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南京大虐殺はなかった

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 20:56:45.41 ID:pis3EWXp0.net
>>585
「歩66」は過去スレで何度も「あった派」が全く反論出来ずに逃亡を繰り返していますので過去スレを確認した方が早いかとw

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 21:10:08.77 ID:pis3EWXp0.net
>>586
>浜崎富蔵 歩兵第45連隊第11中隊 軍曹

日本軍に白旗を受け入れる「義務」は無いのだがw


>佐藤睦郎 第16師団歩兵第33連隊第1機関中隊
>「南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて―元兵士102人の証言」

この本の評価w

Wiki
本多勝一小野賢二ら虐殺肯定派も、これほど間違いの多い本も珍しいなどと批判した。

肯定派にすら見放される程度のシロモノが根拠w

ドンドン「あった派」のやり方が見境なくなってきたなあw

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 21:21:15.23 ID:pis3EWXp0.net
>>583
他人を「不勉強」と批判する割には、地図や時計やカレンダーといったものによって「時間」や「空間」という概念を理解しているようには見えませんねw

他人を「不勉強」と批判するからには「杭州湾」の出来事が南京とどのような関係があるのか説明出来ますよねw
また、「らしい」とか「伝聞した」というのが根拠になると判断した理由も説明出来ますよねw

地図や時計も理解できないのに他人を「不勉強」と批判する方が、どのような深い知識と見識をもって根拠を説明してくれるのか楽しみにしていますよw


まあ、勝利宣言の挙句、尻尾を巻いて逃げ出してもそれはあなたの自由ですよw

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 21:22:32.18 ID:Par3RArP0.net
>>588->>595
イチャモン派のイチャモンの質が低すぎるな
歩兵第66連隊の戦闘詳報がかなり都合悪いのはよくわかる
まぁ『あの』阿羅健一の本ですら完全否定ゼロなんだから仕方ないけど


阿羅健一「兵士たちの「南京事件」 城壘」

原貫一 証言 (中隊指揮班)
戦闘詳報に書いてあるのでしたらそういうことがあったのでしょうが、私はそれは見ていませんからなんとも言えません
(中略)
だからああいう戦闘の状況で捕虜を処刑したと聞いても分かります。戦場を知っていれば、その処置に対して何も言えません。それが戦争です。

藤沢藤一郎 証言 上等兵
戦闘処刑は全部読んだわけではなく、自分の戦ったところだけを見たものでしたから。そのところを読んでどう思ったかについては特別記憶はありません。
戦闘については中隊から来た戦闘詳報をもとに書きます。嘘を書くということはありません。ただし鹵獲兵器などは数字が来ますけど、もともと正確に数えていませんから、九十とあったら百と書くとかそういうことはあります。しかし、捕虜のことはよくわかりません

水沼兼吉 証言
中国兵のことですが、我々が城内にいたとき、中隊の幹部の人、西沢さんじゃありませんでした、指揮班の人あたりだったと思います、その人が、捕虜をやる、といって希望者を募っていました。
戦闘詳報に書いてあるものでしたら、そのとき何人かが城外に戻ってやったのではないかと思います。ただし捕虜をやった場面は見ていませんからそれは私の想像です。

小宅伊三郎 証言 曹長(第1小隊長代理)
あの前後、渋谷さんや平沢さんがどうしていたかはっきりしませんが、ともに第一大隊本部いたのではないかと思います。また、捕虜がいたことについては一刈大隊長も知っています。問題は捕虜についてですから、連隊長以下でできることではありません。
しかし実際どうだったのか、捕虜を捕らえて第四中隊を指揮していた私すら知らないので、相当混乱していたと思います。誰がどうしたのか私には全く分かりません。
第一大隊戦闘詳報に書いてあるのでしたら、形の上では一刈大隊長ということになるのでしょうか」

田波希平 証言 (分隊長)
捕虜は城外にいたとき、何人かいてご飯を食べさせました。その後、大隊から命令が来たのか、その捕虜を処分することにしました。夕方でした。平沢(第四中隊長代理)あたりからの命令のような気がします。
  捕虜にご飯を食べさせたことも、やったことも、考えてやったことではありません。すべて命令です。あのときは無我夢中で、それが戦争だと思っていました

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 21:24:03.73 ID:Par3RArP0.net
>>596
杭州湾での出来事と思ってるならお前日本語を一からやり直せよ

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 21:59:56.01 ID:ulmcyAgt0.net
なかったのね

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 23:51:32.17 ID:GvCsKvLb0.net
>>588
おまえは>>569で「まずは「宇和田氏が万年筆を所有していた事を証明してくれ」と言っているだけですがw」と書いているだろうが。
だから宇和田氏が万年筆かインク壺を持っていて日記を書いていたのは事実だ。
自分のものか人に借りたものかはわからないが。所有に至った経緯を証明することは必要ない。

>すまんが私にはコイツの言ってる事が理解できないのだが?

おまえは誰にレスしてるんだ? 「>横レスだが」 と書いてるだろうが。

>自分で貼り付けた資料の根拠すら提示出来ない時点でお前の書き込みにはゴミクズ以下の価値も無いという証拠だw

自分で貼り付けた資料の根拠? 何を言ってるんだ?

>「具体的根拠」を出して南京事件を証明しなければならないのは「お前だ」w

南京事件はあったことは、既に専門家(歴史学者ら)が一次史料からあったと判断している。
一次史料からあったと判断してるのだから、証明する必要はない。

>議論において最低限「主張する側に根拠を提示する義務がある」というのは理解しろよw

なかった派(否定派)は、南京事件はなかったと主張しているのだから根拠を挙げて証明しなければならない。
おまえら否定派に証明する義務がある。おまえは理解してるのか?

>なにしろ「主張する側に根拠を提示する義務がある」のだからw

そうだ。否定派は「南京事件はなかった」と主張しているのだから、根拠を挙げて証明しなければならない。

>あった派が「具体的根拠」を出せない時点で南京事件は否定されるw

それは違う。専門家(歴史学者ら)は南京事件はあったとしている。その結果にあった派は依拠している。
なかった派(否定派)は、その時点で論理破綻が決定するから、おまえらに証明する必要はないが。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 23:52:49.59 ID:GvCsKvLb0.net
>>589
>処断の結果、解放した記録がありますけどw

それがどうした?何の反論にもなっていない。

>南京城内に送られた以上、その後解放されようが逃亡しようとして射殺されようが第16師団とは何の関係もねーよw

それは違う。殺害されたら虐殺だ。

>市民に紛れ込んでいた1600人が良民証を与えられたのに、それ以外の連中を助ける理由があるとでもw

それは違う。殺害されたら虐殺だ。


>>593
>わざわざ瞬殺される為に「第一大隊戦闘詳報」出すかw

秦氏、笠原氏、原氏の専門家3人は、全員虐殺に含めている。
ど素人のおまえが違うと言い張っても、受け付けない。

>まあ、しばらくすれば反論できずに逃げ出した事も忘れて、同じ事を繰り返すんだろうなあw

それは、おまえらだ。悔しかったら歴史学者になるか学術論文を発表してみろ。

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/23(火) 23:54:05.42 ID:GvCsKvLb0.net
>>594
>「歩66」は過去スレで何度も「あった派」が全く反論出来ずに逃亡を繰り返していますので過去スレを確認した方が早いかとw

「過去スレ」は知らないが、素人同士の論争が結論になるとでも思っているのか。おめでたい奴だw
秦氏、笠原氏、原氏の専門家3人は、全員虐殺に含めている。
残念でしたw 
ネット論争より、はるかに以前から南京事件はあったのが結論だ。
仮に否定派が主張するように、南京事件はなかったとすれば、松井と広田が有罪判定で絞首刑になったのは冤罪だったのか?
冤罪だというのなら、再審請求でもやってみろ。できるはずがないがw
何が反論だ。誰に反論するんだ?バ〜カw

いちゃもん派のあほぼんは破綻しました。後の駄文はすべて無視してください。

603 :浮月斎:2024/04/24(水) 06:18:36.19 ID:cr7JjcQ30.net
>602

>仮に否定派が主張するように、南京事件はなかったとすれば、松井と広田が有罪判定で絞首刑になったのは冤罪だったのか?

冤罪であった。冤罪によって生じた濡れ衣は晴らさねばならない。

>冤罪だというのなら、再審請求でもやってみろ。できるはずがないがw
何が反論だ。誰に反論するんだ?バ〜カw

国際世論戦という場で「再審請求」をする。具体的には、「南京大虐殺」を世に広めたIris ChangのThe Rape of Nankingの誤謬を指摘し、この本が中共のプロパガンダをベースとして書かれていることを証明することだ。

なぜ、「南京事件」が問題となるか。

「南京事件」を声高に問題としているのは中国共産党(中共)である。南京大虐殺記念館を建て、ハリウッドの映画会社を買収してBlack Sunなどの「南京大虐殺」をドラマ化した映画を作らせ、毎年12月には記念式典を実施し、中国及び北米の一般大衆に向かって日本に対する憎しみを煽り立てている。

おそらく、その目的は下記の三つであろう。

1. 中国大衆の社会的不満のはけ口として「抗日」を打ち出し、不満の鉾先を日本に向けることで中共に向かってこないようにする。合わせて、「邪悪な日本」を退治したのは中共であるというホラ話をこさえて自己の統治の正当性を訴える。
2. 日米離間工作。「夷を以て夷を制す」は中国人のお家芸である。かつては中国国民党が「南京大虐殺」を利用してアメリカで対日世論工作を行ったが、今は中共が行っている。
3. 日本の青年の間に精神的害毒を流し、「中国人に対して申し訳ないことをした」という自己卑下の念を植え付けることで、愛国心を減殺し、一般的利益を得る。

(続く)

604 :浮月斎:2024/04/24(水) 06:36:31.47 ID:cr7JjcQ30.net
(603から続く)

このうち2)の日米離間工作が最も重大だが、中国政府の意に反し、余りうまく行っていない。台湾問題・周辺諸国とのあつれきなど中国の問題行動が大きすぎて、80年近い前の事件など問題とならなくしてしまっている。米国が国内の人権団体の尻馬に載って、国家レベルで日本に感情的批判をする可能性は非常に少なくなっている。

3は深刻だ。かつての青年も、いつかは社会の中枢を担う壮年期を迎える。現実に、一部の財界人が中国に贖罪意識を持つことで、日本の国益を大きく損なっている。かつて1970年代の大学では総じてサヨク教育が行われていた。経済学の講座はサミュエルソンの経済理論と並んで「マルクス経済」学が幅を利かせていた。朝日新聞による「南京大虐殺」キャンペーンも、その頃である。(10年遅れて、同社は「従軍慰安婦」キャンペーンを行った。)
 アメリカはマイク・ホンダ議員が行う「従軍慰安婦」キャンペーンの尻馬に載って、2007年7月下院議会で対日非難決議121号を可決し、派生的に国内各地に「慰安婦像」を建立した。今日につながる日韓のしこりも、この「従軍慰安婦」キャンペーンに端緒を発している。「南京大虐殺」が米国内で政治問題化する可能性は少なくなっているが、左派リベラルの傾向が強いカナダでは、地方議会が対日非難決議を行う寸前まで行った。

いずれにせよ、まず日本人が「南京大虐殺など存在しない。あれは戦時中のプロパガンダでありデマ宣伝である」と納得することが重要である。そのうえで国際的な発信をする。日本全体が「東京裁判見直し」の発信装置になれば、戦前の日本につきまとう日本の国家イメージも国際世論も変えられる。

(終り)

605 :浮月斎:2024/04/24(水) 07:08:15.51 ID:cr7JjcQ30.net
(あと少しだけ続くんじゃ)

私は下記のヘランボ・ラル・グプタの発言を信じているし、実現させたいと願っている。

「極東軍事裁判、即ち東京裁判は、21世紀に入れば必ず多くのアジアの国々によって見直されるであろう。そして、第二回東京裁判が実現する。その頃はアジアも世界も良識をとりもどし、すべてが公正にして真理の法の前に平等に裁かれる。その時こそ東亜積年の侵略者である欧米列強の英雄たちは、こぞって重刑に処せられ、かつて東京裁判で重罪をこうむった日本人、なかんずくA級戦犯の七柱は、一転して全アジアの救世主となり、神として祀られる日がくるであろう。また、そのようになるべきであろう。」
ヘランボ・ラル・グプタ(インド独立運動)の指導者の一人) 1964年(昭39)発言
出典:「世界がさばく東京裁判」(佐藤和男著) p248

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 10:42:26.40 ID:wRDPsXds0.net
>>605
>ヘランボ・ラル・グプタの発言
熱く語ってるところ悪いが・・・
これの信憑性については以下を参照されたし。
ttps://togetter.com/li/1127362

当人かどうかも不明、出典も不明。持ち出されたのは30年も経ってから。
何かどこかで聞いたようなパターンだと思ったら・・・
紹介者の草間省三とやらは、現在アマゾンで検索すると名越二荒之助との共編著が一冊出てくるのみ。
名越のお仲間かあ。道理で既視感があるわけだ。

佐藤和夫も裏も取らずにウヨ系デマに踊らされるとは、東中野同様学者失格だな。
以前に似たような失敗を新しい教科書を作る会もやらかしてるが、おいしそうな話に裏も取らずに飛びつくのはウヨ系の通弊なのか?
浮月斎氏にも自らの知識を裏や出典まで遡って再点検してから出直す事をお勧めしたい。

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 11:01:50.02 ID:wRDPsXds0.net
なお、英語版wikipediaによればグプタの没年は1950年であるw

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 11:14:36.05 ID:cr7JjcQ30.net
>606

グプタ本人の発言かどうか疑わしいというなら、同じ趣旨の事をワシ自身の発言として提示したるわ。和歌でも「詠み人知らず」というのがあるように、誰の作か分からないが、出来が良い歌が選集に選ばれるということがある。「ヘランボ・ラル・グプタ」を「山田浮月斎」と取り換えて読んでくれたまえ。

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 11:20:24.83 ID:cr7JjcQ30.net
>607
まともな研究者はwikipediaの記述を検証の材料に使う
ことはしない。誰でも編集が可能だからな。それでも
疑わしい、wikipediaの記述に信を置くというなら、上述
608のコメントと同じじゃ。ワシ自身がグプタと同じ発言
をしたものとせよ。

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 11:41:35.57 ID:cr7JjcQ30.net
そもそも、世間の大部分の人はヘランボ・ラル・グプタという名前を知らないし聞いたこともない。佐藤和夫の「世界がさばく東京裁判」に下記の記載があり、なるほどそのとおりと思ったから引用したまでのことである。本当にグプタがそのように云ったかなど、この際、どうでもよいことである。南京事件の検証となれば、話はまた別であるが、この場合は発言の主旨こそ重要なのだ。

「極東軍事裁判、即ち東京裁判は、21世紀に入れば必ず多くのアジアの国々によって見直されるであろう。そして、第二回東京裁判が実現する。その頃はアジアも世界も良識をとりもどし、すべてが公正にして真理の法の前に平等に裁かれる。その時こそ東亜積年の侵略者である欧米列強の英雄たちは、こぞって重刑に処せられ、かつて東京裁判で重罪をこうむった日本人、なかんずくA級戦犯の七柱は、一転して全アジアの救世主となり、神として祀られる日がくるであろう。また、そのようになるべきであろう。」
山田浮月斎 2024年4月24日 5ちゃんねる日本近代史板での佐藤和夫著「世界がさばく東京裁判」からのパクリ発言

これで良いイカ。

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 12:58:46.71 ID:2kx+Axu00.net
ネトウヨが金科玉条、最後の拠り所としている佐藤和男だって専門は国際「経済学」だからなぁ
経済学者の見解を有り難がるとか経済音痴のネトウヨらしいと言えばらしい

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 13:44:59.53 ID:cr7JjcQ30.net
宇都宮66連隊のケースについての見解:

宇都宮66連隊のケースは、東中野修道著「再現 南京戦」のp.180-184に分析が出ていて、わしもそれで納得している。その要点は次の通り。

1)支那兵の捕虜1500余を拘束したのは12月12日、場所は中華門南西500mの金陵兵工廠付近、まだ戦闘中のことであった。

2)陥落は目前と思われたが、なお中華門では激戦が繰り返され、日本兵に戦死者を出していた。

3)12日深夜から翌13日未明にかけて城内の支那兵は瓦解し、一斉に城の北西角の挹江門・下関から城外に逃げた。これら逃亡兵らの「大密集部隊」は、城の北東・仙鶴門鎮付近で行軍中の第16師団独立野戦銃砲隊兵第15連隊と激突し、更に城の西・江東門付近では熊本第6師団鹿児島45連隊と衝突した。

4)宇都宮66連隊は中華門で戦う味方の応援に駆け付けなければならず、やむなく旅団命令に基づき、連隊の第一大隊が13日の午後5時から拘束中の捕虜1500名余の刺殺に及び、午後7時半に終わり、連隊に報告をした。

5)戦闘中もしくは戦闘終了後に、被拘束兵を宣誓のうえ釈放することができないという状態において、やむなく処刑に及んだとしても国際法上合法である。

結局のところ、蒋介石と唐生智が、日本軍の降伏勧告に応じず、部下を置き去りにして逃げたことが、これら悲劇の原因である。

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 13:47:42.40 ID:cr7JjcQ30.net
>611
コメント者はこのワシ、山田浮月斎である。

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 13:56:21.56 ID:cr7JjcQ30.net
>611

「世界がさばく東京裁判」のゴーストライターが江崎道朗だということぐらい、知っておろうが。

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 13:58:25.18 ID:cr7JjcQ30.net
612、614のコメント者はこのワシ、山田浮月斎である。

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 14:04:03.28 ID:2kx+Axu00.net
>>614
経済学の専門家に監修させてる時点でもうね・・

617 :浮月斎:2024/04/24(水) 14:14:45.51 ID:cr7JjcQ30.net
これまで見たように、グプタの名前を出せば本人の発言かどうか疑わしいと言い、佐藤和男の名前を出せば本人の専門は経済学者だという。

ところが、ここでの問題は南京大虐殺があったかなかったか、が主題だろう。佐藤和男の専門が何かは関係がない。

主題とは関係のないところでチクチクと相手のアラを捜すのが「虐殺派」の常套手段である。

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 14:20:52.62 ID:2kx+Axu00.net
>>617
南京事件は史実として確定してるんだよ
お前がどう思おうがな
それを崩したいのに真偽不明の発言や専門外の意見を出したってひっくり返るわけないだろうに

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 16:03:06.03 ID:cr7JjcQ30.net
>618

証拠もないのに「確定」だとさ。まさに魔女狩り、中共のつるし上げ裁判と同じ。
いわば敗北宣言。

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 16:03:11.47 ID:cr7JjcQ30.net
>618

証拠もないのに「確定」だとさ。まさに魔女狩り、中共のつるし上げ裁判と同じ。
いわば敗北宣言。

621 :浮月斎:2024/04/24(水) 16:08:10.64 ID:cr7JjcQ30.net
結局、「虐殺があった」派はゴミ情報しか出せなかったわけだ。

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 16:22:05.99 ID:6g4aUZTP0.net
>>619
おや前言撤回かい?
>>508
>>535

あったと結論は出たでしょう?

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 17:07:08.56 ID:2kx+Axu00.net
>>619
パル判事ですら「証拠は圧倒的」と事実認定するのが南京事件

パル判決書
これに関し、本件において提出された証拠にたいしいいうるすべてのことを念頭において、宣伝と誇張をできるかぎり斟酌しても、なお残虐行為は日本軍がその占領したある地域の一般民衆、はたまた、戦時俘虜にたいし犯したものであるという証拠は、 圧倒的である。

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 17:25:12.84 ID:zJGKTYmF0.net
南京事件はなかったと世界に表明したら、大変なことになるぞ
東京裁判の判決を否定、そしてサンフランシスコ平和条約違反
日本は、少くとも、世界中から経済制裁を受けて最貧国に転落するのは確実
それとも、・・・ ああ、恐ろしや

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 17:26:53.02 ID:cr7JjcQ30.net
脅しには屈しない。

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 17:26:53.98 ID:cr7JjcQ30.net
脅しには屈しない。

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 18:26:05.93 ID:njpqpFVR0.net
まあ、どんな事にも永遠にいちゃもん実際に付け続けることは可能ってことでw

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 19:57:45.81 ID:8wYbYVu20.net
>>597
「あった派」はしばらく見ないうちにまた一段と劣化しているなw
「第一大隊戦闘詳報」は散々過去スレであった派が手も足も出ずに逃亡済w

どれだけ適当な証言を持ち出そうと根本的に「旅団命令を」「連隊長から」受けているのに連隊命令の記録が存在しない時点で終わっているw

日本語が理解できないお前には阿羅氏は完全否定している事が理解できないだけだw


『南京戦史』 (p317)
「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
「軍事的慣例と異なる記述」
「全文を通じてその表現は極めて異様」

板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
「『南京戦史』では、『戦況の進捗状況とチグハグ』『了解し難い部分』
『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 19:59:37.26 ID:8wYbYVu20.net
>>598
南京での出来事に杭州湾の例を出したバカが何か喚いているなw

だから杭州湾での出来事が南京と何の関係があるのか説明してみろよw

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:19:03.11 ID:8wYbYVu20.net
>>600
>だから宇和田氏が万年筆かインク壺を持っていて日記を書いていたのは事実だ。
>自分のものか人に借りたものかはわからないが。所有に至った経緯を証明することは必要ない。

アホwwwww
宇和田氏の日記を連隊会が確認して2ヶ所を引用した時は虐殺の記述なんか無かったわw

それが朝日新聞の手に渡った途端、宇和田氏の没年を書き換えた挙句、全く関係ない写真を虐殺の写真とされているw
しかも、当時一兵卒が知るはずもない情報が書き加えられ内容も矛盾w

「宇和田氏本人が書いた日記を加筆、改竄したもの」としか判断できねーよw

しかも朝日は「1年間インクで毎日日記を書いていた」と主張しているのだから、少なくとも「宇和田氏がインク壺を携行していた」か「万年筆を所有していた」と証明出来なければ朝日の主張は成り立たないw

日本語が不自由なお前に理解出来るように言えば「インクで書かれた日記は朝日の捏造」と言っているんだよw

それを否定したいなら「宇和田氏がインク壺を携行していたか、万年筆を所有していた事」を証明しろよw

普通の人の判断w

「当時、一兵卒が毎日インクで日記を書くのは不可能に近い」


「日記は捏造」

あった派の判断w

「当時、一兵卒が毎日インクで書いた日記がある!」


「日記は本物だ!」

最初から結論ありきで、原因と結果が逆転しているw

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:27:32.50 ID:Ot7FJSKu0.net
>>628

その素人連中がお前らイチャモン派の親玉なの?
本人たちが完全否定してないのに阿羅が完全否定すると何かがひっくり返るのか?
イチャモン派の頭ん中はよう分からん

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:27:42.65 ID:8wYbYVu20.net
>>601
>>602
過去スレであった派が悉く「第一大隊戦闘詳報」の証明に失敗して逃亡しているのにお前ごときに証明出来るとでも思っているのかよw

もし証明出来ればあった派にとって歴史上の快挙だぞw

所詮過去スレから何も学ばない無能には無駄だがw

とりあえず「第一大隊戦闘詳報」の矛盾について触りだけw

丸MARU 1990年6月号 通算527号
兵士たちの「南京事件」城壘 連載18回
P206
ナソだらけの戦闘詳報
 師団の数字は各連隊からの数字を合計したものである。連隊の数字は各大隊の数字を合計したものである。だから連隊の数字が師団より、大隊の数字が連隊より大きいことはありえない。
しかし、鹵獲表を見ていくと、第百十四師団で鹵獲した重機関銃が一挺なのに第一大隊だけで七挺鹵獲したことになっている。小銃と拳銃も、師団のものより第百五十連隊と第六十六連隊第一大隊の合計だけで上回っている。この表には第百二連隊、第百十五連隊の記録がないが、もしそれらの資料が残っていれば、それぞれの連隊も百五十連隊や第六十六連隊と同じくらいの鹵獲品があったであろうから、ますますつじつまが合わなくなる。

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:30:49.84 ID:Ot7FJSKu0.net
>>629

山本武のことを言ってるのだろうが、これは【南京の下関に於いて】と明確に書いてあるだろうが
まさか第六師団が杭州湾から上陸して上海戦に参加したことを書いていることが読み取れないのか?

お前、本当に日本人か?

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:32:58.14 ID:8wYbYVu20.net
>>631
「お前ら「あった派」の言ってる事が一から十まで出鱈目だ」と言っているんだよw

無理して日本語を理解しようとするなよw
所詮、日本語が母国語では無いお前ら「あった派」には日本語を理解する事なんて不可能なんだからw

そうでなければ、これ程意味不明なトンチンカンな書き込みが出来るわけがないw

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:50:55.01 ID:Ot7FJSKu0.net
>>634
イチャモン付けてるのは、阿羅、板倉、東中野の素人三羽烏だけだろうに
マトモな学者が一人もいないのがイチャモン派により箔をつけてるな

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 20:52:05.76 ID:8wYbYVu20.net
>>633
バカが気付くまでもう少し黙って見ていたかったがw
お前本当に日本語が理解出来ているのかよwwwww
何と書かれているのか声に出して読んでみろw


>583
>この朝風聞するところによると、こんどの南京攻略戦で、抗州湾に上陸した第六師団(熊本)が、南京の下関に於いて、敵軍が対岸の浦口や蕪湖方面に退却せんと揚子江岸部に集まった

【【【数万の兵達】】】

を、機関銃掃射、砲撃、あるいは戦車、装甲車などによって大虐殺を行い、白旗を掲げ降伏した者を皆殺しにしたというので、軍司令官松井大将が「行軍にあるまじき行為」と叱り、ただちに死体を処理せよとの厳命を下し、毎日六師団が死体を焼却するやら、舟で揚子江上に運び捨てているなど、現場は実に惨憺たる状況である、と言う。

殺されたのは「市民」でも「便衣兵」でも「安全区に潜伏した敗残兵」でも無く「交戦中の敵兵」w
兵隊が白旗を拒否されたからどうしたw
日本軍には白旗を受け入れる「義務」は無いという程度の事は理解出来るよなw

>583
「らしい」
「この朝風聞するところによると」
「伝聞した」

>583に書いてあるのは「伝聞」と「伝聞」と「伝聞」w
しかも内容は唯の戦闘w

わざわざ書いてある内容を何度も読み返せるように「杭州湾」と書き込んでやったのに、内容に全く気付かないんだもんなあw

「あった派」は一度書き込んだら脊髄反射で内容なんか直ぐに忘れてしまうのかねw

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 21:15:21.24 ID:Ot7FJSKu0.net
>>636
おいおい・・
恥ずかしさに耐えきれず、早くもお得意の転進かよ
杭州湾の話はどこ行ったんだ?

638 :浮月斎:2024/04/24(水) 21:17:31.82 ID:cr7JjcQ30.net
>635
>イチャモン付けてるのは、阿羅、板倉、東中野の素人三羽烏だけだろうに
マトモな学者が一人もいない

あんたの云う「マトモな学者」って誰のこと?

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:05:00.49 ID:Ot7FJSKu0.net
>>638
普通の学者だよ
阿羅や板倉なんて学者ですらない上に東中野は【学問研究の成果というに値しない】門外漢
こんなのしか縋るものがないからイチャモン派だと馬鹿にされる

ところで杭州湾は?

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:15:05.43 ID:8wYbYVu20.net
>>637
いやさあw
人を「不勉強」と批判しておいて出してきた資料は全て裏付けの無い「伝聞」でしかも内容は「交戦中の敵兵」ってのはどうなのよって話なんだがw

だから直接関係ない「杭州湾」と何度も指摘すれば自分の書き込みを読み返して「自分の書き込みに何かおかしい所があるのでは?」と気付くのでは?と思ったのだけどw

結局、そういう配慮は無駄だったようだねw

まあ「あった派」が相手では分かり切った事だけどw

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:22:49.19 ID:cr7JjcQ30.net
>639

そーかい。あんたは「虐殺派」の学者しかマトモと認めないのか
と思った。笠原十九司とか。

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:25:08.85 ID:Ot7FJSKu0.net
>>640
もうこの恥ずかしさは一生消せないな
↓↓↓
629:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/24(水) 19:59:37.26 ID:8wYbYVu20
>>598
南京での出来事に杭州湾の例を出したバカが何か喚いているなw

だから杭州湾での出来事が南京と何の関係があるのか説明してみろよw

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:27:22.96 ID:Ot7FJSKu0.net
>>641

阿羅と板倉は学者ではない
東中野は【学問研究の成果というに値しない】門外漢
この素人三羽烏しか例として出してないけど?

