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素人おじさん バレエ奮闘日記 2冊目

1 :踊る名無しさん:2022/05/19(木) 07:26:31.82 .net
東京のバレエ団付属
名門バレエ学校黒崎バレエアカデミー

その学校に20年以上通う、本作主人公初心者クラスのバレエおじさん田中さんの回想録第二弾!!
若かりし頃の田中さん、そして彼を取り巻くバレエに情熱を燃やすバレエダンサー達のバレエにまつわる物語。

○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。
登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。

※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。

2 :踊る名無しさん:2022/05/19(木) 18:46:50.02 .net
■過去スレッド
素人おじさん バレエ奮闘日記【リレー小説】
https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/dance/1639368993

3 :踊る名無しさん:2022/05/21(土) 10:45:59.82 .net
公営テレビ局につとめる安田理恵子は困っていた。

「全然いい企画思い付かないんだけどぉ!」

現在携わっている番組がそろそろ終わることもあり、新企画を考えなければならなかったのだ。
コンセプトが「その辺にいる人の頑張りや才能を世間に広める」というところまで決まっているが、そう簡単にいい企画が思い付くわけもなく…

「今日も趣味のバレエでストレス発散しよっ!」

という感じで、気分転換にベルベットのオープンクラスに通う日常を送っていた。

スタジオの待合室でストレッチをしていると、見かけない顔が受付に現れるのに気づく。オープンクラスであるため色んな人がくるといえば来るが彼らは目を引いた。

「な…なに? イケメンだわ…!」

そこに現れたのは、この物語の主人公田中さん、そしてその田中さんと同じバレエアカデミーに通う二人、スペイン系を踊らせれば右に出るものがいない魅力のある高瀬蓮、古典の似合う正統派な有沢さんであった。

「あの子たち、誰?」
「安田さんご存知ない? 黒崎バレエアカデミーの子たちで、最近スタジオに来てるのよ!」

そのとき安田の頭に閃いた新企画のタイトル。
『バレエの王子になる! 〜“日本最高峰”黒崎バレエアカデミーの青春〜』

「こ、これだわ…!」
「え?」

4 :踊る名無しさん:2022/05/21(土) 21:45:36.59 .net
オープンクラスバレエスタジオ、ベルベットの講師の一人、
影山清志郎はS&Bバレエ団の若きソリストだ。
お手本の美しさで人気はあるが、教え方は極めて淡泊。
次々動かしては「はい、いいですよ」とそっけない。

ところが、素人男性たちには急に指導に熱が入る。
(今日も例の三人が来たか。しごきがいがあるやつらだぜ!)

「とぉ!」「はっ!」「やっ!」
最近、ますます気合が入っている田中さん、
高瀬蓮や有沢さんに負けまいと、跳びながら思わず声が出てしまう。

「気合の入った踊りは、嫌いじゃないです。
しかし、全幕ずっとその調子では踊れないので、
自然な呼吸の中で動くことを心掛けて」

影山はバレエに熱心な素人男性、田中さんのことを気に入っているのだ。

5 :踊る名無しさん:2022/05/21(土) 21:45:57.85 .net
(影山先生は俺がいつか全幕の主役を踊ると思ってるんだな!
やはり、未完の大器の片鱗が見えてしまうのだろう…)

と田中さんが思っている一方で、

影山は、この前のロミオとジュリエットの公演の乱闘シーンで
気合入りすぎセットの階段から滑り落ちそうになったのを反省していた。
(気分が乗ってるときほど、ケガに気をつけなきゃな…)

「高瀬さん、ここで肩に力みが見えます。そう、空中でもエポールマンを。
有沢さんの降り方は柔らかくていいです。次のパにつなげるプリエを」

「うん、これは、なかなかの壮観だわ…!
イケメンの全身を、こう…足元からティルトアップして。
絶対、いい画が撮れるわ!」

安田理恵子は画面のイメージを膨らませていた。

6 :踊る名無しさん:2022/05/21(土) 23:18:07.38 .net
ベルベットのオープンクラスは殆ど中年女性が多いためか、若い男性というだけで注目の的であった。
男性も来るには来るが金と時間にゆとりのある中年以上の男性がだいたいだ。
美青年な高瀬蓮や有沢さんはもちろん、面白キャラの田中さんもマダム達からチヤホヤされている様子。

「ねえねえ、あなた達も“オドリライフ”に参加してみない?」
「オドリライフってなんですか?」

レッスンが終わりクールダウンをしていると、女性生徒の一人が田中さん達に声をかけてきた。
オドリライフというのは年に二回、ベルベットで催される発表会で、素人の大人が多いが小品集や幕ものまである本格的な舞台だ。

「なんだか面白そうですね!」
「若い男の子が参加してくれたら盛り上がるわよ! 男性はただでさえ少ないしいい役貰えるんじゃない?」
「今年は確か『くるみ割り人形』じゃなかった?」

それをきいた途端、田中さんはビクッとした。今ヴァリエーションクラスでまさにくるみ割り人形の王子を練習しているからだ。

7 :踊る名無しさん:2022/05/22(日) 07:18:35.99 .net
田中さんは考えていた。
もしかしたら、自分が王子様になれる絶好のチャンスなのではないかと。ならば舞台に出るしかない。

「あの…舞台はここの生徒の方だけなんですか?」
「そうね。主役も雰囲気がマッチした上級者の生徒から選んでるわね。
男性はパ・ド・ドゥのクラスの常連さんが主役を踊っていたわ。今回は参加しないみたいだからどうなるのかしら」

これは良いことをきいたとワクワクが止まらない田中さんは、早速オドリライフの参加申し込み手続きを行った。

8 :踊る名無しさん:2022/05/22(日) 22:24:29.41 .net
田中さんが参加するということで、高瀬蓮と有沢さんも面白そうだとオドリライフに参加することに。
配役決定のためのオーディションが来週日曜日にあるらしく、審査員は振付や演出を担当するベルベットの講師陣。その中には影山もいた。

「オーディション…嫌な思い出が…」

田中さんはオーディションという言葉を聞いて顔が曇った。
覚えているだろうか? 田中さんはリチャードに誘われた『コッペリア』の主役オーディションで落とされてしまったことを。

「別に役を決めるためだけですから落とされる心配は無いですよ」

高瀬蓮が田中さんにフォローをいれる。

「それもそうだな!」
「一緒に頑張りましょう」

9 :踊る名無しさん:2022/05/23(月) 17:32:15.08 .net
やはり幕物の王子様ともなると。
とうとう、古典バレエの華、グラン・パ・ド・ドゥか?!

「蓮くんも有沢さんもパドドゥの経験があるんだよね?」
と田中さんは二人に聞いてみた。

「ええ、この前お手伝いに行った発表会で、
アンサンブルの小品で数小節だけ組むところがあったんです。
素人の女性と踊るのは、正直、けっこう大変で…」

黒崎のパドドゥクラスに来るのは選抜された人だけだが
そういう子達とは勝手が違った。
ゲストダンサーも楽ではないと、蓮は悟ったのだった。

「えー、客席から見たらすごく上手だったよ!
相手の女性は蓮くんと踊れて妙にうれしそうだったし」

10 :踊る名無しさん:2022/05/23(月) 17:36:41.23 .net
「それが…、僕の力量が足りないせいで、
タイミング合わなくて、すごく重くて…
しょっちゅう崩れそうになって、立て直すのに苦労しました。
それでも、相手の女性が嫌な顔せず練習してくれたので、何とか」

苦笑いする蓮の横で有沢さんは、大変だった中学生の夏の記憶を思い出した。

「僕がパドドゥ踊ったのは、子供のころですけど
上手な女の子でも相手が不機嫌な日は、急に重く感じたりしました」

二人とも舞台でパドドゥ経験者かあ!
俺も早くそういう経験談を語ってみたいぞ。
「女性を美しく踊らせるのは、王子様としての務めですから」とかなんとか…。

そのためにも、オーディションで王子様役をゲットしなきゃな!

11 :踊る名無しさん:2022/05/24(火) 15:06:32.88 .net
えええ?太鼓の踊り?ラ・バヤデールに出てくる?

鈴木さんは驚いてマダムケイコの顔をまじまじと見た
マダムケイコとは鈴木さんが勝手につけたあだ名で
本名は知らないが最近ベルベットでも見かけるようになった謎のがっしりした女性である

うぇぇ女性ばっかりで太鼓の踊りを毎回踊り込むんだ〜しかもすごい盛り上がるんだ〜
オープンスタジオは主催の先生によってほんと自由なんだなぁ謎だ・・・
がしかし確かにジャニーズのような細くてかわいらしい日本男子ではあれはさまにならぬ気がする

田中君なんかあのど外れ方が向いてるかもしれない

残念ながら田中君にとって王子様以外の役柄はアウトオブ眼中なのだが

12 :踊る名無しさん:2022/05/26(木) 07:17:58.76 .net
「ここね…田中くんが通ってるスタジオ」

「ぁ…田中くん」

田中さんに片思い中のマリアが田中さんがベルベットに通っているのを聞きつけて行ってみれば、なんと田中さんの姿が。
更に彼がオドリライフに参加するという話を耳にした。

「田中くんは王子様を狙っているのね…。
私が参加して、金平糖の精の役をゲット出来れば、田中くんとデュエット出来るかもしれないわ…!」

マリアは王子様姿の田中さんと金平糖の精として大舞台でアダージオを踊る妄想を膨らませていた。妄想でにやつくのを堪えながら、受付に自分もオドリライフに参加すると伝えた。

13 :踊る名無しさん:2022/05/26(木) 23:26:11.83 .net
田中さんのことで有頂天になっていたマリアであったが、田中さんのすぐそばに有沢さんの姿があることに気づき、気分が一気に落ちてしまった。

「ああ…何でケイトくんまで一緒なのかしら……」

憎たらしい男…。
有沢さんの姿をみる度に、苛立ちや憎悪、不満、そして何故か悲しみや喜びが混ざり合って、穏やかな気持ちになれない。

かつてはとても憧れた人だった。
誰よりも努力家で、誰よりも直向きで、誰よりも美しく見えていた。共に練習に励んだあの頃の輝きが、自分に見せた彼の柔らかな微笑が脳裏をよぎる。

マリアは思った。
あの時、有沢さんがバレエを冒涜するような態度を見せたが、こうして戻ってきたのはなんだかんだ好きだったのであろうか?
それに考えてみれば、今の有沢さんはバレエに対して誠実で、一切の迷いも無いように見える。もしかしたら、昔の彼とは違うのか?

14 :踊る名無しさん:2022/05/27(金) 09:37:52.61 .net
ケイトの身体はクセがない。
あれほどすっきりした立ち姿の男性は珍しい。

あの頃、ケイトの心は全然見えてこなかった。
「もしもし?私はここにいるのよ?」といくらノックしても
決して開いてくれない重たい扉のように。

15 :踊る名無しさん:2022/05/27(金) 11:19:47.14 .net
「へえ、先生によっていろんな小品が企画されてるんだなあ…」
田中さんはロビーに貼りだされている
小品作品リストや幕物の役を見ていた。

「男性は少ないだろうし、あっちにもこっちにも出てくれって
引っ張りだこだったら困るなぁ〜。
『残念ですが、先生、俺は今回はくるみの王子に集中します』
って他の先生は断らないと…」
うしし、と田中さんは微笑んだ。

おっと、いかんいかん。
ついつい安直な成功と称賛を夢見るのが俺の悪いクセ!
という自覚はあるんだなー。
でも妄想に向かって、努力を怠らないのが俺のエライところ。

一応まだ初心者だし、いろんな先生に『ぜひこっちの作品に入ってもらいたい』
って言われたら『喜んでお受けします』と言うべきかな!
俺の踊りを求められて、ダンサーとしては出ないわけにはいかないっしょ!

うしし。
田中さんのニヤケ笑いは止まらなかった。

16 :踊る名無しさん:2022/05/29(日) 00:22:43.70 .net
「オドリライフか…。
でも今回は私は参加しないで、オドリライフに参加するバレエ男子達のドキュメンタリーを作りたいわね…」

安田は高瀬蓮や有沢さんを眺めながら独り言をこぼしていた。

「ああ…特にあの二人、なんて美しいの…。
シンプルなレッスン着がとても似合ってるわ…身体のラインも脚線美も……それに……ゴニョゴニョ」

舐めるような視線で、頭の天辺からつま先までみると、下半身の膨らみに自然と目が行ってしまった。
いけないいけないと、安田は首を振って邪念を払う。

「危うくあの二人でタイツ姿でイチャイチャしあうエロBL展開を妄想しちゃうところだったわ…!」

17 :踊る名無しさん:2022/05/29(日) 08:30:27.30 .net
『ケイトくん、僕は出会ったときから君のことが気になってた…』

『いけないよ、蓮くん、僕はこんなこと初めてで…』

『君の初めてを僕がもらうよ…』

高い天井と窓があるスタジオに夕陽が差し込み、フロアに長く伸びる二人の影。

ロダンの彫刻『接吻』…ああいうポーズがいいわね。
片方が身をゆだね、情熱に我を忘れる姿。
二人のまわりをカメラがぐるぐる回って撮影して、めくるめく恋の高揚感!
映画『マトリックス』で話題のバレットタイム撮影を試そうかしら!

…いけないいけない!
職業病だわ。
うっかり、妄想に撮影設定まで作りこみそうになったじゃないの。
今回はそんな番組じゃないんだって!
「その辺にいる人の頑張りや才能を世間に広める」っていう企画なんだから!

18 :踊る名無しさん:2022/05/29(日) 22:06:44.03 .net
何やら凄い視線を察知した有沢さんは高瀬蓮から離れて、田中さんのいる掲示板の方へ移動した。
タイツのもっこりをクラスの女子からからかわれてしまった有沢さんは、その頃から自分に向けられる視線に敏感になってしまったのだ。

「田中さん、小品集面白そうなのありましたか?」
「色々ありすぎて分からないな〜。
…へえ、コンテンポラリーまであるんだ。けどクラシックの方が俺の好みだな。
有沢さんは?」

所属講師やクラスが多いだけに、小品集の演目やコンセプトなど種類も豊富だ。
またベルベットではクラシッククラス以外のクラスもあるため、コンテンポラリーやキャラクターダンス、ヒストリカルダンス(宮廷舞踏)などの珍しいものまである。

「キャラクターやヒストリカルまであるみたいですね。クラシックもいいですが、こういうのも僕は興味あります」

向村バレエ学校に在籍していた子ども時代、そこではコンテンポラリーは選択科目、ヒストリカルダンスやキャラクターはクラシック同様に必修科目であったため、有沢さんは一通り経験していたのだ。

19 :踊る名無しさん:2022/05/31(火) 07:50:07.58 .net
くるみ割りか、と有沢さんはつぶやいた。

小学3年のときに、1幕の子供、兵隊、中国の踊りを踊った。
みんなで大急ぎで楽屋に走って2回の早着替えをしたっけ。
中学1年のときには、客人の踊りとあしぶえ。
民族舞踊は、白鳥のナポリやチャルダッシュ
男子たちでウクライナ民族舞踊のゴパック等々…。
向村バレエ学校で経験した数々の作品たち。

コンテの先生は言うことが独特だった。
クラシックの先生は「キチンと、はっきりと、正確に」と言うのに
「キチンと踊れず崩れた瞬間にも、表現の可能性がある」

反抗期、受験、期待や重圧、タイツの気恥ずかしさ、
中学3年の夏に、いろんな思いがごちゃごちゃになって、
「どーでもいいじゃないか」という気持ちで離れたけれど、
あそこで、確かにバレエの理解と実力の大部分が培われていたんだ。

20 :踊る名無しさん:2022/06/01(水) 15:35:05.97 .net
田中君はそれなりにハンサムだけど、立ち姿はちょっとがに股っぽい
中村君はひょろっと背か高くて手足は長いけどパワー不足かな〜
僕は背は足りないし、パワーはそれなりにあるつもりだけどなんか華が無い
その点有沢君は立っているだけで遠くから見ても「出来そう」なオーラがあるよね

その違いはいったいどこから来るのかな・・・やみくもにレッスンの時間を増やしたり
筋トレで体を作ったりしてもあんな感じにならない気がする

鈴木さんは理論から入るタイプ
なにせ彼は苦手な水泳を本で覚えたという猛者なのだ

21 :踊る名無しさん:2022/06/01(水) 15:55:39.41 .net
日曜日、いよいよ発表会の配役オーディションが行われる。
登録会員数、数百を誇るオープンスタジオベルベットと言えど、
発表会に出る素人男性会員の数はそう多くはない。

「男性はかならずソリストだな!
しかし、役はいろいろあるようだから、
ここはがっつり王子様アピールして、選ばれないとな!」

田中さんは自慢の白タイツをはいて、ストレッチに余念がない。

22 :踊る名無しさん:2022/06/01(水) 22:36:48.44 .net
オーディション会場には今回ベルベットの舞台オドリライフに関わる講師陣やベルベットの経営者が審査員として並ぶ。
皆真剣な面持ちで、オーディション受験者達を見守っていた。それがいつものオドリライフのオーディション風景。

だが今年は彼ら以外の実に珍しいメンバーの姿もあった。

「はい。若いバレエ男子をメインに撮していってください」
「安田の姉さん、了解っす」

安田をはじめとする公営テレビ局のスタッフたちである。ベルベットやオーディション受験者達の了承をもらい、こうして貴重なオーディション現場の撮影が叶ったのだ。

「白タイツの彼、いいですね。何というか存在感があるというか……如何にも王子様狙ってる感じ?
彼をメインにしたドキュメンタリーに作り上げるのも良さそう!」

テレビ局スタッフたちの目に留まったのは、白タイツ姿の田中さんであった。

23 :踊る名無しさん:2022/06/03(金) 22:15:48.42 .net
男性参加者たちは、あえて撮影スタッフを意識しないよう
無表情にストレッチをしていた。

スタッフは、TV映えしそうなルックスの高瀬蓮や有沢さんに目をつけていたのだが、
二人とも、なかなかカメラのほうを見てくれない。

そんな中、テレビクルーが来ているのがわかると、田中さんは

ニカッ

とカメラに向かってほほ笑んだ。

「うん、あの人、すごくわかりやすい!」

24 :踊る名無しさん:2022/06/03(金) 23:15:06.53 .net
テレビ局スタッフの見立てとは別に、講師陣の一番の注目は有沢さんである。

有沢さんは全く自覚がないようだが、
多くの支部をかかえる大規模なバレエ学校で、
看板公演の全幕主役を中学生で務めたというのは、
10年に1人か2人、出現するかしないかの神童レベルだ。

有沢さんが中学生だった当時はバレエ男子の数も、コンクールも少なかった。
そんな中で一緒に切磋琢磨するライバルもおらず、
プロになる意志もなく、学校の成績も良いとなると、
学業のほうに向いてしまったのも無理はないのだが…。

25 :踊る名無しさん:2022/06/04(土) 10:20:12.48 .net
講師陣は思ったかもしれない。
そんな有沢さんが再びバレエの世界に戻ってきてくれたのは喜ばしいことだと。

彼らの中には生で向村バレエ学校の公演を観た者も多い。
その時彼らは有沢さんが舞台に登場したとき、場の空気が一気に変わったのを肌で感じたのだ。
舞台映えする容姿の美しさはもちろん、アカデミックな、基本に忠実で癖のないしなやかな動作、上品な脚の運びに感情豊かなポールドブラ、長い手足と柔軟性を活かした伸びやかな跳躍、誇張しない、だが仄かに滲む色気。
中学生時点で正統派バレエダンサーとしての素質を既に自分のものにしていた彼は、やはりただ者ではない。

10年以上の長いブランクを作ってしまい感覚や柔軟性が落ちたとはいえ、大人となった彼は中学生時代には無かった華を咲かせていた。体型も含め、若い大人の男性としての落ち着きや品がある。

26 :踊る名無しさん:2022/06/04(土) 20:38:28.56 .net
幼稚園でおもちゃの取り合いになっても
すぐ譲ってしまう性格だった幼い有沢さん。
「少しは積極的になるように」と
姉が通っていたバレエ教室に入れられたのだが、
その後も、有沢さんは闘争心とか名誉欲とは無縁だった。

コミュニティ内での地位に興味がなかったから、
わいわい騒ぐ人たちの言葉をどこかうそっぽく感じていた。

「人を持ち上げたり、見下したり、よってたかって噂して、
みんな、人のことに忙しいよな。
どうだっていいじゃないか…」

役所に就職しても、なるべく人の噂を避けて、静かにデスクワークをこなして
一人会社帰りに牛丼を食べて、平穏な暮らしを好んだのは
人間関係のわずらわしさを避けたかったからだ。

27 :踊る名無しさん:2022/06/04(土) 20:47:13.05 .net
「つかみはオッケー!」
田中さんは、小さくガッツポーズした。
カメラクルーには、高貴な王子様の笑顔を見せておいた。
これで、彼らの心は俺がわしづかみしてしまったに違いない。

初心者のころ、夕方のTV番組の短い特集コーナーで
黒崎のバレエ男子が取材された。
あのときは、ルックスの良い高瀬蓮やリチャードの影に隠れていたが、
もはや、俺も初心者ではない。
立派なバレエダンサーとして、美しい姿を見せてやるぜ!

「はい、番号順にバーについてください。
みなさん、緊張しないでリラックスして。バレエを楽しんで♪」
オーディションが始まった。

28 :踊る名無しさん:2022/06/05(日) 15:08:48.08 .net
田中君すごいな〜TVカメラに向かって猛アピールしてるし

いつも爽やか鈴木君の横で中村君がちょっぴり羨ましそうに見ていた
僕なんて会社で「休日に身体動かす趣味ある?」って訊かれても絶対に民族舞踊って言えないよ
フォークダンス?オクラホマミキサーとかマイムマイム的なやつ?って半笑いで困った顔されるのがオチだもん

僕は平気かもな〜と鈴木君は言った
僕は見かけもちょっと東南アジアっぽいし、僕を宝塚やミュージカルに連れて行ってくれてのは親父だもん
鈴木君のお父さんは高名な大学の先生だった

29 :踊る名無しさん:2022/06/05(日) 17:55:27.43 .net
いつもはりきっている田中さんだが、今日は特別にはりきっている。
田中さんはそもそも人前で踊るのが大好きなのだ。

審査員と目が合うたび、

ニカッ

と微笑みポーズを決めた。

審査員の講師たちも、それを見て思わず笑顔を見せる。
(失笑しただけかもしれない)

これは…
もう…

王子様決定かもしれないーーー!!!

ついに、姫とのグランパドドゥゥゥーーー!!!

30 :踊る名無しさん:2022/06/05(日) 22:45:54.17 .net
一方、有沢さんはといえばテレビクルーの存在が気になってしまい集中できずにいた。公営テレビとなると全国に自分が放送されるワケで、職場にもバレてしまう危険性が高い。
いつも自分の悪口を言っている職場のお局から嫌みを言われたり、ばかにされたり、バレエを否定されたりするかもしれない…。
今の有沢さんにとってバレエを否定されることは耐えられる気がしなかったのだ。

「……。」

この日審査員として参加していた影山は有沢さんの異変を感じていたが、他の講師陣は普段の彼を知らないため、内心では冷たかった。

「神童と期待していたが大したこと無いじゃないか」
「やっぱりブランクあけると駄目だな。まあ天才少年も大人になったら凡人か、悲しいね」

大人からのバレエ組には、講師陣も素人であることは承知の上だが、有沢さんはそうではない。それ故に、有沢さんへの評価は辛辣であった。勿論口には出さなかったが表情で重たい空気として伝わってくる。

31 :踊る名無しさん:2022/06/06(月) 09:16:39.44 .net
講師陣は参加者たちを見ながら配役を考えていた。

(あの長身のかっこいい人、
脚のラインやポジションがすごくきれい。
長身女性と組ませてアラビアか、それともスペインの踊り、
花ワルのソリスト、なんでも良さそう…)

(あの面白い人は中国の踊りかトレパックかな。
ポジションにはかなり難があるけれど、
アピール力だけは一番…)

(ぜひ、うちの太鼓の踊りに男子を入れたいわ…)

(女子は際立って上手い子が一人いたわよね、彼女と合うのは…)

32 :踊る名無しさん:2022/06/06(月) 09:29:10.39 .net
「最後に、アラスゴンターン。できるだけでいいですよ!」
レッスン担当の講師が言った。

アラスゴンターン!
魔の回転技!

女性たちはお手々ひらひらさせて姫気分を味わえるのに、
男は回って跳べなきゃ王子様になれない。

そんな古典バレエの理不尽さにも、俺は勇敢に向き合ってきたのだ。
見よ!
俺の血と汗のにじむ自習の成果を!

むん!

田中さんは気合を入れてプレパレーションをした。

7回、8回、きゅ、きゅ、きゅうーかいぃぃ。

最後の2回は盛大に崩れていたが、なんとか9回回った。

そして、後半も回り続けている人が三人、
高瀬蓮に有沢さん、もう一人は知らないおじさんだった。

33 :踊る名無しさん:2022/06/07(火) 07:53:57.27 .net
まっ、回るだけがバレエじゃないからなっ!
それに、くるみのコーダはジャンプが多いから
16回も回れなくても王子様に選ばれる可能性はあるはず!

俺はジャンプ力はけっこうある。
ただ、空中で足先や膝が伸びなくて、脚が開かないだけ!
そのくらいの欠点はご愛敬だろっ!

田中さんは心の中で息巻いていた。

ダンスール"ノーブル"というくらいだから
重要なのは、バレエを愛する高貴な心なんだからっっ!

34 :踊る名無しさん:2022/06/07(火) 22:35:14.40 .net
有沢さんたち上級者に混じって、物凄い勢いの回転をする、若干頭が薄くなり始めている小柄なおじさん。
筋肉で肩幅が広く、首が短めに見えておりあまり手足は長くも無い。いわゆるバレエダンサーらしい外見ではないのだが、彼には観る人の気持ちを引き付けるような魅力があった。

優雅さをどこかに置いてきてしまったといわんばかりの動きである一方、強靭な肉体による体幹の強さやテクニック、足技は上級者の中でも群を抜くほどだ。

おじさんはベルベットの常連で、オドリライフにも毎度出演しており、大人バレエ界隈ではちょっとした有名人である。
そのテクニックの強さや類を見ない個性的なキャラクターからほかの舞台に出演のオファーもあるらしい。
近頃では某大型ネット掲示板に、そのおじさんのスレッドが立てられたりしているという。

35 :踊る名無しさん:2022/06/07(火) 22:48:17.84 .net
「やはり有沢ケイトくんは正統派って感じですね」
「まさに彼は外見も雰囲気も“王子様”って感じの子ですよ」
「もしかして男性の主役は彼に?」
「いや、個人的に彼にはほかの役をやってもらいたいです。実際にどうなるかはまだ分からないですが。けれど今回のくるみ。みな講師陣は斬新なものをと考えているようですよ」

安田が審査員の一人を呼び出して小声でインタビューをはじめた。
彼女は主役は有沢さんだと思っていたが、どうやら別の候補がいるらしい。

36 :踊る名無しさん:2022/06/08(水) 11:08:07.75 .net
トゥクゥゥン…

田中さんの心臓が波打った。

誰だろうあのおじさん。

骨格に恵まれ才能があるイケメンばかり注目されるが
実際の大人バレエには、ダンサーとしては致命的か手遅れな欠点を持つ人、
つまりは凡人が大多数だ。

しかし彼らは諦めない。
ときには白い目で見られながらも
泥臭く、ひたむきに、踊り続ける。

『素人おじさん』を極めたそのおじさんの姿に
田中さんは、一筋の光を見た気がした。

37 :踊る名無しさん:2022/06/10(金) 07:55:20.76 .net
いいや、感心してる場合じゃないぞ!
あの人も王子様の座を争うライバルだからな!
正直言って、俺のほうがルックスは王子様っぽいよな?
高瀬蓮や有沢くんは別物として…。

田中さんが一方的にライバル心を燃やしているうちに
審査員の講師は立ち上がり、笑顔で言った。
「みなさん、お疲れ様でした。動ける男性ばかりで頼もしい限りです!
配役は後日発表します」
拍手とともにオーディションは終わった。

38 :踊る名無しさん:2022/06/11(土) 19:07:01.97 .net
オーディション終了後、審査員で集まって審議会が行われた。誰をどの役に配置すべきか、今年のコンセプトと照らし合わせ考えるのだ。
安田たちテレビ局の人間も、内容は秘密厳守ということで特別に立ち入らせてもらっている。

「主役の女性は、光美マリアさんがいいと思うわ! 彼女はプロのバレリーナでソリストよ。実力ももちろん容姿も王女役に相応しい」
「そうですね。主役は是非とも彼女にさせたいですよ」

「確か彼女。中学時代にオーロラを踊りましたよね。彼女と有沢啓徒くんのオーロラ姫とデジレ王子は最早日本バレエ界の伝説ですよ…。
啓徒くんが中学生という、まだこれからというときにバレエを引退してしまったのは非常に残念です」

皆は実力の衰えたように見えた有沢さんの現在を惜しむように無神経なほどに語り始める。すると黙っていた影山が口を開いた。

「…有沢さんの実力は衰えていないことは普段の彼をみていた私は知っています。あのとき何があったかは分かりませんが…」
「けれどあの有沢くんとマリアさんを組ませたら、実力差が目立ってしまう。アマチュアながらファンまでいたのだし、彼らをがっかりはさせたくない。正直有沢くんを舞台に立たせたくないわ…」
「そうですね…有沢くんは周りにいる大人バレエ生徒とは違う……」
「……」

影山は反論できなかった。
バレエダンサーにとって10年という空白はあまりに大きい。どうしても、練習量も圧倒的で継続してきたプロと、デスクワークばかりの市役所の職員を比べれば、当然だが前者が圧倒的なのは明らか。

39 :踊る名無しさん:2022/06/12(日) 08:44:25 .net
「フルタイムで他の仕事をしながら
毎日ハイレベルなレッスンを続けられる人はほとんどいないですからね」
「バレエ団でもバイト生活で身体壊す人がいるくらいですから」
「何より、彼には覇気が感じられませんでしたよ」
「光美さんに釣り合う相手となると、やはりプロのゲストか講師が王子様役を?」

有沢さんはTVのことが不安だったのだ。
目立ちたくない、職場に知られたくない。
身体的にダンサーに向いている有沢さんだったが、
舞台に立つダンサーとして大きな難点があるとしたら、その性格だ。
「ずっとTVが来るんだったら、今回は…」

40 :踊る名無しさん:2022/06/12(日) 09:02:06 .net
有沢さんとは反対にやる気まんまんなのは田中さん。
「ずっとTVの取材が来るなら、ますます頑張って目立たないとな!
同僚にも『知らなかったよ、バレエ界で活躍してるなんて』と
驚かれてしまうなぁ。
女性社員たちも『すごぉ〜い』とモテはやされてしまうかもしれない」
と職場の反応を想像して思わずニヤけてしまうのだった。

41 :踊る名無しさん:2022/06/12(日) 10:16:04 .net
「敢えて素人男性に王子をやってもらうのも面白そうじゃない?
演出や振付次第でどうにかなるだろうし、今回のコンセプトは今までとは違う胡桃だもの」

講師陣が悩む中、張りのある声で発言したのはコンテンポラリークラスを受け持っている工藤由美である。

「あたしは、あの田中くんって子がいいなと思ったわ!
技術は未熟だけれど、何というか観客の心を引き込む他にない魅力があるし、顔もなかなかハンサムだし。
全身からバレエ好きなのが伝わってくるの。バレエに向いた体型では無いけれど、だからこそくるみ割り人形に変えられてしまっても直向きに生き王子の心を忘れない王子様に彼が重なった…」

それをきいた講師陣は皆唖然としていたが、工藤はこう続けた。

「私なら、田中くんを他にはない、けれどこれぞくるみ割り人形の王子だという王子様にしてみせるわ…!」

42 :踊る名無しさん:2022/06/12(日) 14:36:06.13 .net
「どーでしょうねえ…でも彼は、見てて面白いのは確かです」
「ええ、最近増えた大人生徒さんたちの中には
舞台で観客に見せるパフォーミングアーツだという認識がない人が多くて」
「確かに、いつも観客いるという感覚が希薄」
「うーん、その点、彼はハッキリ意志が見える踊りをしますね。
しかし、技術的には不安が残ります」
「かなり努力家のようですし、
くるみの演出振付担当の工藤先生がそうおっしゃるのでしたら」

43 :踊る名無しさん:2022/06/12(日) 16:06:29.26 .net
「……!」

うっかり忘れ物をしてしまいベルベットのスタジオに戻ってきた有沢さんは、偶然審議会での会話を耳にしてしまった。
自分に対する審査員達の数々の悪い評価に、彼は頭が真っ白になる。何より自分を舞台に立たせたくないという発言に酷く困惑した。

「このオーディションは、落ちる生徒はいないんじゃないのか……? どうして、どうして僕が……!」

全国放送されて職場にばれ、そこのお局に否定されるんじゃないか。そんな心配で審査中集中できなかったのは確かに事実であった。テレビ放映されるなら、辞退しようかなという気持ちも過ってしまった。
けれど何故だろうか。舞台に出られない。その事が一番つらいものに感じた。テレビ放映がなんだ? お局がなんだ? そんなものの為に躊躇して僕は本当にバカじゃないか……!

有沢さんは悔しさで、涙を滲ませた。

「僕は、バレエを踊りたい……。 舞台にもう一度、立ちたいんだ……」

44 :踊る名無しさん:2022/06/13(月) 15:58:31.64 .net
「僕はてっきり王子役は有沢くん一択だと思ってました。
有沢くんを見たことがない講師にも
もっと積極的にアピールしてくれたら良かったのに…。
普段のレッスンじゃなくて一瞬の印象で決まってしまいますから。

今回は、コンテっぽい振付なんですか?
しかし、田中さんが主役とは…、私も彼は嫌いじゃありません。
よく動く人だし、熱心だし、しかしバレエとしては細部があまりにも。
一体どんなくるみになるのやら…」

45 :踊る名無しさん:2022/06/13(月) 22:40:19.67 .net
突然、審議会の行われている部屋のドアが開け放たれた。
ガチャンという音に講師やテレビクルーが一斉に顔を向ける。彼らの視線の先には有沢さんの姿があった。

「有沢さん…」
「…ぁ」

有沢さんは気がつけば衝動で扉を開け、そして衝動で彼らにその口は訴えていた。

「僕を…舞台に立たせてください! どんな役でもいいんです! 

ようやく……

ようやく僕はバレエを好きになれたんです! 
だから…っ」

皆有沢さんの迫力に圧倒され口を噤んでいた。普段大人しく、何を考えているか分かりにくい彼であったが、ここまで自分の意志をはっきりと、しかも感情を爆発させて伝えてきたことはこれまでにあったであろうか?

彼のそんな姿を見て、自分達の発言の浅はかさを内心で悔いた講師もいただろう。
「有沢啓徒」という天才バレエ男子という世間における目、看板でしか彼をみていなかったのだ。彼がバレエによって人生を左右された一人の人間で、バレエを愛する一人の生徒であることを彼らは忘れていた。

46 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 00:54:37.94 .net
有沢さんはため息をつきながら一人帰途についた。
どうしてあんなこと先生たちに言ってしまったんだろう、どうして僕は外されてしまうんだろう。

「僕は本当に…ついていないな……」

小雨が汗で滲む薄着の身体を冷やす。

「帰ったらお風呂にでも浸かろう。

舞台に出られなかったとしても夏のカーニバルがあるんだ……そっちに集中しないと。
落ち込んでる場合じゃないんだ」

少し顔を上げ、有沢さんは青信号に変わった横断歩道を早歩きで渡った。

47 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 07:47:45.02 .net
「有沢さんを出したくないって何ですか?
大人バレエの中では跳びぬけているから?
10年前よりは力が落ちているから?

それは僕には全く理解できない理屈ですね。
明らかに能力のある人を活用できないのは、こちらの能力不足でしょう。

10年前にはちょっとした有名人だったかもしれませんが、
バレエ界で一時的な有名人は次々現れ、次々消えるもんですよ。
演出振付のイメージに合わないのなら、他の演目に出したらどうですか」

48 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 08:13:44.36 .net
影山清志郎は、講師たちの反応を残念に思っていた。
確かに、彼のオーディションの踊りはいただけなかった。

田中さんは、やる気とエネルギーがあふれ出していた。
「俺を王子に選んでください!バレエ大好き♪」
技術はともかく、笑顔と存在感が光り輝いていたと言ってもいい。

それに比べて、はるかに上手いはずの有沢さんは
自分の殻にすっかりこもっている人のように見えた。
何か別の考えにとらわれて、音楽を聞いてないのか?と思うほどだった。

しかし、彼は少し自分に似たところがある、とも思った。
幼いころから「なんのために?」「どうして?」「違うんじゃないか?」と
哲学的な思索にとらわれて、何事も簡単には納得できなかった。
そんな自分と有沢さんが重なって見えた。

49 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 11:23:11 .net
「でもねえ、有沢さんと光美さんとでは
踊りの質が合わない気がするんですよね。直観的に…。
お互いの良さを打ち消し合ってしまいそうなんです。
たまにあるんですよ。そういう相性が…」

うん、それはそうかもしれない…。
なんとか有沢さんを主役に推したかった講師たちも
それには同意せざるを得なかった。

50 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 13:24:33.21 .net
「だけど確かに主役はおろか出演させないのはおかしいんじゃないかしら?」

と工藤由美。

「だってそもそもこのオーディション、落ちる人はいないし全員出演する決まりよ。大人バレエの生徒さんたちが楽しく踊るのがコンセプトなんだし。
それをあんな綺麗で上手な男の子をおろすなんておかしいじゃない? ただでさえ男性は貴重なんだから!

もちろん私は田中くんがくるみ割り人形の王子様やってくれたら面白そうとは思っているけれど、有沢くんを出さないのは反対ね!」

はっきり意見を言うのは工藤由美の性格だが、彼女のその性格のおかげで影山はどこかすっきりした感覚を覚えた。
他の講師も確かにそうだよなと頷いている。

「で、私の生徒に子どもの頃からバレエをやってる子がいるのだけど、その子と有沢くんを組ませたいと思ってたの。
二人とも古典も似合うしノーブル系なダンサーだから、きっとお似合いだと思う」

51 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 20:09:28.80 .net
光美マリアは、女性オーディションで圧倒的に目立っていた。
長いアームス、強靭なポワントワーク、豊かな表情、
華やかなムーブメントが印象的なダンサーだ。
クラスオーディションのアンシェヌマンでさえも
自分の音楽、自分の空間、自分の物語に変えて魅せてきた。

一方、余計な動きを加えずに
どこか静的な空気をまとう有沢さん。

二人は水と油のようだ。
二人が組んだとしても
マリアの表現の豊さが、押しが強く過剰に見えて
有沢さんの品行方正ぶりが、頼りなく物足りなく見えるだろう。

そこで、彼女の相手に田中さんを選ぶのも一理あるかもしれない。

52 :踊る名無しさん:2022/06/16(木) 23:20:37.08 .net
工藤由美に有沢さんのパートナーとして推薦された女性・水野ナオミは、すらりとした肢体に、癖が無く繊細で流麗な踊りが印象的で、その点で有沢さんとの相性もよいかもしれない。
彼女は幼少期からクラシックバレエを習っており、プロにはならなかったが相応の実力の持ち主だ。

「光美さんと田中くん、水野さんと有沢くん……こういう相性って上手いってだけでははかれないものがあるのよね」

「ところで工藤先生は有沢くん達に何の役を?」
「考えてあるわ。
オリジナルの設定からは外れてしまうのだけれど、1幕の雪の国でパ・ド・ドゥを二人には踊ってもらいたいなって。
雪の国を支配する冬の女王と白の騎士って設定よ! 脇役ではあるけれど、これは古典の似合う二人にこそやってほしいの。
雪という幻想的な場面だから特にね」

雪の王国で催される雪や氷の結晶達の舞踏会。ゲストとして招待されるクララとくるみ割り人形の王子。そこでメインとして踊られる雪の国の女王と騎士のデュエット。
工藤由美の脳内では、既に妄想…いや世界が広がっていた。

「何だかあの先生…。私と同じにおいがするわ……」

安田が呟いた。

53 :踊る名無しさん:2022/06/18(土) 11:36:18 .net
『私は荒野をさまよい、旅の果てに、この美しい雪の国にたどりつきました。
まるで運命に導かれたかのようにあなたの元へ…』

『サー・ケイト。
あなたがいなければ、私はこの凍てついた国で独りぼっちでしたわ』

『ユア・マジェスティー。
今、私はあなたにおつかえするために、ここにいるのです。
私にできることならば、何なりとお申し付けください』

騎士は雪の女王の手を取りキスを。
それは、騎士道における敬愛と忠誠の証。

『サー・ケイト、あなたの手も唇も暖かくて、身も心も溶けてしまいそう…』

うおっとぉ、また妄想にひたってしまうところだったわ…!

54 :踊る名無しさん:2022/06/18(土) 12:31:53.72 .net
古典バレエだと王子様とお姫様のラブラブカップルな組み合わせが一般的だけれど、
女王と騎士の主従関係もそそるわね…。
身分という障壁と見え隠れするお互いの恋愛感情…なんて素敵なのかしら……!

安田の表情が間抜けなまでに崩れていた。

「安田の姉さん、大丈夫っすか!?」
「え!? だ、大丈夫よ! 最近忙しいから疲れていたのね!」

安田は笑顔でごまかした。

55 :踊る名無しさん:2022/06/20(月) 07:10:46.29 .net
翌日。
オーディションの審議会の流れを知らぬ有沢さんは精神的に撃沈していたが
一方で田中さんは、自分は王子に選ばれたに違いないとワクワクしていた。

「緊張するな〜」

何やら楽しそうにする田中さんに、ナナ先生が訊ねた。

「何か良いことがありましたか?」
「実は大人クラスの男グループで配役オーディション受けに行ったんですよ! くるみやるんで、運命を感じましたね」
「田中さん、くるみの王子様のヴァリエーション踊りますもんね。王子様に選ばれるといいですね!」
「アピールしまくったんで可能性高いですよ! それに結果はもうきたんです!」

その自信がいったいどこからくるのかさっぱりわからないが、彼は早速オーディション結果の封筒を開けた。

56 :踊る名無しさん:2022/06/22(水) 22:56:19.45 .net
ベルベットでは、素人バレエおじさん道を真っ直ぐ突き進んだ男が今日も激しくレッスンを受けていた。
配役オーディションの日、アラセゴンターンで最後まで残っていた某掲示板の有名人でもあるおじさんである。

おじさんはバレエを30代からはじめた人物で、ベルベットのスレに「俺は30代からはじめてバレエの仕事を貰っている」等と匿名で豪語していたが、スレ住民からは「脳内バレエダンサー」と揶揄されている。

けれどおじさんは、スレでなんと言われようとバレエにかけては熱心そのもので、周りが見えなくなるほどであった。

57 :踊る名無しさん:2022/06/25(土) 09:18:15.99 .net
「男もみんな、バレエをやればいいのにな!」
田中さんは『くるみ割り人形』のビデオを観ながらつぶやいた。

有名なバレエ団の舞台では一幕の客人からして男女同数。
なのに、たいていのバレエ教室では、50人いて男子ゼロ、
100人以上いてようやく一人いるかどうか、という状況だ。

「子供のころの男子の運動系の習い事は
水泳やってる子多かったよなー。送迎バスもあるし野球よりケガが少ないんだよね。
でなければサッカーや体操クラブ、剣道やってる子もいたな。
学校でもやってるから始めやすいし続けやすいのかな…」

「男の子は優遇されてるようだが
ときどき成人素人男性に向けられる白い目は一体どういうこと?
世の中には俺のように芸術的な心を持つ男子も多いはずだけれどな〜!」

58 :踊る名無しさん:2022/06/25(土) 09:43:38.52 .net
「成人素人男性だって、元々は可愛らしい男の子だったんだ。それなのに成人したら気持ち悪いものみたいに扱ってくる人がいるのは理不尽だよな…。
俺達とバレエ少年にいったい何の違いがあるって言うんだ? バレエの世界じゃ成人男性だって少数じゃないか」

ボーイズ基礎クラスではしゃいでいる初心者バレエ少年達の姿を眺めながら、田中さんは思った。そして近くでストレッチをする高瀬蓮に目がいけば

「例外もいたな…。成人素人男性でもチヤホヤされちゃう人種が… イケメンだ……!

けど俺だってダビデ像に似た男前だと思うのだけど、日本だとそういう外見はあんまし受けないんだろうね…」

そんなことより!!

「俺が王子役ゲットできたなんてな〜!!やっぱり強くアピールしたかいがあったよ。

もしかしたら有沢さんに取られちゃうんじゃないかって不安もあったけどゴニョゴニョ」

田中さんはにししと笑って御機嫌なようだ。

「あの紗江子先生もそれをきいて感動のあまり硬直していたぐらいだからな!」

59 :踊る名無しさん:2022/06/25(土) 13:40:24.94 .net
「田中さんが王子様ぁ…?
いっ、一体っ、どういう審査基準だったのかしら…。
ベルベットは最近台頭してきた趣味の大人向けオープンクラスだけど、
講師は有名バレエ団の出身者や現役ダンサー、
一流どころをそろえてるはずよ?

あの自己主張の強さは、海外へ行くジュニアにも見習ってほしいくらいだけど
いくらなんでも、ダンスクラシックの技法から外れすぎでしょ…」

黒崎のスパルタ教師・佐藤紗江子はこめかみを抑えながら、
フラフラとよろけながらAクラスの指導へと向かった。

60 :踊る名無しさん:2022/06/25(土) 14:20:43 .net
黒崎バレエアカデミーのような老舗のバレエ学校は
長らく教室の掛け持ちを嫌っていたが、
ボーイズクラス、素人おじさんクラス、プロフェッショナルクラスなどは
オープン化が進み、今では大人に関してはどうぞご自由にという方針だ。

「そういえば、高瀬蓮くんや有沢くんも出るって言ってたわね。
彼らはどうなったのかしら?」

61 :踊る名無しさん:2022/06/26(日) 12:42:27.91 .net
成田国際空港

「そう、今ジェイムズと日本に着いたところ。まあ休暇でなくて仕事だから、あんまり家にはいられないけど。

…ありがとう、ママ

じゃあこれからそっち向かうね」

服装もシンプルだが有名どころのブランド服に身を包む美女が、イギリス人の内縁の夫と共に空港の廊下を颯爽と歩く。夫の方は控え目で大人しそうな印象で余計に女は引き立っていた。
スタイルも抜群で、まるで廊下が彼女のためのランウェイのように見える。

有沢 サラ。
イギリスのファッションモデルで女優。その美しい肢体と妖艶なイメージから自身の魅力を活かせるとしてヌードやポルノにも挑戦しているという。
夫はジェイムズ・ワイズウェル。サラが仕事でイギリスに滞在中パーティーで出会い意気投合した伯爵家の令息だ。

62 :踊る名無しさん:2022/06/26(日) 22:03:03.03 .net
「ケイト君は元気にしてるかな?」
「どうなのかしら? ママからは最近バレエをはじめたって言ってたわ。ケイトがまたバレエを始めるなんてね…。あれだけ嫌っていたのに何を思ったのか…?
 まあ、弟は普段何考えてるかわからないけど、とっても可愛いのよ…。あなたにそっくりだし」

サラはジェイムズの頬に軽く口付けするとクスッと笑った。

「僕も最初みたときは驚いたよ。似てるといっても何となく程度だと思っていたから。
けど彼も君と同じような美しさを持ってるね…
いつか彼の写真も撮影してみたいよ」
「あの子は恥ずかしがり屋だから引き受けてくれるかはわからないけど…、それでも舞台に出てるような人間の本性はそうじゃないわ。期待してもいいんじゃない?」

63 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 07:23:36.89 .net
ショックを受けて撃沈状態の有沢さんは、自室に籠もって某バレエ掲示板のベルベットのスレッドを眺めていた。死んだ目が、ディスプレイの光を反射させる。

スレッドは、オドリライフのくるみ割り人形の配役オーディションの話題で持ちきりだ。

64 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 11:24:41.45 .net
前スレの675でお姉さん一度出てきたね。

65 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 13:16:18.40 .net
姉がいることまでは知ってたけど、675と設定が違ってるから、一番上の派手でアクティブなお姉さんってことにしておこう。

66 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 13:46:20.82 .net
気持ち悪くてたまらない。

67 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 18:07:24.70 .net
61が吐きそう。

68 :踊る名無しさん:2022/06/29(水) 18:36:06.30 .net
しばらくスレを読んでいると、突然自分のことが話題にあげられているのを見つけドキッとした。

「オーディションにいた有沢啓徒ってあの有沢啓徒だよな」
「全くみなくなったけどオドリライフのオーディション来てるとかマジうけるわ」
「王子役って有沢くんかな?」
「そういえば過激おじさんもオーディション来てたよね?」
「おじさん、上級者に混じって遜色なかったな…」
「本人乙」

過激おじさん?
有沢さんはなんとなく「過激おじさんって誰ですか?」と書き込んだ。
返信はすぐに返ってきた。

69 :踊る名無しさん:2022/06/30(木) 07:56:35.06 .net
「桐谷氏よ!ベルベットの有名人!」
「インパクトあるからどこ行っても注目の的なのよね」
「くるみなら、ドロッセルマイヤー?」
「ドロッセルマイヤーには小柄よ。ねずみの王様ならぴったり」
「踊りが派手派手しいからトレパックかもよ?」

その素人男性の名は、桐谷一輝(きりたに・かずき)。
熱い魂と激しい動きが特徴で、名前の『かずき』をもじって
ひそかに『過激おじさん』と噂されている。

バレエに向いている容姿でもなく、その踊りに優雅さは微塵もないのだが、
30代からひたむきにバレエに情熱を注ぎ続けた結果、
素人おじさんとしてはなかなかの動きを見せている。

70 :踊る名無しさん:2022/06/30(木) 07:57:13.68 .net
彼が優れた点は、熱烈な舞台愛だ。
話が来れば、どんな役だろうと、わずかな報酬でも
馳せ参じるのが彼のポリシー。

過去10年間、素人ながら五十回以上の舞台を踏んできた。

「なぜ、あなたはそんなに舞台に出たいのか?」と問われれば
「なぜなら、そこに舞台があるから」と答える。

近年のベルベットの発表会では、
白鳥のロットバルト、シンデレラの継母、バヤデールの僧侶、
といった目立つ役をこなしてきた。
おそらく今回も目立つ役にキャスティングされるだろう。

71 :踊る名無しさん:2022/06/30(木) 08:22:46.89 .net
ベルベットこそ、初心者のころからの桐谷さんのホームスタジオ。
ここの発表会では、生徒として出演料の負担はあるが
桐谷さんが一番力を入れてきた舞台である。

「俺と同じようにバレエ愛にあふれる素人男性がいるとは、うれしい限りだ!」
オーディションをともに受けた田中さんに、桐谷さんは注目していた。

72 :踊る名無しさん:2022/07/01(金) 22:52:34.02 .net
水野ナオミにもベルベットからの通知が来ていた。

「ここの発表会、オーディションにすごく上手な方が何人かいたから
ソリストに選ばれるのは難しいと思ってたけど、
雪の国の女王。思いがけず良い役だわ」

ナオミは、地元から離れ都心の大学入学を期に
オープンクラススタジオ・ベルベットに入会した。
地元の教室では、筆頭生徒として持ち上げられ。次第に物足りなくなっていたが、
ベルベットの上級クラスには現役のプロダンサーや教師も来ている。
大学卒業し就職してからも、バレエを続けられたのは
このスタジオのおかげだ。

「相手役は有沢くん?どこかで聞いた名前ね…」

73 :踊る名無しさん:2022/07/02(土) 10:05:08 .net
水野ナオミは3歳からバレエを習っていた。
「ナオミちゃん、幼稚園でいつも踊ってますよー」
母親は幼稚園の先生に会うたびに言われたものだ。

子供のころ通ったのは名もない地方の個人教室ではあったが、
そこで14年間、
厳しくも正統派のクラシックバレエをきっちり教わっていた。

中学以降になると、他の優等生とともに教室の『看板生徒』として
発表会ではパドドゥなど、毎回華やかな役をもらっていた。

そんなナオミにもバレエへの情熱を失いそうな時期があった。

先輩も同年代の子も受験と部活で次々やめていき、
高校生のナオミが教室で一番上の生徒になってしまったころだ。

74 :踊る名無しさん:2022/07/02(土) 10:06:05 .net
高校生のナオミは、小中学生と一緒のクラスでは常にお手本役。
開始時間の遅いクラスは、急に大人初心者が増えて
レッスンの内容も風景もがらりと変わってしまった。

「ナオミちゃんって、きれいよね〜」
「いや、そんなことないです…」
「あんなのできないわ〜お手本見せてくれてありがたいわ〜」
「お手本になるほど上手くないです…」
「ナオミちゃんは何でもできて余裕だから〜」

自分も鍛錬のためにレッスンに来てるのに、
課題はいつも山ほどあるのに、
毎度毎度、大人の女性達との同じような会話も億劫だった。

ずっと厳しく指導していた先生も年を取ったのだろうか。
大人生徒を増えてから、最近はどんどん言うことが甘くなってきてる。

(先輩たちも同年代の子もいなくなって、まるで別の教室になっちゃったみたい)

75 :踊る名無しさん:2022/07/02(土) 10:07:35.43 .net
大学受験に専念すると決めて、母親と菓子折りを持って挨拶に行ったあの日、
残念がる先生の顔を見て、ナオミの胸はチクリと痛んだ。

「小さいころから、あなたは素直で良い子だったわ。
白い衣装が似合って、踊りに透明感と品格があって…」

本当は、ナオミにも内心先生に反抗していたこともあったのに、
全て愛おしい思い出として話す先生の言葉がこそばゆい。

「時間ができれば、いつでもレッスンに来てきてちょうだい」

「はい」とナオミは返事をしたが、
二度と戻らないことはお互いわかっていたのだ。
しかし、他に何を言えただろう。

「本当にお世話になりました」
母と二人で深々と頭を下げて、14年通い続けたその教室を去った。

これまで、自分にはたくさんの愛情とたくさんの労力が注がれ、
多くの費用もかけられてきた。
ここでピリオドを打ってしまう後ろめたさに、ナオミの心は疼いた。

「お母さん、今までずっとバレエ習わせてくれて、ありがとう」
とナオミが言うと
「あら、ナオミ、大人になったわね」と母親は笑った。

76 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 17:04:48.85 .net
「俺、くるみ割り人形の主役に選ばれました〜! 俺もついに王子様だ!」

しばらくスレッドを読んでいると、新規の書き込みがあった。その内容に有沢さんは動揺した。

もう配役の結果が出たのか…。それにしてもいったい誰が…?

名無し達は、誰だよとかマジかとか反応している。有沢さん本人かときいている者もいたが

「違う違う。それに有沢さんとは同じ教室だけど俺は有沢さんみたいに子どもの時やってなかったし、大人からはじめたんだ。まさかそんな俺が選ばれるなんてな〜」

どうも自分とは知り合いらしいが、妙に自慢げで腹が立った有沢さんであった。

77 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 18:03:47.40 .net
「まっさかー!女性ソリストは前回もバリバリの経験者ばかりよ?
しかも若い子中心に選ばれてる」

「でもさー、あの30代からバレエ始めたっていう
『過激おじさん』だって、いつも準主役級じゃん」

「男性優遇されすぎて、腑に落ちないわー。素人のおばさんにだって
頑張ってる人にはたまにはチャンスくれてもいいのにブツブツ」

78 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 20:18:24 .net
スレッドの書き込みでイライラする有沢さんは、すぐにパソコンを閉じてベッドの上に寝転がった。

「僕だって出たかったんだ…」

それから間もなくして、チャイムが鳴る。玄関の向こうからはよく知った声が響いてきた。

「ケイト。私よ」

「? サラ姉?」

外国に暮らしてるはずの一番上の姉が突然来たものだから、有沢さんは困惑しながら扉をそっと開いた。
相変わらず目立つ装いに容貌の姉だ。自由奔放で自信家、好奇心旺盛。自分や二番目の姉とは全く違う人種に思える。

「いったい何の用だよ急に…」
「久々に可愛い弟の様子を見に来てあげたのに冷たいじゃない? 顔が窶れてるけど大丈夫?」
「…別に」

本当は姉に悩みをきいてほしい気持ちもあったが、姉の前で弱みを見せたくなかった。有沢さんにとってサラは、自分の出来ないことをなんでもやってしまう超人だ。
そんな超人が自分の悩みなど理解してくれそうにない。そして自由に生きられる彼女に嫉妬もあった。

「…」
「ケイト、これ…」

そんな有沢さんの気持ちを察したのか、サラは特に追求することなく封筒を差し出した。オーディションの配役通知だ。

「ぁ…」

有沢さんの表情が少し和らいだ。

79 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 22:03:06.50 .net
「え、雪の国?パドドゥ?」

有沢さんは、目を見開いた。

「本当だろうか…?」
驚いたが、再び舞台に立てること、
最終的に良い役に選ばれたのなら、うれしい知らせだ。

しかし、次の瞬間、
中学生のころ踊ったパドドゥの嫌な思い出がよみがえってしまった。

向村バレエ学校の大きな公演で踊ったあの眠りのパドドゥ。

中学生同士だったとはいえ、
バレエ学校では一番技術の高い生徒同士だったはずだ。

それなのに、なぜか相手とは全く息が合わない。
リハーサルを重ねるたびに、音やタイミングの感じ方の差が浮き彫りになる。
相手は苛立ってくるし、自分も疲労感を募らせる。

そして次第に踊るのが苦痛になってしまったあの夏。

80 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 22:30:18.24 .net
あの頃から正直言って、女性が苦手だ。

苛立ちをぶつけてきたマリア、
タイツ姿を囃し立ててきた女子。
職場の女性たちも、毎日のように噂話。
絶えず、人の外見の評価や、詮索をしてきてうっとおしい。

今度の相手の女性は、真面目で、優しく、たおやかな、
そうだ、ナナ先生のような人ならいいんだけど…。

81 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 22:43:10 .net
「いい役じゃない? 白の騎士ね…。雪の女王と踊るんでしょう?
ザ正統派バレエ男子のケイトみたいなタイプだったらとても似合うと思うわよ?」

サラはどことなく不安げな弟に微笑んだ。

「やめてよサラ姉…」
「パドドゥ…女性と踊るのよね?
なかなか息が合わないって苦労していたの知ってるわ。相性ってあるもの。

…ところで、この水野ナオミって子は何処にいるのかしら?」
「工藤先生っていう人のクラスの生徒らしいけど、よくは知らないよ…」
「じゃあ行きましょう」
「どこに?」
「水野ナオミのところよ」

有沢さんは、唖然とした表情を見せたまま、強引な姉に引きずられるようにして自宅を後にした。

82 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 22:50:30 .net
発表会の配役を知ったベルベットの生徒たちはざわついていた。

「えっ、あの人が主役なの〜?」
「男性なら講師が出るとか、知り合いのダンサーを呼べばいいのにね〜」
「ないわ〜!若くても、あの程度の素人男性が主役なんて、ないわ〜!」
「誰かが無理矢理にゴリ押ししたんじゃないのお?」
「裏でお金積んだのかな?」
「そういえば、TVの人達があの人を気に入ってたでしょ。
みんなカメラから目をそらしてたのに、
一人だけカメラに向かってニコニコしてたから、大人の事情ってやつ?」
「ええ〜、そんなことで役決まっちゃうわけ?理不尽すぎる…」

83 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 23:04:38.70 .net
そのころ、田中さんは満面の笑みを浮かべ
TVカメラの前でインタビューを受けていた。

「どうですか、主役に選ばれた気持ちは」

「まさか、自分が選ばれるとは思ってもみませんでした。
でも、私は原作のホフマンの物語がとても好きなので嬉しいです。

原作の『くるみ割り人形とねずみの王様』では、
ネズミの呪いで醜くされたピルリパート姫を
ドロッセルマイヤーと彼の甥が協力して助けたんですが、
元の姿に戻った姫の身代わりに、
若い甥っ子が醜い人形に変えられてしまったという話なんです。

他のバレエ作品もそうですが、くるみの王子様は、
ただかっこいいというだけでなく、
高貴な精神で危険を顧みずに人を助けるという精神を持っている。
そういう役どころに、とても惹かれます」

田中さんは、笑顔で雄弁に語った。

「うん、いいわね〜。この人、けっこう良い声してるし
表情がわかりやすくてTV向けだわね」
安田は良いインタビューが撮れたと満足していた。

84 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 23:23:33 .net
「あら?有沢くんじゃないの?今日は最後のクラス終わったところよ?」
有沢さんを見かけた工藤由美が声をかけてきた。

配役を聞いて相手役がどんな人か見に来た、と言うのが恥ずかしくて
「いえ、ちょっと、用事があって、その…」
と有沢さんがもじもじしていたそのとき、
白く輝くようなすらっとした綺麗な女性が目の前に現れた。

「会ったことあるかしら?今回の相手役の水野さんよ」

85 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 23:30:49 .net
「よろしくお願いします。水野ナオミです」
「こ、こちらこそ…」

有沢さんは、その透明感のあるきれいな女性に見とれて
声を出すのもやっとだった。
女性を前にここまで緊張するのは、有沢さんの人生で初めてのことだった。

86 :踊る名無しさん:2022/07/03(日) 23:48:32.65 .net
水野ナオミは、控え目な態度の中にも物腰に品があり、
澄んだ美しい声で話した。

「来週からのリハーサルは、来られます?」
「あっ、はっ、はいっ、もちろん…」

なぜ、こんなに声がうわずってしまうのだろう。

87 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 00:04:48 .net
どう思う?鈴木君

うーんハッキリ言ってどうでもいいかな
責任が重くなって忙しい年齢になって来たし、収入を不安定にしてまで趣味に突っ走る田中君を見ているのはちょっと不安だ

でも思うんだけどさ、あと20〜30年ぐらいして君も僕も社会の推進力の中心からは外れるとして
そしたらきっとまた踊りたくなると思うんだよね
そんな時僕たちを迎えてくれる場所を確保してくれていると思うと田中君って貴重な存在だと思う

中村君は珍しく田中君の肩を持っていた

88 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 00:47:19.82 .net
「趣味なんだから、というか、プロでも、
長い人生の損得勘定も考えてるのが賢明だと思うけどねえ。
あそこまで、情熱があふれかえってしまう人を、止める術はないんだよ」

「音楽、絵画、ダンス、演劇、他のパフォーマンス、
何でも、そういうところある。
人生の一時期を捧げてしまって、それから先は…?と思うのは
僕が凡人だからかな」

「まあ普通の考え方だよ。僕も堅実な人生設計があるし
仕事に影響があるほど、時間と労力をつぎ込みたくはないけれど
盲目的になれるのも一つの才能なんだろう」

89 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 00:50:35.15 .net
「リハーサルスケジュールが出てますね。
お仕事の都合は大丈夫ですか?」

水野ナオミは有沢さんにスケジュールのプリントを渡しながら言った。

「はっはい、僕は役所に勤めてて…、今の時期は、ほとんど定時に帰れます」

「私はこの近くの総合病院で薬剤師しているんです。
月二回当直がありますが、それ以外は大丈夫です」

薬剤師か…。こんなに上品できれいな女性は
同じ大学出身や職場のイケメンの医師に取られてしまうんだろうな。

有沢さんは、らしくない妄想と焦燥感にかられた。
幼いころから、物にも人にも、独占欲なんかなかったのに。

90 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 07:33:23.52 .net
「やあ、みんな、おはよう!」
朝から職場でも、輝かんばかりの笑顔を振りまく田中さん。

くるみ割り人形の主役に選ばれ有頂天な田中さんは
会社でもすっかり王子様気分である。

「え、コピー用紙が不足している?
それはいけないな。私が補充しておこう。
君は座っていたまえ」
田中さんは女性社員にニカッと笑いかけた。

(今日も田中さん、芝居がかってるわね)
(あれは、何?宝塚の男役?)
(最近、レディファーストに目覚めたみたいで、ドア押さえてくれり、
会議のときに椅子を引いてくれたり、妙に優しいのよ)
(けっこう良い人じゃないの?)
(でも昇進の話、断ったって言ってたわよ。仕事が増えるのが嫌だって)
(一体、何を考えてるのかしら?)

91 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 07:35:23.63 .net
田中さんはまだ知らなかった。
王子様役はもう一人いるということを。

くるみ割り人形のお面をかぶってネズミを倒した後に
お面が割れ、呪いが解けた王子様が出現する。
舞台ではジェットスモークで姿を隠した間に交代する。

その王子様は別の人が演じるということを。

92 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 08:55:36.01 .net
一方のナオミは、挙動不審な有沢さんを見て少々嫌悪感を覚えた。
さらに一目見たとき、クラシックに向いたとても美しい男性だと感じた。眠れる森の美女のデジレ王子が本当に現れたかのようで余計にそう思えたのだ。

ナオミはパドドゥの経験は幾度とあるが、そこでゲストで呼ばれる男性ダンサーは所謂イケメンであるほど、性格に難があったのだ。
女性講師や生徒からチヤホヤされていて、まるで自分が王子様というような振る舞いに毎度嫌気がさしていた。

有沢さんは誠実そうで大人しそうな人であるがわからない。

93 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 09:28:16.72 .net
思いあがって調子に乗っている男性は、水野ナオミが最も苦手なタイプだ。

通っていた有名大学の男子学生には
おバカ系の近所の女子学生がいくらでも寄ってきた。
「有名大学生と付き合ってる」と自慢気な女の子たちを
反対に「ヤリ捨てた」と自慢しあってる男子学生。

総合病院に就職してからも、
良い男をゲットしたいとギラギラしている女性、
イケメン=人気=実力=勝ち組だと思いこんで
結構自分勝手な行動をするドクターにも会った。

そんな人達には極力関わらないように過ごしてきた。
清純な容姿のナオミには男性からのお誘いは山ほどあっても
片っ端から断ってきたのだ。

有沢さんは…どうだろう?
少しシャイで、人見知りのようだ。

94 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 09:47:03.59 .net
前回踊った相手は、立派な経歴を持つプロダンサー、
華やかな容姿と技術をかねそなえた人気のある人だった。
それなのに、ナオミはその人もひどく苦手だった。

「自分はモテるんだよー。この前地方にゲストで行ったら
高校生の女の子に舞台裏で告白されちゃってねー」

ぞわっっっっ…。その瞬間、ナオミの背筋に悪寒が走った。
「それはモテすぎて困りますねー」と調子よく合わせば良かったのか?
ナオミは無言だった。
「あ、ナオミちゃん、嫉妬しちゃった?」
それから触るのが嫌にさえなった。

「ナオミちゃん、ちょっとノリが悪いよね」と不機嫌に言われたが、
このタイプの男性はどうしても苦手なのだ。

95 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 13:25:08.26 .net
一方、有沢さんは見た目は美しいが、今まで出会ってきた男性のようなチャラチャラした感じや自信というものが感じられなかった。
それでも“美しい男性”という存在に警戒心や嫌悪感を抱いてしまうのはどうしようもない。

ナオミは有沢さんにも淡々とした、あくまでも事務的な対応で済ませる。
その表情には笑顔も何もなく、冷たい印象を与えた。嫌悪感が顔に出ないようにするために無表情が精一杯だ。

だが有沢さんは、まるで雪のように白い肌に端麗な顔立ちのナオミの氷のような眼差しも、とても魅力的に映ってしまった。
春のようなやわらかな温かみを感じるナナ先生や、マユミ先生とも違う、冬を司り支配する、そんな雪の王国の君主になんて相応しい女性であろうか。

96 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 17:38:48.20 .net
「水野ナオミさん、品があって、知的で、
いままで見たこともないほど、清らかな印象の人だ…」
有沢さんは、突然のときめきに戸惑っていた。

いや、そのうち、自分が一番苦手な俗っぽい面も見えてくるかもしれない。
強欲で押し付けがましかったり、人の値踏みして噂話に夢中だったり。
踊ってみたら合わないことだってある。

あとで失望しないよう、冷静に慎重に、と有沢さんは自分に言い聞かせていた。

97 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 21:05:37.66 .net
場面ごとのリハーサルが始まった。

第一幕の第7曲。くるみ割り人形とねずみの王様の戦い。
田中さんはくるみ割り人形、桐谷さんがネズミの王様だ。

「今回は剣にライトセーバーを使いたいと思うのよ。
『スターウォーズ』みたいに、剣の振りの軌跡が見えて
見せ場になるわよ!」
とあらかじめ教えられていた田中さん、
映画『スターウォーズ6ジェダイの帰還』で
宿敵ルークス・カイウォーカーとダースベイダーの戦いぶりを
ばっちりと予習済みだ。

98 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 21:07:50.76 .net
田中さんは宿敵・ネズミの王様を倒す気迫をみなぎられていた。
ネズミの王様の桐谷さんは、そんな王子をあざ笑うかのように立ちはだかる。
二人の熱い視線がバチバチとぶつかり合い、
スタジオは、かつてないほど緊迫した空気に包まれていた。

「とおおおぉぉぉ〜!!!」「てやぁぁああ〜!」

「あの?まだリハーサル初日なんだけどー?」
教師があきれる前で、
二人は肩で息をしながら、初日から白熱した戦いぶりを見せていた。

99 :踊る名無しさん:2022/07/04(月) 22:29:09 .net
安田はリハーサルの様子を眺めながらふと思うのである。

「あの二人、ただの一般人にしておくには惜しい人材だわ…
タレントや俳優の素質があるもの…才能もある。
近頃の顔やスタイルが良いだけのアイドルみたいなのより個性も存在感もあって絶対にいいわ!」

安田は不適な笑みを浮かべた。

「そういえば、知り合いのいるテレビ局が大人バレエのドラマを作るそうだけど、彼らを出演させたら面白そうね」

100 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 07:01:22.72 .net
ジュンとのりこは午前3時のファミレスで
横に並んで腰かけ
大きな窓の向こうに降りしきる激しい雨をぼんやり眺めていた

らいと・・・せーばー・・・素敵・・・目の中に動きの軌跡が残るわ
目の中に軌跡が残るように踊れる人は・・・少ない

独特の雰囲気で運動神経も頭も良く、子どもの頃からいろんな将来を嘱望されていたのりこだが
大学院に残って研究者の道にも進まず一人衣装制作・・・職人の道に進んだのだった

寡黙なお姫様だけど、たまにつぶやくと面白くて無限に飽きないなぁ
とジュンはその横顔を見ていた

一師一弟子制・・・天才の傍に必ずもう一人の天才が居る・・・お互いの才能を呼び合うから花開く

101 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 07:53:50.91 .net
「おぬし、やりおるな!」
「そっちこそ、貴様に手加減は無用だろう!」

工藤由美は二人の戦いぶりを見ながら、半ば笑いをこらえながら言った。

「このシーン、本番はお面をかぶるか、人形のメイクするんだけど、
それでも、隠し切れない王子様の気品が欲しいのよ。
ほら、そこ、後ろ足はきれいに伸ばして」

おっと、つい闘いに夢中で忘れていた。
何を隠そう俺は空手(すぐやめた)とフェンシング(一日体験のみ)の経験者だ。
決闘にも哲学があり、様式美も見せねばならぬのだ。

田中さんと桐谷さんのリハは順調に進んだ。

102 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 19:24:38.82 .net
田中さん達が終わった後、今度は有沢さん達の場面をみることとなった。
出演生徒の皆は、二人の男女の姿に期待の眼差しを向け、「本当にあの子たち綺麗よね…」と素人おばさん達が語り合っている。
そんな注目の的にされる中、これからナオミと手を取ったり、腰に触れると思ったら余計に緊張してくる。有沢さんは一つ深呼吸をした。

「有沢くん。まだリハーサルなんだしそんな緊張しなくても良いわよ」
工藤が苦笑いした。どうやら顔にも緊張が出ていたらしい。
「はい…」

「じゃあ曲を流すわね。皆も位置について!」

曲が流れだし白の騎士の有沢さんがスタジオ中央へと現れる。最初からその場にいたコールドは道を作り、騎士はその中を優雅に気品高く歩き、レベランスして女王の入場を待った。
全員が頭を低くする中、ようやく雪の国の女主が現れるのだ。粉雪が風でさらわれるかのようにコールドが颯爽と去っていき、二人だけとなった女王と騎士はアダージオを踊る。

女王と騎士について、特に彼らに関わる物語も設定も無いのだが、このアダージオで二人がどの様な関係でお互いをどう思っているのかを工藤はみせるつもりでいた。

103 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 20:42:05.56 .net
有沢さんは、緊張した面持ちで登場し、
コールドとともに、うやうやしく膝をつきレべランスをした。

白く輝く雪の女王が登場し、有沢さんが立ち上がったとき、
ナオミの澄んだ瞳が、有沢さんをまっすぐに見つめた。
心の奥底まで見透かされているかのようだ。

彼女の表情からは感情が読み取れない。
しかし、その曇りなき美しさに、有沢さんの胸は強く締め付けられた。

繊細で壊れやすいガラス細工を守るかのように
丁重にナオミの手を取り、腰に触れる。

この美しい人に嫌な思いをさせたくない、傷つけたくない。
自分を信頼して、身をゆだねてほしい。

末っ子の大人しい無口な男子で、
ほとんどの女性達は煩わしい生き物だと思って生きてきた有沢さん、

「この女性を守りたい」

そんな感情を抱くのは人生初のことである。

104 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 22:19:13 .net
有沢さんの支える腕の中で、ナオミは微笑を浮かべていた。バレエダンサーであるならば、踊るときは絶えず笑顔を見せるものだが、彼女に心を奪われている有沢さんにとって、その微笑は刺激的であった。
それを見ている工藤は、彼のリードが消極的で堅く見えてしまうのが気掛かりに感じた。

「有沢くん、もっとリラックスよ? 相手は雪の女王だけどそこまで畏れなくていい。
王と騎士の主従関係であるのと同時に、二人はどこかで惹かれあっている女と男なんだから♪ もっとロマンティックにっ!」

工藤は冗談めいた口調でそう注意したが、そんなこと言われたら余計意識してしまうではないか…有沢さんは困ってしまった。

ナオミの方は、そんな有沢さんの雰囲気が踊りながら伝わってきたが、彼がどういう人か少し見えた気がした。

「この人、女に慣れていないのかしら…?
どうも緊張してるようだし。パドドゥ経験者じゃなかったの…?

