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唐宋変革期
- 33 :世界@名無史さん:2017/10/06(金) 22:39:07.11 0.net
- 唐の時代を均田制に基礎をおいた社会で、国家は土地と人民を直接支配し、均田農民から租庸調・雑徭という税制によって搾取してきた。
この均田農民を奴隷とみなし、唐の時代を古代奴隷制社会であるというと見方があった。
府兵制や租庸調にみられる国家によるきびしい支配は、多くの農民を逃亡・没落させ、やがて逃亡した農民たちは佃戸となっていった。
そのため国家は税を取ることができなくなり、税制は、租庸調から両税法に変わっていった。
この税制は、土地と資産に応じて納めるもので、唐は、国家の大原則である公地公民制を自ら否定し、土地の私有化を国家が正式に認めることを意味したものである。
これ以後、地主―佃戸制が中国社会で大きく広がり、宋代以後、清代にいたるまでの基本的な生産関係となった。
そして、佃戸を支配し、勢力を強めた地主階級が、科挙制度を通じて官僚となり、地主=官僚が宋代以後の皇帝独裁体制をささえる支配階級となったのである。
地主―佃戸は中世ヨーロッパ社会における領主−農奴に相当するとみなされ、宋から清までを中国の封建社会ととらえる。
つまり、「唐宋変革期」とは、唐の均田制にもとづく古代奴隷制社会から、宋代の地主―佃戸制にもとづく中世封建社会への変革の時期であったという見方である。
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