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 22:33:06.94 ID:Ot7FJSKu0.net
>>640
これもお前だな
いやはや、、こんな低レベルな読解力しかないんだから、理解できないことが多すぎてイチャモン派になっちゃうのもわかるよ


592:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/23(火) 20:36:55.60 ID:pis3EWXp0
>>583

>山本武 第9師団歩兵第36連隊第6中隊 分隊長
>『一兵士の従軍記録』

南京と遠く離れた抗州の出来事が何か関係あるんですかねえw
相変わらず「あった派」は地図や時計やカレンダーといったもので時間や空間を把握する能力に多大な欠陥があるなw

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 23:34:16.58 ID:zJGKTYmF0.net
>>630
>「宇和田氏本人が書いた日記を加筆、改竄したもの」としか判断できねーよw

歴史学者の秦郁彦氏は本物だと認めている。それだけだ。これで終了。

>>632
過去スレの記録を2009年頃からざっと読んだが、戦闘詳報が捏造されものだという決定的な証拠はなかった。
秦郁彦氏は本物として「南京事件」に取り入れている。他の二人も同様だ。
残念だったな。

それはそうと、南京事件はなかったとかいう学術論文はいつになったら完成するんだ?
バカでも阿呆でも、学術論文が学術雑誌に掲載されたら、一人前の研究家だ。
もう世間から「否定派」とバカにされたりしないぞw
それと東京裁判での松井と広田の冤罪を晴らしてくれよ。おまえのお仲間は再審請求するそうだけどw

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 23:43:12.77 ID:cr7JjcQ30.net
>643

しっかりした研究を行うのに、何も学者である必要はないでしょう。ジャーナリストや一般の在野の研究者だってかまわない。社会科学とか人文科学とかの文系の学問とは、本来、そうしたものだ。

冨沢繁信氏は某銀行の常務さんだけど、「南京事件の核心」「南京安全地帯の記録と完訳」などのしっかりした研究を残している。池田悠氏は某政治家の政策秘書だけど、「一次史料が明かす南京事件の真実」というしっかりした研究書を出している。

「東中野は【学問研究の成果というに値しない】門外漢」というけど、私はそうは思わないな。れっきとしたアジア大学の教授(現在は定年で引退)だし、「南京事件 国民党極秘文書から読み解く」のほか、数々の出版物の著者になっている。

あんたら「虐殺があった」派が東中野教授を目の敵にするのは、東中野教授の研究が煙たいからじゃないのか。わしは東中野教授に対して、あんたらのような侮辱にも等しい低評価は与えていない。

647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/24(水) 23:48:05.44 ID:Ot7FJSKu0.net
>>646
> 東中野教授を目の敵にするのは、東中野教授の研究が煙たいからじゃないのか。

んな馬鹿な
どんどん東中野のトンデモ本をソースとしてくださいよ
イチャモン派が不利になるだけなんだから止める理由がない

648 :っだ:2024/04/24(水) 23:54:29.60 ID:zJGKTYmF0.net
いちゃもん派か。捏造改竄派というのもあったな。
ゆうさんは、なかったことにしたい派だ。あまりセンスがいいとは思えないが。

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/25(木) 17:41:24.48 ID:s0tByySz0.net
まあ、ほとんどどんなことにも永遠にいちゃもん付けることが可能だって話だな。
地球平面派の球面派へのいちゃもんとか、 ガードナーの「奇妙な論理」を読むと昔からこうだったのかとか、どんな細部にこだわるんだよってのでびっくりする。

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/25(木) 19:42:37.72 ID:TSnYPUM10.net
>>642
いくらなんでもこちらが「杭州湾」と書き込めば「自分は杭州湾の出来事を書き込んだのか?」と思って自分の書き込みを確認すると思ったのだがなあw

人がわざわざ「杭州湾」と何度も出してやって「第6師団が何をやったか」確認出来るように誘導してやったのになあw

自分の書き込みを確認していれば「第6師団の虐殺」の対象は「市民」でも「敗残兵」でも「便衣兵」でも無く「交戦中の敵兵」である事が理解出来たはずなんだがw

で、「白旗を揚げた連中を皆殺しにした」という事だが、南京陥落以前に「「投降してきた」中国兵が「武装解除して」「電線で拘束して」いたにもかかわらず、手榴弾を投げ付けて逃亡した」例」があるw

投降を受け入れて、武装解除して、拘束していても手榴弾を投げ付けて逃亡するなら投降を受け入れる必要は無いw
事実ハーグ条約には白旗を受け入れる「義務」は無いw

なによりこの話は第9師団による「伝聞」でしかないw

虐殺の根拠は「伝聞」と「伝聞」と「伝聞」w

「あった派」の脳内では「伝聞」であっても虐殺の根拠になるんだろうなあw

真面目な顔でそう主張するようなバカは学問板ではまともに相手にされないだろうけどw

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/25(木) 20:07:41.99 ID:TSnYPUM10.net
>>645
>過去スレの記録を2009年頃からざっと読んだが、戦闘詳報が捏造されものだという決定的な証拠はなかった。

日記の筆跡鑑定を拒否した時点で捏造確定だアホw

連隊会が確認した時は
「虐殺の記述は存在せず」w

日記が朝日の手に渡った途端
「無関係な写真を虐殺の写真として掲載」w

「著者の没年を変更」w

「兵士の日記としては矛盾が多い」w

「日記の筆跡鑑定を拒否」w

戦闘詳報が本物なら朝日がここまで改竄する必要なんかねーよw

それこそ筆跡鑑定で本人かどうか一発で分かるのにそれを拒否するのはよっぽど都合が悪かったからとしか判断できねーよw

そもそもこの記事は朝日が「都城第23連隊は虐殺と無関係」という訂正記事を出す事で決着しているw

宇和田日記が本物なら「第23連隊は虐殺と無関係」という記事にはならないw

最初w
昭和59(1984)年8月4日 朝日新聞夕刊
 「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」

無関係な写真とセットで南京大虐殺を捏造w

これがわずか数年後にはw

昭和62(1987)1月23日 朝刊全国版
「証拠保全を取り下げ、「南京大虐殺と無関係」、都城23連隊が表明」

 《いわゆる「南京大虐殺」報道に関して、都城23連隊会(宮崎市)は朝日新聞社を相手に、当時の状況を記録した日記の保全の申し立てを小倉地裁に行っていたが、22日、申し立てを取り下げた。取り下げに当たり「連隊は南京虐殺とは無関係」と表明した。この問題は、朝日新聞が59年8月、日記の内容を報道したのに対し、連隊会側が「連隊として虐殺に関係したような印象を与えた」と反発していた》

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/25(木) 21:00:05.92 ID:h2JCZkgy0.net
>>650
そんな顔真っ赤な言い訳が通用するわけないだろ
お前の日本語能力の欠如を衆目に晒したこの恥ずかしいレスを一生背負っていけ


592:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/23(火) 20:36:55.60 ID:pis3EWXp0
>>583

>山本武 第9師団歩兵第36連隊第6中隊 分隊長
>『一兵士の従軍記録』

南京と遠く離れた抗州の出来事が何か関係あるんですかねえw
相変わらず「あった派」は地図や時計やカレンダーといったもので時間や空間を把握する能力に多大な欠陥があるなw

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/25(木) 22:44:29.16 ID:LQgXXe9p0.net
>>651
おまえは、ネットの記事だけを根拠にしてるのか?
連隊会側が、「取り下げに当たり「連隊は南京虐殺とは無関係」と表明した。」、だけだ。
その後を調べた秦郁彦氏の記事は以下の通りだ。結論は、虐殺はあった。ただ、南京戦史には記載されていない。

「このあたり経過は元中隊長の吉川庄司が書いた「朝日新聞との闘い われらの場合」(『文藝春秋』1987年五月号)に詳しい。
形の上では痛み分けにも見えるが、傷だらけになった多数の関係者を知れば、喜劇と笑ってもおられない。
吉川手記によれば、坂元元大隊長は心労のあまり入院、御本人も酒の力を借りなければ眠れぬ夜が続いた。
もっとも苦しんだのは、最初のうち日記提供者と誤認された河野未亡人で、村人から白眼視され肩身の狭い思いで暮らしているという。
また仮処分などの手続きで数百万円の金銭的負担が生じ、本訴を断念する理由にもなったが、せいぜい百万円+実費が相場なのに、
老人から法外の金額をしぼりとる弁護士おいたことも、ついでに書きそえておこう。
吉川はすべての責任を朝日にかぶせているが、連隊会の方も途中から日記は本物と知りながらつっ走ったのだから、相打ちであろう。
どうやら真相は、連隊会からただされた宇和田未亡人が、面倒を恐れて日記は焼き捨てたと述べたこと、その前に連隊史のため、
宇和田日記を借り出して読んだ人が、読んだと言いそびれてしまったことにあったようだ。
なお虐殺風景を書きとどめた宇和田日記の信頼性だが都城連隊には、たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋吉正行伍長)もいるし、
確実と考えてよいと思う。」
『昭和史の謎を追う 』 上、文藝春秋〈文春文庫〉、1999年12月10日、195-196頁。から抜粋

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/26(金) 22:08:41.80 ID:GO3QkE2f0.net
ネトウヨが何を思おうが勝手だが、これが史実

第三次家永教科書裁判控訴審(東京高裁) 判決(最高裁結論支持)
学界の状況に基づいて判断すると、南京占領の際の中国人の女性に対する貞操侵害行為は、行為の性質上その実数の把握が困難であるものの、特に非難すべき程多数で、残虐な行為として指摘され、中国軍民に対する大量虐殺行為とともに南京大虐殺と呼ばれて、南京占領の際に生じた特徴的事象とされているのが支配的見解であると認められる。

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/26(金) 22:42:22.30 ID:v0LgI83i0.net
>>653
アホwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
コイツアホすぎるwwwww

秦が「南京事件」初版(1986年)に虐殺が書かれた日記を「宇和田弥市上等兵の日記」と明記w
その信頼性の根拠としていた秋吉正行伍長の記述が「南京事件 増補版」 (2007)ではごっそり削除w

宇和田日記の虐殺の記述の信頼性の根拠は「秋吉正行伍長の記述」なのに、それが「南京事件 増補版」(2007)にはどこにも書かれていないんだよw

1999年の主張w
「たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋吉正行伍長)もいる」w

2007年の「南京事件 増補版」w
「そんな記述はどこにも存在せず」w

8年の間に秋吉正行伍長の信頼性がゼロになったという事でしかないw
秦は曽根一夫の事も最初は信用していたからなあw
何度騙されれば気が済むのやらw

ネットに書かれている事(自分に都合の良い部分だけw)を鵜呑みにして、自分でその内容を全く調べようとしないからこうなるw

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/26(金) 23:01:34.67 ID:v0LgI83i0.net
そもそも朝日の「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」という記事自体が捏造だったのだから「日記は事実」とか言い張っても意味はないよなあw

写真は南京とは無関係w
日記は別人の物w
没年を捏造w
兵士が戦場で毎日インク書きw
一兵卒が知るはずのない内容w
筆跡鑑定を拒否w
秦でさえ最初は信頼性の根拠としていた兵士の記述を無かったもの扱いw

「だけど虐殺はあったんだあ~~~~~!」

アホかとw

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/26(金) 23:17:50.13 ID:ikEDgdAw0.net
>>655
秋吉正行伍長の記述が「南京事件 増補版」 (2007)では削除されているのは知っているが、
「連隊会の方も途中から日記は本物と知りながらつっ走ったのだから、相打ちであろう。」という
記述はそのままだ。はい、論破w

それに>>651で、
>そもそもこの記事は朝日が「都城第23連隊は虐殺と無関係」という訂正記事を出す事で決着しているw

こんな嘘を書いたのは誰だ? それとも、勘違いしたのか?w 
連隊会側が、「取り下げに当たり「連隊は南京虐殺とは無関係」と表明した。」、だけだ。
朝日が「都城第23連隊は虐殺と無関係」という訂正記事を載せたら、連隊会側の勝利で大喜びしてるわ。
本当にバカだな、おまえは。読解力も知能も最低だw これは弁解できないわなw
今日限りで南京事件スレを引退して、蟄居してろ。

>>656
>「だけど虐殺はあったんだあ〜〜〜〜〜!」

はい、南京事件はありました。南京事件はあったという複数(3人以上)の歴史学者が存在するし、学術論文もあります。
残念でしたw あれっ?否定派には何にもないの?w あっ、いちゃもん派だったかw

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/26(金) 23:51:07.01 ID:v0LgI83i0.net
>>652
いくらこちらを批判したって「お前が」「日本語理解力」や「資料の内容を理解する能力」が根本的に欠如している事実が変わるわけでもないだろうにw

「虐殺だ!」と喚き散らした対象が「敗残兵」でも「市民」でも「便衣兵」でもない「交戦中の敵兵」で、何度それとなく指摘してもそれに気付きもしないとかもはやギャグでしかないw
もう少し根本的な知識と基本的な日本語理解力を身に着けない限り、お前はまともに相手にしてもらえないよw

それとも「知識を身に着ける必要はなく、相手を批判すればするほど自分の能力が上がる!」とでも思っているのかなw

まあ、自分がまともな知識を身に着けていないから「知識を使って反論するより相手を貶める事に全力を尽くす」のだろうがw

「正論で相手に勝つ」より「相手を貶める」事を重視する。
まさに半島の「声闘」だなw

やっぱり半島人のやり方だなw

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 00:03:35.36 ID:ggYDdpC20.net
>>658
> 「お前が」「日本語理解力」や「資料の内容を理解する能力」が根本的に欠如している事実が変わるわけでもないだろうにw

自己紹介か?
山本武の南京での下関虐殺を「杭州湾での出来事」と認識していたお前が言うと説得力あるな
しかし本当に恥ずかしい奴だ


592:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/23(火) 20:36:55.60 ID:pis3EWXp0
>>583

>山本武 第9師団歩兵第36連隊第6中隊 分隊長
>『一兵士の従軍記録』

南京と遠く離れた抗州の出来事が何か関係あるんですかねえw
相変わらず「あった派」は地図や時計やカレンダーといったもので時間や空間を把握する能力に多大な欠陥があるなw

660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 00:23:27.29 ID:zM2PUyz80.net
>>658
> 「お前が」「日本語理解力」や「資料の内容を理解する能力」が根本的に欠如している事実が変わるわけでもないだろうにw

おまえが言うな! これはギャグか? 大間違いしたくせに。

661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 00:36:48.69 ID:Cn5gUVjI0.net
>>657
> 「連隊会の方も途中から日記は本物と知りながらつっ走ったのだから、相打ちであろう。」という
> 記述はそのままだ。はい、論破w

どこが論破なんだw
秦の一方的な思い込みを張り付けたじゃねーかw

連隊会
日記から2ケ所引用w「虐殺の記述はなかった」


「日記は存在していた」=「虐殺の記載の存在を知っていた」という風にミスリードw
後日、秋吉正行伍長の話を丸ごと削除w

相打ちどころか秋吉正行伍長の話を事実と信じこんだ秦の一方的な思い込みw

朝日の記事w
「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」
都城第23連隊の兵士が持つ写真と日記を掲載w

「連隊は南京虐殺とは無関係」と表明した記事を掲載w

朝日は自分が「都城第23連隊の日記」として記事を掲載したのに、後日「連隊は南京虐殺とは無関係と表明した」と自分の記事を完全否定する記事を掲載しているのだから朝日の記事自体が否定されてるわw
何しろ自分で自分の記事を否定する事になるのだから、本気で連隊会の主張を否定するなら「連隊会の表明」そのものを掲載するわけねーだろw

> はい、南京事件はありました。南京事件はあったという複数(3人以上)の歴史学者が存在するし、学術論文もあります。

「歴史学者の数で事件の存在が決定される」という根拠は?
あったという歴史学者が3人以下なら南京事件はなかった事になるのかなw

で?「事件」というからには「国際法違反」もしくは「不法行為」に分類されるが「国際法」も専門的な「軍事知識」も持たない「歴史学者」が何を根拠に「事件」を定義するのかなあw
「軍隊の不法行為を歴史学者が定義する」と主張する学術論文が存在するのかなあw
そしてそれが世界で共通の認識として受け入れられている根拠はw

どれか一つでも出してみろw

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 00:45:56.36 ID:Cn5gUVjI0.net
>>659
ここは学問板だから「資料を基に議論するところ」であって「資料も出さずに相手を非難するところ」ではないのだよw
気に入らない相手を非難するのは勝手だけど、せめて資料に基づいて主張を述べてもらえないかなw

それすらできないならそれこそ半島の「声闘」でしかないw
「声闘」がやりたければ半島でやってねw

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 00:50:24.38 ID:06Y7Qcac0.net
>>662
この資料を「杭州湾での出来事」と認識するような馬鹿と何の議論が成立するんだ?

山本武 第9師団歩兵第36連隊第6中隊 分隊長
『一兵士の従軍記録』
この朝風聞するところによると、こんどの南京攻略戦で、抗州湾に上陸した第六師団(熊本)が、南京の下関に於いて、敵軍が対岸の浦口や蕪湖方面に退却せんと揚子江岸部に集まった数万の兵達を、機関銃掃射、砲撃、あるいは戦車、装甲車などによって大虐殺を行い、白旗を掲げ降伏した者を皆殺しにしたというので、軍司令官松井大将が「行軍にあるまじき行為」と叱り、ただちに死体を処理せよとの厳命を下し、毎日六師団が死体を焼却するやら、舟で揚子江上に運び捨てているなど、現場は実に惨憺たる状況である、と言う。

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 13:45:50.07 ID:Cn5gUVjI0.net
>>663
自分で出した資料で「大虐殺」とされているのは「市民」でも「便衣兵」でも「安全区に潜伏した敗残兵」でも無く「交戦中の敵兵」という事が読み取れないようなアホと議論が成立するとでもw

アホの理屈w
「「市民」でも「便衣兵」でも「捕虜」でも「安全区に潜伏した敗残兵」でも無く、交戦中の敵兵を殺害したから大虐殺」w

普通「杭州湾」と指摘されれば「自分の書き込みのどの部分か?」と思って内容を確認しようとすると思うがねw
それさえせず、新しい資料も出さず、コピペするだけで自分で出した資料の内容さえ把握していないアホに何を言っても無駄w

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 13:59:39.31 ID:Cn5gUVjI0.net
新しい資料を出すでもなく、自分で「虐殺を否定する資料」を出している事にも気付かず、自分の行いを無視して、相手を批判する事にのみ注力するw

所詮「あった派」なんてこの程度だよなw

666 :代理屋 ◆XFizselqIb3B :2024/04/27(土) 15:08:33.99 ID:CBTAbG0d0.net
>>664
>「交戦中の敵兵」という事が読み取れないようなアホと

相手が「無抵抗の丸腰の平服の男たち」では読み取りようがないんです。
あなたのような「解釈」を当時の「皇軍」は日中戦争でおこなったため、
未来永劫「虐殺した」と認めるしかないのです。

667 :代理屋 ◆XFizselqIb3B :2024/04/27(土) 15:15:08.77 ID:CBTAbG0d0.net
支邦通の松井岩根大将もさぞや無念だったでしょう。
日本も1012年に公布したハーグ陸戦法規前文の法の精神を、
天皇機関説を葬った後の「皇軍」は、日清日露一次大戦に
気を配った「せいおうしきぶんめいこくのせんそう」としての
建前をかなぐり捨て、まさに戦国乱世の落ち武者狩り感覚で
のぞみ……アァ

668 :代理屋 ◆XFizselqIb3B :2024/04/27(土) 15:16:29.14 ID:CBTAbG0d0.net
↑誤記ごめん。1912年です。on書き失礼

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 16:41:02.58 ID:06Y7Qcac0.net
>>664
さすがこの資料が「杭州湾での出来事」と読み取った馬鹿は一味違うな
この資料で「大虐殺」とされているのが「白旗を掲げて降伏した者」だということを読み取れないとは恐れ入ったよ

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 16:45:55.55 ID:zM2PUyz80.net
>>661
おまえは>>651で、
>そもそもこの記事は朝日が「都城第23連隊は虐殺と無関係」という訂正記事を出す事で決着しているw

でたーっ!、否定派の伝統芸、捏造改竄。
捏造改竄派の元祖、田中正明以来、伝統芸は否定派に脈々と受け継がれている。
滅びゆくなかに否定派の意地を見たw 感動したw

>朝日は自分が「都城第23連隊の日記」として記事を掲載したのに、後日「連隊は南京虐殺とは無関係と表明した」と自分の記事を完全否定する記事を掲載しているのだから朝日の記事自体が否定されてるわw

誤読も伝統芸の一つだったなw おまえは、よく自分に都合のいいように読み間違えるな。何回恥の上塗りを繰り返すんだ?w

昭和62(1987)1月23日 朝刊全国版
「証拠保全を取り下げ、「南京大虐殺と無関係」、都城23連隊が表明」
つまり、証拠保全を取り下げ「南京大虐殺と無関係」と都城23連隊が表明したのは新聞の小見出しだ。
「南京大虐殺と無関係」と、括弧つきで記載されているのが見えないのか?
証拠保全を取り下げたのも、「南京大虐殺と無関係」と表明したのも、主語は都城23連隊だ。
連隊側が表明したという事実を、朝日が記事にしただけだ。
朝日は、最後まで宇和田日記は本物だという態度を崩していない。

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 16:46:44.60 ID:zM2PUyz80.net
>>661
>「歴史学者の数で事件の存在が決定される」という根拠は?
>あったという歴史学者が3人以下なら南京事件はなかった事になるのかなw

歴史学者の数が何人でという根拠はないが、複数の歴史学者が南京事件はあったということを認め、
それに意義を唱える歴史学者はいない(0人)のは事実だ。

>どれか一つでも出してみろw

おまえに命令される義務はない。おまえが南京事件はなかったという証拠を出せ。
永遠に無理だけど。だから、おまえらは永遠の負け犬だw

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 16:47:28.24 ID:zM2PUyz80.net
>>662
>ここは学問板だから「資料を基に議論するところ」であって「資料も出さずに相手を非難するところ」ではないのだよw

学問板と言うくせに、否定派が一つも根拠となる資料を出せないのはなぜだ?
根拠となる資料を一つも出せないのに、何で「南京事件はなかった」と主張できるんだ?
「声闘」? おまえの故郷の伝統芸か? トンスルとかいう酒を飲んで大暴れする祭りか?
おまえらの仲間内でやってろ。迷惑だ。

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 16:57:59.03 ID:zM2PUyz80.net
>>671
×意義を唱える→〇異議を唱える

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/27(土) 19:53:31.33 ID:hbtsi4Hd0.net
>>661

第183回国会 参議院 予算委員会 第18号 平成25年5月15日
内閣総理大臣(安倍晋三君) 
歴史認識については歴史家に任せるべき問題であると、このように思うところでございます。

675 :浮月斎:2024/04/28(日) 01:24:59.29 ID:fHKrIZOn0.net
>671
>おまえが南京事件はなかったという証拠を出せ。

一般に「ない」ということを証明することを「悪魔の証明」といわれます。

 「ある」ことの証明は、特定の「あること」を一例でも証明すればすみますが、「ない」ことの証明は、能力、時間に限りある人間のできる業(わざ)ではありません。ですから、訴訟においては、「ある」ことの証明は、当該事実を主張する側が証明する必要があり(立証責任は自分にある)、訴訟においては、「ない」ことの証明は、当該事実を主張する側が証明する必要がない(立証責任は相手にある)とされている場合が多いです。―「西野法律事務所」のホームページより引用

676 :浮月斎:2024/04/28(日) 03:22:22.46 ID:fHKrIZOn0.net
>671
>おまえが南京事件はなかったという証拠を出せ。

虐殺派(虐殺があった派)の諸君は、南京大虐殺があったとされている期間(昭和12年12月13日から翌年2月初旬までの約6週間)の間に、次のような写真が南京市内で撮影されていることを、どう説明するのか。

https://www.howitzer.jp/history/page11.html

677 :浮月斎:2024/04/28(日) 04:32:18.11 ID:fHKrIZOn0.net
>676 自己レス

これはオマケだ

南京の孤児と日本兵(画像)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Orphan_and_Japanese_soldiers_in_Nanking.jpg

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 07:49:03.57 ID:7UTOkExP0.net
>>676
80年以上前のプロパガンダ写真にコロッと騙されんなよ恥ずかしい

マッカラム安全区国際委員(1938年1月9日)
難民キャンプの入口に新聞記者が数名やってきて、ケーキ、りんごを配り、わずかな硬貨を難民に手渡して、この場面を映画撮影していた。こうしている間にも、かなりの数の兵士が裏の塀をよじ登り、構内に侵入して10名ほどの婦人を強姦したが、こちらの写真は1枚も撮らなかった

ジョージ・フィッチの手紙(「南京大残虐事件資料集第2巻 英米資料編」P42)
12月30日
今日の午後、私が日本大使館を訪れた時、大使館員たちは新年の祝賀について約60人の中国人(多くがわれわれの収容所の幹事)に指示を与えるのに忙殺されてました。旧来の五色旗が国民党の青天白日旗にとって代わることになり、彼らは五色旗約1000枚と日本の国旗約1000枚を、新年の祝賀用につくるように命じられました。
1000人以上を収容している収容所は代表を20人出すことになり、小さい収容所は代表10人を出すことになりました。元旦の午後1時に五色旗が鼓楼に掲揚されるとともに、(プログラムによれば)適当な演説と音楽が行われる予定です。
もちろんこの旗を振って新体制を歓迎する幸せな人々がニュース映画に撮影されるのです。ところで市内の焼打ちはつづき、12歳と13の少女の強姦と誘拐が3件発生したとの報告が入りました。

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 12:16:08.53 ID:fHKrIZOn0.net
>678

マッカラムやフィッチが嘘を書いているとは少しも考えないんだな。特にフィッチは、プロパガンダ本「戦争とは何か」の第一章と第二章を書いていることが分かっている。

それぞれの写真が、従軍記者・カメラマンにとって、日本軍の公正な態度を国民にアピールする意図をもって撮影されていることは確かだろう。しかし、中には、ごく自然に陥落後の南京市内の情景を撮影されたと思えるものもある。

幾つかの写真からは、南京市民の安堵した表情すら感得される。無理やりやらせているなら、そこに恐怖の表情があるはずだ。

また、毎日何千人と殺害されている同じ市内(南京城内の面積は鎌倉市とほぼ同等)で、これらの写真撮影が可能だとは、常識的判断を以てしては有り得ない。特に、大通りの雑踏などは、毎日何千人と殺害されている市内で撮影は不可能である。

まあ、おまえさんが納得せえでも、これらの写真を目にすれば、南京事件など存在しないと、多くの日本人は納得してくれるだろうと思う。

五毛党やその類は処置のしようがないから、放っておくしかない。

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 13:03:41.07 ID:7UTOkExP0.net
>>679
どうもお前は勉強が足りないようだな
上丸洋一「南京事件と新聞報道」でも読んでみろ
既知の内容も多い書籍だが、お前にとっては目から鱗だろう

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 14:29:57.64 ID:fHKrIZOn0.net
>680

他の人の意見も聞いてみたい。

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 14:38:24.22 ID:fHKrIZOn0.net
>680
>上丸洋一「南京事件と新聞報道」

で、この本のなかには、何が書いてあるんだ?
別に読みたい意欲は湧いてこないんだが。

683 :浮月斎:2024/04/28(日) 16:10:01.41 ID:fHKrIZOn0.net
南京陥落後の市内を撮影した写真(時系列のならべたもの)を再掲する。

https://www.howitzer.jp/history/page11.html

これほど反証となる写真の数々がありながら、なおも「南京大虐殺はあった」と言い張る神経は、いったい、どこから来るのだろうと考え込まざるを得ない。

また、これら虐殺とは相反する写真の数々に対する反論が、「おまえは勉強不足」であり「何々の本を読め」とはこれ如何に。この高慢なものの言い方は、精神病理学上の何かの病いに該当するのではないか。

人を有罪にするには「合理的な疑いの余地がない」程に起訴内容が真実相当とされないといけないんだぞ。

これら虐殺とは相反する写真の数々の存在は、明らかに虐殺の存在について「合理的な疑い」を生ずるではないか。

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 16:23:22.93 ID:z5XaJwwD0.net
>>683
じゃあお前はコレをどう思う?
https://i.imgur.com/DjcK5mF.jpeg

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 16:42:40.50 ID:z5XaJwwD0.net
>>683
令和にもなって戦前のプロパガンダ写真を信奉するとか頭弱いにも程がある
多発する日本軍の強姦対応に追われていたマギーも当時の新聞のプロパガンダにかかるとコレ

「教会からオルガンの音に乗つたのどかな讃美歌の声がもれて来る。アメリカ人のジョン・ マギー牧師が戦火が去つてほつとした支那市民信者を集めて礼拝の最中で、ああけふは日曜だつたかとこちらが教へられるほどの落つき振りだ。軍の宣撫工作も着々と進み、この日は 日本大使館裏の広場で兵隊さんたちが菓子や煙草を避難民にも配給してゐるのを見た。〔略〕 かうして抗日排日のお題目を忘れた支那人たちと日本の兵隊さんたちとの交際は日とともに親密さを加へて行く」(12月2日付香川新報「慕ひ寄る支那民衆 平和に帰った南京市」)

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 16:43:52.27 ID:z5XaJwwD0.net
>>685
誤)12月2日
正)12月21日

687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 16:53:45.11 ID:z5XaJwwD0.net
>>682
こんなのもある
まさにお前や阿羅に捧げたい

歩三六記念誌刊行会『歩兵第三十六連隊戦友会誌』88年刊
鷹尾正
「私自身それに手を染めなかったばかりでなく、現場を目撃したこともない。当時の戦友達と語り合っても同様の答が返って来る。ある戦友は難民区を訪れて焼餅を軍票で買った思い出や、ささやかな加給品の菓子を子供に与えて喜ばれたことを懐かしげに語るのである
(中略)
要するに〔虐殺を〕『見なかった』『やらなかった』ということと『無かった』ということは別なのである」

688 :浮月斎:2024/04/28(日) 18:16:52.56 ID:fHKrIZOn0.net
一方、虐殺派の巨頭・Iris Changが出してきた写真がどれほどイカサマなのかを下記のWebページに示す。俺は英語ができるので、説明を英語で書いてしまったが、状況は分かるだろう。

https://www.howitzer.jp/nanking/page01.html

Example 1
キャプションの書き換えは笠原十九司の「南京事件」(1997年刊 岩波)と同じだ。笠原は、これを国民政府軍事委員会政治部『日寇暴行実録』(1938年刊)に所収されたものからの転載とし、「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」というキャプションを付けた。
 が、元のアサヒグラフ1937年11月号では同じ写真に「我が兵士に護られて野良仕事により部落へかえる日の丸部落の女子供の群」とある。

Example 2
冬に占領したのに刀を振るう日本兵が夏服を着ている。

Example 3
目隠しをされて二本の棒に括り付けられ、日本兵の銃剣刺突の練習に使われる哀れな男 ――― 9月28日付Baltimore Sun紙(つまり、占領前)に既に記載。しかも、場所は天津とのこと。要するに、あっちこっちで使われているニセ写真の使い回しである。

Example 4
どこかの写真館で撮影された写真を加工して「日本兵が女の下着を脱がせてお土産のポルノ写真を作成」と偽っている。日本兵の服装が異常で、おそらくは支那兵。

Example 5
右の黒っぽい日本兵のくるぶしを見よ。足の甲が扁平で異常。人の陰の付き方も異常。刀を持った日本兵が奇異なチョッキを着ている。明らかに合成写真。

Example 6
南京戦史資料集Uの折り込み写真12月16日の流用。元の史料では既に平穏を取り戻し、「兵民分離」のために日本兵が中国人の身体チェックをしている写真が、笑顔の南京市民、子供の姿、通りの古着屋の露店と共に映っている。チャンはこの写真に「市内の大量殺戮で恐れおののき、誰も声を挙げない中国市民の集団を検査する17人の日本兵」というキャプションを付けた。

Example 7
場所の特定を困難にするための写真の切り取り。
撮影場所は兵士の記憶から明らかに三叉河河口付近で鹿児島45連隊が遭遇した江東門の戦いの現場と判明。つまり、死体の山は全員が支那兵。チャンはこれに「南京市民たちの屍体は揚子江の岸辺に引きずられて来て、川に投げ込まれた」とキャプションを付けた。


以上、南京大虐殺が真実であれば、これほどに世間の目をあざむく技巧を施す必要はないはずである。アイリス・チャンが書いた文章も全て真偽を疑ってかかる必要があり、鵜呑みにはできない。

689 :浮月斎:2024/04/28(日) 18:22:06.67 ID:fHKrIZOn0.net
>684

支那共産党のプロパガンダ写真だろ。

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 21:11:07.08 ID:TQjOH5FK0.net
決めつけw
片方の傾向の写真だけ採用するってのは恣意的過ぎる。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 21:40:40.32 ID:z5XaJwwD0.net
>>689
共産党と何の関係があるのか詳しく説明してみ?