…とはいえ、とても優しいサポートだし紳士的で思いやりも感じる。技術もあるわ」

内心でそう思いながら、ナオミは「この人とならやっていけるかもしれない」と感じた。

105 :踊る名無しさん:2022/07/05(火) 23:13:48.88 .net
ある日降り始めた雪が、あっという間に降り積もり、
それまで猥雑だった風景を一面の銀世界に変えてしまったかのように。

彼女がいるだけで、世界が、なにもかもが、輝いて見える。

「惹かれあっている女と男なんだから、もっとロマンティックに」

工藤にそう言われて、有沢さんは身体中が熱くなるのを感じた。
彼女をサポートする手まで熱くなって、彼女は嫌じゃないだろうか。
顔が紅潮して、みっともなくはないだろうか。

恥ずかしさに早く離れたくもあり、
永遠に、こうして触れていたくもある。

僕は、彼女を上手く踊らせてるだろうか。
この美しい女王を守るのに、ふさわしい騎士だろうか。

106 :踊る名無しさん:2022/07/06(水) 07:28:52.05 .net
田中さんは会社のトイレの鏡の前で
先日の初リハーサルを思い出していた。
「剣で戦うって、男のロマンだよなあ〜!
ロミジュリも海賊も乱闘シーンかっこいいもんなあ」
と気分よく剣を振りまわす仕草をしていたそのとき、

「何をしてる?」

ぎょっとしてふりむくと、そこには与田(よだ)部長がいた。
50過ぎた部長は体育会系のがっしりした体つき、
いかめしい顔をした寡黙な人で
田中さんたち若い社員とはほとんど話したことはない。

「あのその、すみません、部長、
昨夜『スターウォーズ』のビデオを見てて…」
とバツの悪そうに言ったとたん、上司の与田部長の顔がパッと輝いた。

「田中くんもスターウォーズが好きなのかい?!」

107 :踊る名無しさん:2022/07/06(水) 07:29:04.07 .net
与田部長は予想外の熱弁を始めた。
「僕の一番好きなのはジェダイの帰還で、
ドロイドを次々倒すシーンなんだよ!
サムライ映画の影響を受けてるのは有名だね!」
「あ、観ました観ました。かっこいいですよね」
「田中くん、いいセンスしてるね!ちょっとラウンジに行こうか!」
「は?は、はあ…」

与田部長と田中さんは社内の休憩スペースで
お茶を飲みながら話を続けた。

「僕は日本刀の剣術や映画の殺陣も好きでね。
中高から大学までは剣道をやってたんだ。
まあ剣道と比べると、映画のアクションシーンは無駄な動きが多い。
剣道だと、相手の呼吸を読んでスキを狙うのが大事で」

「なるほど、にらみ合ってるように見えて、攻めどころを見極めてると」

「そうそう、君、わかってるじゃないか!」

108 :踊る名無しさん:2022/07/06(水) 07:35:18.92 .net
「ところでさっきの君の動き、剣先に身体が取られてるように見えたな。
もう一度やってみせてよ。いやいや、それは踏み込み足が甘いなー。
剣をいかに使うかは力学、物理学だからね!」

田中さんはその場で与田部長に、手取り足取りフォームの指南を受けた。
彼曰く、スターウォーズには『Lightsaber combat』と呼ばれる
れっきとした戦闘技術が確立しているらしい。
もはや、バレエ『くるみ割り人形』のネズミ王様との対決の練習を
トイレでやってましたとは言い出しづらい。

まわりにいた人は奇異なものを見るように二人を見守っていた。

(あの二人、会社で何やってんの?)
(与田部長があんなにしゃべってるの初めて見たわ)

109 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 00:41:39.33 .net
有沢さんは夢を見ていた…

夢の中でデジレ王子になった有沢さんは、何度も逢瀬を重ねた幻のオーロラ姫に恋い焦がれていた。ナナ先生に瓜二つなオーロラ姫の幻。
幸せであったが、彼女は本物の人間ではないということに何処か虚しさを覚えてしまう。

「オーロラ姫、僕ももうすぐで妻を持たなければいけない年齢になる…。あなたがもしも本物の女性であったら、僕はあなたと結ばれたい」

「とても嬉しいお言葉…。そのお気持ちが真実であるならば、あなたは本物の私を見つけることが出来ます。
あなたが魔の森を通り、そこで白亜の城を見つけたら一番高い塔へいらしてください。呪いで100年の微睡みの中に閉じ込められた私を見つけてください。救えるのはあなただけです…」

「ええオーロラ姫、必ず…」

その日、デジレ王子は狩りに出掛けていたが、ふとオーロラ姫との約束のことを思い出した。この先を行けば悪魔や精霊が棲むとされる魔の森だ。そしてそこを抜けたところに…。

オーロラ姫のことで頭がいっぱいで狩りに集中できないでいる王子は、従者に気付かれないように一人で魔の森へと入っていった。

110 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 08:25:49.63 .net
城やその財産を我が物にしよう。
伝え聞く姫に会い自分が王になろう。
欲望や好奇心、名誉欲にかられ城に近づこうと試みた男たちは数知れず。

しかしその魔の森には
「オーロラに真にふさわしい王子でなければ、城にはいっさい寄せ付けない」
という強力な守護の魔法がかけられていた。

森の奥で侵入者たちを待ち受けるのは
鉄条網のようにからみあういばらの壁。

いばらに阻まれ身動きが取れなくなり、
今まで多くの男たちがそこで命を落としていったのだ。

111 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 08:59:21.17 .net
「そこのお方。悪いことは言わない。早く引き返した方がいい」

デジレ王子が魔の森に差し掛かると、とても美しい青い羽毛の小鳥が現れて言った。

「けれど僕はオーロラ姫と約束した。ここを行かなければ」
「此処から帰ってきた人間は誰一人としていないんだ。それにあの城には恐ろしい悪魔が棲んでいる…君は騙されているよ」
「悪魔…?」
「そうだよ。若く美しい男を喰うのが好きな女の悪魔だよ。彼女は男が嫌いだが、美しい男はもっと嫌いなんだ。
彼女のこの世のものとは思えない美貌に騙される男は多いが、少しでも機嫌を損ねたら殺される。
茨に絡まって死んでいった方がマシだと思うぐらいだね」

112 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 09:45:47.29 .net
そこへ酔っぱらった村の男たちの集団が、ハイホーハイホーと
体を揺らして踊りながら登場した。
なぜか田中さんや桐谷さん、ほかの素人おじさん達によく似ている。

「やあやあ、デジレ王子、なんて深刻な顔してんだい?」
「村にも、娘たちは大勢いるんだぜ?」
「森の奥に入ろうなんて考えないで、俺たちと楽しく飲まないかい?」

「いや…、僕はいいです。そんなに飲めるほうじゃないし」
夢の中でも有沢さんは有沢さんである。

113 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 09:58:47.42 .net
「ナオミ、お見合いの話がいくつか来ているわ。
火野のおばさんから」

「えっ、私はまだ…」
ナオミは母親からの電話に戸惑った。
最近、実家からの電話はいつもそんな話だ。

「もうすぐ26でしょ。今(20年前)の初婚の平均は27歳。
すこしは焦ってちょうだい」

ナオミの母方の祖父やおじは地方の有力議員で、
世間体を非常に気にする家系である。

「つきあいたい人がいるなら早めに言ってね。
ちゃんと身辺調査してあげますから」

「お母さん、相手の身辺調査なんて…」

「いいえ、とても重要なことよ。
親きょうだい、親戚を含めて、経済状況、過去の素行、
いかがわしい人はいないか
あとでわかって破談にするほうが大変ですからね」

114 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 13:23:00 .net
「ノリが悪いな〜。そんなんじゃモテないよ王子様〜!」
「仕方ないだろ。如何にも王子は○貞って感じだもんなガハハ!」

「……。」

黒崎やベルベットの素人男性たちそっくりな村人たちがセクハラを交えながらヘラヘラしながら言う。

デジレ王子は呆然としていたが、先を急がなければ日が暮れてしまうと、村人たちを無視して昼でも薄暗い森の中へと入っていった。

ギャァア!ギャアギャア!!

無気味な鳥の鳴き声や、得体の知れない蟲や植物が歓迎する魔の森。
まともな人間であれば絶対に近付かないであろう場所である。オーロラ姫を守る為なのか、それとも呪いの力なのか、悪魔の瘴気が生み出したものなのか…。

そうして森の中に漂う霧の向こうから、女性の凛とした声が響いてきた。だがそれはオーロラ姫の声ではない。

「麗しい王子。この先にあなたを待っている人がいるわ…」
「オーロラ姫のことですか?」
「さあ。それはあなたが知ってるはず」
「あなたは誰なのですか? まさか悪魔…」

一瞬沈黙が走る。

「そうね。皆私をそう呼んでいるわ…けれど私は悪魔ではないの。あなたが強く正しい男なら、私は何もしないもの…。
でもあなたがオーロラに相応しい男でなければ…その時は分かるよね?」

声は嗤った。

115 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 18:51:48.98 .net
「オーロラ姫にふさわしい強くて正しい男…」

デジレ王子である有沢さんは自分の人生を省みた。
真面目に勉強も仕事もしてきて、普段の生活では特に目立つこともなく人畜無害。

しかし、自分は決して『強い男』ではなかった。
面倒なことには、立ち向かうよりも避けることを選んできた。

「すみません、やっぱり僕、姫にふさわしい強い男じゃないです」と
有沢さんはあっさり諦め、踵を返して帰ろうとしたとき
その女性は声を荒げた。
「ちょっと!待ちなさーい!王子がそれじゃお話にならないじゃないの!」

116 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 20:21:42.76 .net
「それに、此処から無事に逃げられるとでも?」

踵を返した有沢さん(デジレ王子)の目の前を巨大な氷が覆い行く手を阻む。
「オーロラ姫に相応しくないなら、私があなたを食べちゃっても良いわよね! 王子を食べるのは初めてなの…」

デジレ王子の背後で悪魔は姿を現した。
王子は振り返ると、その姿に驚く。

「水野さん…?」

背筋が凍るほどに美しい悪魔は、とても白く、まるで天使のようであった。水野ナオミにそっくりな悪魔は王子を真っ直ぐ見据え、魅惑的な微笑をたたえながら近付いていく。

「私は美しいものが好きよ…。

美しい男は嫌悪感すらわくけれど、命を失った彼らのなんと美しいこと…」

氷で手足を拘束され身動きがとれなくなったデジレ王子の顎を指でくいっとあげる。

「でも食べるには惜しいわ…。あなたは純潔で結婚もまだなのね…。」
「……!(なんで分かるんだ!? それに姿は水野さんなのにイメージが全然違う…)」
「嘘よ。私はずっと貴方のことを待っていたのだもの…貴方が欲しかった」
「…ぇ(水野さんが僕を欲しいだなんて////)」

絶体絶命の状況にあるにも関わらず、夢の中であるため有沢さんは妄想をするぐらいには余裕があった。

「オーロラ姫は100年前に亡くなっているわ…人間が永遠に劣化しないまま生きられるわけ無いもの…。私が貴方をこさせるために幻を見せたの。

特別にオーロラ姫と一緒にしてあげる…
氷漬けのお姫様と王子様なんてロマンティックでしょう?」

ナオミそっくりな白き悪魔は、その死人のような冷たい唇をデジレ王子に近付けた。

117 :踊る名無しさん:2022/07/07(木) 22:35:38.64 .net
「っん…んんっ…」

白い悪魔に唇をふさがれたデジレ王子。
かき氷を食べたときのように頭がキーンとする。
唇は冷たいのに、身体は熱い。

「あら、悪くないわね…」
白い悪魔は妖艶な微笑を浮かべる。

次の瞬間、デジレ王子の前に氷漬けのオーロラ姫が現れた。
「ほら、あなたが望んだことでしょう…」

118 :踊る名無しさん:2022/07/08(金) 07:04:20.52 .net
ガバッと起きたとき、そこは見慣れた部屋であった。

「よかった…。流石に夢だよな…」

でも、あの水野さんにキスをされる性的な夢を見てしまうなんて。しかもナナ先生がオーロラ姫で永遠に二人一緒にされて…。
悪夢であるはずが、有沢さんは何処か喜ぶ自分に気づく。

ナオミとナナ先生とは全くそういった関係でさえない有沢さんなのだが、二人の間で揺れ動き翻弄されていた。

119 :踊る名無しさん:2022/07/08(金) 09:14:34.56 .net
ずっと黒ぶちメガネをかけて無口で地味、
「何考えてるかわからない」と言われていた有沢さんのこと、
今まで恋愛にはきわめて消極的で、
そっちの経験値もかなり低めなのは否めない。

それでも、言い寄ってくる女性が全くいなかったわけではない。

経済学部のゼミで行われたショッピングモールでのフィールド調査の帰り道、
二人っきりになると、そっと有沢さんに腕をからめてくる子がいた。

「有沢くんと二人っきりになれるの、待ってたんだ…」

照れながら頬を染める女の子は、世間的には可愛い子だったのだろう。
しかし有沢さんの心は大して動かなかった。
たぶん、ぽってりと丸みを帯びた彼女の肩や足のラインは
有沢さんの好みではなかったかもしれない。

つきあってるのか、つきあってないのか、わからない程度のつきあいで
就職活動で忙しい間に終わってしまった。

デジレ王子だって自分の領地内では理想の相手が見つからなかったのに、
そう簡単に運命の人なんか見つかるわけがない、と有沢さんは何年も思っていた。

120 :踊る名無しさん:2022/07/08(金) 21:14:38.26 .net
「で、ケイトは最近エッチな妄想で悩んでいるわけね」
「サラ姉っ…!」

サラが有沢さんの悩みを聞きながらそう言うと「言い方考えろよ」と有沢さんは動揺した。

「ケイトは色々押さえ込み過ぎなのよ。自分だけの時間ぐらい自由になっても良いんじゃない? 妄想は悪いことじゃない」

じゃあ私は用事があるから。そう言い残してサラは部屋を出て行った。
一気に静まり返る自室。一人取り残された有沢さんはため息をついた後、汗でベタついた身体を洗い流そうと浴室へと向かった。

衣服や下着を無造作に脱ぎ捨てて、大きな鏡の前に立つ。シャワーのお湯が白い肌を濡らしていく。
 細いが、若い男性らしさも窺える張りがありしなやかで引き締まった肢体が、窓から射し込む朝焼けに染まる。有沢さんは鏡に映る自分の姿を見た。

『私はずっと貴方のことを待っていたのだもの…貴方が欲しかった』

夢の中でナオミが有沢さんに対して言った言葉が蘇る。身体の奥が熱くなるような、そんな言葉。
今までの自分ならすぐ罪悪感を抱いていたものだが、サラの、自由になっても良いんじゃない?妄想は悪いことじゃない。という言葉を今だけでも言い訳にしようと思った。

有沢さんは自分の感情に、そして自分の身体にただ委ねた。一時満たされるだけの虚しいものであることは分かっていたが…。


そして二度目のリハーサル。

「有沢くん、前よりずっと大人びてロマンティックな雰囲気出せてるわね!」

有沢さんの踊りに変化が現れていた。

121 :踊る名無しさん:2022/07/09(土) 10:10:47.70 .net
水野ナオミの白い肌、透き通る瞳、柔らかそうな唇、
この手足のラインの美しさはどうだ。
僕の心を溶かしていくようなこの流麗な動きは。

これは罪なのだろうか。
あなたに恋に落ちずにいられないとしたら。

川が必ず海に流れ込むように。
物事はなるべくしてなる。

僕の手を取って、
僕の生命の全ても取って。
あなたに恋せずにはいられないから…。

「啓徒くん、まるで水野さんに恋してるって顔して踊ってたね」
一番先に気が付いたのは高瀬蓮だ。

122 :踊る名無しさん:2022/07/09(土) 16:17:37.99 .net
それを聞いた田中さんは

「有沢さんがこんな演技派だったとは…」
とライバル意識を燃やし始めた。
「俺も負けてられない!」

確かに普段はあまり感情を感じさせない癖のない踊りをする有沢さんが、今日は女王に密かな恋心を抱く騎士に見えた。

「ケイトくん…」

マリアが呟いた。あんな顔、私には一度も見せてくれたこと無かったのに。ケイトくんはそれだけ実力をあげてきたの? それとも…。

123 :踊る名無しさん:2022/07/09(土) 22:36:30.60 .net
そうだ。中学生のころ彼と踊った向村バレエ学校の眠り。

私はもっとドラマチックな表現を求めていた。
「私を見つけて。100年もの間、あなたを待ってるのよ」と。
その想いに熱く応じてほしかった。

晴れて結ばれ愛の喜びに輝いて、
お互いに夢中に恋する二人を演じたかった。

なのに、あのときの、ケイトの踊りは、なんだったの。
のれんに腕押し、ぬかに釘。

やる気ないの?才能あるからって適当にやってるの?
どうして、そんなに反応しないの?

なのに、今、水野ナオミを狂おしいほどに熱く見る
ケイトの顔ときたら…

124 :踊る名無しさん:2022/07/10(日) 18:08:54.78 .net
「有沢くんのあの表情何?」
「みてるこっちまでドキドキしてくるわね!」
「前は変なおじさんたちばかりが応募してきたオドリライフも、今じゃ若い男性も参加してくれて嬉しいわ…」
「サポートも丁寧で優しい。前みたいな如何にも女性に慣れてませんって感じが消えてる。いったい何があったの?」

 端から観察する素人おばちゃん達が口々に有沢さんの変化について語り合っている。

「ナオミちゃんもよりいっそう綺麗にみえるし、有沢くんとナオミちゃん、相性がいいんだろうね…」

ナオミの方ももちろん有沢さんの変化には気付いていた。サポートの技術はもちろん落ち着きとゆとりを感じられ安心して踊れる。
自分を見つめる眼差しが、あまりに優しくて少し恥ずかしくもあったが。

125 :踊る名無しさん:2022/07/11(月) 09:21:23.94 .net
桐谷さんは考えていた。
なぜネズミが悪役なのかと。

ミミズだってオケラだってアメンボだって
みんなみんな生きているんだ、友だちなんだ。

ネズミは違うのか!

笑止千万と言わざるを得ない。

このエセ博愛主義者!
ご都合主義の生命礼賛!
一体それは、エコなのか?エゴなのか?

126 :踊る名無しさん:2022/07/11(月) 09:22:52.05 .net
確かに、ネズミは食品や家を食い荒らすだけでなく、病原菌を運ぶ。
人間生活には厄介な生物だろう。
中世ヨーロッパでは、ペストの流行でますますネズミが嫌われた。

彼らは、下水の整備もせず、湯水で身体を洗うことさえ嫌った。
要するに王族から庶民まで、きわめて不潔な環境だったのだ。
そこでペストが400年も続いたのは、ネズミだけのせいか?

ネズミはネズミなりに、その環境に適応して生きていただけだ。
「諸悪の根源はネズミじゃなくて、人間たちだろ?」
長年、理不尽に虐げられたネズミが怒るのは当然。

この舞台で俺は、全ネズミ類の恨みを代表して
世界で一番熱いネズミの王様と王子の戦いを見せてやろう。

桐谷さんの目はらんらんと輝いていた。

127 :踊る名無しさん:2022/07/11(月) 22:38:29.88 .net
なんだか桐谷さんから殺気を感じる。
田中さんは桐谷さんの気迫に触発され余計にやる気が漲っていた。

俺はノーブルな王子様がとても似合う男だけれど、勇ましい姿もみせていかないとな!
今は優雅な王子様ではなく、勇敢な戦士になるのだ。そして二幕…再び美しい王子様として俺は舞台に立つ!

田中さんは完全に二幕も出る気満々であった。

128 :踊る名無しさん:2022/07/12(火) 00:28:13 .net
前スレ989で有沢さんはベッドでナナ先生で抜いてるんだよな。シャワー浴びながら今度はナオミで抜いてる。もう有沢さんはエッチ系ポジションだ

129 :踊る名無しさん:2022/07/13(水) 18:23:00.09 .net
田中さんは意気込みながら、どうやったら迫力が出せるかを鏡の前で熱心に研究していた。
その丁度斜め後ろ辺りに素人おばさん達が休憩しながら喋っているのが鏡に映っていた。

「ねえ聞いた?」
「なに?」

素人おばさんの一人が足裏でテニスボールを転がしながら聞き返す。

「王子役。他にいるらしいわよ」
「田中くん以外に? ダブルキャストか何か?」
「それが呪いがとけて美しい王子様に変身するでしょ? その時に田中くんから別の人に交代するらしいの」

田中さんはビクッとした。

130 :踊る名無しさん:2022/07/13(水) 21:36:23.88 .net
田中さんは自分の耳を疑った。

いや、そんなバカな・・・

そんなバカな・・・

そんなバカな!!!

俺が華麗なるグランパドドゥを踊るはずなのにぃぃ〜〜〜!!!

131 :踊る名無しさん:2022/07/13(水) 21:41:58.65 .net
ちなみに、この時点で田中さんはバレエ歴わずか2年足らずである。

経験した舞台は、
ラフィーユマルガルデの雄鶏の役。
コッペリアの人形の役、の二回。

この夏、黒崎バレエアカデミーのバレエ・カーニバルという
自薦ヴァリエーション大会に近いイベントで
自ら希望を出してくるみの王子のヴァリエーションを踊る予定ではあるのだが。

132 :踊る名無しさん:2022/07/13(水) 21:51:06 .net
最近、田中さんはダンベルを購入し、密かに腹筋や背筋や腕、背中を鍛えていた。
細身でテクニシャンの光美マリアが相手とは言え
彼女をリフトをするには、レッスンだけでは鍛えられない筋肉も必要だろう。

田中さんは、グランパドドゥまでを踊る気満々だった。
最後のフィナーレには、全ての出演者たちに囲まれ
舞台中央で、光美マリアを肩にのせて、
ニカッと笑って、割れんばかりの喝采を浴びる自分の姿を想像していた。

133 :踊る名無しさん:2022/07/14(木) 00:46:19.13 .net
いったい誰が二幕の王子をやるっていうんだ!

田中さんはショックのあまり今にも泣き出しそうであったが、グッとこらえた。
鈴木さん達はそんな田中さんを慰めていたが、期待していただけに失望感も強かったのだ。

「それで、誰が王子を?」
「ゲストの有名バレエダンサーってきいたけど…。技術も高くてしかもイケメンらしいわよ」

その時、イケメンバレエダンサーというワードで水野ナオミは不快感を覚えた。尤も自分はその人と踊るわけでは無いのだからと心を落ち着けつつ、デュエットの自主練に戻る。

「有沢さん、今のところもう一度通しましょうか」
「はい」

そして、ナオミと有沢さんが踊り始めようというその時、突然声をかけられた。

「ナオミちゃん、久し振り…。とても綺麗な女の子になったね」

この甘く撫でるような声をナオミは覚えていた。そして悪寒が走る感覚が蘇る。有沢さんも突然のことで、不思議そうな表情だ。

134 :踊る名無しさん:2022/07/15(金) 13:50:52.63 .net
「え、何?何?あのイケメン!」
「一体、どこの王子様なのよっ?!」
「S&Bバレエ団の新しいプリンシパルよっ!」

女性達の間で黄色い声が上がる。

甘いマスクに甘い声。
彼は黒くうるんだ瞳で、水野ナオミを見つめる。

その瞳で見つめられた女性は、ときめき、舞い上がり、
一瞬にして恋に落ちてしまうという

彼は自分のイケメン効果を良く心得ている。
手をつないだり、腰に手を回して、耳元で甘くささやくのだ。

「ほら、ナオミちゃん、僕の目をちゃんと見て?」
「恥ずかしがり屋さんなんだね?かわいい…」
「もっと僕に身をゆだねて。ちゃんと受け止めるから」

そんな彼の言動に、多くの女性たちはあっさりと参っていくらしい。
だが、水野ナオミは違った。

135 :踊る名無しさん:2022/07/15(金) 17:33:40.49 .net
ガン無視・・・だったよね・・・彼女(鈴木さん心の声

声をかけられたのにまるで気づかないかのようにナオミが有沢の手をとってスタジオの中央に歩き始めた

これは塩対応まいったなぁ・・・イケメンプリンシパルが苦笑いして思わずその場に立ち止まり
同時に異様な気配を察知したのか否か、主婦クラスの女性たちがわーっとプリンシパルを取り巻いたので
険悪な雰囲気になるのはなんとかごまかせた

素人頑張るマンの田中さんと、美味しそうなイケメンプリンシパル
両方と踊る機会があるなんてラッキーだわ、マリアついてる!

ガメラvsギャオス・・・ゴジラvsモスラvsキングギドラ・・・怪獣大決戦の世界
桐谷さんは何故かそんな映画を思い出していた

136 :踊る名無しさん:2022/07/16(土) 00:13:38 .net
有沢さんはナオミのイケメンプリンシパルに対するただならぬ態度に、知り合いなのかと考えた。初対面の人間にあれは考えにくいしプリンシパルの方もナオミのことをよく知ってる感じだ。
まさか元カレだったりするのだろうか? ナオミほどの美女ならあり得るのではないか?

「有沢さん! 集中して…」

考え事をしていると色々おろそかになるものだ。ナオミはそんな自分の綻びを見逃さない。鋭い眼差しの冷たく無表情な顔が自分の顔に迫ってくる。

「有名バレエダンサーが来たから落ち着かないのも分かりますが、私達には舞台を成功させる責任があります。彼のことは眼中に入れないことです。今は私だけに集中してください」
「すみません」

そう有沢さんに注意するナオミであったが、イケメンプリンシパルに対する苛立ちが多少はあった。そしてなるべく彼を視界に入れたくなかったのだ。

「……」

その様子を見るイケメンプリンシパルは、ナオミと躍る有沢さんの方に意識を向けた。

137 :踊る名無しさん:2022/07/16(土) 09:15:37 .net
ふぅーん、相手の男、素直な踊りするが、プロじゃないよなあ。
踊りながら不安げな顔したりするし。
いろいろ経験不足っていうか。

ナオミちゃん、ああいうのがいいわけ?
「おぼこい子を私が引っ張ってあげなきゃ」って?

すぐになびいてくる軽い女は掃いて捨てるほどいるが
難攻不落のきれいな子を落として
征服欲を満たすのは格別なんだよねえ。
「あんなに気取ってたくせに」ってね…
女は基本M気質だからな。

イケメンプリンシパルは不敵な微笑みを浮かべた。

138 :踊る名無しさん:2022/07/16(土) 11:25:17.04 .net
「なんだかあのゲストダンサーのイケメン先生、さっきからナオミちゃんの方を頻繁に見てるわよね!」
「先生もやっぱり美人好きなのかしら? 主役のマリアちゃんも華やかな美人なのだけど、ああいう凛とした女性がタイプなのね」

真実とは若干ズレた憶測で勝手に納得をしながら素人おばさん達が口々に話し出す。
尤も外面がよく優しくいい人にしかみえないイケメンプリンシパルが、ミソジニストでまさかナオミを己の征服欲を満たす対象にみているとは誰もが想像出来ないだろう。

感受性の強い有沢さんは、イケメンプリンシパルの不穏な視線で落ち着かない雰囲気であったが、ナオミもそれに気付いたのか「休憩しましょう」と有沢さんの腕を引っ張ってスタジオを出た。

 二人はベルベットの控え室までいくと、ナオミは自販機でジュースを二本買い、その一つを有沢さんに手渡す。今からナオミに怒られるのではと内心冷や冷やする有沢さんであったが、予想とは違っていた。

「あのゲストダンサーの先生。私が高校生の時に発表会で組むことになったんです。技術もあって華もあって、女性の間では人気でしたけど、私はどうも苦手でした…。

実際彼と恋愛関係になって泣いた人も多かったようですし、でも世間からは彼女たちの方が悪者にされましたね。ストーカー勘違い女の被害に遭う天才イケメンバレリーノって感じでしょうか…。」

一つため息をついたナオミはこう続ける。

「きっと有沢さんも何か言われるかもしれませんが、あまり気にしないでください。私達は私達の踊りに集中しましょう」
「すみません。足を引っ張ってしまって…」

自分の不甲斐なさで申し訳なく思った有沢さんは俯く。

「…いえ、有沢さんは今まで出会ってきたパートナーより一番踊りやすいですから。
再会されたときいていますが、ブランクを感じさせない基礎に忠実で繊細な踊りをなさいますし自信を持ってください」

微かだがナオミの表情が少しだけ優しくなった気がした。

139 :踊る名無しさん:2022/07/16(土) 13:46:04.50 .net
有沢さんは少し安堵した。

「集中して」とナオミに言われたが、
踊っている間、有沢さんの心は穏やかではなかった。
あんなイケメンダンサーが、ひょっとしたら元カレ?
彼はまだナオミに気があるのか?
「お前なんか彼女の相手にふさわしくない」って見られてるのか?

ナオミが過去に他の男性を愛してた、などと考えると
有沢さんは心臓がえぐられるような痛みを感じた。

君の心に、僕の独りよがりの痛みは届かないけど
この雪の国のパドドゥを踊ってる間は

君は 君は 僕のものだよね…

140 :踊る名無しさん:2022/07/17(日) 21:16:06.20 .net
「君、高瀬くんっていうんだっけ?」

高瀬蓮が更衣室で着替えていると、入ってきた人物について突然話しかけられた。
少々戸惑いつつ高瀬蓮は振り返ると、そこにはイケメンプリンシパルの姿が。

「すみません、こんな格好で…」

上半身裸の状態であったため、高瀬は申し訳なさそうな笑顔を見せた。

「いや気にしなくていいよ。今回の舞台よろしくね」

若いイケメンの半裸を見られたことが嬉しかったのかイケメンプリンシパルもちょっとご機嫌のようだ。
彼は有沢さんのような正統派王子様タイプは毛嫌いするぐらい苦手だが、高瀬蓮のようにスペインやジプシー役が似合うようなかっこよく逞しい男性は好みである。
今まで付き合ってきたのは女性だけであるが、女性だけでなく実は男性にも興味があったのだ。ただ男性に対してのみは好みがうるさいが。

141 :踊る名無しさん:2022/07/18(月) 20:08:20.29 .net
「マリアさん!紹介するわ。
王子役の、神代煌介(かみしろ・こうすけ)さん。
S&Bバレエ団のプリンシパルに昇格したばかりよ」

工藤由美は神代を光美マリアを紹介した。

「ベルベットの舞台に呼んでいただき光栄です。
あなたが光美さん?一緒に踊るのを楽しみにしてました」

イケメンプリンシパルは爽やかな微笑みを浮かべる。

うわあ…間近で見ると圧倒される…。
芸術作品のように鍛えられた身体も神々しいけど、
この黒くうるんだ瞳に見入ってしまうと…

「よろしくお願いします」
と言いながら、マリアもドキドキしていた。

「よかったわ〜。S&Bバレエ団はベルベットと近いから
いつも何人かお願いするんだけれど、
今回は話題のプリンシパルまで来てくれて豪華メンバーがそろったわ。
マリアさん、ラッキーよ!」

142 :踊る名無しさん:2022/07/18(月) 20:25:02.51 .net
田中さんは主役の二人が挨拶しているのを見て、俺もこの舞台の主役の一人だから挨拶しないとな!と近寄っていく。

「初めまして! 俺は一幕で主役の王子をやる田中です! よろしくお願いします!」

田中さんはイケメンプリンシパル、神代先生に元気に挨拶し頭を下げた。
嗚呼、こんなかっこよくて有名なプロバレエダンサーに接触できるなんて最高だ。田中さんは目を輝かせていた。

「俺、神代先生が踊った『海賊』のビデオみました! その時から憧れています!」

143 :踊る名無しさん:2022/07/19(火) 07:31:51.31 .net
けっ、こいつ、見るからにど素人だな。
神代は思ったが、爽やかに微笑んだ。

「ありがとう。
さっき、見せてもらったよ。ネズミの王様との闘いのシーン、
素晴らしい演技で盛り上がっていたね。
僕はああいう熱い演技をする人、大好きだよ。
本番でも期待してるよ」

ずきゅーん…
田中さんの心はときめいた。
S&Bバレエ団のイケメンプリンシパルが俺のことを

「素晴らしい」
「大好き」
「期待してる」

彼は俺の才能を一目で見抜いてしまったんだ!
田中さんはデレデレとにやけた。

144 :踊る名無しさん:2022/07/19(火) 13:19:09.01 .net
「マリアちゃんって、まさかとは思うけれど、向村バレエの伝説のオーロラ姫だよね?」
「えっ! あ、はい! けど伝説なんてそんな…」

マリアは照れ臭そうに頬を赤らめた。

「中学生にしてあの美貌と技術、オーロラ姫を踊るために生まれてきたのではと思うほどに魅入ってしまったのを覚えてる。
君と踊れたらどんなによかったかと思ったね」

神代はにこりと微笑む。
そしてその笑顔の裏で、マリアの品定めをはじめていた。

『なかなかいい身体をしているし稀にみる美人だ。僕にデレデレした顔をみせてるし、ワンチャンあるかもしれないな…。ナオミをいただく前に味わっておきたいが』

そしてふと向村バレエの『眠れる森の美女』の公演を思い出した時、有沢さんのことも思い出した。

145 :踊る名無しさん:2022/07/20(水) 21:01:13.90 .net
ああ、あのお坊ちゃんも何処かでみたことあると思っていたけれど、あの時のデジレ王子か。
あの時は騒がれたものだが、今では大人向けオープンバレエスタジオの一生徒として出演か。
あの雰囲気だと所詮はアマチュアどまりだな。

あの外見と技術だから、そこいらの素人おばさん達には王子様扱いされていただろうが、
実力の差を思い知らせてやるとするか。

「マリアちゃん、そろそろ練習をはじめようか?」
「はい!」

神代は待合室から戻ってきたナオミと有沢さんを一瞥した。そうして主役二人のアダージオがはじまったのである。

146 :踊る名無しさん:2022/07/20(水) 21:46:54.45 .net
「すごいわぁ、身体中からオーラが出てるわ」
「自信に光り輝く胸筋とデコルテ。う、美しいぃ〜」
「普段見てるバレエとは別物ね!」

うむむぅ〜。なんというダンサーなのだ!
色めき立つ生徒たちに混ざって見ていた田中さんも感嘆した。

以前会った有名ダンサーの山加糸吉先生は、深い思索に満ちて、
ときには危うげにも見える、とても繊細な人だったが…

神代煌介先生は、ゆるぎない自信にあふれていて
帝王か、支配者か、ラスボスか、
絶対的な強さを感じるな!

147 :踊る名無しさん:2022/07/22(金) 10:01:34.25 .net
ラスボスの彼がキングギドラだな、情け無用の無慈悲な神
イトキチ先生はゴジラか、敵味方を超越する憂愁の絶対神
ナオミさんがモスラで、触れる事を許さぬ氷の女神
マリアさんがギャオス、周囲の人を養分にする吸血鬼
有沢君がガメラ、すぐに甲羅に引っ込んじゃう

148 :踊る名無しさん:2022/07/22(金) 22:16:14.31 .net
なんて実力のダンサーなの!
これこそ私が欲していたものだわ!

マリアは、自分を情熱的に求めるように踊る神代に応えるように、自身もまたドラマチックに踊った。

神代は自信に満ちた光り輝くようなダンサーであるが、彼の華やかさに霞んでしまうバレリーナもいる一方で、彼と組むことでよりいっそう引き立つ者もいる。
マリアもそういったバレリーナの一人だ。いや、その中でも群を抜いているかもしれない。

静かな煌めきではなく、太陽の光を反射させ強く輝く宝石のようなマリアは、まるで女帝のようである。
神代自身も、マリアの持つそのダンサーとしての魅力に気付いた。今まで踊ってきた女とは違う、久々に踊ることの楽しさを思い出させてくれるようなそんな踊りをするのだ。

149 :踊る名無しさん:2022/07/23(土) 12:50:01.76 .net
女は感情的だ。
『私が嫌なんだから嫌!』
『私がこう思うんだからこれが正しいの!』
そういう、わけのわからん正義を振りかざす。

そういう感情を上手く使えばアドバンテージになる。
情けは人のためじゃない、自分の利益のため。

俺だって考えてんだよ。
長くは現役でいられない。
バレエをやめた後に何が残るのか。

今は結婚する気はさらさらないが、結婚するとしたら
実家の太い娘だな。
スタジオ設立にポンと大金出してくれて、
外泊し放題でよそで踊ってても、ほっといてくれるようなね。

150 :踊る名無しさん:2022/07/23(土) 13:00:09.42 .net
俺も30手前でやっとプリンシパルになったんだ。

最初に入ったCバレエ団では、芸監のおばちゃんに
「チャラくて深みがない」と嫌われた。
彼女が優遇したのは、クソ真面目なつまんねー踊りする奴。
今思い出しても腹立つ。

数年、南欧のバレエ団を渡り歩き修行した。
あの頃は、女遊びも最高潮だった。
遊学に来てる日本人女はチョロいのが多い。
ロマンチックな雰囲気出せば、すぐ落ちる。

そうだな。光美マリアは悪くない。
だいたいの女は、技術が足りないか、パワー不足か、クソ真面目か、
そうでなければ超わがままか、ブサイクか、
俺を独占したがってウザいか、金がないか、どれかだ。

とりあえずの利用価値は、ありそうだな。

151 :踊る名無しさん:2022/07/23(土) 13:10:20.31 .net
「いやあ〜神代先生って、すごく良い人だ〜!
やっぱりバレエの上手な人ほど、人間性も素晴らしいね!」

イケメンプリンシパルにお世辞を言われて、
田中さんはすっかりファンになってしまった。

152 :踊る名無しさん:2022/07/23(土) 13:53:33 .net
他県の国会議員の息子、
地方銀行の頭取の甥、
元医師会会長の孫、
地元大企業の御曹司。

ナオミの前に、ずらりと並べられた見合いの釣書と写真。
久しぶりに都心のマンションにやってきた母親は意気揚々と言った。

「みんなお家柄の良い人ばかり。
学歴も職業も、うちと遜色ない立派な人よ。
ねえ、どの人がいいかしら」

ナオミはため息をついて、首を振った。
写真館で撮った写真と紙に書かれた本人と家族親戚の経歴、
これで生涯をともにする人を選べるわけない。

「相手くらい、自分で決めるわ」
結婚をしたら今までのようにバレエのレッスンに通えなくなるかもしれない。
そもそも、恋愛もろくにしないうちに、親の意に沿う相手となんて…。

水野ナオミは頭の片隅で、有沢さんのことを思った。

153 :踊る名無しさん:2022/07/24(日) 09:32:54.42 .net
田中さんは考えた。

「俺は雰囲気はノーブルで、魂はピュア、
ダビデ像を可愛くしたような、キュートな顔だ。
ほぼ完ぺきな王子様なのだが

しかしっ…

脚のかっこうだけは、イマイチだよなあ〜」

ガニ股で開かない脚。
それはバレエを始めてからの田中さんの悩みだ。

人形メイクかお面をかぶって上半身に注目を集め、
暗い舞台で、光るライトセーバーを振りまわしてたら、
田中さんの最大の欠点である脚の形にはそれほど目がいかない。
それが工藤由美のもくろみである。

154 :踊る名無しさん:2022/07/24(日) 09:36:01.97 .net
田中さんは鏡に自分の姿を映しながら
自分が最高に良く見える自分だけの『黄金角度』を研究していた。

「顔は横30度くらいが最高に美男子だな。
よし!今度TVクルーが来たときには、いつもこの角度を見せよう。

しかし、踊ってるときの脚は、難しいぞ。
エファッセ・デリエールだとまあまあだが、
アンファッセのアラスゴンだと、脚の不格好さが目立つ…」

「いつも、この角度だけから見てくれたら
もっと上手く見えるのになあ〜」
田中さんはひたすら鏡の前で悩み続けていた。

155 :踊る名無しさん:2022/07/24(日) 21:59:27.75 .net
「さあ、レッスンをはじめましょう」

紗江子がスタジオに入ってくると、大人クラス生徒たちはすぐに姿勢をただし「おはようございます」とレベランスをした。
その中で田中さんは自分のポーズに集中しすぎてしまったのか、紗江子が来たことに気付いていなかった。

「田中さん。はじめますよ」
「すみません!」

慌てて田中さんは向き直りお辞儀をした。
その様子を確認した後、紗江子は口を開く。

「さて、皆さんにまずお知らせしなければならないのですが、河合ナナ先生が英国のバレエ団に入団することが決まりました」
「え…!?」

一番衝撃を受けたのは有沢さんであった。あまりにも急すぎやしないか。
全くそんな話…。
けれどナナ先生が以前から何かに悩んでいたように思えたのは気付いていた。元プロバレリーナとして今の自分の状況について色々思うこともあったのかもしれない。
あれだけの実力の持ち主だ。指導者に徹するにはまだ若すぎる。

「ナナ先生が自分で決断して海外のバレエ団でプロとして復帰するというなら喜ぶべきことなのに…。どうしても、心から喜べない…。」

156 :踊る名無しさん:2022/07/25(月) 11:02:54.11 .net
河合ナナは、アメリカの有名バレエ団に3年在籍した経験がある。
その時の、ディレクターにはあまり気に入られてなかった。
「器用に動くけど、スモール・スケールで面白くない。
自分をあけっぴろげに出さないと、伝わらない」と。

実際、これでもかと技巧を見せつける
体格の良いパワフルなタイプのダンサーが活躍していたのだ。

ナナは、悔しい思いや焦りに苛まれて、
自分の踊りを無理やり派手にダイナミックに変えようとして
心身ともに空回りを続けた後、3年で帰国した。

そのとき、ナナを高く評価してくれていたのは
英国出身のバレエミストレスだった。
「華奢な身体で、デリケートなテクニックを正確にこなして
慎ましさの中にエレガンスがある。
今のディレクターの好みとは違うかもしれないけれど…」

そのミストレスの口利きで、
急遽、英国のバレエ団のプライベートオーディションを受けた。
たまたまバレエ団に欠員があったからだ。
これを逃したらこんなチャンスは二度とない、と渡英を決めたのだ。

157 :踊る名無しさん:2022/07/25(月) 11:04:13.34 .net
「バレエを好きでいられることが、バレエに一番必要な才能」

高瀬蓮の超高速の成長を見て落ち込んでいたときに
そう言ってなぐさめてくれたナナ先生。

スパルタ紗江子先生は、ぐいぐい厳しく指導するけど、
ナナ先生は明るくて優しくて、いつも心の支えになってくれてた。

ナナ先生が急にいなくなるって、路頭に放り出される気分だな。
そして、俺は途方に暮れる。

158 :踊る名無しさん:2022/07/25(月) 21:51:25.08 .net
「いや、俺もいつかヨーロッパのバレエ団から声がかかる日が来るかもしれない!
そのときは黒崎の仲間には気持ちよく送り出してほしいからな!
俺もナナ先生を祝福しよう!」

と、あらぬ妄想を暴走させつつ、切り替えの早い田中さんに比べて、
有沢さんは、その日のレッスン中、ずっと物憂げな顔をしていた。

逃げるようにバレエをやめて
ずっと心の奥にくすぶっていた後ろめたさ。

あのときの自分を受け入れられて前向きになれたのも
ナナ先生のおかげだ。
彼女の実力に見合った活躍の場が見つかったんだ。良いことじゃないか。

それなのに、なんだろう、胸が苦しい…。

159 :踊る名無しさん:2022/07/26(火) 07:59:19.36 .net
有沢さんは向村バレエ学校の物置で見た幻を思い出す。

あれが夢か現か未だにわからないが、それでも自分の記憶の中にある確かな事実だ。
まゆみ先生という幼い頃の自分が創り出した架空の存在…ナナ先生と瓜二つのイマジナリーフレンド。
かつてはスタジオとして使われていた物置の記憶の中で、彼女の手を取り踊った『眠れる森の美女』第二幕の甘美のアダジオ。少年時代に抱いた不思議な気持ちがまゆみ先生への、そしてナナ先生への仄かな恋心であることを有沢さんは気付かされた。

有沢さんは引っ込み思案でなかなか自分の気持ちを伝えられない。そんな自分を億劫に思う一方で安心もしていた。
もしも自分が自分の感情に素直になれる人間であったとしたら、僕はナナ先生にわがままをぶつけてしまうかもしれない。そうしたらきっと嫌われてしまうだろう…。

「さっきから顔が死んでいるわよっ!! やる気はあるのかしら!? デジレ王子はここではオーロラ姫の幻と出会うのだから、死んでいたらダメでしょ」

突然紗江子先生の一喝。有沢さんはビクッと肩をあげて、すみませんと弱々しく返事をした。

「外部の舞台で大役をやることはきいているわ。だけどカーニバルの舞台はすぐなのよ。私が指導する生徒としてきちんと踊りなさい」
「はい…」
「じゃあもう一度最初から、レベランスまでやってちょうだい」

160 :踊る名無しさん:2022/07/26(火) 23:45:26.42 .net
有沢さんは長い夢から目覚めた気分でふと顔を上げると勤め先の役所のデスクでボールペンを持っていた。
あれ、今日何日だろう。どうしたんだろう、仕事に向かった記憶が。。。思い出せない。

161 :踊る名無しさん:2022/07/27(水) 10:47:55.06 .net
有沢さんがうんと幼いころ、初めて心惹かれた女性は
『ドラえもん』のしずかちゃんだ。

「のび太さん」

親しい間柄でも慎ましやかな言葉遣いが、とても魅力的だと思った。
現実には、まわりにそんな品の良い女子は皆無に近かったのだが。

デスクで目の前の白い用紙を見つめるとそこには、

まゆみ先生、ナナ先生の優しい微笑み、そしてナオミの身体…

三人のイメージがオーバーラップするように、浮かんでは消えていった。

162 :踊る名無しさん:2022/07/27(水) 23:43:09.44 .net
有沢さんが席に座ってぼーっとしている時、近くから楽しげな会話が聞こえてきた。

「あたし今度バレエの舞台観に行くのよ〜!」
「バレエ? 何だかハイソな感じ」
「いやだぁ! そんなハイソだなんて〜。友達が大人のバレエを習っていて舞台を観に行くことになったの。それに王子役の神代くんのファンなの!!」
「私も神代くん知ってるわ! 超イケメンバレエダンサーってことで女性誌に紹介されてたわ。そんなダンサーがでるの!?」

役所の女性職員達が今日も暇な時間を使ってお喋りをしていたが、この時ばかりは有沢さんも落ち着かなかった。
まさかこのおばさんたちに自分がバレエを踊るところをみられてしまうのではという危機感。絶対に噂の種にされ悪口がいわれるに決まっている。

「あとこれ! ソリストの白の騎士の役が有沢啓徒ってかかれているのよ」
「あら本当ね。王子様って感じで凄くイケメンじゃない?」
「うちの有沢啓徒は地味で根暗のオタクだけどね。こんなイケメンと同姓同名っていうのも辛いものね」

女性職員達が有沢さんの方をチラチラみながらクスクスと笑い出す。
複雑な気持ちであったが、少なくともバレてはいないようだと有沢さんは安堵した。

163 :踊る名無しさん:2022/07/28(木) 00:05:27.18 .net
クラーク・ケントかー

164 :踊る名無しさん:2022/07/28(木) 19:21:37.82 .net
う、うう〜うう〜頭が痛い
頭が割れそうに痛い
有沢さんは気を失った
次に目覚めるとスタジオにいた

165 :踊る名無しさん:2022/07/28(木) 20:56:05.89 .net
僕は最近どうしてしまったんだ?
解離性健忘症か何かなのか?

子どもの頃はそういうこともあったが、大人になってからは無くなっていたのに。なぜ今になって…。
向村バレエ学校でおかしくなってから、その症状が出るようになってしまった。

有沢さんが訳が分からなくなり、もう少し休んでおこうと思いそのままスタジオのソファの上で目をつぶった。
午後の金色の日差しが有沢さんを優しく包む。

そのとき偶然通りかかったマリアが、眠っている彼を見つけた。
静かに目を瞑る寝顔に思わず見とれる。そしてなんとなく近付くと、有沢さんが何か寝言を言っているのが聞こえてきた。

「……?」

よくきいてみるとナナ先生と呟いているではないか。

「まさかケイトくん。河合先生のことが好きなの……? ナオミが好きなのかと思ってたわ」

166 :踊る名無しさん:2022/07/28(木) 22:14:30.52 .net
ケイトお帰り!

ケイトの妻ナナが玄関でケイトの帰宅を迎えた。
ナナは誰の目からもあきらかに臨月を迎えていた。

ナナ、無理しないでよ、双子が出てきちゃうよ!!
それよりコレ、職場の先輩がね〜

はああああっつ、なんだ今の?
有沢さんが目を開くと知らない白い部屋に居た。

何だ、夢だたのか。それにしてもなんて生々しい感触だったのだろう…

167 :踊る名無しさん:2022/07/28(木) 23:43:46.98 .net
僕とナナ先生が結婚していて、
ナナ先生のお腹に僕達の双子の子どもがいる夢を見るなんて…!

有沢さんはそんな夢を見てしまったことが恥ずかしくなり顔が赤くなった。

そういえば、デジレ王子とオーロラ姫は結婚生活はどうだったんだろう。
幸せに暮らしているのか、それともジェネレーションギャップが凄すぎて価値観合わなくて夫婦仲冷め切ってるとか?

168 :踊る名無しさん:2022/07/29(金) 01:49:32 .net
それにしてもどうしちゃったんだろう
2週間の記憶がない、なんで練習に出たことも覚えてないんだろう

有沢さんは役所の机のカレンダーを眺めていた
あれ?何だろうコレ、書いた記憶ないんだけどNNと赤字で書かれている


月カレンダーの個別日の枠の左上に小さく

169 :踊る名無しさん:2022/07/29(金) 20:30:21.88 .net
まさかナナ先生のNANA??

先生が渡英してしまうというショックで、無意識のうちに…?
そもそも記憶のない間いったい僕は何をしているんだ。有沢さんは怖くて仕方が無くなった。

そうしてことの一部始終を、高瀬蓮や田中さん達に相談したのである。

「これは流石に病院にいった方が…」
「けどメンタル系の病院は予約制だし、何ヶ月も埋まってるなんてこともあるからな。その間事故に巻き込まれる可能性も考えたら放っておけない」

有沢さんはそれを聞き目に涙を溜めた。
なんだかよくわからないが勝手に溢れ出してくるのだ。

「ケイトくん、僕たちがついてるから」
「ありがとう… みんな…。バレエの舞台は、こんな調子だし、辞退すべきなのかな……」

有沢さんは悲しげに呟いた。

170 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 00:21:50 .net
サル痘にかかって引きこもりになり、イボの数を数え始めました。
一番多い人は誰でしょう

171 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 00:33:41.31 .net
バイバイ!バイバイ!
栗色の髪をしたアンバーの瞳の幼児が有沢さんに語りかけていた。

パパー今度いつくる?ディリリーランドつれてってね。。。バイバイ、バイバイ。。。。
幼児はつたない言葉で別れのハグをしてきた。

はああああっ??
有沢さんはクリニックの催眠療法から目覚めた。
娘がいた!!栗色の髪とアンバーの瞳はアネキと同じ、顔もそっくりだった。
そういえば5年くらい前から楽しい気持ちで目覚める夢の断片を思い出していた。
確か最初は赤ちゃんの泣き声からだった、その夢の中では毎回抱いている赤ちゃんが大きくなっていく。

172 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 00:50:49.74 .net
先生、僕はいったいどうしたんですか?
何が現実で何が夢なのか、分からなくなってるんです……

有沢さんは不安げな声で医師にたずねた。

173 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 01:22:15 .net
なにが言いたいんだ…
狂ったか?

174 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 01:48:56.96 .net
それは逆にこっちが言いたいくらいだ!
きみは人妻に夢中で身ぐるみ剥がされて追い出されたんだよ きみも父親と同じ道をたどるのだね 頭に銃を突きつけて、弾丸がこめかみに埋まったままだ 不思議なこともあるもんだな
君は生きていてこれから良いことはひとつもないかもしれない
君のなくなった父親は遊び人で自殺し、その後、母親は若い男の家に入り浸っている きみは母親に捨てられたのだよ
これから知り合う人全員に裏切られる運命になる これは君が周りを裏切ってきた過去があるから精算しなければならない
君は大嘘つきで、嘘ばかりついている
だが、正直になれば傷つけてばかりいる人間だ
 悔い改めよと助言したが、君は悔い改めなかった 見放されたんだよ
医者はなにもかもお見通しだった

175 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 02:08:31.73 .net
娘は50代の初老の男に肩を抱かれてホテルに入っていった
その娘は父親の面影を追いラインで中年男性とコンタクトをとり父親のいない寂しさを紛らわすのだった
お小遣いがなくなると、SNSを利用して「暇だからお話したい」と全国に発信するのだった。
たいてい小遣いを与えてくれるおじさんが現れて僅かなお金を恵んでくれた
はした金でおじさん達はホテルに直行できるのだから好都合だ
娘は今どきの方法でスマホ片手に猫なで声で小遣いをせびり始めた 娘は地元では有名な不良娘だが、スマホで加工した自分の顔に酔いしれて世界一かわいいと酔いしれていた
自立したイケてる私
でも地元の同級生達からは「売女」と見下されて誰からも相手にしてもえらえてない

176 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 02:39:20.52 .net
娘は金儲けに夢中になりすぎるのは父親譲りだ

この中年男性とのいちゃいちゃも商売の一貫で、おじさん向けサプリメント「元気一発」のディストリビューターをしている 所謂ネットワークビジネスだが、効き具合をホテルで試してもらうといった抜け道で、タダでおじさんと寝てるが、金銭は受け取らずに、「元気一発」の代金ーそれもかなり高額に設定されているーを受け取っている
これは法的にセーフなのかどうか、中卒の娘には知る由もない。娘は怪しい健康食品をいつも持ち歩き「栄養学」に詳しいと宣伝していた
通信講座の栄養学はいつか挑戦したいとおもい始めてから数年経っていた

初老のおじさんはラーメンばかりの生活なので、無頓着だったので「栄養学」なんて聞き慣れない言葉は、若くておしゃれな感覚にフワフワした気分になった

実際、ホテルでサプリメントを試してから事に及んだ 雲の上にいるような、霧がかり体か宙に浮いているようになった

177 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 02:48:17.47 .net
情けなくゴムが伸びきったパンツをはいたところで、娘から「お金頂戴」とせかされ、渡したところまでは憶えていたが、ハッスルしすぎて、つい眠ってしまった

178 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 03:15:37.25 .net
そして、娘は別の現場まで走っていった 
スターパックの扉をあけると、もじゃもじゃ頭のマンゴー佐藤に瓜二つのおじさんが椅子にお行儀よくすわっていた
いまどきウォークマンをイヤホンで聞いていて、イヤホンの片耳を娘に「ハイ」と渡した
おじさんは目を瞑って甘美で夢のような時間を楽しんだ
娘は、イヤホンを耳から外すと、おじさんと娘の耳垢が混ざりあってうわっと一瞬息を呑んだが見てみぬふりをして返した
娘はスターパックスでドリンクを買ってもらい、最高の気分になった
「スターパックスのためならどんなことでも我慢できるわ」
おじさんはスキップしようと言い出し、娘と手を繋いだ
そのままHOTEL純烈に入った!「なーんだノリノリだね」とニコニコ顔だったが、急に真面目な表情になり、なにやら娘に懇願した
「一発お願いだ」娘は即座に交換条件をだした

179 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 03:26:20.51 .net
モジャモジャは娘の太ももの間を舐め回した
かゆいやらくすぐったいやら、髪の毛だの、髭だの、胸毛だの、恥部にあたり、色んな毛並みの当たり具合がどんなであるか想像以上で草原を想像したが、どこにもない、未知の草原でのHに2人とも何度も何度も頂点に達した

180 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 12:58:48.27 .net
医者は言った。
「ワイズウェルさん。本日はここまでです。お気をつけて」といった。
極度の被害妄想や脅迫観念に襲われたり、あること無いことを真実と思い込む。自分を妻有沢サラの弟である有沢啓徒だと思い込んだり、その大人しい性格の裏で彼は癒えない傷を抱え続けていた。( >>61
彼には娘はいない。彼の妄想であるのだが、その娘が高校生でパパ活をしているという物語まで作り上げているところをみるとかなり深刻である。

ジェイムズ・ワイズウェルは由緒あるイギリス貴族の家系にうまれたが、機能不全家庭で育っていた。
少年時代には親から愛情を受けた覚えもない。厳しく保守的な家庭で、両親も仲が悪くいつも喧嘩をしていた。父はあまり家にもいなかった。母に若い愛人が出来てから、自身が暴力を振るわれることも日常茶飯事となる。

そんな時に、あるバレリーナとの出会いが彼の運命を変えたのだ。
彼女は美しい女で、男好きでトラブルも多いといった悪い噂も囁かれていたが、愛情に飢え、当時世間知らずで初な13歳の少年であったジェイムズの心はいとも簡単に彼女のものとなってしまう。
彼女が主宰するバレエ学校に通い始めると、ジェイムズはお気に入りの生徒の一人として贔屓された。その期待に応えるように彼は見る見るうちに上達し美しいバレリーノへと成長していった。
そして卒業する18歳になったある日のこと、彼は彼女に抱かれた。はじめての女の味に、ジェイムズは酔いしれる。
それは彼にとって幸せな一時であったが、長くは続かなかった。恨みを持った愛人のひとりに彼女は殺されてしまうのである。

そしてジェイムズは再び孤独となった。

181 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 13:11:11.64 .net
有沢さんは4歳の娘と田中さんとディズニーランドにいた。
田中さんに打ち明け依頼、心身落ち着き断片的な記憶を繕っている。
その第一歩が娘。。娘を受け入れることが出来た。有沢さんの子供時代にそっくりな薄い瞳。

182 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 13:40:31 .net
有沢さんの病気は少なからず遺伝的要因もあり、これからも向きって共存していくことが大切とドクターから助言された。
ただ、睡眠療法を受け依頼娘の存在を認知し、受け入れている。

183 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 15:56:23.40 .net
だが有沢さんは誰との娘であったか全く記憶にない。
誰かと付き合っていたわけでも、肉体的関係を持った覚えも無かったからだ。

いや、難しいことを考えるのはよそう。
目の前にいるこの子がいる、それ以外のことは考えても意味がないのだ。

184 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 22:20:45.54 .net
有沢さんは認知症になってしまっていた
先日は、タオルが床に落ちているのを指先し、「お手!お手!」と言っていた。
有沢さんには、タオルが犬に見えたらしい
こうなってくると認知症もかなり進行していた

185 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 22:36:52.42 .net
「ねえパパ! 私もプリンセスのかっこうしたい!!」

通りすがりの少女がシンデレラの仮装をしているのを見て、興奮気味に指差した。

「私、オーロラ姫の服がいいな! バレエ教室のお姉さんがね、オーロラ姫踊ってたの。ピンクの服ですごくかわいかった!」

「うん、いいよ! あのお店で売ってるんじゃないかな? 一緒に行こう」

「きゃぁああ! ありがとうパパ!」

娘はいきなり走り出してお店へ飛び込んでいった。田中さんと有沢さんはその後を追って入店すると、そこには様々な仮装アイテムが。

186 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 22:44:43.57 .net
「ナオミ、その有沢さんとか言う方とは無理よ」
ナオミの母親はきっぱりと言った。

「ええ、ナオミがちょっと気になってる人がいるというから、
早速、お相手の方の親戚洗いざらい調べたわ。
その方と親戚関係を結ぶことはありえないので、
仲良くなるのはやめなさいね」

「調べずにしたら、世間の笑いものになるところだったわ。

今親戚中ベビーラッシュなのよ。
赤ちゃんたちがかわいそうでしょ?
万が一、そんな人が親戚になったら、ずっと後まで恥かくわ」

187 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 22:45:23.98 .net
ナオミは母親は、普段は優しく教養のある人だったが、
江戸の藩士で、明治維新でも功績を刻んだ地方の名家の出身。
代々、有力者や有能な人物と婚姻関係を結び、
旧家のゆるぎない地位を保ってきた。

母親は、家の体面を守ることになると一歩も譲らない。
口調は上品だが、有沢さんの身上調査の結果に、
あからさまな嫌悪感をあらわにした。

医師である父親もそれに目を通して渋い顔をした。
「そういう気質は、子孫に遺伝するからな」

「別に…仲良いわけじゃないわ…。
バレエの発表会でちょっとだけ、踊るだけよ…」

恋に落ちる前に、恋は終わってしまったようだ。
ナオミはため息をついた。

188 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:11:53.58 .net
娘は沢山のプリンセスのドレスをみて目を輝かせていたが、田中さんもまた目を輝かせていた。

「俺も何かコスプレしたくなってきたぞ!」
「うんうん! 田中さんもやろうよ!」

そうして田中さんと有沢さんの娘は、無我夢中で好みの仮装アイテムを物色した。
有沢さんはそんな彼らをニコニコとした笑顔で眺める。

しばらくしてオーロラ姫の衣装に身を包んだ娘が駆け寄ってくると、バレエ教室で習った動きを披露した。

「オーロラ姫、とても上手だよ」
「ねえねえ、パパもバレエの発表会出るんでしょ! お姫様と踊るの?」
「パパが一緒に踊るのは雪の女王様だね。お姫様とは別の人が踊るよ。とても綺麗な人」
「早くパパにもお姫様が来てくれるといいね!」
「そうだね」

有沢さんは苦笑いした。

189 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:24:41.34 .net
パパは無様な店のど真ん中でタコ踊りを始め、くねくねと腕や腰をひねらせた
ダサすぎて娘はパパから離れて呆然とし、自分パパはこの人じゃないと否定しはじめ泣きじゃくった

190 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:32:06.16 .net
そういえば田中さんはどうしたんだろう?
そう思った矢先、田中さんが奥から現れた。

「どこからどうみても王子様だな俺は!」

ディズニーのシンデレラに登場する王子様の恰好で田中さんが二人の前に姿をあらわした。

191 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:32:55.48 .net
泣いている子供を無視して、気持ち悪いおじさんのコスプレ大会はなかなか終わらず夜もふけていった
試着後の衣装は汗臭くなり、黄ばんで汚れた。その店は何十着もの衣装を廃棄しなければならず、倒産してしまった

192 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:38:11 .net
一部始終を動画に撮影している不気味な女がいた
いつでもどこでも動画をとり、面白くなくてもとにかく適当にユーチューブに更新するスタイルだ
ゴミクズみたいな内容がほとんどだか、一本につき100円の収入でさえも嬉しいらしい

193 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:45:30 .net
翌日さっそく女は動画を配信した。
「こんにちはーガーコでぇーすっ」
ただいつも流しっぱなしの動画、おじさん達のコスプレショーが一部始終繰り広げられた
バズってしまい、朝のニュース番組で流されてしまい有沢さん達は日本一気持ちの悪いおじさんだと有名人になってしまった

194 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:45:37 .net
それからというもの、他の衣装屋では衣装は試着禁止となり、貸衣装に関しては汗をかいている場合やおじさんたちの利用が禁止されるというルールが追加されることとなる。

それはもっと後の話。
有沢さんは、本気のバレエを公共の場所で踊るのが恥ずかしくて適当な踊りをしてしまったばかりに娘を泣かせてしまったが、田中さんにそこは父親として責任をとってやれと言われ、ミッキーマウスのコスプレをさせられた上にディズニーランドの広場でアラセゴンターンやマネージをさせられるという罰ゲームを受けてしまった。
娘は大爆笑であった。

195 :踊る名無しさん:2022/07/30(土) 23:56:23 .net
田中さんも、動画で身バレしてしまった。白タイツのこんもりした部分に変なシミがついていて、撮影者のガーコが編集時にクローズアップしていたからである

196 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:04:42 .net
田中さんはレッスンの合間によくトイレに行くのだが、おしっこってあそこを濡らしたまま
毎回のことなので、彼のタイツのシミはすっかりトレードマークになってしまった

197 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:08:56 .net
娘は機嫌をなおしてオーロラ姫の格好でスキップしながら進んでいった。
そして突然止まったかと思えば、シンデレラ城を指差して言った。

「ルナちゃんがさっきそこに…!」
「ルナちゃん?」
「陽七のね、双子の妹だよ」

有沢さんの娘はどこか不安げな声だ。

「ルナちゃんは身体が弱くて、生まれてこられなかったって言ってた。陽七がいないから寂しいって、だから一緒に連れて行きたいって言うの…」

娘の言ってることはかなり不気味に思えたが、幼児はそういったことを言うこともある。とにかく不安にさせないようにしてあげよう。

「大丈夫。パパが一緒だから。でもルナちゃんに合わないようにお城には近付かないでおこうね?」
「うん」

双子… 有沢さんは引っかかるものがあった。以前みた夢で、彼は双子を妊娠するナナ先生をみた。夢の中で自分は彼女の夫で、臨月を迎えている妻を労るような言葉をかけたのを覚えている…。

「いや、あれはただの夢…。そもそもナナ先生とは何もないし」

198 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:15:11.51 .net
有沢さん、ナナ先生に一方的に憧れているだけ
で色々と妄想してしまっている
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い
ナナ先生は察していて距離を置いてしまった

199 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:42:59.17 .net
この娘も妄想癖が酷すぎて頭がおかしくなってしまってる
物語の登場人物がイカレポンチ

200 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:47:14.19 .net
おじさんはバレエスレに来ないでね

201 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:47:56.15 .net
おじさんスレはこれでおしまい

202 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:48:00.39 .net
※日記スレにも夏厨わき出したから、変なレスはスルー方針で

203 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:48:41.69 .net
仕事のできないおじさんはいらないよね

204 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 00:49:27.23 .net
スルー

205 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 01:01:38.30 .net
最近のキツネダンスもおじさんうけ狙っていた

206 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 01:07:01.51 .net
おじさんウケに若いミニスカート履いた女のコたちの踊りの影響でバレエはすっかり下火になってしまった
日本は変態大国なのでまともなバレエは誰も望んではいない
おじさんたちは、きつねどん兵衛をすすりながら、乏しいアイデアを出し合った
エロなら負かしとけ!大声では言えないような、実現不可能なアイデアばかりだった

207 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 01:28:53 .net
花街に隔離

208 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 02:45:28.17 .net
おじさんネタ飽きてきた!
このスレさっさと消化して終わらせたら?

209 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 05:09:42.58 .net
前スレも40代中年女の恋愛妄想で荒らされて終わったからな
まともにバレエのこと書いてるの数人じゃね

210 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 07:26:15.81 .net
>>209
40代中年女の妄想って?

211 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 08:28:05 .net
80過ぎた大先生を突然中年女にして
バレエのことデタラメ書きまくって
最後に結婚できたーって悦に入ってるアホ女がいたね

212 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 08:40:12 .net
すると田中さんが思い出したように

「国によっては眠り姫の城らしいよな! 東京はシンデレラ城だけど」

「え! そうなの?  あそこにオーロラ姫いるのかな?」

「そうそう。きっとルナちゃんじゃなくてお姫様がヒナちゃんをみてたんじゃないかな?」

それを聞いた陽七は少し安心したように笑った。

「そうだよね。お城にはプリンセスがいるに決まってるもんね」

「オーロラ姫と王子様の子どもも双子で、双子のヒナちゃんのことを自分の子どもと思ったんじゃないかな? ドレスも着てるもんね」

「ふふふ。ヒナのママはオーロラ姫なのかな! ママにあったこと無いけど、きっとおはなしの世界にいるから会えないんだね」

プリンセスが大好きな陽七が田中さんの言葉でご機嫌だ。

213 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 08:48:37 .net
>>211
ああ思い出した。
大先生を語るヤバい女が黒崎に潜り込んでたってことで片付けられたっけ?

