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日本史より面白い「世界史」は何処か?

1 :世界@名無史さん:2024/03/28(木) 21:02:16.39 0.net
どこの国でも自国史が一番と思うのは普通の感覚かもしれないが、私見では日本ほど面白い各国史は無いと思う。私は小学生の時からの日本史オタであり、高校生から
近現代史(世界史)には強い興味があるのだが、それ以外の時代・地域は興味があまり無い。まあ、始皇帝とナポレオンだけは好きで本も読んだが、特に中国史や近世西洋史に関心があるわけでもない。知識も無い。
 
皆さんが思う「日本史より面白い」各国史(又は地域)や時代はどれですか? 主観でいいのでおいらに語って下さい。

234 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 13:01:39.36 ID:0.net
日本という国で、対外貿易を主軸に据えた経済政策って、なかなか定着してないんだよね
いろんな意味で良くも悪くも島国っぽいというか

平氏政権期(重商主義開始)→鎌倉政権期(重農主義引き戻し)→
足利政権期(義満以降に重商主義再認識)→戦国期(対西洋諸国貿易開始)→
織豊政権期(近世以前で最も本格的な重商主義と対外貿易の時代)→
徳川政権期(再び重農主義中心政策に逆戻り)→
幕末期(開国以降ようやく対外貿易が再び本格化)→
明治期(事実上史上初の重商主義と対外貿易が国の中心政策化)→現代に至る

235 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 13:03:53.97 ID:0.net
もしも、平氏政権が早々に倒れず、ずっと福原か平安京で存続していたならば
九州から瀬戸内海沿岸や、山陰あたりは、
史実よりもずっと経済力と文化的多様性に富んだ社会になっただろうか
関門海峡周辺はコンスタンティノープルのような地域、「壇ノ浦」は繁栄の象徴の名かも

236 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 13:22:38.97 ID:0.net
>>234 修正

事実上史上初の重商主義と対外貿易が国の中心政策化

重商主義と対外貿易が事実上史上初めて国の中心政策化

237 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 13:38:25.25 ID:0.net
浙江省は地理的に日本に近くて、古くから交渉が
あったんだよな
日本から帆船で東北風が多く吹けば、薩摩、五島列島から
浙江省中部沿海地区に到達する
こういう地理的条件を生かすことはできなかったのかな?

238 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 16:46:59.41 0.net
>>235
福原京は平氏自身がすぐにやめたので、平氏政権が永続しても史実以上の発展は無かったと思うが、
大宰府は発展したかもしれない。忠盛の代からの平家の地盤だ。NHK大河ドラマの「時宗」で鎌倉後期の大宰府が舞台になっていたのが興味深かった。
日本史IFはスレチになるが、「もしも平氏政権や織豊政権の重商主義政策が続いていたならば・・・」というのは昔から関心の高い命題である。

239 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 19:54:24.24 0.net
>>238
「時宗」で登場していた九州の地域は、博多が殆どだったと思うよ
戦国もの・江戸期ものドラマでの長崎と肩を並べるくらい、国際色豊かだったね
中世の博多って実質的にチャイナ(宋)&コリア(高麗)タウン、当時日本一の国際都市でしょ
平氏政権が続いてたら、越前の敦賀あたりも最終的にそうなったかも

平成政権期・鎌倉政権期は、日宋貿易と並んで日麗貿易も盛んだったよね
高麗君主の王氏は、もともと海洋貿易で力を付けた一族だった
或る意味、高麗史というのはパラレル日本史のモデルケースかもしれない
中期高麗では武臣政権期もあった(まさに日本の平氏政権期や鎌倉政権期と並行)ほどだし

240 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 19:56:53.53 0.net
>>239 訂正

平成政権期

平氏政権期

……修正してなかったらものすごいパラレルワールドだ

241 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 22:22:11.08 0.net
海洋国家になる国は、福建省、ヴェネツィア、オランダのように、
自国の土地だけでは自給自足ができない地域が多いな
福建省も山がちな土地だから海へ出ていった

242 :世界@名無史さん:2024/05/09(木) 22:45:55.33 0.net
>>241
と、すると、江戸期の日本は海洋国家に進まなかったのは自給自足が出来る国だった、つーことか。
それでも不足分は長崎貿易で事足りた。世界の動きには遅れることになったが、“鎖国”政策はまずい選択ではなかった。
文政年間あたりから段階的開国をしてたらパーフェクトだったりする。

243 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 00:20:51.76 0.net
>>242
必ずしもそうとは言えない
水稲栽培を基本にした経済構造は、寒冷地域には本来あまり合っていなかった
そもそも稲は本来、熱帯産の植物だ
江戸期は小氷期になっていたという説もあるほどで、飢饉も多かった

山がちな地域も水稲栽培に向かないのは周知のとおり
例えばそれこそ、対馬は水田が少ないという事情もあり、
古代以来ずっと、朝鮮半島との交易抜きの経済は考えられなかった

244 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 00:59:44.35 0.net
「いわゆる島国ではなく大陸国家で世界的交通要衝、しかも王朝交代もありながら、
 継続国家としてのアイデンティティを千年単位で保ち続けた」
という稀有な国がある
どこだと思う?

