 0.net
- ?や羌のチベット系は、馬騰あたりから五胡十六国前期くらいまで鼻息あらかったのに、
そのあともっと頑張れよと思わないでもない。
でも鮮卑が溶けて消滅したことを考えると、辺境で小さくまとまって正解だったのかな。
流れに流れて、ビルマという独立国家を存続させることもできたし。
- 51 :世界@名無史さん:2014/03/09(日) 18:53:39.80 0.net
- 漢化してしまって、辺境にいる集団だけ固有言語が残ったんだよ。
羌も固有の言語で話すのがいっぱいいたはず。
家系的に姜姓の李氏なんかは、五胡系だから潜在的に羌も鮮卑も多いと思われ。
- 52 :世界@名無史さん:2014/03/09(日) 22:24:54.04 0.net
- 桓温、北伐により羌と鮮卑を討つ
- 53 :世界@名無史さん:2014/03/09(日) 23:26:46.50 0.net
- その観点でいうと、鮮卑もおそらくは末裔であろう集団が周辺に生き残ってんだよな
モンゴルと名前は変わったが・・・何部の血がもっとも濃く残ってるかはわからんけど
- 54 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 19:36:32.74 0.net
- 内モンゴル自治区には500万人のモンゴル族がいるぞ
モンゴル本国より多い。
女真族の子孫の連中は大抵漢民族と届けるらしい。
文化大革命で迫害されたから。
大陸の歴史は過酷だなぁ…
- 55 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 21:21:46.65 0.net
- 言語も信仰も祭祀も失ってしまった満洲族だが、一人っ子政策の影響で
1980年代に2000万人も増えた。
- 56 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 23:20:20.10 0.net
- >>55
1000万人じゃね?。ともあれ激増したのは確かだ
- 57 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 23:30:57.73 0.net
- 都市でペットを飼うために、少数民族登録する人もいたんだよw
- 58 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 23:45:30.04 0.net
- 普通の漢人が満州族になりすまして子供生んだりするのも可能?
- 59 :世界@名無史さん:2014/03/11(火) 23:57:40.17 0.net
- 農村ならば、民族籍は自己申告でほぼ通るからな。可能だよ。>>58
都市だと、バイリンガルだと確認されたり、宗族会(族譜の出版元)の会費払っているかとかチェックされるかももしれんね。
- 60 :世界@名無史さん:2014/03/12(水) 00:36:35.51 0.net
- >>57
たかがペットで民族変えるほどに民族が平等で軽いのか、少数民族となるも
辞さぬほどにペットが重いのか
- 61 :世界@名無史さん:2014/03/12(水) 15:00:02.80 0.net
- >>48
拓跋魏も曹魏との縁で魏名乗ってたシナ
- 62 :世界@名無史さん:2014/03/12(水) 16:03:15.45 0.net
- 中国で日本という民族籍は大変そうだなw
残留孤児の人が苦しむわけだw
- 63 :世界@名無史さん:2014/03/12(水) 20:19:50.59 0.net
- >>62 残留孤児は、55小数民族と違い、ヤマト族には優待条件が無いので、
養父母や兄弟と同じ民族(たいがい漢族 まれに蒙古族)で登録しているよ。
- 64 :世界@名無史さん:2014/03/12(水) 23:28:12.45 0.net
- 【女性専用の寝台車両がある寝台特急あけぼのが廃止になるので大歓迎】
JR東日本が行った男性客に対する悪質な乗車拒否作戦
JR東日本の本社職員・支社職員・駅員が行った
寝台特急あけぼののレディースゴロンとシートに乗車者する男性客への乗車拒否バリケードです。
男性を侮辱した人権侵害の一連の模様をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=taqjOajeu5E&list=PLZFU6ES8QfYprxusuhSXsAQcvu5y6y40q
- 65 :世界@名無史さん:2014/03/13(木) 15:21:33.63 0.net
- シボ族が鮮卑の子孫ってことになってるけどどうなん?
- 66 :世界@名無史さん:2014/03/13(木) 17:17:36.55 0.net
- 民族衣装が確かに北魏のものに酷似してるけど?