前スレの初期の方とかだいぶ荒れてたし、田中さんのタイツのしみネタも出てたから、初期に荒らしてた面子が夏休みになって戻ってきたのか?

214 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 08:54:45 .net
いシミネタメンバーは荒らしてるつもりなく作風なの?

215 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 09:03:00 .net
>>214
そこまでは知らないけど、リレーなのに逆走したりルート外れたりバトン投げ捨てて別のもん拾って走ってる連中がわいてんのは確か

216 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 09:26:54.85 .net
そもそも有沢ネタが
この日記は20年前の思い出なのにそこから更に10年以上遡った中学生日記ストーリーを延々を展開したのも荒らしなの?

217 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 09:53:08.77 .net
最初からコンセプトないし、作家が数人いて会議の上で決定した議事録ではなく、その場の流れだからぐちゃぐちゃ

218 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 10:14:35 .net
山加糸吉や有沢さんの過去の話はどうにかまとめてたが
デタラメすぎるのはフォローしかねる

219 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 10:42:25.22 .net
有沢さんはバレエや原作の眠り姫と絡めたファンタジー要素不思議要素ありで現実か異世界かわからない、ジャンルの違う世界観を持ってるから、彼の場合自分の世界だけで完結してることが求められるが、今のところそれを維持はしてる。
ただ周囲を不思議な世界に巻き込みだしたら荒らしみたいになるから、そういう書き込みはスルーでいいだろうと思う。イトキチや有沢さんのようなサブ主人公はいたほうが面白いし大歓迎だけれど、注意点は多い。劇場版ドラえもんみたいな感じを意識すべきだろうね。

とはいえ、ここは完全暇つぶしスレで、カオス展開は容認してるから、何でもありといえばありなんだが。特にこれといって決まり無いから参加者の力量やフォロー力に委ねられるところはある。

220 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 14:16:40.50 .net
最初童貞気質満載で女やセックスとは無縁としか思えない有沢さんに4歳の娘がいるって設定は無理がありすぎると思ったが
娘が可愛すぎてもうすべてが許せた。

221 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 14:42:00.52 .net
「ねえパパはママとお城でであったの? オーロラ姫かわいかった?」

陽七は嬉しそうに有沢さんに質問した。
自分がもしかしたらオーロラ姫の娘で自分はプリンセスかもしれないという期待に満ちた顔だ。

「ママのことは覚えていないんだ…どうしてかわからないけれど。ヒナがいるってことはママもいるはずなんだけど…」

よっぽどのことが自分にあったのか?
だからこの子たちの母親との記憶を僕は消してしまったのか?
5年前、何があったのだろうか。

222 :踊る名無しさん:2022/07/31(日) 14:47:37.82 .net
無駄に病むの多すぎ

223 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:26:04.69 .net
「紗江子先生、
秋のシーズンから英国のカンパニーに参加するので、
黒崎で教えられるのは8月中旬までになります。
今回は急なことで申し訳ありません」

数年前、ナナが失意のうちにアメリカから帰ってきたときに
助手にならないかと声をかけてくれたのは紗江子だった。
そして、再び、海外で踊れと背中を押してくれたのも紗江子だ。

「よかったわね、ナナ!
現役に復帰したい話は前から聞いてたし、
こんな良いチャンス逃す手はないわよ」

ナナが知り合いの英国人の紹介でプライベートオーディションを受け、
コントラクトをもらったのは、英国の北の地方のカンパニー。
クラシックを中心に、童話を題材にしたファンタジーものや、
和の創作物もレパートリーに入っている。

以前ナナがいたパワーを身上とするバレエ団よりは
ナナの踊りのタイプに合っているだろう。

「そうそう、『タンツ・マガチネ』で後任の助手の募集したら、
けっこう応募が来たのよね。
この前、面接して決まったのよ。あわただしいけど、引継ぎ頼むわね」

224 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:26:25.98 .net
後任に選ばれた若葉モモは
東京での生活に疲弊していたところだった。

モモが、西のほうの小さな田舎町の教室から
都内にある古いバレエ団に入団を許され、大喜びで上京してから2年がたつ。

しかし、憧れていた東京での「プロダンサー」の生活は
思ったようなものではなかった。

舞台ごとに、コールドとして数万の出演料が出るのだが
その収入だけではアパートの家賃も払えない。
チケットをもたされても、地方出身のモモには
高いチケットを買ってくれるような知り合いはほとんどいなかった。
これでは、拘束時間が長くなり、要求は高くなっただけで
お金がかかる習い事と変わらない。

「大学進学したら」という親の反対を押し切ってきたのに。
「意地でもプロダンサーになる!」と意気揚々としていたのに。

田舎の先生は、モモの才能に太鼓版を押してくれていた。
「今まで二十数年教えた生徒の中で、モモは一番才能がある」と。

「でもプロになるのなら、『親の応援』が必要なのよ」
先生は言いにくそうに言った。
その『応援』とは『親が永遠に金銭面の面倒を見る』
ということだと、よく理解しないまま、上京したのだ。

225 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:26:43.11 .net
ヨーロッパの歴史ある大劇場付きバレエ団ならば、バレエは継承すべき伝統文化。
税金も投入され、ダンサーは公務員、勤続年数によって年金も出る。
しかし、日本の多くのバレエ団では
末端のダンサーに生活できるほどの給料は出ない。

夜間、居酒屋でバイトして
朝に身体を引きずるようにしてクラスレッスンに向かう日々が続いた。
自分は貧乏生活してやっとの生活なのに、
なぜあの子はあんな良い服を着て、
バイトもせずに生活できるんだろう?
良い役をもらうと、さらに余分のチケットノルマがあるはずなのに。

「父親が毎回100万円分のチケット買い上げて
自分の経営する会社の社員に配ってるんですって。
だからあの子、スタイルも実力もイマイチなのに、いつも良い役なのよね…」

そんな噂を聞いたときに、今までの疲労が大きな波のようにどっと押し寄せてきた。
そして、その古い体制のバレエ団をやめる決心をした。

親は「すぐ田舎にかえってこい」と言った。
田舎町ではモモより技術のあるバレエダンサーはいない。
バレエ団には未練はないが、東京でのレッスンには未練があった。

226 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:27:15.07 .net
黒崎バレエアカデミーの助手の仕事が
特に給与が高いわけではない。
しかし、午前のプロフェッショナルクラスに自由に参加できて
アカデミー所有のワンルームマンションを格安で借りれる
という条件にひかれた。

応募者の中から何人か面接をされ、子供が好きで素朴な印象、
お手本としてもきれいに踊れる若いモモが選ばれた。

「小さな子供クラスと大人初心者クラス、
8月半ばまではナナ先生がいるから、最初はお手伝いで入ってみて。
ワガノワメソッドをベースとしたカリキュラムはあるんだけれど
実際のレッスンは先生の裁量の部分も大きいのよ。

試用期間や事務手続きなど、詳しいことは事務所で説明してくれるわ。
どうぞ、自由に見学して行ってください」

227 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:27:29.02 .net
若葉モモは黒崎バレエアカデミーの広い建物の中を
きょろきょろ見回しながら歩いた。
そして一番大きなスタジオの前で足を止めた。

「すごいわ、ここのジュニアたち。
こんなきちんとしたポジションで踊る子が、
そうそう集まるものじゃないわね…」

別の階のスタジオの中では大人初心者クラスが行われていた。

「大人の生徒さんも多いわね。
しかもここは男性も多いみたい…」

そこで、バタバタと元気に踊る男性生徒を見た。
夏の暑い日に、玉の汗を飛び散らせながら、ご機嫌で踊る田中さんだ。

ガラス越しに誰かが見ているのを感じとった田中さんは、
「おやっ、お客さんが俺を見てるぞ!」と
いつにもまして、ドヤ顔を決めて、モモに向かって派手派手しくポーズした。

モモは思わず吹き出しそうになったが、明るく微笑んだ。
「踊りは、あちこちひどいけど…よく動く人ね」

228 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:27:45.32 .net
後日、若葉モモは河合ナナと会い、
彼女が書き溜めた指導ノートを見せてもらった。

ワガノワのアレンジからバランシンスタイルのアンシェヌマン、
小さい子が喜ぶレッスン内容のアイデア、
初めてのポワント指導の注意事項、優先順位、
年齢ごとに必ずできなくてはいけないこと、
今までのトラブルと対処法、保護者への注意、
やめて行く子、上のクラスへ上がる子へのアドバイス、
個別の生徒の特長や課題、
などなど、
ぎっしりと指導案と経験が詰まったノートだ。

プロクラスに出て、ナナが飛びぬけた実力者なのは一目でわかったけれど、
これほど指導にも熱心な人だったとは…
モモは後任になるプレッシャーを感じていた。

「紗江子先生は、バレエ団経験も長いから、どの演目の解釈も深くて、
ぐいぐい生徒のレベルを上げてく指導力があるんです。
私は、助手になったとき全然経験なくて…、必死だったんです。

このノート、暗号みたいで私しか解読できないので、
かいつまんで、書き直したものをお渡しするわね。
ご参考になるかどうかわからないけど…」

229 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:28:46.35 .net
ある日の、大人初心者クラス。
ナナが明るい声で、若葉モモを紹介した。

「みなさん!こちら、新しく入られた先生です」

230 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:40:55.27 .net
ナナに少し似た感じではいるが、
純朴で真面目な印象の20歳そこそこの新米助手、
若葉モモは、緊張した面持ちであいさつをした。

「若葉モモです。よろしくお願いします」

大人初心者はターンアウトと姿勢が最重要課題だけれど、
振り落とされ選抜されひたすら上を目指すジュニアと違って、
楽しんで♪ たくさん動いてもらうことも大事だと
ナナからは説明を受けていた。

231 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 20:55:26.29 .net
「私たちは子供のころからバレエに心血注いできて
日々、ミリ単位の調整が当たり前だと思っている。
ここでも、選抜メンバーには厳しい指導がされてますが、
最近、増えてた大人初心者のニーズはちょっと違うんです。

その日の指導のポイントを決めて、わずかな改善を評価して
アンシェヌマンを工夫して、楽しんで♪ もらうことを優先してます」

232 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 21:05:50.80 .net
「最後のコーダは端から端までピケターンしてます。
スポッティング、コーディネーションの練習としては良いので
子供も大人初心者もなぜでしょう?みんな大好きピケターン。
小さい子のスキップもそうですけど、満足感が高い動きも入れてます。
上達するためのレッスン内容も、精神的な満足度も、等しく大事なので」

233 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 21:19:25 .net
ナナ先生は、以前アメリカの有名バレエ団にいて、再び海外へ出るという実力者で、
生徒に大人気だとは聞いていたけど、指導もすごく考えてるんだ。
若葉モモは自分にはないナナの圧倒的な能力に、ちょっとショックを受けていた。

バレエ団にも、驚くほど優秀な人がいた。
多岐にわたって広く深く理解し、幾層も重ねたような知識があって、
人を牽引していく行動力のある人が。

私はなんて頼りないんだろう。
田舎町から出てきてこの二年間、自分のバレエことで精いっぱいだった。
人のために考え、人の役に立って、人を楽しませる、なんて考えてもなかった。

234 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 22:00:32.98 .net
大人初心者を教えるのは初めての若葉モモは、
ナナから大人クラスにまつわる、いろんな話を聞いた。

「そうですね…、大人クラスの生徒さんは
先生のアテンションが向けられてるのが、思ったより重要みたいです。
個別に声かけられないと、教えてくれないとか、
ないがしろにされてるって思う方までいるみたいで。

紗江子先生は、そんなこと全然気にせず、
ロシア式に見込みのある生徒から優先的に教えてるんですけどね」

若葉モモは田舎町の教室のことを思い出していた。
「二十年教えてきて一番才能がある」と言われていたモモは、
幼いころから、先生から一番目をかけられていた生徒だ。

まわりの子が「モモちゃんばっかり、ひいき!」
「またモモちゃん主役なの?」と不満をもらしたことも一度や二度ではない。
高校の三年間はほとんど群舞をすることもなかった。

ところが、上京してバレエ団に入ってからは、
コールドとして周りに合わせるのに必死。
一人一人まで細かい指導はなく、
初めてバレエのスタジオで「その他大勢」という立場を経験したのだった。

235 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 22:15:45.90 .net
モモは古い体質のバレエ団の公演の前の、衣装決めのときのことを思い出した。

倉庫にある大量の衣装の中から、
状態の良いきれいなものは先輩たちが先に取ってしまうため、
モモは、汗で黄ばみ擦り切れた古いチュチュの中から
かろうじて、自分の体型に合うものを選んだ。

白いチュチュの内側の汗のシミ、スカートの擦り切れ、
どうにもすることができない。
狭いアパートで一人、その衣装を抱えて落胆してしまった。

優遇された田舎町のバレエ教室と違って、
そこではモモは新米なのだ。
衣装が他の人よりも古くて気に入らないなんて、些細な事。
誰に訴えるほどのものでもない。
先輩たちが優先なんだから、しかたない。

「ああいう気持ちなのかな?
初心者が自分に注意が向けられてなくて、ないがしろにされてる気持ちって」

236 :踊る名無しさん:2022/08/01(月) 22:50:53.45 .net
「私たち根っからのバレエダンサーは傷ついたり悩んだりしながらも、
子供のころから何十年も、たくましくバレエを続けるんです。
バレエが好きだから。

そのスタート地点の子供や大人初心者に、
何をどう教えるのかは責任を感じますけれど。

でも、気負いすぎは、メンタルに良くないです。
バレエだけが人生じゃないし、去って行く人も少なくないですから。

幸い、ここにはいろんなタイプの先生がいらっしゃいますし、
足りない部分があっても、他の先生が補ってくれてるかもしれませんね。

モモさんは、モモさんの魅力あるレッスンを作ってください」

237 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 00:25:07.46 .net
黒崎バレエアカデミーの受付に有沢さんが来ていた。
いつもは月謝の支払いなどで立ち寄る程度の場所であるが、彼の隣にはピンクタイツにシニヨンのヒナの姿があった。

「幼児クラスは水曜日の夕方と日曜日のお昼のクラスです。ヒナちゃん、今日は新しいお友達と楽しんでね」
「はぁい!」

有沢さんの娘ヒナは、有沢さんの実家で過ごしていたが、彼の精神状態が安定したこともありしばらくの間有沢さんの家で暮らすこととなっている。
今まで通っていた教室が遠くなってしまうため、黒崎バレエアカデミーの幼児クラスに陽七を通わせることにしたのだ。

「すっごく大きい教室だねパパ!!」
「気に入った?」
「うん! 田中さんやパパもここに通ってるんでしょ。みんながいて嬉しいな!」

幼児クラスのスタジオに入ると、小さな子ども達がおはようございますと大声で挨拶をはじめた。女の子が10人、男の子が2人いる。
陽七も元気に挨拶をすると、男子たちは端でもじもじしていたが早速バレエ女子たちが集まってきた。

「うわぁ、可愛い! 転校生? お姫様みたい!」
「ヒナっていうの、よろしくね!」

新しい環境でもすぐ打ち解けてる娘に安心して有沢さんは安堵で自然と笑みがこぼれた。

238 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 06:26:31.81 .net
有沢さん、25歳、大学時に少しは女性とつきあったが
ほとんど深い関係にもならず、大学卒業後は役所に勤めて
人づきあいもせず、牛丼屋に通う日々、
だったのが20年ほど前のこと。
ナナ先生にほのかな憧れ、ナオミにひかれてる
夏のカーニバルもベルベットの発表会の準備の途中、
話が急に5〜6年後くらいまで飛んだのだろうか?

239 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 07:24:31.93 .net
>>238
有沢さんが記憶にふたしたくなるトラウマがあるか、そもそも記憶とぶ病気か何かを遺伝的に持っていて娘の存在を受け入れてなかった感じ?
突然娘いる設定ぶっこんだ人がいたから、とにかく無理があると思いつつもフォローしてこうなった感じ。

240 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 07:32:13.18 .net
有沢さん自身今でも娘ヒナの存在を認めつつも、何故娘がいるのかは知らない。相手も知らないし、ヒナも自分の生みの親を知らない。

あと陽七には双子の妹ルナがいた。

書いた本人じゃないし意図は知らないけど、姫が知らぬ間(眠っている間)に双子を妊娠出産っていうのは、眠りの原作といわれてる物語から設定とったのかも??
この場合有沢さんがターリア姫ポジション?

241 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 07:52:51.93 .net
たとえば、無理やりまとめれば…だけど

放蕩系のお姉さん >>61 >>62 が産んだ
英国人とのハーフの姪甥の子育てを押し付けられた
その英国人と有沢さんは、似てるという描写がある
実家に預けようと思ったら、思いのほか有沢さんになついた
滅多に日本に帰ってこないサラ姉が帰国したのは、そういう事情だった
彼女は30過ぎ、脂の乗り切った時期に女優としてのキャリアを失いたくなかった
気が弱い弟に「これはあなたの子よ!」と暗示をかけつづけ
精神的に弱かった有沢さんは「自分の子…」とおぼろげに信じるようになった

とかさw

242 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:05:01.99 .net
カオス設定ありだから、
異世界のオーロラ姫(しかもナナ先生にそっくり(笑))の双子の娘達って設定も面白そうではある。
ルナは異世界の住民で、ヒナはこちら側の住民として生きてるけど、異世界と現世の間の子どもだから干渉してしまう
それでディズニーランドの時みたいに、あっち側にいるはずの双子の妹を感じてしまったとか。5年前有沢さんは異世界に迷い込んだけど異世界の記憶は消えるのが定番だからな。
個人的にファンタジー系も書きたいなと思ってたところ。

前スレで有沢さんは幼少期に、いつかオーロラ姫みたいなお姫様が現れたらとか妄想してた気がするから、その願いが叶ったのかね。

243 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:07:27.42 .net
あるいは、
5年前、寝ているときにある女性にトラウマになるような方法で無理矢理、
そのときに、女性が妊娠し出産した
最近その女性が亡くなって有沢さんに養育を託された
みたいな筋か
ネリッサのときといい、ややこしい不幸話ね

244 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:10:07.99 .net
で二つの舞台を降りるの?
バレエ的には無責任で迷惑な人だな

245 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:21:42.66 .net
>>244
>>188 みる限り、出る気満々っぽいよ

246 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:31:28.39 .net
すみません見落としてました ありがとう
心の病気もある人が、幼児のシングルファーザーやりながら、
習い事の送迎もしながら、仕事しながら、バレエレッスンして
二つの舞台に出るのかあ、大変だわ

247 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 08:52:21.41 .net
この世界に希望を無くし、ナナ先生似のオーロラ姫に引き込まれて、オーロラ姫とデジレ王子は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしルート

もしくは、オーロラ姫から苦しみも何もない幸せな世界に戻ってといわれるも、この世界で夢を見つけてバレエダンサーを目指していくルートになるかは

有沢さん次第

248 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 09:10:38.85 .net
子供の存在も有沢さんが作った架空の妄想なのだろうか?

249 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 09:25:55.97 .net
>>245
>>191
ハメ外しすぎ

250 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 09:47:34 .net
>>248
妄想では無いだろうけど、
ヒナが度々ルナにこっちに来いよと呼ばれたりしてるから、娘のほうはあっち側に行くかそれを拒絶するかという選択を迫られそう。

251 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 10:02:46 .net
異世界とつながって別の人生がある系のファンタジー?

252 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 11:17:40.39 .net
>>251
ストーリーが一段落ついた後の異世界の描写は収集つかなくなるからしないけどそんな感じ。
クレしんやドラえもんみたいにベースは日常ものだけど、たまに異世界展開くる系のあれに近い

253 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:34:05 .net
「ちょっと気になる人がいるから、お見合いは待って」

水野ナオミは、お見合い拒否のために、
とっさに母親に有沢さんのことを話したら、
案の定、銀行、警察、医療関係、あらゆるコネクションを使って
有沢さんと親類のことを徹底的に調べ上げてきた。

その結果、父親ともども険しい顔で猛反対された。

まだつきあってもいなかったのに。
本当に久しぶりに感じた、小さな恋の予感だったのに。

「今度の発表会が終わったら、お見合いしてみるわ」
ナオミは深いため息をついた。

254 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:35:23.56 .net
最終リハーサルの少し前、
有沢さんはナオミから「今度お見合いをする」と聞かされた。
有沢さんは、言葉が見つからず
「そうですか…」と言ったきり、口をつぐんだ。

ナオミは、本当は何か有沢さんに言ってほしかった。

君のことが好きだった?
お見合いなんかするなよ?

ささやかな恋心の思い出に。

有沢さんも何か伝えようとしたが、
心は散り散りに乱れ、のどまで出かけた言葉は淡雪のように消えていった。

「有沢くん!集中して!」工藤由美の注意が飛ぶ。

255 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:36:57.34 .net
有沢さんは、身体条件に恵まれ、クセなくきれいに踊るのに、
あれほど熱く舞台に立ちたいと訴えたわりに
感情の揺れ幅がそのまま踊りに影響してしまう。

オーディションのときもそうだ。
彼に主役はまかせられないと言う講師陣の判断は
あながち間違ってはいなかった。

「子供のころ、ケイトは心ここにあらずっていう時が多くて、
バレエや人をバカにしてるみたいに感じた」
光美マリアがそう言ってたけれど、精神的な弱さの問題かしらね。

ナオミ相手にかなり良くなったと思ったら、また今日は集中力を欠いている。
どんなに踊れても、あの軟弱な精神は、ダンサーとしては致命的だわ。

「有沢くん、本番はしっかり立て直してちょうだい」
「はい…」

256 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:37:24.94 .net
それに比べて、
ネズミの王様役の桐谷さんに、くるみ割り人形変身前の田中さん。

すでに出番が終わった二人は
被り物は取っても、まだ興奮冷めやらぬ様子で、
ライトセーバーを握りしめ、目を見開き、仁王立ちになって、
舞台をにらみつけていた。

二人の顔は、決死の戦い終えた勇者のように輝いている。

ファイナルファンタジーIV最後の闘いの音楽が聞こえてきそうだ。

「ああいう情熱にあふれた人は、下手でも観ていて心躍るわ。
田中さんは、せめて、もっと骨格上の欠点がなければよかったのに。
そうそう上手くいかないものね」

257 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:39:35.72 .net
最後のトリは、
S&Bバレエ団プリンシパルの神代煌介と光美マリアが踊るグランパドドゥ。

美しくデコレーションされたケーキの上で踊っているような
甘くキラキラした金平糖の精と王子様。

二人は、テクニックの完成度、音楽性、身体のライン、表情、パートナリング、
どれをとっても、他の出演者と次元の違う美しさを見せた。
大団円を迎え、二人は大きな喝采を浴びた。

「マリアちゃん、素敵だ。君は金平糖のようにスウィートだよ」

イケメンダンサー神代に甘い言葉をささやかれて
光美マリアは天にも昇る気持ちだった。

258 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:42:01.32 .net
「神代さん、本番が終わったあとの打ち上げ、行かれますか?」
「…いや…。翌日もバレエ団の新作のリハーサルがあるし、
大勢で騒ぐ気分じゃないんだ。
行きつけの店で一人で飲みたい気分かな」

「そう…残念だわ」マリアはがっかりした表情だ。

神代はマリアの腰に手を回しながら、耳元でささやいた。
「もし、よかったら、マリアちゃんも一緒に飲む?
僕のとっておきの場所だから、他の人には内緒だよ」

「い、いいんですか?嬉しい!」
マリアは頬を染めた。

神代はその神々しいほどに美しい顔で優しく微笑んだ。
ちょろいな、と心の中で舌を出しながら。

259 :踊る名無しさん:2022/08/02(火) 19:44:39.99 .net
「田中くん!素晴らしい戦いぶりだったよー!」

本番当日、舞台後に、スターウォーズファン仲間数人をひきつれてやってきたのは、
会社のラウンジで田中さんに剣術の使い方を教えてくれた与田部長だ。

「いやはや、田中くんの剣の構えは本物だった!」

「君こそ銀河系の自由と正義の守護者・ジェダイだ!」

「ダースベイダー…じゃないネズミの王様もなかなかの悪役ぶり!」

どうやらスターウォーズファンのおじさんたちは
ライトセーバー戦のシーンだけで満足したようである。

紗江子先生やナナ先生も観にきてくれていた。

260 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 00:02:54.32 .net
神代は楽屋から出てきた有沢さんをみるとニコニコしながら近付く。

「お疲れ様、有沢くん」
「お疲れ様です。神代先生」

神代のそばには上機嫌なマリアがそこにいた。

「僕から特別に忠告。君って…
バレエダンサー向いてないよね? プロになろうとか考えない方がいいよ!」

神代は口調こそ明るく口は笑っていたが目が笑っていなかった。

「それじゃ!」

そう言って、神代とマリアは二人でその場を去っていった。
悔しい。悲しい。そう思った。
自分が上手く踊れないことぐらい分かっているけれど。

「有沢さん…」
「?」

話しかけてきたのはナオミだ。

261 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 01:04:54 .net
「神代先生の言うことは気にしなくて良いわ。あの人、有沢さんみたいな男性に嫌みを言いたくなるタイプなのよ。とても良かったよ…」

何よりもアナタとこうして踊れた時間が幸せだったの。そしてアナタとこうして何気ない会話をする一時さえも。
けれどもう、アナタと一緒にいられる舞台は終わってしまったのね…。

「ありがとうございます。水野さん。
けど僕、調子出せ無かったのは事実ですし本当にすみません…」
「舞台ってそういうものでしょ? そんなに心残りなら、つきあってあげても良いわ」

最後にもう一度、アナタと踊りたい。

「はい…」

ナオミは微笑んだ。どこか悲しげでどこか嬉しそうに。
有沢さんもまた、幸せに包まれていた。彼女はお見合いをすると言った。だからもう彼女に恋心を抱き続けるのは辛いだけだ。
それでもバレエを踊り続けていれば、彼女とまた踊れるかもしれない。

静かに、優雅に、優美に、二人はアダジオを踊る。お互いを愛しいものを見つめるような優しい眼差しで見つめ合った。

「またいつか踊りましょう」
「ええ」

雪は溶け冬は過ぎ去る。それでも再び冬は訪れる。二人は密かにそう信じた。

262 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 07:37:48.34 .net
有沢さんは自宅でパソコンに向かっていた。
自分でも忘れていた会員制出会い系ネットサイトを思い出したのだ。

6年前くらいから強いストレスを感じた後はここで知り合った子と実際に会ったりしていた。
アイドル系だとか、ダンス系、特にバレエ系の板に熱心で、実際に会ってデートして数人と深い仲になっていた。
一人、18歳以上のサイトにもかかわらず年齢をごまかし有沢さんをメロメロにさせた15歳の少女がいた。
当時バレエをネタに夜の歌舞伎町や渋谷で体の関係をもった。

263 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 08:15:04.37 .net
>>262
キャラ崩壊しすぎ
荒らしかな

264 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 08:18:01.95 .net
262はスルー方針で

265 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 08:39:21.02 .net
パパ活や出会い系、違法売春系の展開も全然いいと思うし、この掲示板自体エロ広告に溢れてるようなとこだからエロ描写もご自由にだけど、
そういう場合キャラを新規に作成するか、神代みたいないかにもなキャラにさせるかしたほうがトラブルも少ないと思う。

266 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 09:13:25.67 .net
普通の男はこうなんじゃないの?あなたや家族に黙ってやってるよ〜
だからこういう描写もアリ
女性もユーチューバーなんかだとどこで誰と知り合って何してるかわからない輩多いし、パパ活に近いことやってるんじゃないの?

267 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 09:24:24.19 .net
素人おじさん・田中さんが20年前にバレエ始めて1〜2年のころ
2002〜2003年くらいが進行中
推定25〜27歳でバレエにのめり込んでいるころ
黒崎バレエアカデミーの初心者クラス週2回、
ボーイズ基礎クラス(素人おじさんクラス)に通いつつ、
勤務先近くのオープンクラスベルベットにも通い
まだもう一つ発表会でソロを踊るのを控えている
youtube設立2005年、広く流行ったのはもっとあと

268 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 09:51:08 .net
本人はこれは出会い系とは違うとポジティブに判断してても感覚が麻痺してない?と偏見ではないけど、ごく当たり前の感覚として普通は、
不適切な関係に発展しそうなコンテンツや場所、コミュニティには近づかない
安易に手を出して承認欲求で発信したりするのは欲求不満だと思われてもしょうがないし、どこの骨だかわからない男女が接触する機会を自分から持つって足りない人っぽい
感染症とか性病もってそうだし、こんな御時世なのに何やってんの?と呆れ返ってしまう

269 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 10:06:37 .net
2002年の6年前ってたぶんダイヤルQ2の頃。2002年でやっと古式若葉などのパソコンを使った文字だけのプライベートチャットがでてくる。出会い系はまだなくてネカマに騙されて出会えない時代

270 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:14:07.35 .net
ここに書きこんでいるのオジサン?  
ダイヤルQ2って?スケベで変態なキモオヤジって昔から臭い息撒き散らしてんの?
お見合いだとかレトロすぎて共感できない

271 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:19:29.04 .net
キモオヤジが女性のフリしてコメント書き込んでるって現代でもそうじゃん
顔出し動画で相手は紛れもなく尻軽女だしチャンス到来って飛びついてるんじゃないの?

272 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:33:07.88 .net
キモオヤジはいつの時代も若い子と絡みたいものだよ

273 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:42:46.64 .net
夜の繁華街の、とある小さな静かなバーで
神代と光美マリアは飲んでいた。

「マリアちゃんとの金平糖のパドドゥ、素晴らしい体験だったよ。
僕は舞台の上で、特別な『化学反応』を感じてた。
そんな人は滅多にいないんだよ」

神代はカウンターの横の座るマリアのほうに身体を向けて、
黒くうるんだ瞳でじっとマリアをじっと見つめた。

「神代さんにそんなこと言われると、酔ってしまいそうです…」

マリアは神代から勧められたキールを飲みながら言った。

「キールのカクテル言葉知ってる?」
「カクテル言葉?」
「そう花言葉のように、カクテルにも言葉があるんだよ」
「何かしら…教えて」
「キールのカクテル言葉は、
『最高のめぐり遭い』って意味だよ。
今日はマリアちゃんにこれを飲んでほしかったんだ」

274 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:43:08.91 .net
子供のころから理想をひたすら追ってきたマリア、
表現のこだわりも大きく、パドドゥで組むときには
相手に遠慮なくダメ出しをしてしまうことがある。
技術はあるのに「気が強くてやりにくい」と言われることも。

でも今回は、イケメンプリンシパルと夢のようなパドドゥが実現。
彼は「とっておきの内緒の場所」に連れてきて優しくしてくれて、
自分の踊りを特別だと言ってくれる。

マリアは夢見心地だった。

神代が普段から懇意にしているバーテンダーは
女の子を連れてくると強めにお酒を作って出す。
神代が飲んでいるのはモヒート。
ほとんどアルコールを入れていないただの炭酸水だ。
カクテル言葉は「心の渇きをいやして」。

「次はシェリーはどう?」
「それはどんなカクテル言葉があるのかしら?」
「それは、秘密。マリアちゃんが全部飲んだら教えてあげる」

マリアはシェリーを飲み干した。

「シェリーのカクテル言葉はね、『今夜はあなたにすべてを捧げます』だよ」
「ええ、そんな…」
マリアは神代の甘い笑顔に脳が溶けていくようだった。

275 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:43:30.18 .net
「紗江子先生、ナナ先生、俺の勇姿、見てくれましたかー!?」
初心者のころから指導してもらった二人が観にきてくれて
田中さんは大喜びだ。

「うー、そうね。演出が上手かったわ」

実は、紗江子は田中さんが王子役をやると聞いて、ずっと心配していた。

完全実力主義、プロ育成がメインのアカデミーと違って、
大人向けオープンスタジオの本分はビジネス。

察するに発表会も「大人の素人にも適度に花をもたせる」
という配役方針なのだろうが、
田中さんに幕物の王子様を演じさせるなんて
大事故なんじゃないかと。

276 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:43:43.80 .net
しかし、その心配は無用だった。

クラシックバレエとはちょっと違う気もするけれど、
暗い舞台で振り回すライトセーバーの軌跡に目を奪われ、
闘う素人男性二人の気合の入れ方も相まって
田中さんの足先や膝が伸びてないところまで気にならなかった。

「大活躍でしたね!田中さん!
くるみでこんな熱い戦いを観たのは初めてです!」
ナナは笑顔で褒めた。

277 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:43:58.25 .net
有沢さんは大きな荷物を抱えて、帰りの電車に乗った。

有沢さんにとって、10年ぶりの舞台だった。
埃っぽい舞台袖に、床を這うたくさんのコード、
熱を放つ照明、男だらけの楽屋、舞台メイクの匂い、
舞台から点々と見える客席誘導灯。

全て、ほんの小さな幼児のころから、幾度となく見慣れた光景だ。
自分のホームに帰ってきたように懐かしかった。

雪のような美しさをもつ水野ナオミ。
彼女と踊ると、胸が高鳴り、心が揺さぶられた。
腕には、彼女を抱き寄せた感覚がまだ残っている。
それも、やがて消えてしまうのだろう。

今までの人生で出会った人の中で
理想の女性像とも言える憧れのナナ先生。
彼女ももうじき英国に旅立ってしまう。

恋が恋として形にもならないまま、
恋とも呼ぶこともできないまま消えていく。

電車の中で目の前では、若いカップルが楽しそうに笑い合っていた。

278 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:50:56.19 .net
前スレ初期の頃も、田中さんが性に奔放だったり、実は妻と娘がいたとか、子どもを山に棄てたとか変な設定書き込んでる人いたよな。
最近では有沢さんの娘がパパ活してオッサンに股間舐められてたけど。

それと同じ人かな?
情けないオッサンとのパパ活ネタはその人の趣味なのか?

279 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 11:58:08.34 .net
オジサンの心情の描き方は男性が書いてるかなと思う。エロなくとも、口では表せないし、読んで気持ち悪い

280 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 12:02:35.68 .net
女でも男でもどっちも心情は書けるっしょ

281 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 12:10:14.65 .net
>>278
いたねえ、スルーしながらみんなよく立て直したよ

282 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 12:24:25.28 .net
立て直したって自画自賛?

283 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 12:32:16.65 .net
みなさんをほめてる

284 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 12:39:11.59 .net
パート1もあるんだねー

285 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 13:25:25.75 .net
「パパ元気ないね。どうしたの?」

隣に座る陽七がきいてくる。

「何でもないよ。ちょっと発表会で疲れたんだ」
「そうなんだ〜。でもパパすっごく素敵だった! 白いチュチュのお姫様と踊ってて本物の王子さまみたいだったもん!!
黒崎の教室のお友達もパパのこと褒めてたよ!」
「本当に? ありがとう、陽七のおかげで元気出たよ。夕飯なんだけど…今日はロイヤルホ○トでご飯食べようか?」
「うん」

有沢さんはにこりと微笑んで娘の頭を撫でた。陽七は有沢さんにもたれ掛かると、そのうち目をつぶって眠り始めた。
全幕もので4歳の幼児にはなかなか長く感じたことだろう。

286 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 15:56:36 .net
舞台後、居酒屋で桐谷さんと田中さんは酒を酌み交わしていた。

舞台が終わるまでは二人とも役に入りこんでいたため
「おのれ、にっくき野郎めっっっ」とばかりに
お互いにらみ合い、火花を散らし、
楽屋でもほとんど口をきくことはなかった。

ネズミの王様と呪われたくるみ割り人形という役柄から解放され、
ようやく言葉を交わしたのだ。

「えー?田中くん、バレエ始めてまだ2年足らず?
それはすごいなあー、才能の塊か?」

桐谷さんに大げさに褒められて、田中さんはでへでへと笑った。

「桐谷さんこそ、30過ぎてから始めたんですか?
オーディションの回転びっくりしましたよー。
あんなに回れるようになるもんですか?!」

287 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 15:57:12.80 .net
「田中くん、回転に関しては、俺にも苦難の道のりがあったのだよ。
先生方はバランスさえ取れれば振り返るだけ、
などと言うのだが、それは正しくもあり間違ってもいる」

「ほ、ほう?」

「多くの先生にいろんなコツを聞きまくったさ。
プリエは前足バランスからー、まず1/4を目指してぇー、
軸を整えろぅー、スポットをつけてぇー、脇が遅れずぅー、
腕をまきこまずぅー、顎出すなー、あーだこーだ。

それでも、上級者のようにびゅんびゅん回れるようにならない。
なぜだっ…なぜなんだっ…。
俺は苦悶した。

そして、今度は、上手に回れる上級者達に聞きまわったのだ。
どうして回れるようになったのかと」

「なるほど」

「そうしたら、どうだ、みんながみんな同じことを言う!
10代のころ、毎日50回転してた、いや100回転はしてた!
などと言うではないかっ!」

288 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 16:01:12.37 .net
「あ、高瀬蓮くんがそんなことやってるって言ってました。
ジュニアに混ざって回転とジャンプの練習を3時間って」

「それだそれ!理論聞いて満足してしまい、実践が足りないのだ。
あとからわかったことがある。
完全に静止のバランスと、高速で回りながらのバランスは、
微妙に違うってことをっ」

桐谷さんはこぶしでテーブルをたたきながら、自論を展開した。

「まあまあ!桐谷さん、もう一杯!」
田中さんは興奮する桐谷さんのグラスにビールをついだ。

話がどこへ向かうのか当てもないまま、素人男性二人のバレエ談義は続く。

日付が変わり、居酒屋を出るときには、すっかり酔っぱらった二人は肩を組み、
ハイホーハイホーと歌い踊りながら去っていった。

289 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 18:13:48.69 .net
>>238
5〜6年後くらいまで飛んだんじゃないでしょう
5〜6年前の出来事が判明したって話でしょう
それ以前も中学生時代ずっとだったじゃん

290 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 18:13:49.19 .net
>>238
5〜6年後くらいまで飛んだんじゃないでしょう
5〜6年前の出来事が判明したって話でしょう
それ以前も中学生時代ずっとだったじゃん

291 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 18:16:37.87 .net
有沢さんの夢の中 >>112 でも、そして現実 >>288 でも、田中さんは田中さんであった。

292 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 18:46:48.32 .net
なぜだかわからないが、女性とろくにつきあったことない有沢さんに
幼児の娘がいて相手も誰か知らないというファンタジーに
ついていけない

293 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 19:11:11.98 .net
有沢さんは中学生の頃から大学受験まで淡い恋心を抱いた年上の女性がいた。
当時、保険室の先生見習いとして教育実習に来ていた19歳の地味ながらも品のある短大生だった。

その女性は偶然有沢さんの住まいの斜め向かいのアパートに住んでおり、有沢さんの部屋の窓から彼女のアパートの寝室の窓までは遮るものが無く、双眼鏡を使うと彼女の寝室がよく見えた。
有沢さんは学校で会う前から彼女をよく知っていたのだ。
当時、好む好まざるは別としてバレエ一筋だった有沢さんにとって、彼女の存在は心の支えとなっていた。
暫くすると、有沢さんは毎晩最寄り駅のコンビニ前で彼女を待ち、彼女が駅からバイト帰りに立ち寄りコンビニスイーツのプリンアラモードを買うのを見届け、自転車で彼女の後をつける。というより、夜道に彼女を見守りながら送って行っているつもりであった。
最も、バレエのレッスン帰りに偶然の一目惚れが始まりであった。疲れ切っていた有沢さんにとってはプリンセスが現れたと錯覚する程であった。
それが1年くらい経って、天使が羽を落としてくれたのだ。
中学校で初めて彼女と会話を交わし、教育実習が終わる頃にはほぼ毎朝晩一緒に通学する様になっていた。
教育実習が終了した後は、二人はバイト帰りとバレエのレッスン帰りとで、夜落ち合い遠回りをしながら夜の公園でお喋りする様になっていた。
当時から有沢さんは見た目も物腰も大人びていたため、傍から二人を見ても年の差は感じさせなかった。

294 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 19:24:09.09 .net
教育実習は数週間しかしないよ

295 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 19:32:19.91 .net
やがて有沢さんは付属高校への進学が決まり、その女性も同じ学園の初等部への就職が決まった。
そのころ二人は深い関係になってたが、それが明るみに出てしまい女性は学校を追われ有沢さんも1か月停学処分を受けた。
自由な学校ではあったが流石に大事となり、有沢さんだけが家からの多額の寄付金により学校に残ることができた。
いろいろあって有沢さんはバレエを止めてしまったのだ。
その後も有沢さんと彼女は別れることなくこっそり交際を続けていた。

296 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 19:39:27.58 .net
中3で高校受験で塾行ってて大変だっていう話もあったな

297 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 19:49:28.70 .net
有沢さんは高校2年になり、大学には進学せずに独立して彼女と生活したいと真剣に考えるよういなっていた。
毎日ふわふわする様子を見たまわりの大人たちが二人を無理矢理引き離した様にみえたが、有沢さんは幼過ぎていた。

紆余曲折あり別れた後、有沢さんは1年間廃人と化していた。
そのころ、まるで中学時代の自分の様な少女と出会った。
少女は16歳で出産した後カナダの寄宿学校へ送られ、有沢さんとはそれっきり。
彼女の両親が子供を引き取り育てている。

298 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:24:16.92 .net
25で4歳の娘なら21歳のときだな

299 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:26:27.71 .net
妊娠期間中入れると20歳

300 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:35:42 .net
また幼い子が出産して親不在で養女

301 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:37:57 .net
(↑アンタもくどくどきもいよ
具体的に書いてないしざっくりした時間の経過なんだしいいじゃん
ひっこんでろ)

302 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:39:49 .net
やたらエロ出産に行くほうがキモイわ

303 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 20:56:55 .net
10代の子が行為におよぶ話はおじさんだからスルーで

304 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:22:40 .net
まあまあ、素人おじさんってスレなんだし
よろしいのではないでしょうか
それに5ちゃんですよ!架空話にスルーはないですよ
話を書いてくださいね

305 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:33:44 .net
>>301
(きっちり会わないとダメなあすぺさんなんでしょうよ、スルーしてあげて〜)

306 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:39:04 .net
>>305
(頭わるいのは仕方ないよね〜数字苦手なのもね〜)

307 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:40:57 .net
(不純異性交遊の話が大好きなオジサンだもんね〜)

308 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:49:09 .net
>>262と同じ路線なんでしょ

309 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:49:18 .net
有沢さんは数字は苦手だけ不純異性交遊が大好きなアスペさんだった
感情表現も苦手であった
おおらかな田中さんには何故か心を開いているようだが。。。。。

310 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:50:51 .net
>>308
似たような実話あったっけ
マッチングアプリで知り合ったってヤツ

311 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:56:07 .net
>>310
当時、本人が22歳で相手が15歳だな

312 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 21:57:40 .net
パート2では「素人おじさんのバレエ」に焦点を当てようと
仕切り直してもらった気がしたのだが…
再びカオスへ突入するのであろうか?こうご期待?w

313 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 22:46:25.90 .net
昨夜の桐谷さんの熱弁はすごかったなー。
田中さんは強力な同志を得たようで上機嫌だった。

「たとえば、ちびっこに箸の持ち方を教える。
静止して、正しく持つだけならその場でできる。

しかし正しい持ち方をキープしつつ、動かして、食する。
それは別の筋肉が必要あろう。
箸を落としたり、うまく力が入らなかったりするのだ。

バレエの回転も、『立ってるだけですよー』
ってのは、あまりに不親切だと思わないか?

コツを聞いて、うんうんうなずいてるうなずき人形みたいな奥様方は
10年たっても、ろくに回れない人だらけだ。
何度も失敗と成功を繰り返し、修正してエラーを減らしていくには
おのれの体内にある『シナプス可塑性』の活用が必要なのだっっっ」

「そうだ!そうだー!」「そうだろ!そうだろー!」

最後のほう、お互い酔っぱらって、言ってることがよくわからなかった。

314 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 22:49:46.73 .net
黒崎バレエアカデミーの『夏のカーニバル』の準備も大詰めだ。
田中さんは、スタジオに向かう廊下で突然高笑いを始めた。

ふぁぁはっはっはっ!!!

まわりにいる人達はぎょっとして身を退けた。

ふっ…みんな、まだ知らないのだろう。

何を隠そう、俺は、S&Bバレエ団プリンシパルの神代さんに
「期待してる」と言わしめてしまうほどのダンサーなのだ!

神代さんがヴァリエーションを踊ったときと同じように、
たちまち女性たちの目をハートにしてしまうに違いない!

田中さんは自信満々に、ヴァリエーションクラスに臨んだ。

315 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 22:50:51.77 .net
「えーっとねえ…、田中さん。
このヴァリエーションは正面で5番を見せるのが大事だとあれほど…」

「すみません、最近、役作りを優先しすぎて忘れてました!」
田中さんは悪びれずに言う。

がくっ…。
紗江子は肩を落とした。

「この前のベルベットの舞台は、あれはあれで面白かったけど、
この古典ヴァリエーションは、まずは5番をきっちり」

まったく、紗江子先生も諦めが悪いな!
5番、5番って、世の中にはもっと大事なものがあるだろう。

愛!
パッション!
夢、希望!
白タイツの輝き!

「だーかーらー!最後のシソンヌフェルメ、アッサンブレを
5番に入れなさいってーの!!!」
紗江子は声を張り上げた。

316 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 22:51:16.76 .net
新米助手となった若葉モモはその様子をそっと眺めていた。

「こ、これは、大人の指導、かなり大変そうだわ。
ああいう骨格の場合、ポジション改善の余地なんてなさそうだけど。
一体どこまで要求すればいいのかしら。

どこで諦めるか、どこまで諦めないか、それが問題だわ…」

317 :踊る名無しさん:2022/08/03(水) 23:48:29.64 .net
ヒナは森の中を一人歩いていた。
鳥のさえずりに、涼しい風、木漏れ日。穏やかな時間が流れる。
どこか懐かしい。知らないはずが知っている気もした。

しばらく歩いていると、城壁に囲まれた白亜の城が姿を現す。そよ風に乗って微かに歌声が聞こえてきた。

「誰かいるの?」

ヒナが問い掛ける。それに呼応するように歌声がやんだ。

「ヒナ。来てくれたのね…」
「ルナちゃん……!?」

声の主は双子の妹のルナだ。

「また一緒に暮らそう? ママとパパ、私とヒナで。ここは何の苦しみも無いわ。
パパもきっと、こっちに来たくなるよ…きっと」

318 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 08:15:14 .net
そのとき、ヒナの足元に光るものが落ちてきた。石畳に跳ね返ってカラカラと転がる。

なんだろうと思い手にしてみると、装飾が施された古い鍵であった。

「このお城の鍵かな…?」

城門の方へ歩いていくが、門は開いており鍵がかかった様子はない。別の場所の鍵だ。
そして城の中へ入ろうとしたそのとき…

「陽七!」

目を覚ますと電車の中であった。
いつの間にか居眠りしてしまったらしい。

「もうついたよ」

変な夢だったなと思いつつまだ眠い目をこすって有沢さんの手を握った。

319 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 08:48:05.62 .net
マリアはホテルのベットの上で目覚めた。時計をみると既に朝だ。隣には神代が眠っている。

実はあの後、マリアは酔った勢いで神代とホテルに行き夜を楽しんだのだ。

「嗚呼…神代先生、バレエも素敵だけど、あっちも素敵だったわ…」

幸せなため息をつくと、男性バレエダンサーの逞しい身体に抱かれたときの昨夜の記憶を反芻した。

「マリアちゃんおはよう…もう起きていたんだね」

すると神代が目を覚まし、マリアに微笑みかけた。

「昨晩の君はいつにもまして綺麗だった。夢のような心地だったよ」
「神代先生こそ素敵だったわ」

マリアは照れ臭そうに言った。

神代はそのとき内心で、「たいていの女はされるがままだが、マリアはなかなかにがっついてきたな。流石の俺もマリアに本気でイかされそうになった」などと思ったりしていた。

320 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 09:11:24 .net
なんだかんだ言って皆エロ小説書きたいんだね

321 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 09:21:09 .net
「ちょっと、その足どうなってるのか見せて」

ヴァリエーションクラスが終わり、
田中さんがスタジオの隅で足を投げ出して座っていると
紗江子が近づいて、そばにすわった。

紗江子は田中さんのバレエシューズを脱がせると、
田中さんの右足をさすったり押したりし揉み始めた。

「うひゃうひゃうひひゃっ!痛気持ちいい、ぃひひひぃっ!」

「変な声出さないでよ!」

関節ばかりか、なんでこんなに肉まで固いのかしら!

紗江子は田中さんの足の骨のつくりから
内部構造を探っていくように揉みほぐした。

322 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 09:23:31 .net
ふっ、紗江子先生はスパルタだが、俺のことを可愛いと思ってるんだろうな。
一回り歳は違うが、こんなマッサージで親愛の情を示すなんて。

紗江子も案外、初いやつよのおぅ、ほぉっほっほ!

足をもみほぐされながら殿様気分になっていると、

「このくらいは伸びるんだから、いつも足先伸ばしてよ」

田中さんは自分の足先を見た。

おや?
なんと?
いつもペラッペラでヘラみたいに立体感のない足が。
ほんのかすかだが、足の裏にアーチができてるではないか?

「おお…俺の足、美しいかもしれない…」

「じゃ、お疲れさまっ」と言って紗江子はスタジオを出ていった。

323 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 09:36:37 .net
鈴木君最近デジタルメモ帳持ち歩いて熱心に書き込んでるけど?

うん!バレエってさ〜先生方は熱心に指導されるし大人はすごく真面目に練習するのにこの人の踊りを見よう!っていう人なかなかいないなぁと思って
それがなぜなのかを研究しようと思って
田中君って全くブレや迷いがないから見ていられるなって不思議なんだ
そうやっていろんな人を注意深く見てると自分の好きなタイプの人と技術はすごいのに見なくても良いなって思う人がいるのに気づくんだ
僕は踊る時に考え過ぎて、それが外から見えちゃうから自分の踊りはあまり好きじゃない
でも中村君の踊りは見るの好きだよ、ふとした瞬間がカッコイイし色気があるから
ごめんね、変な意味じゃないよ
そういう好き嫌いって日本人の中にあんまりない気がしてさ

324 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 12:00:55.05 .net
日本人は能面のような踊りをする傾向があり
教師も枠からはみ出さない使いやすい弟子を手元において置きたがる。カオナシのような妖怪が街にはびこり、言わば、墓場での踊りはゾンビのようだ 
身体がまるで楽器のように、歌うように奏でるように表現できるダンサーはまだ見たことがない。なぜ表現力が乏しいのだろう、なにも感じないし薄っぺらい

325 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 12:12:37.14 .net
そんなとき出会ったのが、けっけちゃん。コメディアンであり、バレリーナである。
忘れかけたバレエへの情熱を思いださせてくれる存在である 彼女を見ると、バレエが好き、ただ踊りたいという初心に帰ることができるのだ。無欲で純真にバレエを向き合うこと、それは彼女の使命である
「バレエ大好き」は世界的な象徴となるだろう
これこそ究極かもしれない

326 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 18:22:12.77 .net
>>306
(きもすぎるいじわるばばさまタグ付けしないでください)

327 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 18:28:04.06 .net
ホワイトジーンズをはいた田中さんは有沢さんと彼の可愛い娘と自然公園にピクニックに来ていた。
有沢さんは自然環境で魂の選択をしに、田中さんは白鳥の湖の王子のための役作りとしてイメトレも兼ねていた。

328 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 18:51:44.89 .net
神代はマリアの事を考えていた、というかあの興奮を忘れることが出来なかった。
「この気持ちでPDDをしたらどんな恍惚が味わえるだろう」
ちょっと遊んだつもりがイソギンチャクに挟まれているようだった。
恐るべし、マリヤ。。。

329 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 19:11:15.69 .net
夏のカーニバルで田中さんが踊るのは
くるみ割り人形二幕の王子のヴァリエーションである。

330 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 19:21:09.98 .net
素人おじさん バレエ奮闘日記【リレー小説】
1スレ目の631から
田中さんの次の舞台は自薦OKのほぼヴェリエーション大会である
『夏のカーニバル』で踊るのはくるみの王子のVaと決まっていた。

331 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 20:16:39.78 .net
そうか…セックスもPDDも同じなのだ。

神代は脳内でセックスの哲学を展開していた。

俺が今まで相手をしてきたのは、受け身で自分から何もしようとしない女ばかり。リードしていたのは俺だけだった。一時的な支配欲は満たせても、もっと本質的なものが満たせなかった。
逆に言えばセックスそのものの快楽を享受できずにいたのだ。肉体的には裸になりお互いの恥ずかしい部分をさらけ出しても、精神的にはどうだろうか? 精神は服を纏ったままだ。

けれどマリアと身体を重ねたとき、自分の激しい感情に応えるように、マリアもまた貪欲に俺を求め支配しようとした。
炎のように情熱的に、女帝のようにサディスティックに、獣のように淫乱に。
俺ははじめてセックスを楽しめた気がした。

彼女と踊ったPDDも、今までのどの女より最高だったのは、マリアが俺に応えてくれたからなのだろう。

「マリアちゃん、また僕とこうして楽しもう」
「ええ、喜んで!」

そして二人は口づけしそれぞれの帰路に就いたのである。

332 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 20:30:01.45 .net
「黒崎の夏のバレエカーニバル、ずいぶん前から衣装も決まっていたのに、
なんだか本番まで長かったよなー、蓮くん、調子はどう?」

田中さんは高瀬蓮に声をかけた。

同時期に黒崎バレエアカデミーに入った高瀬蓮は
イケメンで身体条件に恵まれ、田中さんと同じ20代半ばの初心者男性でありながら
選抜ジュニアに混ざってレッスンも許可されており、
紗江子のお気に入りの生徒だ。

「ベルベットの発表会ではスペインの踊りを踊ったし、
神代さんにたくさんアドバイスをもらって、
次はバジル。バレエに没頭できてこの夏は充実してますよ!」

「あー神代さんね!すごくいい人だったよね!」

333 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 20:31:00.03 .net
ベルベットのリハーサルのときに蓮はいつも神代煌介の視線を感じていた。

「君、すごくいいよね…」

「あ、ありがとうございます」

「ちょっとちょっとぉ!あれ、すごく絵になるわ!カメラを回して!」
TV取材をしていた安田理恵子の指示で、
神代と蓮が一緒にいると始終TVカメラが向けられていた。

ちっ…、やりにくいな…。
こっちはまたの機会にするか。

神代はマリアだけでなく蓮も狙っていたが、
カメラクルーがそばにいることが多く
蓮は今回直接のターゲットとなるのを免れたのだった。

334 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 21:17:26 .net
もはや安田姉さんの趣味が蓮を神代の魔の手から救ったといっても過言ではない。

335 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 21:48:05.19 .net
「ママ…それでケイトはもう大丈夫なの?」

紅茶を啜りながら、サラは母親にたずねた。

「今は落ち着いているわ。陽七ちゃんの存在もようやく受け入れられたみたいで、自分から育てたいと言い出したの。前よりかは明るくなったし…」
「そう。私はちょっと不安だけどね……。ケイトが学生時代、遺書を残して失踪したときは凄い騒ぎになったし、あの子は昔から情緒不安定だもの。また失踪しないか心配よ」

その間、しばらくの沈黙が続いた。リビングの時計の秒針の音が響く以外は静寂そのものだ。

「なんかこれいってよかったかわからないけれど、陽七ちゃんって本当にケイトの娘なの?」
「私も疑ったから親子関係を調べたわ。血が繋がっていることは判明してる。丁度、失踪していたケイトが帰ってきたときに当時赤ん坊の陽七ちゃんを連れていたのよ。
…何かのトラブルに巻き込まれたのかしらね……? ケイトはしばらく心ここにあらずという感じでおかしかったわ。

けど実際おかしかったのかもね。今じゃあの頃のこと全く覚えていないようだし、失踪期間中何していたかも記憶になかった。
自分の娘のことも忘れたんだから…陽七ちゃんは気にしていないように振る舞っていたけれど、辛かったんじゃないかしら?」

「ケイトの相手は誰なのかしらね? 陽七ちゃんは赤ん坊だったし覚えていなくて当然だけれど」

「そのうち思い出すんじゃないかしら?」

336 :踊る名無しさん:2022/08/04(木) 22:23:11.00 .net
「田中さん、神代さんのくるみの王子は、素晴らしいには違いないけど、
ときどきひっかかるものがありませんでしたか?」
蓮は田中さんに正直に言った。

「ええ?蓮くん、彼は踊ってても踊らなくても、華やかで完璧な王子だったよね?
俺、あんなに踊れたら、今日天国行っても後悔しないよ!

一体、何がひっかかったんだい?」

「神代さんは、何かの拍子に牙をむく、
激しさ、強欲さを隠し持ってるように思えました。

なんだろう…あの背中を見ていたら、
あ、何か隠してる…ウソをついてる…そう感じる瞬間が。

いやいや!僕の勘ぐりすぎですね!

海賊のアリがはまり役だと聞いてますが、
アルブレヒトやロットバルトも評価が高いらしいです。
さすがプリンシパルダンサー」

337 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 08:42:11.31 .net
有沢さんの娘については、様々な憶測が飛び交っているのだが
双子の娘・ヒナとルナをもうけたのは、実はごくごく最近
夢の中の森の中で100年間、氷漬けのナナ先生に会ったとき。

夢と現実、時間と空間を超えて、ヒナは突然有沢さんに会いにきたのだった。

>>109-118の話の続き?)

338 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 09:03:31 .net
「背中からその人の人生が透けてみえる」

高瀬蓮がそう感じたのは、ときどきエキストラとして参加してる
バレエ団のクラスレッスンに初めて参加したときだ。

初心者クラスの生徒の背中。
プロダンサーたちの背中。

その違いは、形や筋肉のつき方使い方だけではない。

子供のころから厳しいレッスンを受けて
バレエに人生をかけてプロになった人達の
強靭な意志を、彼らの背中が物語っている気がしたのだ。

僕の背中は、僕が思うほど正直だろうか?

蓮は田中さんの背中をじっと見つめた。
今日も小躍りしながらウッキウキでスタジオに向かう田中さん。
蓮は思わず微笑んだ。
「田中くんの背中は正直さがあふれてるな!」

339 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 13:41:47.32 .net
>>337
完全に異世界の予定だったけど、それもそれで面白そうだから、その方向で行くか

340 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 13:52:05.16 .net
>>339
完全に異世界の予定だったんだ
知らずにテキトーに続けちゃってごめんね

341 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 15:36:22.34 .net
とある村にて

18世紀頃のヨーロッパのとある村。
そこで農作業を終え一段落ついた男たちが真っ昼間から酒盛りをしていた。陽気にハイホーハイホーと歌いながら、世間話に花を咲かせている。
桐谷さんや田中さんに瓜二つの村人や、明らか人間とは思えない村人もいた。

「そういえばデジレ王子ってどうなったんだろうね。あれっきり帰ってきてなくね?」
「さあ分からん。長靴をはいた猫君は知ってるか?」
「そんなの知るわけ無いにゃ! 狼君にきけにゃ」
「俺も知らねえよ…グビグビ」
「シンデレラ、君はどこにいるんだ…シンデレラ…ブツブツブツ」
「うぅ。このバカ王子は知るわけ無いにゃ…」
「まあ白の悪魔の城にいったやつは二度と戻ってこれないさ。死んだ奴のことは忘れよう」
「そうだな。俺達は酒を飲んで追悼だ」
「にしても悪魔の城って100年以上前はすげえ美人なお姫様が住んでいたって話だろ? で今も美しいまま眠り続けてる。
いつから悪魔が住み着いたんだろうな」
「お姫様を眠らせた張本人が白の悪魔らしいって噂だ」
「ほぉ…」

田中さん似の村人は興味津々にきいている。

342 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 19:24:05.68 .net
「どんなに美しくても眠ってる女じゃ意味なくね?
デジレ王子、変わった趣味なのか?」

「王子、いかにも〇貞なのに、ヘンタイだったのかよ〜!」

「いやーん、えっちー!」

赤ら顔の村人たちは下品なジョークを飛ばしながらガハガハ笑いころげていた。

343 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 19:25:53.73 .net
一方お城では、
ダイアモンドの精がめざとく城に来たデジレ王子を見つけ大騒ぎ。

「ちょっと、ちょっとぉ!みんな大ニュースよ!
今世紀最大のニュースよ!イケメン王子がこの城に来てるわよ」

「ええ?一体、どこの王子様なのよ?
プロイセン?ハンガリー?それともオスマン帝国?」とサファイアの精。

「きゃーん、凍ってない人間見るなんて100年ぶり!」と銀の精。

「男たちはお城の手前のイバラに絡まって、
もれなく死んじゃってたもんねー!」と金の精。

「それにしても、よくあのイバラの壁を通り抜けられたわねえ?
白の魔女ったら、どういう気まぐれで?」

344 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 19:51:45.46 .net
「はあっつ!ここは!!壁も床も全て凍っている。」手に持った剣の先を壁や家具をつつくように感触を確かめながらひたすら歩く王子がいた。全く先が見えない。
解決の予感がしない。
もう一人のプリンス・デジレ、有沢さんだった。
四面楚歌で目が覚めた。
「あ〜忘れてた夢。。。」有沢さんは催眠療法のチェアで目覚めた。
高校時代の後半に繰り返し見るようになった後味の悪い夢だった。
恋人と引き離されては駆け落ち、連れ戻されても別れられない、別れたと思わせて密会、そんな繰り返しの切ない恋愛が2年くらい続いたのだった。

「今、どんな気分ですか?何か夢は見ましたか?。。。」

「はい、少し頭が痛いです。。。。」

有沢さんにとってオーロラ姫というキーワードはは悲しい過去への扉でもあった。

345 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 20:13:16.92 .net
有沢さんは高校2年の終わりの春休みに彼女に誘われバレエの公演を見に行った。
「素敵ね!ケイトくんもバレエやってたわよね?・・・」

奇しくも有沢さんにとって最後に練習した演目とこの日の演目は同じだった。
デジレのグランパの場面で苦い思い出でが込み上げてきた。

「ケイトくんも高校3年になったら内薦試験とか外部受験の準備やらで大変でしょう?少し距離を置いてみない?」
公演の後、恋人から想定外の提案をうけた。
しぶしぶ受験が終わるまで、と承諾せざるを得なかったが、よき友人として交流は続けることで妥協した。
この友人としての関係は夏まで続いたが、夏休みに入りプツンと張りつめていたいたものに亀裂を感じた。
秋には再び世を忍ぶ恋人同士に戻っていた。

346 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 20:27:10.61 .net
有沢さんは高校最後の年、周囲を黙らせたくて大学に進学した。
「これで彼女と堂々と交際できる!」威風堂々!脳内ではピルエットが止まらなかった。

347 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 20:32:58.87 .net
「今日はこれくらいにしましょうか」

睡眠療法が終わりクリニックを出ると、何やら明るい笑い声が聞こえてきた。
「だで〜!だ〜でぃ!きゃっ!!」
田中さんがヒナと迎えてくれた。

348 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 20:53:23.22 .net
田中さん似の村人は、美人ときいて気になって仕方がなくなり、とうとう魔の森へと入っていった。
片手には酒を持ちやはり酔っていた。

「デジレ王子は美人なお姫様と楽しんでいるに違いないぞ!」

だが田中さん似の村人は自分が極度の方向音痴であることを忘れていたのだ。
焦り出す田中さん似の村人。

「ぅぎゃあああ!!」

突然背後を誰かに思い切りおされて哀れな村人は崖下へと転落していった。
彼の意識はそこで途絶えたが、しばらくして周りの喧騒で目が覚めた。

「あれ…俺……生きてる……?」

「田中さん、大丈夫ですか?」

見知らぬ青年が顔をのぞき込んでいる。かなりの男前だ。

「田中さん?? 俺は田中さんじゃねえ!」

村人は慌てて飛び起きた。
村人がいたのは黒崎バレエアカデミーのスタジオであった。

349 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 21:39:42.55 .net
白の悪魔は自室で、氷漬けとなり今でも深い眠りにつくオーロラ姫をうっとりと眺めていた。

「どうして彼は居なくなったの…」

白の悪魔は、デジレ王子を一目みたときから、心は彼のものとなっていた。けれど彼女は愛を知らない。愛し方など知るはずもなかった。

「ずっと私のそばにいて欲しい…。だってあなたは私のものよ…」

悪魔は切なげに呟く。
デジレ王子を氷漬けにして側に置いても、彼女の心は満たされなかった。
そんなある日、娘の陽七と共に彼は消えていたのだ。目覚めるわけがないのに誰かの仕業に違いない。

「ママ!」

「あらルナ。どうしたの?」

陽七の双子の妹が悪魔に微笑みかけた。
陽七とルナは白の悪魔の娘達であったのだ。

350 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 21:47:02.49 .net
有沢さんは通勤途中の駅の人込みで失神して職員の簡易部屋の横長の椅子に横になっていた。
ストレスによる心神喪失だった。

351 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 22:21:22.09 .net
悪魔はデジレ王子を犯して、彼との間に双子をもうけた。

人間はこういった行為に快感や幸福感を覚えるというが、悪魔の彼女にとって性行為とは契約のための儀式のようなもの。
何の面白みも満足感も感じられなかった。
そもそも眠っている相手を抱いたところで満たされるわけがない。

けれどもしも彼に抱き締められたら、
甘い言葉を囁いて貰ったら、
快楽で紅潮する彼の切ない表情を見たら、

この虚しさも満たされるのだろうか?

私がこの王女を氷漬けにしたのもどうしてだったか? 私は皆から愛される彼女に惹かれていたのだ。彼女のようになりたかった。
彼女に憧れていたのだ。

「もしも私が貴方だったなら、デジレ王子は私を愛したかしら?」

352 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 22:45:12.66 .net
田中さん似の村人は訳が分からないまま、そのままレッスンに参加させられてしまった。
田中さんが普段役作りに没頭してしまうことが何度かあることから、何かの役作りの類だと思われたのだ。

「おい兄ちゃん。今から何やるんだ?」
「田中さんいったいどうしたんですか? お酒臭いですし…」

高瀬蓮が呆れた顔をする。今日は珍しく有沢さんもレッスンに来ていないようだし、妙なことが続くなと内心で呟いた。

「宮廷舞踏にも似てるけど、なんか動きが妙すぎねえか? 靴もかかとが全くねえし!」

18世紀頃のヨーロッパの人間である村人は、クラシックバレエを全く知らなかった。

「田中さん! 集中してレッスン受けなさい!」

紗江子の怒号で流石の村人も素面に戻ってしまった。

353 :踊る名無しさん:2022/08/05(金) 23:17:46.97 .net
ここの男たちは、長い上着も着ずにひざ丈のズボンもはかず
タイツのみとは一体どういうことだ?
女たちはもっとひどい。布を買う十分なお金がないのか?
靴も薄っぺらくて質素すぎるだろう。

俺は、崖から落ちたショックで18世紀より古い時代にさかのぼってしまったのか?

「てやんでぃ、俺だって、村の祭りじゃ
ちょっと名の知れた踊り手なんだぜ?

俺が跳び跳ねて踊ると、村の娘たちが
きゃ〜かっこいい〜って歓声を上げるんだ。

こんなダンス、俺様にかかればなんてことはねぇ!」

田中さんに似た村人がぶんと身体を振り回すと、すってんころりん。
派手に尻もちをついてしまった。

354 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:17:31.25 .net
有沢さんは前回の催眠療法の後、あらゆる変化を感じていた。
蓋をした記憶、その恥部も蘇ってきていた。
それがフラッシュバックしたことで失神してしまったのだった。

子供の産みの母親は悪魔だった。
彼女の行為は彼女自身の持病(>>178 >>179) がそうさせていた。
実際妊娠した時も、元アイドルで、アイドル専門ダンス講師や振付師でもあるマンゴー佐藤の子ではないかと思われていた。
ところが生まれてきたのは栗色の巻き毛でアンバーの瞳の子供だったのだ。

当時の有沢さんは恋人を失った後廃人状態で記憶が断片的であった。
恋人との最後の記憶は雪山だった。
事故だったのか、心中だったのか。。本人が覚えていない為、事実は明らかではない。
二人は雪山で遭難してから5日後、奇跡的に有沢さんだけ生き残った。
数日後、有沢さんは意識不明状態から目覚めたが、数か月間は完全看護、監視付きの特別な施設で過ごした。

有沢さんの心は氷漬けそのものだった。
それから1年くらいたって子供の祖父母が弁護士と共に有沢さんの実家へやってきたのだった。

355 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:19:57.64 .net
「いてて…」田中さん似の村人は腰をさすった。

「ちょっと、大丈夫?今日は何か変よ?
調子悪いのなら早く帰って休みなさい」

「へえ…」

スタジオを出た村人と廊下ですれちがいざま、走ってきたのは田中さんだ。

「いっけなーい、遅刻遅刻ぅー!
帰り間際になって経費申請が今日までだったこと気づいて
遅くなっちゃったよー!
まだレッスン受けられるかなー!」

スタジオの扉を開けると、紗江子が不思議そうな顔をしていた。

「???田中さん、急いで着替えてきたの?大丈夫…?」

356 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:22:02.59 .net
不真面目は方々はくるみの舞台は見学よ!

357 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:31:12.64 .net
「『夏のカーニバル』はヴェリエーション一曲だし
調子が悪いなら今度にしたら?」
「ええっ、俺、全然大丈夫です!レッスンします!」

「有沢くんも、最近ずいぶん変だったのよねえ。
きれいに踊れる人のはずなのに、
魂がどっかに飛んでいってしまってるみたいに夢うつつ」

果たして、彼の魂はどこで彷徨っているんだろう?

