2ちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【三十一谷人】福沢諭吉について(其の12)

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/09/30(水) 21:23:28.70 ID:5XE9rUMm0.net
>>85
「蘇峰は明治一五年(一八八二)の夏に、慶應義塾生で従兄弟の江口高邦の紹介により、
諭吉と面会している。『時事新報』創刊半年後、壬午軍乱が起こった時期のことで、『蘇峰
自伝』には、「予は平生福澤翁の立言に余り多く感心せず、特に当時翁が官民調和論を
唱へ、姑息の妥協論を主張するかの如くに考へられて、頗る不満であつた」(一八八頁)
とある。そして実際にもその三年後、蘇峰は思想上の父・天保の老人福澤諭吉を、倒す
べき最大の敵とすることで論壇へのデビューを果たしたのだった。」(平山洋著『福澤諭吉』
363頁)

蘇峰の親父である徳富一敬が属していた肥後実学党と諭吉は維新前から協働していたらしい。
肥後藩と中津藩は日田を介して隣り合っているからね。

総レス数 238
247 KB
新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver.24052200