2ちゃんねる スマホ用 ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

☆ノモンハン事件は日本軍の圧勝だった

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/04(月) 02:44:43.17 ID:iTe9jS7I0.net
まあ圧勝とまでは行かないが、被害はソ連の方が大きかった。
停戦後にソ連有利な国境線が確定したのは
戦線を南方に拡大したい海軍の意向を踏まえた海軍の寄生虫の
東郷大使(在日朝鮮人)が妥協して無理やり協定を結んだからで
海軍信者(半藤一利とか)の大嘘宣伝に
だまされてはいけない。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/04(月) 02:46:34.26 ID:iTe9jS7I0.net
ホラ吹き捏造作家 半藤一利

その捏造の一例:辻参謀の発言を勝手に創作

(以下引用)

辻参謀が、とたんに大喝した。
「課長にたいして失礼なことをいうな。課長は広い視野に立っておられるのだ。
課長もわが輩もソ連軍の実力は、ノモンハン事件でことごとく承知だ。
現状で関東軍が北攻しても、年内に目的を達成するとはとうてい考えられぬ。ならば、それより南だ。南方地域の資源は無尽蔵だ。
この地域を制すれば日本は不敗の態勢を確立しうる。
米英恐るるに足りない」

若い参謀はなおねばる、「米英を相手に戦って、勝算があるのですか」。
辻参謀は断乎としていった。
「戦争というのは勝ち目があるからやる、ないから止めるというものではない。
今や油が絶対だ。
油をとり不敗の態勢を布くためには、勝敗を度外視してでも開戦にふみきらねばならぬ。
いや、勝利を信じて開戦を決断するのみだ」

いつか、どこかで聞いたような辻参謀の啖呵である。
こうして太平洋戦争への道≠ヘ強力にきりひらかれた。

半藤一利『ノモンハンの夏』(文藝春秋)


このように半藤は辻の発言を捏造し宣伝している。
半藤一利が書いたこの辻参謀の発言が事実だというのなら
直ちにその証拠を示してもらいたい。
それが示せないのならば、半藤は偽りの歴史を流布する、捏造作家確定。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/04(月) 04:59:43.29 ID:0ZL4V7bw0.net
【日満】☆満洲国の国境紛争★【ソ蒙】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1347176974/

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/07(木) 20:29:32.31 ID:9gfpveUq0.net
また土足かよw
懲りないヤツだな。お前の足りない脳みそでは誰も騙せないぜw

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/09(土) 03:04:35.17 ID:ztuK+VIR0.net
>>4
ウィキペディアにおける[[牟田口廉也]]罵倒記事の編集を
直ちに改善せよ。

さもなくばその報復である近代史板での山本五十六叩きは
永遠に終わらないであろう。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/09(土) 03:37:05.15 ID:ztuK+VIR0.net
Los688は要求に応じないようなので
では仕方が無い。
報復として引き続きここで山本五十六を叩くw

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/09(土) 19:09:58.66 ID:C/+QSG6c0.net
お前uaaだろw

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 14:47:45.82 ID:6QKCftsZ0.net
機甲部隊による迅速な両翼包囲と砲兵火力の殲滅。
ソ連の勝利は戦術の教科書に載せていいレベル。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 17:38:48.70 ID:mNYCx2J40.net
大和魂か鬼神をも退けた典型例。
戦術の教科書に載せていいレベル。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/10(日) 20:18:26.13 ID:6QKCftsZ0.net
>大和魂か鬼神をも退けた典型例。

それ戦術じゃないからw

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/16(土) 07:20:22.30 ID:UqQap/pF0.net
馬鹿云ってんじゃない。
南進論なんか幕末・明治時代からあるんだ。
特にそれが明確な国策へと意識されてきたのが
1930年代、満州事変以降、英米との関係が悪化して日本の国際的な孤立化が進むと、
「南進」はその後の国策の有力な選択肢の一つと考えられるようになり、
場合によっては武力を伴ってでも実施すべきものであるとされた。
1936年8月7日、広田内閣の五相会議で対外問題を中心とする重要国策が決定された。
帝国の根本国策が「外交国防相まって東亜大陸における帝国の地歩を確保するとともに
南方海洋に進出発展するに在り」とされ、「東亜共栄圏」の盟主構想が、
南方進出の方針として重要国策と決定された。
武力南進が実際に国策として決定されたのは1940年のことである。
この武力南進は陸軍省軍務局長の武藤章の発案に基づき企画院の鈴木貞一が調査企画を行った。
7月27日の大本営政府連絡会議で武力を行使しても東南アジアに進出することが決められた。

>>2
「二人の参謀―服部卓四郎と辻政信 」
(芙蓉軍事記録リバイバル)高山 信武 (著)
という本に同様のことが書いてある。
著者の高山信武氏は大本営陸軍部作戦課で彼ら二人と行動を共にした人である。

半藤氏はこれを参考にしたものだろう。


武力南進が実際に国策として決定されたのは1940年のことであるが
すでに、それ以前の早い時期から陸軍内部にこの考えは存在していたのである。
また、ノモンハン事件は1939年半ばであることを考えれば、
>>2のセリフが間違い、などとは決して云えないのだ。

簡単に他人をけなすと、自分のレベルが判ってしまうから気をつけなさい。

>>1は陸軍の子孫なんだろうが 陸軍がどうの海軍が悪いのなどと
いつまでも女こどものようなことを云って
日本に対立と憎しみの種を播いているのはもう終わりにしなさい。
そんなことやってると日本など消滅してしまうぞ。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/24(日) 23:42:56.21 ID:kHMfpoCl0.net
>>1 >>2
どうした。逃亡したか?

大恥かいて逃亡!!!

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/25(月) 20:12:29.96 ID:TeZ5pEIC0.net
ソ連はだいたい相手より被害多くて勝ってるケースばっか

ジューコフが指揮した本気の戦いで日本軍なんかが勝てるわけねえよ。
ジューコフが晩年に一番苦戦した戦いがノモンハンだったと言ってたのは事実だがな。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/26(火) 22:38:41.23 ID:TlPrODox0.net
>一番苦戦した戦いがノモンハン

それはそうだろうな。まだ赤軍も練成途上だったし、
ジューコフが対ドイツ戦に参加した頃は緒戦のドイツの優勢が霞んだところだった。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/28(木) 11:05:41.94 ID:wCQ2aYg/O.net
いかに皇軍が強かったか判るエピソードだな

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/28(木) 19:26:27.73 ID:pnywhoZ+0.net
★ノモンハン事件は日本軍の圧勝だった
負けたよ
はい論破

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/03/29(金) 12:32:22.49 ID:gwNG7k6L0.net
ソ連はポーランド侵攻が控えていたので日本との戦闘を長引かせたくなかったんだな。
だからさっさと手打ちをした。騙された日本哀れ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/17(水) 19:54:34.80 ID:fXQyOfaw0.net
大東亜戦争は日本の勝利。
「参った!もうこれぐらいで手打ちしよう!」と講話条件を最初に出して来たのはアメリカ。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/03(金) 16:52:08.43 ID:guRfovuR0.net
戦闘レベルでは、最後優勢な流れにして、日本にギブアップを強いたソ連勝利。
(日本も少数でよく抵抗したとか、そのまま続けていればとか色々あるけど。)

双方の意図をみてみると、ソ連の意図が満州侵攻・獲得が狙いであるのに対して、
国境ラインを押し上げた点では露が主張の一部を通して、勝ち判定。
だけど、大軍で、あんな不毛地帯の国境ラインを十数キロ押し上げで終わってしまっていて、
全く当初目的を果たせていない点では、大勝とはいい難い。

一方、国境ラインを十数キロ押し上げられたものの、さほど実害がある訳でもなく、
満州を防衛成功したと言う意味では、満州側も目的を果たしている。
それまで活発だった国境紛争もそれ以降沈静化している。
(ソ連を取り巻く状況の影響もあるだろうけど。)

大局で見れば、ソ連は侵攻失敗、満州は防衛成功で、痛み分けってとこ?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/03(金) 21:56:18.09 ID:guRfovuR0.net
なんで日本軍は少数で攻勢に出たのだろう?

当初の方針だし、増援を集結してたのだから、守りを固めて待てばよかったのに。
国境維持&東岸が低地で砲戦で不利ならば、優勢だった航空機で砲兵を叩く手もあっただろうに。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/04(土) 00:03:54.89 ID:jaUURNhw0.net
ジューコフが晩年に一番苦戦した戦いがノモンハンだったと確かに言っていた。

で、最近ジューコフと国会議員になった辻政信が秘密裏に会合していたというCIA秘密文章が公開された。
ひょっとして、ジューコフは辻政信のあの調子の良いリップサービス的法螺話にころっとだまされて…

「え?日本軍って、ノモンハンであれだけやられてたのに、実は背後に巨大な軍隊いたの!ぶるぶる」
なんて辻に騙されたんじゃないの〜w

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/04(土) 00:13:56.48 ID:jaUURNhw0.net
ちなみに、ジューコフと辻の秘密会談は1955年だ。ジューコフのインタビューっていつ行われたモノなんだろう?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/04(土) 22:08:44.27 ID:5djZLzF30.net
>>20
実際にはソ連が仕掛けてきたので戦った
その後兵を集め反撃しようかとしたが実は相当打撃与えていたけど負けてたと思ってたからしなかった

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/05(日) 09:30:02.60 ID:MlhR8z/d0.net
事実上の負けだからね

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/05(日) 17:26:20.13 ID:75JiCLf30.net
>>19
>ソ連の意図が満州侵攻・獲得が狙いである
そんな意図はないけど。

>国境ラインを押し上げた
いや、本来の境界線を維持しただけ。逆に、一部日本側に押し込まれてる。

ノモンハン事変は、日本が満州(東3省)とモンゴルの境界線を勝手に変更してモンゴル川に押しやろうとしたのが原因。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/08(水) 22:49:18.83 ID:l0MraXSFO.net
戦闘での損害規模では関東軍(帝国陸軍)よりも労農赤軍(ソ連陸軍)の方が大きかった。
しかし、ソ連・外蒙古側の方が占領地が多かった
よって、満蒙国境線は日満側が譲歩する形でソ蒙側の主張通りのラインで停戦した。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/08(水) 23:26:52.38 ID:kC+8FeLq0.net
>>26
占領地がソ蒙側が多かったというのは間違い。
実際は日本側が押し込んだ地点も多く、双方の領土は双方の主張の中間点に落ち着いた。
>>25
そもそも清の時は同じくにだったわけで、どっちの領土ってもんはないよ。
モンゴルは内蒙古も領土を主張しており、今でも台湾の地図ではモンゴルまで中国領土になっている。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/09(木) 02:52:18.86 ID:q2wUyW9a0.net
>>27
その主張よく見るけど、ホントかい?w

地図ある?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/09(木) 06:28:45.37 ID:JIA/hNEF0.net
>>27
当初の係争地である平原はソ蒙の主張通り。
日満側は無関係だった南方の山岳地帯を占領した。
モンゴルからすれば草原>>>>山岳であり、平原の確保で妥協した。
これで、中間点なんて言うのは自慰でしかないよ。

>そもそも清の時は同じくにだったわけで、どっちの領土ってもんはないよ。
いや、清代に定められた行政境界線があってね。
モンゴルも満州も清の地方自治体が独立したと言う建前なんだから、その権限の範囲も清代の行政境界線になるんだよ。
東京都が日本から独立したとして、その際にどさまぎに浦安も東京の領土だと主張したようなもの。

>モンゴルは内蒙古も領土を主張しており
それは同一民族の居住地域だから。

>今でも台湾の地図ではモンゴルまで中国領土になっている。
単にモンゴルの独立を認めていないから。

どちらも満蒙国境問題とは状況が違う。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/09(木) 20:36:49.78 ID:ySQPBAFx0.net
>>28
常識。お前らみたいな低脳以外は知ってて当たり前の話。
>>29
お前も根本的に知識が欠如しているな。軍ヨタの低脳ブサヨだろうけど。
ソ蒙側は国境線を幾つかの山々をつないだ線で主張し、日満側は川で主張していただけ。
日本側としてはハロンアルシャンにある鉄道の終着駅から将軍廟までの補給線を死守するのが目的。
日本からすればその補給ライン>>>>>>>>>>>>平原だ。
そもそもノモンハンの北部のホルステン地区で両国が争ったのは平原ではない。
フイ高地、ノロ高地、バンシャガル高地などアブタラ湖に至るまでの小高い山である。
平原の確保で妥協した?ちげーよ。ただソ蒙の主張ラインの山を取るために、
膨大な被害出しながらウラーといって突撃してたんだよ。

そして南部地区のフロン山、三角山にもソ蒙軍は攻めてきてるよ。
ここは落とせなくて、逆に日本側が川まで追い込んだだけの話。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/09(木) 20:49:39.55 ID:ySQPBAFx0.net
>これで、中間点なんて言うのは自慰でしかないよ。

そのとおり、露助は主張ラインから大幅に領土を失い、川まで追い落とされ、
場合によっては渡河攻撃までされている。日本側は補給ラインの確保という第一目標は確保したw

>いや、清代に定められた行政境界線があってね。

なんだそりゃwその行政ラインと実際の国境線を見るなら、それこそ満州とモンゴルの国境ラインは、
双方で相殺すれば同程度になるんだがw
つか行政区分で別の県に移したらその後独立した場合の領土が変わるとか主張してんのか?
征服した大帝国の行政区分で領土決められたらたまらんなあ。
実際それで領土問題が起こっているんだし。大英帝国、清、オスマンをはじめ、
大帝国下で行政区分の変更は普通にありうる。それを理由に領有権の主張はあるが、
だからといってそれによって領有権を消失する事はねーよ、
尖閣の行政処理を台湾でもやっていたから、尖閣は台湾領土だとでもいうのかね?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/09(木) 20:54:26.40 ID:ySQPBAFx0.net
>どちらも満蒙国境問題とは状況が違う。

同じだよ。両国の民族が住む雑居地の領土確定作業において戦争につながる事はままある。
そして満州とモンゴルの遊牧民族同士の歴史的な領土確定とかすんなりいくわけねーだろ。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 00:03:05.26 ID:0cenQkLcP.net
機械化部隊に両翼包囲されて火力の骨幹戦力の砲兵まで撃破されて
勝ったはないよなw

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 12:47:09.39 ID:qZoqmR4VO.net
双方が失った戦闘車両と砲と戦闘機の数比べてみれば?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 19:55:41.86 ID:0cenQkLcP.net
キルレシオは勝敗の判定の要素のひとつに過ぎない。
しかも双方が目的を達成してない場合に使われる。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 21:46:26.66 ID:ZQ8W9Uzf0.net
>>34
あなたも独ソ戦はドイツが勝ったとおっしゃる御仁か?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/10(金) 22:58:00.08 ID:0cenQkLcP.net
両翼包囲を決められて壊滅しても勝利なら
カンネーの戦いはローマ軍の勝ちだな。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 00:53:38.63 ID:1gNFbN6P0.net
ノモンハン勃発記念日!74年目

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 05:32:15.91 ID:8498Q0qA0.net
>>35
ソ蒙側が目的を達成したとでも?
>>36
ならなんで決めるんだね?領土は折半、被害は同等。
>>37
そもそも山にこもっているのが日本軍なので両翼包囲とかじゃないからw
その山に特攻して日本軍以上に被害を出したのがソ連軍。
おまけにそこに軍を取られすぎて、別方面が手薄になり反撃うけて領土の大半を失うという失態つき。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 08:46:06.16 ID:fbwTHAiDP.net
>>39
山って?w

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 09:47:45.52 ID:2k6KLVK60.net
>>30
>ソ蒙側は国境線を幾つかの山々をつないだ線で主張し、
それが、清朝の定めたモンゴルと満州の境界なのだが。

>日満側は川で主張していただけ。
歴史を知らず、日本とは無関係のキャフタ条約に準じて都合のいい解釈をしていただけ。
満州国自身、1935年以降はハルハ河を国境とした地図をモンゴル側の主張どおりに訂正している。
しかし、関東軍は従来の主張を捨てず、モンゴルの「越境」に対し軍を動員して戦端を開いた。

>日本側としてはハロンアルシャンにある鉄道の終着駅から将軍廟までの補給線を死守するのが目的。
将軍廟は係争地から20kmも離れており、ソ蒙側も何も主張していない。
係争になってもいないものを死守するために戦争を始めるのかね?
開戦後日満側が司令部を置いたので死守対象にはなってたろうが、それを戦争目的とするのは本末転倒。
しかも、ハロンアルシャン−将軍廟間の連絡路であるカンジュル街道が満蒙境界の係争地にかかるのは、三角山付近だが、そこを日本が攻めたのはノモンハン戦末期の9月になってから。
君の言うとおりだとすると、日本は戦争目的をほっぽらかして、関係のないノモンハン付近で悪戦苦闘していたことになる。

>ホルステン地区で両国が争ったのは平原ではない。
>フイ高地、ノロ高地、バンシャガル高地などアブタラ湖に至るまでの小高い山である
高低差は200mも無い。現に遊牧民族が行き来し暮らしていたのだから、十分に平原だが。

>そして南部地区のフロン山、三角山にもソ蒙軍は攻めてきてるよ。
いや、攻め込んだのは日本側だが。

>>31
>その行政ラインと実際の国境線を見るなら、それこそ満州とモンゴルの国境ラインは、
>双方で相殺すれば同程度になるんだが
ttp://blog-imgs-34-origin.fc2.com/y/a/m/yamanekobunko/nomonhan_map2.png
ノモンハン後の国境画定図
明らかに日本側の喪失が大きいが。

>行政区分で別の県に移したらその後独立した場合の領土が変わるとか主張してんのか?
地方自治体が独立したと言う建前を持つ満州国は拘束されるが。

>征服した大帝国の行政区分で領土決められたらたまらんなあ
被征服側のモンゴルが言うならともかく、清朝は満州族の王朝だぞ。
満州族自身が満州はここまでと規定したわけなのだが。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 12:40:11.98 ID:FrnoxEPS0.net
係争地での戦闘状況。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/50/Khalkhin_Gol_Soviet_map_of_battle_1939.jpg
ソ連側が主張する国境内の関東軍は完璧に包囲殲滅されている。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 14:17:45.07 ID:fbwTHAiDP.net
自ら決めた国境線を超えずに作戦を遂行したソ連はスゴイな。
普通なら戦術的に有利なら超えてでも作戦するのだが。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 15:49:45.81 ID:FrnoxEPS0.net
>>43
ソ連軍はスターリンの意思に逆らえないからね。
まあ、普通の国家では軍隊が政府のコントロール下にあるのは当たり前だけど。
当時の日本が異常だったんだよ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 16:06:12.34 ID:fbwTHAiDP.net
日本軍の場合、戦術的な優位性の重視が政治や外交を超越してたからねぇ。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 17:51:41.92 ID:fbwTHAiDP.net
>>39
福井雄三がそう書いているのかw

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 18:32:17.20 ID:1gNFbN6P0.net
>>41-42
地図ありがとう。

現在、グーグルアースを起動すると、この地図のトコの写真まで見られるんだよな。
モンゴル、中国双方の写真が結構アップされている。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 20:43:18.20 ID:8498Q0qA0.net
>>41
>それが、清朝の定めたモンゴルと満州の境界なのだが。

清朝が滅んだ状態でそれになんの意味があるんだ?

>しかし、関東軍は従来の主張を捨てず、モンゴルの「越境」に対し軍を動員して戦端を開いた。

また日本側の持ち出した清朝時代の地図などは、日本主張ラインだったんだがね。
なお日満側の主張ラインを超えてくれば攻撃するのは当たり前。

>将軍廟は係争地から20kmも離れており、ソ蒙側も何も主張していない。

鉄道の終点から将軍廟までの補給ラインの構築が日満側の目的と言っているんだが?
その補給ライン上とソ蒙側の主張ラインがダブっている。

>三角山付近だが、そこを日本が攻めたのはノモンハン戦末期の9月になってから。

日本側の鉄道延長計画が持ち上がったのは八月半ば。戦闘になったのは八月26日
北部でのソ蒙側の反撃していた時期と同じ時期だよ。
ハロンアルシャンで下車してそれから徒歩で北上するのが当時の状況であり、
ここは譲れない場所だったわけ。
で、九月頭にソ連軍が「奪回」にきて、日本軍が死守をして、
その後日本側の援軍が九月一一日になって周辺のソ蒙軍を蹴散らした。
お前さんは最後の事しか知らないのかね?

>高低差は200mも無い。現に遊牧民族が行き来し暮らしていたのだから、十分に平原だが。

それなら南部も平原になるなw山の高度は対して差はない。1000m近い所も争っているのを考えると、
むしろ高いんじゃないかね?これより高いのってそれこそ三角山くらいだろ、
三角山も1000mちょっとしかないがね。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 20:58:47.68 ID:8498Q0qA0.net
>いや、攻め込んだのは日本側だが。

日本側の主張ライン内だが?

>ttp://blog-imgs-34-origin.fc2.com/y/a/m/yamanekobunko/nomonhan_map2.png

これは何度か見た事がある、というか低脳軍与太がよくあげるからな。
これはそもそもソ連側の主張ラインが間違っている。
ここにあるエリスオリーンオボ、場合によっては997高地が主張ラインになっているが、
そもそもソ蒙側の主張ラインはもっと北東側である、宮崎隊の攻勢に押されて、
997高地が陥落した事でそっちよりになっただけであるし、
ハンダガヤ周辺もソ蒙側の主張ラインだよ。フロン山の攻防で負けて押し出されただけ。
モンゴルが500平方キロも領土失った言っているようにかなり押し込まれている。

>地方自治体が独立したと言う建前を持つ満州国は拘束されるが。

地方自治体が独立したわけじゃなくて、現地の住民が独立しただけだが?
なんで清の引いた線を守る必要性があるんだね?

>満州族自身が満州はここまでと規定したわけなのだが。

その満州族がもっとあるはずと主張しているのだから問題ない。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/11(土) 21:24:56.54 ID:fbwTHAiDP.net
司馬に騙され、今度は福井に騙されるかw

最初からクックスを読んだオレは勝ち組(^ω^)

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 00:25:53.52 ID:bLpVjSc/0.net
ネタ元が一つか二つしかないお前ら軍与太と一緒にするな。
どうせお前は半藤とかに洗脳されてんだろ。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 00:33:41.28 ID:0cYKgqP30.net
>>51
「マスコミは嘘ばかり垂れ流す。真実は2chにしかない!」か?

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 07:56:15.80 ID:9PATmUSRP.net
>>51
ではネタ元を揚げてもらえませんかね?