358 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:33:08.61 .net
「どこへ行ってしまったのデジレ王子、
私はこの凍てついた城でひとりぼっちだわ…」

359 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 00:36:29.28 .net
「どこ行ったんだ?あいつ。
夕方には教会に野菜を届けに行って
今度の村祭りの打ち合わせするってのになー」

360 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 01:00:01.40 .net
有沢さんは独り言を言いながら水族館にいた。
氷、シロクマ。。。
氷ついたオーロラ。。。。。。

まるでクラゲの様だった。

361 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 10:11:28 .net
「パパ〜! なんで白クマさんばっかりみてるの? イルカさんのショー始まっちゃうよ!」

陽七は有沢さんの腕をぐいぐいと引っ張った。

362 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 21:17:35.27 .net
白鳥の衣装が擦り切れているあたりなんかはリアリティがあって良かったのに

363 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 22:21:38.93 .net
その頃、村では田中さん似の村人が行方知れずになったことで大騒ぎとなっていた。

「あいつは村祭りとなると村一番はしゃぐような奴で、この時期にいなくなるなんて考えにくい!」
「何か事件に巻き込まれたにちげえねえ!!」
「村一丸となってルイスを捜すぞ!」

そんなことが起きているとは思わず、田中さん似の村人ルイスは、呑気にアカデミー内を彷徨いていた。

「なんか偉く立派な建物だが、貴族がたてた舞踏学校か何かなんだろうな〜。
にしてもなんで俺がこんなところに……崖から落ちたはずなんだが」

364 :踊る名無しさん:2022/08/06(土) 22:44:36.31 .net
有沢さんが陽七に引っ張られながらイルカショーの会場へと向かっていると、見知った顔に思わず足を止めた。

「水野さん…」

立派なスーツ姿の紳士と一緒に、めかし込んだナオミが目の前にいた。髪を結い上げ覗かせる耳には真珠のピアスが上品に、白い肌に真紅の口紅が艶やかでとてもまぶしかった。

「有沢さん」

一瞬だったかもしれないが、互いに見つめ合った時の流れはゆっくりと感じられた。

「お知り合い?」

ナオミの隣にいる紳士がナオミに訊ねる。

「ええ。この前の公演で白の騎士の役で私と組んだ方です…」
「そうでしたか。初めまして有沢さん。わたくしナオミの婚約者の九条と申します」

婚約者…例のお見合いの相手だろうか。有沢さんは胸が締め付けられる思いがした。その様子を何者かが暗闇からうかがっている。

365 :踊る名無しさん:2022/08/07(日) 00:09:46.61 .net
「へっへっ おねえちゃん、おねえちゃん」
ヒナは細くて綺麗なお姉さんが大好きで、綺麗なお姉さんの前では照れてしまう。
恥ずかしがりながら挨拶をした。
「はじめまして、ひなです。4さいです。パパのむすめです」

366 :踊る名無しさん:2022/08/07(日) 11:00:04.26 .net
一瞬どこか気まずそうな空気が流れていたが、陽七のおかげでその緊張が解けた。

「あら、ちゃんと挨拶も出来て偉いわ。私は水野ナオミ。お父様と舞台で一緒に踊ったの」
「あの時のバレリーナのお姫様! きゃあ」

プリンセスが好きな陽七は興奮した。目の前に綺麗なプリンセスがいるなんてと憧れの眼差しを向ける。

白の悪魔と水野ナオミは瓜二つで、さらに白の悪魔は陽七の母親であるが、母の顔を知らない故に一切驚くような素振りは見せない。
そんな陽七を奇妙に思いつつ窺うのは双子の妹のルナだ。ルナはあっち側の人間であるため、本来この世界に干渉は出来ないのだが陽七のいる場所であればこうして様子をみることができた。

「ママ…!? でもアレはママじゃない。けど凄くそっくりだわ…」

驚きを隠せなかったのはルナの方であった。

367 :踊る名無しさん:2022/08/07(日) 11:47:48.16 .net
「あっ、あのね、あのねえっ、わーしね、わっしね、プリンセスになるの!」
「大きくなったらプリンセスになるのお〜、たなかプリンスとね。。。」

大興奮のヒナ、プリンセスとプリンスの発音だけ異様にきれいで完璧だった。」
帰国子女の田中さんの直伝のようだ。

368 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 02:13:17.10 .net
有沢さんの双子の一人は生きることが出来ず、天使になった事を受け入れ始めている。
ずっとうやむやしていていて、娘のヒナとはルナもいるという前提で会話をしていた為、ヒナもゲームのつもりで架空のルナという見えない相手と遊んでいた。
田中さんのおかげかもしれない。
もともと有沢さんは月に1日しかヒナと過ごすことが出来なかったが、最近ようやく数日間お試しで引き取ることができたのだった。

369 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 02:18:01.27 .net
「有沢さんには本当にルナが見えていなかもしれないな。。。ねえ〜マイベイビーガール」
田中さんは呟いたあと、ヒナを抱き上げお守りを続けた。

370 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 07:05:20.34 .net
>>197
そういえばこんなこともあったな。。。こんなこともあったな。。。

371 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 12:13:17.66 .net
田中プリンスは流石に吹いた

372 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 14:45:45 .net
田中プリンスというパワーワードにナオミも有沢さんも笑いをこらえきれずにいられなかった。二人とも肩をふるわせている。

そんな二人の様子を見て頬をムスッと膨らませ陽七は不機嫌になった。

「パパひどい! わあし田中プリンスのプリンセスになるんだもん! 何で笑うの!!」

373 :踊る名無しさん:2022/08/08(月) 21:41:49 .net
なんだかトヨタの販売店みたいだな。。。いっそクラウン田中にするか。。。
田中さんは心の中で呟いた

374 :踊る名無しさん:2022/08/09(火) 15:11:05.14 .net
そうだな、俺のステージネームは世界に通用するように
テディ田中にしようかと考えたこともあったが、
それでは某有名ダンサーを意識しているのがバレてしまう。
カローラ田中、ソアラ田中、クルーガー田中…
クラウン田中はなかなか良い名前だ。

375 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:24:18.71 .net
ナオミの家と同様、九条の家も江戸時代からの系譜が残る名家。
地方の医師会会長である祖父を経由して話がきて、ナオミと会った。

国立病院で次々と難しい患者を任され、
頻繁に夜中に呼び出され、激務が続いていた時期、
九条は当時交際していた女性の誕生日も忘れていたし、
相手が予約していたクリスマスディナーも急患が入りキャンセルした。

「私もいつまでも待ってられないのよ!」
と怒って相手は去っていった。

「恋愛至上主義の女って、めんどくさい。
人の命にかかわる仕事と、恋愛ごっこ、どっちが大事か考えたらわかるだろ」

そして気がついたら32歳、まわりに結婚をせっつかれてのお見合いだった。

「それは、患者さんのほうが大事でしょう」
その話を聞いて、目の前に座る若く美しい女性は言った。

九条はバレエはさっぱりわからないが、クラシック音楽は好きで、
チャイコフスキーの和声の独特さや美しさについて語った。
彼女は古典音楽の楽理の話にも興味を示した。

花火のように打ちあがる恋でも、太陽のように燃える恋でもなかったが
お互いの考え方を好ましく思い、婚約に至ったのである。

376 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:24:46.95 .net
18世紀の村では井戸端会議が行われていた。

「最近、『エヴァンゲリオン魂の解放の会』本部から村の教会に派遣されてきた
牧師のカミル先生は、びっくりするほどの美形だよな〜」

「娯楽の少ない村の娘たちがきゃあきゃあ騒いでるぞ。
俺たちだってイケメンなのに、ブツブツ…」

「マリアンネときたら、たいして信心深くなかったくせに
カミル先生目当てに毎日教会に入り浸ってるんだぜ」

「怪しい雰囲気だよなあ。あいつら」

「こらこら、カミル先生はおいらの作った野菜を
いつもほめてくれる心正しい牧師様だ。
変な勘ぐりを入れるもんじゃない。

それよりルイスはどこへいったんだぁ?」

377 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:25:53.04 .net
「牧師様、私は一体どうしたら、自由な魂を得られるのでしょうか…」
マリアンネは指を組み、牧師の前にひざまずいた。

「身も心も開放して神を感じなさい。
あなたの魂の中に囚われているものを解き放つのです」
カミルはマリアンネの肩を抱いた。

「神に身をゆだねるように、私の腕に身体を預けてごらんなさい」

「牧師様…とても、楽になりました」

「あなたは、もっと神を近くに感じる覚悟はありますか?」

「はい、カミル牧師様と一緒なら、私は何も怖くはありません」

「では、奥の部屋で続けましょう」

「ああ、牧師様、私、私、変な気分です…」

「どうやら、あなたの身体の中には悪魔が住みついて悪さをしているようですね。
それを追い出すために、神聖な『施術』が必要です。

村の人には決して知られてはいけませんよ。
悪魔が憑いてると知れたら村から追放、あるいは火あぶりの刑です。
大丈夫、神を信じるように、私を信じなさい…」

378 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:26:48.39 .net
現在の黒崎バレエアカデミーでは
田中さんは、わめきながら紗江子にうったえていた。

「紗江子先生、この前のマッサージで甲が出た俺の足、
2日でペラペラに戻ってしまいましたああ〜!」

紗江子は「やっぱりね」という顔をした。

「一時的に可動域を広げて、骨の位置関係を変えたものは、
すぐ元に戻るほうが、実は健康的よ。
身体に回復力、復元力がある証拠でしょ。

あれ、基本大人にはしないの、危ないから。
どこがどう硬いかわかったから
ほぐす手順を教えるから自己責任でやりなさい」

がーん…

美しい足先が一瞬でお手軽に手に入ると喜んでたのに!
紗江子先生、そんな整形級のすご技を出し惜しみするなんてええ〜!

379 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:28:17.91 .net
新米助手となった若葉モモの最初の仕事は
とある大人初心者クラスの生徒の衣装の調達だった。

ぽっちゃり高齢マダムのハルさんは、ナナや紗江子が初心者クラスを教え始める以前、
美容バレエクラスと呼ばれていた時代からの古いベテランメンバーだ。
通常の発表会では立ち役か、客席からほとんど見えない
大勢の群舞のすみっこがハルさんの定位置。

それが、今回の自薦OKの『夏のバレエカーニバル』で
生まれて初めて憧れのジゼル1幕のヴァリエーションを踊る。

美容バレエから始めてから、もう10年もたっていた。
ナナ先生に「今日が一番若いんですよ!」
と励まされ初のヴァリエーションチャレンジとなる。

380 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:28:47.25 .net
しかし、黒崎の衣装庫にあるプリマ用の衣装は
どれも細身のサイズで作られていて、
ぽっちゃりマダムの身体に合う衣装は少なかった。
それでハルさんは、ジゼルのヴァリエーションを
くすんだ茶色のボディの地味な村娘の衣装で踊ることになっていた。

「その衣装、色味がちょっと渋いですね?他の探しましょうか?」
ナナは気を使ったが、すでに黒崎の衣装庫で何着も試して入らなかったのだ。

「いいんです!いいんです!

私みたいな万年初心者おばちゃんの下手な踊りなんか
どうせ、誰も見てないですよ!」

ハルさんは自虐的に笑った。

381 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:32:13.06 .net
それが、若葉モモにはバレエ団の汚れた古いチュチュを抱えて
がっかりしていた自分に一瞬、重なって見えてしまったのだ。

「ダメ元で、外部のレンタル衣装を探してみましょうか。
1〜2万円かかりますけど…。サイズ測ってもいいですか」

そうして、モモが探してきたのは、ぽっちゃりマダムでも着られる、
さわやかな青い色のボディのジゼルの衣装だ。

「少し、緩いですけど、これだったら、ウエストを詰めればきれいなラインが出ます!
どうですか?」

鏡で自分の姿を映すハルさんは、嬉しそうにうなずいた。
ハルさんだって、地味な茶色の衣装は本意ではなかったのだ。

「青い色もきれいだし、スカートのチュールも柔らかくてふわっとしてて、
回ると衣装自体が踊ってくれて、すてき!
衣装で踊りの印象が全然違うわ」

自薦OKのほぼヴァリエーション大会である
黒崎バレエアカデミーの『夏のカーニバル』の舞台本番の日はもうすぐだ。

382 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 07:45:49.12 .net
「3歳から12年も習ってるのに一度もソロを踊らせてもらえない。
同じ子たちが毎回良い役を独占してる」という、
ある保護者のぼやきをきっかけに、
通常の発表会では良い役が回ってこない生徒たちにもソロを踊る機会を与えようと
黒崎バレエアカデミーで企画された『夏のバレエカーニバル』。

いつもより小さな会場で、簡易な舞台で、費用を抑え
こじんまりしたおさらい会のような当初の予定が
想像以上に出演希望者が集まったため、
子供、ジュニア、大人と三部に分けて開催されることになった。

田中さんは、くるみの二幕の王子のヴァリエーション、
有沢さんは、眠りの二幕の情景のデジレ王子のヴァリエーションを踊る。

383 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 08:00:54.53 .net
解離性障害と診断された有沢さんには、
過度の眠気があるという問題があった。

舞台に立つためにさらに問題なのは、
恐れや緊張といった感情の高ぶりによって
体が動かなくなるカタプレシーと呼ばれる症状だ。

「こんな状態で、続けて舞台に立てるだろうか?
中学生のころにも踊ったことのある、ヴァリエーション。

大丈夫、ベルベットの舞台だってどうにかやれたんだから…」

384 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 09:53:06.48 .net
「紗江子先生ー!
プログラムの俺の名前表記はクラウン田中と変えて、
舞台本番でのアナウンスは、
"His imeperial highness,
the crown prince of the Land of the Suger Plum Fairies!"
お菓子の国の大公閣下!でお願いします!」

「…田中さん、アホなの?
とっくにプログラムは印刷済みだし、一人だけそんなアナウンス聞いたことないわ」

田中さんの希望は即座に却下されてしまった。

385 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 10:42:33.87 .net
私があちらへ行き、私と瓜二つの水野ナオミという女を装えば、デジレ王子に接触できるかもしれない。
彼はあの女のことを好いているようだし…。
ルナの視界を映す鏡を見て白の悪魔はそう考えた。

「けれど私の強力な魔法を普通の人間が解けるわけ無い。いったい誰が…?
ああ、今度こそ逃がしはしないわ。あなたは私のものなんだから」

鏡には有沢さんの姿が映っていた。

386 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 16:31:31.29 .net
「うーん、ここはどこなんだ?」
『夏のバレエカーニバル』の本番当日、
田中さん似の18世紀の村人・ルイスは舞台裏をうろうろしていた。

「舞台と客席があるぞ!
村の芝居小屋の10倍はあるなあ。
みんな白塗りの化粧して奇妙な衣装を着て、ここの村祭りなのか?

どうやったら、元の村に帰れるのか…」

387 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 17:03:24.72 .net
「あっ! いたいた田中さん。早く準備しないと!」

メイク担当の先生がルイスを田中さんと間違えて楽屋へと引っ張り込む。いったい何が起こっているのか訳の分からないままルイスは化粧を施されていく。

「いや、俺田中さんじゃ…」
「何いってるの? どこからどうみたって田中さんじゃない? リハーサルすぐ始まっちゃうから!」

そして訳も分からないうちに、ルイスは白タイツの王子様の衣装に着替えさせられてしまった。

388 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 17:19:54.45 .net
「ぅわあ… なんだこの恥ずかしい衣装はぁ! 股間のもっこりが目立ちまくってるじゃないか!」

ルイスは鏡に映った自分をみて騒ぎ出した。

「俺は早く村に帰るんだ!!」

そして楽屋を飛び出すと、思い切り人にぶつかってしまった。

「いっでええ!!!」

派手に転んだルイスは、唖然とする有沢さんの顔を見た。有沢さんにぶつかってしまったらしい。有沢さんも床に座り込んでいる。
彼は18世紀風の衣装に身を包み後頭部に黒のリボンを結び付け髪を垂らしている。

「デジレ王子!? デジレ王子だよね!?」
「そうですけど…」

ルイスは驚いた顔をして指を指した。
有沢さんは不思議そうな表情で、田中さんは僕が何が踊るか知ってたと思うのですが? 驚くほどのことでしょうかと訊ねる。

「まさかこんなところの村祭りに呑気に参加してたなんて知らなかった! 俺たちてっきり白の悪魔に殺されていたと思ったぞ!?」

389 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 20:07:48.92 .net
その頃、水野ナオミはベルベットでのレッスンを終えて、ふと時計をみた。
おもむろに『黒崎バレエアカデミー 夏のバレエカーニバル』とかかれたチケットを鞄から取り出し、有沢さんの顔を思い浮かべる。

水族館へ九条とお見合いのためのデートに付き合っていたが、ナオミは偶然陽七を連れた有沢さんと、なぜか子守で同行する田中さんと出会った。
なぜこのタイミングで彼と出会ってしまったのか、けれど有沢さんの顔をみられたのが嬉しくもあったとナオミは複雑な気持ちであった。

有沢さんは気まずそうな様子であったが、陽七のおかげで空気が和み、そのときに彼女からカーニバルのチケットを渡されたのだ。

「パパと田中さんね。王子様やるんだよ! 綺麗なお姉さん来てくれたらきっと喜ぶよ!」
「こら…陽七! 迷惑だって…!」

有沢さんは陽七を止めようとしたが、彼の顔が嬉しそうなのをナオミは気付いていた。
自分がお見合いをするといっても無関心にみえた彼が、こうして照れた顔を見せたり、リハーサルのときに優しい眼差しを向けてくれたり、一緒に付き合いで踊ってくれたり、そんな些細なことがなぜか嬉しかった。

「私観に行くわ。チケットお願いできる?」

そういって手渡されたチケット。彼が舞台で待ってくれている…。
水野ナオミはそのまま会場へと向かうのであった。

390 :踊る名無しさん:2022/08/10(水) 20:08:51.04 .net
「うっ!暑っっっ…なんて暑いのかしらこの国は!」

水野ナオミ似の白の悪魔も、有沢さんを探して
黒崎バレエアカデミーの発表会会場を見つけ出していた。

雪と氷の国に生きてきた白い悪魔には、気温と湿度の高い東京の夏はキツいものがあった。

「ふうぅ、良かった。この芝居小屋の中は少し涼しいわ。
さっさとデジレ王子を見つけ出して、連れて帰って氷漬けにしないと溶けちゃうわ!」

391 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 09:51:07.22 .net
「ここの芝居小屋の女は、みんなガリガリで
奇抜な短いスカートはいてるなあ〜」
田中さん似の村人・ルイスは会場をうろうろしていた。

そのとき、ルイスが見かけたのは、
ジゼル一幕の衣装を着たぽっちゃりマダムのハルさんだ。

あのご婦人はふくよかで健康的、長いスカートの服の趣味もいい。
ここの座長か、花形役者に違いない。

「ごきげんよう!マダム、あなたはたいそう美しいですな!
お召し物も素晴らしくお似合いで!」
と言って通り過ぎていった。

「あらっ、お世辞でもありがとう」

初心者クラスの田中さん、面白い青年だと思ってたけど
意外にも紳士的な良い人なのね。
ルイスのおかげで、ハルさんの中での田中さんの評価は爆上げされた。

392 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 09:52:03.86 .net
「…ないっ!!!」

田中さんは焦っていた。
バーでのアップが終わった後、一人舞台に残って
「今日、俺は、王子になる…」と
客席に向かって陶酔しながらしばし自習してから、
みんなから少し遅れて楽屋に帰ってきたら…

「俺の、衣装が…ないっ!!!」

393 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 10:03:47.98 .net
「俺の衣装、確かに入れたはずなのに…!

これは、もしや、あの伝説の
『トウシューズに画びょう』ってやつ?

俺のあまりの美しさに、誰かが嫉妬して盗んだのか…?」

394 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
(>>385 あのさ、話の流れを逸脱するおかしなファンタジー、一般小説スレの下のファンタジーにいってたどうだい?)

395 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 12:28:26.90 .net
『夏のバレエカーニバル』の舞台最終リハーサルが始まった。

眠りの二幕16曲の情景は、オーロラの幻を見たあとの王子のヴァリエーション、
100年の時間と、現実とおとぎ話との空間を駆け抜けるようなジャンプが続く。

有沢さんが、最後のシェネから、膝をついて座り
伸ばした指の先には、王子を城へと導こうと待っているリラの精

…じゃなくて…

白いドレスを着た女性が舞台袖に立っていた。

発生熱量が高い舞台照明灯のその後ろに見える白い影からは
ドライアイスのスモークを炊いたような冷気が漂ってくる。

396 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 12:30:15.21 .net
「紗江子先生〜!俺の衣装がないんですぅ〜!」

観客席の中央でマイクを持ち
出のタイミングや照明の色、踊りの指示をしている紗江子の元に
田中さんが走ってきた。

「はあ?!田中さん、まだ準備してないの?
リハーサル始まってるんだから他の先生に聞いて!」

397 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 13:15:35.69 .net
「ナナ先生ぃ〜!」
王子様の衣装が見つからない田中さんは涙目だ。

「衣装がない?!」
ナナは飛び上がった。

「確かに荷物に入れたんですね?会場に入ったときにもあったんですよね?」

どうして、毎回舞台では大小アクシデントが起きるのかしら?

ジュニアも、メドーラの腕飾りが片方ないと大騒ぎしてたし、
子供もリーズの髪飾りが踊りながら吹っ飛んでたし。

「私が黒崎にタクシーで行って、
衣装倉庫から別の王子の衣装を何着か取ってきます!
出演順番も、最後のほうに変えてもらいましょう!

とりあえず、舞台リハーサルは練習着のままで…」

と思ったら、裏方の先生に引っ張りだされた他の男が舞台に立っていた。
田中さんの衣装を着た田中さん似の村人ルイスだ。

398 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 13:25:26.48 .net
「え?俺?ここで踊るの?
村のアコーディオンの音楽と違って、ここの音楽ノリが悪い。
まあ、いっか?自慢の村の踊りをご披露するぜっ!」

とルイスが踊り初めるやいなや、

「あれは田中さんじゃないっっっ!」

一瞬で見抜いた紗江子が、つかつかと舞台に上がってきた。
紗江子は、怒りを爆発させた。

「この私が2年も教えた生徒が、そんな踊りするわけがないっっっ!!!
誰なの?何のためにここにいるの?!

神聖な舞台を愚弄するやつは、八つ裂きにして煮て食うわよっっっ!!!」

最近、ちょっと優しくなったとは言え、
ドS美魔女と恐れられている紗江子、今日は黒づくめの服装だ。
18世紀の村人ルイスには本物の魔女に見えたことだろう。

「ひええええ〜、どうぞ、ご容赦をおぉ〜」と叫びながら
田中さん似のルイスは、そのへんに王子の衣装を脱ぎ散らかして、逃げていった。

399 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 13:39:57.20 .net
「大事な舞台衣装、なんだと思ってるのよ!
こんなに粗末に扱うなんて許せない!」

ナナやモモは、衣装を拾い上げながら憤慨していたが、
田中さんには身に覚えがあった。

またバレエを始めた初心者のころ、
王子様に憧れるあまり、スタジオにあった
選抜クラスの高校生のリチャードくんの衣装を
こっそり着て踊ってしまったことがある。

あの人も、どうしても俺のような高貴な王子様になりたかったんだな…。

「…俺は、気にしてないですから!良かった、衣装があって!
急いで準備してきます!」

400 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 16:26:11.46 .net
まだ、初心者だったころ、リチャードくんの衣装を
勝手に拝借したのは、とっても失礼なことだったんだ。

自分が経験してみないと、人の気持ちはわからないもんだ。

村人に着られて、少しばかり伸びた白タイツ、
やや汗ばんだ王子の衣装を身に着けながら
田中さんは約2年前の自分の行いを、今になって反省するのだった。

「あの頃からの憧れの王子様のヴァリエーションを踊れるんだ!」

これまで田中さんが演じたのは、
ラ・フィーユ・マル・ガルデの雄鶏の役、
コッペリアの甲冑姿の人形の役、
お面をかぶった変身前のくるみ割り人形役。
すべて、かぶりもので顔を隠した、人間でない役だった。

今回、晴れて初めて「人間の役」を演じる。

401 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 19:19:01.49 .net
「あなた大した踊り手なのね…」

舞台裏で、白いドレスを着た水野ナオミそっくりの女性に話しかけれ、
有沢さんの背筋にゾクゾクと寒気が走った。

「水野さん…?いや…、彼女の瞳はもっと清らかに澄んでいるはず。

この魔性の瞳には、どこかで…見覚えが…」

「パパァ〜!ママァ〜!」

ええ?俺がパパ?
今まで、ろくに女性と付き合ったこともないのに、まさか…。

有沢さんの意識と記憶が、重い泥のように混ざり始める。

また、例の発作が…。
有沢さんの意識が薄れていく。

ここはひどい世界だ。

知らない人が次々にやってきて、僕の知らない僕の人生を語る。

しかし、どれが本当なのか、僕には心当たりがないのだ。
それが、夢なのか、幻なのかさえも、わからない。

402 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 19:20:04.12 .net
「私は何でもできる超人なのよ!
ケイトはなーんにもできないから、私に嫉妬してる」
子供のころ、姉から繰り返し言われた言葉が耳に響く。

幼少期に、極端な自信家な姉から
日常的に受けていた精神的・肉体的虐待。
それが思春期のストレスと家系的な気質と相まって
解離性同一性障害を引き起こしたのだった。

403 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「ナナ先生!有沢くんが突然、眠り始めました!」

「え?眠り?始めた?息はしてますか?救急車必要かしら?!」

「有沢くんは、重度の睡眠障害があり、カウンセリング受けていると聞いてます。
あんなにパッタリと倒れて眠り始めるのは、初めて見ました」
高瀬蓮は心配そうに言った。

404 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
白の悪魔は有沢さんから今回は身を引いた。そうせざるを得なかったのだ。

「強力な守護がかかっていた…」

白の悪魔は呟く。

405 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
僕には、面倒なこと、プレッシャー、高圧的な人間を見ると、
すぐに現実から魂が逃避してしまうクセがある。

役所につとめながら、毎日牛丼を食べる生活をしていれば
それでよかったはずなのに。
それでも、僕はバレエに戻ってきた。
もう一度、バレエに、そして自分の弱さに、向かいあうために。

有沢さんは、楽屋でぐっすり眠っていた。

406 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「有沢さん、揺さぶってもたたいても、全然起きないわ。
本番まで2時間ありますけど、ここまで爆睡するなんて」

「人の睡眠周期って、確か90分と聞いたことがあります。
1時間半したら、もう一度起こしてみましょうか」

407 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 20:58:55.91 .net
有沢さんの「あちら側の意識の世界」では、
紗江子先生似の黒い魔女と、ナオミ似の白い魔女が対決していた。

「大人の素人の発表会でも、舞台は舞台!バレエはバレエ!
われらの聖域である舞台を邪魔するとは。

バレエの神様の名にかけて、白い魔女、許さまじっ!
デジレ王子をさっさと返しなさーい!!!」

メラメラと燃える紗江子のバレエへの情熱によって、
いばらの壁は焼け落ち、氷の城は徐々に溶けていった。

「ううっ、熱いっ…まるで東京の夏のようっ…」
白い魔女はどんどん弱っていった。

100年氷漬けだったナナ似のオーロラ姫も、ついに解凍される。
オーロラ姫は、そばでぐーぐー寝ているデジレ王子の有沢さんを見つけた。

「デジレ王子、あなた、どうしたの?目を覚まして…」

オーロラ姫は王子にそっと口づけをした。

408 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 20:59:37.39 .net
「うわっわああああっ!」

突然、有沢さんが目を覚まして飛び起きた。

「ああ!良かった!ケイトくん!目が覚めた?もうすぐ開演だよ!」

409 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:31:06.24 .net
「はっ、ヒナを寝かしつけてるうちに一緒に寝ちゃったんだ!」
「あれ、ヒナったら。。。夢の中で身体が全く動かずずっしり重かったのはコレだったのか!!」
ヒナは有沢の上に覆いかぶさるように眠っていた。

410 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:49:37.70 .net
有沢さんのデジレ王子のヴァリエーションの本番での舞台を、
白いワンピースを着た水野ナオミが客席から見ていた。

オーロラの幻を見た後に、彼女を見つける旅を決意したように
マネージュで舞台を一周するデジレ王子。

空中での美しい軌跡が目を奪う。

今日の有沢さんは、まるで憑き物が落ちたように
すがすがしいエネルギーにあふれている。
ベルベットのときの集中力を欠いた踊りからは、別人のようだ。

「私、有沢さんの踊りが本当に好きだったわ。
音楽の感じ方、空間の使い方、その佇まい、
すべてが、私の感覚に、自然に寄り添ってくる」

水野ナオミの澄んだ目にふと涙がにじんだ。

411 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:50:12.38 .net
田中さんのくるみのヴァリエーションの本番、

やっぱり、膝は曲がっていたし、足先は伸び切らず、
ところどころ、5番が縦を向きがちで、
トゥール・アンレールは1回転が精いっぱいだったのだが、
田中さんの全身が喜びに輝いていた。

得意の高貴な王子様モードで、ニカッとほほ笑みポーズを決めると、
大きな拍手が起きた。
なぜか笑い交じりだった。

412 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:52:21.18 .net
「ケイトくん、心因性の重い症状だったんだね。
近くにいたのに、今まで、気が付けなくて、ごめん」
高瀬蓮は言った。

「僕も、ごめん、うまく説明できなくて…」

「有沢さん、真面目だからストレスにため込んじゃうんだよなー!」

「俺たちで良かったら、何でも話せば楽になるよ!」

「有沢くん、俺たちの大事なバレエ仲間だから、遠慮することないよ!」

「これからも俺たちと一緒に、踊っていこーよ!」

素人男性連中の優しい言葉に、思わずほろりとする有沢さんだった。

413 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:55:52.50 .net
ヒナもルナも、あちら側の世界へ帰っていった。

「パパは、一緒に行かないの?」

「うん、パパは、もう少し、現実を生きなきゃいけないんだ。
時がくれば、また会えるよ」

そして二人は有沢さんの意識の中からすううっと、消えていったのだった。

414 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 22:59:20.06 .net
後日、田中さんは、夏のカーニバルのソロのビデオを見ていた。

「おかしいな…俺はもっと、完璧な王子様のはずなのに!
きっと録画技術が俺についてきていないのだ!」

イメージでは、英国ロイヤルのプリンシパルか、俺か、
くらいの出来だったのに!

「おかしい…なぜだ…」

415 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 23:01:49.81 .net
それを聞いて高瀬蓮も同意した。

「ははは、僕も同じですよ。
あまりにも立派な人たちのヴァリエーションのビデオを繰り返し観てたので、
自分の姿観ると、がっかりしますね!」

416 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 23:06:55.43 .net
「私は、もう感慨深くて
初心者クラスから、ちゃんとヴァリエーション踊れるようになるんだって、
みなさんを教えることができて、よかったです!」

「私は感動しましたよ!
それぞれの思いが伝わってきて、
踊りたいから踊るという原点を見た気がしました!」

河合ナナと若葉モモは、初心者クラスからの出演者をねぎらっていた。

417 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 23:11:51.18 .net
ぽっちゃりマダムのハルさんは
「本番全然できなくて、立てなくて、自分でも驚きました。
あんなに練習と本番は違うんですね…」

「そうですか?うまく踊れてましたよ!
表情もよかったし、課題のアームスも大きく使えてて、
最後もぴったり止まって決まってましたよ!」

418 :踊る名無しさん:2022/08/11(木) 23:37:23.64 .net
「それから…ジゼルの衣装探していただいてありがとうございました。
あの素敵な衣装着られただけでも、私、満足です!」

「モモ先生が見つけてくれてよかったですね!
黒崎で習ってた子で、今は衣装制作やってる子がいるんです。
最近、大人からバレエする人が増えてきて、
レンタル衣装も大人向けサイズのものが増えてるみたいですよ」

419 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 00:00:24.06 .net
ナナは英国へ旅立つ準備をしていた。
「英国の北のほうのバレエ団に入る」と告げたとき、
両親は、「そう…」「がんばってこい」とだけ言った。
「ごめんなさい、いろいろ心配かけて」
「いいのよ。納得いくまでやってみなさい。
バレエダンサーの寿命は短いんだから、現役時代なんて一瞬でしょ」

「ねえ、覚えてる?小学生のとき、発表会で失敗して
家に帰ってきてから、悔しくてボロボロ涙こぼして泣いてたの」
「それ100回くらい聞いたわ。もう15年以上前でしょ」
「普段はのんびり屋なのに、バレエのことになるとホント負けず嫌いだったわよね」

420 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 07:37:56.00 .net
「ねえ、どう思う?」

黒崎の舞台を観に来ていた初心者クラスのマダムグループが
感想を言い合っている。

「やっぱり、大人、下手よね」

「しっ!それは言っちゃダメよ。でも、みんな、がんばってたじゃない」

「ジュニアと比べたら、見られたもんじゃないよね」

「私は舞台に出る意味わからないわ。レッスンだけでいい」

「バレエって見た目と技術、両方必要だって思い知らされるわ」

「熱心な人たちがあのくらいだから、私たちが出たらもっとひどいわよ」

421 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 07:51:12.95 .net
舞台の光の中で輝いていた、俺史上最高の俺は、俺の心の中にいる。

ビデオにうつってる下手くそな俺は本当の俺ではない。

ってことにしてこのビデオは封印しておこう。

田中さんは発表会のビデオを引き出しの奥深くにしまった。

422 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 08:06:14.89 .net
「古典って残酷よね。みんな見慣れてるから観る目も厳しい」

「ピアノだってそうよ。
ちょっとピアノ弾ける程度の人が名曲弾いても、
アラが目立って聞けたもんじゃないわ」

「だったらコンテ?」

「コンテのほうが、身体能力高くて、魅力的なダンサーじゃないと退屈よ」

423 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 10:47:37.63 .net
有沢さんは陽七と過ごした日々のことを思い出していた。
一緒にディズニーランドに行ったり水族館に行ったり、幼児クラスで楽しそうに踊る陽七の姿が脳裏に浮かぶ。
もともと陽七はあちら側の住人で、いつかは別れなければならなかったのかもしれない。

「陽七…。ありがとう……」

保育園で描いたパパとヒナとクレヨンでかかれたタイトルと画用紙の絵に涙が零れた。
ヒナの眩しい笑顔、無償の愛が本当に救いであった。白の悪魔の呪いからデジレ王子を解放し守り続けていたのは陽七だったのだ。

そもそも有沢さんとデジレ王子は別の存在だ。田中さんとルイスがそうであるように、あちら側のそっくりな、だが繋がりのある人格。
ヒナとルナの本当の父親であるデジレ王子も目覚めて、彼らは幸せに暮らしているだろう。

424 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 10:53:13.30 .net
「黒崎の初心者クラス、4年前、ナナ先生が教え始めるまで
美容バレエクラスだったのよ」

「そうそう、グランワルツもしてなかったわ。
おばさんたちにバレエ教えても無駄って考えの先生も多かったし」

「アメリカ帰りのナナ先生が、美容バレエというジャンルは良くわからないって
小学生同様のフルレッスンにしちゃったのよ」

「そして2年前、高瀬蓮くんが来たときに、紗江子先生が教え始めて
一気に厳しくなって、必死になる人が激増」

「よくも悪くも、美容クラスの平和な時代は終わり、
大人バレエのパンドラの箱が開けられたってことね」

「やめてー!パンドラの箱じゃ、あらゆる災い、争いや悲しみが
ぶちまかれたってことじゃないのー!」

「そうね。でも、パンドラの箱の底には『希望』が残ってたのよね(笑)」

425 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:21:34.86 .net
「ぷっ、ぷう〜プリンたなかくん?」
有沢さんがヒナとやってきた。ヒナはプリンス田中くんと言いたかったらしい。
もう一人美人がいた。

「田中君お待たせ。紹介するよ、こちらは僕の姉で。。。」
美人を目の前にした田中さんは時が止まっているようだった。

426 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:27:22.13 .net
「後で成田で飛行機みようね!」
有沢姉弟とヒナ、田中さんは成田へ向かった。

427 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:39:10.97 .net
「舞台、お疲れ様!
また新たな気持ちでレッスンしましょうね!」

黒崎バレエアカデミーでは再び通常レッスンが始まった。

「舞台もいいけど、普通のレッスンを積み重ねるのも大事だな!
リハーサル続きであわただしかったら」

428 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:41:42.97 .net
「そうだ、桐谷さんの言う通り。
聞いてわかったようなできたような気になってしまって、
反復練習を怠っているからできないのだ。

これまでよりもいっそうレッスンに集中しないとな…!
なんせ俺は、イケメンプリンシパルに期待されちゃってる男だから、
いずれ全幕物の本物の主役をすることになるだろう、うしし。

選ばれし者が遊んでいる場合じゃないのだ!」

429 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:44:16.90 .net
「有沢さん、舞台前のぼんやりしていた顔付きと全然違うわね!」

「ええ、悪魔にとりつかれてたように
しばらく別の世界に行ったり来たりしていましたが、
これからは、ちゃんとレッスンに向き合います!」

430 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:46:08.17 .net
あれ以来、有沢さんの意識からも視界からも
ヒナもルナもすっかり消えてしまった。

楽しかった思い出だけを残して。

431 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:47:43.27 .net
「私は超人よ!あなたは私に嫉妬してるの!」
「そうそうあなたの裸を撮影したいわ」
と意味不明のマウントやセクハラをし続けていた姉が帰っていくことで
有沢さんの精神は安定するようになった。

432 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:50:00.19 .net
田中さんの目下の目標は、足先を伸ばすことだった。

一度紗江子先生にマッサージされてましになったのだが、
2日で戻ってしまった。
「もう一度〜」と懇願したが、「大人の骨を動かすのは危ないから」と
断られてしまった。

「ひどいなあ。上達へのショートカットが見えたと思ったのに。
自分でやれ、だなんて」

433 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:51:27.34 .net
有沢さんは、自分の精神の弱さを認識して、
人生そのものを改善することを考えるようになった。

牛丼ばかりじゃなくて、ちゃんと野菜も取って、睡眠時間も守り、
健康的な生活を送ることを決心した。
強く、美しいバレエダンサーになるためにも。

434 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:52:46.48 .net
今までいつも、独りが良いと思っていたが、今は素人男性仲間がいる。
彼らは有沢さんの心の安定のよりどころとなった。

435 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:53:12.88 .net
デジレ王子も目を覚ましオーロラ姫と結婚しめでたしめでたしと思いきや、村では不穏な空気が流れていた。

ルイスがあれから消息不明になり、よそからやってきた宗教団体が魔女の仕業だと人々に吹聴しはじめたのだ。
実際は牧師が手を着けた村の女を魔女として処刑し自らの悪事を隠蔽しようという魂胆であった。

436 :踊る名無しさん:2022/08/12(金) 23:56:58.18 .net
若葉モモのレッスンが始まった。
基本、ナナのやり方を踏襲する方針だ。

紗江子のレッスンも見てみたが、あのようにガンガン教えて
年上の生徒たちを引っ張っていけそうにはない、と思った。

「いいんですよ!自分のやり方が徐々にわかります!
先生方はみんな考え方も得意分野も違いますからね!」

437 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 00:00:38.08 .net
初心者クラスでは、「舞台に出るグループ」と「舞台に出ないグループ」との間に
目に見えない温度差が生まれていた。
舞台ありきという黒崎バレエアカデミーでは
どうしても舞台に出る気満々の生徒への指導が優先されるのだ。

438 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 00:05:56.50 .net
経歴は違えど、才能のある高瀬蓮や有沢さんは元より熱心に指導されていた。

そして田中さんも、煮ても焼いても食えないとスルーされていたのだが、
その熱心さと派手なパフォーマンスで
「あの初心者クラスの田中さん」とアカデミー内では名が知られるようになっていた。

439 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 00:07:23.86 .net
「あちら側の世界」である18世紀の村では
相変わらず、人々が騒いでいるようである。
田中さん似の村人ルイスはどこへ行ったのだろうか。

440 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 00:15:07.64 .net
「サラ。君はいつも弟のことばかりだよね」

ジェイムズがサラに不満そうな表情でいった。
それを聞いたサラは「そうかしら?」と冷たく返す。

「君が僕と付き合いだしたのも僕が弟に似てるからじゃないのか?
僕はケイトのかわりじゃない……」

サラは無言になった。

「夫婦なのに、セックスもしてくれないし…」
「ふん。考え過ぎよ…。あまりそういうのに興味がないだけだから」

溜まってるなら癒してあげるから。そういってサラは夫を椅子に座らせて、下着から強引に彼のモノを引き出してオイルを垂らした手で扱きはじめた。

「……っ!」

ジェイムズが欲していたのはサラからの愛や温もりであったが、それは得ることは出来なかった。快楽で喘ぎが漏れ出るが、同時に悲しみで涙が零れる。

「さ、気が済んだでしょ…」

そう言ってサラは部屋を後にした。

441 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 01:23:06.71 .net
有沢さんはここ数日間食事もとらず、職場は欠勤、部屋にひきこもっていた。
「辛い、辛すぎる、何やってるんだろう。。そうだ、彼女に会いに行こう!」
ふと初恋の彼女を思い出していた。

喧嘩はしても血の繋がった姉で一番の理解者サラが帰ってしまった。
娘のヒナの親権も延期され、ヒナは義理の両親のもとに帰ってしまった。
有沢さんは楽しかった最近のイベントが終わり、喪失感から鬱状態で動けなくなっていた。
「ああ、今日はカウンセリングの日だったっけ。。。あれ?昨日だったかも」

442 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 01:28:21.26 .net
「あれ?どうしたんだろう、事件かな??あれ救急車?」
有沢さんはずっと部屋で横になっていたが、けたたましいサイレンの音で朦朧としていた意識がうっすら戻ってきた。

「大丈夫ですか?きこえますか??」
誰かが大声で語りかけているようだった。

443 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 01:34:44.10 .net
有沢さんはデジレの衣装で浴室で倒れていた。
浴室の蛇口からは一晩水が出しっぱなしで、下の階の部屋に水が漏れ出していた。

浴室で発見された有沢さんのデジレの衣装は赤く染まっていた。
有沢さんは救急車で精神科で有名な病院へ転送され、そのまま入院することになった。

444 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 01:51:25.64 .net
「ママ、だから言ったじゃない!バレエは気を付けないとあの出来事が、って」
サラは成田行きの便にチェックインした後空港のビジネスラウンジから電話をかけていた。
精神的に不安定な弟が心配で心配で財布とパスポートを掴んでそのまま空港に向かったのだった。

445 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 03:18:55.26 .net
「あなた、おはよう」

朦朧とした意識の中から、目を開けるとそこにはナナ先生の顔があった。

「ナナ先生…?」
「それはどなた? 私はオーロラよ」
「…」

周りをみると立派な寝台に広々とした部屋に絵画や調度品、見事な細工の施された家具の数々。嗚呼…そうだ、とても長い夢を見ていたんだ。

「ごめん、何でもない。寝ぼけていて……私がバレエアカデミーに通う生徒になった夢を見ていた。優秀な舞踏手だが気が弱い青年で」
「面白そうな夢。あなたも踊りがお上手ですもの……夢の中でまで踊っているなんて。」
「その夢の世界でのバレエは私の知っている宮廷バレエとは全く違うスタイルで、とにかく衣装から何まで違っていた」

デジレ王子は楽しげに夢の世界での覚えていることをオーロラ姫に語った。

446 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
サラは昔から「何でもできる超人」になりたかった。
彼女が夢見るのは、誰からもうらやましがられるパーフェクトヒューマン。
チヤホヤされてほめられたい。優越感感じる立場になりたい気持ちが強すぎた。

悪口を言われたら「みんなから嫉妬されている」
派手派手しい言動に驚く人は「私の美しさに圧倒されている」

何を言われようと、自動的にそう解釈してしまう。

人種差別の強いヨーロッパで、アラサーのアジア人女優がポルノやヌードに挑戦。
そんなことをしても、圧倒的な勝者にはなれない、
わかっていながらも、強すぎる自己顕示欲が理性に勝った。

専門家が診たら、自己愛性パーソナリティー障害と診断するだろう。

実際は、弟のケイトのほうが才能もあり努力家でもあり
勉強もスポーツもできた。
サラが長続きせずにやめてしまったバレエも
長く継続して、評価を得ているのは弟のほうだった。

それがサラには、誇らしくもあり、我慢ならないことでもあり、
子供のころからネチネチと「この子は私をひがんで病気になった」
「私は弟のためを思っている」と主張してきたのだ。

447 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
カミル牧師は、マリアンネをさんざん弄んだあと
自分に夢中になって、教会に入り浸る彼女がだんだん邪魔になってきた。

二人の仲を、怪しんでいる村人もいる。

行方不明のルイスは、白い魔女に食われたという噂もある。
マリアンネが悪い魔女だと吹聴すれば、彼女をうまく追い払えると考えた。

聖職者である自分は、悪魔を改心させようと努力したが、
かえって、悪魔にとりつかれそうになっている被害者だ。

魔女退治をしなければ、この村に災いが訪れるだろう。
そんな噂を流していた。

448 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 08:48:01.03 .net
舞台が終わり、黒崎バレエアカデミーでは
素人男性たちがいっそう熱をこめてレッスンを続けていた。

「今日10時からテレビで放送されるわよ!
『バレエの王子になる!〜素人バレエボーイズの夏〜』!ですって!」

「その辺にいる人の頑張りや才能を世間に広める」というコンセプトで
ベルベットや黒崎で撮影をしていたものだ。

449 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 08:56:53.67 .net
「素人バレエボーイズって誰のことかしら?」
「かっこいい蓮くんがいっぱいうつってるんじゃない?
ずっと前にTVで出た小さな特集コーナーでもばっちりアップでうつってたし!
有沢くんも上手だから映ってるはずよね」
「それは絶対、観なきゃ〜!」

「この前、田中さんが、テレビクルーは俺に注目して
俺メインで撮影してたって言ってたわよ」
「ええーそれはいつもの勘違いじゃないの?」

450 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 09:01:22.30 .net
「俺、今夜、テレビに出ますから!観てくださいね!」

田中さんは会社で猛烈にアピールしていた。
ついに、会社の人も俺の美しさを知ってしまうに違いない!
与田部長絶賛のくるみ割り人形の戦いのシーンが世に出たら、

「会社にファンレターなんか来たら、困っちゃうな〜。
ひょっとしたら、ライトセーバー術の弟子にしてくださいという
男性ファンも。うひっうひっ」
田中さんは笑いが止まらない。

451 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 09:31:37.27 .net
「ケイトの病気が私に原因がある?ひどいわ…そんなの…。
私はずっと弟思いで面倒みてたのに…」

女優のサラはしおらしくハンカチを握りしめて涙ぐんだ。
まるで、ドラマのワンシーンのように。

「破天荒な自分より、お行儀のよい妹や弟のほうがほめられることが多かったから
子供のときは、少しムッとして意地悪したかもしれないけど…
子供同士、よくあることでしょ?」

しかし徐々に話が進み、自己愛が強すぎて人を振り回している、と言われると、

「私は美人で何でもできるから、まわりが勝手に嫉妬してるだけよ!
無能な医者ねっ!ケイトを病気にしたのはあなたでしょ!
私のほうが被害者よ!!!」

サラは、突然激情をあらわにして、医師に暴言を吐いて出ていった。

452 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 09:56:54.29 .net
有沢さん、そんなに心が病んでるなら、他に行ったほうがいい。
舞台のプレッシャーがそんなにキツイなら出なくてもいい。
ゆるくて楽しいバレエクラスならいくらでもある。

大人の趣味なんだから、バレエでなくてもいい。

精神的に弱ってて、バレエしながら他のことに心を奪われてるくらいなら
しばらく休んで。
本音は言わないけれど、
バレエクラスも一つの社会、クラスの他の人の志気にも影響するわ。

453 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 10:16:49.33 .net
職場で、病んでた人を知ってるけれど、
いろいろ調べて、接し方を考えて、我慢して、気を使って、フォローして、
何度も余計な手間をかけさせられて、
だんだん、こっちが疲弊していく。

なのに、本人は自分のことでいっぱいいっぱい。
そして、ある日、挨拶もせずにいなくなる。

みんなが、ほっとしたわよ。
冷たいかしら?
私が救うべきだったかしら?
こじらせて壊れた他人の心を正常に戻す術を、私は持ち合わせていない。

そうやって、人の心にまで影を落として、去っていくんだわ。

454 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 10:21:23.35 .net
みんなバレエよりも、周辺的なことに興味があるんだなあ。
他の人も書いてたけど、バレエ板じゃなくても良さげだが。

455 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 10:34:02.00 .net
「僕はもう病んでない、心配しないで。

いまだに誰かがしつこく『自〇しろ〜』と呪いをかけてるけれど。

前から考えていたんだ。
僕は視野が狭すぎて、自分の中で思考が空回りしてしまう。
一年間、オーストラリアにワーキングホリデーに行くことにした。
ビザや休職、少し手続きに時間がかかるから、今回は短い間、下見に行くだけだよ」

456 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 10:45:22.02 .net
「ねえ!大丈夫なの?ケイト?」
空港でサラは心配そうに弟の顔をのぞきこんだ。
「大丈夫だよ」
有沢さんは搭乗手続きを済ませ、そっけなく去っていった。

姉としての愛情があるのはわかっているが、
幼少期にさんざん偉そうにされた記憶は今さら消せない。

有沢さんは、押しの強い女性が苦手なのだ。
美しいが権力を握り人を支配しようとする白い悪魔のような、
「ああ、そうだったのか。子供のころの記憶か…」

457 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 10:54:27.45 .net
「ねえねえ、キスしてみよう!
外国ではみんなするんだから!」

子供のころから、外国かぶれだった姉のキスの練習台にされた。
あのとき姉は白いサマードレスを着ていた。
白い悪魔のように。

後になって消したくても消せない、ムカムカするような記憶だ。
姉は「可愛がっていた」と思っている。
彼女が自分に似た相手と事実婚だと聞いたとき、有沢さんは吐き気をもよおした。

458 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 11:04:35.54 .net
「いくら気をつけても、あんな風には足先伸びないと思うんだよねー」
田中さんは高瀬蓮の恵まれた脚を見ながら、ぶつぶつつぶやいた。

今まで、膝伸ばせー足先伸ばせーって言われて
レッスン続けていれば伸びると思ってたが、ちっとも伸びない。
それどころか、センターで大きな動きを続けたら、
せっかくバーで必死に伸ばしたものも、元の木阿弥。

紗江子先生にマッサージされたら、一瞬伸びたのだから、
ポテンシャルはあるはずだ。
桐谷さんが言うように、俺は才能の塊だから!

そして編み出したのが、
「足に魔法をかけながらマッサージをする」という独自の技だ。
「俺の足先伸びるぞー伸びるぞー英国のプリンシパルのように伸びるぞー」と
田中さん呪文を唱えながらマッサージをすると、
あら不思議!
「ちょっと伸びた気がする!」

459 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 11:13:48.85 .net
「呪文…ですか…???」
高瀬蓮は首をひねった。

「うん、俺は自分の足の形をかえる呪文を編み出してしまったのだ」
田中さんは自信満々に言った。

「ああ、そういえば」
高瀬蓮は、バレエ初めて間もないころ、合宿に行ったときのことを思い出した。

「昔、紗江子先生に、
ほぉら、内から外へ〜、腿が開いてく〜
と呪文のように唱えられながら、股関節のストレッチされたことが」

え!なに!それ?
2年前?
俺は、蓮くんより2年のタイムラグでこの秘技を知ったのか?!
なんでもっと早く教えてくれないんだよ!

460 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 11:41:49.65 .net
「詳しくはわかりませんけど、触ったり、声を聞くことで
必要な神経がつながりやすくなる感じはありますね。
それから、呪文のように、伸びろ〜、開け〜という声の調子が
丁寧な呼吸を促すんじゃないですか。
はっきりした根拠はないですけど、なんとなく」

461 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 12:43:29.72 .net
俺は上体やアームスはまあまあサマになってきたし、
表情やタイミングは、いつも褒められる。
ベルベットの工藤先生も
「パフォーマンスとしては、あり(バレエじゃないけど)」と
面白がってくれた。

しかし、この曲がって開かない脚がなあ〜。
蓮くんはいいよな、最初からきっちり5番に入る脚で。

鈴木さんも中村さんも、身体柔らかくはないけど、俺よりは開いてるんだよ。

もっと、俺の脚、開け!
「開け〜、開け〜、開け〜ゴマ!!!」

ストレッチしながら、呪文で繰り返す田中さんを
マダムたちが見ていた。
「あれ、何やってるの?」
「さあ?私、最近見慣れてきたわ。田中さんが変なの」
「そうね、私もよ」

462 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
18世紀ヨーロッパの宮廷では、舞踏会が開かれていた

国王とその后の前で、デジレ王子とオーロラ姫がメヌエットを踊る。今で云うバロックダンスの中では格式高いもので、ダンスではあるがどこか儀礼的な要素も強い。

その後で、デジレ王子がソロでパッサカリアを踊った。彼の見事な足の運びに貴族たちも魅入っている。

「さすが殿下ですわ!」
「この国には殿下以上に気品高く見事に踊れるお方はいらっしゃいません」
「それに若く見た目も麗しく」

デジレ王子は有沢さんに容姿こそ似てはいるが、自信に満ち誇り高い性格であった。その彼の内面が溢れ出たようにその踊りも明るい輝きを放っている。

463 :踊る名無しさん:2022/08/13(土) 21:46:57.63 .net
そんなとき、役人が数名報告に現れた。
国王がその内容をきくと、城下の村で魔女騒ぎが起こり魔女狩りを煽動する者が現れているという。魔女狩り煽動の中心人物はカミルという牧師。

「近頃様々な修道会や宗派の者が宣教活動に熱心だが、中には混乱をもたらし、異端の教えで人民を煽動し過激派集団化する場合も少なくない。
これは我々にとっても無関係とはいかないだろう。税をおさめる人民の生活が乱れれば、この国も不安定になり、不穏因子をのさばらせる原因にもなる」

国王は難しい表情をしながらぶつぶつと呟いた。

464 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 10:53:58.58 .net
(そろそろファンタジー路線は一般小説ファンタジー部門にいってくんない?長くてくどい)

465 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 18:44:46.10 .net
有沢さんはオーストラリアの農家でアルバイトをすることとなった。
心優しいオレンジ農家の夫婦の家で部屋や食事を提供してもらい、オーストラリアの眩しい太陽と自然の中で比較的穏やかな生活を送っていた。

「ケイト! ランチにしよう!」
「うん!」

同じくバイト仲間のアレックスが、張りのある声で彼を呼んだ。ウェーブのかかった黒髪をポニーテールした小麦色の肌に黒く大きな瞳のアフリカ系の若い女性だ。

「ケイトってさ、日本から来たんでしょ? どうして?」
「ちょっと新しい環境に行きたかったというか…。アレックスは?」
「あたしはお金が要るから!
あたし実はバレリーナなんだよね。この街の小さなバレエ団で踊ってるの。けどそれだけじゃ食べていけないしバイトしてんだ」

農場主の女将さんが作ったサンドイッチを頬張りながらアレックスは語る。

「バレエやってるんだ」

ケイトの表情が少し嬉しそうだ。

「もしかして興味ある? この後、バレエ団レッスンあるけど一緒に受けてみない?」
「部外者が参加していいの?」
「全然平気平気! あたしの紹介って言えば団長オーケーしてくれるから!」

そうして、有沢さんはアレックスの所属するバレエ団のレッスンに参加することとなったのだ。
かつてアメリカのバレエ団で活躍していたバレエダンサーが設立した地元バレエ団で、20人が在籍している。
設立から10年経っていない比較的新しいバレエ団だ。

466 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 21:07:08.62 .net
『バレエの王子になる!〜素人バレエボーイズの夏〜』

安田理恵子の指揮で撮影されていた特集がテレビ放映された。

高瀬蓮や有沢さん、イケメンたちの上半身が映り、
神代たちプロの男性ダンサーの踊る姿が映り、
桐谷さんの迫力あるにらみ顔、
田中さん渾身の王子様スマイルがアップは一瞬で切り替わり、
全員が、最後におじぎをしている姿が映った。

「女の子の習い事として人気のあるバレエ、
この夏、何人かの成人男性が、名作くるみ割り人形の舞台に挑戦、
その奮闘する姿を追いました」

あれ?てっきり、俺をメインに撮ってたと思ってたのに、
なぜか、高瀬蓮くんや有沢くんの踊る姿ばかり映ってるのはなぜ?

467 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 21:07:41.56 .net
安田理恵子が無類の面食いのため、
最終的には、番組はイケメン中心に編集されてしまっていた。

神代煌介の踊ってる姿も多い。

「この舞台に立つ男性たちには、熱い情熱を感じます。
パッションに突き動かされて踊る、
それが踊りの原点だと思います」

さわやかな笑顔で答えるのは、S&Bバレエ団プリンシパル神代煌介。

有沢さんが切ない顔をして踊るパドドゥや、
神代が高瀬蓮に手取り足取り、スペインの踊りを指導しているシーンが映る。

「おいおい、俺の踊ってる姿は、一体いつ出るんだ?」

468 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 21:13:08.13 .net
ようやく、ライトセーバーで桐谷さんと激しく戦う田中さんの姿が映る。

人形のお面をかぶっていて、顔を隠している舞台リハーサルの時だ。
これでは、観てる人に俺だとわからないではないかっっっ!

最後の最後に、田中さんの笑顔のインタビューが映った。

「自分が今どう生きようが、どう踊ろうが、
100年後には、存在も記憶も、きれいさっぱり消えてしまってるでしょう。
そんな限られた時間の中で、刹那の輝きを追い求めて舞台に立つんです」

自分が一番良く見える横30度の顔の角度をキープして、
王子様スマイルで答える田中さん。

「おお〜、俺、良いこと言う〜!自分でもイマイチ意味わからないけど!
思ったよりも全然映ってなかったな〜。
あんなに長時間撮影してたのに…」
と、ちょっとがっかりする田中さんだった。

469 :踊る名無しさん:2022/08/14(日) 23:20:29.28 .net
この放送がきっかけで今までバレエとは縁の無かったイケメン好きの視聴者が、ベルベットに入会していくこととなる。
ベルベット運営側も、ハンサムなバレエ講師を招いたりとイケメンを売りにし始めていた。特に男性生徒参加不可の“王子様との夢のアダジオクラス”という神代が講師を務めるイベントには数多くの素人おばさん達が集まっているという。

素人女性客は優遇されていく一方、男性客はというと、不純な目的の男性を避けるとの名目でイケメン生徒を選別するため、男性の場合は面談必須といった条件も科されるようになった。
これからバレエをはじめようという素人おじさん達にとっては厳しい時代が訪れた。

470 :踊る名無しさん:2022/08/15(月) 08:37:50.35 .net
素人おじさん達にとっては厳しい時代。

それに決定的に追い打ちをかけたのが
2002年に起きたストーカー殺人事件。

40代の無職の初心者おじさんが、バレエ教師に好意を寄せ、
自宅までストーカーし殺害するといういたましい事件が起きた。

右を向いても左を向いても女性ばかりのバレエスタジオ。

長い間、バレエを習う素人成人男性といえば、ミュージカル、演劇、
他のダンスが専門の人など、ごくわずかな人に限られていた。
彼らは一様に、非常に真面目に熱心に取り組んでいたのだ。

1990年代、大人バレエの流行が始まり、
英国から帰国した有名男性ダンサーがメディアでも取り上げられ、
ようやく、一般の素人男性にも門戸が開かれ始めた。

…と思われたが、そのハードルの低さが一部不審者も呼び寄せてしまったため、

「素人おじさんを見たら、変質者と思え!」

そんな警戒感が一気に高まってしまった。

471 :踊る名無しさん:2022/08/15(月) 19:18:50.44 .net
実は田中さんが入る前、ほんの少しの期間、
黒崎の初心者クラスにも不審な中年男性が在籍していたことがあった。

「脚どっちなのよ!後ろはどこなの?外れてるでしょ!」
と紗江子が直したら、
なぜか女性用のレオタードを着たその男性は、

「ああ〜ん、もっと厳しくされたいぃ〜」
と、気持ち悪い声を出した。

幸い、その女性レオタードの男性はすぐにやめていったが、
うっかり変な生徒に居つかれると、なかなか追い出せない。

田中さんが初めて黒崎に来たときに、受付のお姉さんから
「はあ?」と汚い物を見るような目で対応されたのも、
そんな経緯が影響していた。

純粋にバレエを習いたい男性たちにとっては、実に厄介な問題である。

472 :踊る名無しさん:2022/08/15(月) 23:38:16.67 .net
有沢さんはバイトが終わった後、アレックスの車に乗って彼女が所属するバレエ団スタジオへと向かった。
殺風景な田舎の景色から次第に市街地へと入っていき、ステンドグラスが美しい教会と思しき建物の前に駐車する。

「さあここだよ」
「なんだかお洒落な建物…」
「でしょ? 昔はルーテル教会だったんだけど改築してスタジオにしたらしいよ」

そういってアレックスはスタジオへと入っていく。

「こんばんは〜!」

日本の多くの教室では「おはようございます」と挨拶するが、オーストラリアにはそういった習慣はない。
有沢さんも倣ってこんばんはとアレックスの後に続く。

「おやアレクサンドラ。新しいボーイフレンドか? かなりハンサムじゃないか!」
「はぁ!? そんなんじゃないって! バイト仲間だよバイト仲間。日本から来たケイト。一緒にレッスン受けるってさ」

人の良さそうな小太りのラテン系中年男性がスタジオの奥から現れる。この男性が団長らしい。

「よく来たねケイト。団長のマイケルだ。シーサイド・チャーチ・バレエ団へようこそ! バレエははじめて…ではなさそうな体つきだな!」
「はい。子どものころ本格的にやっていましたし、大人になってまたはじめたので」
「こりゃ楽しみだ! 君みたいなハンサムな王子様タイプの男の子を探してたからな!」

団長マイケルは笑うと、さあ他の団員も集まったしレッスンはじめるかとバーを並べはじめた。
団員たちは男性も多く、様々なルーツの人々がいた。ずっと日本にいた有沢さんにとって新鮮な光景である。

473 :踊る名無しさん:2022/08/16(火) 17:02:04.04 .net
「こんなアットホームなところ初めてだな」

有沢さんは周囲を見まわした。
向村バレエ学校や黒崎バレエアカデミーは
ジュニア教育がメインで、いくつもの支部を持つ老舗スクールだったし、
ベルベットは趣味の大人が集まる巨大なオープンスタジオ、
有沢さんが日本で経験したバレエスタジオは
どこも大所帯。それでも、人々はある意味、同質だった。

「ここに集まった人は人種も体格も違うし、
習ったメソッドもそれぞれ違うようだ」

474 :踊る名無しさん:2022/08/16(火) 23:50:28.33 .net
「高田馬場にオープンしたバレエスタジオも成人男性NGだってさ」
「女性専用オープンクラス増えてきたよな。ホームページに記載無いのに申し込んだら男性不可とか言われたり」
「俺、新宿のスタジオいったら面談されたよ」
「僕は特に面談無かったけどどういうこと?」
「うわマジ。明らか差別だなそれは」
「真面目に取り組みたい男性のみ可能ってあるのに、運動不足解消目的はダメとか、真面目に運動不足解消したいやつはどうすんだよ」

黒崎のボーイズ基礎クラスでは20代素人男性たちが仲間内で愚痴を言い合っていた。男女平等を教育されている若者たちにとっては、余計理不尽さを実感したことだろう。

475 :踊る名無しさん:2022/08/17(水) 10:11:07.93 .net
「単純に、先生が男性のパを教えられないってのもあるみたいだけどね。
二種類振付したら時間かかるし」

「ずっと前、黒崎にも変なやついたじゃん。
『美人の先生にしごかれたいの〜』ってクネクネ踊ってた
ピンクタイツに女性用レオタード1枚のおじさん、
上級者が集まってるボーイズクラスに行けと言われて玉砕してやめてった」

「それ、わざと挫折させたんだろな…」

「僕は12歳まで習ってた、って言ったら問題なかったよ。
子供のころいた教室はレベル低かったから、初心者同然だったけど」

「子供のころに少しでも経験があれば安心されるのか?」

「それは違うな!彼のルックスが良いからだ。
若くてかわいい大学生だったからだよ!」

476 :踊る名無しさん:2022/08/17(水) 10:12:23.00 .net
「どいつもこいつも、イケメン、イケメンって。
バレエ界では、イケメンで踊りが上手くなければ人権はないのか?」

「バレエ歴の長い女性が、成人男性の初心者を初めて見たとき
『オオカミに育てられた人間』みたいに見えたって言ってたぞ」

「え?何それ?いくらなんでも、ひどくね?」

「子供のころから、バレエする成人男性と言えば
ゲストのプロダンサーしか見たことなかったから、
まるで、人間として教育されずに育ったように見えたって」

「そんなの初心者女性だって同じじゃないか?」

477 :踊る名無しさん:2022/08/17(水) 10:35:48.46 .net
田中さんは会社で「テレビに映ります!」とがんばって宣伝したのに、
なぜかまわりの反応は薄かった。

「田中くん、観たよ、テレビ!ばっちり映ってたね!」

顔を輝かせて、感想を言いに来たのは、
スターウォーズファンの与田部長だ。

「いやあ、踊ってるとこ全然出てなくて、がっかりですよ〜。
他のかっこいい人ばっかり映ってて」

田中さんは、あの番組は自分が主役だと思っていた。
『バレエの王子になる! 
〜"日本最高峰" 黒崎バレエアカデミーのプリンス、クラウン田中の青春〜』
いつの日か、そんな番組を撮ってくれないかな。

「いやいや、私にとっては、あの発表会の主役はまぎれもなく、
田中くん、君だ!
私の目には、君の独壇場だったよ!」

与田部長は、田中さんの手をガシッと両手でつかみ
激しくシェイクしながら、絶賛してくれた。

478 :踊る名無しさん:2022/08/17(水) 17:08:17.79 .net
「アレックスと同じ農場で働いてるんだって?」

オーストラリアの小さなバレエ団を訪れた有沢さんに
話しかけてきたのは、くっきりとした目鼻立ちのアジア系の屈強な男だ。

「うん、1年間の予定で。えっと、君は…韓国人?」

「モンゴル人だよ。僕はオトゴンバヤル、
みんなオットーって呼ぶ。ドイツ人みたいな呼び名だけど、オットー」

「僕は、ケイト、女の子みたいな名だけど。ケイト」

「アジア人の女の子もいるね、彼女は…中国人?」、

「彼女は中国系マレーシア人だけど、オーストラリア育ちのオーストラリア人」

479 :踊る名無しさん:2022/08/18(木) 10:40:58.73 .net
帰りの車の中で、アレックスが言った。

「びっくりしちゃった!ケイト、すごく踊れるんだね!」

「うん、僕もアレックスのジャンプ力に驚いたよ。
みんな踊り方が違うのも面白かった。

僕の国は、なんていうか、ホモ、ホモジェニ…
なんだっけあの単語、全部似てて同じ…」

「homogeneous? 同質的な?
あたし、しばらくメルボルンの大きなバレエ学校に行ってたんだけど、
私みたいな肌の色の子は他にいなくてさ。

ケイトみたいに、違う国から飛び込んできた人見ると、
自分に変えられないものをいつまでも悩んでられないなって
すごく励まされるんだ!

結局、あたしはあたし、アレックス、
ケイトはケイトじゃない?」

480 :踊る名無しさん:2022/08/18(木) 22:11:50.98 .net
励まされてるのは僕の方こそだよ。
そう思いながら、有沢さんはアレックスのキラキラした綺麗な横顔を見た。瞳が大きいからか、長い睫毛に囲まれたその場所が夕暮れの光を反射させている。

「そうだケイト。よかったらなんだけど、あたしたちの仲間にならない?」
「仲間?」
「チャーチ・バレエ団の仲間に。大した収入は貰えないけどね! マイケルも皆もきっと喜ぶよ」

アレックスはあははと笑いながら、アクセルを踏んで車を加速させた。

「アレックス飛ばしすぎだって! カンガルーがとびだしてきたらどうするんだよ!」

けれどこの広く真っ直ぐな海沿いの道路を思い切り走る感覚は気持ちよくもあった。有沢さんは自然と笑みがこぼれる。

「うん…僕はただの趣味でバレエをしたいわけじゃない。真剣にバレエを踊りたいんだ」

日本にいたころ、有沢さんは自身の精神的不安定さから精神をおかしくしてまでバレエをする必要などない。大人の趣味なんだから。と言われたことを思い出した。
けれど有沢さんはそんないたわりの言葉が返って悔しくて苦しかったのだ。趣味という言葉で片づけられるものではなかった。

「僕はバレエが好きなんだ…。だからアレックス。僕も仲間に入れてほしい」
「…そう来なくちゃね。ケイトみたいな人、バレリーノにならなかったら勿体ないし」

真剣な声色の有沢さんに、アレックスは穏やかな口調でそう言った。

481 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 09:51:58.99 .net
「シーサイド・チャーチ・バレエ団は少人数だから、
ガラ形式や小品が多いんだ!
ケイトもすぐに出番があるはず!
団長、ケイトのこと気に入ってたし!

市民オペラと共演したり、学校や介護施設や美術館でも踊るし、
声がかかればどこでも踊るスタンスだからね!

オレンジ収穫祭のときには、野外ステージで踊るんだよ」

「へえ、ホール以外で踊ったことはないな。どんな感じ?」

「風に揺れる木々も、鳥の声も、広い空も、舞台の一部になるの!