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 22:05:22.09 ID:fHKrIZOn0.net
>687
>要するに〔虐殺を〕『見なかった』『やらなかった』ということと『無かった』ということは別なのである

ふん、いろいろとヘッポコ理屈を考え出すものだな。いや、感心した。

しかし、お前はひとつ見逃しているぞ。何千何万、いや数百人でさえ、まとめて殺していたら、近傍にいる人間はその事に無関心ではいられない、ということだ。

15日に安全区内で佐藤振寿氏が撮影した写真のうち、三人がテーブルに付いて水餃子を食っている写真があるだろ。氏が手記に「十五日の南京は自宅で食事を作れない難民が多かったせいか水餃子を食べる難民が多かった」と記している写真だ。

東京裁判の判決文は「これらの無差別な殺人によって、日本側が市を占領した最初の二、三日の間に、少なくとも一万二千人の非戦闘員である中国人男女、子供が死んだ」と述べているが、この判決文が真実ならば、13,14,15日は修羅の巷のはずだ。傍らで人がどんどん死に、ワー、ギャーと悲鳴が聞こえる中で水餃子を食ってる中国人三人は、どーゆー神経なんじゃい、ということになる。

安全区外にも民間人がいて、そいつらを一万二千人殺しているなら、それは、いつ、どこで起きたのか。その主張を支える史料的根拠は何だ、ということになる。少なくとも、自分の知る範囲で、安全区外で一万二千人を殺している事件に触れた史料は存在しない。

12月24日、金陵女子文理学院の副学長室に起居していたミニー・ヴォートリンは金陵大学近くの教会で開かれたクリスマス・ディナーに招かれて出かけているではないか。30万人なら7千人/日、20万人なら4千7百人/日が殺されている南京市のど真ん中で開かれたクリスマス・ディナーに招かれたミニー・ヴォートリンが、何千何万という殺人や8千の強姦事件(ベイツの見積り)を、彼女の日記に書き残しているのか? 否、そんなもの、ミニー・ヴォートリンの日記のどこを探してもないよ。

朝日新聞だけで80人、読売新聞は50人の特派員を派遣し、同盟通信やその他を含めて130人以上の特派員が占領後間もなく南京入りしている。安全区には20人を超える欧米人が2月初旬まで留まっていた。

彼らの目を掠めて、何千何万という南京市民を、日本軍がこっそりと殺していた、とでもいうつもりかね、君は。

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/28(日) 23:00:32.03 ID:kzXuE31a0.net
>>692
> ふん、いろいろとヘッポコ理屈を考え出すものだな。

イチャモン派はどうして揃いも揃って読解力が足りないんだろうか
【要するに〔虐殺を〕『見なかった』『やらなかった』ということと『無かった』ということは別なのである】は歩兵第36連隊の鷹尾正の言葉なんだが?

694 :浮月斎:2024/04/29(月) 03:58:49.81 ID:nGonDVXu0.net
>693

それでも、「要するに〔虐殺を〕『見なかった』『やらなかった』ということと『無かった』ということは別なのである」という言葉にお前が共鳴し、自分の主張の論拠に使えると思ったからこそ、わざわざ引用したのだろう。だからこそ「まさにお前や阿羅に捧げたい」などと皮肉っぽい書き方をしたのだ。

歩36は13日に光華門を破った後、連隊主力は城内に入らず、光華門近くの防空学校に集結・宿営して、そのまま24日に東方・嘉定に向けて転進して行ったので、城内見学を許された者以外は南京城に入っていない。

入城式に参列を許されなかった近藤平太夫氏(伍長)が城内見学をしているところを見ると、全員でないにせよ、かなりの数の兵員が交代で城内の見学をしているのかもしれない。

だから、同部隊の元兵士が1970年代の朝日新聞による南京大虐殺キャンペーンを経て88年の部隊史に上述のような感想を述べたとしても不思議はない。

それをお前はわしや阿羅氏に「捧げたい」そうだ。お前が自説の論拠に使おうとした以外、何の意味があるのだ?

695 :浮月斎:2024/04/29(月) 04:14:11.85 ID:nGonDVXu0.net
>693

で、その『歩兵第三十六連隊戦友会誌』に、「自分が城内見学をしている時に(他の部隊によって)南京大虐殺がありました」という回想なり報告があったのかよ? なければ、14日から23日までは虐殺事件はなかったということになるが。

696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/29(月) 07:40:27.24 ID:ZgZXpjoG0.net
>>694
>>695
お前の言いたいことがマジで分からん
歩36Rの兵士の手紙を貼ることの何が【へっぽこ理屈】なんだ?

697 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/29(月) 14:49:15.38 ID:6PyqD50+0.net
酷いアラシだなw

698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/29(月) 16:05:26.03 ID:0L3t2aBT0.net
いちゃもん派のあほぼんとかへっぽこ爺さんとか、
新たなお笑い芸人がぞくぞく誕生している。

699 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 09:55:01.94 ID:Fi45bag40.net
荒らしが始まったら無かった人の書き込みも激減

700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 14:26:11.17 ID:UE5DmPFt0.net
あげ

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 14:40:56.03 ID:IBcthTeK0.net
否定派はずっと昔から同じ連中だろ?
「あったという証拠もってこい、俺が認める事はないから俺の勝ちな!」
自分でいちゃもんつけて勝手に自分で審判も兼ねて自分有利に判定して自分で勝ち名乗り上げてるだけ
それが他人からどう見られてるかなんて考えないパッパラパーだから
20年以上も前から否定された!勝った!言い続けてもちっとも歴史学の世界では相手されない

でもそうやってずっとバカ踊りし続けないと否定論なんてすぐ消えちゃうから
顔真っ赤にしながら寿命尽きるまでずっと踊り続ける気だぞこいつら

702 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 14:42:37.11 ID:HMdBu2kT0.net
書き込み数が700になったので、これまでの状況を「まぼろし派」(虐殺がなかった派)であるわしの観点で、いったん整理する。

1)虐殺があった派(「虐殺派」という)は、これまでに虐殺があったという証拠を示せていない。示された「証言」なるものは全て伝聞であり、証拠能力がない。

2)宇都宮六六連隊への投降兵1500余人殺害命令は戦闘継続中に出されたものであり、捕虜を取っている余裕がない状況でやむなく命令が出され執行された。これは国際法上合法である。

3)南京攻略戦が開始された時、ほぼ全ての民間人は安全区に集められていた。虐殺が発生したとすれば、安全区内でしか発生し得ない。安全区外に住民が残留していた可能性は(笠原十九司のダーディンへのインタビューにより)否定しえないが、安全区外の住民に対し、いつ、どこで虐殺事件が発生したか、虐殺派は示せず、史料的裏付けもない。

反論は歓迎する。

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 17:06:35.88 ID:Fi45bag40.net
>>702
1) 柳条湖事件なんかは証言しか証拠がないぞ。主に花谷氏の証言だ。でも、日本軍の関与は歴史的事実とされている。
刑事事件なみの証拠を歴史検証に求めるなよ。

704 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 22:25:37.75 ID:IsRZRjZD0.net
>南京攻略戦が開始された時、ほぼ全ての民間人は安全区に集められていた
それは疑問だと思う。南京は100万都市なのに安全区には20万。80万はどこに行った?
安全区外に市民はいないと言ってる者は、実際に安全区外を調べたわけではない。それこそ伝聞証言でしか無かろう。

705 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/04/30(火) 23:19:56.78 ID:Dl6cRhf60.net
>>702
66Rは助命を約束して投降させたんだからそんなイチャモンが通用するわけなかろうに
どうにもイチャモン派のレベルが低い

706 :浮月斎:2024/05/01(水) 00:51:02.87 ID:N/IcLiYV0.net
>704
>南京は100万都市なのに安全区には20万。80万はどこに行った?

まだ、こんな初歩的な問題でもたついている奴がいるのかよ。

君、疎開という言葉を知らない?

ラーベ日記 12月6日の条

「ここに残った人は、家族をつれて逃げたくても金がなかったのだ。お前ら軍人が犯した過ちを、こういう一番気の毒な人民の命で償わせようというのか!
なぜ、金持ちを、約八十万人という恵まれた市民を逃がしたんだ?首になわをつけても残せばよかったじゃないか?どうしていつもいつも、一番貧しい人間だけが命を捧げなければならないんだ?」
(出典:ジョン・ラーベ著「南京の真実」講談社刊 p.85)

↑これに対応する英文↓

And so people who had to stay behind because they didn’t have the money to flee with their families and a few small possessions, the poorest of the poor, are supposed to pay with their lives for the military’s mistakes! Why didn’t they force the well-off inhabitants, those 800,000 propertied citizens who fled, to stay? why is it always the poorest people who must forfeit their lives?
(出典:“THE GOOD MAN OF NANKING” pp51-52)

707 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 00:53:57.91 ID:N/IcLiYV0.net
>705
>66Rは助命を約束して投降

状況が変わったというしかない。

708 :浮月斎:2024/05/01(水) 03:06:21.92 ID:N/IcLiYV0.net
>704
>安全区外に市民はいないと言ってる者は、実際に安全区外を調べたわけではない。それこそ伝聞証言でしか無かろう。

南京陥落時、人口が安全区に集中していた、また、安全安全区外に市民はいなかったという論拠

(1) 12月8日付 NYT ダーディン発電報
「12月8日、唐生智は、全城門を閉鎖した。[中略] そして唐生智は、城内の市民に対しては安全地帯に集結するよう、そして黄色の腕章に特別の印のある特別許可証を携帯するもの以外、安全地帯の外を出歩かないよう命令を発した。」
(出典:12月8日付 NYT ダーディン発 電報)−「南京事件資料集 @アメリカ関係資料編 (南京事件調査研究会/編 青木書店)」p.389)

(2)  「ヴォートリン日記」12月8日の条

(翻訳)「今夜は、初めて避難民を受入れている。彼女たちが聞かせてくれる話は、何と心の痛む話だろう。中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。」

(原英文)
“This evening we are receiving our first refugees and what heartbreaking stories they have to tell.
They are ordered by Chinese military to leave their homes immediately; if they do not they will be considered traitors and shot. In some cases their houses are burned.
Most of the people come from near South Gate and the southeast part of city.”
(出典:"Terror in Minnie Vautrin's Nanjing" by Minnie Vautrin p.69)

(3) 南京安全区档案・第九号文書(12月17日付)
(翻訳)「言い換えると、帰国軍隊が本市に入城した13日、私どもは市民のほぼ全員を安全区という一地区に集合させていたが、そこでは、流れ弾による被害は殆どなかったし、全面退却中であっても中国兵達による略奪もなかった。」
発;ジョン・H・D・ラーベ 宛:日本大使館
日付:1937年12月17日
(原英文)
LETTER TO JAPANESE EMBASSY
December 17,1937
“….In other words, on the 13th when your troops entered the city, we had nearly all the civilian population gathered in a Zone in which there had been very little destruction by stray shells and no looting by Chinese soldiers even when in full retreat….”
JOHN H.D. RABE Chairman

(次に続く)

709 :浮月斎:2024/05/01(水) 03:11:54.45 ID:N/IcLiYV0.net
(708の続き)

(4)  Robert O. Wison(金陵大学病院医師)の家族宛12月18日付の手紙
(翻訳)「南京市の九割の地から中国人が居なくなり、掠奪を働く日本兵の集団がうろつくだけになっている。残りの一割の地に恐れおののく二十万人の中国人がひしめいている」
(原英文)
…Nine-tenths of the city are totally deserted by Chinese and contain only roving bands of plundering Japanese. The remaining tenth contains almost two hundred thousand terrified Citizens….
(出典:"Eyewitnesses to Massacre" edited by Zang Kaiyuan p.394 )

(5) 「ヴォートリン日記」12月21日の条
(翻訳)「南京に住んだ事のある者なら、街なかが今どうなっているか、想像もできないだろう。見るも無残なものだ。バスや自動車が腹を見せて道端に転がっている。顔が既に黒くなった死体があちこちに転がり、脱ぎ捨てられた軍服がそこいらじゅうに散乱している。家々や商店は燃やされていないまでも掠奪か破壊の憂き目にあっている。安全区の街路は混雑しているが、安全区の外で日本兵以外の人影を見ることは滅多にない。」

(原英文)
“Those of you who have lived in Nanking can never imagine how the streets look ? the saddest sight I ever hope to see. Buses and cars upset in street, dead bodies here and there, with faces already black, discarded soldiers’ clothing everywhere, every house and shop looted and smashed if not burned.
In the Safety Zone the streets are crowded - outside you seldom see anyone but Japanese.”
(出典:"Terror in Minnie Vautrin's Nanjing" by Minnie Vautrin p.89)

(6) ティンパーリ著「戦争とは何か」
(翻訳)「ここに記録した事例は南京安全区を対象にしたものに限られていることに注意が必要である。安全区の外は、1月末まで事実上の無人地帯であった。」
(原英文)
…It is to be noted that the incidents thus noted cover only the Nanking Safety Zone, and that the rest of Nanking was practically deserted until the end of January….
(出典:”What War Means” by H.J. Timperley, Victor Gollancz Ltd. 1938, p.143)

710 :浮月斎:2024/05/01(水) 03:14:56.47 ID:N/IcLiYV0.net
(709の続き)

上記の、「南京陥落時、人口が安全区に集中していた、また、安全区外に民間人はいなかった」という事実は下記の日本側の記録とも符合している。

歩二〇の掃蕩
「城内掃蕩では、難民区以外の城内には殆ど住民を見ず、婦女子は煉瓦壁のある建物金陵女子大学か?に収容され、難民区には多数の中国人が集合していたが、入城当初から立入禁止区域として厳重に警戒されていた」
(南京戦史本文 p.167)

歩三八の戦闘詳報12号(12月14日)
「南京城内には避難民相当多数有りしたるも之等(これら)は一地区に集合避難しありて掃蕩地区内には住民殆ど無し」
(南京戦史資料集I p.590)

(終り)

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 09:35:23.14 ID:SmV/50Rw0.net
おじいちゃん、また認知症が出てるの

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 20:35:02.45 ID:N8oSRuvq0.net
>>708-710
では80万人はどこへ行ったのか?
当時の中華民国の輸送力や生産力で80万の「難民」を別都市に吸収出来るとは思えない。
安全区に入れなかった80万は、南京城内にいないとすれば、周辺郊外にたむろするしかなかろう。
つまりは戦場に、だ。
南京虐殺は陥落後ではなく陥落前に終わっていたのかもしれない。

713 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 22:14:40.12 ID:JBj2FRUX0.net
>>709
お前はヴォートリンの日記にこう書いてあることは知ってるのか?

南京事件の日々(ミニー・ヴォートリンの日記)
四月一五日―――紅卍字会の本部を訪ねると、彼らは以下のデータを私にくれた―――彼らが死体を棺に入れて埋葬できるようになったときから、すなわち一月の中旬ごろから四月一四日まで、紅卍字会は城内において一七九三体の死体を埋葬した。そのうち約八○パーセントは民間人であった。
城外ではこの時期に三万九五八九体の男性、女性、子どもの死体を埋葬した。そのうち約二五パーセントは民間人であった。これらの死体埋葬数には私たちがきわめてむごい殺害があったことを知っている下関、三汊河の地域は含まれていない。

714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 22:18:04.63 ID:JBj2FRUX0.net
>>708
ラーベはその後こう書いてることは知っているのか?

ラーベの日記(1938年1月17日)
南京の三分の一が焼き払われたと書いたが、あれはひどい思い違いだったのではないだろうか。まだ十分調べていない東部も同じような状態だとすると、三分の一どころか半分が廃墟と化したと言ってよいだろう。
日本軍は安全区から出るようにとくりかえしいっているが、私は逆にどんどん人が増えているような気がする。上海路の混雑ときたら、まさに殺人的だ。今は道の両側にそこそこしっかりした作りの屋台ができているのでなおさらだ。そこではありとあらゆる食料品や衣料品が並べられ、なかには盗まれた故宮宝物もまじっている。
難民の数は今や約二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからないのだ。

(『南京の真実』文庫版p216)

715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 23:21:53.07 ID:JBj2FRUX0.net
>>710
夏淑琴は事件当時どこにいたのか知ってる?

夏淑琴『南京大虐殺と原爆』
南京市内に当時、外国人が避難できるように作られた「安全区」という地域がありました。南京市内の状勢がずい分安定してからですけれども、私の母方の伯父が、その安全区から私たち二人を迎えに来ました。 そして、孤児院から私たちを引きとってくれました。
あとになって知ったことですが、私たちの家族だけではなく、私が住んでいたのはほんの小さい地域ですが、その地域だけで一日のうちに二百人前後もの人がいっペんに殺されたのです。赤ん坊から老人まで無差別に。

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/01(水) 23:24:14.20 ID:JBj2FRUX0.net
>>709
安全区外が危険だから安全区内に人が殺到しただけ

H.J.ティンパーリ『戦争とはなにか』
市内を見まわった外国人は、このとき、通りには市民の死体が多数ころがっていたと報告しています。 南京の中心部では、昨日は一区画ごとに一個の死体がかぞえられたほどです。死亡した市民の大部分は、十三日午後と夜、つまり日本軍が侵入してきたときに射殺されたり、銃剣で突き殺されたりしたものでした。
恐怖と興奮にかられてかけ出すもの、日が暮れてから路上で巡警につかまったものは、だれでも即座に殺されたようでした。その苛酷さはほと んど弁解の余地のないものでした。南京安全区でも他と同様に、このような蛮行が行なわれており、多くの例が、外国人および立派な中国人によって、はっきりと目撃されています。

717 :浮月斎:2024/05/02(木) 15:10:31.29 ID:HfkjLk3X0.net
>716
>H.J.ティンパーリ『戦争とはなにか』

この本は立命館大学の北村稔教授の研究で、国民党の国際宣伝処がカネを使ってティンパーリに書かせたことが分かっている。学術書の体裁をとった南京大虐殺のプロパガンダ本だ。そんなことは、南京事件の研究者としては初心者レベルでも知っていることだ。

718 :浮月斎:2024/05/02(木) 15:13:04.30 ID:HfkjLk3X0.net
>712
>安全区に入れなかった80万は、南京城内にいないとすれば、周辺郊外にたむろするしかなかろう。

それは、おまえさんの単なる妄想ないし憶測。

国民政府は、日本軍が南京に近づく前に南京市から半径10マイルの民家その他の施設を焼き払っている。1)堅壁清野作戦といって、城を囲む敵兵に何も利用できるものを残さないことと、2)銃砲の射界を確保するためだ。

そんな焼け野原に80万人が何日もたむろせるわけがない。南京城の周囲で民間人が大量虐殺されたという史料・記録も存在しない。

アイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ・南京」も東京裁判判決も、日本軍による軍民無差別の殺人(女子供を含む20万以上の死亡)は、あくまでも13日に南京城が陥落した後から、ということになっている。

719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/02(木) 17:50:17.92 ID:pVPzNsTq0.net
>>717
お前がティンパーリを出してきたからティンパーリで返したんだろうが

この本は駿河台大学の井上久士教授の研究で、国民党の国際宣伝処がカネを使ってティンパーリから買い取ったことが分かっている。学術書の体裁をとった南京大虐殺目撃実録の本だ。そんなことは、南京事件の研究者として初心者レベルではわからないが初級レベルなら知っていることだ。

720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/02(木) 21:24:51.90 ID:HfkjLk3X0.net
>719


?????????????? NANIO AHOKOITERUKA SAPPARI WAKANNAI

721 :浮月斎:2024/05/02(木) 21:46:52.94 ID:HfkjLk3X0.net
https://www.youtube.com/watch?v=cwJAohwSqpc

722 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/02(木) 21:53:06.34 ID:pVPzNsTq0.net
イチャモン派は定期的に壊れる義務でもあるのか?

723 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/02(木) 21:53:55.97 ID:HfkjLk3X0.net
>721 自己レス

コピペミス。すまんm(__)m 正しくはこれ↓

北村教授が入手した「曾虚白自伝」にいう

「ティンパーリーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の『抗戦委員会』に参加していた三人の重要人物のうちの一人であった。オーストラリア人である。そういうわけで彼が南京から上海に到着すると、我々は直ちに彼と連絡をとった。そして彼に香港から飛行機で漢口に来てもらい、直接に会って全てを相談した。我々は秘密裏に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔をだすべきではなく、我々の抗戦の真相と政策を理解する国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに連絡して、日本軍の南京大虐殺の目撃記録として二冊の本を書いてもらい、印刷して発行することを決定した。〔中略〕このあとティンパーリーはそのとおりにやり、〔中略〕二冊の書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した」
(出典:『南京事件の探究 −その実像を求めて』北村稔 文春文庫 p.43)

724 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 07:38:29.76 ID:7Mul+A7I0.net
>>718
じゃあ80万人はどこに行ったの?
1−2カ月で女子供老人を含む80万人を非難させ受け入れさせる輸送力や余剰生産力が中華民国にあったと言うのか。
計画的に行わないと南京の都市機能もマヒする。それだけの行政能力が中華民国にあったと言うのだろうか

725 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 09:49:07.58 ID:mYHm4hZ80.net
>>723
そんなものは井上久士『南京大虐殺と中国国民党国際宣伝処』でとっくに論破されてるよお爺ちゃん

726 :浮月斎:2024/05/03(金) 12:35:19.31 ID:2hz5Eov90.net
>725

同じ結論になっているようだが、どんな風にロンパされとるんや。

727 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 12:38:32.55 ID:2hz5Eov90.net
>724

下のラーベ日記からの引用で、何で納得しないの?この引用は前に提示したはずだが。上海から南京まで半月以上の行軍を要しているから、南京市民が疎開する時間は充分にあった。

ラーベ日記 12月6日の条
ここに残った人は、家族をつれて逃げたくても金がなかったのだ。お前ら軍人が犯した過ちを、こういう一番気の毒な人民の命で償わせようというのか!
なぜ、金持ちを、約八十万人という恵まれた市民を逃がしたんだ?首になわをつけても残せばよかったじゃないか?どうしていつもいつも、一番貧しい人間だけが命を捧げなければならないんだ?
(ジョン・ラーベ著「南京の真実」講談社刊 p.85)

728 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 12:44:21.93 ID:+Cpioysz0.net
>>726
>>719

729 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 13:11:01.37 ID:+Cpioysz0.net
>>727
お前はどうにも知恵が足りないんだよ
逃げるったって家族全員でどこに逃げるんだ?
遠方に親戚がいるならいざ知らず、精々近郊農村や山の中で攻城戦が終わるまで一時的に避難するくらいだろ
それが陥落後8ヶ月たった1938年8月の人口で30万人前後、1940年11月ですら40万人前後
相当悲惨な状況だったことはちょっと考えただけでもすぐわかる

取り敢えずもう少し本を読め
この辺りの事情は『難民たちの日中戦争(芳井研一)』がおすすめ

730 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 13:28:12.35 ID:2hz5Eov90.net
>729
>逃げるったって家族全員でどこに逃げるんだ?

知らん。俺の問題ではない。

731 :浮月斎:2024/05/03(金) 13:54:18.96 ID:2hz5Eov90.net
>729

陥落直前の南京市の人口は20万人と述べたところ、南京市は百万人の都市だったと云ったものがあったので、ラーベの日記の「80万人を退避させた」という記述を引用して人口減の事情を示した。

すると、城外に居て日本軍に殺されたのではないかという者がおり、国民政府は日本軍と戦うに際し、南京市から半径10マイルを焼いているから、焼け野原に80万人が数日でも留まって居られるはずはない。そのような記録もないと俺は言った。

すると、80万人はどこへ行ったのか?という問いがあったので、そんなことは俺は知らんと言っている。それだけのことだ。

732 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 15:51:12.35 ID:+Cpioysz0.net
>>731
南京市っつっても広いんだよ
スマイス調査の対象となった地域だけで6,315㎢あるんだから

しかも10マイルというとたかだか新宿駅→三鷹駅くらいの距離だ
お前は新宿駅でテロが発生したとして三鷹駅辺りを安全と思えるのか?
ましてや南京攻防戦は日本軍は20万人もの軍勢で攻めこんでるんだから、避難するのに10マイルだけとかあり得んわな

733 :浮月斎:2024/05/03(金) 18:55:05.79 ID:2hz5Eov90.net
>732
>しかも10マイルというとたかだか新宿駅→三鷹駅くらいの距離 
>お前は新宿駅でテロが発生したとして三鷹駅辺りを安全と思えるのか?

人間には足というものがあるんだから、逃げるでしょ。草木じゃあるまいし、根っこが生えて動けないわけじゃないんだから。

それに、この「三鷹駅辺りを安全と思えるのか?」という問いの前提がおかしい。あんたの云うのは、80万人が城外に居て「とばっちり」で殺された、という話。つまり、城内での大量殺人が最初にあって、それが城門を通って、外に染み出てきたということ。

それでは、偕行社「南京戦史」が記録するような、12月10日から13日にかけての各城門(中山門・光華門・武定門・中華門・水西門・挹江門・和平門、etc.)をめぐる支那国民政府軍(約五万)と日本軍(約八万)の銃砲撃戦のとき、(あんたの想像では)焼け野原10マイルゾーンに居たはずの80万人は、銃砲撃戦を避けもせず、そこに居たということか?つまり、流れ弾に当たって80万人が尽く死んだのか?

最初に城外で民間人80万人が殺された可能性を言っていた人物は、南京城の陥落までに既に殺されていた可能性を言っていたから、それはおかしい、アイリス・チャンの本でも東京裁判判決でも、集団殺戮は陥落・占領後に城内で起きたことになっている、と俺は云ったのだ。

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 19:03:28.86 ID:MxBhwLga0.net
>>733
上海から南京への進軍中に殺された人は数十万人はくだらないだろうな
なんせ20万人もの日本軍が現地調達しながら南京を目指したわけだから
南京事件に限定せずに時期や範囲を広げれば犠牲者30万人なんて簡単に超えてしまうんだよ


第10軍に出されたトンデモ命令くらい知ってるだろうに

平松鷹史「郷土部隊奮戦史1」(大分合同新聞社)
第六師団が抗洲湾に上陸、崑山に直進中、第六師団司令部に「女、こどもにかかわらずシナ人はみな殺せ。家は全部焼け」という無茶苦茶な命令が届いた。

朝香進一「初年兵日記」
南京攻略戦では、住民が反抗的態度に出たと言うので、「十里四方の住民全部を殺せ」という軍命令が出された。兵隊たちは村落を包囲し、手当り次第、住民を銃剣で突き殺した。婦女子は特にむごい殺し方をした、と彼等は酔がまわるほどに手ぶり、身ぶりで、その状況を実演して見せるのである。その残酷さは目をおおわせるものがあった。

梶村止『観測小隊長の日記 大陸を戦う』
思ふに国民党の徹底抗日の教育充実し、ここ江南地区がもっとも抗日思想激しき処と聞く。この附近不審の土民は射殺すべしとの内命すらありゐたり。

太平洋戦争研究会「南京虐殺で対立する証言者たち」
「上陸すると、手当たりしだいにぶっ殺す。銃剣で刺すなんて生やさしいものではなく、棍棒でやるんだな。男も女も、バリッとなぐられ、ブワッと血を噴き出して死ぬんだよ」
みんな殺せという命令が、抗州湾上陸の直後に出された。河野さんは、たしかに命令伝達書を見た。

石井清太郎「いのちの戦記」
この兵は抗州湾に上陸して、上海戦線の腹背を衝いた柳川兵団の兵士であった。私はその兵士から、兵団長の命令なるものを聞いて暫らく信じられなかった。それは、生ある者は皆殺せ、家は悉く焼け、と言うのである。
兵には命令は常に至上命令である。上官の命令は天皇陛下の御命令である。と耳に胝が出来る程教えこまれている我々である。始めの内は半信半疑だったが、事例を聞いている内に、疑う余地のない事を知った。

秦郁彦「南京事件」P70
また国崎支隊の歩四十一連隊に従軍した宮下光盛一等兵は、抗州湾上陸時に、「我が柳川兵団は上陸後 (1)民家を発見したら全部焼却すること、(2)老若男女とわず人間を見たら射殺せよ」(宮下手記『徒桜』)との命令を受けたという。

735 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 19:17:08.18 ID:MxBhwLga0.net
>>733
ついでに俺は80万人の件でお前と話してる人ではない
ただお前があまりにもおかしな事を言ってるから横槍入れてるだけ
だいたい俺は「10マイルより先に逃げてる」って言ってるのになんで「10マイルの間に80万人がいた」ことになってんだよ

そういうところだぞ、お前

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 22:44:38.49 ID:2hz5Eov90.net
>734
>上海から南京への進軍中に殺された人は数十万人はくだらないだろうな

具体的に何と言う名前の都市で大量殺人があったというのだ? 上海―南京間の都市で大虐殺があったというのは初耳だ。全部隊が南京に急行したので、途中で集団殺害などやっているヒマはなかったはずだが。

737 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 23:17:12.10 ID:2hz5Eov90.net
>734
>第10軍に出されたトンデモ命令くらい知ってるだろうに

知らん。

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 23:47:46.66 ID:MxBhwLga0.net
>>736
これも想像力の問題
20万人からの敵国軍隊が補給も無しに現地調達で約1ヶ月にわたり進軍する
その間に様々な虐殺記録が残っている

一兵士の日記内だけでもこれだけのことをしてるのにこれが20万人とか地獄すぎるだろ

牧原信夫日記(歩兵第20連隊)

11月26日7時40分頃、自分達が休けいしている場所に4名の敗残兵がぼやっと現れたので早速捕らえようとしたが、1名は残念ながら逃がし、あと3名を捕らえた。兵隊達は早速2名をエンピや十字鍬で叩き殺し、1名は本部に連行、通訳が調べたのち銃殺した。8時半宿舎に 就く。3小隊は早速豚を殺していた。全くすばやくやるのにはおそれ入った。夕食を終わり、2食を炊飯す。

11月27日 支那人のメリケン粉を焼いて食う。休憩中に家にかくれていた敗残兵をなぐり殺す。支那人2名を連れ11一時出発する。鉄道線路上を前進す。休憩中に5.6軒の藁ぶきの家を焼いた。炎は天高くもえあがり気持ちがせいせいした。

11月28日 或る橋梁に来た時、橋本与一は船で逃げる5.6名を発見。照準をつけて1名射殺。自分達が前進するにつれ支那人の若い者が先を競って逃げて行く。何のために逃げるかわからないが、逃げる者は怪しいと見て射殺する。

11月29日 武進は抗日、排日の根拠地であるため全町掃討し、老若男女をとはず全員銃殺す。敵は無錫の線で破れてより全く浮足立って戦意がないのか、或いは後方の強固な陣地に立てこもるのかわからないが全く見えない。この町は今までに見た事のない様な立派な町だった。支那人苦力も立派に入城す。
3時過12中隊は5.6人の支那人を集め手榴弾を投げて殺していた。壕にはまった奴は仲々死ななかった。

739 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/03(金) 23:48:28.58 ID:MxBhwLga0.net
>>736
毎日やり過ぎだから2回に分割

11月30日 武進の前夜の宿舎に引き返す。直ちに米やその他の物資徴発に行く。昨日昼食したところへ行って見ると、昨日殺した支那人がまだ橋の下にぷかぷかと浮いて居た。米、芋、シイタケ、ギンナン、その他色々と徴発し、2時間の後重い荷を人力車に乗せ、やっと半分程引き返したところで四方宏が俄かに出発ですと言ってきたので、残念にも支那人に全部をひかし、 早速自分は帰り出発準備をする。
昼食を終えて午後一時南城を出発することになった。本道路上の休憩中チョット見ると焼跡に双児の死体が土にうずもれて全く可愛想である。

12月1日 途中の部落を全部掃討し、亦舟にて逃げる二名の敗残兵を射殺し、或いは火をつけて部落を焼き払って前進す。
呂城の部落に入った折すぐ徴発に一家屋に入った所、3名の義勇兵らしきものを発見2二名は クリークに蹴落とし射殺する。1名は大隊本部に連行し手渡す。

12月3日 仮眠した部落を出発する時に家に火をつけたのが大事に至り、後程大隊長にきつく叱られるにきまっていると思っていたが、叱られずに終わった。防毒面2個と鉄帽2個を火事のため失った。

12月4日 2.3日は滞在の予定だと言うので今度こそは一ぷくだという事で早速徴発に出る。自分は炊事当番で岡山、関本と共に昼食を準備する。徴発隊は鶏、白菜等を持って皈り家の豚も殺して昼食は肉汁である。 午後五時同村を出発・・・・・・約一時間は六軒行軍である。苦力も重い荷物を背負ってよくもついて来たものだと感心した。

12月5日 午後8時準備万端終わり、同部落を出発する。出発する時は最早全村火の海である。南京街道を右廻りして高原地帯に入る。
南京に近いのだろう。一軒屋に乾いもが目についた。吾先にとまたたく間に取り尽した。6時頃後方に敵方のらしい銃声が聞こえたが、自分達には南京攻撃を前にして物の数ではない。6時安らかに故郷をしのび寝につく。

740 :浮月斎:2024/05/04(土) 02:34:04.16 ID:fLwJ/7Ck0.net
>738

見たところ戦闘の記述と日々の雑事の記録しかない。
民間人を殺してこその虐殺であり不法行為だぞ。

741 :浮月斎:2024/05/04(土) 03:21:55.78 ID:fLwJ/7Ck0.net
>734
>上海から南京への進軍中に殺された人は数十万人はくだらないだろうな

集団虐殺が発生した都市の名を挙げられないようだな。しかも証言としては個々の兵隊の日記のみで、数人の敵兵との戦闘の記述のみ。

それを針小棒大に拡大解釈して空想を拵えているだけ。数十万人も殺したら、同一の事件について複数の記録がないとおかしいんだよ。都市の名前は挙げられないだろう。師団別の行軍経路は明らかになっているから、たちまち偕行社『南京戦史』『同資料集I及びII』と照合されてしまう。

そもそも、兵隊は無駄弾を持つ余裕がないんだよ。上海戦の後、兵一人あたり100発の銃弾が配られたという。それらは敵兵のために使わないと、いつ敵襲があるか分からない状況では補充の小行李が近くにいないと不安でしょうがない。

東京―名古屋間にほぼ匹敵する距離を銃弾100発のみで行軍する、しかも敵地の中を移動する、日本の兵隊さんは、さぞ不安だったろう。

742 :浮月斎:2024/05/04(土) 05:06:54.63 ID:fLwJ/7Ck0.net
>713
>お前はヴォートリンの日記にこう書いてあることは知ってるのか?