はずかしいなら結構ですがw

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 20:54:45.98 ID:xQyvnYsu0.net
ホラ吹き捏造作家 半藤一利

その捏造の一例:辻参謀の発言を勝手に創作

(以下引用)

辻参謀が、とたんに大喝した。
「課長にたいして失礼なことをいうな。課長は広い視野に立っておられるのだ。
課長もわが輩もソ連軍の実力は、ノモンハン事件でことごとく承知だ。
現状で関東軍が北攻しても、年内に目的を達成するとはとうてい考えられぬ。ならば、それより南だ。南方地域の資源は無尽蔵だ。
この地域を制すれば日本は不敗の態勢を確立しうる。
米英恐るるに足りない」

若い参謀はなおねばる、「米英を相手に戦って、勝算があるのですか」。
辻参謀は断乎としていった。
「戦争というのは勝ち目があるからやる、ないから止めるというものではない。
今や油が絶対だ。
油をとり不敗の態勢を布くためには、勝敗を度外視してでも開戦にふみきらねばならぬ。
いや、勝利を信じて開戦を決断するのみだ」

いつか、どこかで聞いたような辻参謀の啖呵である。
こうして太平洋戦争への道≠ヘ強力にきりひらかれた。

半藤一利『ノモンハンの夏』(文藝春秋)


このように半藤は辻の発言を捏造し宣伝している。
半藤一利が書いたこの辻参謀の発言が事実だというのなら
直ちにその証拠を示してもらいたい。
それが示せないのならば、半藤は偽りの歴史を流布する、捏造作家確定

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 22:14:25.66 ID:BbyKUnKp0.net
>>54
【昭和史の語り部】半藤一利【詐話師か?】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1284302400/601

601 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2013/03/13(水) 07:50:56.24 ID:g0aCPus10
>>583

「二人の参謀―服部卓四郎と辻政信 」
(芙蓉軍事記録リバイバル)高山 信武 (著)
という本に同様のことが書いてある。
著者の高山信武氏は大本営陸軍部作戦課で彼ら二人と行動を共にした人である。

半藤氏はこれを参考にしたものだろう。

>>600にも書いてあるように、
武力南進が実際に国策として決定されたのは1940年のことであるが
すでに、それ以前の早い時期から陸軍内部にこの考えは存在していたのである。

簡単に他人をけなすと、自分のレベルが判ってしまうから気をつけなさい。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/12(日) 23:32:03.98 ID:9PATmUSRP.net
ノモンハンで日本が勝ったというなら
ミッドウェイ海戦も日本の勝利でいいよな?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/13(月) 09:56:06.78 ID:Q/LefAVn0.net
「相手に損害を強いた方が勝ち」という考えでいけば、第二次大戦では日本軍は連戦連勝だな。

兵隊の命は一銭五厘(葉書一枚分)の値段とか堂々と言ってたから、その兵士の命を奪うのに
米軍は艦砲射撃を行ったり重火器による濃密な弾幕を張って、高価な砲弾を大量に費消したから
莫大な経済的損失を米国に与えた、という言い方は出来る。

自国民の命なんぞいくら失っても屁とも思っていない日本の軍事指導者も大したもんだ。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/14(火) 19:26:47.33 ID:0/M+BFua0.net
>>56
ミッドウェイ島の半分を奪い取って、
米軍の航空機を日本の倍落として、
船舶を日本の何倍も沈めて、
戦死者が米軍のほうが多いのなら、
ミッドウェイ海戦もノモンハン同様と認定していいぞw
ミッドウェイ海戦でノモンハンを説明するとノモンハンの実情がよくわかるなw

ましてや>>41ような軍与太君によるとこの係争地はもともとモンゴル側らしいから、
日満軍はソ蒙軍に大打撃を与えた上に、領土まで奪い取った事になる。
褒めるべきではないのかね?
>>57
ソ連兵の命が日本兵より高価だとでも思っているのかw

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/14(火) 20:39:22.73 ID:Pu0a1GZ90.net
俺が負けたと認定しないので負けていないまで読んだ。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/14(火) 20:57:55.29 ID:UBM1Dolw0.net
ロム専だが、>>58の説明がわかりやすい

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/14(火) 23:05:02.56 ID:0/M+BFua0.net
>>59
なら負けの定義を出してみろw

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/15(水) 22:27:37.19 ID:D8LEQuqTP.net
>>61
ソ連を痛打して再び越境させないはずが、
ボロクソにやられてソ連攻撃を断念しておいて何をw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/15(水) 22:29:04.42 ID:D8LEQuqTP.net
一方、ソ連は関東軍を痛打してソ連攻撃を断念させ、
ポーランド侵攻に専念できて戦略目的達成だという。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/16(木) 00:45:12.37 ID:xsK9LRDq0.net
ソ連は日本軍にボロクソにやられて越境を断念したんだがw
そして日本軍は中国大陸に専念できて戦略目的達成だという。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/16(木) 09:04:36.52 ID:2MGmR4f80.net
ソ連強いからって満洲防衛のために関特演で70万も遊兵を作らなきゃいけなくなっただろ。
支那派遣軍が100万に過ぎないことを考えれば、大負担だろ。
その関東軍が骨抜きになったら実際に中立条約が破られて攻められたわけで。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/16(木) 23:26:58.44 ID:w21cJZHM0.net
>>48
>清朝が滅んだ状態でそれになんの意味があるんだ?
正当に定められ、歴史的に機能してきた境界に意味が無いと?

>鉄道の終点から将軍廟までの補給ラインの構築が日満側の目的
戦争目的と、戦争遂行のための作戦目標をすりかえるな。
輸送路の確保は戦闘に必要だから、ノモンハン戦も末期になって立てられた作戦目標でしかない。
そもそもの戦争目的はノモンハン−ホルステイン河周辺の平原部の領有権だ。

>それなら南部も平原になるなw山の高度は対して差はない。1000m近い所も争っているのを考えると
主戦場たるノモンハン付近に1000m級のところはないし、南部は明らかに山地だが。
高度を色分けした地図がttp://yamanekobunko.blog52.fc2.com/blog-entry-137.html
にあるから見てみろ。
明らかにハンダガヤや三角山は山地になる。

>>49
>これは何度か見た事がある、というか低脳軍与太がよくあげるからな。
>これはそもそもソ連側の主張ラインが間違っている。
また根拠も示さずにでたらめを。
ttp://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/note/mongol-2.htm
ここに、戦史叢書に収められた外蒙古軍使用地図による国境線を示した図が出ているが、先の図と一致してるぞ。
誰が低能なんだか。

>地方自治体が独立したわけじゃなくて、
満州国は各省のトップが(関東軍によって)集められて独立を宣言し、溥儀を執政として建国されたのだが。

>その満州族がもっとあるはずと主張しているのだから問題ない。
いや、満州族はそんな主張はしてない。
満州国もモンゴル側の主張を受け入れていた。
そんな主張してたのは関東軍。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/17(金) 20:18:13.74 ID:aVT+4nxqP.net
福井雄三の「世界最強だった日本陸軍」をノモンハンの部分だけ
立ち読みしてきたが、買わなくてよかったというのが正直な感想だ。

まぁ今更ノモンハンは日本の負けなんてのは売れるはずがないが、
これは余りに酷すぎる内容だ。

結論として言えば確かに世界最強だったのは間違い無いが
それはあくまで兵隊の頑張りだ。
戦術や戦略は無視だ。
福井雄三の理屈だと日本軍には歩兵と歩兵銃だけあれば十分という
話になる。戦車や野砲なんて要らないのだ。航空機も要らないw

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/17(金) 20:37:54.33 ID:M90CxL/b0.net
いや、歩兵と銃だけではダメだ。ご飯と味噌汁が足りない。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/17(金) 20:44:08.16 ID:x5kLP3fJ0.net
>>67
ほう、そうかい?
ブサヨのお前がそう言うのならば
さぞや良書だろうなwww

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/17(金) 20:55:29.72 ID:aVT+4nxqP.net
>>69
是非買ってくれ!たとえどんな下らない書籍でも出版不況を
打破するため買ってくれ!

>>68
>ご飯と味噌汁が足りない

ノモンハンではご飯と味噌汁の話は全くなかった。
福井はソ連攻撃を可としているがではご飯と味噌汁を
どうするかは記述していない。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/17(金) 22:58:47.84 ID:t83bu+E60.net
大和魂があれば竹槍でB29を落とせるんだから、露助のポンコツ戦車なぞ屁で吹き飛ばせる

72 ::2013/05/18(土) 01:38:06.44 ID:S0/me+eG0.net
共産勢力の脅威を認識していた
関東軍こそが正しかった

日本が関東軍の主張通り北進論を採用していれば
米国の参戦は無く、対米戦争が回避できたのは確実。
政権末期の親ソ・民主党ルーズベルト政権は共和党に叩かれ
共産国家・ソ連を支援し続ける事は不可能な状況。
よって、日独が勝利し英ソが敗北していたのは確実。

しかし現実は海軍とマスコミが南進論を宣伝し
こちらが主攻となてしまったために
三バカ(ルーズベルト、チャーチル、スターリン)の術中にはまり
アメリカの戦線を招き日本は大敗した。

73 ::2013/05/18(土) 01:54:20.17 ID:S0/me+eG0.net
まったくもって、この通り。


以下引用

福井雄三『板垣征四郎と石原莞爾』の序(二)

 そして、最も興味深いのは、日本が北進してソ連を正面の敵として戦えばアメリカは参戦の口実を失い、ドイツとの挟撃戦に成功して、
これが第二次世界大戦に対する日本の唯一の勝機ではなかったかと問うている点です。

 勿論、歴史にイフ(もしも・・・・ならば)はありません。しかしこの仮説が歴史の反省に有効なのは、
日本の陸軍は大陸で戦うように訓練され、太平洋の島々や密林の中で戦うように仕組まれていなかったこと、
ノモンハンの戦いが必ずしも敗北ではなく、ソ連の伝えられる超近代兵器が張子の虎であったこと
(それらは戦後も最近になって国民にやっと分かって、後の祭りですが)、
なぜ当時正確な勝算の情報が中央に伝わらなかったのかの遺憾も含め、
上海に軍を派遣するなど海軍の意向が強く働き、南進に政策が傾き、
結果としてアメリカを正面の敵として迎えざるを得なくなったこと、等々が、筋道立って述べられている点です。


http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=813

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 19:54:31.55 ID:EndSup/20.net
>>65
一時的に集めただけでずっといたわけじゃない。
関東軍全軍でせいぜい30万程度だ。
そしれ極東ソ連軍はその関東軍を抑える為に100万の軍をおいていた。
三倍はいないと防げないと判断していたわけだ。これはノモンハンの兵力差から考えれば妥当な範囲だろう。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:09:37.90 ID:LzHYu2mi0.net
>>74
>三倍はいないと防げない
そりゃ、1線級部隊はヨーロッパに配備せねばならなかったからね。
極東に配置できるのは質、練度の劣る2線級部隊だったから、数で補おうとしたわけだよ。
元々数で圧倒するのがソ連の基本戦略だし。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:31:32.96 ID:dlvTy9ax0.net
結論
     ↓
日独が負けたのは、このアホのせい
.
.
               :::::::::'、   ハワイ奇襲こそが、日本が勝つ     /::::::::   ´` '
                ::::::::':、    唯一の策である!             ,.:':::::::
                 ::::::::ヽ         / ̄\         /:::::::
                ::::::::丶        |      |        ,.::'::::::::::
                 ::::/  ,:、     \_/      _,..:'::::::::::
                  /   ,..':::::::>   _|__  ... く::::::::::
             /   ,.::::::::    /\ , , /\ `、 \
              /    ,.∩     / <●>  <●>\.`、  \∩
          /     , ' l ヽ∩ /   (__人__)    \ ∩ノ j
       /     ,    ヽ ノ |      |::::::|      | ヽ ノ \
       /      , '      | ヽ \     ` ⌒´    / / j    \
    /      , '      \  ̄            ̄  / `、   \
  ./       , '               山本五十六


このバカが日中戦争を泥沼化させ
南進論、米英不可分論という愚論を宣伝し
アメリカを無理やり参戦させなければ
日独は楽勝だったわなw

東条ら政府にも知らせず、勝手にハワイを攻撃し
全米国民を激怒させ、参戦不支持だった全米国民を
参戦支持に豹変させた。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:33:25.35 ID:dlvTy9ax0.net
海軍の山本五十六がこそ
日中戦争を勃発させ、泥沼化させた張本人。

■海軍・米内、山本五十六体制が無差別爆撃を強行し、戦争を煽り、
陸軍参謀本部が進めた日中停戦をぶち壊した。

山本五十六の目論みは海軍の利権拡大、予算の獲得が目的で、
大量の航空兵力配備。その宣伝のため南京無差別爆撃は強行されたと考えられる。

第二次上海事変を口実に(船津和平工作などから見て停戦は十分可能だった)
南京無差別爆撃を強行し、反日勢力を刺激し無理やり日中間を泥沼戦争状態にした。


海軍次官・山本五十六が主導したと考えられる南京無差別爆撃の結果

・米国大統領が歴史上初めて日本を批判(隔離演説)
・国際連盟は海軍による南京無差別爆撃に対し非難決議を採択。
・国共合作が実現。バラバラだった全中国人が抗日で一致団結してしまった。
・蒋介石夫人がアメリカ議会で日本の無差別爆撃を非難。アメリカ議会の賛同を得る。

以後、山本五十六海軍次官は米内海相とともに
黒潮会(山本五十六が育てた戦争宣伝組織)を利用して徹底して新聞で中国討伐を煽りまくり
陸軍参謀本部の日中停戦工作(船津和平工作、トラウトマン工作)をことごとく妨害し潰した。
何もかも、海軍の利権拡大が目的だと考えられる。
山本五十六は記者クラブ(黒潮会)を利用し、
新聞社を戦争扇動機関に育てた日本の先駆者である。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:36:37.79 ID:EndSup/20.net
>>66
>正当に定められ、歴史的に機能してきた境界に意味が無いと?

尖閣の行政処理を台湾でもやっていたからといって、
台湾の領土になるわけでもない。複数の国家や民族を統合した帝国において、
行政上の区分を変えることは別におかしくはない。
ディズニーランドを今後東京に入れる区分けをしたからといって、千葉が独立したときにディズニーランドの領有権を失うことはありえん。

>戦争目的と、戦争遂行のための作戦目標をすりかえるな。
>そもそもの戦争目的はノモンハン−ホルステイン河周辺の平原部の領有権だ。

戦争目的は山か川のどちらで区分けするかということであって、平原部の領有権争いではない。
日本にとって重要なのは六軍司令部までの補給線。
停戦ライン見てみればわかるが、その間の道路をそのまま確保するような形になっている。

>主戦場たるノモンハン付近に1000m級のところはないし、南部は明らかに山地だが。

その地図も見た事あるな、そしてそれはとっくに反論済みだ。ていうかそれはソ連主張国境線がそもそも間違っているんだがな。
そして750m前後の山がゴロゴロあるところは平原で、
それから200mもかわらんところが山地だと?
そのお前の言うところの山間部にあたるところで、760mの山に布陣した歩兵16連隊は、
実は谷に布陣していたのかね?w
つか手元に世界地図ないならグーグルでみてこいよ。高低差はわかりにくいが、山の地形になるのは、
その地図よりもさらに南になってからだ。

>また根拠も示さずにでたらめを。

戦死業書の時点で間違っているんだが、というかそれが元ネタだから全部間違っているんだろw
ソ連側の主張ラインは970高地からフロン山から三角山に至るラインだよ。
だからその地図は間違っているだよ、
ソ連側が主張する国境ラインから出てないなら、宮崎隊はドロト湖から997高地に至るまでなにをやっていたんだ?
それ以外にも三角山やフロン山に攻撃仕掛ける意味だないだろ。

>満州国は各省のトップが(関東軍によって)集められて独立を宣言し、溥儀を執政として建国されたのだが。

ん?溥儀が即位した時点で性格が異なるぞ、そもそも主張ラインが異なっている。

>いや、満州族はそんな主張はしてない。 満州国もモンゴル側の主張を受け入れていた。

間違いだな。満洲国軍も関東軍同様越境してきたモンゴル軍を追い返している。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/18(土) 20:45:16.75 ID:EndSup/20.net
>>75
正しくは最精鋭の極東ソ連軍を回したことによってモスクワというか、
ソ連そのものが助かったわけだが。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 09:31:04.03 ID:uoHeuZzbP.net
福井センセって日米開戦の経緯を知らないのかねw

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 13:56:23.60 ID:zkuiwZHs0.net
>>80
そんなもの本に書いたら矛盾がバレるだろ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 17:55:26.48 ID:7s5Z+q2D0.net
     ヽヽ〃 /
       ヽ〃   戦争嫌いの名将 山本 五十六元帥!    
      ( _)
       | |  シコシコ・・・ シコシコ・・・
       | | /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ     
     /⌒ヽ⌒ヽ___   |  ∴ヽ  3  )
     /  ゝ      |
    /  _  ゝ___)(9     (` ´) )j
   /  丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-| ハァハァ…
  /   )           (彡       |
 / _/           \____/

自称 歴史探偵団w 

歴史捏造作家 半藤 一利

山本五十六の妄想で毎晩射精www

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 22:31:16.36 ID:uoHeuZzbP.net
陸軍が大陸から撤退したらよかった

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/19(日) 22:38:44.26 ID:uPhTdiri0.net
貴様!英霊に対して顔向けできるのかっ!!

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/20(月) 00:30:11.64 ID:ioB4G0Y30.net
>>75
>そりゃ、1線級部隊はヨーロッパに配備せねばならなかったからね。
>極東に配置できるのは質、練度の劣る2線級部隊だったから、

   同事件でのソ連側の勝利が第2次大戦全体の行方にも影響を与えた
   同事件でのソ連側の勝利が第2次大戦全体の行方にも影響を与えた
   同事件でのソ連側の勝利が第2次大戦全体の行方にも影響を与えた

【モスクワ時事】ロシアのメドベージェフ大統領は26日、モンゴルの首都ウランバートルで1939年の
満州・モンゴル国境紛争、ノモンハン事件(ロシア側呼称「ハルハ河事件」)70周年記念行事に出席、
第2次大戦の歴史の見直しを容認しない姿勢を強調した。
 インタファクス通信によると、メドベージェフ大統領は演説で、「戦いで日本の関東軍は壊滅的打撃を受けた」とし、
同事件でのソ連側の勝利が第2次大戦全体の行方にも影響を与えたと指摘。その上で、「この勝利の意味を
変更するような捏造(ねつぞう)は容認しない」と強調した。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090830/p1

戦線別ドイツ軍戦死者統計
Losses per theater
Theater      Dead      %
Africa       16.066     0,3   ←アフリカ戦線ww
Balkans      103.693    1,9
 North      30.165     0,6
 West       339.957    6,4
 Italy       150.660    2,8
Eastern Front
(- Dec 1944)  2.742.909    51,6   ←ソヴィエト赤軍は
Germany (1945) 1.230.045   23,1   ←頼もしいよなぁ♪
Various       245.561   4,6
 Total       4.859.056
http://www.axishistory.com/axis-nations/germany-a-austria/144-germany-unsorted/statistics/2461-german-losses-per-theater

「終戦までのドイツ国防軍全体の損失は1348万8000人を数えた。このうち1075万8000人が東部戦線で戦死
するか捕虜になった」―死に死を重ねた激しい独ソの攻防戦の実相を旧ソ連の公文書をもとに克明に描く、
衝撃の戦史!!地図37点・写真28点のほか、必見の詳細付属資料も掲載。
http://books.google.com.au/books/about/%E8%A9%B3%E8%A7%A3%E7%8B%AC%E3%82%BD%E6%88%A6%E5%85%A8%E5%8F%B2.html?id=l4mAQgAACAAJ

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/20(月) 00:38:55.51 ID:ioB4G0Y30.net
>>75
>1線級部隊はヨーロッパに配備せねばならなかったからね。

1942年6月のドイツ軍の師団割り当ては、東部戦線の171個師団に対し、北アフリカ戦線は3個師団。
このようにソヴィエト赤軍の貢献と比べれば、イギリスのそれはほんの微々たるものでしかなかった。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0     0     22
Denmark       1       1     2     3
North Africa     2       3     0     0
http://www.angelfire.com/ct/ww2europe/stats.html

ちなみに戦争を通じてイギリスが受け取ったレンドリースはソ連の3倍。
それからソ連へのレンドリースは太平洋経由が半分くらいを占めている。

           1941    1942   1943   1944    1945    Total
        (Mar. to Dec.)                (Jan. to Aug.)
Total aid to British
Commonwealth  1,082  4,757   9,376  10,766   4,437    30,073
Aid to Russia    20   1,376   2,436?  4,074   2,764    10,670
Aid to other countries                              2,872
Total lend-lease aid                               43,615
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/BigL/BigL-5.html

1. 第二次世界大戦終了60周年記念式典
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/j_gmn_05/j_r_gai.html

小泉総理は日本代表として、モスクワの第二次世界大戦終了60周年記念式典に出席し、式典の成功に祝意を述べた。
赤軍がナチスドイツを撃破してベルリン入りを果たしたのは、自由主義共産主義の理念対立を越えた偉業であり、
日本人の一人として自分も祝意を表明する。なおソ連邦の核開発はイギリスよりも3年早く、アメリカの世界一極支配に終止符をもたらした。
それに対して、同じ戦勝国でありながらイギリスの技術開発力はソ連よりもずっと遅れていたことが理解できよう。

                あ   り   が   と   う   ソ   連   邦   !

