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邪馬台国の歩き方(女王之所都=伊都國)3
- 481 :日本@名無史さん:2022/12/26(月) 00:48:43.01 ID:oV6Lk8FT5
- https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1615458138/876
古代に渡海する場合、真夏で晴れならいいですが、
それ以外の季節や、雨に降られると、
潮しぶきで体が濡れて、低体温症になる危険がありますね。
>>428
体温維持のために、耐水性の高いサメ皮の衣服が必須だったのでしょうね。
油を塗ったサメ皮の衣服と、サメ頭部の帽子をかぶって、完全防水の姿で渡海していくので、
サメが舟を漕いでいくような光景だったのでしょうね。
>>375
甕棺墓=養蚕有力者を多数従えた吉武高木大王家と、
対馬海峡渡海を受けもつ、女系外戚ワニのタッグだったわけですね。
対馬海峡渡海時に遭難した場合、対馬海流で流されて、
まず目指す避難場所が沖ノ島だったと考えられ、
その近辺もワニ族が押さえていた、と考えると、
ワニ族は飛び地的に、対馬海峡と、古代出雲の一部と、を押さえていたのかもしれませんね。
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