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モンゴルはいかに世界を変えたのか

1 :世界@名無史さん:2012/02/03(金) 11:49:51.01 0.net
語れ。

75 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 19:57:10.06 0.net
>>73
アル・アシールは他にもヘラート、バグダードでの徹底的な破壊、殺戮、略奪を記してるよ
シリアでキトブカがバイバルスとクトゥズに大敗したからその先は被害を被ってないけどね。
まあ新大陸を徹底的に荒廃させた英国人よりマシなのは確かだが

76 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 02:40:12.70 0.net
>>75
「徹底した破壊」とは抽象的な表現だね。アシールの記載を具体的に教えて。
あと、アシールの「完史」は1231年迄の記載のようだけど、1258年のバグダッドの
モンゴル攻撃が記載してあるの?

77 :オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/03/23(金) 09:29:34.76 0.net
>>75
そもそもアル・アシールって1233年に死亡してるし、「完史」も>>76の言うように、
1231年までしか書かれてないと思うんだけど。モンゴル帝国がバグダード攻略したのは、
1258年だから、バグダードの破壊が載ってるのはおかしいんじゃないかな。

78 :名無し募集中。。。:2012/03/24(土) 13:34:37.49 0.net
バグダッドの都市半分は廃墟になっていたことが
イブンジュバイルの旅行記に書かれているからね
しかしカリフを殺害したことは蛮族モンゴルの犯した最大の罪


79 :オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/03/24(土) 14:05:39.43 0.net
>>78
フレグがカリフを殺したことが敵対勢力であるマムルーク朝の権威付けになってしまったんだから、
冷静に考えても彼がカリフを殺したのは失敗だったね。歴代イスラーム王朝がそうしたように、
自らの権威付けに利用したほうが良かっただろうに。まぁ、フレグは宗教に対して寛容というか、
適当みたいな感じだったからね。キリスト教なんかはフレグに親しみ抱いてたみたいだし。

80 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 14:07:19.68 0.net
男は皆殺し。女は強姦した後皆殺し。モンゴル人の面影が西域にないのはそのせいか?

81 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 14:21:35.39 0.net
単なる災厄。馬賊がユーラシアで暴れまくっただけだろう。
古代カタストロフィ=フン族→ゲルマン族→スラブ族
平安カタストロフィ=バイキング&セルジュークトルコ&十字軍
鎌倉カタストロフィ=ジンギスカンとモンゴル侵攻=立正安国論
戦国カタストロフィ=コロンブスと中南米侵略=秀吉のキリシタン弾圧
大江戸カタストロフィ=ナポレオンとフランス革命=海国兵談
大正カタストロフィ=WWTとオスマン帝国滅亡&パレスチナ紛争勃発=新興宗教ブーム
昭和カタストロフィPart1=ヒトラーとWWU&スターリンと大粛清
昭和カタストロフィPart2=ベトナム戦争&毛沢東と文化大革命&金日成と収容所政治

82 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 14:48:55.76 0.net
>>80
モンゴル帝国解体後にイラン・アフガンでモンゴル系支配層がどんな運命を辿っていったのだろうか。
かつてアッシリア人は帝国崩壊後に報復としてひどい目に合わされたようだ。
イラン・アフガンではモンゴロイド系は未だに地位は低い。モンゴルの子孫は散々な目に合ったと思うよ。
哀れ

83 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 16:07:39.06 0.net
>>82
アフガニスタンのモンゴル遺民・ハザラ人は、まさに差別を受け続けた民族だね。
不可触賤民とまではいかないけど、だいたいエジプトでのコプト教徒レベルの扱いかな。

84 :名無し募集中。。。:2012/03/24(土) 18:27:37.26 0.net
チンギスハーンは蛮族でしかないからな


85 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 21:47:51.56 0.net
>しかしカリフを殺害したことは蛮族モンゴルの犯した最大の罪
でも兵隊に払う給料をケチったとかみみっちい奴だったらしく、
こんなしみったれた奴を真っ当な貴族としては認めがたいのか、
面当てに財宝に満ちた蔵に閉じ込めて全く食料を与えず餓死させたという伝説が生まれた。


86 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 21:55:30.88 0.net
ロシア貴族の多くがモンゴル貴族との縁を持っていたという。
イスラムでは許されなかった仏教だがロシアでは制約を受けたものの
仏教は存続できた。


87 :オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/03/24(土) 22:36:57.13 0.net
>>85
ムスタアスィムはカリフであることを鼻にかけた自尊心の高い無能者だったと、
書かれることが多いね。フレグもそういう小物だったからこそ殺したのかも知れないね。