東ローマ帝国、いわゆるビザンツ帝国ね

日本列島とは全く違う環境下にありながら、日本史の流れにもやや似た展開が含まれつつ、
世界全体では極めて長い部類の国家の継続があったという事例だよ
実際、このスレの1さんもかなり興味深く研究できる分野の一つが、これじゃないかと思う

245 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 01:03:27.61 0.net
ちなみに「ビザンツ帝国」という用語は、史学上の便宜として16世紀以降使われ始めたもの
だから、帝国版図の人々自身はそうは名乗っておらず、ずっと自国を「ローマ」と呼んでいた

246 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 08:50:53.80 0.net
これからは近代が終わった後、「新しい中世」がくると
いわれている
だからこそビザンツに注目すべきだと思うんだけどな

247 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 10:15:57.52 0.net
「これから」というなら、歴史よりも国際政治が最先端だな

248 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 11:03:16.77 0.net
>>239
博多には唐房と呼ばれる中国人街があったな

249 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 12:55:37.74 0.net
>>244
>日本史の流れにもやや似た展開が含まれつつ、

ちょっとこの辺を詳しく語って下さいな。ビザンツ帝国が長く続いたレアケースなのは解るけど、
日本と決定的に違うのは王朝交代の有無で、この点が日本史最大の特徴といえる。
そうするとビザンツに近いのは革命以前のフランスじゃないのかな?
また、日本と似てる国挙げろ、となると答えはお隣の半島国と、これまた月並みな結論になる。
ビザンツ史は最近注目を浴びてる分野なので面白さをもっと詳しく。

250 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 13:23:46.62 0.net
>>246
「新しい中世」って一体何だろうか? 中世をカオスと捉えるなら、近世と近代は「安定期」だったのか?
欧州の近世って「戦争の時代」という認識があるんだけども。
それと個人的にはビザンツに「中世」の印象は薄いなあ。ま、古代とも違うのは解るけど。
日本と西欧の中世は類似性があるけど、東欧の中世ってよく知らないな。

251 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 13:23:46.62 0.net
>>246
「新しい中世」って一体何だろうか? 中世をカオスと捉えるなら、近世と近代は「安定期」だったのか?
欧州の近世って「戦争の時代」という認識があるんだけども。
それと個人的にはビザンツに「中世」の印象は薄いなあ。ま、古代とも違うのは解るけど。
日本と西欧の中世は類似性があるけど、東欧の中世ってよく知らないな。

252 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 19:52:35.23 0.net
東ローマ帝国の話題が出たので、ちょいと過去レスのおさらいをしたいのだが、
一口に「ローマ史」と言ってもロムルスの建国から西ローマ帝国滅亡まで1300年もある。「ローマ史」を挙げた人はその理由を政治史・社会史ではなく、文明論的観点、具体的には法律や建築を挙げていた。
この伝でいくとこのスレで取り上げるローマの時代範囲は十二表法の制定(BC449年)から紀元3世紀中葉となろうが、ここはやはり第二次ポエニ戦争から西ローマ帝国滅亡とするのが妥当だろう。
大体700年位でいい塩梅である。

253 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 21:49:19.03 0.net
>>243
とは言え人口規模が3000万人超えたのは新田開発無しではありえなかった

254 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 21:52:40.59 0.net
>>239
ただ鎌倉時代の博多のチャイナタウンの住民は早々に日本人に同化して戦国時代のチャイナタウンの明人とは繋がってないらしいな

255 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 22:52:46.82 0.net
北宋代の、博多の綱首(貿易船のリーダー)はほぼ中国系の
海商らしい
南宋末から元にかけて活躍した博多綱首として謝国明が有名
宋側は彼のような日本の寺社・権門を派遣主として来航する
博多綱主を「日本商人」として扱っていた

256 :世界@名無史さん:2024/05/10(金) 23:13:41.80 0.net
>>100
極東の島国という僻地だから運良く侵略されなかっただけ
無防備の北海道が欧米に侵略されてないのがそれを物語ってる