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/20(月) 00:45:20.83 ID:ioB4G0Y30.net
>>75
>そりゃ、1線級部隊はヨーロッパに配備せねばならなかったからね。

冬季装備も満足にしていなかったソ連軍は各地で撤退を余儀なくされていた。スターリンは小国相手に無様に
惨敗する自軍からの報告に怒り狂い、敗北の責任は大粛清で赤軍の優秀な指導部が失われたことに求めず、
ソ連の国防相(国防人民委員)であるクリメント・ヴォロシーロフに擦り付け彼の責任を厳しく追及した。
ヴォロシーロフはロシア革命以来のスターリンの友人であったがこの時の侮辱には我慢できず、遂に目の
前の独裁者に向かって「敗北について責められるのはあなたの方だ、あなたは我が軍の優秀な将校を
処刑したのだ」と怒りの声をあげて反論した[11]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E6%88%A6%E4%BA%89

>極東に配置できるのは質、練度の劣る2線級部隊だったから、

注目すべきことは,リュティが,ソ連の侵略行動を,たんに第二次大戦の時点におけ
る現象としてではなく,「過去500年間の90年間というもの断続して」「同じ敵」から
攻撃された,という表現が示すようにほとんど歴史的宿命としてとらえていることであり,
東方からのこの「常なる脅威」を次代の者のために粉砕することを,この自衛戦争の
目標として挙げていることである。つまり,ここでは,歴史的な敵対者として指定され
たソ連の徹底的な弱体化の予想のうえに立って,防衛戦争が説かれていたといえよう。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/5052/1/KJ00000113014.pdf

1942年2月に外相ヴィッティングが告白しているところによれば輸入食糧の実に93パーセントはドイツ
からのものであった。そして,同年中のフィンランドの輸入総額の72パーセント,そのうちの穀物
輸入総額の100パーセントは,実にドイツが占めるにいたっていた。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/5052/1/KJ00000113014.pdf

両国間に緊急に解決を要す深刻な政治的問題は殆どなく、良く引き合いに出されるかつ
てフィンランド領であったカレリア問題は、両国政府ともパリ講和条約によって処理済
みであるとの立場であり、フィンランド政府としてはロシア政府に対しカレリア地峡に
ついて如何なる請求権をも有していない旨再三に亘り明らかにしている2 7 ) 。
従って、戦前のように領土問題で両国関係がぎくしゃくするような事態はもはや予想されない。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/pub/geppo/pdfs/00_2_3.pdf

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/20(月) 00:57:40.42 ID:ioB4G0Y30.net
>「終戦までのドイツ国防軍全体の損失は1348万8000人を数えた。このうち1075万8000人が東部戦線で戦死
>するか捕虜になった」

 ロシア人の多くは、ソ連は第二次世界大戦で、同盟国なしに勝利することが出来たはずだと考えている。
社会学者たちの調査によって明らかになった。 
 ユーリー・レヴァダ分析センターが実施した世論調査の結果によると、ロシア人の60パーセントが、
ソ連は第二次世界大戦で同盟国の援助なしに勝利できたはずだとの確信を示している。なお、
回答者の32パーセントが、それに反対の見解をとっている。
 1941年6月22日に行われたドイツの攻撃に関しては、回答者のおよそ半分が、ソ連指導部にとって
予期しないものだったとの考えを表している。
 ロシアでは、第二次世界大戦開戦日の6月22日、「記憶と悲しみの日」が制定されている。全ロシア世論
研究センターはこの日を前に、第二次世界大戦参戦国の国民に対するロシア人の現在の見方について調査した。
 調査の結果、好感度が最も高かったのは、共に39パーセントを獲得したイタリア人とフランス人だった。
続いて日本人、英国人、ドイツ人、フィンランド人となっている。最も好感度が低かったのは、ポーランド人と米国人だった。
http://japanese.ruvr.ru/2011/06/22/52225119.html

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/22(水) 01:56:37.16 ID:Dox6KXny0.net
>>82
ほんとなんじゃないの?ちがうんかね?

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/22(水) 08:52:36.07 ID:TAetE1BR0.net
アメリカが支援もせずに完全中立か、
武器商人よろしく、枢軸にも連合にも武器ばらまいていれば、
ソ連はというか連合軍は普通に負けていたと思うがね。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/22(水) 13:12:29.36 ID:/grmN3sH0.net
>>90
>武器商人よろしく、枢軸にも連合にも武器ばらまいていれば、
>ソ連はというか連合軍は普通に負けていたと思うがね。

 45年8月の段階で、日本軍は兵力700万を数え、航空機1万機、軍用艦500隻を保有していた。
対する米国ほか連合国がアジア方面に投入していたのは180万人、航空機5000機である。
ソ連が中立を守っていれば、関東軍が対米戦に向かっていた可能性がある。その場合、戦争は長引き、
犠牲はより大きくなっていたはずだ。
 仮想の戦いによる被害を計算することは出来ない。ただ日中戦争では、37年7月から45年8月
までの97カ月で毎月平均10〜20万の命が失われ続けた。その多くは一般市民である。ソ連による
満州攻撃がなければ、少なくとも中国は相当な被害を受けていたことになる。
 さらにカルネーエフ氏は、米国による原爆投下が決定的な終戦の要因となったとの見方にも賛成できない。
「当時、原爆投下がどれだけの結果をもたらしたか、誰も知らなかった。今は数字が出ているから、
日本は原爆で降伏したと多くの人が語る。それは間違いだ。広島や長崎には巨大軍事工場も武器庫も
大部隊もなく、原爆投下で日本の軍事力が殺がれた訳ではない。だから軍事戦略上の意味はありえない。」
http://japanese.ruvr.ru/2010/08/08/14996759.html

 「間違えると北海道までソ連に占領されていた」との発言は、全く歴史に反した、冷戦時代の悪質な
反ソ宣伝の焼き直しである。 そもそも、長崎原爆投下は、ソ連参戦の後に行われているので、
ソ連参戦を阻止するためでないことは、はっきりしている。広島原爆投下の後も、日本政府はポツダム宣言
を受諾していないが、ソ連が参戦すると、あわててポツダム宣言を受諾した。このことからも、
日本のポツダム宣言受諾に、ソ連参戦は決定的に重要だったことがわかる。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2007/07/01/1617254

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/27(月) 23:25:46.98 ID:2tuRndAn0.net
中国は貧弱な国家であり、経済的に立ち遅れ武器も貧弱で、国際援助も欠乏していた。
その中国があえて経済も軍事力も豊かな日本に抵抗したことは、世界の正義を求める勢力
を鼓舞し感化した。次に、中国人民は自己の抵抗と犠牲をもって、日本ファシズムの足止めをし、
ソ連,イギリス,アメリカなどがアジアにおける戦争の負担を軽減した。中国の戦場から大量
の部隊をまわすことができないため、日本は最後まで北進を実行できなかった。そのため、
独ソ戦が勃発した後、ソ連は順当に極東地区から50万余りの軍隊と大量の武器を次々と
西戦線のドイツ軍との戦いにまわすことができた。欧州戦争が勃発した後、イギリス,
フランスは深刻な打撃を受け、彼らのアジア植民地を保護することができなくなっていた。
アメリカは戦争の準備が整っていなかった。日本は迅速に中国に対する戦争を終わらせ、
大部隊を南へまわして、イギリス,フランス,アメリカ,オランダなどが東南アジアや太平洋地区
で支配する重要な戦略資源を奪いに行きたかった。しかし、日本が太平洋戦争を発動する
に至っても、南進の兵力はただ10個師団と三個の混成旅団のみで、これは中国侵略の
兵力の30%にもおよばなかった。
http://d.hatena.ne.jp/smtz8/20100410/1271181058

ヨーロッパでソ連の機嫌を損ねたら西側が潰されることは、トルーマンとて百も承知だった。
だから米軍が多大な血を流して確保したテューリンゲン州も、ソ連の抗議でソ連に引き渡された。
従って日本としてはソ連抜きのポツダム宣言は「黙殺」、終戦(無条件降伏?)はソ連参戦後。
なおソ連邦の核開発はイギリスよりも3年早く、アメリカの世界一極支配に終止符をもたらした。
ソ連の核兵器は一人の人間も殺すことはなく、世界平和に貢献した清潔な核兵器だった。

         あ  り  が  と  う  ソ  連  邦  !

このヤルタ会談(協定)に関し、米・ブッシュ大統領は、05年5月7日に「歴史的な誤り」
としてこれを批判した。これに対して、ロシアのプーチン大統領は、対独戦勝利記念に関
する論文で、同協定を「ナチズムの復活を許さない新国際秩序を構築し、地球規模での紛争
から世界を守り、国際連合も創設された」と強調し、同協定の意義を積極的に評価した。
http://tamutamu2011.kuronowish.com/yarutakyutei.htm

イエナはチューリッヒ州にあるため、ソ連占領地であることが合意されていた。
ところが、ソ連の占領がもたついたため、カール・ツアイスの確保をもくろんだ米国は、
イエナをいち早く占領してしまった。しかし、ソ連の抗議によって、最終的には、
イエナはソ連に引き渡された。結局、実際の現場のドサクサ紛れの占領よりも、
首脳間の合意が優先するという、当たり前の結末に至っている。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2007/07/01/1617254

第二次世界大戦後、アメリカ軍はテューリンゲン州をソ連軍に受け渡し、
BMW・アイゼナハ工場はソ連の設立した企業・SMADが所持することとなり、
Sowjetische AG Maschinenbau Awtowelo, Werk BMW Eisenach(ソビエト
Awtowelo会社アイゼナハBMW工場)となる。工場は6割が破壊されていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/VEB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%8A%E3%83%8F%E7%A4%BE

ソ連の対独戦勝は米英のレンドリースと戦略爆撃のお陰?
http://mimizun.com/log/2ch/army/1303289721/
朝鮮戦争で中国チンピラゴロツキも撃破できなかった米軍が
http://mimizun.com/log/2ch/army/1332833393

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/29(水) 01:18:14.40 ID:d9MTw8KU0.net
Hman Los688 Miwa.SS 岩見 その他の
wikiに寄生しているアホどもに告ぐ

不正な手段で偏向、中傷編集した
牟田口、東条、冨永、辻、松岡、岡、石川、その他多数wの編集を
直ちに公正に復旧せよ

さもなくば、その報復として徹底して
山本五十六 及び 半藤一利を
2ちゃんで叩きまくるwww

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/29(水) 10:59:31.85 ID:bM++B2SO0.net
>>93
わかったわかった。
誰も信じやせんよ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/29(水) 23:18:42.01 ID:NVu8kG8Q0.net
そういう人が、全員2chをも利用しているとはちょっと考えられないw
何かを誤解している感じ。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/30(木) 00:00:13.94 ID:Z3UDcQC90.net
ワッハッハッハッハッハー

2ちゃんはじめ多くのブログにはおれたち陸軍がウソを書きなぐっている。
みんな山本五十六をおとしめる書き込みだ。 陸軍の俺たちがやってるぞ!

おれたち陸軍側の人間が戦犯とされたことの報復だ。
世間が山本をもちあげているのが、悔しくて悔しくてたまらんからだ。
山本五十六は格好いもんな。有能だもんな。

そんな山本がねたましくてねたましくてたまらん。

だから、いろんなブログにウソを書き連ねてある。
いろんなとこに山本に対するウソだらけの悪口を書いているのが俺たち陸軍だ。
わかったか? ハハハハ。

今後もやったるでー!! 俺たち陸軍が、ウソだらけの書き込みをな。


Hman Los688 Miwa.SS 岩見 その他の
wikiに寄生しているアホどもに告ぐ

不正な手段で偏向、中傷編集した
牟田口、東条、冨永、辻、松岡、岡、石川、その他多数wの編集を
直ちに公正に復旧せよ

さもなくば、その報復として徹底して
山本五十六 及び 半藤一利を
2ちゃんで叩きまくるwww

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/30(木) 16:53:26.54 ID:oT60T5KB0.net
>>66
>歴史的に機能してきた境界

たぶん地元住民が昔から認識していた「境界線」で収めるのが理想的だったと思う。しかし本来なら
話し合いで円満に解決しても良かったのにノモンハン事変に発展してしまった原因は何か?

実はノモンハン事変の前に国境線策定に関して1935年から満州里会議が開かれていた。
この話し合いを潰したのはソ連。日本とモンゴルが接近するのを嫌ったらしい。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/30(木) 20:10:09.09 ID:A55ISTS50.net
遊牧民に境界線の概念なんて無いよ。ただ、動物に水を飲ませることができる川が利用できないのは打撃。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/31(金) 00:17:44.20 ID:Gv8E9qwuO.net
関東軍(大日本帝国陸軍)VSソビエト労農赤軍(ソビエト連邦陸軍)
満州国軍VSモンゴル人民共和国軍

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/31(金) 16:51:40.86 ID:zshwxgti0.net
>満州里会議

ソ連は、日本とモンゴルが協調関係に入りるのを嫌い阻止しようとした。それにより会議に
参加していたモンゴル代表及びモンゴル国は悲惨な運命を辿った。

「こうして、(満州里会議により)満蒙間で合意が成立しかけていた時期に、会議の指導者達が相次いで逮捕された」
「モンゴルは遺憾ながらスターリニズムに侵され...狂気の暴虐のせいで、政府、軍の上級指導者達は一斉に「日本のスパイ、手先」として逮捕され(後に処刑され)た。」
ゴンボスレン大佐 モンゴル人民共和国戦史研究所戦史部長 田中克彦訳

ノモハン事件前の1937年にソ連・コミンテルンの意を受けて2万8千人のモンゴル人が処刑された。
これは当時の外蒙古人に強い反ソ感情があり日本・満州国に好意的だったことが関係している。
そのため親日派はソ連側に目の敵にされた。
処刑されたのはゲンデン首相・外相・参謀総長・商務相・保険相・司法相・教育相・他
また国防相デミドはモスクワに召還されたが、その列車内で殴り殺されている。(遺体に全身打撲の痕、同夫人談)

更に数多くの知識人階級層の抹殺
>(モンゴルの)人口の4.5%を処刑する(日本でいえば、500万人)という地獄政権
>最近これを裏付けるラマ僧の大量処刑の骸骨が発見されたことが新聞で伝えられています。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/01(土) 07:17:51.44 ID:CTGnPNlE0.net
そういえばノモンハンの【敗戦】が原因でモンゴルでは粛清があったんだよな。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/01(土) 12:26:58.69 ID:5ZTtLXLz0.net
>>101
「敗戦」だからではない。
日本人や満州人と接触したので、スパイ容疑をかけられて粛清されたのだ。
岩波の『ノモンハン戦争』を買って読め。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/01(土) 23:09:47.51 ID:zO6WTD+6O.net
ソビエト労農赤軍の兵士って職業軍人だったの?
それともソ連国内の農民労働者からの徴兵兵士だったの?
対する関東軍は基本的に職業軍人だった訳だが。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/02(日) 09:23:17.28 ID:N11l4AlhO.net
接触?ろくに工作活動もしてないのに?
つか無断撤退を流産に処刑された人もいるんだけど?

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/02(日) 20:17:36.96 ID:Cd5plczK0.net
日本は東アジアの平和の要

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 13:20:07.81 ID:U/PzGEiEO.net
独ソ戦はドイツの圧勝だった。1基準

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:05:17.50 ID:y8cacpEw0.net
>>106
国土も首都も完全にソ連軍に制圧されたのだから損害の過多にかかわらず
ドイツの負けだわな。
しかしノモンハンは局地戦。損得勘定はどうなるか?

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:06:34.53 ID:fbb77EoU0.net
北進論が完全に消滅したから、ソ連の勝利だろ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:29:37.14 ID:y8cacpEw0.net
でもソ連も恐日に陥り、対日侵攻が遅れに遅れて
結果、被害が最小限で済んだとか

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:44:40.94 ID:rjj+nel20.net
>>107
日本が主張した国境からソ連が主張する国境まで排除されている

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:49:49.32 ID:Hi7okGzp0.net
>>110
それ一部地域だけなら、
他の場所はソ連が主張する国境ラインから、日本が主張するラインまでソ連が排除されているんだがw
>>108
北進論が消滅したわけじゃなくて、禁輸で資源確保しないといけないからなくなっただけ。
そしてソ連は日本に攻め込めず、だけど独ソ戦の最中でも100万近い大軍を常に駐留させる警戒っぷり。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 20:53:00.38 ID:Hi7okGzp0.net
それ一部地域だけだな。だな。後で文書き換えたのに残っていた。
両者の主張ラインから失った領土を差し引きすると同程度になる。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 21:31:46.19 ID:aEUhRQSNO.net
ノモンハンの満蒙国境線はソ蒙側主張が8割通り、日満主張が2割通った訳だが。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 22:24:57.92 ID:rjj+nel20.net
係争地はすべてソ連。
負けそうになって無意味な無人の草原に少しだけ前進した惨めな無能関東軍w

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 22:26:34.97 ID:rjj+nel20.net
ソ連軍に包囲殲滅された無能関東軍の惨めな痴態
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/50/Khalkhin_Gol_Soviet_map_of_battle_1939.jpg

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 22:28:51.67 ID:fbb77EoU0.net
>>115
現在のグーグルアース見てもこの通りの国境線になっているな。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/03(月) 23:51:15.22 ID:Hi7okGzp0.net
>>113
そんな事実は存在しない。ソ蒙側は半分は失っている。
>>114
係争地で宮崎隊などに蹴散らされた領土の大半を失ったのがソ蒙

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 01:45:15.65 ID:YPNVI8z00.net
独ソ不可侵条約により日独防共協定が形骸化した状況で
ノモンハンの戦況云々の勝ち負けにどれだけの価値があるのか?

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 02:29:31.18 ID:2jA3CTHK0.net
>南方のハンダガヤ方面では、9月に入ってから進出した日本第2師団〜
>この結果、国境確定によりモンゴル側は500平方粁の領土を失ったと
>称している。(秦郁彦『昭和史の謎を追う・上』)

領土確保に関しては4対6くらい?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 07:03:22.78 ID:yGse0c6P0.net
ソ連軍に勝てないから、ソ連軍が居ないところを盗っただけだろ。
日本が勝ったというなら、係争地を取らないと。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 09:20:15.23 ID:2jA3CTHK0.net
でも結果は結果でしょう。日満側は一定の領土を確保したんだから。
ソ連も日本を怖がって必死に停戦に漕ぎ着けようとし、領土面でも妥協して
福井雄三著「世界最強だった日本陸軍」

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 09:50:59.07 ID:nijcVwwp0.net
>>120
日本の陣地に敵主力を誘引して日本軍以上大損害を与えて、
ソ連の手薄なところに侵攻して領土奪った事を勝ったと言わんのかねw
少なくとも引き分け以上は確定だろうが。
>>119
秦は差し引き大差ないと言っているね。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:21:36.96 ID:QfaCZnKh0.net
獲得したのは人も住まない遊牧にも適さない山岳地帯でしょ。
ここは俺のだと互いに主張して、衝突して戦争状態にまで拡大させた主戦場の草原地帯は、丸ごとモンゴルのものになってるんだが。

受験に例えれば、第一志望に落ちたが数ランク下の滑り止めに引っかかったようなもの。
他人が慰める材料に使うのはまだしも、自分で結果を出したと言い張るのは、どうよ。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:29:49.17 ID:nijcVwwp0.net
>>123
山岳地帯というのがそもそも間違いなんだが、
あそこが山岳地帯ならノモンハンも山岳地帯。標高は200mも変わらんのだぞ。
日本側にとっては山だらけのノモンハンよりも南部から将軍廟までの補給ライン確保が優先しただけ。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:31:59.10 ID:nijcVwwp0.net
そしてソ蒙がここは俺のだと主張して兵士駐留していたのに、
それを日本側に奪われて、日本側の主張ラインの川まで追いやられたのがソ蒙ってのが史実なんだよ。

受験に例えれば志望校におちて、数ランク下の滑り止めに引っかかったのはまさにソ蒙だな。
その後スターリンによって敗戦責任を取らされて粛清されたものまでいる。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:45:23.27 ID:2jA3CTHK0.net
>「それは衝撃的な光景でした」
>戦争から70年がたち、何も残ってはいないだろうと思っていたが、砂の草原には
>戦死した日本将兵たちの風化した遺骨や赤さびた砲弾の破片、ビンの破片などが足の踏み場がないくらい散乱していたからだ。

【ノモンハン 70年後の教訓】(上)
産経新聞 主要ニュース 文化【学術】2009年10月08日 20:56:00

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:46:00.22 ID:2jA3CTHK0.net
> ■廃虚の巨大基地
>調査ではさらに、ソ連の独裁者スターリンがモンゴルの実に東半分をソ連軍の要塞(ようさい)にしていた実態も明らかになった。
>
> ソ連軍の出撃拠点だったタムスク基地は、ノモンハンの西約110キロにあった。ソ連軍はすでに撤収し廃虚と化し、山手線の
>圏内をひとまわり大きくした広さの基地には無数の砲台やトーチカ、塹壕、司令部とみられる建物が放置されていた。
>
> だが、基地は事件前から急速に拡張された。両軍が衝突する2カ月前の3月には大量の戦車や大砲、弾薬が運び込まれ、戦闘準備が
>整えられた。基地周辺には4つの飛行場をその後整備し、鉄道まで敷設。タムスクの後方に、マタト、サンベースなどの巨大補給基地も建設したのだ。
>
>「スターリンが、同盟国とはいえ異国のモンゴル東部の辺境の砂漠に巨費を投じ、巨大な軍事要塞を建設したのは、来る
>対日決戦と満州侵略を決意し周到に準備していた動かぬ証拠だ」。辻田氏の結論である。
>
>「日本がアジア侵略の目的で始めた戦争」?。ソ連が東京裁判でこう断罪したノモンハン事件は、ソ連の対日侵略の前哨戦だった。70年の歳月を経て「ノモンハンの秘密」が少しずつ暴かれ始めた。

【ノモンハン 70年後の教訓】(上)満州侵略決意したスターリン 暴かれる日ソ衝突の秘密
http://blog.livedoor.jp/hanasyoubu2020_005/archives/51314222.html

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 10:52:31.42 ID:2jA3CTHK0.net
> 「係争地域はソ連軍が大部分を占領しています」とありますが、秦郁彦教授の説明とはまったく違います。
> 『二十世紀日本の戦争』という本で、「日本軍はその南側にほぼ同じ広さを確保してしまう」と書いておられます。
> 『昭和史の謎を追う』に図示されている範囲でも、相当な広さです。
ウィキペディアの「ノート」から

> ハルハ・ホルステン河流域付近の境界は〜(ソ連に獲られたが)
> その代わりハンダガヤ〜ハロンアルシャン地区では日満側の要求が、ソ連側主張よりハルハ河より
> に線引きされた。モンゴルが今なお500平方キロを失ったと称するのはこの地域
> のことだが、差引きすれば大差はない。いずれにせよ、国境線はほぼ停戦時における両軍の停止位置と合致していた。
> 「昭和史の謎を追う」上巻 秦郁彦著

領土面では痛み分けかな?