昼間だと、客席が近くて、明るくて、お客さんの表情まで見えて、
今まで、鍛錬してきた自分が全部さらけ出される気がするんだ!」

482 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 09:56:34.10 .net
黒崎では先日のテレビ番組について、
「神代先生と高瀬蓮くん、かっこよかったぁ〜!
あれこそバレエの王子様よね〜」とみんな噂していた。

ぽっちゃり高齢マダムのハルさんだけが田中さんをほめてくれた。
「田中さん、最高にかっこよかったですよ!」
「えー、俺が踊るとこ、一瞬しか映ってなかったでしょ」

ハルさんは、バレエ歴10年にして初のヴァリエーションに挑戦したあと、
「衣装だけ立派でもねえ」
「足上がらないアラベスクパンシェ見てられなかった」
「おばあちゃんが、乙女演じてどうするの」
と同じ初心者クラスの人が陰口を言ってるのを聞いてしまった。

うん、まあ、そうよね…
ここの人達は、上手なプロやジュニアを見慣れてるもの…

483 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 09:57:39.88 .net
ハルさんが、モヤモヤした気持ちで観たのが
テレビで堂々と語る田中さんの姿だ。

「今をどう生きようが、時代はいずれ過ぎ去る。
限られた時間の中で、輝きを追い求めて舞台に立つ」

田中さんが「ほめてほめて〜!誰か俺をほめて〜!」
と思ってるときは、誰もほめてくれないのに、
ときどき、思わぬ人から、思わぬ励ましの言葉が降ってくる。

「あのセリフに、田中さんは真のバレエダンサーだなって思いましたよ!」

「そんなこと言われたの、初めてだなあ〜ははは」
田中さんは、照れくさそうに頭をかいた。

484 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 09:58:55.03 .net
「これが種なしオレンジの "サツマ" 」

「薩摩???日本でよく見る、温州みかん、みたいだけど」

ホストファミリーのジョーンズ夫妻は愉快そうに話した。

「インド原産のものが、中国経由で、日本に渡って
アメリカから世界に伝わったそうだけど、
本当のところはよくわかってないのよ」

「俺の先祖は、アイルランドやノルウェーの血が混ざってて、
19世紀末に、イギリスからオーストラリアに渡ってきた。

まあ、サツマも、似たようなもんだ。
広い世界を巡り巡って、ここにたどり着いたんだよ」

485 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 10:00:00.50 .net
過干渉の家族を振り切って、一人日本を離れてみれば、
頼りないと思われた自分でも、
この地球上で、自分の居場所を見つけて、当たり前に生きていける。

自分を支配しようとする人々。
変えられない生まれや育ち。
変えられないDNA。

そんな支配に、僕はもう、惑わされない。

486 :踊る名無しさん:2022/08/20(土) 10:15:21.14 .net
団長のマイケルは有沢さんの参加を歓迎してくれた。

「似たようなダンサー、似たような踊り方のダンサーを集めるバレエ団は多い。
確かに、古典の群舞だと、そっくりさん集団のほうがそろって見える。

でも、僕は、型抜きクッキー並べたみたいなバレエじゃなくて、
さまざまな種類の不揃い野菜のマーケットのような
個性が見える活気に満ちたバレエが好きなんだよ!」

487 :踊る名無しさん:2022/08/21(日) 09:12:48.35 .net
けれど僕に特別な個性なんて…?
有沢さんは少し不安な顔をした。

「自分には輝くような個性は持ってないって顔してるな! そんなことはないぞケイト」

え? 有沢さんは自分の心が読まれたのを驚きつつ顔を上げた。

「君の踊りは繊細で優美。エレガント!
それだけじゃなく、空間の使い方、観客への見せ方も惹きつける何かがある。自分の身体をどうすればよりよく魅せることが出来るかよく知ってる。
そういうのは君だから君にしか出来ないものだ。

学んだメソッドはロシアを基本に色々混じっているようだが、それもいい味を出してるよ」

黒崎も向村も伝統的で正統なロシアメソッドを習えるバレエ学校だとうたっていたが、やはり混じっていたんだなと有沢さんは苦笑した。
日本では資格を持った教師は僅かであるし、様々な国で活躍したプロが指導にあたっていたため、そうなることが自然だ。

488 :踊る名無しさん:2022/08/21(日) 10:17:23.29 .net
「ほとんどの人は鉛筆でラフに描いたような動きしかならない。

君の踊りは、くっきりと輪郭が浮かび上がる。
元の踊りの質が良いからだろうね。

これから、もっと良くなる可能性があると思う。
でも…」

団長は有沢さんに問いかけた。

「ケイトがバレエで表現したいものは何?」

489 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 00:40:40.14 .net
表現したいもの?
僕はそんなこと考えたこともなかった。

「僕は…」

言葉が詰まった。

「…その役の内面を表現できたらと」

有沢さんはバレエを再び再開してから様々な体験をした。
バレエを踊れる喜び、ナナ先生への憧れ、ナオミへの甘く切ない感情、ヒナと過ごせた楽しさと別れの寂しさ、仲間の暖かさ…
白黒だった有沢さんの世界に様々な色や輝きが甦ったのだ。

「僕はずっと自分自身を押し殺してきました。自分がどうしたいかも本当はよく分からず、自分の感情もよく分からない…。
ただ辛いという感覚だけが蝕み、どんどん僕を無の世界へ引きずり込んできたのです。

けれどバレエを通して様々な経験をして、ようやく自分自身の過去と向き合えるようになって。素晴らしい友人たちも出来て…
僕は自分の心を探したいのかもしれません。その先に色んな自分が待ってる気がして…」

490 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 12:33:09.37 .net
それに、ここにきてから
空、海、山、
全ての言葉のイメージが鮮やかに塗りかわっていった。
森、道、バレエスタジオの風景も。

野菜や果物たっぷりの健康的な農園の食事、
自分の意志をしっかり持って生きる人々。

これから、自分の心がどこへ向かうかは、まだわからないけれど…。

491 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 18:26:53.47 .net
神代煌介、30過ぎのイケメンプリンシパルダンサーは
そろそろ、自分の10年後のことを考え始めていた。

他の仕事を始めるならギリギリだが、
今が一番ダンサーとして充実している。やめたくない。

現役を退いた男性バレエダンサーは、どこへ行くんだろう。

バレエ団や協会の偉い人になってる
教室開いてコンクールに入賞者をバンバン出してる

そんな華やかな話の一方で

教室開いても生徒が集まらない
仕事ないからバイトで細々暮らしてる
妻子を養えないから離婚を切り出された

はたまた、
別業界に転職して安定した生活を得た
実家が金持ちだから働く必要ない

先輩たちからは、さまざまな声が聞こえてくる。

492 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 18:27:59.91 .net
厳しい肉体的な訓練をものともせず、
選ばれぬかれたダンサーたちが
夢と情熱を抱いて、次々にプロとしてこの世界に身を投じてくる。

しかし、ダンサーのキャリアに保証も安定もない。
プロとして踊らなくなった後も、人生は続くのだ。
活躍したその後の生活は、最近まで表立って語られなかった現実だった。

数年前、かつてスターと呼ばれたダンサーが、
「奥さんの収入頼りで暮らしてる」と言うのを聞いたときから、
神代煌介は決心していた。

「結婚するなら、大金持ちの娘しかないな!」

神代の実家も、そこそこ裕福だが、
父親には学生のころから「ダンサーでは食ってけないだろう」と
ことあるごとに反対されていた。
「いまさら家を頼って親父と暮らすのはごめんだ」

493 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 18:28:31.76 .net
若いうちは、自分の魅力を利用して好きなだけ遊べばいい、
と思っていた神代だが、
最近、ちょっと地雷踏んでしまった。

「一度だけなら、誘惑されてもいいかな?
君があんまり素敵だから…」と誘ったらあっけなく落ちた女。

一度だけの遊びのはずだったのに
ある日、その女はバレエ団の玄関前で
「私をあげる〜♪」って身体にリボン巻き付けて立ってた。

前もって警告しただろう?「一度だけ」だと。
あれを、本気に取るなんて、バッカじゃねーの?
自分の容姿、実力、経済力、経歴、スペックを考えろよ!

494 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 18:30:07.88 .net
幸い事務のおばちゃんスタッフがストーカーとして追い払ってくれた。
「神代さん、モテすぎて大変ですね」

「迷惑かけてしまってすみません。
彼女には、親切心で少し指導したことがあって。

一度も、愛してるとか付き合うなんて言ってないのに、
どういうわけか、勘違いしたようです」

「神代さんが完璧すぎるのよ!
ストーカーが現れるのも無理ないわね!」

スタジオへ向かう鍛え上げられた神代の背中を眺めながら、
「ほんとに、かっこいい人だわ〜。
私も20歳若かったら…、うふふふっ」
と、事務のおばちゃんも一方的にときめいていた。

495 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 20:37:05.19 .net
城の井戸を双子の王女が覗いている。ヒナとルナである。
悪魔と人間のミックスである彼女達には魔力があり、井戸から有沢さんの様子を見守っていたのだ。

「パパ、新しい場所で生き生きしてるね」
「よかったね。一緒にいられなくて寂しいけど、パパを応援したい!」

するとルナが少し寂しげに語った。

「ヒナは羨ましい。あっちの世界でパパと楽しそうだったもん。私もディズニーランド行きたかったよ。バレエ教室行きたかったよ!
田中プリンスも素敵だった」
「ヒナ、将来田中プリンスと結婚するぅ!!」
「ダメ! 私が結婚するんだから!」

ヒナとルナは田中さんをめぐって取っ組み合いの喧嘩となってしまった。
それをデジレ王子が止めに入る。

「二人とも、井戸のそばは危険だから違うところで勝負するんだ!」
「分かったわパパ!」
「ふん! ヒナには負けない!」
「かかってきな!!」

ヒナとルナは場所を移し再び喧嘩を始めた。すると二人の魔力の暴走により井戸から轟音が響き渡り、そこから物凄い勢いで何かが飛び出してきた。

「!? 田中プリンス!!」

井戸から飛び出してきたのは田中さん…ではなく田中さんに瓜二つの村人ルイスであった。意識が戻ると見知らぬ二人の幼女に抱きつかれておりルイスは何がなんだか分からないといった顔だ。

そうしてルイスは田中プリンスと誤解されたまま、ヒナとルナと暮らすこととなった。

496 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 20:45:38.18 .net
あ、あれどうしたんだろう
長く深い眠りから覚めた気分。。。と思いながら有沢さんは我に返った。

ジェイルにいた。オーストラリアに来ていらい生活リズムと生活環境ががらりと変わり、楽しみながらも精神的にストレスも感じていたのだ。
暫く落ち着いていた病気がでてしまったのだ。
無意識に真夜中のチャイナタウンでさまよい、アジア系の未成年の春を買ってしまい、警察に捕まってしまった。

497 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 20:50:59.68 .net
有沢さんは不思議な夢を思い出していた。
記憶を失っている間必ず見るあの夢。義理の祖母に預けている娘と、天使になってしまった双子のもう一人の娘が夢の中で成長している。
ただ、現実ではあり得ないファンタジーなので明らかに夢であるが、おおらかに清く育っているヒナも少し現実離れした雰囲気で夢に登場する。
田中さんとヒナはセットで登場することについては不思議と認知し、むしろ安心できていた。

498 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 22:46:55.52 .net
翌日、有沢さんの無罪が分かり冤罪であったと釈放された。
バレエ団メンバーとチャイナタウンへ飲みに行った矢先、オーストラリアの犯罪グループの一味にしてやられてしまったようだ。
有沢さんの意識が曖昧であったのも睡眠薬投与によるもので、犯罪グループは標的を薬で朦朧とさせ金品を盗んだり、たちの悪い連中だとついでに強姦する場合もあるようだ。
警察曰く、有沢さんに絡んできたアジア系少女も、そのグループの一味で何も知らない観光客を獲物にしているらしい。有沢さんは薬物で意識が朦朧とする間、複数人に強姦されていたことが体液のDNA鑑定で発覚した。

有沢さんは釈放後、病院で精密検査や健康チェックを行い、異常がないことを確認後、無事ホストファミリー夫妻の自宅まで送り届けられた。
最初は特になんともなかった有沢さんであったが、薬で記憶は曖昧であったものの複数人に性的暴行を受けた事実が重くのしかかり、ぼーっと自室のベッドで無気力状態で倒れていた。

499 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 23:37:03.97 .net
有沢さんが過去にリストカットを繰り返した事は手首に残る傷で明らかだった。
病院からはカウンセリングを受けるようすすめられた。今回のレイプ被害のショックと、習慣的なリストカット、抗うつ剤など薬物依存、また今回の一件で有沢さんは激しいうつ状態になっていた。

500 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 23:44:43.24 .net
有沢さん夢を見ていた。
「あれ?オディールだ!黒い霧の中邪悪なスワンに囲まれてい!!」有沢さんは感覚的に自分がオディールになっていることを自覚していた。
なんだろう、この泳いでも泳いでも見える岸にたどり着けない徒労感、どうしてだろう、こんなに激しく舞ってるのに何でだろう。。」

有沢さんはけたたましいサイレンの音で目覚めた。
「大丈夫ですか?聞こえますか??」
「デジャブ?」「ボクは飛び立ったんだけど」
有沢さんは部屋の窓から飛び降りたのだった。
幸い窓の下に鳥小屋があり命に別状はなかったが、足を骨折していた。

501 :踊る名無しさん:2022/08/22(月) 23:51:05.35 .net
有沢さんは帰宅前に検査を受けた病院に逆戻りして、厳重なドアロックの病棟に入れられた。
同時に日本の有沢さんの実家には迎えに来るよう連絡が入れられた。
日本とは勝手が違い、救急車を呼んだり、入院日など莫大な費用が請求された。
それだけではなく、身内の手続いがなければ退院できず、親族の迎えは必須となった。

502 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 08:23:16.39 .net
有沢さんははじめて大きな声で泣いた。

「どうして…っ!! 僕だって幸せに、普通の生活を送りたいだけなのにっ!!」

有沢さんは運命を呪った。自分の病気のことも、理不尽な人生も、幻となった恋も、ケガされた身体も、自分を陥れるすべてのものを…
だが、絶対にこんな運命に負けたくないという悔しさが勝っていた。ある種やけを起こしていたのかもしれない。

「諦めない… 僕は諦めないからなっ!」

有沢さんの脳裏に過ったのは、アレックスをはじめとするシーサイド・チャーチ・バレエ団のメンバー達の顔。彼の新しい居場所。

「僕はそこでやっていく。日本には帰らない」

有沢さんはオーストラリアという新天地でバレエダンサーとして生きることを決意していた。

503 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:34:47.88 .net
「ケイトは何やらせても、仕事が丁寧だな!
倉庫の掃除を頼んだら、こんなにぴかぴかに!
日本人はみんなそうなのか?」

ジョーンズ夫妻には何かと良くしてもらっていた。
オーストラリアの空はどこまでも広く、
西に沈む夕日は、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。

504 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:38:12.81 .net
「ケイトはすべてのステップが正確だな!
俺の知ってる日本人ダンサーもみんな丁寧だったよ。
慣れない言語のせいか、ちょっとシャイな印象だったけど」

団長のマイケルは有沢さんのキャスティングを考えていた。

505 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:42:04.24 .net
「ケイト、来た時よりも調子よさそうだね!
それに伸び伸びと踊るようになったみたい」

「うん、ここの気候が合ってるみたいだ」
有沢さんはすがすがしい気持ちでレッスンに臨んでいた。

506 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:46:02.00 .net
18世紀の小国、
ある朝、公務が行われる謁見の間にはデジレ王子もいた。

「王子様、英国では土壌改良など新しい農法が発明されていると聞きます」

「早速、我が国にも取り入れよう。農民も楽になり、国も潤う」

「プロイセンの王は、啓蒙思想を唱えているようです。
拷問を廃止し、宗教の寛容令などを出すようです」

「フリードリヒ2世は、理性的で論理的な考えをなさる方。
我が国も時代遅れの考えは刷新せねばならない。

スペインの様子はどうだ?」

507 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:46:14.37 .net
「ハプスブルグ家は断絶し各地の継承戦争のあと、
フランスのブルボン家が引き継ぎ、表面上は落ち着いています」

「うむ、フランスはどうだ」

「ルイ15世の噂の妾のポンパドゥール夫人、
政界にも口出ししているようです。
『鹿の館』のことはお耳に入っていると思いますが」

「フランスは、ずいぶん乱れたものだ!
ヨーロッパでやりたい放題だな。
我が国は名もなきお伽話の国だが、民が幸せであることを第一だ」

「王子様はご立派でいらっしゃる」

その隣で、国王は険しい顔をして役人と国の宗教について話していた。

508 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:48:05.80 .net
ジュニアの夏のコンクールも終わり、紗江子は教師として久しぶりの休暇、
バレエ団時代の旧友たちと小旅行に出かけていた。

指導者が集まれば、話すことといえばバレエのことだ。

「このところ、コンクールも増えてきたわねえ」

「この前のコンクール、出場者多すぎて、同じ演目が続くと、
もう〜、眠くて眠くて〜。
最初と最後じゃ点数も違ってくるんじゃないかしら」

「苦労して公演打って、チケットさばくより
安定したビジネスにもなりそうよね。
公に評価されると親も躍起になるし」

「コンクールがもっとも盛んなのはアメリカと日本、
つまるところ、養成学校から劇場へ就職っていう、
伝統もシステムもない国じゃない?

海外では南米の子が海外進出の足掛かりとして出てくるのも増えてるみたい。
彼らの決意や覚悟はすごいわ。
試しに出てみました〜という甘っちょろい考えの子はいない」

509 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 09:50:01.67 .net
「同じ踊りばかり練習すると、バランス悪くなるわよね。
コンクールで練習した側はできるのに、
反対側させたら、左右差のひどさに愕然としちゃった」

「結果がお友達より悪かったら親のほうが怒っちゃって。
うちの子は才能がないのでやめさせます!ってすごい剣幕だった。
13、4歳なんて、その先、まだわからないのに」

「うちでは、発表会に出たくないって言いだした子がいたのよ。
長時間、リハーサルやって群舞やりたくない、
コンクールでソロの練習だけしたいって。さすがにそれはちょっと…」

「技術の向上には、強力なモチベーションになってるから、
これからもコンクール流行ると思うわよ。
それが指導者の評価にもつながるし」

「劇場のバレエよりも、コンクール戦国時代って感じね」

510 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 10:04:04.17 .net
「都心ではあきらかにバレエ教室が多すぎて
教室あたりの子供の数を減ってるわね。
ちょっと良い家の子はみんな中学受験だし」

「だからうちも、とうとう大人バレエクラス始めたのよ。
自分の意志で来た人だから、みんなすごく熱心なのよ」

「最近、大人のバレエ、すごい勢いで増えてるわよね。
フィットネスクラブで習ってたっていう人も来たわ、
うちの教室では、もう中高生の数より大人初心者のほうが多いのよ。
ちょっと前には考えられなかったことだわ」

「バレエ界、どんどん変わってくわ。良い面も悪い面も」

511 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 10:15:55.76 .net
「黒崎では素人男性が増えてきたのよ。成人になってから始める人もちらほら。
数が少ないもんだから、どうしても目に入っちゃって
ちょっとできそうな人ならビシバシ指導、
できそうもないから諦めてスルーするか、どっちかになっちゃうわ」

「男性が増えるのは、いいことじゃない?
うちでは、運動生理学の研究者という40代の男性が習いにきて、
一度断ったけど、プライベートレッスンで1年くらい続いたかしら。
だいたいわかった、って言ってある日パッタリやめちゃった」

「踊れるというレベルまで続けるのは大変よ。子供でも」

「うちは来られても困るかなあ。大人クラスないもの。
中高生女子ばかりのクラスには入れられないし、
小学生女子のクラスはもっと無理〜」

512 :踊る名無しさん:2022/08/23(火) 15:52:27.18 .net
「ねえオーロラ姫! パパのところいってもいい?」

継母のオーロラ姫とパイを焼いたヒナとルナがデジレ王子に食べてもらいたいと謁見の広間へ入ろうとした。

「まだダメ。パパはお仕事中なんだから! それにバレエのレッスンがあるのだから準備をしなさい。先生がいらしてるわ」
「はい!」
「うっす!」
「ヒナ。なんですかそのお返事は」
「田中プリンスが言ってたのぉ〜」
「彼のマネしたらいけませんよ! お姫様らしくしなきゃ!」

オーロラ姫が注意すると双子が騒ぎながらレッスン室へと駆けだしていった。

「こらこら王女様方! 危のうございますよ!」

年老いた侍女が慌てて双子を追い掛けた。
オーロラ姫は困った表情で二人の小さくなっていく背中を見つめ小さくため息をついた。

513 :踊る名無しさん:2022/08/24(水) 00:27:48.42 .net
広いレッスン室にはヒナとルナ、そして男性のバレエ教師、バイオリン奏者、侍女がそばで見守っている。

「それではお辞儀から。1番ポジションに立って両膝を曲げます。頭は少し前に傾ける程度で深くはしないでくださいね」

ヒナとルナは自分なりにやってみた。二人ともぎこちない感じである。

「そんなに力まないで大丈夫ですよ。肩はリラックスして両腕は視界に入る限界ぐらいまで開いてください。高さは腰の位置で」

「ねえこれ本当にバレエ? ヒナのいってたバレエ教室の踊りと違うよぉ! 靴もかかと無いもん!」

ヒナは不満そうに口を尖らせた。

「バレエってこういう風にグルグル回ったり! 脚高くあげるんだよ! こうやってジャンプも!」

ヒナは東京でみてきたクラシックバレエを思い出しながら、有沢さんがディズニーランドでやっていったアラセゴンターンや、デヴェロッペ、グランジュッテなどをはじめた。

「王女様! はしたないですよそんなっ!」

ドレスがフワッとなって、ヒナの足が丸見えになったのを侍女が慌てて止めようとした。
当時のヨーロッパの女性にとって、足をみられることは恥ずかしいこととされていたというが、ヒナにはそういった羞恥心は無かったのだ。

514 :踊る名無しさん:2022/08/24(水) 22:37:11.46 .net
「ナナ先生はイギリス、有沢さんはオーストラリアに行っちゃったなあ〜。
俺もそのうち海外のバレエ団に迎え入れられたりしないのかな〜」

田中さんのつぶやきに、周りにいた人は

「それは絶対にない!ありえない!」

という顔で首をブルブル振っていた。

515 :踊る名無しさん:2022/08/25(木) 23:01:01.97 .net
黒崎ではボーイズ基礎クラスが開かれていた。
膝が曲がっていたり姿勢が悪かったりきちんと5番に足が入らないおじさんたちで溢れているのは最早いつもの光景だ。

紗江子は目の毒にしかならないわと、一切スタジオに近付こうとしないのだが、この日は担当講師の諏訪がゲストで公演に呼ばれており、紗江子が担当することとなった。

「なぜ私がこんな人達を指導しなきゃいけないのよ!」

内心で愚痴をこぼしながらも仕事であるためやるしかない。
ボーイズ基礎クラスには次のジュニア対象のボーイズクラスとを掛け持ちしていた有沢さんも来ていたが、その彼がオーストラリアのバレエ団に入団してしまったため
特別に力を入れて指導したい生徒もいない。

516 :踊る名無しさん:2022/08/25(木) 23:37:44.34 .net
紗江子が一番後ろの列まで目をやると有沢さんにそっくりな男性がいた。
「あれ?どうしたんだろう、幻覚かしら??」
そこには有沢さん本人がいた。
有沢さんはオーストラリアでトラブルに見舞われ家族が引き取り帰国していた。
暫くはリハビリも兼ね、慣れ親しんだ黒崎にも通い社会復帰の為のステップを踏んでいた。

出国直前まで催眠療法を受けていたドクターからもすすめられ、信頼のおける田中さんのサポートを借り、バレエを続けることにした。

517 :踊る名無しさん:2022/08/25(木) 23:39:49.20 .net
何事も命あってた。このままじゃ終わらない。
有沢さんは何度も何度も自分に言い聞かれていた。

518 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 01:00:28.92 .net
「有沢さん、あなたいつ日本に帰国したの? バレエ団は?」
「一週間ぐらい前です。あっちで色々あって一時的に帰国しています。調子が戻ったらまたオーストラリアに戻る予定ですよ」

紗江子は正直、素人のおじさんたちばかりと気分がだだ下がりであったこともあり、有沢さんがいてくれて嬉しくもあった。
高瀬蓮にも引けを取らず身体条件もクラシック向きで、若くてハンサムな男の子を指導できるとなれば、紗江子のテンションもあがる。

「そうだったのね。大変だったでしょうけれど私が指導するときは厳しくするわよ。バレエ団員なら尚更」
「ありがとうございます。紗江子先生」

紗江子先生は相変わらず変わっていない。それがなんだか妙に嬉しかった。

519 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 10:51:45.32 .net
「あら、有沢さんのまわりの空気が変わってきたわね?」
才能のあるイケメン生徒の変化にはめざとい紗江子。
わずかな違いにすぐ気がつく。

「最初のころは、白タイツを嫌がるし、シャイすぎるし、
集中力がすぐに途切れて、ふわふわした人だったのに、
目がしっかりしてきて、人間っぽくなってきたわ」

「人間っぽくって…」
有沢さんは、ようやく自分のやりたいことが見えてきたようだ。

それを聞いた田中さん、
「紗江子先生〜!
俺にも最近、目覚ましい成長を感じませんかっっっ?!」
と紗江子に聞いてみたものの、
冷ややかな目でスルーされてしまった。

520 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 12:17:28.21 .net
爽やか青年鈴木君は廊下ですれ違ったマダムクラスの一団を不思議な気持ちで眺めていた

あの人たち・・・歳とらないよね・・・年齢相応って何だろうなぁ
中には若返ってるように見える人もいるんだ、ハルさんとか

お肌の張り色つやくすみ具合は20代とは全く異次元に違うけど
バレエですか?って言われると日舞かなって感じの人もいるけど
謎は深い

521 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 12:21:00.85 .net
「下手な踊りを何度繰り返しても、下手に踊るのが上手くなるだけ!」

「一回一回、どこか一部分でも改善させて、ベターな動きを見せて!」

紗江子は声を張り上げる。
まったく!ここは野生動物園なの?!

バレエの何たるかを学ばずに育った男たち。
せめて、見た目が美しいとか、音楽がわかってるとか、
ポジションなり、方向なり、きっちり考えてるとか、
何か少しでも光るものがあれば、指導しがいもあるんだけど!

この前の小旅行で話したバレエ団の旧友は、
「大人は1ミリでもうまくなって満足すればいいのよ。
なんなら、ざっくり指導で『いいわよーオッケー』って言いながら
がんがん動かしてたほうが評判いいわよ?」
って言っていたが…。

「有沢さん!クロワゼの前脚プリエも、もっとターンアウトできる。
正面からごまかせる角度だけど、だからこそ手を抜かない!」

522 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 13:22:59.38 .net
日曜のオープンクラス制のボーイズクラス、ボーイズ基礎クラスでは、外部から多くのプロを目指す男子や初心者男子、素人おじさんたちが集まってくる。
ボーイズクラスは男性特有のパを学ばせるため、ある一定の経験や年齢以上が参加条件として決められているが、
基礎クラスは実質肩身が狭い思いをしている男子たちや男性達の唯一集中してレッスンできる場としての意味をなしていた。
それ故男性であれば誰でも受講が出来る。

大人バレエの需要が高まる昨今でも、男性不可の教室やカルチャークラスは多い。通えたとしても、素人おじさんへの目は冷たい。
そうした背景もあってか、ボーイズ基礎クラスの素人おじさん率は高まっていた。

必要があって通う男性もいれば、元々筋トレや運動に興味がありジムやスポーツクラブからバレエを習い始めた男性もいるため、
中年太りの素人おじさんは少数であったが、使う筋肉や質が違う故に全くバレエになっていない。

523 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 13:31:35.54 .net
「ここはやめた方がいいわね…」
「この下手くそなおじさん達の中で習わせるのは寧ろ悪影響だわ」

素人おじさんたちに混じってレッスンを受けるちびっ子バレエ男子を見守る見学席の彼等の母親たちは苦言を呈していた。

「黒崎では別名素人おじさんクラスって呼ばれてるみたいだし、正規のボーイズクラスに参加できるようになるまで自分のとこの教室でじっくり見てもらった方がいいかもね…」
「チケットも安くはないもの」

524 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 18:32:50.06 .net
「...そういうことだから、紗江子先生の耳にも入れておきます。念頭にお願いしますね。」

紗江子は黒崎のマネジメントから呼ばれ、有沢さんについて知らされてた。
向うでトラブルに見舞われ、今後オーストラリアでのVISAは厳しいだろうとのこと。
また、暫く黒崎ではリラックスできる環境でバレエを続けるが、持病があるためストレスを与えるようなレッスンは控えるようにと厳しいお達しがあった。

「何があったかは分からないけれど、有沢さんは優秀な生徒だから暖かく見守ります。」
と告げた。

525 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 18:35:53.42 .net
有沢さんの実家からは貧しい家庭の子供のために、という名目で多額の寄付金があり、才能あるバレエボーイズという8歳から13歳までの少年を対象とした基金が作られた。

526 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 18:41:14.42 .net
センターレッスンになり、アダジオが始まった。
ゆっくりな音楽にのりながら、長い脚を伸ばし高くあげても軸足を一切ブレさせない。更に上半身をしなやかに動かし優雅に踊る有沢さんの姿は、一際目を引いた。

「有沢君はいつみても綺麗でうっとりするわ。毎回来てくれたらいいのに」
「そうそう。紗江子先生が熱心になるのも分かる。息子も凄く刺激受けてるみたいだし」

その周りでおじさんたちはアンディオールしていない足で必死に頑張っていた。
バランスがそもそもとれないおじさんたちもいれば、とれてはいるが膝が内向きになったり曲がったりで御世辞にも上手いとはいえないおじさんたちもいた。

そしてクラス終了後の更衣室。一部のおじさんグループがお喋りをはじめた。

「ふ〜! 今日も沢山汗かいたな〜」
「お疲れさん! にしてもあの有沢ってやつ、上級者なんだしこなくていいよな。先生も殆どアイツしか見てなかったろ」
「素人相手にマウントとってるんだろ。俺達にみせつけてえんだよ。上級者は上級者のクラスにいけってんだ」

男子更衣室はおじさんグループの妬みひがみの負のオーラが充満した。

527 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 21:07:04.72 .net
「しかし、プロダンサーとして海外へ単身わたって踊るのに
レッスンのストレスでおかしくなるようなメンタルでやってけないだろー。

優秀なジュニアたちだって、さまざまな理由で数年たたずに
帰ってくる子はいっぱいいるのにさ?」

528 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 21:12:57.15 .net
「国内だって、観るバレエファンは辛辣だよ。
ほんのちょっとした一つのミスを、大げさに批判するんだぜ。
一挙手一投足が、商品なんだから。
そんな生活、メンタル強い人でなきゃすぐやめちゃうよ」

「それとも、下手なおじさんの中で
いーこいーこじょーずじょーずって言われながらじゃないと、
バレエ続けられませんってか?」

529 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 21:26:03.00 .net
その後、有沢さんは、紗江子にほとんど声をかけられなくなった。

「紗江子先生、前みたいに、ジュニアと同様に、厳しく教えてくださいっっ!
ここで、紗江子先生にまで病人扱いされたくないです!
今からでも、プロの集団に入りたいと思ったのに、
『無理せず楽しんだら?』って、まるで…まるで…
ダンサーとして自分の限界を極める資格を失ったようで…」

有沢さんは、心の中ではそう訴えたかったが、言うことができなかった。

530 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 22:01:11.75 .net
先日放映された『バレエの王子になる!〜素人バレエボーイズの夏〜』

その番組に触発され、
また一人の素人男性が黒崎バレエアカデミーの門を叩いた。

仔犬のような童顔の男子大学生、柚本未来(ゆずもと・みく)
小学生のとき週2回、普通の町の教室で習った経験がある。

有沢さんのように大きなスクールで週5回レッスンして全幕主役、
という本格的な経歴ではない。
7年のブランクの後には、ほとんど初心者になっていた。

柚本さんは、小さいころから
「なよなよしてて、女の子みた〜い」
とかわかわれてきた。
生まれつきの線の細さがコンプレックスだ。

531 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 22:03:01.16 .net
柚本さんは華奢な身体を変えるために、中学ではサッカー部に入り、
少しは鍛えてみたものの
「お前、シュートしながら踊ってんじゃねーの?」
と仲間によく言われた。

良く悪くも動きが軽く、地面を踏みしめる力が足りない。
力強くボールを蹴ろうとしても、
無意識にふわっと舞い上がってしまう。

大学で社交目的のテニスサークルに入ってみても、
やはりラケットを振ると、
「ユズくん、それ、踊ってるよね?」と
女子学生にクスクス笑われた。

身体を動かすことは大好きなのに
しっくりくるものが見つからないまま時は過ぎていた。

532 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 22:05:49.07 .net
そこで、たまたま目にしたのがTVの特集番組で映し出された
素人バレエボーイズたちの姿だ。

柚本さんよりも、バレエ歴の浅い素人男性でもバレエをやってるのを見て、
さんざん悩んだ挙句、大学の数駅先にあった黒崎バレエアカデミーにやってきた。

「あの…、すみません…」
「はい!なんでしょう」

受付のお姉さんは、可愛い顔の青年、柚本さんに笑顔で応じた。
田中さんが初めて来たときとは、ずいぶんと態度が違う。

「バレエを習いたいのですが…」
ちょっと恥ずかしそうにもじもじ言う。
「小学生のとき少し習ってましたけど、
今では、ほとんど踊れないので、ついていけるかどうか…」

「大丈夫ですよ!
大人初心者クラスやボーイズ基礎クラスなら初心者も多いので。、
ぜひ、見学や体験してみてくださいね!」

受付のお姉さんは、親切にパンフレットの説明を始めた。

533 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 22:33:02.00 .net
有沢さんには、バレエの先生が指導をぱったりやめる光景に覚えがあった。

毎回、脚が痛い、肩が痛い、首が痛い、と愚痴りながら腰をさすっていたマダムに
ナナ先生が一切触らなくなり、ほとんど注意もしなくなった。
「無理のないようにどうぞ」と笑顔で言うほかは何も言わなくなった。
何か言ってそれが害になる可能性があるなら、
先生も、そうするより他にはない。

誰かが、僕に指導しないように言ったのだろうか?
10年のブランクを高速で取り戻してきた日々が突然中断され、
勢いが奪われてしまうようだった。

534 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 23:15:09.79 .net
「大丈夫かい?ケイトくん」
高瀬蓮が優しく声をかけた。

「僕はできなくて辛くても、厳しいこと言われても、
踊りたい、上達したい気持ちのほうが絶対的に強いから、
レッスンにストレス感じるなんて、正直、わからないんだけど…」

「僕だって!僕だって!同じだよ!
もう二十代半ばで、ブランクも長くて、上達するにも時間がないんだっ!
ここでまたしっかりレッスンして渡航するつもりだったのに、
それなのに、それなのに、毎回、邪魔ばっかり入ってっっっ…」

「まあまあ…焦らずにやろう。
ケイトくんは、僕なんかよりずっとアドバンテージがあるんだから」

535 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 23:33:21.82 .net
有沢さんは新宿にある昭和レトロなお洒落な喫茶店として有名な珈琲店に一人入った。
木のドアを開けるとチリンチリンと鈴の音と、コーヒーの香ばしいかおりや煙草のにおいが混じったオレンジの照明の薄暗い店内が現れる。
有沢さんは二階へあがり、そこのカウンター席に腰をおろした。今日は珍しく客は少なく、数人いる程度だ。
有沢さんはこの喫茶店を気に入っておりたびたび足を運んでいたのである。

「アップルパイとアイスティーで」

早速注文をすると、丁度近くの席に客が座った。ふとそちらに目をやると、そこにはナオミがいた。此方には気付いていないようだが、紛れもなく彼女である。
肩の見える首もとまでの黒のワンピースに銀色のイヤリングが光る。黒い服は彼女の白い肌を一層引き立たせた。きっと白い服の時よりも艶やかかもしれない。

「え? …有沢さん……?」

彼女がコーヒーを注文したとき、自分をみる視線を感じたのか、ナオミが有沢さんの方に気がついた。有沢さんは少し慌てるが、軽く会釈する。

「奇遇ですね? よく此処へは?」
「ごくたまに…。こうして一人になりたいときとか来るんです。家族といると少し息苦しいと感じることもあるもので」
「そうでしたか、僕もそんな感じです…」

有沢さんは苦笑いをした。

「何か…ありましたか……?」

536 :踊る名無しさん:2022/08/26(金) 23:45:48.19 .net
これは本当にたまたま偶然であったが、新宿で一人ショッピングをするときに行っている喫茶店に、有沢さんがいたことにナオミはちょっとした驚きと喜びを感じていた。
けれど、その彼が元気がなさそうに見えるのだ。

「言えなかったらいいんです。無理に言わなくても……。
で、でも有沢さんに会えて良かったです。最近ベルベットにもいらっしゃらなかったんですもの。心配していました」

ナオミは少し顔をうつむき加減で言った。

「ありがとうございます。水野さん…」

有沢さんは微笑んだ。最初であったときは無愛想で冷たい感じの女性に見えていたが、デュエットでパートナーになりお互い関わるようになってから彼女の優しさを感じるようになっていた。

537 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 00:02:05.26 .net
そして気がつけば有沢さんとナオミの会話は弾んでいた。
有沢さんはオーストラリアに行ってとある地方のバレエ団で活動したこと、農場での生活や仕事でのこと、
ナオミはベルベットでの話題や家で親が結婚しろと煩くお見合い話を頻繁に持ち掛けられ、水族館でのデートのお相手もその一人であったこと、そしてお互いが抱えてきた悩みまで…。

「コーヒー冷めちゃいました」
「僕もアイスティー、氷全部溶けちゃいました」

二人はお互いの顔を見て笑顔を見せた。有沢さんはさっきまでの落ち込みようが嘘であったかのように晴れやかな表情だ。

「先生は有沢さんのこと心配なさっているんです。元気に踊られるあなたをみたらきっと安心なさると思います。

それに有沢さん…。
私、有沢さんの踊り、本当に好きです。だから自信を持ってください」
「水野さん…」

有沢さんは顔を赤らめた

538 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 00:26:20.68 .net
有沢さんの家族の度のすぎた過干渉は昔からのことだった。
父親はなんでも大金を積んで解決しようとするし、
母親は姉たちは、有沢さんの意志を確認もせずに
先回りして行動を制限をする。

「私がいなければ、この子はダメになる」という過干渉な存在のもと育った子供は、
自信がない、自主性がない、自分で解決できない、
結果、ストレスに弱いという特徴がある。

度重なる医師やカウンセラーの忠告を、家族の誰も聞き入れはしない。

しかし、有沢さんもいい歳だ。そんな呪縛から逃れ、
自分に自信を持ち、自分の力で生きていたいと思っていた。

539 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 00:34:04.54 .net
二人は喫茶店をでた後、このノリのままカラオケボックスまねきニャンコに入った。
大きな声を出して歌うと良いストレス発散になるらしいというナオミの情報で有沢さんが誘われる形であった。

有沢さんはオタクが好きそうなアニメソングを歌いまくり、しかしそれがやたら上手いためナオミを驚かせる。

「とてもお上手…」
「水野さんだって」

お互いを褒めあいながら二人で二時間ほどカラオケを楽しんだ後、夕飯も一緒に食べるという流れになった。
カラオケボックスで飲酒をしたためか、ナオミも少々積極的になっている。

「東京タワー近くのホテルなのですが、そこの料理がとても美味しいんです。美味しいものを食べればもっと元気になりますよ」

そう、あくまでも有沢さんを元気づける為なのだ。それなのにどうしてこんなにも嬉しいのだろうか。
ナオミは心の奥で喜ぶ自分に罪悪感を抱きつつも、抑えることは出来ない。

そして辺りはすっかり暗くなり東京タワーがオレンジ色の光に染まった。二人の目の前に聳えるそれは夜の闇の中をロマンチックに照らし出す。二人の瞳がその光を反射しキラキラ輝いていた。

『有沢さん…きっと私は、あなたが思うような純粋な女じゃないわ。
だって私は、あなたの為にと言いながら結局自分の為に…。私“が”、あなたとこうしたかったんだわ……』

540 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 01:33:26.41 .net
「へえ、有沢さんのお姉さんが怒鳴り込んできたの?」

代表の十文字と教師たちは驚いていた。
まれに、「うちの子が冷遇されてる」と怒る保護者や
「うちの子に良い役を」とお金をちらつかせる保護者はいないことはないが、
在籍期間も短い二十代半ばの大人生徒の家族が
アカデミーの指導にまで口出ししてくるなんて、前代未聞だ。

「『うちのケイトは些細なプレッシャーで簡単に精神がおかしくなるので、
指導しないでほしい』んですってよ」

「それが本当なら、今後腫物に触るような扱いしかできないわね」

「せっかくオーストラリアでやる気になってたのにね」

541 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 03:49:51.88 .net
「ゆっくりやりましょう!」
有沢さんは催眠療法を再び受けていた。
彼の問題は想像以上に根深くバレエを止めてしまった当時の問題が関わっている。
必要以上に干渉する家族もそういった背景からだが、事情を知らないまわりは面白可笑しく噂した。
傍からどう映ろうと有沢家では一丸となって彼を支えていた。

「そうなのよママ、ケイトは海外は無理だわね。
「ええママ。オーストラリアであんなことになってしまい、再入国は無理でしょうね。
回りの事は今更気にかけても仕方がないわ!無視するしかないわよ!!
せめて私たち家族でケイトを支え守りましょう
病気とはそういうものよ。先生もおっしゃってたじゃない。。。」

542 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 05:54:16.13 .net
ヘリコプターペアレンツどころか、
家族そろっての、過干渉のヘリコプターファミリーだ。
大人になっても変わらない。

ストレスで精神に異常が出ると言われたら、もう指導もしようがない。
これまでは上級者として、有沢さんには他の人には言われないような
細かいダメ出しもしょっちゅうされてきたが、
もはや先生たちは誰も有沢さんを特に指導しようとしなくなった。

「はい、いいですよ」「無理しないで」と言うだけだ。

543 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 06:01:27.34 .net
自分の家族は、バレエとバレエダンサー、それに僕を見くびりすぎてる。

話を聞いたとき有沢さんは顔から火が出る思いだった。
大人として在籍一年もみたない教室に家族が出過ぎた真似をするのも
死ぬほど恥ずかしかったが、
見当はずれにもほどがある。バレエのことを何にも知らないくせに。

自分の居場所まで自分のバレエまで
「あなたのため」と称して奪っていくんだ。
あの人たちはいつでもそうだ。

544 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 06:14:58.10 .net
「催眠療法の先生の言うことを信じましょう」
「あの催眠療法の先生だけよ!家族は悪くない、と言ってくださるのは」
「1時間3万円もするだけあるわね」
「病院のヤブ医者や心理カウンセラーとは違うから」
「ケイトは特殊な病気なのよ。そのへんの医者ではわからないのよ」

有沢さんのどんよりとした気持ちをよそに、家族は盛り上がっていた。

545 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 06:33:45.79 .net
水野ナオミとオレンジ色に染まる東京タワーを前にしているときに、
有沢さんの携帯電話が鳴った。

「はい」
「ケイト!どこ行ってるの!もう心配で心配で…!
今から迎えに行くわ!お酒は絶対ダメよ!」
「はい…」

有沢さんはため息をついた。

546 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 08:46:53.55 .net
ホテルの最上階のスカイラウンジから東京の夜景を一望すれば、
昼間は騒がしい人々の声も、自分の悩みも、
無数の小さな光の粒のようにちっぽけなことに思えた。

「今日は、楽しかったよ、水野さん。本当に」

「ええ、私も楽しかったわ。お食事つきあってくれてありがとう。
この夜景を見たかったの」

特別な誰かと、と言いかけて、ナオミは口をつぐんだ。

「…本当は…」
有沢さんは、言うかどうか迷ったが、言わなければ後悔しそうな気がした。

「本当は、君を誘いたいんだ。男として」

水野ナオミの澄んだ瞳が有沢さんを見つめる。

「でも、今、僕はそういう状態になくて。
水野さんを面倒なことに巻き込みたくないから…」

「いいの。本当は、私のほうが有沢さんを誘いたかったの」

ナオミは微笑んだ。

親が行った身辺調査で有沢さんの様々な問題は知っている。
お見合い相手の九条はナオミを気に入り、ぜひ、話を進めたいと申し出てきている。
これは、最後のささやかな思い出だ。

547 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 08:48:07.26 .net
惹かれ合ってるのに、どうやっても合わないパズルのピースのように、
もどかしい気持ちで、二人はホテルの前で黙ったまましばらく見つめ合っていた。

そのとき、けたたましく車のクラクションが鳴った。

「ケイト!」

二人は車のほうを振り返った。

「どうしたの?心配で心配で、いたたまれなくて車を走らせてきたわ!
なあに?お酒飲んでるの?あれほどダメだって!」

「シャンパンを一杯飲んだだけだよ」

「新宿からすぐ帰るって言ってたのに!早く帰りましょう!」
有沢さんの姉は、水野ナオミのほうをキッときつい顔をしてにらんで
有沢さんを車に押し込んだ。

「家族一丸となって、ケイトを支えているのよ!
夜は勝手に歩いちゃダメ!」

有沢さんは助手席で目頭を押さえた。
「頼むから、少し、静かにしてくれない?」

548 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 09:00:40.31 .net
浮気野郎○ね!

549 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 09:07:36.31 .net
カラオケを楽しみ、東京タワーが見えるホテルの最上階のレストランで食事した。

それだけの思い出だ。

別れの瞬間も台無しにされてしまった。

550 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 09:08:01.53 .net
「有沢殿は、軟弱にもほどがあるでござる!」

(ござる…?)
鈴木さんと中村さんは顔を見合わせた。

(田中さんは、また何か始めたのか?)
(さあ?今日は、武士みたいだな?)

「想像してごらんなされ!
恨みを募らせ、命も、家も、家臣の生活も、
すべてなげうって刃傷に及んだにもかかわらず、
敵を討ち損じ、切腹を命じられた浅野内匠頭の無念を思えば!

これしきの基礎レッスンごときにストレス感じるとは、
武士としてのファイティングスピリットの欠如でござろう!」

(???どうしたんだろう、田中さん、いつも変だけど今日は一段と?)
(きっと、あれだよ。南仏出身の振付師の忠臣蔵を題材にしたバレエ)

「そういえば、この作品も現代の青年が元禄時代に
タイムスリップする話であったのお〜」

田中さんは窓の外を見やると、一本の電柱が見えた。

「あれは…、電柱でござるっ!電柱でござるぞっ!」

と叫びながら、すり足で廊下を小走りに去っていった。

(今日も田中さん絶好調だな)
(有沢さんもあのくらいノーテンキならよかったのにね)

551 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 09:17:23.30 .net
浮気野郎!

552 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 09:48:11.32 .net
なんで食事だけで浮気?
迎えに来たのは姉だし

553 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:02:04.64 .net
>>552
水野ナオミのことかね?有沢さんは恋人いないけどナオミは婚約者いるし

554 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:18:32.22 .net
「ええママ、またケイトの心の中で物語ができてるみたいなの。」

『しかたないわよ、持って生まれた精神疾患で本人の自覚がないのだから。
子供の頃は騙し騙し診察を受けさせたり自由にさせていたけれど。。。ママどうしても特別施設に入れたり隔離したりは嫌なのよ、もう何度も話し合ったじゃない』

「その結果が早熟過ぎる恋愛や奔放過ぎる恋愛じゃない、ママ!ケイトは何事ものめり込むしそうなると手に負えないわよ
だって心中騒ぎの時も、ヒナが生まれた時も、真夜中のネオン街俳諧の時も本人覚えてないんだから
私たち、十分すぎるカサンドラよ!」

555 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:20:26.53 .net
>>554
×俳諧 〇徘徊

556 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:52:59.76 .net
犯罪や精神障害ネタいい加減にしてよ

557 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:57:00.91 .net
ダメな弟がいないと私たちの存在価値ないんだから
ケイトに自立や成功されると困るのよ。。。

558 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 11:57:53.07 .net
>>556
流石に毎回それは疲れる
有沢さんが気の毒に思えてくる。
オーストラリアのバレエ団で活躍するストーリーもみたかったのに。

559 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 12:00:37.16 .net
どこかのスレにやたら刑務所言う人がいたね

560 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 12:02:37.71 .net
おじさんと食事おえーっ!ギャラ呑み

561 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 12:07:54.49 .net
有沢さんは一人部屋の中で、東京タワーのあかりに照らされる艶やかなナオミの微笑みを思い浮かべていた。

有沢さんは恋愛トラブルに巻き込まれることはあったが彼は本当の意味で恋を知らなかったのだ。共依存ともいえる状態であった。
だがナオミと出会い人生ではじめて一人の男性としての恋を知ったのである。

「水野さん…」

有沢さんは呟きが切なく零れた。
彼女には九条という立派な婚約者がいる。お互いのためにも身を引かなければならない。

562 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 12:08:59.11 .net
有沢さんも水野さんも25歳独身だが

563 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 12:10:29.94 .net
>>560
有沢さんは20代半ばでおじさんではないですよ?ナオミも年齢的にはそれぐらいか少し年上の印象。

564 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
33階のレストランから有沢さんと見た東京の輝く夜景は
ひとときの夢のようだった。
燃えるように輝くオレンジ色の東京タワーと
それを眺める彼の顔の美しさに言葉を失い、それを心に焼き付けていた。

水野ナオミの有沢さんに抱いた恋心は、最初からかなわないものだとわかっていた。

見合いを迫る親に「ちょっと気になる人がいる」と言ったら、
親が有沢さんの身辺を徹底的に調べ上げ、家系的に問題があることが判明し、
付き合う以前に終わったのである。

「有沢さん…」

水野ナオミは一人部屋で、ベルベットの舞台の
雪のシーンの舞台写真を見つめながら、きゅっと唇をかんだ。

565 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
ジャケットのポケットに手を突っ込んだとき、何かに触れた。取り出してみると銀色のイヤリングが片方だけ入っていたのだ。
これはナオミがつけていたものだ。だがいつの間にポケットに入っていたのだろうか。

「水野さんに返さないと…」

そう思い連絡しようと、連絡先交換時に渡された名刺を取り出した。そしてメールにイヤリングのことを書いて送信した。
そしてしばらくもたたないうちに返信が返ってきた。

「ありがとうございます。明日夜8時。JR新宿駅東口でお待ちしています」

再びナオミに会えるのが嬉しかった。本当はあのとききちんと別れたかったのに、挨拶さえ出来なかったのだ。

566 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
見合いっていつの時代のお話?

567 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
>>566
20年前の設定

568 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:26:08.33 .net
>>556
おかしなファンタジーからの修正でしょ
変な方向に話がいっちゃってるんだから仕方なかったんでしょ
それに一般素人がいきなりオーストラリアでプロとかおかしすぎる
どう考えても妄想の世界

569 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:34:18.09 .net
有沢さん別に一般素人ではないからな。
中学生にして眠りの全幕主役を踊った元天才バレエ男子な訳で。
流石にマリーンスキーに入ったとかならとんでも設定だけど、オーストラリアの田舎の小さな地元バレエ団なんだしさ…

570 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:35:35.53 .net
オーストラリアをバカにすな

571 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:35:40.09 .net
ポケットにイヤリングは不倫匂わせ女の手口だったね
相談女っていうのも出現させないと、下半身で物事を考える男の人生には不可欠
わかってはいるけど、騙されたフリをするのが男っつうもんだってな
ただやりたいだけの男女、未遂に終われば食事だけなのに不倫になるの?って馬鹿だよね
食事からベッドイン期待してるくせに、綺麗事言ってるよ

572 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:38:41.76 .net
子供が、子供時代の天才が、当時未成熟な子供の体で全幕おどったってさ〜14,5歳のだよ、
そこでバレエ止めて
10年上たって練習してプロになれるなんて馬鹿にしてる、漫画でもないから
サーカス団で体動かしてたんならまだ漫画でもありそうだけど

573 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:44:20.96 .net
そもそもスレはカオス設定ありだし
ファンタジー世界と現世が存在しているってだけで、突然の犯罪やら精神障害ネタよりずっといいわ。
ファンタジー世界とてバレエ作品二次創作やバレエ史ネタなんだから正直必要以上に現世と関わらなければよくねとも思ってるし。
今のところ直接的に関わってんの有沢さんとヒナぐらいじゃん。

574 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:45:13.09 .net
ありえない

575 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:45:30.58 .net
有沢さんと水野ナオミは歌舞伎町のホテルにいた。
「今日のあなたはまるで別人のよだわ。こういう大人のドライな関係に憧れていたの。私が結婚しても会ってくれる?
これからは個別にバレエ指導してあげる!」

576 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:48:18.78 .net
ドライな関係(笑)

577 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:50:15.70 .net
「悪い子だなあ、お仕置きするぞ!〜」
「きゃ〜ケイト、やめて〜」
「ナオミ。。。だめだなあ、こうするんだよ。。。」
有沢さんと水野ナオミとのプライベートバレエレッスンは夜の歌舞伎町で続くのであった。

578 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:50:20.28 .net
>>572
精神障害ネタや犯罪ネタよりずっとマシ

579 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:52:36.31 .net
>>577
ベッドインするにしても
東京タワーのくだりからロマンティックで許されない恋っていう流れなんだから
やっぱりロマンティックエロにしてほしい

580 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:54:05.83 .net
落ち着いて!これ創作小説だから漫画と一緒。
リアリティははじめからない。
そして田舎のバレエ教室併設のなんちゃってバレエ団ならばスタイルの良い男性は簡単に団員になれる。給料はでない。

581 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:56:20.38 .net
「なんて相性が良いのかしら?はたして九条さんはこれ以上の満足を与えてくれるのかしら??
いけない、いけない、こんな時に、最中に九条さんの事が頭をよぎるなんて!!」

罪悪感からだろう。モヤモヤを消すかの如く、ナオミは有沢さんの上に乗った。

582 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 15:59:41.34 .net
とろけるような甘いロマンティックは九条さんにお任せして、ドライで下品で官能的な本性をさらけ出にはここ歌舞伎町だわ。。
そしてぴったりの相手。
水野ナオミは達成感と満足で悶えていた。

583 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:06:22.05 .net
物凄く激しい2ラウンドが終わった後、有沢さんは気絶したかのように眠ってしまった。
「やることやって寝てしまうなんて、まるで食い逃げだわ!まあ、でもこれがドライな関係なのね!!」
ナオミは有沢さんの寝顔をうっとり見つめながら興奮が冷めず、よからぬ妄想にふけっていた。
「それにしても…どう見てもダサイチェリー君って雰囲気なのに…夜の帝王じゃないの。こんな事させるなんて、それにあんな事まで。大人のエッチ漫画だけのものだと思ってたわ。。。」

584 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:08:22.59 .net
キャラ崩壊や二人の心情や関係性やらガン無視だし歌舞伎町ベッドイン描写はスルーで

585 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:09:34.62 .net
>>579
(もう遅い、お下品エロ確定。次回は思い立ったら書かれる前に書くべし)

586 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:11:02.09 .net
>>584
(お子様じゃないしおっさんスレなんだからスルーとかないよ)

587 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:13:52.94 .net
(そもそもバレエの物語って最低男の話なんだよ、婚約者がいるの純朴な娘をたぶらかしたり、永遠の愛を誓っておいて裏切ったり、そしてマザコン)

588 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:23:30.39 .net
>>585
時間勝負だと描写も筆力もない短文しか書けない

589 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:27:49.33 .net
翌日、有沢さんはイヤリングを届けるために新宿駅東口へ向かった。
この日は小雨であったがこの辺りは大勢の人達で混雑している。そんな雑踏の中でも彼女は見つかった。

「水野さん!」
「有沢さん」

有沢さんがナオミに駆け寄ると、これ…とイヤリングを手渡した。

「ごめんなさい、有沢さん。わざわざ…」

ナオミは目を伏せた。
イヤリングを彼のポケットに忍ばせたのはナオミ自身であったのだ。

「でも、あなたとこうして会えて良かったです。昨日はあんな形で別れてしまいましたし、ご迷惑おかけしました…」
「いえ、そんな…。私、きちんと別れのご挨拶をしたかった…」
「それは僕もです……」

あげた二人の目が合いしばらく見つめ合った。昨日のあの時間は夢であったのだ。決して再び見ることが出来ない。

590 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:30:13.58 .net
>>587
マザコンっていたっけ??

591 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:38:44.54 .net
歌舞伎町のようなオシッコ臭い街くてホームレスもいるし、汚らしいホストやホステスが歩いているのよ
そこで恋愛なんて○ってる

592 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 16:43:24.54 .net
「昨日の事はお互い忘れましょう。」
ナオミは昨日の激しい情事がわすれられず、今日再び”イヤリング”という口実で有沢さんに会い、何かを期待していたが、有沢の一言で泣いてしまった。
「いや、絶対いや、いやよ!」
ナオミの唇のまわりは昨晩の激しい有沢さんの愛撫であたった髭の摩擦でヒリヒリしていた。
下の方も激しい動きでヒリヒリしていた。

593 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 17:39:54.59 .net
>>591
(じゃあ年齢誤魔化してマッチングで歌舞伎町でリアルプライベートレッスン受けた子はどうなの?)

594 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 17:41:22.01 .net
>>591
(そういう街で人目につかないからわざと歌舞伎町なんじゃない)

595 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 17:54:58.63 .net
歌舞伎町下品ベッドイン荒らしはやめろ

596 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 18:14:13.79 .net
「雨が強くなってきましたね…」
「ええ…」

東口で雨宿りしながら、二人は天を仰ぐ。

「昨日は晴れで良かった。レストランからの夜景本当に綺麗だった」

ナオミはつい昨日のことを懐かしそうに話した。薄着をしてしまい、お互い冷えた肌を寄せ合いお互いの体温を感じ合う。

597 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 18:24:54.44 .net
ナオミは昨晩を思い出していた。ここから歩いてすぐの歌舞伎町。。。

598 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 18:28:34.79 .net
ナオミは泣きながら九条に電話をかけた。
「いまから会えないかしら?」

九条はピンクのバラの小さい花束を持って現れた。
「どうしたの?車待たせてるんだ、とりあえず行こう!」

二人は赤プリのバーに向かった。

599 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 18:49:25.61 .net
ナオミと九条はバーのカウンターにいた。
九条は詳しくは聞いてこなかったが、それがナオミにとってホットすると同時に心苦しい気持ちになっていた。

「もしかして、お茶とケーキのほうが良かったかな?」
九条は大きい氷を指でからから回しながらナオミにたずねた。

600 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 18:57:39.25 .net
ナオミはキールロワイヤルを2杯飲み終えたあたりで「お化粧を直してきます」と席を立ったが、真っ直ぐ歩くことが出来ずフラフラしながらバーの外のホテルのお化粧室へ歩いて行った。
ナオミは化粧室の鏡の前で泣いてしまった。
10分か、15分か、そろそろ戻らないと。。。とバーに戻ると、入り口付近で会計を済ませた九条が待っていた。
「部屋とったからナオミさんは泊まっていくといいよ、僕は帰るから安心して!」

601 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 19:11:17.13 .net
歌舞伎町で下品なプレイを繰り広げていた有沢さんとナオミ。
しかし彼らは実は有沢さんを個人的に嫌っている神代とマリアであった。そもそも有沢さんは心はまだ童貞同然、女をリードする術には長けていない上、お互いを下の名前で呼ばない。
二人は有沢さんナオミなりきり変態プレイに酔いしれていたのだ。

ベルベットの舞台終了後身体を合わせた二人は、あれから何度も変態プレイをするようになっていった。
実のところ神代がマリアのテクニックに夢中になっているのである。

本物の有沢さんとナオミは新宿駅東口でお互い別れの言葉を告げた後、ナオミは婚約者とバーへいき、有沢さんは一人雨夜の中を歩いていた。
最後に見たナオミの目には涙が溢れていたようにも思えた気がする。けれど、最初からかなわない恋だったのだ。
自分といるよりもきっとナオミは九条と結ばれた方が幸せに決まっている。

有沢さんがナオミに告げた言葉。
それは「幸せになってください」であった。

602 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 19:14:39.00 .net
帰ろうという九条にナオミは待ってといった。

「しばらく、あなたといたいんです。九条さん…」

603 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 19:35:22.79 .net
よくわからないや

604 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 20:22:06.43 .net
新しい一眼レフを床近くで構えながら
のりこは
ドゥウィリの衣装で向かい合って胸の前にクロスを作り長い首を刺し伸ばすポーズをとる
ジュンとねねを狙っていた

ジュン君泣いちゃダメよ、新しい衣装汚すでしょ
ねねがジュンの形のいい顎を大きな掌で優しく包んだ

ねねはジュンより更に背が高く大柄なバレリーナだったので日本での就職口が無く海外で踊っていた

こうしてるとすごく安心するんだ、赦された感じがしてホッとする

ジュン君いろいろ気を張って大変だもんね、わかるよお姐さんは
私もごつい異質な体の人に囲まれてると大変だもん
柔らかくてこじんまりホッソリした人を作る日本の風土よね

バレエダンサーなんで眉間に深い縦皴出来るんだろう
二人を眺めながらのりこは考えていた

605 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 20:25:59.97 .net
ナオミは鼻水を垂らしながら、うぇっうえっと泣いた
120キロの体を大きくゆらしながら
唐揚げを次々を口に頬張りたいらげてしまった
たらふく食べたあと九条に勘定を払わせ消え去った

606 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 21:21:24.60 .net
のりこはスマホをさわっていた
バレエダンサーが、眉間に皺を寄せてなにか話している 雑音で何も聞こえない マスクをしているので口の動きからも想像できなかった
顔の上の部分だけ大げさに良く動いている
この日も話している内容に全く興味がなかっ た
たれ流しの動画だが、よく動く眉や表情、仕草、振る舞いから直感による情報が脳内に流れ込む マグマが眉間から怒りと共に流れだすし、地表の上で少しずつ固まる
何かに苛ついている様子をぼーっと眺める
眉間の皺を観察する 

丸められた紙くずは広げられたりまた丸められたり マグマになることもあれば紙や厚紙、ホイールになることもあり
あちら側から意地悪な視線を投げかけてくるのだった

607 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 22:00:00.03 .net
「きよしー!」スマホから急に声が弾けた
不機嫌そうな女性は急に黄色い声で笑い始めた
「いつもありがとうございまーす!」なんのやりとりだか検討もつかないが、きよしの登場がよっぽど嬉しかったのか固く丸められた銀紙のような表情がこじ開けられたのだ
このときあたりは静かで空から自分の後ろ姿を見ているように取り残された


画面の向こう側ではこんな音が鳴り響いていた

ちゃりーん ちゃりーん ちゃりーん 

608 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 22:51:14.53 .net
プロの男性バレエダンサーの間では、新宿歌舞伎町は“裏レッスン場”または“王子たちのハッテン場”と呼ばれている。
そこで遊び盛りのバレエダンサー達は好みの女や男に特別レッスンを施すと言って歌舞伎町のホテルに誘い込むのは日常茶飯事。

基本的に相手にするのは、生徒や後輩バレエダンサーだが、中にはバレエダンサーと夜を過ごすことを目的に待ち伏せしている者もいるらしい。

609 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 23:03:14.90 .net
また女性ダンサーも好みでもないダンサーにチケットを買ってもらうついでに自分の下半身も売り込んだ 
ときに羽振りのいいおじさんは人気だが、そうでないおじさんにもそこそこチャンスはあった
特に海外から帰国する女性ダンサーは日本でのショッピングを楽しみにしていたり、レオタードを何十枚も購入するためのお金ほしさから、おじさんを呼び出すのだった
きよしさんは、呼び出されて嬉しそうだ
ちょっと頭のネジがたりないのが、きよしさんである
性欲の奴隷である
お互い持ちつ持たれつ
頭のかるいダンサーときよしさんとてもいいコンビである

610 :踊る名無しさん:2022/08/27(土) 23:28:51.14 .net
きよしさん、このダンサーのことを「僕のブルブルちゃん」と愛しそうによんだ

会ってすぐベッドに座らせると、ブルブルちゃんの眉間の皺に舌を這わせた、右目の皺、次は左目の皺 
画面は加工されているが、数え切れないほど深く深く無数に皺はあった
その皺の間は異臭をはなっていたが、きよしこは丁寧に皺をこじ開けるように舌を這わせたり、両指で撫でてみたりした
ダンサーは高ぶり、「きよし〜」と頂天に達した

眉間の皺は嬉しそうに光っていた

この秘密は誰もしらない

数日後、また皺はくちゃっと怒ったり、よじねれたり洞窟のようにもったりと迷宮にひとり置いてきぼりさせた

一人の少女が画面の向こうがわから、その皺がうねるさまを眺めていた

611 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 00:14:35.43 .net
「何だかなあ。。。なあ、マリ?絶対あいつらだよな」
「本当よ、いったい何がいけないの?私達お互い独身なんだし夜の営み楽しんでるだけよね、相性バツグンなんだし」
神代とマリアは例の出来事について怒っていた。
二人は夜のネオンでホテルを渡り歩くを楽しんでいた。ある日有沢さんとナオミの情事に居合わせたのだった。

偶然にも同じホテルからの朝帰り、時間差で出てくる二人と鉢合わせをしていたのだ。勿論、神代とマリアにとっては取るに足らない出来事だった。
「あれ?あいつ黒崎の…」神代が見つけた。「ああ、有沢君よ、かつて私を悶絶させた特別な相手よ!初体験の相手なの。あ、PDDのね」
「なんだと?ちっつ俺の知らないマリを知ってるなんて許せん!」
朝のホテル出口向かいの喫茶店でモーニングセットを頼んだところでナオミを目撃した。
「あっれ〜ナオミちゃんも出てきたっよ、二人で来てたんだな、俺らと同じくプライベートレッスンだな!」

数日経って、神代はナオミを見つけると「なおみちゃ〜ん、この間テルホ朝帰りしてたでしょう?役作り?」
それを大人クラスの生徒に聞かれ、みるみる広まってしまったのだった。

どこでどう食い違ったのか、をるいラテンカップル神代とマリアに入れ替わっていた。
ナオミは結婚を理由に無期限長期休暇に入ってしまった。

612 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 00:15:38.47 .net
西武新宿駅まで歩いていった有沢さんは、そこでマリアと神代が親しげに手をつなぎながら歩く様子を目撃した。

「ケイトくんプレイ最高だった! にしてもどうして水野さん役を私に…」
「彼女はケイトくんに気がありそうだったからね!」

というのは建て前で、神代はターゲットの一人である水野ナオミで妄想をしたかったのだ。

「僕の名前が言われたような…?」

二人とも酒に酔っているようで顔が赤い。明らか絡まれたらめんどくさいコンビに気付かれぬように、有沢さんは下を向きながら駅のホームに並んだ。

613 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 00:20:22.53 .net
>>611
×をるいラテンカップル
〇明るいラテンカップル

614 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 01:16:40.01 .net
先日、新宿駅東口にイヤリングを届けるためにナオミと再開した有沢さん。雨が強く降り出して冷えた身体を寄せ合った二人。

その後、二人は歌舞伎町のホテルにチェックインしていた。ただ、熱いシャワーを浴びて休憩しよう、それだけのつもりで…。

ラブホテルなどはじめて利用する二人は、最初は少し恥ずかしそうにしていたが、シャワーを浴びて心地良くなったとき、お互いを求めたくなっていた。
そして二人は静寂の中、そっと唇を重ねた。これが最初で最後の夜、永遠の思い出として、永遠の秘密として、はじめての悲しき恋を悼むように。

「愛してる……水野さん」
「有沢さん、私も…」

幸せなはずなのに二人に待ち受ける運命は、お互いを求めれば求めるほど痛みを与え続けた。
不慣れな感じで、それでも相手の身体を大切に扱うような優しい愛撫を施しながら、二人は互いの身体へ沈んでいった。

有沢さんは過去性被害を受けたことがあるため、情事に対する恐怖は少なからずあった。そして快楽と呼べるような代物でなく彼にとって苦痛でしかなかったのだ。
にもかかわらず、不思議とナオミとのそれは心が満たされていた。もう彼女とは会うことはかなわないのに。

「悲しい顔をしないで。貴方との思い出は幸せだけにしておきたいの…」
「うん、分かった…」

ナオミの細い腕が有沢さんの背中を強く抱き締めた。二人だけの秘密のひととき…ただ、愛し合えるこの時を抱き留めようとするかのように。

615 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 01:40:11.61 .net
「...ですってよおおおお〜」「まあ~若い方々はお盛んね!」
大人バレエの生徒さんの間では美しい美談が広まっていた。
『そんな事いったって有沢君ってお子さんいらっしゃるわよね?あっちの方は。。。』「まあまあまあ、これは美談ネタなのよ、ハーレクインロマンスだと思って下さるかしら!」

同時にガチバレエ編として明るいラテンカップルの裸で踊るラテンバレエと題したネタも広まっていた。

616 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
結局のところ、有沢さんの夜の活動についてはみんな薄っすら気付いていた。
ヒナが用事クラスで散々話していたからだ。
「パパはね、王子なの。だから女の人がたくさんいるの。おばーさまがいってたの。」
「ヒナのね本当のママはね、プリンセスなの。パパがね、パパがね、王子様でね、まあとねであっかーだにいちゃったの」てね、でねヒナがうまれたの。」
「でもね、パパはね、王子さまだからね、女の人たくさんいてね、まあはねえ、かーだにいちゃったの」
「パパはね、お王様なの。だからいそがしくてね、ヒナもたくさんあえないの。」

617 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
*幼児クラス

618 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
4、5歳の幼児の言うことだからみんな適当に聞き流してはいた。
ただ、ヒナと有沢さんは誰がどう見ても瓜二つで明るい髪色と薄いアンバーの瞳が物語っていた。
何より、手足が長い骨格も日本人の子供とは違っていた。
逆算すると、有沢さんが相当若い頃の子供というのは一目瞭然。
誰も深くは追及しなかった。

619 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
バレエ界ではよくあることなのだ。
先生と生徒、先輩と生徒、ゲストと生徒、早熟な生徒と。。。

620 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 15:54:49.16 .net
有沢さんがヒナの母親に覚えがないのは、彼が性暴力被害に度々あっていたことが関係している。被害のトラウマを防衛本能で記憶から抹消したのだ。

有沢さんは、容姿端麗で、スタイルも、バレエによって立ち姿も綺麗であった。その上精神が不安定であったため、同じ様に精神に問題のある人間に依存や束縛されたり、酷い場合は暴力を加えられることもあった。

621 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 18:19:38.47 .net
(そろそろ有沢さんネタ尽きてるし無理があるから終わってくんなかい)

622 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 19:47:08.92 .net
>>621
オーストラリアで取り敢えず落ち着かせようと思ってたのに、日本に戻されたから仕方ないよ。それだけ有沢さんに需要があるんでしょ。

623 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:20:16.03 .net
>>622
それがくどいんだよ
需要ってあんただけでしょ
普通オーストラリアに旅立って終了だろう

624 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:29:27.53 .net
>>623
知らんがなw
嫌なら読むなよって話だし興味ないネタなら読み飛ばすぐらいすれば
一々あんたのわがままにつきあってらんないんだが

625 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:33:57.69 .net
>>623
オーストラリアに旅立ったら終了とか、お前の中のルール押し付けんな。クソ迷惑。
くどいっていうなら自分で新キャラ作るなりして新しい展開考えろよ。
そういうのがないから有沢にこだわって意味不明な展開考える奴が現れるんじゃねえの?

