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【拉致問題】昭和40年前後、半径2キロ圏内で次々消えた印刷工5人“新情報” 裏にちらつく北朝鮮「偽札」の影 [2/9]

1 :◆CHURa/Os2M@ちゅら猫φ ★:2015/02/09(月) 23:38:35.72 ID:???
★【北朝鮮拉致】次々消えた印刷工5人“新情報” 裏にちらつく北朝鮮「偽札」の影
2015.2.9 12:00

昭和40年前後、わずか半径5キロほどの地域で働く若者5人がが相次いで失踪した。
北朝鮮による拉致の可能性が排除できない特定失踪者にリストアップされ、いずれも印刷関係の会社に勤めていた。
特定失踪者問題調査会の1月の調査では、これまで分かっていなかった足取りも判明。忽然と姿を消した彼らの背後には、
北朝鮮が製造したとされる偽札の存在も見え隠れしている。

・就職で上京の5人…半径2キロ弱の範囲に勤務

印刷関係の仕事に従事していた失踪者は調査会が把握しているだけで10人。
そのうち5人が、昭和38〜43年の6年間に東京都内で足取りが確認されたのを最後に消息を絶った。

5人はいずれも失踪当時10代後半から20代前半で、就職のために地方から上京し、会社の寮などで暮らしていた。
それぞれが勤めていた会社の所在地は東京都千代田区、新宿区、墨田区で半径5キロ圏内にある。

43年4月に失踪した早坂勝男さん(71)=失踪当時(24)=は行方不明直前に勤めていた
墨田区の印刷会社に入る前、台東区の印刷会社で長く勤務していた。その当時は半径2キロ弱という範囲に、
印刷関係の特定失踪者5人の勤務先が集中していたことになる。

調査会が職業や年齢別に失踪者をグループ分けしている「マッピングリスト」によると、
昭和40年代には看護師など医療関係者が3人、電話交換手など電話関係者が4人、
原発・核兵器・ミサイルなどに関係する技術者3人失踪している。

ただ、印刷関係者5人のような共通点は見いだせず荒木和博代表は「調査会が把握している情報の中では、
これだけ狭い地域から同時期に同じような仕事をしている人が失踪している事例は他にはない」と特異性を指摘する。

・目と鼻の先で仕事…退社時期不自然な失踪者も

調査会は1月29日、失踪者の勤務先などを調べる現地調査を実施した。調査の前後で、3つの情報が明らかになった。

昭和38年6月に失踪した中塚節子さん(69)=失踪当時(18)▽中塚さんと同じ会社に勤め一緒に消息を絶った
当時20代前半で現在70代の男性▽41年9月に失踪した日高信夫さん(70)=失踪当時(21)−の勤務先は
70〜80メートルしか離れていなかったのだ。日高さんが就職した38年4月から中塚さんらが失踪する
同年6月まで、わずか2カ月だが、3人は目と鼻の先で働いていたことになる。

日高さんは父親に「大阪で就職する」という内容の手紙を送り、東京駅から大阪行きの列車に乗った後、
消息を絶った。早坂さんも家族に「大阪に行って勉強をしたい」と話していたことがわかっていたが、
調査後に早坂さんの写った写真から実際に大阪を訪ねていたことが判明。
2人に「大阪」という新たな共通点が浮上したのだ。

一方、41年8月に失踪した小林栄さん(71)=同(23)=のケースでは、退社時期に不自然な点が見られた。
茨城県の小林さんの実家に、印刷会社が失踪を知らせてきたのは、同月26日の消印の手紙だった。
その手紙には「(同月)21日の朝、社長が社内でみかけた」などと書かれ、その後所在が不明になっていることが記されていた。

しかし、平成24年に警察が小林さんの厚生年金記録を調べたところ、小林さんは失踪1年前に印刷会社を
退社しており、昭和41年4月からは別の会社に勤めていたことが記されていた。いずれの会社も今は既に
存在しておらず、その真偽は不明のままだが、退社時期が不自然であることは明白だ。

・目的は日本の印刷技術?…偽札造りに関与?

拉致の可能性が排除できない印刷関係者の失踪について、荒木代表は「北朝鮮の偽札作りのために
拉致された可能性がある」と指摘する。「スーパーK」や、さらに精巧さを増した「スーパーノート」
と呼ばれる偽100ドル札について、米財務省は北朝鮮が製造したと断定。対北制裁に踏み切る一因となった。

北朝鮮が偽札の研究を始めた当初、日本の印刷技術を盗むため、関係者を拉致したのではないか−。
調査会はそのような推論を立てる。

だが、東京から失踪した5人の印刷関係者は若く、熟練した技術を持っていたとは言い難いとの指摘もある。
小林さんの弟で同じ印刷会社で働いた経験のある七郎さん(68)は平成25年、産経新聞の取材にこう答えている。

「兄は印刷機に一枚ずつ紙を差し込んで印刷するオフセット印刷の技術者として働いていた。
最初は紙を差し込む仕事から始め、熟練するとインクを混ぜ合わせて色を調合する仕事も担当するが、
調合は40歳以上の人がやっていたため、兄はほとんどやっていないのではないか」

これに対し、荒木代表は「拉致されたことを前提に考えれば、『若い印刷関係者を連れてこい』
というおおざっぱな指示が出ていたのではないか」と指摘している。 >>2へ続く


http://www.sankei.com/premium/news/150209/prm1502090005-n1.html
http://www.sankei.com/images/news/150209/prm1502090005-p3.jpg

2 :◆CHURa/Os2M@ちゅら猫φ ★:2015/02/09(月) 23:38:42.01 ID:???
>>1より

・占い好き…ぴたりと一致した目撃情報

2003(平成15)年に脱北した自称・元朝鮮労働党の軍事教官が06年、日高さんの写真を見て、
「平壌の病院で見た男性と似ている」と証言した。調査会もこの人物と面会し、日高さんとみられる人物に関する証言を得た。


「平壌の印刷工場で働いていると聞いた」「髪の毛が多い」「胃が悪くて入院していた」

「占いの話をしていた」という証言を聞いて、家族は日高さんが占いが好きだったことを思い出したという。
証言の一つ一つが、日高さんの特徴とぴたりと一致した。

特定失踪者問題調査会は日高さんを「拉致濃厚」と判断。他の印刷関係の失踪者との関連を調べている。

平成25年5月には、日本政府が米国で主催した講演会に小林さんの弟、七郎さんが特定失踪者家族の代表として参加。
印刷関係の失踪者が偽札作りに関わった可能性を指摘し「偽札造りに失踪した日本の印刷関係者が協力させられたと思うと、
改めて兄の北での胸の内を考えざるを得ません」と訴えた。

5人の失踪から40年程度が経過し、再会を願う家族も高齢化している。調査に同行した早坂さんの兄、
勇治さん(78)は調査会が北朝鮮に向けて放送している短波ラジオ「しおかぜ」の収録に臨み、勝男さんに向けてこう訴えた。

「寒いでしょうが、もう少し頑張ってください。元気で帰ってくることを待っております」 (了)

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