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 17:02:24.79 ID:jZXQVmQF0.net
領土がどれくらい取ったか取られたかってのは >>41 にあるだろw

秦が妙なコト言うなw 普段は信用できる学者なのに。無茶取られているだろ。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 18:44:12.11 ID:2jA3CTHK0.net
しかしソ連側が獲った領土も500平方mくらいでは? 地図だとそれくらいに見える

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 18:44:59.08 ID:2jA3CTHK0.net
平方km

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 18:51:34.49 ID:nijcVwwp0.net
41はとっくに論破されてそいつ逃亡しただろ。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 19:03:29.12 ID:jZXQVmQF0.net
どこでだよw

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 20:44:15.79 ID:2jA3CTHK0.net
>>41の地図を見ると、日本側の獲得地が500平方km有るようには見えないんだが、しかし
モンゴル側は、それだけ分捕られたと主張してる。
とすると、元々モンゴルの主張していた国境線は、ハンタガイ方面でもハルハ河の東側に
線引きされていた考えられる。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 20:54:28.07 ID:jZXQVmQF0.net
ああそうか。ソ連は自己が主張してた国境線から「越えなかった」という記述もあったな。たしかに。
下の地図はどうだ?

http://blog-imgs-34-origin.fc2.com/y/a/m/yamanekobunko/nomonhan_map1.png

でも、それにしても、日本側の主張する国境線はかなーり後退していることに…

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 21:05:45.84 ID:2jA3CTHK0.net
つまりソ連とモンゴルとの間にも食い違いが有ったと言うことかな?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 21:17:29.36 ID:jZXQVmQF0.net
つーか、元々モンゴル人は遊牧民だから、どこからどこまで俺のモンって考えが根本的に「嫌い」。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/04(火) 21:36:23.84 ID:2jA3CTHK0.net
>>137
嫌いどうかは知らないが領有権の主張はしてるだろう。放牧地だって重要な土地なんだから

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 01:04:39.76 ID:AenoKr+f0.net
モンゴルは複雑。
元は国境など関係なくモンゴル人の土地だったのに、中ソの力関係で民族が分断されて勝手に国境引かれたから。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 07:16:14.38 ID:0XlGrAzr0.net
>>133
そいつは>>49ですでに論破されて泣きながら逃走しているんだが?

ソ蒙の主張ラインがそもそも間違っているんだよ、
戦死業書なんてものを参考にするからね。
あれ何十年前のものだと思っているんだ、ソ連崩壊前のだぞ。つまりソ連側の史料なんてわかってないんだよ。

>>139
中国に侵略されまくっていたんだけどな。
それでロシアや(白ロシア含む)ソ連に泣きついた。
でなければ中華民国の地図みたいにそこまで中国になっている。
最もその後スターリンとチョイバルサンによって大粛清されてぶっ殺されるがね。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 08:04:40.63 ID:ocWmGfS90.net
日本が軍事的に勝利したと仮定しても独ソ不可侵条約締結により
平沼内閣は総辞職しソ連側の主張を受け入れざるを得なかった。
清国に圧勝しながら三国干渉で戦わずして遼東半島から撤退したのと同じ状況。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 10:03:29.72 ID:kOXEDNGb0.net
>>124
ttp://blog-imgs-34-origin.fc2.com/y/a/m/yamanekobunko/nomonhan_map1.png
の等高線の配置を見て、ノモンハンが山地だの、アルシャンも平地だの言えるなんて、地図の読み方を知らんとしか言えんのだが。

最低地のハルハ川の標高が670mほど。
ノモンハンの高地とされるところが750m以下。
80m以内のでこぼこにすぎん。
それに対して900−1000mってたら十分に山地だろうが。
その先は1400-1500mの山につながってるんだし。
日本で言えば、ノモンハンは武蔵野台地、アルシャンは高尾山みたいな感じ。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 17:22:57.38 ID:nzYJID2f0.net
>>127
このソ連が構築した巨大要塞の一端を有名な辻参謀は実際に見たらしい

当時ソ連からの不法偵察機が満州国上空を領空侵犯し、一方的に偵察を行う状況が続いていた。
だが関東軍は越境活動を(東京から)厳重に禁じられ対応手段を何も持てない状態だった。

しかしソ連側の無法に対し我慢の限界に来た関東軍は偵察機を派遣する。辻参謀を乗せた
司令部偵察機が出撃したのは五月一五日。低酸素・低温の高空を飛び、命懸けの偵察飛行を行った。

すると地図に現れない新しい自動車道が驚くほど発達していた。満領内とは大人と子供ほどの格差があると辻は言う。
そして要塞は縦深約三〇キロに渡ると見られた。国境だけの単純なトーチカ陣地どころではない凄い規模。
また大規模な近代軍事基地ウオロシロフも偵察する。それらは貧弱な満州の飛行場とは雲泥の差だった。おびただしい戦闘機が上昇してくるなかで退避
参考 「ノモンハン秘史」 辻政信著 毎日ワンズ

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 17:33:41.87 ID:nzYJID2f0.net
>>143 つづき
よくノモンハン事変では日本軍の補給に貧弱さを批判し、対するソ連軍の膨大な補給量が言われるが、しかし
当たり前だろう。前々から、これだけ大規模な侵攻準備を進めていれば。

また「ノモンハン事件は、単なる不毛な土地の国境争いで無益に多数の兵を消耗したとして悪名高い。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1082375340
などという評もある。
しかし、日本が何もしなくても、ソ連側が大々的な侵略準備をしているのは明らか。ノモンハンで日本軍から
手痛い打撃を受けていなかったら、ソ連は日本を舐めて、嵩にかかって侵略戦争を仕掛けてきた可能性も高い。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 18:40:17.38 ID:nIfHz4U20.net
そうか、じゃあもうちょっと日本が弱ければ日ソ戦争が起きて、
その間にドイツがソ連に参戦して勝利できてたのか(´・ω・`)

そりゃあ返す返すもハンパに強くて残念だったな

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 19:03:28.90 ID:dDu3EP6n0.net
>>140
そいや、ノモンハンものの小説でも戦記でも、「ソ連は自国が主張していた国境線で進出を止めた」と書いているな。
だったら、当然どれだけ土地を取ったかという話では、ソ連の方が分が悪いのは当たり前か。

でも、ノモンハン事件は引き分けではないだろw 

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 22:57:28.56 ID:0j7Vt58LO.net
ソ連は結局侵略国。
日本はアムール川以南の沿海州と北樺太を領有していれば
アムール川の日ソ、満ソ国境線にソ連軍は兵力が割かれていた。
そうなるとノモンハンにソ連軍が兵力を増派出来無ずに終わった。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/05(水) 22:58:44.13 ID:dDu3EP6n0.net
たら…れば…を幾ら言っても…。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/06(木) 10:07:33.77 ID:NYx5v1ZW0.net
>>142
>>78で既に論破済みである。それが既に間違っている。
その地図が900m以上なのに、
760mの山にいる歩兵16連隊は谷に布陣したのかね?www
グーグルアースでも見てこいよ。写真とかもあるから。
山地なのは鉄道の周りであって、南部で争っていたところも平原だから。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/06(木) 11:54:58.90 ID:Ag9qp4wn0.net
>>149
>760mの山にいる歩兵16連隊
君の脳内では歩兵16連隊はどこに布陣してることになってるのかね?

ttp://yamanekobunko.blog52.fc2.com/blog-entry-139.html
「宮崎連隊もその一部で、第2師団歩兵第15旅団(旅団長:片山省太郎少将。歩兵第16連隊及び第30連隊)基幹の片山支隊として、アルシャン経由で9月3日にドロト湖付近に到着しています。」
湖ってのは明らかに窪地だよね。

ttp://www.nandemoya.asia/shibata1302/meifu7.html
「九月四日には全員到着して最初の攻撃目標である九〇四高地裾に終結をした。」

ttp://www.geocities.jp/fujimoto_yasuhisa/isizaka/honbun/st12.htm
には9/6-8の布陣図があるが、16連隊=宮崎隊主力は、937mの山麓から谷筋の道路にかけて布陣してる。

>谷に布陣したのかね
その通りですが何かw

>グーグルアースでも見てこいよ。写真とかもあるから
いや、山地じゃん、どうみても。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/07(金) 08:11:55.33 ID:c4YzJyVAO.net
>>144 >>145
日本軍は不利な状況の中で、ソ連の侵略戦争の出鼻をくじいた

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/07(金) 08:56:24.30 ID:scO+oZ7h0.net
>>150
ドロト湖に到着したときの話じゃなくて、停戦したときの布陣。
当たり前だろうに。
そして16連隊は奪い取った760mの山に布陣している。
なおここにはほかにも片山隊(宮崎隊も一応ここか)秋山隊、石蘭隊とかほかにも色々あるけど。
多くは奪い取ったところや守りきったところ。

>9/6-8の布陣図があるが、16連隊=宮崎隊主力は、937mの山麓から谷筋の道路にかけて布陣してる。

間違いである最初16連隊は951高地に布陣している。谷に布陣などしとらんよ。
そして最終的に760高地に布陣した。

>いや、山地じゃん、どうみても。

普通に農地になってんじゃん。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/08(土) 06:58:33.63 ID:SvxZT1S30.net
>>137
>よく遊牧民には、国境もなく、ひたすら 〜自由な生活があるという、
>ひろく行きわたった考えがあるけれども、日本人にありがちなその
>ような浅はかな想像は、このハルハ河戦争を見れば破られるであろう。
>
>牧草も水もひたすら天から授かるものであって、それを自ら作り出すことのできない遊牧民
>にとって、遊牧の境界は我々が思う以上に厳しく定められているのである。

ノモンハン戦争 田中克彦著 岩波新書

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/10(月) 12:15:39.79 ID:gNei6TBP0.net
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

宗教・歴史・考古学・心理学・超常現象から政治経済・皇室問題まで

幅広く学べる知識の宝庫「中杉弘のブログ」です。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/11(火) 05:27:43.68 ID:JyDazlNe0.net
>>114
>係争地はすべてソ連。
>負けそうになって無意味な無人の草原に少しだけ前進した惨めな無能関東軍w

フィンランドは『冬戦争』でカレリアを失い、さらに『継続戦争』でベッツァモを失った。

1940年3月13日、モスクワ講和条約
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Finnish_areas_ceded_in_1940.png
1944年9月19日にモスクワ休戦協定
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pariisin_rauha.png

 私の母国フィンランドとロシアの間にも解決されていない領土問題がある。第二次世界大戦の結果フィンランドが
カレリア地方をソ連に奪われ、50万人のフィンランド人がその地域から強制的に追い出され、その状況は今も続いている。
フィンランド政府は返還要求を諦めているが、民間レベルでは返還要求運動はなお続いている。
   ツルネン マルテイ
http://melma.com/backnumber_151325_5018865/

注目すべきことは,リュティが,ソ連の侵略行動を,たんに第二次大戦の時点におけ
る現象としてではなく,「過去500年間の90年間というもの断続して」「同じ敵」から
攻撃された,という表現が示すようにほとんど歴史的宿命としてとらえていることであり,
東方からのこの「常なる脅威」を次代の者のために粉砕することを,この自衛戦争の
目標として挙げていることである。つまり,ここでは,歴史的な敵対者として指定され
たソ連の徹底的な弱体化の予想のうえに立って,防衛戦争が説かれていたといえよう。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/5052/1/KJ00000113014.pdf

1942年2月に外相ヴィッティングが告白しているところによれば輸入食糧の実に93パーセントはドイツ
からのものであった。そして,同年中のフィンランドの輸入総額の72パーセント,そのうちの穀物
輸入総額の100パーセントは,実にドイツが占めるにいたっていた。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/5052/1/KJ00000113014.pdf

両国間に緊急に解決を要す深刻な政治的問題は殆どなく、良く引き合いに出されるかつ
てフィンランド領であったカレリア問題は、両国政府ともパリ講和条約によって処理済
みであるとの立場であり、フィンランド政府としてはロシア政府に対しカレリア地峡に
ついて如何なる請求権をも有していない旨再三に亘り明らかにしている2 7 ) 。
従って、戦前のように領土問題で両国関係がぎくしゃくするような事態はもはや予想されない。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/pub/geppo/pdfs/00_2_3.pdf

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 04:29:47.24 ID:cCsl+h5o0.net
やっとアク禁が解けたよ。
>>78
>尖閣の行政処理を台湾でもやっていたからといって、
>台湾の領土になるわけでもない。
尖閣は行政区画としてはずっと沖縄県のままだからね。
漁業権や一時的な防衛担当範囲を台北で処理したとしても、行政区分では一貫して沖縄県に属しており尖閣諸島が台湾に属していた事実はない、と言うのが日本の主張。
行政区画が領有権の根拠となっており、それはノモンハンのモンゴル側の主張でもある。

>戦争目的は山か川のどちらで区分けするか
だから、何のために行政区画を無視して川を主張したわけ?
領土を広げるためでしょ。
現実に衝突したのはホロンバイル草原地帯であり、そこの領有を巡って戦いが始まったわけなのだが。

>その間の道路をそのまま確保するような形になっている。
道路確保が戦争目的なら、ノロ高地やフイ高地などで激戦をする意味が無いのだが。
因果関係が逆なんだよ。アルシャン−将軍廟の道路が重要視されるようになったのは、戦争が始まったから。
ノモンハン戦以前のあの地域への連絡線はハイラル方面だった。初期の部隊はハイラル方面から南下してきている。

>ていうかそれはソ連主張国境線がそもそも間違っているんだがな。
根拠も無しに、そしてどこがどう間違っているかも示さず、決め付けられても反論したとは言えんのだが。
反論になってないのでこちらも再反論の仕様が無い。

まあ、実際怪しい点はあるんだがね。フロン山を通るか否か。
それで、底辺20km、高さ10kmの三角形の地域の領有が変わる。
しかし、それはモンゴル軍さえ勘違いしていたということで、ハンダガヤ−アルシャン方面が重要視されておらず、領有を争っていたのがそちらではなかったと言う事の証拠でもあるのだが。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 04:34:33.20 ID:cCsl+h5o0.net
>>140
>戦死業書なんてものを参考にするからね。
>あれ何十年前のものだと思っているんだ、ソ連崩壊前のだぞ。つまりソ連側の史料なんてわかってないんだよ。
鹵獲したモンゴル側の地図を根拠にしているわけで、あちら側の資料が元なのだが?
それ以前に、基礎資料を一方的に否定して、代わる資料も示さず、それで何を主張し議論しようというんだろう。
話にならん。


>>149
>>>78で既に論破済みである。それが既に間違っている。
根拠も示さず、お前は間違ってる真実はこうだとだけ言い放って、反論したつもりになってるのは痛いよ?

>その地図が900m以上なのに、
川まで下れば700m台になってるが?
加えてそれは、ハンダガヤの戦場が山地である事の否定には全くなってないんだが。
逆に、急峻さを示しており、山地と言う証拠になってるんだが。

>>152
>間違いである最初16連隊は951高地に布陣している。
そこに布陣してるのは歩兵第30連隊の第3大隊なんだが?
ttp://www.geocities.jp/fujimoto_yasuhisa/isizaka/honbun/st12.htm

>そして最終的に760高地に布陣した。
第16連隊は997高地を保持し続けている事になってるのだが?
ttp://yamanekobunko.blog52.fc2.com/blog-entry-139.html

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 16:04:03.68 ID:E7wrlRfV0.net
>ソ連主張国境線

もとはと言えばロシア人の作った地図がいい加減だったのがそもそもの発端だが
モンゴル人の言い分を一部入れて修正したとされるノモンハン事変当時のソ連製
地図・・・にしても当てになるのかな?
またまた、いい加減な国境線を書いていたかも知れない。少なくともモンゴル人は納得してないし

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 19:01:52.81 ID:mLkmqBuk0.net
>>156
日本軍はその自国が国境線だと主張していたハルハ川を明確に越えて攻撃してたな。
そして撃退された…

ソ連側は自国が国境線と主張していた線を越えて攻撃しなかった。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 22:44:20.60 ID:GGQe6aRz0.net
シベリア鉄道に対して攻撃していれば、ソ連軍は補給が途絶えて戦闘不能に
なったのではないのか?
あの時のソ連の兵站は650kmもあったから、その補給網を完全に空爆
しておけば、数日で日本に降伏したんではないのか。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 22:51:53.82 ID:EjwZQjk20.net
夜郎自大の妄想乙!
そんなことしたら日ソ全面戦争に突入して満州国から日本は追い出されたよ。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 22:57:09.87 ID:mLkmqBuk0.net
辻政信はやる気満々だったけどね。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 23:42:36.88 ID:mcoj3pT40.net
>>161
史実では、日本がソ連を攻撃しなくても、あっちから攻撃してきて、満州どころか樺太も千島も奪われた。
従って結果は同じなら、先にこちらから攻撃したほうがよかたかもという後知恵も考えられる。
なおフィンランドはドイツに媚びてドイツと一緒にソ連を攻撃して、カレリアどころかベッツアモをも奪われた。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/12(水) 23:49:56.77 ID:mLkmqBuk0.net
後知恵OKなら、そもそもアメリカと戦うべきじゃなかっただろw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/13(木) 00:29:30.81 ID:941glPViO.net
後知恵ならシベリア出兵の時に占領した地域の内、アムール川以南の沿海州と北樺太は
最低限そのまま日本へ併合するべきだったな。

そうすればソ連はそれこそ満足な港を極東に持つ事も無く
シベリア鉄道を逆に日本が利用してソ連への進撃ルートにする事も出来ていた

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/13(木) 04:16:46.52 ID:VDRQFeog0.net
>>163
>フィンランドはドイツに媚びてドイツと一緒にソ連を攻撃して、

フィンランドは国際法上は敗戦国扱い(旧敵国条項)。同じ敗戦国の日本と比べるとどんな感じってとこ。
戦争に負けたら領土取られて当たり前というのは、第二次世界大戦も例外ではなかった。

フィンランド化(-か、英: Finlandization)は、議会民主制と資本主義経済を維持しつつも
共産主義国の勢力下におかれる状態を、フィンランドとソビエト連邦の関係になぞらえた語である。
旧西ドイツの保守勢力が、共産主義諸国との対話を重視した首相ブラントを批判する際に用いた造語に由来する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E5%8C%96
1939年の独ソ不可侵条約によって、ソ連はフィンランドを勢力範囲とすることをドイツから認められる。
スターリンはフィンランドの併合を目論んでフィンランドへの侵攻を開始したが頑強な抵抗に会い、フィンランド
国土の十分の一のソ連への割譲を条件に講和する(冬戦争)。1941年の独ソ戦開戦によりフィンランドも
失地回復のため参戦するが(継続戦争)、枢軸国の敗勢によりフィンランドはソ連と休戦し、国内駐留ドイツ軍と開戦した。
敗戦国の立場に立たされ地理的にも西側の支援の望めないフィンランドは、1948年にフィンランド・ソ連
友好協力相互援助条約を締結し、独立および議会民主制と資本主義の維持と引き換えに、国際的には事実上の
東側の一員として行動することとなった。軍の装備もワルシャワ条約機構と互換性のある物が採用された。
また、マスコミにおいて自主規制が行われ、冬戦争におけるソ連の侵略などに対する言及はタブーとなった。

参考動画
http://www.youtube.com/watch?v=JGWqtwhS2KY
http://www.youtube.com/watch?v=UvK4yfFyblE

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/13(木) 04:33:46.17 ID:FI62bUZY0.net
>>160
一応、ノモンハン事件は満州国とモンゴルの争いと言う事になっている。
日本とソ連はあくまで同盟国として支援していると言う建前。
さすがにソ連領内への攻撃は出来んよ。
それこそ全面戦争覚悟しないと。

>>165
国力的に無理だろ。
ソ連だって黙ってはいない。
泥沼のゲリラ戦に持ち込まれて、戦費で財政が破綻するだろうよ。

168 :だつお ◆t0moyVbEXw :2013/06/13(木) 15:10:36.24 ID:VDRQFeog0.net
日露戦争やノモンハン事変でロシア側が国家総力で反撃を続けたら日本は負けたか否かだが、
ロシアが国家総力で反撃を続けた戦争は、「ソ連邦大祖国戦争」ただ1つであり、それとの比較は無意味。
『フィンランド化』なんて用語は懐かしい冷戦時代の用語であるが、日本は無条件降伏をしたか否かとか、
東京裁判や米軍基地問題や北方領土問題とか、日本外交のあり方を考える上で参考にはなる。

「反共だけど旧日本軍は意地でも否定」という韓国人の立場からすると、フィンランドが戦争で負けて国土
の一部を失ったという史実は辛いかもしれない。それでもあえて「フィンランド化」を取り上げてみる。
例えばフィンランドだってリュティ大統領が戦犯認定されてるじゃないか、フィンランドだって冷戦時代は
半占領状態で兵器もソ連製だったじゃないか、フィンランドだって国土割譲してるじゃないか、と。
北方領土に関するロシア側の主張は、「日本が無条件降伏した第二次世界大戦の結果」というものだが、
フィンランドは無条件降伏うんぬんに関わらず、領土に関しては公式には返還の「へ」の字も無いし、
更に旧敵国条項(国連憲章第107条)に指定される敗戦国である。フィンランドは無条件降伏より惨めな立場なのか。
日本もフィンランドに見習って、戦争で失われた旧領土の返還などすっぱり諦めてはどうか、と。

二 独伊の降伏
 昭和18年9月8日、ムッソリーニ失脚後のイタリアではバドリオ政府が連合国軍に無条件降伏しました。日本政府は、
バドリオ政府下のイタリアを敵国として取り扱うことを決定しましたが、その後ムッソリーニのファシスト共和政府をイタリア
の正当政府として承認しました。しかし、昭和20年4月30日にはドイツでヒトラー総統が自殺、翌月2日にはベルリン陥落、
ヒトラーの後継デーニッツ総統は5月8日、連合国側に無条件降伏しました。本項目では独伊両国の降伏をめぐる日本側
の諸措置に関する文書を採録しています。(42文書)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/bunsho/h21.html

「無条件降伏」について、他国に言及した我が国の公式見解は上の通りだが、用語そのものに法的定義は全くない。
日本・ドイツ・イタリアは無条件降伏認定で、フィンランドには言及なし。だから「日本の無条件降伏」を論じる場合、
フィンランドと比較してフィンランドは戦争で失った旧領土を返還しろなんて主張はしていないのに日本は何だ、
フィンランドは無条件降伏よりも酷い条件で休戦あるいは終戦を迎えたのか、そもそも無条件降伏とは何か、と。
ちなみに日本と旧ソ連との法的な戦争終結は1956年の日ソ共同宣言によるもので、「無条件降伏」とは関係ない。

衆議院議員鈴木宗男君提出無条件降伏の定義に関する質問に対する答弁書
一及び二について
 一般に、「降伏」とは、戦闘行為をやめ、敵の権力下に入ることを意味し、その際に条件付けのない場合には
「無条件降伏」と称されることがあると承知しているが、文脈等にもよるものであり、お尋ねの定義について
一概にお答えすることは困難である。
三について
 「無条件降伏」の定義について一概に述べることが困難であるということもあり、お尋ねについては様々な
見解があると承知している。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166022.htm