- 67 :世界@名無史さん:2014/03/13(木) 19:15:07.83 0.net
- >>65
彼らの叙事歌、西遷之歌の信憑性次第だろう
(概要)
南を目指した人々は、鮮卑と呼ばれていた。彼らが大興安嶺山脈の中で道に迷い、途方に暮れていると、
虎のような爪を持ち、馬に似た身体に角を生やした、一頭の聖獣が現れ、道案内をしてくれた。
彼らはこれをトーテム獣として祀ることにし、住居の西または北の壁にこの獣の図を飾るようになった
- 68 :世界@名無史さん:2014/03/13(木) 20:01:12.18 0.net
- >>67
ユニコーンの神話ってゲルマンだけじゃないのね…
- 69 :世界@名無史さん:2014/03/14(金) 11:10:28.25 0.net
- 私のたった一つの望み
- 70 :世界@名無史さん:2014/03/14(金) 11:12:34.83 0.net
- ガンダムユニコーン禁止
- 71 :世界@名無史さん:2014/03/14(金) 12:34:13.52 0.net
- 三國時代の500万人が晋代に1500万人まで増加
しかし、八王の乱とそこから火がついた五胡十六国の乱でまたもや減少
その人口を埋めたのは北方遊牧民
後漢代と同じ5000万人台を回復するのは隋の統一まで待たねばならない
中国人の中身が入れ替わったことは切韻の発音表を見れば一目瞭然
- 72 :世界@名無史さん:2014/03/14(金) 12:42:02.28 0.net
- 「鮮卑」って「鮮卑山」に行った東胡の子孫だから鮮卑と呼ばれてるだけで
実際のところ、本人達の自称って中国側からの史料には残ってないのよな
- 73 :世界@名無史さん:2014/03/14(金) 23:18:46.00 0.net
- 遊牧民が着けるベルトのバックルを集団名とした説のほうが納得感はある
白鳥庫吉のいうように、盤踞する民族名→地名という名付け順かもしれんしな
「漢書」匈奴傳
犀[ ],胡帶之鈎也。亦曰鮮卑,亦謂師比,總一物也,語有輕重耳
※{ ]内は「田比」を一字にしたもので、犀とあわせて漢音で「さいび」、中古音で「sieibi」
- 74 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 01:03:40.04 0.net
- >>71
しかし北方遊牧民って何百万人もは居ないんじゃね?
北方が空になったわけじゃないし
- 75 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 04:11:26.62 0.net
- >>74 西からも来たのであろう。
『春秋左氏伝』では、「戎狄豺狼」という話を載せているし、
現代語にも、「诸戎」「群狄」というのもある。
東周の頃から、華夏の人々の間では、西戎と北狄というのがあると認識されている。
『後漢書』にも、水平移動してくる西戎、それをとりいれる秦みたいな話(五帝の嚳になぞらえた形) も載っている。
禿髪や宇文のように、西からやってきた集団は、やはり五胡十六国以後も西方でも活動している。
- 76 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 16:42:44.45 0.net
- >>75
西も乾燥地帯に高山で人口密度少なそう。そんなだからこそ土地が空いた、
それ移住ということになったんだろうけど
北朝の内に漢化が進んだようだが、支配者側だとあんまし民族性に拘る
動機が薄かったのかな
- 77 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 17:04:44.00 0.net
- >>53
ハルハモンゴルの祖先は、室韋。鮮卑や烏桓/烏丸とは別集団。
内蒙古の呼倫貝爾あたりには、契丹の語彙が残っているので、そのへんも鮮卑や烏桓/烏丸とも別集団。
- 78 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 17:22:50.13 0.net
- ・・・と書いてしまった後に気付いたが、
ホロンバイルは鮮卑山の(興安嶺)の南。鮮卑の末裔が契丹に合流している可能性がある。
- 79 :世界@名無史さん:2014/03/15(土) 18:28:57.83 0.net
- その室韋が、史書では鮮卑の末流にされてるからそう言ってるんじゃないの?
まぁ、史書については中核氏族と臣従集団との区別を曖昧なまま記述しちゃってるだろうけど・・・
とはいえ「北書」なんかだと7世紀前半の完成だから鮮卑がどういうものかまだ把握してるだろうし、
そのうえで室韋に相応の近似性を見出して書いてるんじゃないかって気もするけどね
- 80 :世界@名無史さん:2014/03/16(日) 15:50:25.09 0.net
- かなりの部分が漢地に行って漢化し隋唐の支配者になったけど
元の地に残った鮮卑の集団は尚可孤が纏め上げた
これが松・漠の地にいたけど安史の乱の後あたりで
朝廷側に立って戦い信任を得て長安周辺に移住した(『旧唐書』144)
そこで勢力の空白地となった松・漠の地に勃興したのが契丹
その一部が細々と残っていたけど契丹に圧迫されて
後晋のころに鮮卑謙がラン州に移り住んだ
金の支配下でモンゴルに呼応して鮮卑仲成が挙兵したけど討ち死にし(『永平府志』)
弟の鮮卑仲吉が跡を継いで、子孫もモンゴルの重臣として栄えた(『元史』165)
その子孫が鮮卑氏から卑氏となって現在に至る
- 81 :世界@名無史さん:2014/03/17(月) 01:29:22.02 0.net
- あんた結構な博識だな、簡単にウラとってみたがどうやらその通りのようだ
なお卑姓ってのは鮮卑由来じゃないのもあるから、卑さんがいたら即鮮卑系・・・とはならんみたいね
- 82 :世界@名無史さん:2014/03/17(月) 21:38:07.81 0.net
- >>80
契丹族ってまだいるん?