南京事件の日々(ミニー・ヴォートリンの日記)
四月一五日―――紅卍字会の本部を訪ねると、・・・・

南京城内のうち、安全区以外の場所で起きた集団虐殺事件を特定(いつ、どこで、どのように、を明らかに)する内容ではない。

743 :浮月斎:2024/05/04(土) 05:10:09.01 ID:fLwJ/7Ck0.net
>714
>>708
ラーベはその後こう書いてることは知っているのか?

ラーベの日記(1938年1月17日)
南京の三分の一が焼き払われたと書いたが、・・・・・
(『南京の真実』文庫版p216)

南京城内のうち、安全区以外の場所で起きた集団虐殺事件を特定(いつ、どこで、どのように、を明らかに)する内容ではない。

744 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/04(土) 11:00:16.94 ID:tFF46ish0.net
>>741
どうにもお前はちょいちょい嘘付くよな

第114師団12月15日付戦闘詳報
小銃・機関銃用の弾薬残数:約380万発

戦闘が終わったにも関わらず一人当たり100発以上の弾が残ってるんだが?
日本軍は補給なしで進軍してたのにおかしいねぇ

上海→南京間での主要都市の人口推移を調べてみたよ
ざっと難民数が170万人以上
この内、何人が無事だったんだろうか・・
・嘉定:6万人→3万人
・太倉:3万人→3000人
・常熟:10万人→1万人
・蘇州:38万人→10万人
・杭州:60万人→13万人
・松江:39万人→4万人
・嘉善:4万5000人→2万3000人
・嘉興:5万人→4000人
・無錫:14万人→4万人
・常州:13万人→200人
・丹陽:6万人→1350人
・楊川:10万人→4万人
(出典:難民たちの日中戦争)

745 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/04(土) 11:01:42.33 ID:tFF46ish0.net
>>744
難民というか帰来していない人たちね

746 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/04(土) 11:02:43.24 ID:tFF46ish0.net
>>742
城外で起きた民間人虐殺はノーカン理論か
もはや恥も外聞もないな

747 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/04(土) 11:04:26.33 ID:tFF46ish0.net
>>743
> 難民の数は今や約二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからないのだ。

ラーベはこの5万人は城内の安全区外から来たって書いてんだけど・・

748 :浮月斎:2024/05/04(土) 18:23:36.98 ID:fLwJ/7Ck0.net
>747
>ラーベはこの5万人は城内の安全区外から来たって書いてんだけど・・

だから何だと言うのか。「南京城内のうち、安全区以外の場所で起きた集団虐殺事件を特定(いつ、どこで、どのように)する内容ではない」ことには変わりがない。

749 :浮月斎:2024/05/04(土) 21:27:23.51 ID:fLwJ/7Ck0.net
そうだ、南京大虐殺しよう
https://www.howitzer.jp/topics/site20.html

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/04(土) 21:46:58.08 ID:OSkOL2U10.net
>>748
小学生かよw
歴史検証なら日本兵に殺されたと想定できる…で十分だろ。

751 :浮月斎:2024/05/05(日) 04:20:50.63 ID:8L5XAYOS0.net
>750
いつ、どこで、どのように、がなければ、単に空想ないし憶測でしかない。
空想や憶測で人の罪科を断定することはできない。やれば魔女狩り裁判と同じことになる。

752 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/05(日) 07:39:51.89 ID:oaGGFZfu0.net
>>751
それ刑事裁判の基準何だけど。

753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/05(日) 07:57:51.33 ID:OMjUg4q50.net
>>748
これぞイチャモン派の真骨頂

史実で南京事件ほど証拠の揃っている事件も少ないだろうに
なにせ発生時から世界でセンセーショナルに報道された事件で、東京裁判では「あの」パル判事でさえ「証拠は圧倒的」と言わざるを得ないレベル
加害者、被害者、第三者、後世の歴史学者が揃って「あった」と言っているのに、唯一イチャモン派だけが「無かった」と言い続けている

なんとも滑稽な図式だな

754 :浮月斎:2024/05/05(日) 16:40:43.48 ID:8L5XAYOS0.net
下記に元福知山第二十連隊第三大隊・大隊長代理・森王琢(もりおう・みがく)氏が1992年に岡山市で行った講演録(復刻)を掲示する。

https://www.howitzer.jp/history/box3/a27.pdf

福知山第二十連隊は、1937年12月13日、中山門から中央ロータリー付近まで進み、漢口に遁走し無人となった中央官庁街付近で残敵掃討を行った。森王琢氏は、その後、一か月に渡って現地に留まり残務整理をしていたが、その間、「南京大虐殺」など、見たことも聞いたこともない、という。

結局は、良心ある先人の言葉を信じるか、裁判という形式をとった連合国の日本に対する復讐劇のなかで行われた証言及び提出記録を信じるか、という問題である。その選択は、このスレッドを見ている現代の日本人がしなければならない。

以上

755 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/05(日) 21:53:29.45 ID:f1iwTJD60.net
>>754
https://i.imgur.com/YLpwhAj.jpeg

756 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/05(日) 23:57:03.47 ID:wx6s0Gy10.net
>>754
こんなことしでかした20Rが言うと説得力あるよな

笠原十九司「南京事件」
句容は、南京外囲防御陣地線の主要な県城であり、東部はトーチカで防備をかため、城内には砲兵学校があった。国民党軍が倪塘村の西の句容に通ずる橋を爆破したため、進行を阻まれた第一六師団所属の歩兵第二〇連隊の部隊はその日、倪塘村に宿営することになった。そこで、村民虐殺事件が発生した。
(中略)
日本軍は逃げおくれた村民と他所から避難してきていた人など四〇余人を捕まえて、倪安仁という村民の家に押しこめて火をつけ、焼き殺してしまった。翌朝の八時か九時ごろ、日本軍の一部隊が、国民党軍の捕虜もふくめた他村の村民約八〇名を捕縛して句容公路(丹陽-句容道路)沿いに連行し、機関銃で全員殺害した。
このとき、溜め池の土手で一人の若い女性が八名の日本兵に輪姦され、その後精神に異常をきたし、まもなくして死亡した。日本軍は村を去る前に村落を放火していったため、村の公共の建物(祠、油絞り場、製粉所)以外、全村八〇余戸は全部焼失した。倪塘村虐殺事件では一二〇余人が殺害されたが、多くが他村の農民で、倪塘村民は七人が犠牲になり、そのうち二人は女性だった
(『句容県誌』、「日軍侵占句容期間暴行録」。

757 :浮月斎:2024/05/06(月) 05:23:10.94 ID:7HfpmxFY0.net
>756

笠原十九司と言えば、「虐殺派」学者の総帥みたいな人物ではないか。その他の中国から出てきた史料は信用がおけない。先頃、「三十万人という被害者数にこだわらずに、実際の史実に基づいて研究をしよう」と主張した中国人教師が当局に拘束され軟禁された事件も記憶に新しい。言論の自由がない中国で自由な研究ができるはずがない。あらゆる証拠や証言に、政治的な潤色がされている可能性は否定できない。

ここでは、笠原十九司の「つまみ食い」について述べよう。「まぼろし派」の研究者の間では、笠原十九司は「つまみ食い」の名人として名を馳せているが、わしとしては、次の事柄を提示したい。

笠原十九司の著書に「南京難民区の百日−虐殺を見た外国人」という本があり、その中に「地獄の中のクリスマス」という項がある。その項を開いてみると、次の文言がある。

「クリスマスがきた。街には、いぜんとして殺伐、強姦、掠奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている。ある宣教師は“地獄の中のクリスマスだ”と言った」とヴォートリンの日記にある。」
(笠原十九司「南京難民区の百日」p.311)

(続く)

758 :浮月斎:2024/05/06(月) 05:26:34.69 ID:7HfpmxFY0.net
(757からの続き)

そこで「ヴォートリンの日記」のクリスマスの日のエントリーを見てみる。

12月25日
クリスマスディナーのときにサール・ベイツが、「地獄のクリスマス」題して記事を書いているところだ、と言った。実際のところ、この金陵女子文理学院ではそのようなことはない。このキャンパスは多少なりとも天国である。とはいえ、ことしのクリスマスは、これまで金陵で経験したクリスマスとはたしかに違う。
昨夜も平穏な一夜だった。校門に警備兵二五人が配置され、漢口路と寧海路を巡回してくれた。ここ何週もの間で初めて朝までぐっすり眠った。
(「南京事件の日々」大月書店 p.79)

確認のため、一応、原英文も参照してみる。

Saturday, December 25
At Christmas dinner today Searle Bates said he had been trying to write an article on “Christmas in Hell.” It really has not been that for us here at Ginling; in fact we have had some bits of heaven on our campus – although the day certainly has been different from any Christmas I have ever experienced at Ginling.
The night again was one of peace – with our guard of twenty-five at the gate patrolling both Hankow road and Ninghai Roads. For the first time in weeks and weeks I slept soundly through the night.
(Source: “Terror in Minnie Vautrin’s Nanjing Diaries and Correspondence 1937-38” by Minnie Vautrin)

(続く)

759 :浮月斎:2024/05/06(月) 05:30:27.76 ID:7HfpmxFY0.net
(758からの続き)

笠原十九司の本では、ベイツが「地獄の中のクリスマス」と言った主旨になっているが、ヴォートリン日記では、そのすぐ後で、そんなことはないとヴォートリンがベイツの文言を否定している。
 これは、引用の仕方として、問題があるはずだ。ヴォートリンが否定したことは隠し、ベイツの文言だけを取り上げて引用するのは読者の誤謬/曲解を招くはずである。いわゆるcherry picking(つまみ食い)というやつだ。自説に都合のよい証拠または証言だけを取り上げ、それとは矛盾する不都合な証拠または証言は隠すという行為をしているのだ。
 しかも笠原十九司は「南京事件の日々」の解説者として「あとがき」まで書いている。その中で、日記の著作権継承者から、「ヴォートリンは事実だけを書いた。日本の人々は、その事実を知るべきである」という手紙を添えて、翻訳出版の快諾を得たと述べている。
 ならば、なおさら、ベイツが「地獄の中のクリスマス」という記事を書こうとした事実と、ヴォートリンがそんなことはないと否定した事実とは一対のものとして記述しなければ、日記の著作権継承者の意図に背き、史実を正確に伝えることにはならない、はずである。
笠原は故意に「つまみ食い」をやっており、単なるケアレスミスで済まされる事ではない。

(終り)

760 :浮月斎:2024/05/06(月) 05:40:22.19 ID:7HfpmxFY0.net
>756

要するに何がいいたいかというと、こういう、学者というより反日活動家みたいな人物の記述を史実だとして出してくる神経は余程にピントが外れていて、検討するに値しない、ということだ。

761 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 09:33:53.29 ID:ZwsV2olS0.net
>>757
つまみ食いかどうかは出典を調べればよろしい
『句容県誌』「日軍侵占句容期間暴行録」と書いておるだろうが

762 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 10:19:34.50 ID:wEKJeTrE0.net
劣等種族に大虐殺できる能力は無い

763 :浮月斎:2024/05/06(月) 15:07:27.21 ID:7HfpmxFY0.net
>761
そんな、入手不可能な中国語の資料を持ち出すより、

「街には、いぜんとして殺伐、強姦、掠奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている」中でクリスマスディナーの食事会をしたり、ヴォートリンが「ここ何週もの間で初めて朝までぐっすり眠った」り、笠原の記述の整合性がおかしいとは思わないのかよ。

764 :浮月斎:2024/05/06(月) 15:14:31.48 ID:7HfpmxFY0.net
>762

そんな劣等民族が「南京大虐殺」を行っている間、優秀な漢民族である支那国民党軍は、どこで何をしていたんでしょうねえ?

うまいものでも食って、のんびりしていたんでしょうか。

765 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 15:47:28.60 ID:0Z+FJeTd0.net
>>763
よく分からん奴だなぁ
ヴォートリン日記は南京で大規模な虐殺や強姦があった動かぬ証拠の一つなんだから、お前がそれを認めちゃうと笠原の著書との整合性関係なしに「南京事件は史実」で決着しちゃうんだがそれがお望みなのか?

766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 15:58:56.89 ID:0Z+FJeTd0.net
>>763
だいたい笠原が12月25日のヴォートリン日記の引用を間違えたところで大勢に全く影響はない
お前こそヴォートリン日記読んだことあるのか?
日本軍の強姦、掠奪、虐殺が満載だぞ?

南京事件の日々(ミニー・ヴォートリンの日記)
四月一五日―――紅卍字会の本部を訪ねると、彼らは以下のデータを私にくれた―――彼らが死体を棺に入れて埋葬できるようになったときから、すなわち一月の中旬ごろから四月一四日まで、紅卍字会は城内において一七九三体の死体を埋葬した。そのうち約八○パーセントは民間人であった。城外ではこ の時期に三万九五八九体の男性、女性、子どもの死体を埋葬した。そのうち約二五パーセントは民間人であった。これらの死体埋葬数には私たちがきわめてむごい殺害があったことを知っている下関、三汊河の地域は含まれていない。

767 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 19:35:01.74 ID:0Z+FJeTd0.net
>>763
なんか違和感があったから家帰ってきて「南京難民区の百日」を見返してみたよ
結局笠原云々もイチャモン派のいつものイチャモンでしかなかったな

笠原十九司「南京難民区の百日」現代文庫版あとがき
ところで、本書『南京難民区の百日』に引用した日記スタイルの「ヴォートリン文書」と翻訳書『ミニー・ヴォートリンの日記』の記述が一致していないところがある。前者は彼女が“To Dear Friends”で始まる日記スタイルの報告書を伝道団や金陵女子文理学院の理事会や同窓会に定期的に送っていたものを引用したからである。『ミニー・ヴォートリンの日記』は、前者の報告書とは別の形で、彼女の個人の日記として整理され、保存されていたもので、後日見直して点検し、加筆・修正がほどこされた箇所がある。

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 20:52:23.35 ID:Np8cAzrp0.net
笠原への濡れ衣も晴れたことだし、改めて「南京大虐殺を見たことも聞いたこともなかった」福知山第20連隊のその他の所業をどうぞ

笠原十九司「南京事件」
一二月五日朝、八時か九時ごろ、日本軍の一部隊が句容県域の北にある本湖村に食糧徴発と部落掃蕩のためにやってきた。これを遠くから見た村民は、てっきり国民党の軍隊と思いこみ、村の自衛団約三○名に招集をかけ、槍や刀をもって集合し、整列して歓迎しようとしたところを全員捕縛されてしまった。
付近で捕まえられた青壮年男子も加えて、四○余名が村の酒醸造小屋(藁葺きで三部屋あった)に押しこめられて、火をつけられた。小屋の外へ逃げ出そうとした者は射殺され、全身火だるまになって小屋から飛び出し、近くの池に飛びこんだ者も射殺された。当時満一六歳だった万仁勝がただひとり、小屋から逃げだして垣根の中にかくれ、火傷を負いながらも生き延びたほかは、みな殺害された(「日軍侵占句容期間暴行録」)。

769 :浮月斎:2024/05/06(月) 22:13:35.97 ID:7HfpmxFY0.net
>765
>笠原の著書との整合性関係なしに

「整合性関係なしに」じゃなくて、整合性こそ大いに問題にしているのだよ。

「殺伐、強姦、掠奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている」中でクリスマスディナーの食事会をやるって、どう考えてもおかしいだろ。しかも、この食事会に出席したヴォートリンは、外から聞こえたであろう阿鼻叫喚について、全くに日記に記述していない。そのうえ、「久しぶりに、ぐっすり良く寝られた」なんて更に々々おかしい。

食事会が行われたロッシング・バックの家は南京大学の近傍にある(”Rape of Nanking” by Iris Chang p.217)から、中山路からさほど遠くない位置と考えられる。だから、「殺伐、強姦、掠奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている」状況が安全区のなかであろうと外であろうと、聞こえないはずがない。

平穏を伝えるヴォートリンの記述がおかしいか、笠原の「殺伐、強姦、掠奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている」記述がおかしいかの二者択一の問題だ。

4月15日、紅卍会による遺体埋葬について

遺体埋葬数1793体の80%が民間人であったとのことだが、そういう説明が紅卍会からあったというだけ。確証なし。更に、その80%の民間人の死が日本軍による不法殺人によるという証拠もない。12月12日、南京保衛軍の防衛体制が崩れ、皆が脱兎のごとく下関に押し寄せた時、挹江門付近に陣取っていた支那督戦隊が機銃を発砲しており、それによる死亡も多かったことが分かっている。支那兵が民間人の服に着替えて逃げて、味方の督戦隊に撃たれて死んでいるケースも相当多かったと想定される。

むしろ、このヴォートリン日記のこの部分に、「崇善堂による遺体埋葬数」の説明がない事の方が、俺には気になる。

770 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 22:24:50.56 ID:pDr18Rz40.net
>>768
ミニー・ヴォートリンによると12月5日に村を焼き払ったのは中国軍だそうですがw
日本軍は焼き払われて無人の村でどうやって徴発したんですかねw
また一つ笠原の捏造が明らかになりましたねw


ミニー・ヴォートリン
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。

771 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 22:50:51.14 ID:e5mxms4c0.net
>>770
虐殺された村は清野作戦の城壁16kmよりずっと離れてるんだよなぁ

772 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 23:24:23.13 ID:pDr18Rz40.net
>>768
笠原の捏造その2w


最高裁百人斬り訴訟判決文より

エ 冨山大隊の動向について,歩兵第十九旅団司令部旅団通信班長少尉であった犬飼総一郎(以下「犬飼」ともいう。)は,要旨以下のとおり述べている(甲115)。

草場旅団司令部は,同月5日,賈崗里に進出した後,歩兵第二十連隊をもって,その西方約10キロメートルの地点にある砲兵学校に向かって進撃中,上海派遣軍司令部の直協機(旧式の偵察機)が旅団司令部の上空に飛来して通信筒を落とした。
犬飼は,これを読み,句容は既に第九師団がその南西に進出し,句容西方の退路が遮断されようとしていることが分かり,その通報を受けて,草場旅団長は,

【 【 【歩兵第二十連隊に対し,句容を攻略することなく,迂回転進するよう命じ,】 】 】

歩兵第二十連隊の予備隊であった第二大隊が真っ先に転進し,砲兵学校に向かい,同第三大隊が追及し,更に句容北東の飛行場を攻撃中だった同第一大隊が最後に追及した。
冨山大隊は,同日,賈崗里にて一泊し,翌日,草場旅団に追及し,砲兵学校に至った。


福知山第20連隊のその他の所業???

福知山第20連隊は攻略攻略せず迂回転進した句容で徴発や掃討が可能だったんですねw

正に不可能を可能にする軍隊ですねw

773 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/06(月) 23:47:55.13 ID:pDr18Rz40.net
>>771
清野作戦は南京の城壁16kmどころか上海〜南京間で行われているんだがw

第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
わが部隊は、蘇州へ向けて進撃すべく命をうけ、第一線部隊として進み、
蘇州到着までは、ほとんど敵の抵抗を受けなかったが、
蘇州に至る間の部落は酷く焼かれ、屋根のある家は少なく、
住民もいなかった。
このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める。

第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩氏
上海から南京へ行く途中のある部落で、
稲の堆積されたものが、焼き棄ててあるのを見た。
部落民にその理由を尋ねたところ、
それは支那軍が退却の際、日本軍に渡さない為、焼却したと説明を受けた。

『ニューヨーク・タイムズ』 1937年(昭和12年)12月7日 南京発 特電
テイルマン・ダーディン記者
―――――――
湯山と南京の間、公路沿いに、
だいたい1マイルおきに堡塁 (ほうるい) が設けられている。
首都に近づくと、中国軍に放たれた火が激しく燃え盛っていた。
敵軍が遮蔽物に使いうる農村の建物を清除しているのである。
ある谷では一村が丸々焼けていた。

774 :浮月斎:2024/05/07(火) 00:02:17.39 ID:wjdgJNYB0.net
>766
>お前こそヴォートリン日記読んだことあるのか?

読んでいるからこそ、笠原の記述との整合性や「つまみ食い」を指摘している。

>(ヴォートリン日記は)日本軍の強姦、掠奪、虐殺が満載だぞ?

はてなマーク?なんか付けちゃって、自信なさげな主張だなw

ヴォートリン日記に記載されている強姦・虐殺事件はすべて伝聞情報で、ヴォートリン自身が目撃したものはない。ソーンやフィッチ、マギー、ベイツから吹き込まれた内容ばかり。このスレッドでさえ、「UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは」とか「家が焼き払われる場合もあるそうだ」(770の指摘)など、人から聞いたことを記述している箇所がある。

「掠奪」は、城外で数万人の日本軍が寒空の下にテント生活をしていて、食糧・日用品・寝具等の徴発が必要だったことを、ヴォートリンは無視している。

ヴォートリン日記は、むしろ、2月2日の条が問題。

二月二日
[中略] まったく奇妙な話だが、わたしたちとしては、こんなことになるとは思ってもみなかった。わたしたちの多くは、(日本軍の)長期にわたる包囲攻撃と、中国軍兵士による掠奪を恐れていた。いやむしろ、日本軍はきわめてよく訓練されているから掠奪や放火はしないと確信していた。
[中略] 太平路では商店がほとんど軒並み焼かれてしまった。徹底的な掠奪の証拠を隠蔽するためだ。[中略]すべての避難民に帰宅を強制する命令が出されていることについて彼(日本大使館の福田篤泰氏)に手短に話し、また、最近二日間に発生した何件かの強姦のことを伝えた。

上記に対応する英文
Strangely enough we were not prepared for this. Many of us had afraid of a long siege and of looting by Chinese soldiers – we were rather confident that the Japanese would be too well disciplined to loot and burn.

(考察)
前段でヴォートリンは「掠奪や放火」には触れているが、「虐殺」と「強姦」には触れていないのはなぜか。「虐殺」数は、東京裁判判決によれば「20万人以上」とされ、強姦件数はベイツの見積りによれば「内輪に見積もって8千件」だったはず。ウィルソンによれば、一個連隊による強姦もあったという。当時の日本軍の一個連隊は約三千人。何百人か何千人かわからないが、生白い尻を12月、1月の寒風に晒してモゴモゴやっている光景は、さぞ印象的だったはずだが、なぜ、ヴォートリンは掠奪と放火のみ触れ、これに触れなかったのだろうか。若い女は安全区の中でも金陵女子文理学院のキャンパスにしか居なかったはずだ。

2月2日といえば、日本軍の南京占領も終局を迎えている。東京裁判でいう12月13日の南京陥落から「六週間の狂宴」も終わりの方だ。その頃のヴォートリンの発言として、「20万人を超える殺人」や「8千件の強姦事件」に触れず、「掠奪」と「放火」のみ触れているのはなぜか。

「集団虐殺」「大量強姦」について、ヴォートリン自身が仲間から聞かされたことに疑問に思っていたから触れなかった、と見るべきではないだろうか。

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:02:52.00 ID:e/nCxVNk0.net
>>772
お前は馬鹿なんだからあんまり絡んでこない方がいいぞ
可哀想になる
句容が点だとでも思ってるのか?
中島日記を読んでみろ
草場部隊が12月5日に止まった祝家辺はどこなんだ?
その後草場部隊とは連絡が取れなくなった、とも書かれてある
むしろ迂回したせいで周辺農村に多大なる犠牲が発生したんだろうに

776 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:04:39.69 ID:kp+kCKpG0.net
>>768
ミニー・ヴォートリンによると12月5日に村を焼き払ったのは中国軍だそうですがw
日本軍は焼き払われて無人の村でどうやって徴発したんですかねw
また一つ笠原の捏造が明らかになりましたねw


ミニー・ヴォートリン
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:08:23.15 ID:kp+kCKpG0.net
ミニー・ヴォートリンが正しいのか?
笠原が捏造したのか?

どちらでも好きな方を選べw

778 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:17:02.68 ID:e/nCxVNk0.net
>>773
よく分からんがお前が大っ嫌いな証言を証拠として良いのか?

> このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める。

なんだこれは?
これが証拠なのか?
馬鹿なのか?

他に関しちゃ場所すらわからん
さすが南京での出来事を杭州湾だと読み取る読解力には敵わんな

629:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/24(水) 19:59:37.26 ID:8wYbYVu20
>>598
南京での出来事に杭州湾の例を出したバカが何か喚いているなw

だから杭州湾での出来事が南京と何の関係があるのか説明してみろよw

779 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:19:13.88 ID:e/nCxVNk0.net
>>774
イチャモン派は完膚なきまでに論破されてるのになんで偉そうなのか?
答えは>>767で書いてあるぞ

780 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:20:41.79 ID:kp+kCKpG0.net
>>775
お前は地図に何が書いてあるのか、時間や空間と言った概念を理解出来ないのだから無理するなよw

「周辺農村で虐殺を繰り返しても時間を消費せず」
「虐殺で武器弾薬を消費しても弾薬不足にならず」
「迂回して移動距離が長くなったにも関わらず」
「南京攻略戦に間に合った」
とでもw

それなんて言うRTA?

日本軍は迂回して武器弾薬を使用せず虐殺しながら全力疾走したのかよw

781 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:26:03.41 ID:e/nCxVNk0.net
>>780
句容「城」を攻め落とすより迂回の方が早い場合だってあるだろ馬鹿かお前は

しかもお前のレス、なんか既視感あると思ったらこれか
この恥ずかしいレスも晒しておこう

596:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/23(火) 21:21:15.23 ID:pis3EWXp0
>>583
他人を「不勉強」と批判する割には、地図や時計やカレンダーといったものによって「時間」や「空間」という概念を理解しているようには見えませんねw

他人を「不勉強」と批判するからには「杭州湾」の出来事が南京とどのような関係があるのか説明出来ますよねw
また、「らしい」とか「伝聞した」というのが根拠になると判断した理由も説明出来ますよねw

地図や時計も理解できないのに他人を「不勉強」と批判する方が、どのような深い知識と見識をもって根拠を説明してくれるのか楽しみにしていますよw


まあ、勝利宣言の挙句、尻尾を巻いて逃げ出してもそれはあなたの自由ですよw

782 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:34:07.74 ID:kp+kCKpG0.net
あった派が持ち出せるのは未だに笠原程度しかいないんだなあw
南京事件の範囲を根拠も無く、城内から近郊六県、さらに上海まで拡大している無能でも、あった派にとっては希少価値があるんだろうなあw

783 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:40:26.83 ID:SbJRK+510.net
>>774
て言うかお前も読解力がないクチなのか?
2月2日の日記で掠奪と放火に言及しているのはアメリカ協会伝道本部とその周辺の惨状を見ての感想だろうに

俺は国語の先生じゃないんだよ

784 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:44:12.84 ID:kp+kCKpG0.net
>>781
まあ、例え仮にこちらが一から十まで出鱈目を並べ立てたとしても、それによって相手の言う事が正しくなるはずもないのだがw
バカにはそれが理解出来ないようだw

お前の主張は「南京事件とは交戦中の敵兵が殺された事」という事だなw


>658
>いくらこちらを批判したって「お前が」「日本語理解力」や「資料の内容を理解する能力」が根本的に欠如している事実が変わるわけでもないだろうにw

>「虐殺だ!」と喚き散らした対象が「敗残兵」でも「市民」でも「便衣兵」でもない「交戦中の敵兵」で、何度それとなく指摘してもそれに気付きもしないとかもはやギャグでしかないw

785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 00:47:08.60 ID:SbJRK+510.net
>>784
もはやお前のレスを読み取ること自体に読解力を要するな

> 「周辺農村で虐殺を繰り返しても時間を消費せず」
> 「虐殺で武器弾薬を消費しても弾薬不足にならず」
> 「迂回して移動距離が長くなったにも関わらず」
> 「南京攻略戦に間に合った」

城を攻め落とすのとどっちが大変なんですかね?