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/19(水) 18:18:50.24 ID:7zRBNP4y0.net
ノモンハン事件はソ連が準備しソ連が挑発した事件であることは旧ソ連の資料で明らかです。いまさら日本の挑発は古すぎます。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/581.html

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 06:40:24.70 ID:MMlXMI5IO.net
張鼓峰で負けた事でかなりねりにねってノモンハンに挑んだんじゃない。
日本側としては警戒しつつもあそこまで大部隊送られたらきつい。その割にはよく戦ったし相手の意図が見わからないなかでの和睦は妥当なんじゃね。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 10:48:38.60 ID:Rax/cgho0.net
ノモンハンの結果判定

ソ連
 「侵入」してきた日本軍を撃退。「国境線」まで追い返したということで一応のメンツは立った。
 小規模な国境紛争を口実にした本来の主目的である対日満侵略戦争は中止。
 大規模な侵略準備を進めていたのに無駄になった。さらに満州方面での軍事行動は極力控えるようになる。

モンゴル
 領土の半分しか奪い返せず、日満により500平方キロを失った。ソ連のメンツを立てるために
 不満な条件を呑まされ停戦へ

日本・満州国
 「侵入」してきたソ蒙軍と激闘。一部領土を奪われたがハンダガヤ〜方面では奪い返し一応のメンツは立った
 その後、陸軍はソ連を警戒し北方侵攻は控えることとなる。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 11:19:51.09 ID:9K9WXEGE0.net
この頃はまだ英国が仲介に動いてくれてたから事無きを得られたんだよな

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 13:55:05.46 ID:LPMA5rf90.net
>>169
先に挑発したのは日本だよ。
本来の境界線を無視して、満州領を広げる形で国境線を主張されれば警戒して当たり前でしょ。
満州里会議で説明しても、受け付けなかったんだから。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 15:19:41.51 ID:Rax/cgho0.net
>>173
>本来の境界線を無視して、満州領を広げる形で国境線を主張されれば警戒して当たり前でしょ。

そもそもハルハ河を国境線としてたのはロシア製の地図だよ。日本軍はロシアの地図を援用しただけ。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 16:07:39.00 ID:LPMA5rf90.net
>ロシア製の地図
シベリア出兵の時に鹵獲した地図だっけ?
満州とモンゴルの境界線なのに、なんで外国のロシアが勝手に作った地図を根拠にするのかなあ。
そこら辺は満州里会議でも指摘されている。

ソ連もロシア時代の勘違いをモンゴルに指摘されて修正している。

満州国側でも調査した結果、モンゴル側の主張が正しいと言う結論が出かかったのに、
面子にこだわったのか関東軍が修正を認めなかったわけなのだが。

モンゴルもソ連も、満州国と日本でさえ行政当局はモンゴル側の主張が正しいと認めていたのに、
日本軍(関東軍)だけが国境線の”後退”を容認できなかった。

それがノモンハン事件の原因だよ。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 21:03:41.79 ID:Rax/cgho0.net
>>175
>満州とモンゴルの境界線なのに、なんで外国のロシアが勝手に作った地図を根拠にするのかなあ。

そんなことを言っても仕方ない。ソ連は満州国を認めず、満州国の国境線策定なんて相手にしなかった。話し合いの拒否。
それにハルハ河を国境とする地図なら沢山あった

>(日本側は)自分たちの便宜に合わせて国境線を移動させるつもりは無かった。 (略)

> 日本はその主張の支えとなる証拠の地図には事欠かなかった。外務省の指示を受けて
>行われた1935年の研究は、河北省唐山で製作された地図、ロシアで編集された各種の地図、
>イギリスで発行された地図、陸地測量部が製作した別種の地図をそれぞれ例に挙げているが、
>これらはいずれも満州事変以前に発行された物であった。
>1939年、ノモンハン事変以後に開かれたチタ会議に、日本側はハルハ河を国境線として
>図示してる十八種もの地図を提出したが、それらは1918年作成の参謀本部地図に準拠した物であった。
>
> 矢野少佐は1937年から38年にかけて手に入る限りの地図資料を調べてみたが、
>六種のロシアと中国の古記録のうち、ボイル湖を蒙古内部に図示した物はひとつだけで、それは
>1884年作製のものであった、矢野は1734年まで遡って協定、条約を調べ、清国がハルハ河を
>境界と考えていた形跡が有る事を知った。
>
>「ノモンハン1」 クックス 朝日文庫

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 21:04:40.05 ID:Rax/cgho0.net
モンゴルと満州国との国境問題について

1906年 露清間に結ばれたキャフタ条約(1727年)に基づき、ロシアの軍測量隊は
 ハルハ河を国境とする地図を作成した。

1918年 中国参謀本部がハルハ河を国境とする地図を作成。
 日本軍はシベリア出兵の際、ソ連側の地図を獲得した。同地図にはハルハ河を国境としていた。

1932年 ソ連側は従来の国境線を一方的に変更した。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/29(土) 23:48:45.80 ID:LPMA5rf90.net
>>176
>ソ連は満州国を認めず、満州国の国境線策定なんて相手にしなかった。話し合いの拒否。
ノモンハンの国境問題は満州国とモンゴルの国境なんだが?
満州国とモンゴルとの話し合いは満州里会議で行われてますが。

>日本はその主張の支えとなる証拠の地図には事欠かなかった。
外国が勝手に作った地図や私製地図でしかないでしょ。
オボー線を境界とする地図も多数存在し、関東州庁も満鉄もオボの線を国境とした地図を作ってたんだが。

>清国がハルハ河を境界と考えていた形跡が有る事を知った。
具体的には? 何度も言うが、モンゴル−満州(ハルハ-バルガ)の境界は国内問題であって、条約や協定でどうこうするものではないのだが。
1734年に、オボの線を境界とすると、雍正帝の裁定が降っており、その後も境界問題はその裁定に基づいて処理されているのだが。


>>177
>露清間に結ばれたキャフタ条約(1727年)に基づき、
ロシアと中国の国境に関する条約が、なんで清国内の行政区画に適用されると言うのだろう?
さらに、これはモンゴルと満州の国境問題であり、キャフタ条約は関係ないのだが。

>ロシアの軍測量隊はハルハ河を国境とする地図を作成した。
当時そんなところに「国境」など存在しないのだが。
1906年の時点で、ロシアは北満州に駐留権は得ているものの領有権は持っていない。
モンゴルも満州もまだ中国(清)領であり、モンゴルと満州の境界は国境ではない。
存在しないものを勝手に作った地図に意味は無い。

>1918年 中国参謀本部がハルハ河を国境とする地図を作成。
内戦状態で、モンゴルは独立、満州は張作霖が勢力を伸ばしつつあった。
そんな状況で間違いが生じても無理は無い。
というか、国境なんてありえんだろ。当時の中国はモンゴルの独立を認めてないんだから。

>日本軍はシベリア出兵の際、ソ連側の地図を獲得した。同地図にはハルハ河を国境としていた。
だから、関係の無い外国が勝手に作った地図に何の意味があるのかなあ。

>1932年 ソ連側は従来の国境線を一方的に変更した。
はあ? モンゴルは独立以来、オボーの線が国境であると認識していたし、満州側もその認識だった。
満州当局はモンゴル人がハルハ川を越えて遊牧するのを全く規制していなかった。
ところが、満州国が出来た後、現地の事情も歴史的経緯も知らないくせに、関係の無い外国が勝手に作った地図で、ハルハ川が国境だと思い込んだ日本軍が満州を支配して、ハルハ川が国境だと言い出した。

従来の境界を一方的に変更したのは日満側である。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/30(日) 12:24:59.80 ID:ZfRF8cJw0.net
>>178
>満州国とモンゴルとの話し合いは満州里会議で行われてますが。

それを潰したのはソ連。

>モンゴルは遺憾ながらスターリニズムに侵され...狂気の暴虐のせいで、政府、軍の上級指導者達は一斉に「日本のスパイ、手先」として
>逮捕された。これは、「一九三五年六月以来、ゲンデン、デミドらは満州里で日本と関係を持っていた」と見られたからであった。

>こうして、満蒙間で合意が成立しかけていた時期に、会議の指導者達が相次いで逮捕された結果、充分な成果に至らなかった。

>それから五〇年以上たった。最近わが国に生じた政治的、民主的変革の結果、歴史のあらゆる問題を美化したり誹誘したり、手を加える
>ことをせず、ありのままに明らかにする可能性が生じた。
ゴンボスレン大佐 モンゴル人民共和国戦史研究所戦史部長 訳・田中克彦

このモンゴル首脳陣の逮捕と大量処刑の理由というか口実が「満州里会議」。次の満州里会議を開くどころの騒ぎでは無かった

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/30(日) 12:37:36.58 ID:ZfRF8cJw0.net
>>178
> >日本はその主張の支えとなる証拠の地図には事欠かなかった。
>外国が勝手に作った地図

要するに日本に限らず多くの国々でもノモンハン方面の国境線は複数有って未確定だったと。

>満州当局はモンゴル人がハルハ川を越えて遊牧するのを全く規制していなかった。

遊牧民だから国境の意味も判らないんだろうと思ってたらしい

>関係の無い外国が勝手に作った地図で、ハルハ川が国境だと思い込んだ日本軍が満州を支配して、ハルハ川が国境だと言い出した。
>従来の境界を一方的に変更したのは日満側である。

たった2行で矛盾してることに気がつかないかな? 日満に限らずロシア(ソ連)・中国・イギリス他多くの地図でハルハ河を境としていた。
これって、つまり、日本が地図を一方的に変更していないし、する気も無かったから、だから諸外国の地図を援用したのだよw

一方的に変更したのはソ連

>ハルハ河の東北の国境が(ソ連の地図で)いつ変わったかというと、一九三二年から三四年にかけて
>これを日本軍はぜんぜん知らなかった。ノモンハン戦争でモンゴル軍から地図をぶんどってみて初めてわかった。「あれ、国境が変わっているぞ」と
『ノモンハン・ハルハ河戦争 国際シンポジウム全記録1991年東京』

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/30(日) 16:28:00.16 ID:nECbeIqC0.net
>>179
日本側もそれに合わせて満州側会議代表者を逮捕したりしているがね。
いずれにせよ、話し合いが行われ、モンゴル側の主張が根拠とともに示されたのは事実。

>>180
>多くの国々でも
だから無関係な国が勝手に国境や境界を記載したところで何の意味があるのかな。
外国が勝手にハルハ川を国境とした地図を作ろうと、当事者のモンゴルと満州の行政当局、現地人の間では、オボー線が境界、国境として存在していたのだが。

>ノモンハン方面の国境線は複数有って未確定だったと
いや、1734年以来確定していた。
それを知らない外国が間違った地図を勝手に作っていただけ。

>遊牧民だから国境の意味も判らないんだろうと思ってたらしい
日本がそう主張しているだけで、現地では境界は十分に認識されていた。
遊牧民に対する無知だね。遊牧民間での縄張り意識、境界意識は強いよ。
だからこそ、雍正帝が裁定を下さねばならなかったわけだ。
ハルハ-バルガの境界線は1734年に裁定されたが、その後も何回か境界線争いが起こり、
そのつど、規定の境界線が再確認され続けている。

>ロシア(ソ連)・中国・イギリス他多くの地図でハルハ河を境としていた。
何の権利も権限も無ければ、現地の事情や歴史にも疎い連中が勝手に作った地図で、境界を決めようというのが間違い。

>だから諸外国の地図を援用したのだよ
それがそもそもの間違いだろうが。
確認すべきは現地の状況とモンゴル政府と満州当局の資料と認識のはずだ。
それを一切無視して、現実と異なる境界を主張したんだから、それは日本が国境を一方的に変更した事になる。

あそこには境界を示すオボーがあり、オボーが境界である事は、当局の公文書にもしっかり残されていた。
現実に、オボーの境界が存在しており機能していたのに、ちゃんと調べもせずに、あやふやな根拠で勝手にハルハ川が境界だと決め付けたのが関東軍。

モンゴルと満州の境界はオボー線であり、それは1734年以来存在しており現地では認識されていた。
ところがある日、満州を支配した外国軍(日本軍)がいきなり、満州は独立した、国境はハルハ川だと言い出した。
その根拠もまた、無関係な外国が勝手に作った地図だと言う。
これが一方的な変更でなくてなんだと言うのか。

>これを日本軍はぜんぜん知らなかった。
末端はともかく、上層部はありえんよ。
満州里会議で国境についての正しい情報は得られている。
満州国も関東軍も実地調査を行っており、オボー線こそが歴史的な境界だと言う結論に達している。
関東軍はそれらを封印して、あくまで川が国境だと主張したわけで、そのために末端の将兵は知らなかったと言う事はありえる。
しかし、満州国、日本ともに、オボー線の境界の存在とその正当性は認知していた。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/06/30(日) 21:12:39.73 ID:ZfRF8cJw0.net
>>181
話し合いで解決するのがベストだけど、。その話し合いをソ連が潰したのだから
非難すべき相手はソ連と。

それと現地住民の意見は、実は全然関係ない。北方領土及び樺太は
昔からアイヌ人の住む領域だった。そしてアイヌ人は日本国に属する。
…だから樺太や千島列島は日本領といってもロシアは聞かないだろう。
尖閣、竹島も同じ。漁師の意見なんて関係なし

国境線、領土問題は国家間の交渉で決めること。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/02(土) 21:19:00.96 ID:0mvVhIZr0.net
>>72 >>73 >>76 >>77
まったく違う。
日本が、なんで日米交渉やってたかも、日本が開戦した目的も、
まったく理解していないんじゃないか。

太平洋戦争の原因は日中戦争であり、日中戦争が泥沼化した原因は、

陸軍が満州事変以来、華北分離工作の過酷で無謀な強硬作戦を繰り広げた結果、
中国全土に反日抗日運動が引き起こされた為であった。

@バラバラだった中国人が、抗日で一致団結(国共合作が実現)
Aアメリカ世論が対中国支援を支持(親日、満州国支持の共和党も反対できなくなる)

陸軍は昭和12年度対支作戦計画において、すでに南京攻略計画を明記しており、
第九軍(3個師団)をもって上海附近を占領し、新たに第十軍(2個師団)を杭州湾に
上陸させ太湖南側から、両軍相策応して南京に向かい、上海・杭州・南京を含む三角
地域を占領確保するという計画であった。
その実現のために強攻策をとり続けたあげく、中国討伐を煽って
日本政府が進めた日中停戦をぶち壊した。

陸軍の目論みは陸軍の利権拡大、予算の獲得が目的で、 大量の兵力配備。
その宣伝のため南京攻略戦、南京虐殺は強行されたと考えられる。
第二次上海事変を口実に(船津和平工作などから見て停戦は十分可能だった)
南京攻略戦を無理に実施し南京無差別虐殺を強行し、反日勢力を刺激し
無理やり日中間を泥沼戦争状態にした。

陸軍が主導したと考えられる南京攻略戦、南京無差別虐殺の結果

・米国大統領が歴史上初めて日本を批判(隔離演説)
・国際連盟は陸軍による南京無差別虐殺に対し非難決議を採択。
・国共合作が実現。バラバラだった全中国人が抗日で一致団結してしまった。
・蒋介石夫人がアメリカ議会で日本の無差別虐殺を非難。アメリカ議会の賛同を得る。

以後、陸軍は陸軍省、参謀本部一体となって
北斗会(陸軍が育てた記者クラブ・戦争宣伝組織)を利用し
徹底して新聞で中国討伐を煽りまくり
日本政府の日中停戦工作(船津和平工作、トラウトマン工作)を妨害

その後も陸軍は、対米戦回避を目的とした日本政府の
主義方針に反した行動をとり続けるなどしてことごとく妨害し潰した。
何もかも、陸軍の利権拡大が目的だと考えられる。
陸軍は記者クラブ(北斗会)を利用し、
新聞社を戦争扇動機関に育てた日本の先駆者である。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/18(月) 01:27:37.97 ID:4EBVZk3o0.net
ノモンハン事件の虚像と実像 日露の文献で読み解くその深層
岩城 成幸 著
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1935-4.html

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/18(月) 08:00:19.30 ID:8TjmzMH60.net
仮に日本が軍事的に勝ったとしても
独ソ不可侵条約でドイツが西でソ連を牽制することを
期待できなくなった以上、
ソ連の要求を受け入れざるを得ないだろう。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/19(火) 01:03:23.02 ID:Xs5YBjM60.net
>>1 あまりの馬鹿馬鹿しさにあきれ果てる。
別に半藤だけじゃない、日本の誰もが陸軍の責任だと思ってるけどね。

満州事変・日中事変はまちがいなく帝国陸軍が起こした。

そしてノモンハンもそうだろう。
その主犯のせがれどもが責任のがれにそんなことを言ってやがる。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/20(水) 09:49:27.59 ID:VGqudKbk0.net
あぁ覚えてる
ティガレックス襲ってきたんだよな

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/20(水) 13:23:00.14 ID:YiYEpRW40.net
日本をガレキにした穢れた彼のせがれの責任のがれ

うん、間違いない!その通りだ!

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/20(水) 21:41:22.28 ID:G0fnfnn30.net
海軍の山本五十六がこそ
日中戦争を勃発させ泥沼化させ、アメリカを戦争に引き込み
日本を大敗させた張本人。

■海軍・米内、山本五十六体制が無差別爆撃を強行し、戦争を煽り、
陸軍参謀本部が進めた日中停戦をぶち壊した。

山本五十六の目論みは海軍の利権拡大、予算の獲得が目的で、
大量の航空兵力配備。その宣伝のため南京無差別爆撃は強行されたと考えられる。

第二次上海事変を口実に(船津和平工作などから見て停戦は十分可能だった)
南京無差別爆撃を強行し、反日勢力を刺激し無理やり日中間を泥沼戦争状態にした。


海軍次官・山本五十六が主導したと考えられる南京無差別爆撃の結果

・米国大統領が歴史上初めて日本を批判(隔離演説)
・国際連盟は海軍による南京無差別爆撃に対し非難決議を採択。
・国共合作が実現。バラバラだった全中国人が抗日で一致団結してしまった。
・蒋介石夫人がアメリカ議会で日本の無差別爆撃を非難。アメリカ議会の賛同を得る。

以後、山本五十六海軍次官は米内海相とともに
黒潮会(山本五十六が育てた戦争宣伝組織)を利用して徹底して新聞で中国討伐を煽りまくり
陸軍参謀本部の日中停戦工作(船津和平工作、トラウトマン工作)をことごとく妨害し潰した。
何もかも、海軍の利権拡大が目的だと考えられる。
山本五十六は記者クラブ(黒潮会)を利用し、
新聞社を戦争扇動機関に育てた日本の先駆者である。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/21(木) 13:49:50.40 ID:YkAJZuQi0.net
>>189 ウソを言うんじゃない。

●日中戦争の始まりは「陸軍が起こした」盧溝橋事件である。
アジア歴史センターで資料を調べると

シナ事変発生直後の昭和12年7月8日午前3時に陸軍は、
「宣伝計画」(軍主任参謀起案)(仮定)を作成している。
その中に次のような項目がある。
---------------------------------------------
「昭和12年「宣伝計画」(7月8日午前3時 軍主任参謀起案)(仮定)」には、

〇盧溝橋占領、
7月9日正午頃までに宛平縣城を占領せしむ 之が為成るべく無益の戦闘を避くるも
要すれば彼我の損害を顧みることなく断乎攻撃を敢行す
〇言論統制 
・輿論誘導の方向・・・
・公の報道機関(新聞及び放送等)に対しては軍指導の下、・・・東亜の
盟主たるべき我国の断乎決意せざるべからざるの秋(とき)なるの輿論
を昂揚せしめ延いて国内輿論を動かすの原動力たらしむ
・言論取締の基礎工作
・事態誘導の基礎工作・要人の監禁、
〇実施要領
・新聞 日本紙
軍は同盟通信社のみを支援す 他は之に合流せしむ 
合流を欲せざるものは通信を弾圧して事実上の禁止に導く
---------------------------------------------
以上より、

●「帝国陸軍が日中戦争のはじまりの盧溝橋事件を計画的に起こした」のである。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/21(木) 13:54:11.80 ID:YkAJZuQi0.net
盧溝橋事件は7月7日の午後10時40分頃に中国兵の実弾発砲で発生したと言われ、
本格的な戦闘が始まるのは7月8日の午前4時過ぎ以降である。

しかし>>190のように、午前3時にこのような大部の計画書が出されていることは何を意味するのか?
この計画書には「盧溝橋占領」計画まで書いてあるのだ。

●「日本陸軍が盧溝橋事件をはじめから計画していた」、と言わざるを得ないだろう。

「昭和12年「宣伝計画」(7月8日午前3時 軍主任参謀起案)(仮定)」には、

〇盧溝橋占領、
7月9日正午頃までに宛平縣城を占領せしむ 之が為成るべく無益の戦闘を避くるも
要すれば彼我の損害を顧みることなく断乎攻撃を敢行す
〇言論統制 
・輿論誘導の方向・・・
・公の報道機関(新聞及び放送等)に対しては軍指導の下、・・・東亜の
盟主たるべき我国の断乎決意せざるべからざるの秋(とき)なるの輿論
を昂揚せしめ延いて国内輿論を動かすの原動力たらしむ
・言論取締の基礎工作
・事態誘導の基礎工作・要人の監禁、
〇実施要領
・新聞 日本紙
軍は同盟通信社のみを支援す 他は之に合流せしむ 
合流を欲せざるものは通信を弾圧して事実上の禁止に導く

以上より、
●日本帝国陸軍が、日中戦争のはじまりの盧溝橋事件を計画的に起こした、のであるのは明らかである。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/21(木) 14:01:30.27 ID:YkAJZuQi0.net
満州事変も陸軍が起こした。
日中戦争も陸軍が起こした。
南京大虐殺も陸軍が起こした。
ノモンハンも陸軍が起こした。

結局、
これら陸軍が起こした愚行が太平洋戦争の原因である。

それを隠蔽したい陸軍係累者が、事実を捻じ曲げてウソの宣伝を行っているのである。

あまりにも愚かで言うべき言葉を持たない。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/21(木) 23:42:49.41 ID:7Jecn4mcO.net
満州国軍vsモンゴル人民共和国軍
関東軍vsソ連労農赤軍

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/01(日) 12:33:08.84 ID:43HyBC290.net
朝鮮人も絶賛w

半藤ババア絶好調www

https://www.youtube.com/watch?v=wBmZYqAo1Y8

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/09(月) 00:30:14.34 ID:O/M6uRKlP.net
>>194
オレの思い付きは全て正しい!ソースなんか捏造で誤魔化せる!
______  ___________
         V

      ヽヽ〃 / 半藤は認められているのにウリは認められないなんてシャベツニダ!
       ヽ〃   英文?翻訳文?区別なんか出来ねーニダよ    
      ( _) ウリは正しいニダ!ウリは正しいニダ!!!
       | |  シコシコ・・・ シコシコ・・・
       | | /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ     
     /⌒ヽ⌒ヽ___   |  ∴ヽ  3  )
     /  ゝ      |
    /  _  ゝ___)(9     (` ´) )j
   /  丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-| ハァハァ…
  /   )           (   Y ̄ ̄ ̄ ̄)
 / _/           \____/

       ↑
      シコリアン土足w 今日も今日とて捏造擁護で牟田口を貶め幸福絶頂wwwww

土足はいよいよ言葉に詰まるとバカコピペしか出来ない無能だからなw
しかしその行為は当に「ウリは正しいから正しいニダ」と火病して喚く朝鮮人そのものwwww
屑の能無しシコリアン土足くんwwwwwww
今日も今日とて現実逃避のバカコピペしないと生きてゆけないんだよなwwwwwwwwwww
ダブスタ、レンコリ、バカコピペ、これ全て土足が朝鮮シコリアンである何よりの証拠だなwwwwwwwww

何しろこのAAに書かれている事は全て間抜けの法螺吹き野郎が自爆した事実だからなw
汚くもなんともないw
まともなソース出してから何か喚け尼崎のチンピラシコリアンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
頭のおかしい法螺吹きシコリアンの脳内ではスリムが幕僚と日本語でやり取りするんだよなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/05/31(土) 23:56:03.40 ID:/gxXAVKh0.net
>>1
何故圧勝になるんだ

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/06/02(月) 02:11:25.49 ID:OwPffArR0.net
>>196いつまで小学生みたいなコピペやってんだ?
こういうことだな。


_ ,. -‐ '' ´   :::::::::',   山本の名声が妬ましい!            r::-  _
               :::::::::'、   なすりつけこそが、陸軍が勝つ         /::::::::   ´` '
                ::::::::':、    唯一の策である!!!                       

