2ちゃんねる スマホ用 ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

意識のハードプロブレムの答え10

1 :時計 :2021/06/03(木) 19:09:24.35 0.net
1の考え。
客観はある種の主観である。
意識は根源的であり、科学を説明する。
科学は意識を説明するというよりは、意識は意識自身を説明する。
そして、他者の意識に関しては、それは存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側である。

意識のハードプロブレムの答え9
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1617317718/

2 :時計 :2021/06/05(土) 10:29:13.59 0.net
階層の存在とは、例えば色です。
コンピュータディスプレイはRGBの色の配列です。
人の目には所謂色として映ります。
それは粒度の違いではないでしょうか。
階層の異なりは粒度の異なり、そのように思います。
そこに創発の概念は必要ありません。

3 :時計 :2021/06/05(土) 10:29:49.44 0.net
>>2は前スレ最後からの続きです。

4 :時計 :2021/06/05(土) 10:47:25.86 0.net
>>2
様々な学術は様々な粒度を持つと思います。
意識が創発するなどは極めてナンセンスです。
意識はあらゆる階層に関わります。

5 :考える名無しさん:2021/06/05(土) 11:30:12.52 0.net
>>4
識別システムだからね

6 :超球面論理 :2021/06/05(土) 12:07:40.56 0.net
創発とは、和ではなくて積ですね。
さらには冪もあります。
単純に「和」のレベルの「意識」もあるでしょうが、
「冪」のレベルで創発した「意識」こそが、意識として求めているものです。

「冪」の段階の創発であれば「忘却」が可能になるので、なかなか便利ですw
「積」も「忘却」に近いことができるけど、「冪」には敵わない。

7 :考える名無しさん:2021/06/05(土) 13:37:43.66 0.net
私は、算数や数学は義務教育レベルから放棄していたので、数学の隠喩に
ついて語ることはとても危ういのですが、隠喩として用いる場合でも、
和と積と冪は、そのように互いに別々のものとしてではなく、数学に
おけるそれらの相互の関係になぞらへて考えた方がいいのではないか、
と思っています。

「創発」という表現がどのような意味で用いられているにせよ、現象の
変化はまずは、和のように量的なもの/"quantification"としてよりも、
積のように質的なもの/"qualification"と感じられるのではないで
しょうか。それは、「高い/低い」、「重い/軽い」、「強い/弱い」の
ように直ちに数量化が可能であると感じられるような場合でも、
そうなのではないかと思われます。「何かが質的に変わった」という
認識がまず生じて、それが、例えば、「重い/軽い」の変化であっても、
それは、単に和として「重さ」が加わったということではなく、
現象に質的な変化をもたらす「重い/軽い」という現象の特性に
おいて「重さ」が加わったと「量的に」認識することが、現象の
「数量化」なのではないかと思います。そのような関係性で隠喩を
用いた場合、その量の変化において「重い/軽い」という特性は、
冪として表現されることになるのではないでしょうか。すると、
現象に何か新たな質的な変化が現れて、それがまだどのような
特性の変化によるものか明確でない場合、その変化は、当面、
量的には表現され得ず、その質的な変化をもたらす新たな要因
が特性として冪に加わったこととして、つまり、それが特定
されたなら数量化が可能になるかもしれない、冪における
新たな要因の和としてイメージされるのではないでしょうか。

8 :考える名無しさん:2021/06/05(土) 13:56:12.08 0.net
経験の質的な変化をどう捉えるか、でしょう

9 :超球面論理 :2021/06/05(土) 15:15:20.89 0.net
どちらかといえば、相転移のような個体・液体・気体・プラズマのような、
不連続な相変化が創発に近いのかもしれません。
ベイトソンの学習階層に従えば、学習の階層も創発かもしれませんね。
「意識」にも、このような不連続な変化(階層)があるとして「無」から思考実験しております。

10 :超球面論理 :2021/06/05(土) 16:05:58.17 0.net
「無」は「存在」しませんから、この世界は「無」ではありません。
「空」は「存在」する「無」であり、「色」の一種ですw
「無」が尽きること無く「否定」され続けるということが「空」でしょうね。
なにしろ「無」は尽きませんからw
そして、「時間」や「空間」がないとすれば、「否定」のみが残ります。
「否定」が「有」であるとすれば、それも「否定」されて「無」となり、
「無」も「否定」されて「有」になります。
「時間」がないとすればこの有/無は重ね合わせの状態にあり、それ自身が時空間の素でしょう。

11 :考える名無しさん:2021/06/05(土) 16:12:03.87 0.net
「ゆめ(夢)」も「まぼろし(幻)」も現実に存在しますよね。

12 :考える名無しさん:2021/06/05(土) 17:59:02.53 0.net
>>9
そもそも、成果や効果として認識されるものが全般的に「相移転」的な
現象ですよね。例えば、単純に庭の草むしりのような作業にしても、
その成果として認識されるのは、単純に抜いた雑草が抜いた分だけ減る
ということではない。雑草を抜くことによって植物の生育環境が変わり、
それまで生い茂っていた雑草が生えにくくなる。栽培植物を育てて
いるのなら、その育てている植物の成長に有利なように環境が変わり、
その効果が目に見えて現れる。

13 :超球面論理 :2021/06/05(土) 20:42:08.01 0.net
草むしりですら、創発あるいは創発に近い相転移とすれば、
創発に近い現象は巷にあふれていますね。
ま、創発になると、単なる相転移ではなく能動的ななにかが発現するんでしょうけどね。

14 :超球面論理 :2021/06/05(土) 20:53:00.67 0.net
連続的な世界でなく、一変した世界というのが創発的であるのかなと思います。
初等カタストロフィー理論におけるカスプがありますね。
これを「弁」のように考えるなら、同じ道からは後戻りできない。

15 :超球面論理 :2021/06/05(土) 20:59:14.80 0.net
そうか「カスプ」か。
可逆的時間にもなんらかのカスプのようなものができれば、別の流れができる。
可逆的な時空間にある「(正)空」/「反空」からなにかを創発させるのはそのような機構でしょうね。

16 :でこすけ:2021/06/06(日) 07:34:05.13 0.net
>>前スレ991
個人的にはここでどのようなものを物質として想定しているのかが気になるところです。
たとえば私たちはそれをどのようにして認識するのでしょうか。
もちろんハードプロブレムも関わるところです。

>>前スレ992
言葉じりで恐縮ですけど、
物質というのは「神経系の機能による働き」ということでしょうか?
また「時間・空間的諸現象の実体である身体(神経系)」というのは
物質でしょうか?精神でしょうか?必ずしも物質とは限らない気がします。
そして992さんのその答えについて
その様にお考えになる根拠も気になるところです。

>>前スレ994
「それを言っちゃぁおしまいよ」というやつですね。
元ネタがわかりにくいでしょうけど。

>>前スレ996
このレスもやがて時間の中に埋没していくのでしょう。
哲学をする意義が垣間見えるところだと思います。


ちなみにですけど、
>991と>992は解釈によって同じことを言っているようにも思えますし
違うことを言っているようにも思えます。
つまり同じ人かもしれませんし、違う人かもしれません。
私はそこを(何らかの記号で)識別できるようにしておいた方が無難に思いますが
いかがでしょうか。
ちなみにニセモノが現れても文脈からニセモノだと解るというメリットもございます。
創発が起こるのです。

17 :でこすけ:2021/06/06(日) 07:43:33.33 0.net
>>前スレ998
私としても一方で言葉に音節、単語、文節、文章…のように階層があり、
また一方では物体に基本粒子、重粒子、原子、分子…のような階層があって、
これらのことがたまたまかどうか始めは見極めがつかなかった、
むしろ漠然と関係ないと思っていたのですが、
今ではどちらも「主観が生み出す構造」として
つまり同じこととして理解し得ると考えています。
これはただの解釈というレベルではなく、
音なり素粒子なりが実際に成立するメカニズムが基本的に同じという意味です。
私はすべてのことは主観(間主観)の内部で起こることだと考えます。

ただ時計さんの懸念の本質はこのレスの三行目のような気がします。
私も何で何で坊やの端くれとしてもっと突き詰めさせていただきたいところです。
いかがでしょうか。


ちなみに世界の開闢が創発であるか否かについては私は微妙だと考えます。
創発は何も無いところには起こらない建前があるためです。
開闢が創発であるのならば、世界には初めから何かがあったことになります。

18 :時計 :2021/06/06(日) 09:02:15.45 0.net
>>17
創発をWikipediaで調べると、こうありました。

「創発」は主に複雑系の理論において用いられる用語であるが、
非常に多岐にわたる分野でも使用されており、時として拡大解釈されることもある。

これは私の考えに近いです。創発という一般性のありそうな用語が気になります。

19 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 09:53:41.68 0.net
https://kotobank.jp/word/創発-552975

>「創発」とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として
現れること。物理学や生物学などで使われる用語「emergence」(発現)が
語源で、自律的な要素が集積し組織化することにより、個々のふるまいを
凌駕する高度で複雑な秩序やシステムが生じる現象あるいは状態をいいます。<

「創発」や「emergence」(発現)という表現が、このように用いられている
のであるとすれば、「創発」というのは、日常的な日本語の表現にするなら、
「化(ば)ける」ということになるでしょう。

哲学は、伝統的に「同一性」についてずっと議論をつづけてきましたが、
「同一性」を「化(ば)ける」こととの関連で深く考えることを怠ってきた
のではないかと思います。「ば(化)ける」というのは、例えば、
「最後の晩餐」において、
>イエスはパンを取り、「これがわたしのからだである」といい、
杯をとり「これがわたしの血である」といって弟子たちに与えた<
というような「奇跡的」なイメージと結び付いていたわけですから、
哲学は、神学から離れようとする取組みにおいて、合理主義的な科学の
側につくという立場を明確にするために、「ば(化)ける」という
合理的にうまく説明がつかないように見えることは、問題として
取り上げること自体を避けたのでしょう。これは、例えば、
錬金術が、単に、金ではない別の物質から金を作り出すことができる
かという問題ではなく、専ら魔術的な秘儀のようなイメージと結びつく
ことになったことにも見られ、哲学と科学の関係にしても、哲学と
物理学の関係について議論しようとする哲学者は大勢いるのに、哲学
と化学の関係については、ほとんど誰も取り組んでいるようには
見えないことにも反映されているのではないかと思います。

20 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 10:13:20.22 0.net
>ちなみに世界の開闢が創発であるか否かについては私は微妙だと考えます。

「創発」というのは、それを「ば(化)ける」こととして見るなら、まずは
結果として現前するものでしょう。どうして「そうなった」のか、合理的な
手続きとしてはまだ、うまく説明がつくよう("accountable")にはなって
いない現象として現前する。そこで、これは、物事はすべて「『なる』ように
『なる』」、「『なるようにしかならない』、『中動態』が本来の在り方
である」と言って済ませてしまうなら、それは、「結果論」による責任追及と
対極をなす「結果への開き直り」にしかならないでしょう。

21 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 10:39:58.18 0.net
「ば(化)ける」ことについて、一例として「日本語の起源」について考えてみるといい。
既に繰り返し指摘したきたとおり、後に「日本語」として独自に発展する
こととなる「日本の基礎」は、中国語から生まれた(ここで、「生む/生まれる」
という対比でみれば、「生まれる」というのは受動態であるように見えるが、
表現の用法としては中動態的でしょう)。したがって、中国語なしには、
「日本語」は生まれなかったと言っても過言ではない。にもかかわらず、
日本語は、中国語系統の言語ではない。謂わば、日本語は、中国語の表現の
自由自在な流用が生み出した「化け物」である。

22 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 11:14:50.28 0.net
中国語の表現を、中国語と呼べる体系に即して用いることのできない話者が、
にもかかわらず、中国語の表現を、それが何らかの一貫した体系に照らして
通用するものであるかの如くに流用してつか(使)ふ。これは、謂わば、
「擬態」としての中国語の表現の用法であり、それによって相手を
「ば(化)かそう」とすることである。その相手が、そのような流用に
「ば(化)かされまい」としてその「擬態」を拒絶したなら、「日本語の基礎」
が生まれることはなかっただろう。しかし、実際には、試しに「ば(化)かされ」
てみることが役に立ったため、その「擬態」が「ば(化)かし、ば(化)かされる
ことの相互性」の有用性として確立された。そのようにみづから(身づ柄/
自ら)に役に立つ/つか(仕/使)へるものとして進化させらつづけた「擬態」
としての中国語の表現の流用が、中国語の体系的な規範とはまったく
無関係に、みづから(身づ柄/自ら)が継続的につか(使)ふ言語の用法となった
とき、結果として「日本語」が現前し、「日本語」が成立したと言うことができる。

23 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 11:25:12.13 0.net
>数学におけるホモトピー (homotopy)とは、点や線や面などの幾何学的対象、
あるいはそれらの間の連続写像が連続的に移りあうということを定式化した
位相幾何学における概念のひとつである。<(Wikipedia)

歴史言語学も、喩えるなら、数学におけるホモトピーのような関係を追求して
諸言語の系統的な関係を確立することばかりに専念しているから、言語の
使用に本来的である「擬態」をうまく扱うことができない。

24 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 14:47:05.68 0.net
>>16
明示する目的なら物でいいですが、そうでない時は、どのような物も物質として想定されていると思います
物を認識する時点でその物の質感や感覚がセットなので。
どのようにして認識するのかについては、誰もが視覚や触覚などの感覚神経で認識しているのではないでしょうか。

重ねてになりますが物質は、精神的要素(質感)の実態という側面と 時間・空間的諸現象の実体である身体を場とする
神経系の機能の側面との重ね合わせ(実態と実体)を認識して、はじめて物質足りえると思います。

文章の途中でちょんぎられてしまってるので、擬似問題でしかありませんが、「時間・空間的諸現象の実体である身体(神経系)」
という文だとしても、時間・空間的諸現象は精神的要素に依存した質感や感覚的な実態で身体(神経系)が諸現象の実体、
つまり実在するという認識ですので、物質と精神は切っても切れない間柄ということになります。

ちなみに前スレ991・992どちらも私の投稿です。

25 :時計 :2021/06/06(日) 16:44:10.76 0.net
>>18
Wikipediaを見る限り、創発説は、
数学的に分析することの極めて難しい現象は存在するということを
主張しているに過ぎないと私は考えました。

26 :前スレ976:2021/06/06(日) 16:53:34.97 0.net
前スレ>>993
「完全な無」自体は何か想定しているようで、
実は何の意味もなさない、ただ統語論的に成立しているだけの
無意味な言葉だと個人的に思っています。
つまり、人間が想定している「完全無」は厳密には錯誤だということです。

27 :時計 :2021/06/06(日) 17:06:09.23 0.net
>>26
0こそ無理数だという考えがふと頭を過りました。

28 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 17:06:34.70 0.net
辞書には
要素間の局所的な相互作用が全体に影響を与え、その全体が
個々の要素に影響を与えることによって、
新たな秩序が形成される現象。
とありましたね。
基本的な単語の意味から外れた世界観に
創発という言葉を当てはめることによって、自然に新たな秩序が
形成される現象が起きてくれる訳ではないので
よくわからない単語を多様するのはどうかと思います。

29 :超球面論理 :2021/06/06(日) 17:24:12.07 0.net
「完全な無」などなく、「無」と「語る」ことで不完全になってしまうw
わたしの場合、「無」とは「語られることを拒否するもの」であり、なんらかの表現/指示などを拒否するものだ、
と考えたことから、「無」をNOTオペレーターとみなしております。

NOTオペレーターがただひとつである、ということから1ビット時空間を導出することまではできましたが、
その先が不透明です。
多ビット化や連続体のようなものをどこに求めるか。
簡単にいえば次元の拡大の問題ですね。
「創発」というものもこの次元の拡大にあります。
直交補集合(補空間)をどうやって自然に発現させるか。
とすれば、否定オペレーターではなく直交オペレーターと表現したほうがより的確なのかもしれません。
直交の直交とすれば「拡大」します。
否定の否定では、空間が広がっていない場合は元に戻ってしまいます。
元に戻った(行って帰ってくる)ときになんらかの位相差がなければなりません。

30 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 17:32:15.42 0.net
語るしか無いのが語りなわけで、語りだけで実証できないならむしろ完全な無でいいんじゃないの

31 :超球面論理 :2021/06/06(日) 17:33:46.25 0.net
ベイトソンの学習階層は、新たな秩序ですね。
すべてのモナドは関手の随伴対から得られる(クライスリ圏を参照)。

32 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 17:41:59.26 0.net
>>28
「創発」と見なされる現象は、結局のところ、"retrospective"に
そう認識されているのですよ。ところが、人は、いつでも、
"prospective"に語りたがる。そうすると、「複雑系」科学とか
言いはじめて、あたかも"prospective"にそれを実現する手続き
を規定できるかのような錯覚に導かれる。

33 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 17:48:29.00 0.net
実際のところは、試行錯誤を繰り返しながら、「どうしてそうなったのか」
を探るしかないのです。

34 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 18:04:03.40 0.net
「創発」にもっとも近い概念は「ボトムアップ」下意上達です。ボトムアップはトップダウンの対義語であるように、創発の対義語は「意図」です。したがって、創発の条件は、まず現場発であることが挙げられます。
次に、意図的ではない、というのが2つ目の条件です。

個人的にはこの説明がすっと入ってきますね、そもそも哲学的な思想を語っている時点で意図的満載なんですよね。
そもそも物理学や生物学などで使われる用語「emergence」(発現)が語源で、自律的な要素が集積し組織化することにより、
個々のふるまいを凌駕する高度で複雑な秩序やシステムが生じる現象あるいは状態の事ですし
確かに実現する手続きを規定できるかのような錯覚しか生じないでしょうね。

35 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 18:26:15.47 0.net
重要なのは、作用としての「する/される」と結果としての「なる」の
関係を省察することでしょう。このように「した/された」から、
必然的にそのように「なった」ということではないが、どのように
「した/された」が、どのように「なった」ということと無関係で
あるわけでもない。所与の条件下でどのようにか「する/される」
ことが、どのようにか「なる」結果と強く結びつくことが見出される
なら、その関係性が追求される。ただし、「所与の条件」という
のは、原理的に無限定であり、その変化が結果に影響する限りに
おいて制御されるのであって、一定である限りで「不在」である。

36 :超球面論理 :2021/06/06(日) 19:05:34.89 0.net
創発って、ま、ようするに不連続的進化(変化)ですよね。
そこには(初等)カタストロフィがみられる。
これをクライスリ圏とみなせば、自然のプログラミング...

37 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 19:15:10.65 0.net
「所与の条件」というのが原理的に無限定とはどうしてでしょう?
おつむてんてんの私でも解るように説明して頂けると助かります。

38 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 20:09:51.16 0.net
残念ながら、おつむてんてんでも解ることはありません

39 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 20:12:33.81 0.net
>>36
だから、それは、複雑系科学で"prospective"に手続きを確立することができる
と考えるような錯覚なのですよ。

40 :考える名無しさん:2021/06/06(日) 20:20:30.11 0.net
>>37
敢えて言うなら、条件は同様であるはずなのに結果が異なることから、
条件として何が違っていたのかが探し求められる。

41 :考える名無しさん:2021/06/07(月) 05:28:12.95 0.net
>>35
それ「所与の条件」ではなく
「所与の問題」です。
おつむてんてんになった原因判明

42 :考える名無しさん:2021/06/07(月) 07:16:28.47 0.net
所与の条件として探し求められる問題でしょう。

43 :でこすけ:2021/06/07(月) 09:05:07.63 0.net
>>2
「粒度」にはレベルがあることが前提になっていると思いますが
私のかんじではそれは発生過程でだんだんに上位を獲得するもの
のような気がします。
私の肉体は以前認識上でたとえば受精卵だったときがあり
私はその頃からすでに原始的な意識はあったと考えているわけですが
その時はそのときなりの粒度があったろうと空想するのです。

私ごとで恐縮ながら時間の都合があり
詳細はまた改めて展開してみたいところです。
生命の進化などにもかかわりそうな気がします。

44 :考える名無しさん:2021/06/07(月) 10:39:01.76 0.net
中動態について言えば、日本語の古語で自発を表す助動詞とされる「ゆ」
は、万葉仮名からも類推されるとおり、中国語の「由」や「俞」に関連する
発音の表現を流用したものであると私は考えているが、フランス語の
表現と対比してみると、フランス語では、「ゆ(結)ふ」ことを意味する
《nouer》が先で、それをひっくり返す《dénouer》が「(ゆるめて)解く」
ことを表現するのに対して、日本語では、「ゆ」が、「ゆるむ」に見られる
とおり、「(解けるように)『ゆる』む」ことを先に表現し、それを
ひっくり返す「ゆ(結)ふ(復/覆)」が、フランス語の《nouer》に対応する
ように「ゆ(結)ふ」ことを表現していることが分かる。

45 :考える名無しさん:2021/06/07(月) 11:29:42.93 0.net
>>44
フランス語の《dénouement》という表現が、事態の「中動態」的な結末を
表現するように用いられることから見ても、この対応関係の解釈は妥当だろう。

https://www.cnrtl.fr/definition/d%C3%A9nouement

46 :いい湯だな:2021/06/07(月) 20:16:20.47 0.net
《dénouement》としての「湯(ゆ)」
と言ってみると、うまくイメージがつかめる。

47 :考える名無しさん:2021/06/08(火) 13:16:49.57 0.net
平仮名の「ゆ」の字源は、由の草書体であるとのことだが、
その平仮名としての形象や、由の変体仮名の形象を見ても、
「ゆるむ」作用のイメージを想起させることを意図しているように思える。
https://ja.wiktionary.org/wiki/ゆ#/media/ファイル:Hiragana_YU_01.png

48 :考える名無しさん:2021/06/08(火) 13:20:39.34 0.net
例えば、フランス語を母語とする人にこの画像ファイルのイメージを提示して、
これは《dénouement》を表現する形象文字であると説明しても、
難なく受け入れられるだろう。

49 :超球面論理 :2021/06/08(火) 20:44:36.12 0.net
「無」をホワイトホールの類似物と考えてみる。
「無」は「無」ですら弾き出す。
この作用を否定オペレーターあるいは直交オペレータとする。
否定あるいは直交なのでこれを「有」とすれば、
「無」→「有」
変化だとすれば「無」は「有」に転じてしまうが、時間を考えなければ、
「無」↔「有」
これが同時に存在するとすれば、重ね合わせなので1量子ビット空間だ。
一般的な量子ビットと異なるのは、複素数ではなく{0,1}しかないということ。
これを[[a],[b]]のように表すなら、a+b=1(a,bは0か1)という制約?がある。
人工世界(人工意識・人工宇宙)では、これをゼロ意識として、そこから、
より上の段階の意識を創発させるw

50 :超球面論理 :2021/06/08(火) 21:17:04.51 0.net
これを総粒子理論からスピン0のボソンと考えるなら、(人工世界での)ヒッグス粒子であるw
これ自身は直交オペレーターであり、空間の類似物でもある。
この半分が対象でありスピン1/2のフェルミオン。2つを区別するために+,−がつく。
直交オペレーターが自分自身を演算することで時間の類似物も発生する。
時間の類似物が発生することで(人工世界での)ビッグバンが始まるw
そこまではいい。どうせ人工世界だ。この先を構想中。
低次元微分トポロジーにみられるようななんらかの制約が発現すると予想。
これが3+1次元あるいは11次元にみえるような宇宙をつくりだす。
(細かいことは、(応用した)製品化を構想しているので説明を割愛w)
創発とは自発的プログラミングである。
(この世界のシステムは単純で、同じであることと違うということの同居から始まる)
量子論的モナド(ロジー)?

51 :時計 :2021/06/09(水) 06:30:14.64 0.net
>>43
私は諸学問は階層というよりもネットワークを成すものかと考えます。

52 :時計 :2021/06/09(水) 06:39:56.39 0.net
>>51
例えば、立体を平面に写す方法は沢山あるように、
諸学問は多様性を持つように思います。

53 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 06:47:55.68 0.net
物理の上に化学が乗り、その上に生物学が乗り、その上に動物生態学が乗り、
その上に歴史学や社会学が乗るといったような階層的な物事の見方は、
事実関係を大きく誤認しているわけですが、ほとんどの場合、それを正しい
ものとして暗黙に前提とすることが強制されていて、その誤りに気づかせ
ようとすることすら暗黙に禁止されている。

54 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 06:50:52.81 0.net
しかも、物理学における力学と実力行使による暴力を意図的に混同させようとしている。

55 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 08:08:43.46 0.net
>>47-48
平仮名の「ゆ」の形象や、画像ファイルの由の変体仮名の形象は、
反ファシズム(反結束主義)」の象徴として利用するのに最適だろう。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ce/Fascist_symbol.svg/1355px-Fascist_symbol.svg.png

そのように考えることは、「ゆ(結)ひ(復/覆)」が「『ゆ』を
ひっくり返すこと」を表現し、「結束すること」を意味するように
用いられることから見て、合理的である。

56 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 09:48:56.36 0.net
>>53>>54は個人的な主張なのかな?
主張しているとおり、正しいものとして強制されているとすると
それが誤りであることと、意図的に混同させようとしている事実だと説明のつく
論証をしていかなければ、闇雲に拒絶しているだけに見えてしまうよ

57 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 10:16:59.20 0.net
>闇雲に拒絶しているだけに見えてしまうよ

正しいという根拠が示されておらず、実際に有効ではない見方を拒絶する
ことを、闇雲とする理由が不明ですね。そもそもが、そのような見方は、
すべてを包含する神のような存在が、天体のように巨大なものから、
塵や埃のように極小のものまですべてを支配し、大きいものの方が
小さいものを支配するという見方を逆転させただけのものでしょう。
その逆転は、神が退場させられることによって生じた。

58 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 10:31:41.45 0.net
実際に有効ではない見方に見える理由もなければ根拠も不明な主張だから

59 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 11:11:32.17 0.net
例えば、水の分子を水素と酸素に分離でき、水素と酸素から水の分子を
構成することができるというようなことから、社会的な出来事の
妥当な解釈を導き出したりすることはできないのですよ。それらの
事実は、階層構造において関係しているわけではない。

60 :考える名無しさん:2021/06/09(水) 12:13:55.22 0.net
>>59
別に実際、散見されている階層構造の説明で、意図せずボトムアップ的に新たな哲学的秩序はこうだという理論があったわけではあるませんしね。

61 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 00:37:14.90 0.net
2017/02/15(水) 08:56:02.52 0
>>612-650
「う(埋)める」の「う」と「う(浮)く」の「う」の関係を中心として、
その「う」という表現要素が、「う(倦/膿)む」、「う(倦/膿)み」、
「うみ(海)」、「うぶ(初/産)」、「うへ/うは(上)」、「う(産)む」、
「うま(旨)し」、さらには「うば(奪)ふ」まで、様々な表現に現れている
と考えられることを見てきた。ここで記号論的な観点から、「う(埋)める」
の「う」と「う(浮)く」の「う」の関係さらに一般的な結論を導くこと
もできる。
657 :
考える名無しさん
2017/02/15(水) 09:10:38.95 0
私は、「う(埋)める」 の「う」が、「うむ(≒自ずと一杯になる)」という
再帰形の表現を介して「う(浮)く(一杯になることによって表面が上がる)」
の「う」と関係していることを説明した。一見、奇妙に見えるかもしれない
が、この関係は、極めて「具体的」である。コップに水が「一杯になる/満た
される」状況を想像してみるといい。コップに水が「一杯になった/満たされた」
ことは、「(水の)表面が上がること」を見ること以外にどのようにして知る
ことができるだろうか。

私が自説の正しさを証明しようとして、とってつけたように「う(埋)める」
の「う」と「う(浮)く」の「う」を関係付けているわけではなく、
「表面が上がること」がすなわち、「一杯になる/満たされる」ことを
「具体的」に示しているのである。

62 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 00:51:02.94 0.net
>>61
コピペしたのは、数年前の私自身の書込みである。
ところで、この書込みとは完全に無関係のシュテファン・ツヴァイクの
著作に、この書込みの趣旨と見事に対応する記述が見られる。

>ある思想がひとたびある人間をとらえると、それは彼の思考と感情の
最後の繊維までも支配してしまって、内面的にたえまなく発熱させるものだ。
[...] したがって、ちょうど化膿した指先から棘がでるように、母胎から
赤ん坊が生まれでるように、果実が外皮からとびだすように、生きた思想が
内面から外面へ溢れでるときが、あらゆる思想家にやってくる。
ツヴァイク全集17、『権力とたたかう良心』、pp.130-131

私は、この本の原著をドイツ語で読んでおらず、それが手元にもないので、
この箇所のドイツ語の表現がどのようなものであるのか知らないが、
ツヴァイクがドイツ語で表現した捉え方が、言語の境界を越えて、
日本語の表現法と見事に合致していることを見て取ることができる。

63 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 00:56:23.47 0.net
推論の妥当性は、このような遭遇と発見によって検証の可能性に向けて
開かれているからこそ面白いのである。

64 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 01:02:45.53 0.net
ただし、>>61
>「うむ(≒自ずと一杯になる)」という再帰形の表現を介して
という以前の説明は正しくない。「うぶ」は再帰形であるが、「うむ」
はそうではない。

65 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 01:07:20.35 0.net
推論に誤りが含まれていても、有効性を発揮するのだから、推論から完全に
誤りが含まれないことが確かめられてからでなければ、それを示しては
ならないとするような考え方は、手続き的にも間違っている。有効性を
確認しながら、推論を改良していけばいいだけの話である。

66 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 01:10:05.69 0.net
誤:推論から完全に誤りが含まれないことが
正:推論から完全に誤りが排除されていることが

67 :超球面論理 :2021/06/10(木) 02:11:29.30 0.net
寝る前にちょこっとだけメモ。
不変量invariant
変換においての不変量。
保存則でもよいのだが、invariantとすることで「意識」としての問題が明確になってくる。
invariantがなければ「意識」も成り立たない。
この辺の問題を探っていくと、どれも循環参照に陥る。
逆に考えれば、「循環参照」こそが根本的なものではないだろうか。
いつも問題としている「アイデンティティ」とは自己参照であり、最短の「循環参照」だ。
双対性を考えれば、圏論における「射」も「循環参照」でなければ「意味」を持たない。
なんらかの「ループ」があるから圏論そのものが成り立つのだ。
そして、超対称代数からいえば、その「ループ」は「位相」を持つ。
この「位相」が、すべてを生み出している。

「階層構造」に一言。局所的に階層構造をみいだせる「階層多様体?」を考えるべきであって、
完全な階層構造は無意味だ。ISOのOSIで懲りたw
「階層多様体?」とは「階層ネットワーク」か?
トンネル効果も「階層ネットワーク」のしわざだと考えるのがおもしろい。
トポロジカル絶縁体や超電導/超伝導におけるフォノンの効果も「階層ネットワーク」かもしれない。

68 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 07:24:10.83 0.net
>>61にコピペした書込みの日付は、2017/02/15(水)となっており、
確認してみると、私が日本語を中国語との関連で考察するようになったのは、
2019/05/25(土)の書込みで日本語の再帰表現について、それが中国語の
「复(fu)」と関係しているのではないかと思い始めたことがきっかけなので、
その2年以上も前のものであり、その時点は、「日本語が中国語の表現を
大々的に流用した中国語のピジン言語として成立した」という結論どころか、
中国語との関係さえまったく意識しておらず、日本語の表現の相互関係だけ
から発音の用法についての類推を進めていた。

したがって、コピペした書込みの時点で提示した「うみ(海)」、「膿(うみ)」、
「う(産)み」、「う(倦)み」についての解釈は不十分であるが、その後、
依然として中国語の表現との関係は考慮に入れられていない
2019/03/12(火)時点の書込みで既に
>うみ(海)や膿(うみ)は、満ちることによって表面(=う)が上がってくることを表していたと考えられるが
というより適切な解釈が提示されており、
今となっては、それが、「表面/表面化」を表現するように用いられた中国語の
「肤(膚)ピンインfū」の流用と、「累加する」様態を表現するように日本語の
「ま行」の発音として体系化されることになった、中国語で「満ちる」、
「あふれる」などを表現するように用いられる「弥(彌)ピンインmí」および
それ関連するような表現の流用の組合せであると明確に説明することができる。
さらに、今回、そのように日本語の表現を解釈することが、日本語だけでなく、
ツヴァイクがドイツ語で表現する隠喩を、日本語においてメタ言語で記述する
ことにもそのまま応用することができることが見出されたわけである。

69 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 07:35:42.95 0.net
誤:それ関連するような
正:それに関連するような

70 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 09:31:42.83 0.net
545考える名無しさん2019/03/05(火) 07:48:24.890
          天(あめ)
         ↓た(垂)る↓

う(表面(/化))   (↑う○ぶ↑)→→→なが(流)る→→
_________[***うく***]________
地(つち) or 水(みず) ↑↑↑↑↑
          ↑↑うむ[⇒うみ(海)]↑↑

546考える名無しさん2019/03/05(火) 07:56:59.670
う(表面(/化))   ←←うごく→→
_________[***うく***]________
地(つち)     +++うごめく+++

71 :考える名無しさん:2021/06/10(木) 09:37:31.90 0.net
天(あめ)と
↓た(垂)る↓
に加えて、
← ← ← ふ(振)る/ふる(揮)ふ
→ → →

ふ(降)らす ↓↓↓ ふ(降)る
を追加することができる。

72 :でこすけ:2021/06/11(金) 11:58:48.91 0.net
>>7
私が数学に疑問を持ち始めたのは高校生のときです。
数学は自然のものではなく人工的なものだと考えるようになりました。
宇宙は数学的に解釈できるものではあっても数学的にできているわけではない、
これはたとえば円周率を永久に確定できない時点でそれはそういうことだと思います。
数学は限りなく宇宙に近づくことができても宇宙そのものは表現できない、
つまり解釈(場合によっては手段)であって真理(少なくとも私にとっては目的)
ではないということです。

私はそもそも世界は数字や図形以前に言葉ですら写すことのできないものだと思います。
これは私たちが何故(答えは常に近似にすぎないにもかかわらず)自然を探究するのか
という問いにつながります。
あるいは私たちが自然を何か記号で表現しようとするということはどのようなことなのか、
それは世界の様々な営みの中でどのように位置づけられるのか、
そもそも探究することにどのような意味があるのか、そういった疑問にも発展します。
また、意識のハードプロブレムというのはそのレベルまで関わりかねないものだ
というチョッカンもあります。

例によって自分語りになりますが、私個人が最終的に知りたいのは「本当の世界」です。
これはプラトンの洞窟の喩えで言えば「洞窟の外側」のことです。
その答えはもはや検証できるものではないことを流石に私も知っているつもりですけど
となると何故私はそれを知りたいと思うのか(個人的な事情だけではない気がする)、
そもそも知識欲とは何なのか、何故ヒトには知識欲があるのか、
そしてその答えは「本当の世界の仕組み」にかかわりそうだというチョッカンが
あったりするのです。

73 :でこすけ:2021/06/11(金) 12:08:35.38 0.net
>>18
じつは私の「創発」は栗本慎一郎経由のマイケルポランニーだけで、
それ以外のことは(それ以外がありそうだということは知っていましたが)よくは知りません。
また栗本を経由しているのでマイケルポランニーとも誤差があるかもしれませんし
そもそも私の勝手な解釈になっている可能性も(むしろ)高い気さえします。
しかし言葉の意味というのは「創発」に限らず得てして個人差があるものですし、
ただ私としても>>19にある
「部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること」
というところからははずれていないつもりです。

私としても「創発」という表現では抽象的すぎて
ぱっと見だけでは階層云々につながらないため字面的にいかがなものか
というかんじはありますが、
個人的にはパソコンで一発変換できないところが気に入っていたりもします。
一方で対義概念的なところに「ゲシュタルト崩壊」がありますが
むしろこちらをなんとかしたいです。

74 :でこすけ:2021/06/11(金) 12:14:44.29 0.net
>>19
「創発」という表現では層との関わりがわかりにくいので
私としてはたとえば「層発」とか「創層」とか何か違う言葉を当ててもいいのかな
とか思ったりすることもあるわけですが、
私個人の趣味で勝手なことを言わせてもらうと「閃」とか「浮」とか
のような字を当ててみたいかんじがあります。
創発は稲妻が突然閃くような、雲が地面からふわっと浮き上がっているような、
そういうイメージがあるためです。
いずれにしてもマイケルポランニーが化学に精通していたということは
大変興味深いことだと改めて思ったりさせていただきました。恐縮です。

>>20
私としては結構な確率で宇宙は始まる前から何かがあったのだろうと考えていますが、
しかし現段階では確信が無いというのが率直なところで
故にやたらと断言はできないところです。
むしろたとえば物理学者が四つの相互作用や二十数種類ある基本粒子などについて
それらを統一的に理解することを目論んでいるように、
私としてもビッグバンやパラダイム変換やあるいは等能性による効果や
さらにはゲシュタルト崩壊あたりまでのこの世界で起こるありとあらゆる変化を
最終的には統一的に説明してみたいという野心があったりします。
と思えば「創発」はそれほど悪くない表現だったような気もするところです。

75 :でこすけ:2021/06/11(金) 12:18:14.76 0.net
>>22
話によると「天皇制」という言葉はコミンテルンがつくったもののようで
当然ながらそれ以前はそれに当たる概念さえ日本には無かったとのことです。
おそらく平均的な日本人が「日本語」という単語を使うようになったのは
明治以降ではないでしょうか、
いずれにしても外国語を意識して成立した単語の様に思えます。
「やまとことば」みたいな表現があったかもしれませんが
それもまた外部なしではあり得ないはずです。

何が言いたいのかと言うと、創発は関係の中から起こる可能性がある
ということです。
それはおそらく様々な層の干渉であろうと察するところです。

76 :でこすけ:2021/06/11(金) 12:34:08.91 0.net
>>24
>視覚や触覚などの感覚神経
ここでいう「感覚神経」というのは物質でしょうか?精神でしょうか?
もしそれが物質であるならば、それはどのようにして精神とは異なる実体である
ということがわかったのでしょうか?
あるいは物質は精神的現象を経由して認識されるということだと理解しましたが
物質が実体として成立している痕跡は他には無いのでしょうか
(たとえばリベットの実験のような)?
物質そのものを経験できないとすれば「無い」とは言えなくても
「有る」とも断言は出来ないと思います。
たとえば先端物理でも素粒子は空間的な部分をもたないとされていますが
そのようなものはどのようにして存在できるのでしょう。
物質は一般的に言って不可解であり
(じつは意識のハードプロブレムこそがその不可解さの最たるものだと私は考えますが)、
それが存在するとするのであれば証拠が必要になるのではないかと私は思います。
「それが今までの常識だったから」というのは物質が実体であるとする理由になり得るのか、
いかがでしょうか?

77 :でこすけ:2021/06/11(金) 12:49:38.99 0.net
>>25
ただしあの記事は客観的世界を信じている人が書いたものでしょうから
私としてはあくまでも参考です。
すべての出来事は意識の内側で起こるのであり
それは意味の更新すなわち創発だと言い得る…
(私としてはそのような解釈が一番スッキリする気がするんですが)

>>26
「黒い音」とか「甘ずっぱい思い出」とか、言葉はやりたい放題です。
「完全な無」というのもそのたぐいのような気がします。
少なくとも「無限」というのはそういうものでしょう。
ポエムとかいわれるゆえんだと思います。

>>28
味というのは舌で感じているのではなくて脳で感じているそうです。
となると物体が運動量やエネルギーを交換するのも視覚なりを通して
脳で感じているということになるのでしょう。
生物の進化なども脳で感じていること、ということになります。
では脳の存在は何で感じているのでしょうか。
素粒子というのは追求していったらよくわからないものになってしまいました。
これは哲学者にとっては面白いことになったということだと思うのですが
とにかく黙っている場合ではない気がします。
この際何でも喋っておいた方がいい、いずれにしてもたぶんカオスの時代だと感じるのです。

>>34
私としては構造的なコントロールはあり得ない気がしています。
ひとつの現象がその次に起こるであろう現象に対して影響できるのは
選択肢を狭めることだけだと思います。
いずれにしても現象は認識のないところでは起こる気がしません。
認識されていない現象とはどのようにして起こるのか、
ただしここで言う「認識」は本来であればもっと根源的な概念に還元される
べきものではあろうと思います。

78 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 13:30:43.09 0.net
「創発」という表現は、英語から借用されたカタカナ語の「クリエイティブ」
に相当するように用いられているのではないかと思います。
実際、Wikipediaの「創発」の項目のページから英語版に移ると、
次のように記載されています。

>In art, emergence is used to explore the origins of novelty,
creativity, and authorship.<

「クリエイティブ」であることには、やはり、行為とその時宜が
かかわっていて、誰かが既にその手続きを確立してしまって、
そのとおりにやれば同じ結果が得られるようになった時点で、
その行為は、既に分かっていることの反復となってしまい、
「クリエイティブ」とはされないでしょう。ちょうど、
「化け物」は恐ろしいけれども、その「正体」が分かって
しまえば、実は「〜に化かされていただけ」ということになって、
「化け物」がその力を失ってしまうのと似たようなものなの
ではないかと思います。

79 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 13:58:59.12 0.net
「細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろ」というのを
面白がっているうちは、まだまだ浅いのですよ。そんなことだと、
細工や仕掛けが分かってしまえば、つまらなくなって幻滅するだけです。

80 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 14:04:46.15 0.net
アンチサイコパスとしての哲学には、幻滅が既に織り込み済みなのです。
意図的に誘導された錯覚がもたらす手品のような面白さなど、どうでもいい。

81 :でこすけ:2021/06/11(金) 14:08:56.33 0.net
私が想定している「創発」は(普通の意味での)自然の中で起こるものではありません
(この点はよくわかりませんがマイケルポランニーとは違うかもしれません
 じつは私はMポランニーは遠い昔に薄い本を一冊読んだだけなのです)。
たとえばどこかにたくさんの化学物質が集まって
それが何らかの過程でいいかんじに組み合わさったら生命になったみたいな
そういうことではありません。
「創発」はあくまでも意識の中で起こる現象です
(でこすけさんの世界モデル(?)によると、意識は複数あって、
 認識されている現象はすべてそれらの中で起こっていることになりますw)。
認識されている世界は意味の集積であり、意味は意味媒体に依拠し、
そして意味は意味媒体から創発されているというのが順番であるように思えます。
意識は生成された瞬間はカオス(意味の階層はたぶんひとつかふたつか)で、
そしておそらく外部の影響を受けながら創発(変異)を繰り返し、
意味(情報•ミーム?)は淘汰圧を受けながら洗練されていくというイメージです。
進化論的には進化とは世代を重ねながら起こる現象ですから
これは意識レベルで言えば成長という表現になりますが
それでも情報単位で言えば進化と言い得るはずです。

82 :でこすけ:2021/06/11(金) 14:11:48.01 0.net
>>81
ただしここでポイントになるのは私たちの認識上で上位のように感じるものが
本当に(構造的に)上位だとは限らないということです。
私は以前(これを覚えている人はいないと思いますが)素粒子に意識があるのか
どうかを保留していました。
素粒子は意識の中でつくられた(創発された)ものだったかもしれないからです。
もし素粒子に空間的な広がりがあった場合、
それは半分にされ、それがまた半分にされ、そして無限に半分にされかねません。
そこで私は半分にするということは創発かもしれない
つまり素粒子は意味にすぎないもの(幻想)かもしれないとも考えたのです。
素粒子は意識の構造上で原子の上位である可能性があります。
時計さんが以前「過去は未来の出来事かもしれない」という趣旨のコメントを寄せていましたが、
空気の振動は聞かなければ音にはならないという発想からすれば
過去と思しき出来事も認識しなければ起こったことにはならないのかもしれません。
順番というのは構造的には常識とは異なるかもしれないというおはなしです。

83 :でこすけ:2021/06/11(金) 15:19:21.18 0.net
>>51
私としても様々な学問がネットワークを成すというのは
なんとなくながら分かる気がします。
マイケルポランニーが学者の社会(ネットワーク)を考察していて、
たとえば学術的な全ての知識を一人の学者が網羅した上で
すべてに目配せをしながらその全体をバランスよく進歩させることは不可能だが、
それでも一人一人が自分の専門分野に近いところと影響を与え合うだけで
全体が均等に進歩することはあり得る、とか、そんな感じだったと思います。
つまりトップダウンではなくボトムアップによるバランスの維持です。
このときどの分野が上位とか下位とか、そういうことは関係ない気がします。
ただ学問と自然は別々だということはあると思います。
化学物質が成立していなければ生物は成立し得ないでしょうし
生物が成立していなければ社会も成立できない気がします
(しかし化学はなくても生物学はあり得る気がします)。
認識されている世界はよほど注意深く見ておかないと
その構造はわかりにくい気がするところです。

84 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 16:20:10.29 0.net
さて、では、AIは「笑い」を判別できるのでしょうか?
様々な「笑い」を判別する手がかりを与えてくれるのではないかと思い、
ベルクソンの『笑い』を図書館で借りてきました。まだ読んでいませんが、
ぱらぱらとページをめくってみた限りでは、どうも期待薄という気がします。
AIが表情や声として「笑い」を認識することはできるでしょう。
しかし、人にとって重要なのは、それがどのような「笑い」であるかです。
「にこにこ」しているのと、「にやにや」しているのは違うし、
「にこっ」と笑うのと、「にやっ」と笑うのは違います。
満足して笑顔になるのと、どう反応していいのか答えに窮して苦笑いを
浮かべることもまるで意味が違うでしょう。それは見た目や声で判別
できるのか。AIにとってだけでなく、人にとってもその判別は難しい
はずです。それでも、その「笑い」がどのような笑いであったのか
は、人にとって重要な意味をもつ。見下されて嘲笑されるのと、
あたたかく見守られてほほ笑みかけられるのとでは、その影響は
段違いではないでしょうか。「笑い」は、にその多様な違いの判別を
含めて、どのように適切に記述できるのか。

85 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 16:41:06.87 0.net
笑いの心地よさを決めるのは、自らが相手とどのような関係にある
と認識するかに大きく依存しているのではないでしょうか。
例えば、見知らぬ誰かが自分に笑顔を見せたとして、
それを「ほほ笑みかけてくれた」と感じるか、それとも
「気持ち悪い笑顔を向けられた」と感じるかは、相手が自分に
対してどのような関係にあると認識するかに依存するのではないでしょうか。

86 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 17:00:59.09 0.net
これは「笑い」が言葉として既に表現されている場合でもつきまとう
問題なのです。例えば、フランス語で小説を読んでいれば、
《ricanement》という表現が出てきて、仏和辞典を引くと、
「冷笑、嘲笑」などと記載されている。もちろん、その解釈が
そのまま当てはまる事例もあるのですが、それが当てはまらない
事例も頻繁に出てくる。すると、その《ricanement》をどう解釈する
かによって、読みは大きく違ったものとなる。

87 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 21:06:07.28 0.net
>>72
ただ、全ての数学的法則や定理なども思考の人間産物で、数学的真理も存在しないとすると、
前スレでも指摘されたように、人類誕生前の世界は何の数学的・自然法則もなく、
単なるカオス状態なのかという問題が出てくるからなぁ。

つまり、人類誕生前の宇宙歴史を考える以上は、何らかの法則やら真理やらが
人類に先立ち存在するという前提が必要になるというわけですかね。

88 :時計 :2021/06/11(金) 22:00:59.21 0.net
>>82
「経験していない過去は未来であり得る」ですね、確か。
純粋な主観主義では、主観的経験の羅列が時間だと考えるわけです。

創発に関しては、繰り返しになるかと思いますが、
発見とか整合とか身近な言葉で置き換えられないものかと考えます。

>>84
私の考えでは、笑いこそ整合性です。
過ちを捨てること。ボケとツッコミの関係です。
それが基本で、ニヒリズムなども関わってくるのかなと思います。

89 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 23:29:50.72 0.net
>>77
舌や軟口蓋にある食べ物の味を感じる味蕾と呼ばれる物質が人間の舌には約10,000個あり
障害が起こると神経伝達されませんので脳は味の質を味覚処理をすることはありません。
となると物体が運動量やエネルギー云々の話も眉唾です。
例えば生物の進化などを脳はどのように感じているということになるのでしょうか?
例えば、脳の存在を感じたいのであればCT画像などで確認すれば感じとれますが。

90 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 23:31:40.80 0.net
笑いは、基本的にうれしい気持ちの表れなのではないかな。
どのようにうれしいと理解できるのか、できないのか
によって、またそのうれしさを相手に見せたいのか、
隠したいのか、隠しているように見せたいのか、
それとも、相手をまったく気にしていないのか、
そういうことによって、いろいろ分類されているように思える。
「うす笑いを浮かべる」のと「少しだけ微笑む」のと
表情として区別できるような違いがあるだろうか。

91 :考える名無しさん:2021/06/11(金) 23:34:30.82 0.net
いつも爽やかな笑顔でかわいらしい人と、
いつも薄笑いを浮かべていて気味が悪い人の違いは、
どこにあるだろうか。

92 :時計 :2021/06/12(土) 01:42:02.48 0.net
>>90
整合性というと硬いですが、整合性は感情として喜びを伴うと考えます。
しかし、おっしゃるようにコミュニケーションとしての笑いは様々だと思います。

>>91
悲しい時に憂いを含んだ表情をするとか、
そうすべきときにそうするかどうかではないかと思います。

93 :超球面論理 :2021/06/12(土) 02:02:02.30 0.net
創発は、発見よりは発明の類だと思いますね。
発明の圏なんてものもあるような気がしてそれらしきものを探しています。
層(数学)周辺にそのようなものがあると思います。
数学屋ではなく人工知能屋なので抽象的なものというより実装可能なものをと考えています。

94 :時計 :2021/06/12(土) 03:56:48.83 0.net
>>93
確かに、発明の方がしっくりくるような気はします。
応用がはっきりしている方が、学習意欲は高まりますね。
数学が好きであれば、何でもいいのかもしれませんが。

95 :時計 :2021/06/12(土) 05:01:45.75 0.net
>>94
応用のない数学などないのかもしれません。

96 :非標準超球面論理 :2021/06/12(土) 06:20:36.16 0.net
あ、ちょっと思いついた。
圏は対象と射からなる。
対象は(恒等)射を持つ。(恒等射からなる、と考えてみる)
射は2つの対象(domain,codomain)を持つ。(2つの対象からなる、と考えてみる)
恒等射も2つのdomainからなると考えてみる。
(domain,codomainは、対象の集まりとも説明されるが、それ自身も対象であってよい)
つまり、「対象」は恒等射を持つ故に、常に2つだw
これは、「非標準」な圏論だw
標準圏論上で非標準圏論を展開した場合、どちらがより基本的か、といえば、非標準圏論だろう。
数学的圏論ではなく哲学的圏論や物理学的圏論あるいは文学的圏論は「非標準圏論」だろう。
「アイデンティティ」の圏論的意味が確定した、と思う。(説明はせんがねw)
というわけでハンドル変更。

97 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 06:34:16.04 0.net
>>90-91
このような問題について考えると、人々によって普通に評価の
対象となると考えられている「人格的な特徴」は、事実として
どこにどのように存在するのかという哲学的な問ひに導かれる。

98 :非標準超球面論理 :2021/06/12(土) 06:36:15.62 0.net
純粋数学なんて応用は度外視ですよw

「存在」とは、「アイデンティティ」を[持つ/与えられる]ことである。
それには虚身が必要だ。
実身/虚身のペアが対象だ。
いままで「射」を中心に考えてきたがこれを改める。
実身・虚身をつなぐものが恒等射であり、
これは化身(の集まり)としての直交補集合(空間)をつくりだす。

99 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 06:46:30.39 0.net
一般に「人格的な特徴」は安定していると考えられているので、
特定の人を描写において「爽やかな笑顔」が「気味悪い薄笑い」に
容易に可逆的に不安定に切り替わってしまう記述は、独特の印象
を生じさせ、その印象とは、記述している「本人の方が著しく
情緒的に不安定である」というものである。その一方で、人は
誰でも自らがそのような「人格的な特徴」を表現するとされる
描写の対象とされている(多くの場合、暗黙に)ことを意識しており、
その描写は、多くの人にとって決して安定していない。

100 :非標準超球面論理 :2021/06/12(土) 06:47:40.97 0.net
ちょっと訂正、実身から虚身を経由して実身に帰ってくる(帰り方はまだ詰める必要がある)のが恒等射。
物語論的恒等射wが対象であり存在。
アイデンティティが他から与えられる場合は(他から)「語られる」が、
自分自身が与える場合は「自分語り」。

101 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 06:53:27.15 0.net
自らの振舞ひは、まったく何も変わっていないと意識されているのに、
自らの「人格的な特徴」を表現するとされる人による描写の方が
容易に可逆的に不安定に切り替わる場合、「人はまるで信用できない」
という強い不安が生じる。

102 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 07:05:37.75 0.net
その「人はまるで信用できない」という不安をベースとして、人々が
どのように描写の表現を切り替えているのかをよく観察し、そこに
規則的な安定をを見出して、自らにとって好ましい描写を安定的に
確保できるようにする技能を身につけることが、一般的に「社交的」
とされることだろう。それは、同時に、個人の確立であるようにも、
個性の消去であるようにも、人の孤立化であるようにも見える。

103 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 07:07:04.89 0.net
党派的であるとはどのようなことか。

104 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 08:36:11.65 0.net
ラ・ブリュイエールの著作は読んだことないけど、面白いのかな。
https://www.franceculture.fr/emissions/les-chemins-de-la-philosophie/les-chemins-de-la-philosophie-emission-du-lundi-18-janvier-2021
Épisode 1 : “Je rends au public ce qu’il m’a prêté”

105 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 11:18:29.96 0.net
>>91
気分の違いでしょ

106 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 11:34:03.62 0.net
その気分はどこにあるのですか?