786 :浮月斎:2024/05/07(火) 01:04:15.66 ID:wjdgJNYB0.net
>782
>あった派が持ち出せるのは未だに笠原程度しかいないんだなあw

これは言える。まさに、その通り。(草茫々)

787 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 01:20:17.17 ID:SbJRK+510.net
雁首揃えて傷の舐め合いとは恐れ入ったよ
昨日今日で論破に使ったのは笠原の著作だけではなく中島今朝吾日記もあるんだがな
まぁ今日一つわかったことがある
イチャモン派は読解力がないからイチャモンをずっと言い続ける
なにを証拠に出しても本気で「わからない」んだろう

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 19:54:42.09 ID:kp+kCKpG0.net
杭州湾(抗州湾ではない事に注意w)の元ネタはコレw

目先のエサに気を取られ、「南京事件とは、捕虜でも、市民でも、敗残兵でも、便衣兵でもなく、交戦中の敵兵が殺害された事だ!」と自分が主張している事に全く気付いていない事に大爆笑wwwwwwwwwww

あった派は自分の行動が何を意味しているのか理解していないので、自分で南京事件を否定し続けているという鼠車状態w
つくづく視野が狭いというか、近視眼的というかw

漢字も読めない、日本語も理解出来ない、必要最低限の教養さえ持たない、日本人に成りすましたヒトモドキなんて所詮この程度だよなw

>481
>山本武 第9師団歩兵第36連隊第6中隊 分隊長
>『一兵士の従軍記録』
>この朝風聞するところによると、こんどの南京攻略戦で、抗州湾に上陸した第六師団(熊本)が、南京の下関に於いて、敵軍が対岸の浦口や蕪湖方面に退却せんと揚子江岸部に集まった

>【【【数万の兵達】】】

>を、機関銃掃射、砲撃、あるいは戦車、装甲車などによって大虐殺を行い、白旗を掲げ降伏した者を皆殺しにしたというので、軍司令官松井大将が「行軍にあるまじき行為」と叱り、ただちに死体を処理せよとの厳命を下し、毎日六師団が死体を焼却するやら、舟で揚子江上に運び捨てているなど、現場は実に惨憺たる状況である、と言う。

789 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 22:12:00.07 ID:A+8/i1jg0.net
>>788
時空を飛び越える読解力を持つお前がどう取り繕っても無駄
恥の上塗り


629:名無しさん@お腹いっぱい。:[sage]:2024/04/24(水) 19:59:37.26 ID:8wYbYVu20
>>598
南京での出来事に杭州湾の例を出したバカが何か喚いているなw

だから杭州湾での出来事が南京と何の関係があるのか説明してみろよw

790 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/07(火) 23:11:23.73 ID:Q6aabULb0.net
>>786
こんな場末の掲示板でそんな笠原氏の論にチンチンにされたお前らがよく言えるな

791 :浮月斎:2024/05/08(水) 01:14:28.62 ID:r2FMEKPi0.net
>790

そう思っていればええ。

792 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/08(水) 19:47:02.09 ID:PPMCwp1K0.net
南京事件はセンター試験(当時)に出題されるくらいの歴史的事実

2009年センター試験(日本史AB共通) 
問5 
1920年代から30年代にかけての日本軍の国外活動に関して述べた次の1から3について、古いものから年代順に正しく配列した選択肢を選べ。
1.日本軍が中国の都市南京を攻略するに際して、捕虜や非戦闘員を殺害する事件が起きた
2.中国東北部での日本軍の活動に対して、国際連盟からリットン調査団が派遣された。
3.関東軍参謀河本大作らが、中国軍閥の一人である張作霖を、奉天郊外において爆殺した。
正解:3→2→1

793 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/08(水) 20:12:27.59 ID:vEAfUuyS0.net
>>789
他人の読解力云々をあげつらう本人は、漢字の「抗州」と「杭州」の区別ができませんでしたとさw

読解力以前に根本的な日本語理解力が欠如しているのが問題だと自分で証明しているなw

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/08(水) 20:59:31.20 ID:iWxbKKwV0.net
>>793
誤)抗
正)杭

誤)杭州湾(馬鹿)
正)南京

一緒にすんなよ恥ずかしい

795 :喪黒福造:2024/05/11(土) 01:57:28.43 ID:kyB49XWk0.net
そもそも、「虐殺があった」派が考える、「虐殺があった」とする根拠って何なの?

1. 笠原がいうから
2. 秦郁彦がいうから
3. 中共がいうから
4. なんとなく、そう思うから
5. その他

796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 10:40:38.42 ID:lIUo55w/0.net
>>795
加害者、被害者、第三国、日本政府、中国政府、裁判所、歴史学会、国際機関、教科書など、日本のネトウヨ以外の全てが「あった」と認めてるから

自分で調べたとしても下記の資料集に「あった」事実が書かれているから
1.『南京大残虐事件資料集1』(1985年)
2.『南京大残虐事件資料集2』(1985年)
3.『南京戦史資料集1』(1989年)
4.『南京事件・京都師団関係資料集』(1989年)
5.『南京事件資料集1アメリカ関係資料編』(1992年)
6.『南京事件資料集2中国関係資料編』(1992年)
7.『南京戦史資料集2』(1993年)
8.『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』(1996年)
9.『資料ドイツ外交官の見た南京事件』(2001年)

797 :喪黒福造:2024/05/11(土) 15:44:48.91 ID:kyB49XWk0.net
>796

そこに列挙された文書を全て入手して精読するのは大変なので、当該事実(もしくは目撃談・手記ないし記録)を以て、まごうかたなく南京大虐殺はあったと考えられる確実な根拠を幾つか(あるいは一つでも)挙げてくれ。

できるだけ、第三者にも分かるように、懇切丁寧な説明を求める。(「おまえは勉強不足だ!」「読めば分かる」のように、相手を責めても埒が開かない言い方は無しだよ。)

798 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 17:01:00.96 ID:hXG0P4zD0.net
>>797
自分で調べる能力がないなら教科書に従ってくれるか?
よくわからないけど多分教科書は間違ってる!とかただの馬鹿じゃん

799 :喪黒福造:2024/05/11(土) 17:59:09.68 ID:kyB49XWk0.net
>798
俺は「まぼろし派」の人間なんだ。おまえさんたちが「虐殺があった」と信じられることが不思議でしょうがないんだよ。

800 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 18:15:55.45 ID:NYQElUAo0.net
>>797
> できるだけ、第三者にも分かるように、懇切丁寧な説明を求める。(「おまえは勉強不足だ!」「読めば分かる」のように、相手を責めても埒が開かない言い方は無しだよ。)
もうそういうのはゆうのページで全部やってくれてるんだからいい加減そういうの読めよ
http://yu77799.g1.xrea.com/

最初っから納得する気ゼロな癖に相手に説明の労力をひたすらかけさせて
「はいでも俺が認めないからお前の証明は無駄!」ってやるだけの否定派しぐさに付き合うのなんて虚しい事したくねんだわ

そもそも南京事件は歴史学で既に認められた事実なので
お前がまぼろし派ならお前が証明を求める立場にない事は理解しろ
お前らが逆に頑張って説明してまぼろしであることを証明する側なんだよ

801 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 19:22:58.36 ID:+AvNClJV0.net
歴史学会で否定派が論文出せてない時点でねー

802 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 19:40:25.95 ID:dfueCdoF0.net
なんで不法行為や国際法違反といった行為を歴史学者が判断するんだよw

歴史学者が判断できるのは「何々の会戦があった」とか「地震があった」とかいう事象レベルの話だけだw

歴史学者に「何々事件」といった出来事に対して不法行為や国際法違反を判断する権限はねーよw

お前の脳内では歴史学者が国家間の不法行為の是非を判断できるようだなw

どこの半島や大陸の話だよw

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 19:45:01.63 ID:dfueCdoF0.net
ちなみに板倉由明氏は軍事史学会に『「南京事件」の数量的研究』という論文を掲載していますw

804 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 20:09:52.10 ID:dfueCdoF0.net
南京事件の根拠なんて
「何々したそうだ」という伝聞w
「何々のようだ」という想像w
「何々に違いない」という思い込みw
「何々したに決まっている」という決め付けw
これら以外に存在しないw

「敗残兵」の「処断」を「捕虜」や「市民」の「処刑」と決め付けたり、「日本軍が」「敗残兵」摘出を100%正確に行わなければ虐殺とかw

実際、戦闘詳報等の記録で「敗残兵」を「処断」している記録はあるが、それを「虐殺」と判断する具体的根拠が「あった派」から提示された事は無いw

そして数多くの記録の中で明確に「捕虜」を「殺す」ように書かれた戦闘詳報は「第一大隊戦闘詳報」という物が「ひとつしか」存在しないw

さらに今までの過去スレでこの「第一大隊戦闘詳報」の矛盾点を証明出来た「あった派」も存在しないw

805 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 20:20:27.95 ID:BsYyJFJ50.net
>>802
国際法云々言うならそれこそ東京裁判で決着はついている
全方位的に負けてるんだよ、イチャモン派は

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 20:26:15.41 ID:lia8fQjC0.net
>>803
> なんで不法行為や国際法違反といった行為を歴史学者が判断するんだよw

> ちなみに板倉由明氏は軍事史学会に『「南京事件」の数量的研究』という論文を掲載していますw


…馬鹿なのか?

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 20:56:36.61 ID:cIFvZZXG0.net
>>796
執筆者の名前を隠してるのはワザとかな?
調べると執筆者は本多勝一とか「中国の宣伝色」の強いスパイの
作文に思えるのは当然でしょう。

796氏もそう考えて執筆者の名前を隠したんだろ

808 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 21:04:32.92 ID:GJyGJnGs0.net
>>807
資料集に執筆者とか舐めてんの?

809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 21:11:16.90 ID:GJyGJnGs0.net
イチャモン派は馬鹿ばっかりだな

810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 21:55:47.38 ID:cIFvZZXG0.net
>808
『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』というタイトルがすでに作為的。
編集者というよりスパイの作文じゃん
それじゃあ、オタクが編集者の名前を隠していたのは欺瞞だろ

811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:09:41.33 ID:cIFvZZXG0.net
>>808
本多勝一ってこんな奴だぞ
「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、
中国側に直接やっていただけませんでしょうか」

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:10:21.90 ID:cIFvZZXG0.net
https://www.sankei.com/article/20160515-JLABEWCVXVLJJCB3HGCBUS7NV4/2/

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:12:44.60 ID:GJyGJnGs0.net
>>810
だからナニイッテンダオマエ
資料集っつーのは種々の資料をまとめたものなのに「執筆者」とか頭湧いてんのか?
上に挙がってる9個は南京事件を語る上での最低限の資料だろ
それすら読まないでイチャモンつけるとか楽で良いなイチャモン派は
だからいつまで経っても南京事件は史実のままなんだよ

814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:14:02.40 ID:GJyGJnGs0.net
>>811
本多の本を一つも読んでない奴がなんか言ってるぞ

815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:18:04.95 ID:cIFvZZXG0.net
>>814
初期の本多勝一の著書は結構読んだ。
あの頃の流行だった

816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:20:08.56 ID:cIFvZZXG0.net
>>813
本多が「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから」と言ってだろ

817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:42:47.42 ID:GJyGJnGs0.net
>>815
例えばどれだ?
具体的に書いてみ?

818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:43:44.42 ID:GJyGJnGs0.net
>>816
中国の現地人の証言を著書に書くことになんの問題があるんだ?

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:49:32.83 ID:cIFvZZXG0.net
>>817
オタクに言ってわかるかな?
私は本多と石坂啓の対談も知ってるよ

820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:56:26.11 ID:cIFvZZXG0.net
>>818
当時の中国で自由に取材できるわけないだろう。
中国政府に都合のいい証言者を取材させただけだということだ。

821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:57:25.21 ID:GJyGJnGs0.net
>>819
著書くらい誰でもわかる
早く書けよ

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 22:58:16.03 ID:GJyGJnGs0.net
>>820
何かそういう証拠でもあるのか?
言いっ放しは楽で良いな

823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:00:54.81 ID:cIFvZZXG0.net
本のタイトルなんて調べればわかる
意味ないだろ

824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:03:09.88 ID:GJyGJnGs0.net
>>823
どの著書を読んで「本多勝一はこういう奴」だと思ったのか聞いてるんだよ

825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:04:26.59 ID:cIFvZZXG0.net
>>822
当時の中国の情勢が考えればすぐわかるはずだが。
本多は「中国の旅」で文革を素晴らしいと絶賛していた

826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:05:30.61 ID:FMrGE3z/0.net
>>825
中国の旅で良いのか?
お前は中国の旅を全て読んだってことだな?

827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:10:33.48 ID:cIFvZZXG0.net
>>826
40年以上前に読んだよ、高校の図書室にあった
他にもニューギニア、ベトナム、アメリカ合衆国も読んだが、
これらの著書は面白かった

828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:19:45.44 ID:GJyGJnGs0.net
>>827
読んだんであれば、中国の旅はどのような目的で書かれてたのか、冒頭にきちんと書いてあることは当然知ってるよな?
なんせルポの根幹であり、あとがきにも重ねて言及してるんだからな

829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:24:28.58 ID:cIFvZZXG0.net
40年前のことだ、忘れた

830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:27:25.49 ID:GJyGJnGs0.net
>>829
はぁ・・
中国の旅を読んだと言い張るくせに>>811を書ける神経がわからん

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:32:31.87 ID:cIFvZZXG0.net
>>830
お前は>>811のこの発言を読んで、『こんな奴』と思わないのか?

「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、
中国側に直接やっていただけませんでしょうか」

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:41:37.45 ID:GJyGJnGs0.net
>>831
中国の旅を読んでいればそんなこと全然思わん
どんな前提で書かれた本なのかを知ってるから
お前が読んだと嘘をついていることが露呈されただけだぞ?

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:44:54.91 ID:cIFvZZXG0.net
>>832
それって洗脳されてるだけじゃんw

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/11(土) 23:48:46.57 ID:GJyGJnGs0.net
>>833
オマエ、日本語苦手だろ
なんで洗脳が関係あるんだ?
著書がどんな前提で書かれたものかを知ると洗脳になるのか?
マジでイチャモン派は馬鹿ばっかりだな

835 :喪黒福造:2024/05/12(日) 03:50:05.09 ID:Bsu9BeGi0.net
>800
>最初っから納得する気ゼロな癖に相手に説明の労力をひたすらかけさせて
「はいでも俺が認めないからお前の証明は無駄!」ってやるだけの否定派しぐさに付き合うのなんて虚しい事したくねんだわ

ほー、そうでつか。よーするに、「虐殺があった派」(以後、慣例に従って「虐殺派」という)は、「南京大虐殺」があった根拠を出せない、ということだね。

入手さえ難しい古書の名前を挙げるだけしかできない。

836 :浮月斎:2024/05/12(日) 04:05:24.61 ID:Bsu9BeGi0.net
「細川隆元」といえば、年配者にはなじみのある名前だが、この人はテレビ番組「時事放談」に出るようになる前に朝日新聞の編集局長をしていて、
「私が編集局長の時、南京に特派した記者たちを集めて、一人一人聞いてみたが、『そのようなことは、見たことも聞いたこともない』という返事ばかりだ。何万、何十万なんていう虐殺など、絶対にない。」(出典:大井満著「仕組まれた南京事件」p246)と云っているが、

虐殺派は、これについて、どう思うんだ? 朝日新聞編集局と云えば本多勝一の古巣だろ。

837 :浮月斎:2024/05/12(日) 04:34:18.42 ID:Bsu9BeGi0.net
>801
>歴史学会で否定派が論文出せてない時点でねー

「歴史学会」とはどこの学者グループを指して「歴史学会」と言っているのか。正式の固有名詞や機関誌があるのか。

838 :浮月斎:2024/05/12(日) 05:12:19.32 ID:Bsu9BeGi0.net
>804
>南京事件の根拠なんて
「何々したそうだ」という伝聞w
「何々のようだ」という想像w
「何々に違いない」という思い込みw
「何々したに決まっている」という決め付けw
これら以外に存在しないw

まあ、河童がいた、ぐらい荒唐無稽な話ですな。

「河童がいたそうだ」
「河童がいたようだ」
「河童がいたに違いない」
「河童がいたに決まっている」ww

もう、河童がいたということで、東京裁判で決まっているし、歴史学会も認めているってさ。

(続く)

839 :浮月斎:2024/05/12(日) 05:21:26.50 ID:Bsu9BeGi0.net
(838から続く)

約130人の報道関係者が南京に入って、誰も虐殺を見たという者がいない。報道もない。12月13日から約6週間、20万人以上の軍民の殺害(東京裁判判決)があったなら、一日平均4700人が殺されている都市(ほぼ鎌倉市の面積に相当)で、平穏な状況を伝える多数の写真(兵士と地元民との交流、行き交う人々の雑踏で埋め尽くされた通り等)が発見されているのに、虐殺派は、意図的に虐殺・強姦の写真は撮影されていないという。
一日平均4700人が殺されていたら、通りの雑踏は撮影できないっての。ハイチの内乱で逃げ惑う人々を、おまえらは報道で見ていないのか。

840 :浮月斎:2024/05/12(日) 13:46:59.92 ID:Bsu9BeGi0.net
ところで、わしはまだ、安全区外の城内地域の、どこで、いつ、どのように集団虐殺があったのか、虐殺派の諸君から回答を貰っていない。

841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 15:43:53.94 ID:BMjOMc/x0.net
>>836
ほうほう
守山義雄、今井正剛、中村正吾、森恭三、足立和雄、渡辺正男は朝日新聞ではなかったんだな
ネトウヨファンタジー的にはそうなんだろうな

842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 17:10:09.28 ID:3N4aWW/J0.net
>>835
ほーらやっぱりゆうのページ紹介したって読まない
相手に説明の労力かけさせて「俺様が認めないからお前は永久に説明して疲弊しつづけろ」の嫌がらせ目的
永久に言い合いすることで何だか論争が終わってないみたいだぞと勘違いさせるのが目的

改めて言うが歴史学の世界で南京事件の存在は確定している
それがまぼろしだって言うなら一生懸命説明してひっくり返さなければいけないのはお前らの方だ
そして否定派はとっくの昔にそれに失敗した
今はこんなところでみじめに俺が認めない限り俺は無敵!の無敵くんごっこしてるだけの存在

843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 20:20:51.99 ID:3xAYXoEI0.net
今時ゆうのHPを情報源にしている情弱なんか存在するのかよw

そのゆうのHPでさえ「伝聞」や「想像」や「決め付け」を除けば、明確に「捕虜」の「殺害」を「命令」している文書は「第一大隊戦闘詳報」以外に存在しないのだがw

そして現在までこの「第一大隊戦闘詳報」の数々の矛盾点を説明出来たあった派は存在しないw

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 20:45:47.43 ID:p/vaA7NU0.net
>>842
ゆうのHPを読んだけど、これは「あった派」だけの情報を集めただけですよね。
否定派の情報がない。
きみは『「南京事件」日本人48人の証言』とか読んだことはあるの?

845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 21:32:38.69 ID:GQaDJvsK0.net
>>840
お前が知らんだけで、夏淑琴の家族が虐殺された場所は安全区外だし、佐潤徳が住んでいた王府巷も安全区外だ
城外近郊まで範囲を広げれば、下関、宝塔橋街、茶亭村、沙洲圩でも一家皆殺しレベルの虐殺が数多ある

自分の無知を誇るなよ

846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 21:33:48.81 ID:GQaDJvsK0.net
>>844
東中野は否定派ではないのか?
一番引用が多いんだが

847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 21:36:16.25 ID:GQaDJvsK0.net
>>843
そういうセリフは全部隊の戦闘詳報揃えてから吐けよ

848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 21:44:15.48 ID:p/vaA7NU0.net
>>846
否定派はアリバイ程度の記事しかないよ

849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 21:51:08.06 ID:UfQ1M6Ab0.net
>>848
どこが?
https://i.imgur.com/vAqxuuK.jpeg

850 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 22:03:42.23 ID:p/vaA7NU0.net
>>849
圧倒的にあった派の記事が多い
http://yu77799.g1.xrea.com/
http://yu77799.g1.xrea.com/nankin/shoho.html
http://yu77799.g1.xrea.com/gunjin.html
http://yu77799.g1.xrea.com/nihonjin.html

851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 22:05:59.15 ID:UfQ1M6Ab0.net
>>850
いや、一番は圧倒的に東中野やん
目まで腐ってんのか?

852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 22:14:07.82 ID:p/vaA7NU0.net
››851
お前こそ目が腐ってるだろ。
このサイトには蒋介石が中国軍を捨てて逃げたことで、
軍が混乱して南京市民を虐殺したことを書いていない。
日本軍が南京を攻略する前に中国軍の虐殺が始まっていたんだ。

853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 22:21:41.49 ID:UfQ1M6Ab0.net
>>852
コロコロゴールポストを動かすな
否定派の情報がない→東中野の記述が圧倒的

以上、お前の間違いでしたとさ

854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 23:46:30.66 ID:3xAYXoEI0.net
>>847
そういうセリフは「第一大隊戦闘詳報」以外の「殺害命令が書かれた戦闘詳報」を出してから言えよw

もっとも、日本軍の目的としては敵兵の継戦能力を奪えば良いだけなので明確に軍が「殺害」を命令する事はあり得ないw
これは公文書としての戦闘詳報に書かれているのが「処刑」や「殺せ」ではなく「処断」である事からも理解出来るw
そして同時にその「処断」を「殺害」や「処刑」と判断する具体的根拠がどこにも存在しない事も理解出来るw

逆に言えば現存する日本軍の戦闘詳報で「唯一」「捕虜は全部殺すべし」と書かれた「第一大隊戦闘詳報」がどれだけ異常な代物なのか良くわかるw

これは南京戦史や板倉由明氏、東中野修道氏も同意見w

『南京戦史』 (p317)
「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
「軍事的慣例と異なる記述」
「全文を通じてその表現は極めて異様」

板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
「『南京戦史』では、『戦況の進捗状況とチグハグ』『了解し難い部分』
『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。


頑張って「処断」ではなく、「殺害」や「処刑」が書かれた戦闘詳報を探してみてくれw

そんなものが存在すればだがw

855 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/12(日) 23:56:43.12 ID:UfQ1M6Ab0.net
>>854
お前が第114師団第127旅団歩兵第66連隊第一大隊以外の戦闘詳報を出せば良い
例えば山田支隊の戦闘詳報が発見されて命令された形跡が見当たらなければ、随分イチャモン派にとってプラスだと思うが

それが何故かいつまで経っても出てこない
ネットで無知晒しながらイチャモン付けてるだけじゃ南京事件は史実のままだぞ?

856 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 00:31:00.21 ID:hc5UTS9S0.net
>>854
>>855
付け加えておくと、山田支隊は戦闘詳報が見つからないんだから、一次史料である複数の陣中日記が示すとおり【軍】命令ってことになる
俺も日本のこんな不名誉は恥ずかしいんだよ
早く証拠揃えて否定してくれよ

遠藤高明 陣中日記
十二月十六日 晴
捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より【軍】命令により捕虜の三分の一を江岸に引出し1(第1大隊)に於て射殺す。
一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして【軍】より適当に処分すべしとの命令ありたるものの如し。
十二月十七日 晴
夜捕虜残余一万余処刑の為兵五名差出す

山田栴二日記
十二月十五日 晴
捕虜の仕末其他にて本間騎兵少尉を南京に派遣し連絡す
皆殺せとのことなり
十二月十六日 晴
相田中佐を【軍】に派遣し、捕虜の仕末其他にて打合はせをなさしむ

857 :浮月斎:2024/05/13(月) 03:58:21.77 ID:pQL1ScFl0.net
宇都宮66連隊のケースについての見解(再掲)

宇都宮66連隊のケースは、東中野修道著「再現 南京戦」のp.180-184に分析が出ていて、わしもそれで納得している。その要点は次の通り。

1)支那兵の捕虜1500余を拘束したのは12月12日、場所は中華門南西500mの金陵兵工廠付近、まだ戦闘中のことであった。

2)陥落は目前と思われたが、なお中華門では激戦が繰り返され、日本兵に戦死者を出していた。

3)12日深夜から翌13日未明にかけて城内の支那兵は瓦解し、一斉に城の北西角の挹江門・下関から城外に逃げた。これら逃亡兵らの「大密集部隊」は、城の北東・仙鶴門鎮付近で行軍中の第16師団独立野戦銃砲隊兵第15連隊と激突し、更に城の西・江東門付近では熊本第6師団鹿児島45連隊と衝突した。

4)宇都宮66連隊は中華門で戦う味方の応援に駆け付けなければならず、やむなく旅団命令に基づき、連隊の第一大隊が13日の午後5時から拘束中の捕虜1500名余の刺殺に及び、午後7時半に終わり、連隊に報告をした。

5)戦闘中もしくは戦闘終了後に、被拘束兵を宣誓のうえ釈放することができないという状態において、やむなく処刑に及んだとしても国際法上合法である。

結局のところ、蒋介石と唐生智が、日本軍の降伏勧告に応じず、部下を置き去りにして逃げたことが、これら悲劇の原因である。

858 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 07:34:30.60 ID:F3QWlgEc0.net
>>857
なんでお前らはそんなに常識がないんだ?
そんな理由で投降させた捕虜を皆殺しにして許されるわけないだろ

859 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 07:53:07.34 ID:WqLIeKrY0.net
そもそも南京戦と言うか日中戦争、いやそれ以前の満州事変から全ての日本の軍事行動は不法行為だからな。
戦闘だからと免責にはならんよ。殺せば殺人、拘束すれば監禁罪だ。
まあ、その責任は天皇や閣僚など国家の意思決定者にあるわけで、末端の兵士はおろか出先の司令官に過ぎない松井岩根に問う事すら筋違いではある。

860 :浮月斎:2024/05/13(月) 08:23:02.36 ID:pQL1ScFl0.net
>858
理想をいうだけなら何でも言える。
殺さなければ殺される戦場という異常な場所で起きたこと。
国際法上合法ということは、批難される言われはない、ということ。
9日の降伏勧告を守勢側が無視していなければ、こういう無惨な事は起きなかった。文句が言いたいなら、蒋介石と唐生智に言え。困難な場面に遭遇した先人に避難の矛先を向けるな。

861 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 08:41:50.48 ID:F3QWlgEc0.net
>>860
こんなことしといて?

『野州兵団奮戦記』(P273)※歩兵第六十六聯隊
千五百人という多数の捕虜を得たのは渋谷大尉が、日本軍に投降しようと白旗を掲げる自軍の兵士を城壁上から射殺するのを見かねて、最初に投降した三人の兵士に「日本軍は捕虜は絶対に殺さない」と叫ばせた。このため多数の兵士が投降してきたので、江南鉄道のレール上に集めて武装を解除し、負傷者は衛生兵が日本軍と同様に手厚く治療してやった。これを目撃した中国兵は安心してぞくぞく投降したのであった。



歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』(「南京戦史資料集」 P667)
(十二月十三日)午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をなしたる結果各中隊(第一第三第四中隊)に等分に分配し監禁室より五十名宛連れ出し、第一中隊は路営地西南方谷地第三中隊は路営地西南方凹地第四中隊は露営地東南谷地附近に於て刺殺せしむることとせり
(中略)
各隊共に午後五時準備終り刺殺を開始し概ね午後七時三十分刺殺を終り連隊に報告す

862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 09:08:00.93 ID:pQL1ScFl0.net
>861

そうだよ。

最初に降伏開城・武装解除しておけば、何でもなかった。
交戦しておいて、武器を置くから捕虜ニシクダサイなんて
虫が良すぎる。

863 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 09:45:28.80 ID:plR7e0Dw0.net
>>862
この国語力よ
「危害加えないから捕虜になりなさい」って仕向けたのは日本軍なんだよ
こんなこともわからんようじゃ話にならんな

864 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 11:37:38.81 ID:EK6qNrZs0.net
>>844
否定派が引用する情報等がまったくないわけではないが
完全敗北した否定派側の資料を平等に扱うわけないだろ
そんなものは資料批判に耐えられず碌に学問研究の世界で引用もされていない実証に使えない資料だからだよ

君らは「読んだことないの?」なんて言える立場にない
歴史学で確定した南京事件と真向対立する側なのであればひっくり返す為に君らが証明するんだよ

特に君が紹介した「南京事件」日本人48人の証言は戦後だいぶ経ってからのインタビュー集だ
後だしの証言だけでは資料としての価値は低い
当時書かれた記録等と突き合わせて信憑性を上げなければ資料として使えない
だから用いられない
信憑性が高いとあなたが言うなら当時書かれた記録と突き合わせて書かれている事の信憑性が高いことを
あなた方が説明しなければならない
「「南京事件」日本人48人の証言がない!」じゃないんだよ
お前が証明すんの

865 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 11:44:15.72 ID:FtvUfSd20.net
>>855
>お前が第114師団第127旅団歩兵第66連隊第一大隊以外の戦闘詳報を出せば良い

はあ?
「あった」と主張しているのはお前で、こちらは「無かった」と主張しているのだが?
なんでお前の主張の根拠をこちらが出さねばならないのかね?

まあ、相変わらず反論出来なくなって惨めに逃亡を図る「あった派」特有の「自分の発言と相手の発言の区別が付かなくなる症状」が発症しているなw

>例えば山田支隊の戦闘詳報が発見されて命令された形跡が見当たらなければ、随分イチャモン派にとってプラスだと思うが

>それが何故かいつまで経っても出てこない
>ネットで無知晒しながらイチャモン付けてるだけじゃ南京事件は史実のままだぞ?

アホw
お前らが「命令があった」と主張しているのだから「命令された形跡」が必要なのはお前らだw
その命令が見つからない以上、いつまで経っても「命令は無かった」としか判断出来ねーよw

山田支隊の戦闘詳報が発見されて命令された形跡が見当たれば、あった派にとってとてつもなくプラスだろうにw
なんで出てこないんだよw

結論w
「そんな命令文なんか存在しないから」w

存在しない命令文が出てくるわけあるかw

866 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 11:58:37.03 ID:FtvUfSd20.net
>>855
>ネットで無知晒しながらイチャモン付けてるだけじゃ南京事件は史実のままだぞ?