- 83 :世界@名無史さん:2014/03/17(月) 22:14:39.40 0.net
- 契丹の子孫は、蒙古か達斡爾なのでは?
- 84 :世界@名無史さん:2014/03/18(火) 00:33:28.58 0.net
- >>82
契丹という民族意識を持った人はもういないはず
清代の『続通志』82に耶律氏が伊喇氏に、蕭氏が舒穆禄氏(地名から取った)になったと記してある
元が滅んで、漢化を拒んだ人たちは北方に戻って勢力を保ち八旗になったらしい
伊喇氏は伊拉里氏ともいって
和舜武(『清史稿』359)や張作霖を帰順させた増祺(『清史稿』453)を輩出し
舒穆禄氏は満族八大姓の一つになるほどの大勢力で
揚古利とその一族(『清史稿』226・227)のように清の建国の功臣だったり
『明史』の編纂に携わった徐元夢(『清史稿』289)や二十世紀の文豪の老舎のような文人もいる
「高麗系」が「漢人八旗」になったように
契丹の末裔はすでに清初に満洲族に溶け込んでたみたい
ただ『清史稿』85に舒穆禄氏だけ他の満洲族と祭祀の方法が違うみたいなことは書いてある
あと耶律禿花の子孫という人たちが雲南に十五万人ほどいる
- 85 :世界@名無史さん:2014/03/18(火) 01:21:48.12 0.net
- 契丹が出てきたついでに
誰か古代の漢字の音読みに詳しい人がいたら教えて欲しいんだけど
「耶律氏」と『新唐書』221上に出てくる「野利氏」、『文献通考』334の「野律氏」は同じ音を漢字で記したものかな?
「耶」と「野」が通じててこの野利氏と耶律氏が同じ氏族で
タングートの一氏族が東遷して契丹の支配者となったとすると
複雑怪奇でかなりありえない展開なんだけどどうなんだろ
抜里・乙室已・述律の三氏を合わせて蕭氏にしたと『遼史』67にあって
述律氏がウイグルってのは史書に書いてあるから確実だけど
『新唐書』に野利氏と一緒に出てくる把利氏が抜里氏なんだろうか?
そうなると『金史』の「交聘表」に出てくる西夏の使者の姓の把里だの芭里だのは故地に残った一族かな
このあたり思いつきで書いてて自分でもかなりあやふやな感じがするんだけど
このあたりちゃんと分かる人誰かいない?
- 86 :世界@名無史さん:2014/03/18(火) 01:54:01.68 0.net
- 漢代の説文解字なんか見ると律の音が「リツ」ではない模様
唐代までにどう変わるかだなぁ
- 87 :世界@名無史さん:2014/03/18(火) 20:42:33.22 0.net
- とりあえず、隋唐期の中古音を以下に記す(4研究者の各説を併記)
発音記号については文字化けしないもので代替してる
正確なものは http://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/ccr/ にて参照のこと
耶: ia / ia / ja / ia
野: ziwo / zio / zjo / dzio (※字號10826分)
野: ia / jia / ja / ia (※字號13195分)
述: dzhiuet / dziuet / dzhjuet / ziuit
律: liuet / liuet / ljuet / liuit
利: lji / li / ljei / lii
把: pa / pa / pa /pa
拔: -- / biwet / bhjet / biat (※字號21623分)
拔: bhuat / buat / bhuat / biat (※字號22190分)
拔: bhwat / beat / bheat / bat (※字號22211分)
芭: pa / pa / pa /pa
里: lji / lia / li / li
- 88 :世界@名無史さん:2014/03/19(水) 07:40:39.20 0.net
- >>87
ありがとう、こういうので調べるんだね
耶と2番目の野は同じみたいで
『新唐書』と『文献通考』で同じ氏族名を利と律に書いてあるけど
最初の発音はあってるから聞き取った漢人が語末を聞き取れたかどうかの問題かもしれない
抜里氏と把利氏はまるっきり合わないみたいだからこれは無しだね
野利氏と耶律氏が通じるとしてあとは傍証が何かあればいいんだけど
『遼史』37と『契丹国志』の序文で奇首可汗の神話があって
あれをみると昔からその地に住んでた一族みたい感じがして
西から移ってきたらしい話が見当たらない
たまたま名前が似ているのかもしれない
- 89 :世界@名無史さん:2014/03/19(水) 16:53:34.64 0.net
- 女真は女真族の中でも農耕してるやつから狩猟民、遊牧してるやつまでいるぞ。
熟女真とかいろいろ区分けされてるけど、、、、
李氏朝鮮の李成桂は女真だよね?