,.:':::::::
                 ::::::::ヽ         / ̄\         /:::::::
                ::::::::丶        |      |        ,.::'::::::::::
                 ::::/  ,:、     \_/      _,..:'::::::::::
                  /   ,..':::::::>   _|__  ... く::::::::::
             /   ,.::::::::    /\ , , /\ `、 \
              /    ,.∩     / <●>  <●>\.`、  \∩
          /     , ' l ヽ∩ /   (__人__)    \ ∩ノ j
       /     ,    ヽ ノ |      |::::::|      | ヽ ノ \
       /      , '      | ヽ \     ` ⌒´    / / j    \
    /      , '      \  ̄            ̄  / `、   \
  ./       , '                 無知親爺

なにもかも、このバカな無知親爺が悪いw
よく知りもしないで他人のせいにするバカな無知親爺
アメリカを攻撃するのはえらい人たちが決めたこと

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/06/14(土) 20:30:18.32 ID:7q6qu3wM0.net
案外善戦したが圧勝とは程遠い

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/06(日) 01:07:16.62 ID:dhKwXl/T0.net
>>1
福井雄三とかいう作家のいい加減な本を見て飛びついた陸軍の孝行息子だな。

この孝行息子は別名をDosok-3 ◆YXnxU/fJEI という。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/06(日) 21:29:28.10 ID:iPbB4UK50.net
結論としては、

“欧米の学者の中には、もし日本が「北進」論を放棄していなかったならば、世界史の流れは、
大きく変わっていただろうと述べる者もいる。また、「ノモンハン事件」(ハルハ河の戦い)に少佐として参戦し、
戦後は一転して反体制派となったピョートル・グリゴレンコも、その回想録の中で、「もし日本がドイツ側について
参戦したならば、われわれは終わりだった」と語った作戦参謀の話を紹介している。”
(日露の史料で読み解く「ノモンハン事件」の一側面)

作戦参謀という立場上、極東ソ連軍の戦力は額面数字だけは対峙する日本軍より優越していたものの、さまざまな悪条件で
中身が全く伴っていないことを誰よりも知悉していたのだろう。さらに、ノモンハン戦で日本軍の対戦車装備の欠如や火砲の貧弱さ、
戦車戦力の質・量の貧弱さを知った上でのこの証言は重い。
しかも「バルバロッサのプレリュード」を読めば十分すぎるほど根拠と説得力のある話だ


つまり、欧米の学者やソ連軍作戦参謀の結論としても
「もし日本がドイツ側について参戦したならば、われわれ(ソ連)は終わりだった」

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/07(月) 00:41:32.39 ID:+xpGCnfw0.net
だから、それやろうとしても、北に向かう油がないんですよ。
もうアメリカに油を止められていたんですから。
北にムリして進攻してもあの広大な、中国よりも広いソ連の泥沼に浸かるだけで、
後ろから米英蘭豪他の連合軍が攻めてくるのは、当時の米ソ関係を見れば明らか。
今、流行りの陸軍善玉論てのは、この程度のいい加減な連中が言ってること。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/07(月) 01:39:18.29 ID:cLB3vg3g0.net
>>200
ソ連軍は炭そ禁を実戦使用する体制を構築していたから、中立侵犯で北進したら
躊躇なく使用した可能性がある。日本軍には報復能力がなかったからひとたまりもない。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/07(月) 05:59:16.64 ID:VdjVxLiW0.net
ウラルの工業地帯とカフカースの油田が健在なら
日独に挟撃されても首の皮1枚で持ち堪えるだろ。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/07(月) 09:45:58.71 ID:fgzrvcIJ0.net
>>200
ifに基づく推測でしかなく、「日本軍がノモンハンで圧勝した」という結論には全く結びつかない。
関係ありそうで関係ない話を持ち出す詭弁の類型。
さらには一部の者の意見を全体の意見にすり替えた詭弁でしかない。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/10(木) 11:03:15.41 ID:3srUl5XD0.net
ソ連側の事件後の人事は知らんが、日本側の人事はどうだ?

中嶋参謀次長、橋本作戦部長、植田関東軍司令官、磯谷同参謀長、
荻洲第6軍司令官、小松原第23師団長は予備役編入。
寺田高級参謀、服部参謀、辻参謀は左遷。
その他、自決を強要された連隊長。帰還将兵に課せられた厳重な緘口令。

これらは何を意味してるのか?予備役編入とは首を意味し、後日召集されても、
決して現役に戻る事はない。これほど過酷な戦後人事が断行された戦争が、
勝っていたと言える訳がない。勝っていたと思うなら、堂々と昇進させればいい。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/11(金) 00:11:36.07 ID:tM6HTr7h0.net
つじーん「戦は負けたと思ったら負けだ」

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/11(金) 23:00:31.13 ID:i65/538O0.net
 日米開戦に先立つ前の時期、共和党は日本よりもソ連を警戒しシナの共産化を怖れており、
日米開戦には否定的な主張をしていた。
当時、共和党のフーバー元大統領は「ソ連を助けて参戦することは、共産主義を世界に捲き広げることになる」と主張し、
真珠湾攻撃に至るまでは共和党議員のほぼ全員が対日戦争に強く反対しており、「対日圧力を中止せよ」と
民主党のルーズベルト大統領を批判していたのだ。
大統領時代にフーバーは、満州事変に対して「日本に経済制裁を加えよ」という民主党や
ヘンリー・L・スチムソン国務長官(共和党員ながら容共・親中反日であったために、
後のルーズベルト政権でも陸軍長官に起用)の主張を一蹴している。
また1932年10月の閣議においてフーバーは、ソ連によるシナ赤化工作を警戒して
「アメリカは日本と久しく深い友好関係にあったし、日本の立場をも友好的に見なければならない」という覚書を提出し、
満州事変は日本の正当な治安維持措置であり日本は共産主義の防波堤だと力説している

日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略 / 深田 匠

http://jpn.yamato.omiki.com/documents/two_america/4-2.html

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/11(金) 23:05:52.97 ID:+ijRg8w10.net
>>206
その思想の真意は…

実際にノモンハンの停戦協定に来たソ連からの外交官を脅して
ソ連に帰らせ、一時停戦協定を頓挫させる辻タンであった。

停戦協定を結んじゃうと負けが確定するってかw

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/12(土) 01:03:38.88 ID:cXsfavnz0.net
.
.
       ヽ〃   真珠湾奇襲プシュ!    
      ( _)
       | |  シコシコ・・・ シコシコ・・・
       | | /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ     
     /⌒ヽ⌒ヽ___   |  ∴ヽ  3  )
     /  ゝ      |
    /  _  ゝ___)(9     (` ´) )j
   /  丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-| ハァハァ…
  /   )           (彡       |
 / _/           \____/

山本五十六を絶賛して毎晩射精w 

バカ作家 半藤一利wwww

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/12(土) 14:08:29.57 ID:f/0T/Ua70.net
>>1 >>209
福井雄三とかいう作家のいい加減な本を見て飛びついた陸軍の孝行息子だな。

この孝行息子は別名をDosok-3 ◆YXnxU/fJEI という。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/12(土) 15:21:33.65 ID:AyctVJ7n1
http://getnewnews.blog.fc2.com/blog-entry-377.html
速報】3DS『モンスターハンター4G』10月11日発売決定!!

一人でシ.コシ.コパンツやりたいならvita
友達とワイワイ狩りゲーやりたいなら3ds

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/12(土) 23:29:51.46 ID:mXFWTcOg0.net
植田健吉関東軍司令官は、お飾りとはいえ責任をとり予備役に。
童貞将軍植田健吉大将ついてなかったね。
植田大将は大阪出身で、北野中学(現北野高校)、東京高商(現一橋大学)を経て、
陸士入学という変わった経歴を持ち、陸士は10期で、明治31年の卒業、同期は649名。
この内大将になったのは4人だが、植田を除いて3人は昭和9年と11年に予備役になっている。
同期の中将以下は昭和4年前後にほぼ予備役になっており、植田の場合、14年時点で一人現役なので、
ノモンハンさえ無ければ、上海事変での片足切断の事もあり、元帥功一級の可能性は十分あったろう。
11期の寺内寿一、12期の杉山 元、畑 俊六が元帥になっているし、本人としては悔しい思いだね。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/14(月) 01:19:46.49 ID:+G+ij1uv0.net
歴史群像 No.126 2014年8月号
■ 第2特集
日ソ両軍を震撼させた大空の死闘
【ノモンハン航空戦】
日本軍パイロットの勇戦が伝えられる、ノモンハンにおける航空戦。その実態を日ソ双方の資料から
検証し、近代的な空の戦いの姿を浮き彫りにする。果たして、巷間いわれる日本軍の「空での大勝利、
地上での惨敗」は本当だろうか? そしてノモンハン事件の戦訓は、その後どのように生かされたのだろうか?
http://rekigun.net/magazine/

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/14(月) 11:17:07.61 ID:+TgGHw7e0.net
>>213
ノモンハンの戦訓は全く生かされていない。戦車、大砲、小銃を始めとする機械化の整備、
服部、辻の馬鹿コンビの中央復帰による、餓島などの南方作戦の惨敗。
何をとっても陸軍には自浄作用のシステムは皆無で、資源が無いため機械化の充実が出来ないと
泣き言を言うなら、はなから戦争なんてしなければいいだけの話。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/14(月) 16:16:28.73 ID:QCyuct6X0.net
勝てないから戦争しませんて言った軍人は中央にも確かにいたんだけどね・・

今の大企業でもそう言うタイプの奴ってほとんど左遷されちゃうでしょ?出世もできないでしょ?

日本はそういう国

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/14(月) 21:01:24.73 ID:LASgEpJd0.net
>213
その記事立ち読みしたけど、それ書いたライターって歴史群像の常連なの?

自分で通説は間違っていると問題提起しておいて、長々と書いているのは通説だけ
最後にゴソゴソと結論めいたこと書いてあるが、結局その記事で書いてあることは
ぼくは一生懸命調べて大論文を仕上げましたって自画自賛

俺が指導教授ならその記事かいた馬鹿に単位なんかやれない

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 20:24:02.20 ID:pcksLQAi0.net
★★★北進論なら日独勝利

http://peace.2ch.net/test/read.cgi/army/1402664537

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 20:53:06.26 ID:MD4zU4qA0.net
>>215
今の日本もそうだわな。
実は、民主党のやっていたように経済的にはきつくなるけど、しばらく我慢してた方が本当は後々トクだったのやも知れない。

でも、アベノミクス路線が出てくると、皆雪崩をうってアベノミクス路線をひた走る。
右往左往するネットでは特にそうだったな。

いや、アベノミクス路線が今後奇跡的に盛り返して大成功になるやも知れないコトはオレも祈っているけどさー。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 20:54:52.27 ID:MD4zU4qA0.net
でも、「言霊信仰」があるから、「疑うことを口にだすことすら忌避する」なんてのはホント勘弁。

周囲からバッシングされかねないよなあ、去年の春頃の状況でアベノミクスに疑う声をはさむなんて行為。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 21:11:32.44 ID:AgHnhbVl0.net
>今の大企業でもそう言うタイプの奴ってほとんど左遷されちゃう
今の大企業は公務員の減点方式と同じで、失敗しなかった=何もしなかった人間しか昇進できない、所謂大企業病

>民主党のやっていたように経済的にはきつくなるけど、しばらく我慢してた方が本当は後々トクだった
野党時代に麻生の経済対策を無駄無駄だと言い続けたうえにあれだけ大言壮語したのだから、どれほどのことができるのかと思ったら
麻生のときの一時的な円高で稼いだ小銭を、何もしない民主党政権で残らず吐き出した俺様が通り過ぎますよ
結局三年間の民主党政権時代に取り組んだ経済政策って、無駄を言い続けた麻生の経済対策を財源がなくなるまで延長するいがい何もしなかった民主党に続けさせれば
何がトクなのか御高説を賜りたい>>218

あ!日本と似たような産業構造のドイツと縮小コピーの韓国がトクだと言ったのであって、日本だとは一言も言っていないとニヤニヤ笑うのは面白くないから
真面目に答えてね

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 21:15:49.85 ID:MD4zU4qA0.net
>>220
それはキミの短期の損得の話だろ?

>>218で言ったのは、国家的に今後どうなるのかという話だ。
結果的にどうなるのかは分らない。オレはアベノミクスは結局駄目になると思っている。しかもかなりのダメージで。

これは個人的損得の話じゃないよな。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 21:44:37.53 ID:AgHnhbVl0.net
あのなぁ円高の放置を個人の損得レベルだという認識なら一から説明してやろうとは思わんが
三年以上も株を寝かせることを短期とは言わないし民主党政権が続いていれば株も上がることはないだろうが
バカなのか君?
中立を装うとしても馬脚を出していることに気付けよ
「ネトウヨガー」と書いてヘラヘラ笑っているオツムの気の毒なコだろう>>221

駄目だ駄目だと文句を言っているだけで対案も出せない
何もできないやるきもないというのなら匿名掲示板ではなくブログでもやってりゃいいんじゃねぃ?

>>221は何しにここへきたんだ?

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 21:54:44.24 ID:MD4zU4qA0.net
大声で何か言っているが、完全に個人の損得の話のみw

利己主義ここにきわまれりってか。自分がネトウヨだという自覚もあるんかいな?

ひでー話。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 22:04:31.31 ID:AgHnhbVl0.net
民主党政権にどんな展望があるのかと聞かれて

「アベガー」

日本は何もするな、何もしないことが最善の選択なのだ〜
スバラシイタッケンデスコトw
都合の悪いことは何も聞こえないって子供かよ…

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 22:17:33.05 ID:MD4zU4qA0.net
個人的損得ばかり主張、更に言ってもいないことを非難されてもw

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/15(火) 23:12:53.51 ID:54lBt/PV0.net
【中国】習主席、ギリシャでも反日宣伝 「侵略戦争否定する企みを警戒」…パプリアス大統領と認識一致 ギリシャ支援伝える [07/15]
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1405431040/

【国際】ヘイトスピーチ議題に 国連人権委が対日審査
http://peace.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1405419797/

登山家・野口健氏「韓国でタクシーの運転手に「日本人か?」と聞かれ、「そうだ」と答えたら下ろされた」
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plusd/1405377896/

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/25(金) 12:28:31.04 ID:cWbMg2De0.net
横だけど、元の主権者の中華民国が満州の独立を承認してないんだから、曖昧どころか、完全に未確定ですが?
満州国に確定された国境も領土も存在しないんだけど。

結局、日本が一方的にそこは満州国だと主張してるだけ。
満州国は東三省が独立し、そこに熱河省が加わったという建前から、東三省と熱河の行政区分で主張するなら、
まだ一応の根拠にはなるけど、それすら無視して、日本の都合で一方的に主張してるんだからお話にならん。

ノモンハンもそれでもめてノモンハン事件を引き起こした。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/25(金) 20:07:47.46 ID:VgaCYyYR0.net
といっても、ノモンハン事件で決まった国境線で、中・モンゴル国境も確定しているみたいね。

グーグルアースで見てみると、完全にこの国境線を堺にいろいろなモノが作られているし。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/27(日) 00:43:25.42 ID:sQJehwfX0.net
日本には三等国の底辺にまで凋落した漢民族再興のために
河北三省+αの自主独立政府の樹立を後押しするプランがあったが
過去のプライドにすがるぐずなクズ華人ばかりで実現しなかった
日本に国家を用意させて力を蓄え国力を少しずつ充満して
のちに政・経・軍が自立自製できるようになったら
日本と一線を画すなり、なんなら日本が英国と戦ったように、一戦吹っ掛けてもいいのだ
まずは4千年の中華繁栄のプライドを捨て
かつては従国とみなしていた隣国の援助を受け、恥を忍んで小国からやりなおす
「いつかはクラウン」みたいな野心的向上心みたいなものを
支那人というのは全くもちあわせていないんだね

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/27(日) 11:10:45.96 ID:76x4DJ/60.net
>横だけど、元の主権者の中華民国が満州の独立を承認してないんだから、曖昧どころか、完全に未確定ですが?
え?外蒙古の話か?

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/28(月) 09:15:10.88 ID:mcu8FvtK0.net
外蒙古=モンゴルに関しては中華民国が自治権を認め、清時代の行政境界を引き継いで国境となっている。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/29(火) 13:36:17.15 ID:hRbt17sTc
>>14
ん?え?じゃさ?ソ連赤軍のピークである1945年の占守島で
武装解除した日本陸軍に叩きのめされたのはどういうこと?
日本中が爆撃されて、原爆も落とされ海軍も崩壊してたのに
それでも日本陸軍が強すぎて、そっから攻め込めなくなってたよね(失笑

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/07/29(火) 13:47:16.28 ID:hRbt17sTc
ソ連が対日参戦を約束したのはヤルタ会談の2月
そっから半年も満州に攻め込めなかった
その理由は最盛期85万もの兵力を擁する
泣く子も黙る関東軍が恐ろしかったからだよ
ソ連がどれほど日本陸軍を恐れてたか、よくわかるよね
そしてその恐れていたことが占守島の戦いで現実のものとなったわけだ
武装解除した日本兵にやっつけられちゃうソ連陸軍()

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/04(月) 20:16:28.83 ID:zZ/2h8Vx0.net
さて、日本軍が大勝利したと言われる航空戦の実態だが、

・紛争開始当初に陸軍航空隊が保有してた戦闘機総数は全部で200機ほど
・紛争が長引くほどに被害が激増していく典型的な負け戦のパターン
・あまりに損耗が激しすぎて最新鋭の九七戦が足りなくなり、旧式の九五戦まで引きずり出す
・最終的に90機以上を喪失して紛争終結
・とくに中隊長クラスの損耗率が高くて、航空隊再建に大苦労したほどの壊滅的損害

これでも戦い続ければ勝ったと言える人がまだいるの?

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/04(月) 23:16:21.47 ID:Wloi3K1N0.net
歴史群像のその記事、旧来の説を否定すると言っておきながら、最終的には既存の説に細かい疑問があるという
面白くもなんともない結論だったが、換骨奪胎して引用元を示さずにコピペする奴が必ずいると思っていた
まさかこんなに時間がかかるとは思わなかったがw

ハングルに翻訳されて向こうのBBSでホルホルしているのを、今日になって在日の232が見つけたということなのかな?
随分時間がかかるんだね

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 02:10:41.71 ID:4nEeCcOm0.net
データそのものは「太平洋の嵐」「太平洋戦記」などのゲームデザイナーで、
ジェネラルサポート代表の阿部隆史氏が戦史叢書などをもとに分析したものだが?
航空隊の定数なんかはごまかしようがないので、これに何か問題があるとするなら
帝国陸軍が過大な被害記録を残したってことになるな

そもそも君の日本語だと記事の要約をコピペというのかい?

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 02:13:30.58 ID:nv52As0O0.net
君が日本語を定義しても
それに従う日本人なんかいないから
残念!!

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/07(木) 09:23:55.28 ID:R/+qG2nX0.net
航空隊が定数通りに揃ってたのなんて開戦当初だけで
しかも政治力ある上司がいた部隊だけ

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/08(金) 16:56:28.04 ID:zZ5idpTH0.net
>>1
福井雄三&#8206;とかいういい加減な作家の本でも読んだんだろうが
金儲けと人目を引いて喜ばせるヨイショ本に釣られてんじゃないっちゅうの。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/11(月) 21:50:59.39 ID:8Q99ffsG0.net
>>234
それ以上に、ソ連空軍機に損害を与えてるから

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/11(月) 22:09:17.06 ID:+st5oYfx0.net
>>240
ソースは?

