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哲学書を読めている時の自分とそうでない時の自分

1 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 17:15:39.15 0.net
頭が冴えて本がスラスラ読めている時の自分と、
だらだら寝ていたりする時の自分では
どっちが本当の自分なんだろう。

2 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 17:32:20.46 0.net
自分自身の自己同一性にはあまりこだわらない方がいいのかもしれないが、
どうしてもだめな時の自分を良い時の自分からの視点で責めてしまう傾向がある。
なるべく責めないようにするのがこれから先もやっていく秘訣なのだろうな。

3 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 17:58:43.85 0.net
なるようになるさ。

4 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:15:10.99 0.net
私は眠っている間が最も思考の働きが冴えているが?
自分で後から見ても感心するような考察は、ほととんど例外なく
目が覚めたときに自ずと出来上がっていて言葉として思い浮かんだもの。
朝起きてから食事やその他の雑事で考えが紛れると、何が思い浮かんだ
のかも忘れてしまう。だから、良いと思える考えはすぐに書き込むか、
中心となるごく短い表現をメモに書きつける。

5 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:17:49.93 0.net
日中の考えは、それが自分のものであっても、
せいぜい出来合いのものを捏ね繰り回すだけになりがち。

6 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:20:44.74 0.net
寝てる起きてるじゃなくて働く怠けるで考えろよ

7 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:23:05.33 0.net
寝てる間くらい怠けさせろ

8 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:25:10.24 0.net
惰眠は最高の怠け。それを奪うとか

9 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:29:36.42 0.net
随眠の哲学
なんていう哲学書があるくらいだしな

10 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:51:46.76 0.net
合理化の檻

11 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 18:55:30.63 0.net
官僚制にしてもマクドナルド化にしても大勢の人を管理するためになされるが
個人が合理化の檻に閉じ込められるとどうなるか。キリストになる

12 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 19:26:56.82 0.net
ローマ帝国の体制も官僚制があったんだろうな。

13 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 19:56:28.07 0.net
惰眠の哲学面白そう。なるほど洋の東西
休暇とは遊ぶことではなくビーチベッドで横になってだらーっと怠けることだという合理主義

14 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 20:36:48.36 0.net
怠けることがけしからんのかサボることがけしからんのか

15 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 22:03:24.80 0.net
考察が感心するか、つまり優れてるかどうかではなく、
その考察に責任が発生しているかそうでないかが問題だと思う

16 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 22:06:59.04 0.net
キリストだってそれを悩んだんだと思う

17 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 22:23:10.42 0.net
考察に疑問を呈する者に対して、応答できるかということだな。

18 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 23:10:24.96 0.net
聖書はたぶんロクな伝聞ではない
キリストは応答できなくなっても、つまり死人に口なしとなってしまっても
それでも歴史から消えなかった

19 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 23:21:37.88 0.net
仏教の経典も同じでわ

20 :考える名無しさん:2022/03/26(土) 23:26:17.23 0.net
まあでも、社会の混乱期にどんな言葉が有効かが統治にとって大事なので、
世代を超えて伝わったのだろうな。真剣に物事に対峙している時の言葉として。

21 :塩なめくじ:2022/03/27(日) 06:12:02.61 ID:rGC6MrNc0.net
哲学書に書いてあることが、日頃思考していることとを裏打ちするなら、
あるいは逆に異を唱えるなら、努めるまでもなく哲学書を読み進められる。

哲学書に書いてあることが、己の状況と全く関連がないものであれば、
関心が持てないのは当然だし、持つ必要もない。

22 :考える名無しさん:2022/03/27(日) 06:39:36.86 0.net
ダラダラしているというのも己の状況だわな。言われてみれば。

23 :塩なめくじ:2022/03/27(日) 12:42:29.71 ID:6bhsdjqU0.net
難しそうに見えた内容が、まさにだらだら寝ている自分のことを述べていると分かったとき、急にスラスラ読めるようになる。

24 :塩なめくじ:2022/03/27(日) 12:48:15.20 ID:6bhsdjqU0.net
古典は時代と言語の隔たりによって、すぐに理解できないようになっている。
だから、もし問題を整理したいなら最近書かれた本を読む方がよい。

そうでなく、教養を積むためなら、ある程度は我慢しなければならないが、
いま哲学書という教養は我慢してまで得るべきものなのか。
(大学で課題図書になっている場合などは除く)

25 :考える名無しさん:2022/03/27(日) 19:17:48.36 0.net
俺は最近は1960年代に書かれた本に挑戦している。中途半端に昔。

26 :考える名無しさん:2022/04/05(火) 21:26:52.69 0.net
自分の本質は脳みその電気現象だよ。

だから、捉えどころがないし、毎晩寝るときに意識現象は消えるから実質死んでるような状態になる。

自分は、起きている時は常に生成消滅し続けていると思うよ。

だから、>>1の答えは、どちらも「ある一瞬またはある一定時間の自分現象」だと思うよ。

(あくまで、自分の本質が科学現象だという説が正しかった場合なんだけどね。やや直観に反する部分もあるし、この理論は修正が必要かもしれない。)

27 :考える名無しさん:2022/04/05(火) 21:39:56.64 0.net
ラジ?