>>86
>ロシア貴族の多くがモンゴル貴族との縁を持っていたという。
そもそもロシア帝国の前身となったモスクワ大公国はモンゴル帝国の強い影響下で、
発展した訳だからね。イヴァン4世もチンギスの血を引くシメオンに一時的に譲位してるし。
初期のロシアはモンゴル人の血統をそれなりに重んじてたということだね。

88 :名無し募集中。。。:2012/03/25(日) 09:46:57.25 0.net
アッバース朝カリフでもナースィルは評判が良かった
イブンジュバイルの旅行記でもナースィルは容姿も評判も
良かったことが記録されている




89 :名無し募集中。。。:2012/03/25(日) 09:47:44.09 0.net
まあwikipediaに書いたの俺なんだけどねw

イブン・ジュバイルはナースィル在位中にバグダードを訪れており、
実際にナースィルを目撃している。
以下は、イブン・ジュバイルの旅行記におけるナースィルの評判と容姿についての記述である。
『カリフは時々チグリス河で船に乗っているのを見かけられるし、また、砂漠に狩猟に出かけることもある。
カリフは人々に気づかれないように質素に出かけるが、お忍びであるにもかかわらず、
カリフの名声はいや増すのである。けれども実は、カリフは人前に姿を現し、
人々に親愛の情を示すのを好んでいるのである。このようなカリフの性格は大衆に喜ばれている。
彼の治世は安楽で、公正で、人々は良い生活を送っているため、身分の上下を問わず彼のために祈りを捧げている[1]。』


90 :名無し募集中。。。:2012/03/25(日) 09:48:04.91 0.net

『われわれはカリフが西岸の見晴し台の前にいるのを見かけた。
カリフは見晴らし台から降りてきて、船で東岸の上流にある邸宅まで河を遡るところであった。
彼は若年で、顔一面に短い赤毛をたくわえ、姿麗しくまた見目麗しい色白の肌をしており、
背丈は中くらいで、好ましい容貌をしている。年の頃はおおよそ25歳。
金の刺繍を施したカバーウ様に裾の長い白衣をまとい、頭には金糸で刺繍した、
周囲にテンやそれ以上に高価な毛皮をつけた帽子を戴いていた。
カリフは本性を隠すためにこのようなトルコ人の衣服をまとっていたのだが、
いかに覆いをかけても、太陽は隠しとおせない[2]。」

91 :名無し募集中。。。:2012/03/25(日) 09:51:10.48 0.net
ナースィルは政治的手腕もあったみたいだし
彼の治世にモンゴルが攻めてきたとしても外交でうまいことしのいだかもしれないな

セルジュク朝がモンゴルに変わっただけで


92 :世界@名無史さん:2012/03/25(日) 10:51:50.30 0.net
モンゴル定刻は最悪だな…正に文明の破壊者
モンゴルに侵略されてなけりゃ今頃先進国になってた国も幾つかあっただろうに
モンゴル支配領域は総じて後進国
当のモンゴルですらが後進国


93 :世界@名無史さん:2012/03/25(日) 11:29:41.73 0.net
美しいコーカソイドのトルコ娘を尻も拭かない薄汚いモンゴロイドが強姦しまくった
せいで、カザフ人やウズベク人、ウィグル人、キルギス人はモンゴル顔になってしまった。

94 :世界@名無史さん:2012/03/25(日) 12:27:28.86 0.net
薄汚いモンゴロイド×
薄汚いモンゴル人○

95 :世界@名無史さん:2012/03/25(日) 23:10:16.73 0.net
モンゴルに征服されたユーラシア諸国=大国
>>>>>>(超えられない壁)>>>>>>>>>
スペイン・ポルトガルに征服されたラテンアメリカ諸国=雑魚

96 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 01:50:30.21 0.net
なんで一般人は、韓国、朝鮮人を忌み嫌うのかなぁ・・・

確かに日本が統治するまで土人国で日本がインフラや教育制度、医療制度など

全ての近代化につながる基礎を整備してやったのに、台湾と違って逆うらみや

難癖、恐喝、強姦、詐欺、エセ右翼、パクリなど悪行の限りを尽くしてるけど、

それは、ああいう根っからの極悪非道民族だからしょうがないこと。

嘘つきに嘘はいけない、泥棒に盗みはいけないと説教しても同じで無駄なんだよ。

97 :世界@名無史さん:2012/04/13(金) 07:38:39.86 O.net
時宗は無能だよな
島国にまともな外交を求めてはいけないのだろう
ベトナムもモンゴルを撃退したが、何度も中国に侵略されてるから日本は島国でよかったのだが

20世紀まで日本無敗とかいうやつはなんなんだ
白村江、秀吉の朝鮮出兵しらんのか?