257 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 02:30:54.86 0.net
>>249
東ローマ史で日本史とやや似てるかなと思うのは、特に東ローマの中期頃だろうね
「テマ制」という言葉を聞いたことがあるだろうと思うけど、
版図全体を帝国中央の軍が常に防衛するということが難しい中で、
地方の軍管区に軍事だけでなく行政一般も任せるようになった制度だよ
この制度下で、世襲的な地方軍閥が力を付けるようになり、
そうした地方軍閥勢力が帝国中央の政界にも進出、しまいには王朝交代の主役となり続けた

258 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 02:35:10.11 0.net
テマを背景にした地方軍閥が帝国中央で目立ち始めるのは日本の武士の勃興よりやや早く、
日本でみると平安初期頃くらいの時代からのようだ

しかし、こうした軍閥がコンスタンティノープルに進出し王朝交代を繰り返したとしても、
彼ら自身の意識では飽くまで「我々の国はローマである」とされ、
「旧国家を倒して新国家を建てた」とか「ローマから分離独立した」
といった意識は、彼ら自身には無かった

259 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 03:34:35.93 0.net
11世紀後半、アレクシオス1世が立てたコムネノス朝には、
日本でそれから約1世紀後に勃興する平氏政権や鎌倉政権のパラレル的な雰囲気もある
「平家一門、源将軍家、執権北条家が婚姻同盟を結びつつ展開させる武家政権」といった、
パラレルワールド日本史的な展開を思わせる動きは、なかなか興味深い
皇帝アレクシオス1世の記録「アレクシアス」は、実の長女の皇女アンナが著した史書だ

260 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 09:39:47.29 0.net
以前誰かが書いてたけど、イギリス「非公式帝国」
「自由貿易の帝国」の歴史はどうかな?
名p俺オンのように陸上帝国を建設するのではなく、
効率の良い海洋支配をする
政治的支配はないままに、分業体制を維持するやり方

261 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 10:24:29.43 0.net
ビザンツ帝国が王朝交代を繰り返しながら「ローマ人」アイデンティを持ち続けた国家なのは理解できるが、
それって中華帝国と似てるよね。日本より中国に似てる。
まあ、中国の王朝交代は北朝・元・清のように異民族の侵攻、つまり外部勢力による交代があるからビザンツと異なる。
北周から南宋までを一つの帝国史とみても700年、前漢から南朝滅亡までとっても800年。
たしかに千年帝国ビザンツの方が上かもしれんね。

262 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 10:37:35.34 0.net
>>260
オランダ→イギリスへの覇権の移動、そして20世紀後半の大英帝国の解体はすごく興味あるね。
近現代史の中でも中心的テーマだね。グレートゲーム、2つの世界大戦も含まれる。
古代史ファンには申し訳ないけど、ギリシャやローマ史より好きだ。m(__)m

263 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 12:07:45.62 0.net
>>261
中国王朝での元や清に当たるのが、まさにオスマン帝国だろうね

しかも、コンスタンティノープル遷都後のオスマン帝国皇帝の中には、
自らの複雑多岐に亘る称号のなかに、
「カイセリ・ルーム」
(ローマのカエサル   ペルシア語表現を導入したオスマン(・トルコ)語表現
 カイセル(カエサル) イ(の) ルーム(ローマ)  の続け読み)
を含める皇帝もいた

264 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 12:09:54.93 0.net
>>262
大英帝国は、植民地から得た利益より、
南北アメリカから得た利益のほうが
大きいんだよな

265 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 12:32:57.67 0.net
みんな大好きで熱心に語るのは「軍事/政治史」、つまり皮相の人為ばかり。
どうも興味が持てない。
サピエンス登場以後の環境災害史、及びそれに絶対的規定を受けた技術史、産業史の方が遙かに面白い。
 
その意味でもプレート錯綜地帯で火山由来の国土を有して、且つモンスーンの影響をモロに受ける(日本)列島史が一番なんだが、
それ以外で最近興味を持ち始めているのはモンゴロイド時代の南米史かな。
 

266 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 12:35:29.70 0.net
>>263
ふむふむ。知識が無いので間違った感想かもしれんが、今まで私はビザンツ=東方正教会、オスマン=イスラムである由を以て、
両者を全く断絶したものと捉えていた。そしてビザンツの自称後継国家ロシアに目を奪われてきたが、
細部を見れば、ビザンツとオスマンの連続性があり、オスマンは立派にビザンツの後継国家という視点に欠けていたよ。
「オスマン帝国は第3のローマ帝国」なのかもしれんね。これまではロシアやアメリカを第3のローマ帝国とみてきたので面白いね。