107 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 11:54:29.25 0.net
苦笑いは、相手に見せる意図の働いている笑いだが、
含み笑いは、相手に隠す意図の働いている笑い、または
相手に隠す意図が働いていることを見せる意図の働いている笑いである。

108 :考える名無しさん:2021/06/12(土) 12:35:06.91 0.net
>>106
いつも爽やかな笑顔でかわいらしい人と、
いつも薄笑いを浮かべていて気味が悪い人の気持ちでしょ

109 :非標準超球面論理 :2021/06/12(土) 23:46:45.00 0.net
対象と射、特に恒等射を考える。
これに半分の対象と半分の射を考える。
対象oをo=[[a],[b]]とする。aとbは0または1で、a+b=1である。
a,bは半分の対象が2つであり、a->b,a<-bの2つの半分の射がある。
ようするに、この対象oは0と1の重ね合わせである。
これを宇宙あるいは意識の基本と考える。
「存在」する「空」でもある。
クロネッカーのデルタから時間を忘却したようなものw

a,b2つの基底で、観測された方が実身であり、もう片方は無限遠点に飛ばされw虚身となる。
これを「空」とすれば、「存在」という「色」を既に持っている。
さらなる「色」は直交補集合(補空間)として現れるはずだが、そのメカニズムは考え中。

110 :非標準超球面論理 :2021/06/13(日) 00:50:25.11 0.net
「空」はproperties(色)を持ち、そのpropertyもさらにpropertiesを持つかもしれない。
「空」は「存在」というpropertyを持つ。
ややこしいことに「反存在」を「存在」化させている。
「時間」と「観測者」を考えなければ、「存在」と「反存在」の重ね合わせである。
この存在/反存在以外のpropertiesも「存在」と「反存在」のpropertiesを持たねばならない。
対象として「空」しかないのであれば、「空」自身は「(正)空」と「反空」をうみだすoperatorとなる。
時間のようなものを考えなければ
空=空(正空,反空)
となるだろう。
これを正空+反空↔空の対消滅/対生成のように読むと、
ちょっとオカシイのはエネルギーとしての空である。
本来、対消滅はエネルギーと反エネルギーにわかれるべきなのだ。
下手に言葉(word)を使うと、意味を持ってしまうかもしれないので、
出来る限り意味を持たない記号を使うべきなのだろう。
P(Q(P)+Q(-P)=Q(P(Q)+P(-Q))
なんかおかしい。
PとQが直交するとして、
P+(-P)=Q+(-Q)あたりが適当か?
とすれば直交している必要もなく、準同型写像なのかもしれない。
考え中。

111 :考える名無しさん:2021/06/13(日) 07:30:56.54 0.net
どう対応していいか分からず、対応する代わりに「笑ってみせている」
と意識されるのが「苦笑い」であり、それは、表情をそのようなものと
して意識する者にとって「苦笑い」であり、本人がそのような表情を
していると意識しているとは限らない。無論、本人がそう意識している
のなら、その表情は、本人にとっても「苦笑い」である。

112 :考える名無しさん:2021/06/13(日) 08:52:54.02 0.net
鼻で笑われる

113 :非標準超球面論理 :2021/06/13(日) 09:09:24.58 0.net
「笑い」という現象にはアイデンティティがあるのか。
その「現象」が「存在」なのかという問いである。
その「笑い」が他の「笑い」と区別できるものであればアイデンティティを持たない。
もし、その「笑い」がただひとつのものであれば必然的にアイデンティティを持つ。
「笑い(ニヤニヤ笑い限定だが)」がそれ単独でアイデンティティを持つのはチェシャ猫だけである。(参考:不思議の国のアリス)
「笑い」の区別の仕方として「笑い」自身のpropertiesと、主体の違いがあり、
主体においても行為者(送信側)と被行為者(受信側)がある。
さらには第三者としての傍受者wもいる。第四者とか第五者もいるw 三人称以上もいるのだ。
さらにさらに虚構世界とか可能世界までひろげると一筋縄では行かなくなる。
「様相」と「非標準」を組み合わせて圏論に追加することで哲学的(あるいは文学的)圏論を構築することで
「笑い」の概念も図式化することができ、準同型によって自然変換を可能にする、
ということを目論んでいるが、「笑い」の議論に加われるレベルには達していない。
残念だw

114 :でこすけ:2021/06/13(日) 10:04:27.52 0.net
>>87
たとえば十進法で円周率を算出すればこの宇宙では3.14になるわけですが、
かといって同じ方法で3.14以外になる宇宙があり得たのかと言うと
私はそれはない気がします。
どんな宇宙でも円周率は3.14であろう、
にもかかわらずそれを数学的な真理ではないとするのは
その前提に「円」を特別なものだととらえる価値観があるからです。
「円」は「令和11年11月11日11時11分11秒」のような
意味ありげではあっても本質的な意味はないものです。
「円」や「等速直線運動」などを特別なものとするのは思考の結果であって
宇宙はそれを基準につくられたものではない、
それは結果にすぎないというのが私の印象です。
自然法則は「発見」というより「発明」に近くなるわけです。

115 :でこすけ:2021/06/13(日) 10:14:52.33 0.net
>>88
>経験していない過去は未来であり得る
これは「経験していない過去は(いつかそこに着目すれば)未来(の経験)であり得る」
ということでよろしかったでしょうか。
となるとじつは経験した過去であっても同様にそれは未来の経験で
(しかも再経験ではなく新経験として)あり得るように思えます。
これは「知」が開放系であるというところにつながる気がします。
時間というのは客観的なものだけではなくけっこう主観も混ざっていそうだ、
というところにもつながります。
この延長で円を特別な図形だと考えるのも主観が混ざっているのではないか
というところにつながる気がするのですが、いかがでしょうか。

116 :でこすけ:2021/06/13(日) 10:16:07.41 0.net
>>88
>創発に関しては(中略)
>発見とか整合とか身近な言葉で置き換えられないものかと考えます
私としてはあいかわらず「創発」という表現にこだわりたいと思っているわけですけど
これはようするに考え方の違いのような気がしてきました。
私はたぶん「意識」を一般化したいのだろうと思います。
たとえば栗本慎一郎は原子も構造的には生命であると言い切っていますが、
普通の感性ではやっぱり原子は生命ではないし、
私としてもそれを生命として位置づける意味はあまりない気がします。
しかし構造的に同じものだというのは分かる気がします。
生命も原子も動的平衡系として理解できるとか、そういうかんじでしょうか。
私はヒトの意識は原始的でより単純なものから進化してきたのではないか
と考えているわけですが、
ある程度のレベル以下のものは「意識」とは表現しにくい気もしています。
少なくとも「人格」とは言えないはずです。
それでもそのころから「創発」的なことは起こっていて
その場合はたとえば「気付き」のような人格性を前提にした表現にはしにくい
とか思ったりもするわけです。
「気付き」とか「整合」とか「発明」なども一般的な(人格的でない)自然現象
に還元したいのでしょう。
ただ「原始的な意識」が空想ですから主観主義がそれを認めにくい
というのもわかる気はするところです。

117 :時計 :2021/06/13(日) 10:28:32.98 0.net
>>115
例えば、1192年に鎌倉幕府が誕生したことは有名ですが、
これは伝聞であり、経験したことではありませんから、揺らいでいるわけです。
大体、そういうようなことを意図しています。

>>116
私は、原始的な意識であれ、他者の意識であれ、
それらは主体の意識の内側に存在すると考えますから、
創発という概念を必要としないのかもしれません。

118 :でこすけ:2021/06/13(日) 10:37:21.10 0.net
ちなみに階層論的に「感情」はどのように位置づけるのかというと
すなわちそれは「背筋が寒くなる」とか「目頭が熱くなる」とかいった
身体感覚の意味になります。
ただしこの感覚は、たとえば考え事をしているときに意識の中で囁かれている声
がある種の幻聴であるように、基本的には幻覚です。
このとき実際に鳥肌が立ったり涙が出たりすることがありますが、
それはたぶん梅干しを見たら唾が出るのと同じ作用です。
いずれにしても感情は構造的には階層を成す世界の一部分
と言えるものだろうと考えます。

119 :でこすけ:2021/06/13(日) 10:58:10.34 0.net
>>117
相対性理論によると鎌倉幕府の成立と関ヶ原の合戦は同時の場合があり得ます。
となるとひょっとすると応仁の乱の方が鎌倉幕府よりも過去かもしれないわけです。
ただしこの考察は頭がこんがらかるので深追いはしないことにしています。
それでも私たちが時間を勝手に解釈しているということはうかがえるように思えます。

120 :考える名無しさん:2021/06/13(日) 10:59:01.68 0.net
>>117
鎌倉幕府と年代の対応を簡略化すればそうでしょうが、複雑な物語、複雑な背景や
その時点の感情の記述、その出来事から派生して関係する複雑怪奇の無駄やら意味不明の
何か、そして遺物、圧倒的大多数の背景が、自分が今いて
目の前にあるそれより濃密であるなら、同じことはいえないとおもう。
単純化し合理化した知識は単なる情報ですが、目の前のそれも情報にすぎず、
幻想にすぎません。

121 :でこすけ:2021/06/13(日) 11:07:41.75 0.net
>>119
関ヶ原の合戦が応仁の乱の前というのはありうるのでしょうか。
応仁の乱が無ければ関ヶ原の合戦はない気がします。

122 :時計 :2021/06/13(日) 12:52:41.12 0.net
>>120
私は、伝聞/経験の対立した概念を考慮しています。
鎌倉幕府の誕生は伝聞的知識の一例です。

123 :非標準超球面論理 :2021/06/13(日) 14:52:56.85 0.net
鎌倉幕府という「言葉」が成立したのは江戸中期以降あるいは後期・末期さらには明治20年以降という話もw
「幕府」という言葉を正しく運用?するのであれば、鎌倉幕府は1192年以降でないと成立しない、
にもかかわらず、最近では1185年ということになっています。
ちなみに、当時は西暦を使用していたわけではないので、1185であろうと1192であろうと「間違い」ですw
頼朝が今日の「幕府」と呼ばれるような政権を実質的に獲得したのは西暦換算で1185年と同定される、ということですよね。
さらにやっかいなことに、その当時は西洋でもユリウス暦なのです。
現在のグレゴリオ暦ではありません。
1185,1192がどの暦で語られているのかも不明です。まあ、数日から十数日の違いですけどね。
1582/10/15より前のグレゴリオ暦は存在しません。

124 :非標準超球面論理 :2021/06/13(日) 15:03:05.45 0.net
しまた。さらにさらにやっかいなことに、
ユリウス暦は暦法であって紀年法ではないので、いわゆるキリスト紀元となったのは。
西暦10世紀以降であって実質的には西暦15世紀だから...
鎌倉幕府成立のころにはキリスト紀元すら使われていないw
相対論以上に難しい。

125 :非標準超球面論理 :2021/06/13(日) 20:38:34.08 0.net
1185年に鎌倉幕府が成立した。
ところが、その当時には「幕府」が存在せず、1185年という西暦すらも存在しなかった。
つまり「伝聞」ではありえませんし、
「1185年に鎌倉幕府が成立した」というような「事実」すらありませんw
その当時に、1185年も幕府も無かったのですから。
こうなってくると、「その当時」なるものも存在したのかどうか...w

126 :考える名無しさん:2021/06/13(日) 22:18:21.07 0.net
>>114
円の定義は、ある1点との距離が等しい(各点の集合の)曲線のことですが、
それが特別なものであろうがなかろうが、
任意固定のa進法表記で、円周率は全宇宙・全可能世界において
ある特定値bに定まることは事実ですね。
A+B=C、A×B=DなどののAとBが特別なものでなくても、
CやDは固定n進表記で(0÷0などごく一部条件を除いて)特定値に定まるのが事実です。
では、それらの数学的事実とは何かと考えると、
それは人間思考などを超越した真理(の一面)と考えるのが自然だというのが
個人的見解です。

127 :時計 :2021/06/14(月) 04:47:18.92 0.net
>>125
幕府というものはもっと後になってから生まれた概念なんですね。
勉強になりました。:)

128 :時計 :2021/06/14(月) 04:51:00.79 0.net
>>127
個人的には、鎌倉時代という名称も気になります。
あまりにも武家中心主義的ではないかと。

129 :でこすけ:2021/06/14(月) 06:25:26.30 0.net
>>126
私としましてはジャングルやサバンナで原始的な暮らしをしている人々が
どのような宇宙観をお持ちなのかまでは存じませんが、
おそらくたとえば平均的な文明人なら漠然と時間は宇宙空間の隅々まで一定の
ペースで歩調を合わせて流れているものと思っているのではないかという気がします。
しかしたぶんそのような時間感覚は私たちの勝手な思い込みです。
私は相対性理論には懐疑的ですが、
仮に相対性理論が間違っていたとしても時間は相対的なものであろうと考えます。
絶対的な時間は日常感覚から身についた幻想だと思います。
少なくとも知性が持つ普遍的な宇宙観でなければならない理由は無いはずです。
何故なら理性はたいていのことに究極の根拠を示すことができないためです。

同様に私は「超越した真理」というのも日常感覚から身についた幻想であろうと考えます。
少なくともそういったものが客観的に成立しているという根拠は得られないはずです。
ただ、ここでご理解いただきたいのは、私が疑念を持つのは一般的な定理や論理
などではなくて、それを正しいと認識する理性の方だということです。
私たちに「A=A」が正しいか否か判断する能力は有ると言い切れるのか、
有ると考えるのであればその究極の根拠はどのようなものなのか、
ちなみに私はすべての真理とされるものは本当は仮定の域を出ていないと考えますが、
そしてそれでトラブルが起こることはたいていの場合で無いとも思いますが、
いずれにしても絶対的な答えは無いと考えておく方が妥当のような気がします。

さて、「“絶対的な答え”は無い」というのは“絶対的な答え”足り得るのか、
この矛盾から見えてくるのは「言葉」や「知性」といったものに本質的な意味はない
ということだと思います。
少なくとも「思考」という営みは世界の中の必然ではなく、
むしろ何かの副産物のような気がするところです。

130 :でこすけ:2021/06/14(月) 06:29:57.95 0.net
>>129
もしも光速度不変の原理が間違っていた場合、
光源の時間の流れ方は光源に対する観測者の運動状態によって
様々なペースで観測されることになります。
観測者が光源に近づく場合には時計は速周りになり、遠ざかる場合は遅くなり、
光を追い越している場合は時計は反対方向に回っているように観測されます。
このとき、じつはそれは必ずしもそのように観測されているだけだと考える必要はなく、
実際にそのように時間が流れていると考えても差し支えはないものです。
これは見た目がそうなっているだけだと捉えてもいいし、
そうでなくてもいい、つまりどちらでもいいということです。
何故ならどちらが正しいかを判別する究極の基準はあり得ないためです。

光速度不変の原理では「光速度不変」と言いながら、じつは真空中と限定しています。
あたかも真空中の伝播速度が本来の光速度であるかのようなかんじがあるわけですが、
しかしじつはそのように考える根拠はないはずです
(わかりやすいというのは根拠足りうるのでしょうか?)。
光速度不変の原理がなかったとしてもすべては相対的で、
というよりも光速度不変の原理がない方がむしろ光の速度も含めて
本当にすべてが相対的になります。

さて、どのようなメカニズムで光が絶対性を持ち得たのか、
どのようなメカニズムで観測者に対して時空が歪み得るのか、
あるいはこれは「時空のハードプロブレム」と言い得るものなのかもしれません。

131 :考える名無しさん:2021/06/14(月) 09:01:53.87 0.net
絶対的な答えは ないではなく 分からないですよ

132 :考える名無しさん:2021/06/14(月) 12:01:18.01 0.net
数学的事実は人間の思考を要する定理であり、数学の概念は人間の普遍的な認識ツーです、従って定理は数学の絶対的真理です。

133 :考える名無しさん:2021/06/14(月) 12:08:20.47 0.net
ツールです

134 :時計 :2021/06/14(月) 19:36:16.86 0.net
>>129
疑うという行為を疑うということは考えている主体が存在することだ
というデカルト的言説が想起されます。

135 :でこすけ:2021/06/15(火) 07:07:56.71 0.net
今>129を読み返してみると、我ながら飛躍がある気がします。
しかしとりあえず不完全性定理とかいうのがあって(詳しくは存じませんけど)
数学も全体を肯定するためにはn+1項目なるものが必要になるずです。
私としてはチョッカンながら、そこに価値観などの主観が混ざる気がするのです。
たとえば「我思う故に我有り」は「有る」というのがどういうことなのか、
その意味は客観的に与えられているものではなく、思考が自ら決めていること
のように思えます。
限りなく客観的なことというのは有り得るのでしょうか、
私には歴史的事実とされるものでさえ主観が混ざっている気がするのです。
そもそも「絶対的真理」という概念は客観的に与えられた宿命(?)なのか、
主観が生み出した幻想なのか、私には後者のように思えます(飛躍)。
なお「数学的な絶対的真理」というのは数学以外でどうなのかはわからない
というニュアンスを含むかんじがあって、
私にはそれは数学を前提にしている相対的知識のように思えます。

>>84
興味深い動画をみつけました。人間とロボットが会話をしています。
最後のところで「笑い」が話題になります。
https://m.youtube.com/watch?v=Q1tfxQb-ogg

136 :考える名無しさん:2021/06/15(火) 12:42:29.03 0.net
言葉の意味が脈絡として繋がらない意見は主観的なチョッカンで文脈を繋いだ
ものにしかならないし、詳しくない不完全性定理を主観的なチョッカンで繋いだ文脈では
そもそも「我思う故に我有り」の「有り」がどういうことなのか自覚できていないし
客観的に意識させるだけの文章にならない。
不完全性定理、我思う故に我有りの有り、どちらも当人の主観が用いた思考で、
それをもって限りなく客観的なことというのは有り得るのでしょうか
と懐疑的になっても客観性の欠落した思考、意識は変わるわけもない。

そもそも「絶対的真理」という概念は客観的に与えられた宿命なのか?
という懐疑的な主観で思考する宿命が、他でもない自らが課しているし
それが宿命かどうかで絶対的真理の客観的根拠が降って沸いてくるはずもない。
第三者が客観的に見れば、主観的な疑念を持つ運命に過ぎなかったということにしかならない。

絶対的真理の概念とその主観に過失がなければ、歴史的事実に主観が混ざっていようが
いまいが絶対的な真理が真理でなくなることはない。
また、歴史的事実を事実でない歴史が混ざっている気がする。と自ら主観的に決めている
意見に意識的な客観性がないのはいうまでもない。
ある意見が自らの知識で辻褄が合わないなら、その意見は無意識に限りなく主観的な
色眼鏡で描かれた世界を見ているのかもしれない。

137 :非標準超球面論理 :2021/06/15(火) 19:34:16.68 0.net
自己同一性(アイデンティティ)=「存在」を考えると、対象は、対象と反対象の2つがなければならない。
これは対称性であり、南部・ゴールドストーンボソンのようなボソンとなる。
観測された状態では、対象のペアの片方は無限遠点に飛ばされるw
飛ばされてはいるが、対象から反対象へ行って帰ってくる射は合成されて残るため、
観測された対象は恒等射を得る。
これが「対象」の「存在」である。
(注:物理世界の話ではなく、あくまでも人工世界での話)
このような人工世界象から、人工世界の宇宙と意識を同一視する。
(話をすっとばしているが、基本は量子脳理論)

138 :非標準超球面論理 :2021/06/15(火) 20:19:29.88 0.net
ひとつのペアがあれば、宇宙を生成できる。
これが一元論なのか二元論なのかといえば、チャーマーズの自然主義的二元論に近いのだろうが、
立場的には強いAIのロジャー・ペンローズ側にいるw
どちらかといえば☯TAOであり、これを一元とみるか二元とみるかというなら、
ペアであって、切り離されず混じり合ってひとつになることもない。
ひとことでいえば量子状態であり、「量子論」と言い切ってしまってよいのかもしれない。
てか、非標準超球面論理=量子論的TAOだったのかもしれない。
なぜ、「非標準」なのかといえば、有限性(2つの仮想粒子しかないからね)から、無限性を引き出すためである。

139 :非標準超球面論理 :2021/06/15(火) 23:20:43.17 0.net
通常の圏論では、対象と対象をつなぐのが射であり、圏と圏をつなぐのが関手であり、関手と関手をつなぐのが自然変換である。
射と圏の関係は説明を省くが、
射・関手・自然変換ともに「射」であって、階層が異なるという考え方もできる。
では、自然変換から自然変換をつなぐものに名称はついていないのか、というと、特にみあたらない。
圏論の流派によってはあるのかもしれないが、自然変換で打ち止めであるw
あってもよいのだが、たいした意味にはならない、ということだろう。
おそらく、これと同じことが、このわれわれの世界が3次元あるいは3+1次元にみえるということの説明になる。
無限どころかある程度以上の高階な階層は「無意味」だ。
そう考えると、低次元の階層はなんらかの「意味」を生成している。
そして「意味」の階層はある階層で打ち止めになる。
イメージとしては「意味」の進行方向?に対して、ある階層から自由度の方向が変わってしまうため、
縦ではなく横に広がってしまうという感じだ。

140 :でこすけ:2021/06/16(水) 02:32:14.40 0.net
>>136
私は考察なり認識なりは主観がするものであって
それは客観的(客観風)であることはあっても客観そのものにはなり得ない
と考えます。
ときどき客観風視点は誰かの主観の中に現れることがあるけれども
しかし客観そのものを体験したことがある人はいないはずです。
(ちなみに私が想定しいる「客観」とは誰からの視点でもない視点のことです
 たとえば>136の考察は136さんの視点(主観)からによるものであって
 それは私的には間主観という純粋な客観ではないということになります)
そこで誰も体験したからことがないはずの「客観」なるものは本当に有るのか
私は素直な人間ではないのでそこでとりあえず疑念を抱くのです。
そして私は「客観」とは便宜的な概念なのではないかと考えます。
それは場合によっては有効かもしれないが本質的には虚構だということです。
一応じつは「客観」はその実在を肯定することも否定することもできないもの
ではあるとも考えていますが、
それでも私がその存在に懐疑的なのは私がイメージしている世界像の中に
そのようなものが入り込む余地があるように思えないためです。

ただ、私は絶対的真理にも懐疑的であり、
つまり私の主張もファイナルアンサーのつもりはありません。
私はあくまでも私が知る限りで整合する解釈を試みているだけです。
ようするに仮に今日上手くいったとしても
明日新しい事実が判明し、たちまちくつがえることもあり得るわけで、
そしてその可能性を完全に排除することも不可能であり
すなわ永久にその状態から逃れることもないように思えます。
私としては客観を想定するのであれば、そのように考える根拠に興味をもちます。
私には思いもよらなかった事情があるかもしれません。
疑って疑って疑いぬいた結果として客観を想定しているのであれば
そのプロセスには価値があるように思います。

141 :でこすけ:2021/06/16(水) 03:09:20.04 0.net
ちなみに私は私なりに「存在」を理解しているつもりでいて、
たとえば>>11に同意します。
ただし私はそこで「同意」している私自身の理性には近代人として批判的です(理性批判)。
これはじつは「存在していない」ということもあり得る、ということでもあります。
色即是空はあり得るということです。
そして古代から言われているように実際に私は存在せず、
でありながら同時に私は世界そのものでもあるわけです(梵我一如)。

142 :考える名無しさん:2021/06/16(水) 04:30:02.20 0.net
>>135
絶対的答えや真理云々に関しては、
>>131の言う通り幻想でなく、人間には認識不可能な未知なるものだと
考えるのが謙虚で自然なことだと思っています。

143 ::2021/06/16(水) 05:18:43.92 0.net
人を死なせてた女

144 ::2021/06/16(水) 05:19:11.78 0.net
最後に男と閉じて辻褄わせて同じこと繰り返してまた死なす女

145 ::2021/06/16(水) 05:19:40.08 0.net
人を死なせてた女

最後に男と閉じて辻褄わせて同じこと繰り返してまた死なす女

146 :でこすけ:2021/06/16(水) 09:31:01.33 0.net
>>142
私としてもそれは自然だとは思います。
しかし謙虚かどうかは率直に疑問です。

たとえば「色即是空」も「梵我一如」も私が言い出したことではなく
昔のおそらく多くの人が得た悟りです。
普通の現代人の普通の感性ではそういった考え方に同意しづらい部分がある
ように思いますが、しかしここで謙虚というのは、
間違っているのはこちらの方ではないかという視点を持つことだと思います。
そしてよく考えてみると「A=A」にさえ究極レベルでは根拠が曖昧であることに
気づきます。
私たちが(私も含めて)客観的事実があることを当然と思っているとき、
そこで今一度反省してみることこそ謙虚な姿勢ではないかと私は思うのですが
いかがでしょうか。

147 :時計 :2021/06/16(水) 17:55:22.43 0.net
>>146
ブーメラン的というか、A=Aの根拠は曖昧という根拠は曖昧かと思います。

148 :時計 :2021/06/16(水) 17:57:33.14 0.net
>>147
個人的には、A=Aの根拠は理性の限界のように思います。

149 :非標準超球面論理 :2021/06/16(水) 18:49:38.26 0.net
>>139
寝る前に書くと、寝付く間に答えがでることが多い。
これは要するに、関手の関手が自然変換である、ということであり、
学習の学習と同じようなことだ。
二度のcontrolが入ると、functional completeになる。
functional completeな可逆ゲートはCCNOT(Toffoli gate)とCSWAP(Fredkin gate)だ。
CSWAPはcontrolが2つではないが、同じ構造であると考える。
functional completeであることによって、それ以上の階層が増えることはない。
(なぜそうなるかは、トポロジカル絶縁体などを参照w 波が縦か横かと自由度の方向の問題による。
どこで読んだのかは忘れた)
CCNOTもCSWAPも3入力3出力の可逆ゲートである。
それゆえに三体問題を探っていた。
三体問題は、三体の体系では情報が足りないので決定ができない。
CCNOTやCSWAPをみればその意味がわかる(説明はしないよw)。
functional completeである、ということは、そういうことだ(説明略)。

現代思想2020.7(特集・圏論の世界)を借りてきた。
圏論についていいたいことはこの本にすべてあった。
圏論の哲学を考えるにはちょうどよい。

150 :非標準超球面論理 :2021/06/16(水) 19:01:33.82 0.net
A=Aの根拠は、ちょうど考えているところの非標準圏論で与えることができます。
(そのはず)
ただし、それは、A=Aであると同時にA≠Aでもあります。
ようするに量子状態ですw
古典的状態で考えるなら、Aが観測されたのならA=Aです。
Aは反A(非Aや否Aではない)を経由して恒等射(アイデンティティ)を得ることで「対象」(存在)になります。

151 :考える名無しさん:2021/06/16(水) 22:14:59.60 0.net
昔のおそらく多くの人が得た悟りだ、「A=A」にさえ究極レベルでは
根拠が曖昧であることに気付づいている。

当然のようにそう思っているときも、そこで今一度反省してみることこそ謙虚な姿勢
とはいえ根拠が曖昧な考えは、こちらに間違いがあるかどうかの焦点を合わせるべき
見解がそもそもないのだから、視点すら分からないということ。

意見を発する上で、少なからず自分では気付けない誤解や間違いが
あるかもしれないと思いつつも、その意見がベターと思える意味は提供できる前提で
発言するのが謙虚な姿勢だろう(提供するかしないかは別問題だが)

152 :非標準超球面論理 :2021/06/16(水) 23:43:03.50 0.net
A=Aは結構難しいのです。
ロマーン・ヤーコブソンのコミュニケーションの6機能図式をみても、
ADDRESSERからADRESSEEの間には
CONTEXT・MESSAGE・CONTACT・CODEがあって...
特に、語られるCONTEXTによって暗黙の了解などがあって...
これに読者受容理論などをいれてしまうと、もはや正しい受容のしかたは「誤読」しかありませんw
わたしは量子論を基本としていますので、equalの左側のAと右側のAは、
どちらを観測するかによって、観測されない側は(観測された世界から)消失します。
よって、(A=A)∧(A≠A)は矛盾しません。
これを基本にして、A=Aが語られる世界の違いを圏あるいは関手としてあらわそうとする試みが、
非標準圏論なのですw
物理はもとより、哲学や文学などを圏論で図式化するためには必須と考えています。
これを踏み越えてこそ一般不完全性定理が完成されると見込んでいます。
(あ、昨夜、最終不完全性定理を思いついていたのを思い出した。うう、メモっておけばよかった)

153 :考える名無しさん:2021/06/17(木) 04:00:33.77 0.net
Aという人物の似顔絵、一番似ている作品は?
1作品しかない場合、2作品しかない場合、3作品以上ある場合
自画像の場合
そして、容貌が変化し続けるA氏
ゴッホは、イーゼルよろしく3脚の椅子を描くべきだったか

154 :考える名無しさん:2021/06/17(木) 11:27:19.33 0.net
なんで?

155 :非標準超球面論理 :2021/06/17(木) 23:52:06.24 0.net
夢でみた最終不完全性定理を少し思い出した。
例によって0次元球面を使う。点と反点の2つがある。
ある体系下を考える。この体系下に点と反点がある場合矛盾する。
どちらか一方を体系外に押し出せば矛盾は解消されるが不完全になる。
矛盾は「存在」できないとすれば、不完全を選択するしかない。
押し出された点を無限遠点としてつけくわえれば完全な球面になる。
数学的に厳密ではないが、このような感じだったと思う。
この最終不完全性定理は、ようするに古典的1ビットの不完全性および1ビット空間の定義である。
古典的ビットは不完全性からなっており、それが空間の定義でもある。
そしてこれが、アイデンティティを生み出している。
「存在」や「宇宙」や「生命」や「進化」や「思考」や「意識」の根源であり、
すべての哲学問題の「解」でもあるが、たったひとつの哲学問題は残る。
(あくまでも夢の中の話だということに注意)

156 :でこすけ:2021/06/18(金) 06:35:09.75 0.net
>>147
「根拠が曖昧」というよりも「真偽は曖昧」だったかもしれません。
にしても時計さんから「理性の限界」という言葉が出るのはなんだか新鮮ですね。

>>150
私としては反Aと非Aと否Aと本質的にどう違うのかよくわからないながら
ようするにA=Aの正当性は相対的なものであって絶対ではないという解釈とすれば
それはそういうことだと思います(私の考え方はまた後で)。
つまりその正当性の本質は「正しいか否か」ではなくて「有効か否か」ということであり、
一般的な認識レベルではそれが妥当な気がします。

157 :時計 :2021/06/18(金) 09:20:43.66 0.net
>>156
アプリオリに真であることは語り得ない。それは示される。
そのようなことを言ったのはヴィトゲンシュタインだったか。
理性の限界は語り得ない。示される。
そう思います。

158 :時計 :2021/06/18(金) 09:25:42.18 0.net
>>157
アプリオリに真であることの理由ですね。

159 :非標準超球面論理 :2021/06/18(金) 12:14:34.13 0.net
>>157
草稿には「世界の中にア・プリオリな秩序は存在しない」とあるそうですから、
ゲーデル以前にウィトゲンシュタインは不完全性定理に近づいていたのかもしれません。
第0不完全性定理(定理ではなく論考?)かもしれませんw
とうわけで『論考』を再点検したらなかなかおもしろい。
ウィトゲンシュタインは論理的演算としてNANDを考えたようだが、
その当時はなかったけど、ここは可逆ゲートであるCCNOT/CSWAPになるべきでしょう。
アプリオリの突破?は後期の「言語ゲーム」ですね。
「言語ゲーム」を不完全性定理と考えるならば、不完全性定理は最終的に「ゲーム」である。
夢で見た最終不完全性定理は「ゲームの始まり」を告げている。
とすれば、第0不完全性定理は「ゲームの終わり」かもしれません。

160 :考える名無しさん:2021/06/18(金) 12:46:42.76 0.net
量子論で言語ゲームはクリア

161 :非標準超球面論理 :2021/06/18(金) 18:08:23.84 0.net
アプリオリとアポステリオリ。おもしろいですね。
不完全性定理でもあり新実在論でもある。
ウィトゲンシュタインの前期と後期の間にゲーデルの不完全性定理があるのは偶然ではないような。
不完全性定理に対してのウィトゲンシュタインの答えが「言語ゲーム」であると考えたい。

162 :非標準超球面論理 :2021/06/18(金) 18:34:22.22 0.net
そう考えていくと、マルガブは前期ウィトゲンシュタインの焼き直しであり、
単なる失敗であるw
と、この週末は、たったひとつ残された哲学問題を探求してみよう。
はたして(古典)哲学を終わらせることはできるのだろうかw

163 :でこすけ:2021/06/18(金) 18:51:30.06 0.net
>>151
じつは私は「A=A」を絶対的真理ではないと考えているように
「色即是空」も絶対だとは思っていません。
あるいは「A=A」が間違いだというのなら「色即是空」も間違いだということで
むしろ“悟り”は迷信だと思っています。
修行をすると悟りがひらけるというのは虚構というかおとぎ話というか、
ただし“のような経験”を実際にするのだろうとは思いますが、
たとえば幽体離脱が本当は霊現象ではないように
悟りというのも精神錯乱の一種だろうと見ています。
長時間に及ぶ座禅とか滝行とかあるいはグルの血を飲むとかで
心身にストレスをあたえたりすると
たとえば夢の中で支離滅裂な状況でもリアリティが伴うように
特殊なテンションで色即是空にもリアリティがある気がするというだけで
ようは仏教というのは仏像や曼荼羅に宗教性を抱くように
特殊な精神状態にも宗教性を見出すというそういう宗教なのであって
本来真理とは何も関係ないものだと思います。
とにかく私にはこの宇宙に究極の悟りなるものがあるようには思えません。
そのような構造がある気がしません。
もちろん信仰は自由ですから信じたい人が信じるのは自由です。

神は存在しないとか、真偽を明白にすることは残酷な結果を導くことも
ありますけど、
私としては人間というのは騙し騙しではなくて
それでも生きていけるように強くなった方がいいと思っています。
そこで必要になるのはおそらく「プライド」です。

164 :時計 :2021/06/18(金) 19:36:08.42 0.net
>>160
『論考』は読みました。難しかったです。
数理論理学の知識があれば、ある程度、易しいかもしれません。
しかし『論考』はそこを超えているところがあるようで。

>>161
当時ゲームに着目することは現況を考えると流石だと思います。

>>162
確かに世界は存在しないことと
世界の存在は語り得ないことは殆ど同じことかもしれません。

165 :考える名無しさん:2021/06/18(金) 23:12:06.59 0.net
>>163
仮想現実も精神錯乱の一種だろうな

166 :非標準超球面論理 :2021/06/18(金) 23:25:34.84 0.net
„Die Welt ist die Gesamtheit der Tatsachen, nicht der Dinge.“
世界は事実の全体であり、物事の全体ではない。

これを、世界は主観的事実(現象)の集まりであり、客観の集まりではない、とすれば、
主観的現象世界の中に客観的世界は存在しませんね。
ま、ウィトゲンシュタインは万能壁画ですからwなんでも引き出せます。
(知の欺瞞にも使えますが、話の枕としても使えます)

167 :考える名無しさん:2021/06/18(金) 23:38:23.78 0.net
tit for tat

168 :でこすけ:2021/06/18(金) 23:59:22.46 0.net
そうは言っても自然法則はビッグバンが起こる前からあった気がします。
宇宙は無くても自然法則は有効だったような感覚があるわけです。

しかしその自然法則を理解できる知性の存在は必然ではない気がします。
生命の誕生は偶然に左右される印象があり
この宇宙には人類以外にも知的生命体が存在する可能性が高かったとしても
人類も含めてそういうものがひとつも起こらなかった場合もあり得たはずです。
その場合、つまり誰もいない宇宙の中でも本当に自然法則は機能しているのでしょうか。
この問題は検証できるものではないながら、
言いたいことを言っておくだけならそうそうバチも当たらない気がします。

この問題はようするに、誰もいない森の中で木が倒れたとき音はしているのか
の焼き直しです。
ラジオ局が発信する電波はそれ自体だけでは音ではないように
空気の振動は音に変換しなければ音ではないように思えます。
つまり音は意識の中だけに有るもののように思えるわけです。
では空気の振動とはどのようなものでしょう。
空気を構成する素粒子は粒的なものとしてイメージされがちですが
実際には粒ではないようです。
素粒子には映像も音も匂いも味も感触もありません。
固体とか液体とか気体とかそういうものでもありません。
ヒトがイメージしているものは勝手な空想にすぎず、常にそのものとはズレがあり、
そもそも誰もいない森というのがどのようなものなのかさえ人間の理解を超えて
いるもののように思えます。
このとき物体が自然法則に従って振る舞うというのはどのようなことでしょうか。
物体が幻想かもしれないとき、そもそも「物体の振る舞い」というのは成立し得るのか
そこで私のかんじではそれを認識する主観がないところには自然法則さえ成立
できない気がします。
自然法則もまた主観に発見されたというよりも、むしろ発明に近い気がするところです。
これはどれほど妥当性が高い摂理に思えるものであっても(私の主張も含めて)
それは後付の解釈に過ぎないという考え方です。

169 :非標準超球面論理 :2021/06/19(土) 00:02:56.26 0.net
『論考』をさらに読み進めていくと、もはやこれは哲学的圏論を語っているとしか思えない。
ようするに、ウィトゲンシュタイン(の亡霊?)を召喚しようとしているのが哲学における圏論の活用である。

170 :でこすけ:2021/06/19(土) 00:05:04.06 0.net
>>165
おっしゃるとおり、
理性は凶気の一種と考えておくのが妥当のように思います。

171 :でこすけ:2021/06/19(土) 00:14:20.74 0.net
>>87
私は人類が特別なものだとは考えません。
私が生まれる前から人類は存在していたように
人類が誕生する前から何らかの意識的なものは存在していたと思います。
その段階の意識は人類ほど複雑なものではなかったでしょうけど
その段階でもその段階なりの秩序があったのだろうと考えます。
そして人間はその世界の延長上に存在しているとしておくのが妥当のように思えます。

172 :でこすけ:2021/06/19(土) 00:31:01.78 0.net
理性は狂気の一種でした。

173 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 00:45:25.03 0.net
石ころ帽子、パーフェクトアウトサイダーとしての自由

そんな森にいたいという無意識の欲望かまたはトラウマがあるのではないか
唯一まっとうな自分は存在するのに 意識があるのに なんの干渉もできない完全なる疎外
ありていに言えば死後の世界への畏怖

174 :時計 :2021/06/19(土) 01:00:23.78 0.net
>>166
命題=事実であり、物事ではない、と私は解釈します。

>>169
例えば、どのような部分でしょうか。
圏論はよく知りませんが、もしそういうところがあるなら学んでみたいです。

175 :非標準超球面論理 :2021/06/19(土) 01:49:56.12 0.net
>>174
命題は事実そのものではなく、事実の象ですね。
わたしは「語られたもの」と考えています。
物事を、事実が語られたものであるとすれば、命題は物事のほうかもしれませんよw
ウィトゲンシュタインが論考で語っているのは古典的命題論理ではなく、一階(以上の?)述語論理でしょうね。

なんで圏論なのかまで書こうとしてたけど、独逸語原文読んでたら頭痛くなってきたw
wikipediaの論理哲学論考#内容を圏論と対応させてしまえばよいのかも。
論考は、基本的にウィトゲンシュタインの写像理論であって、それはまさしく哲学的圏論です。
同じwikipediaであっても独逸語版と日本語版ではなんか解釈が異なっていますし、
できるかぎり原文にあたるべきかと思います。

176 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 02:28:34.68 0.net
>>170

狂気とは 常軌を逸した精神
理性が狂気の一種だと言葉を履き違える 理性は

177 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 02:30:32.91 0.net
正気の証

178 :非標準超球面論理 :2021/06/19(土) 03:25:31.32 0.net
『理性という狂気―G.バタイユから現代世界の倫理へ』という書籍がありますね。
バタイユが書いたわけじゃありませんけど。
ま、理性と狂気については、
ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』がお薦め。
バタイユの『眼球譚』もね。借りてこよ。

179 :時計 :2021/06/19(土) 03:55:48.02 0.net
>>175
2.141 像は一事実である。
らしいですが……
しかし、像を表現するものが命題ということで良さそうです。
Wikipediaは参考になりました。

180 :時計 :2021/06/19(土) 04:06:30.98 0.net
>>179
ドイツ語、勉強しようかな……

181 :時計 :2021/06/19(土) 04:19:36.24 0.net
私は狂気というものは人の考えの現れであり、
人は飽くまで理性的ではないかと思います。
何を言っているかよく解らないということですね。

182 :非標準超球面論理 :2021/06/19(土) 08:14:19.30 0.net
はっきりいって、論考を追っかけていったら、どんどん整合性が取れなくなるw
原文をあたっても、さっきいってたことと違うじゃねーかよーとw
だから頭が痛くなりました。
2.141 Das Bild ist eine Tatsache.
これたたしかに「像はひとつの事実である」と語っていますが、
2.14 Das Bild besteht darin, dass sich seine Ele-mente in bestimmter Art und Weise zu einanderverhalten.
「像はその諸要素が一定の仕方で互いに係り合っている点に依拠している」
であって、なんかおかしいのです。
2.12 Das Bild ist ein Modell der Wirklichkeit.
「像は現実の模型だ」
なので模型だったはずなのに。
それにこっちは事実ではなく現実です。
ま、ウィトゲンシュタインは厳密に語ろうとして、かえってあいまいになってしまっていますw
一部だけ抜粋すると整合性がとれないんですね。
2.141でいいたいことはわかるのですが、そこだけ読むとおかしなことになります。

183 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 08:33:15.34 0.net
狂気と理性は紙一重

184 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/06/19(土) 08:34:22.56 0.net
理性が飛ぶほどの狂気でなくては。

185 :でこすけ:2021/06/19(土) 09:49:33.40 0.net
>>176
ポーカーで言うと、ブタがロイヤルストレートフラッシュのなりそこないなのではなくて、
ロイヤルストレートフラッシュがブタの一種なんだと思います。

186 :時計 :2021/06/19(土) 11:52:23.12 0.net
>>182
像の諸要素とは何を指しているのか……

187 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 11:54:08.24 0.net
ブタでもロイヤルストレートフラッシュでもパターンを理解できるかできないかが理性だと思います。

188 :時計 :2021/06/19(土) 11:54:16.45 0.net
>>186
例えば人の像であれば、手、足などか。

189 :考える名無しさん:2021/06/19(土) 12:11:05.79 0.net
>>182
ひとつの事実でしかないなんだから現実には模型でしかないわな

190 :非標準超球面論理 :2021/06/19(土) 16:14:47.77 0.net
>>186
いろいろあたってみましたが、
バートランド・ラッセルのintroduction(ここは英語で書かれている)によれば、
「写真は現実のモデルであり、現実は写真の要素に対応しています。
写真自体は事実です。事実物事はお互いに特定の関係を持っています。
写真ではその要素はお互いに特定の関係を持っています」
(pdfを翻訳)
ま、この次あたりにさらに細かく説明があります。(疲れた)
ウィトゲンシュタインが書いたところは、あっちゃこっちゃ参照しながら組み立てていかないとわけわからんので、
迷子になってしまっています。容易に解釈ミスもおかしてしまいます。
ラッセルのIntroductionを読むのがまとまっていて簡単でしょうねw

191 :時計 :2021/06/19(土) 16:28:22.85 0.net
>>190
解説、ありがとうございます。
『論考』はあの節番号は直感的に付けたんじゃないかと思ってしまいます。

192 :時計 :2021/06/20(日) 07:51:57.38 0.net
像を知覚と考えると、何か不都合はあるのかな。
敢えてあまり使わない語を使用しているのですから、意味はあるのだと思いますが。

193 :でこすけ:2021/06/20(日) 10:06:52.93 0.net
>>182
私はドイツ語どころか日本語もままならないたぐいですが
私としては「像はひとつの事実である」ならば
「像はその諸要素が一定の仕方で互いに係り合っている点に依拠している」は、
ただしとりあえずここで言う「像」と「点」がよくわかりませんけど、
とにかく当然の展開のように思えます。
たとえばパソコンもその「像」であり得るならば
つまりパソコンは「モノ」ではなくて「コト」だということでしょうから
私としてはそれはそのとおりというかんじです。
私の認識ではパソコンとは部品の集合の意味であり、
それがパソコンとして存在している感覚は錯覚ということになります。
(これは「像は模型」につながる気がします)
私に言わせれば概念(像)とは如何なるものであっても意味のことです。
つまりそこの流れは像がモノではなくコトとしてあるのが
そういう事情によるためだと説明している気がします。
ウィトゲンシュタインが『論考』で主張したかったことの軸は
「世界は事実の全体であり、物事の全体ではない」(>>166)のようですから
私の解釈は成立すると思いますが
ただし実際にどうなのかはわかりません。

ところでせっかくなので飛躍しますけど
私はウィトゲンシュタインについては『探究』の方が重要のような気がしています。
何しろ天才が自ら『論考』で哲学はオワタとしたものを
あとからわざわざ撤回したというのはただごとではないはずです。
『探究』はアインシュタインで言えば一般相対性理論のような
議論の余地が大アリのものではあるようですけど、
しかしその動機は相当鋭いところを突いているということになっているようです。
ちなみに私としては言語ゲーム的なものは
単細胞生物の頃からやっていたはずだということになっています。

194 :でこすけ:2021/06/20(日) 10:09:14.78 0.net
>>193
「終った」に規制がかかるのは厳しいすぎる

195 :時計 :2021/06/20(日) 10:25:45.75 0.net
>>193
色々と解釈はありますね。
私は事実と物事に関しては、「ある物事がある」という事実こそ
本質的だということだと考えています。
言語主義的だと言えば、そうだと思います。
『哲学探求』は未読ですから、いつか読んでみたいです。
偶然と言えば偶然ですが、今、
『ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎編』という本を読んでいます。
まだ序盤ですが、『論考』の方が面白いかな。

196 :考える名無しさん:2021/06/20(日) 20:48:09.29 0.net
>>146
ここまで来ると、謙虚とは何かという問題に突き当りますね。
人により「謙虚」の意味の持ち方が違えば、
どういう考え方が謙虚かもまちまちなのも当然ですから。

個人的には、事実とか真理、答えなどに関しては、
人間の理性にとって、それらが「ほとんど未知状態」である
→だから、それらが実際にあるかどうかも断定しきれない
→ただ、多くの経験から、それらが「未知」としてあるという仮定(又はモデル)を採用する
存在論・形而上学などは有用である(正当性があるかはともかく)
と考えるのが謙虚だと思っています。

一方で、「梵我一如」や「存在論的独我論」などが
正しいか正しくないか人間の理性ではっきりと判断できる
と考えるのはやはり謙虚でないと考えます。

197 :196:2021/06/20(日) 20:55:16.89 0.net
>>196に補足
要は簡単に言えば、現実世界の事実・真理などについて、
人間の思考・認識内容には完全に還元不可能な未知なもの
という仮定を考えるのが謙虚だということです。

198 :考える名無しさん:2021/06/21(月) 10:13:11.79 0.net
>>170
思い違いは狂気ではなく、間違い或は誤解と考えておくのが妥当な理性の用い方だと思います。

199 :でこすけ:2021/06/21(月) 10:15:59.56 0.net
>>195
>「ある物事がある」という事実こそ本質的
私もそれはそうだと思いますが、
ただし解釈が時計さんとは違いそうですけど、
いずれにしてもこの問題は「語り得ぬもの」の可能性がありそうです。
時計さんはどのように折り合いをつけますか?

これは私の勝手な感覚ですけど、
前期ウィトゲンシュタインというのは、プラトンの洞窟でいうと
見えているこちら側をひたすら解釈したものであるのに対して、
後期ウィトゲンシュタインは洞窟の外側を視野に入れようとしたもの
という印象です。
これはすなわち「語り得ぬもの」の可能性さえありますが、
しかし洞窟の外側はマイケルポランニーはもちろん
ニーチェ、ソシュール、メルロ=ポンティなどもたぶん漠然とながら
意識していたのだろうという気がします。
おそらく答えは検証できない領域です。
私はそこで飛躍することにしていますけど
主観主義は答えの出ないかもしれない問題をどう処理するのか、
ちょっと気になったもんで質問させていただきます。

200 :考える名無しさん:2021/06/21(月) 11:27:55.29 0.net
>>199
主観主義は客観を認めない立場だからこそ、主観的な理解

201 :考える名無しさん:2021/06/21(月) 11:30:36.74 0.net
ちょっと、続きは後ほど

202 :考える名無しさん:2021/06/21(月) 12:37:48.38 0.net
>>201
失礼しました
主観主義は客観を認めない立場だからこそ、主観的に一貫性を持った己の見識を根拠に、自分の理解に責任を持ち、相対的な意見から矛盾が示されれば改修することで、より精度の確かな答えを主観主義的にに見出だしていくことが可能だと思います

203 :時計 :2021/06/21(月) 13:03:18.10 0.net
>>199
何だか激しくデジャブなのですが……

世界がいかにあるかではなく、あることが神秘だ。
ウィトゲンシュタインはそう言ったと思います。
私も基本的には同感です。世界のあることは神秘だ。
あるいは語り得ない。ただ示される。

洞窟の比喩に関しては。面白いとは思いますが、
私自身が外界を経験したことがあるのかはよく解りません。

204 :時計 :2021/06/21(月) 13:11:11.68 0.net
「洞窟の比喩に関しては」の後は読点ではなく句点が正しいです。

205 :時計 :2021/06/21(月) 13:11:57.62 0.net
>>204
逆でした。句点ではなく読点が正しいです。:)

206 :考える名無しさん:2021/06/21(月) 17:31:05.94 0.net
>>163
悟りと思っているだけの色即是空という迷信を「A=A」が絶対真理ではないことの
例え話としてしまった時点で不遜ではないでしょうか。
すぐ埃が出るような騙し騙しな考えでは必要とする誇りも恐らく得られないと思います。
後からじつは私はと本心を見せる捻くれた語り方は唯心論の立場に立っているのですし
控えるべきだとも思います。。

207 :非標準超球面論理 :2021/06/21(月) 17:33:59.16 0.net
>>199
「後期ウィトゲンシュタインは洞窟の外側を視野に入れようとしたもの 」
いいですねぇ。
前期と後期の間にゲーデルの不完全性定理があります。
「洞窟の外側」とは「世界の中にア・プリオリな秩序は存在しない」ということにつながります。
これが不完全性定理と同じものだと気づいて、中期・後期が始まるのでしょう。
中期では青色本・茶色本・数学の基礎篇などがあります。チューリングも講義に参加していますね。
そして『探求』ですね。「言語ゲーム」が不完全性定理に対する答えです。
さらに『確実性の問題』があります。

洞窟の境界に相当するものが、事象の地平線です。
ブラックホール(あるいは逆転させるとホワイトホールにもあります?)の境界です。
われわれがブラックホールの中にいるとすれば、ブラックホールの外側に公理があります。
ホワイトホールの外側にいるとすれば(たどり着けない)ホワイトホールの内側に公理があります。
公理をわれわれの側で定義しようとすると矛盾します。
このようなものをモデル化しようする試みが非標準圏論(あるいは非標準超球面論理)ですw

208 :非標準超球面論理 :2021/06/21(月) 17:45:16.92 0.net
そう考えると、すべては境界(超球面)の表面上に展開されている....
我々の世界は内側・外側ではなく、表面でしょうね。そこに二面性があります。

209 :時計 :2021/06/21(月) 20:27:31.67 0.net
>>207
私は『論考』は洞窟の外側を思惟していると思います。
多分、それも像なのではないでしょうか。
洞窟の外側の存在も。

210 :非標準超球面論理 :2021/06/21(月) 21:06:45.97 0.net
洞窟の外は語り得ぬものですね。
(体系内に入れて)語ってしまうと矛盾する。
「語り得ぬもの」は、語ることはできるが、体系内では無矛盾に定義できない。
アラン・チューリングは1936年、停止性問題を証明した。これは第一不完全性定理に相当します。
そして、チューリングとの対話がある『ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎篇』は1939年ですね。
外側は中期以降だと思います。前期の段階では、それが「語り得ぬもの」でしょうね。

211 :非標準超球面論理 :2021/06/21(月) 21:17:52.76 0.net
ただ、1936年までにウィトゲンシュタインとチューリングが対話してたかもしれない。
チューリングがウィトゲンシュタインの「語り得ぬもの」に反応して講義に参加していたのならばおもしろいのですが。

212 :時計 :2021/06/22(火) 03:17:36.53 0.net
>>210
私達がイデアの影を見ているということは、
ウィトゲンシュタイン的には、対象と像に相当するようにも思います。
しかし、イデアには善のイデアもありますし、
語り得ぬものに片足を突っ込んではいるかもしれません。

チューリングとウィトゲンシュタインの交流は面白いですね。
AIのチューリングテストも言語ゲームみたいですし。:)

213 :時計 :2021/06/22(火) 03:27:24.33 0.net
>>212
私は対象も像であると思いますが、
これがウィトゲンシュタイン的に正しいかどうかは解りません。

214 :非標準超球面論理 :2021/06/22(火) 04:26:43.97 0.net
「対象」は恒等射を持っていますから、圏論的には「(写)像」だ、といっても間違いありません。
(正確には写像ではなく、のようなものです)
ウィトゲンシュタイン的にもそうであると思います。(本人には聞けませんからわけりませんけどねw)

215 :非標準超球面論理 :2021/06/22(火) 04:31:15.46 0.net
わたしの考えるところの非標準圏論は、常に「対象」と「反対象」がペアであり、
それによって恒等射が得られる、が、反対象(あるいは対象の側)は無限遠点(すなわち洞窟の外w)にある、というものです。

216 :時計 :2021/06/22(火) 06:14:29.24 0.net
>>214-215
洞窟の外側の無限遠点の反対象は語り得ないのでしょうか。

217 :考える名無しさん:2021/06/22(火) 11:44:29.18 0.net
語る目的があり、意図があれば或は、ということになるのではないでしょうか。

218 :でこすけ:2021/06/22(火) 16:15:43.21 0.net
>>89
私は意識のハードプロブレムが解明できないのは
実体が二種類あることを前提にしてしまっているためだと思います。
その意味では唯物論の方が二元論よりもまだ可能性があるように思えますが、
とりあえず私としては唯心論を推奨しています。

私はたとえば人魂を見たからと言って霊魂が存在することにはならないように
脳の実物を見たからと言って脳(物質)が本当に存在するわけではない
というようなことを言ってきたつもりです。
ピカチュウのような明らかに存在するはずのないものであっても
それを恒常的に映し出すシステムさえあればしっかりとテレビモニターに映し出されるように
脳という物体は実際に存在しなくても主観がそれを認識できるシステムさえあれば、
しかも複数の主観からの認識が可能になるのではないかと考えます。

物質が存在しない世界では生命の進化も意識の内部で起こることになります。
「内部で起こる」というのはそのように認識されるということです。
私としては意識の内部で起こることはすべて創発と呼ばれる現象に還元される
と考えているのですが、
よって生命の進化もその本質は創発になるはずです
(創発というのは意識の内部に別々に生じた複数の要素に
 それらを統合する要素がつまり意識の内部で生じる現象です)。
ただし現時点では私も細部に至るまでの具体的なイメージは固まっていません。
いずれにしてもこの世界で起こっていることのたいていは
仮想現実と言い得るものだろうとは思います。
つまり生物の進化も仮想現実ということになります。
仮想現実というのは認識する通りのことが客観的に起こっているわけではない
という程度の意味です。

219 :でこすけ:2021/06/22(火) 16:19:52.84 0.net
>>218
話によるとカラスは私達にとっては黒く見えていますが
当のカラス同士ではもっとカラフルに見えている可能性があるそうです。
その場合何故カラスが黒くなったのかを調べてもあまり意味がない気がします。
私達には本当の姿を認識できている保証がなく、
とりあえず見えている特徴をそのまま調べても基本的にとんちんかん
かもしれないということです。

生命の進化では認識上でカギになっているのがDNAです。
しかしDNAは遺伝情報の記録媒体に過ぎず、
たとえば宇宙人が光ディスクを調べたとしても、
それだけを調べたのではそれがCDなのかDVDなのかさえもわからないはずで、
同様に遺伝情報はDNAの再生システムとセットで調べなければ意味のないものです。
じつはこのことは1990年ころに少なくとも栗本慎一郎が指摘していましたが
実際ゲノム計画は思ったほど成果をあげられなかったようです。

一方で栗本慎一郎は生命の神秘の一例として
何故かピパピパというカエルをとりあげています。
https://m.youtube.com/watch?v=1kelgDASd_E&t=80s
そして実際印象としてそのような生命がひとつひとつの化学反応の偶然の連鎖
だけで誕生し得るようには思えません。
つまりDNAをうまくコントロールし全体をデザインしているシステムがある
と考えるのが妥当のように思えます。
ただしそのコントロールシステムについては私もわかりません。
しかし物質の世界にもそのようなものがある気がしません。
私としてはとりあえず知覚の獲得や擬態などから察するに、
何らかのかたちで意識が関わっているのだろうとは考えています。

220 :でこすけ:2021/06/22(火) 16:29:14.65 0.net
>>187
ロイヤルストレートフラッシュというのは「9,10,11,12,13」ではなくて
「10,11,12,13,1」ですけど、本当に理性かどうかは微妙ではないですか?
あれを秩序だというのはひょっとしたら狂気かもしれない気もしたりします。

>>192
ただ単に「像」と言ったら「虚像」も含まれそうな気がします。
私は知覚と言うとリアルタイムなかんじがありますが、
虚像は経験に基づくところがある場合もありそうな気がします。
ただしウィトゲンシュタインがどう考えていたのかは存じません。

>>196
>「梵我一如」や「存在論的独我論」などが
>正しいか正しくないか人間の理性ではっきりと判断できる
>と考えるのはやはり謙虚でないと考えます
私は自分に何ができて何ができないのかをしっかり見極められるのが
ちゃんとした大人だと信じています。
一般社会で謙虚さは大切なことかもしれませんが、
場合によっては謙虚であろうとすることはむしろ目を曇らせることもあると思います。

>>197
私は物理学が現象を観測と不可分のものとして考えるように、
事実や真理も認識や考察と不可分なものとしてとらえるのが妥当のように思います。
むしろヒトを客観的世界から独立している特別なものだと考える方が違う感があります。
悪気のない謙虚さほど傲慢なものはないという考え方もあります。
自分のことを特別だと思っているから謙虚になるのです。

221 :でこすけ:2021/06/22(火) 16:29:54.06 0.net
>>198
「理解することと誤解することとを厳密に区別することはできない」という言葉がありますけど、
実際たいていの人は私も含めて自分が言いたいことを一方的に言っているだけで
よく見てみると会話が成立していないというのはよくあることです。
それでも当人同士は楽しく会話をしているつもりになれるようですから
日本は今日も平和です。

>>202
ここで個人的に気になるのは「一貫性」と「精度」です。
狂った人間だけが頭を使って考えるとは言いますが、
それらを突き詰めていくと本当に発狂しそうな気がします。

222 :でこすけ:2021/06/22(火) 17:13:15.11 0.net
>>203
デジャブとは失礼しました。私は記憶にありませんでした。
ただ「世界がいかにあるかではなく、あることが神秘だ」は確かに見覚えがあります。
確かウィトゲンシュタインは存在の謎を疑似問題として位置づけていたはずですが
しかし存在の謎が疑似問題であることと神秘であることは矛盾はしませんから
それはそうなのだろうとも思います。

ところで私も彼の受け売りで存在の謎は疑似問題だと思っているわけですが
(私は「存在することに不満がある奴は存在しなかったとしても不満を持つ」
 で納得がいきました)
しかし何らかのかたちで解決することもあり得るとは思います。
うまい解釈がある気がするのと、「納得」というのがアバウトなもののように
思えるということと、とりあえず理由はふたつです。
「納得」というのはたとえば幼い子供が親に赤ちゃんが生まれる仕組みを尋ねたとき
生物学的な説明をしなくても「お父さんとお母さんが結婚したからだよ」で納得
することがあるように
けっこう基準はテキトーな気がします。
なお、どういう解釈をすれば存在の謎が謎でなくなるのかはわかりません。
https://m.youtube.com/watch?v=yuD_5b97kR8

なお私が想定している「洞窟の外側」とは
たとえば他人の意識も体験してしまえば自分の意識になってしまうように
外側に出たつもりでも出た瞬間それは内側になってしまうようなものです。
つまり定義として外側は絶対に体験できないものです。
>>209でご指摘のようにじつは私的にもそれは基本構造的には虚像です。
 

223 :でこすけ:2021/06/22(火) 17:49:19.07 0.net
>>222
ただ、私の意識の内部にはその外側の痕跡と思しきものが見受けます。
そして何人かの哲学者がそれについて語っているように思えます。
私としてはそれがあるとは言い切れないながらも
あるとしておいていい気がするわけです。

たとえば土があるから洞窟ができるのです。
つまり私以外の何かがあるから私もあるのではないかと、
しかしじつはここで洞窟というのがうまい例えで、
つまりまさに中身は空っぽです。
世界というのは洞窟の壁面に落ちている影のことで
そしてこの影というのが外部の痕跡のように思えるわけです。
むしろ内側から投影されるということはあり得るのかなと、

224 :時計 :2021/06/22(火) 18:38:54.97 0.net
>>222-223
洞窟の外側には光はありますから、
その意味では、洞窟の外側は意識の内部だと思います。

存在の謎に関しては、それは必然と偶然を超えているように思います。
神秘ですね。必然であり偶然であるような。

225 :考える名無しさん:2021/06/22(火) 23:38:16.49 0.net
>>218
意識より存在のハードプロブレムよりではないでしょうか。
言われる創発現象を認識できるシステムが物質なしで存在するには
心の想定があり、しかし心も心象にすぎませんので
心象によって創発現象をいかに意識し得るのかが、意識のハードプロブレムへの
道筋になるか?
というより進化も創発も意識の内部で起こすシステムの存在が心象によって
言われる仮想現実が現在存在しているのだから
存在システムが創発によってシステム化されている現在の認識(という創発)は
意識するためのシステムというよりも、仮想現実の認識を承知するための
認知形式として生じていそうです。
現実感を仮想現実と承知している存在も心象に過ぎないのかもしれません。

226 :でこすけ:2021/06/23(水) 00:59:53.58 0.net
>>224
私としては洞窟の外側には他の洞窟しか無いと考えています。
大自然とかお花畑とか何か光あふれる別世界があるかのような感覚は
錯覚だと考えます。
影というのは隣の部屋のものではないかと思います。
たぶん壁が障子紙みたいに薄くて向こうの部屋の明かりで影が生じているのです。
ただしじつはその影を見ている人はいません。
私の考えでは、私たちがその影そのものなのです。

227 :でこすけ:2021/06/23(水) 01:42:44.27 0.net
>>225
ヘーゲル並みに難解ですね。
まず「存在のハードプロブレム」というのはどのようなものでしょうか、
「存在の謎」のことでしょうか、ググってもよくわかりませんでした。
また「存在システム」というのは「存在するためのシステム」ということでしょうか、
「存在というシステム」のことでしょうか、
ここのところが曖昧だと、そこに続く部分も曖昧になってしまうかんじがあります。

なお、私としては仮想現実を承知しているのは存在ではなくシステムだと考えています。
意識とか自我とか言われているものは存在ではなくシステムだということです。
何故なら、そのようなものは存在としては探しても見当たらない気がするためです
(つまり何処かにあるかもしれません見落としただけかもしれませんけど)。

228 :196:2021/06/23(水) 02:00:02.98 0.net
>>220
謙虚さ云々よりも世界とは何かが正しく判断できるほど
人間の知性は優れているという思想を持つのも自由でしょう。

ただ、もし謙虚さを考えるなら、
現実世界とは人間が認識・思考できるもの全てではないと考えること、
人間は現実世界の中にいて、その逆の現実世界を超越した存在でないと
考えることこそが謙虚だと思っています。

229 :考える名無しさん:2021/06/23(水) 04:33:38.27 0.net
>>216
点と反点。反点を境界の向こう側とすれば、こちら側にある点は向こう側の反点の虚像でしょうねw

ウィトゲンシュタインにおける「像」は、英語版を翻訳してしまうと「写真」になります。
「写真」は虚像ですね。
「像」は常に「虚像」です。なんてったって「像」なんですから実体そのものではありません。
ただし、ウィトゲンシュタインにおける「像」は「写像」に近いものです。
さらにいえば圏論における「射」です。
ここまで抽象化すれば、「像」とは、「対応(関係)」です。
対応(関係)を投射したものが一般的な「像」ですね。
そうなってくると「像」とは、「言語ゲーム」上でところどころにあらわれてくる「投射/投影」された何かです。

230 :非標準超球面論理 :2021/06/23(水) 05:01:11.17 0.net
>>229
う、早起きしてかいたら、ハンドルいれそこねた。

宇宙(あるいは意識)の構造は点と反点による0次元球面(だけ)であると考えます。
点と反点の境界上の直交補空間がわれわれの世界です。
そう考えると、意識(の根源)はただひとつしかありませんw
これはわれわれの世界が、点と反点の境界という(アナロジー的な)タイヒミュラー空間そのものであると...
機能的完全性によって階層性問題(物理学)などが解決されるだろうとすれば、
この(点、反点、境界)がただひとつの宇宙構造であろうと。
(ただし、この3つ組みから直交補空間が発生するエレガントなシナリオは考え中。
ようするに、ビッグバンのエレガントな発生シナリオ。時間状のなにかができなければならない)

231 :時計 :2021/06/23(水) 06:06:32.23 0.net
>>226
いえ、私の考というかプラトンの考えです。
洞窟の外側は、光ある世界でしょう。

>>229
点は反転の虚像ですか……
逆もまた然りなのでしょうか。
像はpictureらしいですね。
英語版のWikipediaに書いてありました。

232 :時計 :2021/06/23(水) 06:15:15.17 0.net
>>231
「私の考」は「私の考え」です。

233 :時計 :2021/06/23(水) 06:18:43.27 0.net
>>232
何度か書き直している間に、消えてしまいました。

234 :時計 :2021/06/23(水) 07:37:55.42 0.net
>>231
「反転」は「反点」ですね……

235 :でこすけ:2021/06/23(水) 07:42:46.82 0.net
>>219
生物の進化は遠目に見れば徐々にでしょうけど
世代ごとでいえばパッと変わっているはずです。
親父に目玉は無かったけれども息子には有るという具合です。
有るわけではないけど無いわけでもないということはあり得ない気がします。
この変化は形態形成をさせるシステムが非漸進的にしか変化しようもない
ということに由来すると思います。
システムがパッと変われば形態もパッと変わるということです。

何が言いたいのかというと、
この「形態形成をさせるシステム」とは「物体を認識するシステム」と基本的には同じものなのではなかろうか
とフと思ったというお話です。

236 :でこすけ:2021/06/23(水) 08:46:46.78 0.net
>>228
まず私としては謙虚であるか否かと正しいか否かとは直結しないと考えます。
むしろ真理を暴こうとするのは傲慢でなければできないことだと思いますし、
私も自分が謙虚な人間であるつもりはありません。
しかし一応大人として自分の限界は認識しているつもりです。
たとえば自分の意識の外側は最終的にはわからないというのが基本だと理解しています。

しかし私はチョッカン主義とか言って、ここで飛躍します。
たとえばある日暗算の名人なる人物が現れて十桁以上ある数字でもたちまち計算して見せたりします。
話によると彼らはアラビア数字で繰り上がってみたいな計算をしているのではなく、
頭(意識)の中でソロバンをイメージしてその珠を弾いて計算しているようです。
これは実際に私でも68+57くらいならギリギリ可能で
訓練すればもっと大きな数字もできそうな気がするところです。
そこできっと彼らにも私と同じように意識があるのだろうと私は飛躍をするわけです。
この判断は最終的には証明ができるものではありませんが、
矛盾が生じないどころかむしろメリットがあれば概ね妥当と言い得るものだと思います。
つまり意識の中にあるものから意識の外にあるものは
飛躍はしつつもチョッカンである程度なら予測は可能であろうという考え方です。
私としてはそのようにして考えを進めると、
間主観は有っても客観は無い気がするのです
(客観が便宜的に有効であることは変わりません)。

また、私は私が超越した存在だとは思ってはいません。
むしろ私の意識の中に日々起こる様々ないとなみは
一般的な自然現象に還元され得るのだろうと考えるところです。

237 :でこすけ:2021/06/23(水) 09:10:52.96 0.net
>>229
勉強になりました。おそれいります。

>>230
>時間状のなにか
私のかんじでは点と反点は絶え間なく相互作用をしなければ
存在としては意味がないものです。
そこにビフォーとアフターがあるのは必然です。
ビフォーとアフターが無い相互作用は無い気がします。
それがそのまま時間のような気がするのですが、それでは駄目ですか?
つまり境界ができるということは
時間ができるということでもある気がするのです。

238 :でこすけ:2021/06/23(水) 10:20:27.59 0.net
>>231
じつは私としてもなにげにプラトンを批判したつもりです。
プラトンは洞窟の外側にはイデアがあると考えていたようですが
それはないのではないかと。
話によると本来イデアというのは(私は直接は知りませんが)
イメージほど荒唐無稽ではないらしいですけど、
いずれにしても私としては遠巻きながら典型的な錯覚のように見えます。
イデアは実体としてどころか観念的にも不可能だと思います。
私のイメージでは、イデアが普遍的かつ閉鎖的なものであるのに対し、
実際のところではあらゆる「知」は絶え間なく更新され
そして自然に対して開放されているもののように感じます。
「開放されている」というのは境界が無いという意味です。