>>81のやつも大日本帝国の中国、東南アジア侵略を挙げてねーし、公平じゃないな

98 :世界@名無史さん:2012/04/17(火) 12:27:11.73 0.net
世界を変えた?アレは中華民国の馬賊が巨大化しただけじゃねえの?彼ら自身が認めてるだろ。
日本は陸続きでなくて良かったな。モンゴルは最大かも知れないが、それ以前も何回か混乱期はあった。
ただモンゴルは範囲が広かったに過ぎない。モンゴルが変えたならアッシリアもフン族もゲルマンもノルマンも
倭寇も世界を変えただろう。シュメールとアッカドの戦争も凄まじいものだったようだし、
コロンブスもヒトラーもスターリンもトルーマンも、本当はジンギスカンを羨ましいとしか思ってないだろ。

99 :世界@名無史さん:2012/04/18(水) 12:54:27.25 0.net
でも1240年代のポーランド侵攻後こんどはポーランドがモンゴルをウクライナまで押し返して、
それ以来一度もモンゴルはポーランド再攻撃に成功していないんだが

逆にポーランドがモンゴルのキプチャク・ハン国に攻め込んでる

ポーランド側がモンゴルの戦術を研究して対応策を採ってしまったため

100 :世界@名無史さん:2012/04/18(水) 23:48:29.81 0.net
最後のポーランド侵攻は二度目の侵攻で1280年代ね。
まあこの時はそんなに大被害は受けなかったが。
その後はポーランドが勝つコツを掴んでモンゴル勢力を圧倒していく時代に入る。


101 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 23:08:13.15 0.net
世界史上最強なのはモンゴル軍でしょうね。アレクサンダーですら快進撃できたのはイランまででしょう。
アフガン・パキスタンの部族地域にもなってくると悪路と部族の抵抗に苦戦し始めている感じがする。
英ソ米が征服できなかったアフガンを簡単に征服し、アサシン派を壊滅に追い込んだモンゴル軍。
明らかに今の米軍より強いと思います。モンゴル以外の民族がアフガン部族に勝てる気がしない。

102 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 23:30:27.81 0.net
そりゃあ、皆殺しアリなら米軍がやっちまうだろ。
いちおうか、民間人に犠牲者が少ないようにやってるようだが
モンゴルは皆殺しと強姦が目的だから。
アレクサンドロスはウズベキスタン国境付近のアフガニスタンに都市を造ってるが?

103 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 23:36:35.03 0.net
その先でスキタイにボコられて逃げ帰ってきたけどねw

104 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 00:02:33.70 0.net
スキタイなんてシルダリヤ川で大王に屠られてるじゃん

105 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 00:10:16.30 0.net
最強は実はサルマタイ
ただサルマタイの場合ギリシャ人やローマ人があまり記録に残していないからマイナー

106 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 19:55:11.44 0.net
>>101

モンゴルみたいに野蛮さ全開で逆らう者は皆殺しって感じなら
米軍なら本気出せばアフガン部族を核の投入で瞬殺されてるだろ
手こずってるのはあくまでも一般人に配慮してるからだよ
モンゴルは一般人に配慮なんてしていただろうか?

107 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 13:45:02.67 0.net
>でも1240年代のポーランド侵攻後こんどはポーランドがモンゴルをウクライナまで押し返して、
>それ以来一度もモンゴルはポーランド再攻撃に成功していないんだが

1259年と1287年にタタール軍がやってきてポーランドを略奪しまくってる

108 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 15:25:29.28 0.net
>>107
防衛手薄な地域だけ狙った襲撃は何処でもある
まともに戦って勝てるような力はもうないだろ

109 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 16:04:18.70 0.net
まぁ、あの時代は騎馬民族での弓矢攻撃、かつ皆殺し攻撃が最強だったんだろうな。
おそらく新大陸を侵略したスペイン軍がインディオじゃなくてモンゴル軍だったらひとたまりもない。

つまり火縄銃時代は全盛期のモンゴル軍の方が強かったと思う。
さすがにライフル銃時代になると違うだろうけど。

ギリシャ式のファランクス戦法がローマ式戦法に敗れ、それもフン族からモンゴル軍
までの騎馬民族の戦法に負けて火器戦法になるまでは最強だったはず。

通常兵器での史上最強は当然、ダントツに現在の米軍だろ。
ソ連が手こずったアフガニスタンを抵抗勢力は残してるものの中央政府は瞬殺した。

110 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 16:06:57.70 0.net
読み返したら日本語がオカシイ・・・きのうキムチ食ったからか?