267 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 12:50:54.49 0.net
>>265
>みんな大好きで熱心に語るのは「軍事/政治史」、
そうかなあ。レス数から行くと文明論・経済史関係が多いと思うけど

>サピエンス登場以後の環境災害史、及びそれに絶対的規定を受けた技術史、産業史の方が遙かに面白い。(中略)最近興味を持ち始めているのはモンゴロイド時代の南米史かな。
具体例をいくつかお願いします。

268 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 13:20:42.48 0.net
>>267
まだまだ興味を持ち始めたばかりで漠然かつ散漫。
 
月並みだけどインカに注目している。
北半球の産業や社会構造に絶大なインパクトを与えた中世の「小氷期」が南半球ではどうだったのかと云う関心がそもそもの取っ掛かりで、
クスコ/インカ帝国が概ねこの時期に当たることで興味を惹かれた。
 
またもっとベーシックな環境条件からしても、
高原の割には多湿とされている気候や我が列島同様地震多発地帯でありながら
これらの条件と相性の悪い石造建築などと云う技術が何故発達したのか、とか。
(列島人の建築技術が「永続」「堅牢」よりも「破壊と再生の簡便性」「通気性」に向かったのは高温多湿、強酸性土壌、地震頻発に規定されたものだと考えている。)
 
どうしても「日本」との比較という次元から離れられないのが我ながら小さいなとは思うが。
 

269 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 13:38:52.23 0.net
イタリアも、地震や火山が多いけれど
石造建築だよな
日本よりも気候は乾燥しているが

270 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 14:54:26.39 0.net
>>268
過去レスで歴史気候学に触れた人がいたが説明が無かったので殿堂入りも無かった。この分野はもう少し掘り下げてみたい分野だね。(俺が知らんだけやけどw)
寒冷化や災害、環境変化がその時の歴史的事件に関わったりするケースはちらほら見るが、
建築やテクノロジーへの影響を言い出すと、南米に限らず四大文明の誕生は環境変化と関係ある。
最近 古代ギリシャ史解説の動画を観たのだが、紀元前10世紀頃の「カタストロフィー」に興味ある。
自然災害ではないかもしれないが、一体それは何なのか?

271 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 15:10:43.27 0.net
歴史気候学というと、気温が下がって牧草が
育たなくなったので遊牧民が中原に侵入したとか、
1780年代に世界各地で火山が噴火を起こし、
それがフランス革命の遠因になったとかいう
あれだよな

272 :(:2024/05/11(土) 20:22:14.48 0.net
>>232
大変興味深いテーマですが、日本が脇役ならまだしも、日本中心の地域史は「日本史」扱いとなります。クライアントと協議の結果、残念ながら今回は認定外とさせて頂きます。
同様の理由で「世界史から見たジョン万次郎」も認定外となりました。
また、歴史気候学を挙げられた方には説明不十分として認定留保としておりましたが、>>58>>59氏におかれましてもその後の具体的説明が無かったので>>119を修正し、「グロヒス(交通史・文化史)」を同様の理由で認定留保に変更します。

273 :272:2024/05/11(土) 20:27:19.73 0.net
これまでのノミネート例(修正・追加)

・古代ギリシャ文明
・古代ローマ文明
・『オスマンVSヨーロッパ』(講談社刊)
・香辛料の話
・ムハンマド・アリー朝の近代化
・始皇帝〜楚漢戦争
・日本と似ているビザンツ帝国史
・大英帝国と自由貿易
・災害と環境変化、それらが技術・産業に与えた影響

だんだん盛り上がってまいりました。

274 :272:2024/05/11(土) 20:27:19.90 0.net
これまでのノミネート例(修正・追加)

・古代ギリシャ文明
・古代ローマ文明
・『オスマンVSヨーロッパ』(講談社刊)
・香辛料の話
・ムハンマド・アリー朝の近代化
・始皇帝〜楚漢戦争
・日本と似ているビザンツ帝国史
・大英帝国と自由貿易
・災害と環境変化、それらが技術・産業に与えた影響

だんだん盛り上がってまいりました。

275 :世界@名無史さん:2024/05/11(土) 21:10:13.15 0.net
>>232
かつて村井章介氏や網野善彦氏が顕著な成果を挙げていた。
彼等の衣鉢を継ぐ若手学者がいるのかいないのかは知らない。

276 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 21:58:56.85 ID:0.net
>>268
高度な文明を持った無文字社会というのは興味深いな