アホw
史実での山田支隊の行動は「捕虜の逃亡阻止の結果」だw
史実なら公刊戦史である戦史叢書を改訂させてみろw
ネットで無知晒しながら「あった」と喚き散らすだけの漢字や日本語も理解できない無能に出来るわけないよなーw



第十三師団において多数の捕虜が虐殺したと伝えられているが、これは15日、山田旅団が幕府山砲台付近で1万4千余を捕虜としたが、非戦闘員を釈放し、約8千余を収容した。ところが、その夜、半数が逃亡した。
警戒兵力、給養不足のため捕虜の処置に困った旅団長が、十七日夜、揚子江対岸に釈放しようとして江岸に移動させたところ、捕虜の間にパニックが起こり、警戒兵を襲ってきたため、危険にさらされた日本兵はこれに射撃を加えた。
これにより捕虜約1,000名が射殺され、他は逃亡し、日本軍も将校以下7名が戦死した。
(戦史叢書『支那事変陸軍作戦<1>昭和十三年一月まで』)

867 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:07:15.58 ID:FtvUfSd20.net
>>856
>遠藤高明 陣中日記

ほとんど「仮名」の、人物の実在すら不明な日記が根拠w

>山田栴二日記
12月15日に南京にいたのは「第16師団」w
「第13師団」の山田支隊に対して命令する権限は無いw

これらも過去スレで「あった派」が反論出来ずに逃亡を繰り返しているなw

何で「あった派」は学習しないで同じ事を何度も繰り返すのかねw

せめて過去スレに目を通せよw

868 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:26:23.59 ID:6YFpnu2U0.net
>>865
相変わらず読解力がないな
そんなんだから南京での出来事を「杭州湾での出来事」なんて超絶恥ずかしい間違いを犯すんだよ

「あった」ことは歴史的事実として確定している
ひっくり返したいならお前が証拠を出すしかかない
しかしお前は既存史料にイチャモン付けるだけで自らは何も出せない
よって、南京事件はいつまで経っても史実のまま

869 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:26:31.38 ID:FtvUfSd20.net
>>861
>『野州兵団奮戦記』(P273)※歩兵第六十六聯隊

小宅小隊長代理は「捕虜を捕らえたのは確かだが三人を伝令に出したりとかそういうことは一切なかった」と言ってるわw


丸MARU 1990年7月号 通算528号
兵士たちの「南京事件」 城壘 連載19回
P213
第一大隊戦闘詳報には「最初の捕虜を得たる際、隊長は三名を伝令として抵抗を断念して投降せば助命する旨を含んで派遣せるに」とあり、このときの隊長とは一刈大隊長ではなく小宅小隊長
代理のことであることが分かったが、小宅小隊長代理は、捕虜を捕らえたのは確かだが三人を伝令に出したりとかそういうことは一切なかったという。
 そして、中国兵を捕らえた小宅小隊長代理が捕虜虐殺命令を出したことも、そのような考えを持っていなかったことも分かった。

>歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』(「南京戦史資料集」 P667)

で?
「午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をした」
そうだけど、戦闘詳報を所有していた第三中隊の藤沢藤一郎氏は「第三中隊は十三日全員城内に入った」と言っているんだがw
城内に入った第三中隊がどうやって同じ時間に城外に存在出来るんだw


丸MARU 1990年7月号 通算528号 P209
兵士たちの「南京事件」 城壘 連載19回

―戦闘詳報によると、第三中隊も捕虜をやったとありますが。
 「全然知りませんてした。第三中隊は十三日からすっと城内に入っていましたから」
―捕虜をやったことを第三中隊の他の人から聞いたことはありませんか。
 「ありません」
―第三中隊は十三日全員城内に入ったのですか。
 「全員かどうかわかりませんが、ほとんど入ったと思います」


結局、お前が持ち出してくるものには過去スレで問題になった「捕虜は全部殺すべし」という「連隊長から」の「旅団命令」の記録が一切見つからないのだがw

つくづく「あった派」は学習能力が無いというか、進歩しないというかw

870 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:28:50.35 ID:6YFpnu2U0.net
>>866
戦史叢書は政府の公式戦史ではないと随分前に論破してあげたはずだが?
お前はまず「公刊戦史」の意味から勉強が必要だな


第165回国会 衆議院 外務委員会 第3号 平成18年10月27日

長妻委員
これは政府にも通告しておりますけれども、今、日本国政府として、公式文書として、さきの大戦あるいは昭和戦争の記録というのはどこかに今ありますか。発表していますか。

金澤政府参考人 
防衛庁として、太平洋戦争の公式の記録文書をつくったということはございません。
他方、防衛庁では、従来より隊員の教育等の観点から戦史研究を行っているところでございまして、こうした成果の一つとして、防衛研究所戦史部において、昭和四十一年から五十五年にかけて、太平洋戦争につき編さんした戦史叢書というものを発行しております。

下村内閣官房副長官
政府として、戦後、さきの大戦に関する公式の記録、戦史が作成されたことはないと承知しております。

871 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:30:20.39 ID:FtvUfSd20.net
>>868
で?
漢字は読めるようになったかw

漢字も読めないヤツに読解力云々を言われてもねえw

「説得力」という漢字が読めるかいw

872 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:36:17.86 ID:FtvUfSd20.net
>>870
「政府の公刊戦史では無い」というだけで「我が国の太平洋戦争史研究の基本文献として位置づけられている」のだが?
戦史研究の基本文献で「捕虜の逃亡を鎮圧」とされている以上、それを否定する根拠は存在しないw

873 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 12:45:53.97 ID:FtvUfSd20.net
>>870
それで「第一大隊戦闘詳報」の連隊命令は見つかったのかよw

それが見つからないと「内容が矛盾」し、「軍事的慣例と異なる記述」である捏造文書だと確定するんだがw

ちなみに第一大隊に命令したはずの12月13日の第66連隊の命令はこの4つw
当然だが「皆殺せ」なんて命令は存在しないw


12/13 00:20 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十四号
12/13 03:10 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十五号
12/13 21:00 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十六号
12/13 23:00 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十七号

874 :浮月斎:2024/05/13(月) 13:49:25.90 ID:pQL1ScFl0.net
>863
戦場は時々刻々状況が変化している。状況が変わったというしかない。おまえさんは何にそんなに憤って日本軍の落ち度を見つけ出そうとウの目タカの目であら捜ししているのだ?

875 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 14:41:17.48 ID:jE3sZmAO0.net
>>867
お前なんぞに本名明かす必要性が皆無なんだよ
学者が分かってりゃ良い
そして学者の誰からも山田支隊の兵士たちの陣中日記に否定的な言説が寄せられていない
当たり前だが普通はこれで充分

どうしても仮名が納得できないなら実物見せてもらえるよう努力してみろよ
清水潔は正式に取材を申し込んで現物確認してるぞ?

876 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 14:43:29.18 ID:jE3sZmAO0.net
>>869
阿羅本ですら誰も「事実無根でやってない」と言えてないところが良心の呵責なんだろうな
戦闘詳報を否定したいならもっと強力なネタ持ってこないとひっくり返すなんて夢のまた夢だぞ?

877 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 14:44:42.25 ID:jE3sZmAO0.net
>>871

読めない?
何が?
なんで「誤字」が「読めない」に繋がるんだ?

878 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 14:48:19.94 ID:jE3sZmAO0.net
>>872
根拠は現場兵士の多数の陣中日記
戦史叢書の資料としての価値は陣中日記には及ばない


第98回国会 参議院 決算委員会 第12号 昭和58年5月16日

政府委員(西廣整輝君) 御質問の「戦史叢書」と申しますのは、一定の史観に基づきましてある見解を展開するとか、あるいは二次大戦なら二次大戦の評価をしているというものではなくて、当時におきます昭和十二年以来の八年間の戦争、あるいは各地の戦闘等当時におきます日本の状況というものをできるだけ正確に残しておこうというたぐいのものであります。
なお、この性格というのは、各種の資料収集、整理をするという、歴史研究で言いますと第一段階の作業といいますか、大変じみな資料の整理という性格のものでございまして、御案内のように特に専門家がやったわけでございませんので、中には不十分な点とか稚拙な面もあろうかと思いますけれども、そういった大変労多くして報われるところ少ないといいますか、
そういったじみな作業であるということで、戦後四十年近くたちますけれども、なおかつこれにかわるようなものが出てないということで、いろいろな歴史家がこれを御利用になる、あるいは引用されてその上でさまざまな史観を展開しておられるということでありまして、これ自身が特別の史観を展開しているというものじゃないことを、そういった性格のものであることを十分御理解いただきたいと思います。

879 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 14:50:13.96 ID:jE3sZmAO0.net
>>873
そんなもの出さなくてもこちらにとっては第一大隊戦闘詳報が旅団命令の根拠なんだが?
否定する側のお前が他の戦闘詳報を出して否定しなきゃ話にならんぞ?
なぜ出さないんだ?

880 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 15:36:23.42 ID:FtvUfSd20.net
>>879
アホw

その「第一大隊戦闘詳報」そのものが捏造だと言っているんだw

この「第一大隊戦闘詳報」は「連隊長から」「旅団命令」を受けているが>873を見れば理解出来るように、連隊命令が発令された記録は存在しないw

発令された記録が存在しない命令がどこから発令されたんだよw

結論としては東中野氏の主張が正しいw


>854
>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

881 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 15:49:04.44 ID:jE3sZmAO0.net
>>880
まぁ悔しかったら学者で捏造だと言ってる奴を一人でも挙げてみることだな
お前らイチャモン派がそんな体たらくだから南京事件はいつまでたっても史実のままなんだよなぁ

882 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 16:24:30.94 ID:FtvUfSd20.net
>>881
結局、第一大隊戦闘詳報の発令記録は出せないとw
所詮、あった派ごときに出来るわけがないよなあw

あった派は戦史叢書を書き換える事も出来ないし、南京事件に対する日本政府の見解はコレw
「戦争で非戦闘員の殺害があった」という当たり前の事を言ってるだけw

外務省HP
問6 「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。

日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。
しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

883 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 17:06:35.36 ID:jE3sZmAO0.net
>>882

だからお前の言うように「第66連隊第一大隊の戦闘詳報は捏造!」とか曰ってる学者を出してみろよ
一人くらいはいるだろうよ

…まさか…いないの??

884 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 19:04:32.22 ID:3tOkSInU0.net
南京事件はあった、で終了
悔しかったら、なかった派とかいうお馬鹿さんは学術論文を書いて学術雑誌に投稿してね
絶対に不可能だけどw

885 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 19:55:01.72 ID:lXVIqdrB0.net
>>883
「第一大隊戦闘詳報」の矛盾点を説明出来て「第一大隊戦闘詳報は本物」と証明した学者がどこにいるんだw
一人ぐらいは名前を出せるよなw

まさか「一人もいない」なんて事は無いよなw

「第一大隊戦闘詳報は捏造」というのは研究者の間では定説w

なにしろ「隣接部隊の戦況と矛盾」「大隊での兵器の鹵獲数が師団より多い」「連隊命令が存在しない」といった矛盾点を説明出来た学者が存在しないからw

>854
>『南京戦史』 (p317)
>「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
>「軍事的慣例と異なる記述」
>「全文を通じてその表現は極めて異様」

>板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
>「『南京戦史』では、『戦況の進捗状況とチグハグ』『了解し難い部分』
>『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
>この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

886 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 20:03:52.54 ID:lXVIqdrB0.net
>>883
学者でなくても常識で判断して

「師団より大隊の方が兵器の鹵獲数が多い」とかw
「近隣部隊の戦況と矛盾していた」とかw
「同時刻に同時に城内と城外に同じ部隊が存在していた」とかw
「連隊命令の記録が存在しない」とかいう記録を
「本物だ!」と主張するヤツは学者以前に論理的思考判断の出来ない異常者w

「あった派」のお前らの事だよw

887 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 21:06:27.51 ID:2oM41BxR0.net
>>885
戦闘詳報はあとでまとめて書くからな
多少の間違いくらいそりゃあるわなぁ
お前だって南京の出来事を杭州湾の事だと信じてたじゃん
それに比べれば大した間違いでもないんだよなぁ

西沢弁吉著『われらの大陸戦記』(歩66第3中隊長)
(12月)三十一日晴れ、今日は年取大晦日。郷里なれば年越し金の心配は家長の任務、戦地は金はいらない、官給品で衣食、住は民家を勝手に使う、衣食住の心配がない代り命がけだ。
軍は戦斗詳報作成の為め昨日より暮れも正月も返上して戦いの結果を総まとめにかかる。通達次々と発せられる。

888 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 21:11:43.46 ID:2oM41BxR0.net
>>886
お前の妄想を肯定してくれる学者が誰一人としていないのは良く分かったよ
まぁ取り敢えず他部隊の戦闘詳報を出すことだな
歩兵第66連隊の戦闘詳報を否定したいんだろ?

889 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 22:38:06.17 ID:xF9H36AP0.net
イチャモン派の特徴としては、資料に一つでも間違いが見つかるとその資料全体が間違ってる!と何かに取り憑かれたように否定してくるところである
そんな事を言い出したら、このスレのイチャモン派が「南京での出来事」を「杭州湾での出来事」であるとイチャモンを付けてきた時点で、イチャモン派の主張は全て否定されるべき主張となってしまう

…まぁ別に構わんが

890 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/13(月) 23:39:18.95 ID:3tOkSInU0.net
>>885
日付 12/12-13   
場所 中華門外
部隊 114師団(歩66)
殺害者数(単位:千人)
板倉         1.0
南京戦史       0.6
秦          1.0
原          1.6
笠原         1.5

※板倉は『ゼンボウ』昭和60年4月号による
※秦は『南京事件』による
※原は『いわゆる「南京事件」の不法殺害』による
※笠原は『南京事件』による

板倉は「この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書」と「本当はこうだった 南京事件」に書いているが、
結局、殺害者数に含めている。また、「虐殺即ち不法殺害の数は、およそ一万から二万であった、と結論する」と書いている。
否定派は否定の根拠に板倉の著書からよく採用しているが、その板倉自身がある程度の不法殺害を認めている。
つまり、否定派は自己矛盾していることにまったく気がついていない。否定派は、バカか詐欺師である証拠だ。

891 :浮月斎:2024/05/14(火) 10:27:36.92 ID:gtw0hd4Q0.net
宇都宮六六連隊の件だけが問題で、そこで死んだ支那兵1500余が「虐殺」に認定とすると、それでも東京裁判判決がいう「二十万人以上」の殺害とも、現在支那共産党政権がいう「三十万人の犠牲」ともかけ離れているわけだが、それらの差は、どうして生じているわけ?

他の場所で10万人とか20万人とかそれ以上が殺されているということ?

892 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 19:39:54.01 ID:6kJQYE730.net
>>888
他部隊に「処断」でも「処刑」でも「処理」でもなく「皆殺せ」というような虐殺の記述があるという根拠は?

そんなものどこにも無いよな〜wwwww

そんな記述は捏造された「第一大隊戦闘詳報【だけ】」にしか無いのだからw

お前らが他にも「皆殺せ」というような記述がある戦闘詳報を持ってくるのが先だw

こちらは「「第一大隊戦闘詳報」のような「皆殺せ」というような虐殺の記述がある戦闘詳報は他には存在しない」という主張だw

理解出来るか?

他にも「皆殺せ」というような記述がある戦闘詳報を持って来なければならないのは「「「「お前だ」」」」wwwww

「どこにも無い」とか「全く見当たらない」とか言う泣き言は不要だからさっさと

「「処断」でも「処刑」でも「処理」でもなく「皆殺せ」というような虐殺の記述がある他部隊の戦闘詳報」

を持って来いwwwww

まあ、自分の主張の根拠を相手に要求する挙句、勝利宣言を繰り返して逃げ回るようなヤツには出せるわけがないかwwwww

893 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 19:51:03.59 ID:6kJQYE730.net
>>889
「漢字も読めないヤツ」の言う事を真面目に聞いてくれるような奇特な人は滅多にいないぞw

あった派の特徴としては資料に根本的な間違いがあっても、それを徹底的に無視して絶対に自分の結論を変えない点だなw

某証言では日本軍がまだ到着していない日時の場所に司令部を設置しているのを事実だと言い張ったりw

捕虜を移動させた先で射殺したはずなのに、その時間では捕虜を移動させる事は不可能なのに事実だと言い張ったりw

「第一大隊戦闘詳報」も根本的に実行不可能なんだが「あった派」によれば可能らしいがw

どういった妄言が出てくるか実に楽しみだwwwww

894 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:17:39.60 ID:6kJQYE730.net
>>890
あった派は「否定派は秦や板倉の主張する説を完全肯定しなければならない」とでも思っているのかねw

あった派の脳内には完全否定か完全肯定のどちらかしか存在せず、「秦や板倉の説でも間違っている部分はあるし、そのまま肯定出来る部分もある」という当たり前の事が理解出来ないのだろうなあw

実際、秦の著書では捏造が判明している曽根一夫に関する記述を増補版でも変更せずそのままにしているw

しかし当然正しい部分もあり、それはそのまま肯定出来るというだけw

で、否定派でも不法殺害があった事そのものは認めているw

しかしその件数はゼロから数万人まで幅があり、「秦の説と違うから自己矛盾している!」「板倉の説と違うから自己矛盾している!」とか見当違いの事を言われてもねえw

まあ、日本語以前に漢字も理解出来ないアスペには理解出来ないだろうなあw

895 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:26:50.04 ID:HY0FTbxI0.net
>>892
なら否定したいお前が他部隊の戦闘詳報を出せよ(呆れ

はい、論破(呆れ

896 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:30:40.57 ID:HY0FTbxI0.net
>>893
お前は「抗」と「杭」の誤字にイチャモン付けてんだろ(呆れ
漢字が読めない訳ではないのは明白だよな(呆れ
しかも掲示板で誤字の指摘とか今時小学生すらしないだろ(呆れ

その点、お前は「南京」と「杭州湾」を履き違えた
これは誤字云々のレベルではない致命的な阿保っぷりなんだよ

897 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:35:22.26 ID:6kJQYE730.net
そもそも公文書の形式として「皆殺せ」などと書かれる事はあり得ないw

「第一大隊戦闘詳報」以外にも「皆殺せ」と書かれた戦闘詳報が存在すれば「日本軍は捕虜を虐殺していた」と言えるのだろうが、現存する日本軍の戦闘詳報の中で「処断」でも「処刑」でも「処分」でもなく「皆殺せ」などと書かれた戦闘詳報は存在しないw

唯一存在するのは捏造濃厚なこの「第一大隊戦闘詳報」のみw

「日本軍による組織的捕虜虐殺【唯一】の根拠」は公式文書としてはあり得ない形式で書かれているw

しかも内容は大隊の兵器の鹵獲数が師団より多かったり、近隣部隊の戦況と矛盾していたり、極めて異様な表現だったりw

これで本物と主張出来る「あった派」の知性を疑うわw

ああ、まともな知性の持ち主が「あった派」なんてやってるわけないかw

898 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:36:26.99 ID:HY0FTbxI0.net
>>894
よく分かってんじゃん
それぞれの学者の主張は肯定出来るものもあれば、他の学者により否定されるべきものもある

しかし不法殺害ゼロは「誰一人」主張していない
これに関しては全員一致で「間違った」主張なわけだ

まぁ頭の悪いお前ならではの自爆芸だな

899 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:39:49.18 ID:6kJQYE730.net
>>895
「無い」と主張しているのは否定派w
「ある」と主張しているのは【お前】w

いくらお前でも
「出す必要があるのはどちらなのか?」
理解出来るよなw

出す必要があるのは【お前】だwwwww


逃げ回ってないでさっさと他の部隊の戦闘詳報を出せよwwwww

900 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:43:04.66 ID:ywh2jg2k0.net
>>894
へえw 根拠も論拠も示せないあほボンが何か喚いてるぞw

>その件数はゼロから数万人まで幅があり

残念でしたw ゼロはあり得ない

>まあ、日本語以前に漢字も理解出来ないアスペには理解出来ないだろうなあw

そんなに自分自身のことを卑下してw 自暴自棄になるなよw バカにはバカの生き方があるからw

901 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 20:44:14.34 ID:HY0FTbxI0.net
>>899
南京事件は「あった」んだよ(呆れ
これはもう決着している
そして歩66Rの戦闘詳報も「あった」で確定済み
だから否定する側のお前が証拠を出さなきゃこの話はお終いなんだぞ?
お前はこの根本的な状況が理解できないほど阿保なのか?

902 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 21:15:11.84 ID:w7cboN5w0.net
>>897
> しかも内容は大隊の兵器の鹵獲数が師団より多かったり、

114師団の確定の鹵獲数ってどの資料に書いてあるの??

903 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 21:50:20.94 ID:ywh2jg2k0.net
一次史料には誤記や錯誤や改竄などが含まれていることがあるから、それらを吟味するのが専門家の仕事だ。
第一大隊の戦闘詳報を受け取ったのは、当時防衛庁にいた秦氏と原氏だそうだ。

第一大隊戦闘詳報
南京附近戦闘詳報(昭12.12.10〜12.13)
添付記録には
複製  昭和60年11月18日
取扱者 原剛
原本  秦郁彦
、とあるそうだ。

904 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 22:02:43.75 ID:ywh2jg2k0.net
時系列の矛盾も口頭命令も、k-k氏のページで解明されている。
素人(失礼w)でもわかることだから、二人の専門家(軍事史)には一瞬だろう。
鹵獲した武器の矛盾は謎だ。錯誤だとしか言えない。

905 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 22:44:01.45 ID:inl2NYoN0.net
鹵獲数に関しては150連隊も重機関銃6挺としているから114師団が全部隊から報告が上がる前にまとめただけだろうな
こんなことでしか騒げないイチャモン派が哀れとしか言えんが

906 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/14(火) 23:22:40.45 ID:ywh2jg2k0.net
いちゃもん派は終わった 哀れな一生だった

907 :浮月斎:2024/05/15(水) 04:46:09.56 ID:0DR1i9BY0.net
虐殺派が上から目線でものを云うのは勝手だが、これはどうやら無いな、と思う人が増えていけば、自然に世の中は変わっていくのだよ。これは「歴史学会」とか「学術雑誌」とかの閉鎖空間で何かの論文が載った載らないの問題とは、ほとんど関係がない。

一種の世論形成の問題だ。げんにこの俺も10年くらい前までは半信半疑だった。というより、「南京大虐殺があった」という主張に対して反論材料が手元にないから、聞き流していた。

しかし、ある程度の勉強を重ねた今では違う。虐殺派が虐殺の存在の証拠を出せない以上、虐殺派に与することはできない。むしろ、否定材料が多く見つかっていて、虐殺派がそれらに対して満足のゆく説明をしていない以上、「南京大虐殺はなかった」と考えるしかない、と思っている。

俺がこのスレッドに種々の書き込みをしていたのは、自分が提示する幾つかの命題に対して、虐殺派がどういう対応をするのだろうか、という反応を知るためだった。

ところが、虐殺派は秦郁彦と笠原十九司とあと一人の対談で、もう既に決まっていることだというバカな主張を並べるばかりで、ゼロベースから存在したか否かの論理の積み立てはしなかった。

例えば、「南京大虐殺があった」として、その「動機は何か」という説明は、これまで一切されていない。何らかの動機があったとしても、無差別的な空爆や砲撃で皆殺しにした方がラクなのに、なぜ、わざわざ肩掛けの小銃や機銃で動く目標を狙い撃ちにするのかという「手段」の合理性についての説明もない。

講談社の「南京の真実」の巻頭写真は1月上旬、「安全区内の通りを埋め尽くす人の海」の雑踏を撮影したものだ。これが一日当たり4千700人(六週間で二十万の場合)の殺害が行われている都市には、どうしても見えない。他にも、日本兵と南京市民が平穏に交流している写真が種々存在する。

これに対する虐殺派の説明は、「大虐殺は行われているが、報道管制下にある特派員・カメラマンがその場面を写していない」というものだった。大虐殺が行われていたら、そもそも通りの雑踏はない、ハイチの内乱のように、逃げ惑う人々がそこに居るはずだ、というごく常識的な認識に立つことさえしなかった。

大虐殺が進行しているさなかに、欧米人が集まってクリスマス・ディナーをやっている呑気さに至っては何をかいわんや、である。

虐殺派の主張は、沼に河童が居る証拠はないが、学者が集まって居たことになっているので、否定したければ「沼に河童がいない」ことを証明する論文を書いて学述誌に載せろ、と云っているに等しい。

これで、どうして虐殺派の主張を信じることができようか。

908 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 07:07:49.16 ID:ssI3Dt350.net
>>907
もうどこから突っ込んで良いのやら・・
安全区内の雑踏に人が多いのは当たり前だろ
他に行くところがないんだから
イチャモン派もお前の扱いに困ってると思うぞ

909 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 08:24:18.43 ID:0DR1i9BY0.net
>908

それじゃあ、安全区外のどこで、いつ、どのように二十万人を超える「大虐殺」があったのか。

910 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 09:53:09.96 ID:ssI3Dt350.net
>>909
残存するたった3分の1の戦闘詳報と兵士個人の陣中日記、外国人が残した資料だけでこれ

第16師団
歩兵第38連隊:7,200人(12/14戦闘詳報)
歩兵第33連隊:3,096人(12/14戦闘詳報)
重砲兵第2大隊:8,000人(12/13中島今朝吾日記)
部隊不明1中隊:1,300人(12/13中島今朝吾日記)
佐々木支隊:2,000人(1/5佐々木到一少将私記)

第6師団
南京攻撃における捕虜:5,500人(12/12戦時旬報)

第9師団
歩兵第7連隊:6,670人(12/13〜12/24戦闘詳報)

第114師団
歩兵第66連隊:1,657人(12/13戦闘詳報)

第5師団
歩兵第41連隊第3大隊第12中隊:2,350人(12/14戦闘詳報)
歩兵第41連隊第3大隊:1,000人(12/15戦闘詳報)

第13師団
山田支隊:1,000人(12/14飯沼守日記)
山田支隊:5,000人(12/16南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち)
山田支隊:13,500人(12/17南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち)

海軍
第11戦隊:30,000人(12/18〜20ドイツ外交官の見た南京事件)

民間人:33,470人(スマイス調査)

911 :浮月斎:2024/05/15(水) 12:22:15.36 ID:0DR1i9BY0.net
>910

そこに挙げている数字の中に、一般の南京市民はどれくらい居るか?

912 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 12:54:17.51 ID:G9GWwcCB0.net
>>911
分ける必然性は?