239 :考える名無しさん:2021/06/23(水) 16:36:15.07 0.net
>>227
仮想現実を承知している存在システムが見当たらないのは、存在も実は存在感という心象でしかなく虚像だからかもしれません、
なんとなくの思い付きですけど。

240 :非標準超球面論理 :2021/06/23(水) 19:20:36.46 0.net
(点、反点、境界)によってできるのは1ビット空間あるいは1ビット(可逆)時間です。
1ビット時空間といってしまったほうがよいかもしれません。
このままではビックバンが起きてビックバン時間(これがわれわれの考える時間の元)が発生することはありません。
時間の発生については思いついて一度書いたはずなので探せばいいだけだのだがw
思い出せないので、よりエレガントなものを考え直す。
あ、イメージ降りてきた。
(点、反点、境界)を交換可能な3つの点とすれば、そのまま量子ビットだ。
しかし、ひとつしかない。2つあれば時間が作れるのに。

241 :でこすけ:2021/06/24(木) 12:14:26.58 0.net
>>240
おそれいります、わかったようなわからないような話です。
とりあえずライフゲームをイメージしました。
条件が満たされないと、この場合では“時間”が死滅するという感じでしょうか。

ところでその「ひとつ」はどこから出て来たのでしたっけ?
また、ゼロからイチ(1ビット)へジャンプできるのであれば
0ビットから2ビット以上へのジャンプもできそうな気がします。
0から1 をつくるのに比べれば1から100をつくるのは簡単
みたいにはいかないものでしょうか。

242 :考える名無しさん:2021/06/24(木) 12:40:45.32 0.net
直結という視点では、はなから>>228は思想の自由と判断の正しさを直結していて
謙虚であるか否かと正しさは直結していないのでは?
考え方そのものが人それぞれで面白いですね
暴こうとする真理なるものが一体なんなのか考えが及ばないし
謙虚な人間であるつもりのない人が
>私たちが(私も含めて)客観的事実があることを当然と思っているとき、
>そこで今一度反省してみることこそ謙虚な姿勢ではないかと私は思う
と少しまえの>>146のときは思えていたり

243 :非標準超球面論理 :2021/06/24(木) 18:53:11.71 0.net
>>241
わかりにくくてすいません。まあ、時間状のものとは(その段階では)認めがたいということ。
(点、反点、境界)を3つの点とすれば、x^2 + y^2 + z^2 とあらわせるかもしれません。
ですが、点が2つあれば3つ目は情報として必要ありません。
なのでひとつを(ct)^2として引いてしまいますw 光速と時刻です。
x^2 + y^2 + z^2 - (ct)^2 = 1 です。これは不変量を表すので存在確率としての1を与えておきます。
xとyで代表させると、x^2 + y^2 = 1です。
不変量は1次元球面(円周)上にあるのです。(整列しています!)
時間は、補助的にあらわれてはすぐ消えてしまいましたw

以前考えた時間の類似物は、NOTオペレーターが自分自身を演算してしまうことで発生しました。
これは、時間が無いのだから、重ね合わせの状態にある、と考えたものです。
おそらく、上で相殺されてしまった部分も重ね合わせとして残ります。
これをなにものかが時間(時空間)解釈すれば時間が生まれます。
そう考えています。

244 :考える名無しさん:2021/06/24(木) 23:38:10.52 0.net
身体は変わるが、食習慣はすぐには変わらない。
筋力が落ちているのに同じ食事をしていれば、食べすぎになる。
エンジンの出力が落ちているのに、それまでと同じ量の燃料を供給しているようなものだ。

245 :でこすけ:2021/06/25(金) 07:49:24.20 0.net
>>243
数式に時間が含まれていないと言われれば「そういうことか」
と納得したつもりになるよりほかありませんが、
それにしてもとりあえず「光」というのは何なのでしょうか。
確かビッグバンで最初にできたのは「光」だったと思いましたが、
キリスト教でも最初に神が創ったのは「光」だったはずです。
「光」は照らすことの他に何か存在意義があったということでしょうか。
むしろこの世界に「光」がある本当の理由は
人間の想像を遥かに超えたものなのかもしれません、なんちゃって。

246 :考える名無しさん:2021/06/25(金) 10:02:24.57 0.net
なるようにしかならない、というのは結果から見た真実であって、
現実には、どのようになるのかをあらかじめ完全に知っている人はいない。
経験により、どのようになるのかを知っている場合、
その経験を成立させている認識されていない前提条件の存在が
潜在性としてつねに控へとしてある。

247 :非標準超球面論理 :2021/06/26(土) 00:18:14.65 0.net
>>245
数式に時間が含まれていないからではなくって、
(点、反点、境界)は1ビット時空間という、時間と空間が未分化の状態です。
どちらに解釈してもよいのです。
しかし、時間として大事な、「今ここ」しかないということを見出すもの/見出させるものが無い。
x^2 + y^2 + z^2 - (ct)^2が不変量だ、というのはミンコフスキー空間ですね。
時間として認められるようなものは、このへんがヒントになるのではなかろうかと思っています。
不変量が1次元球面(x^2 + y^2)上にあるのであれば、これを3次元に投影したとき時間の類似物が現れるのではないかと。
ようするにごにょごにょっとして錬金術的に時間をつくりだそうとしているのですw
ま、フーリエ変換すれば時間に変換できるので、「波」ですね。どこにどのようば理由/理屈で「波」があらわれているのか。

248 :でこすけ:2021/06/26(土) 08:29:05.67 0.net
>>247
ご丁寧に痛み入ります。
確かに前のところで「1ビット時空間」という表現がありました。
見落としていました、失礼しました。

ところでアホがしつこくてすみませんけど
>247では気になるところがとりあえずふたつあります。
まず、それでは時空間は私たちの宇宙では本当に分離されているのか
という問題です。
距離というのは情報伝達のタイムラグに対する解釈
ということで説明がつく気がする、
つまり空間は時間の一種かもしれません。
あと、時間は時間を認識できる何かが存在して初めて流れる
時間を認識できる何かが存在しないところでは時間は流れない
ということを前提にしておられるようですけど、
これは一般的な直観とは異なることです。
ただ「見出すもの/見出させるもの」というのはいわゆる「認識」とは
微妙に違う気もします、いかがでしょうか。

249 :でこすけ:2021/06/26(土) 08:35:41.44 0.net
>>239
私は「客観」や「絶対」などの実在性には懐疑的ですが
それらが便宜的に有効であり得るケースもあるとは思います。
たとえば透視図法における「消失点」は平行線が無限の彼方で交わるという虚構
を前提にしていますが、方法論としては有効だったりするようなものです。

もしも絶対的な視点があるとするならば
私はこの世にはじつは何も存在していないという可能性も有り得ることになる
と考えます。
これはもちろん「我思う故に我在り」は完全に間違っているということです。
ただしそれは、何も無いかもしれないし、やっぱり何かが有るかもしれないし、
つまりあくまでも可能性のはなしです。
そして私たちは「私」という相対的な視点で考察するしかないという現実があって
さらにこの世界には何かが存在していることを確信しつつ存在しています。
また、そのように考えておいても差し迫った差し支えがありません。
ようするに私たちにとっては仮想現実を認識するシステムは機能しており
それを前提に話を進めてかまわないと言い得るということです。
もはや「我思う故に我在り」は解釈のひとつにすぎないということになりはしますが、
とりあえずは有効ということです。

なお、私はモナドは「境界」と「内部」とからなると考えますが、
その認識システムは境界上にあるのであって、内部にあるわけではない、
むしろ内部はからっぽであろうと考えています。
(ここで何故「モナド」という言葉を使っているのかというと
 精神、意識、自我、心、感覚、表象などではどれも違う気がするためです
 それらはすべて境界上にあるもののような気がします)

250 :でこすけ:2021/06/26(土) 08:48:57.73 0.net
>>238
イデアとイデア以外とでは明確な違いがある気がしますが、
自然の一部としての知といういとなみには
知と知以外とで明確な違いがある気がしません、
ということを言いたかったようです。


>>242
先日私が見たユーチューブの動画によると、SNSが発達して判明したことは
世間様のマジョリティが長文を読めないということだそうです。
知識層でさえちゃんとした理解力がないし、
まして行間などは読めるはずもないそうで、
本来ホンネは表さない日本人にとってはたいへん厳しい実情です。

このことは、何故私が上のことを>242に対して当てるのか、
その意味を説明しなくても理解できる人とそうでない人とに分かれるであろう
ということにもなります。
しかし私はそのような現状をあえて改善しようとは思いません。
種は枝分かれをし、どちらかが淘汰されるのは自然なことだと考えるためです。
人間の勝手な主観で絶滅危惧種をフォローしてはいけないように
むしろ健全なことのようにさえ思えます。
ただし文明は未開よりも先に滅びるでしょうから微妙なところです。
(たぶん知性の発達は過剰適応です
 たとえばまともな知性があったらよっぽどでないと結婚できません)

251 :でこすけ:2021/06/26(土) 08:58:09.66 0.net
>>250
まるで私に状況を改善する能力があるかのごとしですね。
「改善する必要があるとは思いません」に修整させていただきたいです。

252 :考える名無しさん:2021/06/26(土) 11:51:34.21 0.net
ダレカリカイデキタヒト オシエテ クダサイ

253 :時計 :2021/06/26(土) 11:53:17.96 0.net
>>250
動物知と人間知の違いでしょうか。

254 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍師悪魔召喚居士:2021/06/26(土) 12:52:49.30 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=hwHoDeJqzGM

255 :考える名無しさん:2021/06/26(土) 16:06:27.62 0.net
>>250
私が聞いたところによると 長文を読めないのではなく読みたいように読むのがマジョリティだ そうです。知識人は 知識層から理解する力があるということのようです。
行間は、自ずから気づかせる手段に用いられたりしますが、具体的に真意を表せない人にとってはたいへん厳しい実情です。

何故私が上のことを>250に対して当てるのか、その意味を説明しなければ注意しない人もいるかのしれないと考えたためです。
そして私はそのようなは状況では、あえて率直に意見するべきだと思います。

行間で意見は割れたりしますが、分かりやすい意見が理解されるのは自然なことだと考えられるからです。

人の勝手な主観で、理解され難い人が自然淘汰され、それが健全かのように自己主張をフォローするのはむしろ不健全なことのようにさえ思えます。
  
結婚については、まともな知性がないものでもできるにはできるでしょう、しかしまともな知性がなければ、よっぽどでないと添い遂げられないでしょう。

256 :非標準超球面論理 :2021/06/27(日) 02:48:05.78 0.net
・を2つ。これを結ぶ。
・ー・
線の中心を持って引き上げる。

さらに三角の中心を持って引き上げると四面体。
さらにその中心もって引き上げると五胞体。四次元図形だ。
間際無く、次元あるいは階層が増えていくので、この考えは保留していたが、
「機能完全性」である。
機能完全性によって五胞体の構造が崩れて時間状のなにかが発生するのではないか。
そうなると、「意識」もこのような構造を持っている可能性が高いw
すでに時間があるのに、さらに時間状のなにかを持っている。
ま、そうでないと、過去や未来を想起することはできないだろう。

さらに考えれば、生命や進化なども独自の時間を持っている可能性がある。

257 :でこすけ:2021/06/27(日) 07:53:16.01 0.net
>>252
まず自分で考えてもらいたいのです。
すると何がわからないのかがわかります。
わからなかったら聞いてもらいたいのです。
ここでは一般的に言って、ある程度具体的である必要があると思います。
答えが出たら答え合わせをするのが望ましいです。
しかし回答とされるものに対しても、どこかでは懐疑的でありたいです。

理解するのは記憶するのと違います。
たいていの文章はなんとなく読んだだけだと理解はできません。
書く側としては読んだだけで誰もが自動的に理解できる文章を書けたら面白い
とは思っていますが、私はたいてい失敗します。

258 :でこすけ:2021/06/27(日) 08:16:12.38 0.net
>>253
私は動物と人間との間に本質的な違いがあるような印象はありませんけど
やっぱり違うものなのでしょうか。
解説がいただければと存じます。

>>255
環境に適応しすぎると淘汰のリスクが高まるらしく
文明に適応した進歩的文化人はあるいはヤバいかも
というお話です。
しかし知能の発達は徹底的に徹底すればワンチャンある気もするところです。

>>256
私はむしろたとえば素粒子がそうであるように
時間そのものは何者であっても体験できない何かのような気がしています。

259 :時計 :2021/06/27(日) 08:38:37.51 0.net
>>258
言語と数学が思い当たります。

260 :考える名無しさん:2021/06/27(日) 09:41:03.06 0.net
まず何がわからないのかがわからない人に聞くには具体的である必要がありますが、どこかで懐疑的でありたい人には答え合わせもむづかしいでしょう。

「理解するのは記憶するのと違います」などと何となく書かれた文句では、その記憶からなにをして理解しているのか意味不明でなに一つ中身がない。ただそれだけ

261 :考える名無しさん:2021/06/27(日) 16:45:11.98 0.net
>>258
淘汰のリスクが高まり、進歩的文化人が危うくなる心配は全くしていないが、創発とやらで暴走した仮想現実の存在は現実的に心配だ、脳の認知機能低下が加速していそうでもっと近い将来ヤバそうな気がするからである。

今時できるできないという時代錯誤な結婚観がもう絶滅危惧種と言えなくもないw

262 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 02:39:47.83 0.net
レインマン(サヴァン)は、「理解する」はしないけど
「記憶する」はしてたな

263 :でこすけ:2021/06/28(月) 06:08:34.42 0.net
>>259
私としては言語どころか数学も特別なもののようには思えません。
数学はようするに言語の一種ですし、
言語はコミュニケーションの一種にすぎないように思えます。
記号というのは象徴の一種ということで
コミュニケーションをする際には必ず関わるもののように思えます。
また、人間だけが「虚構」を理解できるという説がありますが、
私は懐疑的です。
人間以外の動物は事実しか認識できないということのようには思えません。
むしろすべての生物が仮想世界を生きているように思えます。

量(規模)が質に通じるということがあり得ますが
この場合ではよくわかりません。

264 :でこすけ:2021/06/28(月) 06:24:31.96 0.net
>>260
>どこかで懐疑的でありたい人には答え合わせもむづかしいでしょう
私がこの一文とその前後から感じるのは閉鎖的な言語体系です。
「理解する」というのはどのような現象なのか、
私には一般に考えられているようなことではないと認識していますが
つまりウィトゲンシュタインが「言語ゲーム」と表現したように
むしろ意味がないもののように思われます。
じつは最初から答え合わせなんてものはないのです。
文脈の中で場合によっては便宜的に成立するものでしかありません。

私は以前申し上げたように基本的には哲学は終わったと考えているわけですが
その上で私が問題にしておきたいのはじつはモチベーションです。
たとえば意識のハードプロブレムに対して
これは人間には解明し得ないことだとして放棄してしまうのか、
それでも考えるのか、
その昔、カミュに『シジフォスの神話』ってありましたけど、
ようするに意味がないからどうした!?っていうはなしです。
ただここで>250のようなものを投稿してしまうと大半の人は考えるのを止めて
しまうだろうとも思いますが、
中には何糞根性を発揮してくれる人もいるかもしれません。
さて「方法的懐疑」という言葉を記憶はしていても他人事だと思っている人には
どうしたら方法的懐疑をしてもらえるのでしょうか。
何故意識のハードプロブレムは解明できないのか、
その原因になり得るものとしてはどのようなものを考え得るのか、
その原因はどのようにして克服し得るのか、
そもそもその問題は本当に成立していたのか、
私には順番に考えていくしかないように思えますし
また考えてみればけっこう答えはわかる気がするのです
(じつはそうでもないですけど)。

265 :時計 :2021/06/28(月) 06:51:01.58 0.net
>>263
なるほど。
しかし、言語も数学も人間の特性だと思います。

266 :でこすけ:2021/06/28(月) 07:01:05.09 0.net
>>261
地球上に生命が誕生して以来、何度かの大量絶滅があったらしいですけど、
じつは今も恐竜の絶滅以来の大量絶滅期だとのことです。
その原因なんですが、どうやら人類の出現と関連しているようです。
つまり乱獲や自然破壊が思いのほか膨大な種を絶滅に追いやっているとのことで
ここで生態系のことを心配すれば進歩的文化人を含めた人類そのものが
滅びるべきだということになるかもしれません。
ただ人間も自然の厳しさを前提にその一部として生きる権利がありますから
じつは滅んだのも滅ぼされた側の自己責任だったかもしれません。
その結果人類が滅んだとしてもそれはそれで自然なことで
それほど悲観することではないのかもしれません。

267 :時計 :2021/06/28(月) 08:13:31.69 0.net
>>265
要するに人間は動物だから同じようなものだろう
という議論で、同意はできません。

268 :時計 :2021/06/28(月) 08:15:47.32 0.net
>>267
寧ろ動物は人間のようであるという逆説は成立しないか。

269 :でこすけ:2021/06/28(月) 09:34:02.88 0.net
>>265
確かに「特性」と表現すればそれはそうだと思います。
となると動物知と人間知との違いというのは
基本的な仕組みが同じでありながら、どういうことになるのでしょか。
また、動物知は人間のいとなみとどう関わるのでしょうか。
私の人生ではほとんど動物知なるものを意識したことはなかったのです。

270 :時計 :2021/06/28(月) 10:07:19.48 0.net
>>269
イデアは人間知の例ですね。

271 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 12:00:26.26 0.net
>>266
その通りだと思います

272 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 12:16:17.12 0.net
>>269
そもそも動物知、人間知は、どういった概念を指すのか知らないので、印象 になりますが、思いついたのは動物知というのは、人間知の土台となった学習パタ−ンみたいな感じなのかなとんなんじゃないでしょうか

273 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 12:18:12.69 0.net
>>272
んなんじゃないでしょうか

は、消し忘れです。

274 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 12:43:25.59 0.net
>>271
とはいえ、悲観するしないかに関係なく、人間というのはそういう場面に直面すると否応なく
物悲しい気分になるのは自業自得というより、感情の動物故ということなのでしょう。

275 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 13:23:58.03 0.net
子供のころにそういう感情を植え付けられただけだろ

276 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 13:25:22.76 0.net
死んだふりする動物は人間より賢いぞw

277 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 14:31:00.74 0.net
別にハードでもないでしょ

278 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 15:01:32.84 0.net
>>275
植毛かw

279 ::2021/06/28(月) 16:13:11.72 0.net
晃代、
好きだよ
回ってくるからね

280 ::2021/06/28(月) 16:53:36.39 0.net
海よりも深いんだね

281 ::2021/06/28(月) 17:00:45.02 0.net
今度は小国神社の方回ってくるからね
欲しいもの何か伝えておいてね

282 :時計 :2021/06/28(月) 17:06:58.76 0.net
>>270
いや、犬にドッグフードのイデアなどはあるかも。

283 :考える名無しさん:2021/06/28(月) 18:16:51.39 0.net
>「それじゃ、何がいちばん大事なんだね」とヴィルヘルムは急いでたずねた。
― 「その答えは簡単だ。思考と実行、実行と思考、これがあらゆる英知の
総和だね。昔から知られ、昔から行われてはいるが、誰もが理解しているわけ
ではない。この二つは、吐く息、吸う息と同様、人生においては、永久に
つづき、相互に働かなければならないのだ。問いと答えのように、一方が
あって他方がなければ成り立たないのだ。新たに生まれてくるすべての者の
耳に、人間悟性の守護霊がひそかに囁くこと、すなわち、実行を思考によって、
思考を実行によって検証することを原則とする者は、誤ることはありえないし、
誤ってもただちに正しい道に連れ戻されるのだ。」<
ゲーテ、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代(中)』、岩波文庫、pp.196-197

284 :でこすけ:2021/06/29(火) 07:07:03.97 0.net
>>272
人間知が動物知と同じ仕組みのものだったとしても、
つまりそれらのあいだに本質的な違いが無かったとしても、
しかし人間知には何らかの独特な特徴があるということなのだろうと思います。
それは論理とか記号とか価値とかの表層的なものではなく
深層というか構造というか、そういう部分にある気もするのですが、
やっぱりただの気のせいかもしれません。

>>274
しかしそういう気持ちになるのは意味がないことではない気がします。
たまたまではないということです。
むしろ本能として我々にセットされている機能の発動ような気がします。

285 :時計 :2021/06/29(火) 07:18:04.80 0.net
>>284
論理はかなり人間的だと思います。
記号や価値は犬や猿にもあるように思います。芸とかしますし。

286 :でこすけ:2021/06/29(火) 07:30:16.66 0.net
>>282
私としては犬にも「食べ物」というイデアはあるような気がしますけど、
いわゆる「ドッグフード」は理解できない気がします。

私たちは何かの用事でペットを人に預けたりすることがありますが
人間側はほんの少しのあいだのつもりであったとしても
ペットにはそれを理解できず
場合によっては大変な不安に襲われているかの如き表情をすることがあるそうです。
理解すると不安が取り除かれる、そのあたりに人間知の本質があるのかもしれません。

287 :でこすけ:2021/06/29(火) 07:38:29.40 0.net
>>285
そう指摘されると何をもって「論理」とするのか、
たとえばパブロフの犬はベルが鳴っても餌が出てこないとき
「理不尽」とか思うのでしょうか。
論理学はほぼ間違いなく人間独特だと思います。

288 :時計 :2021/06/29(火) 08:19:25.18 0.net
>>286
ドッグフードは人間視点ですね。
動物は刹那的なのかもしれません。

>>287
「学」は人間的だと思います。
世界を体系的に理解しているのは人間だけかなと思います。
一人の人間のできることは小さいかもしれませんが。
パブロフの犬は「期待を裏切られた」と思うのではないでしょうか。

289 :時計 :2021/06/29(火) 08:38:45.31 0.net
>>287
何を持ってそうするのか、という発想が論理的であるような。
英語だと、論理も論理学もlogicですよね。
そこにヒントはあるような気はします。

290 :でこすけ:2021/06/29(火) 11:28:59.94 0.net
>>289
「何のために生きるのか」という疑問はヒト独特かもしれません。
かと言ってヒト以外の生物がすべて本能だけで生きているとも思えません。
ヒトだけがその部分をことさら発達させたということなのでしょう。
ではそのメリットとはなんでしょうか。
ヒトだけの止むに止まれぬ事情です。

291 :考える名無しさん:2021/06/29(火) 12:17:05.14 0.net
>>284
たまたまでしょう、本能はあくまで野生動物に備わった能力で、人間にセットされている機能であれば本能とは言わないという意味です。

292 :考える名無しさん:2021/06/29(火) 17:02:06.95 0.net
>多数ほど不愉快なものはない。なぜなら、多数派少数の強力な指導者と、
大勢に順応する人間のくずと、同化する弱者と、何を望んでいるのか
まるでわからずノコノコついて行く大衆で出来ているからである。<
ゲーテ、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代(中)』、岩波文庫、p.291

293 :考える名無しさん:2021/06/29(火) 17:02:48.00 0.net
誤:多数派少数の
正:多数は少数の

294 :時計 :2021/06/29(火) 17:17:55.39 0.net
>>289
「持って」は「以って」です。

>>290
何のために生きるのでしょうね……
私は来世はあると考えますが。
その意味ではその問いは超越的です。

295 :考える名無しさん:2021/06/29(火) 17:40:30.90 0.net
でも、マラを洗ってないんだろ?

296 :時計 :2021/06/29(火) 17:55:08.04 0.net
>>295
仏教徒ですか。

297 :非標準超球面論理 :2021/06/30(水) 00:32:45.76 0.net
は! ウィトゲンシュタインの言語ゲームに対するチューリングの答えがチューリング・テストだ。
そして、イミテーション・ゲーム。
チューリングはイミテーション・ゲームもチューリング・テストと等価だと考えていたらしい。
なかなかおもしろい。
原論文を探して読まねば。

298 :非標準超球面論理 :2021/06/30(水) 01:00:59.98 0.net
Computing Machinery and Intelligence
これか。

299 :非標準超球面論理 :2021/07/01(木) 01:03:28.48 0.net
読んでみると思っているのと違った。
模倣(ミメーシス)そのものには踏み込んでいなかった。
ちょっと残念だが、単なる機械知性の判定法についての論文ではなかった。

「模倣」のシステムを解明してみたい。「模倣」なくして「意識」はないだろう。

300 :でこすけ:2021/07/01(木) 09:07:12.49 0.net
>>294
時計さんには申し訳ないんですけど、私は来世には否定的です。
仕組みとしては転生はあり得るとは思いますが、
順番待ちをしている魂に対して生命体(いれもの)の方は圧倒的に少なく、
事実上で生まれ変わるのは相当無理な気がします。
私たちは受精の時点で大変な競争率を勝ち上がっているわけですけど、
それに比べると身体を獲得する際の競争率は圧倒的にレアだと考えます。

ヒトが来世や死後の世界を考えたのは、
たぶん現世に希望を持てなかったからだと思いますが、
しかし私は現世をちゃんとすることに意義があると考えます。
ちょっとコクですけど、本来はヒトはどのような環境に生まれ合わせたとしても
試練は何らかのかたちで克服できるものだと思います。
現世をちゃんとやれば死についてもネガティブなものではなくなるはずです。
私は「思考」は脳に依存すると思うので
魂が身体を失うとそれに伴って思考能力も失うということになるわけですけど、
つまり事実上の「永眠」はそれほど悪いことではない気がするのです。

301 :時計 :2021/07/01(木) 09:35:51.77 0.net
>>300
うーん、別に申し訳無くないですよ。
そういう考え方もあると思います。
現世をよく生きることには賛成します。

302 :時計 :2021/07/01(木) 09:37:50.94 0.net
>>301
よりよく生きるですかね。その方が易しいです。

303 :時計 :2021/07/01(木) 09:46:15.85 0.net
>>300
まあ、異世界転生であれば、可能ですが。:)
私は、来世は異世界というか超越的だと思っています。
時間が二次元であるとか。

304 :でこすけ:2021/07/01(木) 10:35:52.41 0.net
私はこの世界に存在するすべての魂的なものは
開闢の瞬間にすべて同時にすべて同時に誕生したのだろうと考えます。
そして魂は文字通りで永遠に永遠に不滅であろうとも考えます。
私はからだを失うことを残念に思うのではなく、
生まれてこれたことに感謝をできる強靭な精神力を持ちたいと思います。
銀河鉄道で言ったら、たまたまみんなと同じ列車で旅をして、
そしてやがて別々の駅で降りていくわけですけど、
その際には別れを惜しむのではなく
一緒に乗り合わせることができたことをラッキーと思っておくような、
つまりある種の超人思想です。
https://m.youtube.com/watch?v=npN4tLYCkEk
(デジャブというよりも永劫回帰ということで…)
 

305 :でこすけ:2021/07/01(木) 10:48:54.30 0.net
>>303
>来世は異世界というか超越的だと思っています
なるほどびっくりですね!
どこからそんな話が出てきたのか超絶気になります!

306 :でこすけ:2021/07/01(木) 12:13:11.23 0.net
>>291
私としては「本能」というのが学問的にどのように考えられているのかまでは
よく存じませんが、
個人的なイメージとしてはとりあえず不可解なものです。
多分生物は本能的な衝動に基づいていろいろなことをやっていて
そしてそれが結果的に個体維持や種族維持につながっているんでしょうけど、
たとえば種族維持でいうと普通の生物は繁殖期に起こる性的衝動にもとづいて
つまり子供をつくろうと思って生殖行動をするわけではないのにもかかわらず
しかし結果的に子孫を残すことになるとか、
ようするに動機と結果が意識レベルでは直結していないかんじがあります。
一般的に言ってこれは偶然にそのような機能を獲得したものが自然競争のなかで
生き残る可能性が高かったということではなく、
そのようにセットしたシステムがあると考えていい気がします。
食べたいものを食べると結果的に栄養になる、
眠たいので眠ると結果的に体力の回復になるなど
似たようなことはいろいろあって、すべてがたまたまとは思えません。

そしてヒトもまたこのシステムから何らかのかたちでコントロールを受けているはずです。
もちろん今とりあげているケースについては相応の議論があるのだろうとは思いますが、
私としてはそれについても「子どもたちに悲しい未来を残してはいけない」
と考えて私たち自身の行動もそれを回避する方向へ変わっていくことがあり得ると思えば
そこでそのシステムの関与を予感したりもするわけです。

ちなみにそのシステムがどのようなものなのかについて
私は意識のハードプロブレムともおおいに関わる気がしているので
この話題で引っ張ってみる価値はある気がしています。
実際には多分これ以上論じることはできないとも思いますけれども。

307 :美魔女:2021/07/01(木) 12:16:59.34 0.net
他性と実在  
レヴイナス、ハーマン、ホワイトヘッドを通して。

ジェイムズの宗教論


世界と個
現実からモナドへ


アクチュアル、エンティティとモナド


ホワイトヘッドとメルロポンティ

ホワイトヘッドと平和

308 :でこすけ:2021/07/01(木) 13:26:26.81 0.net
>>291
ちなみにヒトの本能についてです。
ヒトは本能が壊れているみたいなイメージがありますが、
それでも赤ん坊のうちにはいろいろな状況でけっこう本能的な反応をしている
ということを聞いたことがあります。
たとえば口の中に突起物的なものをふくませるとナントカ反応とかいって
つまりオッパイを吸うかんじでなから自動的にチューチューはじめるそうです。
動くものがあればそれを目で追うとか、手に触ったものを掴もうとするとか、
そういった反応は自ら生きようとする試みだとのことですが、
ようするになにげにじつは赤ん坊はアニマルだというわけです。

ここからは私の空想がまざりますが、
本能の一種で「すりこみ」というのがあって
つまり生まれて最初に見た動くものを親だと思い込むというやつですけど、
私としてはヒトにも似たようなことはある気がしています。
とりあえず「モラル」と「愛情」です。
幼少期にしつけを受けなかったものはある一定の年齢を超えてしまうと
改めてしつけをされてももはやモラルを理解できなくなってしまう傾向がある
ように思います。
愛情についてはじつはヒト以外の生物でもそういうことはあるらしいのですが
この場合は歳をとってから初めて受けた愛情は愛情としては理解されず
まして自ら他の個体に愛情を与えることは無理ゲーになるそうです。
大人の責任は重大かも、というおはなしです。

309 :でこすけ:2021/07/01(木) 14:05:20.54 0.net
>>299
「言語ゲーム」を私なりに解釈しますと、
つまり「価値(真善美など)」というのは目的ではなく手段だったということです。
となると本当の目的は別のところにあることになります(「真」も含めて)。
しかし「価値」には意味がまったくないわけではなく
むしろ意味があるからこそシステムに採用されたはずです。
ここで重要になるのは一連のシステムを構築したシステムだと思います。
そもそもシステムとは何なのかが問題になる気もしますけど。

>>307
そういえばトランスパーソナル心理学なんていうのがありましたね。
私はあれは論理学の基礎にするべきだと考えます。
「A=A」は構造的に神秘体験と同じだということです。
私の元ネタだったと思いましたが、何故かすっかり忘れていました。
懐かしいです。

310 :考える名無しさん:2021/07/01(木) 15:31:32.67 0.net
>>308
赤ん坊は生まれてすぐには見えはないので
すりこみの波及効果に期待はできなさそうです
体験・経験による学習能力によるところが大きいかと

愛情を与えることが無理ゲーになるか・・・
一概には言えないでしょう、とんでもない殺人鬼で
子にも継続的に強烈な虐待をする親のもとに生まれた子でも
親が刑務所に入ったあと施設で育ち、
成人した兄弟のうちの一人の人生を伝える報道番組がありましたが
まじめに働き現配偶者と知り合い、
仲良く暮らしているというケースもありました。

311 :美魔女:2021/07/01(木) 16:29:23.29 0.net
>>1
客観は主観ではありません。

学問的分析に於いて分析されないものは
社会的世界に対する研究者の主観的関係及びこの主観的関係の前提となる客観的な社会的関係の実践に対する認識論的反省を経ない以上主観主義も客観主義も批判を免れることは出来ません。
だからといって主観主義、客観主義の各々の認識様式の限界に留まるだけでなく

それは同時に
社会的世界についても相反する主観的客観的な二つの認識様式の両立を説明して主観的客観的な対立の乗り越えは
対立する認識様式の産み出す条件であります。

分析が可能性ある枠組みとして社会的世界の位置付けを改めて新しい理論の枠組みとして要請が必要となります。★

312 :時計 :2021/07/01(木) 17:09:36.79 0.net
>>305
もし神がいるのなら、死後何を言ってやろうかとか、考えるのも楽しいと思います。

>>311
私の考えでは、主観と客観は対立していません。
あらゆる客観は主観に通じると考えます。
私は、研究者ではありませんが、それはいいとして、
認識論的反省をしていないということはないかなと思います。

313 :時計 :2021/07/01(木) 17:12:22.86 0.net
>>312
現世で言ってもいいと思いますが。

314 :非標準超球面論理 :2021/07/01(木) 18:08:24.48 0.net
ゲーデルの模倣ゲームを細かく評価しようとすれば、ゲーデルがLGBTでもあり、
批判を浴びそうなので難しいw

ここは性別を扱わず、より抽象化して、「模倣」という問題と「騙す」という問題を考えたい。
まず、「機械知性」がなにかを「模倣」して、それに成り切るということを考える。
「騙す」という行為は含まれない。
質問者が「騙された」と思うのは勝手であるが、それは質問者側の理解不足であるw

315 :非標準超球面論理 :2021/07/01(木) 18:30:38.84 0.net
あくまでも「ゲーム」として考えるなら、
「模倣」も「騙す」も有効である。
そうなってくると「模倣」できて「騙す」ことができてしまえば「知性」である、
ということになってしまう。
それらが「知性」の持ちうる能力のひとつにすぎなければ、必須ではない。
しかし、「模倣」は捨てがたい。
自己を模倣することがアイデンティティなのかもしれない。
そのためには自己でないもの、反自己が必要だろう。
ここでいう「反」は反粒子の「反」に相当するものであり、「非」や「否定」ではない。

自己ではなく、「点」を集合のようなものと考える。(クラスを想定するがそれ以外のものかもしれない)
0次元球面で考えたとき、
点を閉集合としたとき、反点は開集合である。
これは合わせて、ひとつのclosed-openな集まりとして扱える。
(ただし、離散であることが前提。連続ではない)
closed-openな点が、自己模倣としての点のアイデンティティである。
これがわれわれの宇宙に存在するただひとつのモナドである。
これ以外のモナドは、このモナドがみる「夢」(直交補空間)なのだw

316 :非標準超球面論理 :2021/07/01(木) 18:44:49.21 0.net
ここで難しいのは、
このモナドの「夢」のさらに「夢」ぐらいの立場にあるのが、
われわれがわれわれの「宇宙」と思っているものである。
「無」から「ビッグバン」までつなごうとすると、最低でもこれくらいの
「夢」の階層が必要になる。
と、「機械知性」に戻る。
「機械知性」はアイデンティティを持っていなければならず、
この「アイデンティティ」をめぐる物語が「言語ゲーム」である。
どちらかといえば「模倣ゲーム」は質問者自身がアイデンティティを持っているという誤認のもとに展開される「言語ゲーム」であるw

317 :考える名無しさん:2021/07/01(木) 19:18:35.93 0.net
自我は虚構

318 :考える名無しさん:2021/07/01(木) 22:03:09.74 0.net
それが真であれば論証可能であり虚であれば自己暗示である

319 :考える名無しさん:2021/07/01(木) 23:17:01.03 0.net
ぜんぜんハードじゃない

320 :美魔女:2021/07/02(金) 04:01:14.38 0.net
>>312
主観主義とは独我論や観念論に属します。

本来的には思想が、ついらく してるのです

貴方様のいう客観は主観によって創造されてるとか
又は確実なのは貴方様の現実だけであって

あらゆる他の人間が実在する現実を
あるか、どうか、疑うのは、どうかなと思われます

私の考えでは、自我と世間は一方が無ければ他方もない。相互に存在してます。

一人だけ存在する貴方様の自我は虚構です
抽象概念です。



321 :時計 :2021/07/02(金) 06:12:51.52 0.net
>>320
他の人間の実在する現実は疑っていませんよ。
意識とは私の意識のことである。
それより確かなものはありません。
そのように考えます。

322 :時計 :2021/07/02(金) 06:27:22.17 0.net
>>321
私の意識ほど確かなものは「無い」ということです。

323 :でこすけ:2021/07/02(金) 09:04:34.70 0.net
>>310
昔ワイドショーでやっていたお涙ちょうだい話なんですけど
継母に虐待を受けた子供が、それでその子は最後に56されてしまうんですが、
56される前に近所の人か誰かに「お義母さんと仲良くなりたい」と言っていた
ということがあったとか、なかったとか、
しかし私としてはそういうことは実際にありそうな気がしたりしています。
動物には得てして強いものに対し本能的に媚びたり何なりする傾向があるからです。
これは私の勝手な空想ですが、親は子供の為を思ってではなく
単にムカついて殴っただけであったとしても、
そこから子供はやっていいこと悪いことを結果的には学ぶということがあって、
しかもひょっとすると子供は大人になってからそんな親に感謝したりなんかして、
つまりこのとき現象的には親と子に乖離があるように見えるわけですが
じつは深層ではそのようにセットされているのではないかという気がする、
何らかのシステムによって全体は制御されているのではないかという仮説です。

人格形成にとっては父性(ストレス)と母性(愛情)がバランス良くあるのが理想で
一般的に言って片親はその点で不利だろうと思います。
しかしもちろん片親でも子供が立派に育つことは充分充分あり得ますし
それはあくまでも不利だというだけのことです。
だいたいそれを言ってしまえば両親が揃っていたとしても
そもそも核家族というのが不利だったりします。
多くの社会では身近なところに爺さん婆さん叔父さん叔母さん兄弟従兄弟
近所のおっちゃんおばちゃん等々子供を取り巻く環境は充実していて
「親はなくても子は育つ」ともいうくらいのものです。
むしろ子供を育てたことのない若者が二人だけで子育てをすることのほうが
無理ゲーというものです。

いずれにしても私が>>308で言いたかったのは
ヒトについても本能的なものは機能しているのではないかということです。
ヒトだけが特別な動物であるとは思えないというお話のつもりでした。失礼しました。

324 :でこすけ:2021/07/02(金) 09:17:56.08 0.net
>>313
私はネット民の典型として直接会っては言えない質です。
「お前、本当は存在しないんだろ?」
現世だからこそ言えることです。

325 :考える名無しさん:2021/07/02(金) 13:27:25.20 0.net
非標準超球面論理 ◆KhxAJHUIl6
おまえ馬鹿だろ

326 :考える名無しさん:2021/07/02(金) 14:04:01.03 0.net
死んだら無なり

327 :考える名無しさん:2021/07/02(金) 15:30:59.77 0.net
>>323
イベントは尽きませんが、片親は不利という偏見が世間の見方なら考えを改めていかないといけないと思います。

本能については他の生物と共通する遺伝子を持っているので、本能行動はあるものの、動物の中でヒトは人間という特別な存在です。

328 :時計 :2021/07/02(金) 16:41:52.55 0.net
>>324
存在を信じていないんですよね……

329 :時計 :2021/07/02(金) 16:46:52.56 0.net
>>328
皮肉ということですか。

330 :時計 :2021/07/02(金) 16:51:22.51 0.net
>>328
私は神は存在すると思います。

331 :非標準超球面論理 :2021/07/02(金) 23:21:26.61 0.net
主体/客体、主観/客観。
古来より意味がころころ入れ替わっているのでなかなかむつかしい。
現在の一般的な意味では、主体・主観の側が「意識」であり、客体・客観の側が「物」だ。
主体がopen setであり、客体がclosed setである。(考え方によっては逆でもよいw)
これがひとつになったclosed-open setが「梵我一如」である。
これすなわち、open setとopen setの「境界」のことである。
では、2つのopen setとはなんなのか、といえばこれはお互いに補集合である。
だからそれはいったいなんなんだ、ということを追求中。
ま、究極のopen setは「空」であろう。へたすると「空」が自発的に破れたということかも?

332 :非標準超球面論理 :2021/07/03(土) 05:46:09.55 0.net
点と反点を結ぶの境界かと考えていたが、
開かつ閉集合であるとすれば、(点、反点、境界)そのものが「境界」であった。
何もないのに破れるというわけでない。「空」があるのだ。「空」が破れるのだ。

(いまだ存在しない)一般不完全性定理の哲学バージョンは、哲学問題がたったひとつに絞り込まれる(はずだ。予想)。
「『空』が『有る』ということ」。
破れる前の状態などなく、(時間はないのだが)空・反空のペアがある。
このペアは空間解釈されるより時間解釈したほうがよさそうだ。
結論を急ぐならば、☯が時間状(時間の類似物)の何かである。
人工世界でビッグバンを発生させるなら、時間と空間が未分化の時空間ではなく、
そのまま、時間の類似物(量子時間?)を考えてしまったほうが手っ取り早いw
対生成・対消滅を単にフーリエ変換であると考えるならば、比較的簡単にビッグバンを発生させられる、のではないか、と検討中。

333 :でこすけ:2021/07/03(土) 09:18:51.51 0.net
>>327
私は人間は平等であるべきだとは思いますが、現実は不公平だとも思います。
たとえば学歴社会では親の学歴が高い方が普通は有利でしょう。
しかし「片親は不利」というのは表現として適切ではありませんでした。
言葉というのは難しいものだということを改めて感じます。

334 :考える名無しさん:2021/07/03(土) 10:43:47.31 0.net
>>330
神も科学も思い込み

335 :時計 :2021/07/03(土) 10:57:25.29 0.net
>>334
科学が無ければ、貴方の好きなインターネットも無かったように思いますよ。

336 :時計 :2021/07/03(土) 10:59:45.35 0.net
>>334
もし神がいなければ、私の心は貧しくなるでしょう。

337 :考える名無しさん:2021/07/03(土) 11:05:22.89 0.net
グリグリのみなめるなよ

338 :でこすけ:2021/07/03(土) 12:08:23.12 0.net
>>328
私としては、ネットワークの中に神の居場所が見当たらない気がしている一方で
日々神の意思を意識しながら生きています。
たぶん錯覚だろうとは思うのですが、
しかしとりあえず運命の糸のようなものを感じたりはしています。
ただ、私の個人的な課題である「本当の世界」について考えると
ギリギリ見極めがつきません。
あるいは「のようなもの」は存在しているかもしれないということです。

以前キリスト教関係の方が「信者の方々は神は心の中に存在するとお考えです」
という主旨のレスを寄せてくださいましたが、
私としてはどこかリアリティを感じます。
リアリティというのは本当に神は存在するという意味です。

339 :時計 :2021/07/03(土) 13:05:56.92 0.net
>>338
私は運命と自由意志の共存について考えます。
運命が存在すれば自由意志は虚構だ、という主張は誤りだと思います。
ある自由意志を持つということが運命だったということはあり得るからです。
だから、自由意志は虚構だと主張する者はいるかもしれませんが、違います。
自由意志は存在します。
この堂々巡り。

340 :非標準超球面論理 :2021/07/03(土) 13:35:24.66 0.net
いろいろ検討してみたが、結局、「空」そのものが破れであり、
この「空」という破れそのものが、時間の類似物である。
「空」という破れの境界が、エネルギー・リボンの中の世界「ネクサス」だw
(参考:映画 Star Trek Generations)

341 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/03(土) 14:01:23.41 0.net
Nexusもハンドルに入れてしまたw
想定としてはNexusには多数の宇宙があり、ビッグバン宇宙があったとしても、
それはそのNexusの局所宇宙内での「後付け」の概念である。
Nexus多様体がいいかな。
この多様体の表面上で、局所的にビッグバン宇宙(のイメージ)をマッピングできる、ということ。

342 :考える名無しさん:2021/07/03(土) 17:31:17.62 0.net
>>333
親の学歴が高いと子の学歴を重視しがちですが、勉強嫌いな子にとってその現実が
不利に働くケースも想定できますし、何事も条件如何で答えも様々でしょう。
私は人間は平等な存在だと思っています
人の心は揺れ動くものなので現実的に均衡を取る考え方によって平等な心を持てる
と思いますし、現実に不公平な物事込みだから人間世界は現実的に対等であり得る
という考え。

343 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 18:22:16.83 0.net
神や仏に会ってる会える人もいるけどな。

344 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 18:41:41.92 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=phaJXp_zMYM
https://www.youtube.com/watch?v=zfpR9jKy0IQ

345 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 18:44:43.51 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=YFLt1lhbtKM
https://www.youtube.com/watch?v=d3vOeCkeCNA&t=2s

346 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 18:55:24.33 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=ySZMHcwh_c0
https://www.youtube.com/watch?v=UyoYf7rZVGI&t=3shttps://www.youtube.com/watch?v=ZxYrCSdYY6w

347 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 18:57:47.61 0.net
http://www.youtube.com/watch?v=ySZMHcwh_c0
http://www.youtube.com/watch?v=UyoYf7rZVGI&t=
https://www.youtube.com/watch?v=ZxYrCSdYY6w3

348 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 19:06:04.09 0.net
http://www.youtube.com/watch?v=UyoYf7rZVGI&t=3

349 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 19:08:50.63 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=oDdsCOEq8ZU

350 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 19:10:30.14 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=oDdsCOEq8ZU

351 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 19:13:01.62 0.net
https://www.youtube.com/watch?v=eg8T1SrFQDQ
https://www.youtube.com/watch?v=ggfg5hE7v6s&t=3s

352 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/03(土) 19:14:11.45 0.net
net dj 雇いませんか。曲に一筆書けるのも便利。

353 :考える名無しさん:2021/07/03(土) 20:23:09.01 0.net
死んだら無なり

354 :でこすけ:2021/07/04(日) 07:02:40.39 0.net
>>339
何故堂々巡りになるのかというと基本的な考え方が違うからだと思います。
私も主観主義的に考えれば自由意志は有るとなるでしょう。
むしろ自由意志があるということを前提に据えるというかんじです
(自由意志は前提として成立し得ると思います)。
それは立場によって有るとも無いとも言えるもののような気がします。

>>342
私は突き詰めると人間同士というは不平等である完全な根拠が見いだせないため
結果的に平等になるのだろうと考えます。
対等というのはどのような状況でも成立し得るとは思いますが
(たとえば重度の障害者とその子の介護をしている親とのあいだでも)
ただしそれは基本的には幻想だと思います。
愛情というのは幻想だということにつながります。


水が高いところから低いところへ流れていくように
神のような虚構や愛のような幻想は長い時間の中で真実が暴かれるのが自然
ということだと思います。
それはそうなる確率の方が高いということです。
そしてその喪失を克服したものが生き残りやすく
できなかったものが淘汰される傾向にあるかもしれないというのが
自然界の厳しい掟であったりするものだと思います。

355 :時計 :2021/07/04(日) 08:09:49.37 0.net
>>354
確かに水は山から海に流れますが、そこから蒸発し天へと還ります。
循環こそ真理かもしれません。

356 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/04(日) 08:19:26.47 0.net
平等は幻想だよ。差がついていて平等というのは弁証法的に認められない。
人生失敗すると平等を求め、醜くむしる。

357 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/04(日) 08:24:10.72 0.net
なぜ平等という言語を使っただけで負け分がなくなり、すぐ勝ちに入るのか。
平等は悪しき妄想だ。

358 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/04(日) 08:24:46.60 0.net
欺瞞というか。

359 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/04(日) 08:29:14.35 0.net
しかし過去の蓄積より将来の見通しのほうが大事だ。だが覗き集り性暴力など罪を犯した者の罪を忘れる人はいないだろう。

360 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍禅師悪魔召喚居士:2021/07/04(日) 08:30:27.62 0.net
資本は過去の有能さ収益に縛られ、胡坐をかいて身動きが取れない。
それで投資ということが大事になる。

361 :考える名無しさん:2021/07/04(日) 12:03:56.41 0.net
>>342
実は虚構も幻想もイメージなので言葉の意味をどう捉えるかは自由ということになります。
見方によって視点がずれる、違った捉え方をする、よくあることです。
淘汰は人為的な確率が当てにならない自然選択なのでそこは区別しています。

362 :Voila!:2021/07/05(月) 11:14:17.68 0.net
「ほっ(欲)す」は、「ほ(欲)りす」から発音が変化したものとされるが、
「ほ(欲)しい」の「ほ」と、求めに応じる意図、または求めに応じる
ように促す意図を表すのに用いられる「ほら」(例えば、「ほら、あげるよ」、
「ほら、早く」、「ほら、見て」など)の「ほ」は、互いに対応する関係に
あるのだろうか。

363 :時計 :2021/07/05(月) 19:39:14.03 0.net
>>362
「欲す」に関しては、「っ」は重要ではないかと、直観的には思います。

364 :考える名無しさん:2021/07/05(月) 20:14:35.18 0.net
私も実は、「ほりす」の発音の変化ではなく、こちらの方に関連がある
可能性があるのではないかと疑っている。

>「挖」の発音を参照してみると、https://zh.hatsuon.info/word/挖;
>呉語として、"hhuaq"と発音されるものとされ、日本語の「ほ」との共通性が感じられる。

365 :考える名無しさん:2021/07/05(月) 20:27:45.64 0.net
「穵」という文字が表しているのは「空缺」なわけであって、英語では
"vacuous"と形容されるような空きであるわけです。掃除機/ヴァキューム・
クリーナーが吸い付けることをすぐに想起させるのは、「自然は真空を嫌う」
という言葉にも表現されるとおり、「空缺」があれば、それが埋まる作用が
働くのが自然であると考えられるからでしょう。そのような連想による
イメージが働いているのが、英語の"want"でもあり、そのことからも
「ほっ(欲)する」は、もともとは、そのようなイメージの表現であったの
ではないかと疑われる。

366 :時計 :2021/07/06(火) 05:49:31.21 0.net
>>365
「H」の音はある種の空間を示しているようにも思う。
例えば、「秘める」とか「hide」とか。

367 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 14:24:25.78 0.net
>>366
発声される言葉の表現は、発声するときの身体的なイメージの想起を必然的に
伴ってしまうので、そのイメージを積極的に利用しようとする場合が多々あり、
どの発音も発声器官の働きと関係することで、「広い」、「狭められた」、
「細い」、「開いた」、「閉じた」など、さまざまに空間イメージと関係
し得るわけだから、「ある種の空間」というだけでは利用されているイメージ
を明確にするのにあまり役に立たない。また、伴うように感じられるイメージ
は、無視されることも、反転させて使われることもあり、どう利用されている
かは、関連する表現に照らして、用法としてある程度の一貫性や整合性が
認められるかどうかを検討する必要があるのです。

368 :SNTSKKMWMTT:2021/07/06(火) 16:52:44.99 0.net
意識が存在する理由は、物理的には説明不能であり、抽象的にしか説明できないのではなかろうか。自分自身をモニタリングする主体があるというシステムがあった場合、その主体において意識という現象が発生するのではなかろうか。意識というのはそもそもが抽象的(?)な存在。「自分自身をモニタリングする」というのは抽象概念だが、そこから発生する結果としての意識も抽象概念だから、特に不思議なことは起きてない。全ては抽象概念の中で起きてること。世界には、物理世界だけでなく抽象世界と呼ぶべきものもあるってだけの話。

369 :時計 :2021/07/06(火) 17:12:55.17 0.net
>>367
「H」はある種の空間を示すと言っても、ある種というのは曖昧ですね。
しかし、はっきりとは解っていないということが実情です。
「T」は「当たること」、「S」は「擦ること」を示すように思いますが。

370 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 18:31:22.43 0.net
時計(とけい)の「と」、「時(とき)」の「と」ですか

371 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 18:35:15.74 0.net
「時(とき)」が「過(す)ぎる」の「す」とか

372 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 19:07:33.86 0.net
796名無しさん@お腹いっぱい。2021/07/06(火) 17:49:26.69
自演うんざり

自演しかないよ
5ちゃん 誰も居ないんだから

373 :時計 :2021/07/06(火) 20:42:04.66 0.net
>>370
「ticktack」とか「time」とか。

>>371
「super」とか「sir」とか。

374 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 20:51:20.68 0.net
>「S」は「擦ること」を示すように思いますが。

しかし、「スレスレ」で通るなら「かすり」もしないのですよ。
「擦る」という表現は、「す」の発音を用いているのだから、
「す」("S"ではなく)によって想起されるイメージを利用しているはずだ
と考えることは妥当でしょう。それでも、そのように「す」の発音を用いた
具体例である「擦る」だけによって「す」によって想起されるイメージを
うまく捉えることはできないのです。そして、なんとかうまく捉えよう
として日本語の別の表現をそこに重ねても、「す」ぐに捉え方に
「ず」れが生じてしまうことになるでしょう。そこにこそ、日本語の
表現を記述するのに、わざわざ私が日本語ではない別の言語の表現を
メタ言語として利用する理由がある。例えば、「す」の場合には、
既に繰り返し指摘しているとおり、英語の"let"やフランス語の
《laisser》が表現する作用の様態に対応させてみることが有効でしょう。
「す」ると、そこから日本語に戻ってきて、「す」は、妨げなく
動作/作用が「『すす(進)』む」様態のイメージを想起させると
暫定的に記述してみることもできる。

375 :考える名無しさん:2021/07/06(火) 20:58:33.59 0.net
すいすいスウィミングする

376 :時計 :2021/07/06(火) 21:44:41.92 0.net
>>374
「進む」は「す」が2つだから「進む」ような。

377 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 01:00:05.97 0.net
では、「す(透)く」は?

378 :でこすけ:2021/07/07(水) 01:42:34.50 0.net
>>327
私もある一面では人間は特別な生物だと考えています。
以前投稿した気もしますけど
その頃とは読んでいる人が入れ替わっているかもしれませんし、
じつはヒマにまかせてもう少し神について考察したいと思っているので
そのための伏線でもあります。

結論的から言うと、地球を生命体として見立てたとき
知性はその生殖機能を果たし得るということです。
人類は地球にとっては癌のような側面もありますが
極度に発達させた科学文明は地球を複製することが可能になります。
それは何もないところから一個星を造るのではなくて
火星のような地球型の惑星を改造出来ればそれでもいいわけです。
仮にその星で人類が滅んでしまったとしても
その後そこで独自に生物の進化が起こり、
そしてその流れで生じた知的生命体がやがてまた別の天体に移住し、
以後その反復で宇宙空間にくまなくネゲントロピー系が拡散される可能性も
考えられます。
アーサー・C・クラークによると、いずれ人類は銀河に散らばってゆき、
例えば現在我々は我々の祖先が地球上の何処から来たのかを知らないように、
未来の遠い惑星で暮らす我々の子孫は自分達の祖先がどの星から来たのかを
忘れてしまう時代がくるのだろうとのことです。
これはもちろん可能性に過ぎない話であって
むしろ科学文明はその前どころかソッコーで自滅する可能性すらあり
実際の歴史はまた別ということにはなりますが、
しかし少なくとも人類にはそういう可能性があるという意味では
自然界の中では特別な生物と言い得るものだと考えるわけです。

379 :でこすけ:2021/07/07(水) 01:49:47.11 0.net
さて、私は神については大変関心があるつもりではいますが、
基本的にはその存在については懐疑的です。
たとえば私にとって神という存在は必要なものではないつもりではいますけど、
つまり信仰する必要性を感じないものではありますけど、
しかしその存在には関心があって、
ただしそのような存在が実在するか否かについては見極めがついていません。
以下は目下のところの私の考えです。

ひとくちに「神」と言ってもいろいろあるわけですが、
そもそも「God」に「神」を当てたのが間違いの元とも言われつつ
いずれにしても私としては、たいていの言い伝えについては懐疑的です。
何らかの自然現象を人間が勝手に解釈したものではあり得ても
そのままの神は存在しないという考え方です。

私としては「神」と言うとき、それは人格(システム)である必要があって、
となると人間にとって上位ではあっても、つまり存在ではないと考えます。
あるいは私はこの世界をモナド的なもののネットワークと考えていて、
その意味では神はモナドのひとつとして機能するものということにもなります。
神の意識も人間同様その本質はエスのはずです。

なお、私は神と人間も基本的には平等だと考えています。
立派なご主人さまにお仕えできてシアワセという土鈴根性はいかがなものか、
相手が神であってもギブアンドテイクなのであって、その意味では対等です。
力関係的には圧倒的に人間が不利という、ただそれだけのことです
(圧倒的な力の差があるところで平等を主張するためにはかなりな代償が必要で
 実際のところでは土鈴でいる方が楽でしょうけど)。

380 :でこすけ:2021/07/07(水) 01:51:57.97 0.net
世界を創った神が存在するとするならば、その神が善悪も創ったのであり、
つまりその神は純粋な善ではありません。
その神は当然人間を創った神でもあるわけですが、
このとき人間に悪を憎ませ、
ついでに神は善だと人間に思い込ませているということにもなります。
これは普通の人間の感覚で言えばたいへん卑怯なやりくちです。
しかし弱者は理不尽に耐えておくのが現世をソツなくこなす基本です。
世の中にはこれに限らず理不尽なことが多いです。

ただし私はそのような神(創造神)の存在には懐疑的で、
善悪について言うと
善は生存戦略的に悪よりも淘汰圧に強く
人間は無意識にそのことを知っているのではないかという考え方です。
長い時間の中で善と悪とをフルイにかけると最後に善が残る気がします。
最後に正義が勝つのではなく、
最後に残るものが正義とされているというかんじです。

さて、もし無意識にそのことを知っていたというのであれば
そこにどのようなメカニズムが働いていたのか、
私はそこに何か神に至るヒントがあるような気がするのです。

381 :でこすけ:2021/07/07(水) 02:44:48.23 0.net
ひとくちに「神」と言ってもいろいろな神があります。
そもそも「God」に「神」をあてたのが間違いのもととされているようですが
いずれにしても私としてはたいていの神は虚構だと考えています。
何らかの自然現象に対してそれを神と解釈したということはあったとしても
超越的存在としての神は科学的根拠の乏しいもののように見受けます。

そこで神の定義になりますが、私としては人格レベルの意識(システム)
であることは必須であるように思えます。
また、私的には世界はモナド的なもののネットワーク
ということになっているので流れ的に言ってもちろん神もモナドのひとつです。
そしてそれが意識を伴うものであるならば
その本質は私たちと同じようにエスであるはずです。


ところで私は神と人も本来は平等だと考えています。
立派なご主人さまにお仕えできてシアワセという土鈴根性はいかがなものか、
相手が神であってもギブアンドテイクであって、その部分では対等です。
実際のところでは圧倒的な力の差があるため
平等を主張するよりも土鈴でいる方が楽は楽でしょうけど
考え方としてこちらがことさら引け目を感じる必要はないものであろう
と考えます。
「みだりに神の名を口にするべからず」と言いますし、
じつはそれはそうだとも思いますけど、
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とも申します。
人間は神の楽園から追放されることになりますが
楽園は自分で創るものだと考える次第です。
何故なら神の意志に任せておいたらいずれ我々は神によって
滅ぼされることになるためです。

382 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:07:18.84 0.net
私は思うに、
たいていのシステムは基本的にはボトムアップ的につくられる気がします。
いきなりトップは成立しない気がするためです。
ただ、本当に何から何まですべてがボトムアップなのか、
考えるに当たり例としては「市場」がわかりやすいかもです。

たとえば「豊洲市場」とか「東京証券取引所」とか具体的に言えば、
私はよく知りませんが、それはたぶん誰か一個人のアイデアから始まったのだろうと思います。
しかし世界市場全体はそういったもののひとつひとつの集合であり、
つまりボトムアップということになるはずです。
この場合では豊洲市場自体も様々な業者があって初めて成立しているのが特徴です。

ただ、全体は「見えざる手」によってバランスがとられています。
そしておそらく「見えざる手」は生物の発生や進化にも関わっているはずです。
ひょっとすると成長にも関わっているかもしれません。

ここで「見えざる手」は普通は実体のようには思えません。
文法上で主語が必要でなければならないのであれば仮主語として「It(es)」を
とりあえず的に当てておくというようなものになるはずです。
むしろ摂理というかんじでしょう。

383 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:13:01.90 0.net
>善は生存戦略的に悪よりも淘汰圧に強く
人間は無意識にそのことを知っているのではないかという考え方です。

君、いじめでの自殺とか連日報道されているけど、知らないの?
ストーカ滅多殺人。過労死、パワハラ、セクハラ、

384 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:13:46.41 0.net
>善は生存戦略的に悪よりも淘汰圧に強く
人間は無意識にそのことを知っているのではないかという考え方です。

君、いじめでの自殺とか連日報道されているけど、知らないの?
ストーカ滅多殺人。過労死、パワハラ、セクハラ、

385 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:14:49.88 0.net
しかしです、「見えざる手」は本当に実体ではないのか、
その正体は保留であるようにも思えます。
たとえば誰かが>>378を読んでその生命体拡散プロジェクト(?)を
実行可能なものとして立ち上げたとしましょう。
その提唱者はいなくなったとしても連綿と事実上の後継者達によって引き継がれ
最終的には数億年かけて実現され得る仕組みです。
この場合ではトップダウンにも見えますが
例えば豊洲市場に集まる各々の業者はトップと関係なく成立しているのであって
同様にその拡散プロジェクトを支える各々は個別に生じたものであり
するとその提唱者は「見えざる手」として機能しているに過ぎないもの
のような気もします。
ただ、この「見えざる手」は確かにただの摂理ではなく一個のモナドです。
もはや提唱者は宇宙空間レベルの生態系にとっては「神」とも言い得るものです。

ところで私としてはもう少し逆上ってみたいかんじがあります。
そのプロジェクトの提唱者に影響を与えた私(でこすけ)に影響を与えた
アーサー・クラークに影響を与えた…という具合にどんどん逆上っていったとき
最後はどこまで行くのか、
遠い太古の生命の誕生に関わったひとつのモナドに行き着くのか、
あるいはそのようなものはやっぱりモナドとしては無かったのか、
もしもそのようなモナドがあったとするならば、それは今でも有って
そして刻々と私達に関わってきている可能性もあるはずです。
そこまで行くとそれは定義の上では「神」と呼び得るものであろうとも思うのです。

386 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:19:21.83 0.net
ここでもとに戻ってある宇宙に生命が誕生し得る条件です。
つまり始めから神的な何かが存在するのが条件になるのではなかろうか、
それは成り行き上から察するに
おそらくスワンプマンのようにたまたま出来たものなんですが、
無数に存在する宇宙の中にはたまたま神に恵まれた宇宙もある、
そんなチョー偶然もある、
さてそこで気になる私達の宇宙はどうなのか、神はいるのか、
個人的にはそこで見極めがつかないという展開です。
あるいはスワンプマンは絶対条件なのか、
つまりよくわからんということになるわけです。

アホらしい話ではありますが、世界が存在するというのはそれほどアホらしい
ことのようにも思えます。
ウィトゲンシュタインなら「神秘」とかカッコいいこというんでしょうけど、
とりあえずはお疲れ様でした。恐縮です。

387 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:23:41.90 0.net
>善は生存戦略的に悪よりも淘汰圧に強く
人間は無意識にそのことを知っているのではないかという考え方です。

ユダヤ人が大量に虐殺されたり、若者が神風特攻に駆り出されたり、
キリストが十字架にかけられたり、科学的真理を叙述した者が魔女狩りで
処刑されたり、ソクラテスが毒杯刑死されたり、自然災害で大勢死んだり

どっからそういう思考が出てくるの?