111 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 18:45:49.21 0.net
さすがに16世紀のスペイン軍相手にモンゴルじゃ惨敗だろ
インディアンと同じ目にあう

112 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 18:57:47.10 0.net
16世紀のスペイン軍とか、まだまだ武装がへぼく統制も取れない雑魚だからw

113 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:05:03.55 0.net
それ以上にモンゴル軍が時代遅れだったて事だろ

114 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:17:33.51 0.net
例え16世紀にチンギスハンがいてもコルテスに火炙りにされて終わり

115 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:25:05.08 0.net
五分五分の兵力だったら、そら16世紀のスペイン軍が有利だろうて。
でも新大陸に万単位のモンゴル軍が構えてたら、1000人未満のスペイン軍じゃフルボッコされて終わりだろう。
スペインが無双できたのは、文明的ではあっても武器は石器メインの並行世界が相手だったから。

116 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:35:57.25 0.net
チンギスに犯された白人

117 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:37:51.70 0.net
いや分からんよ突然カノン砲やらマスケット銃の弾幕浴びたら
モンゴル軍でも統制崩れるだろ

118 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:57:16.43 0.net
炸裂弾を使ってたモンゴル軍なら、射程距離・連射速度が要点であることはすぐ分かる。
騎兵少数突撃→有効射程が確認できたところで散開。これを繰り返して性能分析を完了。
包囲持久戦にもちこみスペイン軍の弾薬が尽きたところで、鼻と耳を削ぎ頭皮を剥ぐことになろう。

119 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:59:21.51 0.net
コロンブスが置いていった船員は土人に皆殺しにされてた。
火縄銃なんて詰め替えるのにどんだけ時間がかかると思う?
スペイン軍は土人相手に勝っただけ。しかもほとんど伝染病にやられたようなもの。

しかし、コロンブス時代の船ってのが想像以上に小さくて笑ったわ。
あんなんで大航海したのかと、世界を変えたのかと逆に感心する。ちょっとした小型漁船並みだぞ。マジで。

120 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 20:31:37.29 0.net
あの小さい船でヨーロッパ人は世界を支配したのだから有色人種のヘタレぶりが悲しい。
たが、日本は秀吉時代に全ヨーロッパより多くの火縄銃を持ってたし、
秀吉時代の東南アジアでスペイン軍が倭寇と思われる「ローニン」の部隊に襲われて全滅したとの記録もある。

121 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 20:36:26.95 0.net
スペインポルトガル(カナリア諸島)〜南米や英〜北米って結構近いしね

122 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 20:41:04.04 0.net
>>118
まず包囲に持ち込んだ所でマスケット銃の的になるだけだろう
その前にモンゴル軍の矢が尽きて接近戦に持ち込んでもパイク兵の餌食
捕えたモンゴル兵は火炙りにされバーベキュー

123 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 20:44:04.52 0.net
>>119
土人でも現地で戦えば結構手ごわい
モンゴルもジャワや琉球で痛い目に合ったろう

124 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:14:25.64 0.net
>>115
所詮伝染病のないシロンボなんて雑魚でしかない
病気を移すエイズ患者みたいなのがシロンボ

125 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:31:29.45 0.net
>>124
欧州へペスト菌持ち込んだのはモンゴル人なんだが
そんな気持ち悪いエイズ患者のモンゴル土人を打ち破ったのがロシア・コサック

126 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:43:59.45 0.net
マスケットvs騎馬隊か・・・
長篠の戦いが思い浮かんだからスペイン勝利にしとく
多分間違ってるけど

127 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:53:34.19 0.net
>>125
ペストは西欧の土着伝染病だよ

128 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:57:51.66 0.net
倭寇は、元寇に際して元軍とその支配下にあった高麗軍によって住民を虐殺
された対馬・壱岐・松浦・五島列島などの住民が中心であり、「三島倭寇」
と総称された。 朝鮮半島や中国沿岸に対する海賊行為は、元寇に対する地方
の私軍による復讐の意味合い、 および、再度の侵攻への予防という側面も
あったと考えられる。

清の徐継畭の『瀛環志略』や 李氏朝鮮の安鼎福の『東史綱目』には、倭寇の
原因は 日本に対する侵略行為を行った高麗人(朝鮮人) への報復である、と
記述されている。