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/14(木) 11:45:17.89 ID:kMnwvZlc0.net
>>1
土足だな・・・・

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 20:30:17.38 ID:nm3xrP010.net
ノモンハンと言えば、日本の戦車は非常に性能が悪く、まるで豆腐のようにボロボロに破壊された
ことで有名。日本の工業力は、75年前はマジで悲惨だった。75年間で良くここまで持ってきたと思う。

しかし、日本車に限っては豆腐のように弱い防御力は健在。だから、日本人の上流階級は決して
日本車に乗らない。ドイツ車にのる。最近は大型のアメ車も上流階級の間で人気がある。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 20:31:10.15 ID:nm3xrP010.net
ついでに、日本の場合、国家公務員でもキャリアはベンツ、ノンキャリアは日本車と
はっきり差別されている。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 21:36:12.52 ID:sdlcDIcl0.net
日本車の対人衝突時のセーフティを理解できないのは中国人だから?
日本語がお上手ですね

ちなみに戦車の発達はソ連がインフレーションを引き起こしただけだし
日本国内で機械力の増強が望めなかったのは日本の労働者の発言力が強かっただけで
欧米は安い労働力を移民で賄えたからにすぎない

日本がソ連や独のようなファシスト国でなかったことが不満だというのが発言の主旨であるならば
中国のような一党独裁国の論理を日本に押し付ける発想が間違い

いずれにせよ国力とは戦車のみで語れるものではないし
戦車のカタログスペックをのみ比較して国を語るのはカードゲームで遊ぶ児戯に等しい幼稚な行為だと認識して欲しいね

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 22:01:30.03 ID:nm3xrP010.net
>>245
ちょっとは勉強しろよな。
日本の機械力が低かったのは、日本の生産性が低かったからなんだよ。
アメリカ、ソ連に全く及ばなかった。

日本の場合は、試作までは上手く行くが、工場生産性が低いため、量産の
段階で悲惨なことになる。カタログスペックの乖離は日本が一番酷かったよ。

ちなみに、戦争ではただでさえ貴重な熟練労働者を徴兵し、若年未熟練労働者で
補ったため、ますます生産性が悲惨なことになった。

むしろ、このような悲惨な状態から成長した戦後を高く評価すべきだろう。
メイドインジャパンなんて、1960年代まで今の中国製や20世紀の韓国製のように、
安物のクズ同然だったしな。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 22:22:40.77 ID:sdlcDIcl0.net
昭和の日教組が吹聴していたことを今頃勉強しているのか、中国人は…

全く関係ない古臭い話の羅列と、恐らくコピペしかできない低脳なので
コピペの内容にも整合性がないことに気付いてすらない

重工業の話なのか軽工業の話なのかの区別もできない
取り合えず昔から日教組が教室で吹聴していた古い話を意味も分からず羅列しましたって
それ「勉強」じゃない「洗脳」なw

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 00:35:01.96 ID:x/A4Lke/0.net
日教組とコミンテルンの陰謀は厨房が引っかかりやすい罠だよなあ
そんなのに政策を左右されてる日本ってどれだけ情けない国なんだよw

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 07:03:35.66 ID:P0nhuX7f0.net
>>1
ノモンハン事件は完全に日本軍の負けだ。

証拠その1
甚大な被害を出した日本側は、たまらずソ連側に停戦を申し入れた。

証拠その2
ソ連側は受け入れたが、領土未確定地域の9割りを手中にした。
日本側は1割だけ。

もし日本軍が優勢だったらこんな結果になるわけない。

>>1
負け惜しみの願望を書くな。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 08:08:20.52 ID:w0vuDoI00.net
まあね、日本陸軍は本当に勝ってると思えば停戦協定を受け入れないわけ
だから、明らかに負け戦。

どういう思惑かはわからんが、裏で随分イギリスが調停に動いたようだ。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 21:38:26.87 ID:y+qENQFN0.net
1の後半を読めばまともに相手をする価値もない糞だと思うが
後半を否定させることで前半も否定する幼稚なレトリックだろこれ、つーか一年半も前のことを何を今更…

>ノモンハン事件は完全に日本軍の負けだ
講談本等でいうところの、第四次川中島合戦なんか俺は武田の勝ちだと思うが、未だに引き分けだの戦術的にはだの前半はだのと言う奴は腐る程いるわけで

最近の話題だと先日のNHK、珊瑚海開戦は「日本の軽空母一隻が撃沈、米の正規空母一隻撃沈」なので引き分けだ、発言には椅子から転げ落ちそうになったw
珊瑚海開戦のそこだけ切り取り、勝敗を断定するNHKスゲー

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/29(金) 15:53:56.86 ID:5DFd9Y+c0.net
>>243
>日本の戦車は非常に性能が悪く、まるで豆腐のようにボロボロに破壊されたことで有名。

大陸打通作戦で3000キロ進撃して、行く先々で中国チンピラゴロツキが次々と虐殺されていった。
これはナチスドイツのバルバロッサ作戦でさえもなし得なかった快進撃ぶりだった。
中国抗日など日本軍の敵ではなく戦線は次々と突破され、中国抗日戦争なる化けの皮は剥がれた。
チンピラゴロツキを虐殺するのは楽しいし、また虐殺したチンピラゴロツキから物資を調達できた。
さらに言えば中国人を虐殺して、虐殺した中国人をすり潰して脂を抽出して、航空燃料にすればよかった。
ドイツは戦争責任を反省しているのではなくて、東と西で徹底的に粉砕されて平身低頭してるだけ。
これに対して日本は太平洋戦争では負けても日中戦争は連戦連勝で、日本人は中国人よりは優れて
いたという優越感はそのままで、チンピラゴロツキと差別することもできる。中国人の先天的かつ絶望的
な知能障害とその腐った脳みそは、米軍がいくら支援をしてみたところでどうにもならなかった。

 マッターホーンにより、中国・成都に前線基地が建設されるはこびとなり、インド・カラグプルに
B−29専用基地とその大規模な兵站支援施設が設置された。米国の膨大な資金と約四〇万の中国人
労働者をつぎ込んで、一九四四年五月までに成都地域の四ヶ所にB−29専用基地が造られると共に、
爆撃機の飛行場を保護する戦闘機用基地が数箇所に建設された。それらの基地まで、数千の支援要員
となる技術者、兵器係、コック、倉庫管理係に加え、予備部品(交換用エンジンも含む)、爆弾、食料、
燃料を運ぶ必要があった。中国の基地から一〇〇機のB−29による攻撃を実施するには、およそ二三〇〇トン
の物資を運び入れるほかに、肝心の爆撃機をインドの後方基地から中国まで飛ばす必要もあった。
<中略>
 一九四四年末までに、蒋介石はもはや有力な盟友と見られなくなっていた。日本軍は中国東部での攻勢で
さらに八省を手に入れ、さらに一億人の中国人が日本の支配下に置かれ、米軍飛行基地は放棄のやむなきにいたり、
中国の東海岸は封鎖された。帰還命令を受ける直前の十月四日、スティルウェルは日記に書きつけた。
「陸軍省が私に味方しているのは明らかだが、この戦域は無価値とみなされ、われわれは何も期待されていない」
<日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 / トーマス・アレン/著 ノーマン・ポーマー/著 栗山洋児/訳 >

 大陸打通作戦の第一次作戦(河南作戦)/昭和一九年(一九四四)四〜五月・・・・・・戦車第三師団、
戦車総数二五五両が参加。師団全体の踏破距離一四〇〇キロ、日数は三〇日(一日あたり四六・六キロ)。
師団捜索隊は約二〇〇〇キロ、三〇日(一日あたり約六七キロ)。
<中略>
 ここに示した日本戦車隊の長駆進撃も、連合軍側を大いに混乱させ急速な勝利をもたらした
典型例なのである。ちなみに、「電撃戦」と称賛される独ソ戦初期(一九四一年六〜七月頃)のドイツ
機甲部隊の場合と比較してみると、グデーリアンが率いる第二装甲集団が踏破距離約六五〇キロ、
日数二五日(一日あたり二六キロ)、マンシュタイン上級大将の第五六装甲軍団が約三三〇キロ、
四日(ドヴィンスク急襲時、一日あたり八〇キロ)で、日本戦車隊の"快速ぶり"はこれらに劣る
どころか優れた成果を上げているといえる。
<「陸軍機甲部隊」(学研)158頁  文・古是三春>

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 04:33:55.97 ID:sri7gCID0.net
辻政信

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/02(木) 09:32:54.22 ID:kcsB65pS0.net
.
ノモンハン事件、理解した。
先週発売の「太平洋戦争の記憶」第5号
当時の新聞付き 690円
で特集あり
地図、写真付きで分かり易かった。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/18(土) 15:08:44.55 ID:I81toT6px
東シナ海における倭寇は国家的策略だった

http://music.geocities.jp/jphope21/0203/34/225.html

歴史が始まって以来、日本は侵略を繰り返していた。

( http://sky.geocities.jp/datepedia/02/update.html )

( http://music.geocities.jp/jphope21/0102/5/180.html )

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/30(木) 18:19:27.91 ID:tINigSQQ0.net
ソ連軍の方が死傷者が多かった?という説は、疑問なんだがな。

その説は、
日本側の数字には満州国軍の死傷者が含まれていないのじゃないかな?

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/31(金) 20:46:23.83 ID:KgfGfQ+j0.net
パラシュートなしで空挺部隊を飛行機から突き落とすソ連軍は
兵隊にやさしい軍隊として広く知られているからな

ソ連程兵隊を大事にしている軍隊は他にいない

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/11/13(木) 17:13:10.52 ID:Sf9NqJgt0.net
 モスクワは間一髪のところで陥落を免れた。一二月第一週にはドイツ軍がクレムリンから三五キロの
地点に迫っていた。ドイツ軍将校の双眼鏡でモスクワの主要な建造物を確認できる距離だった。先導し
ていたのは装甲部隊である。一二月五日から六日にかけて、ジューコフは集中攻勢を仕掛けた。主力は
「シベリア兵」からなる部隊。ソ連極東部から送り出されてた新来の予備兵力で、そのなかにはノモンハ
ンで彼自身が指揮した部隊も多数含まれていた。ノモンハンよりも危機的な状況に陥っていたが、ジュ
ーコフは当時と同様の諸兵科連合戦術を、今回はもっと積極的に採用した。その結果ドイツ軍を約一六
〇キロ後退させることに成功し、冬季の間、ドイツ軍をその地点に釘付けにしたのである。まさに食う
か食われるかの戦いだったが、完全な冬季装備の予備兵を東部から送り込んだことが決定打となった。
一九四一年一二月にソ連を訪問したイギリス外相のアンソニー・イーデンによれば、スターリンはこの
とき彼に、「最近の戦局好転は、新たな援軍を導入できたためだ」と語ったという。
 ジューコフが大反抗を開始した翌日、日本は真珠湾を攻撃した。ドイツはアメリカに、アメリカはド
イツに宣戦布告し、アメリカは太平洋とヨーロッパの戦争に巻き込まれることとなった。この週は第二
次世界大戦の転機を画す、枢軸国の運命を決する一週間であった。
 だが日本の軍首脳部が一九四一年の段階で、ノモンハン事件以前と変わらず赤軍を過小評価していた
とすると、事態はまったく違う方向へ進んでいたことだろう。もし一九四一年七月または八月に北進が
決定されていたなら、おそらくソ連は崩れ去っていたと思われる。日本軍はソ連軍を撃破する必要すら
なかったのではあるまいか。アジアに長大な戦線が存在することだけでもソ連には重荷になったろう。
一八個もの師団に加え、戦車一七〇〇両、軍用機一五〇〇機をヨーロッパの戦場に移動させるなどとい
うことは不可能だったはずである。それだけではない。戦争を遂行するうえで、ソ連極東部は貴重な経
済的貢献を果たしていた。独ソ開戦の初年に西部の産業が壊滅的な被害を受けたことに鑑みれば、その
重要さのほどがうかがわれよう。一九四一年のモスクワ攻防戦も、また四二年のスターリングラードの
戦いも、ソ連にとっては薄氷の勝利だったのである。難敵の日本が極東で猛攻を加えたなら、戦局はき
っとソ連軍の不利に傾いたであろう。一九四一年から四二年の段階で二正面作戦を強いられたとすれば、
ソ連は存亡の危機にさらされたはずである。ソ連軍の将官を含め、そのように考える軍事研究家は少なくない。
<ノモンハン1939 スチュアート・D・ゴールドマン みすず書房>

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/12/09(火) 12:12:53.28 ID:F5yYL9gC0.net
奉天でも日本軍兵士は命を捨ててソ連兵に肉弾突撃
それでそれを見たたソ連兵は気がくるってしまった。
そこでの勝利をみた日本兵はいない。

陰に隠れて観ていた将校だけが目撃者

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/12/10(水) 13:02:05.00 ID:qG4qarOz0.net
>>1
>被害はソ連の方が大きかった
何を根拠にそういうのかな。
日本側の被害数字は、満州国軍の被害を含んでいるのだろうか?

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/12/13(土) 09:01:15.10 ID:olEgX9q50.net
余録:ノモンハン事件の際、シベリア鉄道でソ連軍の増強…
毎日新聞 2014年12月13日 00時04分
http://mainichi.jp/opinion/news/20141213k0000m070125000c.html
 ノモンハン事件の際、シベリア鉄道でソ連軍の増強を目撃した駐ソ武官の警告に関東軍の参謀はこう
答えた。「弱音を吐くとあなたの命は危ない、若い者がいきり立って殺すかもしれません」(秦郁彦著
「明と暗のノモンハン戦史」PHP研究所)

262 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2014/12/14(日) 11:42:14.15 ID:7y22Feua0.net
ノモンハンは一撃離脱の遊撃戦ではなく、あくまで土地の争奪戦だから、勝敗は最終的にどっちが土地を占拠してるかで決まる。

旅順包囲戦は日本軍のほうがずっと損害は大きかったが、太平洋艦隊全滅という目的を達成したのは日本軍。

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/12/16(火) 23:22:56.25 ID:nHBoEYJj0.net
 
  ノモンハン事件は欧米も重大関心を示し

    極言すれば 第二次世界大戦の発端だとよ

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/12/17(水) 10:18:42.36 ID:NTWlkMq90.net
相手がソ連なんだからそりゃ欧米は関心示すだろうさ。
特にドイツに強いところ見せないといけなかったソ連は必死だった。
日本が弱かったおかげで独ソ不可侵条約は成立するし、この条約がポーランド侵略の起点に
なっているわけだから、第二次大戦の発端と言えるわな。

リュシコフなんて大物が粛清逃れで亡命してきて正確な情報持ってたのに
まったく活かせなかった無能関東軍

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/02/17(火) 00:06:12.85 ID:hdlO5y970.net
.
誰よりも戦争に反対した真の愛国者

それが山本五十六の実像に他ならない。

.
.
       ヽ〃   真珠湾奇襲プシュ!    
      ( _)
       | |  シコシコ・・・ シコシコ・・・
       | | /⌒⌒⌒ヽ/~ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ     
     /⌒ヽ⌒ヽ___   |  ∴ヽ  3  )
     /  ゝ      |
    /  _  ゝ___)(9     (` ´) )j
   /  丿ヽ___,.───|彡ヽ ―◎-◎-| ハァハァ…
  /   )           (彡       |
 / _/           \____/

山本五十六を絶賛して毎晩射精w 

ホラ吹き歴史捏造作家 半藤一利wwww

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/02/17(火) 13:14:06.43 ID:vpd+/c13O.net
大日本帝国陸軍VSソビエト社会主義共和国連邦労農赤軍
満州国陸軍VSモンゴル社会主義共和国陸軍

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/15(日) 05:26:22.61 ID:mOAerqXj0.net
>>265
無知でバカで不勉強のお前に理解できんだけ。アホ。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/07(火) 15:56:43.09 ID:pKU1rUci0.net
>>262
そのとおり。
戦闘も、戦争も、目的を達成したかどうかで勝敗が決まる。
ノモンハンの場合は、それぞれが主張する「国境線」の確保が、「戦闘目的」。
結果的にソ連側が主張した国境線を、ソ連側が確保した。
よって、ノモンハン事件は、ソ連の勝ち、日本の負け。

ベトナム戦争は、損害から言えば、北側の方が甚大だが、
全土統一した共産側の勝ち、アメリカ側の負け。

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/07(火) 21:42:25.55 ID:A+60nx6t0.net
後の資料から、“実は勝ってた”という類いって、自尊心満たしたいだけとしか思えないんだよね。
劣勢と思って収束させたのなら、その弱点や課題を後の戦いにどう活かすのかが重要であって。
日本は、その点に多いに問題あったんだろ。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/08(水) 12:09:57.41 ID:jeBG3+dj0.net
>>269
そのとおりだね。
損害の多少から、「日本勝った」と自慢しても、意味がない。
負けは負け。
敗因を分析して、その後の改善につなげなかった軍首脳部の罪は重い。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/21(火) 10:45:35.09 ID:OqGCL/nXO.net
損害も死傷者のうち死者は日本の方が多いわけだろ?
負傷者は死者の三倍という原則からしたら関東軍の、死者より負傷者の方が多いのは非常に不自然だから、
実際はその三倍くらい負傷者がいたんじゃないの?

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/21(火) 17:42:06.76 ID:2unTcbSj0.net
日本軍 ソ連軍
戦死 8,440 戦死 9,703
戦傷 8,864 戦傷 15,952

戦死もソ連の方が多いけどたしかに日本側の戦傷者の割合が少ないのは少ないのはなぜだろう。

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/24(金) 15:17:00.69 ID:aiiYSXXB0.net
負傷兵を後送する余裕がなく、
前線に放置して死亡したのではないか。
南方の激戦地でも、戦病死が、戦死者夜も少ないとかある。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/24(金) 17:27:50.64 ID:hZwXZwfo0.net
戦えなくなった役立たずは死ねっていう教えだからしょうがないね

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/24(金) 18:36:42.52 ID:FKUdTBYW0.net
ソ連軍への批判?

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/24(金) 20:24:28.29 ID:Drv7P2410.net
>>271
>負傷者は死者の三倍という原則からしたら関東軍の、死者より負傷者の方が多いのは非常に不自然だから、
>実際はその三倍くらい負傷者がいたんじゃないの?

MILITARY      HOSTILE               NON-HOSTILE
ACTION       DEATHS      WOUNDED    DEATHS              
World War II
(1941-45)
Total          293,1216       670,846       115,185
European Theater  185,179        498,948       66,805
Pacific Theater    107,903        171,898       48,380
http://www.vfw.org/PR/Media%20Room/AmericasWarDead1775_2009.pdf

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/24(金) 20:42:29.35 ID:Drv7P2410.net
>>264
>日本が弱かったおかげで独ソ不可侵条約は成立するし、

ソ連は日本とも日ソ中立条約を結んでいるし、また満州国を承認しているが?

声明書
大日本帝国政府及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦政府ハ千九百四十一年四月十三日大日本帝国及
「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦間ニ締結セラレタル中立条約ノ精神ニ基キ両国間ノ平和及友好ノ
関係ヲ保障スル為大日本帝国カ蒙古人民共和国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨又
「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦カ満洲帝国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スルコトヲ約スル旨厳粛ニ声明ス
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js16-6.htm

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/25(土) 00:37:18.42 ID:v4M5dw+W0.net
>>272
その数字には、日本軍に加わっていた満州国軍の数字が含まれているのかな?
そして戦後に死亡したものの数字が含まれてるのかな?
カウントする基準がはっきりしてないとあまり信頼できんな。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/25(土) 16:25:04.57 ID:1KnUo7UA0.net
>>277
>満州国を承認しているが?
日ソの中立条約の効力が満州やモンゴルにも及ぶとしているわけで、逆に満州国を独立国ではなく日本の一部とみなしていた証拠だが。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/27(月) 16:48:14.80 ID:Rc/FQjg+0.net
>>279
>逆に満州国を独立国ではなく日本の一部とみなしていた証拠

???

「満洲帝国ノ領土ノ保全及不可侵ヲ尊重スル」

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/27(月) 19:54:28.43 ID:T5AeGjBZ0.net
なぜ”日ソ”不可侵条約に関係の無い満州帝国の領土の話がでてくるんすかねえw
独立した第三国だというなら、条文にすらならないわけでしてw

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/28(火) 20:46:34.33 ID:pDj0UOG/0.net
ソ連軍の立場からするとソ連軍の勝利
ただ損害が大きかっただけ。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/30(木) 20:26:03.05 ID:0vrtGdqv0.net
北進論が破綻した時点で戦略的に日本の負けなんだけど
戦前の日本軍の人もマジでこういうこと考えてそうなんだよな

日中戦争も結局、日本は国民党軍に大きな手傷を負わせていたが、
戦略的な目的である国民党軍の方位殲滅と、国民党政府の降伏ないし講和を
実現できなかった

どっちが多く死んだから勝ち負けがどうこうとか、
ヨーロッパなら19世紀に入る前に終わってる議論だよ…

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/07/31(金) 18:15:04.03 ID:Hhn6/Fsu0.net
戦術的にも日本の敗北だよ。
主戦場で野戦軍主力が敗退どころか、
ほぼ組織的抵抗力喪失。
一個師団丸ごと壊滅だもんな。
ソ連軍も大損害を蒙ったが、
もっと被害が分散している。

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/03(月) 22:31:41.08 ID:Ds3ezPSL0.net
そもそもソ連の野砲陣地が丘の上にあんのにその下で戦う関東軍ってのがどうなんだろ。
よほど赤軍を過小評価していたようだが、これはシベリア出兵の時の経験からなのかな?