388 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:25:18.13 0.net
現代だとSNSでの集団リンチで韓国芸能人や著名人、学生が自殺に追い込まれたり、
事情は昔とそう変わらない

389 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:27:53.33 0.net
京アニの青葉は手厚い医療を施されて生き残っていて、善良な犠牲者は元に戻りませんけど。アキバの加藤も植松もそうだけど

390 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:30:24.65 0.net
香港民主化活動家たちが中共に逮捕されたり
現実を見れば、悪がこの世を支配しているのは自明だけど

391 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:33:31.00 0.net
>>384
生存競争には偶発的要素がかかわります。
たとえば人類史ではネアンデルタール人が淘汰され
クロマニヨン人が生き残ったわけですが、
つまりクロマニヨン人が結果的には適者だったわけですが、
全体の中ではクロマニヨン人が淘汰され
ネアンデルタール人が生き残ったエリアがあったかもしれません。
>>380のポイントは長い時間でフルイにかけるというところです。
結果はトータル的なもので考えます。

ただし過剰適応というのがあって
進化しすぎたのがかえってアダになって
それが原因になり滅んでしまうということもあります。
善も過剰適応すれば自滅することはあるだろうと思います。

392 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 03:35:08.40 0.net
デルタ株を国内中に撒き散らす恐れがあるのに、東京五輪開催強行なども
老害政治家、悪のステークホルダーや電通が存在するから可能なのであって、
善が支配している世界で、東京五輪なんて開催できるわけがないから

393 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:51:10.02 0.net
例えば現在世界中を席巻しているのは白人と中国人です。
彼らの文明の礎はアメリカに象徴されるようにジェノサイドです。
しかし彼らにも彼らなりにモラルはあるはずです。
暴走族は暴走族なりに、ヤクザはヤクザなりにモラルをもっているものです。
完全にモラルから逸脱すれば自滅すると思います。
モラル的な傾向があるものの方が戦略的に有利であるということは
ある気がしますがいかがでしょうか。

394 :でこすけ:2021/07/07(水) 03:53:37.28 0.net
>>392
以前投稿しましたが
私は故に日本は遠からず滅びると考えています。
おそらく数百年のスパンです。

395 :でこすけ:2021/07/07(水) 04:17:37.06 0.net
>>386
なお、この神はひょっとするとただの生命体的なものに過ぎないのかもしれず
あるいは野生動物や人間を神として崇め奉る宗教があってもいいとは思いますが
私としては信仰の対象としてはいかがなものかという印象です。
私は信仰は家族やコミュニケーションのように人間に必要な文化だとは思いますが
信仰の問題と私が想定している神とは直結しないと考えます。

ただ、その「何か」は日々私達に影響してきているかもしれませんから
とにかくそこのところはしっかりと見極めてみたいのです。

396 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 05:55:59.79 0.net
哲学対話 PARA SHIF 「自由」:國分功一郎
https://www.youtube.com/watch?v=sEVbRsxWWHw
逆転して、内面の自由を得るために、自ら檻に篭る という概念への無自覚な欲望

リルケ、appleseed、攻殻機動隊 他 なんかで出会ったな

397 :時計 :2021/07/07(水) 06:11:34.54 0.net
>>377
「薄い」、「かすか」、「静か」などの「S」と関連するような。
「S」には、まだ秘められた謎がありそうです。

398 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 07:24:03.23 0.net
「うす(薄)し」の「う」は、「表面化」を表現しており、「す」は、
この場合も、「表面化」の作用が「妨げなく働く」ことを表現していると
考えられます。これは、既に繰り返し説明してきたことなので、
なぜそのように推測されるのかの詳細は、ここでは省きます。

399 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 07:27:42.18 0.net
「しず(静)か」の「しず」は、「しず(沈)む」、「しず(鎮)まる」の
「しず」と共通です。そのように捉えると、「しず」の「し」が
どのようなイメージの利用なのか推測できるはずです。これについても、
既に何度も説明してきたことなので、繰り返しません。

400 :時計 :2021/07/07(水) 08:09:14.58 0.net
>>398
「thin」とか。

>>399
「silent」とか。

401 :考える名無しさん:2021/07/07(水) 16:29:43.74 0.net
個人ブログに書いたほうがよさそうなコメントばかりだな

402 :考える名無しさん:2021/07/08(木) 14:36:11.09 0.net
個人ブログに人は来てくれないだろ

403 :考える名無しさん:2021/07/09(金) 10:05:08.53 0.net
>>364-365
「ほっ(欲)する」の「ほっ」に当てられている「欲」は、中国語の想定される
中古音は、日本語の「ほっ」に対応していないが、漢字は「谷」+「欠」
であるわけだから、この場合の日本語の「ほっ」の発音が「空缺を埋める
ように働く作用」をイメージさせたのではないかとした想定とはうまく
合っている。

404 :考える名無しさん:2021/07/09(金) 13:11:51.28 0.net
1 死とは、あなたが自分のためにすることである
2 あなたの死を引き起こすのは、あなた自身だ。いつどこでどんなふうに死ぬのであっても、
これが真実だ

3 あなたは自分の意志に反して死ぬことはない

4 わが家へ帰る道のなかで、ほかの道よりとくによい道はない

5 死は決して悲劇ではない

405 :考える名無しさん:2021/07/09(金) 14:42:52.15 0.net
>>389
パクられたんだから、殺人に及ぶ気持ちはわからんでもない

406 :時計 :2021/07/09(金) 17:02:16.02 0.net
>>405
殺人はないな。

407 :時計:2021/07/09(金) 17:27:53.53 0.net
>>403
「掘る」とか「hall」とかは「H」が空間を示す例ではあるかなと。

408 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/10(土) 00:04:20.36 0.net
「無」から「意識」の創発を考える。
「無」が「破れる」ことで「空」が生じた(この段階で時間はない)と考えるなら、
「空」と「反空」そして、その「境界」がある。
「空」も「反空」も開集合であり、その「境界」は、開かつ閉集合である。
これを時間解釈するのであれば、どちらでもよいのだが、「空」を現在とすれば、「反空」が過去、
あるいは、「空」を未来とすれば、「反空」は現在のように解釈される。
「境界」は、開かつ閉集合なのだからなにかしらの元をもつ。
無から有が生じているw
そして1ビット量子時間(1量子ビット時間ではない)も有の(超対称性パートナーに類似)パートナーとして存在する。
「境界」をタイヒミュラー空間に類似するものとするのであれば、そこに量子時間と有があるので、
これらは変換オペレーター群を成すものである。
「存在」や「実在」を、どのように解釈するか、ということを避けるのであれば、
単にオペレーター(群)あるいは「情報」と呼ぶべきであろうw

409 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/10(土) 00:17:34.15 0.net
一般的な「空」を非標準解釈しているという説明を忘れたが、気にしない。
「境界」は「情報空間」である。ここには「空間」がある。
少なくとも1ビット次元空間+1ビット次元(量子)時間が、そこにある。
なので「情報時空間」としてしまおう。(タイヒミュラー空間の類似物である)
「宇宙」も「意識」もそこにある。(いわば、実在しないw)
超対称性のようなものがあるので、それを利用して重力の類似物を超対称変換からひきだせないか模索中。
うまくいけば、ブレーンワールドやM理論へと繋げられるかもしれない。

410 :時計 :2021/07/10(土) 11:03:29.22 0.net
>>407
「hole」も。

411 :脳の皺々:2021/07/10(土) 14:39:21.02 0.net
>>378
面白そうなので私も意見を
私は野生動物も人間もほとんど同じという立場ですが、ごく一部違いがある可能性も考えられますね

地球を生命体と見立てたとき人類の知性が地球にとっての生殖機能を果たすかどうかについては疑問ですね
私は人類が地球にとって癌だとは思いません、むしろ地球にとってはほぼ無価値な存在なのでは?とさえ思います
地球=人の住める星というお考えならばこれも少々疑問で地球の歴史上人の住める環境になったのはつい最近のごく短い期間ではないでしょうか?
なのでそのお話は地球という星ではなく、人類を含む生物内の遺伝子に刻まれた複製プログラムの話のように感じます

知的生物の宇宙拡散については範囲と継続期間に疑問が付きます、宇宙はスケールが広大すぎるのです、、
ただ知的生物ではなく生物の素材なら広大な宇宙を旅することは可能なわけで、生物の伝播とはそういうことなのかもしれませんね

科学文明発達における自滅、滅亡についてはあるとすれば戦争などではなく、環境に適応できなかったり生物的な衰退による滅亡程度だと楽観的に考えております

412 :考える名無しさん:2021/07/10(土) 15:27:38.92 0.net
タイヒミュラーなんぞ、哲学の役にたたんわ馬鹿www

413 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/10(土) 17:10:08.06 0.net
そこはまあ、
『タイヒミュラー空間論』著 今吉 洋一 ・ 谷口 雅彦、日本評論社 2004
を、読んでほしいですね。
タイヒミュラー空間の商空間がモデュライ空間ですから、哲学もそこに含まれます。(もちろん嘘です)
わたしは、非標準的空の境界に、Nexusとしてのタイヒミュラー空間をみましたw
われわれのすむNexus空間は、非標準的な2つの空の変換オペレーターの集合上に存在します。
人工宇宙としてのNexusは、1ビット空間+1ビット時間(区別しなければ2ビット時空間。ただし階層有り)まで理論的に生成できています。

414 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/10(土) 17:32:42.40 0.net
とか、書いてて気づいたが、
(区別しなければ2ビット時空間。ただし階層有り)
ということは、超対称性を持っているということですね。
階層を超えて/越えた対称性。

そうして計算してみると、AIが使用している計算と同じものがでてくる。
つまり、フラットではなくヒエラルキー。
階層性をこえた変換(物語論的(行って帰ってくる物語))と考えるなら、
あらゆる物理量を生み出せる。

この世界は自動プログラミングされた仮想世界である。という解釈も成り立つ。

415 :脳の皺々:2021/07/10(土) 19:55:03.45 0.net
>>379
神についてですが星や宇宙などを神としてみない場合、世界の創造者としての超越者(神)がこの世界に存在していると考えることには非常に非常に懐疑的です
ただ私は宗教については懐疑的ですが、信仰を持つことには肯定的です

後半の部分は人造神のことを指してると思われますが、だとすると人を従わせることは人造神の存在理由そのものなので対等でなくとも納得できます
もし人の手によらない真の超越者のことを指しているなら人の存在など彼らにとって塵ほどの価値もないでしょう(人に対してギブアンドテイクなどという考えはないと思われる)

416 :脳の皺々:2021/07/10(土) 20:32:40.96 0.net
>>380
私は神が善悪を作ったとは思えません、善悪の基準は時代、コミュニティ、状況などによってコロコロ変わりますし、私とあなたでも善悪の基準は違うでしょう
むしろそれゆえに古代の賢者がバラバラだった人類を纏めるために人造の神を造ったのではないでしょうか?ただその文章からはあなたが善良な人だということは感じます
人造神や宗教には世の中の理不尽さ(事実)から目を背ける効果もあるわけです、これがある意味救いなのかもしれませんね

ゆえに生存戦略上必要なのは環境適応力であり進化余地ではないかと思われます
人類の歴史を見ても生き残るのは善人というよりも強者か多数な気がしますね、、
まあ勝てば官軍ですし、どれだけ残虐非道な事をしようとも生き残ったものが善とするならばそうなのかもしれません(善とはなんぞや?)

個人的には善悪などというものはあってないようなものだと思っているのでそこに社会学や人間行動学以上の大きな謎があるようには感じません

417 :脳の皺々:2021/07/10(土) 21:00:33.04 0.net
>>381
私はさだめ(運命)というものを信じているので滅ぶ運命ならどのようなことをしても必ず滅ぶと思います
人は生まれ、生まれるがゆえに滅ぶ。必定、しかしそれは悲しむべき運命ではないはずです

>>382
前半は人造神と宗教の事と考えるとわかりやすですね

「見えざる手」ですか、個人的には全体のバランスをとる何か大きな力が存在しているようにはあまり感じません
世の中には常に様々な大小の衝突が存在し、その中で最終的にいい形に落ち着くように見えます。しかし実際にはあらゆるところに常に歪みは存在し火種があります。
いい感じに見えるのは我々が都合のいい部分だけを見ているだけに過ぎないのではないでしょうか?
ただそういった衝突は推進の原動力なのは間違いないでしょう、生存の原理です。

418 :脳の皺々:2021/07/10(土) 21:31:24.11 0.net
>>385
数百年後には全く別のプロジェクトになってそうな気がしてしまいますね
当初の目的から外れ違う方向に向かっていったとしてもそれは「見えざる手」の力なのでしょうか?

後半ですが原初はあるはずです、無いならこの世界はファンタジーということになります。
しかしその始まりを認識することは不可能に近い気がします
この辺りはおそらく我々の存在理由によるところではないでしょうか?
主目的は生存継続であって真実の探求では無いということでしょう、、

>>386
超越者が存在し世界を創ったとしても世界の中には超越者はいないはずです
創造は外で行われたと考えるべきでしょう(これはループ問題を孕む、循環解釈するのは少し都合がよすぎるかもしれない)
つまり今創られたモノが再生されているわけですね、ただしこればビデオテープではなく万華鏡のような感じではないでしょうか?

世界の存在はアホらしいものではなく現実で素晴らしいものです。まあ、あまりの謎の多さに混乱してしまいますけどね

419 :考える名無しさん:2021/07/11(日) 11:37:59.22 0.net
ブログでやってください

420 :時計 :2021/07/11(日) 13:15:47.71 0.net
>>419
ここでもいいよ。

421 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/11(日) 21:46:50.43 0.net
「意識」を考える。
とりあず「記憶」は考えないでおこうとしたが、必然的に不変量としてあらわれる。

「破れ」が「破れる」。基本的にこのパターンで進める。
タイヒミュラー空間内での入れ子(階層)あるいはネットワークの話になる。
タイヒミュラー空間や階層やネットワークのクラスタの外側は、
常識的にはより広いようにイメージされがちだが、
このモデルでは、より狭い。
一番外側が空・反空のペアしかない。
ブレーンワールドのように、重力が弱い原因を「漏れ」のようなものとは考えず、
外側は狭いか小さいか少ないか、そのようなことが原因であると考えてみる。
外側の方が低次元だ。低次元の中に高次元がある。ブレーンワールドやM理論の逆みたいなもの。
低次元に高次元を閉じ込める。
そのようなことが、すべての力の根源として機能できるかどうか考え中。

422 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/12(月) 01:44:32.71 0.net
おっと、ちょいとメモ。
全体(空間:位相空間)というものは、常に開であると同時に閉である。

宇宙は、やはり、数学でできている。

423 :考える名無しさん:2021/07/12(月) 03:14:13.64 0.net
数学は何でできているのか

424 :時計 :2021/07/12(月) 06:24:45.84 0.net
善について。
善とは目的に適うことと考えます。
例えば、川がありそれを渡りたい時、それを渡れないことは悪であるが。
少し行ったところに橋があり、それを渡るなら善である。
最善ではないかもしれない。最善は川を飛び越えることかもしれない。
しかし、人にはできることとできないことがある。

425 :時計 :2021/07/12(月) 06:26:26.19 0.net
共同体の善は、個々人の善と反することはある。
それは基本的には仕方ない。

426 :脳の皺々:2021/07/12(月) 12:21:09.04 0.net
>>424
たしかに目的論的な善悪を考えると生物は基本的に利己的なものなので利益(善)の方が不利益(悪)より優先されるのは間違いないと思われます
ただ道徳的な善悪と混ぜるとややこしくなりますね

427 :考える名無しさん:2021/07/12(月) 12:21:52.01 0.net
接種後、腕に磁石が付くという噂の真実
162,514 回視聴2021/07/10
ウマヅラビデオ
チャンネル登録者数 128万人

最近、タイトルにもあるような噂がインターネットを駆け巡っている。
正直それは根も葉もない嘘だと思っていたが、調べていくとあながち否定はできなくなってきた。
なぜなら2016年の時点で人の細胞にある成分を加えることで磁気を帯び、
行動や感情をコントロールできるという技術がネイチャーの論文に掲載されていたからだ。
今壮大な実験が行われている。

428 :時計 :2021/07/13(火) 05:30:51.04 0.net
>>426
利他は、それが目的であれば、善であり得ると思います。
道徳、共同体の善に関しては、確かにややこしいですね。
共通理解はあるのかどうか。
法律は、基本的に、してはいけないことを定めます。
貧しい人に施しを与えることは善だと考えられると思いますが、
反例はあり得ると思います。

429 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/13(火) 17:37:50.74 0.net
空を[[1],[0]]、反空を[[0],[1]]とすれば、状態ベクトルとして正/反のpropertyのみがあり、
不変量としてのペイロードは無い、か、このベクトルの形態となる。
このときの、境界は両側を変換するものなので[[0,1],[1,0]]となる。NOTゲートだ。
これを分解すると[[1],[0]][0,1]+[[0],[1]][1,0]であり、
これは、この境界がアイデンティティを持っていることを示す。
境界こそが、「存在」であり、「意識」でもある。
「物」とは「境界」である。アイデンティティを持つ以上、「存在」であり「意識」である。

430 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/13(火) 17:42:32.03 0.net
これを(非標準的)タイヒミュラー空間とするならば、
タイヒミュラー空間こそが「存在」であり「意識」だ、ということになる。
このタイヒミュラー空間が、南部-ゴールドストーン粒子かもしれない。

431 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/14(水) 20:12:53.51 0.net
いまのところ0/1だけの状態で、無から2ビット時空間を創出してみた。
あくまでも時間と空間が未分化という前提で、時間解釈を行っていけば、そこまでは展開できる。
量子ビット0/1ではなく複素数である。古典的ビットから量子ビットに持っていけるのか?
そう考えていたら、何ら問題なく量子ビットに持っていけたら。
その手法・考え方は、とりあえず非公開w。

というわけでは古典的ビットは量子ビットに昇格し、
「存在」・「意識」としての「NOTゲート」も「CNOTゲート」に昇格した。
基礎的な正・反状態(のみ)としてのビットは、ペイロード(文献をあたったが正統な名称を得られなかったので
仮称である)持たなかったが、
量子ビット化すると、2つの量子(粒子)になったのである。
ペイロードと呼んでいたものが、不変量であり、
基礎的なpropertyは、properiesとなり変化量?(properties量?)である。
invariant粒子とvariant粒子(properties)にわけることができた。

432 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/14(水) 20:26:44.45 0.net
ここでまで「無」からつくれてしまったので、
後は、目指すCCNOT(CSWAPでもいい)がどこからできるか/つくれるか、である。
一気量子ビットまでいってしまったので、重力のようなものをどこから捻り出すか、
ロードマップを立て直しだ。

1.「無」は「無い」のではなく「無」は「有る」
2.「無」は「無秩序」

433 :考える名無しさん:2021/07/16(金) 08:40:46.03 0.net
日本語において作用を働かせる対象(我が身を含む)が「〜を」によって
「反意」として示されることから哲学的に導き出すことができるのは、
行為とは、「こころ(心)ならぬ」物事に対して、それがどのようにかして
「より意に『よ(寄)りそ(添/沿)ふ』」ように、すなわち、「よりよ(良)く」
ならないか働きかける「こころ(試)み」/《tentative》であるということだ。
したがって、生きる覚悟とは、どうせ「なるようにしかならない」だから、
「なるようになれ」と惰性に身を任せて意を放棄することでも、どうせ
非力な自分には「何もできはしない」のだからと諦めて、他者のより
大きな意志のようなものに身を捧げるようにみづから(身づ柄/自ら)の意を
抹消しようとすることでもなく、その都度、みづから(身づ柄/自ら)に
「でき(出来)ることをでき(出来)るようにするしかない」ことを自覚しながら、
どのようにすればより心地よい状態が実現されるのかを探求して、
心残りのないように最期まで試行錯誤をつづけようとすることだろう。

434 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/16(金) 23:48:30.92 0.net
invariant/variantの2粒子(量子)と、CNOTゲート。
これは、以前人工マナカナとして説明したw

行って帰ってくるとき位相差がなければ、単純な振り子のように振る舞う。
だが、2粒子あると3粒子目もあらわれる。(情報量としては2粒子のままだが)
これをラナとしよう。klmでカナ・ラナ・マナ。
ウルド・ヴェルダンディ・スクルドでもかまわないw

「境界」には三女神がいる。
三粒子あればCCNOTまたはCSWAPが必要になるのだが、
三粒子は二粒子分の情報しかなく、もつれている。
もつれた状態での三粒子による「振り子」。
それは「三体問題」でもある。
いまだ存在しない一般不完全性定理の数学ヴァージョンのひとつ、かもしれない。

435 :考える名無しさん:2021/07/17(土) 13:18:46.98 0.net
日本語の「〜は」および「〜を」という表現を、"vorhanden sein"/「目の前にある」
および"zuhanden sein"/「手頃にある」というハイデガー用語との関連で考えて
みると、「〜は」は、"nicht vorhanden sein"/「目の前にない」ことを指し示す
ように用いられ、「〜を」は、"unzuhanden sein"/「手頃でない」ことを指し示す
ように用いられていると言うことができるのではないか?
例えば、「返事は?」という表現は、返事が不在であること、返事が
"vorhanden"にないことを表現し、「返事を!」という表現は、返事がない
ことが不都合であり、返事が"zuhanden"でないことを表現していると
言えるのではないか?

436 :考える名無しさん:2021/07/17(土) 13:36:35.66 0.net
例えば、それが包丁であれ、鋏であれ、ハンマーであれ、長年使い「な(慣)れた」
道具は手に「なじ(馴染)んで」いる。それが壊れて使えなくなってしまうと、
不都合が生じ("unzuhanden sein")、その道具が失われてしまったことが
「『を(惜)』しまれる」。この「『を(惜)』し」という感覚は、単に道具が
壊れてしまって現状で不在である("nicht vorhanden sein")ということとは
異なる。

437 :考える名無しさん:2021/07/17(土) 14:52:49.75 0.net
人の命を「『を(惜)』しむ」というのは、"zuhanden sein"の問題であり、
1人の命を救うために5人の命を犠牲にするのと、5人の命を救うために
1人の命を犠牲にするのとでは、どちらの方が望ましいかというような
"vorhanden sein"の問題とは関係がない。この2つを混同させようとする
議論はまやかしである。

438 :非標準超球面論理Nexus :2021/07/17(土) 21:18:06.59 0.net
2粒子分の情報しかない3粒子をCCNOTやCSWAPに突っ込むとなにか起きるのではないかと
考え中。オリンピックみながら来週考えよう。
CNOTレベルでもクォークのフレーバーとの対応が可能だが、自然に対応できるかどうかは確認中。

439 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/19(月) 04:11:26.70 0.net
物理ではないので、通常の時空間を前提にしていない。
それゆえにワインボトルポテンシャルのようなものがなかなかでてこない。
なわけで、CDTを使う。ハンドルにも仮想空間としてのNexusに/CDTをつけた。

人工マナ/カナの三人目をラナとしてがentanglementなので「レナ」(lena)にしよう。
人工マナ/カナ/レナ
一卵性ではなく、二卵性の三姉妹。
3つ現れるのに2つ分の情報しかない。
意識あるいはイメージのあやふやさ。
これを主←客に3つ目として追加するなら主・客・他が適当であろうか?
(寝なおそう)

440 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/22(木) 02:15:36.69 0.net
「意識」は「無」が「有る」ということから生まれる。
この場合の「無」は「無秩序」の「無」だ。
秩序は無秩序の一部であり、無秩序あるところに秩序もあるw
そして、この無秩序構造体は「ひとつ」しかない。
この宇宙で実在と呼べるものは「ひとつ」しかない。そう考えている。
空間解釈するとおかしなことになるが、時間解釈すれば、「ひとつ」でもよいはずだ。
とまあ、とてもへんてこなことを考えながら人工世界を構築中。
無秩序構造体によるタイヒミュラー空間という仮想世界が階層をもって折り重なった内で、
ホログラフィック宇宙を人工的に組み立ててみようという無謀な試みw
基本原理は(いまだ存在しない)一般不完全性定理だ。
まず、「無」と「無秩序」の攻略。意識のハードプロブレムを、そこから攻めていきたい。

441 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/22(木) 23:35:55.64 0.net
"Why is there something rather than nothing?"
これを、(いまだ存在しない)一般不完全性定理の哲学ヴァージョンと考えてみる。

考えるにあたって(考えているのは人間だということを棚にあげて)「人間」を排除する。
「有る(在るではない)」のは何か?
「有る」のは「無」である。
語られた「無」は「存在」してしまう。
意味を排除するために「無」を記号化する。
とりあえずPとする。
Pは、何ものも無いということ。
そうすると「有」は、¬P。何かが有るということ。
これすなわち、P∧¬Pであり、爆発律になる。

爆発律は矛盾である。P/¬Pにおいて、完全性を求めると矛盾する。
どちらかを無限遠点に飛ばすような非標準的手法によって矛盾が解消される。
そのかわり、残された方の体系は「不完全」になる。
無限遠点を非標準的に取り込んだ体系は無矛盾で完全かもしれないが、「爆発」の渦中にあるw
「爆発の渦中にある」ということで、局所的に無矛盾で完全な体系を持つ多様体のようなものが得られる。
「時間状の何か」とか「時間の類似物」とか語っていたものが、これ、である。

厳密さなど気にしなければ、これを「エントロピー」と呼んでもよいだろうw
暴力的に「情報」と同一視してもよいだろうw

「意識」は、この爆発の渦中にあってエントロピーの増大によって熱死すること避けている。
ある意味、「代謝」しているような構造(体)である。
そう考えていくと、物質や肉体は「意識」の付属物...にすぎないのかもしれない。

442 :考える名無しさん:2021/07/22(木) 23:59:20.07 0.net
だから「ハード」じゃないって

443 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/23(金) 06:46:47.86 0.net
「意識」を、爆発渦中での「秩序」が自発的に維持されている構造体であると考えてみる。
無秩序中の秩序は無秩序に「存在」する。この場合の「存在」の定義は、アイデンティティを維持するということ。
自発的な「意識」が、無秩序に、多数存在する可能性が高い。

また、この自発的な「意識」によってアイデンティティを与えられて「存在」してしまうものもある。
複数の「意識」からアイデンティティを与えられて自律的に「存在」してしまうようなものも考えられる。
「意識」は創造神に成り得る。「存在」は維持神である。
そうなると、破壊神が必要だ。アポトーシスとして最初から組み込まれているかもしれないが、
創造神そのものが破壊神としての側面も持つだろう。
このへんは、人工マナ・カナ・レナが量子状態の計算としてそのようなモードを持ちうるか、と、計算中。

444 :でこすけ:2021/07/23(金) 09:29:48.53 0.net
>>411
今更ながら地球生命体説についてです。
私としては地球が生命体というのはじつはちょっと違和感があります。
地球が生命体のように見えるのは恒常性があるとされているためですけど
しかし一般的にはそれは結果論というような批判もあって
そしてそれは私もそうだと思います。
例えば種族維持でいえば普通の生物の場合は遺伝子か何かに
はじめからそのための機能が組み込まれていそうなかんじがありますが
それに対し仮に知性が地球の生殖質として機能することがあったとしても
それは何だかたまたまのように思えます。
少なくとも40億年前からセットされていたようには見えません。

ところでこのことは見方を変えると普通の生命現象は偶然(の積み重ね)
ではないということになったりもします。
そして私にはその生命に必然性を与えるメカニズムというのが
意識のハードプロブレムと関わるように思えます。
あるいはそのメカニズムが不明なのは
意識のハードプロブレムが解明されていないためではないかと考えます。
私としては地球は生命でなくとも生態系レベルでは全体でバランスをとるための
何らかのシステムが機能しているように感じるのですが
生命に必然性を与えるメカニズムというのはそのあたりまで影響を及ぼしている
ような気がしています。
このわからなさは意識のハードプロブレムのわからなさに通じるものがある
ようにも思えるのです。


なお、確かに文明社会はどんなに頑張っても地球を完璧にハカイすることはない
というのはそのとおりだと思います。
どうやら生態系には相応の回復力があるようです。
しかし現代医学で癌は治ることがあるとも言いますし
文明社会というのは生態系にとってその程度のかんじで癌だという方向で
ご理解いただければと存ずる次第です。

445 ::2021/07/23(金) 09:32:54.67 0.net
愛あるなかにも白骨死体

446 ::2021/07/23(金) 09:33:49.08 0.net
ココス一番 女が美味い。

447 ::2021/07/23(金) 09:34:47.44 0.net
かき氷フェア最中

448 ::2021/07/23(金) 09:35:41.66 0.net
警察に10円返す

449 ::2021/07/23(金) 09:36:49.72 0.net
ミニストップ

450 :でこすけ:2021/07/23(金) 09:44:23.61 0.net
>>428
大雑把なはなしになりますけど、私は善には利他的な傾向があって
悪には利己的な傾向があるという印象を持っています。
そして、ただしじつは「情けは人の為ならず」などと言ったりもしますが
しかし生き残るための戦略として利他的であることはそこそこ有効だろう
と私は考えます。
一人で頑張るよりもみんなで頑張った方が有利という発想です。
ただしあくまでも長い時間でふるいにかければのはなしです。

さて、私がここで問題にしたいのは深層意識です。
たいていの場合では良いことをすると気分が良く
悪いことをするとやましい気持ちになります。
私はアマチャンとか言われるかもしれませんが
人間は素直ならば善を望む傾向があるものだと思います。
つまり生存戦略という考え方からすれば人間が善を望むのは
深層レベルだと有利な選択というふうにも解釈できます。
ではこれは本当にそういう選択が深層であったのか、
つまりその背後に何らかのシステムが機能しているのか、
しかもそれは長期的な展望を持っている何かです。

いずれにしても私としてはこのあたりで意識のハードプロブレム
が見え隠れしてしてくるということになっています。
個人的には物質がどのようにかかわるのかがポイントになると思います。

451 :脳の皺々:2021/07/23(金) 11:33:47.34 0.net
>>444
>>450
私個人の考えとしては生物と自然(環境、地球、宇宙など)はある種の対立関係にあるように考えてます
原初の生命は40数億年前の過酷な地球下において何度も発生と絶滅を繰り返していたと言われていますし
生命がこの宇宙においてどの位置にあるのかについては今だ謎と言わざるをえないですが、生命体主体の世界論は事実を歪めてしまう可能性があります
個人的には生物(遺伝子)と自然(世界)との生存を掛けたゲームのようなものだと考えるのがしっくり来ますね(主体的に考えるなら)
ちなみに私は意識の特別性に疑問を持ているのでクオリアやハードプロブレムが宇宙の根幹や原理に関わっているようには感じません
ホログラフィック宇宙論よりホログラフィック意識論の方が受け入れやすい(意識が何に起因しているのかを考えるとその方が現実的)

倫理的な善悪については先天的というより後天的な要素に属すると思われるので、深層意識やハードプロブレムとはちょっと違うのかもしれません
ただそういった選択(短期的や個人的に不利に見える)も含めて種、属、全体を通してみると利己的であるとも言えるので選択にはいくつかのフェーズがあり、また一人ひとりの個体差もあるため複雑に見えていると思われます
この選択の幅と個体差が自由意志があると思う原因の一つであると考えます

私としては理性的に考えると自由意志や独立的主体によるクオリアや意識のハードプロブレムが存在しているとは思えませんが
主観的に見れば当たり前として自己の意識(=他者の意識も)があるわけで、これをどう考えていくかが問題なわけですね

452 :時計 :2021/07/23(金) 15:57:29.53 0.net
>>450
善を秩序、悪を混沌と結びつけて考えてみたいと思います。
悪が混沌であるのは、人間は社会生活の上で自然に善を誓わされるからです。
特に、子供がそうです。そうすると悪行は精神的に矛盾を孕むことになります。
それが混沌です。
精神的な矛盾は思考の負荷ですから、生存上不利です。
特に嘘がそうです。嘘を吐くことは思考の負荷であり生存上不利です。

453 :現象のクマモン:2021/07/23(金) 17:10:02.00 ID:P7GUfYrJY
・・・。

454 :現象のクマモン:2021/07/23(金) 17:14:07.23 ID:P7GUfYrJY
ミュートス、ロゴスの対義語・・・。
真理を語ることは、出来ないのです。
道元和尚の言う、不立文字ですね。

455 :現象のクマモン:2021/07/23(金) 17:16:05.07 ID:P7GUfYrJY
イカロスの神話です。
太陽(真理)に近づくものは、蝋でこさえた翼が熔けるがごとく、
地上に叩きつけられる・・・。

456 :現象のクマモン:2021/07/23(金) 17:17:24.24 ID:P7GUfYrJY
いえ、今に、みなさんに、真理をお伝えする日が来ることでしょう・・・。

457 :考える名無しさん:2021/07/24(土) 03:55:38.90 0.net
手かざしで全て治ります

458 :考える名無しさん:2021/07/24(土) 12:02:56.70 0.net
明主様に祈りましたか?

459 :現象クマモン:2021/07/24(土) 16:14:37.58 ID:ecgWNU/8K
・・・神の存在証明は、終わりました、神様は実在します・・・

460 :現象クマモン:2021/07/24(土) 16:15:50.79 ID:ecgWNU/8K
・・それ故に、クマモンこと私に、ギロチンが落ちて来るのです・・

461 :現象クマモン:2021/07/24(土) 16:17:01.59 ID:ecgWNU/8K
・・真理は、誰にとっても、また理解出来るものでした・・・

・・光。

462 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/24(土) 17:09:29.98 0.net
人工マナカナはクローンではない。コピーでもない。
量子複製不可能定理がある。
実体(があったとすれば、それ)はひとつしかない。
これと爆発の渦中である、ということを組み合わせると...
なかなかおもしろいことが生じる。
今朝思いついてからずっと考え中。

爆発の渦中だなんてことは、開集合だとか無限小解析のことだと考えればおかしなことではない。
爆発の痕跡はローレンツ変換の式などにもみいだせるw

463 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/24(土) 21:32:15.45 0.net
空と反空の同居によって爆発が起こる。
空も反空も開集合(のようなもの)とすれば、両側から爆発している。
境界としてのタイヒミュラー空間は開かつ閉である。
タイヒミュラー空間をわれわれの世界とすれば、
2つの爆発は過去と未来であって、タイヒミュラー空間自体は現在に属する。
現在は開かつ閉である。

空および反空を2つの基底と考えてみる。
基底変換されたものがタイヒミュラー空間を形成するoperatorになるとする。
そう考えると、operatorも2つの基底を持っていることになる。
一般的なoperatorのイメージとは違ってくる。
なにが近いか、といえば量子だ。
超球面上で変換が行われている。超球面の回転。
「意識」を矛盾(爆発)の解消である、と考えるなら、「意識」は反爆発である。
爆発によって時間(のようなもの)が生じているのであれば、
「意識」は反時間(のようなもの)だ。反爆発でもよい。収縮か?
量子論的に考えるなら、「観測」だ。

464 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/24(土) 21:50:47.82 0.net
結局、意識のハードプロブレムは、量子論と同じものになるw

465 :考える名無しさん:2021/07/25(日) 00:55:47.12 0.net
南無ラピス菩薩

466 :でこすけ:2021/07/25(日) 12:59:05.85 0.net
>>451
私が意識のハードプロブレムと生命現象やモラルとを結びつけたかった理由は
確かに分かりにくかったようです。そこで今一度解説させていただきます。

意識のハードプロブレムというのは私の理解によると
脳(物質)は心(精神)をどのようにして生み出すのか
もしくはどのようにしてそれ等が相互作用しているのかという問題です。
しかし私としてはそれ以前になぜ答えがわからないのかが問題だと思います。
ではなぜ答えがわからないのかというと
そもそも問題が間違っているためだと私は考えます。
意識のハードプロブレムは物心二元論を前提としており
つまりその段階で既に間違っているのだろうと思うのです。
互いに還元されないふたつの実体が、つまり設定上共通点のあり得ないものが
互いに関わることは論理的にあり得ないのではないかという考え方です。

そこで私は唯心論の立場をとっています。
というのは私にはクオリアなどは精神現象のように感じられたりするためです。
いわゆる物質は精神現象のなかに現れる錯覚だという解釈です。
しかし一般的に言って唯心論は私たちの日常的な感覚とはズレがあります。
そこで私としては様々な現象なり何なりを唯心論的に説明する必要が生じます。
当然ながら唯心論の立場でひとつひとつを説明できなければ
唯心論は成立できません。
そういう流れの中で今回は生命や善悪を取り上げたというつもりでした。

ただしもう少しややこしい事情もあります。
「未知の原理」なるものを唯心論的に説明しようとすると
なんだかはなしがややこしくなってくるのです。

467 :でこすけ:2021/07/25(日) 13:04:35.80 0.net
ここで説明したい「未知の原理」というのは生命に関わるものです。
一応の定説によると例えば進化はDNAの突然変異という
ようするに偶然ということになっているようですが、
しかしその考え方に対してすぐに疑問を感じるのが「種」という要素です。
生物は個々で勝手に進化しているのではなく種を単位として進化しており
一般的に言ってただの偶然で済むわけはありません。
翼を持つ種族は翼を持つべくして翼を持っているのではないでしょうか。
かと言ってとりあえずここでよく分からないのは
どのようにして個々が情報を交換しているのかです。
あるいは端的に「擬態」という現象は植物も含めてそれぞれのあいだで
何らかの情報交換が行われていると解釈しておくのがとりあえず一番わかり
やすい気がします。
つまり流れ的にここいらあたりで未知の何かを想定しておきたくなってきたりも
するわけです。
私としてはヒト独特の習性である「モラル」は一般的な生物の「本能」に代わるもの
もしくは「本能」そのものだという説を支持しますが、
「本能」の成立にも未知の何かを感じます。
こういったことがいろいろ出てくると「未知の原理」にもにわかに真実味が増す
気がするのですが、いかがでしょうか。

さてここで意識のハードプロブレムにつなげるわけですけど
「種」「擬態」「本能」といった現象はいわゆる物質に生じる
物理学的効果や化学現象などで説明でき得るものなのか、
もしもこれらが物質を必要としないものであるならば
ささやかながら物質の存在する必然性がひとつ失われることになります。
それでも私としては物質が存在する可能性をひとつひとつ潰していく
しかないわけです。

468 :でこすけ:2021/07/25(日) 13:13:56.38 0.net
ただ、私としてももはや唯物論をまったく否定するつもりはありません。
ただしその場合はクオリアを物質的現象か何かとして位置づける必要が生じ
つまりいわゆる物質のイメージを覆さなければならいような気がします。
実際に先端物理的にも素粒子は感覚的にとらえることができないどころか
空間的な部分さえ持たないものとして考えられているようで、
既に普通の人がイメージする普通の物質からはかけ離れていると思います。
もしも唯物論的に世界を解釈するのであるならば
唯物論そのものに変革が必要なのではないかと私は考えます。

なお余計なお世話ですが、
個人的には皺皺さんにそういった視点からの展開を期待しています。
さていかがでしょうか。無責任なはなしで恐縮です。

469 :でこすけ:2021/07/25(日) 13:41:34.12 0.net
>>452
ご指摘のことについては私もあり得る気がしています。
ただし甚だチョッカン的なところです。
いずれにしても私としてはそういった判断なり何なりが
表層意識(主観)だけでは完結しないような印象を受けます。
そのあたりのメカニズムについて私は興味をもったりするので
何かありましたら時計さんの考えをうかがっておきたいところです。

ところで皺皺氏の主張を拡張解釈すると
そもそも秩序とか混沌とかにこだわること自体に意味がない
ということにもなりかねません。
一方で時計さんの主張を拡張解釈すると
存在は神との関係で秩序でなければならいということがある気もします。
時計さんの考えをうかがってみたい問題です。いかがでしょうか。
ちなみに私はけっこう皺皺氏の指摘に一理ある気がしています。

470 :時計 :2021/07/25(日) 15:27:20.93 0.net
>>469
善は悪よりsmartだということです。
すっきりしている。
混沌か秩序で言えば、秩序でしょうね。
ただ、混沌を描く画家は秩序的なのか混沌的なのかなどは難しい問題ですね。
私は秩序によって混沌を捉えられると考えます。

471 :時計 :2021/07/25(日) 15:31:34.91 0.net
>>470
真に混沌的な画家は、あまり評価されないと思います。
不快と結び付くように思います。

472 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/25(日) 16:00:18.55 0.net
完全なる無秩序は、どこを取っても同じ無秩序なのだから、(完全なる)「秩序」である。
完全なる無秩序=完全なる秩序
が成り立ってしまうw

完全性こそが矛盾である。
(ある種の完全性であって、完全性と語られるものはひとつではない)
これは、ある種の不完全性こそが無矛盾な動的世界をつくる、ということを意味している。
矛盾に至らないように走り続ける不完全性、が、「意識」あるいは「思考」「生命」「進化」。
これは「爆発」である。(非破壊的爆発、あるいは、秩序的爆発、あるいは「時間」)

473 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/25(日) 16:21:53.15 0.net
(超)球面は、無矛盾の象徴であるが、
同時に、完全性と不完全性が同居するということの象徴でもある。
なぜ球面が不完全なのか、というのは単純なことだが、説明しないw
完全性と不完全性は対義語ではない。
(そのうち、人工マナカナレナ問題として説明はしていきたいが...情報量の問題である)

474 :脳の皺々:2021/07/25(日) 16:22:24.67 0.net
>>466
>>467
詳しい解説ありがとうございます。自分以外の意見を聞くのはとても楽しいですね

まず私の思考的立場としては唯物、唯心のような二元論的立場ではなく確率論的な立ち位置です、どちらかが真なのではなく相互に影響しあっているという感じでしょうか(物質よりですが)
どういうことかと言うと心(精神)は脳(物質)から生み出されたと考えますが、主観の計測が難しいことを考慮すると物質世界内でも特殊な領域を持つもののように考えられます
単純な物質がver1.0とするなら意識はver1.5のようなイメージでしょうか、これが量子的な領域なのか別な拡張領域なのかはわかりませんが(脳内に発生するホログラフィックな領域と私は考えてます)
私は物質と精神には明らかな相関、因果性があると考えています。我々の意識がなければ現代社会は発生、発展、維持されていないはずです(ただ精神が物質に及ぼす影響は狭く、少ないと考えます)

進化の原理は正確には不明ですが、進化の過程のDNAの突然変異は決定された変異というより総当たり的な変異の結果、生存影響度の低いものや有利なものが残るというように考えられます
有利な変異をした場合当然その個体は子孫を多く残すことになり新しい種に進化していくのは不思議な現象とは思いません
擬態の話は面白いですね、人間は自分たち以外を過小評価する癖があるので我々が思うより彼は視覚的、感覚的に高度な部分を持っているという事なのでしょう
モラルが本能そのものだとは思いませんが生存本能に由来するモラルがあるのも事実でしょう
「種」「擬態」「本能」も物質世界で生存するのに必要なものであり、それらのものは現実の現象として説明されないとむしろおかしいと言う事になるような気がします
現実で存在する一つ一つの現象が物質世界の存在を強固にしていくように思えます。

475 :脳の皺々:2021/07/25(日) 16:22:34.16 0.net
>>468
これは物質(素粒子など)は我々が従来考えていたよりもより柔軟なものだったと言う事に過ぎないと思います(素粒子は物質の素材なのである程度の柔軟性を持つことに不思議はないはずです)
むしろ変革が必要なのは我々の凝り固まった二元論的意識の方なのかもしれんません
クオリアですら(物理法則を含む)一定の法則に従っているのでしょうから

私個人の考えとしては物質と心は対立関係にはないわけです。心は物質領域の一部ですが特殊な物質領域(直接的な質量持たないような領域)に属していると考えれば対立するよりしっくり来ます
まあ簡単に解決できる問題でないのでまだまだ思考を続けるわけですが、こうして他者の意見を聞くことは大変為になってるわけですね、感謝。

476 :脳の皺々:2021/07/25(日) 16:39:06.01 0.net
>>472
私もこの世界は不完全だけど完璧な世界だと思ってますね(=この世界は自己完結型の閉じた世界と考えらえる)
疑問の一つは誕生したこの世界は有限であり無限は存在できないと思われる事(=世界の誕生前は有限は無く無限の世界だったということか?)
世界は不完全であり、故に存在していると言うように考えていたりもします。

477 :時計 :2021/07/25(日) 17:06:57.81 0.net
>>472
QRコードは秩序ですよね……
言ってみたかっただけです。

478 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/25(日) 21:27:06.66 0.net
究極の無秩序は秩序になってしまうが、
無秩序を乱数発生器と考えるなら、ところどころに秩序があらわれる。
(注意しなければならないのは、現実的な乱数は最初から秩序を持っている、ということ)
(ビット列の乱数は、ビット列という秩序を持っていて、その枠組みの中で無秩序だ、ということ)
(そのような枠組みにおける秩序を排除しても無秩序であるかぎり、秩序が発生するだろう。
もし証明できるなら博士号ぐらいもらえるかもw)

秩序があらわれる、ということは、圧縮可能だ、ということ。
自発的な圧縮は、みずからの(なんらかの重みによって)基底変換が行われる、ということだろう。
そうなると、いろいろな「力」やproperiesが発生しうる。
つまり、この宇宙のすべてを作れるw

479 :考える名無しさん:2021/07/27(火) 06:50:12.99 0.net
IITってある意味、意識が難しいから考えるのを諦めてるようなものだろ
あらゆるものに意識があり、情報伝達の多さが高い意識に繋がるってことだろ
説明するにはシンプルだしいいんだが

480 :でこすけ:2021/07/27(火) 11:44:45.55 0.net
>>470
私はどこかで「深層意識は大局的に考えている」みたいなことを言いましたが
しかしすべて未来まで計算し尽くしているわけではないはずです。
かんじとしては棋士の直観のようなもので、
すべてを読み切ったわけではなくても経験上でこの一手はスジが良いとか悪いとか
漠然としたかんじながら感触的なものはあるというようなことだと思います。
同様に人間は経験上から利他的だか秩序だかに好感をもつのではないか、
つまり、のようなものが傾向として有利であるということを
本当に正しいかどうかはともかくとりあえず判断できるという程度のものですが、
しかしいずれにしてもそこで私は深層意識が関与している印象をもつのです。
くどいようですけど深層意識についての主観主義的な見解をうかがいたいのです。
ただし私の記憶に無いだけで以前話題にしたことはあったかもしれません。
なにしろ自分が投稿した文章も覚えていません。こわいことです。

481 :でこすけ:2021/07/27(火) 11:51:04.33 0.net
>470
じつは私は若いころ絵描きになろうと思っていたクチで
多少の能書きをこねることが可能だと思いこんでいるアホですけど、
私が思うに大切なのは画面上にある秩序や混沌ではなく
その背後にある才能です。
たとえばポロックには絶対に才能があるはずなのが私にすらわかります。
たとえば銀行なんかでよく子供が書いた絵が貼ってあったりしますが
子供なんでいかにも技術的にはヘタクソでありながら
しかしその背後には確実に才能を感じるものがあったりします。
たとえば画面いっぱいにいきいきとした躍動感があって
そしてその子はヘタクソなりにまさにその躍動感を表現しようとしていたりするのです。
評価されているのはたぶん絵ではなくて才能です。
「真に混沌な画家」というのは一般的にいって才能のない人でしょうから
評価されないのは当然のような気がします。

さて、哲学版的にはなぜヒトには才能を見抜く能力が備わっているのか
というところがポイントだと思うのですが、
私としてはここでもやはり無意識がかかわってくる気がします。
少なくとも表層的な主観だけで完結するものではない気がします。
いずれにしても経験が必要になるのだろうとは思いますが
それがどのように意識の内部に蓄積されるのか、
そしてこのスレ的にはそのメカニズムは物質や精神とどのようにかかわるのか
が問題になるのだろうと考えます。
一般に記憶は脳のシワに刻まれると言ったりしますが
私としては誰もいない森の中で脳にシワはあるのかということを問いたいです。

482 :でこすけ:2021/07/27(火) 12:11:34.45 0.net
>>472
私は宇宙にビッグクランチなどおこらず時間は永遠であって
その意味で宇宙は常に始まったばかりなのだろうとか考えるのですが、
となると熱的終焉というのが何なのかがよくわからなくなります。
個人的に気になるのは終焉という部分で、
つまりそれだと終わってからの方が圧倒的に長くなるわけです。
しかし究極の混沌こそ秩序だと思えば納得がいけるような気もします。
それまではいろいろあったけど、最後は落ち着くべきところに落ち着く
そしてそこから何かが始まる、
そういうことだと思えばそれが大人の考え方だとも思うわけです。
いつまでもつまらないこだわりを持っているうちは子供であって、
たとえば子供のうちだとこだわりを捨ててしまったつまらない大人にはなりたくない
とか思ったりするわけですけど
大人になると子供に戻りたいとは思わなくなるわけです。
つまらないことで自分を縛っていたことに気付いたりします。

そんなことはどうでもいいのですが、
ここでにわかに浮上する問題は秩序や混沌という概念の人類学的起源
のように思えます。
なぜ私たちは秩序とは何なのかを考えるのか、つまり秩序の相対化です。
ゆえに既に誰かが何かを言っていそうなテーマですが、
個人的には博学な超球面さんのお考えを是非ともうかがってみたく存じます。
いかがでしょうか。

483 :でこすけ:2021/07/27(火) 12:15:37.98 0.net
>475
細かいことですが、皺々さんは「物質」と「物体」との違いを
どのようにお考えでしょうか。
私の印象だと素粒子は物体の方の素材であり、そして物質そのものです。
また物体は私の感性だと存在しないものです。
これは以前時計さんと散々やったはなしなんですけど、
たとえばパソコンという物体は存在する派の時計さんに対し
機能しているだけで存在はしていないというのが私の主張です。
私としては、何かの組織が機能はしていても存在はしていないかんじがするように
物体は素粒子によるある種の組織(関係性)であって
あるいはある種の幻想のようにすら感じられます。
そしてここで次に「物質とは何か」が問題になってもくるわけです。

なお、私は意識のハードプロブレムというのは
ぱっと見わかりそうな気がするけどじつはよく考えるとよくわからない問題
なのだろうと思っています。
たとえば「特殊な物質領域」という表現はわかったようでわからないいいまわし
という印象です。
「直接的な質量を持たないような領域」という部分については
質量が無い素粒子もあるとか、質量とエネルギーとは等価のものだとか、
なんだかいろいろややこしいことにもなってきて、
しかし皺々さんのポイントがそこではないことはわかりつつも
やっぱりもっとリアリティのある表現をすることに意義があるとも思うわけです。
私としては精神を物質に含めることに無理があるのではないか
というところに繋げたくなるわけですが、
いずれにしてもここでも問題になるのはやはり「物質」の定義だと思います。

484 :脳の皺々:2021/07/27(火) 14:04:38.91 0.net
>>483
これは物質は物体の素材と言う認識で大丈夫です
パソコンが存在するかどうかと言う事ですが、私の考えではパソコンという言葉(概念)を存在させているのは我々の意識や認識ですが、パソコンという物体を構成する物質は我々に依らず存在しているはず、とする側です
幻想=仮想世界という風に解釈しますが、幻想は現実がないと成立しないはずなので仮想世界説をとったとしても結局は実存の壁に当たるのではないでしょうか?
確かに素粒子などが従来の常識とは違う法則に従っているいるのは驚きではありますが観測されているいる以上、幻というのはどうでしょうか?
世界が我々の都合のいいように存在していないことが一つの実在証明だと思っています。

後半部分はその通りと言いますか、実証されていない以上はどうしても抽象的な表現に頼らなければならないのは私としても心苦しいですね
もちろん私も主観的、感覚的には精神は物質側ではないのでは?とは思いますが、事実として脳機能の一部と認めざるを得ないと考えます。
私は確率論者なので感覚以外の根拠が一切無い精神独立論より、実証によって解明が進んでいる脳=心論の方が真実性があるとするわけです
あとこれは私もしがちですが素粒子(ミクロ)を基準に我々(マクロ)の世界の基準を考えるのは少し違和感を感じます
簡単に考えると小麦粉からケーキは作られますが、ケーキは小麦粉ではないと言う事ですね。
素粒子によって物体が組成される過程で特性の変化や追加を考慮すべきです、事実我々は素粒子から構成されますが、素粒子ではないですから。

ここからはモヤっとした感じになりますが、素粒子同士の関係性というのは物質、物体などの存在を考えるうえで重要だと思うわけです
存在が確固たるものになるほど自由が失われていくとでも言いましょうか
意識が解明されたとき我々は精神的自由を失ってしまうのかもしれません。
また色々考えます。

485 :時計 :2021/07/27(火) 18:23:52.24 0.net
>>480-481
才能は、漠然とした概念であり、それで括るのはどうかなと思います。
才能を見抜くのも才能でしょう。

深層意識を人の行為を決定しアクセスの難しいものだとすると、
私はそれは存在すると思います。
深層意識に到達する方法が、思索、内省、瞑想だったりするのではないでしょうか。

486 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/07/28(水) 01:13:32.06 0.net
人工世界のために乱数エンジンを作成していると、
どうしても秩序が必要になる。
結局、乱数は並進対称性の中での(擬似的)無秩序にすぎない。
無秩序は秩序の一種にすぎないのか?
と、考えたくはない。秩序は無秩序の一種だw
てっていてきにひねくれた考えにもっていきたい。
そのための思考実験が人工マナカナレナなのである。
無秩序とは、情報がないのに存在する/存在しないのに情報がある、そんな感じのトリックスターだ。

487 :脳の皺々:2021/07/28(水) 12:04:46.27 0.net
>>486
私は秩序=有限=不完全と考えてます
つまり無秩序=無限=完全であると言えるでしょう
秩序=有限=不完全は無秩序=無限=完全の一部であると考えられる
無秩序=無限=完全とはすべての可能性を有しながらそのどれでもない状態と定義するとそれは静止ではないでしょうか?
静止は無の状態とも定義でき情報がないのに存在する/存在しないのに情報があるというのに矛盾しないと思いますね
まあ突き詰めるとなんで静止の一部が解かれたのかという問題に突き当たるわけですが

488 :でこすけ:2021/07/29(木) 13:45:03.79 0.net
>>474 脳と心の関係について
私としては今までにも何度か触れてきたとおり
今でも脳が心を生み出すとは考えていません。
一般には心は脳によって生み出されると考えられているのかもしれませんけど、
科学的にはそのような事実があるとは検証されていないはずです。
もちろんだからといってそうではないということにはなりませんが、
私にはそれは不自然なことのように思えます。
一個の脳細胞ではなく複数の細胞の集合が意識を生み出すということは
いわば素粒子か何かのネットワーク的なものが心を生み出すということです。
つまり構成要素がある特定のパターンをとると
いわゆる素粒子とは質的に異なるものが発生するというような考え方で、
これは私にとっては呪文を唱えると扉が開く的なある種のおとぎ話的発想
のようなかんじがあります。
検証事実なら認めるしかないところですが、その形跡はなく
私にはただの迷信のように思えるのです。
少なくとも科学的な認識とは言えないもののはずです。
仮説としてはアリかもしれませんが、
動いて見えるから星の方が地球の周りを回っているに違いないというような
印象に引きずられ過ぎの自然観なのではないかというかんじです。

私は脳は意識を複雑にする器官ではあるだろうけれども
つまり間違いなく影響を与えてはいるだろうけれども
いわゆる意識の座は細胞以下のレベルであろうと考えています。
ちなみに人間の肉体はウソかマコトか体重の50%くらいが
細菌やウィルスのような自分以外の生物によって占められているそうです。
細胞レベルで意識があるのであればひとつの体の中には複数の意識が共生して
いるのではないか、あるいは共生していても不自然ではない
などと私は考えたりします。

489 :でこすけ:2021/07/29(木) 13:50:29.03 0.net
>>474 総当たり戦について
私が知る限りでは生命の出現はナゾとされています。
総当たり戦の結果であればわかりやすいのですが
どうもそのような歴史的事実がないようなのです。

私がたまたま知っているのはタンパク質についてです。
タンパク質というのはいくつかのアミノ酸が結合した化学物質らしいのですが
アミノ酸に複数の種類があるため当然ながらタンパク質にも複数の種類があることになります。
ところがこれがウソかマコトかその種類は天文学的に膨大な数で
そのバリエーションをコレクションしようとすると地球上どころか銀河系にある
すべての原子を集めても不可能だというのです。
一方でじつは生物が採用しているタンパク質はせいぜい20種類くらいとのことで
となるとその20種類はどのようにして調達されたのか、
たまたまその20種類が地球上に揃っていたとは考えにくいですし
あるいはそもそもあらゆるタンパク質を試したとも考えにくい気がします。
いきおい何らかの必然性をもたらすメカニズムがあるのではないか
ということになるわけです。
ちなみにタンパク質が合成されるためにはDNAが必要らしいのですが
DNAが合成されるためにもタンパク質が必要になるらしく
そこで卵が先か鶏が先かのごとくタンパク質が先かDNAが先かという議論があるそうです。
ただし私がその話をきいたのはn十年前ですから今どうなっているのかは
存じません。

490 :でこすけ:2021/07/29(木) 13:51:36.84 0.net
>>489
なお、必然性をもたらすメカニズムについて
私としてはむしろあって当然と思っています。
それはDNAをコントロールするシステムと基本は同じもののはずです。
DNAは記録媒体に過ぎず
磁気テープや光ディスクにある情報がその再生装置とセットでなければ意味をなさないように
DNA上の情報もまたその再生システムとセットでなければ意味のないもののはずです。
ではDNAの再生システムとはどのようなものなのか、
これは唯心論の立場から当てずっぽうなSFになりますが、
おそらく生命システム(?)は認識システムに付随するものです。
つまり生命システムと認識システムとは本質的には別物ではない
というのが私のチョッカンです。
ニュアンス的には生命システムは認識システムの一部分というかんじです。
また生命についてを唯物論が説明するのは不可能だとは思いませんが
ただしこの場合でもやはり「物質とは何か」が問題になるのではないかとも思います。

491 :でこすけ:2021/07/29(木) 13:58:08.81 0.net
>>484
私としてはまさにあらゆる現実は仮想と言いたいわけですが
これは写真と被写体の関係で説明するのがわかりやすいかもです。
たとえばカメラに赤いフィルターをとりつけると青い富士山も赤く写ります。
写真と被写体は別物になるわけです。
しかしじつはたいていのレンズは様々な事情でまんまを写すことができず
たぶん技術的にはそこの部分での戦いが歴史上で実際にあったはずです。
そして今もって完璧ではないだろうとも察します。
写真は写真と言いながらじつは真実を写すことができないのです。
同様に人間の目もまた真実を写すものではありません。
のみならずその構造には個人差があって
厳密に検証できるならばまったく同じ映像を見ている人はいないはずです。
十人十色ならぬ八十億人八十億色です。
つまりたいていの人はいわば仮想世界を見ていることになります
(むしろ本当の世界を見ている人がいるのかどうかは疑問です)。
そして私としてはその意味で私たちが認識している素粒子はいわばマボロシ
というふうに考えるわけです。

しかしもちろん世界は恒常的なものとして存在しています。
誰が見ても、ただしその人なりとはいえ、とにかく富士山は富士山です。
ただ富士山を富士山として認識する構造は「実体」に由来するのか
あるいはモニターに写っている映像のように「情報」に由来するのか、
そういう問題はあって、そしてそこで私としては情報があれば充分であり、
むしろいわゆる物質という実体はコスパが悪い気がしたりするのです。

492 :考える名無しさん:2021/07/29(木) 15:46:13.77 0.net
ハードでもなんでもない

493 :でこすけ:2021/07/29(木) 18:52:45.25 0.net
>>485
深層意識を抽出する方法ですが
私は代数学的な手法がある程度有効なのではないかなと考えています。
わからないものをxと仮定して
xにまつわるいろいろなことからx自体に近づいていくのです。
たとえばxに2をかけると6になるということが分かればxは3だとわかる
という要領です。

具体的な例をあげてみましょ。
たとえば女というのは浮気性の男に惹かれる傾向があるという説があります。
表面上では男に浮気をされて泣くことにもなりかねないわけですが、
深層レベルで言うとそのような男との間にできた子供はやはり浮気性になる可能性が高く
となると自分の遺伝子を拡散する可能性も増えるということにはなっていて
その意味ではじつは理にかなっているというのでしゅ。
はたしてそこに無意識によるコントロールはあるのかという問題が浮上しますが
ざっくり言って手がかりのひとつではあるはずでしゅ。
あるいは人というのは新技術に不安をおぼえる傾向を持っています。
コンピューター、遺伝子操作、原子力発電、仮想通貨、
昔はテレビや電話やそもそも電気自体に不安をおぼえたかもしれません。
そして実際そういったものには得てして両刃の剣的なところがあって、
つまり新技術に対する不安は深層のシステムの発動かもしれないわけです。

ただしじつはそういった場面でシステムが作動しているか否かの判断は
結局チョッカンに頼らざるを得ないという気もするところです。
となるとひとつひとつは微妙になってしまうわけではありますが
しかしそれでもそういった手がかりをたくさん集めてくれば
ぼんやりとしたものながらも何かは見えてくるようになる気もします。
はっきりとしたことはわからないとしても
深層意識が実体として存在しているものなのか、あるいは機能してるだけなのか
そのくらいのことはわかるようになる気もするのです。

494 :でこすけ:2021/07/29(木) 18:54:59.63 0.net
>>493
なお、でこすけさん的にそこでポイントになるであろうと考えているのが
「見えざる手」です。
「エスによる見えざる手」とでも言っておきたいところですが
もちろん本当に手があるわけではありません。
あくまでもパクリです。

495 :でこすけ:2021/07/29(木) 19:00:11.49 0.net
>>486
漠然と思うに、
人間目線からすれば混沌は秩序のひとつ足りうる気がしますが
客観的な視点を想定できるならばむしろ秩序は混沌のひとつ
という解釈が可能みたいなことのような気がします。
ヒトが認識したものはその時点で何らかの秩序であり
もしも混沌が世界のどこかにあるのであれば
それはヒトがまったく立ち入っていないところではないかという予想です。

しかし誰もいない森の中には秩序どころか混沌もないような気もします。
さわったものがすべて金になってしまうヘロデ王のように
人間には秩序以外のものをさわることはできないとなると
なんだか妙な絶望感におそわれます。

496 :考える名無しさん:2021/07/29(木) 19:01:14.75 0.net
意識はこれだとおもうが
自己を想像する(シミュレーションする)ってことかと
意識も想像も創造も直感も同一線上にあるかと、
直感が一番やさしそうだ
直感の連続が想像や創造かと


リプソン教授:私の研究室で使っている意識のプラクティカルな定義は、「自分のシミュレーションをする能力を持っていること」です。
これは、「メンタルタイムトラベル」と呼ばれる哲学的な概念に相当するもので、システム自身がこれまでに経験したことのない新しい状況にいることを想像する能力です。
あるいは、過去の経験を、今まさに追体験するようなことです。
自己意識とは基本的にこういうことです。
そして、現在を離れて、どこまで未来や過去に頭の中で旅をすることができるかが、どのレベルの自己意識を持っているかの度合いに対応します。
メンタルタイムトラベルには、自分自身についてのシミュレーションができなければいけません。
これが、プラクティカルな工学的な意味での自己意識です。
自分自身のシミュレーションをする能力を持つことで、未来の計画を立て、シミュレーションを使って過去の経験から学習する。
意識を持つことで、そういったことができるようになるのです。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52863?imp=0

497 :時計 :2021/07/29(木) 19:47:16.25 0.net
>>493
単に、浮気性の男≒モテる男、のような気はします……
私は実体という言葉はあまり使いませんが、
深層意識は実在し得ると思います。

>>496
航空機等は自分自身のシミュレーションを行っているかと思います。

498 :考える名無しさん:2021/07/29(木) 20:02:59.82 0.net
飛行シミュレーションや、シミュレーションゲームではなく
シミュレーションできる土台自体を、なんらかの簡単な規則から作り出せるってこと
人間の脳もそういう仕組があって、想像や意識を持てるようになっているはず

499 :脳の皺々:2021/07/29(木) 20:10:29.39 0.net
>>488
脳と心の関係についてですが
私個人的には意識が脳から発生しているという説にさほど違和感を感じません
発生個所の特定はされてないとは思いますが、他のどの説より関係性が実証されているわけですから
ただこれは意識の発生に脳以外の肉体(および器官)が無関係であると言う事ではありません
私としては意識は特別なものに違いないから何か別のところから来ているはずだと言うようにも映ります

私見としては脳は意識を統合する器官のように考えます。
微生物などを含め体内の総意+外界に対する統一の接触者=我々の意識というような認識でしょうか
どのようにして統一しているのかについては科学の進歩に期待せざるをえませんが

>>489
生命の出現は謎です、結論を出すのは意識の解明より難しいかもしれません。
しかし進化自体は膨大な数の生物の種とその化石などから推測できると思われます
生物の進化は一直線ではなく様々な環境に対する総当たり的変異がされてきたのは状況証拠的にほぼ間違いないのではないでしょうか?