さらには、連れ去られた家族を取り戻すためであった事例もあり、実際に家族と
再会した 記録も残っている。

129 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 22:11:19.14 0.net
>>127
14世紀に突然大流行した事や感染ルートから見てモンゴル経由なのは間違いない

130 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 22:59:44.04 0.net
チンギスに犯された白人女

131 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 23:15:48.85 0.net
>>129
>14世紀に突然大流行した事や感染ルートから見てモンゴル経由なのは間違いない
ペスト菌は多くの齧歯類が保持してるし、突然流行したわけでもない。
感染の伝播ルートが確定したのかそれは凄いな、その業績だけで教授になれるw

132 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 23:30:50.19 0.net
ユダヤ人が差別されたのもモンゴルのせい

モンゴルがユダヤ教に改宗した東欧国家を襲撃

東欧系ユダヤ人が欧州に逃げる

ついでにペスト菌も持ち込んだのでユダヤ人が病気をバラ撒いた!とされて
ユダヤ人が迫害された

133 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 23:38:47.15 0.net
>>131
14世紀に黒死病が流行り東方との交易の際に持ち込まれた
こんなのお前が知らないだけで常識だろ
教科書でもwikiでも見れば

134 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 00:08:31.41 0.net
>>133
ペスト菌は一般的に都市よりも郊外、植物の茂った場所や水辺にいる齧歯類で保菌率が高いよ
都市だと感染の蔓延が速いから目立つだけであって。

135 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 01:07:09.55 0.net
>>126
遥か彼方の異国で100対1の兵力差で無双できるかって話なんだよな(例:5万対5百)
そのへんは長篠の戦とは全く事情が違う。
もっとも上手くやれて、関が原での「島津の錐もみ突破」のようにして戦線離脱できるかというレベル。

136 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 01:30:40.34 0.net
いや別にスペインも本国から突然侵略したわけじゃ無く
まずは現地の情報収集や諜報を済ませてから拠点であるカリブ諸島から
上陸地へ橋頭保を築きそこから一気に攻め込む
海上からの後方支援ルートがある限りもうスペインの独壇場

137 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 02:52:22.37 0.net
スペイン軍が強いわけがない。レコンキスタで戦争慣れは
してたかもしれないが、コロンブス直前までムーア人に
国土を取られてたやんけ。しかも復讐で対岸すら攻め込まないし。

だが、俺はコロンブスとスペインを尊敬している。
コロンブスが発見してなくてもいずれ誰かが発見したのは明白だが
何十年、百年以上先だったかもしれない。彼がいなかったら歴史は変わってた。

メソポタミア発の小麦を手に入れた旧世界の人類は新大陸でトウモロコシと
ポテトなどを手に入れた。この貧相な土地でも育ちカロリーも高い食料は
アイルランドやドイツ、ロシアの主食、準主食になっただけでなく我々にも
どれだけ恩恵を受けてるか。玉子もニワトリのエサのトウモロコシが無いと
食えない。チキンも牛肉も。あんなちっぽけな船でスペインは世界を変えた。
モンゴルは我々の英雄である倭寇を残したが、残虐性を歴史の本に残しただけ。


138 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 03:23:47.40 0.net
16世紀のモンゴル軍とスペイン軍ってマジでどっちが強いの?

139 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 03:59:14.49 0.net
16世紀のモンゴルって四分五裂してるけど

140 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 04:25:46.39 0.net
さすがに比較しようにも時代も地域も違いすぎて・・・
つか16世紀のモンゴルって何してたんだろ
モンゴルは騎馬隊、スペインはガリオンで大帝国作ったけどやっぱ兵力の迅速な移動ってのは必要だね

141 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 04:38:57.12 0.net
マングダイとテルシオか・・・指揮官の能力次第で大きく勝敗が変わるな
どっちも相手の先手を誘う戦術だから沈着状態で終りそうw

142 :オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/04/22(日) 05:33:46.59 0.net
>>140
>つか16世紀のモンゴルって何してたんだろ
16世紀のモンゴルと言えばダヤン・ハーン及びアルタン・ハーンの下で結構栄えてたよ。
彼らはしばしば明に侵入し、アルタン・ハーンなんかは首都の北京まで迫ったりしてる。

当時のスペインとは離れすぎてるので流石にどっちが強いかまでは分からないけど。

143 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 05:42:42.95 0.net
例えばコルテスと同時代のモンゴル支配者はダヤン・ハーンだわな。
すでに、同数の兵力ではまともに戦えるレベルになかったろうね。
もちろん、10倍とかの兵数差があれば話は別かもしれんがな。