- 90 :世界@名無史さん:2014/03/19(水) 18:09:03.31 0.net
- gobaku?
- 91 :世界@名無史さん:2014/03/19(水) 22:41:39.64 0.net
- >>88
まあ、そんなとこだろうね
その『新唐書』221上の野利氏の記載箇所近傍をみると、吐谷渾や吐蕃の存在が見てとれる
吐谷渾は鮮卑慕容部の流れだし、吐蕃も王室は鮮卑の流れとする史書もある
いっぽうで、『隋書』あたりだと契丹は鮮卑宇文部→奚→契丹という流れとしている
したがって、鮮卑時代に部によらず「ia-liuit」的な一般的な名があって
それが東西で原型を留めたまま残り、後になってそれぞれ記録されたとでも推測したほうが自然に思う
- 92 :世界@名無史さん:2014/03/20(木) 16:35:17.50 0.net
- 【画像あり】日本人研究者が韓国古代史分野で日本の通説に反論 ←顔観て あっ察し
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news/1394598042/
日本人の歴史研究者が、「統一新羅と渤海は、中国に朝貢して政権を認めてもらう関係だった」
という日本の歴史学界の定説に反論する研究で、博士号を取得した。
ソウル大学国史学科は先月、小宮秀陵さん(33)が提出した
博士学位論文「新羅・渤海の対唐藩鎮交渉研究」を承認した。
論文の要点は「9世紀初めに相次いだ反乱で唐の影響力が弱まった後、
新羅・渤海は唐の藩鎮(皇帝から領地を授けられた節度使が治める地方政権)と直接交渉し、
実利を追求した」というもの。また「新羅と渤海は藩鎮と物資および人を交流させて利益を上げ、
さらに唐の朝廷の要請で朝廷と藩鎮の対立に介入するなど、唐内部や東アジアの国際情勢に影響を及ぼした」
としている。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/03/12/2014031201315.html
http://uproda.2ch-library.com/770161nw8/lib770161.jpg
- 93 :世界@名無史さん:2014/03/20(木) 23:33:22.71 0.net
- >>71
前趙の頃胡人が500万にたいし漢人2000万いたんだから
入れ替わったてのは言いすぎだろ
それに長江以南には五胡入ってきてないしな
- 94 :世界@名無史さん:2014/03/21(金) 00:00:23.55 0.net
- 疫病に強い胡族 胡族の比率が増えたのであろう
- 95 :世界@名無史さん:2014/03/21(金) 15:10:59.67 0.net
- >>93
中原から長江以南への移民はその後も異民族が侵入するたびに起こってるが?
漢民族と言っても古代と今では遺伝子が違うと思うよw
- 96 :世界@名無史さん:2014/03/21(金) 15:19:45.37 0.net
- >>95
民族と遺伝子はまるで関係ない
- 97 :世界@名無史さん:2014/03/21(金) 20:02:59.15 0.net
- >>96
中国と言えば食人だけど
中国の場合唐代以降食人に対するハードルが下がってるように思えるが?
普通に食べるよね人。
- 98 :世界@名無史さん:2014/03/22(土) 13:05:02.97 0.net
- ネトウヨ「鮮卑とは卑しい朝鮮人の略である」
- 99 :世界@名無史さん:2014/03/22(土) 18:31:35.36 0.net
- 鮮卑は朝鮮人の飼い主だった時代もある
- 100 :世界@名無史さん:2014/03/23(日) 12:36:46.06 0.net
- >>97
唐宋期以降に人肉食うのは、南のほうが顕著だろ?
牛や羊といった家畜飼っていた五胡族は、同種生物だと同じ細菌やウィルスが伝染しやすいことを
経験的に知っていたから、人肉は食わないようにしていたよ。
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