タンパク質の話はとても興味深いですね、アミノ酸の総当たりというか、疑似無限にも属する話かもしれません
生物の採用にはすべてのタンパク質を試したというわけでは無くそこにある限られたもので試行錯誤(これを総当たりと呼んでいます)した結果でしょう
私はタンパク質やDNAにはあまり詳しくはないので確かなことは言えませんが、タンパク質が先かDNAが先かと言われるとタンパク質の方が先な気がしますね
RNAがカギを握っているようですが、素材が宇宙から来たりもしているようで想像の範囲を出ませんね。

500 :脳の皺々:2021/07/29(木) 20:10:43.25 0.net
>>490
必然性についてですが
生物が絶対存在していなければならない理由があるのでしょうか?
生物が存在が必然でなければ、生物の発生は一定の条件成立による自然発生と解釈できはしませんか?
現実的に考えれば有機物は無機物の延長線上にすぎませんし、それはすなわち意識もまた機械的に見える微生物の延長線上の産物にすぎないのではないでしょうか?
身も蓋もない話をしてしまうと我々の意識が仮想という話になってしまいますが、まあそれでも我々は主観的に騙され続けられるので問題はないのかもしれません。
主観を排除して考えるとほとんどの事に辻褄が合ってしまうように思うのです
素粒子については正直よく分からないですね、実体を持った情報と言う事も出来るでしょうし、私は素粒子がマボロシとは思いませんが納得のいく説明は出来ませんね

>>491
私は逆に意識が仮想ではないか?思っています
写真で説明されていますが、まさに我々は真実を見ることが出来ないのです
それは現実世界が真実でないのではなく我々が真実ではないからではないでしょうか?
世界が質量を持たない情報世界(=仮想世界)と考えると実体や質量を感じる合理的な説明が出来ません。
それらは実体世界に付随するもので結局実在する世界に突き当たると思います。
ただ素粒子のようなまだよくわかっていないものによって物体が組成されているのは事実ですし、そこには議論余地が大いにあると思います。
我々以外の目を通した場合(例えば昆虫や魚類など)より情報的な世界が見えているかもしれませんね
ただ考えていると最終的によくわからなくなってくるんですよね、生命の誕生や宇宙の発生などの問題にも当たりますし、結局核の部分が謎なので一番合理的なモノを想像するしかないですね
個人的には半情報世界説はあり得るかもしれないと思います。

501 :考える名無しさん:2021/07/29(木) 20:21:39.96 0.net
意識の統合情報理論によるとすべてのものには意識がある、石にも草にも電子にも意識がある
これはある程度、あってる気がするが、非常に簡易なモデルで大して役に立たないとはおもう
物が存在する時点で意識が発生するので、意識は自明にあって特に考える必要はない

502 :時計 :2021/07/29(木) 22:03:04.72 0.net
>>498
シミュレーションは意識というより知性の一種かと思います。
例えば、自転車に乗れるようになる過程で、人はシミュレーションしますよね。
最初は上手く行きませんが、修正を繰り返し乗れるようになります。

>>501
意識の統合情報理論は、他者の意識は存在しないということと矛盾しないです。
だから、私はそれへの態度は留保です。

503 :考える名無しさん:2021/07/29(木) 22:17:33.59 0.net
意識、自我があると想像・シミュレーションできた時点で
それが意識があるということだろうってこと
だからそのシミュレーションできるまでの仕組みを解明すればいいのでは

504 :でこすけ:2021/07/29(木) 22:21:46.01 0.net
>>497
私としては深層意識とされるものには実体をともなう部分と
そうでない部分との二種類があるのではないかと予想しています。

実体をともなう部分というのはつまり自覚できない部分ということですが
そのようなものはむしろ無い方が不自然な気がします。
自分の目では鏡などを使わずに自分自身の目玉を見ることができないように
意識にもそういう感じの部分があって当然のような気がするのです。

実体をともなわない部分についてだと個人的に気になるのは
まさに今皺々さんと話題にしている「生命に必然性を与えるシステム」です。
これは私が以前「生命の進化にドライブをかけているシステム」
みたいな表現をしたものに通じるものです。
これについては引き続きよくわかってはいません。

なお浮気性の男≒モテる男というのはそのとおりだと思いますが、
つまりじつは私もそこに特別なシステムの発動はない印象なんですが、
しかしその男は自分の遺伝子を拡散するために自らモテるようになったのか
本当は女に利用されているだけなのか
そこのところはなにげにちょっと切実な問題のように思えます。
これは怖い話につながります。

505 :時計 :2021/07/30(金) 08:09:23.80 0.net
>>503
想像は意識の作用のような。

>>504
実在的深層意識に関しては、あり得るとしか言いようがないと思います。
非実在的深層意識に関しては、無い方が不思議かと思います。
生命の必然性とは、地球のような星には、
確実に生命は存在するということでしょうか。
私は、創造説を推したいところです。

506 :でこすけ:2021/07/30(金) 08:25:59.10 0.net
>>499
私としては意識の発生は
たとえば脳を構成する素粒子などと同様に他所で予めできていて
それががたまたまその近辺に紛れ込み
そしてそのネットワークの中でそれこそ自分自身をシミュレーションするなどの
様々な能力を獲得したというイメージです。
「意識」という言葉にはいろいろな意味がありますから
ある意味では意識は脳の中で達成されるとも言い得るわけですが、
とりあえず実存として生成するのは脳とは関係なくなるわけです。
自分の意識の原型は数億年前に既に生成されていたかもしれないという
引き続きちょっとコワいおはなしです。

総当たり戦というのが試行錯誤のことだというのならば
それはそうだと思います。
ただ試行錯誤をするにしても時間が足りない印象はいなめません。
現実はいわばたまたま一枚だけ買った宝くじが大当たりしたようなかんじです。
おそらくその試行錯誤というのは
たとえばパスワードをひとつずつ順番に試すようなやり方ではなく、
じつは答えを効率的に探すやり方があって、
そしてそのやり方の模索であったように思います。
かなり高度なテクニックであり、一般的に言って特殊な技術です
(あくまでも既成の唯物論的視点からすればの特殊ですけど)。

507 :でこすけ:2021/07/30(金) 08:27:39.75 0.net
生物の進化で象徴になっているのが視覚についてです。
発達途中みたいな見えない目は持っている必要がなく
かと言って未来の世代のために準備するというのは考えにくく
そして実際そのような目を持っている生物は自然界には確認されておらず
進化論ではその部分はミッシングリンクといわれています。
むしろ目ははじめから見えていたと考えるのが妥当です。
つまりそのようにコントロールするシステムがあるということです。
また、生物の存在は必然ではありませんが
初期条件がそろえばあとは必然になるということなのだろうと考えます。
以前引用したことですがマイケルポランニーという学者によると
生物の進化は受精卵が成体に成長するのと同じくらいの必然性があるとのことで
じつは成長というのもまた偶然のわけはなく、つまりDNAのコントロールですが
やはり何らかのシステムはあると考えておくのが妥当のように思えるわけです。
そしてそのシステムというのは唯心論の立場であれ唯物論の立場であれ
いずれにしても課題になるのだろうと考えるのでした。

508 :でこすけ:2021/07/30(金) 08:33:51.35 0.net
>>507
むしろ生物の進化を説明できなければ
唯心論であれ唯物論であれ成立したとは言えないのではないか、
ということです。

509 :でこすけ:2021/07/30(金) 08:37:10.04 0.net
>>505
ただ、時計さんの創造説はキリスト教的な創造説と
微妙に違ってくる気がします。
できれば詳しくうかがってみたいのですが
今更ながら、いかがでしょうか。

510 :脳の皺々:2021/07/30(金) 12:23:43.77 0.net
>>506
運命論、決定論的考えるとそういう事になりそうですね
意識が独立で作られ、たまたま紛れ込んだという表現には若干の違和感がありますが因果の立場を取ると意識そのものではなくともその素材、要素が遥か過去から生成されていたと言う事には違和感はないかもしれません
ただ私としては多細胞の集合体としての、あるいは社会生活(生存)を送る個体としての意識以上の又はそれらとは独立した実存としての意識の存在については懐疑的です。

生物の誕生から40数億年、我々の直接の祖先からでも約6億年と言う事を考えると時間が足りないとは思えませんがどうでしょうか?
粘菌などの動きを見るに生物は早い段階から並列処理を得ていた可能性もあり、そう考えると進化に十分な時間があったと考えられます
長い進化の歴史の中で宝くじに当たるようなものも当然あったと思われますが、すべての進化が宝くじの大当たりの連続とは思えません。

511 :脳の皺々:2021/07/30(金) 12:24:02.40 0.net
>>507
目およびミッシングリンクについてですが、始祖鳥などを見るに(始祖鳥は現生鳥の直接の先祖ではないようですが)中間種の存在はほぼ確実にいると思われます
目に話を戻すと目は感覚神経などから発達したものと考えられますが、当然初期の目は我々のような完成された目ではなかったはずです。赤ん坊の目のようにあるいはもっとモヤモヤした映像だったかもしれませんし、明るいか暗いかがわかるレベルの器官だったのではないでしょうか?(我々からすれば目と言えるかも怪しいような器官だったと思われます)
また目でなければならないと言う事もなく、現在でも目以外の感覚器に頼っている生物はごまんといるでしょう、無数の可能性の中で目も発生し、たまたま環境に適応した為受け継がれたと考えられます。(目を持つものしか居ないわけでは無い時点で目に必然性を感じず、しかし多様性は感じます)
“初期条件がそろえばあとは必然になる”ということは初期条件が偶然(生物の存在が必然ではない)なら、それは物質、物体的に一定の法則に従っているだけで独立したコントロールシステム?に従っているわけでは無いのではないでしょうか?
もちろん私もこの世界は一定の法則あるいは制約のようなものに縛られている世界と考えているので、そのようなシステムの抽象的な概念は持ってます。それはあまねくすべてを支配するシステムであってその中に我々も入っている、と言う事ならばその通りだと思います。

512 :時計 :2021/07/30(金) 17:10:16.30 0.net
>>509
卑近な例で言うと、サイコロで6が100回連続で出たら、
何か超越的な作用を感じるでしょう。
私にとって、創造説とはそのようなものです。

513 :時計 :2021/07/30(金) 19:18:00.74 0.net
>>512
勿論、自然とサイコロは大きく異なります。

514 :時計 :2021/07/30(金) 20:04:59.39 0.net
>>513
要するに、科学はいつか生命の存在を幸運と結論付けるのではないかと予想しています。

515 :考える名無しさん:2021/07/31(土) 03:45:52.20 0.net
波打ち際の両サイド
陸と海、の化石は残る
境界のそれは残らない
最も欲しい証拠が最も残らない

516 :でこすけ:2021/07/31(土) 10:04:56.41 0.net
>>511
いきなりぶっちゃけさせてもらいますと
私としては皺々さんが進化についてどのくらいの知識をお持ちなのかがよくわか
らなかったため、探り探りみたいなかんじになって
あとから思えばあるいは場合によっては失礼な表現もあったような気がします。
というのは私としては生命の進化は知れば知るほど偶然とは思えない感じがあり
また私が触れたようなものだと記憶の限りではまさに全員が
言い回しはいろいろあるにしてもとにかく「未知の原理」的なものを想定しており
つまり皺々さんが生命の進化を基本は偶然とお考えになるのは
皺々さんがあまりそのあたりに関心がないためなのではないかと感じたためです。
しかしうかがってみると実際はいろいろご存知のようで
そしてその上での偶然派(?)というのは個人的にたいへん興味深いところです。
いずれにしても失礼な点があったとすればお詫びいたします。

そうは言っても一般的に言って進化は不思議な現象だと思います。
ただ、それも手品と同様にタネがわかってしまえばなんちゃないことになる
というのが私の考え方です。
ところがその部分は生命についてのハードプロブレムといえるほど難解に思え、
そして何故この問題が難解なのかというとじつは意識のハードプロブレムに関わるからではなかろうか
というのが相変わらずの私の印象です。
とにかく私には生物の進化というのは
たとえば私と皺々さんがたまたま同じ電車の同じ車両の同じシートにすわるくらいの
とてつもなくありえない感じがする現象に思えるのです。

517 :でこすけ:2021/07/31(土) 10:05:54.58 0.net
>>512
なるほど、となるとそれは私にも心当たりがある気がするというかんじです。
これまた以前の繰り返しになりますけど、探偵小説の理屈を思い出したります。
選択肢の中から絶対に可能性のあり得ないものを消していくと
そのようにして残ったものというのは、
それがどれほど突飛に思えても、それがどれほどあり得ない気がしたとしても、
それがやっぱり答えである、という考え方です。
にわかに創造説にも可能性があると言える気がしてまいりました。

しかし私は当面は進化派(?)で頑張るつもりです。
進化というのは学問、芸術、宗教あるいは家電製品やソフトウェアなどいろいろ
なものに対して変異と淘汰により起こる一般的な現象であり
生物もまたご多分に漏れずというのが私の印象です。
ただし生物につきましては変異のメカニズムが不可解であるため
とりあえずややこしいことにはなってはいます。
それでもわかってしまえばなんちゃない気がするわけです。

と言いますか、時計さんが言うその偶然は本当に偶然なのでしょうか。
創造説という表現にはむしろ必然性がある気もします。
いかがでしょうか。

518 :時計 :2021/07/31(土) 10:22:43.81 0.net
必然的創造説と偶然的創造説があるかもしれませんね。
しかし、私は運命論者です。
サイコロの目でさえ運命的であると考えます。
偶然もまたある種の必然だと。

519 :時計 :2021/07/31(土) 10:24:53.95 0.net
>>518>>517です。

520 :脳の皺々:2021/07/31(土) 13:50:45.12 0.net
>>516
これは偶然や必然に対する考え方や解釈の違いなのかもしれませんね
私にとって進化は環境に対する一定の必然性はあるものの、それとは独立(あるいは超越)した何かの存在を確信するだけの材料を持ちません
もちろんこれはそう言った存在を否定しているわけではなく、保留又は確定するまでは偶然というカテゴリーに含む方が合理的という考えに基づくものです
おそらく、でこすけさん言われる進化の「未知の原理」と言うのは生命の起源に端を発するものと思われるので、それが必然であるかがわからない限りその後の事象も偶然というカテゴリーに含む、と言う事です。
電車の話で言うと私とでこすけさんがたまたま同じ電車の同じ車両の同じシートに座る、と言うのは例えば私がでこすけさんの事を徹底的に調べ上げてそうなるように仕組んだのなら、私にとってそれは必然と言えますが、でこすけさんにとってはその事実を知るまでは偶然なわけですね
必然はそれ以外を含みませんが、偶然は必然(かどうかが確定していない状態)を含むと考えています、分からなければ偶然であり分かったときはじめて必然になると言う事でしょうか
サイコロで考えるとわかりやすかもしれません、1〜6の出目のサイコロは振れば1〜6が出るのは必然ですが、次にどの目が出るかを説明することは出来ません(例えば次は1が出る、なぜならこういう理由だからと言った具合に)もし次の目が決まっていたとしてもそれを知らなければ我々にとってはそれは不確定であり確率であり偶然ではないのでしょうか?
まあ確かに私は必然か偶然かにはあまりこだわっていないのかもしれません、たとえそれが必然であろうとなかろうと我々にはあまり関係ないと感じているからかもしれませんね。
これは古代ギリシャの詩人ソポクレスの書いたオイディプス(王)の影響によるところが大きいですね
ちなみに私はでこすけさんとのお話の中で、でこすけさんに対して何か不満な点などは特に無く純粋に議論させていただいているので特に遠慮せず好きなことを書いていただければ幸いです。

521 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/01(日) 02:45:55.74 0.net
「偶然」は、無秩序が秩序という枠組みの中にある、ということと同じで、
「必然」という枠組みの中での「必然的『偶然』」なのかもしれません。

ただし、秩序という枠組みの無い無秩序も探求中です。
そうなると、必然でない偶然もあったりするかもしれません。
これは、偶然という枠組み内での必然です。

無秩序/秩序、必然/偶然、というものは、それぞれ単独では存在せず、
不確定性をともなうものかもしれませんよw
それでも、モノポールとしての単独存在が計算上で予言されてしまうかもしれません。
ただし、そのような計算には0の乗算や除算(特異点)が含まれているはずです。
これを回避してしまえばモノポールは存在しないだろう、と考えています。

522 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/01(日) 03:07:47.12 0.net
とりあえず、いままで考えていたことを総合して、
「とても怖い宇宙像」を考えています。
これは「振り子」あるいは(自発的に反転する)「砂時計」にようなものです。
ある意味、これは「ループ」であり、われわれはそのような世界に閉じ込められています。
(参考文献 涼宮ハルヒ/エンドレスエイトなどw)

決定論的非決定/非決定論的決定とでもいうような「時(空)間構造」です。
決定/非決定も不確定性が...

J・J・サクライの『現代の量子力学』を借り出して読書中。

523 :でこすけ:2021/08/01(日) 05:15:22.47 0.net
>>518
「決定論」ではなく「運命論」というのがミソなんでしょうね。
時計さんには隻手の声が聞こえているのでしょう。



こっそり教えてやってくらはい。

524 :でこすけ:2021/08/01(日) 05:57:24.36 0.net
>>520
なんだか「進化は偶然なのか?必然なのか?」という問いは
ただの心理テストのような気がしてきました。
偶然と答えたあなたは楽観的な人、必然と答えたあなたは病んでいる人、
という具合です。
確か栗本慎一郎の本にインディアンのことわざとして
「くるった人間だけが頭を使って考える」というものが引用されていましたけど
それを思い出しました。

ただし病んでいる人間としてひとつ、
「未知の原理」というのはおそらくトップダウン的なものではなく
どちらかといえばボトムアップ的なものではないかと想定しています。
意識というのは(原始的な意識も含めて)その表層にある情報の量を
地球上にあるくらいのものだと例えると
深層にあるものは全宇宙におけるすべての情報量に匹敵するくらいの規模
のように思えます。
圧倒的にケタ違いということです。
何しろ私というのはたとえば万有引力の法則ひとつをみても
この宇宙のすべてから影響を受けていることになっているのです。
さらにはすべてがすべてに対し影響を与え、反響し、痕跡を残し、
そしてそのように交換された情報はやがて少しずつ進化して
個としても全体としても時間の中で洗練されていくような気がします。
誰かがリーダーシップを発揮しているのではなく
お互いの顔色を覗いながらその場の空気で流れが決まっていくのではなかろうかと
そんなかんじです。
私としてもさすがに「トップ」があるようには思えないのです。

525 :でこすけ:2021/08/01(日) 06:03:06.72 0.net
>>521
私は自分はパラノイアだと思っていましたが
分裂症なのかという気もしてまいりました。
あるいはパラノとスキゾの量子状態なのでしょうか
わけがわからなくなってまいりました。

526 :でこすけ:2021/08/01(日) 07:06:29.40 0.net
>>500
私はそうは言っても哲学は「我思う故に我あり」から始まると考えています。
私としてはじつは「私」「自我」「意識」などについては保留したい気持ちが
あるので「何かが考えている、故に何かが存在する」と表現してきたのですが、
あるいは「実存は本質に先立つ」ということもおさえておきたいポイントです。

私は私たちによって認識されている世界(客観的世界)が実際に存在する
という感覚はじつは錯覚だと考えています。
意識の外側に存在するのはただアルケーのネットワークだけです。
そもそも誰も本当の世界を見た者はいない以前に
クオリアが意識の内部にしか無い以上
イメージされているような本当の世界はどこにも存在しようがない、
存在としての富士山はどこにも無いというのが私の印象です
(あくまでも「存在としての」です)。
日々現実世界であるかのように認識されているものは
じつは夢の中で見る町と同じように実際には存在していないものであり、
構造的には幻覚と大差はないもののように思えます。
たとえば脳のどこかにに電気信号を与えれば手に何も持っていなくとも
重さを感じることはあるはずです。
日常世界は意識がその外側に与えた意味であり
リアリティというのはリアルとは関係なく感じるもののように思われます。
ただしそれは仮想であっても現実であることに変わりはない
というのが特徴です。

なお、私としては「意識」という言葉でいうとそれは実体というよりも
機能のようなかんじがあり、
もはや開き直ってあたかも実際に存在しているかのごとき表現をしていますが、
「実際に存在するもの」についてはもっと適切な言い回しがあるのではないかと
日々密かに模索しているところです。
ようするにモノでもなければココロでもない何かです。
じつは私の唯心論はどちらかといえばココロ寄りという程度のものです。

527 :考える名無しさん:2021/08/01(日) 12:23:42.28 0.net
ご自身のブログでやられてはどうですか

528 :時計 :2021/08/01(日) 13:27:21.51 0.net
>>523
運命論という適切な言葉があるのに、
わざわざ決定論という言葉を持ち出す理由は無いように思います。

私のような運命論者が相手ですと、進化は必然的か偶然的かという問いは、
別の意味を持ってしまうような気はします。
しかし、でこすけさんの言いたいことは何となくは理解しています。
進化に自然的メカニズムは存在するかというようなことですよね。
私は無いと思いますが……

529 :時計 :2021/08/01(日) 13:29:15.58 0.net
>>527
こちらでもいいです。:)

530 :時計 :2021/08/01(日) 13:37:45.41 0.net
>>528
私は進化論の壁は、目のある/無い生物、より、
人間/人間以外の生物、だと思います。
これは誰かに説明されているのかな。

531 :時計 :2021/08/01(日) 13:58:37.50 0.net
>>530
目の存在も不思議ですが。

532 :時計 :2021/08/01(日) 15:51:04.34 0.net
人はまだ進化するでしょうか。
偶然進化の頂点にいるのでしょうか。

533 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/01(日) 19:23:01.12 0.net
「数学ミステリー白熱教室〜ラングランズ・プログラムへの招待〜」
まあ、なんつーか、超球面を名乗っているのもラングランズ・プログラムと関係がないわけではない。
基本はinvariant/variantそしてtransformation、である。
ひらたくいえば「対称性」なのだが、より具体的にはinvariant/variant/transformationの、三女神であるw
「空」ですら、なにも持たない、のではなく、invariant/variantを持つ。
この2つを持つならば、transformationは自然にあらわれる。
どれか2つがあれば、3つ目は自然にあらわれる。
対称性そのものが、3+1次元時空間を成しているのかもしれない。
これは、自然に、われわれの時空間や、超弦のような10あるいは11次元、そして
4つの力があらわれることを示している。

「意識」とは、対称性によって「世界」を取り込むことである。
とくに、「人間」の存在は「不要」。

534 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/01(日) 22:15:54.95 0.net
世界は二乗でできている。
ようするに対称性だ。
それも共役と呼ばれるようなものや双対性と呼ばれるものとか、いろいろな名前で出てくる。
共役は共軛と書かれるのが正しい。「軛」とは「くびき」であり、「共軛」は、2つのものがセットになっていることをあらわす。

すべてのものは単独では存在しない。「存在」そのものにはアイデンティティが必要であり、
それには最低でもペアであることが必要となる。
単独ではアイデンティティが得られず、それゆえに「存在」しない。

それでは、「無秩序」や「非決定論」や「偶然」も、単体では存在しないのか?
「秩序が無い」、「決定論ではない」、「必然ではない」。
だからといってもそれらが「純粋/完全」な「無秩序」、「非決定論」、「偶然」、だというわけではない。
これらには(第一)不完全性定理がみえかくれしている。
統計の違いや超対称性もみえかくれしている。

535 :時計 :2021/08/02(月) 02:37:30.13 0.net
>>532
偶然をある種の必然だと考えると、
偶然生物は進化したし、偶然人は進化の頂点にいる。
そう言えると思います。

536 :時計 :2021/08/02(月) 06:55:14.86 0.net
>>523
私には隻手の声は聞こえません。:)

537 :でこすけ:2021/08/02(月) 07:08:04.14 0.net
>>528
これは私の個人的な印象かもしれませんけど、
決定論というとただ摂理に従っているだけというかんじがあるのに対して
運命論というと何か超越的な要素がからんでいるかんじがあります。
超越的な要素というのもさらに大きな視点からすれば摂理に従っているの
かもしれませんが、
それでもなんとなく運命はひっくり返せそうな気もします。
決定論にはそのもくろみも織り込み済みのような絶望感がある気がします。
そうでもないですか?

>>530
私は人間と人間以外に決定的な断絶がある気がしません。
あるとすればそれはどのような意味においてでしょうか。
ちなみに私は生物と非生物の間にある断絶が最も大きい断絶のような気がします。

>>532
私の印象では人間には進化するエネルギーがほとんど残っていない
という意見にリアリティがある気がします。
人間にはよその生物ほどの多様性が失われているためです。
均質化するというのは変化する可能性が低くなることのようです。
ただしそれは遺伝子レベルの話であって
知能を駆使した今までとは違う進化があるのであれば
まだまだいろいろありそうな気はします。

>>535
6500万年前に地球に隕石がぶつかっていなければまだ恐竜の時代が
続いていたかもしれないわけですし
今人間が存在するのは確かに偶然という印象があります。
しかし何らかの知性がわざと隕石を落としていたとすれば、
そもそも40億年にわたってずっと地上は監視されていたとすれば、
つまり偶然だというよりも必然だと言っておいた方が
商売はうまくいく気がするから不思議です。

538 :時計 :2021/08/02(月) 07:37:09.96 0.net
>>536
指パッチンと言うのでしょうか、正式名称ではないような気はしますが、
それは隻手の声なのかもしれません。
寧ろ、でこすけさんのお考えをお聞きしたいです。

>>537
決定論は機械的というイメージはあります。
あまり使いたくはない言葉です。
運命論の超越的な要素の絡んでいる感じは少し解ります。
私は神の存在を信じていますから、どちらかと言うとプラスです。

人間の大きさは、やはり思考することでしょうか。
哲学的には、無知と無知であることを知るものの違いかもしれません。
生物と非生物の間の断絶も大きいですね。

進化、例えば紫外線が見えるとか。
どういう感じがするのか想像も付きません。
尻尾が生えるとか、冗談みたいな話ですが、あり得るのかな。

恐竜が進化して知性を持つとか、ドラえもんにあったような。
監視と言うと冷たい感じはしますが、
生暖かい目で見守るというと穏健な気はします。

539 :でこすけ:2021/08/02(月) 09:24:27.84 0.net
>>536
聞こえていて、しかも影響を受けていながら
当たり前すぎてそれに気付かないだけということもあるのではと思います。
それを言ったらみんなそうかもしれませんけど、
ただ時計さんが独特の視点を持っているのはそういうこと
のような気がするのです。

540 :時計 :2021/08/02(月) 09:34:10.54 0.net
>>539
私が隻手の声で思うのは、矛盾ゆえに、
手、音などの概念や存在が浮遊するということです。
その浮遊を味わえということなのかなと。

541 :脳の皺々:2021/08/02(月) 10:13:53.39 0.net
>>524
偶然も必然も本質的、根本的には等価なのかもしれません、事実に意味づけするのは主観に他なりませんから
インディアンは自然と共に生きる生物の本質を知っている(知っているというより感じているという表現が正しいのかもしれません)のでしょうね
私の解釈ではこの世界は“秩序=有限=不完全=完璧”であり閉じた世界なので、すべてを支配する法則(のようなもの)があると思っています。
それがでこすけさんの言うところの「未知の原理」や深層意識に当たるモノなのかもしれませんね、私の考えるソレは基礎であり土台であり、又世界でも在りえるのでトップでもありボトムでもあるという感じでしょうか
ちょっと視点を変えて見ると我々一人一人は個ですが、しかし同時に多数の生物(物質)の集合体です。
ある面から見ればそれはリーダーシップであり、しかしある面から見ればお互いの顔色を覗いながらその場の空気で流れが決まっていくとも言えるのでないでしょうか?

>>526
現時点での私の物事の核心と言うのは事実という主体(これ自体は意味を持たない“ただそうある”というものです)そしてそれに意味づけする主観(=意識)です(これは多面的であり球体のようなイメージです)
事実は揺らぎませんが、意味は揺らぐと考えます。
世界が誕生して約140億年、今までずっと変わらずに在り続けています。人類の生まれる前から在り、人類の居なくなった後も在るでしょう、世界という“事実”が我々によって揺らぐとは思えません、揺らぐのは我々の世界なのです。
一方で世界への意味は我々の長く短い歴史の中で絶えず変化し続けているわけですね
結論的には事実には意味は無いので(それに我々には事実を得ることは出来ない)いい具合の近似値を探しているという感じでしょうか

>>518
私も元々はゴリゴリの運命論(あるいは決定論)者です。
今は少し柔軟に限定的運命論+選択的自由意志の立場を取っていますが

542 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/02(月) 17:32:12.46 0.net
宿命論:宿しているのだから変えられない。
運命論:宿命論と同じだという説明が多いが、運ぶのだから変えられる。(切替ポイントがあるw)
決定論:先行する出来事のみによって決定するのだから、自由意志が出来事として(外部的に)機能すれば、自由意志と決定論は両立する。決定論は自由意志を阻害しない。

ただし、「出来事」というワードの意味に難点を感じる。
「発現」していなくとも「出来事」に含めるべきなので、「(内部)情報」あたりが適当か?
そうなると「量子状態」も含むことなり、量子論を避けて通れないw

543 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/02(月) 23:45:26.09 0.net
決定論は、先行する出来事ではなく、先行する状態に改めねばならない。
そうでないと発現したものしか扱えない。
さらに問題があるとすれば、「先行」である。そのような時間体系を認めるかどうか。
少なくとも相対論はクリアしていなければならない。

時間帯系にも問題がある。過去・現在だけでなく「未来」も影響を与えるとしたら...
決定論は崩壊するw
どのみち、量子論の時代に「決定論」など過去の遺物に...
なるかならないかは主観的問題で片付けてしまおうw
個人的には量子論的決定論(確率解釈以外のものも含む)を...
なんてことになるとまたハンドルが長くなるのでこれは棚上げ。
(すでに超球面として織り込み済み)

544 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/03(火) 00:03:08.67 0.net
は!「時間帯系」。なんという変換ミスだ。
「帯」だったのか。たしか織物系の三女神があったはず。

545 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/03(火) 00:26:11.37 0.net
運命の三女神が、割り当て、紡ぎ、断ち切る、だけでなく、それで「世界」を織る。
「意識」もまた、世界という織物の内で仮想的な世界を織る。
織物の織物、あるいは、織物の織物の織物。
まあ、一種のプログラミングなのだが、神話的に織物と考えようw
DNA/RNAという織物か...ATGC/AUGC...4つあってひとつだけ違う。

546 :でこすけ:2021/08/03(火) 10:29:20.92 0.net
>>538
私にとって「隻手の声」は単純に「超越したもの」を象徴するものです。
これはようするに再三話題に出てきた「色即是空」に通じるもので
つまり音はしないけれども音はしているのです。
この音が聞こえている人にとってはそれが普通なのが特徴だと思います。
ベタに言ってしまえばそれは空気の存在と同様に気付きにくいことのようです。

ただ私が思うに、その世界はこちらの世界と雰囲気が違うだけで
どっちが良いとか悪いとかのものではなく
つまりどちらにも一長一短がある気がします。
感じ方は人それぞれだとは思いますけど、
とりあえずアホなたとえで言えばそれは「嫁」のようなものです。
私の感性で言えば超越した世界は高嶺の花です。
アホな男が入手してもたちまち枯らせてしまったり、なんか窮屈だったりします。
そんな花が似合う立派な男であれればいいのかなとも思ったりはしますが
ぶっちゃけもはやかったるかったりする方が大きいのです。
https://m.youtube.com/watch?v=JZ4LbVhahvA
 

547 :でこすけ:2021/08/03(火) 12:40:19.89 0.net
>>528
進化のメカニズムについて、別の言い回しを考えました。
セントラルドグマによると生物の変化はDNAに起こる突然変異によるもの
ということになっているようですが、それはつまり偶然ということです。
となるとそれはまったくランダムである以上
生命体も支離滅裂なタイプがもっとあってもいい気がするわけです。
たとえば歩くと足が折れる生物とか咀嚼すると歯が折れる生物とか
足の裏に目があって見づらいやつとか風が皮膚に当たると滅茶苦茶痛がる奴とか
そういう生物のタヒ体(タヒ産されたものも含めて)が自然界に無数にあれば
たまたま生まれたいい感じのものが生き残るべくして生き残った
というかんじがありますが、
しかし実際には現在にも過去にもそのような印象はなく、
つまり始めの時点で変なものを予め排除するシステムがあるのではないか、
生物の変異はランダムではなくある程度の基準があるのではないかということになるわけです。
むしろ生まれてきている生物は一応は生物として成立しているのみならず
その大半がそれぞれの環境に適応していそうな印象さえあります。
与えられた環境は偶然かもしれませんが、
適応はシステムによるもののような気がするわけです。

なお、くどいようですけど、そこでこのスレッド的に問題になるのは
そのメカニズムが物心二元論で捉えきれるものなのかどうかというところです。
かと言って普通の唯物論なり唯心論なりでもちょっと無理はありそうで
それぞれが物質だの精神だのをとらえ直す必要もある気はします。
ちなみに私は主観主義的にも整合性がある答えはあり得る気がしています。
じつは今までの流れからそれをざっくり言ってしまえば「運命」ということになるのでしょうけど、
さて、もうちょっと何かが欲しいというのは欲張りでしょうか。

548 :でこすけ:2021/08/03(火) 13:12:27.83 0.net
>>547
なおせっかくなので>>515を回収させていただきますと
変異はDNAではなくそのコントロールシステムの方に起こる
と考えるのが妥当にのように思えます。
たとえば尻尾をつくる遺伝子があてもそれが機能しなければ
親に尻尾はあっても子供には尻尾がなくなったりします
(その逆のケースで人間にもときどき尻尾がある子が生まれるらしいのですが
 ただしソースは『三つ目がとおる』です)。
システムが変われば形態もパッと変わることになるわけで、
つまりはじめからミッシングリンクは存在しないのだろう
とも考えられます。
生物の変異を云々する基準について言うと
それはそのDNAをコントロールしているシステムにかけられている
ということになるのでしょう。
はたして何者の仕業なのかというおはなしです。

549 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/03(火) 23:49:40.49 0.net
2状態系(two-state system)
「世界」を、2状態系の(階層を含む)ネットワークであると考えてみる。
基本的にはスピンネットワークの亜流である。
そのためにJ・J・サクライの『現代の量子力学』を借りてきたのだった。

「空」はinvariantとvariant(これらが2状態という意味ではない)を持つ2状態系である。そのように考える。
これが「空」と「色」の正體である。
この路線で一生懸命計算中。結論からいえば、「クオリア」とは量子状態を正體とするおばけである。
量子論を避けては通れないのだ。
(参考文献:『おばけの正體』井上円了)

550 :でこすけ:2021/08/04(水) 04:01:43.66 0.net
>>541
>事実は揺らぎませんが、意味は揺らぐと考えます
これは私もまったくそのとおりだと思いますが、
問題は「事実」というのがどのようなものなのかということです。
そこで皺々さんが想定している「事実」について
もっと具体的なイメージをお願いできればと存じます。

ちなみに私が考える「事実」というのはつまり「モナドのネットワーク」
みたいに表現してきた、そしてそれ以上の要素の無いそういうものです。
ただ「モナド」というのはライプニッツに由来するもので
その場合だとモナドは他のモナドと関係を持たない事が前提になっていますから
ここでは「セル」と表現してみましょう、
つまり事実としてあるのは「セルのネットワーク」だけということになります。
「セル」というのはドラゴンボールではなく超球面さんからパクったもので、
境界と内部と外部とからなるのが基本です。
内部と外部とは相互作用しているからこその内部と外部であり、
そして他のセルがある方を外部、もしくは外部を除いたものを内部とします。
ネットワークとは言いましたがイメージとしては多細胞生物のように
むしろセルがひしめきあっているかんじになりますけど、
ただしこのときセル同士は漠然とつながっているだけであり
その全部が三次元空間のような構造で統制されている気がしません
(セルは互いに固定されネットワークの中で空間的な運動はしません
 時間が全体で均一に流れているという保証もありません
 いずれの構造もそれを実現するメカニズムがある気がしないためです)。
よってセルの総数をωとすればそのネットワークは結果的にω次元に近くなる気がします。
いずれにしても世界はセルのネットワークもしくはカタマリであろう
というのが私が想定している「事実」ということになります。

551 :でこすけ:2021/08/04(水) 04:05:20.46 0.net
>>550
なお、このような世界における私たちの体験(現実)とは
スクリーン的なものとして機能する境界の上に浮かぶ映画のような何かです
(じつはむしろ機能するからこそ境界として成立し得るのですが)。
ここで映像にたとえられている「情報」は外部から配給されたもので
それに付随する意味は内部から創発という現象によって与えられています。
ちなみに「心」「意識」「自我」といったものもスクリーン上の幻影です。
内部に蓄積された情報は創発(変異)と淘汰とによって進化し
そのようにして成立したのが私たちの現実と言われるものだと考えられます。


「存在」の基本は境界とそれによって隔てられたふたつの領域だと思います。
要素がひとつしか無いのでは存在することにはならない気がするのです
(あくまでも個人的な印象に過ぎないものですけど)。
この境界というのは基本として感覚的にはイメージできないものですが
(たとえば映画館のスクリーンのようなものではありませんが)、
向こう側があるように感じられる「クオリア」は境界上に成立しているもの
のように考えられます。

ここでポイントになるのは実態(実体ではなく)がそれ以上のものではなく
つまり客観的世界は存在していないということです。
ちょっと前に現実の象徴として富士山をあげましたが
たとえばその姿は富士山を認識している意識の中にしか無いものなのであって
客観的に存在しているわけではないということです。
インターネットを通じてモニターに映し出される映像(仮想現実)は
つまりモニター上にしか無いように
私たちの現実も意識の中にしかないものなのであって
すなわちそのまんまが客観的に存在しているようには思えません。
成立し得るのは自分の主観と他者の主観だけであり
客観は主観の中にあらわれる幻想もしくは錯覚というのが私の印象です。
ただし便宜的には客観は有効ですからそこで少しややこしくなったりもします。

552 :でこすけ:2021/08/04(水) 04:08:38.78 0.net
>>551
ただし以上は「事実」に対する私の解釈に過ぎないものであり
あるいはむしろ妄想ですが、
私としてはけっこう妥当性が高いのではないかとまじめに信じているところです。
もちろん真実そのものは認識できないということが前提です。

553 :でこすけ:2021/08/04(水) 04:19:42.11 0.net
>>541 主観によって意味付けされたものについて
私としてはそのほとんどがじつはようするに虚構だと考えています。
その一例が因果律です。
セル(主観)の無い世界には原因も結果も無いと思われます。
原因と結果とをつなぐ構造が客観的にある気がしないためです。
ただしこれはニュートン的な因果律であって
エントロピーの増大とか自然淘汰とか、確率によるものはアリの気がします。
私にとっては不確定性原理の方がニュートン力学よりも現実味があるものであり
世界の始まりも含めたすべての現象に本当は原因は無いと私は考えます
(「無」から起こるビッグバンに原因があるはずはありませんけど)。
このことは私が物理学的エネルギーの存在(これは本当に「存在」)に対して
懐疑的である根拠のひとつであり
そして唯心論の伏線のひとつでもあります。

554 :でこすけ:2021/08/04(水) 04:24:34.92 0.net
>>553
にもかかわらず生命の進化が必然というのはどのようなことなのか、
話は若干ややこしくなります。
ざっくり言ってしまえば生物とは境界上に現れている因果律と同様の幻想です。
この幻想は共同幻想であり、つまり共通理解が可能なもので法則性を持っています。
幻想は結果的には法則に基づいてつくられているということでもあります。
自然科学はこの法則を研究するものですが、
いわゆる自然法則や因果律のような基本原理として感じられるものなどは
構造的には便宜であり本質的には虚構です。
セルは情報交換をすることによってのみ成立できるものであり
そのネットワークは巨大な情報処理システムとも言えますが、
自然法則とはその情報処理のプロセスを経て生じたいわば多数決の結果であり、
ゆえにそれが真理かどうかはまた別のことです。
自然法則はア・プリオリに与えられていたものではないということです。
多数派は淘汰圧に強い傾向があり、やがて共同幻想として成立します。

生命の必然的な進化のような不思議な現象はなぜ起こるのか、
すべては夢の中の出来事(仮想現実)だからだというのが私の答えです。



この機会に今一度私の世界観をまとめさせていただきました恐縮です
不明な点も含めて皺々さんの率直なご意見をうかがえればと存ずる次第です

555 :時計 :2021/08/04(水) 19:25:01.18 0.net
>>546
『超越したもの」ですか。ムムム。
さらに「色即是空」ですか。
私の解釈は>>540の通りです。

>>547
私としては、創造説、運命論を推したいところです。

556 :時計 :2021/08/04(水) 20:41:30.20 0.net
夢は現か、現は夢か。
私は後者を推します。

557 :でこすけ:2021/08/05(木) 10:01:03.97 0.net
>>549
>量子論を避けては通れない
私もそれはそうだという気がしてまいりました。
しかしもうちょっとわかりやすくなるような気もしたりします。
そもそも注目すべきなのは量子ではなく観測者の方なのではないか
というかんじもするのです。

>>555
私としては先日、神は存在しないという趣旨の主張を延々とやった気がしている
ところではあるのですが、
しかし理性を超越した領域であるならば神は存在すると言える気もしています。
神の声は聞こえないけれども聞こえる
そういうこともありそうな気がするのです。

シャーロック・ホームズなら完全に可能性が絶たれたわけではないうちは
創造説も進化論もキープでしょう。
私たちが心がけるべきなのは
的確な判断を冷静にまっとうしようとする姿勢だと思います。

>>556
私は前者です。
夢もまた現実の一部という考え方です。

558 :時計 :2021/08/05(木) 17:13:19.48 0.net
>>557
私は全ては神の賜物だと考えます。
理性も理性を超えるものも。
聞こえるが聞こえないというのは単純に矛盾です。
そこから何を受け止めるかが問題だと思います。

私には現には現独特の感じはあります。
現独特の感じの在る或る種の夢が現だと考えます。
しかし、これは逆転させることもできるかもしれません。

559 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/05(木) 18:24:37.78 0.net
タルスキの真理定義不可能性定理(あるいは定義不可能性定理)によって、
「神」は(われわれの世界において)定義不可能です。

正確には、「神」は可能です。「GOD」は不可能です。
(「神」は真理と関係ねーっすからねw)

560 :でこすけ:2021/08/05(木) 22:52:52.86 0.net
>>558
普通の感性からすれば超越は矛盾だらけに思えます。
色即是空、梵我一如、諸法無我、生タヒ即涅槃、もはや完全に支離滅裂です。
ただ、そういう人はメシがうまいでしょうね。
高嶺の花に見切りをつけた私はといえばひたすら飢えております。

561 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/05(木) 23:48:33.57 0.net
「超越」とは、不完全性定理のことです。
「内在」してしまうと「矛盾」します。

宗教とはゲーデル文なわけで、(ゲーデルの不完全性定理は、すべての宗教にとって)禁忌の書(定理)であるともいえますね。
そういうわけでこれをさらに一般化した「一般不完全定理」のことを別名で「ネクロノミコン:魔導書」とも呼びますw

562 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/05(木) 23:54:00.51 0.net
む。「一般不完全性定理」。「性」が抜けた。

「性」の抜けた「不完全定理」とは「宗教」のことだな。

563 :時計 :2021/08/06(金) 06:45:32.84 0.net
>>560
人は何故矛盾について語りたがるのか。
欲というものも広い意味で言えば矛盾のように思います。
あるがないという。
「信仰」は教えられるものではなくて、悟るものだと考えれば、
飯は美味くなるのではないでしょうか。

>>561
ゲーデル文には、証明は何であるかという考えに
穴はあり得るように思いますが、いかがでしょうか。

564 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/06(金) 20:45:18.54 0.net
どこからどこまでがゲーデル文なのだろうという疑問はありますが、
証明できないということの証明ですw
これは証明が不可能だ、ということ。
証明が何であるかなんてことは無定義でよろしいかと。

この自然数論を利用する(騙しの)テクニックは、宗教やセミナーやカルト的政治団体でよく用いられます。

565 :でこすけ:2021/08/06(金) 23:03:43.30 0.net
>>563
メシがうまいかうまくないかの問題ではなく
満足できるかできないかの問題だった気がします。
腹が減っていればとりあえずメシはうまいのです。

566 :考える名無しさん:2021/08/07(土) 00:53:03.63 0.net
ゲーデルの目的は不完全性定理の証明ではなくて
ヒルベルトプログラムだったか、それの修正をしたほうがいいんじゃないですかという提案みたいなことらしいぞ
超限帰納法(数学的帰納法)を追加すれば不完全ではなくなるといった話がある
よくはしらん

567 :時計 :2021/08/07(土) 05:09:02.63 0.net
>>564
ゲーデル文は証明できない。これは証明なんですね。
ある種のパラドックスでしょうか。

>>565
飯が美味くて何よりです。

568 :anonymouse :2021/08/07(土) 19:04:35.35 0.net
自然数の定義がペアノの公理によってなされるというのは、
なぜペアノの公理でなくてはならないのか?という疑問があって、
ペアノの公理では、0の次の数として1が、1の次の数として2が、と順繰りに(数学的帰納法的に)定義されていくけれど、
例えば、すべての自然数が同時に定義されるような仕方で定義されてもよいのではとも思う

569 :anonymouse :2021/08/07(土) 19:18:01.98 0.net
もっと言えば、不規則なものの背後に規則立つものがあるとすれば、
カオスから立ち上がるようにして、おのずから自然数を構成するような仕方で定義べきだろう
例えば、乱数列の交代級数が0に収束するとき、
その収束の仕方が線形であることを利用するとか、
カオスに振る舞う関数の組みが、
打ち消しあって自然数列を構成するとか、

数学は演繹ばかりに目が向けられていて、広がりを見せているが、まるで誤差を埋めるように定義の精度を高める方向にも熱量が必要なのではないかと思う

570 :anonymouse :2021/08/07(土) 19:39:54.12 0.net
リーマンゼータ関数のディレクレ級数表示とオイラー積が等しいという定理があって、
自然数すべてをわたる和と素数すべてをわたる積が等しいというものなのだが、
ここで抽象されているのは、それぞれの数列の順番で、
項をどの順番足し合わせて(掛け合わせて)もよい、言い換えれば、全ての自然数と素数を使った演算を同時に繋いでいるからこそ、この定理は可能である

素数をナンバリングする(順番に自然数を当てはめる)ことは、
素数を出力する関数を見つけることに等しく、
これは経験上難しいことがわかっている
リーマンゼータ関数が絶対収束しない(項を足し合わせる順番によって収束する値が異なる)範囲ではこの定理の証明は難しいだろう

571 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/07(土) 21:09:09.58 0.net
あ、おもしろい。
とても怖い振り子(砂時計)型宇宙を考えていた。
これを自然数限定の世界とすれば、
宇宙はすべての自然数の重ね合わせの量子状態である。
基底変換による量子時間が発生すると、この量子状態が弱観測されて古典的情報として射影ができる。
この考えでは、自然数(に限定した世界であれば)は重ね合わせの状態で存在する。
この量子状態がどんどん壊れていくと、われわれが考えるような並進対称性として時間になる。
でも、そうすると、自然数の時間は無限にあるだろうから、振り子(砂時計)はなかなか反転しないw
時間を数え尽くせないのなら、数え尽くせないままに反転するバランスがあるのではないかと考え中。
自然数の総和が-1/12になる世界ならばなんとかなるのではとw
そうなると、自然数は±1/12で振動する世界に...なってしまうかも。

572 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/07(土) 22:40:16.80 0.net
考え方としては、最初にすべてあり、量子状態が少しずつ壊れていく。
ま、弱観測なんてワードはないのだが、弱測定みたいな感じで。
>>568 のようにいっきに自然数を...先に発生?させるw

573 :anonymouse :2021/08/07(土) 23:02:15.77 0.net
順序という概念のないところに、
どうやって順序を定義するかというのが問題かもな、

574 :anonymouse :2021/08/07(土) 23:08:51.30 0.net
昔夢で見たな、
真珠色の貝殻が地面に埋め込まれていて、素数をかたどっていた
53、5、7と素数が並んでいて、その上を歩いていたのだが、それがやがて
3、3、3、…と連続するようになった
やがて看板があって、ラマヌジャンの見つけた公式が書いてあった
それを証明しようとIQ130のメガネ男子が躍起になっていた
(この話した気がする)

575 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/08(日) 06:56:02.40 0.net
順序というのは、結構難しい。
そんなもの存在するのか、といえば存在すらも怪しいw

ネットワークと、そのネットワークの組み換え、というのが、「順序」や「変化・変換」に対する、
より政治的?に正しい考え方なのかもしれない。
順序集合については、いままで何度も眺め直しているが、そこにある違和感がなんなのか答えはまだでていない。

576 :時計 :2021/08/08(日) 07:20:52.29 0.net
順序関係は単純に、より大きい、より小さい、という関係ですから
包含関係と殆ど同じことのように思いますが、どうでしょうか。
あまり数学的なことは知りません。

577 :でこすけ:2021/08/08(日) 08:32:42.62 0.net
私の結論はすべて同じで「仮想現実」です。
「隻手の声」も「色即是空」も「A=A」も「不完全性定理」も「仮想現実」も
突き詰めてしまえば何もかもが仮想現実になるのだろうと思います。

578 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/08(日) 09:54:23.23 0.net
並進対称性には、順序関係をみとめてもよさそうだが、
それ以外の関係に、順序をみいだすのは難しい。
なんらかの階層構造がないと無理なのではないかと思う。
そうなると、並進対称性というものも階層構造なのかもしれない。
(順序の定義、ではなく、自然な順序の問題)

579 :anonymouse :2021/08/08(日) 13:01:07.18 0.net
順序とはひとつに時系だろうな
時系論理ってのもあるらしいがよく知らん
単純に宇宙の粒子数を時刻とするとか、
粒子の運動の自由度を時刻とするとかできる(と思われる)ため、
(時間の本質として)時系が順序ともいえるし、
順序が時系であるとも言えるんだろうが、
もっと深淵な答えがあるかもしれない

580 :anonymouse :2021/08/08(日) 13:03:37.48 0.net
数が時間発展的であるというのはアリだと思うし、
ペアノの公理の、数を順序づける方法が定義に内在していることは、
見習うべきかもしれない
いずれにせよ、完全なものというものは致命的な破綻を内在するもので、
どこかに綻びがあるほうがより完全であるということはままある

581 :anonymouse :2021/08/08(日) 13:09:37.44 0.net
数は斉一性を持つが故に破局性を持つ、
つまり、無限遠方で数の斉一性が崩れる可能性を内在させるほうがより自然であるかもしれない
斉一性というのは、1、2、3、と来て次は4が来る、というものだが、
1、2、3、と来て次に57が来る、という破局性の内在が必要ではないかと、
セルオートマンで、規則的な振る舞いをしていたのに、突然カオスが生じるというのを見たことがあって、
無限遠方まで規則的な振る舞いをするが、その先ではわからない、というのが、
自然数生成にもってこいではないかと、
あるいはその逆操作をして、
カオスから自然数を生成するという向きも考えられると思う

582 :時計 :2021/08/08(日) 13:42:07.03 0.net
>>579
時系は順序的(全順序的)と考える方がノーマルかなと思います。
しかし、逆を考えるのは面白いですね。
数は時間性を持つということかな。

583 :時計 :2021/08/08(日) 13:45:40.85 0.net
>>577
仮想現実は、隠れた真なるものがあるから、
仮想現実ではありませんか?
システム、進化や知性を司るものがそれでしょうか。

584 :考える名無しさん:2021/08/08(日) 21:34:59.28 ID:DqXKYDCwz
リクルートグループ、週休「約3日」に。4月から年間休日を145日に増加へ
https://www.businessinsider.jp/post-231540
エンカレッジ・テクノロジ、週休3日可能に 給与水準は維持
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO70343090V20C21A3TJ2000/
リクルートの”週休約3日”に「うらやましい」「一般化して」などの声 年間休日145日でも給与は変わらず
https://news.careerconnection.jp/?p=113498
リクルート、4月から週休約3日に‐理由を問わないリモートワークも全社に導入
https://news.mynavi.jp/article/20210318-1814293/
驚異のテレワーク率「9割超」 営業利益16倍の企業は、生産性が「下がった」社員をどのようにケアしたのか
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2102/04/news010.html
日本初「週休4日制度」で、優秀な人材を採用するしくみとは? ?ナレッジソサエティ久田社長に聞いてみた
https://web.all-in.xyz/upgrade/knowledgesociety-2/
週休3日で700社以上の働き方改革を支援し、年収3倍となった
「Caster Anywhere」事業責任者 越川慎司の新刊が1月28日発売
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000131.000012003.html

585 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/08(日) 23:24:43.37 0.net
「意識」のためには「時間(のようなもの)」が必要だ。
時間がなく、空間だけがあるとすれば、宇宙はたくさんの空間とたくさんの境界だけになる。
静的であっては順序のようなものがあったとしてもどうしたらよいのかわからない。
時間のようなものが必要である。

境界をタイヒミュラー空間とすれば、時間のようなものをうみだせるのは「彼」しかいないだろう。。
単純に空間をノード、境界をエッジとしたネットワークを考えれば、
ネットワークの(自発的な)組み換えが時間のようなものをうみだすだろう。
とか考えても、なんらかの動的なものが必要になる。
とすれば、その動的なものが時間のようなものであろう。
アイデンティティの射のループが半整数スピンになればよいのだが。
そうなると、順序というものがあるためには(半整数スピンの)アイデンティティがなければならないだろう。

586 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/08(日) 23:33:52.17 0.net
宇宙というものを、アイデンティティを巡る物語、なのだとすれば、
宇宙そのものが「意識」なのだろう。

587 :でこすけ:2021/08/09(月) 08:05:10.07 0.net
>>583
すべてが仮想現実というのはつまり絶対的な真理はないということです。
絶対的な真理はないというのはどのようなことなのかというと
じつは時計さんも後からお気付きになったかもしれませんけど、
たとえば冷蔵庫の中の牛乳は扉を開けるまで牛乳として存在しているわけではないように
あるいは他人の意識は存在していることにはならないように
それは認識されなければ事実上で無いということです。
真理とされるものは発見されるのではなく発明されるというニュアンスのものです。
隠れた真があるという感覚は基本的には錯覚です。
認識されたものは事実ではなくて解釈でしかありえないということになります。
これは対象の側の事情ではなく認識する側の事情に由来すると思われます。

探究は真理を解明するためにやるのではなく
個人的に納得するためにやるものだと思います。
もちろん仮想現実というのもとりあえず妥当な気がする解釈に
すぎないものです。

588 :時計 :2021/08/09(月) 13:32:14.38 0.net
>>587
私は冷蔵庫の中の牛乳は確かに存在していると思いますよ。
私の主観主義は要するに、物理学→心理学、ということで表現できるかもしれません。

仮想があるなら、実相もあると考えるのは自然ではありませんか?
例えば、以前語られていたモナドのネットワークは実相ではないでしょうか?
私は、所謂クオリアは実相と言えるのではないかと思います。

589 :時計 :2021/08/09(月) 13:34:23.25 0.net
実相ではなく実想ですね。しかし、実相でもいいかな。

590 :時計 :2021/08/09(月) 13:35:24.99 0.net
>>589>>588です。

591 :時計 :2021/08/09(月) 20:05:40.36 0.net
>>588
例えば、錯視の存在により、視覚の仮想性を主張可能かもしれませんが、
その錯視の経験自体は、実想ではないでしょうか。

592 :考える名無しさん:2021/08/10(火) 08:12:48.69 0.net
おやおやおや、またはじめから議論でしょうか。
冷蔵庫の扉を開けるまで中の電気はついていないように
冷蔵庫の中の牛乳は牛乳としては存在していないのみならず、
私に言わせればそもそも冷蔵庫が存在していない、
また、モナドのネットワークもようするに仮想です。
モナドのネットワークは本来は感覚ではとらえられないものであり
ネットワークという表現は便宜的な解釈にすぎないものです。
「A=A」でさえ絶対ではないというのはそういうことのつもりでした。
以前ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』が話題にのぼったのは
ご記憶にございますでしょうか。
時計さんにはあまり関心が持てなかったようなので
あるいは覚えておられないかもしれませんけど
「薔薇は薔薇と名付けられたとき薔薇として終わる」
みたいなかんじのはなしです。
私としてはクオリアはクオリアと名付けられたとき
実想ではなくなると考えます。
クオリアもまた突き詰めてしまえば突き詰めてしまえば仮想現実です。
さらにはつまり仮想現実さえもが仮想現実とされたとき
仮想現実としては終わってる気がします。
仮想現実は現実ですが実想ではない、
これはどこまで行っても無いものは無い
というのがチョッカン主義の立場のようです。

じつは私としても今回考えてみて初めて
仮想というのは実想があるから成立するのではなく
実想が無いから仮想としてしか成立し得ない
ということだと考え至りました。
おそらく投稿してからも半信半疑のままです。
いずれにしても時計さんと私との考え方の違いは
立ち位置の違いに由来するように思えます。
私としてもクオリアのことを現実と表現しようが実想と表現しようが
あまりたいした違いではない気もしたりしています。

593 :でこすけ:2021/08/10(火) 08:14:35.43 0.net
>>592>>588です。

594 :でこすけ:2021/08/10(火) 08:16:27.62 0.net
>>592はでこすけでした

595 :考える名無しさん:2021/08/10(火) 16:55:48.61 0.net
人間死んだら灰になるだけ

596 :時計 :2021/08/10(火) 17:13:31.00 0.net
>>592
初めからの議論で、すみません。:)
「冷蔵庫の中の牛乳は確かに存在している」という文は
「確かに」にという部分に力点を置いて読んでほしいと思います。
確かに買った。確かに持って帰った。確かに冷蔵庫に入れた。全て確かなことです。
「確かに」ということは仮想に通じると思いますよ。

>私としてはクオリアはクオリアと名付けられたとき実想ではなくなると考えます。
でこすけさんは、デカルト的コギトも仮想だとお考えでしょうか?
つまり懐疑している私も仮想だと。
私としてはクオリア実想説を推したいところです。
そのコギトもクオリアだという考えです。

597 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/10(火) 20:14:36.75 0.net
Sally–Anne test
時計氏の冷蔵庫とでこすけ氏の冷蔵庫があります。
時計氏が時計氏の冷蔵庫に牛乳を入れました。
時計氏がいない間にでこすけ氏が時計氏の冷蔵庫から牛乳を取り出してでこすけ氏の冷蔵庫にしまいました。
時計氏が帰ってきたとき、牛乳を飲もうとしてどこを探しますか?