144 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 05:43:45.46 0.net
おお・・・被った。

145 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 06:32:08.02 0.net
>>143
マジレスするけど、同数で野戦やったらスペイン軍は負ける
装備、軍の組織、士気、どれも劣るからね。

146 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 07:06:27.75 0.net
モンゴルは弓であるがスペイン軍は火砲・・マスケット銃・・クロスボウ
得意の騎馬突撃もパイク兵によって潰される
烏合の衆である氏族連合のモンゴルに対して志願制で集った精鋭集団のスペイン
ゴンサロ将軍の下で培われた騎兵戦力を無力化する土塁、塹壕等の野戦築城のノウハウも持つ
この時代にモンゴルが勝利するには苦しいな正直

147 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 07:25:03.33 0.net
西仏戦争の際に騎馬隊の突撃を食らって手痛い被害出している。
極めて軽装のスペイン兵はモンゴル軍の射撃に大して抵抗できない。
長柄槍部隊も非常に硬直した粗雑な軍組織のせいで長所を発揮しない。
結束の堅い氏族から構成され、常時訓練している精強なモンゴル軍と比べ
金で徴募され縁も所縁もなくロクに訓練も施されない雑兵の群れでしかないスペイン軍。
この時代のスペイン軍の実態を知らずに同等に戦えると誤った判断をしてはいけないよ。

148 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 07:46:36.89 0.net
西仏戦争て17世紀だぜ?テルシオが本格的に破られるのも17世紀
軽装とも言われるが甲冑はプレートアーマであり当時から見れば重装備
中世とは違いモンゴルの矢では通用しない水準まで達している
パイク兵の長所は攻めて来る敵軍への迎撃であり騎兵対しては十分な効果
イタリア南部やネーデルラントなど特に最重要視した地域では練度組織力の高い軍団を編成して送り込んでいる
これが私的利益しか考えていない氏族の集まりのモンゴル軍が勝つには苦しいな

149 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 08:09:51.90 0.net
西仏戦争は16世紀にも何度も起きているよw
長柄槍部隊は100人以上を単位に行動するため非常に魯鈍かつ硬直的
軽装弓兵と重装突撃兵の散兵が攻撃した時に十全の対応が可能な軍組織になっていない。
スペイン軍で甲冑(非板金鎧)を付けていたのは1割程度の主力兵のみ
大多数のスペイン軍兵士は厚手の防護服しか着ていない。
低地諸国へ送られたのは当時のスペイン軍の中で最も精鋭の部隊で
これは封建領主である軍閥が組織した軍、つまり言ってる事が自己矛盾している。

150 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 08:29:01.32 0.net
フランスとの戦争自体は何度も起きてるが西仏戦争は17世紀だろ
パイク兵は迎撃で効果を発揮する機動性は求められていない
当時のスペイン軍はほぼ兵卒まで板金鎧寧ろ前時代に重装備過ぎた形式を軽量化したぐらい
カトリックという一つの帰属意識があったスペインと比べ
モンゴルにあったのは氏族間の私益でありやはり勝つには苦しい

151 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 08:48:38.43 0.net
ああなるほど、君の脳内のモンゴル兵は長柄槍を構えた所へわざわざ突っ込んで行くのか。
スペイン兵ですら当時は集団脱走が度々起きているよ、イタリア兵やドイツ兵に至っては
少し給与の払いが遅れれば暴動、逃亡、戦闘ではロクに戦わず略奪三昧、そういう集団。
西仏戦争は16世紀前半だけで3度か4度起きてるよ。
スペイン軍の防具としては雑兵へは服を支給していた。寝言と妄想はほどほどにねw

152 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 09:07:19.49 0.net
いや火砲マスケット銃の放火に耐えかねたモンゴル軍が接近戦に挑んだ場合を想定してる
まぁ、そうなる前に身の安全を優先する氏族らの離脱で勝手に崩壊するだろうけど
まず装備に関してだが最優先された地域への軍には板金鎧の着用が義務化されている
これはマトモに矢では貫けない一方のモンゴル軍の中世的な装備じゃ鉛玉の餌食だろう
当時ハン一人死ぬとすぐ内乱起して揉めてたモンゴルと太陽が沈まぬ帝国だったスペインを比べるには
やはり無理があったな

153 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 13:22:36.21 0.net
>>108
その2回ともピアスト朝の中心だったクラクフまで略奪されてる。