913 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 16:05:40.46 ID:0DR1i9BY0.net
>912

分けられないだろう。全員、敗残兵だからな。民間人はいない。

そこに挙がっている数字は全て残敵掃討戦で挙げた「戦果」ではないかと思うから、そのうち不法行為にあたる民間人への攻撃がどれくらいか、と聞いてみたのだ。民間人を殺しておいて、それが「戦果」でございますと「戦闘詳報」に載せるバカな将校が居るわけがないからな。例えば、

>歩兵第7連隊:6,670人(12/13〜12/24戦闘詳報)

これは安全区に入りこんでいた便衣兵の摘発処分の数字だろう。連中を摘発して処分(銃殺・刺殺)するのは当然で、これを虐殺数に入れるのはおかしい。むろん、この摘発処分の過程で一般市民を敗残兵と誤認して摘発処分してしまった可能性までは否定しない。

>佐々木支隊:2,000人(1/5佐々木到一少将私記)

わしも一応、南京戦史資料集Iにある「佐々木到一少将私記」を確認してみた。

1月5日の条に、「査問委員会打切、此日迄に城内より嫡出せし敗兵約二千、旧外交部に収容、外国宣教師の手中に在りし支那傷病兵を俘虜として収容」とあった。

上記の数字「2,000人」は、おそらくはこの「城内より嫡出せし敗兵約二千」を指すものと思われる。さて、この敗兵の嫡出・処分の目的だが、同じ「佐々木到一少将私記」の12月26日に、

「宣撫工作委員長命ぜらる、城内の粛清は土民にまじる敗兵を摘出して不穏分子の陰謀を封殺するにあるとともに我軍の軍紀風紀を粛清し民心を安んじすみやかに秩序と安寧を回復する にあった。予は峻烈なる統制と監察警防とによって概ね二十日間に所期の目的を達することができたのである。」とある。

つまり、「民心を安んじすみやかに秩序と安寧を回復する」ために必要であったと述べている。

隠匿武器がトラック五十台ぶんも見つかっている(南京特務機関二月中報告)状況で、これが不法行為であるわけがない。今のガザの状況を見れば、すぐに分かることだ。

敗残兵の摘発処分は戦闘の継続の一形態だから、占領中の不法行為とはいえない。

914 :浮月斎:2024/05/15(水) 16:21:50.19 ID:0DR1i9BY0.net
>913 追加

念のために言っておくが、便衣兵・敗残兵の摘発処分は、彼らが自発的に降伏して武装解除していない以上、当然である。抗戦意思を放棄しているとは言えないからだ。彼らを野放しにすれば隠匿武器を使って攻撃してくる。レジスタンスを放置すれば、南京市の治安はいつになっても回復できない。市民に交じって、市民を装って攻撃してくる奴ほど始末に負えない存在はない。反撃すれば、関係ない一般市民を巻き添えにしてしまう。彼らの摘発処分は国際法の解釈からも合法だ。

915 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 19:31:02.88 ID:Hk6lN17x0.net
>>913
横レスだけど
おまえさんが、自分の判断で合法だと言ってもダメだ。
東京裁判で、松井と広田は代表してハーグ陸戦法規違反で有罪判定されている。
ちなみに、秦氏と笠原氏も不法殺害の判断だ。

916 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 19:46:59.97 ID:oH5bwNUH0.net
>>910
そこに「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw

「敗残兵」とか「処断」とか書かれたものをお前が勝手に「虐殺だ!」といってるだけじゃねーかw

脳内妄想で「何がなんでもとにかく虐殺!」といってるだけじゃねーかwwwwww

それらのどこが虐殺なのか「具体的に」言ってみろw

917 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 19:51:13.64 ID:oH5bwNUH0.net
>>902
少しは自分でググれよw

丸MARU 1990年6月号 通算527号
兵士たちの「南京事件」城壘 連載18回
P207
 ここで捕虜の数の正確さをみるため、武器などの鹵獲品を見てみよう。百十四師団、六十六連隊、百五十連隊など現在資料が残っているもののみであるが、次の通りになる。

部隊 遺棄死体 捕虜 小銃 重機関銃 拳銃 手榴弾 銃弾(小銃実包)
百十四師団 5000〜5800 - 844 1 34 20000 78000
百五十連隊 - - 485 6 6 910 85635
六十六連隊 - 千数百 - - - - -

六十六連隊/第一大隊 1400 1657 602 7 31 35 50000

 師団の数字は各連隊からの数字を合計したものである。連隊の数字は各大隊の数字を合計したものである。だから連隊の数字が師団より、大隊の数字が連隊より大きいことはありえない。
しかし、鹵獲表を見ていくと、第百十四師団で鹵獲した重機関銃が一挺なのに第一大隊だけで七挺鹵獲したことになっている。小銃と拳銃も、師団のものより第百五十連隊と第六十六連隊第一大隊の合計だけで上回っている。この表には第百二連隊、第百十五連隊の記録がないが、もしそれらの資料が残っていれば、それぞれの連隊も百五十連隊や第六十六連隊と同じくらいの鹵獲品があったであろうから、ますますつじつまが合わなくなる。
 また、遺棄死体は、師団が五千ないし五千八百
P208
と計算しているが、第一大隊のみで千四百とある。師団からみると第一大隊は師団戦力の十二分の一であるから、師団で五千から五千八百の遺棄死体があったとするなら、第一大隊での遺棄死体は四百から五百が妥当である。戦闘詳報に記されている数字はその三倍ほどになっている。
 同じように捕虜も第六十六連隊からみれば第一大隊は連隊の三分の一の兵力であるから、連隊の捕虜が千数百であったとするなら、第一大隊だけで四百から五百の捕虜を捕らえていれば自然であるが、これもその三倍ほどになる。

918 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 20:04:30.04 ID:oH5bwNUH0.net
>>903
>第一大隊の戦闘詳報を受け取ったのは、当時防衛庁にいた秦氏と原氏だそうだ。


アホかwwwwwwwwwwwwwwww

防衛研究所史料閲覧室の第一大隊戦闘詳報の添付記録には

借用  昭和60年11月18日
複製  昭和60年11月18日
返却  昭和60年11月18日
取扱者 原剛
原本  秦郁彦
注記  第114師団の文献が少ないため歩兵66連隊関係者から借用

とあり、所有者である「歩兵66連隊関係者」である藤沢藤一郎氏から秦が借用し、原剛が複製して防衛庁に寄贈したものだw

どう解釈したら秦氏と原氏が当時防衛庁にいた事になるんだよw

コイツ絶対日本語を理解していないだろうwwwww

919 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 20:12:56.32 ID:oH5bwNUH0.net
>>904
KKのHPでは時系列の矛盾も口頭命令も「14時の命令」が存在しない事の説明になってねーよwwwww

KKのHPのどこにそんなものがあるんだよw

何の説明にもなっていない自己解釈で説明出来たつもりになって逃げ回っているだけじゃねーかwwwww

やっぱり日本語が理解出来ないと、見当違いの自己解釈で反論出来たつもりになれるのだろうなあw

920 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 20:15:32.35 ID:eZDQLMLg0.net
>>913
> これを虐殺数に入れるのはおかしい。
お前がそう思うのは勝手だが、保守派の学者さんですら全然おかしいと思ってないんだよ

秦郁彦
捕虜としての権利がないから裁判抜きで殺していいということにはならない。自然法に照らしても不法でしょう。古代の暴君ならともかく、こいつは悪い奴だから、その場で処刑していいというのは、文明国がやることではない。

中村粲
軍司令官には無断で万余の捕虜が銃剣刺殺された。それを「便衣の兵は交戦法規違反である」と強弁してはならず、率直に(それは)戦時国際法違反であり、何より武士道に悖る行為であったことを認めねばならぬ

原剛
捕虜ならば軍法会議で、捕虜でないとするならば軍律会議で処置を決定すべきものであって、第一線の部隊が勝手に判断して処断すべきものではない。

松本健一
捕虜でないからという理由で捕まえた敵国兵士を戦場で裁判にもかけずに勝手に処刑することは国際法上からも容認されていないはずです。

北村稔
筆者の見るところ、「ハーグ陸戦法規」の条文とこの条文運用に関する当時の法解釈に基づく限り、日本軍による手続きなしの大量処刑を正当化する十分な論理は構成しがたいと思われる。

中垣秀夫
かなり中国側に譲渡した考えであることを承知の上で、裁判なき捕虜殺害イクオール虐殺とした。

色摩力夫
軍服を脱ぎ便衣に着がえた正規軍兵士の場合でも、実際に敵対行為を行わない限り、捕虜となる資格を持つ。

921 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 20:24:07.60 ID:eZDQLMLg0.net
>>916
> そこに「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw

第114師団 第66連隊 第一大隊戦闘詳報
13日午後2時
連隊長より左の命令を受く。旅団命令により捕虜は全部殺すべし。その方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何。

南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち
遠藤高明 陣中日記
十二月十六日 晴
捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より【軍】命令により捕虜の三分の一を江岸に引出し1(第1大隊)に於て射殺す。
一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして【軍】より適当に処分すべしとの命令ありたるものの如し。
十二月十七日 晴
夜捕虜残余一万余処刑の為兵五名差出す

922 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/15(水) 22:56:01.14 ID:Hk6lN17x0.net
>>919
>KKのHPでは時系列の矛盾も口頭命令も「14時の命令」が存在しない事の説明になってねーよwwwww

「旅団命令により」と書いてあるが。「〜如何」とあるから、いかにも口語的な表現だ。
それに「貴大隊」と書いてあるから、第1大隊だけに当てられた命令だ。

>何の説明にもなっていない自己解釈で説明出来たつもりになって逃げ回っているだけじゃねーかwwwww

理解できないのは、おまえの知能が低いからだ。親を怨め。
それより、さっさと南京事件を否定する学術論文を出せ!
まだ書けないのか? 書けないので、また逃げ回るのかw

>やっぱり日本語が理解出来ないと、見当違いの自己解釈で反論出来たつもりになれるのだろうなあw

よく言うよw 何の根拠もないのに、「南京事件はなかった」と妄言を垂れ流すだけのバカがw
反論? 何で肯定派のおれが捏造改竄派のおまえに反論するんだ?
文句を言う暇があるなら、さっさと学術論文を出せ! 論文の書き方を知らないのか?w
日本語はまだ不自由なのか? おまえは何処かの国の工作員なのか? あたってたりしてw

923 :浮月斎:2024/05/16(木) 03:15:57.51 ID:PNM3MbEe0.net
虐殺派のバカちんどもが、敗残兵の掃討mop-up operationを「南京大虐殺」と呼んでいることだけは良く分かった。

924 :浮月斎:2024/05/16(木) 07:13:30.62 ID:PNM3MbEe0.net
「便衣隊は間諜よりも性質が遙に悪い(勿論中には間諜兼業のもある)。間諜は戦時公法の毫も禁ずるものではなく、その容認する所の適法行為である。ただ間諜は被探国の作戦上に有害の影響を与ふるものであるから、作戦上の利益の防衛手段として戦時重罪犯を以て之を論ずる権を逮捕国に認めてあるといふに止まる。然るに、便衣隊は交戦者たる資格なきものにして害敵手段を行ふのであるから、明らかに交戦法規違反である。その現行犯者は突如危害を我に加ふる賊に擬し、正当防衛として直ちに之を殺害し、又は捕へて之を戦時重罪犯に問ふこと固より妨げない。」
信夫淳平「上海戦と国際法」1932年刊 125−126頁

925 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 07:34:05.73 ID:O9WE1s+s0.net
>>924
その後もちゃんと貼れよつまみ食い野郎

信夫淳平『上海戦と国際法』
然るに便衣隊は交戦者たる資格なきものにして害敵手段を行ふのであるから、明かに交戦法規違反である。その現行犯は突如危害を我に加ふる賊に擬し、正当防衛として直ちに之を殺害し、又は捕へて之を戦時重罪犯こと固より妨げない。
たゝ然しながら、彼等は暗中狙撃を事とし、事終るや闇から闇を傳つて逃去る者であるから、その現行犯を捕ふることが甚だ六ケしく、會々捕へて見た者は犯人よりも嫌疑者であるといふ場合が多い。嫌疑者でも現に銃器弾薬類を携帯して居れば、嫌疑濃厚として之を引致拘禁するに理はあるが、漠然たる嫌疑位で之を行ひ、甚しきは確たる證據なきに重刑に處するなどは、形勢危胎に直面し激情昂奮の際たるに於て多少は已むなしとして斟酌すべきも、理に於ては穏當でないこと論を俟たない。

926 :浮月斎:2024/05/16(木) 09:48:45.84 ID:PNM3MbEe0.net
>925

しかしながら以降を足すことに何か意味があるか?

現行犯逮捕が難しいと言っているだけじゃないか。引用の目的としては、わしの引用で充分である。金沢7連隊は安全区という限られた空間で便衣兵狩りをやっているのだから、逃走される恐れはない。むろん、一般市民が誤認されて摘発処分された可能性までは排除しない。しかし、それは兵隊も民間人も見境なく十把一からげに見境なく殺したと説明する「南京大虐殺」に該当するものではない。それもこれも、降伏勧告に応じることなく、兵を置いてトンズラした蒋介石と唐生智のせいだ。

部隊別の数字ばかり並べて、場所も状況も説明せず、実際は掃討戦の戦果だったのに、虐殺数だとコケおどかしをしていた奴は「つまみ食い野郎」とは言わないのかね。「欺まん野郎」と呼ぶ方が適切か。

927 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 14:03:55.64 ID:YSVjKHeV0.net
>>921
だ・か・ら 
「「第一大隊戦闘詳報」以外に「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのか?」と訊いているのに肝心の「第一大隊戦闘詳報」そのものを出してきてどうするんだよw

お前絶対日本語を理解出来ていないだろうw


>南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち
>遠藤高明 陣中日記

公式文書である陣中日誌ですらない、兵士の個人的落書きに書いてあるからどうしたw
さらに、書いたのが兵士どころか実在する人物なのかすら不明な日記になんの価値があると思っているんだw

これと比較すれば捏造が確定している曽根一夫の日記の方が作成者が判明しているだけマシだw

928 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 14:13:04.68 ID:YSVjKHeV0.net
>>922
ほ〜〜〜w
それならKKのHPに「14時の命令がどこから発令されたのか」書かれているんだなw

urlを提示するか該当箇所を抜粋してみろよw

いくらお前の知能が低くてもコピペする程度は出来るだろうw

最も存在しないものは出せないがなあw

どうせまた見当違いのurlを貼り付けて喚き散らして逃亡するだけだろうがw

さて、今回はあった派が逃亡するのにあと何分かかるかなw

929 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 14:34:00.38 ID:YSVjKHeV0.net
どうも「あった派」は「第一大隊戦闘詳報」の問題点を根本的に理解していないか、理解していながらあえて無視していると思われるので改めて問題点を確認してみるw

「第一大隊戦闘詳報」は14時に「皆殺せ」という「旅団命令」を「連隊長から」受けたと書いているw

日本軍の命令系統は師団→旅団→連隊→大隊→中隊→小隊w
つまり「旅団命令」を「連隊長から」受けているこの戦闘詳報は正式の命令系統から発令されたと考えられるw
正式の命令系統から発令されたのであれば、当然、発令した旅団にも連隊にも発令された記録が存在しなければならないw
しかしこの戦闘詳報は「旅団命令」を「連隊長から」受けたにも関わらず14時の命令に該当する連隊命令が発令された記録が存在しないw

>873
>ちなみに第一大隊に命令したはずの12月13日の第66連隊の命令はこの4つw
>当然だが「皆殺せ」なんて命令は存在しないw


>12/13 00:20 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十四号
>12/13 03:10 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十五号
>12/13 21:00 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十六号
>12/13 23:00 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十七号

つまりこの戦闘詳報は「執筆者による創作物」であり、板倉氏や東中野氏の主張が正しいw

>854
>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

930 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 14:40:39.06 ID:YSVjKHeV0.net
>>922
ちなみにKKのHPには>929の疑問に関する説明は「一切」提示されていないw

さて、「あった派」はKKのHPからどうやって見つけ出すのだろうかw

実に楽しみだw

931 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 18:33:08.42 ID:WZj2xO5h0.net
>>926
お前は都合の悪いところは見えない病か?

> 漠然たる嫌疑位で之を行ひ、甚しきは確たる證據なきに重刑に處するなどは、形勢危胎に直面し激情昂奮の際たるに於て多少は已むなしとして斟酌すべきも、理に於ては穏當でないこと論を俟たない。

それと場所と状況に関しては【わざわざ】出典付けてやってんだから自分で確認しろよ気持ち悪い

932 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 18:38:37.63 ID:WZj2xO5h0.net
>>927
お前は本当に馬鹿だな

> そこに「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw

お前はこう書いたんだよ
なにが【だ・か・ら】なんだ?
なんで突然【「第一大隊戦闘詳報」以外に】を付け足したんだ?
南京と杭州湾を間違えるわ書かれてもいない言葉を創作するわお前はどこまで馬鹿なん?

933 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 19:51:32.90 ID:QSniXHiE0.net
>>932
真偽は別にして戦闘詳報の中で「唯一」「第一大隊戦闘詳報」にだけ「皆殺せ」と書かれているのは自明だが?

それは今までの議論で分かりきった事であり、当然それ以外の戦闘詳報の存在について議論していたと思っていたのだがw

まさかあった派が「書かれた日本語をそのままの意味でしか理解出来ない」程低レベルだとは思わなかったなw

これはそこまではっきりと語句を指摘しなければ理解出来ないお前の低レベルさを見誤ったこちらのミスだなw

それは謝罪しようw

で?
改めて確認するが

>921で「「「第一大隊戦闘詳報以外に」」」

「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw

いくら低レベルのお前でも、ここまで明確に指摘してやったのだから答えられるよなw

934 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 20:04:17.58 ID:s3o+e87U0.net
>>928
>さて、今回はあった派が逃亡するのにあと何分かかるかなw

逃亡? 誰が? 逃亡するのは、おまえだ。おまえの先輩たちは、皆逃亡したぞw
おまえの到着を川の向こう岸から待ってるぞw

@
「12/13 12:00 歩兵第66連隊 聯隊命令の要旨(T受領)」と
「12/13 23:00 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十七号」とは内容的には同じもの

「昨十三日」という記述から、聯隊命令の要旨が12月13日の夜更け、日付が変わる直前に発令されたと推測できる

聯隊命令の要旨を受領したのは、戦闘詳報に記述されている「午後零時」ではなく、
一一四師作命第六三号が発令された13日20時から、歩六六作命甲第八七号が発令された23時の間だったと考えるべきである

「歩六六作命甲第八十七号」に記されている「下達法」も注目できる。「下達法」には「先つ要旨を各別に下達し次て命令受領者を集め口達筆記せしむ」と書かれている。

歩六六作命甲第八十七号
(中略)
下達法 先つ要旨を各別に下達し次て命令受領者を集め口達筆記せしむ

この捕虜殺害命令に関して、旅団と連隊との間での命令の形態は判断できないが、連隊と第1大隊との間で直接やり取りされた命令であったことがわかる
すべての命令が、命令番号をふられた一斉命令ではない

命令 文書命令と口頭命令

「歩六六作命甲第八十四号」〜「歩六六作命甲第八十七号」は、すべて第一大隊戦闘詳報に書かれているもの

捕虜殺害命令も、すべて「第一大隊戦闘詳報」に書かれている。
捕虜殺害が問題視されるならば、当然、命令系統を調べることになり、戦闘詳報の記述を改竄していたするならばすぐに露見してしまう。
命令を捏造するのは無意味で、それならその行為自体が存在しないことにすれば良い。
これが結論だ。
まあ、これだけ説明してもバカには理解できないかw

935 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 22:09:33.99 ID:WZj2xO5h0.net
>>933
> 「「「第一大隊戦闘詳報以外に」」」
「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw



ドイツ外務省宛 発信者-ローゼン(1938年1月20日)
『12月18日から20日にかけて、われわれが南京城手前の英国軍砲艦ビー号に乗船していたおり、日本海軍の近藤少将が英国軍ホールト提督にたいし、「南京から長江に下った先の中洲にまだ3万人の中国兵がおり、かれらをこれから一掃せねばならない」と通告してきた。日本側が「一掃」ないしは「掃討」と称するこの行為は、武装解除された敵の殺害を指しており、人道的な戦争の遂行に違反する。機銃掃射による大量射殺だけでなく、一人一人の身体に可燃物を浴びせ、火をつけるという殺害方法も採られた。』
(ドイツ外交官の見た南京事件:資料34)

936 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 22:33:45.44 ID:WZj2xO5h0.net
>>933

> 「「「第一大隊戦闘詳報以外に」」」
> 「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw



南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち
遠藤高明 陣中日記
十二月十六日 晴
捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より【軍】命令により捕虜の三分の一を江岸に引出し1(第1大隊)に於て射殺す。
一日二合宛給養するに百俵を要し兵自身徴発により給養し居る今日到底不可能事にして【軍】より適当に処分すべしとの命令ありたるものの如し。
十二月十七日 晴
夜捕虜残余一万余処刑の為兵五名差出す

937 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/16(木) 22:36:16.54 ID:WZj2xO5h0.net
>>933
> 「「「第一大隊戦闘詳報以外に」」」
> 「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw



スマイス報告
南京地区における戦争被害1937年12月―1938年3月 都市および農村調査
一、市部調査
2 戦争行為による死傷
これらの死者のうち二四〇〇人(七四パーセント)は軍事行動とは別に〔日本軍〕兵士の暴行によって殺されたものである。
占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷の報告が実際より少ないと考えられる理由がある。
実際に、報告された数が少ないことは、暴行による幼児の死亡が少なからずあったことが知られているのに、それが一例も記録されていないことによっても強調される。

938 :浮月斎:2024/05/17(金) 03:05:06.20 ID:WcOc3NcM0.net
>937
スマイス報告で2400人か。東京裁判の二十万人以上、今の中共の三十万人とは、ずいぶん違うな。数字に0を足すのが支那の風習らしい。

939 :浮月斎:2024/05/17(金) 05:26:19.75 ID:WcOc3NcM0.net
>931

今までの話の流れをちゃんと見ろよ。

俺はベイツやマギーのいう「集団虐殺」「数千件の強姦事件」や東京裁判のいう「二十万人以上の殺害」があるとすれば安全区にしかあり得ない、と云っている。

なぜなら、日本軍による入城の直前、南京に残存する人々は安全区に集合させていた、というラーベによる公式記録(南京安全区档案・第九号文書)があり、それに符合するダーディン発電報、ヴォートリンとウィルソンの記録があり、更に日本軍側の記録も住民は安全区に集中していて、それ以外の地区には殆ど居なかったという記録になっているからだ。

人がいない場所で「集団殺人」はできない。だから、住民が集中していた安全区でしか、「南京大虐殺」はない。

むろん、これと矛盾するダーディンのインタビュー記事があることも承知している。しかし、この記事は事件から50年後の記憶であり、本人もスマイスの記録のほうが正確だとしていて自信がないようであり、インタビュアーが虐殺派の総帥・笠原十九司であることから誘導された記事である可能性があり、この記事だけで安全区外になお数万人が残存していたと結論づけることはできない、と俺は感じた。

ティンパーリの「戦争とは何か」も「1月末まで安全区外の地域は事実上無人地帯」としていて、インタビュー記事が真とすれば、上述の記録に加え、ティンパーリの記述は偽となってしまう。ダーディンの50年後の記憶に、それほどの真正は認めることはできない。

そこで、俺は虐殺派の連中に、「安全区外のどこで、いつ、どのように集団虐殺があったのか」と訊いたのだ。

そうしたら、おみしゃんは敗残兵に対する掃討作戦の「戦果」を出してきよった。敗残兵の摘発は「功績」であって不法な虐殺ではない。しかも、掃討作戦は入城式のあった12月17日前後には、ほぼ終わっている。

これに対して「南京大虐殺」は12月13日から6週間続いたことになっている(東京裁判判決、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」とも)。

掃討作戦による「戦果」が虐殺数になるはずはないのに、おみしゃんは部隊別に掃討作戦の「戦果」の数を並べよった。恥も外聞もないとはこのことだ。だから、俺は確認のため、そこに民間人はどれくらい居るかと聞いたのだ。分けられるはずがない。全員が支那兵だ。

金沢第七連隊による安全区における便衣兵の摘発処分の合法性については、現在のガザの事例を見れば明らかだが、法律との兼ね合いでは、なお疑問の余地があろう。だから、俺は信夫淳平博士の戦前の著書からの一節を引用した。すると、それではなお足りない、「つまみ食い」だというコメントが付いた。引用しなかった部分に、引用部分との矛盾があれば「つまみ食い」呼ばわりしてもよいが、矛盾がないのに「つまみ食い」呼ばわりするのはタメにする発言だ。

それはともかく。掃討作戦による「戦果」を虐殺数として並べる、これが欺まんでなくて何だ。あきれるわ、全く。

940 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 07:40:53.74 ID:HLqQaI7R0.net
>>938
お前みたいな資料をなにも見ない馬鹿にはなにを言っても無駄なのかもな

スマイス報告
市部調査
市内および城郭附近の地域における埋葬者の入念な集計によれば、一万二○○○人の一般市民が暴行によって死亡した。これらのなかには、武器をもたないか武装解除された何万人もの中国兵は合まれていない。

戦争と農民
暴行事件による死亡
調査で回答のあったこの一〇〇日中の死亡者総数は三万一〇〇〇人、すなわち住民一〇〇〇人につき二九人で、年間にすれば一〇六人の割合となる。中国における死亡者の年間平均数二七人と比較されたい。
死亡者の87パーセントは暴行事件による死亡で、大半は兵士の故意の行為によるものである。

941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 07:44:22.80 ID:HLqQaI7R0.net
>>939
やっぱり都合の悪いものは見えない病か・・
>>845とかは完全無視だもんなぁ

942 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 08:10:12.88 ID:WcOc3NcM0.net
>941

そんな簡単な感想だけでは、何を言っているか分からんぞ。

943 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 08:27:12.53 ID:HLqQaI7R0.net
>>939
お前は本当に知識が足りないな
ダーディンはインタビュー記事だけではなく、当時の記事にも安全区外に人がいると書いている

ニューヨークタイムズ記事 
1937年12月19日 ダーディン
一方、安全区という聖域を見いだせずに自宅に待機していた民間人は五万人以上を数えるものと思われる。

944 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 08:39:26.55 ID:HLqQaI7R0.net
>>942
この人たちも城内安全区外での虐殺の幸運生存者
数十人規模の虐殺が頻発していたことがよく分かる
要はお前は知識が足りない

唐順山:三牌楼
楊明貞:大中橋文思巷
趙伝仁:武路帰内営二五号
朱秀英:泥馬巷十六号
李金友:興中門驢子行
魏廷坤:成賢街
傳永成:長楽街

945 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 08:58:38.60 ID:WcOc3NcM0.net
>944

全員支那人ww

946 :浮月斎:2024/05/17(金) 09:03:38.54 ID:WcOc3NcM0.net
>944

支那人の云う事を真に受けている時点でお前はアウト。ww

947 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 09:14:00.48 ID:HLqQaI7R0.net
>>946
そんなこと言っといて李秀英と夏淑琴に惨敗した無能がおったなぁ

948 :浮月斎:2024/05/17(金) 11:05:45.13 ID:WcOc3NcM0.net
日本は団塊の世代がまるまる一世代真っ赤っかの左翼老人ばかりだからな。でも、連中は十年もすればこの世から退場だ。まぼろし派vs.虐殺派の本当の戦いは、そこから始まる。

949 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 12:25:56.05 ID:+nLSOtlF0.net
誤)まぼろし派
正)いちゃもん派

950 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 19:02:44.70 ID:W6RjaJ/10.net
>>948
世論の多寡で判断せずあくまで学問的に論争や判断を下す方が正当かと。

951 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:01:03.32 ID:6Rcy8Jwr0.net
>>950
「あった派」の学者・ジャーナリストは笠原十九司・本多勝一は中国とグルになって
日本人を騙してるのはもはや疑いのない事実で信用できる人物はいない。

952 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:16:10.60 ID:P5d7/kJm0.net
>> 935ー>>937

は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(呆れ

こちらは
>933
> 「「「第一大隊戦闘詳報以外に」」」

「戦闘詳報」で

> 「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あるのかよw

と書いたつもりだったのだが?

「 「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものであればチラシの裏に書かれたものや精神病患者の寝言でもなんでも良いから出せ」と言ったのでは無いのだがね。

お前はこちらの問いの意味を「全く」理解出来ていなかったという事だな。

わかった。

お前はその程度のレベルでしかないと今後は判断させてもらう。

953 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:27:37.09 ID:EK+Jmb460.net
>>952
新たなワード「戦闘詳報」

凄まじいほどの馬鹿っぷり

954 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:28:03.43 ID:P5d7/kJm0.net
>>934
> この捕虜殺害命令に関して、旅団と連隊との間での命令の形態は判断できないが、連隊と第1大隊との間で直接やり取りされた命令であったことがわかる
> すべての命令が、命令番号をふられた一斉命令ではない

根拠なしw
お前の妄想は「口頭命令が記録され、発令記録が存在しない戦闘詳報」が存在しなければ成立しねーよw

その戦闘詳報に「連隊長から」「旅団命令」を受けているのだから正規の命令系統で発令されたと判断されるw
さらに14時の命令は「連隊→大隊」間だけではなく、さらに上位の旅団および師団から発令されたと考えられるw


秦郁彦 中公新書「南京事件」p158
場外警備を命ぜられ、監視に当たった渋谷仁太第一大隊長代理から上部に方針を問い合わせると、
返事がすぐに来ない。
「郷土部隊奮戦記」(『サンケイ』栃木版 昭和三十八年)によると、問い合わせは山田連隊長から秋山
旅団長へ、さらには末松師団長へとリレーされたのち、十三日午後になって処分命令が届く。
大隊の戦闘詳報はその経過を次のように記す。
八、午後二時零分連隊長より左の命令を受く
      左記
イ、旅団命令により捕虜は全部殺すべし
  其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
ロ、兵器は集積の上別に指示する迄監視を附し置くへし
ハ、連隊は旅団命令に依り主力を以て城内を掃蕩中なり
  貴大隊の任務は前の通り

> ↓
> 命令 文書命令と口頭命令
> ↓
> 「歩六六作命甲第八十四号」〜「歩六六作命甲第八十七号」は、すべて第一大隊戦闘詳報に書かれているもの

戦闘詳報に書かれているという事は「文書での命令が存在する」という事w
しかし正規の命令のはずなのに「連隊」にも「旅団」にも「師団」にも14時の命令を発令した記録は存在しないw

「第一大隊戦闘詳報」以外の「口頭命令が記録され、発令記録が存在しない戦闘詳報」を出してみろよw

出せるものならなw

955 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:35:31.83 ID:P5d7/kJm0.net
>>934
>捕虜殺害が問題視されるならば、当然、命令系統を調べることになり、戦闘詳報の記述を改竄していたするならばすぐに露見してしまう。

露見してるじゃねーかwwww

お前が認めたく無いだけで、この戦闘詳報は「第一大隊戦闘詳報執筆者の創作」だと判断されているわw

>628
>『南京戦史』 (p317)
>「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
>「軍事的慣例と異なる記述」
>「全文を通じてその表現は極めて異様」

>板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
>「『南京戦史』では、『戦況の進捗状況とチグハグ』『了解し難い部分』
>『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
>この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。


>917
>丸MARU 1990年6月号 通算527号
>兵士たちの「南京事件」城壘 連載18回
>P207
> 師団の数字は各連隊からの数字を合計したものである。連隊の数字は各大隊の数字を合計したものである。だから連隊の数字が師団より、大隊の数字が連隊より大きいことはありえない。
>しかし、鹵獲表を見ていくと、第百十四師団で鹵獲した重機関銃が一挺なのに第一大隊だけで七挺鹵獲したことになっている。小銃と拳銃も、師団のものより第百五十連隊と第六十六連隊第一大隊の合計だけで上回っている。この表には第百二連隊、第百十五連隊の記録がないが、もしそれらの資料が残っていれば、それぞれの連隊も百五十連隊や第六十六連隊と同じくらいの鹵獲品があったであろうから、ますますつじつまが合わなくなる。

956 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:38:52.54 ID:EK+Jmb460.net
オレ「虐殺の記録がある戦闘詳報と兵士個人の陣中日記、外国人資料をいくつかあげますね」
馬鹿「お前があげたものの中に「虐殺」とか「殺せ」とか書かれたものが「ひとつでも」あったら出してみろ!!」
オレ「歩兵第66連隊第一大隊戦闘詳報」
馬鹿「そ、それ以外に「ひとつでも」あったら出してみろ!!」
オレ「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち、ドイツ外交官の見た南京事件、スマイス調査」
馬鹿「せ、せせ戦闘詳報で出せよ!!!」


…オレはこんなカッコ悪い馬鹿見たことないぞ

957 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:42:00.61 ID:P5d7/kJm0.net
>>953
で?
この戦闘詳報が本物にしては
「連隊命令の記録が存在しない理由」
「口頭命令が存在した証明」
「口頭命令が記録され、発令記録が存在しない他の戦闘詳報の存在」
「兵器の鹵獲数の矛盾」

お前はこれらが「全く」説明出来ていないがw

妄想だけで「具体的な根拠」を提示出来ないのであれば壁に向かってひとりで呟いていろよw

お前程度にはそれがお似合いだw

958 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:50:13.05 ID:P5d7/kJm0.net
>>956
こちらは「相手が日本語が理解出来る」事を前提にしているだけw
お前みたいに一言一句こちらが質問の意味を説明しないと文意を理解出来ないような「日本語を理解出来ない相手」は想定していないだけだw

お前は現実でも周囲から「話を聞かない」とか「話を理解出来ない」とか言われているんだろうw

所詮お前は「本質とは無縁の微小な差異にイチャモンを付ける」事しか出来ないその程度のヤツだよw

959 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 22:52:31.47 ID:EK+Jmb460.net
>>957
もうこのスレも終わるがお前は相変わらず恥を晒しただけだったな
最初から飛ばしてたもんなぁ


オレ「秦郁彦、中村粲、原剛、松本健一、北村稔、中垣秀夫、色摩力夫、歩七戦友会はか安全区掃討は違法だとしている」
馬鹿「そいつらは誰一人、安全区の掃討は戦闘中では無かったなんて言っていない!!
オレ「秦郁彦」
馬鹿「えっ!?」
オレ「秦郁彦(ソース提示)」
馬鹿「は、はは秦郁彦は不勉強!!!」
一同「お前だー!!(笑)」

960 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 23:10:28.09 ID:EK+Jmb460.net
>>958
日本語が出来ないとはこういうことを言うんだぞ

オレ「白旗あげたのに皆殺しした証拠としては、山本武『一兵士の従軍記録』があるよ」
馬鹿「南京と遠く離れた抗州の出来事が何か関係あるんですかねえ(ドヤァ)」
オレ「ん?杭州?南京での出来事なんだけど…」
馬鹿「地図や時計を理解しろ!!杭州湾の出来事が南京と何の関係があるんだ!!」
オレ「いや、だから南京での出来事なんだよ(呆)」
馬鹿「よ、よよ漸く気付いたか…、、お、おおお前を試しただけに決まってんだろ!!!」
一同「んなわけあるかーい!!(笑)」

961 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/17(金) 23:40:46.36 ID:P5d7/kJm0.net
まあ、日本語を理解出来ないバカは無視するとして、旅団からの命令についてもこの戦闘詳報には多大な疑問があるw