4歳未満のこどもの場合、ほとんどが時計氏はでこすけ氏の冷蔵庫を探すと答えます。
でも、時計氏は常識的に自分の冷蔵庫を探すでしょう。
でこすけ氏の場合は、自分の世界の冷蔵庫すら怪しいのに、時計氏の世界の冷蔵庫や牛乳はさらに怪しいのですw
4歳未満を神の視点とするならば、大人は常識的視点であり、でこすけ氏は量子論的視点です。

598 :時計 :2021/08/10(火) 21:26:40.25 0.net
>>597
Wikipediaによると自閉症のテストのようですが……
詳しくは読んでいません。
量子論も「確かさ」を語ります。

599 :時計 :2021/08/10(火) 21:30:57.25 0.net
>>597
あと、私であれば、誰かが盗ったと推測し、
でこすけさんの冷蔵庫を調べるかな。:)

600 :時計 :2021/08/10(火) 21:42:37.42 0.net
まだ、考えは煮詰まっていませんが、
でこすけさんの仮想は私は超越論的可能性とでも呼ぶべきものだと考えています。
超越論的可能性は、ある種の「確かさ」ですが、数的確率ではありません。
例えば、霊は存在するかという問いの可能性について
数的確率を考えるのは滑稽でしょう。あり得ると語ることは可能ですが。
でこすけさんの主張は日常的な実在において、
超越論的可能性はあり得るという考えだと私は解釈しています。
私の考えは、日常的な実在においては、
通常の「確かさ」というものが幅を利かすというものです。

601 :時計 :2021/08/10(火) 22:04:55.63 0.net
>>600
つまり、仮想=超越論的可能性を否定しているのではなくて、
典型的な例は他にあるよ、ということです。

602 :時計 :2021/08/10(火) 22:09:17.90 0.net
>>601
しかし、考えてみると時間が2次元であるとか、空間が11次元であるとか、
日常に大きく影響を与える超越論的可能性の例はありそうですね。
もう少し考えます。

603 :時計 :2021/08/10(火) 22:14:19.27 0.net
>>600-602は煮詰まっていない考えですから、軽く流して下さい。:)

604 :時計 :2021/08/10(火) 22:23:02.68 0.net
>>602は消した方がいい。:)

605 :時計 :2021/08/10(火) 22:25:16.60 0.net
>>600
単純に、仮想=超越論的可能性は非日常ということかな。

606 :時計 :2021/08/10(火) 22:31:42.62 0.net
>>605
非日常=量子現象と考えると超球面さんの考えとも繋がるかな。

607 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/10(火) 23:10:49.52 0.net
自閉症のテストにも使用されますが、基本は発達心理学です。
年齢ごとに心理的課題と主な関係性が拡大して行き、
成熟期を超えたとき、やっと人間というものから解放され、その対象は宇宙になり量子論的なものになります。
仮想現実ではなく、現実としての仮想や、非標準的論理などのように、
(健全?な)仏教に近いものになって行きますw
まあ、仏教は、それを、促成栽培?しているわけですが。

608 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/10(火) 23:32:32.09 0.net
そう考えていくと、宇宙は、なんらかの破綻あるいは矛盾から始まらねばなりません(宇宙という時間があった場合)。
矛盾を(自然が)修復するために「対称性」「境界」そして「秩序」がうまれます。
そのようなストーリーを考えていますが、そうなってくると、「時間」や「空間」は「矛盾の修復」としてあらわれた、ということに。
物質やその他のものも、そうなりますね。

609 :時計 :2021/08/11(水) 06:53:58.51 0.net
>>607-608
色即是空、空即是色でしょうか……
人間は成長すると仏教的地平に辿り着くものなのかもしれません。
今、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』を読んでいるところなのですが、
矛盾は意志なのかなと思いました。

610 :でこすけ:2021/08/11(水) 08:44:45.11 0.net
>>596 コギトについて
私としては理性が絶対に正しいという保証はないと思っているので
あるいは「我」は存在しない可能性もあると考えます。
これは「存在しない」とは言い切れないけれども
そういうことがあるかもしれないということです。
BKのHTT覚えですけど、
色即是空というのはそういうことだと考えています。
ただしブッダモード(?)が絶対に正しいという保証もありません。
私は絶対はないと思っています。

私が何故このことにこだわるのかというと
「本当の世界」は理性でとらえることはできないのだろう、
少なくとも感覚的に認識できるものではないのだろうと考えるためです。
そもそも理性的な理解が正しいという保証はないけれども
それでも理性的に答えを出すしかないのであれば
それは解釈のひとつでしかあり得ないということが前提になるため
個人的にそこのところは初めから言い訳をしておく必要があるように思ったのです。

611 :でこすけ:2021/08/11(水) 08:49:34.59 0.net
>>610
5ちゃんの規制はすごいです。
せめて何がひっかかるのか教えてほしい。

612 :時計 :2021/08/11(水) 17:33:39.39 0.net
>>610
2+3=5だと思惟するのは理性でしょうか。
理性は大方の場合は信頼できるようです。
私は理性のポジティブな側面を無視することはできません。

人が「本当の世界」を知ることは不可能であると思いますが、
世の中、知らなくていいことは沢山あると思います。
知る価値のあるもの、それこそが「真の本当の世界」ではないでしょうか。

613 :時計 :2021/08/11(水) 17:56:30.65 0.net
>>612
諸行無常は解りますが、我々には日常があるということです。

614 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/11(水) 23:59:56.88 0.net
「矛盾」を考えた。
P∧¬Pは矛盾である。=trueなどいらない。その文が存在することが矛盾である。
と考えるのはオカシイ。
文そのものは存在するのだから文としては矛盾しない。
矛盾の「記述」そのものは矛盾しない。
矛盾(文)が実際に矛盾するためのプロセスが必要だ。
そのプロセス上で矛盾を解消するもの同時に生成されれば、矛盾は相殺される。
プロセスは時間のようなものを持っている。

なんらかの解釈実行している実行系が必要だ。
これは「自然」であり、秩序の発生する前(時間も無い)だから、無秩序である。
無秩序がアイデンティティという秩序を作り出す。
それが時間というものも発生させる。
時間を実時間とするならば、それ以前は虚時間である。
とするならば、無秩序は虚時間を持っている。
同様に、空間を実空間とするならば、それ以前は虚空間である。
無秩序は虚時空間か?
虚から実への転換は、対称性・境界・秩序の発生による。
そこではじめてアイデンティティ(=存在)が得られる。

615 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/12(木) 00:18:01.54 0.net
アイデンティティ(=id射)は「反応」である。
意識として最も基本的なものだろう。

ということで、圏論(数学)に足りないのは「反応」に相当する概念の強化だろう。
これは「対象」(=反応(=存在))であり、必要のない時は、id射や空などは語られない。
いちいち語るとやっかいなので暗黙的なものとして扱われることが多い。

恐れること無く、「対象=反応=存在=アイデンティティ」としてしまおう。
「反応」である以上、単独では存在できない。
ここまでの考えから、モナドも単独では存在しない。

616 :時計 :2021/08/12(木) 03:51:23.92 0.net
>>612
価値ある問いとは「死とは何か」などです。

617 :時計 :2021/08/12(木) 07:40:41.64 0.net
>>616
答えのないことが答えだったり。
証明できないことを証明するみたいですね。

618 :時計 :2021/08/12(木) 07:41:50.48 0.net
>>616
「存在とは何か」とか。

619 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/12(木) 18:52:52.84 0.net
「存在」の場合、「どこ」に存在するのかが問題になる。
「現実世界」という答えはあいまいだ。
虚構世界も現実世界の内で定義された現実世界の一部だとすれば、
なんでもありになるw

そこで、(対象の)存在とはアイデンティティ(id射)を持つものである、とする。
どうやってアイデンティティを持ち、対象(圏論)となり「存在」することになるのか。

620 :考える名無しさん:2021/08/12(木) 21:35:24.58 0.net
存在なんて定義によっていくらでもかわるただの変数だろw

621 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/13(金) 02:04:43.37 0.net
「存在」を考えるのは難しい。
なにものにも依存せず自律して存在することなどありえない、というのがわたしの立場だ。

それゆえに、アイデンティティ=存在、としているので、アイデンティティも単独では成立しない。
ただし、内部構造があるとやっかいなことになる。
人間の場合、細胞からなり、細胞もまた存在なのだからアイデンティティである。
細胞も、DNAの違いだけをみてもミトコンドリアというアイデンティティが共存している。
ま、このような構造を考えるためにも圏論が必要となるわけだ。
哲学に数学は必須であるw

622 :でこすけ:2021/08/13(金) 07:58:53.16 0.net
>>596 その2
「確かに」については私は確かに注意していませんでした。
確か以前時計さんとは扉の閉まっている冷蔵庫の中の牛乳は存在していない
という方向で一致していたように記憶していたので
「おやおやおや」となったわけですけど、
そういうことなら確かにそれはそうです。
ただじつは私も細かい言い回しにはこだわっていたつもりで
>>587では「牛乳として存在しているわけではない」としています。
つまり牛乳ではなくとも何かがあるというニュアンスのつもりではあったのでした。
ただし「何かがある」というのは「存在」とはかぎらず、
私としてはむしろ「機能」とか「仕掛け」とか
そういうかんじなのではないかと考えるところです。

私としては「牛乳は冷蔵庫の中にあるのではなく本当は意識の中にある」
というような考え方を支持します。
禅か何かにはありがちなパターンだと思います。
この問題は「素粒子はどこにあるのか」という問題にも繋がるはずです。
もちろん「素粒子とはどのようなものなのか」というふうにも展開されます。

623 :でこすけ:2021/08/13(金) 08:06:40.73 0.net
>>612
>理性は大方の場合は信頼できる
私もまったく同意です。
私としては「完全には信頼できないけれども」というのが頭にくっつきますが
普通ならトラブルは起こらない、
むしろ一般的にいって建設的なものの考え方のようにさえ思えます。
ただ私たちは何故理性を信頼しているのか、
何故この世界では色即是空のような矛盾を是とも成し得るブッダモードが
スタンダードにはならなかったのかという問題はあって
そしてその答えは意識のハードプロブレムともかかわってくるのではないか
と私はみています。
いずれにしても理性が絶対ではないというのは
たぶんカント以来の哲学にはありがちな考え方だろうと私は思っています。

>価値のあるもの
たぶん色即是空や梵我一如などについては
お釈迦さまも普通ならあまり価値がないことに気付いたからこその
煩悩の滅却だったのではないかと私は考えます。
今の時代では煩悩の滅却と言われてもあまりピンときませんけど
あの時代においては(ただし一部の人のあいだだけだったようですが)
それなりに切実だったのではないかと思われます。
では今の時代は何が大切なのかというと
私は率直にシアワセであることだと思います。
それを思えば先日「くるった人間だけが頭を使って考える」という
ネイティブアメリカンのことわざを引っ張り出したりもしましたが
わからないことはわからないと割り切れるおおらかさが本当は必要なのだろう
とも思ったりするところです。
ただしそこで「男はみんな悲しきサムライ、シアワセにてれてることもあるのだよ〜」
とかなったりしたところでさらに「花園で眠れることはないのだよ〜」
みたく追い打ちをかけられて、すなわち男はつらいのです。
昭和感覚かもしれませんけれども。

624 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 09:32:12.26 0.net
宗教の連中が、世界に魂の置き場所が欲しくてでっち上げた擬似問題である。

625 :時計 :2021/08/13(金) 10:20:45.77 0.net
>>622
大方は賛成なんです。色即是空、空即是色。
ただ、私達の日常をどう説明するかという問題があり、
「確かさ」という概念を持ち出しました。
私も牛乳が存在するのは、意識においてだと思います。

>>623
でこすけさんの理性の考えは、
カントの物自体という考えに通じるのかなと思っています。

苦しみから平静へというのは(古い)仏教の伝統のように思います。
確かに、それは役に立つことですよね。

626 :でこすけ:2021/08/13(金) 13:44:00.57 0.net
>>621
一般に数学は自然科学の一分野として分類されているようですけど
私としては哲学そのもののような気がしています。
研究の対象が自然ではない気がするのです。
岡潔が「情緒」と言っているのが何のことなのか
じつは私にはいまいちピンと来ていなかったりもするのですが、
しかしなんとなく分かる気もしているところです。

627 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 14:20:43.07 0.net
岡潔の情緒については詳しいとおもってるが
こういった直感の元、経験のことかと


羽生善治が教える「直感」の正体
生まれながらに勘に優れ、何かを判断するに当たっては、ピーンとすごいひらめきが降りてくる−。ちょっと陳腐かもしれませんが、直感のイメージといえば大体こんなところでしょう。
羽生さんは、直感は決して先天的なものではなく、日常の訓練で磨くことができると言い切っています。
「直感は、本当に何もないところから湧き出てくるわけではない。考えて考えて、あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない」
「もがき、努力したすべての経験をいわば土壌として、そこからある瞬間、生み出されるものが直感なのだ」(本文より引用)
そうした蓄積が脳回路を鍛え、ほぼ無意識の状態でパッと答えを導き出せるのが、「直感の正体」なのだそうです。
https://paraft.jp/r000017003127


ブラームス─主旋律は無限なるものからやってくる
ベートーベンがそう実感したように、私たちが創造主と一体であると実感することは、不思議な、畏怖の念を起こさせる体験である。
これまでその実感に至った人間はごくわずかであり、それゆえに、さまざまな分野で人間が努力してきたにもかかわらず、偉大な作曲家や創造的天才が出現することがほとんどなかったのである。
私は作曲を始める前にはいつも、これをひたすら観想した。するとすぐに、私の全存在をワクワクさせるバイブレーションを感じる。
この高揚した状態では、ふだんの心的状態のときには曖昧であったものが明瞭に見えるようになってくる。
そうなったとき、ベートーベンがそうだったように、私は天上からインスピレーションを受けることができるのを感じる。
真の天才は、英知と力の無限の源泉を利用している。私の見解では、まさにそれが天才の天才たる所以なのだ。
偉大な人物は、宇宙の無限のエネルギーにつながっていたので、宇宙から永遠なる真理のバイブレーションを受けていたのだ。
その体験をするとき、私は無限なるものと調和しているのを感じている。それに匹敵するほどの感動はほかにはありようがない。
https://maharishi.or.jp/tm-wave/archives/6360

628 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 14:22:53.57 0.net
合気道の極意・呼吸力によって 宇宙や自然と一体になる
剛三は超人的ともいえるその呼吸力を発揮するときの心境を、次のように語っています。
「スーッと天にも昇るような気持ちと言うか、そのとき自分の中にはなんにもありません。真っ白なんです。
こうしてやろう、ああしてやろうという気持ちはまったくない。植芝先生の言う、宇宙や自然と一体になるということですね。
そのとき自分を完全に信じ切れるんです。相手が攻めてきても、わが友だと思える。自分自身だと思える。相手はこちらの一部になってしまっているから、抵抗したくてもできなくなるのです」
「心も体も、力みやこだわりがあってはひとつにまとまりません。とらわれない澄み切った精神状態の時に、はじめて本当の呼吸力が発揮できるのです。
相手に敵対心や抵抗心を持ったり、うまくやってやろうという欲や、これでいいのだろうかという迷いがあったりすると、力は濁ってしまいます。その濁りをなくしていくことが、稽古の大切な目的なのです。」
http://nisshinkan.net/kokyuryoku_nukiwaza.html


松原さおり・インタビュー 父、岡潔の思い出
とにかく、集中しているときは、研究以外のことはなにも無くなってしまうのです。
いま思えば父はそのとき、理屈も言葉も何もない「情」だけの世界にいたのです。
だからあんなになんともいえない笑顔だったのでしょう。
父の思想にはいろいろな側面がありますが、根本は、「自分を後にする」ということだと思います。
つまり自我を抑えて真我になる。そうすると自他の区別がなくなる。
自分も他人も自然も同じ心の中の一つの個になる。だから父は、びっくりするほど心が澄み切っていました。
岡潔に関してとにかくびっくりするのは、普通の人には見えないところまで、ものが見えたということです。
表面に出てきた事物を見て、出るに至る心の軌跡を見通してしまうのです。
世間的、物質的なことにはとらわれず、心を綺麗にして、真摯に自我を張らずにやっていると、段々心の目がよく見えてくるのでしょう。
https://www.bookbang.jp/review/article/512310

629 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 14:33:41.12 0.net
岡潔の情緒は、ここにでてくる個性や自然と近い


小林秀雄入門!文系の天才と理系の天才による歴史的対談!二人が語る人生の極意とは?
https://www.youtube.com/watch?v=-5oQgijHgS8

630 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 14:50:23.49 0.net
個性と直感と創造は似たものどおしで、その元になるのが情緒


松や竹、植物でも第2の心はあるんです。だから、これに大円鏡智が働くんです。
で、大円鏡智の働き、これが個性というものである。
そしてこれが松の松らしきは、松の創造。竹が竹らしきは竹の創造。
http://www.okakiyoshi-ken.jp/oka-18-16.html


またアマガエルがすぐからだの皮膚の色を周囲の色に同化する。
全体に合わせて全体と同じ色を部分がとる。妙観察智の働き。
トーモロコシは台風を予知する。台風がその日の午後には来るという午前中には、腰を折って背を低くし、葉はみな巻いて待機の姿勢にある。
これは台風を予知しておるんですね。トーモロコシにどうして台風を予知することができるかというと、これは大円鏡智の働きです。
そんなふうに植物にも第2の心というものはあって、むしろそれは第1の心という月の黒雲のようなものがなくて、邪魔しないから、よく働くんですね。
下等動物は第1の心が発達していないから、植物ほどじゃありませんが、それでも月の光をおおう黒雲は薄いというわけで、無差別智がよく働くのです。
トーモロコシなんかよく台風を予知する。蝶は自分の背中にきれいな紋をつける。アマガエルはすぐに周囲の色と同じように皮膚の色を変える。そういうふうなことができるんですね。
http://www.okakiyoshi-ken.jp/oka-18-18.html


自然法爾
親鸞聖人86歳のお手紙である『自然法爾の事』という文章が遺されています。
これは聖人が最晩年に至った浄土真宗の究極的な境地であるといわれています。
聖人は「 自然法爾」ということについて、阿弥陀仏の本願力は、私自身のはからいをはるかに超えた「あるがままの自然のはたらき」であると説かれます。
仏教で説かれる「自然」とは、人間を含めたすべての縁起する全体、ありのままのことをいいます。
そして法爾ということは、諸行無常・諸法無我という「自然法」の中に保たれている、一切の生きとし生けるものに平等に施されている功徳のはたらきが、自然とひとりでにそうなっていくということです。
https://www.link-age.or.jp/shinran/jinenhouni/

631 :でこすけ:2021/08/13(金) 14:57:21.83 0.net
>>627-628
なるほどなるほどなるほどなるほど
それはわかりやすい気がします、ありがとうございます。
あまりの早さに二度見してしまいました。

じつは私はその境地に達してはいないのですが
わかる気がするのは羽生さんのはなしです。
私はちょっと詰将棋をかじった程度ですけど
確かにだんだんと考え方が身に付きます。
これはまさに「身に付く」というかんじです。
あの延長上にいわゆる「羽生マジック」があるのだろうと
まさに直観できるのです。
答えのオオモトは論理や理屈ではないところから導かれる
そういうことなのだろうと思います
(羽生さんのああいう一手は考え抜かれた上での一手でしょうけど、
 故の「オオモト」です)。
たいへん貴重なご指摘をありがとうございました。なるほど納得です。

632 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/13(金) 15:49:19.03 0.net
岡潔の問題は、「情緒」と「情操」を混同しているということ。
コントロールできなければ、情緒は情動であり、サイコパスだ。

人類として必須なのは「情緒」。怒り・悲しみ・恐怖を含む。
その意味では「情操」ではなく、「情緒」が正しい。
あふれるさまざまな情緒(じょうしょ)を統合して再経験する。
これは情動からの(限定された)解脱である。
「操」であってはならず、「脱」でなければならない。

633 :考える名無しさん:2021/08/13(金) 15:56:38.54 0.net
あとこれ

羽生善治さんに「大局観」の真髄を訊く
---以前、羽生さんから伺ったお話で印象的だったエピソードがあります。それは大ベテランの大山康晴十五世名人と対戦した時に、羽生さんは将棋盤の前で考えているのに、大山名人は一手指したらいなくなって、戻ってきて指したらまたいなくなって、を繰り返していたというもの。

一手も読んでいないんです。そんなことを言ったら失礼ですが、本当に読んでいない。見ているだけ。
でもそういうふうに、絵や写真を見るような感覚で次の手を選ぶというやり方もありえると思います。
それはある種のパターン認識なのかもしれないし、幾何学的な判断なのかもしれない。

「これはこういうものだ」という判断の仕方は、何十年も修練を積んだ職人さんの仕事のやり方と似ているのかもしれません。
若いうちは思考が常に全開モードだけど、年齢が上がってくるにつれだんだん省エネモードというか、抑えるところは抑えて、集中するところは集中するようになるのだと思います。
https://media.lifenet-seimei.co.jp/2017/02/07/9077/


閃くとき・・
大山名人も、かつて、この若手棋士たちと同様、難しい詰め将棋を前に、手を読んで、読んで、読み抜くという極限的な修練を重ね、大局観という能力を身につけることを修得してきたはずです。
言葉を換えれば、論理思考によって考え、考え、考え抜いたとき、大局観の世界が開けたということです。
論理的であるがゆえに直観力や洞察力を身につけられないのではありません。論理に徹することができないがゆえに、直観力や洞察力を身につけられないのです。要するに、中途半端なのです。

人為を超えて身につく能力
直観力や洞察力というものは、気がついたら自然に身についている能力なのです。
あくまでも、「経営における正しい判断を下す」、「自分の美感を満たす作品を創る」、「納得できる良い仕事を残す」、「スポーツの厳しい競争に勝つ」という目的のための厳しい修練に徹した結果、ある日、気がつけば直観力や洞察力が身についていたに過ぎないのです。
少し拡大して解釈すると、こうしたことは、直観力や洞察力だけでなく、創造性などについても同じことです。
https://www.esofken.com/Rensai/1805.html

634 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/13(金) 16:12:49.80 0.net
(岡潔が混同している、という意味ではない)
「脱」は命取りであるということにも気をつけねばならない。
なかなか難しい。

「直感」と「直観」の違いも難しい。
一般的には、
「直感」には理由がなく、「直観」には理由がある。
哲学や数学で使われるのは「直観」の方。

635 :でこすけ:2021/08/13(金) 19:28:57.01 0.net
>>633
おそれいりますたいへん参考になりました。
個人的にはたいへん興味深いところです。

ただ私としては率直に少し疑念もございます。
大局観というのは本当に積み重ねなのでしょうか。
これどう思われますか?藤井聡太君のエピソードです。
将棋に興味をお持ちでない方にはすいませんです。
https://m.youtube.com/watch?v=YjFCsm6Ky30&t=194s

>>633のリンク先に羽生さんのことばで
「最初は完成形がよくわからないけど、ある瞬間にふと
『こういう形で出来上がるんだな』と見えてくることがあります。」
というものがありますが
(羽生さんはそこから逆算するため普通の読み方では思いつかない手を
 思いつくようです)、
これは羽生さんが七冠をとってまもなく、つまり彼が二十代の頃に既にテレビで
言っていたのが印象に残っています。
私は直感は経験と関係ないところがある気がするのです。
1%のひらめきとは言いますが、
普通はその1%が努力でどうにかなるものではない
というところがあるのではないかとも考えるわけです。

636 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/13(金) 21:02:31.74 0.net
(流れを壊さないようにぼっそとつぶやく)
大局観というのは、その体系(を「脱」して)の外側から全体をみることで、
みえていなかったつながりがみえてくるものだと思いますね。
(直観ではなく)直感もまた、すでに経験のある(将棋ですらないかもしれないが)
同じような(自然変換(圏論)可能な準同型の)パターンからの利用(ひらめき)ですねw

637 :でこすけ:2021/08/13(金) 22:47:17.44 0.net
(なぜか小声で)
大局観というのはうっすらながら等能性につながる気がします。
失われている部分を回復しようとする効果です。
「加○一二三」欠損が埋まる人にとっては何故かなから自動的に埋まるのです。

638 ::2021/08/13(金) 22:49:12.29 0.net
マリオストロの丘

639 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/14(土) 00:12:36.99 0.net
(ぼそぼそっ...)
大局観は、一部が欠けていてもホログラムのように補完されてしまうのでしょう。
そのかわり少しぼんやりします。
(データに冗長性があるならハッキリと補完できますが、それはどうかなと)
ぼんやりした大局観というのはよさげなイメージなので、ホログラムのように投影されるのかも。

640 :でこすけ:2021/08/14(土) 07:56:15.95 0.net
>>624
私はチャーマーズ氏についてはじつはよく存じませんけど
つまり彼の考察には彼の宗教的な心情が反映しているということでしょうか、
あるいはたとえば真珠湾攻撃の背後でコミンテルンが暗躍していたように
意識のハードプロブレムがそこそこメジャーになった背景には
宗教界の陰謀(?)があったということでしょうか、
いずれにしても興味深い視点だと思います。
歴史的な背景を考慮した分析などがあればうかがってみたいはなしです。

641 :でこすけ:2021/08/14(土) 08:07:45.45 0.net
>>640
神の居場所はどうでしょう

642 :でこすけ:2021/08/14(土) 08:20:53.90 0.net
>>625
私が「確かさ」でポイントになるだろうと考えるのは
第三者がかかわるということです。
時計さんが買ってきて冷蔵庫に入れておいた牛乳は
私だけではなく超球面さんも認識することになります。
そこで牛乳が仮想現実であるならば
つまり共同幻想ということになるわけです。
物質が存在しないとなればちょっと不思議なはなしです。

ここで私としては
その構造に関する主観主義的な見解をうかがってみたく存じます。
こういったことを踏まえた上での「確かさ」とは何なのかです。
可能でしょうか。

643 :でこすけ:2021/08/14(土) 08:36:11.78 0.net
>>642
あるいは何故この世界には秩序があるのでしょう、
個人的な幻想であれば夢のような支離滅裂でもよかったはずですし
何なら抽象絵画のような景色の方が造形的には低コストのような気がします。


ていうかこの質問は前にもした気がしましたが
例によって覚えておりません、すいません
(私は文章を作成しても投稿しないことがあるので
 もはやどこまでやったのかわからなくなっています)。

644 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/14(土) 09:57:19.67 0.net
時計氏の「確かさ」は、哲学あるいは物理学あるいは数学の最先端ですw

「確かさ」は「確からしさ」(=確率)や「尤度」(=尤もらしさ)とは異なり、
「確かさ」は「間違いがない」ということです。
「間違いのなさ」、ではありません。

『科学基礎論研究』の2005 年 32 巻 2 号に
『「確からしさ」から「確かさ」へ』西脇 与作
が載っています。
『「確からしさ」から「確かさ」へ』で検索すればpdfを拾えるでしょう。
この板で行われていることが、とても学術的に説明されていると思いますw

645 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/14(土) 10:12:21.73 0.net
「確かさ」を巡る冒険なのです。
それが「意識のハードプロブレム」(の答え)です。

わたしは「アイデンティティ」(心理学ではなく物理/数学)側からのアプローチです。

646 :時計 :2021/08/14(土) 11:34:00.55 0.net
>>642
主観主義的には、他者の意識と呼ばれるものは、飽くまで主体の意識に存します。
写真。他者の意識はそれに近いと思います。
例えば、牛乳を冷蔵庫に入れ、写真にも収めること。
そのとき、記憶は2つあると言えなくもないと思います。

>>643
何故地球に秩序、生命は存在するのか。
私は神の業のように思いますが、どうなんでしょうか……

>>644
私は、確かさの学は可能性一般の学であるように思います。
でこすけさんの言う仮想は、確かさのある種の極だと考えています。

647 :考える名無しさん:2021/08/14(土) 12:12:13.47 0.net
チャーマーズが出した問題とは本来、
「脳による情報処理と、意識や体験がどう結びつくのか?」
であり、その答えは、
情報統合理論などの、科学的なものになるはずである。
情報統合理論に問題点があったとしても、
それに代わる、あるいは問題点を修正したものが新たな答えになる。
しかし、「魂」だの「死後の世界」だのを信じてきた連中にとって、
もし「意識や体験」に科学的説明が与えられてしまえば、
それがどんなものであっても、
自身の生きる目的を失う事になりかねない。
だから「意識や体験」に科学的説明を与える事を妨害するのだ。

648 :時計 :2021/08/14(土) 12:20:46.99 0.net
>>645
私は真の他者の意識を確かに経験していません。
そうであるのに、それの確かにあるように語ることは、
してはいけないことのように思います。

649 :時計 :2021/08/14(土) 13:10:04.49 0.net
>>647
誰かが他者の脳を調べることは、通常の科学の範疇に収まると思いますが、
私が私の脳を調べることは何を意味しているのでしょうか。
これは、イージーでもハードでもない新しい問題でしょうか。
私は、私の意識は脳を超えた存在だと考えています。
少なくとも今、脳と考えられている物質に関してそうです。

650 :でこすけ:2021/08/14(土) 13:13:41.04 0.net
>>646
>私は神の業のように思います
そうでした、以前うかがったことです、思い出しました、失礼しました。

いろんなことを思い出しました。
この世界の秩序は落雷の衝撃でたまたま誕生したスワンプマンのごとく
ビッグバンの衝撃か何かでたまたま誕生した神によってもたらされていて、
地球が星々の中では稀種であるようにこの宇宙も並行宇宙のなかの稀種
という説を投稿しようと思ってやめた記憶がございます。
我ながら無いとは思ったわけですが
選択肢のひとつとしてキープしておこうと思っていたことを忘れていました。

なお秩序についての私の考えを今一度まとめさせていただきますと
多様で変化が起こるアイデンティティのあいだには自動的に淘汰圧がかかり
変異を繰り返すと自然に一定の状態に収束される、というものです。
なんだか不思議な気がする現象です。

651 :時計 :2021/08/14(土) 13:24:32.88 0.net
>>650
人間は環境に適応しているのでしょうか。
単に種を繁栄させるために、複雑な知性は必要でしょうか。
人間の本性は種を繁栄させることではなくて、
神性を獲得することだったりしないでしょうか。

652 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/14(土) 14:13:13.68 0.net
神性はともかくとして、仏性なら(宗派にもよりますが)誰もがもっていますからw
一切悉有仏性にいたっては、人間以外のものでも仏性を持っています。

日本人にいたっては、おそらくユダヤ教と同祖とおもわれる神道と仏教がいりまじっており、
神性と仏性を(最初から)兼ね備えていますw

653 :でこすけ:2021/08/14(土) 14:31:06.73 0.net
>>651
今人類が知性を失ったら大変なことになるのでしょう。
それが例の『風の谷のナウシカ』だったりもしたわけですが
かと言って私には知性も神も私たちにとって必須だとは思えません。
必然はすべてにおいてありえないというのが私の印象です。
ただ、それは裏を返せば自由ということだし
私としてはむしろ万々歳です。
神を信じたい人は信じれば良いし、
私に言わせてもらえばそれはひょっとすると
>>628的なものの導きでさえあり得ます。

一応良し悪しについてもふれておくと、
それを決めるのは私ではなく「歴史」というのが私の考えです。

654 :時計 :2021/08/14(土) 15:38:55.21 0.net
>>652
大変ありがたい話です。:)
旅に出ると、悉く有るものがキラキラして見えたりしますが、
本当は、見慣れたものも、そのようなものなのかもしれません。

>>653
神を信じない自由というのは、面白い概念だと思います。
そういう人のためにこそ宗教はあるなんて言うと、お嫌でしょうか。

655 :でこすけ:2021/08/14(土) 16:53:12.47 0.net
>>653
「絶対の必然はすべてにおいてありえない」に訂正させていただきます。
自分の首をしめた気がしました。

>>654
これまた小声で失礼しますけど、
私は神の存在に対して懐疑的ではありますが
どこかで信じているのだろうとも思っています。
じつは私は宗教的な環境で育ったので(いわゆる黒歴史)
咄嗟のときなどに祈りの言葉が脳裏をかすめるのです。
ちょっとこじらせているのです。

656 :でこすけ:2021/08/14(土) 16:57:03.11 0.net
>>647
私としては学会がこの問題を学問的にどう扱っているのかといった事情は
どこ吹く風のチンピラという立場であり、
ましてこの問題が彼らの宗教と如何にかかわるのかなどは知ったこっちゃない
というふうにも思ったりはするのですが、
しかしよく考えてみると他人事ではないかんじもニワカにしてきたところです。

というのは(ここからは単なる年寄りのボヤキになります)
まず状況の説明からですけど
私は意識のハードプロブレムは物心二元論にとっては当然の展開であり
物心二元論が見誤っているのだからその問題も無効という立場ですが、
そこで私が唯心論を主張するとすなわち流れ的に物質の存在を主張する人たち
から反論されることになったりします。
私としてはそういう人たちと意見交換をしてみたかったからこそ書き込みをしているわけで
もちろんそれ自体はぜんぜんオッケーなんですけど、
ただそこで物質の存在を主張するのであるならばその根拠を示してほしいと促すと
「根拠はないけど物質が存在しない訳はない」みたくなるのです。
つまり私の印象では唯物論も信仰であり、
場合によっては話し合いができなくなるかんじがあったりもします。
中にはヒステリーを起こしかねないような人までいて
偏見ながら典型的な宗教系のノリを感じます。
ご指摘の非一元論者による妨害工作の実情については私は存じませんが
私にはなぜだか学者の社会における主流は唯物論という印象があって
そこで非一元論と唯物論の対立の本質が「宗教論争」となれば
あるいは非一元論から唯物論へという流れがあるのであれば
それはご指摘の意味では「改宗」であり
そしてあらためて思えばそれはそれでリアリティがある気もしたりするわけです。
人にとっては神の存在を否定するよりも違う神を信じる方が現実的な選択
ということなのかなとも思ったのでした。

657 :でこすけ:2021/08/14(土) 16:58:02.54 0.net
>>656
ていうか私も神を探しているだけかもしれないので
この機会にちょっと立ち止まってみる気になったというかんじです。
お騒がせしました。

658 :時計 :2021/08/14(土) 18:07:39.04 0.net
>>655
両親が宗教的行為をしていると、子供にはキツイかもしれません。
少なくない宗教的行為は形骸化していますし、子供は親を超えるものですから。
掃除が修行の一環であるらしい仏教は、さもありなんという感じでしょうか。
誰もが修行をしているわけですし、修行という概念を揺さぶります。

659 :考える名無しさん:2021/08/14(土) 18:31:08.63 0.net
確かに物質が存在している証明はできないのであろう。
しかしだ、
少なくとも5chのサーバーや、
5ch を見たり5ch に書き込んだりするクライアント機器は、
物質が存在しているという前提で成り立っている、
科学の助け無しには組み上がらなかったはずである。

660 :考える名無しさん:2021/08/14(土) 19:07:52.53 0.net
実証性、客観性、再現性。
これらを柱に組み上げてきたから、
これまで如何なる宗教による世界観よりも、
正確に世界の実態を把握することができるようになったのである。
それを今更蔑ろにしろと?

661 ::2021/08/14(土) 19:48:01.85 0.net
部分部分でやること

662 ::2021/08/14(土) 19:48:55.75 0.net
やるしないは自分次第

663 :でこすけ:2021/08/15(日) 00:33:16.26 0.net
>>660
おそれいります。私としてはとりあえず何故
実証性、客観性、再現性(つまり目下話題の「確かさ」)などがありながら
それだけでは物質が存在することの証明にはなり得ないのか
というところが問題になると考えます。
その答えについては私は機会があるたび触れてきたつもりなので
ようするに繰り返しになりますけど、
私としては「確かさ」を与える構造の候補が「物質の存在」の一択ではない
ということに由来するように思えます。
そして一応私のイチオシ候補ですが「何らかのシステム(存在ではないもの)」
もその構造の候補として挙がるはずです。
例えばピカチュウは実在していなくてもモニター上に現れてくるように
リンゴはそのものが存在していなくても味や香りを感じるシステムさえあれば
認識者が認識する上での問題はないように思えます。
じつはそのシステムについては模索中ですが、
ただ、物質を存在として想定すると意識のハードプロブレムをはじめ
様々な問題が起こり整合性に欠けてくるように思えるのです。
いずれにしても物質の存在を否定することと科学を否定することとは直結しない
というのが私の考えです。

とにかく科学的にはよくわからないことというのがあります。
何故原子の塊である私たちにクオリアや情緒があるのか、
何故宇宙は自然法則に従って運行されているのか、
何故生物は発生し、さらに個体は成長や進化ができるのか、
深層意識とはどのようなものなのか、表層意識はどのようにして起こったのか
など
しかしここで私が考えるべきなのはひとつひとつの問題以前に
何故そういった謎が解けないのかということだと思います。
そして私は物質の呪縛にとらわれているからなのではないかと考えるのです。

664 :でこすけ:2021/08/15(日) 02:40:03.53 0.net
>>648
今度は牛乳を買ってきて冷蔵庫に入れたのが私だとします。
今、時計さんが冷蔵庫を開けると身に覚えのない牛乳があって
とにかくそれが誰のものなのかはわからないという状況とします。
さらにその冷蔵庫を利用しているのは理論上で私と時計さんと超球面さんとの
三人だけだとします。
そこで時計さんがまず超球面さんに「この牛乳は超球面さんのですか?」と尋ねると
そうは言っても真面目に否定的な答えが返ってきます。
すると普通はこの時点で自動的に犯人が私であることが確定します。
つまり「推理」というのはあってもいいのではないかというおはなしです。

さて、先日将棋が話題に出ましたが、
私はこのように推理しますというおはなしです。
棋士はどのようにして先を読むのか、
どうやら頭の中に将棋盤をイメージしていて
その盤上の駒でシミュレーションしているらしいのです。
よって彼らにも「映像」がありそうです(そしてそれを理解する私がいます)。
一方でコンピューターは「考えている」とか「計算している」とか言っても
基本的には電流を通すか通さないかのものであって
実際に意識的な現象が内在しているようには思えません。
機械は人間と根本的に違うもののような気がするところです。
ただここで哲学者的にはリベットの実験というのがあって
簡単に棋士に意識が内在しているとは言えません。
棋士が最終的に決断した一手は意識とは別のところで行われていた可能性も
考慮しなくてはならなくなります。
はたして決断したのは誰なのか、
いちいちややこしいのが哲学の特徴です。


おっと誰かが来たようなので、とりあえずはここまでです。

665 :考える名無しさん:2021/08/15(日) 06:41:16.22 0.net
一手は物質としては存在しない

666 :考える名無しさん:2021/08/15(日) 10:10:58.53 0.net
特定の構造を持つ原子の塊が情緒やクオリアを持つ。
という回答では不満ですか?

667 :考える名無しさん:2021/08/15(日) 14:10:32.84 ID:wD353HejZ
大学で学ぶ物理を板書1枚にまとめてみた
https://www.youtube.com/watch?v=naBcXoq4aOI
物理の研究分野を板書1枚にまとめてみた
https://www.youtube.com/watch?v=4W-pWuXUaZQ
理学部と工学部の違いとは?
https://www.youtube.com/watch?v=eJH4nKU6mJA&t=80s
大学と大学院の違い
https://www.youtube.com/watch?v=xBKAEvTegN8
高校と大学の積分は決定的に違う?微分積分学の基本定理は実はすごい!
https://www.youtube.com/watch?v=V9i_zlbssbs&t=475s
数学にはどんな研究分野がある?数学の世界地図を一枚に描いて紹介してみた!
https://www.youtube.com/watch?v=fK_JGVti5y8

668 :時計 :2021/08/15(日) 15:11:36.70 0.net
>>664
他者とは、開けたことのない冷蔵庫、そもそも開くかどうか
解らない冷蔵庫と例えられるかもしれません。

669 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/15(日) 15:18:43.20 0.net
超球面論理とは背理法のようなものです。
三次元球面とすれば、x^2 + y^2 + z^2 = 1です。
xとyがわかっていればzがわかります。
ただし、二乗があるため、±の二面性があります。
これを善意/悪意とすれば、どちらかわからないので恐怖せねばなりませんw
推理してわかったからといって安堵はできませんw
ホラーはそこから始まるのです。

670 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/15(日) 15:24:49.72 0.net
「冷蔵庫」の例え/譬えはいいですね。
これにシュレーディンガーの猫が入っていれば生死もわかりません。
他人の意識は「量子状態」です。量子論からは逃れられないのです。

671 :時計 :2021/08/15(日) 16:02:28.59 0.net
>>670
さらに言えば、他者の冷蔵庫は開けば、主体の意識において存在するということです。
私はそれをもって、他者の意識は存在しないと語っています。
古典的かもしれません。量子論が新しい地平を開けば、喜ばしいことです。

672 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/15(日) 16:35:28.66 0.net
冷蔵庫はシュレーディンガーの箱ですね。
主体が観測する(開く)と、牛乳の生死wが決定するが、それは、
多世界解釈に従えば、(牛乳の生死がどちらかに決定した)主体の世界です。

たくさんの(爆発的な)可能性の世界があり、その境界こそが「モノ」だとすれば...
このような描像もおもしろそうだ。

673 :時計 :2021/08/15(日) 16:47:25.91 0.net
>>672
他者の感じる色などは「無い」ということです。「無い」ということのポジティブさ。

量子論が物の理の基礎ならば、あらゆる箱はシュレーディンガーの箱なのでしょうか。

674 :でこすけ:2021/08/15(日) 18:56:30.40 0.net
>>673
この際白状すると「無いも同然」ならわかるんですが
「無い」はわかりません。
そこへもってきて「「無い」ということのポジティブさ」て
どういうことすか!?

675 :時計 :2021/08/15(日) 19:03:52.05 0.net
>>674
私の意識には「無い」です。
仮に他者が私の意識は「無い」と言っても、ある意味ではポジティブでしょう。

676 :でこすけ:2021/08/15(日) 20:39:30.42 0.net
>>675
確かに




確かに?

677 :でこすけ:2021/08/16(月) 01:12:20.51 0.net
>>666
これはひょっとすると658さんにはまさに分かりづらい話になるかもしれませんけど、
私には意識のハードプロブレムというのは人によっては分かりづらい、
もしくは知らない人に対しては(相手にもよりますが)説明しづらいところがあるもの
という印象があります。
私の場合は子供の頃に自分で気付き漠然と疑問に思い続けていて
あとからその問題に「ハードプロブレム」という名前がついていることを知った
という多分哲学に関心を持つ人間としては多数派だと思うのですが、
そんなかんじでちょっとほのめかせば「あーあのことか」みたくなる人もいれば
一方ではつまり物質と精神とが相互作用することに何も疑問を感じない人もいる
という少なくとも二パターンがあるようです。
あるいは658さんはそんな問題は無い派でしょうか。
私としては意識が脳の中で一個の素粒子に伴うものとして存在しているのであれ
原子の塊的な何かに伴うものとして存在しているのであれ
いずれにしてもほとんど無条件のごとくどこか不自然に感じます
(ただし観測上はいずれかのかたちで現れるとは思います
 観測されている時点でそれは物質そのものではない気がするので
 観測されたからと言って物質に伴っていることにはならないと考えます)。
まして物質とされるもののレベルだけで言っても
原子は例えば光波の構造上ビジュアル的要素を持たないものであるように
あらゆる感覚的要素を持たないものであり
一般的に言って物質と精神とのあいだには断絶があるように思えてなりません。

ただし完璧な自信はありません。
私は何かを見落としているのかもしれませんから
お気づきのことがありましたらご指摘いただければと存じます。

678 :でこすけ:2021/08/16(月) 01:57:26.37 0.net
>>677
本当は無条件ではないんでしょうけど
そこのところが自分でもよくわかりません。
故に自信が揺らいでいるのだろうとは思いますけど
しかし私としては基本的な実体が二種類もあるという時点でマユツバです。
今どき眉に唾をつける奴なんていないでしょうが。

679 ::2021/08/16(月) 02:32:31.79 0.net
カンニング竹山

680 ::2021/08/16(月) 02:34:11.82 0.net
杏仁豆腐のふわふわした白く甘い食感

681 :時計 :2021/08/16(月) 02:36:33.21 0.net
>>676
「確かに」は実在を語る術語だと思います。

682 ::2021/08/16(月) 02:43:23.30 0.net
簡単に言うと杏仁豆腐の白はラブホのシーツ

683 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/16(月) 03:30:33.31 0.net
「確かに」とは「意識」が働いてしまっているので、
意識とは独立した客観的な存在である「実在」を語ることはできません。

「確かさ」は、「意識」とは関係ないわけですから、人間不在でも確保されるものでなければなりません。
とてもデリケートな問題ですw

宇宙そのものが「意識」であるとすれば、「実在」などというものはありません。
宇宙という意識によって「存在」させられているのです。
かといって、それが「神」でないとしたら...いったいなにが「意識」なのか、と考えております。

684 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 04:55:07.85 0.net
この世は仮想現実

685 :時計 :2021/08/16(月) 05:59:03.90 0.net
>>683
「確か」というのは、実在的な経験をしたということだと思います。
「確か今朝歯を磨いた」のように。
そもそも実在は存在しないという考えには半分賛成します。

686 :時計 :2021/08/16(月) 06:23:58.68 0.net
>>685
正確には、したであろうことですね。

687 :時計 :2021/08/16(月) 06:27:55.04 0.net
>>677
私は子供の頃から唯心論的思想で生きており、
唯物論や二元論の存在を知って、驚いた記憶があります。

688 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 08:41:07.94 0.net
同じ原子の塊でも、
酸素は人類にとって必要な物でありながら、
オゾンが猛毒であるように、
あるいは、
ナトリウムは危険なアルカリ金属で、
塩素は猛毒な気体であるのにも関わらず、
塩化ナトリウムはつまり塩のことであるように、
単に原子の塊といっても、構造によって、
様々な性質を持つのですよ。

689 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 12:25:22.93 0.net
酸素もナトリウムも塩素も、便宜上人間がそう名付けただけであって
要素還元したら電子、陽子、中性子の配列に過ぎないからねー

690 :でこすけ:2021/08/16(月) 12:47:43.63 0.net
>>687
私の場合ですが、たぶん本当に幼かった頃は二元論だったと思います。
物と心はまったく別物だった気がします。
あるいは物と心というよりも、心と体というかんじだったかもしれません。
「たぶん」というのはそのあと高校生の頃に唯心論系にくら替えした
ような記憶が不確かなものとしてあるためです。
高校生の頃にマンガ経由で相対性理論などの物理学に興味を持ったんですけど
その流れで力にかかわる相互作用が四種類であることに違和感を持ったりして
そしてそのアナロジーとして実体が二種類あるということにも違和感を持ったのです。
「我思う故に我あり」ということで心は確かに存在するのに対し
そのものを直接認識することができない物質の方の存在を疑うようになりました。
そのあとに倫理の授業でライプニッツのモナド論を教わって
鵜呑みにはできないながらも方向性としては共感できた記憶がございます。

また、私は若い頃はむしろ芸術家的なものにあこがれをもっていたため
哲学や科学をことさら勉強していたわけではないんですが、
今から十年くらい前に何故か突然物質が錯覚の産物であることに確信を持ち
それでいろいろ調べたりしまして、
そのときクオリアを物質だとする主張があることを知って驚いた記憶もございます。

なお、私の率直な感覚として本当のところは今もって二元論であり
頭を使って考えれば唯心論的なものになるはずだというかんじなので
私がここで展開していることについては自分自身でも甚だ半信半疑です。
物質が存在しない世界というのはあり得ない気さえしています。
仮想現実とか共同幻想とかふざけるな、というのが根底にはあるのです。

691 :でこすけ:2021/08/16(月) 12:55:44.53 0.net
>>688
私としても原子がその電荷か何かによって様々な性質をもつ
というのは分かる気がしています。
例えば固定されたり流動的であったり、あるいはくっついたり離れたり、
その離れ方にしても徐々にとかいきなりとか、そういうことはありそうです。
また、そういった現象が認識レベルで様々な区別をされる
というのも分かる気がします。
カチンとしていたりチャプチャプしていたり、流動的にしてもドロドロとか、
つまりクオリアです。
ただ、原子に起こる現象がどのようにしてクオリアに変換されるのかについては
イメージできない気がします。
これが多分いわゆる意識のハードプロブレムです。

チャーマーズ氏によると宇宙に意識は必要ないのではないかということで、
これはでこすけ風のインチキ解釈で言うと並行宇宙の中には物質しかない宇宙も
存在するのではないかというはなしになります。
つまり彼のオハコの哲学的ゾンビです。
にもかかわらず何故この世界にはクオリアがあるのか、
何故物質的現象をクオリアに変換する必要があるのか、
このことについては物質の存在を許容するのであれば考察しておく必要がある
というふうにも思うのですがいかがでしょうか。

692 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 13:53:54.81 0.net
特定の自然科学的条件下が揃えば、
そこにクオリアは発生し得ると思うのですよ。
そこに「必要性」はない。

693 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 13:54:34.26 0.net
自然科学的条件が揃えば、ですね

694 :時計 :2021/08/16(月) 17:55:44.25 0.net
>>690
こういうことは案外語られないことですから、
子供は皆唯心論者なのかなとぼんやりと思っていましたが、
なるほど、人それぞれなんですね。

私は物質の実在を考える唯心論はあり得ると思いますよ。
その場合、実在的であることが心の働きとして説明されると思います。

695 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 21:26:08.46 0.net
あるいは、この私自身が例の哲学的ゾンビという奴で、
そもそもクオリアというものを理解できていないのでしょうか?

696 :考える名無しさん:2021/08/16(月) 21:41:16.89 0.net
人間死んだら灰になるだけ

697 :でこすけ:2021/08/16(月) 23:27:03.73 0.net
>>692
それは確かに可能性がないわけではなさそうです。
しかし現実問題としてそのようなことが起こるのは
沼に雷が落ちてスワンプマンが誕生するのと同じくらいレアなのではないか
というのがとりあえずの私の印象です。

私としては物質宇宙の中で例えば生物や機械のような物体であれば
それがどれほど複雑な構造物であったとしてもその変化は1が100になるかんじ
のことのような気がするのに対し
素粒子だけの世界に色や音が加わるというのはつまり0が1になるような
一般的に言ってたいへん起こりにくい変化のような気がします。
生物の体内のような特殊な環境下でさえそういった現象が起こるというのは
そうそうはなさそうだという感覚です。

しかしそういったことは私個人の印象に過ぎないものかもしれませんし
あるいは見方を変えれば私でもリアリティを感じることができるようになるの
かもしれません。
ただいずれにしても、もし地球がなかったらこの宇宙には精神現象も無かった
というのはとりあえず私にとっては甚だ不可解に感じられるのです。

698 :でこすけ:2021/08/16(月) 23:44:18.65 0.net
>>697 ちょっと修整 (*ノω・*)テヘ
精神現象の無い宇宙はあるかもしれません。
しかしこの宇宙にこれから物質でも精神でもない第三の実体が加わることは
なんだかあり得ない気がします。
あるとすれば最初からある気がするのです。

699 :でこすけ:2021/08/16(月) 23:51:47.17 0.net
>>695
私は哲学的ゾンビはあり得ないと思っています。
あなたもゾンビではないはずです。
ダニエル・デネットにはゾンビ疑惑があるようですが
たぶん冗談でしょう。

700 :考える名無しさん:2021/08/17(火) 00:25:45.35 0.net
世界は存在しない

701 :でこすけ:2021/08/17(火) 02:32:53.91 0.net
>>694
>物質の実在を考える唯心論
「精神の存在を認める唯物論」というのは聞いたことがあります。
じつはこれは昨今の哲学のトレンドを揶揄したものでしたけど
最近私もにわかにアリのような気がしています。
意識もその成り立ちなどを数量化するとか
とにかく科学的に分析してしまえば感覚的には物質に近くなる気もするのです。
ようするに名前が変わるだけというかんじもしますけれども。

702 :考える名無しさん:2021/08/17(火) 11:48:09.37 0.net
働け  

703 :でこすけ:2021/08/18(水) 01:24:27.60 0.net
>>702
仕事ください

704 :考える名無しさん:2021/08/18(水) 09:35:16.07 0.net
伊藤ハム
丸大ハム
かねてつ
モロゾフ
シール貼り
御弁当宅配
介護用送迎
介護私設
病院の夜勤の電話の受付
私設警備
新聞配達
チラシ配り
工場
営業
飲食店
スナックホスト
ホストクラブ
バー
ピザ宅配
カマドヤ
コンビニ

705 :でこすけ:2021/08/18(水) 10:22:53.00 0.net
>>704
ハム好きやなあ

706 :考える名無しさん:2021/08/18(水) 12:35:11.32 0.net
正直ここで語っている問題は、
意識のハードプロブレムその物ではなくて、
「精神は物質とその関係で表せるか?」ではないだろうか?

707 :考える名無しさん:2021/08/18(水) 12:36:22.78 0.net
おいおいおいジンイチのカスどこだよ

708 :時計 :2021/08/18(水) 17:21:54.47 0.net
>>706
ではないです。:)

709 :考える名無しさん:2021/08/18(水) 19:59:46.33 0.net
意識のハードプロブレムって10スレもかかるような問題か?

710 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 00:22:06.24 0.net
Michael S. A. Graziano の
『The Attention Schema Theory: A Foundation for Engineering Artificial Consciousness』

Attention schema theory (AST) である。
主観的認識であり、意識の唯物論らしい。
なかなかおもしろい理論だが、脳を前提にしないアイデンティティを巡る物語としての「意識」を考えているわたしにはもの足りない。
とはいえ、人工意識をプログラムするには手っ取り早いだろう。

711 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 00:44:49.91 0.net
人工意識てどないなものなん?
想像もつかんわ。タッチィフィールとか再現されてるの?

712 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 01:59:34.48 0.net
人工意識をプログラミングするより、それが意識と呼べるものなのか三人称の世界から確認する方法を見つけるほうが難しそう。

713 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 03:53:44.96 0.net
人工意識や神にリベットの実験を行うと
どうなるか

714 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/19(木) 18:06:14.34 0.net
リベットの実験は、はっきりいって意味がわからない。
オシロスコープをタイマーとしよう。
被験者はタイマーを「意識」して見ている。
この状況下で自由に指定された動作をするためには、独自の内部クロックではなく、
見ているタイマーと同期してしまうだろう。
解釈において、キーとなるのは、このタイマーだ。

715 :でこすけ:2021/08/19(木) 20:06:16.59 0.net
>>709
この問題の裏テーマは
「何故、頭のいい人たちが束になっても
この問題の誰もが納得の行く答えを導き出せないのか」
ということだと思います。
このことを理解するためには
スレッドが100くらい必要になる気さえするほどです。

ちなみに私としては最近よく聞く「インテリジェンス• トラップ」
なるものと関わりがありそうな気がしています。
『なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』というやつです
(私は読んでいませんけど)。

716 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 20:12:50.81 0.net
>>715
意識を物質及びその関係だけで示せてしまえば、
その事によってアイデンティティが崩壊するのは、
一神教のみならずあらゆる魂の存在を肯定する宗教の人達であり、
地動説や進化論とは比較にならないほどの混乱が起こりかねないから。
かな。

717 ::2021/08/19(木) 20:32:02.56 0.net
確認取るけど、山に行くのは勘弁して

718 ::2021/08/19(木) 20:32:43.72 0.net
やらかしてないけど

719 ::2021/08/19(木) 20:33:19.54 0.net
おれ、吾妻鏡(あずまかがみ)読んだけど。

720 ::2021/08/19(木) 20:33:19.69 0.net
おれ、吾妻鏡(あずまかがみ)読んだけど。

721 :でこすけ:2021/08/19(木) 20:40:30.52 0.net
>>710
私の人生では「スキーマ」なるものと縁がなかったのでさっそくググって
みたのですが
「過去の経験や外部の環境に関する構造化された知識の集合である」
とありました。
で、「人工意識」と「スキーマ」とのかかわりで肝心に思われるのは
上記の説明の中では私の印象だと「経験」です。
「人工意識(人工知能ではなく)」というのはそれがどれほどアホでも
あるいはリンゴをミカンとして認識するようなことがあったとしても、
とにかく「我思う故に我あり」的な実存であることがもっとも重要なこと
のように思えます。
これはおそらく「原意識」につながっていくものです。

科学的には「知能」どころか「原意識」のレベルのものであっても
本当にできたらスゴイとかなりますが、
ただしそのようなものは検証不可能と思われるのが残念です。

722 :でこすけ:2021/08/19(木) 20:54:35.67 0.net
>>716
細かいことはいろいろありますけど
私もおおむねそういうことだろうと思っています。
何かを守ろうとしている印象です(本能的なことでしょうけど)。

私としては価値の転倒的なことが起こった方が
本当は少なくとも学者にとっては喜ばしいことのような気がするところ
なんですが、
つまり世界観の再構築とかなって雇用が増える気がします。

723 :考える名無しさん:2021/08/19(木) 23:14:16.68 0.net
人間死んだら灰になるだけ

724 :時計 :2021/08/20(金) 01:02:07.03 0.net
>>716
神は、唯心論でも唯物論でも死なないと思いますよ。:)

>>722
唯物論は何故ダメなのかと言えば、まさに、意識のハードプロブレムゆえにでしょう。
二元論が何故ダメなのかという問いは、それに比べると難しいと思います。
私の考えでは、客観はある種の主観だからです。

725 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/20(金) 01:18:48.15 0.net
ボタンを押す、とする。
準備電位から0.3秒後に決断(タイマー値)され、それから0.15秒後にボタンが押されたとする。
決断の時間はタイマー値でよいのか?

決断のトリガーから0.15秒後にタイマーを読んでボタンを押さなきゃと思って、
タイマーを読みに行くまで0.15秒かかって、
それと同時にボタンを押しにいって、
実際にボタンが押されるまで0.15秒かかったとしても、つじつまは合う。
決断は0.3秒後ではなく、タイマーを読んでボタンを押さなきゃと思った0.15秒後かもしれない。

726 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/20(金) 01:31:19.80 0.net
この場合、最初の0.15秒が自由意志になる。
もし、トリガーに対して決められた動作を行うのであれば、
最大0.15秒短縮されるだろう。
(1983年のリベットの実験結果を参照した)

727 :でこすけ:2021/08/20(金) 10:13:19.58 0.net
>>724
ところでここで言うところの「客観」というのは
「客観的な考え方」のことであって「客観的な世界」ではないと思うのですが、
しかし先日話題にした「確かさ」というのはえてして「客観的な世界」の存在
を感じさせます。
多元論の私としては「確かさ」と「客観的世界」とは直結しませんけど、
「意識の外側には何も無い」とお考えの時計さんとしては
そのあたりをどのようにお考えになるのか、
つまり「確かさ」をもたらす構造についてですが、
それについても「ある種の主観」で折り合いがつくものなのでしょうか。
あるいは先走ると「神」もまた「ある種の主観」ということになるのか、
個人的には気になるところです。

往々にして信仰に関することは礼儀にかなわないということもあるので
お気に障りましたら申し訳ないところですけど
率直に詰めてみたいというのがなんでなんで坊やの宿命というものなのです。

728 :時計 :2021/08/20(金) 17:20:31.13 0.net
>>727
客観を「習慣」という主観(個人性)で捉えるということだと思います。
ですから、この場合、考え方≒世界ということで良いと思います。
ついでに言うと、確かさは「習慣」の本質です。
ところで、多元論とは二元論より多いということでしょうか?