277 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 22:30:52.97 0.net
>>24
↑の糞コメントが「世界史」の本質を言い表してるよな。4大文明関係無しにヨーロッパ(西欧。東欧は含まない)が人類文明の本流で現在も世界の中心だ、
こういう歴史観を日本人も無意識に受け入れている。日本は元々中華文明の周辺地域だったから、中国やインドと違って、こういう欧州中心史観を受け入れやすい土壌がある。
そして戦前にあった日本中心主義も敗戦により「誤った自国中心主義」として排除され、これまた結果的に欧州中心主義を受容する素地となった。
>>16のような意見を無批判に受け入れるのではなく、もう少し「揉んでみる」必要があるかなとは思う。

これは「近代とは何か?」も通底する命題である。

278 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 22:30:52.97 0.net
>>24
↑の糞コメントが「世界史」の本質を言い表してるよな。4大文明関係無しにヨーロッパ(西欧。東欧は含まない)が人類文明の本流で現在も世界の中心だ、
こういう歴史観を日本人も無意識に受け入れている。日本は元々中華文明の周辺地域だったから、中国やインドと違って、こういう欧州中心史観を受け入れやすい土壌がある。
そして戦前にあった日本中心主義も敗戦により「誤った自国中心主義」として排除され、これまた結果的に欧州中心主義を受容する素地となった。
>>16のような意見を無批判に受け入れるのではなく、もう少し「揉んでみる」必要があるかなとは思う。

これは「近代とは何か?」も通底する命題である。

279 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 22:47:05.45 0.net
>>278
> これは「近代とは何か?」も通底する命題である。
 
「近代」なる幻影を注釈無しに語ること自体が欧州的視座に取り込まれているのでは?

280 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 23:20:48.88 0.net
明治時代の日本人は「近代化」を「欧米化」と捉え、20世紀末頃まではそうだった。
最近はちょっと違うよね。

281 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 23:20:48.88 0.net
明治時代の日本人は「近代化」を「欧米化」と捉え、20世紀末頃まではそうだった。
最近はちょっと違うよね。

282 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 23:26:58.07 0.net
ありゃりゃ、二重投稿ばっかでスマン

283 :世界@名無史さん:2024/05/12(日) 23:26:58.07 0.net
ありゃりゃ、二重投稿ばっかでスマン

284 :世界@名無史さん:2024/05/13(月) 00:44:36.48 0.net
ここまで続くと、わざと?

285 :世界@名無史さん:2024/05/13(月) 00:47:15.43 0.net
しかし、現代社会でギリシア〜ローマ〜西欧の文明の流れが本流と見做されることには、
それ相応の裏付けが確かにある
それは何かというと、「論理に則った理念の追究」だ
いわゆる「或る個人の恣意的決定や、或る集団の無批判的伝統」、
言い換えれば「直観に頼る考え方」は、
普遍性と実証性にどうしても難があり、何らかの誤謬があった場合の修正も効きにくい
また、他人や他集団にとって、それを適用することが可能なのかどうか確かめにくい
逆にその点で、中世スコラ哲学からルネサンスを経て近代思想へ繋いでいった西欧思想は、
その思想の基盤に古代ギリシア以来の、論理に則った考察、換言すれば合理性を有している
そういう意味における普遍性があるからこそ、現代社会で世界的に通用していると言える

286 :世界@名無史さん:2024/05/13(月) 02:18:10.86 0.net
近代というのは概ねキリスト教文化、ヨーロッパ源流のものだし、理性や合理主義を最上とする世界観だがその西洋の中からでもニーチェあたりからその限界が指摘されるようになってきた。

原爆やアウシュビッツを経て今日ではどんなぼんやりな人でも手放しに近代を喜ばないね。

明治維新後、日本には西洋近代がどっと押し寄せてきたわけだが、早くもその限界を直覚自覚した人が禅宗等にいる。

日本史は今後も世界史の推進力になることはないだろう。しかし「東洋的な見方」といものがあるとはっきり世界に示すことができるのは辺境の日本である。

287 :世界@名無史さん:2024/05/13(月) 07:48:07.13 0.net
>>286
いわゆる「どこどこ的な見方」「どこどこ的価値観」というのは、
日本に限らず様々な国・地域から出てくる言い方でもある
或る(地域的な)見方・或る(地域的な)価値観が唱えられるとき、
「そもそも、その根拠がどこにあるか」が不明確で、普遍性の有無がはっきりしない

西欧思想においては、例えばトマス・アクィナスらのスコラ哲学上の考察において、
どこまでが理性に基づくことで、どこからが直観に基づくことか、
その境界を見つめる視点があり続けた
そういう前提の基盤があることに、西欧思想の強靭さ、換言すれば普遍性があるわけだ