28 :考える名無しさん:2022/04/05(火) 21:42:17.81 0.net
ラジは有名人のスレッド以外には出没せんやろw

29 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:27:22 ID:0.net
>>26
寝てるときにこそ脳みそ動いてるんだが夢とか見たことないのかなこいつ

30 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:39:02.67 0.net
>>29
脳みそが動いていたとしても夢を見ている時以外は意識がないでしょ。

意識がない=意識は生成消滅しうるもの、つまり現象だ。

私は意識がある、意識現象が発生してる時こそ私という主体が存在すると思う。

つまり、意識がない時はこの主体も消えると思う。主体は意識がある状態でしか存在し得ない、というか同じものだと思うし、
意識が現象であればこの主体も現象という事になる

という理屈だよ。

31 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:41:27.50 0.net
人と人の間にある痛みをいつの日か消すために
会話があると思っている

32 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:44:54 ID:0.net
>>30
こいつ19世紀で知識止まってそう

33 :訂正:2022/04/10(日) 11:49:02 ID:0.net
>>30
脳みそが働いていても、寝てる間は夢を見ている時以外、意識ないでしょ

34 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:51:47 ID:0.net
寝ている時にこそ覚醒時の情報が整理されるのはもう常識なんだが、意識主義の強迫神経症者はそれが理解できない模様

35 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:53:34 ID:0.net
>>32
えーなんでそう思う?
古い考えと言いたいなら、19世紀より後の哲学者で
私の考えに似た思想を否定した人とかに思いあたりがあるんですか?
よければ教えてください。

36 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:58:00 ID:0.net
>>34
寝ている時に覚醒時の情報が整理されたとして、「主体の本質」が意識現象であれば、
寝ている時は覚醒時の情報を整理していて、その間、夢を見ていなければ私は一時的に存在しない

みたいに言えませんか?

自分の本質が物体に存在するとは言い切れないのでは?

まあ、だからこそこの主張は仮説でしかないのかも知れないかな。

37 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 11:59:38 ID:0.net
>>36
主体が意識でしかないというのがもう
フロイトから読み直せや

38 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 14:35:34 ID:0.net
>>37
無意識は この私 というものの一部なのか?
私は、 この私、主体は、無意識に影響される「意識」じゃないのかなって思うよ。

価値観の違い・何が自明と思うかの違いかもしれないね。

そうじゃなくて根本的に私が間違ってるというなら詳しく解説して欲しいものだよ。

39 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 16:17:50.56 0.net
>>38
つまり
【主体の範囲をどこまで線引きするか】の問題じゃないかと言いたいんです。
線引きできるほど曖昧ではないかもしれないし、明確に線引き出来るかもしれない。

あなたはどう思いますかね

40 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 16:22:13.78 0.net
meta harakiri

41 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 16:22:49.63 0.net
魂は腹にある
だから腹切りがあるのだろう

42 :考える名無しさん:2022/04/10(日) 20:16:48 ID:0.net
その辺りは構造主義以降とっくに終わった話

43 :考える名無しさん:2022/04/15(金) 15:13:38.57 0.net
>>42
じゃ、自分の本質って何だと思う?

>>26の主張が根本からおかしいのはわかったが…


44 :考える名無しさん:2022/04/17(日) 20:13:38.43 0.net
>>30
「意識がない」という状態は意識できない
意識できない、認識できないことを「現象かそうでないか」と問うのはナンセンスではなかろうかと思う

もちろん客観的に測定すれば「意識がない」と他の人の説明を聞くことはできると思うけど、現象であることを現象から知る、という循環に陥りそう

45 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 03:43:31.00 0.net
>>43
自分の本質なんてものは存在しなくて<構造(差異の体系)>によって自分の範囲が分節(線引き)されるだけ
分節のされ方は恣意的なものだし、時間的経過によっても揺れ動き生成と消失を繰り返す
意識というものはその再帰的性質(自己言及性)により自分を特別なもの―――他者より優れているとかいう意味ではなく“確かなもの”―――だと思いたがる
このようにして何か「自分の本質」と言える不変的で根源的なものがあるはずだという幻想が生まれる

46 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 08:39:47.77 0.net
>>45
分節のされ方が揺れ動くのは同感できるけど
消失することはあるのかな?
意識がない時とか、いわゆる「我を忘れている」状況では消失してると言えそうな気はするけど、
たとえば後になって「あの時痛みを忘れてはいたけど確かにあった」と言える場面みたいに、残存する核の部分は各々感じ取っているように思えるし
そこに確実性を感じているのではないかと思う