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/04(火) 19:55:22.94 ID:WvEy2TGT0.net
>>281
>なぜ”日ソ”不可侵条約に関係の無い満州帝国の領土の話がでてくるんすかねえw

残念ながら、ソ連が日ソ中立条約で満州帝国を承認した事実は否定できない。

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/06(木) 16:55:45.43 ID:h/+YnruL0.net
世界が承認したウイグルやチベットを領有する中国の主権と
当事国の中国はおろか昭和天皇はじめ宮中の人たちが、
仲良くやりたかった米英すら認めてくれなかった満州国の主権。
違いは大きすぎるな。ソ連すら制圧後の満州から引き上げた
くらいだから、日本の強欲さがあまりにも際立つ。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/06(木) 20:46:08.51 ID:LHKAOoSv0.net
米英どころか国連の決議で日本vs他全部の国だったんだから
世界から向けられる視線は今の北朝鮮よりひどいでしょ

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/06(木) 21:52:30.17 ID:a99JMJy00.net
満州国国連決議の結果はそうだったが、当時まだ国際世論に影響力を持っていた英国が
かなり親身に日本と国連参加国の妥協点を見出そうと調整してくれていた。

しかし、全権の松岡ですら「このあたりで妥協すべき」という寛大な案を外務大臣が一蹴。
英国は以後日本を敵となりうる国家と位置づける

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/08(土) 12:58:33.74 ID:7kTHCdyG0.net
>>289
日本にとって満州国を否定されたら中国市場から日本は撤退するしかないのだから
イギリスが親身になろうが意味はない。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/09(日) 00:48:56.31 ID:i6TdorPX0.net
別に国なんか捏造しなくても日本は大陸に権益を持っていたし
軍事拠点の遼東半島は得ていた
欲張らなければよかったのに

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/10(月) 07:01:06.49 ID:maxf1eH20.net
>>286
承認したとしても、それは独立国としてではなく、日本の衛星国、属国としての満州国。
ソ連内の構成国、ウクライナとかベラルーシを承認したようなもの。
ソ連16番目の共和国と言われたモンゴルと相互承認の形になってるのがその証拠。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/24(月) 08:53:44.96 ID:NC/5ayji0.net
>>292
それでも中国人には痛烈な精神的打撃を与えたことまでは否定できない。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/25(火) 16:30:59.40 ID:sN8bDbZg0.net
>>292
今でこそ「中露蜜月」が叫ばれるけど、戦前のソ連は中国なんて屁とも思って無かった。

295 :だつお君へ:2015/08/31(月) 16:51:38.17 ID:ggFd7ts80.net
>>277
身柄の拘束など性奴隷にも見えるが、多くが当人の同意を得ていた慰安婦どころではない。
和姦はほぼ皆無、憲兵が取り締まるどころか、野放し状態で、参政権すらなかった
何の罪も無い日独の一般女性を毒牙にかけながら、「大祖国戦争」の名で、犯罪を隠蔽し続ける。
あれだけ世界に迷惑を掛けながら、日独と異なり、反省とは縁もゆかりもない。
今では人権先進国として世界中から尊敬を集める日本とドイツが手を組んで、
ロシアと中国のゴロツキ・コンビの反日宣伝に立ち向かおう。両国からドイツを切り離そう。

http://www.sankei.com/west/news/150723/wst1507230085-n1.html
米カリフォルニア州サンフランシスコ市議会の委員会で、
慰安婦の碑または像の設置を支持する決議案が審議される問題で、
姉妹都市の橋下徹大阪市長は23日の定例記者会見で、
「旧日本軍だけを取り上げるのだとすればアンフェア」と述べ、
決議案の内容を確認し、見解をただす文書を送る方針を明らかにした。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/06(日) 16:40:56.25 ID:4Cc/bDLF0.net
>>293-294
そもそも関特演でソ連に攻撃を仕掛けようとした段階で、
いまさら日ソ中立条約違反でロシアにクレームをつける
正当性を失ってるよな。ひきかえ、ウイグルやチベットが
中国領土である事実は、終始一貫して世界が認めている。
世界が認めない満州事変を犯した陸軍のならず者たちは、
陸軍刑法違反で処罰すべきだった。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/06(日) 17:33:31.92 ID:jHBsNz+e0.net
>>283
> 北進論が破綻した時点で戦略的に日本の負けなんだけど

いやソ連側も対日満戦を断念してるから、痛み分けだろう。

領土も、日本軍がソ蒙側から奪い取った土地もあるから五分五分

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/06(日) 17:36:22.96 ID:jHBsNz+e0.net
>>296
>そもそも関特演でソ連に攻撃を仕掛けようとした段階で〜クレームをつける正当性を失ってるよな。

それ言い出したら、ソ連軍が大規模な戦争準備をしつつ満州国に戦争仕掛けようとしてた
ノモンハン事変直前の段階で、ソ連に正当性など無いと

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/06(日) 21:26:46.64 ID:VpUJO1nx0.net
ノモンハン時のソ連の対応は結構泥縄だったぞ。

単に、日本がちまちま介入してるから、一気に近代兵器をどっと投入してきただけであって。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/07(月) 03:28:30.74 ID:5BuYedDF0.net
>>298
>満州国に戦争仕掛けようとしてた
そんな事実はないぞ。
当時のソ連の意識はヨーロッパに向いていた。
だからノモンハンでも「越境」はせず、限定戦に終始していた。

ノモンハン事件の原因は、日本側がモンゴルと満洲の歴史的境界線を無視して、
満州を拡大する方向で「国境」を主張した事にある。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/07(月) 13:14:23.45 ID:mX+QYuWB0.net
>>176 >>127

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/07(月) 18:53:16.67 ID:2hwdU2Ph0.net
ノモンハンは司馬じゃないけど怒りで血管切れそうになるな

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/08(火) 23:56:50.76 ID:5OpEYxmpO.net
>>299
いや第一次ノモンハンでもソ連が勝ってるから泥縄ではないだろ。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/10(木) 01:16:16.38 ID:0YwSls2I0.net
その後、領土(モンゴル国のだけど)に侵入されているだろ。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/10(木) 03:11:22.51 ID:YY9fmtBa0.net
ソ連軍の戦車はアメリカの技術を元にして優秀だった。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/12(土) 11:17:14.45 ID:HpCresBqO.net
>>304
戦闘がないときは無人だから、お互い侵入し放題だよ。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/17(木) 08:01:49.03 ID:I9VWRm7u0.net
日本軍の参謀、将校の無能さは異常。

ジューコフは、低脳とまで言っている。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/17(木) 09:25:23.35 ID:s75HVP360.net
陸軍大学でも、とにかく前進、積極攻勢とだけ書けば成績優秀で卒業だったからな
アホ参謀しか育たなかったのはしょうがない

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/17(木) 10:23:49.01 ID:zbUPyG/x0.net
>>307
ジューコフの単なる自画自賛

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/18(金) 19:56:41.06 ID:pjbTKSZF0.net
ジューコフは生涯で一番キツカッタ戦いはこの戦いだったとも言っている。
日本軍の下士官、兵は勇敢で優秀だともね。
だめなのは「高級将校」てことよ。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/18(金) 21:09:03.51 ID:QRFL625Y0.net
日本の将校はダメだが、ソ連の将校=オレ様は優秀だと

312 ::2015/09/19(土) 01:34:46.39 ID:hEIwdi3b0.net
>>310
日中戦争を泥沼化させて、そちらへ兵力を割かせた
海軍とマスコミが悪いんだが?

日本はバカ海軍によって兵力を分断される不利な状況で
ソ連は独ソ不可侵条約によって兵力を極東に集約できる有利な体勢。
関東軍はその不利な体勢で互角に戦ったのに
関東軍将校のどこがだめなんだ?
ふざけるのもいい加減にしてくれ海軍信者は。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/25(金) 19:03:54.86 ID:H/em6IbKO.net
圧倒的不利な体制で戦ったからいけないんだろ。
ジューコフも十分な兵力がそろうまでずっと守勢に回ってたのに。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/12/02(水) 08:28:25.01 ID:1MJVJAgl0.net
>>264
>日本が弱かったおかげで独ソ不可侵条約は成立するし、

それは違うよ。ソ連は戦争中にびびり出して、ドイツに和平仲介を依頼したんだよ。
その見返りに、ドイツが申し入れてきていた不可侵条約に、それまで消極的だったのに
応じることにしたんだよ。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/12/02(水) 08:32:13.11 ID:1MJVJAgl0.net
ソ連軍はノモンハンで細菌戦を仕掛けていた!

731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)10・飛行機細菌作戦の怪5・「関東軍防疫給水部」の任務と活動状況・『ノモンハン戦場日記』・『ノモンハン事件の真相と戦果 ソ連軍撃破の記録』
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/13519895.html

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/12/04(金) 09:56:32.16 ID:J5nPfPaN0.net
>>292
お前がいくら泣いても、ソ連は日ソ中立条約で満州国を承認している。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/12/04(金) 12:42:51.41 ID:CJtDFpXd0.net
             日本版イスラム国=日本海軍

広島司令部の畑俊六司令官。広島司令部に原子爆弾をぶち込んだ時、こいつだけ民間地帯の広島駅に逃げてて助かった。
こいつの出身が福島。日本側も原子爆弾投下を事前に知ってたのは明白だね。
https://twitter.com/SyntaxUGS/status/663013454584881153

「1532」

戦後作られた「海軍善玉論」神話(海軍は、ずっと平和主義者だった。悪いのは陸軍だった、という歴史の捏造。)。
海軍の“海軍反戦トリオ(米内、井上、山本)”は、戦後の創作(でっちあげ、虚構)であり、彼らは始めから敵と内通していた英米派だった。
海軍は、陸軍とは断固協調しないで、日本を始めから戦争に負けるように仕向けたのだ。

米内(光政、よないみつまさ。開戦時もずっと海軍大臣だった。こいつが軍人では最大のアメリカの手先。
極東軍事裁判でも、絞首刑になったのは、東條英機以下6人陸軍ばかりで、あと一人は外交官の広田弘毅=ひろたこうき=だ。
海軍は、ひとりも死刑になっていない。起訴さえされていない。このことのおかしさを、日本国民は、真剣に考えなければいけない。

南雲忠一(まぐもちゅういち)、栗田健男(くりたたけお)(聯合艦隊司令長官)ども!!!許さん。
それから、航空隊の司令官の、源田実(げんだみのる。戦後もずっと自衛隊代表で、参議院議員をやっていた)。
お前たちも、心底、怪しいのだ。始めからアメリカとつながっていた、スパイ軍人どもだ。

ミッドウエー海戦という決定的な敗北を喫した。山本は、ずっと呉(広島)の戦艦大和の艦橋に居て、無線で指令を出していた。
無線封止(むせんふうし)さえしていなかった。これらはすべて露見している。
ミットウエー海戦で敗退したあとも、山本を連合艦隊長官から罷免せず、単に海軍内の庇(かば)い合いだけをした。

本当は、ミッドウエーには、戦艦大和 が先導して、空母艦隊を守りながら、戦闘(海戦)をするべきだったのだ。
この時の、「飛龍」艦長、山口多聞少将(第2航空戦隊司令官)の戦い方と死に方こそは、帝国海軍の軍人の鑑(かがみ)である。
「私たち海軍は、平和主義だった」などと、よくも、アメリカの奴隷になった軍人どもは、言えるものだ。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/13(土) 15:07:33.98 ID:kfyPy4N20.net
モンゴル人の知り合いが
「ノモンハン事件」じゃなくて「ハルハ河戦争」だと言ってた
日本ではあれは、戦争ではなくて「事件」だと教えているのかといって
憤慨していた

モンゴルがロシアに手伝ってもらって日本と戦争したということらしい

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/13(土) 16:06:09.65 ID:AtyP5RVQ0.net
戦争と事件(事変)。将校は事変だと「危険手当、出張手当」が出た。その他は
なし。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/13(土) 19:00:24.13 ID:GAHAJGoO0.net
モンゴル国にすれば建国後最大級の対外戦ですからねえ。
モンゴルと日本支配下の満州国との国境紛争だから、モンゴルが主役でロシア(ソ連)が手伝いと言うのも正しいし。

それと、日本は不戦条約に参加してたから戦争と呼ぶわけには行かなかったんですよ。
日中戦争も誤魔化しようの無い戦争である太平洋戦争勃発まで事変扱いでしたから。
そして比較的短期に終わってるので、満州事変同様、事変扱いのままでいた。
モンゴルは不戦条約に参加してなかったから戦争とするのに支障が無かった。

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/13(土) 19:43:00.14 ID:kfyPy4N20.net
知ってます。
ちゃんと、不戦条約について説明しました。
ただし、日ソの死傷者数とモンゴル軍のwikiの死傷者数を見て
「間違ってる。ありえない」と言ってました

1990年以降の資料で、あれは大きくは間違ってないよというと
モンゴル軍はなんで死んで内の?と言ってました

軍の規模が小さかったからじゃね?というと
勝気な知人は、さらに憤慨してましたw

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/13(土) 21:02:14.82 ID:aPYGq4YP0.net
>日中戦争も誤魔化しようの無い戦争である太平洋戦争勃発まで事変扱いでしたから。

「戦争ではない」と強硬に主張したのは中華とそれを支持した米だけどな
米が中立法を改定するまで頑なに認めなかった
米が中立法を改定した後は日中両国共に呼称に拘る理由がなくなったが

と言っても元々米は中立法なんか有名無実で軍需物資を欧州には輸出していたりする
真珠湾以前もWWU以降も開戦前の宣戦布告なんか厳格に守る気は全くない
米主導のWGIPに平成時代の子供が未だに囚われているのは、ある意味不憫だね

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/16(火) 07:56:50.61 ID:5lJMFw/j0.net
デンパさんの世界では常に「日本以外のせいだ!」なんだなあ

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/16(火) 19:48:32.15 ID:BkE4TXV50.net
まぁ高校教科書レベルじゃ日米経済史は分からないし
年表もアバウトだからなぁ

日本の教科書なんか読んだことない可能性もあるしw

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/18(木) 08:58:25.52 ID:uxvkEskb0.net
>>322
>「戦争ではない」と強硬に主張したのは中華とそれを支持した米だけどな
論点がずれてる。
論点は日本が「戦争じゃない」と言ってたかどうかであって、中米がどう主張してたかは関係ない。

>米は中立法なんか有名無実で軍需物資を欧州には輸出していたりする
仏印進駐までは日本にも輸出してたよ。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/18(木) 14:55:27.41 ID:4iTK/u/B0.net
>「戦争ではない」と強硬に主張したのは中華とそれを支持した米だけどな

奉天事件の勃発から戦争の終わりまで、日本の歴代内閣は、
中国における敵対行為が戦争であるということを認めるのを拒んだ。
かれらは執拗にこれを『事変』と呼んだ。それを口実として、
戦争法規はこの敵対行為の遂行には適用されないと軍当局は主張した。

極東国際軍事裁判

ノモンハンも同じ論理で「事件」なのかと思ってたけど違うの?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/18(木) 19:28:22.13 ID:uTIjXgOA0.net
◆台湾人の顔面


淡褐色、広鼻、突顎、タラコ唇


ラオスっぽいような、ポリネシアっぽいような、

つか、ハノイですね〜

実にハノイ!

https://www.youtube.com/watch?v=5bE6lSX4yK0
http://www.gmjh.tc.edu.tw/mediafile/1040/active/288/2014-11%5C2014111413041_0.jpg
https://www.immigration.gov.tw/public/Attachment/3521157552.jpg
http://a.udn.com/focus/2015/10/02/12959/image/pic01.jpg
http://www.ksnews.com.tw/upload/2014-04-20_20b06004_.jpg
http://static.ettoday.net/images/793/d793043.jpg
http://img.chinatimes.com/newsphoto/2015-05-18/656/20150518003862.jpg
https://anntw-prod.s3.amazonaws.com/assets/images/000/001/732/big/HBL.JPG?1385383160
https://i.ytimg.com/vi/9YL_k_JZ_dI/hqdefault.jpg
http://www.on9g.com/cn/customavatars/66275.jpg
http://bibibi.info/w/wp-content/uploads/2012/01/20120108-00000521-san-000-0-view.jpg
http://news.xinhuanet.com/school/2010-03/04/xinsrc_222030704080396881592.jpg
http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/95/0000035795/99/img6388079azikazj.jpeg
http://www.cgsh.tc.edu.tw/ezfiles/0/1000/pictures/135/part_1782_1498989_22472.jpg

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/18(木) 20:35:06.36 ID:ObSRimd+0.net
>>326
「事変」だと将校だけお手当てがでたんだ。軍人が公務員化して勝敗
は関係なく、お金がでた。帝国陸軍も金稼ぎ団体になったら終わり。
そして終わった。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/19(金) 21:31:49.84 ID:xdapOUC40.net
>328
何か自演臭いがバカなコピペに反応するなよ…
日米開戦直後に國府は日本に宣戦布告しているし、それを受けて日本もシナを含めて戦争であると閣議決定している

322の論点ずらしといい直近のレスは全て、かくあらねばならないという演説ばかり
それも昭和の頃から日教組が主張していた史観のコピペ

年寄りが昔覚えた一つ話は平成の世では通用しないよ

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 11:50:48.04 ID:gjGJV1S00.net
>>329
日米開戦後は国府は日本に宣戦布告したので、「戦争」でありお手当は少なかった。

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 14:08:07.68 ID:1HpJSYRz0.net
>>329
平成はトンデモさんが増えただけw

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 15:38:32.22 ID:S+N77nkl0.net
>>330
ハイパーインフレでお金なんか紙屑になったのだから
お手当なんて意味ないわ
慰安婦の軍票じゃあるまいしw

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 15:40:33.23 ID:S+N77nkl0.net
23万人投入されて5万人死んだのと
5万人投入されて2万死んだのとだったら

23万人投入したソ連の圧勝とやっぱり言えるんじゃないの?

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 20:52:21.24 ID:gjGJV1S00.net
>>332
ハイパーインフレ、軍票が0円になったのは20年8月15日戦争に負けて職業軍人がいなくなってから。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/20(土) 21:32:46.76 ID:gjGJV1S00.net
ノモンハンのソ連の戦車ってカッコいい。やっぱし負けたんじゃないの。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/21(日) 14:33:25.12 ID:0Pw9i7LE0.net
>>334
途中で慰安婦やめて軍票換金して家立てた勝ち組慰安婦っているの?

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/21(日) 20:38:16.30 ID:0Pw9i7LE0.net
>>335
ノモンハンの生き残りから話聞いたことないの?
そのかっこいい戦車に踏み潰されて何千人も命を落としたんだよ

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/21(日) 23:28:00.86 ID:HHs0dfEJO.net
満州国軍・関東軍(大日本帝国陸軍)VS外蒙古人民軍・ソ連労農赤軍(ソ連陸軍)

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/22(月) 20:27:57.15 ID:/G8fVGqC0.net
>>336
慰安婦では聞いたこと無いが職業軍人はシナ事変で儲けて大きいうち持ってる人
沢山いる。軍都だった仙台、弘前、松本等々にお城(師団があったところ)の近辺
に昭和50年ごろまで古い立派な家が沢山あった。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/22(月) 20:30:07.88 ID:/G8fVGqC0.net
>>334
 だから負けたんだよ。

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/22(月) 20:56:41.15 ID:77kNNqZi0.net
負けたけど、ソ連軍の方がもっと死んでたというのが
1990年以降判明して、びっくりポン

342 :代理屋 ◆XFizselqIb3B :2016/02/24(水) 19:42:25.60 ID:Glx/p5Mx0.net
>>341 & >>1
戦死者ベースで勝敗を考える発想は、お子さま的戦争観ですよね。
その戦争観でいえば、ベトナム戦争は米国の大勝利ということに。

そもそも本質的に現地軍の独断専行許した時点で「負け戦」。
文民どころか軍内部の意志一致の図れぬ状態では「大戦略」など立てようなし。
じっさい日独での対ソ挟撃の妄想は、毒素不可侵条約で霧散した。

対する敵はスパイ工作をとおして日本側の内情を熟知したうえで
物量作戦を展開。戦車に肉弾攻撃は悪い冗談で戦争とは呼べません。

あれを「勝った」かのように語る言説が登場すること自体、
戦争風化の証左に思え危機感を覚えます。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2016/02/25(木) 13:40:03.86 ID:rI3CQ3xy0.net
でも敵の領土を一部分捕り、敵側は自国領から一歩も出ず、そのうえ多大な損害を与えていたのだから日本の勝ちと言っても間違いでは無い

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2021/06/19(土) 04:24:51.40 ID:pvFTReBiT
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

日本軍の戦車と装甲車は36台しか破壊されていない。
しかし、ソ連軍の戦車は800台以上撃破されている!
何故か!?8割のソ連戦車を37ミリ対戦車砲が食い止めたからですね!(^^)wwwwww

当時の陣地というか、PAKフロントの形勢の有無を確認したいのだが・・・

もちろん、普通の国は敵の戦法から学びますから、後のクルスクの戦いにおけるPAKフロント形勢へ於ける、大勝利へつながったのかもしれませんね!(^^)wwwwww

米軍は、日本の機動部隊から戦訓を学び、ソビエト・ロシアは、ナチス・ドイツの電撃戦から多くの戦訓を学んだ!
(まあ、朴李ってことで・・・今の自衛隊は諸外国から学んでいますか?(^^)wwwwwwwww

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2021/06/19(土) 04:33:10.47 ID:pvFTReBiT
その当時は、ドイツとソビエト・ロシアの技術交流、資源交換が盛んだった。

ドイツは、戦車や戦艦等の図面を渡して、全面協力を行ない、スターリンは大量の物資をナチス・ドイツへ無償提供していた。

そのため、ソビエト・ロシアの西部戦線はがら空きへしてもダイジョウブな状態だったので、シベリアでの対日戦へ熱中する事が出来ました。
それでも、日本軍(関東軍&満州帝国軍)の激烈なる抵抗によって、日ソ不可侵条約にまで、結び付ける事が出来たし、実質、ソ連へ大使館を、満州国へ置かせるなど、満州国の存在を認知させた戦果もありますね!(^^)wwwwwww
その後の関東軍特別演習(関特演)も、相当、スターリンへ脅威を与えています!

しかしねえ、ドイツの対ロシア協力は、「日中戦争を止めて欲しい!」という所が本音だったのではあるまいか?

ドイツは、日本と中国、両方と友好的だったし、将来的には、日本と中国が共同で北進してロシアをドイツと共に、東西から挟み撃ちして、殲滅する予定だったらしいですね!(^^)wwwwwww

ナチス・ドイツの友好国同士(ハンガリーとルーマニア)が潰し合う事は、Global warの観点から見ると、あまりに情け無い形でしょう・・・

当時の日本は、地域の利権と勝利へのこだわりにばかり執着し、結局「グローバル・ウォー!」という視点を遂に持てませんでした。
「亡国日本の悲しみ!」

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2021/09/26(日) 22:47:48.57 ID:NO+w7oLGn
ウクライナ 大使館襲撃!暴挙です!(^^)wwwwwwww
https://www.trt.net.tr/japanese/shi-jie/2020/07/16/azerubaiziyanhenozhi-chi-biao-ming-hou-nizai-arumeniaukurainada-shi-guan-gaxi-ji-1456006


ロシア兵の弱さについての報告です!!!!!!!(^^)wwwwwwwwwwwwwww
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

日ソ、ノモンハン戦争

日本軍に投降するソ連軍戦車BT-5、白い布を持っている戦車兵A・I・ゲラジモフは捕虜交換で帰国後、懲役10年の刑を受け、降参した仲間たちと共に強制収容所へ送られた。
結局、彼らは、第二次世界大戦を生き延びる事を出来たのだろうか?



ノモンハン戦争全体で行けば、日本軍の戦車及び装甲車の損失は僅か36台であるのにも係わらず、ソ連軍の戦車装甲車の損失は最低でも400台、最高でも800台に上ると言われています!!!!wwwwwwwwwwww
ソ連、ロシア死ねよ!!!!!!!!!!

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2021/12/02(木) 21:22:00.70 ID:qjYoolbvB
age!!!!!!!

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2021/12/06(月) 16:42:44.95 ID:LeNf++Pv9
https://twitter.com/KorsunskySergiy/status/1466625321219026946
まつやま@旅人さんがリツイート
セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使
@KorsunskySergiy
12月3日
ロシアがウクライナに対する重要な攻撃的な動きを計画しているという証拠が増えています。
この計画には、ウクライナを内部から不安定化させる取り組みと大規模な軍事作戦が含まれています。
ロシアが許可され、罰せられない場合、東南アジアで力による現状の次の変化が起こる可能性があります。

総レス数 348
178 KB
掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★