288 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 00:53:25.90 0.net
>>287
理性と直観を分離して境界なるものを幻視し続ける限り、西洋哲学は禅を超えられない。

289 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 01:08:00.93 0.net
世界中がすっかり西洋近代の洗礼を受けてしまった今日、それとは違う見方を提示できるのは日本人くらいしかいない。

当たり前のように思われている合理主義だが、日本人には永遠に理解できないだろう。レヴィストロースも似たようなことをいっているらしい。

290 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 07:41:43.34 0.net
>>288
ではその「超えている」ということは、果たして他者に説明できることなのかどうか
言い換えれば、言語化できることなのかどうか
言語化を放棄してしまえば、それは他者には説明できず、万人が納得できることにならない
そこを敢て逃げずに徹底して突き詰めようとしてこそ、より精緻な考察に繋がっていく

291 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 08:08:27.48 0.net
290は構造主義登場以前の時代に住んでいる

292 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 10:20:33.71 0.net
横レス >>286
>「東洋的な見方」といものがあるとはっきり世界に示すことができるのは辺境の日本である
中国やインドではダメなんかね? 東洋思想と言えばこの両国。これを差し置いて日本というのは何故か?
ここを少し詳しく。中印とは異なる「日本的東洋思想」、そしてそれがどう西欧型合理主義の対極あるいは超克になるのか?
そういう点が知りたいなあ。

293 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 13:54:24.61 ID:0.net
>>292
周知のとおり仏教はインドに生まれ中国を経て日本に伝来したが、鎌倉期には遊女や農民漁民、無学文盲の下層民まで宗教性に目覚めるに至った。鈴木大拙「日本的霊性」を読んだらいい。

294 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 14:43:11.98 0.net
>>293
えーと、ちょっとポイントがわからないんだけど、
@ 日本仏教はインド・中国と異なる思想である。
A 西欧合理主義のアンチテーゼは中印の思想ではなく日本仏教である。
と言ってるのかな? だとしたら、簡単に特徴を教えて欲しんだな。

295 :292 294:2024/05/14(火) 14:53:24.76 0.net
私見として日本仏教(全宗派)は中国仏教のアレンジである、という認識がある。
西欧合理主義のアンチテーゼになるのなら、中国仏教もそうである。
なんで「日本だけ」に限定するのかその理由が知りたい。

296 :292 294:2024/05/14(火) 14:53:24.76 0.net
私見として日本仏教(全宗派)は中国仏教のアレンジである、という認識がある。
西欧合理主義のアンチテーゼになるのなら、中国仏教もそうである。
なんで「日本だけ」に限定するのかその理由が知りたい。

297 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 21:12:47.05 0.net
>>290
不立文字。
文字や言語など矮小なる媒体のもたらす「世を見た」が如き錯覚こそ魔境と知るべし。

298 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 22:39:07.22 0.net
>>291
>>297
俗にいうポストモダンて、結局のところ逃避じゃないのかな

それこそ逆に、西洋神秘主義の大家の一人とされるサン・ファン・デ・ラ・クルスその人が
「世の中なにかと『神様の声をきいた』っていう者が出るけど、ああいうの、まずインチキ
 『神様の声がきこえた』なんてふうに思った時こそ、
 しっかりした指導者から、まずは筋道立った道理をきっちり学ばなきゃならんっての」
て言ってるくらい、
昔の神秘主義者のほうが、今時の自称「ポスト近代(なの?)主義者」よりよっぽどさめてる

299 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 22:54:56.92 0.net
太古より遊女や漁民の生活は続いていたのだろう。しかし性を売る、生き物を殺すことに関して無学文盲の民にこれまでになかったような人間的な苦悩の感情が芽生えた。

法然が下層民を教化したととらえるべきではない。日本的霊性が鎌倉期において仏教に出会い発現したのだ。

「霊性には能動的なものがあって、その機が当たると、火薬の爆発するように一本のマッチで大破壊作用を惹起する」

仏教はインドに発生し中国で深化したがここ日本の鎌倉期においてこのような爆発が起きたのである。

300 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:02:10.73 0.net
>>298
森羅万象に言葉や文字を以て挑む行為は盲人が象を撫でてその形を語る滑稽に似る。
また西洋の論理または筋道なるものは所詮微分積分の思考でしかない。
生き物を一度切り刻んでその断片を一つも漏らさず元の配置に並べた所で生き物にはならない。
況んや森羅万象をや。
幸いにして彼ら愚者の群れの外にある我々はその愚に倣ってはならない。

301 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:05:48.37 0.net
>>299
念仏の徒に敢えて問う。
狗子に仏性有りや無しや。