626 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:37:05.34 .net
嫌なこと書かれてスルーとか言い出すなよ

627 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:41:25.88 .net
(有沢ネタ発狂する人いるからな 実際くどくてうざくてスルーとか言い出して話戻したりおかしな方向に話いってる)

628 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:51:34.24 .net
おかしな方向にいってんのはこっちも感じてるし、子どもがいたって辺りから様子がおかしくなったと思う。

629 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:52:40.57 .net
有沢さんがオーストラリアから強制送還された後しばらくして逮捕されてしまった。
あのテレビ番組のバレエの王子をみた親子が訴えたのだ。
数年前、当時16歳だった少女を夜の歌舞伎町で連れまわしていた。
実際は、少女は19歳と年齢を偽っていたし、有沢さんも例の病による夜の活動だった。

いつものどおり、有沢さんの両親が有能な弁護士を雇って手続きをはじめていた。
ただ、有沢ファミリーは病気の事を表沙汰にすることに躊躇していた。
「もうバレエはあきらめてもらうしかないの?」
「そんな、ママ、ケイトからバレエをとったら。。。」
「ヨークシャー(英)の祖父母の家に預けるか」
「日本を出国できるの?」

630 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 20:56:16.78 .net
>>628
(話変えたくて新しい展開だったんじゃない?それをいちいち否定しないのもココのルール)

631 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 21:10:17.88 .net
バレエから事情があって離れていたけど再開して自分に向き直ってバレエダンサーを目指すっていう筋書きだったろうし、彼の物語はオーストラリアでバレエ団員になって終わるはずだったのは確かだろうにさ。
だけど「素人がオーストラリアでプロなんて漫画でもないのにバレエをバカにしてる!」って理由で前向きになれたのに強制的に精神疾患にさせてエンディング台無しにした奴がいるわけでね。
あんたもイライラしてんだろうが、こっちも火消ししながらイライラしてんだわ。苦しいのはお互い様なんだからマジでつっかかるのはやめてくれないか?
さっきは感情的になって失礼な態度とってゴメンだが、こっちでなんとか収拾つけて有沢物語は終わらせるわ。
それ以降に有沢ネタ書き込まれても無視してくれたらいいよ。

632 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 21:45:06.94 .net
有沢さんは、姉サラの内縁の夫ジェイムズのイギリスにある別荘に暮らすことに決定した。
逮捕の一件は、相手が年齢を偽っていたということや精神疾患のこともあり条件付きで釈放されたのである。
条件というのが身内の目の届く範囲で過ごさせるというものだ。

ジェイムズが有沢さんにそっくりであったことからも分かるが、実は有沢家はジェイムズの家とは遠い親戚にあたるらしく別荘を管理するジェイムズの親戚たちも有沢さんを受け入れることに承諾してくれたらしい。
もしくはジェイムズの血筋にも有沢さんと同様の障害を持つ人がおり、そうした者を保護するのも一族の責任とも考えていたのだろう。

有沢さんは既に日本に未練は無かったのか、監視下とはいえヨーロッパの田舎の広大な敷地の別荘で過ごせば心が落ち着くと本能的に分かっていたのか、彼は自分を束縛する母も姉もいないイギリスに渡ることとなった。

そして、別荘にある古風な木製の床のバレエ用スタジオで、有沢さんは今日も踊るのであった。再び輝かしい舞台に立つために。

633 :踊る名無しさん:2022/08/28(日) 22:42:34.96 .net
黒崎バレエアカデミーでは、小学校4年生を迎えた生徒は選抜試験を受ける取り決めとなっている。
きっとこの試験は日本のバレエ学校では実施されていないといってもよいだろう。

試験場には小児科医や整形外科医、ロシア名門バレエ学校から招いた教師陣も審査官として集まっていた。
小学校四年生の在校生はもちろん、外部からの子供たちも多数試験のために控えている。

この試験は、黒崎で将来のプロとして育てられる子どもと一般生徒として受け入れる子どもを選別する、まさに人生を左右する試験である。

いったいその試験とは何であるのか?
レッスン着姿の子どもたちは、股関節の稼動域や脚のライン、胴体長さが身長に対して48パーセント以上53パーセント未満であるか、太りやすいかどうかを調べられる。
その他にも諸々生まれもっての特性が如何にバレエ向きであるかを調べられ、選ばれたものは晴れてプロ養成の為の児童科クラスに入れるのだ。

634 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:34:02.29 .net
(なんか知らんがちょっと見ぬうちに荒れておるな)

635 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:34:29.74 .net
丸い目の童顔の男子大学生・柚本未来(ゆずもと・みく)は、
黒崎バレエアカデミーの初心者クラスに体験に来ていた。

「子供のころの小さな教室とは違ってずいぶん立派な建物だなあ。
初心者クラスだって聞いたけど、みんなかなり慣れてそうだし…」

柚本さんにとっては、小学生以来、7年ぶりのバレエクラスだ。
ハーフパンツにTシャツ姿で、スタジオの前で入るのをためらっていた。

「ジュニアクラスだったら、上の階ですよ」

愛想の良い年上の男性に声をかけられた。
線の細い童顔の柚本さんは中学生に見えたのだ。

「いえ、僕は大学生で、大人の初心者クラスなんです」

「おやおやっ?体験の子か!
初心者クラスにようこそ!ささ、遠慮せずに」
別の男性が、芝居がかった大げさな仕草で柚本さんをスタジオに促した。

「男性も何人かいるんですね」
「うん、なにしろここは素人バレエ男性の聖地だからね!」

636 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:34:45.65 .net
初心者男性たちに交じって床に座り、柚本さんもハムストリングのストレッチを始める。
前屈もひぃひぃ言っている他の男性に比べると、柚本さんの身体は柔らかいほうだ。

「あれ?君はバレエ初めてじゃないのかい?」
「あっはい、幼稚園や小学生のときにやってました」

「けっっっ経験者か〜〜〜っっっ!!!」
男性たちは色めきだった。

彼らがイメージする『子供のころ習ってた男性』は有沢さんみたいに
選抜されたクラスで15歳までほぼ毎日レッスンを受けた時期があり、
大きな舞台で主役をやるような人、
つまるところ、素人男性が何年やっても絶対追いつけないレベルの人たちだ。

637 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:35:14.05 .net
「ちっ、ちがいます!経験者というほど踊れないです!
幼稚園の課外クラブで習い始めて、多くても週2回で、
ブランク7年もあって、ほんとにほんとに全部忘れてます!」
柚本さんはあわてて説明する。

しかし初心者男性の内心には、言い知れぬ疑念が渦巻いていた。

「いやいや!こーゆーやつほど油断がならん!」

「『踊れませ〜ん』『ブランクが〜』と言いながら、
実はバリバリ踊りやがる経験者を我々は何人も見てきたのだ!」

「そうそう、先生に中級クラスを勧められあっさり初心者クラス卒業!」

「こいつも猫被ってるだけかもしれんな!」

638 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:36:09.16 .net
今日のクラスは、英国に行ってしまったナナに代わって
新米助手の若葉モモが担当する。

「はーい!みんなー、今日は体験のお友達がー」
あっ、子供クラスのクセが出ちゃった!
ここは大人クラスだった!

「今日は体験の方が来てまーす。こちら柚本さんです!」

「あらあ〜、可愛い顔した男の子ね」
「ほんとにこのクラス?」
「中学生クラスに行かなくてもいいの?」

新しいおじさん生徒が来るたびに「ケッ、またおじさんか」
という不満げな顔をする女性たちも
可愛い顔の柚本さんを笑顔で迎えた。

柚本さんは男性たちの一角のバーに入れてもらった。
なんとなく覚えているパが、振り付けを覚えるのに必死だ。
グランバットマンは脚の上げる感覚を覚えていた。
柚本さんは、脚だけは高く上がるのだ。

「うぬっ、なんだあの脚の高さは?!
やっぱり初心者ではないじゃないか!」
初心者男性たちは、一方的にライバル心を燃やし
柚本さんをにらみつけていた。

639 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:36:22.93 .net
「はーい、グリッサード、パドシャ、
ぽてーん・ぽてーんじゃなくて、パッと開いてシャッと閉じてみてくださーい!
跳ぶときは両脚をキュッと上に引き付けてー!
パッ・シャッと!キュッと!」
若葉モモはレッスンになると擬態語が多い。

「柚本さん、肘がヘロッと落ちてますから、上げてー。
ヨーロッパだと上から水がサラサラッと落ちるように、斜めのライン、
ロシア式だと脇から二の腕を下から支えて、キリッと高めになりまーす」

センターでは、クラスの全員が柚本さんの動きに注目した。
特に男性たちは痛いほどの視線を注いでいた。

そして、全員安堵した。

柚本さんは、本当に、ほぼほぼ初心者だったのだ。

「よかった!仲間だ!」と素人男性たちは安心した。

「有沢さんみたいに、再開すぐザンレールとか三回転とかされたら、
ブルータス、お前もか!
初心者なんてウソつきー!と思うところだったよ!」

640 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:36:39.08 .net
大人バレエクラスにありがちなこと。

上級者はクラスを引っ張る上位の人しか見ていないが、
初心者たちは自分より慣れてない人をめざとく見つけ
わざわざ注目し、安心してしまうのである。

「18歳?若くてうらやましいなあ!」
「熱心にやればすぐ上達するよ!」
「紗江子先生や諏訪先生のクラスも出てみなよ」
「困ったことがあったら、なんでも聞いてねー!」

柚本さんがほぼ初心者だとわかった男性たちは
突然、親切なお兄さんぶりを発揮するのだった。

641 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 08:57:23.73 .net
柚本未来は大学に入ってから緩いテニスサークルに入って
大学生らしく、エンジョイしようと思っていたのに、
ラケット振ると、「踊ってる?」と女の子たちに笑われて
すっかり気をそがれてやめてしまった。

それでも身体を動かしたくて、近くのフィットネスクラブに入会してみた。
マシンエリアはガチなボディビルダー勢が
「うおっ」「ほうっ」「ふむうっ」
と気合を入れながら、筋肉を肥大させることに夢中だ。

女の子みたいな細身の柚本さんは圧倒されて気が引けてしまった。
柚本さんは、人よりも筋肉がつきにくい体質なのだ。

試しに出てみたヨガやエアロのスタジオレッスンは楽しかった。

「こんなとこに、バレエのクラスもあるんだ」

柚本さんはスタジオのガラス越しにクラスの様子をのぞいていた。
バレエ団の経験はなさそうな先生が、明るく元気に教えている。
生徒は、高齢女性の初心者が多くて内容は難しくなさそうだ。

「うーん、でも大学生男子が入るのはちょっと違うかな…」

そんなときに、たまたまテレビで『素人バレエボーイズの夏』の特集を見て
男性が多く集まってる黒崎バレエアカデミーにたどりついたのだった。

642 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
柚本さんは体験レッスンを受けてから、帰りの電車の中で
満ち足りた気持ちで入会案内のパンフレット眺めていた。

「久しぶりのバレエ、楽しかった!」
小さいころから、脚を高く上げるの好きだったことを思い出した。
筋力が足りなくて、ふわふわ上ずってしまうのだが、身体は柔らかい。

「初心者クラスなのに、みんなすごい熱心だった。
ほんとに初めての人は、いなかったような?」

大人の中級や上級クラスはジュニアから継続してきた生徒も多く、
そのレベルの高さに、初心者クラスから挑戦してもほとんど玉砕する。

そんなわけで、ハルさんのように10年の経験のあるマダムも
初心者クラスにとどまっているのだ。

こうして、柚本さんは7年ぶりにバレエを再開した。
晴れて?素人ボーイズの仲間入りである。

643 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 09:55:10.56 .net
田中さんは、帰りの電車の中でつり革を握りながらごきげんだった。

「また一人、素人バレエ男性仲間が来たな!

バレエ王子様への道、一人っきりで進むには孤独すぎる道程だ。
素人バレエ男性の道連れがたくさんいるのは心強い。

スポーツ漫画でも複数のライバルが出現して
火花を散らし合いながら、新たなステージへと覚醒していくもんな!」

田中さんは、バレエ漫画の主人公になった自分を想像した。

「紗江子先生っ、俺、俺、本物の王子様になりたいんですっ」
「田中さん、あなたはすでに立派な王子様よ。
でも世界一の王子様になるには、このままではダメよ!」
「先生っ、俺、どんな試練にでも耐えてみせますぅ!」

田中さんは、電車の中でにやにやしていた。

正面に座っていた若い女性は、
「最近、電車で変な人が出没するから気をつけなくっちゃ!」
と自分を守るようにしっかりとバックを抱えこんだ。

644 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 10:44:11.19 .net
とある日曜日、ボーイズ基礎クラスをおえた素人男性たちは
ストレッチしながら雑談していた。

「今日はキッズたちがいっぱい来てるなあ?なにごとだ?」
「エリートジュニアのクラスの選抜試験みたいだよ」
「へえ、俺たちもあんなときからエリート教育受けてたら
今ごろはバリバリ踊れてたのになあ〜」
「黒崎の公演で王子様だったかもしれないな〜!」

この選抜試験で選ばれる子供も限られているが、
そこで選ばれた子も高校生になるころには半数以上脱落、
その代わりに、外部から天才と呼ばれる子供が編入し加わる。

生まれながらの才能に加えて、継続していく情熱と努力による必要な技術の習得、
家庭や学校や成長の事情などなど、あらゆる課題を踏み越えてきた者によって、
黒崎が誇る、選抜Aクラスが形成されている。

「子供のころからやってれば〜あのくらい踊れたのに〜」
と考える彼らには考えも及ばない厳しい世界がそこにあった。

645 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 11:12:16.21 .net
小学校四年生の結城 薫(ゆき かおる)くんは母親に連れられ試験会場へ訪れていた。黒崎のボーイズ基礎クラスにも参加しており、小学校六年生の兄は選抜試験を通過し児童科クラスに所属している。

彼の母親はロシアのバレエ団で活躍していた元バレリーナで現在はバレエ指導をしているが、ロシアバレエこそ真のクラシックバレエであると考えており、将来性があり身体条件がよい兄は彼女のお気に入りだ。
だが薫くんはお世辞にも身体条件が良いとは言えない。田中さんが小学校であったならこんな感じなのだろうといった姿である。

母親は薫くんが選抜試験を受けることにかなり反対であったが、彼の熱意もあって試験を受けることは承諾してもらった。本当はバレエ自体習わせたくなかったのだが。

646 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 11:24:00.59 .net
顔は私に似たけど、薫の脚のラインはパパに似ちゃったのよね。
パパというより、おじいちゃん似かしら?
今はかろうじてひざがつくようになったけど
一番できっちりとひざをつけるのにさえ苦労した脚…。

母親は、薫の脚を見ると胸が痛んだ。

647 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 13:17:31.45 .net
14〜15年前1980年代の後半のこと、まだ旧ソ連の崩壊前、
薫の父親は非鉄金属の輸入加工販売を行う企業につとめていて
銅、ニッケル、鉛、亜鉛等、鉱石の調達のために
ときどきロシアを訪れていた。

会社の人たちと一緒に、観光がてら劇場を訪れ
当時はまだ珍しかった日本人バレエダンサーである薫の母親を紹介され、
一目ぼれしまったのである。

彼女は「ロシアに骨を埋める!」くらいの気持ちでバレエをやっていたが、
年齢のことも考えはじめる時期、猛アタックを受け入れ、
現役を退き帰国した。

堅実で誠実で真面目に稼いでくれる夫には何の不満もないし、
骨格で結婚相手を決めたわけではない。
子供をどうしてもダンサーにしたいとも思っていない。

しかし、長年培ったロシアバレエの審美観念は揺るがしがたく
次男の脚が、明らかにバレエに向かないのを見るのは辛いものがあった。

薫は、早く他に向いていることを見つけて、打ち込めば良いのに。

なぜバレエ?

648 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 16:08:42.51 .net
「薫。お母さん何度も言ったけど、薫にはバレエは向かないの…。脚も膝がつかないし、股関節とて十分開かない。甲だって全然無いわ」
「けどお母さん、バレエ教室にはそういう子もたくさんいるし、そういう先生だっているもん!」

薫は力強くそう言った。

「日本では誰だってバレエを習えるし誰だって先生になれるの。けれど合わない身体で続けたら怪我するのがオチよ…何より見栄えが悪いわ」

薫くんはそれを聞くと大きな声で泣き出してしまった。

649 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 16:34:28.06 .net
小さいころは、育児と指導と時間のやりくりの都合もあり
母親は、なんでも兄弟二人一緒にやらせていた。

しかし、どう見ても薫はバレエに向いていない。

音楽は好きなようだが、
最近、薫がドはまりしてしょっちゅう口ずさんでる歌は
「ズンズンズンズンズンドコ♪」
どうも、この子はセンスがズレてる。

「お兄ちゃんがやってるからって同じことやらなくてもいいのよ?
小学校のクラブ活動もいいんじゃない?
マーチングバンドとか、茶道とか、美術クラブも面白そうね」
と他のことを提案してみたのだが…。

「僕は、バレエダンサーになるっっっ!!!」

薫は、力の限り泣き叫ぶのだった。

650 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 19:52:07.49 .net
今回薫くんの母親が、試験参加に承諾したのは折れたというよりも挫折を味わえば諦めてくれるだろうと思ってのことだった。
母親は一つため息をつくと、「さあ行くわよ」と泣いている薫くんを会場へと引っ張った。

会場に着くとやはり大勢の子どもたちでひしめき合っており、また野次馬根性丸出しの素人おじさん達が試験の様子を眺めていた。
中にはおじさん達同士で「あの子は将来有望だな!」とか「この子は脚が凄く綺麗だ!」など自分のことは棚に上げた品評会のようなことが行われている。

「では結城 薫くんどうぞ」

いよいよ薫くんの番となり審査官が彼の名前を呼び出す。緊張した面もちで薫くんは前にたった。

651 :踊る名無しさん:2022/08/29(月) 22:42:26.78 .net
幼児クラスが終わり、試験会場の野次馬近くをちょうど通りかかったヒナは「なにやってるんだろ…」と興味をひかれた。

「ジェイミーおじちゃん、あれなぁに?」
「ああ、バレエが上手くなりそうな子をたくさんの子たちの中から選んでるんだよ。その子たちはバレリーナを目指してる」
「ヒナもばえりーなになりたいから、あれやるのかな?」

ヒナに同行していたのはサラの夫ジェイムズであった。有沢さんがいない今、姉夫婦がヒナの面倒を見ることとなったのだ。
尤もヒナの面倒を長く見られるのは会社勤めをしていないジェイムズだけであるが。

「お! ヒナちゃんじゃないか」
「今日はパパと一緒なんだね!」

野次馬の素人おじさん達がヒナに気づき、笑顔を見せた。おじさん達にとって人懐こく明るいヒナはアイドルのような存在らしい。

「えとね、この人はパパじゃないよ! ジェイミーおじちゃんだよ!」
「はじめまして、ジェイムズ・ワイズウェルと申します」

ジェイムズは素人おじさん達に自己紹介と握手をした。

652 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 07:38:54.77 .net
試験にくる子は大勢いるけど、男子は少ないのよね。
学年によっては男子受験者ゼロの年もあるもの。

今回は、女子100人近く、
男子は…5人でも良く集まったわ。
この状態だと、男子は全員受かっちゃうわね。

よっぽどひどくない限り。

653 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 10:18:31.19 .net
4年生の選抜児童の試験場である広いスタジオ正面には、
並べれた長机にずらりと審査員が座っていた。

審査をする医師や教師たちは、一瞬で薫を判断した。
しかし、確認のために形式上の試験は続けられる。

「こんにちは」
「こんにちは!」
「お名前を教えてください」
「結城薫です!」
「今日はどこから誰と来ましたか?」
「S区からお母さんときました!」

薫は精いっぱいハキハキと答える。

654 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 10:20:08.50 .net
薫は待合室で女の子たちのおしゃべりから

「知らない人の前で、自信を持って受け答えができるかどうか見られるんだって」
「目をキラキラ輝かせて元気に答えろって、お母さんに言われたわ」

という話を耳にしたため、緊張しながらも精いっぱい明るい顔をしてみた。

男の子は通常、極端にひどくなければ合格するのだが、
女の子は高倍率の競争のため、母親たちの間では
嘘か本当かわからない受験情報が共有されている。

「女の子レオタードは、黒崎で採用されている
薄いグレーかブルー、でなければ白。
キャミソールのレオタードじゃないと合格しない」

と言う話もあるし、

「つきそいの家族が太っていたら一発でアウト」

という噂も出回っているため、この試験に向けて
母親たちは躍起になってダイエットしてくるのだ。

655 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 10:26:34.03 .net
「では、薫くん。
背筋をまっすぐ伸ばして立ってください」

審査員の一人が、背骨に異常がないか触りながら確認する。
「肩をもう少し下に落とせますか?」
鎖骨が外へと上がるいかり肩気味なのもダンサーに不利な条件だ。

「首だけ、右を向いて、左を向いて」
「前に身体を倒しますよ」
「後ろにそらしますから、動かずにその場で立って」

656 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 10:27:17.56 .net
次に、最も重視される股関節の可動域が調べられる。
前後左右にどれだけ股関節が開くか、
審査員は、薫の脚を回したり、引っ張り上げる。

脚を上げられると、軸足で踏ん張りきれずに
薫はヨロヨロとよろけた。

「もう少しだから、軸足でしっかり立っていて」

曲がったガニ股気味の脚、可動域の狭い股関節、
誰の目にも明らかだ。

(薫くんは、あの6年生のスグルくんの弟だけど、
さすがに難しいわよね。
万が一入ったとしても、バレエが苦痛になるだけ)
選抜児童科担当の教師も、険しい顔をして見ていた。

657 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 12:53:04.36 .net
「はい、いいですよ。次は、ジャンプ。
その場で、プリエして、まっすぐ上に跳んで」
「最後にパドポルカ、顔を出した脚の方向につけて」

音楽が流れると、薫は急に楽しくなってはりきって動いた。
大きな窓の外に見える緑の木々が風にそよぎ
「薫!踊れ!踊れ!」と励ましてくれているように思えた。

「ああ!僕バレエ大好き♪」
薫の頬は紅潮していた。

「これで個別面接は終わりです。控えのスタジオで待っていてください」
「ありがとうございました!」
薫は元気に挨拶をしてスタジオを出ていった。

658 :踊る名無しさん:2022/08/30(火) 22:29:48.07 .net
あの薫くんっていうお兄ちゃん
田中プリンスみたいでかっこよかったな…

ヒナは憧れの眼差しでスタジオを出て行く薫くんの姿を目で追った。

「薫くんなら絶対に試験合格するね!
薫くんが一番音楽に乗って楽しそうだったもん!」

だが素人おじさんでも薫くんがバレエ向きじゃないのは見ただけで分かったため、苦笑いを浮かべるだけだ。

「懐かしいね。僕もバレエ学校に入学するときああいう試験やったよ」
「ジェイミーおじちゃん、バレエダンサーなの??」
「うん。もうやめちゃったけど。イギリスのバレエ団で踊っていたんだよ」

それをきいた素人おじさんは目を輝かせて
「ワイズウェルさん、プロのバレエダンサーさんでしたか! 立ち姿といいスタイルといいなんか違うとは思ってましたが…」
「大人クラスもあるんで良かったら黒崎に入学しませんか?」

素人おじさん達の熱烈なアプローチもあり、ジェイムズは午後からの体験レッスンを受けることにした。
おまけにバレエおじさん仲間をいつの間にか作っている。

659 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 03:31:04.34 .net
「えーマジ?社交辞令でも、なんで誘うんだよ?
元プロなら朝のプロフェッショナルクラスか上級クラスだろ?」
「絶対、初心者クラスには来るなよな!」
「たまにいるんだよー俺たちに混ざりたがるヤツ!」
「上手い上手いってチヤホヤしてほしい下心丸出しだな!」
ほとんどの素人おじさんは、かなりの反感を持ったようだ。

660 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 08:31:34.54 .net
素人おじさん達の中には、ただ仲間内で楽しみたい人もいれば、本気で上達したいと思うおじさん達もいる。
後者の素人おじさんは上級者がクラスに来ることを歓迎しているが、それ以外のおじさん達は突出して上手い人が来ることを喜ばないのだ。

「でも上級者がいたほうが勉強になるじゃないですか?」
「まあさすがに初心者クラスには来ないでしょ。経歴考えても黒崎側がプロクラスや上級クラス紹介するでしょうし」

ジェイムズを誘った素人おじさん達は文句をいうおじさんクラスメート達にそう言った。
同時に、こう意識が低いクラスメートが多いと気が滅入るとも感じていた。

「俺ら大人からのおじさんが幾ら本気でやったところでバレエダンサーにはなれんのだから、楽しむのが一番なんだよ。本気なオッサンは惨めだぞ」
「この前の夏のカーニバルに出てた古株のオッサンも酷いもんだったよな。
バリエーションでソロルを踊ってたが、ありゃバレエじゃねえな!」
「初心者クラスのおじさんおばさんのバレエなんて笑い物なのさ。真剣にやってあのレベルなんだしさ」

661 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 08:55:05.15 .net
しばらくして、選抜児童科クラスの合格者が貼りだされた。

学校ロビーの掲示板に、A4の白い紙二枚。
男子4名、女子20名。

発表をいまかいまかと待っていた子供と保護者たちに、
審査員の一人が言った。

「お待たせしました。
合格者とその保護者の方は、スタジオで手続きと
今後の説明がありますので残ってください。

そのほかの方はお疲れ様でした。
編入試験のチャンスは年に二回ありますので
またお稽古を積み重ねてチャレンジしてください。

また一般の児童クラスは無試験ですから、随時入会できます」

662 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 08:58:24.43 .net
薫は手ごたえを感じていた。
広いスタジオでの個別審査は最初は緊張した。

でも音楽が鳴り始めた瞬間の高揚感。
対角線上にポルカステップで進みながら、心が躍った。

僕はダンサーなんだ!!!

踊るときには、自分も世界も輝いている気がした。

発表の紙に、いっせいに群がる子供や付き添いの親たち。
薫は最初の混雑がおさまってから、静かに発表の紙に近づいた。

「僕は、合格してるにちがいない!!!
黒崎の選抜児童科のメンバーとして選ばれてるはずだ!!!」

そう思っていた。

しかし…

薫の名前はなかった。
男子で一人だけ、薫は落とされていた。

663 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 10:33:28.14 .net
「ママ、受かってたー!」
「よかったわね!支部の先生も絶対に受かるって言ってたもの!」

発表を見て喜んではしゃぐ者もいれば、
自分の名前がないのを何度も何度も確認してから、
「同じ教室から受けたお友達は受かってるのに、私は落ちてる」
母親に肩を抱かれて、そっと去るものもいる。

「黒崎の支部の子はけっこう受かってるわよ?
コネじゃないのかしらね!」と
腹を立てている母親たちもいる。

この人生の早い時期に、
選ばれる者・選ばれない者の振り分けは
すでに始まっていた。

664 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 10:34:00.32 .net
「コネ?コネだったら、
兄さんはもう選抜クラスに通ってて、
僕も日曜はボーイズ基礎クラスに来てたのに、
なんで僕だけ…」

母親と一緒に黒崎バレエアカデミーをあとにした薫の目から
悔し涙がポロポロこぼれ落ちた。
こんなに、ハッキリと自分を否定されたのは初めてのことだ。

「だから、言ったでしょ。ここは身体条件で選ぶの。
バレエをやってたら、こんなことは何度もあるわよ」

665 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 10:35:39.45 .net
私だって…と薫の母親は思い出していた。

ロシアのバレエ学校のディプロマを取ったあと、
子供のころから夢見た大きな有名バレエ団には入れなかった。
入団を許可されたのは、最上級生のトップツー、
長身のロシア人二人。

小さな劇場のバレエ団に採用されたが、
その劇場では初のアジア人ダンサーで、
1〜2年の間は、思うような役はもらえなかった。

そんなことで、いちいち落ち込んではいられない。
さっさと気持ちを切り替えて、前向きになる強い意志がないとやってられない。
長く続ければ続けるほど。上に行けば行くほど。

666 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 10:36:29.20 .net
「薫は絵も上手いし、学芸会の『裸の王様』の主役も良かったし、
勉強もそこそこできるから、
バレエでなくても他のことをがんばればいいわよ」

薫は激しく首を振った。

「いやだ!僕は、バレエダンサーになるんだ!」

667 :踊る名無しさん:2022/08/31(水) 22:07:26.98 .net
ボーイズ基礎クラス終了後、黒崎の選抜試験で合格し喜ぶバレエ男子たちがスタジオ内で騒いでいた。ただ一人、不合格だった薫くんを除いて。

「薫、元気ねえな〜どうしたんだよ!」
「こいつさ、試験落ちちゃったらしいぜ」
「まじかよ! 男子で一人不合格者出たって言ってたけど薫だったのか〜」

薫は無神経すぎる男子たちのせいで余計に落ち込んだ。
合格した男子たちは、女子の合格者と較べれば、特別スタイルが良いわけでも無いが、薫の股関節の開かなさや、がに股の脚よりかは条件に恵まれていたのだ。

「……」

薫はひとりになりたいと思い、男子たちから離れて見学席にちょこんと座った。
だがお迎えが来るまで特にやることもなく、上級者向けのボーイズクラスを控えるジュニア男子たちの準備運動やストレッチをする様子をぼんやり眺める。
その中に、大人の白人男性の姿があったため彼に自然と目がいった。スラッとした身体に、甲高のしなりのある脚線、長い手足に小さな頭。完成されたバレエダンサーの身体だ。

「なんて綺麗な男の人なんだろ……
嗚呼、僕も大人になったらあんな風になりたいな…」

その男性は、ちょうどボーイズクラスに来ていたジェイムズであった。踊りも圧倒的だ。
テレビで名門バレエ団のプロダンサーが踊るのはよく見ていたが、生で見るそれは全然違った。
薫は、はじめて目にしたジェイムズに一目惚れし強い憧れを抱くようになった。同時にバレエへの熱意もいっそう強まった。

668 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「骨格は私に全く似なかったのに、
諦めない心の強さだけは、私そっくりなのよねえ」

母親は薫のことを不憫に思った。
都合よく遺伝子が選択できたらよかったのに。

あれは、30年も前、
子供ころ見たNHKホール落成記念の来日公演「白鳥の湖」
心はあのときに決まったのだ。

ロシアバレエこそ、バレエの神髄なんだ、と。

「単身ソ連に行くなんてやめなさいよ」
「いくら日本のコンクールで一位になってもあちらじゃ通用しないから」

反対する人はたくさんいた。
やっとのことで、恩師のつてを頼って留学にこぎつけた。

一人空港を降り立った日、どこまでも続く広い空を見上げながら誓った。

「バレエのためなら、私はどんな困難も乗り越えてみせるっっっ!」

なんで、そんな性格だけ似ちゃったのかしら?
母親はため息をついた。

669 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 11:25:58.22 .net
>>250
ヒナもルナもキャバ嬢が由来の名前(笑)
若い世代に相手にされなくなったおじさんが書いているのだろうね

670 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 12:52:55.65 .net
>>669
考えた本人だけど違うよ。
眠りの森の原作?に登場するターリア姫の双子太陽と月から来てる

671 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 22:33:02.20 .net
>>669
おじさんによるおじさんのためのスレだから

672 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 22:41:27.44 .net
「なんで僕の脚だけ、こんなに曲がって開かないんだろう」
結城薫は理不尽だと思った。

「でも赤ちゃんは、みんなガニ股だもんね?
僕も、二年たったら、兄さんみたいなきれいなまっすぐな脚に
変身するのかもしれない!

子供のころ好きだった、あのテレビ番組みたいに!」

「スリースリーファーイブ!」コードを入力したら、
「電磁戦隊、メガレンジャ〜〜〜!」
普通の高校生がヒーローに変身!

「見ろよメガ!決めるぜメガ!
身体が勝手に動き出すんだ〜♪」

「薫…、そんなに簡単に変身はしないと思うわ」
母親は呆れて言った。

673 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 22:42:14.24 .net
「なんで僕だけ、なよなよしてて、ひ弱なんだろうな」
男子大学生、柚本さんにはコンプレックスがある。

「かわいい」と言われる童顔や小柄な体形、
筋肉が付きにくい身体、
運動は好きなのに、サッカーやってもテニスやっても、
なぜか、動きがふわふわしがち。

誤解されがちだが、心も身体も男性である。

できるなら、もっと力強くて、頼りがいのある男性だと思われたいのに、
女の子たちには、
「ユズくん、かわいい〜」
と子供扱いしてくる。

連日特訓している選抜中高生のほうが筋力があるし、
バレエクラスの素人男性たちも、年齢相応にがっちりしている。

674 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 22:43:20.76 .net
「ユズくん、糸の切れた凧みたいよ?」
紗江子が早速柚本さんの欠点を指摘した。

「たいていの場合、上に伸びろ引き上げろと指導するけど、
あなたの場合は、床に向かって下へ体重を押し込む意識ももったほうがいいわ。

カプリオールの着地のプリエは、床をもっと押して。
やりっぱなしせずに、ちゃんと次の起点を作って」

ドS美魔女と呼ばれる紗江子の好みのタイプは、
長身のイケメン、高瀬蓮のような大人の色気のある男性だ。

女の子みたいに小柄で可愛い大学生の柚本さんは
正直、ピンとこない。
それでも、素人初心者男性の中では、一番若いし、身体は柔らかい。
真面目に訓練する気があるのなら、改善の余地はありそうだ。

675 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 22:54:38.63 .net
選抜児童科の審査を終えた教師たちは今年の収穫について話していた。

「どうかしら?今年は」

「そうね女子は良い子が多かったわよ。
外部の子で本当に手足が長い子がいた。
年々、日本人の体格も良くなってきたわよね!」

「何人か出っ歯や八重歯の子がいて
あれは小学生のうちに歯の矯正をするように言ったほうがいいわ」

「そうね、中学生でレッスンが増えて忙しくなる前に」

「男子はどうかしら?良い子が二人いたわね」

「もう二人は、ちょっと足が短くて微妙なとこだったけど、
今の段階では、男子の仲間が多いほうが励みになるという判断で合格にしたのよ。
いずれ、やめていくもの」

「一人は見るからに、論外だったわね」

「あれは6年生のスグルくんの弟よ」

「気の毒なくらいバレエに向いてなかった。兄弟でも違うものね…」

676 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 23:03:49.34 .net
そのころ、初心者クラスにあるおじさんがやってきた。
フィットネスクラブで習ってバレエ歴10年だという。

「俺はもう10年もバレエをやっているベテランだ。
フィットネスクラブの店舗をはしごして、週に7日!10年もキャリアがある!

名門・黒崎バレエアカデミーでも無双してしてやるぜ!」

と自信満々にやってきたのだが、

紗江子や若葉モモに
「少しポジションを明確に、音を正確にとって」
と注意されると、面白くないという顔をした。

「バレエなんて楽しく身体を動かせばいいのに!
ここの先生、めんどくさいこと言うなあ!」
とふてくされて、すぐにやめてしまった。

677 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 23:37:03.98 .net
薫はバレエ教室から帰る途中、母親と本屋へと立ち寄った。早速児童書のあるエリアまでいくと、子どもの名作絵本シリーズの一冊を手に取る。

「『みにくいあひるの子』か〜。みにくいってどういう意味だろ…透明人間みたいな?」

薫はバレエダンサーになるにはこうした物語に詳しい方がいいだろうと考えており、子どもでも分かりやすい名作絵本を頻繁に読んでいた。
今日手に取ったのはアンデルセンの『みにくいあひるの子』である。

「えーっと… あるところに、アヒルのお母さんがたまごを暖めていました…」

薫はその物語に登場する、一羽だけ不格好で汚い色のあひるの子が自分自身と重なった。
あからさまにバカにするバレエ男子仲間や、言葉には出さないが見下してくる兄、そして憐れみの眼差しを向ける親や大人たち…

「僕も、アヒルの子みたいに綺麗な白鳥になれるのかな…」

678 :踊る名無しさん:2022/09/01(木) 23:54:57.86 .net
田中さんは鈴木さんたち素人男性仲間とストレッチをしながら今日も世間話をしていた。

「なんか初心者クラスに男性来てましたけどすぐやめちゃいましたよね? 最近多くないですか?」
「もっと仲間増えてほしいけどね」
「この前のおじさんはフィットネスクラブのバレエクラスで10年、しかも毎日やってたらしいよ…。」
「え!? それでも、あのレベルなんですか…本来ならプロになってもおかしくないのに」
「バレエは一筋縄じゃいかないんだよ。
フィットネスクラブだととにかく身体を動かすだけで基礎をきちんと教えてもらえないことも多いから。その方が需要もあるしね」
「特に男性なんて行ける教室も数少ないし、フィットネスクラブだと心理的に参加しやすいから。そうやってああいう勘違いおじさん達が量産されていくんだろう」

田中さんは寒気がした。
長くやっていればやっているだけバレエもある程度は上手くなると思っていたのだが実際はそうではないのだ。

「でも田中くんはまだまだ若いし、黒崎でちゃんとした指導受けてるから大丈夫だよ!」

そうだよな! 俺はやる気は誰にも負けないし一流の指導を受けているんだ! 絶対上達してゆくゆくはプロバレエダンサーに…
田中さんはニヤニヤが止まらなかった。

679 :踊る名無しさん:2022/09/02(金) 07:30:59.53 .net
田中さんは、夏の舞台で踊ったくるみのヴァリエーションのときに、
紗江子に「5番きっちり入れろ」と言われ続け、

『5番、5番って、世の中にはもっと大事なものがあるだろう。

愛!
パッション!
夢、希望!
白タイツの輝き!』

「先生、めんどくさいこと言うなあ」
と同じように思ってたことは、都合よくきれいに忘れているのだった。

680 :踊る名無しさん:2022/09/02(金) 07:58:03.36 .net
薫の母親は、薫のガニ股矯正には長年、心を砕いてきた。
内ももにボールを挟んで歩くトレーニングもさせ、
専門の整体へもつれていった。

外に湾曲する膝下をけん引してみたり、
ふくらはぎを外旋させ1番5番に入るように試してみたり、
開かない股関節のストレッチも、子供のころから兄とともに毎晩やっていた。

その努力は多少の効果をもたらしたが、
それでもバレエを専門的に学ぶには不利すぎる骨格だった。

「好きなことをやめろと言いたくはないけど、
絶対的に不利で苦労するとわかっていて、やらせるのはどうなのかしら?

困ったもんだわ…」

681 :踊る名無しさん:2022/09/02(金) 12:49:38.71 .net
フィットネスクラブのバレエクラスだけでなく、バレエ教室も悲惨だ。

全国様々なコンクールが催されたことで明らかになったのは、生徒達の基礎の無さであった。コンクールに出場するのは小さなバレエ教室から出ているものが多いのだが、バレエとは言えないようなお遊戯バレエのこどもたちも少なくない。

黒崎にはそうした基礎のやり直しを求めてやってくる生徒たちもいるのだ。

682 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「みんな、バレエ、バレエって、よくやるわよね」

高校家庭科の宿題として出たライフプラン表に書き込みながら
高校生クラスのシホは思っていた。

大学進学、就職、定かではないけれど、結婚、出産と。
想像される今後のライフイベントを書き込む宿題だ。

シホは小学生のときには選抜クラスにいたものの、
第二志望で入った私立一貫校は新興の進学校、
通学にも時間がかかるし、毎日宿題がたっぷり出る。

選抜クラスの友達は、週5回の通常レッスンに加えて
民族舞踊、パドドゥ、コンテクラス、舞台のリハーサル。

選抜クラスがないときには大人上級クラスにも出る熱心さ。
コンクール前には夜遅くまで自習をしている。

中学生のある日、シホは悟ったのだ。

「私のバレエへの熱量は、この人たちとは違う」

683 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「私は、そこまでバレエ至上主義者じゃない。
習い事として、ほどほどに続けたいだけ」
そしてシホは、高校から週3回の一般の学生クラスにうつった。

「どうして?シホちゃん、上手いのに、もったいない!
一般のクラスじゃ、レベル低くて面白くないわよ?」
友達は不思議がった。

「どうして?」

こっちが聞き返したいくらいだわ。

「どうして、そんなにバレエが大事なの?」

彼らにとっては、バレエありきで世界が回ってるのだ。

「週3回だって、高校との両立けっこう大変なのに、
バレエしか眼中にない子は、バレエ以外のことはお構いなしだわ」
シホは、ライフプラン表にごく平均的な人生設計を書き込んだ。

684 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 00:20:34.61 .net
黒崎のおじさん達と意気投合したジェイムズはとても嬉しい気持ちであった。
親しい友人はおらず最近では妻からも冷たくされ、プロバレエダンサーを引退してから一切働いていないため世間から隔絶されたような状態であった。
そんな自分に、同じ男性のバレエ仲間が出来たのだ。一気に人生に豊かさができた気がした。

「このあと、エロいお姉ちゃんがいっぱいいる店行きませんか? 俺の行きつけなんですよ〜」

おじさん達と居酒屋でいい具合に酔ってきた頃、一人が性風俗店にいかないか提案をしてきた。

「お! いいっすねえ!」
「俺は女房とご無沙汰だったから溜まってたんだよ〜」
「ワイズウェルさんもどうですか?」

ジェイムズもおじさん達に誘われると、小さく頷いた。酒が入っていたのもあったが、妻に夜の相手をしてもらえない日が続いていたため、何となく癒されたかったのだろう。

685 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 00:47:52.89 .net
ジェイムズは「歌舞伎町のおっパブに行きたい」とリクエストした

686 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 01:15:20.02 .net
「歌舞伎町ならいいとこ知ってますよ!」

やけに風俗に詳しいおじさん達に連れられ、ジェイムズはおっパブ『Swan Lake』に入店することとなった。
店内は暗い照明のゆったりと落ち着いた雰囲気で高級感が漂う。際どい白いドレスのミステリアスな美女たちが出迎える。
Swan Lakeという名前だけあって、嬢達のドレスは白い羽根の装飾が施されているようだ。

「この店は、本番は当然NGですが、キスやおっぱいおさわりはオーケーでして。美乳が揃ってますから!」

おじさん達と共に案内され席に座ると担当の女性たちが艶やかな微笑を浮かべながら隣に座った。

687 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 01:28:44.74 .net
おじさん達が会話を楽しんでいた
突然、黒崎のおじさんをまたぎ視界をさえぎった

おじさんの目に映ったのは、だらーんととだらしなく萎んで垂れたおっぱいだった

688 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 07:37:26.80 .net
「やる気はあるのに、素人おじさんの成長を妨げるのは、
素質の問題じゃなければ、頑固で学ばない性格だよ!」

「しかも女性の多い環境ですぐ嫌われちゃうような
見た目や言動だと、厳しいよねー」

689 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 07:39:38.32 .net
「でもたまーに、イケてるおじさんやおにーさんも存在するわよ!」
「そういう人はね、謙虚でTPOをわきまえてるからね。
でも滅多にいないよねー」

690 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 08:12:20.79 .net
謙虚でもない傲慢な嬢がむき出しのおっぱいを揺らしながら、巻くしたてていた

691 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 08:14:51.84 .net
「だって、おじさんの価値って持ってるお金だけだもんね!」

692 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 08:16:47.03 .net
「でもイケメンならまだ許せる」
「そう?イケメンでも好みじゃないと、完全に無価値だよね〜」

世の中のおじさんの立場は厳しい。
バレエ教室ではもっと厳しいのである。

693 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 09:11:46.11 .net
好みのイケメン高瀬蓮が、驚異的な上達を遂げて
初心者クラスから大人の中級上級クラスに出るようになってから
紗江子が初心者クラスを教える意味がなくなってしまった。

もともと、紗江子は選抜Aクラスやコンクール指導の担当だった。
高瀬蓮が入ったのを見て「私が教えるわっ!」と
初心者クラス担当になったのである。

あれから2年たった。
新しいクラス編成、スケジュール見直しの時期になっても、
代わってくれる先生がいない。

若葉モモは、増えた幼児クラスやおさらい会の準備に忙しい。
ボーイズ基礎クラス担当の諏訪は、
その日は遠方のバレエ専門学校で解剖学の講義のため不在だ。

694 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 09:12:35.52 .net
他の先生たちは
「初心者クラスって昔は美容バレエクラスだったんだよね。
保護者の仲良しサロン的な」

「今では下手なおじさんおばさんの仲良しサロンだよ。
才能あるジュニアや大人上級者見た後、あれを見かけると、
なんだこの動物園はって思うよね」

「難しくていやだー、私を見てくれないー、新しい人が入ってレベル下がったー、
不細工なおじさん目障りー、下手だって意地悪されたー
と何かと文句が多いのが初心者クラス」

ロシアバレエを理想としジュニア育成が中心の
黒崎バレエアカデミーの中で、初心者クラスは異質なのである。

695 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 09:12:51.04 .net
紗江子は、他の教師たちの言い方に、さすがにちょっとムッとした。

初心者クラスは、黒崎バレエアカデミーの掃きだめ。
紗江子もずっとそう思っている。

だが、この2年、紗江子が教える間に彼らも改善してきた。

まわりからはわからないほど、微々たるものかもしれないけど、
1ミリ1ミリと、動きやラインがバレエらしくなってくる過程を、
紗江子は見てきたのだ。

「案外、指導上の勉強になるのよ。できない人ってこういう感じなんだって。
先生方、子供のころから抜群に『できる人』だけだから
できない人の状況はわからないでしょ」

と言ってみたが、誰も代わって教えたがらない。

696 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 09:17:51.29 .net
もう一つの初心者クラス担当の若葉モモは、
紗江子に初心者クラスの担当を続けてほしかった。

というのは、紗江子が細かいところを厳しく教えてくれるから、
モモのクラスは、アンシェヌマンに面白い変化をもたせて、
下手でも踊った気になれるよう、楽しく動く方針でいられるのだ。

初心者クラスの生徒は、若いモモにとって年上ばかり。
紗江子みたいに、たいていの生徒が避けたがる
「面倒でやりたくない基礎部分」まで、強く指導はできない。

「えっと…、前任のナナ先生も、紗江子先生の指導が良くて、
初心者クラスのレベルが上がったって、言ってました!」

「そうそう!我々には無理だから」
「では、このクラスは引き続き紗江子先生で」

こうして、紗江子は不本意ながら
初心者クラスの担当を続けることになってしまった。

697 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 09:47:19.74 .net
「腹立つわー、おじさんの仲良しサロンだの、動物園だのって!」

大人初心者クラスは、煮ても焼いても食えないおじさんばかり増える!と
常々うんざりはしていた紗江子だが、
2年間指導するうちに少しは愛着を持ったのだろうか。

「腿も膝下も、常に回して!
アンディオールしなきゃバレエじゃないからっ!」

(今日の紗江子先生、いつにも増して怖くね?)
(俺がターンアウトできないってわかってるくせに、
紗江子先生、あいかわらず諦め悪いな!)

698 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 10:06:46.47 .net
「確かに空気からして違うわよね…」

紗江子が選抜されたジュニアによるAクラスのスタジオに入ると、
生徒たちはもくもくとストレッチをしている。
レッスンの30分前から、今日の自分の身体と向き合うのが、彼らの日課だ。
「お稽古始めます」
一斉にレベランスをすると、教室の空気はピンと張りつめる。
真剣そのものの顔つきでバーにつく。

一番で立った瞬間、ターンアウト、背中や骨盤のあるべき位置、床との関係性、
すべての骨と筋肉がバレエのためにコーディネートされる。

これが普通のバレエのレッスンよね!
「腿も膝下も、常に回して!しっかり床を踏んで」
同じことを言っても、Aクラスなら即伝わるのに、
大人初心者クラスではさっぱりだわ。彼らは絶縁体か何かなの?

699 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 11:29:06.43 .net
素人おじさん達とおっパブで親睦を深めたジェイムズであったが、経歴や実力を鑑み彼が黒崎から紹介されたのは大人上級者クラスやプロフェッショナルクラスであった。
そしてジェイムズが選んだのはプロフェッショナルクラスだ。

大人上級者クラスとプロフェッショナルクラスの違いはオープンクラスかどうかの違いのみで、オープン制のプロフェッショナルクラスには外部のプロダンサーも参加している。
ただ中には、勘違いおじさん達が参加している場合もなきにしもあらずで、プロダンサーや上級者からは煙たがられているという。

そうした勘違いおじさん達は、自分の実力は棚に上げて、「ここはこうするんですよ」と親切にも自分より年下の人たちに指導をはじめるのだ。

700 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 11:37:53.94 .net
プロフェッショナルクラスでは基本基礎的な注意は行わない。
とにかくハードで難度の高いテクニックを組み合わせた複雑なアンシェヌマンを与えられ、アームズの形やら何やらは本人にお任せである。

プロフェッショナルクラスにはそれ故にうるさく注意されるのが嫌な謎に熱心なおじさん達が集まりやすいのだ。
本当は単純に相手にされていないだけなのだが、注意をされない故に自分は出来ていると思い込み、バレエにとって何か大切なものを置いてきてしまうのだ。

初心者クラスに来ていた例のフィットネスクラブのおじさんも、プロフェッショナルクラスに参加していた。

701 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 12:00:53.34 .net
おじさん達はおっパブにハマり、バレエそっちのけになってしまった。

702 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 12:07:05.26 .net
ダンサーのスッカスカのちっパイなんかどーでもいいんだよ

barよっていかないか
おじさんはねぇちゃんのブラ剥ぎ取って戦利品にした

703 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 12:52:10.95 .net
フィットネスクラブでのバレエ歴10年、
謎の勘違いおじさんの名は
名園完治(なぞの・かんち)さん、52歳。

名園さんは、20代30代のころは、OA機器を扱うブラックな企業につとめ、
ハードなノルマのある営業職についていた。

雪にも、夏の暑さにも負けず
丈夫な身体を持ち、毎日ひたすら顧客回りを続けていた生活。

女性にはモテず、結婚もせず、家でテレビを見ながらビールを飲むくらいで
これといった趣味もなく、真面目に働いていただけなのに、
勤続20年を前に、災難が降りかかった。

突然、会社が倒産して、職を失ったのだ。

704 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 12:52:45.32 .net
ショックを受け、転職を焦る名園さんに両親は言った。

「いいんだよ、完治は今まで働きすぎだったから、
神様が休めって言ってるんだよ。
いつだって、営業に飛び回って、人に頭下げてばっかりで。
少しは自分のやりたいことやってみたらいい」

実家住まいで、高齢の両親が経営する町の靴屋さんを手伝い、
生きるぶんにはお金には困らず、
時間の自由もきくという気楽な生活となったが、
名園さんは突然の生活の変化に、喪失感でいっぱいだ。

特に良い仕事だとは思ってなかったけれど、
20年の間、お得意様もできて、信頼関係も築いていたのに、
あっという間に無になってしまった。

705 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 12:53:25.51 .net
「これで、良かったのかなあ、俺の人生」

名園さんがブラブラと町を歩いていると、
新しくできたフィットネスクラブの看板が目に入った。

そこではまったのが、フィットネスクラブでのバレエである。

それから、10年の間、名園さんは心の空白を埋めるかのように
バレエに打ち込んできた。

その間、専門のバレエ教室に行くことは何度も考えたことがあったが、
「フィットネスクラブと比べると割高」
「経験者がプライドが高くて意地悪」
「バレエ教室は厳しくて初心者には楽しくない」等々、
マダムたちからの噂を聞いて、遠慮していたのだ。

しかし最近「黒崎バレエアカデミーは素人男性の聖地」と耳にし
テレビでも素人男性のバレエが紹介されたことから

「もう俺も、何年踊れるかわからない。一度でも挑戦しよう」
と意気揚々と黒崎バレエアカデミーにやってきたのだ。

706 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 13:01:55.71 .net
「バレエの経験はありますか?」
名園さんに、受付のお姉さんは聞いた。
「はい!フィットネスクラブで10年ほど!」
「はあ」
フィットネスクラブでの経験者ねえ、最近この手の男性が多いわ。
受付のお姉さんは
「では初心者クラスを受けてみてください」
「初心者クラス?」

名園さんは、俺は初心者ではありません、と言いたかったのだが、
受付のお姉さんは
「それで簡単すぎるようだったら、中級クラスご案内します。
中級クラスは、ジュニアから継続している人が中心になっていて
経験者でもついていけない人のほうが多いので」

707 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 13:14:23.14 .net
そして受けた初心者クラスでは
生徒はみな名園さんの動きに眉をひそめた。

動く練習をしてきたのはわかるが、細部がテキトーすぎるのだ。

「腿を回して立って」
「肩と脇のラインをそろえて」
「タンジュで足の裏を見せて」
「アンオーのときに肘を横に張って」
「パドブレの最後、かかとを前に」
「音を外さないで」

「バレエなんて楽しく身体を動かせばいいのに!
ここの先生、めんどくさいこと言うなあ!」と
名園さんは、初心者クラスに失望した。

名園さんが楽しいと思うのは、
いちいち細かいことを干渉されず、ひたすら身体を動かすバレエ。
それに尽きる。

「ここはダメだな。フィットネスクラブのマダムたちに言う通りだ」

そう思ったときに、もらったパンフレットやスケジュール表を見ながら気がついた。
プロフェッショナルクラスなら、1回払いもOKのオープン形式、
自由参加だということを。

「プロフェッショナルクラス!これに一度出てみるか!」

708 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 13:50:01.90 .net
結論から言うと、
おおかたの予想通り、名園さんはついていけなかった。

バーくらいついていけるだろうと高をくくっていたが、、
早いタンジュの、変則の音取り、脚の入れ替えで
既に頭がパニックを起こした。

センターでは、名園さんは膝もつま先も伸びないまま闇雲に動いた。

アレグロで、常連メンバーが涼しい顔をして
美しく伸びた脚で鮮やかなバッチュを繰り返すときに
名園さんは、身体をゆがめて打ち付けようとして
姿勢がひどく崩れ、音に遅れた。

跳び上がると肩が上がり、回ると軸がねじれた。

失笑するものもいたが、ほとんどの人はなるべく
視界に入れないように心掛けた。

「あそこまで行くとスタジオの景観破壊」
と常連ダンサーたちは苦笑いした。

その日、プロフェッショナルクラスの注意事項には
新しい項目が追加された。

「クラスのレベルに達していない方は受講をお断りします」

709 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:05:27.28 .net
フィットネスクラブでのバレエ歴10年、
謎の勘違いおじさんの名は
名園運治(なぞの・うんち)さん、52歳。

運治さんは、20代30代のころは、ブルセラショップにつとめ、
ハードなノルマのない営業職についていた。

毎日ひたすら店番を続けていた生活。

パンチラの趣味があり、真面目に集めていた
勤続4年を前に、災難が降りかかった。

突然、店が摘発されて、職を失ったのだ。

710 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:07:27.40 .net
おじさんはおっパブにはまってしまった

711 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:08:49.43 .net
やっぱりバレエはこうでなきゃな。
プロフェッショナルクラスだから味わえる踊りきったという達成感と疲労感が名園さんにはたまらなく最高なのだ。
プロダンサーになったような心地である。

「外人さんも来てたが男前でスタイルもいいし本当に王子様みたいだな〜」

ちょうどジェイムズをみつけた名園さんは思い出しながら感心していた。
初心者クラスではどこか垢抜けないおばちゃん達ばかりなのだが、明らかここプロフェッショナルクラスでは体格やオーラ、何もかも違う。

よし! またプロフェッショナルクラス受けにいくか!
名園さんは、追加された注意事項がまさか自分がきっかけであることには気付いていなかったのだ。

712 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:10:16.40 .net
店までポルカステップで進みながら、心が躍った。

713 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:11:17.73 .net
「最近、変なおじさんが出没しがちなので、
受講前に必ず複数の講師で面接するように」と通達が出たのもそのころだ。

残念ながら、一部の不届きなおじさんの存在が
普通のおじさんたちの立場をおとしめ、
素人男性バレエのハードルを高くしてしまった。

714 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:18:18.44 .net
一見すると、迷惑おじさんのようだが、名園さんもそう悪い人とは言えない。

バレエにはまって、熱心にレッスンを受けてきた。
ひたすら動くのが好き。上手い人と練習したいのも、自然な欲求だ。

バレエは、非常に厳格なポジションを要求される芸術だということ。
必ずしもみな平等ではないということ。

そういう部分を、初期の段階で誰にも教わらず、月日がたっただけなのだ。

715 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:19:13.34 .net
ブロフェショナルってうぜーな

716 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:20:34.21 .net
オジサンって存在自体がいやねー

717 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:22:07.54 .net
このスレいるか?
おじさんのスレは今回が最後になります

718 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:22:50.82 .net
おじさんは歌舞伎町に消えろ

719 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:28:24.86 .net
一方、選抜された児童科クラスの小学生たちは、
ポジションとコントロールの徹底的な指導を受けていた。

センターで、タンジュからゆっくり脚を上げたり、
スローモーションでフォンデュ。
姿勢を正し、骨盤を整え、床を踏み、ターンアウトを継続する。
ワガノワ下級生に課される、バランスと体幹の訓練。

たいていの大人はやりたがらない、面倒な基礎訓練を10歳の時期に完成させるのだ。

720 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:44:16.20 .net
おじさんは自堕落だから、コツコツはしないよ
会議がながい
タバコ休憩
談話
呑み会

呑まなくっても仕事できるっしょ
酒飲んで寝るだけ

そんなヤツつまらん

721 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 14:49:00.66 .net
性犯罪者は男がほとんど
CMの印象って大事
そういえばインフルエンサーがおしてる商品だとか部屋にあるものは避けて買う
企業にとってマイナス

722 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 16:09:49.97 .net
薫は、スタジオの見学エリアから児童科選抜クラスのレッスンを真似て練習をしていた。
夢はプロのバレエダンサー。他の生徒に遅れを取りたくなかったのだ。たとえ周りが諦めろと言ってこようが自分が諦めない限り頑張れる。

地味な基礎レッスンも薫にとってはプロバレエダンサーへの貴重な一歩である。
みにくいアヒルの子が優美な白鳥になったように、みにくいバレエ男子がプロのバレリーノになることだってあるかもしれないのだ。

723 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
2000年代前半のこと、
少し前まで、子供か教師かプロしか存在しなかったバレエ界。
素人の大人生徒が増えることは悪いことばかりではなかった。

特に都心では、子供の数はどんどん減ってくる。
『のれん分け』という観念が薄れ、バレエ教室の数は増えていく。
バレエ用品に舞台関係のニーズが増え、
業界が潤うことは歓迎すべきことだった。

複数のバレエ団がしのぎを削り、実力者が分散されてしまうため、
有名スターが出演する日以外は、チケットを売るのに苦労している現状は
いまだ変わらないが、舞台の観客の増加にも一役買ったと言えよう。

1971〜1974年は第二次ベビーブーム、
その年代に生まれた人たちの人口は特別に多い。
バレエ界にとっても、ビジネスのターゲットにするのには良い客だった。
田中さんもだいたい同年代か、数歳若いくらい。

時期が来て、その人たちが踊れなくなれば、
大人バレエ人口も減少に向かうのは目に見えているのだが。

724 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 20:24:01.18 .net
収入が低い両親から生まれた人達が満足に習い事させてもらえなかったのよね〜
時間って戻せないから、子どもの頃やれなかったバレエに必死なの
だから、少女趣味になるわけね

725 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 20:26:08.31 .net
自分が踊りたいだけなんだから、中途半端なバレエ団のチケットは死んでも買わないって決めてるわ

726 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 20:31:38.09 .net
大人バレエの生徒達はバブル世代で、ブランド志向は今でも顕在だ
パリオペやロイヤル、新国やKを崇拝し、それ以外は鼻で笑っている

727 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:07:11.90 .net
伊矢田華子(いやだ・はなこ)さんは、
最近、増え始めた素人男性のことを鼻で笑っていた。

「あーいやだいやだ!このバレエの世界に素人男性が来るなんて!」

というのも、とある個人事務所に秘書としてつとめていた時、、
おじさん上司が、偉そうだし、セクハラ発言は多いし、
我慢しているうちに、とことん男嫌いになってしまった。
別の会社の事務職に転職したが、
いまだ、おじさんという生き物が嫌いである。

おじさんのいない美しい世界を夢見ている伊矢田さんは、少女趣味だ。

彼女の部屋は、白を基調としたアンティーク家具で統一していて
中でもレースの天蓋をかけたベッドが伊矢田さんのお気に入り。
レオタードやバレエグッズは、白やベビーピンクでそろえている。

オープンクラススタジオベルベットを見つけ
子供のころ習っていたバレエを再開したのに、
おじさんがウロチョロしているのを見て、伊矢田さんは驚愕した。

728 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:11:21.59 .net
バレリーナって気の毒かもっ!バレエ一本で食べていけなくて、家族総出てユーチューバーだとか投げ銭だとか、貧乏くさくて哀れ

729 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:14:34.75 .net
「え、別にバレエスタジオに男性いても良くない?
あんまりパッとしないけど、女性だって全員きれいで上手なわけじゃないし…」

伊矢田さんが、毎回、ひどい顔をしておじさんたちをにらむので、
知り合いの友達がたしなめた。

「いやだいやだ!おじさんって存在自体がいやだ!」

730 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:21:38.56 .net
伊矢田さんは可愛い顔と可愛い服装をしているが、毒舌だ。
「あの人、哀れ」「不細工」「貧乏くさい」「中途半端」
悪口を一通り言っては、すっきりした顔をしてバレエスタジオをあとにした。

「うっかり、あの人と話すと気分悪いわよね。
意地悪な娘が一言口をきくたびに、口から蛇やカエル、毒虫が飛び出るっていう
宝石姫の童話を思い出すわ」
と生徒たちは噂していた。

731 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:26:36.90 .net
その矢井田華子はユーチューバーの本当顔クチャコに話し方がそっくりだった
いや、正確もそっくり

732 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:38:54.11 .net
本戸顔クチャコはカエルや蛇を口から出すのを芸としてはりますか
見事な顔芸!

733 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:41:35.86 .net
本戸顔さんってw
ウケる

734 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:43:56.70 .net
本戸顔さん、「カオナシ」に似てね?
キャラ的に

735 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:44:21.99 .net
「ネガティブな感情って強いから
あんなに悪口ばっかり言ってると知らぬ間に嫌な顔が作られるわね」
ベルベットの大人生徒たちは、うんうんとうなづきあっていた。

736 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:46:18.03 .net
一方、黒崎バレエアカデミーの選抜児童科では、
「レッスンのときから、舞台で何千人に見られても
恥ずかしくない顔をしてなさい」と指導している。

選抜された生徒の顔は、一途な情熱に輝いていた。

737 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 21:50:04.30 .net
最近ねー
本戸顔さん、無表情よ、シワ全部伸びた感じぃ
不自然だけどいつまでもつかなぁ
生配信で口からカエルが飛び出さないように、
縫い付けてあるのねぇ

738 :踊る名無しさん:2022/09/03(土) 22:11:41.28 .net
これについては皆、同じ意見でうんうん
と頷いた

739 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「この前来た、名園さんっていうおじさん、
プロフェッショナルクラスに出たんだって?」

「そりゃないわー」
「目が腐るとか迷惑だって言われてもしかたない」
「自分ができてないっていう自覚がないんだよ」
「わきまえろよな」

初心者クラスの人たちの噂を聞いて、田中さんはギクッとした。

実は田中さん、初心者のころ
ジュニアの選抜クラスの中でも最上級クラスのAクラスに
無断で忍びこんでレッスンを受けようとしたことがある。

740 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
Aクラスは、才能で選別され、訓練され、生き残った者が、
アカデミーでもっとも高度な訓練を積み重ねる場所だったことを
そのとき田中さんは、知らなかった。

「同じアカデミーの生徒なんだから、
俺にも受ける権利はあるよね?
上手い人とレッスンしたら、同じように踊れるようになるし!」と
勝手に思い込んでのことだ。

その時はまだ、エリート教育を誇るバレエ教室が
お金払えば、客として同じサービスを、同じ条件で受けられる
サービスと同じように思っていたのだ。

741 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「そのぉ、名園さんも、やる気が暴走してるんだろうなあ〜。
フィットネスクラブみたいなサービスとは運営方針違うから」

昔の自分の無知を思い出してしまい、田中さんは名園さんをかばった。

プロフェッショナルクラスかあ。名前がいいよなあ。
オープン形式だから、一回でも参加できるよね。
きっと上級のボーイズクラスみたいにバリバリ動くんだろうなあ。

「俺だって、時間が合えばプロフェッショナルクラス挑戦したいけどさ〜」
と田中さんが何気なく言うと

「それはやめとけ!!!」
「ダメだ!田中くん、身分をわきまえろ!!!」
「空気感染隔離室に汚染物質持ち込むような行為だぞ!!!」

おじさん仲間は一斉に叫んだ。

742 :踊る名無しさん:2022/09/04(日) 12:49:13.31 .net
みんなそこまで言わなくてもな…
俺だってベルベットの舞台で主役だったんだから、プロみたいなものだ。
おじさん達の制止に田中さんは不機嫌になった。

「名園さんが参加して以降、プロフェッショナルクラスには“クラスのレベルに達していない方は受講をお断りします”とかいう注意書きが追加された話は有名だ」
「え? そうなんですか…」

オープンクラスと言えどもプロフェッショナルクラスはプロバレエダンサーの為のクラスだ。プロになっても鍛錬は必須。
そうしたダンサー達の鍛錬の場として設けられたのがプロフェッショナルクラスであったのだ。
名園さんのような素人はそもそも想定されてはいない。

「そういやあ、ヒナちゃんの義伯父さんがプロフェッショナルクラスに参加してたそうだ。
そのときちょうど名園さんも参加してたらしい」

ヒナの伯父ジェイムズが英国のバレエ団の元プロバレエダンサーであることなど全く知らない田中さんは、
ほらその辺のおじさんも参加して何もいわれていないんだから名園さんがよっぽど酷かったってだけなんだ。
俺なら名園さんと違ってフィットネスクラブじゃない名門バレエ学校で指導を受けてるんだから、名園さんより基礎は熟知してるぞ。にしし…

田中さんはプロフェッショナルクラスに参加する気持ちが強まっていった。

743 :踊る名無しさん:2022/09/04(日) 13:17:19.03 .net
ちょうど黒崎プロフェッショナルクラス名園さん事件と同じ頃
ベルベットに「プロフェッショナルクラス」が新設された。プロフェッショナルクラス紹介ページには、黒崎同様に“クラスのレベルに達していない方は受講をお断りします”ルールなるものがあったが、
実質順番を間違えずただ動けているだけの上手いとは言い難い生徒でも受講が許されていた。

そこには名園さんの姿もあった。
黒崎のプロフェッショナルクラスを受けて以降、名園さんはあの空気感に惚れ込んでしまったのだ。

744 :踊る名無しさん:2022/09/04(日) 17:40:02.44 .net
ベルベットのプロフェッショナルクラスには黒崎のプロフェッショナルクラスに出ていたメンバーもちらほらおり、名園さんの姿を見るなりヒソヒソと話し始めた。

「うわ、あの初心者のオッサン此処にも来てるよ…」
「懲りないよな」
「話によるとバレエ歴10年で毎日フィットネスクラブのバレエをやってたらしい」
「逆にすげえ。だけどフィットネスクラブのバレエとか…努力の方向性完全に間違えてるな」

バレエダンサー達は苦笑しながら、アレグロで必死になって踊る名園さんの薄くなった後頭部を目で追った。
足のポジションもめちゃくちゃで、腕も妙に伸ばしきっていたり、肩が動いたりあがったり、何もかもが杜撰なのは明らかだ。
バーレッスンでもアラセゴンにあげた脚に引っ張られ軸足から重心が大きくずれてしまっていたり、タンジュで床を全く使えていない上に普通にアンディオールをしていない。

講師は配慮して普段より振付を易しくはしたが、名園さんの場合それ以前の問題があった。
彼の一所懸命さは痛いほど伝わるが、基礎を知らぬまま踊らせるのは本人にとって良くないことだ。

「名園さん」

クラス終了後、講師が名園さんに声をかけてきた。

「先生お疲れ様です。どうなさいましたか?」
「名園さんに一番合うと思ったのですが、このバレエスタジオご存知ですか? ロシア人講師がロシアメソッドで指導してくれるんです」
「いえ初耳です。そんなところがあったんですね…」
「留学生や留学を目指す生徒、プロも受講しています。基礎を身につけるにはよい環境ですよ。よろしければですが体験してみて下さい」

講師がパンフレットを名園さんに手渡す。
このベルベットもそうだが大人がじっくり基礎を学べる環境は非常に少ない。入門などと書いてあっても、中身はそうでないことが殆どだ。

745 :踊る名無しさん:2022/09/04(日) 20:44:10.89 .net
「その教室ではここと同じようにバリバリ動けるんですね?」
「いえ、そういうわけでは。でもじっくり基礎を」
と講師が言うと、
「基礎かあ」
名園さんは顔をしかめた。

「この前、別のところで、脚ひらけだの腕が落ちてるだの細かいこと言われて
バレエ嫌いになりそうだったんですよー。
俺も50過ぎてますから、細かいことは気にせず自由に動いて楽しみたいんです!」

746 :踊る名無しさん:2022/09/04(日) 21:26:47.12 .net
講師は思った。
じゃあなぜ名園さんはよりにもよってクラシックバレエを選んだのだろうかと。
バレエは厳格にポジションが決まっている。脚をあげる高さにおいても、首の付け方においても、腕の動かし方もだ。
そういったものが嫌なら、もっと自由なスタイルのダンスやスポーツでも良かったはずだ。

とはいえ名園さんが嫌になるという気持ちも分からなくもない。いちいち言われるとつらい人もいるだろうから。特に楽しみたいと思っている人にとっては。

「結構厳しい先生だったのですね。
とはいえロシア人の先生は、あまり個人に注意はしませんから、そういった煩わしさはあまりないとは思います。じっくり自分なりにバレエに向き合えるはずですよ。
クラシックバレエは基礎が重要です。その美しさはそれから来ています。だからプロも基礎レッスンを大事にするんです。
いくら回れてもいくら跳べても、美しさがなければ意味がありません」

講師がそう言うと、名園さんもまあ試しに受けてみるかとパンフレットを受け取った。

ロシア人講師が教えることは正しい。けれど、期待できる生徒にこそ直接的な指導がなされるため、大人初心者に指摘がなされるとは考えにくい。
それでも、名園さんにはバレエの美しさを知る良い機会だと考えていた。

名園さんは無駄な筋肉によって太く見えるが、決して身体条件に恵まれていないわけではない。
よく見ればO脚に見える脚も実際には真っ直ぐで手足も長い。頭も小さめで、甲高で緩やかにしなった脚は羨ましいぐらいである。
本人の意識さえ変われば、名園さんは大きく成長するだろうとも思ったのだ。

747 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 06:40:04.42 .net
「フィットネスクラブでは楽しく動けたのに、
教室の人ってややこしいこと言うよなあ。

なーにが、クラシックだ。
所詮、ヨーロッパ文化の猿真似のくせに。
基礎基礎って、実際にできてる人がどれだけいるんだ?