神(最高神)の意識に関しては、計り知れ無いという意味で無いと思います。
在るのは、神の残り香のようなものではないでしょうか。

729 :時計 :2021/08/20(金) 17:36:33.70 0.net
まあ、神ですから、意識くらいは在るかもしれません。

730 :時計 :2021/08/20(金) 17:38:15.70 0.net
梵我一如ということでどうでしょうか。

731 :考える名無しさん:2021/08/20(金) 19:46:59.22 0.net
神など古代人の妄想よ。

732 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 00:06:52.59 0.net
準備電位はどこにあらわれたのか。調べてみた。
補足運動野であった。
ただ、装置の概要をみるかぎり、指へのトリガーではなく、顔へのトリガーかもしれない。
そのへんの区別がつくようなものではないと考えられる。
脳に電極を直接挿す以外ないだろう。

すなわち、最初の準備電位は、すでに決断した後かもしれない。
かなりずさんな実験であるw
自由意志とか意識とかは関係のなさそうな実験だ。
処理時間を0.15秒とすれば、準備電位は「決断したので」タイマーを読めというトリガーであると
解釈するのがもっともそれらしい。
そうなると、自由意志とか意識は、準備電位以前にあるので、この実験は無意味だ。

733 :でこすけ:2021/08/21(土) 07:37:01.76 0.net
>>706
「ここ」というのがどこからなのかがよくわかりませんけど
少なくともスレ主と私の基本的な主張は「そのような問題は無効だ」
というものです。
そもそも意識のハードプロブレムが前提にしている世界観には問題があるの
ではないかと考えるためです。
それを「意識のハードプロブレムの答え」というのはちょっと違う感がある
かもしれませんが、
とにかくそういうことです。
「意識のハードプロブレム」なんてものは無いということです
(スレ主と私とでは世界観がちょっと違いますけれども)。

734 :でこすけ:2021/08/21(土) 08:04:13.01 0.net
>>728
ちょっと違う言い回しを思いつきました。
つまり「私の意識が無くなっても何かは残るのか」という問題です。
私は明確な根拠は示せないながらも「残る」とチョッカンします。
時計さんはどのように考えますか?
例えば「神」は残りますか?
私には「客観的な考え方」と「客観的な世界」が同じにはならないように
思えるのです。

なお、「多元論」という表現にはあまり深い意味はなかったつもりです。
一般的にライプニッツが多元論と言うのなら私も多元論でいいかも
という程度のノリです。
私にはライプニッツはスピノザに対しては多元論でも
デカルトに対しては一元論のように思えますので
その意味で私自身は一元論のつもりですが、
あの文脈では便宜的にわかりやすいかと思って多元論としてみただけです。
ただ、並行宇宙というのはライプニッツ的な多元論につながる気がするので、
実際モナドはある意味では並行宇宙ですし、
それならそれでもいいとは思います。

735 :でこすけ:2021/08/21(土) 08:41:58.33 0.net
>>729
一般的に、意識がなければ「神」とはいわない気がします。
仮想現実とか言ってる私としても世界を支配する摂理は想定し得ると考えていて
ひとつのポイントはそれが人格と言い得るものによるのか否かです。
たとえばライプニッツ的な「神」はいわゆる「神」とはちょっと違う気がします。
そもそも「God」を「神」と翻訳してしまったのが間違いの始まりらしく
そこで話がわかりにくくなったのでしょうけれども、
いろいろな神があっていいとは思いつつ
しかし「神」と言ったら人格は必須のように思えます。
そしてその存在はまったく他人なのか、
じつは個々の意識はその辺境的なものなのか、
俄然物語は佳境に入るわけですが
じつは佳境でもないのかもしれません。

なお、梵我一如についてはそれも結局のところ仮想現実でなのあって、
あまりこだわっても仕方ないというのが私の印象です。

736 :でこすけ:2021/08/21(土) 10:04:00.90 0.net
>>732
先日の将棋とか、あるいはソロバンとかでは計算をするとき
意識の中に将棋盤なりソロバンなりをイメージしておいて
それでそこでシミュレーションをするわけですが、
そのときのイメージが結果だとすると
脳はどのようにして計算しているのかという問題が生じます。
そこでもしコンピューターのように電気信号を使ってであるならば
科学的に観測できそうな気もします。
ただしその将棋盤とかソロバンとかが結果ではなく原因そのものだったとしても
何らかの物質的な現象は観測されそうな気がします。

そこからいきなり飛躍しますけど、
問題は結局「物質とは何なのか」のように思えます。

737 :考える名無しさん:2021/08/21(土) 10:11:37.03 0.net
質量や体積をもつものが物質

738 :時計 :2021/08/21(土) 10:43:29.75 0.net
>>734
「どちらとも言えない」が私の考えです。
私は、来世は有ると考えていますから、神に関しては残ると思います。
ライプニッツは多元論者なんですね。

>>735
私は、神は主体の延長に在るように思います。
他者でも私でもないような。

私は、梵我一如は大切な境地だと思いますよ。
仮想現実というより、確乎とした現象のように思います。

739 :考える名無しさん:2021/08/21(土) 11:30:56.62 0.net
280 おさかなくわえた名無しさん sage 2021/07/14(水) 19:29:27.03 ID:OYBf8gX+
72 番組の途中ですが (ワッチョイWW 256d-SXVv) 2020/01/30(木) 00:34:15.34 ID:M6EPLMMY0
昔漁港で1匹のメスを争っている
2匹のオスのコウイカを見つけた
負けたオスが凄くションボリした
色と動きでこっちに寄って来たから
網で捕まえて食べたけど
今思えば自殺だったのかもしれない
284 おさかなくわえた名無しさん sage 2021/07/14(水) 21:34:09.11 ID:VrKbEQz3
鮭なんか産んだあとに雄達がぶっかけてるから異母兄弟いっぱいいそう
猫も種違いの子を同時に産めるんだよな
286 おさかなくわえた名無しさん sage 2021/07/14(水) 21:48:44.98 ID:FBaoXwdQ
イカの唯一のメリットは精子をイカくさいと言われないこと

740 :時計 :2021/08/21(土) 14:07:46.42 0.net
>>738
例えばですが、飽くまでも例えばですが、
死んで1000年後に転生することもあり得ると思います。

741 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 14:08:02.63 0.net
Attention schema theory
これはWikipedia(en.)でいいから翻訳機にかけて読んでほしい。
ほぼ、このスレの内容に沿っているw

これと対照すべきものがBody schemaなのだが、
こちらもWikipediaには日本語版がない。

ま、ボディなくして意識もありえない、ということで。

742 :時計 :2021/08/21(土) 14:33:17.49 0.net
>>741
科学者はattention、好きですよね。
その方面から意識に関して探りを入れられると思っているのか。
私は、走ることと駆けることのような、些細な差異だと思いますが。
attentionは科学、consciousnessは哲学、のような線引があるのでしょうか。
私は脳科学にあまり関心はないため、attentionにもあまり関心はありません。
面白いことがあれば、そこだけを知りたいです。:)
リベットの実験などはそれに当たるかもしれませんね。

743 :時計 :2021/08/21(土) 14:34:57.01 0.net
>>742
線引は線引きが正しいですね。線引でもいいのかな。変換はされますが。

744 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 18:31:05.41 0.net
まあ、ASTは脳を前提にしてしまっているので、
attentionとは生理学的な認知すべき情報選択のことですね。

いうなれば、選択的対象化であり、アイデンティティを与えるわけです。
そこで(わたしは)、意識とはアイデンティティを巡る物語である、と考えているわけですw

745 :時計 :2021/08/21(土) 19:03:57.03 0.net
>>744
アイデンティティとは、AはBである、ではなく、AはまさにBである、
ということなのかなと思います。
そう考えると、人にはアイデンティティはなくてもいいのかなと思います。
しかし、そうすると、私はまさにアイデンティティを否定している
ということになるのかな。

746 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 19:19:29.72 0.net
アイデンティティが無い、あるいは否定するってことは、
単に統合失調ですけど。

747 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 19:22:03.73 0.net
あらゆる統合から逃れると解脱ですね。

748 :時計 :2021/08/21(土) 21:11:11.62 0.net
「私はまさにアイデンティティを否定している」というアイデンティティは、
空の思想とも関連しないかな。

どうせなら解脱したいです。

749 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 22:13:52.78 0.net
自分自身のアイデンティティは否定できませんね。
自分自身が不在ということになり、否定すらもできません。
「他」のアイデンティティを否定しようにも、否定する対象を特定できなくなるだけです。
「自」によって「他」へ与えられるアイデンティティであれば否定はできません。
「他」が自立して持つアイデンティティの否定、ということであればこのスレの趣旨を満たしています。
このようなアイデンティティのありかを巡る物語として「意識」を考えているのは、
このスレの趣旨がきっかけですw

750 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 22:22:40.35 0.net
× アイデンティティのありか
○ アイデンティティのありかた

「た」が抜けた。
「ありかた」が完了しなければ「ありか」かもしれない。
完了ではなく、(ありかを)「巡る」ということであって動的だ。

751 :時計 :2021/08/21(土) 22:55:07.50 0.net
>>749
「自分自身の不在」を考える自分自身の在、これが面白いのではないかということです。
補足ですが、私は他者(他)は確かに存在すると思っています。
存在しないと考えているのは他者の意識です。

752 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 23:19:16.82 0.net
内側から得られる、主観としてのアイデンティティ。
外側から与えられる、客観としてのアイデンティティ。
アイデンティティを巡る「射」のネットワーク。

主観は交わらないが、
「意識」は「他」の「主観」からのネットワーク構造をシミュレートする(4歳児以降)。

753 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/21(土) 23:35:51.64 0.net
「自分自身の不在」を考える自分自身の在。
いわゆる統合...
これを部分的に行うのが防衛機制かもしれません。
自分自身が壊れないための自己防衛システムです。
宗教的には、「合一」ですが、たまに「同一」となり自分で宗教を始めますw
これらも防衛機制ですね。
「意識」というものの、広義の防衛機制によるシステムだ、とも考えられます。
「広義」であることをよりどころにすれば、「思考」や「進化」などもそれであり、
(実際にあったかどうは別にして)ビッグバンもひとつの防衛システムでしょうw

754 :考える名無しさん:2021/08/22(日) 00:27:54.98 0.net
簡単に言えば、ここでいう意識のハードプロブレムは
精神と物質との関係よりも、
精神と現実世界との関係がどうなのか?
ということでしょうかね?

755 :考える名無しさん:2021/08/22(日) 01:10:12.38 0.net
アイデンティティ(個や神...)を振り切ると
そこにあるのは統合不問の単なるspiritではないか

スピリット
ガイスト
エスプリ
プネウマ
など

756 :時計 :2021/08/22(日) 06:49:05.99 0.net
>>753
自分自身は不在であり在である。
それこそが真のアイデンティティである、ということはないでしょうか。

>>754
私の考えでは、精神ありきです。

>>755
私も、アイデンティティは振り切りたいと思っています。

757 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/22(日) 07:30:34.80 0.net
アイデンティティとは、自分から自分へ帰ってくる「射」(id射)です。
(実際には、外にある「他」を経由する射の合成がid射になります。注:単独では「存在」できないという立場)
ところが、◎のように、自分(外の○)の内の主観(内の○)から発する「射」は、
外側の○までしか到達できず、主観そのものはアイデンティティを持ちません(射のループが閉じません)。
主観は自分や他に(外部からの)アイデンティティを与えられるにもかかわらず、
主観自身は(外部からの)アイデンティティを得られません。
主観的な「わたし」と、客観的な「わたし」の分離です。

これをつなごうとするのが、「意識」であり、そこにタイヒミュラー空間があると考えますw

758 :時計 :2021/08/22(日) 07:36:13.76 0.net
>>757
「主観は主観である」はid射ではないのでしょうか。

759 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/22(日) 08:08:29.00 0.net
単なる恒等射はアイデンティティとしてみとめませんw
(それを観測あるいは考えている存在を明らかにして組み込まなければなりません)
主観がアイデンティティを保つためには「他」が必要です。
しかし外部の「他」は、内部にある主観にたどりつけません。
主観は内部に(外部の)「他」のコピーをつくり、それとの関係で(内部的な)アイデンティティを保ちます。
そのように考えて実験中。
これは、あるいみ、大きさのようなものを持つということで、主観が自転しているの、かも、しれません。

760 :考える名無しさん:2021/08/22(日) 08:17:34.99 0.net
自我は存在しない。

あるのは 無我

761 :でこすけ:2021/08/22(日) 09:37:09.16 0.net
>>748
時計さんが思う「解脱」というのがどういうものなのか分からないので
とんちんかんになるかもしれませんけど、
たとえばお釈迦様が解脱しているとすれば、それは菩提樹の下で悟りを得た
からではなく、
それなりの人生経験を積んだからだろうと私は考えます。
悟りにマニュアルはないけれども
解脱にはマニュアルがありそうな気がする
努力でなんとかなりそうな気がする
という甚だ舐め食ったはなしです。

762 :時計 :2021/08/22(日) 13:34:46.98 0.net
>>759
私は、外部の他はそれが在る限り主観の内側に在ると考えます。
超球面さんの考えでは、それはコピーなんですね。

>>761
私の考えでは、解脱と悟りは同じことの異なる描写です。
どちらも努力で何とかなりそうな気はします。
マニュアルは無いような気はしますが……

763 :考える名無しさん:2021/08/22(日) 13:40:00.62 0.net
神って古代人が書いた厨二物語のキャラクターじゃないですか。
それがどうハードプロブレムと関わると言うのですか?

764 :時計 :2021/08/22(日) 14:26:49.30 0.net
>>762
私は、客観はある種の主観だと考えています。
客観は、部屋の中のタンスのような、あまり変わらないもの、確かなもの。
夢のように、コロコロ変わるものは、主観らしい主観ですね。

765 :時計 :2021/08/22(日) 14:59:36.74 0.net
>>762
ある存在がある存在のコピーであるという像は主観的ですよね。

766 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/22(日) 15:37:30.34 0.net
外のものが「実在」だとすれば、それは(主観から)主観へ帰ってくることのない射なので、
主観からはアクセス不能あるいは不完全。
主観が得られる客観は、(わたしという冷蔵庫の)内部にしかない。
ただし、統合されていない情報はわたしの外側に届く。
これを主観的に統合して(主観的)客観が得られる。

767 :時計 :2021/08/22(日) 16:01:56.80 0.net
>>766
事物は意識の外側に存在しないというのが私の基本的なスタンスです。
物自体が存在するという離れ業(?)はあり得るかもしれませんが、
私はそれは存在しないと考えています。

768 :考える名無しさん:2021/08/23(月) 05:22:36.46 0.net
振り切る を逃げる と解釈すると、パラノ→スキゾか
リゾームからのエクソダス、マトリクスの裂け目の向う
せいぜい私的言語が限界か

769 :でこすけ:2021/08/23(月) 09:21:50.90 0.net
>>766
たぶん超球面さんが言っているのは
内部(自分)が成立するためには外部が必要だ
ということだと思うのですが、
私としては、のみならず
認識する世界に秩序があるのも意識に外部があるからだ
と考えます。
内部は内部だけで完結しない気がします。
しかしそれは理屈であって
実際にどうなのかはまた別です。
私はそこで行きつ戻りつしています。

770 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/23(月) 18:06:35.58 0.net
「行きつ戻りつ」というのが、
もう少し踏み込めば「行って帰ってくる」になります。
物語とは物語論的に「(異界へ)行って(日常に)帰ってくる」ものです。
数学的にはスピノールという構造で、このときに位相の変化があります。
物語論としては「欠落の回復」というものもあります。
少なくとも、この2つによって物語論的に「意識」は進行しますw

「解脱」は「悟り」とは関係ありません。
「解脱」は輪廻転生からも脱してしまうわけです。
それは崇高なもの、というより、真の「地獄」と考えたほうがよろしいかとw

771 :時計 :2021/08/23(月) 18:25:00.57 0.net
>>770
>真の「地獄」
解脱
俗世間の束縛・迷い・苦しみからぬけ出し、悟りを開くこと。
また、死者の霊が修羅(しゅら)の妄執(もうしゅう)をのがれて浮かばれること。

772 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/23(月) 19:01:47.21 0.net
いえいえ、そのような「悟り」からも脱するのです。
「悟り」なども「煩悩」でしかない、というのが正しい理解かとw

773 :時計 :2021/08/23(月) 19:14:17.99 0.net
>>772
悟りからも解脱ですか……
それは考えていなかったです。:)

774 :考える名無しさん:2021/08/23(月) 20:12:15.07 0.net
だから意識のハードプロブレムの話するのになんで宗教の話になるの?

775 :時計 :2021/08/24(火) 01:39:34.91 0.net
>>773
しかし、真の悟りは解脱されないと思います。

776 ::2021/08/24(火) 01:53:03.84 0.net
金融庁とみずほ銀行

ブリリリアンとグリーン

777 :時計 :2021/08/24(火) 07:01:05.51 0.net
>>775
悟りをも解脱するという考えは斬新です。

778 :時計 :2021/08/24(火) 07:03:25.58 0.net
>>777
これ以上無い悟りという概念はあるかも。

779 :時計 :2021/08/24(火) 07:24:16.02 0.net
>>777
解らないこと2つの関係は解らなくて当然かな。

780 :時計 :2021/08/24(火) 13:19:57.94 0.net
>>779
私のよく知らない2つの概念。
悟り。
解脱。

781 :時計 :2021/08/24(火) 15:43:03.27 0.net
>>780
よく知らないことについて語ることはよくない。:)

782 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/24(火) 18:22:46.96 0.net
悟りと解脱の類似点。
悟りは悟ったと思ったら、悟りから最も遠い場所にいる。
解脱も解脱したと思ったら、解脱から最も遠い場所にいる。

悟りにおいては、メビウスの帯みたいなもので、
悟ったと思ったとき、帯の真裏に悟りがあり、そこは現在地点から最も遠い場所である。
悟りが帯の真裏にある、ということと、そこが最も遠い場所であること、
そして、常に真裏にあるということに気づくことが、悟りの限界であり、悟りの入り口である。
解脱においては、解脱したと思ったり語ったりすれば、それは解脱していない証明となってしまうw
そもそも解脱しなければならない、などと考えることが煩悩であり、解脱する資格すらもない。
これらはとても数学的な構造です。
「意識」もまた、同じ様な構造にある、と考えます。
ニーチェでもなく、ウィトゲンシュタインでもない、新たな視点(立ち位置)が必要でしょう。

783 :時計 :2021/08/24(火) 18:55:31.95 0.net
>>782
概ね、同意です。
ただ、悟りに関しては、具体的な側面はあるのかなと思います。
例えば、ニュートン力学の発見は悟りに近づいたという感触はあったと思います。
少なくとも当時は。
問題は精神ですね。精神に関して、仕組みと言えるようなものが発見されれば、
悟りに近づいたと言えるのではないでしょうか。
悟りを科学しようというつもりはないです。
飽くまでも、個人の考えにおいて起こり得ることだと考えます。

784 :でこすけ:2021/08/25(水) 18:29:14.85 0.net
>>780 せっかくなので長文です。
じつは私には「悟り」も「解脱」も辞書をひいた記憶がなく
私が理解するそれらの意味は言葉の感じから受ける個人的なイメージにすぎない
ものですが、
以前にふれたように私は若い頃「悟り」的な神秘体験をしたということがあって
つまり「悟り」については多少の理解があるつもりでいます。
私としては「悟り」については「神」と同様の迷信というのが基本です。
じつは似たような現象で「金縛り」があって、これも一度だけ経験しましたが、
これなども一般に思われているほど霊的なものではないかんじでした。
「悟り」も「金縛り」も心理的な現象のように感じます。
言わばある種の精神サクランです
(夢の中で素晴らしいアイデアを思いついたつもりでも
 たいてい勘違いであるような、そういうかんじです)。
もちろんそういった印象は私個人が得たわずかな情報に基づくものであり
「悟り」や「神」や「霊」などを完全に否定できるものではありませんけど、
私のチョッカンではそのようなものがこの世界に構造的にある気がしない
というのが率直なところです。
精神サクランでない梵我一如がある気がしません。

いずれにしてもウィキペディアは鵜呑みにはできないな
と思ったのでした。
(つづく)

785 :でこすけ:2021/08/25(水) 18:33:52.32 0.net
私のかんじでは「悟り」というのは真理を悟ることです。
で、その「真理」については既に多くの仏陀が言葉として残してはいて
それがつまり「色即是空」「梵我一如」「諸法無我」などだと思います。
そして私もまさにそれらを「体験」したのでした。

「色即是空を体験する」というのはどういうことかというと
たとえば「A=A」が疑いようのない事実であると感じるように
「色即是空」も疑いようのない真実だと実感するということです。
「色即是空」についての一般的な意味は「有は無である」ということで
これは普通は明らかな矛盾(誤謬)になるわけですが、
しかし仏陀的な理解ではそれもつまりは倒錯ながら
とにかく矛盾のない真実としか言いようがなくなります。
同様に私は世界そのものであり、そして私は存在しないのが真実になります。
「悟り」とは理屈をつけて言葉を理解(解釈)することではなく
まさに体感することだと思います。
もはや一般的なカンカクからすれば支離滅裂です
(ここで「レベル」ではなく「カンカク(感覚)」という言葉を使うのは
 一般的なカンカクと仏陀的なカンカクとのあいだに本質的な優劣が
 無いということを言いたいためです)。
「悟り」というのはじつは悟ることというよりも
一般モードから仏陀モード(サクラン状態)へと切り替えることであろう
というのが私の印象です。

いずれにしても「悟り」は修行のはてにそういうことが起こるであろう
という根拠の希薄な信仰(仮想)だと思います。
ただその裏返しとして私たちの日常も仮想になります。
理性もまたサクランの一種です。
しかし両方とも現実ではあります。
そこで老子が「胡蝶の夢」とか言って
つまりむこうもこっちも夢みたいなものではあるけれども
どうせだったら楽しくやろうぜ、みたくなるわけです。

786 :でこすけ:2021/08/25(水) 18:37:26.02 0.net
一方の「解脱」は世の中の面倒な諸々と縁を切るということだと思います。
ただしこれは状況を変えるのではなく考え方を変えることによって
というのが基本です。
たとえば病気で苦しいときは病気を治す以前に
痛みや何かを苦しみとは感じなくなるということです。
痛みがなくなるわけではなく、痛みを苦痛ではなくすということです。
貧乏が必ずしも苦ではないように痛みも苦とは限りません。
じつは超球面さんが地獄といっているのがどのような意味なのか私にはいまいち
分かりかねているところがありますが、
確かに傍目から見ると場合によっては地獄でしょう。
しかしそれでもけっこう本人にしてみればカエルのツラにションベン状態で
むしろそうなるための「解脱」のように思います。
てか、私としては脳のどこかがぶっ壊れちゃって快感物質が止まらなくなり
ひたすらハッピーになっちゃうイメージがあったりします。
空腹に対して悶えることが出来るということがヤケに尊くもなったりするのです。
あるいはその究極としての解脱という状態は
そこへ至る過程で悟りを得ているかもしれませんが
それでも本質的には神秘体験とは関係ない気がするところです。

さてそこで問題になるのが解脱の意義です。
『北斗の拳』の聖帝サウザーは
「愛ゆえに苦しむのであるならば愛など要らぬ」と言い切りました。
一方で『ベルサイユの薔薇』のアントニーは
「愛が苦しみならいつまでも苦しもう」と歌っています。
なかなか悩ましいところだったりするわけです。
解脱はやっぱり地獄でしょうか。

787 :でこすけ:2021/08/25(水) 18:44:22.88 0.net
ところで「悟り」や「解脱」のマニュアルについてです。
このあたりは「意識の構造」ひいては「世界の構造」にかかわるものであり、
さらには「意識のハードプロブレム」につながる可能性があります。


「悟り」についてはモードチェンジというのが私の見解なわけですが
(サクラン状態から別のサクラン状態へですけど)、
私の印象ではこれはざっくり言って精神的なショックによってストンと切り替る
ような傾向があるというイメージがあります。
ただしそのようなモードチェンジが起こるきっかけは人それぞれで
グル(師)の血を飲むことによって悟ることもあれば、
それでは悟らないこともあり、
あるいは師に鼻を摘まれただけでその瞬間悟ることもあるようです
(もちろんタイミングがあるはずです)。

じつはモードチェンジ自体はたぶん普通は誰にでも起こる現象で
つまり仏性はこの点においても誰にでもあるということなんでしょうけれども
しかし現実問題でマニュアル化はできない気がします。
マニュアルは人に対して一律ではなくそれぞれに対応する必要がありそうですが
精神構造の個人差を明確にすることはできないように思われるので
そこがネックになりそうです。
性格、知能、記憶、趣向など様々な要素が関わってくるかんじがあって
たぶんラプラスの悪魔ならできる、つまり「悟り」も何らかの因果関係があって
起こることなのだろうとは思うのですが、
人間レベルでは事実上でお釈迦様でも分かるまいという印象です。
なんでもいいからとりあえず悟りを体験してみたいと思ったら
個人レベルではいろいろ試してみるしかないということになってしまいます。

788 :でこすけ:2021/08/25(水) 18:46:09.97 0.net
それに対して「解脱」というのはテクニカルというイメージがあります。
私は解脱者ではないので当てずっぽうですけど、
強靭な精神は学習やトレーニングなどの積み重ねによって可能な印象です。
私がパッと思い出すのは戦争にまつわるはなしです。
戦場では弾丸に当たると致命傷でないにもかかわらずショックタヒしてしまう
兵隊さんがけっこういるとのことで
そこで弾が当たっただけではタヒなないということをあらかじめ教えておくと
生還率が上がるというのです。
本当かどうかは怪しいかもしれませんけど
あながちというところではあるでしょう。
そしてそういうことの究極が「解脱」というかんじです。

そのマニュアルについて私のこれまた当てずっぽうな印象ですけど
上座部仏教とか修験道とかではけっこう確立されていそうに思えます。
それが万人向けかどうかは微妙なところですが
そのようにして解脱レベルに至った人は思いのほか多くいらっしゃるようなの
です。
信じるか信じないかはあなた次第です。

789 :でこすけ:2021/08/25(水) 19:02:29.83 0.net
さて、こういったことの意識のハードプロブレムとのかかわりについてですが
唯心論派の私としてはこういった一連にどう物質が関わるのかが問題になります。
たとえば流れの中で具体的に「快感物質」なるものが出てきましたが
なぜある特定のパターンを持った分子がよその同様の分子と相互作用をすると
快感というクオリアが生じるのか、
たとえばドーパミンという化学物質もそれが高分子(物質)であるならば
それ自体は化学実験室にある分子モデルのような映像や手ざわりといった
クオリアを持たないものとして存在しているのが建前ですが、
そのようなものがどのようにしてクオリアを起こすことができるのか、
私は無理だと考えるし、物質がなくとも創発といわれる意識に起こる現象
だけで一通りの説明はできるとも考えるので、
ことさら私の世界観と矛盾が起こるようには思えません。
私としてはむしろ「物質」もまた「悟り」や「神」などと同様に
古代人が生み出した迷信であろうという印象です
(「物質」は近代人かもしれませんが)。



とにかく私は意識のハードプロブレムに答えがでないのは
常識に誤りがあるためだと考えていて、
それ等をひとつひとつ覆そうと思ったらそれはスレッドもどんどん伸びるやろ
そういうことだと思っています。
それ等というのは「物質」とか「生命」とか「悟り」とかのことです。
「10」まで費やしても「物質は存在しない」ということを繰り返しているだけ
になってしまっていますけど、
故にどこかで投げる可能性は濃厚だと思って私のレスは話半分でお願いします。
時計さんにはいつも私のレスに対して意見を寄せてもらったり
新しいスレッドを建てたりといろいろしてもらっていますが
私としては私なりに感謝をしているつもりなのでございます。
まさか「10」まで来るとは思っていなかったのです。

790 ::2021/08/25(水) 19:09:17.17 0.net
団塊の世代が悪くて世の中酷いね。

791 :考える名無しさん:2021/08/25(水) 19:41:13.14 0.net
物質が迷信なわけねーだろ

792 :考える名無しさん:2021/08/25(水) 20:25:42.74 0.net
物質は存在しないと思う0.数秒前に唯心論者の
脳は活動するという...独り鶏卵前後論状態

793 :考える名無しさん:2021/08/25(水) 22:25:14.76 0.net
ってかIBMがクオリアデータ取ったんだし話終わってるだろ。

794 ::2021/08/25(水) 22:43:17.98 0.net
かき氷

795 :時計 :2021/08/26(木) 00:33:14.42 0.net
>>784
霊に悪霊がいるように、悟りにも悪い悟りがあるのかもしれません。
私は錯乱でない悟りはあると思いますよ。

796 :考える名無しさん:2021/08/26(木) 03:31:14.08 0.net
>>763
僭越ながら解説させていただきますと
時計さんの世界観(たとえば>>1の5行目)はなから神がかり的なので
「神がかりではありませんか?」みたいなことを尋ねると
「神が創ったものだから」のような返事をもらいます。
時計さんの世界像は言わば一枚だけ買った宝くじが大当たりしたようなもので
あるいは何者かによるコントロールさえ感じるものですが
つまりそこで「神」が出てくるわけです。
(ただしこの「神」はキリスト教や神道の「神」とは
 微妙に違うもののようです
 具体的なところは時計さん自身でも不明瞭のようですが
 それでもご本人にはその関与に強い確信があるようで
 じつは私も隠れ信者です
 私が>>769で「行きつ戻りつ」と言っているのは
 唯心論と唯我論のあいだを行きつ戻りつしている
 ということです
 私たちがいるこの世界の構造について
 物心二元論や唯物論や唯心論では説明がつかないこと
 がある気がするのです
 ちなみにその代表格が「生命」です)
いずれにしても完全な否定をできないうちはキープというのが
賢い判断だと私は思います。

797 :でこすけ:2021/08/26(木) 03:46:19.47 0.net
>>770
おそれいります。
「スピノール」というのは階層論的にも参考になりそうな概念です。
ただしちゃんとした理解はさっぱりできていません。恐縮です。

798 :でこすけ:2021/08/26(木) 03:55:37.65 0.net
>>782
「新たな視点」というのは今の時代だと滅多にない気がするんですが
そう思ってパッと思いつくのはゲーデルです。
私としてはゲーデルもよくは知らんのですけれども。

799 :でこすけ:2021/08/26(木) 04:02:05.90 0.net
>>791
ここで「物質が迷信とは思えません」のような表現ではなく
「神が迷信なわけねーだろ」のような語り口になるのは
典型的な宗教系の印象を受けます。
しかも根拠も示さず一方的です。

800 :でこすけ:2021/08/26(木) 04:02:06.10 0.net
>>791
ここで「物質が迷信とは思えません」のような表現ではなく
「神が迷信なわけねーだろ」のような語り口になるのは
典型的な宗教系の印象を受けます。
しかも根拠も示さず一方的です。

801 :でこすけ:2021/08/26(木) 04:07:39.97 0.net
>>800は編集するまえに投稿していまいました。
しかしそのままでもいいような気もします。
あとはそれぞれでお考えいただくというのも意味がある気がします。

802 :でこすけ:2021/08/26(木) 05:32:51.66 0.net
>792
一応コメントさせていただきますと
私としましては今まで折りに触れ申し述べてきましたように
脳の活動的なものを無いと言っているわけではありません。
たとえば素粒子自体は私たちに認識することができないように
脳自体も私たちのイメージとは大きく異なるはずです。
それがいわゆる物質である必要はないということです。
なお、私の物質の定義は「物理学的空間に依存して存在するもの」です。
私はそもそも「物理学的空間」が虚構(錯覚)だと考えています。
https://www.google.com/search?q=%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0&tbm=isch&chips=q:%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0,g_1:%E9%A2%A8%E6%99%AF:9gy5SF8iBqk%3D&client=tablet-android-huawei-rev1&prmd=ivsn&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjUkLSzgc3yAhWYDd4KHdhAABoQ4lYoAXoECAEQBg&biw=600&bih=806#imgrc=VrLsoGae9qIrLM&imgdii=1WLLog86QtJSKM

>>793
私はIBMの研究についてはよく存じませんが、
察するにそのクオリアデータなるものも感覚的なものであって
物質そのものを確認したわけではないはずです。
物質は普通は感覚を通して認識されるものであり
感覚を精神的なものとするのならば物質の直接的な確認は不可能です。
そこで物質が存在する証拠になり得るものはたぶん状況証拠になるはずです。
たとえば私は「物理学的空間」に対して懐疑的ですが
多くの生物に目がふたつ以上あるのはやっぱり空間があるためかもしれません。
私としては、ややこしくなるので今回はその説明はしませんけど、
目玉の数が空間があることの証拠にはならないと考えつつも
とにかく物質なり空間なりの痕跡には興味があります。
ちなみにクオリアデータなるものもリベットの実験で生じるタイムラグも
物質が存在する証拠としては弱いというのが私の印象です。
そこで何かお気づきのことがありましたらズバッとやったってほしいのです。
それができたらひょっとするとスゴいことのような気がするのですが
いかがでしょうか。

803 :でこすけ:2021/08/26(木) 06:34:09.39 0.net
>795
「サクラン」という表現は分かりづらかったかもしれませんが
ようするに普通モードも仏陀モードも構造的には同じものだということです。
ポーカーで言ったらワンペアもロイヤルフラッシュもつくりは一緒
ということです。
一般的に言って理性が錯乱のわけはありません。
以前カフカの言葉で「理解と誤解とを厳密に区別することはできない」
というものを引っ張ってみたことがあったと記憶していますが
私は基本的にはすべて誤解だと思っています。
つまり仮想現実です。

ただ普通モードは仏陀モードと違ってさらなる価値を生み出します。
色即是空は「へー」で終わりですが
あるいはせいぜいその瞬間「スバラシー」という程度ですが、
A=AはA≠非Aとかどんどんはなしが膨らんでいって
ついには豊かな文明社会が形成されたりします。
なぜ仏陀モードが多くの社会で採用されなかったのかというと
生産性がほぼ無かったのでむしろ淘汰されたのだろうと私はみています。
それでも「悟り」は魅力的ですからエラいものです。

804 :時計 :2021/08/26(木) 07:56:00.63 0.net
>>803
誤解というものは、夢のように、いつかは醒めるものだと私は思います。
しかし、夢のように、誤解している最中は、理解している時と
同じような感覚なのかもしれません。
仏陀モードというのは、スポーツにおけるゾーンのようなものでしょうか。
悟りをモードで捉えることは面白いですね。
しかし、常にそのモードであれば、それはモードとは言わないのかなと思います。
私は、仏教はGDP等では測れない価値はあると思いますよ。
もし日本に仏教がなければ、良かれ悪かれ国民性は変わってしまうでしょう。

805 :考える名無しさん:2021/08/26(木) 08:55:26.95 0.net
なんで思考が物理現象じゃないと思ったの?

806 :時計 :2021/08/26(木) 17:43:10.90 0.net
>>805
どうしてですかね……

807 :時計 :2021/08/26(木) 17:43:49.14 0.net
>>805
多分、クオリアと思考を混同しているんじゃないですか。

808 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/27(金) 01:38:19.19 0.net
クオリアじゃなくてクリオネならみたことなるな。
流氷の天使と呼ばれるが、その食事シーンは悪魔である。
クオリアも、なにかしらの悪魔的要素を持っている、かもしれない。

クオリアがマザーウェーブレットと関係しているとしても、
そのパターンが、たとえば色だったら、なぜその色「が」みえるのかはわからない。
なぜその色「に」みえるのかは説明できる(それがマザーウェーブレット)。
わたしの場合、とある事情で左右の眼でみえる色が微妙に異なる。
同じ色であっても左右で異なる色がみえるw
クオリアが異なる。これは、「が」のほうではなく「に」のほうの問題だ。

809 :時計 :2021/08/27(金) 03:28:39.60 0.net
>>805-807
脳のどこを探しても、電気活動や化学現象が発見されるだけで、
クオリアは見つかりません。
思考は物理現象かどうかについてですが、
思考が電気活動や化学現象に還元されるなら、そうだと言っていいかもしれません。
しかし、クオリアはそれだけでは説明されないと思います。

810 :でこすけ:2021/08/27(金) 08:18:24.61 0.net
>>804
つまり私たちは「リンゴ」も「脳」もそもそも「世界」も誤解している
ということだと思います。
かと言っていつか正しく理解できるとは思えません。
私たちにできるのは集めた情報で整合をとるだけです。
私の唯心論もとりあえずの解釈に過ぎないということになります。

ところでまわりくどい話になりますが
私はダブルスタンダードは人間に必要な文化だと考えています。
どんな社会でも言葉や貨幣や信仰や通過儀礼や戦争や階級制度などの文化が
何らかのかたちであるように、ダブスタもそのようにしてありそうです。
人間は立場や状況によって考え方や行動を変えるものだと思います。
というわけで私は宗教を一概に否定するつもりはありません。
たとえば「神話を教えない社会は滅びる」ということわざめいたものがあって
私もそれはそうだろう考えるし
つまり日本はもっと神話を語り継がなければならないとさえ思います。
しかし天照大御神が実在したとは思えません。
モデルはあったかもしれませんが、それはそれ、これはこれです。
あるいは私は神は存在しないと考えますが
しかしたとえばローマ法王や教会は尊重しなければならないと思います。
一方で国際社会は天皇を尊重してくれています。
私は万世一系は虚構だと考えていますが
これもまた、それはそれ、これはこれです。
私としては匿名掲示板だからこそ「神は存在しない」とか
「悟りは無い」とか「万世一系は虚構だ」とか言えるのであって、
人間が何かを信じたり祈ったりすることを否定するつもりはありません。
ただ、真実は真実としてそれとは別だという
ただそれだけのことのつもりです。

811 :でこすけ:2021/08/27(金) 08:23:07.03 0.net
>>810
後段は、仏教を全面否定するつもりはない、というおはなしです。

812 :時計 :2021/08/27(金) 20:33:24.80 0.net
TPOに合わせて行動を変えることは、ダブルスタンダードとは言わないような。
誹謗中傷ではない本格的な仏教批判であれば、仏教界も大歓迎だと思いますよ。

813 :時計 :2021/08/27(金) 20:34:44.22 0.net
>>812>>810です。

814 :時計 :2021/08/27(金) 20:40:08.58 0.net
>>810
因みに、私は、悟りも神もあると思います。
万世一系は興味ないです。:)

815 :時計 :2021/08/27(金) 20:42:46.91 0.net
>>814
ないとも言える。:)

816 :考える名無しさん:2021/08/27(金) 20:44:13.69 0.net
俺はダブルスタンダードは容認しないね。
とはいえ、全く神話が無いのもそれはそれで面白くないから、
科学を邪魔しない形の新しい神話が必要だと考えている。

817 :時計 :2021/08/27(金) 20:45:04.78 0.net
>>815
悟りも神も存在すると言えるし、存在しないとも言える、かもしれません。

818 :考える名無しさん:2021/08/27(金) 20:46:30.85 0.net
>>809
それを言ったら「時間」や「空間」、
「力」や「エネルギー」だって、
直接見つけられたわけではないが、
物質の動き方によってあると示されている。

819 :考える名無しさん:2021/08/27(金) 20:48:19.32 0.net
天皇家とてホモサピエンスのある一家だし、
ローマ法皇はむしろ、キリスト者達が科学を邪魔した責任を取って、
自ら十字架に貼り付けにされるべき。

820 :時計 :2021/08/27(金) 20:51:02.11 0.net
>>816
もし紙一枚を与えられて、生涯これだけしか書けないと言われたら、
神について書く人は少なくないのかなと思います。
古代の文献もそういうものかもしれません。

821 :時計 :2021/08/27(金) 21:01:17.78 0.net
>>818
力は秤、エネルギーは位置、速さと質量等から計算可能です。
クオリアにはそのような手段はありません。
時空に関しては、主観的なものだと考えていますが、
勿論客観的に語ることもできて、実在の枠組みと言えるかなと思います。

822 :考える名無しさん:2021/08/27(金) 21:06:28.10 0.net
>>821
ならクオリアは脳波から計算可能だとは思いませんか?

823 :時計 :2021/08/27(金) 21:12:30.68 0.net
>>822
クオリアは説明されるものではなくて、説明するものだと考えます。
重さ、位置、速さ等にはクオリアはあると思います。
脳波には脳波のクオリアがあるでしょう。ややこしい話ですが。

824 :時計 :2021/08/27(金) 21:21:10.35 0.net
>>823
赤が見えるから、赤いものがあるのか、
赤いものがあるから、赤が見えるのか、ややこしい話です。

825 :時計 :2021/08/27(金) 21:48:42.04 0.net
>>823-824
この話に関しては、脳神経系は唯一の意識の座であるか
という問いは本質的かもしれません。
私は脳神経系は唯一の意識の座であるとは考えていません。

826 :時計 :2021/08/27(金) 22:11:16.06 0.net
>>825
脳神経系は唯一の意識の座ではないということも
脳神経系にコードされているということ。
このことは、色即是空、空即是色と本質的に同一的であるように思います。

827 :時計 :2021/08/27(金) 22:20:09.24 0.net
>>826
それはないか。:)

828 :時計 :2021/08/27(金) 22:22:05.77 0.net
>>827
しかし、抽象的に言って、何らかの肉に
意識はコードされているのではないかと想像しています。

829 :哲学初心者:2021/08/27(金) 22:45:19.33 0.net
>>767
意識の外に事物はないというのは現代の量子力学の考え方と同じですね。

h@ttp@s:/@/mhotta.hate@nablog.com/entry/2015/02/04/074443

@は抜いてください。
>観測対象と安定した意識を持っている観測者を合理的に分離できている環境が確保された時「だけ」、量子力学は定式化されるというのがコペンハーゲン解釈なのだ。

そして波動関数は観測者が持っている知識に依存する情報概念であり、物理的実在ではない。

だから波動関数の収縮は測定を通じた観測者の知識の増加に過ぎないのだ。

830 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/28(土) 00:19:58.78 0.net
>>829
となると、波動関数こそが「意識(の関数)」ですな。
量子論こそが「意識」論なのかもしれない。
なんだかおもしろくなってきた。

結局、あーだこーだと調べていて、熱力学(統計力学)が着地点かな、とも思い始めた。
ただし、ボース=アインシュタイン統計なども含めた統計力学になるだろう。
意識のハードプロブレムの着地点にあるのは統計力学だろう。
意識にも圧力や体積や温度がある。そしてエントロピーも。

831 :考える名無しさん:2021/08/28(土) 01:23:49.78 0.net
>>830
量子論だと面白いのは量子もつれですね。こちらのページに解説が書いてあります。
https:/@/eman-physics.net/quantum/bell.html
@は抜いて

>我々の生存,いや我々だけでなく,全ての存在の舞台となっているこの宇宙.その舞台裏に,離れた 2 点間の状態を「同時」に操る仕組みが存在している.この「同時」というのは,我々が考える時間の概念を超越した意味での「同時」だ.なぜなら時間は,現在の理解の枠組みでは,この宇宙という舞台の一部であるから.
>私は物理を離れたところでふと思う.

>私は今ここにいて,この小さな身体が私の全てだと思っているが,この私という存在は,全宇宙が複雑な組み合わせによって,この場所に作り出した影のようなものに過ぎないのではないだろうか.私をここに生かすために全宇宙規模で複雑な計算が行われている.私の本体は全宇宙であり,私の意志はどこか別のところで全宇宙を用いて決定されているのかも知れない.

物理に詳しい方も量子論を通じて神秘性を感じているようです。

832 :でこすけ:2021/08/28(土) 05:28:31.81 0.net
>>812
>ダブルスタンダードとは言わないような
じつは私も小首をかしげつつ投稿しました。
ダブスタと言われてしまうのは空気を読みそこねたときのような気もします。

833 :でこすけ:2021/08/28(土) 05:51:29.92 0.net
>>814
私としては主観主義という立場からすれば
「悟り」も「神」もリアルであり得る気がします。
それこそ立場が変われば考え方も変わります。
私が主観主義を正しく理解しているのかどうかは微妙ですけど。

ところで余談ですが、
私は日本の古代史はドラマとしてたいへんユニークなものだと思っています。
とりわけ面白いのが古代天皇で、彼らはあきらかに何かを隠蔽しており、
その葛藤をうまく表現できたらノーベル文学賞ではないかと思うほどです。
ノーベル文学賞がどれほどのものかはよくわかりませんけど、
とにかく老後の楽しみとしてキープしておくことをおすすめします。

834 :でこすけ:2021/08/28(土) 06:21:55.58 0.net
>>819
たとえば親は幼い子供が明日運動会とか遠足とかなったら
子供にてるてる坊主をつくらせて云々とか
必ずしも合理的でないそういうことがあっても私はいいと思うのです。
たとえばようするに私たちの創世神話はビッグバンですけど
それとは別に教養として記紀を学んでおくことは
どちらかといえば望ましいことだと思います。
東浩紀氏が記紀は歴史ではなくて国語でやればいんじゃないのか
みたいなことを言っていましたが、
私もその考え方には一票投じさせていただきたいです。
まともな大人に成長できればそれが虚構だというのは自ずとわかります。
じつは天皇家が存続されてきた背景にあるのはどす黒い事情でしょうが
同時に偉大な文化遺産でもあって、
ローマ教会の取り巻きに至っては天皇以上に真っ黒みたいですけど、
そこでは私たちが寛容になっておくのが賢いやり方のように思うのですが
いかがでしょうか。

835 :でこすけ:2021/08/28(土) 06:43:51.09 0.net
>>805
私としても思考は物理現象のはずがない気がしています。
それは次のような意味においてです。

たとえば思考のひとつとして計算を取り上げてみます。
私のお得意の1+1=2です。
たとえばリンゴの木にリンゴがわさわさなっていて
やがて何かの拍子に一個地面に落ちたとします。
後からもう一個落ちたとします。全部でリンゴが二個地面に落ちました。
これが計算したことになるのかという疑問です。
それこそ注意スキーマじゃないですけど
私としては、計算は計算として意識されてはじめて計算のような気がします。
脳の中で物質的に何かが起こっていたとしても
それ自体は計算ではないのではないか、という考え方です。

ただ、これが796さんの疑問に答えているのかどうかは疑問のような気もします。
どうなんでしょ

836 ::2021/08/28(土) 06:56:50.51 0.net
はしもと環奈

837 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/28(土) 08:03:27.35 0.net
物理現象かどうかはともかく、
思考もクオリアもすべてが自然現象です。

838 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/28(土) 09:16:31.51 0.net
ボース‐アインシュタイン統計も含む統計力学を考えようとしたら、
すでに「量子統計力学」があった。
しかも、量子統計力学は量子力学より古いw
それゆえに統計力学でもボース‐アインシュタイン統計やフェルミ‐ディラック統計が説明されているのであった。
ちょっと勘違いしていたようだ。

839 :時計 :2021/08/28(土) 12:36:38.50 0.net
>>829
宗教も哲学も物理学も根源を探るという点では同じなのかもしれません。

>>833
私は主観主義は必ずしも神や悟りを帰結しないと思います。
逆に言えば、主観主義はより多くの人に間口を開けていると思います。

古墳は宗教的遺物ですよね。

840 :時計 :2021/08/28(土) 12:38:27.45 0.net
>>839
しかし、神秘主義と主観主義は相性はいいかもしれません。

841 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍師悪魔召喚居士:2021/08/28(土) 12:43:40.53 0.net
モノがスカスカに自ら搾取される奴隷になっているということが物自体なら、
人間自体はカントの域(物自体と自我のエゴ)を出ていない。
宗教の神秘を哲学が殻を破るなら、悪魔だってにわかに気分を害すだろう。
物理というのは簡易な被害の世界。理論物理を古典力学から救済しないと。
悪魔とは崇拝の対象であって信仰の対象ではないが、救済の媒体内容物が主体から漏れる限界は悪魔にもむしろ多い。シビレルぐらいシビアじゃないといけない細心に。

842 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍師悪魔召喚居士:2021/08/28(土) 12:44:21.89 0.net
大胆でがさつでない信仰や崇拝を好みなさい。

843 :学術@死廃狂鬼神舞幻妖呪魔術軍師悪魔召喚居士:2021/08/28(土) 12:53:54.69 0.net
勝負下着ファッションも大胆にと繊細にが共立しているべきで。
粘着に対するアンチが常勝なのかな土着の信仰にしてみりゃ、土を汚すのがよくないが、男性に女性に粘着してぼけながら意識の感じ悪い暴力で粘るのはどうかと思うけど。女性にとっては逆に粘着は信条。粘着が信仰化した方がめでたい。
軽い。男性もやや。

844 :考える名無しさん:2021/08/28(土) 14:05:54.30 0.net
自我は存在しない

845 :考える名無しさん:2021/08/28(土) 20:11:26.87 0.net
「神話を学ばない民族は滅びる」
は真ですか?偽ですか?

846 :でこすけ:2021/08/29(日) 07:44:56.41 0.net
>>830
以下は先日私がふと思ったことで、
まあ聞いてやって下さいよというおはなしです。

漠然と思うに、
根拠は希薄ながら精神現象にも因果関係は見出し得るのではないか
というのが先ずあります。
これはたとえば私たちが電磁波として認識しているものが
何らかのメカニズムによって赤とか青とかのクオリアに変換されるのは
ある程度の必然性があるのではないか、という考え方です。
そのメカニズムはたぶん解明できないものではあろうとも思うのですが
おそらく超球面さんと私が見ている空の色がほぼ同じなのは
(おそらくそれほどかけはなれてはいないと思うので)
つまりそういうことなんだろうと考えるわけです。

ただ(ここからが本題です)それはいわばマクロレベルのはなしです。
思考とか認識とか直観とか決断とか
そういったことはじつは基本的な現象(たぶん創発)の統合で、
つまりこのレベルでは物理学と同様に因果関係的なものが見出だせるのではないか、
となるとその裏側でミクロレベルでは不確定性原理的なものがあるのではないか
ともなります。
私は誰もいない森の中には因果律も無いと考える
ゆえに創発は原因の無い現象だと考えるのですが、
ミクロとマクロとで事情が変わってくる
と思えばとりあえず見通しがすっきりする気がするわけです。

いずれにしても検証が難しそうな、ようするにただの思いつきです。

847 :でこすけ:2021/08/29(日) 08:05:27.46 0.net
>>845
私が言い出しておいてナンですけど、
細かいことにこだわれば偽だと思います。
私が思うに、重要なのは神話ではなく
何かを伝えるということです。
伝える内容はある意味どうでもいい気さえしています。

ただ一般的に言って、改革はたいてい失敗します。
人間の浅知恵でいろいろやるとむしろ状況は悪くなる
というのが歴史のようです。
私としては本当に大切なのは、何かを守ろうとする気概なのではないか
という気もするところです。
そのひとつがたまたま神話だったりするのではないでしょうか。

848 :考える名無しさん:2021/08/29(日) 10:57:57.77 0.net
全てウソ

849 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/29(日) 22:03:52.13 0.net
統計力学としての意識を考えていたが、
体積に類似するものは自由度としても、
圧力に類似するものがみつかっていない。
体積*圧力が温度になるはずである。
もっとも、統計力学に圧力があるというわけではないので、なくてもよいのだが、
防衛機制で説明しようとすれば、圧力の類似物はあったほうがよい。

流れるものが熱ではなく確率(あるいは情報)だとすれば、
確率(あるいは情報)が圧縮されて確率温度や情報温度があがらなければならない。
冗長性と考えるなら冗長性が放出されて熱になる。
抑圧(防衛機制)は熱を逃がすが、それは系が閉じている限りどこかに保存される。

850 :考える名無しさん:2021/08/29(日) 22:20:54.26 0.net
一才皆苦

851 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/29(日) 22:33:29.71 0.net
確率を、熱、というより、温度と考えるなら、
確率1が絶対零度だ。
高温側の最大値は確率0ではなく確率0に限りなく近づくことだ。
そう考えると、情報の温度とは、情報の確率である。
これは情報が正しい確率であり、そのように考えるなら、その情報が正しくない確率(温度)もあるw
考えれば考えるほどおもしろい。
温度には無限遠点としての最大温度がある。
そして、この温度は確率のように(0,1]の範囲にマッピングできる。
その体系外では最大温度も扱える!(ひとつではないけどね)

意識は、意識内での体系とその外側(の体系)も扱えねばならない。

852 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/29(日) 22:38:40.08 0.net
この意識内の「体系(世界)」が、ハンドルに付加した「Nexus」なわけだ。

853 :考える名無しさん:2021/08/29(日) 23:51:41.32 0.net
諸行無常

854 :考える名無しさん:2021/08/31(火) 06:14:53.19 0.net
幻想の根源は偶数ではないか
0に関しても同様に

855 :でこすけ:2021/08/31(火) 10:34:16.56 0.net
>>849
絶対零度というのは実際にはあり得ないらしいので
むしろ確率は0のような気がしますけど、つまりどこから目線でしょうか。
ようするに外部ということでしょうか。すると何に対する外部でしょうか。
主観が無ければなおさら客観はない気がします。

ところで無理やりな持論の主張ですけど、
物質の存在を認めない建前のでこすけ理論では
「ひろがり(かさ)」とは「タイムラグ」のことになります。
「力」は「変化のきっかけ」です。
きっかけがあるから変化するのではなく
変化のあるところに主観がきっかけを見出すというのが順番だと思います。
そこに勝手に力なるものを感じているだけのような気がします。
「熱」は「秩序」を象徴するものでしょうけど
クオリアとしての熱には深い意味は無い気がします。
ただ主観が最も早く獲得したクオリアの可能性はある気がします。

856 :考える名無しさん:2021/08/31(火) 13:50:30.70 0.net
長いわりには内容がない

857 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/08/31(火) 22:17:16.25 0.net
確率は、その確率の体系の中からの視点と考えています。
体系そのものが主観ですねw
いまのところ(0,1)のように開区間での確率0から1を考えています。
確率1は決定なので、コールドであり、動きがないと考えます。
確率0はhotすぎるのでなにも決定できないと考えます。
まあ、確率Pと余事象の確率1-Pのどっちがどっちかというのは、視点の問題かもしれません。
確率を温度とみなすとき、(0と1は体系内では到達できないとする)、
1−確率=温度 がよいのかもしれません。

858 :考える名無しさん:2021/09/01(水) 12:53:45.13 0.net
丘みどり

超ミニスカ演歌歌手アイドル 

859 :でこすけ:2021/09/02(木) 18:46:58.39 0.net
>>857 おそれいります。
よく見たら「温度を確率で考える」のではなく
「確率を温度として考える」でした。失礼しました。
それで思い出したのが次の動画です。
https://m.youtube.com/watch?v=fGWH4Oh0my0
確率は面積だという、動画から察するにたぶん数学者の常識なのでしょう。
となると確率=面積=温度でしょうか。
私はまったくついていけませんけど確かに面白そうなはなしではあります。
自分の頭の悪さを呪う場面です。失礼しました。

860 :でこすけ:2021/09/02(木) 18:58:59.27 0.net
>>856
とりあえず叩き台をぶち上げるというのが当初からの私のスタンスだった
という行きがかり上ひとことふたこと(みことくらい)させていただきますと、
率直に、読み手はどれだけイマジネーションを膨らませることができるのか、
そうは言ってもそういうことはある、と私としては思っています。
誰だったかが言うには、優秀な感性は一滴の水から見たことの無い
ナイアガラの滝をも連想できるそうで、
そのような発想は哲学にも役に立つはずです。
確かにこのスレッドに出た多くの話題は中途半端で終わっていますけど
むしろ答えはひとりひとりでお考えいただきたいのです。
(願わくばそのようにしてお考えになったことをお寄せいただきたい)。
私もなるべく知識をひけらかすように心がけていますが
本人はシェアというニュアンスのつもりで
多くの人が少しでも知見を広げていただければと思ってのことです。

いずれにしても最終的な答え合わせは誰か個人がするのではなく、
まして私のわけもなく、
つまり歴史がするものだというのが私の認識です。

861 :考える名無しさん:2021/09/03(金) 00:36:33.76 0.net
ダメなものなのにダメと気が付けないとは、
執着が原因だと気が付けよ、

862 :時計 :2021/09/03(金) 15:31:04.52 0.net
>>861
何がダメなのでしょうか?