154 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 14:54:59.70 0.net
16世紀のモンゴルとスペインが直接繋がらないから妄想するしかないとして、妄想の仕方は補助線を使おうよ・・・・
例えば、同時代のイヴァン雷帝。
キプチャク・ハン国の分裂した4国のうち3国に対して征服戦争を行っていた一方で、
リヴォニア戦争ではスウェーデン、ポーランド=リトアニア相手に戦争を仕掛けていた(おおむね劣勢)。
スペインはスウェーデンやポーランドの戦闘力と比べてどうか、モンゴルはシビル・ハン国らの戦闘力と比べてどうか。

155 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 19:56:43.19 0.net
>>154
16世紀のロシアはタタール風の騎兵に鉄砲などで武装した歩兵と砲兵隊という
オスマントルコに近い感じの軍隊だったが、タタールには勝てても
ヨーロッパからの侵略に対抗できなくなりパイク&ショットの編成等を取り入れてる。

156 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 21:06:32.48 0.net
>>153
スペイン軍の中で板金鎧を着る事が出来たのは上級将校のみ
甲冑なしの大多数の雇われ雑兵はもちろん、主力兵ですら板金鎧など到底支給されなかった。
一方のモンゴル兵はスペイン軍兵士と較べると甲冑を身に付け重装甲といえる。
16世紀の火縄銃は合成弓と比べて射程が短いため機動力で圧倒的に勝るモンゴル軍を攻撃するには
弓矢の射程内へ甲冑も付けず火縄銃の発射準備も無いまま進まないといけない。
軍組織は非常に粗雑、指揮命令伝達や行動は酷く魯鈍、不利な状況でしか戦わせて貰えず
苛烈な戦闘ではオスマン軍相手の際と同じく尻尾を巻いて逃げ回るしかなかったよ。

157 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 22:25:04.12 0.net
アングロサクソンすら手が出せなかったロシアを木っ端微塵に粉砕して女根こそぎレイプしたモンゴルが世界最強だよ



158 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 23:05:31.88 0.net
>スペイン軍の中で板金鎧を着る事が出来たのは上級将校のみ
>甲冑なしの大多数の雇われ雑兵はもちろん、主力兵ですら板金鎧など到底支給されなかった。
>一方のモンゴル兵はスペイン軍兵士と較べると甲冑を身に付け重装甲といえる。

モンゴルも突撃や近接戦闘を行う装甲騎兵は一部のエリート部隊で
大多数は軽装の弓射騎兵。
当時のヨーロッパの歩兵も胸甲や鉄兜を装備していた。

>16世紀の火縄銃は合成弓と比べて射程が短いため機動力で圧倒的に勝るモンゴル軍を攻撃するには
>弓矢の射程内へ甲冑も付けず火縄銃の発射準備も無いまま進まないといけない。

オスマン朝軍がサファヴィー朝と戦ったときにはキジルバシの部族騎兵を
火縄銃の射撃によって破っている。
その後サファヴィー朝も銃兵隊を導入してジョチウルス系のシャイバーニー朝を破っている。

159 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 23:49:06.66 0.net
当時とはいつを指しているのだろうか、火縄銃が登場する16世紀の話をしていながら
防具に関しては何故か軍勢の規模が1/5程度しかなかった前時代の話を持ち出す自己矛盾。
5騎のうち2騎を装甲騎兵で編成しろとチンギス・カンも命じている、6割を大多数と言い換えるのは詭弁。
サファービー軍は歩兵と騎兵の混成、モンゴル軍は全員騎兵
16世紀のオスマン軍はスペイン軍に対して常勝、常に打ち破っている。

160 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 00:13:41.96 0.net
何百年も後に大陸の東端の小島の住人が大陸西端の半島の国と戦争したらどっちが強いか白熱議論するぐらい
モンゴルは世界を変えた

161 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 00:33:01.73 0.net
>当時とはいつを指しているのだろうか、火縄銃が登場する16世紀の話をしていながら
>防具に関しては何故か軍勢の規模が1/5程度しかなかった前時代の話を持ち出す自己矛盾。

胸甲や鉄兜ってのは当然パイク兵や銃兵の話だが?

>5騎のうち2騎を装甲騎兵で編成しろとチンギス・カンも命じている

これ出典は?

>サファービー軍は歩兵と騎兵の混成、モンゴル軍は全員騎兵

サファヴィー朝はシャー・アッバースの軍事改革まではキジルバシの遊牧騎兵が主力。
モンゴルも中国やイランでは歩兵が加わっている。

>16世紀のオスマン軍はスペイン軍に対して常勝、常に打ち破っている。

オーストリアの間違いでは?