302 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:13:11.88 0.net
なんか299と300の人の主張って、看板架け替えた毛沢東主義っぽいな
或る持説がある場合それを他人にどうやって筋道立てて納得させるのか、そこに触れてない

303 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:15:36.05 0.net
>>302 第2行中の文言を修正

持説

自説

304 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:27:31.04 0.net
>>302
丁度良い、>>301がその答えともなろう。

305 :294:2024/05/14(火) 23:28:17.86 0.net
>>299>>300
自己陶酔してるところを申し訳ないんですけど、
レス乞食と思われるのは嫌なんだが、僕の質問には回答拒否と理解していいのかな?
日本的霊性の内容も、それのどこが近代合理主義のアンチテーゼなのかさっぱりわからない。

306 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:41:57.43 0.net
304の人自身は301の命題についてどう考えてるのかな
答にならないんじゃ、一人合点にもならないし

307 :世界@名無史さん:2024/05/14(火) 23:46:23.69 0.net
>301の命題についてどう考えてるのかな

スレチな命題なんかどうでもいい。これ以上はよそでやってくれ。

308 :世界@名無史さん:2024/05/15(水) 00:42:49.04 0.net
>>305
誤解も甚だしい。
299氏と吾人(300)は別人である。
氏の見解に看過し難い瑕疵を見たからこそ300の問いを掛けたことがまさか解らないのだろうか?
そも、法然を奉ずる氏と禅に言及する吾人とを混同するとは…
論理と筋道を語る貴君の知力斯くの如し、絶句するのみ。

309 :300=301:2024/05/15(水) 01:11:10.67 0.net
>>308三行目を訂正。
299氏に問いを掛けたレス番は301だった。

310 :世界@名無史さん:2024/05/15(水) 08:59:12.41 0.net
ビザンツの歴史で、都市が持っていた市民共同体という性格が
失われ、市民たちの間に個人主義が広まり、人々が都市の行政に
関心を持たなくなっていくプロセスは現代日本を思わせる
ものがある
さらに、ビザンツ人の個人主義が近代的自我の確立を
伴わず、国家による統制を強く受けるようになった

>>1はビザンツ帝国のこういう面には
興味を持たないかな?

311 :世界@名無史さん:2024/05/15(水) 13:04:06.92 0.net
過去レスで日本とビザンツの類似性を指摘するレスがあったが、正直そういう視点より、
西欧と東欧の比較に興味があるね。ビザンツ帝国に関して言うと政治、軍事より文化史。
12世紀ルネサンスとか。

312 :世界@名無史さん:2024/05/16(木) 10:56:10.02 0.net
戦後総理史面白かったなあ
さいとうたかをの大宰相
あれの明治時代版が見たいわ

313 :世界@名無史さん:2024/05/16(木) 11:42:35.85 0.net
中国の、明清代の歴史というのはどうかな?
日明貿易や倭寇など、日本と関係の深い
テーマも出てくるし、現代の日本人が中国と
聞いてイメージするものは、この時代に
形成されたものが多い

脂っこい味付けの料理、満漢全席、チャイナドレス、
宗族など

314 :世界@名無史さん:2024/05/16(木) 12:02:40.32 0.net
>>313
このスレの1が日本史オタだからといって、日本と関係の有無はどうでもいいです。
皆さんが「1がどう思うが俺はこの国この時代このテーマが好きだ」を語って下さいな。

中国時代劇「宮廷の諍い女」は面白かったですう。雍正帝が出てた。

315 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 13:55:56.89 0.net
私が興味のあるテーマは、「世界史の中の
英仏の特殊性」
アジア・アフリカ諸国、あるいは西欧と比べた
東欧の後進性、また「ドイツ特有の道」などが
よく論じられるけど、実は英仏(およびその植民地だった
英語圏の国々」こそが特殊だったのではないかという
観点から世界史を見てみたい。

316 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 16:36:40.13 0.net
東南アジアあたりが激動だから面白いかな
大陸部の上座部仏教化なんてなかなか興味深い

317 :300=301:2024/05/18(土) 16:55:40.91 0.net
>>1
> 「日本史より面白い」各国史(又は地域)や時代

出アフリカ記

318 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 17:52:09.09 0.net
>>315
英仏の特殊性ねえ。面白い視点だね。もっとも英仏を一緒くたに語るのは無理があるけどこの両国に民主主義や自由主義が世界に先駆けて芽生えた(近世で)のは何か理由があるのだろうか?
アジアや東欧との比較の前に独伊西蘭との違いは何なのか?
もう少し独自歴史観を語ってクレヨン