それが幻想だと言われて抵抗があるのは、痛みは脳の信号に過ぎないと言われても救いにならないのに似て直感的なものだからだと思うが
そもそもそれは言葉で扱う対象になり得るんだろうか

47 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 12:25:09 ID:0.net
>>46
分節のされ方が少しでも揺れ動いた時点で一瞬前の自分が消失し、新しい別の自分が生成されたということになる
なぜなら「分節のされ方=境界線」が動いたのなら差異の体系=<構造>が変化したことを意味するから
意識のあるなしに関わらず一瞬前の自分と現在の自分はそれぞれ別の存在である
消失というのは「意識が消えたから私も消えましたよ」と言っているのではなくて、意識がある今現在も「この私」が消失し「その一瞬あとの別の私」が生成され続けているということ
それにも関わらず「一瞬前の私」と「今この瞬間の私」が「同じ自分のはずだ(残存する核の部分があるはずだ)」と思い込ませているのが意識に備わる自己言及性(意識は意識を意識する)の働きなんだ

こんなこと書いてるオレも一瞬前のオレと今この瞬間のオレは「同じオレだ」と感じている(そうじゃないと気が狂ってしまうし、社会性や日常の社会的生活が保てない)
でも、だからといって「同じ自分だと感じていること」は実際に「同じ自分であること」を僅かばかりも保証するものではない(同じ自分だと感じている≠同じ自分である)
各々が残存する核の部分を感じとったり、そこに確実性を感じること自体が「意識の思い込み(一貫性をもたせる辻褄合わせ)」でしかないんだ
この思い込み(同じ私だ)があるからこそ私達は社会性を保ち、社会を築くことが出来ているわけだから、その意味では「同じ自分」という“信仰”を私達は「正しくないけど信じなくてはならない」
でもこれは「同じ自分」が[正しい/正しくない]かと[信じるべき/信じるべきでない]かというまた別の問題ということになる
(続く)

48 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 12:28:06.09 0.net
>>47続き
自分という存在(自分という範囲)を画定(分節)しているのは「自分の本質(核の部分)」ではなくて「非自己=他者(人でなくてもよい)」との間の差異だ
このことは自分という存在のみならず、あらゆる存在に対して同様のことが言える
「赤という色の存在」を存在たらしめるのは、ありもしない赤の本質ではなく非赤(白や黒や青や緑など)との差異、つまり色における差異の体系(=<構造>)によってだし
「円という形の存在」を存在たらしめるのは、ありもしない円の本質ではなく非円(三角や四角など)との差異、つまり形における差異の体系(=<構造>)による
差異の体系=<構造>はどのような視点・観点をとるかによって変化する
論理的な矛盾がなければ視点・観点の立て方は自由に行ってよくて、これは数学で矛盾がなければどんな公理を立ててもいいことと似ている
ユークリッド幾何学とは異なる公理系をもつトポロジー(位相幾何学)では円も三角も四角も同相(同じ形)とみなされる
つまりそこでは円の本質も三角の本質も四角の本質もない
差異の体系=<構造>が本質に先立つ

49 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 12:29:56.18 0.net
オラオラ純一

50 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 12:34:05.04 0.net
オイラーのことではないな

51 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 17:01:23.27 0.net
なるほど。>>26では安易になんとなく 私は常に生成消滅し続ける現象 だと思ってた。
でも、そうではなく、むしろ恣意的な 自分と非自分の線引き が常に変化するから、便宜上現れた自分という存在が常に生成消滅しているような状況になるってわけか。

52 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 17:17:18.01 0.net
>>51
あと自己言及性のせいで。

53 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 19:42:51 ID:0.net
時間知覚も数秒らしいね

54 :考える名無しさん:2022/04/18(月) 20:06:52.59 0.net
>>48
詳しくありがとう
構造主義について知るところがないからおかしなことを言うかもだけど
赤には赤という本質が備わってるから赤いのではなく、
色と名のつく他のすべてとの相対的な関係から赤と呼ばれるだけであり、他との境界も恣意的という認識で合ってるのかな

気になるのはやっぱりその議論の適用範囲なんだよね
ウィトゲンシュタインを読んだ印象なんだけど、論理の成り立つ範囲内では「赤は良い」なんて命題は矛盾ですらないナンセンスで、
論理で扱える範囲内の物事は明確に真偽を判定できるし、それが論理の特徴だと思った

ただ意識について同じ原理を使える保証があるのか?と思う
それは自分というものを考える対象にする際に使っているのが、論理なのかそうでないのかによるのか?
具体的には「意識」や「自己言及」に対して、「赤」と同じ議論が成り立つ保証があるのか?
そんな疑問が湧きました

境界をよく理解してないからかな?

55 :考える名無しさん:2022/05/02(月) 03:23:40 ID:0.net
age

56 :考える名無しさん:2023/01/22(日) 04:02:45.88 0.net
ただ今制限って何?

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