カラオケ楽しんでる人にボイストレーイングしろ。
ジョギング楽しんでいる人にフォームを直せ。
下手な文章書く人には、シナリオ作家の指導を受けろ。

子供ならわかるけど、52歳のおじさんの俺の趣味に
何を期待してるんだ?」

名園さんはブツブツ言いながら帰っていった。

748 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 06:50:20.90 .net
失業したとき実家にいることが多くなったから、料理も始めたのに、
「その麻婆豆腐はニセモノ。中華の基礎から学べ」
「カレーはスパイスの配合を考えろ。まずスパイスが何たるかを知れ」
「皿の洗う順番が違う。テーブルの演出を勉強しろ」
とダメ出しされてたら、やる気なくすよな。

専門分野ならがっつり時間とお金かけて勉強するだろうけどさ、
趣味のおじさんにまで、そこまで押し付けるなよ。

749 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 07:25:37.54 .net
「ロシアの先生紹介するなんて、何のいやがらせ?」

プロフェッショナルクラスの生徒は驚いた。
ひたすら動きたい高齢男性に、ロシア式の教育が合うとは思えない。
完全放置されるのがオチだ。

「私が留学したとき習った先生は、完全にスパルタ、
指導は序列順だったわよ?
一列目に並ぶトップ層の生徒を熱血指導するけど、気に入らなければ放置」

「名門校の現地の先生はプライド高いけど、日本に住む人はそうでもないわよ。
ロシアの中でも地方出身の先生は、優しめな感じ。

来た時は厳しくしてても、そのうち日本人のニーズに合わせてくるの。
日本の大人バレエは客商売だからね」

750 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 07:28:19.45 .net
名園さんは、もらった教室案内を開いてみた。

「は???たっけぇ〜!!!」

週1回月4回の料金が、フィットネスクラブの1か月分の会費とほぼ同じ料金だ。

「教室のバレエはお金かかるって聞いたけど、本当だったんだな」

751 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 07:42:12.08 .net
「バレエ教室って、いけ好かない、お高くとまったやつらばかりだ!」

名園さんがテレビを見ながらビールを飲んでいると、
80になる父親がバレエ教室のパンフレットを手に取った。

「ロシアの先生か。いいじゃないか」

「は?」

「俺は高校生のころドフトエフスキーが好きでね」

「親父が?」

「うん、大学行ってロシア文学を勉強したかったんだけど、
稼業を継がなきゃなんなかったし、そのうち戦争があってね…」

752 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 07:49:39.64 .net
「20世紀、ロシアという国は、幸せとは言えなかった。
大国だけど、基本貧しい国だし、政治不安も大きい。

だからこそ、民衆が放つ芸術の力、文化の輝きっていうのかな。
俺に、そういうことを感じさせた国なんだよ」

名園さんは驚いた。
父親は、普段寡黙で、朴訥な人だと思ってきた。
その父親から「文化」「芸術」という言葉が出るとは。

753 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:02:40.65 .net
「人間ってのはね、正しいようで間違ってる。
悪行も光の当て方を変えれば善行になる。
そういう文学に、旧制高校のころには惹かれてたんだ」

名園さんの父親は、バレエ教室のパンフレットを手に取った。

「ロシアの先生か。
一度行ってみたらいいじゃないか」

754 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:10:46.78 .net
この頃、身体が一回り小さくなってきた父親は、
ロシア、というキーワードに、
青春時代の何かを思い出したらしい。
落ちくぼんだ小さな目が輝いた。

755 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:32:30.16 .net
人間ってのはね、正しいようで間違ってる。
悪行も光の当て方を変えれば善行になる
?!
意味がわからん

756 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:33:54.90 .net
名園さんは、バレエは趣味で楽しく動ければそれでいいと思っているのだが、ならば何故バレエを選んだのかと自分でも不思議であった。
フィットネスクラブでバレエに出会ったときから、本当に夢中になり毎日通うようになった。あの情熱は、そして魅力はどこからくるものなのか説明が付かない。

ただ言えるのは“上手くなりたい”。そういう気持ちでいっぱいであった。

757 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:44:28.83 .net
おい父上!
「悪行が善行になるとはなんぞなもし」
父上「…」
父上「そんなこと言った覚えはない」

758 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:50:43.57 .net
認知症を患っているためか1分前に話したことを忘れてしまう

「ロシア…ワシはコサックダンスを得意をしていた時代があった」

759 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 08:59:09.85 .net
「ドフトエフスキーの『罪と罰』だよ」

760 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 09:08:15.19 .net
ぞなもしって、完治は夏目漱石の『坊っちゃん』が好きなのか?

『草枕』でもあっただろう。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。

761 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 09:10:36.17 .net
「下手だ」と言わない優しさが、本人のためにならず、
「下手だ」と言ってあげる優しさが、人を傷つける。

そんなことはしょちゅうあるだろう。

762 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 09:43:58.33 .net
町で靴屋を営む名園さんの父親は、若いころロシア文学が好きなインテリ青年だった。
時代柄、深く勉強する環境にも機会にもあまり恵まれなかったのだが。

「身体が動くうちに、良いものを追求してみたらいい。
待ってるだけで、良いものは見つからないから」

Под лежачий камень вода не течет.

763 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 09:55:38.47 .net
「親父がそう言うんなら、一度行ってみるかな。
フィットネスクラブ週7回のうち、
全然動けなくてつまんないクラスもあるから代わりに。

今までの倍は金かかるけどなあ」

名園さんは、体験予約のために電話をかけた。

764 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 18:51:10.24 .net
名園さんが来たのは、東京のおしゃれな街と言われる一角だ。
高級そうな衣服がショウウインドウを飾り、
しゃれたカフェのテラス席では若い娘がおしゃべりしている。

「このあたり、学生や若者が多いよな。
おじさんもたまにいるけど」

名園さんの横を、光沢のあるタイトなジャケットにスカーフを巻いた
いかにも服飾関係者らしきおじさんが通りすぎた。

「歩くだけでも、居心地悪りぃ街だなぁ」

名園さんは地図を見ながら、新しいビルに入っているバレエ教室を見つけた。

エレベーターで上に上がると、ピアノのレッスン曲が鳴っている。
教室の扉を開くと、
レッスン中の女性生徒たちが一斉に名園さんのほうを見た。

「おじさんが来たわよ」「業者さんじゃないの?」
一瞥すると生徒たちはすぐにレッスンに意識を戻した。

受付にいる先生に、次のレッスンの体験に来たと告げる。
「男性の更衣室はこっちです。ちょっと狭いですが」
と、小さな部屋を案内される。
「広々したフィットネスクラブと違って、こんな小部屋で着替えるのか」

名園さんは直感的に「合わないな」と思っていた。

765 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
着替え終わった名園さんは見学席からレッスンの様子を眺めていた。

先生は30代半ばぐらいの白人女性。
金髪のストレートヘアをシニヨンに纏め、紺色のレオタードに黒の巻きスカートをつけている。
長く綺麗な脚に小さな頭で、いかにもバレリーナといった体型、まるで童話から出てきたお姫様そのものだ。

生徒の女性たちは、素人のおばさんの姿もあったが、高いお金を払い受けているだけあってか皆本気そのものだ。
バーレッスンにしても、顔の角度やアームズの形、出す足のタイミングやその高さまでが揃っている。
そして先生の完璧なアンディオールをした脚のタンデュは見とれるほどに美しいのだ。

プロフェッショナルクラスはベルベットも黒崎も個性的であった。ポールドブラの腕の動作にせよ、様々なくせがある。
けれどこのクラスの統一感はなんであろうか? 

766 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「俺さあ、年下の女に指図されるのが一番嫌いなんだよなあ…」

年代的に名園さんは、年功序列、男尊女卑の思考が根強い人だった。

767 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 22:36:03.73 .net
「だいたいさあ、俺が面白いと思ったのは
フィットネスクラブの自由に動くバレエクラスであって、
たっかい料金払って習う小難しいクラシックバレエじゃないんだよ。

気取った本格的なフルコースはおいしいとは思えない。
安価なB級グルメが最高!そんなおじさん、どこにでもいるだろ?
人の価値観は一つじゃないんだぞ」

768 :踊る名無しさん:2022/09/05(月) 23:05:29.64 .net
という名園さんであったが
フィットネスクラブに留めておけばよいものを、わざわざきちんとした本格クラシックバレエの黒崎のプロフェッショナルクラスに飛び込んでしまうのだから、
困ったおじさんである。

「ども! ガーコでーす」

気の抜けた声を出して、ギャル系YouTuberがベルベットのプロフェッショナルクラスの撮影をした動画が投稿された。

『オヤジのバレエ(笑)超マジウケル!!』というタイトルだ。

そこには一人明らか醜態をさらす名園さんの姿が映し出されており、某大型匿名ネット掲示板でスレが立つほどに話題になっていた。
普段ガーコの動画は全く再生数が伸びないが、たまにこうして話題になるのであった。

769 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 06:49:10.14 .net
「バレエの舞台も観る気しないよな。
日本人が西洋の王子様お姫様ごっこしてるの
こっぱずかしくて観てられんよな。

わざとらしいし、気持ち悪いんだよね」

そう思いながら、名園さんがTシャツハーフパンツでスタジオに入ると
さっそく女性生徒たちの冷ややかな視線を浴びた。

「なぜおじさんがここに?」

770 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 06:49:38.81 .net
数多ある東京の大人のバレエクラスの中で、
女性生徒たちは、理想やこだわりをもって、
高いレッスン料を払って、わざわざここを選んでいるのだ。

年々大人初心者が増えるとともに、どのクラスでも
初心者率が高くなりレベルは下がっていく。

動物園か運動会かと言われる大人クラスから逃げ、
規律ある雰囲気を求め、統一されたロシアメソッドによる
厳格なクラシックバレエクラスを望んでいる。

おしゃれな街というロケーションも
彼女たちがこの教室を気に入っている理由の一つだ。

名園さんは全く教室の雰囲気にそぐわなかった。

771 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 06:52:03.06 .net
「この謎の統一感は…」

名園さんは思いついた。

「友達がはまった、宗教集団みたいだ!」

名園さんは不快に思うのを通り越して嫌悪感さえ抱いた。

自分たちの信じる戒律が、世界で唯一無二だと信じてる。

腕の高さから、顔の向き、骨盤の傾きまで
全員、同じ行動振る舞いをするよう教え込む。

その戒律を破ると、邪教だ不幸になる人間失格だと言わんばかりに。

お気に入りの信者は優遇される。
その「教祖のお気に入り」の地位を求めて、お金を使って通い、
教えを請い、身体を酷使するのだ。

772 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 08:06:30.99 .net
「なあ、リカさん…、それ、やめろよ」

それは、10年前の朝、
当時勤めていた会社のデスクで同僚は手をフリフリ振りながら祈りの儀式をしていた。
リカさんは名園さんと同期で入社し、20年来の友人だった。

その数年前から、リカさんは泥沼離婚をきっかけに変な宗教にはまっていた。

「名園くん、うちの会社は傾きかけてる。
社員全員がバイラ教に入信すれば、きっと立てなおせるわ」

「リカさん…」

「名園くん、鉛筆を持つときは、キツネさんの形で。
そうでなければ、世界に災いがもたらされるわ」

「脚を組んではダメ。正座もダメ。神はそれを望んでいない」

10年前に会社は倒産し、以来リカさんとは会っていない。
倒産した後、リカさんが困窮生活を送っているという話を、人づてに聞いた。
何でも話せる数少ない友人の一人だったのに。

そんなわけで、名園さんは特殊な行動様式を一様に押し付ける
宗教というものをひどく嫌っていたのだ。

773 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 09:52:08.41 .net
多くの生徒は下手くそなオジサンが来たと視界に入らないようにレッスンを受けたが、名園さんの姿を見て、彼の素質に驚く生徒もいた。
確かにどこからどう見てもその辺のオジサンなのだが、短パンから覗く脚が非情に美しい。
教師に修正されると、180度横に開く脚に、高いアラベスク、床と水平のアチチュードは上級者と見紛うほどだ。
短パンとTシャツでスタイルは隠されてはいるものの、頭の小ささは見ればすぐに分かる。

774 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 18:34:02.04 .net
体験したレッスンは、方向だ、つま先だ、骨盤だ、手の位置がどうだと
きっちり踊るための説明や直しが多く、動きが少なかった。
つまり名園さんの嫌いなタイプのレッスンだ。
「遊びなんだからざっくりでいいじゃん!」

「俺なんのために体験料払ったんだ?」
名園さんは、腹が立つのを抑えるのに必死だ。

「ワタクシたち、ロシア人に正統のメソッドで習っております」
「ここは、そのへんの下手なおばさんクラスとは違いますから」

女性生徒たちの自負に満ちた、冷ややかな視線。
傲慢な選民意識も感じが悪いにもほどがあった。

775 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 18:34:32.99 .net
俺も靴屋の息子だから、靴だけはこだわりのオーダーメイド、
スニーカーも高級品を何足もそろえ、日替わりで履いてる。

しかし、店で一番出るのは5千円以下の量産品。
お金を出してくれる客に、自分の考えや好みを押し付けたりはしない。
客それぞれの予算、ニーズ、足の形や好みに合う靴をお勧めする。

バレエ教室は、客商売の基本に欠けてるよな。

名園さんは、ムカムカしながら帰った。

翌日には、フィットネスクラブでマダムたちに
「教室はフィットネスクラブと比べると割高」
「経験者がプライドが高くて意地悪」
「細かいことにうるさくて楽しくない」
と愚痴ったのだった。

776 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 18:47:49.55 .net
「もったいないわねえ。よく開く良い脚をしてるのに」
「50過ぎたおじさんに来られてもここにはなじまないでしょ?
最後のほうは不機嫌になってたし」

初心者の素人おじさんとひとくくりに言っても、
部分的に見れば光る長所を持っている人はいるものだ。

その人が、バレエの基本技法に対する確固たる信念を持って
時間とお金とエネルギーを使って
長期間レッスンを続けるかどうかは、別の問題だ。

777 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 18:50:30.02 .net
「朝のプロフェッショナルクラス…ですか?」

「はい!半休とって一度出てみたいと思って!」
田中さんは、やる気満々でモモに言った。

いつかのナナ先生のように
「バレエを愛する心があれば、みんなバレエダンサー♪」と
励ましてくれることを期待してのことだ。

一方モモは、名園さんのこともあって、
田中さんになんとか諦めてもらおうと、言葉を探していた。

778 :踊る名無しさん:2022/09/06(火) 18:53:16.72 .net
「えーっとぉ、ここのプロフェッショナルクラスに出てるのは、
黒崎の本部・支部の先生と、過去に在籍していた出身ダンサーや
関係者中心で、メンバー固定されていて」

「て、ことは…」

「紗江子先生や私も出てます!」

げげっ!紗江子先生もレッスンに出てるのかっ!

田中さんは、以前、選抜クラスにプチ変装してもぐりこんだときに
紗江子に「邪魔しないで!」と怒られたことを思い出す。

「そうそう、ベルベットのようなオープンなスタジオだと、
やる気があればわりと誰でも受けてるって聞いてます!」
とあえて、他のスタジオを勧めてみた。

黒崎のプロフェッショナルクラスを守るため。
ごめんなさい、ベルベットのみなさん…とモモは心の中でつぶやいた。

779 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
黒崎プロフェッショナルクラスが始まる前は、受講生達はストレッチやワォームアップ等をして時間を使っている。
ストレッチをしながらお喋りなどもよく見る光景だ。

「ワイズウェルさんってイギリスのバレエ団にいらっしゃったんですよね?」
「え? あ、はい…どうして名前を」
「女性たちの間で素敵なイギリス人バレリーノがいると噂になっていたので。
私はアナスタシア・アレクセーイェフです。長いんでアナでいいですよ」

こんな美人な女性に声をかけられ内心喜びでいっぱいのジェイムズであったが、表面上は冷静を装う。

「そうでしたか。驚きました。ロシアの方なんですか?」
「ええ、生まれも育ちもロシア。バレエ学校卒業後もロシアのバレエ団で数年踊っていました。その後幾つか色んな国のバレエ団に」

アナスタシアと名乗る金髪のストレートヘアの白人女性は名園さんが体験を受けたロシアメソッドのオープンクラスの講師だ。

「その後私もイギリスのバレエ団に在籍していたこともあったんです。今は引退して日本でバレエ指導をしていますけど」
「僕も引退してる身です。…今は趣味として踊っています。趣味が気楽でいいです…」

ジェイムズは少し笑って答えた。
同時に自分がバレエ団をやめることとなるある事件を思い出していた。自分を贔屓にしていた元バレリーナでバレエ学校校長かつ監督が元恋人に殺害された事件…
あれ以来、あのバレエ団にいられなくなったばかりか、しばらくバレエを踊れなくなってしまった時期があった。

780 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 06:12:22.70 .net
ロシア人の名前って早口言葉みたいで外国人には悪夢だよね。
同じ姓が男性と女性とでは変わるし。
スミルノワ(スミルノフ)、ザハロワ(ザハロフ)、
パブロワ(パブロフ)、オシポワ(オシポフ)とね。
チャイコフスキーも奥さんはチャイコフスカヤ。プーチンも娘はプーチナ。
知らんけど。

781 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 08:35:20.77 .net
↑(すげぇめんどくさいレス。親切のつもりなんだろうが嫌がらせとしか思えない。フォローするなら小説の本文でやるべき。)

782 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
(ファミリーネームの読み方がバラバラだと面倒だから敢えて個人的に統一してるって設定でもありだと思うし、
そういうフォローをするのでもなく、ただ単に遠回しに間違い指摘するだけして他人にあとは放り投げるのはどうかと思うね。
とりあえず >>780 のことは気にせず書き込んでね。今後ロシア名キャラ作成するときに意識すればいいよ)

783 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 09:12:20.17 .net
黒崎のプロフェッショナルクラスは紗江子先生がいるから参加しづらいよな。こっそりAクラスに忍び込んで受けたとき本当に怖かったし。
田中さんは思い出しただけで背筋がぞくっとした。

ここはモモ先生の言うとおり、ベルベットのプロフェッショナルクラスに参加することにするか!
今日の夜にレッスンがあるみたいだし。

田中さんは早速プロフェッショナルクラスの予約をして、ベルベットへと向かうのであった。

784 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 10:30:52.07 .net
(アナスタシア・アレクセーイェワにしたらいい。
人のフリ見て自分も注意。)

785 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 10:33:54.83 .net
(遠回しはマジウザいから直接の方がまだマシ)

786 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 10:39:38.72 .net
>>779 修正)

黒崎プロフェッショナルクラスが始まる前は、受講生達はストレッチやワォームアップ等をして時間を使っている。
ストレッチをしながらお喋りなどもよく見る光景だ。

「ワイズウェルさんってイギリスのバレエ団にいらっしゃったんですよね?」
「え? あ、はい…どうして名前を」
「女性たちの間で素敵なイギリス人バレリーノがいると噂になっていたので。
私はアナスタシア・アレクセーイェワです。長いんでアナでいいですよ」

こんな美人な女性に声をかけられ内心喜びでいっぱいのジェイムズであったが、表面上は冷静を装う。

「そうでしたか。驚きました。ロシアの方なんですか?」
「ええ、生まれも育ちもロシア。バレエ学校卒業後もロシアのバレエ団で数年踊っていました。その後幾つか色んな国のバレエ団に」

アナスタシアと名乗る金髪のストレートヘアの白人女性は名園さんが体験を受けたロシアメソッドのオープンクラスの講師だ。

「その後私もイギリスのバレエ団に在籍していたこともあったんです。今は引退して日本でバレエ指導をしていますけど」
「僕も引退してる身です。…今は趣味として踊っています。趣味が気楽でいいです…」

ジェイムズは少し笑って答えた。
同時に自分がバレエ団をやめることとなるある事件を思い出していた。自分を贔屓にしていた元バレリーナでバレエ学校校長かつ監督が元恋人に殺害された事件…
あれ以来、あのバレエ団にいられなくなったばかりか、しばらくバレエを踊れなくなってしまった時期があった。

787 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 10:43:28.64 .net
「入居費用がン百万で、月々の費用が22万か…」
「完治、いろいろ調べたけど、これでも安いほうなのよ」

名園さんの父親はアルツハイマー型認知症が年々進み、
自宅で介護しきれなくなってきた。
なるべく近い高齢者介護施設を探し、入居の相談をしている。

「俺もいつまで自由にバレエやってられっかなあ」
元気だった父親の身体が動かなくなっていくのを目の当たりにして
名園さん自身も将来が不安にならないと言ったらウソになる。

「世の中、どっぷりバレエ習って生きてける人ばかりじゃないんだよ。
気晴らしに身体動かすだけなのに、バレエ教室すげぇめんどくさい」

788 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 10:52:15.61 .net
「ロシア人の先生、マジウザかった!」
名園さんはフィットネスクラブの仲間相手に文句が止まらない。

「教室も先生も、合わないと合わないわよねえ。
私が行ったところも、入ってすぐ発表会出ろって言われて」
「大人はバレエシューズでその他おおぜいのにぎやかしなのに、
ソリストやる子供と同じように10万以上費用がかかるのよ」

「そりゃないなあー。俺はここのバレエクラスでいいよ」
介護費用もこれから先、ずっとかかるんだし。
バレエ教にはまってるやつには、人の事情なんかわかんないんだよな。

789 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 11:07:21.11 .net
いやいやバレエだけじゃない。
趣味にはまりすぎた人は客観的に業界を見られなくなる。

近くのカレー屋のシンちゃんに誘われて
ちょっと顔を出してみた将棋クラブも同じだった。

初心者同士で楽しく遊んでたら、
「定跡をきっちり勉強しないとね」
「毎日2時間詰将棋したら強くなるよ」
そのうち
「強くならなくてもいいって、
なんのための将棋してるの」(笑)(笑)(笑)
挙句の果てに
「初段になれないやつは地頭が悪い」とか言い出すわけだ。

一歩外の社会に出たら特に役に立たない技術だぞ?
バレエも同じだ。
人それぞれの取り組み方や楽しみ方がある、とは思えないもんかね?

790 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 11:13:57.53 .net
ベルベットの先生だって、遠回しに
「名園さんに一番合うと思ったのですが」
あれで気を使ったつもりかもしれないけど、遠回しはマジウザい。
だったら「別の教室で基礎をやり直して来い」と直接言う方がまだマシだ。

791 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 11:19:46.86 .net
名園さんは外部のクラスを色々受けて、やはりフィットネスクラブのアットホームなバレエクラスが自分の場所だと実感した。

「それにしてもなんで黒崎のバレエ教室なんかに行ったのよ。
あそこはプロを目指すジュニア養成がメインだし、本格的なところなのよ」
「でもプロフェッショナルクラス受けるなんて度胸あるわ。あたしだったら怖くていけないもの!」

マダム達が疑問を抱いたが無理もない。
名園さんのようなとにかく動きたいタイプの人にはきちんとしたバレエ教室が合わないことぐらいは容易に想像できるからだ。

そして名園さんがいつものバーの位置につくため離れていくと、マダム達が小声で話し出す。

「名園さんにロシアメソッドのクラス紹介した先生、絶対名園さんを追い出す為よね…。基礎も無いのに来ないでくれるって圧力よ」
「出直してこいってことかしら? それとも名園さんが一所懸命に思えたから、きちんとしたバレエを指導できるところを教えたのかもね」

792 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 11:22:17.46 .net
名園さんもバカではない。
他の教室を勧められたときに、遠回しにプロフェッショナルクラスから
追い出されたとは感じていた。
「親切のつもりなんだろうが嫌がらせとしか思えない!」
そして名園さんは、二度とバレエ教室に足を踏み入れることはなかった。

793 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 11:42:34.31 .net
こうしてプロフェッショナルクラスに平和が訪れた。

と思いきや、田中さんが入れ替わるようにしてベルベットのプロフェッショナルクラスに姿を現した。

794 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 12:29:14.32 .net
他のスレでもあーだのこーだの見かけた内容まとめだな
またこの話題かよ

795 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 12:33:04.35 .net
ろごすの暇つぶし

796 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 12:35:54.15 .net
ロシア語で書いてみ

797 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 12:49:06.18 .net
名園さんがいるかもしれない
https://youtu.be/z5rRd1OFXL0

798 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 12:52:30.28 .net
小説家になれなかった人の吹き溜まりだからしょうがないの

799 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:13:09.25 .net
天井の高い広いスタジオには、30人はいるだろうか。

みんな服装はバラバラだ。
外国製らしき、見慣れないおしゃれなレオタードを着ている女性もいれば、
海外のバレエ団の名前が入ったTシャツを着てる人もいる。
擦り切れたジャージにタンクトップを着ている男性もいる。

田中さんからすると、いかにも踊れそうな人たちに見える。

聞こえてくる会話は、次に出演する舞台の話、主宰する教室の発表会、
プロの世界のうわさ話などだ。

通常のレッスンは録音された音楽で行うが、
このクラスは生伴奏。
バレエピアニストが、ぽろんぽろんと鍵盤の感触を確かめている。

「思ったより全体的に年齢層高いんじゃないかな。
俺でも若いほうだから、プロフェッショナルクラスの
ホープと呼ばれちゃったりして、うしし」

田中さんは、なるべくスタジオ中央のバーについた。
どっちを向いても、人のお手本が見える位置だ。

800 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:13:32.87 .net
早めに来て入念にストレッチを行う人が多い中、
一人バタバタと直前に入ってきた女性がいた。
「すみません!ここいいですか?」と
息を切らしながら田中さんの横についた。

「ふう、ギリギリだわ!」
別の教室で子供クラスを教えたあとに
小学二年生の保護者に捕まってしまった。

「先生、うちの子、まだトウシューズ履けませんか?」
その子は他にもピアノ、水泳、そろばん、英会話などの習い事をしていて
バレエレッスンは週1回。ひょろひょろした身体で、脚力がない。

801 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:13:45.48 .net
「英会話のお友達が、もうトウシューズ履いていて、
うちの子も履きたがってるんです」
「ポワントは、脚のターンアウトがある程度できて、ルルべでこのように
かかとが上がり、無理なく体重を支える筋力がついたら」
と実例を見せて丁寧に説明したが、保護者は不満げに食い下がった。

「お友達が履いてるのに、自分はまだ履けないと
娘もモチベーションが続かないみたいで〜。
トウシューズ履きたいから、お友達の教室に移ろうかって言うんですよ〜」
と上目遣いで笑顔を浮かべ、謎の圧力をかけてくる。

相手をするのも面倒になったので、
「退会の際は、一か月前におっしゃってくださいね!」と
笑顔をひきつらせながら教室を出て、足早にベルベットに向かった。

802 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:15:13.67 .net
>>762
Под лежачий камень вода не течет.
ロシア語だけどここだけ
ハラショーハラショー

803 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:16:42.66 .net
はいっ
今日退会します

804 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:20:26.17 .net
両手バーで軽く脚踏みやタンジュするウォームアップメニューの後、
プリエが始まるや否や、前に並ぶ田中さんを見て、
彼女は気がついた。

「この場所はハズレだわ」

805 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:31:43.97 .net
>>797
全力で応援したいわ

806 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:38:18.53 .net
視界から入るものは強力なのだ。
目の前で順番を間違えまくってジタバタしている田中さんをなるべく見ず
動かす腕のほうに顔をつける。

そこで、はす向かいにある有名プロダンサーが
レッスンしていることに気がついた。

「これはラッキー!」

807 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:50:49.56 .net
ベルベットのプロフェッショナルクラスは
開設当初こそ、プロダンサーや教師がほとんどだったが、
最近、首をかしげるようなレベルの初心者が混ざりがちだ。

それでも、やはり、広いスタジオ、全員ではないものの高度な技術を持つダンサー、
講師の経験とセンスを感じる粋なアンシェヌマンの数々、
生ピアノのレッスン、一回から受講できるシステムは魅力的だった。

808 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:51:08.60 .net
「デーブ、ブース、チービ」
めいいっぱい大声で叫んだ

809 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:52:35.53 .net
田中さんはイキってる自称プロダンサーに突撃した

810 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:56:06.17 .net
そして、ダンサーのシニョンをつかみ、引きずりまわした。

811 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:56:19.87 .net
「男性は一番最後のグループで!」
「ちゃんと歩幅を考えて!」
と田中さんは講師に怒られてしまった。

812 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:57:38.66 .net
うっぜぇ〜

813 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 13:59:58.72 .net
全く広いスタジオで大きく動くダンサーたちと
まったく歩調が合わずに、ぶつかってしまったのだ。

「ええ、グリッサードそんなに進む必要ないって習ったのに」

初心者クラスとプロフェッショナルクラス、
参加者のレベルや場所が違うと、「正解」とされる姿が違うことを
田中さんは知らなかった。

814 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:00:29.29 .net
おいお前!
プロ崩れのお前らのことだ
「何言うとはりますの?」
お前のは目障りだー、視界からさっさと消えてくれ!

815 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:00:41.23 .net
この日は田中さん以外たまたま女性しかいなかったため、
センターのピルエットやグランワルツで田中さんはひとりにされてしまった。

816 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:03:21.52 .net
プロフェッショナルクラスの人たちは
田中さんに、お前は目障りだー、視界からさっさと消えてくれ!
とさえも思わなかった。
最近、このクラスに初心者が混ざるのに慣れてきてしまったのだ。

そういう人が混ざった場合には、
存在しないものとして自分のレッスンに集中していた。

817 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:04:46.62 .net
バレエは正確ではない
適当だ
斜めに進む
何度の方向だ
指示だしが曖昧すぎる

818 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:07:49.57 .net
田中さんの番になると、他の人たちは目をそらし、空いている場所で
それぞれにバランスの確認をしたり、ストレッチをしたり、
ピルエットの練習をした。

中には哀れみのこもった表情で、見ているものもいた。

819 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:08:13.36 .net
そこのお前
レッスン中にスマホで何やってるんだ!
「レッスン風景撮ってるの、ちょっとしたお小遣いかせぎ」
「勝手に録画して常識がないやつだな」

820 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:11:39.08 .net
「オレを撮すなー!」
田中さんはナイフを取り出し、ダンサーの神像めがけて刺した。
何度も何度も刺した
ダンサーは醜く顔を歪めて即死した

821 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:13:48.12 .net
半数近くの人は指導経験がある人のため
「反面教師として、子供たちにはきっちり指導しましょう」と
決心するのだった。

822 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:15:34.08 .net
この日はライブ配信だった

視聴回数は10 分で1000回、更に増え続けた

823 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:21:00.37 .net
ストレッチをしていた他の生徒たちも、慌ててスマホを取り出し、一部始終、録画した。
またたく間に、世界中をかけめぐりニュースとなった。

824 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:23:36.87 .net
最近、田中さんが一番気になっているバレエ演目は
『カルメン』だったのだ。そのラストシーンを演じてみせた。

有名なビゼーの歌劇であるが、バレエ作品としても振付られている。

カルメンの愛を失ってしまったホセ、
カルメンは、エスカミーリョを愛している、と冷たくホセを拒絶し、
彼が送った指輪も投げ捨ててしまう。

ホセは嫉妬に狂い、カルメンを短刀で刺し殺す。

その叶わぬ愛を炸裂させる
シーンにただならぬロマンを感じていた。

825 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:24:15.53 .net
時代設定、20年前で、スマホもYouTubeもないよ

826 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:27:41.34 .net
そんなの知るか

827 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:29:54.67 .net
カルメンはトーシツか?
切れやすいやつの老後は認知症かガイだぞ

828 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 14:31:10.30 .net
オトコもトーシツなのよ

829 :踊る名無しさん:2022/09/07(水) 16:27:42.68 .net
田中さんカルメンを空想して楽しんでいたが、現実と空想が区別できずに、事件を起こした

830 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 08:28:13.74 .net
携帯用の電子メモ機をぱたんと閉じて鈴木君は爽やかに笑った

いろいろわかったことが多かった!楽しかったけど今度はジャズバレエを研究してみたいな
クラシックバレエを一から十まで全部教えている所はないんだね〜

自分たちの文化じゃないものを教えるって、そんなのあり得ないじゃん当たり前だよ
いくら好きだからって「歌舞伎を教えます」ってフランス人が言わないよ
中村君が意外そうに言った

831 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 09:12:11.67 .net
「前方のグリッサードから前アッサンブレ、後ろもやって
横バロネ、パドブレ、横へグリッサード表裏、
グリッサードからブリゼボレ、タンルべ、5番、横シソンヌからストゥニュ」

「???」

「グランエシャッペ、バッチュ入れて、
ランベルセからピルエットフェッテアチュチュード、
デトルネ、踏んでクぺ、バットマンからガルグイヤード、
タンジュパドブレ前から入れて、パドポワソン、ルティレルルべ」

「???」

「ピケターン、二度目は右手上でダブル、
アンボワッテで回ってから、ジュッテアントゥールナン、
ペアテ2回、バランシンパドシャ、クぺアロンジェから
そのまま左も続けて」

「???」

832 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 09:12:54.34 .net
ちょっと待って待って!もう一回見せてほしい!
俺、見て真似するのは得意だから!
5回くらい見たら覚えるからぁ〜!

田中さんは心の中で叫んだ。

幸い「男性は最後!」と言われ一番最後に並んでいたので、
何グループかお手本を見る間に順番は覚えられた。

「こんな組み合わせやったことなかった!」
と田中さんは無我夢中で、がむしゃらに手足を動かした。

「足先伸ばせ」「肩を落とせ」「脇をそろえろ」
とあれほど繰り返し繰り返し黒崎で指導されてきたことは、
案の定、すべて吹き飛んでしまっていた。

833 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 09:13:37.36 .net
「エポールマン、踏んで、タラッタ、時間を止めて!」

プロフェッショナルクラスの講師の全体に言うことは、
かなり大雑把に思えた。

これでみんな通じてるのか?暗号か?

田中さんのグチャグチャな動きに、驚いて眉をひそめる人もいるが
ほとんどの人は目をそらして見ないようにしている。

それよりもお忍びで来ていた、美しい有名バレリーナに注目していた。

正確さなポジションに、音楽を体現するかのようなアームスの動き、
ゴージャスな脚のライン、さらりと動くだけでも、
有名ダンサーのまわりの空気は、しなやかに波線を描き輝いていた。

834 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 09:22:46.50 .net
「俺!けっこう!踊れたんじゃないかなあ!」

田中さんは満足した面持ちでプロフェッショナルクラスの最後の
ポールドブラ、レベランスを終えた。

最後に全員拍手した。

もちろん慣例によるもので他のクラスでもやっているのだが、
今日ばかりは
「田中さん、よくやった!!!君も本当のバレエダンサーだ!!!」と
人々が自分をねぎらってくれる拍手のように、田中さんは感じた。

835 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 10:15:43.54 .net
田中さんは、スタジオを自動販売機で飲み物を買おうとしたとき、
もう一人、背後に同じく飲み物を買おうと待っている人がいることに気がついた。

みんなの注目を集めていた有名バレリーナらしき人だ。

艶やかな漆黒の髪、切れ長の大きな瞳、赤いワンピースが良く似合う。
近くで見ると、気の強そうでちょっと怖そうな印象だ。
田中さんと目が合うと、彼女は「お疲れ様」と華やかにほほ笑んだ。

「おお、俺のカルメン…」

田中さんは思わずつぶやいた。

「何言うてはりますの?」
その女性は豪快にケラケラと笑った。

「おもろい人やな」
女性はドリンクを買うと大股でスタスタと去っていった。

836 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 11:33:39.19 .net
有名バレリーナの経歴はかなり変わっていた
コメディアンであり、宝塚の女優だった
たまにお茶の間で熱湯風呂に入り舞台の宣伝までしている

837 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 11:45:13.46 .net
今夜もその美女はレッスンの後に熱湯風呂の収録があり、宝塚歌劇団の宣伝をする予定だった…
だか、しかし

その美女は突然、持病の発作をお越し救急車にて搬送されてしまった
美女がスタッフに言い残した

「田中さん、私の代行をお願いして きっと面白い絵になるわ」だった

838 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 20:13:35.05 .net
田中さんは、なんだかわからないうちにタクシーでテレビ局に連れていかれ、
楽屋で撮影用の化粧をほどこされた。

「肌もきれいだし、メイクしがいがあるお顔ね〜」
ヘアメイクのおばちゃんはメイク道具をやたらいっぱい持っていて、
何種類ものファンデーションを使いわけて田中さんの肌に重ねていく。

「あれ、俺、こんなにハンサムだっけ?」
田中さんは鏡を見て驚いた。
「ヘアはちょっと無造作がいいわね〜ふっふっふ」
おばちゃんはノリノリだ。

スタッフに連れられ、撮影スタジオに連れていかれる途中に、
廊下で思いがけず知り合いに出くわした。

「あれ?見たことあると思ったら、田中さん」
「あれ、安田さんじゃないですか」
『素人バレエボーイズの夏』の担当だった安田は
この局で働いてるらしい。

839 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 20:14:32.47 .net
「時間がないからよろしくね!」
最低限の打ち合わせのみで、本番が始まってしまった。
「こんなんでテレビ出ていいのかな〜」と
ちょっと不安な田中さんをよそに、
生放送のコーナーが次々進行していく。

「はい!お約束の熱湯風呂が出てきました!

今日は軽風紅花(かるかぜ・べにか)さんの代役で急遽、
東京にお住まいの会社員、田中さんにお越しいただきました。
軽風さんの代わりに、宝塚の公演の宣伝をしていただけるそうですね?」

裸に腰回りに白いバスタオル一枚の田中さん。
下に水着は着てるのだが、ちょっと恥ずかしい。

「あっ、はい…なぜか、成り行きで。ご指名いただきました」

「では、さっそく、どうぞー!」

840 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 20:16:19.03 .net
田中さんは、まぶしいスタジオの照明を感じながら、
カメラに向かって、得意の王子様顔を作った。

「その瞳は胸を焦がし、眼差しが突き刺さる〜♪」

田中さんは『エリザベート』の劇中で歌われる
『愛と死の輪舞』を、バレエの仕草を交えながら朗々と歌った。
タオルいっちょの姿ではあるが。

「おっ、いい声!」と司会者が言い、思わず拍手が起きる。

「禁じられた愛のタブーに〜俺は今踏み出す〜♪」と
いっそう大きく声を張り上げながら、どぶん!と熱湯風呂に入った。

ぅうあーっちちちち!

当時はまだモラハラな笑いが通じたのである。
大げさに熱がってみせる田中さんに、スタッフもギャラリーも爆笑だ。

裸の田中さんは、お湯から急いででると、カメラに向かいなおし、
少し眉をひそめ、再び憂う王子様顔を作ると、
最後にしっとりと歌いあげた。

「愛と死の輪舞(ロンド)〜♪」

「10月より宝塚歌劇場にて、話題の『エリザベート』上演されます。
ぜひ足をお運びください!」アシスタントの女性が言った。

841 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 20:17:21.16 .net
「はいCM入りまーす」

「田中さん、良かったよー!堂々としてた!」
見ていた安田が田中さんに声をかける。

「あんなことして、宝塚ファンに怒られませんかね?」
(つーか、文章的にも大丈夫なのか?)
「いいのよ!裏番組の恋愛ドラマに視聴率押されてるからね!
バラエティは派手にやらなきゃ!」

「あっ最後、出演者と並んで手を振ってね!」

そして田中さんの慌ただしい一日が終わった。

842 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 20:35:35.95 .net
「軽風さん、持病大丈夫なのかな。
プロフェッショナルクラスであんなに動いてて。
初心者クラスの3倍は動いたよな〜。
テレビにも出たし、今日はクタクタだ〜」

田中さんは帰宅するとベッドに倒れ込んだ。

843 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 23:40:49.79 .net
軽風紅花(かるかぜ・べにか)の本名は、軽辺せつこ。
身内には、かるべえと呼ばれている。

宝塚現役時代、幼いころから熱心に習っていた踊りは高評価。
しかし演技も声量もいまひとつで、
在籍中は目立った活躍はしていない。

宝塚引退後、芸能界に転身するも、しばらくはあまり仕事のない日々が続いた。

844 :踊る名無しさん:2022/09/08(木) 23:41:54.35 .net
ブレイクのきっかけは肉。

肉が好きで「三食肉で〜す!」と少々大げさに言っていたら、
あるとき、肉の食べ比べ番組に呼ばれた。

「結婚するなら、近江牛」とか「付き合いたいのは、かごしま黒豚」だの
「名古屋コーチンに浮気してもええやろか」などと言いながら、
おいしそうにも食べたのが、評価された。

共演した先輩コメディアンに気に入られたこともあり、
次々とバラエティ番組に呼ばれ、今ではそこそこの売れっ子だ。

若いころからの高血圧なのはわかっていた。
あまり気にしていなかったのだが
とうとう、レッスン後にスタジオの玄関先で倒れ搬送されてしまった。

845 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
歌舞伎町でおっパブに連れて行ってもらってから、ジェイムズはたびたび性風俗店に足を運ぶことが多くなった。

ジェイムズが指名したのは、ゆりんちゃんという嬢。少々ふくよかで巨乳、丸くて大きな瞳が可愛らしい癒し系な女性である。
ゆりんちゃんを気に入ってからというもの、指名するのはいつも彼女だ。

個室に入りシャワーを済ませると、いつものようにゆりんちゃんとお喋りをする。ジェイムズが心の内を話すと、彼女は真剣に話を聞き共感してくれるのだ。
そしていつも抱き締めてくれる。ゆりんちゃんの体温を感じると不思議と落ち着いた。

846 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
事実婚の妻サラがジェイムズを気に入ったのは、彼の経歴と容姿。
聞こえの良い経歴の男を見ると飛びつくコバンザメのような女だった。
二人の仲は冷え切って、事実婚も解消していた。

847 :踊る名無しさん:2022/09/09(金) 08:55:02.39 .net
「ジェイムズさんの家も大変だったのね。私の家もそんな感じだったわ」

ゆりんが少し切なげに微笑んだ。
そして彼女は、ジェイムズが親からの愛情に飢えていたことも察した。同時に親への憎悪も。
だからこそ赤の他人の自分に抱いてもらうことで癒されていたのだ。

性風俗店には、単にセックスを楽しみたいという客の他に、癒やしや人との触れ合いを求めて来る客もいる。
医者やカウンセラーとは違う風俗嬢だからこそ、打ち明けられる素の自分もいる。

「私に出来ることなんて限られてるけど、この部屋にいる間は私がおもてなしするわ。
寂しさが吹き飛ぶぐらいに」

「ありがとう、ゆりんちゃん。本番お願いしてもいい?」

「ええ! 存分に甘えてね!」

お互いを見つめ合うと、ゆりんはジェイムズに接吻してそのままベッドの上に押し倒した。

848 :踊る名無しさん:2022/09/09(金) 13:38:06.36 .net
ジェイムズがバレエ・ダンサーになったのは10年以上前。
フランスから有名バレリーナが英国に電撃移籍。
その2年後、ソ連の政情不安でロシア人男性ダンサーも英国に亡命。
日本人はもちろん、英国で活躍する外国人ダンサーが増えた。

ジェイムズが所属していたバレエ団も例外ではなく、
次第に国際色豊かになっていった。
かつてないほど活気づいたバレエ団の黄金期、のはずだった。

あの事件さえなければ…。

849 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 00:07:46.62 .net
団に入り数年後、ジェイムズは異例の早さでプリンシパル・ダンサーに昇格した。
バレエ団やバレエ学校を取り仕切っていた元バレリーナで名監督エレノア・ロジャーズのお気に入りで愛人であるからだという噂もあったが、
ジェイムズのダンスール・ノーブルに相応しい容姿と、正確で繊細な技術を目の当たりにすれば、彼の昇進に異議を唱えるものはいなかっただろう。

ジェイムズがプリンシパルに抜擢され最初に踊ったのは『ジゼル』。
彼は見事にアルブレヒトを踊り多くの賞賛を得た。特に喜んだのはエレノアであった。

「ジェイムズ。あなたは私が思っていたとおり特別なダンサーよ。とても誇らしいわ…」
「いえ、貴女のおかげですエレノア」
「これからもイギリスのバレエ界を…いえ世界のバレエ界に私達の存在を知らしめるの。貴方となら、その夢を叶えられるわ…!」

夢と希望、野心に燃えた女の目。その力強い炎にジェイムズは惚れこんでいた。彼女と一緒ならなんでも出来る気がした。
けれど運命はその炎さえ奪ってしまった。

その翌年、エレノアは元恋人で元バレエダンサーの男に殺害されたのだ。そのダンサーも後を追うように自殺。元スターバレリーナにして名監督の殺人事件はイギリスで大ニュースとなり世界中でも報じられた。
その事件のあと、後任の監督がジェイムズを気に入らなかったのか、ジェイムスはプリンシパルをおろされ、待遇も悪化、
力強い味方で愛するエレノアを失ったショックと監督や彼を快く思っていなかったライバルによる嫌がらせで、ジェイムスは精神をやみ引退を余儀なくされたのだ。

850 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 07:51:58.06 .net
時期が悪かったのだ。

そのころバレエ界ではグローバル化が進み
技術的にも大きな転換期にあった。

それまで「脚を頭の上まで上げるのは下品」と言われていたのが
某フランス人バレリーナの出現から、バレエ界の常識は次々翻っていった。

イギリスのバレエ団の好待遇に惹かれ
ロシア、南米、アジアからやってくる外国人ダンサーたちは、
一人残らず、強い個性と精神力をもち、
観客の度肝を抜く超絶技巧の持ち主たちだ。

彼らの人気が急速に高まるにつれ、
ひたすら品よくノーブルなジェイムズの存在感は薄れていった。

851 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 07:57:29.01 .net
「ジェイムズの踊りはお行儀がいいだけで古臭い」
「付属バレエ学校の温室育ちで、パワーを感じられない」
「外国人スターに比べると、見かけ倒しだから」

観客の「素直な感想」には情け容赦がない。

「今まで、エレノアのひいきがひどかっただけさ。
ほら、彼ら…、あんな年が離れてるのに…クスクス…」

エレノアが在任中、独裁的なところがあったのは否めない。
長年水面下で渦巻いていた不満の矛先は、ジェイムズへと向かっていった。

852 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 07:58:11.46 .net
新しい芸監とは相性が悪いのは最初からわかっていた。

ある朝、ジェイムズが前日の舞台の疲労が残る身体を引きずりながら、
スタジオに行き、廊下の掲示板に目をやると、
次の演目、『白鳥の湖』の配役表やリハーサル予定が貼りだされていた。

王子の役には三人のキャストが載っている。
ジェイムズのレパートリーの一つだ。
その中に、ジェイムズの名前はない。

ジェイムズは目を疑った。

「そんなバカな…」

他の配役に目をやると、三幕の民族舞踊の一人に入っていた。

853 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 07:58:51.18 .net
「今回は話題の外国人ダンサーたちを起用したんだろう…」

そう自分を納得させようとしたが、
次の話題のコンテ作品からも外れ、
年末のくるみ割り人形も花のワルツのコールドの一人。

ジェイムズが高い評価を受けていた
思い入れのある演目『ジゼル』では、何のキャストにも入っていなかった。

「どうしてですか?」
そのときばかりは芸監と話がしたいと申し出た。

「君は最近、ずいぶん疲れてるようだからね。
心身の自己管理ができない人は、この先やっていけないよ。

客の入りによって、次年度のバレエ団への助成金も左右される。
客が呼べる人をキャスティングするのは当然だろ」

854 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 08:16:09.49 .net
「殺人事件のスキャンダルはバレエ団にとって大きな痛手だ。
テクニシャンの外国人ダンサーの人気のおかげで
このバレエ団はなんとかやっていけそうなんだよ」

ジェイムズは引き下がるしかなかった。

「お〜や、顔色が悪いね、ジェイムズ!」
「女の子でも紹介しようか?」
「ジェイムズは、おばさん好きだから無駄だよ!」

すれ違いざまに嬉しそうに話しかけてくるのは、先輩ダンサーたちだ。
この数年、エレノアのせいで良い役がもらえないと
いつも不満を抱いていた人だ。

そのシーズンの終わりをもって、ジェイムズは退団した。

855 :踊る名無しさん:2022/09/10(土) 10:43:39.48 .net
その頃、田中さんのキャラクターが受け、ネットでも話題になったためか、
最近人気急上昇中のバラエティー番組にゲストとして出演しないかというオファーが舞い込んできた。

「え! 俺が!?」
「絶好のチャンスよ。一般の会社員から芸能人にっ! 夢あるじゃない」

安田はご機嫌そうに言った。
田中さんは動揺を見せつつも、とうとう時代が俺に追いついたかとニヤニヤが隠せない。

856 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
それは女性に人気の情報バラエティ番組の一コーナー、
入院中の軽風が出演するはずだった。

去年リニューアルされた日比谷の『東京宝塚劇場』周辺を散策した後、
劇場ロビーで出演者にインタビューという企画だ。

田中さんは「東京の会社員・田中さん」として出演することになった。

「共演者は二人は、ベテランと若手の女性タレントよ。
軽風が二人を案内するという予定を変更したの」

「えっと、俺、大して宝塚のことは知らないんですけど…
いいんですか?

「気にしない気にしない。番組の流れは決まってるから!
適当に盛り上がってちょうだいね!」

857 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
ロケは劇場近くのおしゃれなカフェ。
40代の女優・陽子と20代のグラビアアイドル・里菜との共演だ。

「こんなおしゃれなカフェ初めてだぁ〜」
「こういうとこ、女の子連れてきたら喜ぶわよ!」
「会社員・田中さんは、彼女いないの?」

二人の共演者は、素人の田中さんに突っ込んでくる。

「絶賛、募集中です!」
と田中さんはニカッとカメラに向かって笑う。

「募集中だそ〜で〜す!みなさんよろしくね〜!」

ほとんど毎日黒崎かベルベットでバレエやっているから、
彼女作るヒマはないのだが。

858 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「会社員・田中さん!正直に言いなさい。
里菜ちゃんと私と、どっちが好み?」
ベテラン女優・陽子がぐいぐい突っ込んでくる。

バラエティーによくある、素人の田中さんをイジリまくる作戦だ。

田中さんは空気を読んだ。

「里菜ちゃんは、年が近くてすごくかわいいですけど、
陽子さんの大人の色気にひかれます!」

「あらあ!いい人ね!田中さ〜ん!」

田中さんは、同年代の女性には見向きもされてないが、
なぜか、年上の女性や動物には好かれる。
ベテラン女優・陽子にも好かれたようだ。

859 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
場所を変えて劇場の中。撮影の待ち時間が長い。

広い場所があれば、踊りたくなるのが、ダンサーと言うもの。
田中さんがちょっと身体を動かしていたら、

「田中さん、そこで踊ってみて!」
と指示が飛んでくる。

田中さんは赤いじゅうたんの敷かれたゴージャスな階段の前で
王子様顔をして会社員スーツのまま、踊ってみる。

途中でミュージカル女優でもあるベテラン女優・陽子が加わり
田中さんと二人で、謎の即興ダンスが繰り広げられた。

「ついでに歌って!」

この前、宣伝のために急遽覚えた『愛と死の輪舞』を歌う。
「たった独りの人間なのに 俺を震えさせる〜♪」

グラビアアイドルの里菜が手を叩いて笑い転げていた。

860 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
宝塚の出演者インタビューでは、
「宝塚の男役は、とにかく美男子じゃないですか。
舞台でかっこよく見える、身体の角度やポーズ教えてください!」

と素人なりに舞台経験者らしく聞いて
男役のコツを直接教えてもらう田中さん、

「足を大き目に開いて!堂々と!首の角度はこのように
上から観客を見下ろすように!」
男役の人が田中さんにバシバシ指導してくる。予定外だった。

完璧にかっこよくポーズを決めるトップスターの横に並び、
田中さんが、精いっぱいかっこいい顔を作って
同じように大真面目にポーズを決めると
どういうわけか共演者もスタッフも声を上げて笑うのだった。

861 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「ワイズウェルさん、コレなんですけど」

プロフェッショナルクラスが終わったある日のこと、アナスタシアがジェイムスに何やらチラシを見せてきた。

「バレエ・ガラコンサート、出演者募集中?」
「ええ、ここに出たいと思って。それで私、パートナーを探しているんですが、ワイズウェルさんいかがですか?」

舞台で踊るなんていつぶりであろうか?
レッスン自体は続けていたが、バレエ団を退団してから全く立っていない。

「ええ勿論です。レッスンだけやるのもアレですし、舞台に出て刺激を受けたいと思っていたところでした」

ありがとうございます! アナスタシアが嬉しそうに礼を述べる。

「私も生徒の指導中心でなかなか舞台に立つ機会も無かったので。ワイズウェルさんがそう言ってくれて嬉しいです」

「チラシによるとオーディションが行われるみたいですね。誰でも出られるわけではなさそうです。曲は何になさるつもりで?」

「『ライモンダ』3幕を考えているんですが、ワイズウェルさんは?」

「僕もそれで問題ないですよ。踊った経験ありますから」

862 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 09:53:10.27 .net
ジェイムズは、かつてライモンダを踊ったときのパートナーの姿を思い出していた。

そのころ、ジェイムズが所属していたバレエ団には
インパクトのある女性プリンシパルがそろっていた。

やんちゃで豪快なグルジア人、
楚々とした日本人、
彗星のように現れたアルゼンチン人。

個性的なプリンシパルの中で、ジェイムズと踊りも体形も合ったのは、
ジェイムズと同じように付属バレエ学校から上がってきた
イギリス人女性ダンサーのソフィアだった。

863 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 09:55:07.98 .net
中世フランスの絵巻物のような作品、ライモンダ。

ヒロインは、物語の中で5つのヴァリエーションを踊り
女性としての心の成長を遂げる。

パン!

3幕のハンガリー風のヴァリエーション。

彼女が手打ちした瞬間、観客の全注目が彼女に注がれる。

それに耐えうるプリンシパルとしての美しさと強さが
彼女の背中から、炎のように立ち上って見えた。

ジェイムズは、ライモンダの3幕ヴァリエーションの曲を聞くとき、
いつも彼女が踊る姿が目に浮かぶのだ。

864 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 10:09:29.87 .net
一時は、断ち切ろうとしていたバレエへの思い。

子供のころから「ひいきされてる」と言われるのは慣れっこだった。
ジェイムズはバレエ学校のころから
学校長のエレノアがお気に入りの生徒だったから。

「あいつだけ良い役」「そんなに上手いか?」と
陰口叩かれることは何度もある。

こんなことでくじけたりはしない。
プロになってからの観客の目のほうが厳しく辛辣だ。

殺人事件のあとに、バレエ団をやめた後、
すぐにヨーロッパ内の他のバレエ団を見つけよう、

そう思っていた。

865 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 10:10:52.50 .net
しかし、レジュメを作る手はいっこうに進まない。
街に出ると、人の声がうるさく、風景は灰色に見えた。

ある日、ジェイムズはバックパックに必要最低限のものを詰めて
列車を乗り継いで北へ北へと向かった。
半日以上乗って、ついた先はスコットランドの国立公園。

「だんな、スコッチウイスキィをお試しなされ。
オーガニックビールもありますぜ。
ソーセージ&マッシュ、スカンピ、自慢のハギス」

強い北方訛りでパブの主人が言った。

あの時、どこまでも続く緑の草原を歩きながら思ったのだ。
「人生は劇場にだけ存在するのではない」と。

それなのに、何年かたった今、
遠いアジアの地でまた舞台を踏もうとしている。

ダンサーであること。
それは、子供のころから心と身体に深く深く刻み込まれた刻印のようだ。

866 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 20:47:47.00 .net
「田中さん、ボイストレーニング受けてるんですか?」
テレビ局の音声スタッフに聞かれ田中さんはきょとんとした。

「たまにカラオケ行くくらいです。
最近バレエ優先なのでそれも行けてないですねえ」

「田中さん、いい声してますよ!

明瞭で聞き取りやすいし、呼吸に安定感があって、抑揚も魅力的だ。
女性タレントの、ワイワイキャーキャー言う声を
うまい具合に中和してましたねえ。
マイクを通して録音した声、プロみたいです」

「へえ、俺にそんな長所が?」

思いがけないところをほめられた夜、田中さんは夢を見た。

867 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 20:48:17.90 .net
夢の中で田中さんは人魚だった…。、

仲間たちと、海底で幸せな日々を過ごしている。
他の人魚はみんなバレエ仲間に似ていた。

ある嵐の日、人魚の田中さんは豪華船の上でバレエ踊る人々を見つけた。
「ああ、俺もあの人たちと一緒に踊りたい!」

田中さんは海底の魔王に頼み込んだ。
なぜか桐谷さんにそっくりだ。

「魔王様、俺に美しい脚をさずけてください。
誰にも負けない素晴らしいバレエが踊れるように!」

「いいだろう。その代わり、お前のきれいな声を引き換えにもらうよ」
魔王はしわがれた声で言った。
「覚えておくがいい。バレエダンサーになれなければ、
お前は海の藻屑となって消えてしまうぞ」

868 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 20:49:17.80 .net
美しい脚を手に入れた田中さん。
素晴らしいテクニックを披露し、プロフェッショナルクラスのみなさんから
拍手喝采を浴びていた。

「さすが田中さん、素晴らしい踊りですね!」
「あなたのようなかっこいい王子様は見たことありません!」
「なんて素晴らしい脚のラインなんでしょう!」

褒められてニヤニヤしているときに、夢から覚めた。

(ああ、今日も会社か…)

田中さんはのどの痛みを感じた。
声が出ない!

(なんてことだ!)

869 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 20:51:05.11 .net
田中さんは、おそるおそる自分の脚を見た。

いつもの
ガニ股で膝下が曲がった、
ペラペラな足先の
見慣れた自分の脚のままだった。

なんのことはない。一日がかりの撮影でずっと話しっぱなしで
声がかれてしまっていたのだ。

「神様、俺に何か才能をくれるなら、良い声じゃなくて
きれいな脚くれたらよかったのになあ…」

と田中さんはブツブツ言いながら、
今日もレッスンの用意をして多めの荷物を持って家を出ると
のど飴を買ってから会社に向かった。

870 :踊る名無しさん:2022/09/11(日) 23:06:59.82 .net
歌舞伎町の性風俗店で働くゆりん、本名風間百合(かざま ゆり)は、ジェイムズとの出会いからバレエに興味を持ち始めていた。

自分を贔屓にしてくれる客であるジェイムズ。彼は沢山自分の過去のことを話す。辛いことも楽しいことも。
彼が機能不全家庭で育ち虐待を受けていたこと、唯一の居場所がバレエであったこと、バレエ学校での日々、バレエ団での活躍や失墜、妻サラとの出会いや彼女と上手くいっていないこと。
ただジェイムズの話を聞いていると、彼の人生の中心にはバレエがあることに気付く。そんなバレエというものに、ゆりんも触れてみたいと感じたのだ。

「あの…体験レッスン希望の風間です」

黒崎バレエアカデミーの受付にそういうと、スタジオと更衣室を案内してくれた。
まるでヨーロッパ貴族の屋敷のようなこの場所に感動しながら、緊張とワクワクした気持ちで入門クラスのスタジオ内に入ると、割と年配や中年の女性が多いことに安堵する。
平日の昼間であるため主婦や、既にリタイアした高齢者が多いのだろう。
バレエ教室というからにはバレリーナのような外見の人が多いイメージが強く、自分みたいな少々肉付きのあるタイプは浮くのではという不安もあったのだ。
だが実際には趣味や健康維持、友達づきあいで緩くやっている層ばかりなため体型も様々だ。

871 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 07:32:12.41 .net
「朝からお風呂入ってきたの?すごい石鹸の匂い…」

マダムの一人が言うと、百合はドキッとした。

その手のお店で使われる香りの強い石鹸やローションの匂いは、強烈だ。
店から帰る男性客も、本人は気がついていないがその匂いを放っている。

お金も時間もありそうな年上のマダムたち、
百合の職業には理解を示さないだろう。

人生経験の長い男性たちはすぐにピンときて下卑た笑いを浮かべた。

「あの子、…だろうな」

872 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 14:41:05.60 .net
老舗バレエ学校である黒崎バレエアカデミーの
昼間の入門クラスは、もとはと言えば
児童やジュニア生徒の保護者向けに開設されたもので、
今でも、半分は保護者である母親で、若い人はほとんどいない。

黒崎バレエアカデミーに子供を通わせる親は、
もれなく裕福で教育熱心だ。
子供がやってることを少しでも理解するため、
また、保護者同士の情報網を作るために入門クラスを受けにくる。

母親たちは、ポワントはどれがいい、シニヨンのヘアジェルがどうだ、
他の習い事や塾の兼ね合いをどうする、そんな話をしていた。

873 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 14:42:19.81 .net
百合は母親たちの話を聞きながら、ちょっとイラっとした。

自分の小さいころの母親像と、あまりにも違ったからだ。

「子供のくせにわがまま言うんじゃないわよ!」

小さいころ、両親がお金のことで喧嘩していると、
百合は耳をふさぎ、自分の部屋に逃げ込んだ。

『素敵なお城に住んでいて、お金の苦労をしない生活をしていて、
誰からも愛されている、お姫様の自分』の想像の中へと逃げた。
それが、自分の心を守る唯一の手段だったから。

874 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 14:45:33.03 .net
入門クラスが始まった。
スパッツとTシャツ姿の百合は、受付で借りたシューズを履いて
スタジオの端っこのバーについた。

「百合さん、ここは入門クラスなので遠慮しないで。
ここにどうぞ」

昼間の入門クラスの講師は、小柄な高齢の女性講師だ。
百合を真ん中のほうに呼びよせた。

「両手でバーをもって。
しっかり内ももを合わせて立って。
頭をきゅっと上にあげて。肩を下げて。

クラシックバレエは、お姫様の物語が多いから
常に、美しいお姫様のつもりでいてくださいね!」

875 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 15:56:30.01 .net
例え気づいたとしても、知らないふりをしてあげればいいものを。
強烈な石鹸の匂いに気づいたおじさんが
面白おかしく言いふれまわっていた。
入門クラスに風俗嬢が来た、と。

876 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
その噂をきいたおじさん達は、その風俗嬢の生徒を探し出そうと、普段行かない入門クラスにわざわざ顔を出した。
その中にはジェイムズをおっパブへ連れて行ったおじさん達の姿もある。

「きっとあの子に違いねえ! 童顔なのにすげえおっぱいだ! Tシャツの上からでも分かるぞ〜」

おじさん達はおっぱいの妄想で興奮してしまい、バレエタイツの上から分かるぐらいに勃起してしまった。
女性生徒がそれで悲鳴をあげ騒ぎになったため、勃起おじさん達は出禁となった。

877 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 21:32:30.93 .net
「うへへ、今度お世話してもらおっかな〜」
今日もまた知らないおじさんが百合に話かけてくる。
百合は「ふふふ」と笑ってやり過ごした。

本当は、仕事場以外でおじさんが寄ってくるのは非常に不愉快なのだ。
ここは仕事場ではない。
誰にも優しい可愛いゆりんを演じる場所ではない。

多くの女性と同じように百合もまた、
かっこよく優しくて、お金持っていて、百合だけに優しくしてくれる
運命の王子様を夢みている。

百合は幼いころから、嫌だと思っても、辛いことがあっても、
我慢して微笑むくせがあった。
その微笑みは、百合のガラスの仮面であり、心の鎧だった。

878 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 21:34:26.52 .net
悪いことに、入門クラスには黒崎バレエアカデミーの
『母の会』の代表をつとめる保護者がいて、
百合とおじさんたちの様子を見ていた。

老舗バレエ学校の『母の会』は、
母親たちの意見をまとめ、学校への寄付を募り、
発表会に協力し、ときには
母親や子供同士のトラブルを仲裁する強力な組織だ。

「入門クラスに来て、おじさんに営業している風俗嬢がいる」
「風俗嬢目当てに、他のおじさんたちも着て卑猥なことを言っている」
というクレームがついた。

「うちは小・中・高校生、三人の娘をこちらに通わせて、
十年以上になるのですが、
このエリートダンサーを育てる黒崎バレエアカデミーに
風俗嬢の方が来るなんて、いかがなものかと」

「風間百合は、即刻、除名」というのが母の会の総意だった。

879 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 21:42:55.37 .net
「ごめんなさい。保護者からおじさんたちの態度へのクレームが多くて。
申し訳ないけれど、あなたには、やめていただきたいの。

もちろん、入会金と月謝は全額お返しするということで」

入門クラスの小柄な高齢の講師は、心苦しそうに言った。
職業のことは知らないが、クラスでは百合は普通の素直な女の子に見えた。

「…はい、わかりました」
百合は微笑んだ。

人生の中で、いったい何度、自分の存在を否定されてきただろう。
「わがままだ」と言われ
何度、言いたいことを飲み込んできただろう。

百合は心の中では泣いていた。
でも、泣いてしまうと、もっと惨めになる。
微笑んだまま、きれいな顔をしたまま、去っていくのだ。

880 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 23:09:50.44 .net
ジェイムズの人生の真ん中にあるバレエ。そのバレエに憧れて自分も触れてみたかった、ただそれだけだった。
でも住む世界も価値観も違うもの、そうなることははじめてじゃないわ。それでも胸が痛い。

でもまあ、少し体験してみたけれど、優雅に見えてバレエって本当にハード。運動苦手な私には多分向いていないかも。
けれど…お姫様になってハンサムな王子様と踊れたらどんなに素敵だろうか。

「……。」

百合は子どもの時のように、綺麗なお姫様になって王子様姿のジェイムズとパドドゥを踊る想像をした。

「ジェイムズさんってイギリス貴族の出なのよね。本当に王子様みたい」

そんな事情があることさえ知らず、今日もジェイムズは百合のもとへ通った。
いつもの優しい笑顔。その笑顔の裏で泣いてる自分を騙しながら、「私もバレエやってみたんですよ!でも本当に大変でついていけなかったです!身体がもたないんで諦めちゃいました!」と嘘の自虐ネタを混ぜつつ楽しげに語った。

881 :踊る名無しさん:2022/09/12(月) 23:49:36.25 .net
「ゆりん、最近溜め息ばっかりだね」

休憩時間に先輩嬢が煙草を吸いながらなんとなしにきいてきた。

「いえ先輩、私は大丈夫ですよ!」
「恋煩いとかいうなよ」

先輩嬢は百合の異変に気付いていたが、敢えて気付かないふりをして様子を見ていたのだ。
百合のようになった子を何人か見てきた為、百合の笑顔を見てもお見通しだ。

「先輩からの忠告ってやつだけど、客の男は絶対ダメ。マジでろくなのいないからさ…。
いい人そうに見えても、色々抱えてることが殆どだよ…あのジェイムズって外国人も、ありゃあ闇が深いね」

灰皿に煙草を押し付けながらそう言うと、先輩嬢は休憩室を後にした。

882 :踊る名無しさん:2022/09/13(火) 08:49:57.29 .net
黒崎バレエアカデミーを追い出されてしまったおじさん達は、ぶつぶつと恨み事を呟いていた。

「こうなったのも、あの風俗嬢のせいさ。あの女さえいなけりゃあ追い出されることも無かったんだ!」

当然セクハラしていたおじさん達が悪いのだが、自分をエッチな気持ちにさせてしまった女が悪いと言い出すのも、セクハラおじさんあるあるである。

883 :踊る名無しさん:2022/09/13(火) 16:37:29.12 .net
ネオテニーって日本人の特徴なの?
百合は先輩のりりィに訊いてみた

私はあんまり詳しくないから、詳しい人に訊くか自分で調べてみるしかないと思う

りりィは名門私立女子大を卒業した後いったんは大手新聞社に就職したが、周囲のおじさん率の高さと会話内容の知的雰囲気の無さ加減にげんなりして
自分探しの旅に出たのだった

奥歯のサイズの話は昔聞いたけど…
西欧の人は男女の性差(体格差や筋力)が大きい=奥歯のサイズの男女差が大きい
アジアンは男女の性差が小さい=奥歯のサイズの男女差が小さい

性差が大きいから洋舞はあんな発達をして、アジアンのダンスとは違うものになったとか
体格差や筋力差が小さいと超絶リフトとか出来ないもんね

884 :踊る名無しさん:2022/09/14(水) 09:03:57.57 .net
へ?ネオテニー?
また朝からコアな話ぶっこんでくるわね〜。

モンゴロイドの遺伝子に加えて、歴史や文化的要因も大きいんじゃない?

長年の食生活もあり、筋肉がつきにくい身体だとは
聞いたことがある。それは遺伝。

戦うことが一番大事な戦国時代が長く続いていたら、男女差が大きかったかも。
平和な時代には、男は戦闘要員でなくてもよくなる。

こんな狭い土地でお米作りながら大勢の人が生きてれば
自己主張の強さは都合悪い。

885 :踊る名無しさん:2022/09/14(水) 09:04:58.15 .net
現状、美醜の感覚も違う。

筋肉もりもりのマッチョや、ひげの濃いアダルトな男くさい人より、
お肌つやつやの優し気な細マッチョがモテる。
成熟した美女より、お目目くりくりの幼児性の残るアイドルが受ける。
「kawaii」文化が大々的に栄えてきたわけだ。

そんなわけで、マスキュリニティ(真似してカタカナぶっこむ)
の足りない日本人ダンサーは、

身体や文化の差を、テクニック、繊細さ、勤勉さで補う

というのが私の見てきた印象ですが。

886 :踊る名無しさん:2022/09/14(水) 09:07:29.02 .net
それにしても、なんとも残念なのが、エロおじさん達って
「僕に優しくしてよぉ〜」「ちょっとくらいいいだろぉ〜」
って甘えた幼児性が、もろに出ちゃうことよね!

お目当ての女性に、アプローチするんなら、
気の利いた言葉とか、洗練された方法で、
欲望をオブラートに包みつつ、相手の反応を見つつ
徐々に距離感を縮めていく、という努力が欲しいとこよっっっ!

百合さん、かわいそうなことをしたわね。
普通にバレエ習ってみたかっただけだったのに…。

こうして、エロおじさん達が追い出された件で、ますます
素人おじさん=要注意人物という印象は強くなっていった。

887 :踊る名無しさん:2022/09/14(水) 20:27:24.39 .net
「古い城なんて、生活するような場所じゃないよ。
何もかも古くて、冬は寒いし、だだっ広いだけ。
小さな館だって、メンテナンスに膨大な費用がかかってる」
ジェイムズは吐き捨てるように言った。

「イギリスのお城って憧れる。住んでみたい」
といった百合に、返ってきた言葉がそれだった。

「僕にとっては、この店が世界で最高のお城さ!
ゆりんという姫がいるからね!」

「………」

百合の笑顔が固まった。
そうじゃない、そんなんじゃない。

いつか王子様が
迎えにきてくれる。
はるばる彼のお城へ行き、
いつまでも幸せに暮らすの。

888 :踊る名無しさん:2022/09/15(木) 07:56:54.04 .net
だが百合は再びにっこりと笑顔を作り
「ジェイムズさん、ありがとう。ゆりんにとってもジェイムズさんは私だけの王子様だよ!」

自分の気持ちさえ伝えられない。
この声は、無いにも等しい。

でも私はプロなんだから! 目の前のお客さんを最大限にもてなすのが仕事。相手は私のサービスを求めて来てくれたお客さんだわ。

自分で自分を奮い立たせると、早速本番を求めてきたジェイムズの上に馬乗りし、シャツを脱がせた。
露わになった白い肌に唇をはわせ、彼の口を塞ぐ。

「たくさん可愛がってあげますね、私の王子様」

百合は妖艶に微笑んだ。

889 :踊る名無しさん:2022/09/15(木) 15:41:02.46 .net
「さ〜むで〜い、まいぷり〜んす うぃるか〜む♪」

声が良いとほめられた田中さんは、久しぶりにカラオケに行き
白雪姫の『いつか王子様が』を歌っていた。

テレビ出演の報酬はエキストラ扱いの日給で微々たるものだったが、
人前に出てパフォーマンスするのは楽しい経験だった。

軽風紅花と同じ、芸能事務所に登録する際に女性社長が
「じゃ、芸名は『会社員・田中さん』で決定ね!」

「会社員・田中さんって、池袋サンシャインみたいじゃないですか。
プリンス田中とかクラウン田中じゃダメですか?
俺、そこはかとなく、高貴さがにじみ出てしまうでしょ?」と言ってみたが

「あなたは、フツーっぽさが良いのよ!
ちょっとその辺にいる陽気なおにーちゃんが遊びにきたって感じでね!」
と却下されてしまった。

890 :踊る名無しさん:2022/09/15(木) 15:58:09.93 .net
田中さんは、会社員として仕事はそのまま続け、
黒崎とベルベットのバレエレッスンに通い、
たまに芸能のちょっとした仕事も受けるという忙しい生活になった。

ベルベットのプロフェッショナルクラスは
「くるみ割り人形でライトセーバー振り回してた人」ということで
実力不足だが、なんとなく参加を許容されたようだ。

「ひとつひとつ基礎をコツコツとって
言うのはわかるんだけど。
子供みたいに、らせん状にどんどんステップアップしないんだよ。

今はこれだけと、やることを制限してるうちに、
何年もぐるぐるぐるぐる同じ場所で堂々巡りしてしまう。

もう二十代後半。
バレエの王子様になるには、そんな悠長なこと言ってられない!
基礎も高度なテクニックも表現も、全方向からやっつけてかないと、
あっという間に時間は過ぎさるんだ〜!」

「鳴り止まない 熱き鼓動の果てに
僕たちは何を見つけるんだろ〜♪」
田中さんは高らかに声を張り歌った。

891 :踊る名無しさん:2022/09/15(木) 21:50:24.64 .net
田中君最近イキイキしてるね!さてはプライベートで良い事あったのかな?