日本軍の命令系統は師団→旅団→連隊→大隊

秦郁彦によれば「大隊は捕虜について師団に問い合わせ、師団から大隊に14時に命令が届いた」という事らしいw

それでは12月13日の命令伝達所要時間を確認してみようw

師団→旅団間
一一四師作命甲第六十二号
第百十四師団命令 十二月十三日午前九時半  於 朱家楼子北方高地
一、城内の敵は頑強に抵抗しつつあり

歩第一二八旅第六十六号
右翼隊命令
十二月十三日正午 於南京東南部七〇〇米道路上無名部落
一、城内の敵は今尚頑強に抵抗しあり

連隊→大隊間
12/13 00:20 歩兵第66連隊 歩六六作命甲第八十四号
歩兵第六十六連隊命令
十二月十三日午前零時ニ十分 於南京南門東南高地
1、師団は南京入城を企図せしも城門破壊するに至らす止むなく侵入するを得す

12/13 01:40 歩兵第66連隊第1大隊 大隊命令「第一大隊戦闘詳報」
十二月十三日午前一時四十分 於南京東南高地大隊本部
1、師団は南京入城を企図せしも城門を破壊するに至らす止むなく進入するを得す


師団→旅団間が2時間30分、連隊→大隊間が1時間20分w
旅団→連隊間の所要時間を30分と仮定しても師団から大隊まで命令が届くのに合計4時間20分w

つまり14時に大隊に命令が届くには、最低でも9時30分前後に師団から殺害命令が出ていなければならないw

しかし、9時30分前後の師団命令はコレw

一一四師作命甲第六十二号
第百十四師団命令 十二月十三日午前九時半  於 朱家楼子北方高地
一、城内の敵は頑強に抵抗しつつあり

そして、「第一大隊戦闘詳報」によれば7時に掃討開始w
10時に城壁上に日の丸を認め万歳三唱w
11時35分南京南門奪取w

つまり第一大隊が南京南門を奪取するべく戦闘中に師団から「皆殺せ」という命令が出た事になるw

当然だが12月13日9時30分前後の師団命令に「皆殺せ」などと言う命令が出た記録は存在しないし、旅団→連隊間での命令伝達に30分以上の時間がかかれば師団からの命令は9時30分以前に出ていなければならなくなるw

ちなみにこれは「師団→旅団→連隊→大隊間」での命令の下達の場合であり、「大隊→連隊→旅団→師団間」で捕虜について問い合わせた場合の時間は考慮していないw

さらに連隊主力は14時の時点で城内を掃討中w

第一大隊は連隊長からどうやって命令を受けたのかなw

962 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 00:54:05.32 ID:fVTVxt8+0.net
さらにこの「第一大隊戦闘詳報」は戦況の記録が他部隊と大きく異なっているw

第一大隊が攻撃していた中華門の東側は第115連隊が攻撃していたw
12月12日
《午後十時頃に至り敵は更に東側城壁上下より逆襲し来れるも機先を制し之を撃退し爾後概ね要図態勢にありて夜を徹す而して敵は夜更るに及ひ逐次退却せるものゝ如く銃声漸次衰ふるに到る(第115聯隊戦闘詳報)》

そして西側は第47連隊が攻撃w

12月12日12時20分、歩兵第47連隊の一部は、中華門の左側の城壁に梯子をかけてよじ登り、城壁の一部を占領した。
そして、13日払暁を期して、城内掃討部隊は城内に進入したのである。
証言による『南京戦史』(6)


12日の時点で中国軍は撤退しているw


しかし戦闘詳報によれば第一大隊は13日7時に、既に撤退したはずの中国軍と南京南門城壁上で戦っていた事になるw

結局、結論としては>628になる

>628
>『南京戦史』 (p317)
>「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
>「軍事的慣例と異なる記述」
>「全文を通じてその表現は極めて異様」

>板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
>「『南京戦史』では、『戦況の進捗状況とチグハグ』『了解し難い部分』
>『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
>この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

963 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 05:50:14.93 ID:k/EkudBY0.net
>>961
> まあ、日本語を理解出来ないバカは無視するとして

池乃めだかみたいな奴だな

964 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 12:54:07.23 ID:fVTVxt8+0.net
総合するとこの戦闘詳報は

1、「旅団命令」を「連隊長から」受けているにも関わらず連番で記録された正規の命令の中には存在しない

2、中国軍は12月12日の第66連隊、第115連隊、第47連隊の攻撃により南京南城壁上より撤退済で、12月13日7時の第一大隊の攻撃はあり得ない
もし第一大隊の攻撃が本当なら、他の場所から日本軍が侵入してくる中で「中華門の中国兵だけ」撤退せず第一大隊と交戦した事になる

3、正規の戦闘詳報であれば兵器の鹵獲数は師団>大隊のはずが師団<大隊となっており正規の戦闘詳報としてはあり得ない

4、戦闘詳報では三名を伝令として投降させているが、このときの隊長である小宅小隊長代理は「捕虜を捕らえたのは確かだが三人を伝令に出したりとかそういうことは一切なかった」と証言

5、14時に「皆殺せ」という命令を受ける為には9時半には師団から命令が出ていなければならないが、その時間は師団は城内へ攻撃中で第一大隊も南京城壁上で戦闘中の為、わざわざ捕虜を殺害する余裕はない

この「第一大隊戦闘詳報」を除けば、連隊命令にも戦況の推移にも矛盾は無い
しかしこの戦闘詳報を正規の文書として扱おうとすると、これらの矛盾を論理的に説明出来なければならない

結局は板倉氏のこの言葉に集約される。


Tが戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。

本当はこうだった南京事件
p129
板倉吉明

965 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 13:04:19.91 ID:fVTVxt8+0.net
>>964
おっと間違ったw

正しくはこうだなw


本当はこうだった南京事件
p129
板倉由明

966 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 15:38:56.05 ID:OmvbGXAI0.net
>>961
師団命令なのか旅団命令なのかはっきりしろよw
あと、旅団→連隊間の命令伝達は?
それと板倉由明は66連隊第一大隊による捕虜虐殺は「あった派」なのは理解してる?

967 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 15:40:27.35 ID:OmvbGXAI0.net
>>964
つまり150Rの戦闘詳報も捏造ってことですね分かります

968 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 15:44:07.10 ID:OmvbGXAI0.net
>>964
証言が証拠ならもうこれで確定じゃん
戦闘詳報持ってた人がこう言ってるぞ

藤沢藤一郎 証言 上等兵
戦闘詳報は全部読んだわけではなく、自分の戦ったところだけを見たものでしたから。そのところを読んでどう思ったかについては特別記憶はありません
そうです。戦闘については中隊から来た戦闘詳報をもとに書きます。嘘を書くということはありません。ただし鹵獲兵器などは数字が来ますけど、もともと正確に数えていませんから、九十とあったら百と書くとかそういうことはあります。しかし、捕虜のことはよくわかりません

969 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 16:50:05.90 ID:HZS9K+lH0.net
>Tが戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。
>本当はこうだった南京事件 p129 板倉吉明

板倉は最初、疑惑をもっていたが、結局、第一大隊の戦闘詳報を認めて不法殺害に含めている。
板倉が誤読していたことは、K-K氏のページで解明している。

歩66捕虜殺害事件 板倉説批判 1〜6
歩66捕虜殺害事件 東中野説批判 1〜7

970 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 17:00:53.28 ID:22juL4wo0.net
南京大虐殺は、1937年12月13日から1938年1月28日にかけて、中国南京市で旧日本軍が行った大量虐殺事件です。国際的な歴史学者の間では、南京大虐殺は事実であり、30万人から50万人の中国民間人と捕虜が殺害されたとされています。

南京大虐殺を裏付ける証拠は数多く存在します。

1. 目撃証言:

多くの中国民間人や外国人宣教師、ジャーナリストが、旧日本軍による残虐行為を目撃し、証言しています。
例えば、アメリカ人宣教師のジョン・ラベは、南京安全区に避難していた6,000人以上の命を救ったことでも知られています。ラベは、日記や写真で日本軍の残虐行為を記録しました。

2. 写真・映像資料:

南京大虐殺当時は、多くの写真や映像が撮影されました。
これらの資料は、虐殺の様子や犠牲者の姿を生々しく記録しています。

3. 証言録:

戦後、旧日本軍兵士や将校から、南京大虐殺への関与を告白する証言録が数多く得られました。
これらの証言は、虐殺の計画性と組織性を示す重要な証拠となっています。

4. 司法判断:

1946年に行われた東京裁判では、南京大虐殺は戦争犯罪と断定されました。
この判決は、国際法に基づいており、南京大虐殺の事実性を強く裏付けています。

5. 歴史学者の研究:

戦後70年以上経った現在も、多くの歴史学者たちが南京大虐殺の研究を続けています。
これらの研究成果は、南京大虐殺の全体像をより明らかにし、その悲惨さを改めて世界に示しています。

上記のように、南京大虐殺を裏付ける証拠は非常に多く、その存在は疑う余地がありません。

南京大虐殺は、人類史上最も悲惨な事件の一つであり、決して忘れてはならない過去です。

971 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 18:11:40.16 ID:b695YYfL0.net
>>964
12月13日7時の攻撃はあり得ないと
つまりお前は歩66rは嘘つきの集まりだと、そう言いたいわけだな

郷土部隊奮戦記 207/日華事変/ 南京総攻撃 19
歩兵は城外で待機 中華門の砲撃はじまる
「 十三日の午前七時を期して野砲、野戦重砲の砲撃が開始される予定だ。歩兵部隊は城外の部落や土手に身をかくし砲撃開始を待った。まず野砲から砲撃開始だ。南京城のトーチカをみおろせる雨花台の野戦重砲隊は城壁上の敵陣を粉砕しはじめた。」

郷土部隊奮戦記 208/日華事変/ 南京総攻撃 20
中華門楼上に連隊旗 戦友踏み台に城壁占拠
「 中華門の右翼を攻撃する任務を与えられた山田部隊は、十三日午前十一時三十五分、連隊旗を中華門の楼上にかかげ、兵隊は戦じんにまみれた顔を涙でぬらしながら高らかに万歳を三唱、南京占領の感激にひたった。」

鎮魂譜 野州兵団の軌跡 214
「十三日午前七時、予定通りに七・五センチの改造式三八野砲と十五センチの四年式榴(りゅう)弾砲と、宇都宮、水戸、高崎、松本各歩兵連隊の重火器中隊が保有する四一式山砲、九二式歩兵砲、三年式重機関銃等の重火器中隊も砲兵に呼応して一斉射撃を開始した。」

972 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 18:18:50.20 ID:b695YYfL0.net
>>971
郷土部隊奮戦記の補足
※ 杭州湾上陸から南京入城までの戦史は、芳賀郡益子町七井藤沢藤一郎さんの資料を中心に実戦に参加したかたがたの資料を合わせてまとめました。厚くお礼を申しあげます。

973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 21:50:50.53 ID:fVTVxt8+0.net
郷土部隊奮戦記は藤沢藤一郎が貸し出した「第一大隊戦闘詳報」を下敷きに書かれた「創作物」w

「ぼくのかんがえたかそうせんき」が何の根拠になると思っているんだw
結局はコレw


Ⅰが戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。

本当はこうだった南京事件
p129
板倉由明

974 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 22:12:42.96 ID:fVTVxt8+0.net
藤沢藤一郎氏は「自分の戦ったところだけを見た」「捕虜の事はよくわからない」としか言っていないがw
自分が関係した箇所しか中身を確認しておらず、その他の内容は不明という事でしかないw

この戦闘詳報は藤原氏が第六十六連隊解散のとき記念として貰ったもの。
しかし通常であれば他の文書にあるような「軍事機密」の赤いゴム印や、ガリ版で最初から「軍事機密」と刷り込んでもいないw
宇都宮の原隊で保管されていた数部のうちの一部なら必ず表紙に「軍機」を示すものが有るはずだがそれもなく、アメリカ軍接収のリファレンスNO.も付いていないので返還文書でもないw

つまり藤沢氏が本物か偽物か認識していたのは不明だが、藤沢氏は、正規の戦闘詳報とは無関係な、自部隊の活躍を大げさに書いた「ぼくのかんがえたかそうせんき」を「第一大隊戦闘詳報」としてもらい、自分の戦ったところだけみてそのまま所有し続けたとw
結局、結論はコレに集約されるw


Ⅰが戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。

本当はこうだった南京事件
p129
板倉由明

975 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 22:31:00.58 ID:b695YYfL0.net
>>973
>>974
文盲降臨

郷土部隊奮戦記の補足
※ 杭州湾上陸から南京入城までの戦史は、芳賀郡益子町七井藤沢藤一郎さんの資料を中心に実戦に参加したかたがたの資料を合わせてまとめました。厚くお礼を申しあげます。

976 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 22:42:07.96 ID:fVTVxt8+0.net
郷土部隊奮戦記には「捕虜が暴動を起こした」事も書かれているんだがねw
暴動を起こした捕虜が射殺されるのがそれほど不思議かよw

第4中隊の人数と状況的には「第4中隊の監視中に少数の捕虜が暴動を起こし射殺された」というところw

これを

「各中隊長を集め1500人全員を殺害」と捏造w


「暴動を起こした捕虜が射殺された」→「1500人の捕虜がみんな殺された」

針小棒大な出来事を大げさに捏造する場合の見本だなw


郷土部隊奮戦記 日華事変 南京総攻撃(※サンケイ新聞栃木版掲載)
このときのことを高野保太郎さん(鹿沼市上石川)はこう語っている。
百二十人たらずの第四中隊で警戒に当たった。
捕虜のなかにホネのあるものがいて、一部の兵隊を扇動して暴動を起こしたが、機関銃の空砲でおどしたら間もなく静まった。
無装備というものの、千五百余の敵を一個中隊で監視するのはひと苦労だった。

977 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 22:53:07.53 ID:b695YYfL0.net
>>976
またまた文盲降臨
空砲で人は殺せない

郷土部隊奮戦記
このときのことを高野保太郎さん(鹿沼市上石川)はこう語っている。「百二十人たらずの第四中隊で警戒に当たった。捕虜のなかにホネのあるものがいて、一部の兵隊を扇動して暴動を起こしたが、機関銃の空砲でおどしたら間もなく静まった。無装備というものの、千五百余の敵を一個中隊で監視するのはひと苦労だった」

978 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 22:56:13.79 ID:fVTVxt8+0.net
>>975
> 郷土部隊奮戦記の補足
> ※ 杭州湾上陸から南京入城までの戦史は、芳賀郡益子町七井【藤沢藤一郎さんの資料を中心に】実戦に参加したかたがたの資料を合わせてまとめました。厚くお礼を申しあげます。

日本語が理解できないと何が書いてあるのか内容を理解するのは大変だねえw

只の自業自得ではあるがw

藤沢氏の所有する「第一大隊戦闘詳報が中心になった」と書かれているのが見えないようだw

他の資料?
何が、どれだけ参考にされたのかどこにも書かれていないよなw

結局、日本語が理解できない、漢字も読めない一部のアスペの書き込みによって、「郷土部隊奮戦記は藤沢氏の所有する「第一大隊戦闘詳報」を基に作成された事」が再確認されただけでしたw

979 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 23:03:45.76 ID:fVTVxt8+0.net
>>977
日本語が理解出来ない上に漢字が読めないと日常生活も大変だろうねえ(憐み

暴動を起こしても射殺されないとでもw
空砲で暴動を鎮圧し、暴動を起こした連中を射殺するという第4中隊の素早い行動の結果だなw

980 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/18(土) 23:16:00.95 ID:fVTVxt8+0.net
で?
>964の疑問点
> 1、「旅団命令」を「連隊長から」受けているにも関わらず連番で記録された正規の命令の中には存在しない
>
> 2、中国軍は12月12日の第66連隊、第115連隊、第47連隊の攻撃により南京南城壁上より撤退済で、12月13日7時の第一大隊の攻撃はあり得ない
> もし第一大隊の攻撃が本当なら、他の場所から日本軍が侵入してくる中で「中華門の中国兵だけ」撤退せず第一大隊と交戦した事になる
>
> 3、正規の戦闘詳報であれば兵器の鹵獲数は師団>大隊のはずが師団<大隊となっており正規の戦闘詳報としてはあり得ない
>
> 4、戦闘詳報では三名を伝令として投降させているが、このときの隊長である小宅小隊長代理は「捕虜を捕らえたのは確かだが三人を伝令に出したりとかそういうことは一切なかった」と証言
>
> 5、14時に「皆殺せ」という命令を受ける為には9時半には師団から命令が出ていなければならないが、その時間は師団は城内へ攻撃中で第一大隊も南京城壁上で戦闘中の為、わざわざ捕虜を殺害する余裕はない

これらの回答はどうしたw
自分が戦ったところしか確認していない藤沢氏の証言は何の意味もないぞw

また、お前が根拠を出す立場なのに「お前が探せ!」なんて言い捨てて、勝利宣言の挙句逃亡するかw

「自分で主張した事の根拠を相手に要求する」時点で「自分ではできませんのでお願いします」と言ってるのと同じだしなあw
それを理解せず何度も自分の無能を宣言しているようなものだしなあw

981 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 02:05:32.46 ID:bAARRhEj0.net
>>978
> 実戦に参加したかたがたの資料を合わせてまとめました。

どうもここが見えないらしい
文盲だから仕方ないが
歩66R第一大隊の戦闘詳報に書かれていないことまで書いてあるんだから「実戦に参加されたかたがた」はその辺りもっと詳しく知っていたんだろうな
因みに資料には当然「口述資料」も含まれる
文盲的にはそっちの方がわかりやすいだろう?

982 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 02:06:43.54 ID:bAARRhEj0.net
>>979
どこに「射殺」と書いてある?
空砲で大人しくなったのに射殺したの?
相手丸腰なのに

虐殺やん…

983 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 02:18:28.05 ID:bAARRhEj0.net
>>980
1.旅団からの「正規の命令」はどこで確認できるの?
2.お前は読みたくないだろうが、k-kがサイトでとっくに論破しているし、郷土部隊奮戦記に書かれたことを否定するとか歩兵66連隊第一大隊は嘘つきの集まりだと言ってるようなもんだ
3.歩150Rも嘘つきの集まりだと言ってるようなもんだ
4.戦闘詳報より半世紀後の小宅証言ひとつを重視するマトモな学者なんて誰もいない…あっ、、一人いたw(マトモじゃないかw)
5.師団?旅団?どっちの話なんだ?それと午前7時の戦闘はあり得ないじゃないのかよw自己矛盾甚だしいなw

984 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 02:29:13.52 ID:WBSFatcW0.net
>>981
第一大隊戦闘詳報に書かれていないどんな事が書いてあったって?
14時だけでなく他の時間にも「皆殺せ」と命令が出ていたとかw
口述資料から連隊命令の作名番号が判明したとかw

第一大隊戦闘詳報に書かれていない細々した事が書かれていたからって枝葉末節でしかねーよw

ああ、漢字が読めないお前には何が書いてあるのか読めなかったなw

失敬失敬w

985 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 02:45:25.71 ID:WBSFatcW0.net
>>982
ふ〜ん?
あった派の脳内では暴動を起こした捕虜は射殺されたり、刺殺されたりされずお咎めなしなんだw

ああ、お前は「書かれている事しか理解出来ない」から「暴動を起こした結果の処罰」の比喩的表現として「射殺」と表現しているだけなのが理解出来ないのだなあw

自分が「書かれている日本語の影に隠された意味を理解出来ない」から、相手も自分と同じだと思って文盲とか言うわけだなw

結局お前が「他人より著しく劣る」だけじゃねーかw

考えてみれば、わざわざ日本語を「理解出来ない」のではなく、「理解しない」ヤツの相手をしてやる必要も無いかw

アホらしw

986 :浮月斎:2024/05/19(日) 04:35:50.80 ID:FNoAxh7K0.net
だいたい、中国はなぜ「南京大屠殺」でピーピー騒いでいるのか。惨害の規模から言えば、黄河大決壊の方がずっとひどいはずなのに、そちらは問題にしない。奴ら中国共産党が大屠殺記念館や博物館を建て、アイリス・チャンのザ・レイプ・オブ・南京を買いまくってベストセラーに仕立てたのは江沢民が主席だった時代だ。

毛沢東も周恩来もトウ小平も胡錦涛も南京大屠殺を取り立てて問題視した記憶は俺にはない。ところが、江沢民が中共の実権を握るや、記念館や博物館を建て、支那人はハリウッドにまで進出して「南京!南京!」などの反日映画を作るのだ。

では、江沢民とは何ぞ。

六四天安門事件のあと、トウ小平は共産党の基盤を揺るがしかねない運動を起こしたのがインテリ学生だったことに強い衝撃を受けたようだ。社会のエリートになってゆくべき若者たちが共産党を嫌い、西側資本主義国のような選挙に基づく議会制度や多党政治を求めている、このことは共産党による一党独裁の統治の正当性をゆるがしかねない。

この危機感がトウ小平にあり、党内保守派との妥協で生まれた後継体制が江沢民政権だった。トウ小平に出来た事は江沢民の後釜に胡錦涛を据え、日本との関係を決定的に悪くしないことだけだった。

「共産党による統治の正当性」の問題は江沢民も引き継いでおり、そのスケープゴートに選ばれたのが、日本だった。かくも残虐な日本に打ち勝った共産党には統治の正当性がある、というストーリをでっちあげるには「南京大屠殺」はもってこいの材料だった。

国民の間に高まる不満を海外の仮想敵に向けて憎しみを煽る、そうして自分たちは特権的地位にあって甘い汁を吸い続ける、これが「共産党員にあらずんば人にあらず」とまで言われるに至った堕落した今の中国の実態だ。

朝日新聞も、本多勝一も、笠原十九司も、アイリス・チャンも、江沢民のそうした政治的意図の最前線で踊らされた傀儡人形にすぎない。

987 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 07:35:33.10 ID:WBSFatcW0.net
>>983
>1.旅団からの「正規の命令」はどこで確認できるの?

第一大隊戦闘詳報が本物だと、正確には「皆殺せ」という「旅団命令」を「連隊長から」受けたと主張しているのは誰?
根拠を出すのは主張している側w

それを確認するのは「「「お前」」」wwwww

相変わらず自分で言った事の根拠を出す事から逃げ回る事しかできね〜のかよw


>2.お前は読みたくないだろうが、k-kがサイトでとっくに論破しているし、郷土部隊奮戦記に書かれたことを否定するとか歩兵66連隊第一大隊は嘘つきの集まりだと言ってるようなもんだ

お前が理解出来ないだけでk-kのサイトでも「12月12日に撤退済の中国兵がなぜ12月13日に南京南城壁上にいたのか」説明されてね〜よw
周囲が全て撤退したのにわざわざ城壁上に残るなんて中国兵は自殺願望でもあったのかよw
「66連隊第一大隊は嘘つきの集まり」ではなく、「ぼくのかんがえたかそうせんき」の創作者がいただけだw

?が戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。

本当はこうだった南京事件
p129
板倉由明

そして「ぼくのかんがえたかそうせんき」を基にしたフィクションの「小説」を事実と思い込んでいる幼稚園児レベル以下の知能の持主が一匹いるだけw


>3.歩150Rも嘘つきの集まりだと言ってるようなもんだ

歩150Rも嘘つきの集まりだと言ってるのは「お前」だw
第一大隊が攻撃している中華門の隣は「全く静穏」だw

歩兵第150連隊戦闘詳報
レファレンスコード C11111558900

午前6時30分頃より付近は全く静穏となりけり
午前7時10分頃より掃討隊は至巌なる警戒をなしつつ掃討に着手し午前8時30分頃に武定門を占領す
此の頃歩兵第115連隊は軍旗を擁して城壁上に至り万歳を三唱せり


>4.戦闘詳報より半世紀後の小宅証言ひとつを重視するマトモな学者なんて誰もいない…あっ、、一人いたw(マトモじゃないかw)

「皆殺せ」と書かれた「唯一」の戦闘詳報を本物だと証明出来た学者の名前は?


>5.師団?旅団?どっちの話なんだ?それと午前7時の戦闘はあり得ないじゃないのかよw自己矛盾甚だしいなw

秦が「師団」だと言っているんだがねw
秦の主張は受け入れないのか?
その場合でも日本軍の命令系統が旅団→連隊→大隊であるのは変わらないw
「第一大隊戦闘詳報」によれば「旅団命令を」「連隊長から」受けている事が書いてある以上、旅団→連隊→大隊と命令があった事は確実w
その「旅団命令」もしくは「連隊命令」を出せ言ってるだけw
そして「第一大隊が」午前7時に戦闘を行うのがオカシイと言っているだけなんだがねw

お前の他人より著しく劣る日本語能力では無理に理解しようとしても無理だぞw

結局、なんの回答にもなっていない「あった派」の妄言でしたw

988 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 07:38:00.46 ID:bAARRhEj0.net
>>984
下記の13日午前7時以降の戦闘の詳細は戦闘詳報のどこに記載があるのでしょうか
文盲だけど見えないものは見えるんですか?
さすがいちゃもん派ですね(ニッコリ

郷土部隊奮戦記
十三日の午前七時を期して野砲、野戦重砲の砲撃が開始される予定だ。歩兵部隊は城外の部落や土手に身をかくし砲撃開始を待った。まず野砲から砲撃開始だ。南京城のトーチカをみおろせる雨花台の野戦重砲隊は城壁上の敵陣を粉砕しはじめた。

989 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 07:39:33.12 ID:bAARRhEj0.net
>>985
お前の主張は相変わらず謎だが、空砲で大人しくなったのに現場判断で勝手に殺して良いのか?
空砲で大人しくなったのにw

990 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 07:49:37.83 ID:bAARRhEj0.net
>>987
1.いちゃもん派のいう「正規の命令」なんて出せないことが判明しました
2.つまりは歩66連隊第一大隊は嘘つきの集まりってことですね(ニッコリ
3.歩150連隊の重機関銃鹵獲数…6←嘘つきの集まりですね()ニッコリ
4.逆に本物として扱っていない学者はゼロw
5.だから旅団と師団のどっちなんだよw自己矛盾好きだなお前w

991 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 08:16:14.53 ID:op0HN6po0.net
>>976
コイツの主張は本当にわからんな

本当に暴動を起こした捕虜を射殺したなら戦闘詳報にキチンとそう書けば良い
上部の戦闘詳報と比較すればすぐバレる嘘を何でわざわざ歩66Rが付くのか
結局コイツの言っていることは根本的な矛盾に満ちているから誰からも相手にされないんだろう

992 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 11:00:05.94 ID:Kj6AKr3P0.net
>>987
k-kのサイトに13日の歩66連隊の戦闘状況が詳しく考察されてるんだが、この馬鹿は読まずに書いてるのか?
それとも読み取る力が極端に弱いのか?

993 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 14:36:39.51 ID:WBSFatcW0.net
>>988
郷土部隊奮戦記は資料を基に作成された「創作物(フィクション)」なんだがw

テレビアニメが現実と異なるという事は理解できるよなw

フィクションと現実を同一視するのは幼稚園児以下のレベルの持ち主だけw

994 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 14:43:05.36 ID:WBSFatcW0.net
>>989
「空胞でおとなしくなるのだから暴動を起こしても良い」とでもw

コイツの理屈だと後でおとなしくするのなら、逃亡、反抗なんでもOKになるなw
監視の日本兵の数を考えれば後でまた騒ぎを起こすようならさっさと射殺するのが正しいw

日本軍の行いがドンドン正当化されていくなw

995 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 14:45:24.24 ID:WBSFatcW0.net
>>990
>1.いちゃもん派のいう「正規の命令」なんて出せないことが判明しました

つまり「皆殺せ」とは正規の命令では無いとw

あった派によって「第一大隊戦闘詳報」そのものが否定されましたw

アホwwwwww

996 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 14:51:44.28 ID:WBSFatcW0.net
>>991
「ぼくのかんがえたかそうせんき」を本物の戦闘詳報だと思い込んでるバカがいるだけw

実際、嘘がバレているw

>628
>『南京戦史』 (p317)
>「隣接部隊等の戦況の進捗状況とチグハグ」
>「軍事的慣例と異なる記述」
>「全文を通じてその表現は極めて異様」

>板倉由明氏「本当はこうだった南京事件」
>『その表現は極めて異様である』と、かなり留保した穏健な表現になっているが、全文を詳細に検討すれば、
>この戦闘詳報が信頼性の低い、後日改ざんされた疑いのある文書なのである。

>東中野修道氏「南京事件の徹底検証」 (p109)
>そのため、問題の処刑命令なるものは、師団命令の記録にもない。旅団命令の記録にもない。連隊命令の
>記録にもない。第二大隊の陣中日誌の中にもない。
>ただあるのは第一大隊戦闘詳報の中だけということになる。つまり、処刑命令なるものは阿羅氏も消去法で
>推定するように、第一大隊戦闘詳報執筆者の創作であった。これが唯一考えられる可能性のように思われる。

>964
>Tが戦闘詳報に、自分の部隊の武勇伝を創作して書き込んだものとしか思えない。
>本当はこうだった南京事件
> p129 板倉由明

997 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 15:01:37.55 ID:WBSFatcW0.net
>>992
KKのサイトのどこに14時の命令について書かれているんだよw
書いてあるアドレスか該当箇所をコピペすれば良いのになんでできないんだw
ああ、書いてないのに書いてあると言い張るあるある詐欺かwwwww

KKのサイトに何が書かれようが、お前が虐殺の根拠にしている戦闘詳報には「連隊長から」の「旅団命令」と書かれているし、12月13日の連隊命令に14時の命令は存在しね〜よw

998 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 15:03:58.50 ID:WBSFatcW0.net
結局、1スレ使ってもあった派からは「第一大隊戦闘詳報」が本物と判断出来る根拠は「「「ひとつも」」」提示されませんでしたwwwwww

まあ、いつもの事だが wwwwww

999 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 15:08:15.40 ID:Kj6AKr3P0.net
>>993
どうしても【歩66連隊は嘘つき集団】ってことが言いたいネトウヨの風上にもおけないいちゃもん派

>>994
空砲で大人しくなったのに虐殺したことが問題だということがわからない脳なしないちゃもん派

>>995
「皆殺せ」は正規の命令なんだが、どうやら【正規の命令の中には存在しない】と書いたのは【お前】だということを忘れてしまうニワトリ頭のいちゃもん派

1000 :名無しさん@お腹いっぱい。:2024/05/19(日) 15:09:17.92 ID:WBSFatcW0.net
しかし、いまさら根拠がKKのサイトとか「あった派」どこまで進歩していないんだよw

新しく14時の命令の根拠が出てきたわけでも無し、戦後出版された創作物を根拠にしたりw

せめて空想と現実の区別ぐらいはつけろよなw

まあ、無理かw

そんな連中が「あった派」なんてやってるわけが無いかw

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