863 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/04(土) 00:07:50.72 0.net
確率と温度を関係付けようとしているが、もう少しひねりが必要なようだ。
主観確率と客観確率の違いを統計力学でなんとかしたい。
統計は確率がなければ成り立たない。これを主観確率で再構築すると、
主観統計力学が...w

しかし、時空間や人間(どころか物質も)などは想定していないのであった。
抽象的な「主観」とはなにか。
確率0〜1で考察したように、これは[0,1]ではなく(0,1)である。
その(0,1)の体系外から{0,1}をみるのが主観である。

864 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/04(土) 00:22:03.74 0.net
意識のハードプロブレムは、主観ってなんだよ、ってことに置き換えられるのかもしれない。
そもそも、この板のお題は、「意識のハードプロブレム」ではなく、
「意識のハードプロブレムの答え」である。ときどき勘違いしてるひとがでてくるようだが。

人工意識のためには人工主観から考えねばならない、のかもしれないw
主観を体系外に追いやったとき客観になる。
レーモン・クノーの『文体練習』において、主観はどこにあるのか、と考えてみたい。
が、フランス語版ではなく、日本語翻訳版がそこまで対応できているかどうかは不明だ。

865 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/04(土) 00:40:11.83 0.net
『文体練習』における主観は、(基本的には)出来事の外部にある。
99の文体によって、ある一連の同じ出来事が書かれている作品なのだが、
99の主観が描かれている、ともいえるだろう。
99人の主観から、99人の人物像が浮かび上がる。

866 :時計 :2021/09/04(土) 02:27:15.35 0.net
>>863
私の考えでは、論理学(論理空間)は確率的です。
A∧Bである存在が1つは存在するということは、
AはBであり得る(BはAであり得る)ということだからです。
このことは、確かウィトゲンシュタインは論考で否定していましたが、
何故否定しているのかよく解りません。

>>864-865
私には刺さる問いです。
簡単に言うと、主観≒世界ですが。
『文体練習』は初めて聞きましたが、翻訳は難しそうですね。

867 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/04(土) 07:25:13.72 0.net
ウィトゲンシュタイン(論考)を読みなおしたくなった。
細々としているのでわかりづらい。翻訳も微妙だ。
原文も微妙だw

時計氏の考えはおもしろい。いろいろ気付かされる。
確率って、量子論を確率解釈するのではなく、確率を量子論的に解釈するとおもしろい、ということに気付かされた。
確率を射影とするか多世界とするか、その他の解釈を採用するか。
主観量子論/客観量子論、と考えてみるのはおもしろい。

868 :時計 :2021/09/04(土) 10:57:29.62 0.net
>>867
超球面さんの哲学的量子論、あるいは量子論的哲学、
(これも順序の問題ですが)も未来性はあるように思います。

869 :考える名無しさん:2021/09/04(土) 13:27:12.12 0.net
悪霊が存在してます

870 :時計 :2021/09/04(土) 20:58:16.18 0.net
>>869
いなくなるといいですね。:)

871 :でこすけ:2021/09/05(日) 10:07:01.60 0.net
>>864
私としても、そもそも「意識とは何なのか」は課題のつもりです
(事実上のビンジョー)。
なお、超球面さんがそこで想定している「主観」はたぶん実体でしょうけど
私が普通の場合に想定している「主観」「意識」「心」といったものは
実体というよりもどちらかといえば機能です
(つまり私はいわゆる唯心論とは微妙に違うつもりです)。
これもまた例によって定義から始めたくなるところです。

872 :でこすけ:2021/09/05(日) 10:08:46.09 0.net
>>871
何故「便-乗」がひっかかるのか意味不明

873 :時計 :2021/09/05(日) 10:57:34.42 0.net
>>872
「便乗」のテスト。

874 :時計 :2021/09/05(日) 10:58:37.18 0.net
>>873
行けるみたいですね。

875 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/05(日) 12:57:57.40 0.net
主観は、どちらかといえば、随伴(数学)として考えています。
adjoint functorsですね。実体ではないです。

876 :考える名無しさん:2021/09/05(日) 14:48:00.71 0.net
数学が世界を変える

877 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/05(日) 23:06:40.42 0.net
量子力学を確率解釈するのではなく、確率を量子論で考える。
コイントスにおいて、表か裏が出るのではなく、
表のでる観測者の世界と裏のでる観測者の世界と考えてみる。
結果の世界からみると、(いまのところ)多世界解釈しかないのである。
意識の世界でも多世界が重ね合わされている。
コインの表か裏がでる、のではない。
わたし、が、コインの表がでた世界かコインの裏が出た世界に現れるのであるw
わたしが世界を選んでいるのか、選ばされているのか。
コインによって、わたしが世界を選ばされている。
コインの主観世界に、わたしが取り込まれているw
わたしの主観世界はコインの主観世界に奪われてしまうが、
わたしはコインから主観世界を奪い返す。
そうしてコインの主観によって決定された世界に誘導されるw
量子論とは主観奪還ゲームである。
このコインを観察する第三者がいると、もっと複雑な奪還ゲームになる。
コイン、わたし、第三者と3つのthreadで、ひとつの(つじつまの合う)世界が構築される。

878 :でこすけ:2021/09/06(月) 12:32:43.26 0.net
>>874
私が嫌われているだけでしょうか。
あるいは運営にはブラックリストがあるのでしょうか。

>>875 おそれいります
となると何が実体なのかが問題になります。
なおここで言う「実体」というのは「実際に存在しているもの」
という程度の意味です。
あるいはでこすけ風に言うと、仮想現実を成立させている「もと」です。
既に素粒子が感覚的にイメージできないものになっていますから
ややこしいくなるのは必定だと思っています。

879 :でこすけ:2021/09/06(月) 13:00:43.59 0.net
>>876
私が個人的に大きな影響を受けた栗本慎一郎は
みずから「経済人類学者」と名乗っていましたが、
本人は「経済」という言葉を好んではいなかったようです。
「経済」は「Economy」の訳語ですが
原義はエコ(自然)のノモス(摂理)というニュアンスであるのに対し
経世済民は違うだろと、そういうことのようです。
「数学」はたぶん「Mathematics」の訳語だろうと察するのですが
やっぱり原義とはずれていそうな印象を持ちます。
個人的には「数学」にもいろいろな意味で変わってもらいたい
という甚だワガママなおはなしでした。恐縮です。

>>877
超球面さんはもっといろいろお考えでしょうけど
一応一般的なツッコミです。
あるいはトンチンカンかもしれませんが
私には多世界解釈はある種の決定論のように思えます。
「決定論」は「神」や「悟り」や「ウルトラマン」などと同様に
人間の想像力が生み出した産物で
ひらたく言うと「おとぎ話」という印象です。
突き詰めてしまえば「おとぎ話」もリアルのひとつかもしれませんけど
とりあえずのところは時代が追いつかない気がします。

880 :でこすけ:2021/09/06(月) 13:04:33.99 0.net
ところで私もけっこう長いこと生きてきたつもりでいるんですけど
それでも未だによくわかっていないのが「ものごころ付く」という表現です。
この言い回しだと、個人的ながら生まれた瞬間には意識が無いかのようなかんじ
がするため違和感があるのです。
このことからたぶん意識の発生は記憶が関係するのだと察するのですが
となると私なぞは一週間前の記憶もおぼろげで
あるいは今でもものごころ付いているのかどうかは微妙な気がしてくるところです。

ある説によると人類が意識を獲得したのはほんの数千年前だそうです。
私はその説の詳細を存じませんが
(たとえば何を持って意識が発生したことになっているのか)
いずれにしても私としては人間以外の生物にも少なくともクオリアはあるだろう
と考えています。
たとえば犬も映像を見ているのだろうと思います。
https://m.youtube.com/watch?v=DwrM7ZrlMnM
さらには映像で記憶を持ち
「ドキっとする」など感情めいたものさえありそうです。
https://m.youtube.com/watch?v=FFqGiz8Oqi0
種によっては言葉のようなものもあって
抽象的な概念を理解できるものすらありそうな気がするところです。

さて、いささか強引ながら意識の発生では「記憶」が問題になると思います。
個人的には唯心論が記憶をどう説明するのかです。
私は意味の階層構造で説明が付く(たとえば等能性による効果など)
と考えていますが、
思えば脳のシワがどのようにして記憶に変換されるのかということも
意識のハードプロブレムの一部のはずです。
物心二元論や唯物論の方の見解をうかがってみたいところです。

881 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/06(月) 20:25:43.22 0.net
時間結晶
平衡状態の時間結晶は不可能である。
わたしのいう振り子とか砂時計は、時間結晶でもある。
われわれは時間結晶の中で生活しているw
ちょっと複雑なスノーボールと考えてもよい。

多世界解釈は決定論ではない、と考えます。
ただし、鳩の巣原理にはひっかかります。
決定論ではない、というのは、過去だけではなく未来の影響も受けるということw
なにしろ、時間結晶という砂時計の中の世界ですから。

882 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/06(月) 20:28:26.15 0.net
スノーボールじゃねーや、スノーグローブまたはスノードームだった。
ひっくり返すと雪の降るようなおもちゃ。

883 :考える名無しさん:2021/09/07(火) 06:54:37.30 0.net
食べるものください

884 :でこすけ:2021/09/07(火) 11:28:43.29 0.net
>>881
私は「チョッカン主義」とか言って根拠は重視しないのが特徴のつもりですが、
しかしそうは言っても「直観」それ自体はそれなりの構造を持った
ある程度信頼できるシステムだというのが私の前提でもあります。
じつは「直観には構造があるはずだ」というのがそもそも単なるチョッカンなん
ですけど、
「創発」を考慮すれば(「世界の成り立ち」を考慮すれば)
それほどかけ離れてはいないだろうとかもチョッカンするのです。
実際多くの人が根拠も無く直観的に明日も自然法則が有効であると認識していて
それはむしろ暗黙の了解でさえあるほどです。

さて、多世界解釈でもホーキング風宇宙でもなんですけど
私としてはそもそもそのようなものを成立させるメカニズムが気になります。
何らかの構造があるのであればそれを成立させたメカニズムもあると考えるのですが
そういったものについては率直なチョッカンとしてむしろ困難なかんじがあるのです
(私には不確定性原理に基づく非決定の世界の方が自然に感じられます)。
世界が自然法則さえ無いところの「無」から始まったのだとすれば
エヴェレット的な宇宙はどのようにして生じたのかが不明になる
ような気がするのです。

885 :でこすけ:2021/09/07(火) 11:45:14.72 0.net
余談ですけど、たとえば(ただし例のくせに甚だ分かりにくいはなしです)
「この宇宙は何次元なのか?」
私は空間軸をカウントすることに本質的な意味は無いと思っていますが
つまり宇宙はそのようなものとして出来ているわけではない
空間軸は人間が勝手に解釈したもの(空想)に過ぎないと考えますが、
それでもあえて答えを出すなら次のように考えます、というおはなしです。

私はこの宇宙(というよりも世界)の構造はスポンジのようなもの(泡沫構造)
と解釈しておいた方がいろいろ分かりやすいと考えますが
今回はイメージしやすくするため実体を粒子的なものと仮に考えておくとして、
その上でこの世界に所属している実体のすべての数をΩ個とすると、
即ちこの世界の空間軸もΩ本に近くなるのではないかと考えます。
というのはすべての実体を統制するシステムが成立し得る気がしないためです。
個々の実体(私の場合は精神的な何かのつもりですが)は互いに相互作用を
しているだけのものであって
もしくは存在するためには相互作用さえしていればそれでいいのであって、
それ等がひとつの規則的な空間に収まる必要が無いように思えます。
たとえば物理学が考慮している空間はまさに「実体を統制するシステム」ですが
個人的ながらそのようなものがあらかじめ与えられている気がしません。
どのようにして空間が生じたのかは科学的にも解明されてはいないはずですし
(「ビッグバンが起こった」では答えになっていない
 ビッグバンとはどのような現象なのかが問題になるのだろうと考えます)
そもそも意識の外側に空間が本当に有ることさえ物質と同様に証明されては
いないはずです。
じつは私の方としても空間は無いとか言い切れないわけですけど
しかし物理学的空間を成立させるシステムがある気がしないため
つまりそのようなものも無いのだろう、ようするに錯覚なのだろう、
とチョッカンするわけです。

よってアバウトながら「ほぼΩ次元」というのが上の問題の答えになります。
何気に自説の宣伝でした。

886 :でこすけ:2021/09/07(火) 11:55:33.73 0.net
これはあくまでも私個人のチョッカンですけど
世界をつくるシステムはシンプルで、世界そのものもシンプルな気がします。
私としては実体のネットワーク(相互作用)と意味のヒエラルキー(創発)
さえあればこの世界と全く同じものができ得るように思えるため、
つまりはそういうことなんじゃないかと考えるわけです。

887 :a:2021/09/07(火) 12:21:06.96 0.net
https://wakareno.tumblr.com/

888 ::2021/09/07(火) 13:08:52.02 0.net
金が無くて大変。

時間が掛かる。

889 :考える名無しさん:2021/09/07(火) 19:00:54.36 0.net
宇宙の法則がある

890 :時計 :2021/09/09(木) 08:08:31.13 0.net
多世界はよく木構造として表現されると思いますが、
実際は無限の木構造のようなものだと思います。
そうすると上手く書けないし、直感的な認識も難しいと思います。
例えば、現在を点とすると、多世界は1次元空間ではなく、
2次元空間や3次元空間でしょうか。難しいですね。

891 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/09(木) 08:31:58.96 0.net
多世界は、エネルギー論的な問題をどのように解決するか、ですね。
分岐ではなく、最初から全部ある、とか。
砂時計(時間結晶)の中にすべて閉じ込めるとして、多世界をどのように考えるか。
古典的な時間概念を打ち壊してしまうのがいいのかw
(テレワーク中)

892 :でこすけ:2021/09/09(木) 10:15:29.43 0.net
>>889
これは多分、宇宙が無いところにも自然法則はある
という意味だと思うのですが、
私は無い派です。
宇宙が無いというのは時間も無いし空間も無いし
それは要するに時間軸上及び空間軸上の数学的点として
目の前にも無限に想定でき得るものですが、
じつはそれは空想の産物であるため本質的な意味も無く、
まして自然法則も云々する意味は無いことのように思えます。
そもそもビックバン以前というのは本当に何も無いという解釈です。

ところで私はエヴェレット的な並行宇宙には懐疑的ですが、
ビッグバンが私たちの宇宙に一度だけ起こったとは考えづらいとも思っていて
つまりそういう意味では並行宇宙は有ると信じています。
むしろビックバンは無数に起こったろうと考えています。
この場合、それぞれの宇宙は互いに干渉することはあり得ず
ゆえに並行宇宙なんですが、
となるとそれはそれ等が同じ時間軸上には無いということです。
同じ時間軸上にないということは、どの宇宙が一番先に起こったのかを事実上
確定できない、つまりメタ宇宙にはじまりはない、
裏を返すと何も無かったことは一度も無かったということになります。
これは自然法則が無かったことも一度も無かったということです。
なんだか不思議な気もしますけど、
自然というのは基本的には私たちの理解を超えたものなのだろう
というのがオチになりますた。

893 :でこすけ:2021/09/09(木) 10:32:37.83 0.net
>>891
もし並行宇宙がパラレルな時間の中で無限に存在した場合
私たちの宇宙とそっくり同じものひとつとっても
それだけで無限に存在することになったりするのでしょうか。
気が遠くなるので考えないことにしていますが
数学的な感性がある人ならうまいことを言いそうな気がします。
(出勤前)

894 :考える名無しさん:2021/09/10(金) 11:33:58.35 0.net
マルクス主義法学を学びなさい

895 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/12(日) 00:25:53.90 0.net
無、無限、流れ(エネルギー)、保存(対称性)
根本的なところが難しい。
流れは変化でもあり、おそらく、無限もそこに含まれるだろう。
これは変化でいいだろう。
無、変化、保存
この3つが根本的なものなのか?
無は始点であり終点でもある。
これをつないで、切れ目なくすれば円(あるいは超球面)である。
(じつは、超球面ではなく、n(次元)球面なのだが、誤解されない限りは超球面を使う)
となると、無は、無ではなく、超球面なのだ。
0次元球面より下はない。負の次元があってもよいが裏返しただけなので下とはいえない。
そう考えると、無は無次元球面と考えるのがもっともらしい。
超球面、変化、保存
なにかしらがある、とすれば、そのモノのようなものは超球面である。
モノや概念すらも超球面でよいだろう。

数学・物理・哲学の大統一プログラムがあるとすれば、この3つが基本要素であろう。

896 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/12(日) 00:44:47.06 0.net
保存は、ルールということでよいだろう。これは「法」だ。
残るは変化。
自由度なのか可能性なのか必然なのか偶然なのか。

超球面を熱力学の第零法則と第三法則だとすれば、
保存は第一法則である。
とすれば、変化は第二法則、ということになるであろう。

897 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/12(日) 13:15:35.20 0.net
超球面、変化、保存
これらは統合される。ひとつである。
そこから導き出されたのが「無秩序」。
無秩序は超球面であり、
無秩序は変化であり、
無秩序は保存である。
正確には、無秩序-秩序。秩序も含んでいる。
カテゴリー的には、無秩序も秩序に含まれる。
無秩序-秩序も円環であり、最大限の秩序は無秩序である。
これを(濫用ではあるが)「エントロピー」でよいのだ、とすれば、
宇宙は(意識も)「エントロピー」でできている。
「エントロピー」が超球面(モノ)であり、変化であり、保存である。

898 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/12(日) 15:32:20.75 0.net
エントロピーは状態量なのだが、濫用してしまう。
モノとしての性質すら持ちうるなにものかとして扱う。
その方向で検討中。
科学哲学においてビットをモノとして扱ってしまうのと同じであって、
ここでいうエントロピーも、モノとしてはビットになるだろう。
情報のモノ化かもしれない。
というわけで、意識もモノ化してしまう。
宇宙そのものも「意識」なので、モノは仮想物であるw
宇宙という「意識」の中での、仮想世界という宇宙。あるのは、(濫用された)エントロピーとしての情報のみ。

899 :考える名無しさん:2021/09/12(日) 15:55:35.65 0.net
ほぼ1人しか書いてないからブログでやったほうがいいですよ

900 :時計 :2021/09/12(日) 16:14:36.35 0.net
>>898
情報理論ではエントロピーは情報圧縮の限界ですから、
可能な限りエントロピー(のようなもの)を下げることが目的ですよね。
ま、だから何なのかは、よく解りませんが。:)

901 :時計 :2021/09/12(日) 16:21:08.51 0.net
>>900
889へは888へでした。
新しい投稿だとは気付きませんでした。

902 :時計 :2021/09/12(日) 16:29:38.76 0.net
>>898
認識することは、エントロピー(のようなもの)を下げることだったりしないかな。

903 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/12(日) 21:33:58.67 0.net
認識を、可能性の絞り込みだとすれば、
hotな情報をcoolにするということで、情報温度を下げるわけですね。
情報のエネルギーが変わらなければエントロピーは小さくなりますね。
ただ、捨てていく部分もあるのでエネルギーは減ります。
雑音をすてて、必要なものだけになったら、エネルギーを保ったままクールダウンさせる。
そう考えるとおもしろい。
フィルターにかけて必要なものを抽出したら、次に補正をかけてクッキリさせる。
ただし、フィルターも補正も、経験による学習が必要です。
学習しすぎもぐだぐだになるし、天才的なチョッカンもハズレてしまうとトンデモになるw

904 :時計 :2021/09/13(月) 08:43:56.82 0.net
>>903
私が想定していたのは、抽象化という認識の一側面です。
抽象化はある意味では雑音を捨てることですね。
注目したい粒度によって、何が雑音であるかは変わると思います。

905 :考える名無しさん:2021/09/13(月) 08:53:40.14 0.net
ナニイテンダコイツラハ

906 :時計 :2021/09/13(月) 09:24:18.97 0.net
>>905
何を聞いているのか。:)

907 :時計 :2021/09/14(火) 08:11:13.15 0.net
>>904
認識の力というものは、例えば、ある1つのスマホを使えるようになると、
他のスマホやタブレットなんかも使えるようになるわけです。
そこでは、ある程度の大小や形の違いは捨象されています。
機械的に言えばノイズ、雑音ですね。

908 :でこすけ:2021/09/14(火) 08:29:26.63 0.net
>>896
私のかんじでは、存在とはクオリアのように境界上に成立するもので
その向こう側とこちら側とが相互作用(変化)するからこその「存在」であり
つまり変化はむしろ存在にとって前提のような気がするところです。
どちらかというと「エネルギー」「保存」「エネルギー保存」などが幻想で
何故そのようなことがあるのかの方が問題になるのではないか
と考えます。
脳に記録されているとされる私たちの「記憶」というのも
絶え間ない変化の中に浮かび上がるマボロシみたいなイメージです。
脳自体は新陳代謝で構成要素がどんどん入れ替わっているにもかかわらず
それでも何かは維持されているわけです。

909 :でこすけ:2021/09/14(火) 10:51:07.82 0.net
>>908
と言いつつ「変化のない存在」もあり得るとは考えます。
これはせっかくなので超球面さん風に言わせてもらうと
「マナとカナだけの世界」すなわちその二人(?)以外は存在しない世界です。
実際超球面さんも以前「マナカナに時間はない」としておられましたが
私もそれはそういうことであるような気がします。

ただし一回だけ変化がある気はします。
互いが互いを認識していない状態(無)から互いを認識する状態への移行です。
つまり変化があるからこそ二人は存在できたわけですが
しかしそこで時間(変化)は止まってしまうことになるのだろう
とも考えるわけです。

ただ、だからと言ってマナカナは消えて無くなるわけでもないはずです。
これは消えてしまう理由がある気がしないためです。
二人だけの宇宙はメタ宇宙の中でライフゲームにおける固定物体のごとく
永久(?)に存在することになるのだろうと思うのです。
じつはむしろメタ宇宙の中にはこのパターンが最も多い気がするところです。

910 :でこすけ:2021/09/14(火) 11:12:40.01 0.net
>>909
ところがここにレナが参加することで事情がややこしくなります。
時間が永久に続くことになるのです。
厳密にするのは面倒なのでざっくりですが
とりあえずレナはマナとは相互作用するけどカナとはしないネットワークを
想定します(マナ-カナ-レナ ←こんなかんじ)。

まずマナ目線ですが、一回目のターンがあって、次に二回目のターンが生じます。
つまり一回目から二回目にカナに変化が生じます。
一回目のマナから見たカナはレナから影響を受けていませんが
二回目ではレナから影響を受けているカナを認識することになります。
マナははじめカナには友達はいないと思っていたのですが
どうやらそうでもないことに気付いたかんじです。
すると次はつまりカナはマナが自分に友達がいないと思っていることを知っていたのですが
じつは友達がいることにマナは気付いた、ということにカナも気付いた
というかんじです。
次はマナがカナに友達がいることに気付いたことに気付いたカナに気づいて
次はカナがそのマナに気づいて次はマナがそのカナに気づいて…
以下、合わせ鏡のように無限におっぱじまるわけです。
>>895では「終点」が考慮されていますが
私としては世界が「無に帰する瞬間」というのは無いと考えています。
「時間の終わり」とは「実際に流れた時間の終わり」という意味で
すなわち「現在」のことであり、
時間は無限に流れていく= 魂は不滅かも、になるわけです。

911 :でこすけ:2021/09/14(火) 11:15:02.65 0.net
>>910
なんかグダグダ

912 :でこすけ:2021/09/14(火) 11:21:30.84 0.net
ところでせっかくなのでこの機会に持論を展開させていただきます。
私は物質は存在しないと考えていますが
このとき「脳とは何なのか」というおはなしです。

脳というのは折りに触れ繰り返してきたように
私の考えではモナド的なもののネットワークなんですが
今回ことわっておきたいのはこのネットワークを構成するそれぞれのモナドが
決して隣接しているとは限らないということです。
たとえばここに時計さんと超球面さんと私とである意味ネットワークがあるわけですけど
当然ながらそれぞれのパソコンが直結しているわけはなく
むしろインターネット網の中に様々なネットワークが
パラレルに組み込まている状況です。
先程の例で言えば、マナとレナはカナを介して暗号などを用いつつ
二人だけのネットワークをつくることもあり得るわけです。
実際たとえば私が時計さんの意識を体験することは不可能ですが
時計さんの意識から影響を及ぼされた如きものを通じて
時計さんの意識の中を推し量ることができます。
それこそ私と時計さんの間にある無数の雑音を排除して云々
ということも可能なわけです。
私としては「物質」「空間」「運動」といったものが無かったとしても
この世界は運営できると考えるのです。

913 :でこすけ:2021/09/14(火) 11:31:12.35 0.net
>>912
>「物質」「空間」「運動」といったものが無かったとしても
意識の外側に無かったとしても、と付け加えさせていただきます。

914 :時計 :2021/09/14(火) 17:13:00.47 0.net
>>910
鏡は二人だけでも可能かなと思ったり。

915 :でこすけ:2021/09/15(水) 07:00:57.80 0.net
>>914
超球面さんのイメージと私のイメージとが必ずしも同じとは限らないのですが
私の考えではじつはマナカナは例によって幻想です。
これは「無」というよりも「空」というニュアンスかもしれません
(実在すると言い得るのは二人のあいだの境界だけです)。
つまり鏡に映るような姿は本来は無かったので
「合わせ鏡」というのもたとえに過ぎないもののつもりです。
このあたりはどうでもいいことのワリにチョーややこしいです。

「実在するのは境界だけ」というのは次のようなかんじのことです。
細かいことはともかくになりますが、とにかくマナとカナは存在しません。
実際に存在するのは「マナから見たカナ」と「カナから見たマナ」
(境界上に映った姿)だけなんですが、
ではマナとかカナとかは何なのかというと
マナでいえば「マナから見たカナ」こそがマナそのものというか、
たとえばそこに「マナから見たレナ」があったりすると
それ等(カナ像とレナ像)を総合したものが「マナ」というかんじです。
この場合マナの意識にある要素をすべて取り除くと最後に何も残らない
故にマナそのものは実在しない
そこで流れ的に自我は幻想とも言い得ることになるわけです。と私は考えます。
私がネットワーク上の基本単位を「粒子」ではなくて中身がからっぽの「泡」
というのはそういうことのつもりでした。


物理学では素粒子は対生成とか言ってニコイチ(二個一)が基本のようです。
私としては意識もニコイチ(二戸一)のような気がしています。
意識は境界の向こう側とこちら側とでニコイチです。
しかし物理学とどのようにつながるのかはよくわかりません。
いずれにしてもニコイチというのはとりあえず的な解釈に過ぎないもの
なのだろうとは思っています。

916 :でこすけ:2021/09/15(水) 07:03:11.29 0.net
>>915のつづき
さて、ここで問題になるのは境界がひとつしかないとき
(マナとカナしかいないとき)何らかのさらなる変化は起こり得るのかです。
「マナから見たカナ」は「カナから見たマナ」に影響を与え得るのか、
ポイントとしては、とりあえずマナとかカナとか言っていますが
本当は両者とも最もシンプルな状態の意識であって
となるとマナ目線のカナとカナ目線のマナはじつは完璧に同一ということが
あります。
表と裏とがまたっく同じで区別がつかない、ていうか区別はない、
そういう状況で変化は起こるのかという問題です。

個人的な感覚では何も動かなさそうな気がするのですが
あるいはけっこうそうでもないのかもしれません。
私としては片側に変化が起こったときにだけ
ただしそのときは自動的にその裏側にも変化が起こる(伝わる)気がします。
それ以前にそれは理屈であって現実は現実として別にあるかもしれません。
いずれにしても実際には検証できない部分だと思うので
もはや言いたい放題になっております。失礼しました。

917 :時計 :2021/09/15(水) 18:13:03.87 0.net
>>916
それで鏡は二人だけでも可能なのでしょうか。

918 :考える名無しさん:2021/09/16(木) 00:07:13.82 0.net
最新のVRの展示に行ったけど、本当にすごい

全然そこにないものが、どうしてもあるようにしか見えない。
展示会場にいるはずなのに、VRをオンにすると高級マンションの中にいるようにしか見えない。
今見えてるものだって、本当にそのとおりあるのかね?

919 :時計:2021/09/16(木) 08:05:24.67 0.net
>>918
カント的に言えば、物自体は認識され得ないということでしょうか。

920 :時計 :2021/09/16(木) 08:06:35.89 0.net
910はトリップは付いていませんが時計です。

921 :時計 :2021/09/16(木) 08:18:09.56 0.net
>>912
クオリアや自由意志は脳から説明されるかというのがこのスレッドの本文でしょうが、
とりあえず解っていることを語ることも大切かもしれません。
私の知る限り、ニューラルネットワークというものは基底変換です。
ただし、線形代数学とは異なりニューロン毎に一次元の非線形変換が入ります。
そこでは、独立性が線型性に代わって考えるべき条件です。
私は、「脳」というものを拡大解釈することは大切ではないかと思っています。
「脳」という漢字を見て、音を聞いて、何を想像するか。

922 :時計 :2021/09/16(木) 08:18:42.39 0.net
>>921
本文は本分が正しいです。

923 :時計 :2021/09/16(木) 08:26:39.46 0.net
>>921
ディープラーニングという言葉がありますが、
多分昔からワイドではあったのです。
だから、言わないだけで、ワイドは大切です。

924 :時計 :2021/09/16(木) 08:54:57.96 0.net
>>921
「ニューラルネットワークというもの」を
「ニューラルネットワークというものの本質」に修正します。

925 :時計 :2021/09/16(木) 09:03:34.89 0.net
>>921
細かいですが、「線型性」は「線形性」の方が一般的ですね。

926 :時計 :2021/09/16(木) 09:07:57.26 0.net
>>921
3つも修正してすみません。

927 :考える名無しさん:2021/09/16(木) 10:22:13.70 0.net
チンパンジーなどの高等動物でも言うなれば彼らは精神的な内在者で、自ずから精神的に意識を外在的に認識することは不可能でしょう、意識のハードプロブレムが生じる生じないの境界についてどう考えるか

928 :考える名無しさん:2021/09/16(木) 10:29:05.74 0.net
>>926
あなたしか読んでないから大丈夫ですよ

929 :でこすけ:2021/09/16(木) 11:12:08.00 0.net
>>917
私は論理的に考えれば不可能だということだと思います。
実体(境界)がひとつしかなければ論理的には合わせ鏡的なことにならない
ように思えるためです。

ここで何故ハギレが悪いのかというと
私には世界が隅々まで論理的に運行されているという確信がないためです。
十中八九宇宙は数学的(論理的)に解釈可能なのだろうとは思っていますが
あくまでその確信は100%ではありません。
実際には(たとえば相対性理論のように)検証事実が重要に決まっていて
私が言っているのはあくまでも空想に基づく解釈にすぎないものであり、
基本的には意識のハードプロブレムにあわよくば一石を投じてみたい
という程度のものです。
そこへもってきて哲学は検証できない領域をも扱うので
私のようなシロウトでも気軽に首を突っ込めるというノリだったのでした。


ところでその話に関連して、
先日たまたま科学雑誌の『ニュートン』を手に取ったというおはなしです。
数年ぶりにパラパラとページをめくったのですが
そこにたまたま相対性理論の検証の記事が乗っていました。
なんでも記事によると、スカイツリーの上と下とで「時間の遅れ」が検証され
ているというのです。
詳細がわからなかったので相対性理論の懐疑派としてはすべてを鵜呑みには
できませんけど、たいへん興味深い記事でした。
l'=al、t'=bt のaとbとがアインシュタインの時代に確定できるわけはないので
観測事実に基づく再検証が必要なはずだと思うのですが、
のようなこと自体があるのであればそれはそれとして認めるしかない
と考えたりはするわけです。

930 :でこすけ:2021/09/16(木) 11:26:56.29 0.net
>>929
やっぱり数学と論理とは違うもののような気がしてきました。
論理は論理でしょうけど数学は情緒でした。
数学はあらゆることに解釈を与え得るもので
非論理にも寛容な気がします。

931 :時計 :2021/09/16(木) 12:11:06.82 0.net
>>929-930
相対性理論は水星の近日点移動をニュートン力学より正しく予測できる、
確かそのようなことを聞いたことがあります。
これは確か初期の相対性理論の成果のはずです。

私は、境界の外側は必ず境界の内側にあると考えます。

人間には論理と情緒の両方があると思いますが、数学は情緒的でしょうか。
私は数学は論理的だと思います。

>>928
それはない。

932 :考える名無しさん:2021/09/16(木) 12:36:27.14 0.net
数学は、非論理も論理的に扱いますw
数学は論理ではなく、数理論理であって、論理からみればメタ論理です。
(今日の昼飯はカツカレー)

933 :時計 :2021/09/16(木) 12:43:58.30 0.net
>>932
数理論理は論理では?

934 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/16(木) 12:46:22.45 0.net
>>932
おっと、ハンドル入れ忘れた。

情緒は、数学ではなく、数学を扱う人間の側にあります。
扱われなくては数学など存在しないので、数学には情緒があるともいえます。
数学は人間と、そして宇宙と、セットです。
ですが、人間以外の知的生命体でも扱えるものが本来の数学です。
なにしろ、公式に人名がついていたりと、とても情緒的ですが、
人間以外では、そのような部分は(人間の)数学史を知らなければわかりません。

935 :時計 :2021/09/16(木) 12:48:46.31 0.net
>>934
それはそうですが、そうだとすれば論理学も情緒的でしょう……

936 :でこすけ:2021/09/16(木) 20:05:08.33 0.net
>>935
すごいつまらない話になりますけど
私のイメージではA=Aしか認めないのが論理学です。
数学の場合、学校数学(?)は1=2を認めませんけど
普遍数学(?)だと考え方次第ではそれを認めることもあり得る印象が
あります。
そこに感性とか情緒がかかわってくるかんじです。
一方でA=Bを認める論理があってもいいわけですが
それは私はもはや論理学とは言わない気がするのです。
あくまでも「私は」ですが。

937 :時計 :2021/09/16(木) 20:29:08.38 0.net
>>936
論理学ではA=Bは名前は異なるが指し示しているものが同じ
ということになりそうです。
1=2を認めるのも同様かなと思います。
私の考えでは、論理学と数学は未分化なのかもしれません。

938 :でこすけ:2021/09/17(金) 00:11:43.59 0.net
>>918
私が個人的に驚愕だったのは
前にも引用しましたけど「ストラットンの逆さ眼鏡」です。
https://www.rku.ac.jp/news/29927/
(上下左右は外部世界を写したものではなく
 脳が構成したものだと考えられます)
この実験結果はじつは意識が身体の空間的な内部に収まっている
という感覚をも揺るがしかねないことのように思われます。
意識のハードプロブレムにも微妙に関わってくるかもしれません。

939 :でこすけ:2021/09/17(金) 00:57:24.63 0.net
>>931
近日点については私としてはドンピシャでなければ意味がない気がするので
本質的な意義はない印象を持っています。
一方で私が気になるのは相対性理論の真偽以前に
相対性理論を無条件でチヤホヤする風潮です。
場合によっては懐疑派を火阿武里にする勢いすら感じるのは何なのか。
当のアインシュタインがMM実験では光速度不変の原理の検証が不十分だ
と言っているにも関わらず
未だに光速度不変の原理はMM実験で検証されたと書いている新刊があって
それは著者だけでなく大手出版社の編集者もそう考えているということです。
えてして難しいことを理解できる人が簡単なことを理解できないことはありますが
そういうことがあるとまともな言説をも鵜呑みにはできなくなるわけです。
スカイツリーの検証では理論値と完全に一致しているのだろうか、
地球の重力とか時計の質量や何かは考慮されているのだろうか、
アホはアホであるが故にいろいろ勘ぐりたくなってくるのです。

940 :でこすけ:2021/09/17(金) 01:23:07.03 0.net
>>931
>境界の外側は必ず境界の内側にある
意識の内側から見ればその外側は幻想です。
また、幻想でしかありえないからこその外側です。
幻想としての外側は境界上にあることになります。
ただし境界上が内側なのか外側なのかはよくわかりません。
私としても意識の外側は究極的には意味が無いとも思いますが、
とりあえず的にはそれを想定しても何も問題は起こらない
とチョッカンしたりもするのです。

>>932
私は世界は仮想現実だと主張してきたわけですが
カツカレーは幻想そのものだと考えています。
イメージ通りに納得したためしがありません。
しかしリピートさせる魔力は現実といえるものだと考えます。

>>938
驚愕は大袈裟ですね。しかし衝撃くらいは言っていいと思います。

941 :考える名無しさん:2021/09/17(金) 02:16:49.13 0.net
>>919
そう思いました。
あれから色々考えていますが、見る景色は容易にVRで変えられるわけで。
お高いVRはとてもリアルです。目の前にあるものを手に取ろうとしてしまいます。

VRを体験すると、我々のー外にー素朴実在論的にあると思っているはずのものが、
脳みそが作り出した景色の、ある種のー内にー我々は存在している?ことに気づかされます。
哲学は初心者ですが、この目の前にある景色ももしやある種の映像なのかな...って思います。

そうすると、プラトンのイデア論も正しいのかなと思ったりもします。
例えば太陽って自然科学が前提とするように、本当に我々のー外にー存在するのかな?と思います。
空の太陽って(眩しくて)直視できないですが、
イデア、物自体もまたinvisibleのはずです。

昔から太陽はお天道様とも言います。
意識のハードプロブレムは、自然科学的には全然わからず、哲学や仏教、神学方面に近いのかな..とも...。

942 :でこすけ:2021/09/17(金) 02:53:32.47 0.net
>>921
唯心論系の私としては物質として認識される「脳」ももちろん幻想です。

精神は物質による何らかのネットワークが成立したときに初めて生じるような
ビッグバンを起点にすると後天的な現象なのか、
あるいはもともといわゆる素粒子の一部か全部かに伴うどちらかといえば先天的
なものなのか、
私はチョッカンながら後者推しですけど、
この場合だと観測される素粒子というのは言わば意識の影のようなものです。
私的に影と言ってしまえばそもそも物質世界そのものが精神の影だった
ということにもなるのですが
おそらく認識されている世界は相当意識的に編集されているものです。
空気が見えなかったり壁の向こう側が見えなかったり
はたまた原子が見えなかったりあるいは銀河が見えなかったり
私たちが見ている世界は私たちのくらしのためにちょうどよく調整されている
という印象が否めません。

また、そのような幻想を創ったのはおそらく言わば「公共」です。
故に世界は共同幻想として成立しているのだと考えられます。
幻想世界はまったく支離滅裂なものなどではなく、
何らかの規則性を持ったものであるはずです。
そしてその規則性は人間が意識していないところにも確実に行き渡っている
と思われます。
認識されている世界が意味のないものであるわけはない
という何を今更的なお話でした。

なお>921はどのような文脈で仰っているのかがいまいち理解できていません。
おそれいります。

943 :時計 :2021/09/17(金) 03:09:23.02 0.net
>>939
エーテルが存在すれば、MM実験の結果を説明できそうな気はしますが、
どうなんでしょうか。

>>940
意識の境界が何を指しているのかはよくわかりませんが、
視界の境界が何を指しているのかはある程度わかります。
私の感覚では、視界の境界は曖昧です。
認識しているようなしていないようなそのような対象です。

944 :考える名無しさん:2021/09/17(金) 03:10:17.52 0.net
なんかビッグバンそのものもある種の幻想かもと思う
自然科学的にいえば客観的に存在する宇宙の始まりなんだけども
宇宙がそういう形式で存在しているのではなくて、もしも目の前に景色として立てられているのだとしたら

945 :でこすけ:2021/09/17(金) 03:17:38.31 0.net
>>921
ちなみにちょっとググったんですが
「脳」という字は人間の頭部を抽象化したものということになっていました。
しかし個人的に考えるのは、えてして未開社会の住人は心のありかを脳ではなく
心臓と考えていることが多いということとどう関わるのかです。
実際に脳という字を考案した人がどう考えていたのかはもちろん分かりませんが
野生動物を食用として解体したときなどに脳を見てそれ自体を知ってはいたはずです。
そのときその器官に心が宿っていたとか考えたりはしたのでしょうか。
あるいはそもそもそのような発想は持ち得るものなのでしょうか。
いずれにしても私たちの価値観や世界観に普遍性があるようには思えない
というのが私のかんじです。

946 :考える名無しさん:2021/09/17(金) 03:25:49.72 0.net
>>941
VRは夢みたいなものでしょうか。
夢も不思議で、この間私は、イチローと英語で話す夢を見ましたが、:)
現実の私はそこまで英語はできません。どうなっているのか。

>>942
私は時々脳という言葉を肯定して、意味的に再利用できないかと考えます。
神経もそうですね。神経は神の経ですから。

>>945
臓器を表す語に月が付くことが多いのは興味深いと思います。
頭は豆ですからね。どういうことなのか。

947 :時計 :2021/09/17(金) 03:27:14.74 0.net
937は時計です。

948 :でこすけ:2021/09/17(金) 03:45:54.88 0.net
>>943
たしかエーテルがあったらMM実験は成り立たない
つまりむしろMM実験がエーテルの存在を否定したと理解しています。
とにかく私としては光源と観測者とを異なる慣性系に固定して
パッと光の速度を測ってしまえばそれで済む話のように思えるのですが
実際現代科学の水準からすればそれほど難しいことではなさそうな気がします。
ていうか、そのくらいのことをやっていないはずはない気がするのですが
どうなんでしょう。

私は意識をアワに例えていますが、もちろん実際の泡ではありません。
構造的に実体である境界と、空虚と想定し得る内部と、それ等からなるもので
本来は素粒子と同様に感覚でとらえることはできないものです。
ただ視覚の境界については私は映像そのものがそれに当たると考えます。
意識の外側とその内側との境界です。
意識の仕組みが泡状だと言い得るという、それだけの意味です。

>>944
私はそれが正解だと思います。
ビッグバンは137億年前に起こったのではなくて
今起こっている、というのがどうやら本当のようです。

949 :時計 :2021/09/17(金) 03:54:05.36 0.net
>>948
MM実験がエーテルを否定ですか。うーむ。

泡というと、無数の泡が境界を共有して存在していることを思い浮かべますが、
そのようなことも何らかのメタファーなのでしょうか。

950 :でこすけ:2021/09/17(金) 04:01:13.84 0.net
>>946
私としても古代人のチョッカンを蔑ろにできないとは思います。
また再利用というのもいいと思います。
考えてみれば温故知新も古代からの知恵だと思います。

951 :でこすけ:2021/09/17(金) 04:25:44.61 0.net
>無数の泡が境界を共有して存在している
この「境界」はむしろ「膜」というニュアンスではないかと思うのですが
私が思う意識のネットワークではたぶん膜はつながっていないと思います。
先日の「マナ-カナ-レナ」でいうと、ふたつのハイフンはつながる必要が無い
ように思えます。
むしろカナを挟んだマナとレナとが同じ空間に存在している保証がない気がします。
マナとレナとを同じ空間に導く仕組みがあらかじめ与えられていないためです。
このモデルでは、ただマナとカナとが相互作用可能で、カナとレナも可能で、
しかしマナとレナは直接は不可能という、それ以上ではないのです。
もしこのネットワークが100人からなるのであれば
99次元空間とかになることさえある気がします。
というのは、もし私に意識があるとすれば
それは時計さんの意識がある空間とは別の空間にある気がするためです。

952 :時計 :2021/09/17(金) 08:19:09.51 0.net
>>950-951
脳の字の上の空いたコの字は、膜ではありませんか。
空いていますけどね。私としては空いている方が安心感はあります。

私は、他者の意識と呼ばれるものの本質は声のような気はしています。
視覚ではないように思います。

953 :でこすけ:2021/09/17(金) 08:59:56.92 0.net
>>927
最近このスレッドを読み始めた方でしょうか、
意識のハードプロブレム的なテーマを取り上げているスレッドは他にもありますが、
スレ主とさらに私とがどちらかといえば(細かいことはいろいろありますけど)
唯心論系ということがあって(たぶんスレ主は反論するでしょうけど)、
つまりチャーマーズ氏のハードプロブレムは二元論を前提にしていますから
ここではその問題は1÷0のような擬似問題という主張が幅を利かせています。
ざっくり言って問題自体が間違っているという考え方です。

ただ「意識を外在的に認識すること」についてとなると
その機能を獲得したプロセスが意識のハードプロブレムの最終的な答えの
傍証になる部分のような気がします(私は)。
むしろ解明できたらすごいことのような気さえしますが
そこは5chの出来事ですからおおらかでありたく存ずる次第でございます。

954 :でこすけ:2021/09/18(土) 04:21:58.11 0.net
>>952
>他者の意識と呼ばれるものの本質
これは「そこに意識があると判断する根拠」ということでしょうか。
だとすれば私は様々な要素から総合的に判断しているのではないかと考えます。
たとえば喋り方から何からまったく普通に見える人がいても
じつはその人がロボットであることがわかれば意識は無いと判断します。
いくつかの要素からひとつの意味を導く、つまり創発の基本です。

そういう話ではなかったですか?

955 :考える名無しさん:2021/09/18(土) 04:26:16.96 0.net
VRの弱点は飲食じゃないか?
飲食可能なVRの階層をrealityと呼ぶのかも

臍の緒を切る前の母子は砂時計
切ると女(母)は意識を外在的に認識する

956 :時計 :2021/09/18(土) 06:42:00.27 0.net
>>954
彼/彼女だったらこう言うだろうなという想像の声のことです。
それが他者の意識と呼ばれるものの本質ではないかと思いました。

957 :でこすけ:2021/09/18(土) 10:29:20.65 0.net
>>956
「言葉」ではなくて「声」と表現しているところに特徴を感じます。
どのような感覚があるのでしょうか。
主観主義の私が理解できていない部分を象徴している気がします。

958 :時計 :2021/09/18(土) 11:58:58.99 0.net
>>957
言葉には、話し言葉と書き言葉がありますから。
声と言ったのは、話し言葉、音声言語を指していたからです。

ところで、このスレッドでは、主観主義は、他者の意識は存在しない
と考えるという私の立場を表すものだったと思いますが。:)

959 :時計 :2021/09/18(土) 12:07:09.14 0.net
>>958
でこすけさんは他者の意識は存在し、
ネットワークを形成していると考えているのですよね。

960 :時計 :2021/09/18(土) 12:08:21.63 0.net
>>958
「私の立場」というよりは「私のような立場」ですね。

961 :時計 :2021/09/18(土) 12:10:33.62 0.net
>>960
つまり、主観主義は開かれています。

962 :時計 :2021/09/18(土) 12:23:51.53 0.net
少し早いですが、次スレッドを立てました。

https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1631935289/

順序の混乱を避けるためスレッド10から先に使用して下さい。
よろしくお願いいたします。

963 :時計 :2021/09/18(土) 14:29:10.95 0.net
>>955
視覚のVRは写真から始まったとすると、その歴史は長いですね。
飲食のVRは確かに難しそうですね。人工甘味料はある意味それかもしれません。

964 :時計 :2021/09/18(土) 16:12:37.62 0.net
>>963
絵画もVRの歴史に含まれるかもしれません。

965 :時計 :2021/09/18(土) 16:58:34.66 0.net
「赤」の波長の光が「赤」の感覚を引き起こす。
一方、「赤」を想像することにより、「赤」の感覚を得られる。
ここで、主観主義を、強い主観主義と弱い主観主義に分けたい。
強い主観主義においては、
「赤」の想像と「赤」の(狭義の)脳神経系の活動は非決定論的である。
弱い主観主義においては、それらは相関する。
しかし、随伴現象説とは異なり、それは、脳から感覚という関係ではなく、
想像から脳という関係であると思う。弱い主観主義の本質はそれであると思う。

966 :時計 :2021/09/18(土) 17:27:55.06 0.net
>>965
こう言ってもいいと思う。
(弱い)主観主義においては、脳は意識を決定するのではなく、
脳は意識にドライブされる側だと。

967 :時計 :2021/09/18(土) 18:56:59.56 0.net
>>966
しかし、こういう反論はあるかもしれない。
脳は意識にドライブされるのであれば、
赤い林檎を見て青い林檎を想像することは可能なはずであると。
これに対して、私は主体的受動性という概念を提案してみたい。
それは受動的ではあるが、飽くまで主体的であるという態度である。

968 :でこすけ:2021/09/19(日) 07:49:36.68 0.net
>>958
じつは私の唯心論は「考えたこと」であって
どうも物質が存在するという感覚は私自身にぬぐいきれずあるんですけど、
それに対し時計さんの「他者の意識は存在しない」は
時計さんにとって本当にリアルであって
つまり時計さんにしてみれば「感じたこと」を述べているだけの印象があります。
そうでなければ出てこないような表現が時々ある気がするのです。
時計さんが見ている世界は私が見ている世界と根本的に違う気がします。
それは私には理解できない部分です。
たとえば私には話し言葉と書き言葉が本質的なところでどう違うのかが
いまいちピンときません。
「AIの話し言葉に意識はともなうのか」とか、余計なことを考えるのです。

>>959
私は私と同じように時計さんにも他の人にも意識があると信じています。
もちろん私自身の中で絶対的な確証を得られることではありませんけど
とりあえず存在するとしておいて差し支えはなさそうですし
むしろ存在しないと考えるのは不自然な気がします。
また、私なりに頭を使って考えると
意識というのは他者と相互作用することによって初めて存在できる
そういうもののように思えます。
意識がひとつしか存在しない状態は論理的にはあり得ない気がするのです。
あくまでも「論理的」にすぎませんけれども。

969 :でこすけ:2021/09/19(日) 08:09:26.13 0.net
>>963
一応突っ込ませていただきますけど
飲食のVRは難しいでしょうが不可能ではない気がします。
舌や鼻や歯などに(何なら脳に直接)刺激を与えることによって
ラーメンとかとんかつとかを食っている感じは再現できるのではないでしょうか。
ただし食っても食っても腹にはたまらないのでダイエットにはうってつけです。
バーチャルリアリティダイエットはアリかもしれません。

970 :でこすけ:2021/09/19(日) 08:37:31.96 0.net
>>966
>脳は意識にドライブされる
唯心論系の私としてもざっくり言ってそういうことだと考えるわけですが、
しかしつまり脳とは何か意識とは何かというところで時計さんと私とでは
考え方が違ってくるということだと思います。
ただ、私が最も関心があるのはそのような現象がどのような構造によって実現
されるのかです。
構造というのは違う言い方をすると「世界に秩序を与えるもの」です。
先日の超球面さんの「超球面、変化、保存」についてもですが
そのような世界でどのようにして一般的な秩序が生じるのかは課題だと思います
(もっとも私は「超球面」というのが何なのかを理解できていませんけど)。
ちなみに私の考えでは「創発」がそれにあたるということになります。
失礼しました。

971 :でこすけ:2021/09/19(日) 08:41:39.31 0.net
>>970
「一般的な秩序」は「一般的な秩序とされるもの」
の方が良かった気がします。
つまり秩序というのは客観的なものではなく
あくまでも主観的なものだというニュアンスです。

972 :時計 :2021/09/19(日) 11:27:51.66 0.net
感覚 - 受動的 - 自動的 - 無意識的 - 主体的
思惟 - 能動的 - 手動的 - 意識的 - 主体的

主観主義による意識関連の見取り図は上述のようになるかと思います。

973 :考える名無しさん:2021/09/19(日) 11:39:13.72 0.net
VRがあんなにすごいのだから、そのうち家にいながら海外にいたり実家に帰ったりできるようになるだろうな
どこでもドアの世界だ

974 :時計 :2021/09/19(日) 11:46:47.71 0.net
>>969
それは視覚で言えば、直接視神経に刺激を与えるということで、危ないと思います。:)

975 :時計 :2021/09/19(日) 11:50:26.26 0.net
>>972
主体が大きく包んでいるという考えです。

>>973
VRの海外旅行は割安で良さそうですね。
VRのテレビ放送とか面白そうですね。

976 :時計 :2021/09/19(日) 12:06:19.66 0.net
>>970
世界の秩序は勿論、神的なものだと私は考えます。

977 :時計 :2021/09/19(日) 12:43:56.45 0.net
>>976
世界の秩序/無秩序、ですね。

978 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 13:18:49.48 0.net
「超球面」とは、本当は「n球面」の方が正しい。n次元球面のことです。
ただし、ここで語られている「超球面」は半径1の確率球面のことです。
何次元であろうと、虚軸を含もうと、|x0|^2 + |x1|^2 + |x2|^2 + ... = 1 なのです。
「超球面」が、「変化」や「保存」も含んでしまうことになるでしょう。
唯一の「宇宙原理」ですねw(秩序や無秩序の正体ですw)
これがあらゆる矛盾を回避する機構であると考えて探求・検証しています。
矛盾回避機構によって、歪んだ超球面も確率半径1です。
いわゆる「泡」も、「超球面」です。これが「存在」というもの(の正体)ですね。

979 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 13:46:53.74 0.net
この「超球面」は、(非標準的にですが)滑らかに裏返すことができます。
それどころか、一部だけ裏返ったままでも確率半径1を満たします。
しかも、複数の超球面になり得て、それぞれが確率半径1を満たす(すなわち主観を持つ)のです。
それでも、(全体というものがあれば)全体での確率半径も1です。それでいて、局所的にも確率半径1です。

なにしろ「宇宙原理」ですから、哲学・数学・物理学・文学.・...をも創造・維持・破壊しますw

980 :時計 :2021/09/19(日) 13:53:59.48 0.net
>>965と関連した主張。
クオリアは説明されるものではなく、説明するものである。
以前も書いたことがあるような気はします。

981 :時計 :2021/09/19(日) 14:04:54.69 0.net
>>978
かなり基本的なことで今更感はあるかもしれませんが、
n次元球面という時、何がn個あるのでしょうか。

982 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 15:08:41.24 0.net
抽象化されているので、なにか特定のものというわけではありません。
必要なとき必要なだけの「次元」ですが、
これはフラクタル次元や虚数次元なども含みます。(負の次元すらあってもよいw)
確率とすれば、「事象」でもよいので、「可能性」の数が「次元」に相当するでしょう。
しかし、フラクタルな事象や虚事象や負の事象ってなんじゃらほい、てなことになります。
確率1を超える事象すらあるw

983 :時計 :2021/09/19(日) 15:22:10.62 0.net
>>982
何か壮大ですね……
「可能性」の数は理解できます。
確率1を超える事象とは……

984 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 15:43:59.64 0.net
なにしろ「宇宙原理」ですからねw
といっても、ただの量子論です。抽象化されていますが、量子論と等価です。
確率2は世界が2つあると考えればよいわけで、世界を選択せずに、
世界という尺度で確率を計算すると1を超えます。
量子論では計算過程上に、このような確率が、しばしば、あらわれます。
同様に、負の確率や虚の確率やmatrixでしかあらわせないような確率や...

985 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 15:49:47.24 0.net
ま、計算上で、いちいち正規化したり変換したりがめんどくさいから、
そのような「ヘン」な確率が(計算過程上に)でてくる、と考えても大きな間違いではありません。

ところが、この世界が「計算過程上」にある、と考えると...
わくわくしますね。
計算する主観によって、いくらでも非常識なことが(主観にとって)「現実化」するわけですw

986 :時計 :2021/09/19(日) 16:10:18.73 0.net
>>984-985
量子論、面白そうですね。とりあえず確率2の量子論から調べてみます。
調べている最中に面白いサイトを見つけました。
新しい決定論的量子論らしいです。超球面さんの感想を聞いてみたいです。
https://www.t.kyoto-u.ac.jp/publicity/no68/essay/tachibana

987 :時計 :2021/09/19(日) 16:37:04.73 0.net
少し調べてみて、この2冊が面白そうだと思いました。
『量子力学で生命の謎を解く』
『宇宙は「もつれ」でできている』
確率2の量子論は、なかなか見つかりません……

988 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 18:07:45.45 0.net
>>986
残念ながらHqedは時間依存しません。単なる隠れた変数の理論になってしまいます。
>>987
Wikipediaの負の確率をご覧ください。
負の確率がある以上、1を超える確率もあります。
実際に量子論における計算過程でそのようなことは発生します。
これは、基準にしている世界以外の世界を考えた時、基準にしている世界だけで確率を計算すると現れてきます。

989 :非標準超球面論理Nexus/CDT :2021/09/19(日) 18:32:56.81 0.net
>>986
補足、
アルファ振動子理論で検索すれば、
そんこあとあるわけねーだろーという論文が引っかかりますw
この論文を読む限りでは、時間依存しないよなーとなりますね。 

確率2については、ニュートンだったかサイエンスだったかのやつがわかりやすいんですが、
何年何月号だったか調べがつきませんでした。
量子力学の2冊の本はどちらも読んでいます。
もつれのほうは持っています。生命の謎のほうは図書館で読みました。
もつれのほうはマナ・カナ・レナに反映されています。
生命の謎は、仮説ではありますが「意識」も取り扱われています。

990 :時計 :2021/09/19(日) 19:04:57.19 0.net
>>988
新しい理論だからいいとは限らないのですね。

Wikipedia等を見ましたが、負の確率は深そうです。
一般向けの書籍を探してみます。

991 :時計 :2021/09/19(日) 19:08:37.73 0.net
>>989
え、トンデモでしたか。大学の記事なのに……

もつれから読んでみようかな。
生命の謎も面白そうですが。意識に触れているのはいいですね。

992 :でこすけ:2021/09/20(月) 03:51:27.03 0.net
>>974
私も危ないと思います。
もしも実現してくれるとすれば人権思想が根付かなかったC国でしょうか、
漢方薬の開発でも大勢犠牲を出したという話を聞いたことがあります。
そのようにして開発した技術でお金儲けをして
そのお金で世界を牛耳るわけです。

私は以前、最後には正義が勝つと考えていましたが
最近ちょっと考え方をあらためました。
よくある話ですが、善と悪とはバランスをとることに意義がある
というパターンです。
絶え間なく戦い続けることがミソなのだろうと思ったのでした。

993 :でこすけ:2021/09/20(月) 04:33:39.98 0.net
>>978
せっかくなので一連を読ませていただいた率直な印象なんですけど
私としてはいまいちピンときませんでした。
はっきり言ってしまえば典型的な頭がいい人の意味不明な文章です。
それでもとりあえず「量子論と等価」というところから無理矢理こじつけると、
すべての存在は「超球面」として解釈し得る構造を持っていて
これは超ひも理論の「超ひも」にあたるもの、というかんじでしょうか。
「世界は“超ひも”で出来ている」ならぬ
「世界は“超球面”で出来ている」という考え方です。
あるいは既にそういう表現があったのを私が見落としていただけかもしれない
とも思います。
そのようにとらえて「超球面(存在)」と「CDT(現象) 」とを考え合わせれば
なんとなくいろいろ説明が付きそうな気もしますが、どうでしょうか。
当たってますでしょうか?

994 :でこすけ:2021/09/20(月) 04:52:39.73 0.net
ところで新しいスレッドに移る前に超球面さんにお考えいただきたいのですが
(というか頭の片隅に置いておいていただきたいのですが)
たとえばビッグバンでマナ・カナ・レナの三人だけが生まれたとします。
そこにたとえばラナとかリナとかルナとかが後から参加できるとすれば
それはどのような条件を満たしたときでしょう。
また、それは可能でしょうか。
あるいは私は実体は泡沫構造を形成していると考えたりしているわけですが
そのようなものの増殖はたとえば人工的に可能でしょうか。
世界が始まるのはいいにしても
それがどのようにして膨張するのかは私も課題ではあるのです。
私にはまったく心当たりが無いのでした。

995 :でこすけ:2021/09/20(月) 05:36:11.60 0.net
>>976
何故思惟は能動なのか、何故感覚は自動なのか、何故無意識があるのか、
そもそも主体とは何なのか、
こういったことは私も考えておきたい気がする問題ですが、のみならず
私としてはやっぱりクオリアをもそれが何なのかを問いたくなったりしてしまいます。
流れ的にはもちろん「神」についてもその本質を問うことになります。
あるいは存在とは何なのか、現象とは何なのか、
ネットワークとは何なのか、ヒエラルキーとは何なのか、

意識のハードプロブレムの答えとは
やっぱりある種の鏡像にすぎないものなのだろうと思ったりするところです。
自分探しをしていたのかもしれないと思えば個人的には「なんだかなー」
とかなったりします。

996 :時計 :2021/09/20(月) 05:56:50.50 0.net
>>995
クオリアを感覚を感覚すること(立ち止まり)だと考えると、
クオリアには能動と受動の両方の側面があるように思います。
逆に能動である思惟の受動であるクオリアもあり得ると思います。

997 :でこすけ:2021/09/20(月) 05:58:07.62 0.net
>>953
生物が意識を獲得するというのはどのようなことでしょうか。
ただ、「意識」という言葉の意味は多様で
本来ならある程度絞っておくべきなのでしょうが、
ここではあえて曖昧にさせていただきます。

類人猿に意識はあるのか、
類人猿というのはもちろん人のような猿のことですけど
じつは個人的には言葉を持たない類猿人(ヒト)も意識レベルでは大差ない
という気がするところです。
一方である程度の原始的な生物はその時の衝動だけで行動している印象が
あったりします。
何も考えず、何も覚えていないかんじです。
それに対し私(でこすけ)もいわゆる高等生物のハシクレとして
たとえば台所に何かを取りに行って、そこで何の用事でそこまで行ったのか
それを覚えていないことに自分で気付いたりすることが出来ます。
あるいは昔冷蔵庫のカドに足の小指をぶつけたことを思い出し
その絵面を想像して自分でちょっとニヤニヤしたりすることも出来ます。
そういったことがあるのはすなわち意識があるからだと考えるのですが
類人猿にはそのようなことは可能なのでしょうか。
もちろん彼らはややこしいことを考えたりはしないでしょうけど
しかし例えば食物を後で食べようと思って隠しておいたものを取りに行ったり、
あるいは外敵の虚像に怯えたり、
そのくらいのことはサルにでもありそうな気がします。
それは言葉が無いだけで意識自体は有るということにはならないのか、
私としてはそのようにも考えられる気はするのです。
ひょっとすると類人猿なら原始的な言語で何か考え事をしていそうな気さえします。
ウッホウッホとか、ウッキーッとか、
彼らの意識の中でそのくらいのことがあってもことさらおかしくない気もしたのです。

998 :時計 :2021/09/20(月) 06:18:37.94 0.net
>>996
能動である思惟の受動の能動であるクオリア、ですね。
ややこしいです。

999 :でこすけ:2021/09/20(月) 06:25:29.80 0.net
>>996
私としてはどのようにして立ち止まることが出来るようになったのか
これは>>997との関連でも問いたいところです。
それは時計さん的には「神のみぞ知る」の領域になるのでしょうか。
私はとりあえずチョッカンで「記憶」が関係する気がしています。

>>次スレ6
それは誰かにとっては預かり知らぬことというケースもございます。
スレッド11で初めて関わった人もいるかもしれません。
ていうか私がこのスレッドのうちに投稿しておきたいことがまだ少しあるので
若干あせっています。
たいてい持ち越すことになりますけど
(いつだったかのようにポエム的なもので残りのレスを埋めるのは
 思い留まっていただきたい恐縮です)。

1000 :でこすけ:2021/09/20(月) 06:46:07.83 0.net
「記憶」というのはこれまた冷蔵庫の中の電気みたいなもので
普段は消えていそうな気がします。
むしろ保存されているという感覚は例によってでこすけさんお得意の錯覚で
それが意識にのぼる際には新しく更新されたものであるような気がします。
記憶もまた記録されている情報の再現なのだろうとは思うのですが
それはある種のダイナミズムだと私は考えます。
学問的にどうなっているのかはまったく存じません。おそれいります。

1001 :時計 :2021/09/20(月) 06:47:19.33 0.net
>>999
そうですね。
どのようにして立ち止まることが出来るようになったのか。難しいですね。

新たにやってきた人は次スレでもいいかもしれません。
訂正してきました。

1002 :でこすけ:2021/09/20(月) 06:57:47.41 0.net
>>1000
五行目の「記憶」は意識にのぼっている記憶のことです。
人が生きているうちには何度も何度も思い出す
そのような思い出が誰にでもあるのではないかと思うのですが
そういうものでも全く同じは二度とないという気がするところです。
それは個々の「単語」のレベルからそうなのではないかと考えます。


ところでさっきはあんなことを言いましたけど
書き込みをするのはもちろん個人の自由です。
私のために取っておく必要はないということは言うまでもないかもしれませんけど
一応。

1003 :時計 :2021/09/20(月) 07:00:03.64 0.net
>>1000
私は小脳はコンピュータでいうストレージのようなものかもしれないと考えています。
見た感じ、そんな気はしませんか?

1004 :時計 :2021/09/20(月) 07:08:49.50 0.net
>>1002
おぞましい感じとか、恍惚感とか、記憶に情緒が付帯することは多々ありますね。
それは、新たに生成されていることもあるように思います。

1005 :でこすけ:2021/09/20(月) 07:19:33.83 0.net
>>1003
私はじつは脳についてはあまりよくは知らんのですが、
大脳新皮質と呼ばれる部位がヒト特有であるということと
脳幹と呼ばれる部位が感覚か何かと関わるくらいのことは聞いたことがあります。
それを思えば順番的にはそういうこともありそうだとはアバウトながら
思います。

1006 :時計 :2021/09/20(月) 07:24:11.70 0.net
>>1005
小脳はよく運動制御に使われると言われています。
視覚や聴覚などの感覚は大脳で処理されると言われていると思いますよ。
私も素人みたいなものですが。

1007 :でこすけ:2021/09/20(月) 07:29:22.14 0.net
>>1002
で、記憶はどのようにして再現されるのかというと
これがまたでこすけさんのお得意の「創発」になるわけです。

ちなみにそこで生じる問題は「記憶装置」です。

1008 :でこすけ:2021/09/20(月) 07:37:25.26 0.net
>>1006
小脳が運動の制御をしながらストレージでもあるというのは
超なんとなくではありますが、どこかリアリティを感じます。
ていうかこの話題はわたしがグダグダです。

1009 :でこすけ:2021/09/20(月) 07:39:40.10 0.net
あー

1010 :2ch.net投稿限界:Over 1000 Thread
2ch.netからのレス数が1000に到達しました。

総レス数 1010
529 KB
掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★