あちこちから呼ばれて忙しくて目が回るほどなんです、用がないなら僕急ぐので

それが君に栄転の話が出てるらしいんだ、地方営業所の主任で
家族の関係で転勤を嫌がる人も多いけど君は身軽な感じだから

勤め人とバレエダンサー、普通の社会人とアウトサイダー
二つの人生を背負った田中君どうやってこの難問に立ち向かうのか!

892 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
しかし、田中さんは久しぶりのカラオケでイイトコロを見せようと張り切りすぎたために、喉を痛めてしまった
やはり年には勝てないのだ

出勤後、鳴り響いた電話を慌てて取ったらまるでしわがれたお婆さんの悲鳴で声にならない「ハイ」であった
いつもの取引き先からの電話であったが、打ち合わせをリスケして欲しいとのことだ

田中さんは運良く、暇になってしまったので早退をした

帰宅途中、脂汗がじとっとして熱が上がってきた、朦朧とするし、足元がおぼつかない
ただの風邪ではない

どうしちまったんだ俺は…

893 :踊る名無しさん:2022/09/15(木) 23:02:49.39 .net
幼児クラスでは発表会の振付がはじまっていた。

幼児クラスの演目は『シンデレラ』。小さな子どもでも知っている童話をバレエに独自にアレンジしたもので、勿論バレエ作品として存在する『シンデレラ』とは違う。

その主役のシンデレラには、なんと陽七が抜擢された。
彼女は秀でてバレエが上手というわけではないが、彼女の可愛らしい顔立ちと父親譲りの日本人離れしたスタイルが大きな理由だろう。

王子役には、数名いるバレエ男子の中で一番成績の良い子が選ばれた。

「田中プリンスとパパに発表会見てもらいたいな!」

陽七はシンデレラに選ばれて上機嫌だ。

894 :踊る名無しさん:2022/09/16(金) 07:02:30.09 .net
「過労です」

と医師は言った。

深夜まで収録で、打ち上げにも行き、睡眠時間2時間で出勤して
退社後バレエレッスン、その後、会社に戻り仕事、翌日出張、
戻ってきたらバレエ、というスケジュールを繰り返していたから。

「以前も長時間労働が続いた会社員の方が運ばれてきました。
あれもこれもと欲張りすぎなんですよ。
身体はひとつしかないんですから、何事もほどほどに」

895 :踊る名無しさん:2022/09/16(金) 07:10:29.45 .net
「ほどほど、などと言う言葉は俺の辞書にはないっっっ!
ほとばしる俺の情熱は誰にも止められないぜぃぃぃ!」

と田中さんは思ったが、熱が出て病気になってはどうしようもない。

「風邪も滅多にひかないし、学校や会社を休むことも滅多にないし。
どうにかやってけると思ったんだけどなあ〜。
しかたない、今日はバレエレッスン休むか。

ああ、バレエレッスン行きたいぃ〜」
田中さんは、自分のベッドにもぐりこんだ。

896 :踊る名無しさん:2022/09/17(土) 18:02:46.68 .net
そして、田中さんは夢を見た。

どこかの劇場のバックステージ。
衣装をつけた外国人ダンサーたちがバタバタと舞台に向かっていく。

「ありがとう、田中さん。ゲスト出演してくださって」
とナナ先生がほほ笑んだ。

「そうだ!俺は英国のバレエ団のゲストプリンシパルになったんだ!」

ふと自分の脚を見る。
曲がったガニ股の脚じゃない。
ゴージャスなプリンシパルダンサーの脚だ。
きちんと五番に入って、プリエの膝も真横に開く。
鏡に映る姿は、見まごうことなき、正真正銘、白タイツの王子様だ。

897 :踊る名無しさん:2022/09/17(土) 18:04:21.71 .net
「田中さん、舞台袖にスタンバイしてください!」スタッフが呼びに来る。
バックステージの廊下を抜けると、そこは舞台だった。

照明に照らされたまばゆい舞台。
その光の中へ、田中さんは飛び出した。

観客に拍手で迎えられる。

と、その時、

「何を踊るんだっけ?」

田中さんは困惑した。
思い出せない…
振りが何一つ、思い出せない…

呆然と立ち尽くしそうになるが、ナナ先生に促され
なんとなく、ソテなどしてみる。
オーケストラの軽快な音楽。
心は焦りまくりながら、観客には笑顔を見せるが、

踊りが思い出せない…

898 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
「うわわわわ!!!」
田中さんはガバッと飛び起きた。

「夢か…」

汗で身体じゅうびっしょりだが熱は下がっていた。

「今日はレッスン行くぞ!」

医者はせいぜい一日おきにしろと言ったが、
俺はもうレッスンせずにはいられない身体なのだ。

「バレー?あれはけっこうハードでしょう。

試合やチームの都合などあるとは思いますけれど、
仕事もしてるんでしょう?休息も訓練のうちですよ」

899 :踊る名無しさん:2022/09/18(日) 19:39:37.08 .net
ジェイムズはボーイズ基礎クラスに久々に参加したが、おっパブに連れて行ってくれた風俗仲間のおじさん達の姿がないことに気づいた。

900 :踊る名無しさん:2022/09/18(日) 19:48:43.95 .net
「あの人達なら全員強制退学させられたよ。
風俗嬢の女の子が来たことで騒ぎ出して酷いセクハラをしてたから…」

その様子を見ていたおじさんの一人がジェイムズに経緯を伝えた。

「ワイズウェルさんはここの初心者クラスに来てないから知らなかったろうけど、かなり噂になってるよ」

黒崎に風俗嬢? まさか…

「その風俗嬢の子は? 名前は…」

「百合ちゃんって子。その子もおじさん達と一緒に辞めさせられた。母の会が快く思わなかったらしい…。
素直でいい子だったんだけどな」

本名は知らないが、きっとゆりんだ。

901 :踊る名無しさん:2022/09/19(月) 06:18:59.41 .net
田中さんがレッスンに行こうと張り切っていたら
外は大雨強風。黒崎バレエアカデミーは天候不良のため、
選抜クラス以外のクラスは休みという連絡が入った。

「じゃあ、ベルベットに行くか。こういうとき便利だよなオープンクラス。
神代先生のクラス間に合うかな〜」

と昼間から計画していたのに、邪魔が入った。

「田中くん、パートのじらいさんのことなんだけど」

「地来さん?よく休むおばちゃんですよね。
この前頼んだ書類も間違い多くて、結局やりなおしましたよ」

「穏便にやめてもらうように、まずは田中くんが退職勧奨してもらえないかな?
私が言うと『意地悪された!!!』とか『病む!!!』って騒ぐから
田中くんから言ってほしいんだ」

902 :踊る名無しさん:2022/09/19(月) 06:21:54.46 .net
「ええ〜、俺が?ですか?」

「君は管理職候補なんだから、こういう経験も必要だよ。
これ、退職を促す際の、注意事項」
と田中さんの前にファイルをドサッと置いて上司は去っていった。

めんどくせー!!!

早めにスタジオに行ってストレッチしたいのに!
クビにしたいなら上司が自分で言えばいいのに!
田中さんはブツブツ言いながら、ファイルに目を通した。

「お疲れさま。どうですか調子は」
「ええ、まあまあです」
「率直に言いますが、今の仕事、地来さんにあまり合ってないと思うんですよ」

地来さんはショックを受けたようだ。
「どうしてですか?私ちゃんとやってますよ!
わかった!高橋さんでしょ!あの人、私を目の敵にしてるから!」
「高橋さん?もう一人のパートの方は関係ないですよ」

ほんとに、どーでもいいから、バレエの時間が!

食い下がる地来さんとの話に時間を取られて
田中さんはその日はお目当てのレッスンに行けなかった。

903 :踊る名無しさん:2022/09/19(月) 16:24:45.33 .net
「結局、今日はレッスン行けなかったな〜」

田中さんは電車の中でぐったりしていた。
すっかり生活がバレエ中心だから、踊らない日はかえって疲れるのだ。

最近、簡単に病む人多いよなあ〜。
仕事なんか、フツーに、無難に、粛々と、こなしてけばいいのに。
大した責任を担ってないパートのおばちゃんまで、悲劇のヒロインモード。

それ、ちょっと、どうなんだ?

栄転の話だって、ほんとは一歳下の秀才君が選ばれると思ってたけど
人からちょっと言われると、すぐ機嫌悪くなって
どーでもいいことに気を取られて仕事できなくなってしまう。

それで、俺みたいに別に優秀ってわけじゃないけど
心身丈夫なノーテンキに話が回ってきちゃうんだよ。

地方営業所の主任かあ…。

904 :踊る名無しさん:2022/09/19(月) 16:32:30.39 .net
「結構いいよ!地方の営業所!」
田中さんは、仲良くなったスターウォーズファンの与田部長と
会社のラウンジでお茶を飲んでいた。

「そうですかぁ?東京ほどはバレエ教室ないと思うんですよね。
それにテレビの仕事も…」

「僕ぁ、釣りも好きだから、気軽に海や川に釣りに行けてサイコーだったね!」

「釣り、ならありますね。
でも、地方に素人男性が複数いるバレエクラスがあるかな?
東京でも珍しいけど、地方にはないだろ〜な〜」

「ビジネスマンとしては、業務の幅は増えるが経験が積める。
本社に戻ってきたときには待遇もアップ。
幹部候補なんだから、行かない手はないよ!田中くん!」

905 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
薫は過去の舞台のDVDが保存されている資料室で、ある一つのディスクをプレーヤーに入れた。
再生された映像には、『ラ・フィユ・マル・ガルデ』の発表会の様子が映し出される。
ボーッとみていると、鶏の踊りの場面になり、薫の表情が変わった。

「このニワトリの人、すげえ…」

人間であることなど忘れてしまうほどにニワトリにしか思えない動きなのだ。そう、それは田中さんであった。
なんといっても、薫と同様に脚の形やスタイルも決してバレエ向きではないのに、誰よりも輝いているところが幼い少年の心に希望の光を与えた。

「母ちゃんはバレエはスタイルが恵まれていなきゃ意味ないって言ってたけど、そんなこと無い!」

薫はそれがきっかけで田中さんのファンになっていた。

906 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 10:58:09.48 .net
「今月の生活費振り込んどいたよ。
葵(あおい)、高校生活はどう?勉強も部活も順調?」

風間百合は、電話口で離れて暮らす母と弟を心配していた。

小さいころから、徐々に父親の経営する小さな部品工場の経営が悪化して、
百合が高校に入った直後、父親は借金を残して出て行ってしまった。

部活や習い事や塾、休日には遊びに行く友達を後目に、
高校生の百合はファミレスやファストフードのバイトを掛け持ちして働いた。

安い時給に、借金返済額の多さ。
働けど働けどなお、暮らしは楽にならない。
じっと手を見る。

年齢制限で夜10時までのバイト後、家事全部を引き受けていた。
母親は深夜まで働きづめで、身体を壊す寸前だった。
それで、百合は高校をやめて朝から働き始めた。

その時はそうしなければ、
水道や電気が止められ、弟の給食費さえ払えなかったのだ。

907 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 10:58:57.54 .net
百合は18歳になったときに東京に出てきた。
とにかく、好待遇を求めて。

「下水工事と一緒。ただの肉体労働」
「相手は人間じゃない。お金だからね」
「本当の感情は、別の場所に大事にしまっておくこと」
先輩たちにそうアドバイスされた。

客の中には、日ごろのうっぷん晴らしに風俗嬢を見下すおじさんもいる。

「へえ、ゆりんちゃん、高校中退なのぉ〜?
それじゃあ、まともな職につけないよねぇ〜。
いまどき、普通の子はみんな大学行くもんねぇ〜」

「うん!ゆりんバカだから〜!」
と、ゆりんはおどけて笑ってみせる。
本当の感情は別の場所にしまって。

電話で百合は弟に言った。
「葵は、大学に行ったほうがいいよ!
お金は私は何とかするから心配しないで!」

908 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 11:03:51.69 .net
「うちの子行ったサマー、授業料と寮費で日本円換算で15万かな」
「シーズンだから飛行機代がちょっと高くつくわね」
「短期から帰ってきた子、顔つきが変わってくるのよ」
「スカラシップもらえなくても、一度行ってみたらいいわ」

黒崎バレエアカデミーの入門クラスの母親たちは
百合の母親像とは、全然違った。
日々の労働に疲れてもないし、お金の心配をしていない。

「レッスン増えてから、シューズにすぐ穴が開くから、
三足を履きまわして使わせたほうがいいかしら」
「そうね、ポワントも全然もたないからまとめ買いしてる」

百合は、昔、弟がサイズの合わないボロボロのスニーカーを
ずっと履いていたことを思い出した。
爪に火をともすようにバイト代を貯めて、やっと弟に靴を買ってあげられたことを。

「あそこは、私の行くとこじゃなかったんだ」

不運な人生だったとは思うけど
私は、ねたんだり、病んだりはしない。
せめて心だけでもお姫様であり続けるために。

909 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 19:54:43.23 .net
「成人男性生徒へ注意喚起」

黒崎バレエアカデミーで田中さんが渡されたプリントには
こう書かれてあった。

「アカデミー内での、接待業等の営業行為は禁止。
またそれに関連する会話を厳に慎むこと」

「他の生徒に不快感を与える性的な言動が見られた場合、
即日、レッスンの出席停止。協議により永久除籍処分」

「誤解される行動をとらないよう、
特別な用事がない限り、未成年の女子生徒との会話を控えること」

910 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 19:55:57.53 .net
なんだこれ?
俺たちまとめて、変質者扱いじゃないか?

「田中くん、聞いてないんだ?
エロおじさんグループがやめさせられた件」

仲間に言われて田中さんは首を振った。
「何かあったの?」

「風俗嬢が昼間の入門クラスに来て、おじさんに色目使って
エロおじさんたちが興奮しちゃってさあ。
それを母の会の人が見てて、大激怒したんだよ」

少々、事実と話は違って伝わっていた。

「成人男性が同じにされていい迷惑だよな〜」

911 :踊る名無しさん:2022/09/20(火) 22:09:26.71 .net
プリントに目を通していると、ジェイムズはプリントを持つ手を震わせた。
辞めさせられた風俗嬢は百合と同一人物だ。昨日、彼女は黒崎のバレエクラスを受けたことを自分から語ってくれたのだ。
「私凄い硬いし運動音痴だから結局諦めちゃったんですよ。バレエを踊れちゃうジェイムズさん、本当に凄いですね!」と笑顔で語っていたが…。

「風俗嬢の子は、外で営業なんかしてない…。周りが勝手に騒いだだけだろ…」

ジェイムズは冷静な口調だが少し圧を感じるような声で呟いた。

912 :踊る名無しさん:2022/09/21(水) 12:04:31.26 .net
夕方の初心者クラスは、いつものように女性たちが
レッスン前に和やかに会話をしていた。

「気のせいかしら。今日の初心者クラス、空気がすっきりさわやか〜」
「そうね。久しぶりに、清々しい気持ちよ」
「呼吸がしやすい気がするわ」

「きっと、エロおじさんグループがいなくなったからよ!」
「エロおじさんたち、追い出されたのよね。
母の会、さすが!ナイスな対応!」
「私たちおばさんだって、エロおじさんが近くにいると、
頭の中で警戒アラート鳴り響いてたから」
「存在自体、バレエにふさわしくないわ」

おじさん達、ひどい言われようである。

913 :踊る名無しさん:2022/09/21(水) 13:10:48.01 .net
黒崎バレエのスタジオの一室を借りて、ジェイムズとアナスタシアはライモンダのパドドゥの稽古をはじめていた。
指導には紗江子があたっている。

普段、いつも厳しい怒号を放つ紗江子のレッスンも、元プロバレエダンサー二人の稽古ともなると比較的口数も少ない。

「ジェイムズさんは英国のバレエ団でプリンシパルをつとめていたこともあったようだけど、驚くほどにアカデミックな動作…
全く無駄がないわ…。アームズの動かし方も基礎に忠実」

そんなことを思いながら、真剣な表情で二人の踊りを観察する紗江子。
素人おじさん達の指導ばかりやっていた紗江子にとって、はじめて心安らぐものが見れた気がした。

914 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
そうよね。素人おじさんたちには、とりあえず、
「ガタガタな線を描くのはやめて、定規で線を引くように正確に」
としか言いようがないもの。

このレベルになると、迷いなき直線と、美しい流線の宝石箱。
思いがけず投げかけられる魅惑的な視線、
観客の呼吸すらも変えてしまう間合い、ダンサーでありながらストーリーテラー。
芸術とは、本当はこうなのよね!

915 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 01:35:27.18 .net
英国バレエ団でのプリンシパル時代、ジェイムズはストレスから燃え尽き症候群のように何もしたくない、出来ない状態が長く続いていた。
休日の夜は緊張から眠れなくなり、逃げるように日本にやってきたのだった。
それが黒崎のレッスンに参加する様になり、今までのモヤモヤが無くなり、毎日が楽しく、特に休日の夜は新しい週の始まりが待ち遠しくなっていた。
そんな時に黒崎から助言を受けたのだった。
「私たちはジェイムズさんと一緒に踊ることに喜びを感じています。ただ、正直勿体ない気持ちと、ここに引き留めているようで申し訳ない気持ちも感じています。
まだまだ十分再起可能な年齢だし、チャンスはあると思うの。
ジェイムズさんが望むなら山加糸吉先生を紹介しますわよ。彼はリヨン郊外に居を構えているのですが、最近現地で活動再開の準備をしているらしいのよ。
縁あって、山加先生は一時期ここ黒崎で無償で指導をして下さっていたの。」

916 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:45:28.95 .net
バレエ団をやめた後、十数人の日本人女性と関係を持った。
外国人の集まる夜の街に出れば、かなり簡単なことだ。
そんなチャラい女性ばかりではないが。
日本の風俗サービスの良さも感動ものだった。

しかし、そんな放蕩生活をいつまでも続けていられない。

この後、バレエを何年踊れるかわからない。
バレエに戻るときかもしれない。

917 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:49:17.45 .net
ジェイムズの父親は英国の都市に多くの資産を保有する貴族だ。

父親は3回結婚し、ジェイムズは2番目の妻の子、
異母きょうだいが4人いる。

裕福な特権階級の子息たちがそうであるように
異母きょうだいたちは4人全員、「ザ・ナイン」と呼ばれる
名門パブリックスクールから、名門カレッジに進んだ。

職業訓練校であるバレエ学校に入りダンサーになったのは、
親戚中を見渡しても、何代かさかのぼっても、
ジェイムズただ一人。異質だった。

918 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:50:43.18 .net
父親の最初の妻はイギリス人の貴族の娘、
三番目の妻はアメリカ人実業家の娘。
父親所有の田舎の館はアメリカ人観光客向けのホテルになっている。

ジェイムズの母親は、当時ユーゴスラビアの田舎町から来たセルビア人。
母親曰く、「出会った瞬間、燃えるような恋をした」。
そのぶん冷めるのも早く、ジェイムズの記憶にある限り父親とは不仲だった。

ジェイムズは常に疎外感を感じて育った。

母親はバレエ学校の寮にジェイムズを入れると、国に帰ってしまった。
学校長のエレノアが母親代わりのような存在だったのだが、
そのエレノアも亡くなり、バレエ団の居場所も失った。

自分は、どこにも属さない。どこからも弾き飛ばされる。
そんな思いがジェイムズにはあった。

919 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:51:53.30 .net
とうとう、田中さんに正式に辞令が出てしまった。

〇月〇日をもって、白王子営業所の主任に任命します。
よりいっそう職務に励み、当社の事業発展に貢献されることを期待します。

「飛行機なら1時間半、と言えど、遠いよなあ。地方営業所は。
白王子市か。名前はいいんだけどさ」

25歳からバレエを始めて2年。
3年もすりゃ俺も三十路。ダンサーの人生は短いってのになあ。
俺どうなっちゃうんだろ。

920 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:53:55.63 .net
「俺、転勤のため、今月いっぱいで黒崎バレエアカデミーをやめることになります」
田中さんは紗江子先生に告げた。

「あら、そうなの?」
紗江子はちょっと驚いた顔をした。

「白王子市なら、昔のバレエ団の先輩が夫婦でバレエ教室やってるわ」

「紗江子先生っ!今まで教えていただいて、本当に感謝してますっ!」
田中さんは、目をうるうるさせながら言った。

「やめてよー、大したこと教えてないわよー」
(ってか、教えても、ろくに言われたこと守らないじゃないの!)

「俺、必ずここに戻ってきます!
そのときは上手になって紗江子先生をびっくりさせますから!」

「あー、はいはい、上手になってくるの楽しみだわー」
(期待はしないけどね!)

921 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:55:11.47 .net
田中さんは、スタジオ出るときに、くるっと振り返った。
「紗江子先生、ほんとは俺がいなくなると、寂しいでしょ?」

「はいはい、さびしいさびしい。お疲れさま」
紗江子は、田中さんに向かってシッシッと手を振った。

(ふっ、紗江子先生、あいかわらず素直じゃないな!
やはり俺は、紗江子先生の愛弟子であり、秘蔵っ子。
不世出の最終兵器ってとこだな。

上手くなって帰ってきたら、そのときは紗江子先生、
「田中さん、私とパドドゥ踊ってほしいの」って
言い出すんじゃないかな〜!うしし!)

922 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 08:58:20.52 .net
「田中くんがいないと寂しくなるよ!」
と言ってくれたのはボーイズ基礎クラスのおじさん達だ。

「田中くんが盛大にボケてくれるから
俺たちの駄目さが目立たなかったのに!」

「それ、どういう意味ですか!」
「ほめてるんだよ!」
「ほめてないでしょ!」

「あの」
そこへ来たのが、最近ボーイズ基礎クラスに参加している小学生の男の子だ。
「僕、田中さんのファンです!」

ええ?おじさんたちは驚いて固まっていた。

923 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 09:00:45.26 .net
「聞きました?この子、俺のファンだって!」

喜ぶ田中さんはほっといて、おじさん達は男の子を諭し始めた。
「君、悪いこと言わないから、それは考えなおしたほうがいい。
上級のボーイズクラスには、上手なお兄さんがいっぱいいるだろ?」

「僕、田中さんのニワトリのビデオ観て、すごく感動したんです!
舞台で一番輝いてました!」
田中さんに似た体形の男の子は顔を紅潮させて行った。

「おお、君、ありがとう!
ゲージツというのは見る目のある人にしかわからないからね!
他のおじさん達の言うことは気にしないでね!」

「なあんだ、あのニワトリか」
「うんうん、小学生には動物系受けるよね」
「とっとこハム太郎とかさ」
「仮面ライダーもバッタがモデルだし」

そうして、田中さんはおじさん達に温かく送り出されたのだった。

924 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 09:03:09.16 .net
田中さんの転勤先の白王子市は、人口数十万のコンパクトな街だ。

中心部こそ、デパートもあり、商店街もあり、オフィスビルもあるのだが、
車で数分走ると、普通の住宅地が広がり、
すぐに空が広々見え、田んぼや畑も見えてきて
中心部から車で20分足らずで、海にも山にも到着してしまう。

「ほんとに、田舎だよな。
釣りやアウトドア好きな人にはいいだろうけどさ」

首都圏育ちの田中さんには衝撃的な街の小ささだ。
「こんなとこに、まともなバレエ教室あるかなあ」

925 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 09:09:00.12 .net
白王子営業所の所長の第一声は、
「この営業所は定時にスパッと帰る方針だからね!」だった。

「そうですか、それは自分にとっても有難いのですが
仕事に慣れるまでは手間取ることも…」

「僕は先日、キャノンデールのフルサスMTB、買っちゃったんだよね!
アメリカでハンドメイドされたもので、最高なんだよ〜!」

「?あの、すみません。不勉強なもので。なんの話でしょう?」

「ロードバイクだよ!自転車!
通勤用にはトレックの軽いアルミロードを使ってるけど、
他にもラレー、ガノー、スコットも所有してるんだ。
やはり高級品はレスポンスの良さが全然違うんだよねえ。

おっと、自慢に聞こえたら、すまないね!
そんなわけで僕は朝晩毎日バイクに乗りたいのでね!
田中くんも慣れないうちは大変だろうけど、仕事は効率よくやってくれたまえ!」

いろんなものにハマってしまうおじさんがいるもんだなと田中さんは感心した。
「俺も人のこと言えないか!」

926 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 18:57:56.29 .net
山加糸吉は、黒崎バレエアカデミーの代表の大文字から紹介され
ジェイムズと電話で話をした。

「ジェイムズは代表的な古典のレパートリーが得意のようだけど。
ヨーロッパでは大規模な有名バレエ団以外は
古典重視のバレエ団が徐々に減ってく傾向があるんだ。

南フランスの少人数のバレエ団はコンテや小品多い。
古典の全幕に関しては、東欧の都市の劇場のほうが充実していて
先日仕事で行った、セルビアのバレエ団は団員100名以上いたね。
まだシーズン始まったばかりでオーディションシーズンには早いけど…」

東欧のとある都市。ジェイムズはその都市の名前に、かすかになつかしさを覚えた。
それはジェイムズの母の故郷の近くだった。

927 :踊る名無しさん:2022/09/22(木) 19:34:29.32 .net
話はもっと突っ込んだ部分に入る。

「為替込みで考えると英国のほうが報酬は高いが、
かつてより低い報酬でも満足できるのか」
「自分が振りつけた代表作は、人形しか愛せなくなった男や
男同士で踊るバラの精だが、そういうの興味があるか」
「男性ダンサーは不足しているから
踊れる場所はあるだろうけれど、新しく入るのは18から20代前半の子が多い」
「最初からソリストやプリンシパル待遇で入るなら
当然周りの目も厳しくなる。精神的ストレスも必ずあるが大丈夫か」
「結局、何をやりたいのか」

山加糸吉に質問されて、ジェイムズは思い出した。
舞台に立ちたい、踊りたい、実力がある、
それだけではプロとしてやっていけなかったことを。

928 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
お金の心配は自分にはない。
けれど、精神的に大丈夫かどうかは確信が持てなかった。
退団してから長らく舞台に立たずオープンクラスでバレエレッスンは趣味で続けていたが、現役復帰というのはなかなか大変なものだ。
バレエ団内での派閥や人間関係に疲れ、ようやくバレエを純粋に楽しめるようになった。バレエの仲間も出来た。アナスタシアのような元プロと踊れる機会だって…。
再びその安寧を捨て去ってまでプロになる意味は自分にはあるのだろうか…?

929 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 10:54:12.74 .net
プロになる意味なんてどこにもない。
それがジェイムズの出した答えだった。
実力があるというのも自分勝手な理想が作り上げた妄想だ
ソリストやプリンシパルから転落した時に自分は舞台に立ち続けることができるだろうか
ジェイムズはその他大勢の中の一人になった自分を想像すると恐ろしくなった
楽しく踊りたい
それ以外考えられないのだ

930 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 11:06:23.24 .net
ジェイムズが以前所属していたバレエ団の新監督は
超絶技巧の外国人ダンサーを重用し、ジェイムズを低く評価した。
意図的に役から外し、追い出されたに近い。

山加糸吉は、自作のシュールな作品に合う
喜劇的な表現に長けた個性的なダンサーを好むと言う。

バレエ団に所属して監督の好みや方針に合わないと
またストレスフルな生活になるかもしれないな…。

仕事でも義務でもなく、自由に舞台も演目も選べるのなら楽しいのだけれど…。

931 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 12:05:34.28 .net
ジェイムズはリヨンに短気訪問したいと思うようになっていた。
葛藤はあれど、どうしても舞台の真ん中で受ける喝采の興奮が忘れられなかった。
内縁の妻と養子のヒナを連れて3か月の滞在を考えていた。
それとは別に、趣味で営んでいる輸入雑貨店に出す商品の下見やオリジナルワインの仕込み、紅茶専門店の事も考慮に入れていた。

932 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 12:28:26.21 .net
突然、ジェイムズの元に本妻が乗り込んできた。なにやら、トラブルがあり、借金の取り立てから逃げてきたからかくまってくれと泣いてせがまれた。
いつも奇妙な帽子を被っていたが、覗きこむと顔は痣だらけであった。
ジェイムズも借金取りに目をつけられてしまった

933 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 13:27:59.32 .net
元妻はホテル経営をしていたが、毎晩商品のワインにてをつけ次々空けてしまっていた。
それを安いワインに中身を入れ替えていたのだ
ホテルの評判も次第に下がり、経営も怪しくなってきた。
元妻は金遣いが荒く、街の消費者金融からお金を借りるようになり、返済が追いつかない
借金取りのヤクザに取り立て居座りはじめた。
立てこもっていたヤクザが目を話したすきに元妻は逃げ出してきたということだ。

934 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 16:44:23.05 .net
ジェイムズは悩んだ挙句、傾いた小さいながらも小洒落たホテルを買い取り借金を肩代わりした。
もう一つ、紅茶専門店を売却し離婚の慰謝料という名目で本妻にお金を渡し正式に離婚した。

935 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 20:58:32.03 .net
何かといろんなことが重なりバレエどころじゃなかったジェイムズであったが一段落し漸くアナスタシアと練習を再会することができた。

「プロ復帰をすすめられたの?」
「うん。けれど、僕は自由に踊れた方が性に合ってるかなって…。芸術監督や同僚と合わないことだってある」
「そうね…私も今が気楽かも」

そうアナスタシアが呟いたが内心ジェイムズは気に食わなかった。

「…僕はバレエ団から追い出された」

プリンシパルからその他大勢に、さらに出演さえ出来なくなった上に、実質追い出された自分の気持ちをアナスタシアが簡単に理解できるわけがない。
そんな苛立ちだ。本当ならもっと踊りたかったんだ。プリンシパルとして…。

936 :踊る名無しさん:2022/09/23(金) 23:36:07.89 .net
私の場合はアナスタシアとは違う
一緒にして欲しくない

ジェイムズは心の中で呟いた

やはり。。。潮時か。。。。。

ジェイムズは再び舞台の真ん中での恍惚感を思い出していた。

937 :踊る名無しさん:2022/09/24(土) 17:45:38.23 .net
「此処だよここ!」

突然アナスタシアとジェイムズがいるスタジオに、薫の腕を引っ張って陽七が入ってきた。

「ジェイミーおじちゃん! 薫お兄ちゃんね、バレエが上手くなりたいんだって! けどお母さんからも薫お兄ちゃんはバレエダンサーになれないって言われるの。だから特訓するの!」
「え…陽七ちゃん、おじさん達に迷惑だって…」

薫は遠慮がちな表情をジェイムズに向けたが陽七は一切気にしていないようだ。

「そんなこと無いよ薫お兄ちゃん。おじちゃんは凄いんだから。パパもスゴいけどパパはイギリスにいるから会えないんだ。

ねえジェイミーおじちゃん、薫お兄ちゃんにバレエ教えてあげて!」

938 :踊る名無しさん:2022/09/24(土) 19:49:59.62 .net
ジェイムズは本妻と正式に離婚、愛人達ともきっぱり縁を切り、ビジネスをまとめたりと身の回りの整理をし始めていた。
すると、何か強い引力に引っ張られるような変化を感じるようになり、流れに逆らうことを止めた。
退団後は暫く鬱状態だった為、人並みな活動は出来ずバレエ以外は内に引きこもっていたのた。
そんな時、ヒナと出会い心の底に鈍より感じる鉛の様な感覚が薄れていった。

何気ないアナスタシアとの会話が心に刺さり、リヨン行きを決心してた。
山加糸吉に電話を掛けると、一つ思いもよらない提案を聞かされた。
「ちょうど電話をするところだったんだよ、実はね .... 」

ヴェルファスト歌劇場ノーザンバレエ

北アイルランドにあるイギリスの歴史のある劇場のバレエ団でプリンシパルとして踊らないかというオファーだった。
レパートリーは古い古典のみ、端正な顔立ちで手足が長く線の細い舞台映えする王子を探しているとのことだった。
また、バレエ部門の幹部の間でもジェイムズの名前が候補であがっていたが消息不明だった為、ノーザンバレエを訪れていた山加糸吉の耳にも入ったのだった。

まさかの話だった。
子供時代の憧れの劇場で、バレエ学校時代は入りたいバレエ団の一つであり、夢のような話だった。

939 :踊る名無しさん:2022/09/24(土) 23:10:02.85 .net
薫は自宅で夕飯を食べていると、陽七の伯父ジェイムズを紹介されたことを思い出し、何となく母にジェイムズ・ワイズウェルというバレエダンサーは知っているか聞いてみた。

「…知っているわ。彼はバレエ女子達の憧れだったから! ロシアでも話題になっていたのよ。甘いマスクに長い手足、美しい脚、無駄のない上品な動作と、気品あふれる佇まい。
彼が舞台に現れた瞬間、空気が変わった気さえした。イギリスを代表するダンスール・ノーブルの一人…」

薫の母は語り出すと止まらない。

「そんな彼が色々あってプリンシパルを降ろされた挙げ句、バレエ団を追い出されてしまったときは本当にショックだった。

…で、いきなりどうしたの?」

「いや、今日そのジェイムズさんにちょっとバレエ教えてもらったんだ。陽七ちゃんっていう幼児クラスの子の伯父さんなんだよ…」

それをきいた薫母と隣にいた兄は固まった。

940 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 00:35:51.44 .net
ヴェルファスト歌劇場ノーザンバレエ団内ではさっそくダンサーたちの
大きな反発があった。
何人も次期プリンシパル候補がいるのに外部から
おじさんダンサーがプリンシパルとして復帰だってさ。
よくやるよな。裏でお金が動いたようだね。

941 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 02:18:38.16 .net
ジェイムズはヴェルファスト歌劇場ノーザンバレエ団からの誘いを受けるつもりでいた。
晴れて離婚が成立したので、陽七とは血の繋が実の叔母に当たる内縁の妻と再婚して、正式に陽七を養子として籍に入れる準備を始めていた。

942 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 02:31:56.60 .net
「まだまだ30を過ぎたばかり、後10年は踊りたいな〜」

ジェイムズがまだアカデミー時代、ヴェルファスト歌劇場ノーザンバレエ団を夢見て編入試験を受けたことがあった。
その後も研修生プログラムに応募したり、夏期特別講習へ参加した経験から最終学年の時には特別公演への参加を許された。
にもかかわらず、入団することは出来なかった。
プリンシパルになる1年前、ゲストとしてジークフリート王子を演じた。
瞬きをするたびに過去が巡っていた。

943 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 09:27:26.94 .net
ジェイムズの家族からはまた大きな反発があった。
貴族の父親は昔からジェイムズが気に入らなかった。
名門パブリックスクールに行かず、一人ダンサーとなったのも気に入らない。
そのうえ行方がわからなくなり極東の地で遊んでいる。
アジア人に1ポンドでも財産が行くことには我慢ならない。
ジェイムズは家の恥として関係は一切断絶された。

944 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 11:39:29.71 .net
ジェイムズの父フレデリック伯爵は、ジェイムズを勘当したというのも世間体が気になったため、親戚が所有する別邸で監視下に置かれている有沢ケイトをジェイムズに仕立て上げることにした。
世間には、息子は病気のために田舎の親戚の別邸で療養しているということにしているという。

「内縁の妻と正式に結婚、おまけにケイトの実の娘を養子に迎えるのか…。
ワイズウェル家の遠い親戚にあたるだかどうだか知らんが、私はあのジェイムズに瓜二つな若造も気に食わない。親戚連中は快く受け入れているが。

…とはいえ、役には立たせてもらうがな」

フレデリック伯爵は親戚からは嫌われているため、ケイトが面倒をみてもらってることに反対でもそこはどうにもならなかったらしい。

そして久方振りに届いたジェイムズからの手紙を読みながら、フレデリックは呆れた顔をした。

「ジェイムズは私の思い通りに全くならない子どもだ。あの女と同じ…あいつも美しいだけの身勝手な女だった」

そして手紙を読み進めていると、「近々そちらにご挨拶にうかがいます。養女の陽七も一緒に」と追伸があり、「は!?」と思わず声が漏れた。

945 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 12:56:14.09 .net
「ジェイムズがイギリスへ行くらしいわ!
私たちもついていくしかないわね!」
夜の街でジェイムズが関係をもった十数名の女性たちと
風俗嬢の百合も、ジェイムズと一緒にイギリスへ行くことにした。

「他にジェイムズと関係した女性を知ってたら声をかけて。
大勢でお父様にご挨拶にうかがいましょう!」

946 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 14:20:01.57 .net
歌舞伎町の間では、ジェイムズが何人もの風俗嬢を引き連れてイギリスの実家に凱旋するという事実かどうか分からない噂が立っていた。
当然歌舞伎町を知り尽くしたイケメンプリンシパル神代の耳にもその噂は入ってくる。

「イギリスのバレエ団元プリンシパルでイギリス貴族出身のダンスール・ノーブル…
色々気に食わないな…王子は俺だけで良い」

神代は謎のライバル意識をジェイムズに抱いた。
当然ジェイムズはわざわざ関わった嬢たちまで連れてイギリスにいこうとなどはしていないが、思いこみの激しい人間が曲解していたのだ。

947 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 14:32:09.06 .net
慈善事業は良いことよ。哀れな人への施しはキリスト教の教えですもの。
有色人種との結婚となると話は別。
白人貴族と聞いて飛びついてくる卑しいアジア人と血縁関係になるはごめんだわ。
名門貴族の継承をなんだと思ってるのかしら。

一家はジェイムズの素行のせいで親戚一同からますます嫌われてしまった。

948 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
一度、ノーザンバレエ団に出向き、クラスレッスンに加わってみたジェイムズだったが
たゆまぬ努力を当たり前のように続けているダンサーたちの中で、
色恋や副業で遊んで十分な調整を怠った心身の状態は誰の目にも明らかだった。

「君には失望したよ。ジェイムズ」監督はそう言って去っていった。

ダンサーたちからは、ジェイムズには軽蔑や嘲笑の目が向けられた。

949 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
一方、フレデリック伯爵といえば、陽七にあってからというもの彼女にメロメロになってしまった。

「うふふ、陽七ちゃん。今日はおじさんが沢山ドレスを買ってあげよう! 好きなものはどれかな?」

ズラッと一室に並べられた子ども用のドレス。子ども用とはいえ、皆高級品ばかり。一流百貨店を招いて、商品を陽七に選ばせる。

「うーんとね…これ! ピンク色のドレスが良いな〜!」
「お目が高いなさすが陽七ちゃん。可愛い陽七ちゃんに絶対に似合うぞ〜早速試着してみようか」
「それではお嬢様、どうぞこちらへ」

百貨店職員が試着室へ案内して、陽七はピンク色のドレスを着せてもらった。
フレデリック伯爵には女の子の子どもがいなかったため、彼にとって陽七は可愛くて仕方がなかったのだ。

950 :踊る名無しさん:[ここ壊れてます] .net
ジェイムズはヴェルファスト歌劇場のジェネラルマネージャーとノーザンバレエ団のマネージャー、そしてもう一人見覚えのある人物を紹介いされた。
「こちら、来期から芸術監督に就任するゴールディウィン氏。ここ数年で変わってしまった劇場の雰囲気を取り戻すために呼んだんだ。ああ、君のだよ、ジェイムズ。彼から強い要望があってね。。」

ああ、あのステファン・ゴールディウィンだ!パリの老舗劇場ルシャンゼリゼバレエ団をトップに押し戻した敏腕の元プリンシパルだ。

ゴールディウィン氏からは、来シーズン始まる3か月後をゴールに体調を整え、ジークフリートでデビューを飾って欲しいとこのだった。
陽七については1年後にヴェルファスト芸術学校のバレエ科に入れることになった。
ノーザンアイルランドとイギリス、海を挟んだ適度な距離もジェイムズにとっては好都合であった。

951 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 17:46:48.41 .net
「まず、毎日クラスレッスンに出ることだね。
他にもトレーニングルームで弱った部分を強化も必要だ。

正直、君の採用には、団内ではかなり不満も出ている。舞台評も必ず賛否はある。
いちいち病んでる人に、大事な舞台をまかせられない。
心のコントロールができることは、容姿や技術と同様に
プリンシパルの能力の一つだ。その点、覚悟は決めているのか」

「はい…!」

ジェイムズは神妙な顔で答えた。
自分が弱い人間だったこと、すぐに問題から逃げてしまったことを深く恥じ入った。

他のダンサーたちが心血注いでバレエに取り組んでいるときにも、
バレエ以外のことに気持ちと時間を取られて、集中力が分散してしまう。
引退前には、ジェイムズのズルさや弱さが踊りに現れいた。

こんな復帰のチャンスは、人生で二度と訪れはしないだろう。

952 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 17:58:12.54 .net
学校長や監督の過度なひいきで昇進していたジェイムズは
見た目の優美さが一番の売りだった。

12、13年前に、入団した直後には、
有名ファッション雑誌のグラビアに取り上げられ
その容姿の美しさは話題にのぼり、ファンも多かった。

しかし、毎回、テクニック面において出来が不安定なため
徐々にバレエ通の観客からは
「見かけ倒し」だとささやかれるようになった経緯がある。

その代わりに、外国から来た血気盛んなダンサーたちが台頭してきたのだ。

「二幕での、君の優雅さは素晴らしいよ。
しかし、三幕のコーダでスタミナ切れや甘さが見えてしまう。
見る人が見えれば、わかるからね」

ヴェルファスト歌劇場のリハーサルでも、さっそくダメ出しされた。
それは前のバレエ団でも言われていたことだった。
ジェイムズはその欠点を克服すべく、トレーニングを始めた。

953 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 18:45:54.91 .net
ジェイムズが、トレーニングルームで体幹を鍛えていると
昔同僚だった、ある外国人ダンサーのことを思い出した。

日本人の男性ダンサー。ツトム。
ジェイムズより、背は低く、胸は薄く、脚は短く、顔はアジア人の平たい顔。

容姿を何より重視するエレノアの元で育ったジェイムズには、
注目に値しないダンサーだった。

ジェイムズが、モデルなどの副業や恋愛のことを考えながら帰ろうとしたときに、
ツトムは、役柄の研究や、テクニックを磨くためにスタジオに残り、
身体の貧弱さを補うために、トレーニングルームで身体を鍛えていた。

朝早くから来て、休日まで自主練習していると聞いて
「あいつ、バカじゃないか?」とジェイムズは友達と笑った。

ジェイムズが主役を外され、全くやる気を感じなかった民族舞踊の役を、
ツトムが嬉々として踊っているのを、不思議な思いで見ていた。

ツトムは今はソリストとなり、主要な役を踊っていて、
「バレエ団一の安定感がある」「どんな役でも期待を裏切らない」と評されている。

954 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 18:48:54.62 .net
「恵まれた才能や容姿、それにエレノアのひいきに、甘えていた。
役を下ろされたのは、結局、自分が招いたことだったんだ」
ジェイムズはようやく気がついたのだ。

955 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 19:31:47.37 .net
普通ならコール・ド・バレエから競争を勝ち進み、
その座を掴まなければならないのに、
いきなりプリンシパルのランクで横から入ってきたわけだから、
もともといたダンサーたちにしてみれば面白くない存在なのは当然だ。
ジェイムズも入団してから他のダンサーたちから
責めるような冷たい視線を浴びていた。
それにひるんだり傷ついて逃げるような人はプリンシパルではいられない。

956 :踊る名無しさん:2022/09/25(日) 21:12:02.74 .net
僕は誰にも負けないバレエダンサーになる。プリンシパルに返り咲くと決めたんだ。僕の夢だったバレエ団で。
もう逃げたりしない。他人に自分の人生を左右されてたまるか…!

ツトム。僕はとても愚かだった。僕は君を見下しバカにしていた。君の努力をバカにしていたんだ。
それがどれだけ罪深いことか…けれど結果君はダンサーとしての成功を手にしたんだ。そして僕は失った。

ごめん……ツトム…。
でもこれからは僕は自分の弱さと向き合う。バレエと向き合う。君のように諦めない。

汗なのか涙なのか、頬を伝い下へと水滴が落ちた。

957 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 00:13:34.32 .net
ジェイムズはバレエ団と契約しているスポーツトレーナー、ラファイエルの指導を受けることにした。
ラファイエルは元トライアスロン選手で、現役時代はトレーニングの一環でバレエを取り入れていたことからバレエ公演にも足を運び、いつしかそれが緊張した心をリラックスさせるひと時となっていた。
引退後はオリンピック選手をサポートしてきたが、現役時代と同じ様に感じる緊張感から解放されたくてヴェルファストにやってきたのだった。
バレエ団での彼の指導は厳しく、全ての食事管理、ライフタイムサイクルにまで言及した。
あまりにも厳しいため、彼の指導を受けたがるダンサーはいなかった。
幸い、ジェイムズにとっては何から何まで決めてもらえるスタイルが楽で、便利に思えた。

958 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 00:25:03.81 .net
ラファエルのトレーニングにはアウトドアのメニューが含まれ、日光に当たることがジェイムズの気持ちを前向きに明るくさせた。
ジャイアントコズウェイでのウォーキングは特に気に入り、ジェイムズからリクエストをするほどだった。
スイムの指導は本格的で、泳ぐようになるとジェイムズの体の痛みはもとれ、みるみる引き締まっていった。
傍から見ると、かなりきついメニューだったが、辛さよりも体調と体型の改善が快感であった。

959 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 00:36:11.21 .net
ラファエルとコンビで仕事をしているマリアは、スポーツドクターでラファエルの妻でもあった。
マリアはかつてプリマを目指していたが、思春期に体型が変わり足を痛めバレエをやめた。
二人はオリンピック強化合宿のスタッフ同士で知り合りバレエの話で意気投合、将来は二人で独立してゆくゆくは大好きなバレエ団の近くで働こう、と誓い合った。

ラファエルのメニューにはマリアの診察も含まれていた。
「トップアスリートのメンテナンスしていたプロから指導を受けられるなんて、なんてラッキーなんだ!」
近況報告を受けた山加糸吉は思わず叫んでしまった。

960 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 19:56:50.72 .net
もう一つ問題があった。

10歳年下の若いダンサーたちは、みんなスタイルも良いうえに高度なテクニックもこなす
これからも、毎年、進化を遂げた若いダンサーが次々入ってくるだろう。

「これから、10年踊るのは並大抵のことではない…。
若くて上手いダンサーがどんどんバレエ団に入る。しかも容姿も良い」

ジェイムズは、またしても自分の甘さを思い知らされた。
自分の置かれた厳しい立場が分かっていなかった。

961 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 19:57:25.29 .net
「ベテランに、今さらこんなこと言いたくないのだけどね」と
リハーサル担当の教師は言った。

「他のプリンシパルのように4回5回回れないなら、
回数は少なくてもいい。完璧に、というのはプロなら当たり前。

練習でも本番でも。絶対にミスなく。
完璧以上の超一流の動きを見せろ。
そうでないと、若いダンサーたち、納得しないよ」

962 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 19:58:45.95 .net
ジェイムズは、もともと回転や跳躍で観客を沸かせるタイプではない。
プロとしては最低限度、と言ったところだ。

若いダンサーたちは、ジェイムズの踊りをチラリと見やっただけで
あとは関心を示さず自分の練習に集中していた。

若い男性ダンサーたちは、ジェイムズができないトリッキーな技術を
次々とこなしていた。
時代もバレエも、刻々と変わっていくのである。

963 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 20:18:27.66 .net
「回って跳ぶだけがバレエじゃない。
それよりも優雅さと演技性で自分を見せたいんです」
ジェイムズが自分に言い聞かせるように教師に言うと

「プリンシパルとして要求されていることを完璧にできてから言えばいい。
今の君が言うと言い訳に聞こえるよ」
リハーサル担当の教師は厳しい言葉を残していった。

964 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:00:16.59 .net
ジェイムズはサラと陽七を連れ、フレデリック家の祖母の誕生会に訪れた。
陽七は既にフレデリック伯爵に会わせていたが、仕事で急遽パリに飛んでいたサラは今回が初めて顔合わせとなっていた。
離婚や引っ越しで多忙だったジェイムズは、父フレデリック伯爵以外には一切サラについて話していなかった。
親戚一同は、彼女がイギリス人のルーツを色濃く持ち、セレブ(>>61)だということを知らぬまま、極東のアジア人なんてと面白可笑しく噂したのだった。

サラはティーン時代、誰もが知っているファッション誌のカバーガールを務めたり、BBCドラマに出演したりとイギリスでは知られたアイドルであった。
また、フレデリック家とサラの家系は東遠に当たるため、ジェイムズの祖母はサラの祖父母と面識があることも判明した。

今回の訪問で何より驚いたのが、陽七とサラにすっかり魅了されたフレデリック伯爵が、ヴェルファストの市庁舎付近へ別荘を購入した事だった。
「ひな〜これからは毎日会えるからね、一緒にベルファストに帰ろうね。もう少し大きくなったらアラン諸島に住んでいる私のばあやの実家に遊びに行こうね!」

「まいったなあ〜近所に引っ越してくるなんて。。。
でもヒナのお守りにちょうどいいか!
オヤジの事がからメイドとナニーを雇うだろうからな
これも親孝行だな」

965 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:02:13.86 .net
>>964
東遠 → 遠縁

966 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:10:42.42 .net
団員の20代の男性ダンサー達はトレーニングルームで鍛えながら仲間内でジェイムズの話題でお喋りをしていた。

「俺達が昇進目指して日々頑張ってんのに、最近復帰した30過ぎてる貴族男にプリンシパル奪われるって気に食わねえな」
「お家のコネでも使ったんだろ。貴族様は羨ましいなぁ。実力だってそこいらのダンサーと変わらないのにさ」
「ハンサムでイイ男だけど! けど見た目だけでバレエは踊れないよ」

皮肉や嫉妬、侮蔑。
すでに団内のダンサー達からは不平不満が生まれている。

967 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:27:23.20 .net
あのアジア人、ポルノやヌードもやってたの!
ますます汚らわしい人ね!
拒否反応は日に日に大きくなっていった。

968 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:32:17.56 .net
白王子市に転勤した田中さんは、
紗江子のバレエ団時代の先輩夫婦がやってるというバレエ教室に体験に来ていた。

会社のある中心部から電車で10分ほど郊外に行けば、
簡素な駅のまわりはがらんとしていて、大した店もない。

郵便局と、こじんまりした喫茶店、カラオケ店。

地味な住宅地を通って着いた先は二階建ての四角い建物。
ステンレスの四角いプレートに『白王子バレエスタジオ』と書いてある。

「黒崎バレエアカデミーの豪華な洋館とは大違いだ。
栄転っていうけど、バレエ的には都落ちした感半端ない」

玄関横の掲示板に貼られたスケジュール表を見ると、
中学生以上のクラスが毎日ある。
田舎の個人教室だが、生徒数は多いようだ。

969 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:32:50.04 .net
「田中さんね!紗江子から話は聞いてるわ!」

教師の小石川誠、愛(こいしかわ・まこと&あい)夫妻は笑顔で歓迎してくれた。
紗江子のバレエ団の先輩らしい。

「紗江子先生、困った生徒だって言ってませんでした?」

「いいえ、あなた気に入られてたみたいね」
小石川夫妻は愉快そうに笑った。

紗江子が小石川夫妻に伝えたのは

「情熱はあるし、演技させれば面白い人で、悪人ではない。
ただ、骨格的には壊滅的にバレエに向いてないの。
子供たちの目の毒になるようなら、断ってね!」ということだった。

970 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:33:12.18 .net
その白王子バレエスタジオには週1回、ボーイズクラスも存在した。

生徒は小中学生3人。
小石川夫妻の、中学生の長男、小学生の次男。その親戚の小学生。

あどけない顔した男の子3人が「よろしくお願いします!」
元気に挨拶する。

「うわぁ〜、みんな可愛いなあ!
ここでは27歳の俺は、完璧に『素人おじさん』だな!」
と田中さんは場違い感を感じてしまった。

4人の少人数レッスンが始まると、さっそく
「ひざの向きを気をつけて」「軸足の腿もまわして」と
おなじみの注意を受けた。

971 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:33:44.02 .net
「今、重心はどこにある?どこで立ってる?」
「バーから手を離してみて。自分の軸は?」
「もう少し骨盤は前」「ここで腕が縮んだのわかる?」
と触られながら細かい注意を受けた。

なんということでしょう。
「紗江子先生は、細かいことにこだわりすぎるだろ!」
と田中さんは思っていたけれど
自分の身内の子を教える小石川夫妻はもっと細かかった。

黒崎の初心者クラスでは
「他のおじさんおばさん、みんなできてないし、このぐらいで可!」

ベルベットのプロフェッショナルクラスでも
「10年続ければ、俺も自動的にああなる!」

と、都合の良い解釈や言い訳をして誤魔化していたが、

ここでは小中学生3人と、ポジションの改善に真面目に取り組むことになった。

972 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:34:28.89 .net
センターでは男子の技も多い。
中学一年生の長男は、跳躍や回転能力が急成長しはじめる時期、
徐々に難しい技にも挑戦していた。

田中さんはアンレールトゥールをまだシングルしか跳べない小学生2人と
同じ練習をした。

「スゥスの時点で、空中姿勢を意識して」
「左肩甲骨を甘くしない」
「軸がまっすぐが絶対」
「踏切で前足を譲りがちだけど、そこを我慢」

田舎だからって期待してなかったけど、
至れり尽くせりのがっつり指導じゃないか?

田中さんは入会を決め、
『白王子バレエスタジオ』初の素人バレエおじさんとなった。

973 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:34:43.03 .net
「ところで、田中さん、今度の発表会、ちょっと出てみない?
眠りの抜粋するんだけど、赤ずきんちゃんとオオカミのオオカミ役。
パパ先生がする予定だったんだけど、よかったら」

「はい!もちろん!喜んで!!!」
田中さんは、反射的に返事をしてしまった。

本当は、デジレ王子かブルーバードがいいけどな!
と思ったが…、
被り物と人間じゃない役に、縁が深いのかもしれない。
ニワトリに、甲冑の人形に、お面をかぶったくるみ割り王子。

974 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:44:21.19 .net
「俺、そろそろデジレ王子もやってみたいんですけどねえ〜」と
田中さんが言うと、
「ははは!面白いこと言う人ね!」と
小石川夫妻に一笑されてしまった。

くっ…。
おれも、いつかは全幕プリンシパルになる身だ。
ここはぐっと我慢の修行のときだな!

こうしてせっせと白王子バレエスタジオに通う日々が始まった。

975 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:48:09.76 .net
フレデリック伯爵はスケベ心が働いてしまい、サラがセレブな上に、ポルノまでやっているという事実には嫌悪感でなくむしろ興奮が上回った。
尤もポルノの専門女優でなくとも、一般の女優が作中でヌードやセックスシーンをするのは別に珍しいことではないのだが。

サラと陽七の為に購入した別荘に日本風の温泉やプールを設置したのは運良ければサラの水着姿や裸体をみられることを期待した彼の趣味でもあった。

「飛びっきり美人な日本人の女優に、愛らしい陽七ちゃん…
私はジェイムズが嫌いだが、彼女たちと出会うために息子は与えられた。今ではそう感じる…生きてて良かった」

いつもはしかめっ面で厳しい雰囲気のフレデリックは親戚からも距離を置かれていたが、最近は穏やかになり、徐々に親戚とも関わるようになってきたという。

976 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 21:50:21.86 .net
「いつかジェイムズとはあっちのほうはご無沙汰だと言ってたし
俺にもチャンスがあるかもしれんな!」
フレデリック伯爵はニタリと笑った。

977 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:05:15.58 .net
劇場近くのレストランでは、劇場の常連客マダムが噂していた。

「新プリンシパル、ジェイムズ・ワイズウェルって何?
どうして、ファーストソリストのアンディやレオを昇進させないの?
ずっとプリンシパルになるのを待ってるのに」

「ジェイムズはかなり前にファッション雑誌のグラビアに出て話題になってた人よ。
とにかく見た目が良いわね。この写真、かっこいい。私好み〜」

「それがねえ。踊りは古臭くて、残念な人らしいわよ。
それより、ミーハーファンが多いから、彼の出る日は客層が悪いのよ」

「新監督は何考えてるのかしら?コネ?お金?要はビジネスよね」

「そんな人が横からプリンシパルにねじ込まれるんじゃ。
他のダンサーさんたちがかわいそう!」

近くの席で食事をしようとしていたジェイムズは、背後のマダムの話を聞いて
そっとサングラスをかけた。
ダンサーの価値は舞台で証明するしかない。
今は我慢のとき…。

978 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:08:03.34 .net
デジレ王子といえば有沢くんのレパートリーだったよな…。デジレ王子といえば有沢くんってぐらいに黒崎では思われてたぐらいだし。

白王子スタジオでは、デジレ王子といえば田中っていうぐらいになりたいものだな!
田中さんはニヤニヤしながら、ロココ調の白い衣装を身にまといかっこよく踊る王子様の自分を妄想していた。

979 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:14:19.14 .net
「自分はいつも、努力が必要な現実を端に押しやって、
いいとこ取りをしようとしていた。

でも今度は、この幸運を、すべて自分の実力に変えてみせる。
それには、バレエ以外のことはしばらくシャットアウトしてバレエに専念しよう」
ジェイムズの決意は固かった。

今、バレエに専念しなければ、自堕落な生活からプリンシパルでバレエ団復帰という
夢のような幸運が、本当にまぼろしとなって消えていきそうだった。

980 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:18:21.61 .net
ジェイムズのお気に入りの風俗嬢だった風間百合は落ち込んでいた。
ジェイムズが客として来なくなって思いつめたあまり
イギリスへ追っかけていこうとしていた。

それを店の先輩が引き留めた。
「だから、客の男はダメって言ったじゃない!
何の夢見ちゃってるの?あたしたちはお金で買われた偽のプリンセス。
時間終了とともに、泡になって記憶から消えてくのよ!」

981 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:37:28.35 .net
「ええ〜、紗江子先生が結婚したのぉ〜、どうして〜!」
田中さんは小石川夫妻から話を聞いて飛び上がって驚いた。

「もしかして!相手はバレエ団時代から一緒の塩田先生ですか?」
「いいえ、違うわ。バレエやってる人じゃないみたいよ。教えるのは続けるって」
「それ誰?誰なんですかぁ〜!」
「よく知らないわ。仲間から話が回ってきただけよ。
なあんだ。田中さん、紗江子のこと好きだったの?」
小石川夫妻は田中さんの反応が面白くて、クスクス笑った。

紗江子先生は一回り歳上だし、恋愛感情とは違うけど。この気持ち、なんだろう。
いつだって、俺に「5番よ!」と叱ってくれた紗江子先生が
知らない男に「ご飯よ!」と優しい声で言うのか?

突然の紗江子先生ロスに、田中さんは叫んだ。

「うおおおおぉぉ〜」

「田中さん、今の遠吠え、オオカミみたいね!
その調子で発表会もがんばってね」

982 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 22:39:32.48 .net
先輩のいっていることはもっともだ。
彼は私という人間に惹かれたわけじゃない、なんも後腐れもない恋人ごっこを求めてただけ。
夢を与えるのは私の方なのに、私が夢を見せられちゃった。プロ失格だわ。

「よりにもよって、どうして客の男性を好きになってしまったの……。
人魚姫みたいに、叶わぬなら泡になって消えてしまえるならどんなに楽かしらね…

ダメ。私には弟がいるもの……あの子のために私は頑張るんだから…!」

ジェイムズのことは忘れるのだ。
そもそも奥さんもいて、姪っ子も養子として引き取って実家のあるイギリスへ戻ったのだ。
新しい人生を前向きな気持ちでスタート出来たのだ。私は彼を応援すべきなのだ。

983 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 23:30:36.95 .net
山加糸吉は人魚姫をベースにした新作を考えていた。

「人魚姫は風俗嬢。ある客の男に片思いをしている。
舞台に大きなバスタブを設置して。最後は泡の中へ…」

現役時代から、すべての演目のすべてのパートの振付、
各ダンサーのクセまで覚えていたという山加の頭の中には、
『脳内舞台』が存在し
その中で複数のダンサーたちを同時に動かすことができる。

調子の良いときには3日もあれば、既存の作品を題材にした小作品の振付が完成する。

「いつものように、最初はガラの余興として出したいんだ。
一度舞台に上げれば、ダンサーたちが
インスピレーションをくれるから手直しできるだろう」

「また、問題作か話題作になるかもしれないですね!」
振付スタッフは、ワクワクした顔をして新作の話を聞いていた。

「男の不誠実、女のやるせない一途な思い、古典の王道だな。
もっとも、僕の作品はジェイムズの好みではなさそうだし。
彼は他のバレエ団に話を回して正解だったよ」

984 :踊る名無しさん:2022/09/26(月) 23:31:26.97 .net
ある日百合は先輩達からのすすめで長期の有給休暇を貰うことにした。
夜の仕事で殆ど太陽の光をゆっくり浴びることが出来なかった彼女にとって、久々の日曜の朝は新鮮であった。

「空気がおいしい。…こんなに綺麗だったのね」

朝焼けでオレンジ色に染まった溜池を眺め呟いた。百合の住むアパート近くの大きな公園。その真ん中にある池には数種類の水鳥が泳いでいる。
そしてしばらくその景色を満喫した後、どこからともなくオルガンの音色がきこえてくる。何となく音の方へと近付いていくと赤い屋根に十字架の立てられた小さな礼拝堂が姿を現した。

「どなたでも自由にお入りください」と手書きでかかれた看板をみると、百合はキリスト教礼拝堂の中へそっと足を踏み入れる。
こじんまりとした礼拝堂の中には、数人の信徒と若い牧師さんがいた。受付の高齢女性が、さあどうぞ遠慮なさらないでと席へと促す。
牧師さんも優しい笑顔で百合を歓迎してくれた。

985 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 00:29:09.37 .net
「おっと、ちょっと待てよ…。大きな風呂があるサービスって日本だけかな?
フランス人はシャワーで済ませそうだな。
ドイツにはジャグジーやプールのある施設もあると聞いたけれど、知ってる?」

「それ、女の私に聞かないでください!」

「僕もよく知らないんだよ。生身の人間より彼女そっくりの人形のほうがいいから。
それなら、舞台は日本という設定にして、和物の作品に…」
山加糸吉は振付スタッフにかまわず、作品の構想を練り始めた。

「……お考えがまとまったら、リハーサルのスケジュール調整するので
おっしゃってください。では失礼!」

振付スタッフの女性は部屋から出ると首をかしげた。
「芸術家は変な人が多いけど、山加さんは超真面目なのに超変な人だわね…」

986 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 01:23:47.63 .net
礼拝が終わり茶話会になると、信徒の人達は百合に踏み込んだ質問はしてこなかったがここがどういう教会であるかを教えてくれた。

「ここは転籍者が多いの。中でも元々別の教会にいたけど居場所がなくて集まってきた人が多い」と高齢女性。
「私も馴染めなくて来た口よ。私はビアンで歌舞伎町のビアン・バーで働いてるんだけど、私みたいな子周りにいないし悩みがあっても本当の自分を出せなかったの」
教会内で百合と歳も近そうな女の子がそう言った。

「私は牧師の神野隼斗(こうのはやと)です。風間さん、来てくださりありがとうございます」
牧師は笑顔の似合う爽やかでとてもハンサムな青年だ。

この教会には、暴力や虐待、障害、差別や偏見にあってきた人達が集まっており、
悩みなどなさそうに見える牧師自身も、かつては女子として扱われ性別違和で苦しみ学生時代に自殺未遂をした経験があったという。
今では信仰に出会ったことで前向きに生きることがかない、ようやく男性である自身の人生を取り戻せたのだ。

帰る頃になると他の信徒とも打ち解けた百合は、新しい居場所を見つけられたという嬉しい気持ちを噛み締めつつ教会の出入り口の方に向かう。
そのとき出口付近の掲示板にエンジェルバレエ教室とかかれたチラシが貼ってあることに気付く。

「バレエ教室に場所を貸しているんです。教会員の方の何名かも通われていまして、よろしければ風間さんもどうでしょう?
私も参加しているのですが楽しいですよ」
「…私なんかが迷惑ですよ……」

百合は黒崎でのことを思い出し表情が暗くなった。

987 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 02:09:31.83 .net
山加糸吉はリヨンに移住してからしばらくは落ち着いていたが、ネリッサが頻繁にパニック発作を起こす様になり心身疲れ果てていた。
糸吉自身もコントロールを失く事が増え始め、ネリッサの担当医からカウンセリングを受けるようすすめられた。

988 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 06:30:23.10 .net
ジェイムズも英国に戻ってからしばらくはやる気を出していたが、バレエ団のプレッシャーに心身疲れ果てていた。
その妻もコントロールを失く事が増え始め、担当医からカウンセリングを受けるようすすめられた。
うそです。人間は問題を抱えながらも生きていくのです。病む話は飽きたわ。

989 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 07:40:18.37 .net
山加糸吉のバスタブを使った演出のおかしなアイディアはストレスのよるものだった。
黒崎時代の友人に相談すると、みな口をそろえて反対した。

どうやら少し前に黒崎の現状で耳にした噂話がヒントになっていたらしい。
「なぜバレエと風俗がむすびついてしまったのかしら?」

990 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 07:58:57.70 .net
「椿姫も娼婦だしカルメンにも娼婦が出てくるでしょ。
現代風にアレンジしてても実は定番なのよ」
お姫様バレエが大好きな初心者クラスのマダムたちは
「なぜバレエと風俗がむすびついてしまったのかしら?」

991 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:03:44.21 .net
「私いやなのよねえ。最近コンテが重要視されてるけど、
見てもわけわかんないじゃない?」
「やっぱりバレエは王子様とお姫様よ!」
「某有名なコンクールもコンテバリエーションが必須でわけわかんない。
あれ意味あるのかしら」

992 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:10:39.94 .net
「コンテンポラリーダンスの授業は
日本人の学生さんが一番苦手としているところなんですよ!
黒崎でも週1回。ゲスト講師の講習会しかやれてないけれど、
留学した子がみんな苦労したって言ってるわ」

「私たちには関係なーい。コンテなんか興味ないし観る気もしないもの」

993 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:32:40.67 .net
「コンテの講習会ですか。俺はあまりコンテは。
だって俺、王子様になりたくてバレエやってるから…」

転勤先の白王子バレエスタジオで田中さんはコンテの講習会参加を渋っていた。

「将来海外で踊る子も出てほしいなと思って
今回、初めて講師を呼んで教えてもらうことにしたのよ。
考えておいてね」

小石川夫妻が口にした「海外で踊る」のキーワードにつられ
「俺もいずれ海外進出しなくてはならない日が来るかもしれない」
と思った田中さんは、コンテの講習会に挑戦することにした。

994 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:33:21.75 .net
「型やステップの美しさより、その踊りで何を表現しているかが大事なんだよ。
じゃあまず、自由な動きで、自己紹介してみて」

「自由な動きで自己紹介。意味がわからん…」

「さあ、誰から始めるかな?」

10代の生徒たちがモジモジして動かないので、田中さんが最初にやってみた。

「俺は田中っ!ここに参上!」とぴょーんと飛び出す。
「27歳、会社員っ!」とかっこつけてみる。
「バレエ大好き♪」と胸の前で腕を交差してみる。
「でもバレエ難しいっ!」と床に倒れ込む。
「バレエの王子様になりたーい!」とゴロンゴロンもだえる。

995 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:36:03.69 .net
一緒に講習会を受けていた10代の生徒たちから笑いがもれた。
講師も苦笑いしていたが
「いいよ!まずは、心のままに自由にね!」
「マジかっ?」

あとで小石川夫妻に、「田中さんが最初にやってくれたから
子供たちもあとに続いてやれたわ」
とよくわからない褒められ方をされた。

床をゴロンゴロン転がったせいで
田中さんの膝には青あざができていた。

996 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:50:18.46 .net
「百合さん、迷惑なんかじゃないですよ。
現実社会は、いろんな場面で平等でないことが多い。
しかし、神の前では一人の人間として誰もが尊重される存在です」
牧師の神野隼斗は優しく百合に語りかけた。

教会では他にも聖書を読む会やバザーで売る手芸品や
クッキーを作る集まりなどもあった。
その中でバレエという言葉は百合の中で輝いていた。

997 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 08:59:04.17 .net
百合は一度だけ、バレエの舞台を観たことがある。
小学高学年のころ、クラスメートの一人がバレエを習っていて、
その発表会の招待チケットをもらった。

地元では有名な大きなバレエ学校の『シンデレラ』の舞台だった。
みすぼらしい身なりで、いじめられながらも懸命に働くシンデレラが
優しい仙女の魔法できれいなお姫様になり、舞踏会に行く。

お城へ向かう馬車から手をふるシンデレラのほほ笑みは
本当にきれいだった。

998 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 09:11:33.58 .net
もらったパンフレットにはさまれていた、一枚のバレエ学校の案内のチラシ。
それとなく母親に「私もバレエ習いたいな」と言ってみたが
「ダメダメ!お金かかるでしょ!
バレエは幼稚園のころから習うんでしょ。始めるには遅すぎる。
百合が今習ってるピアノも月謝がもったいないから
そろそろやめてほしい」と言われ、
百合はそれ以上バレエのことは言えなくなってしまった。

999 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 09:19:18.90 .net
素人おじさん達の存在感はずいぶん薄いよな。
しょせんイケメンダンサーにニーズが集まるのか。
うっかりすると空気のように忘れ去られてしまう。

そんなこんなで、素人バレエおじさん、次スレも楽しく踊ります。

次スレ
素人おじさん バレエ奮闘日記 3冊目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1664235587/

1000 :踊る名無しさん:2022/09/27(火) 09:20:40.13 .net
多少ゴタつくこともありますが、みなさんのご参加に感謝いたします。

1001 :2ch.net投稿限界:Over 1000 Thread
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