>>316
このスレは好きな歴史テーマを思いっきり書きなぐるスレなのでもっともっと燃料投下してーな。
仏教史はワテも一家言ありまっせ。次レス来たら糞語るよん。

>>317
たった1行って、それはないぜセニョール。映画「十戒」観たよ。

3つとも 面白さが伝わらないよ。ここは「挙げるスレ」じゃなく「語るスレ」なので鼻血ブーしちゃって下さい。

319 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 18:51:09.54 0.net
>>318
戦後の日本では、日本社会の前近代性とか、
日本の「否定的特殊性」が論じられることが
多かったが、グローバルな視点で見れば、
実は日本が特殊なのではなく、英米仏といった
日本がモデルにしてきた諸国こそが特殊なのでは
ないかと思います

もういい加減、「日本特殊論」から卒業して、
もっと日本と他国の共通点を語ってもいいかと

320 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 18:58:07.18 0.net
>>315
それのとっかかりにはベストセラーになった新書「不思議なキリスト教」がいいね

321 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 20:10:07.87 ID:0.net
>>316
東南アジアのインド化は、文化の移植ではなく、
東南アジア側からの選択的かつ能動的な文化受容だった

そういう意味では古代日本における中国化と共通しているのかも
日本も中国文化を選択的に受け入れたし

322 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 20:18:17.03 ID:0.net
>>318
東南アジアは近代以前隣国同士の争いが激しかったから激動なんだな
驚くほど戦争ばかりしてる
隣国とたまにしかやり合わなかった東アジアとはだいぶ違う

323 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 20:26:06.48 0.net
>>321
研究じゃその古代のインド化と後の上座部仏教化が区別されてるのが興味深いな
後者はスリランカからもたらされたからか

324 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 21:34:20.08 0.net
>>322
隣国同士が激しく争ってるのが「面白い」または「興味がある」ってこと?
具体例出して無知なおいらに語っておくれよ。

>>321の方が興味あるね。東南アジアとインドは、日本と中華の相似形なのか?
話ふくらましてもっと語ってクレヨン

325 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 21:34:20.08 0.net
>>322
隣国同士が激しく争ってるのが「面白い」または「興味がある」ってこと?
具体例出して無知なおいらに語っておくれよ。

>>321の方が興味あるね。東南アジアとインドは、日本と中華の相似形なのか?
話ふくらましてもっと語ってクレヨン

326 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 23:11:26.69 0.net
インド化した東南アジアには土着的要素がみられた
東南アジアのインド化にはインドによる軍事的征服は
行われなかった

これは日本が中国に軍事的に征服されなかったこと、
科挙や宦官を受け入れなかったこと、神仏習合など
土着的な要素を残していたことなどと共通していると思う

327 :世界@名無史さん:2024/05/18(土) 23:14:13.12 0.net
ちなみに、東南アジアではヴァルナ制の
受容は名目のみだった

328 :世界@名無史さん:2024/05/19(日) 02:16:51.89 ID:0.net
>>327
南インドのカーストの浸透も遅かったとらしい

329 :世界@名無史さん:2024/05/19(日) 07:48:49.91 0.net
18〜19世紀の大陸部東南アジアは、諸勢力が
外部の清朝やマカオのポルトガル人、華南の
海賊集団まで巻き込んで外交合戦・合従連衡を繰り広げた

この中で最終的に勝利した「大国」が、コンバウン朝ビルマ、
ラタナコーシン朝シャム、阮朝ベトナムの三国

330 :世界@名無史さん:2024/05/20(月) 12:46:14.04 ID:0.net
政治史でいうと、前近代の東南アジア史で面白いのは18〜19世紀でOKですか?

331 :世界@名無史さん:2024/05/22(水) 19:35:08.91 0.net
個人的にはロシア史に興味がある
ビザンツやモンゴルの影響に始まって、
「モスクワ=第三のローマ」という小中華思想、
日本と共通する、ヨーロッパに対して自意識過剰になっていること、
ヨーロッパの仲間に入れてもらいたいのに入れてもらえない悲劇など

332 :世界@名無史さん:2024/05/23(木) 01:23:02.52 0.net
>>331
14世紀以降のロシア史ですか? たしかに面白そうすね。
ツァーリに個性的な人物が多いしね。
近世以降から現在に至るまで、ロシアは西欧に憧憬と敵意、劣等感と自負心という相反する屈折感情を抱き続けた。
僕は「ロシアは何故ヨーロッパになれなかったのか?」に興味あるね。

333 :世界@名無史さん:2024/05/23(木) 21:12:00.17 ID:0.net
「英仏の特殊性」の続報がない。
近世ではこの2か国が一歩前に出た。何故か?

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