■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
邪馬台国の歩き方(女王之所都=伊都國)3
- 379 :日本@名無史さん:2022/11/26(土) 15:08:34.94 ID:TmmnFbGPN
- >>264
5年東夷王について考えてみると、
徐福の時と同じ構図で考えるならば、
舟に乗って動き回っている王とは、
吉武高木大王ではなく、
倭の多数ある國の、多数いる王の一人、であった可能性が高く、
対馬海峡を管轄していた王、おそらくはその頃もワニ王ワダツミ、ひょっとするとアズミ、
であった可能性が高い、ということになりますね。
名前と肩書については、相手の自称を記録せざるを得ませんから、
私は倭地の「王」、私は奴国の「大夫」、私は倭国の「倭国王」、と言われたら、
中国側が否定する根拠もありませんから、
とりあえずそれがそのまま記録に残ったわけですね。
また107年師升についても、同じ構図で考えるなら、
伊都国王=吉武高木王が元首であって、
倭国王=三雲井原大王は幕府将軍であった、
と考えると辻褄は合ってきます。
総レス数 719
533 KB
新着レスの表示
掲示板に戻る
全部
前100
次100
最新50
read.cgi ver.24052200