162 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 02:54:22.36 0.net
スペインもモンゴルも今や弱小国。
何も無いモンゴルになぜあのパワーがあったのか不思議。
あの勢いで西ヨーロッパに進軍してたらそれこそ歴史が変わっただろう。

それとスペイン。ピサロのような字も読めないヤクザ者の数百人の軍勢が
土人とはいえ帝国を滅ぼす事が出来るのか? 
ライフル彫りが無い火縄銃なんて命中率どんだけ? 詰め替える時間も長いし3人が槍で突撃すれば楽勝だろ。


163 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 03:32:38.48 0.net
>>156
歩兵まで丸裸とかギャグかよ板金鎧の着用はもう義務化され武装も統一されてる段階
モンゴルの鎧は防弾性がほぼ皆無であり容易に撃ち抜かれる
もうマスケット銃の射程は容易に合成弓越えてる
同じように新大陸で弓術に特化した先住民が太刀打ちできなかった
騎兵戦術と銃兵器を兼ね合わせた高度な指揮系統持った先進的なオスマン軍と
中世レベルの兵器と士気の低い氏族連合のモンゴルとじゃ比較対象にする意味が無い

164 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 03:51:40.22 0.net
>>162
狩猟民族ならまだ対抗出来たかも知れないけどアステカは馬とか車輪とか以前に鉄器すら無いしね
古代エジプトでもチャリオットと鉄器使ってたと言うのに・・・
軍事的には何千年クラスの差がありそうだ・・・

165 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 04:12:12.19 0.net
種子島に火縄銃が来てからすぐに冥土員JAPANの銃を作り
戦国時代には50万丁保有してて、当時の全ヨーロッパの保有より多かった。
戦国時代の日本軍が結集すればスペイン軍なんてイチコロだな。
現に東南アジアで倭寇と見られるローニンにスペイン軍が全滅されたらしい。
怪しい話だが戦争すればスペイン軍には勝てる。

166 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 04:27:59.88 0.net
フィリピンだと倭寇勢力全滅されてるけどな

167 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 04:35:23.25 0.net
さすがに遠すぎる・・・
まぁ隣にあったとして海戦は明らかに無理だけど陸の会戦なら勝てたかもね
まぁこう言うのって条件次第だろうけど
条件次第だと最強の米軍がベトナムにも負ける

168 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 04:49:21.38 0.net
ペリーに恫喝されて開国した鉄道すら無い日本がわずか35年後に軍艦で
ロシアのバルチック艦隊を壊滅させたなんて凄くね?
開国してから71年後には負けたけど潜水艦、空母、航空機でアメリカに
戦争を仕掛けた。サムライ時代からたった71年に航空母艦とか潜水艦だよ。

全部、白人の発明だけど。

169 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 09:10:56.91 0.net
>>165
それよく聞く話だけど戦国時代当時の全ヨーロッパの鉄砲保有数っていったい誰が数えたの? 具体的に何挺?

170 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 10:28:15.46 0.net
単純に保有数なら明のほうが上だと思うんだけどw

171 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 18:58:10.90 0.net
明のは秀吉の朝鮮征伐以前は火縄銃じゃないよ
>>169
16世紀西仏の火器装備率が年が降るにつれて増え2割〜5割
保有する軍隊が合わせて約16万、より火器率の低い独と英が半分として
合わせて12万丁、倍に増えても日本の国内所有数に全然届かないw

172 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 20:12:05.40 0.net
戦国期日本の50万丁ってすごい数だな
16世紀末の人口が1200万人だから総人口の4%に火縄銃が装備されるってこと?
足軽・雑兵含めて当時の日本の総兵数はどれくらいに見積もられてるんだ?

173 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 22:00:29.30 O.net
「元史」によると、元寇の発端は、高麗王の忠烈王が「元の皇帝に執拗に、東征して日本を属国にするよう勧めた」との記述がある。

174 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 22:12:26.67 0.net
チンギスハーンがアッバース朝と宋とキエフルーシを併合した後に、もっともっと後世に影響力が残るようなデッカいことをしてたら
我々モンゴロイドも今の白人キリスト教世界のように中国人日本人朝鮮人台湾人同士で団結しあって地上の支配者になってたかも知れないのに(アウグストゥスなんて目じゃねえぐらいに)


彼はモンゴロイドに数少ない絶対的カリスマ性を持った人物だった。


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